努力
「というわけでクレアが冒険者になりたいそうなんだけど、ミリオさんはどう思うよ?」
「クレアが?うん、いいんじゃないかな」
家に戻ってきて、先程のクレアの宣言をミリオに話した結果がこれだ。
ちなみに、帰り道で俺の魔力が限界を迎えたので思念会話は解除している。なので、クレアは会話には参加せずに俺たちの会話を無言で見守っている。
「いや、え? いいの?」
「うん。クレアが自分で決めたことなら、僕はその意志を尊重するよ。それに、この子が強くなることは僕にとっても悪いことじゃない。自分からやる気になってくれたなら助かるよ」
そう言って笑顔を向けるミリオと、それに微笑み返すクレア。
この兄妹は……。でもまぁ、確かにミリオの目的を果たすためにはクレアにも強くなってもらうことが最善なのかもしれない。けど、強くなるためには魔物と戦わなくちゃいけない。そのリスクを負うことに対しての心配はないんだろうか?
「でも、クレアってレベルが3だとか言ってたと思うけど戦闘の方はどうなんだ? 大丈夫なのか?」
「そういえば僕とアンと、そのガルムリードって人にクレアの実力を認めさせることがアスマが出した条件だったね。確かにクレアは技術的にも能力的にもまだまだ足りないところだらけだけど、この子にはアレがあるからその点に関しては心配いらないと思うよ」
「アレ?」
「うん。ちょっと待ってて」
そう言い残して自分の部屋へと向かったミリオだが、少しして戻ってきた時にはその手に短剣と古びた防具を持っていた。
そして、椅子の上に古びた防具を置いて短剣をクレアに手渡した。
「何だ、何かするのか?」
「まぁ見てなよ。じゃあクレア、アレをアスマに見せてあげて」
一つ頷いたクレアはその手に握った短剣を前方へ突き出すように構える。すると、クレアから短剣へと魔力が流れていくのを微かに感じ、それが短剣の刃を覆うように魔力が形作られていく。
短剣に魔力を纏わせているのか?……あれ?それってまさか。
俺が一つの事実に辿り着いたと同時、準備が完了したクレアが魔力を纏わせた短剣で防具を斬りつけた。
防具は鉄製の物で、本来なら短剣で斬りつけたところで多少傷が出来る程度のはずなのだが、クレアの放った斬撃はまるで布を裂くかのように容易く防具を両断して見せた。
驚きの余り声も出なかったが、何とか気を取り戻してミリオに疑問を問い掛ける。
「今のってまさか、魔刃か?」
「ん、知ってたのアスマ? そう、本来は特別な武器でしか発生させられない魔刃だけど、クレアは自力でそれを発生させられるんだ」
は? 何だそれ? そんなこと可能なのか?
「それは、ミリオもできるのか?」
「まさか、僕にはできないよ。これはクレアが人より何倍も繊細に魔力操作ができるからこそだよ」
「何倍もって、何でそんなことができるんだよ?」
「……アスマも知ってる通りクレアは声が出せないから、それをどうにか解決しようとして導き出した結論が魔力に思念を乗せて会話できるようにするって方法だったんだよ」
魔力に思念を乗せて会話? それってまんま思念会話のスキルと同じじゃないか。
「でも、それを行うにはかなりの緻密な魔力操作が要求されてね。本当に小さい頃から頑張ってはいるんだけど、未だにそこまでは至れていないんだよ。その過程でこんな力を扱えるようにはなったけど、あくまでこれは副産物に過ぎないからね。だから、アスマがスキルの力でそれを再現した時は本当に驚いたよ」
……知らなかった。そんな素振り今まで一度も見せたことなかったじゃないか。本当にこの子はその小さな体でどれだけの努力を積み重ねてきたんだろう。
もしかしたら、スキルの力で一足飛びにその力を手に入れた俺はその努力に水を差してしまったんじゃないだろうか? そう考えると俺は一体なんてことをしてしまったんだろう。それこそ、この子の努力を否定するかのような最低なことを俺は……。
そんな俺の心の内を察したのかミリオがフォローするように声を掛けてきた。
「その顔を見るに何か変なことを考えてるみたいだけど、クレアはアスマに感謝してるんだよ?」
「え?」
「今までは一切会話が出来なかったのに、君のお陰で限定的とは言え会話ができるようになったんだ、嬉しくない訳がないでしょ?」
「いやでも、俺はそんなことを考えたこともなくて、無神経にさ……」
「……クレア」
ミリオがクレアを呼ぶと彼女は俺の前に立ち、集中するように目を閉じた。
そして――
『……ア……く……こ…る?』
俺の頭の中にクレアの声が直接聞こえてきた。
たどたどしくて何を言っているのかはしっかりと聞き取れなかったが、それでも、確かにクレアの声は俺に届いた。
「……すごい」
「でしょ?でもここまでできるようになったのはアスマのお陰なんだよ?」
「え? 俺の?」
「うん。アスマの力で会話を重ねることで、思念で会話をする要領を掴んだからここまで上達することができたんだよ。本当はもっとしっかり話せるようになるまで君には秘密にしておくって言ってたんだけどね。だから、クレアはアスマに対して感謝こそすれ、悪い感情なんて一切持ってないよ」
ミリオのその言葉と同時に、クレアが両手を広げて俺を抱き締めてくる。
そして、まるで幼子をあやすかのように俺の背中を優しく撫でる。
その優しさに触れて思わず涙が込み上げてきそうになったが、それを堪えるように、俺もクレアを抱き締め返す。大切なものを壊さないようにゆっくりと、しかし、離さないようにしっかりと。