感覚強化2
食事を終えた後、適温に沸かしてもらったお湯を持って家の裏口へ行き石鹸を使って体を洗う。
石鹸は雑貨屋で買ってきた一番安価なやつで、あまり泡立ちはよくないけど十分に汚れは落ちるので重宝している。香りつきの良いやつはそれなりの値がするけど、この安物はかなりの低価格で手に入るので助かっている。
正直、本当は風呂に入りたいところなんだけどこの世界の家庭には風呂がない。
公衆浴場なら街の中央付近にあるし無料で入れるんだけど、入れる時間が決まっているうえにとにかく人が多いので一度しか行ったことがない。全裸の知らない人たちに囲まれての入浴はあまり気持ちのいいものじゃないし、気も休まらなかったからな。
それからはお湯を用意して裏路地で体を洗う日々が続いている。初めのうちは羞恥心が勝ってかなりこそこそとしていたが、今では腰に布を巻いただけの状態で堂々と身を清められるようになった。たまにお隣さんやここを通り過ぎる人と顔を合わすこともあるが、その時も特に取り乱すこともなく会釈を交わせるほどだ。
まぁ、実際俺のように公衆浴場が苦手な人はこうして軒先で湯浴みをすることも珍しくはないので俺が異端なわけではない。もちろん露出狂なわけでもない。ミリオやクレアもここで浴びてるし、まったく問題はないはずだ。うん。
そして、体を洗い終えた俺は部屋へ戻ると仮眠を取り、次に目を覚ました時には窓の外は暗闇に包まれ、辺りは静まり返っていた。……丁度良い頃合か。
ミリオとクレアは寝ているだろうから、音を立てないようにベッドから降り体を伸ばしながらあくびをすると、段々と意識が鮮明になってきたのでベッドの縁に腰掛け深呼吸を一つ。そうして徐々に集中力を高めていき、感覚強化を発動させた時のことを思い出す。
そして目を閉じると、意を決して能力を発動させる。
『アクティブスキル《感覚強化》発動』
最初に変化を感じたのは聴覚だった。
先程までは自分の息遣いぐらいしか音を捉えられなかったが、今は屋外からの様々な音を拾うことができるようになっている。しかし、色々な方向から聞こえてくる音を判別できるほど優れた識別能力がないので、ただの雑音としか捉えられないのが残念だ。
次に変化を覚えたのは嗅覚だ。
初回の発動時同様、普段はあまり気にならないが武器や防具から鉄特有の臭いが鼻を刺激する。が、それ以外には特に何かを感じるような臭いはしなかった。自分自身の体臭は漂っているかもしれないが、自分の臭いなので気にならないのかもしれない。
だが、訓練場で発動させた時と違っていきなり耳鳴りに襲われたり、鼻の奥が刺激されるようなことはなかった。やっぱり住人が寝静まる時間を狙って試してみたのが良かったみたいだな。これなら強化具合を調整することも可能だろう。
夜はまだ長い、じっくり試すとしよう。