自失
「よ、おつかれ。何とか勝てたな。どうだった、久しぶりの実戦は?」
正面からクレアに歩み寄り、戦闘の緊張をほぐしてあげようと思い、軽い感じで声を掛けたのたが、クレアから返事が返ってこない。どころか、こちらに視線を向けることもなければ、短剣も両手に握られたままだ。
「クレア?」
クレアの様子がおかしいことが心配になり、目の前まで近づきその場でしゃがみこむようにして顔を覗き込み名前を呼び掛けると、弾かれたように顔を上げ、ようやくこちらと目が合った。
「どうした? 大丈夫か?」
体調を気遣うように優しく言葉を掛けてみたが、少し体が反応した程度で、大した反応は返ってこない。
だが、目の前でクレアの様子を確認したことで分かったことがある。まず、異常に目が泳いでいる。そのうえで異様に息遣いが浅く、荒い。
明らかに普通の状態じゃないのは見て分かるのだが、いったいどうしたというのだろうか? というかどうすればいい? これは放置して治まるような症状には思えない。何か俺にできることはあるか?
クレアの異常を目の当たりにして、俺自身かなり動揺してしまっている自覚はある。だが、落ち着こうとしても一向に動悸は治まらず、焦りばかりが募っていく。
「アスマ? どうかしたの?」
解決策を求めて視線をあちこちに飛ばし、傍目から見るとかなり挙動不審な仕草を繰り返していると、後ろからミリオが声を掛けてきたので、勢いよく振り返る。
「どうしようミリオ!? 何かクレアが変だ!」
気が動転して、自分でも何を言っているのか分からないが、とにかくクレアの異常を伝えようという必死さを込め、ミリオに助けを求める。
「え? クレア?」
俺の言葉からその部分だけを聞き取ったのか、ミリオはその場からクレアの様子を確認すると、すぐにその異常を感じ取り、クレアへ近寄ると、肩に手を置き声を掛け始めた。
「クレア。しっかりして。気を強く持つんだ。クレア。……駄目か。アスマ、ちょっと」
ミリオが何度か声を掛けてもクレアは反応を返すことはなく、声掛けを中断したミリオは、後ろに控えていた俺を自分のもとへ来るように手招きをした。
「どうした?」
「アスマ、どうにかしてクレアの意識を呼び戻すことはできないかな?」
「……どういうことだ?」
「おそらくなんだけど、今クレアは色々なことが重なったことで、過度な精神的重圧を受けて心が閉じた状態になっているんだ。このまま放っておくと、どんどん症状が悪化するかもしれない。だから、なるべく早く意識を取り戻したいんだけど、僕が声を掛けるよりもアスマが声を掛ける方が効果的だと思うんだ。なんとかできないかな?」
正直、未だにこの状況を飲み込めていないし、ミリオよりも俺が声を掛けた方が効果的だということにも疑問はあるけど、それでも、俺が何かをすることでクレアが元に戻る可能性があるというのなら、何でもやってやる。だから、待っててくれ。絶対にお前を助けてみせるから。