クレア
「よし、一息ついたことだし早速行こうぜ」
はっきりいって今、俺のテンションは上がっている。
防具を着込んで武器を背負い、完全に気分は冒険者そのものだ。
まぁ、使い込まれた感の一切ない新品だから妙にコスプレっぽく見えるのが難点だけど。
「えっと、張り切ってるところ悪いんだけど、今日は魔物を倒しには行かないよ」
「……え?」
行かないの? あれ? 装備を買い揃えて、さぁ出発だ! って流れじゃないの?
なんか肩透かし感が半端ないんだけども。
「もうお昼前だし、ご飯を食べたら今日は装備の慣熟訓練をして最低限の動きを身につけられたら明日にでもって感じだけど、早くても一週間程度はかかるんじゃないかな」
……まぁ、言われてみれば確かにその通りか。
命がかかってる以上、慣れてもいない武装でいきなり実戦ってわけにもいかないわな。
やっぱり俺はまだ心のどこかでこの世界をゲームのように感じている部分があるんだろうか?
負ければそれはイコールで死だ。やり直しはきかない。
そうであれば、今は戦闘経験者のミリオに教えを乞うのが最適だろう。
「分かった。ま、焦ってもしょうがないしな。そうと決まれば飯にするか」
これで何度目のタダ飯だろうか。
いや、もう考えるのはやめておこう。ずっと遠慮し続けたり申し訳なさそうにしていたら相手も気を使うし、不快な気分にさせてしまうかもしれない。
だから今は存分に甘えておいて、いずれこの感謝の気持ちを何らかのかたちで返していけばいいだろう。
「うん。今クレアが準備してくれてるみたいだし、出来上がるまでゆっくり待ってよう」
「そうだな」
基本的にこの家の家事はミリオの妹のクレアが担当している。
クレアは12~3歳ぐらいの可愛らしい小さな女の子だが、どんな作業でも要領よくこなすスーパー少女だ。
実際、クレアの出してくれる料理はかなり旨いし、掃除も塵一つ残さないぐらいの徹底ぶりだ。
ちなみに、ゴブリンにやられて寝込んでいた俺の世話をやいてくれていたのもクレアだ。
なので俺はこの少女には頭が上がらない。
「あ、できたみたいだね」
「おぉ、いつもながら本当にいい匂いだ」
俺たちが帰ってくるまでに仕込みは既に終わらせていたのか、ものの十数分でクレアが料理をテーブルへと運んでいく。
「……」
無言でテーブルに料理を並べていくクレアだが、別にこの子は怒っていたり、話したくないというわけではなく、生まれた時から声が出せないのだそうだ。
周りの子供からからかわれたりすることもあっただろうし、コミュニケーションをとるのにも苦労してもどかしい思いを何度も経験してきただろう。
だけどこの子はそんなハンデをものともせずに、それがどうしたとばかりにここまで真っ直ぐ良い子に育っている。
本当にミリオといい、クレアといいこの兄妹には見習うところばかりだ。
「……」
料理の盛り付けが完了したのかクレアは満足げな表情でこちらに手招きをする。
今日の昼食はスープに蒸かした芋と肉の三品だ。
正直かなりシンプルな料理だが味付けが本当に絶妙で、毎回俺の舌を満足させてくれる。
「相変わらずクレアちゃんの料理は旨いなぁ。ベタな言い回しかもしれないけど本当いいお嫁さんになると思うよ」
世辞ではなく本心からそう思う。
可愛いし、料理も上手くて家事も完璧と三拍子揃っている。スーパーじゃなくパーフェクト少女だったか。
褒められて照れてるところもまた可愛らしい。俺もこんな妹が欲しかった。この家の子になりたい。
「ははっ、よかったねクレア」
笑ってられるのも今のうちだけだぞミリオ君。
そのうちクレアを嫁に欲しいという男たちがお前の前に大勢現れることになるだろう。
大変だろうが妹をどこの馬の骨とも分からんようなやつに渡さないように頑張れよお兄さん。
「ふぅ、ごっそさん。おいしかったよ」
「……」
お粗末様です。とばかりにクレアが俺に笑顔を向けてくる。
うん、いい笑顔だ。心が洗われるようだ。
さて、腹ごなしもすんだことだし、気合い入れて訓練に励むとしますかね。
訓練回にするはずだったのに…