ウルフ
だが、来た道を引き返している途中、思わぬ相手と遭遇してしまったことで俺たちは足止めを食らっていた。
「まさかこんなところでウルフに出くわすなんて……」
ウルフというのは額に角を生やし、長く鋭い牙を口元から覗かせている狼のような魔物で、ミリオ曰く本来は森の中部から深部の辺りに棲息しているようなのだが、何故か今このような森の浅いところで、俺たちは複数体のウルフに取り囲まれているのだった。
ウルフは俊敏な動きから繰り出す、牙や爪による急所狙いの攻撃を得意とする魔物らしく、背後から強襲されないように、俺とミリオは背中合わせに立ち、二人で全方位の警戒に当たっている。
「なぁ、ミリオ。どうするよ、この状況。確かにこの立ち位置なら背後を取られる心配はないけど、初見の魔物相手に両手が塞がった状態じゃ、対応しきれる自信がないんだけど」
俺が今まで戦ったことのある魔物は、ゴブリン、オーク、スライム、コボルトといった、それ程敏捷性には恵まれていない種族だけで、ウルフのような機敏性に富んだ魔物との戦闘は初めてだ。
まぁ、いくら俊敏とは言え、さすがにミリオたちと比べれば瞬間的な速度では劣るのかもしれないが、相手は四足の獣だ。人と比べると、その動きはかなり柔軟なものだと思われる。トリッキーな動きをする相手にこの状態では分が悪いだろう。
せめて相手が一体ならば何とかできなくもないだろうが、複数体いるということしか分かっていない現状では、下手に行動を起こせばそれがそのまま隙となってしまうので、警戒態勢を維持して静観するしかないというわけだ。
「そうだね……。アスマ、正面から来る相手だけなら抑えられないかな?」
……どうだろう。正面だけなら、もしかしたら大丈夫かもしれないけど、確実に対応できるという保証はない。
「このまま守りを固めていても状況が好転することは望めないし、僕は今から攻勢に出ようと思う。後ろには絶対に通さないことを約束するよ。だから、正面だけでいい。お願いできないかな?」
俺一人ならその策に乗るのもやぶさかではないが、今俺の腕の中には安心しきった表情で眠るクレアの姿がある。
俺は、この子を危険に晒すような真似はしたくない。
でも、ミリオの言うようにこのままでは状況が良くなることはないだろう。むしろ、他の魔物までやってきてしまったら、状況はもっと悪いものになるだろう。
なら、そうなる前に行動を起こすべきなのかもしれない。
この子を守るのが、他の何を置いても俺が成すべきことだ。状況をひっくり返すのは今しかないというのなら、俺の身がどうなってもこの子を守り抜けばいいだけの話だ。
最悪の場合でも回復薬があるんだ。致命傷にだけ気をつければ、なんとかなるはずだ。……覚悟を決めろ。
「……分かった。なんとかしてみる」