第7話「帝国の興亡」
―――帝国式とは帝国人の事である‐【アバンステア帝国興亡史】より‐
世界の命運を掛けて巨大結界内部で戦争中の日本人達がその惨禍に恐れ戦いている頃、太平洋の少し上。
元々ハワイが有った場所辺りに位置する帝国のシェルター内ではゲームに興じない一般的ではないヲタク達が世界の外の様子を興味深く各地の情報から収集して、関係者からのお墨付きで電子空間で議論していた。
『何か帝国人みたいだよね。あの国のヒト達』
そう告げたのは電子空間上のウサギのアバターであった。
周辺には動物達がヒョコヒョコと集っている。
『ふぅむ。帝国人はなぁ。基本、アレな人が多いから……』
『それは聞き捨てなりませんね。我々の何処がアレなのです?』
馬の言葉に竜が反論する。
『そりゃお前……帝国人らしいところとしか言えんのだが……』
『具体的には?』
馬にジト目を向ける竜に周囲から更に声が掛かる。
『帝国人の感性ってかなりアレだよ? そうだなぁ……例えばさ。帝国人の犯罪観というか刑罰観て滅茶苦茶ヤバいよね』
『犯罪観?』
『ほら、君達のとこってさ。未だに細挽刑だっけ? アレあるよね』
『ああ、俗称だと挽肉刑なんですけどね。いやぁ、エグイとは思いますけど、それに見合った罪を犯してれば、妥当でしょう』
『毎年200人くらい引っ掛かってない?』
『ええと、確かその大半は子供を自分勝手な理由で殺そうとしたクズ親が主で後は性犯罪関連だったかと。いやぁ、本当に帝国人として情けない限りです。子供達の命を救う政策はかなり浸透しているのですが……全うな人間を育てるのは我らでも手を焼きます』
『『『『………まぁ、帝国だから……』』』』
『?』
『と、とにかくだ。帝国人は時々容赦ないよな?』
『容赦はしていますよ? というか、何処でも犯罪者に対する厳しさは変わりません。ちゃんと、我が国では相手の内面や諸々を全て専門の心理調査員が確認してから執行してますし。人間のクズで確定な犯罪者の大半はそもそも重罪になると承知で犯罪を犯しているわけで……他国人には他国人基準での刑の執行が行われます』
『具体的には?』
『確か、余命宣告とカレンダーは免除されてたような?』
『『『『『まぁ、帝国人だから……』』』』』
溜息を吐く絵文字を使われた。
『というか。帝国は住み良いところですよ。首都以外は』
『そうなん?』
『ええ、帝国の首都だと優秀な人間以外は生きていけません。基本的に帝国の首都を故郷にしている人達で外に出た者の大半も里帰りする度に可哀そうな事になってますし』
『あ、それ他の掲示板で聞いた事あるよ。何だっけ? 滅茶苦茶、生活するのにやる事が多いんだっけ?』
『まぁ、優秀層がちょっと疲れるくらいの義務が発生するので。何でも出来ないと回りませんね。それでも他国よりは法律も実体としての処理もかなり楽なのは間違いないですが……』
『義務って?』
『色々ですが、基本的には税金とか。他のイベントへの参加義務や規則順守ですね。帝国は消費税が存在しません。ですが、所得税と金融資産への課税は世界一です。不労所得は累進課税でも2億を超えると9割以上持っていかれますし、あそこで儲けを出している人達の大半は金を儲ける事が生き甲斐で儲けた金を使う事は二の次という方しかいませんね』
『うへぇ……9割飛ぶのか……』
『そもそもの話、課税対象として高額課税対象者の多くは他の権利を得たい人や義務を受けても問題ない方ばかりですよ』
『どういう事?』
『一定額以上の納税者には権利が解禁されます。その為に複数種類の免許が送られて来るんですよ。使わないなら、返納も出来るし、面倒なら死蔵して更新無しを選ぶ事や必要になった時に再更新とかしますけど』
『免許?』
『あ、それ知ってますよ。テレビでやってた。ええと、首都だと高額納税者への免許があって、ソレを持ってる人しか出来ない事が沢山あるとか』
『ええ、例えば高額納税者しか買えない物件が買えたり、高額納税者しか出来ない事業があったり、そういう感じですね。特に娯楽だと酒類製造とか。酒税はアルコール0.1%刻みで課税倍率が上がりますし。それを自家製に出来るのはかなり大きいですね。よく友達と家呑みする時とか重宝します。勿論、必ず1度は講習受けてないと違法で間違いなく逮捕されますが……』
『そんなに帝国の酒って高いの?』
『アルコール度数の高い飲酒用だけですよ。飲めないものは殆ど御国の為に醸造してますって企業ばかりですし、近年はアルコールを分離する機材が有りますし、早々高い酒はありません。何なら他国だと300万するような酒のボトルが定価10万とかで店に置いてたりもします』
『何で?』
『高い金額で置いてたら、アルコール度数が高いもんしか置いてないヤバい店と勘違いされて、店自体が敬遠されてしまうので。酒の味を覚えて欲しい人に対しての味見用で売ってるんですよ。ま、店主と懇意だったりする場合の値段ですけど』
『はぇ~~他にも高い飲料とかあるの?』
『カフェ・アルローゼンは結構なお値段しますね』
『え? 国民的飲料なんですよね?』
『ええ、そうですが、基本的にあのお方の教えを護らんとする人達が子供の時から、甘い飲料は1週間に1度と教育するので』
『えぇ……甘い飲料ってどれくらいの?』
『そうですねぇ。甘味料の入った飲料の値段は恐らく血糖値の上がり方基準で高くなるので他国の6倍くらいでしょうか?』
『『『『『?!!』』』』』
『ああ、でも、甘味料の入った液体飲料のみで殆どが課税対象ってだけですよ。甘い飲み物ではなくてアイス以外の御菓子何かは他国と殆ど同じお値段のはずです』
『どうして、飲料だけ高いの?』
『あのお方が国民の健康の為を想って書かれた医療健康用の基礎医療知識読本がありまして。特に食事は医療だとの事で過度な食事、過度な飲酒、過度な甘味飲料の摂取は寿命を縮めるからと厳しく戒めています』
『そうなんだ? そりゃ大変だ』
『皆さんの邦の健康保険関連の方々もこの事実から飲食業や食品の規制を行っているはずなんですけどね。御菓子は消化し難い、血糖値が上がり難いものならば、税率は安いですし、毎日口にする事は普通です。ただ、他国と違って大食いとか、大酒呑みとか、甘味の過剰摂取を文化にはしていないというだけの話なんですよ』
『はぁ~~何か厳しそう。というか、大盛りってあるの?』
『無いですね。成人男性用や特定の業種用で肉体労働者用という括りはありますけど。ちなみに甘いものは首都では嫌な事があった日や落ち着きたい時に飲むんですよ。まぁ、興奮物質はマシマシですが……』
『よく帝国首都は世界最大の美食の都と聞くが、内実はそんなもんなのか』
『美食というのが感じ悪いんですよねぇ。食事が旨いのは当たり前でなければならないというのが、あのお方の教えですし、子供の頃からマズイものと旨いものの差が分かった上でマズイものも食えというのが帝国首都の家の日常です』
『マズイものも食え?』
『今風に言う食育ですよ。本当に美味しいものは人々にとって日常的に口に出来るものであるべき。だが、同時に世界の多くの人々の食が恵まれていない事もまたちゃんと教えるべき。というのが教育委員会と親にとっての国是なのです』
『具体的にどうなるんだ?』
『食品の好き嫌いは体質が合わない免疫反応が出る場合以外は大人になっても親が子供に勧めます。帝国の学校教育では給食は出るモノなのですが、帝国式の食事と他国式の食事があり、他国出の料理人が帝国人の“口に合わない料理”を出すのも通例です』
『何でわざわざ口に合わないものなんか食うんだ?』
『教育ですよ。帝国が如何に恵まれているのか。同時に他国がどういう場所なのかをちゃんと教える為の政策です。数十年前からこの基本は変わりません』
『政策ねぇ……』
『実際、帝国式の料理が一番旨いのは帝国人にとっては当たり前ですが、他国の料理は他国の文化でもある。それを食べるという事は差を知るという事。一般的な国民が何を食べているのかを知る事は他国の文化を摂取するに等しい。表向きは他国理解の一環ですから、食事前に現地の料理の解説が入りますね』
『ふ~~ん。変なの……口に合わないものも食べるなんて』
『それで口に合った他国料理を作る料理人になる人もいます。帝国式が幾ら美味しいとしても、差なんて今時は左程ありません』
『そうなの?』
『帝国式どころか。現代料理の基礎は全てあのお方が元祖ですので』
『ま、まぁ、それは同意、かな……』
『何事も知る事が肝要という事ですね。ちなみに首都だと税金と並ぶ義務というのは多くの場合はイベントに参加する事なんですよ。食事会とかが一番多いでしょうかね。自分に合わない食材が入っていないか確認したりもします』
『イベントに参加?』
『ええ、国や地域の行政に管理されるモノもあれば、そうでないモノもありますが、社会的な地位の確保、及び個人アピールとしてイベント参加は必須ですね。その為の有給は絶対取らせてくれますし、非常に重要な仕事が入っていない限りは会社の上司も勧めてくる程ですよ』
『へぇ~~食事会以外だと、どんなイベントなの?』
『住んでいる地区の伝統的お祭りに参加したり、自治会の役員になっていれば、その仕事とかですね。他にも公金による支援が入った組織団体の所属なら、その企画するイベントの大半は参加していれば、褒められちゃう事すらあります』
『……何かやらされてる感が半端ないな……』
『嫌なら入らなきゃいいんですよ。ただし、住んでいる地域の問題に関する説明会とかに特段の理由が無く来ない場合、来ない人間は後々にその問題に関する議決権を失うので……まぁ、政治を動かしたい方々は必ず行きますよね』
『議決権を失うって……つまり、投票出来なくなるって事?』
『ええ、なので問題があって行けない場合はその旨を公的機関に数日内に簡易書類で送付する必要があります』
『何かやたら面倒そうな……』
『ソレを面倒と感じるならば、貴方は帝国首都の住民には成り得ない。そういう事ですね。面倒を押して動かない人間には投票する資格すら無いというのが我が国の一般常識です』
『そ、そうなんだ……』
『勿論、納税の義務を怠ったり、犯罪を犯しても同じです。無論、後から問題を知ったとか。周知が足りなかったりすれば、後々に救済策が出ますけど』
『はぁぁ~~~帝国は何か雁字搦めって感じだな』
『優秀な人間なら可能です。要領が良いだけ、自分が可愛いだけの人間は要らないって事ですよ』
『要らない、ねぇ……』
周囲がざわつく。
『そもそもの話になりますが、帝国人が最初に教えられる法理とは権利とは義務である。自由とは規律であるというところにあります』
『謎掛けか?』
『いえいえ、その通りの事ですよ。例えば、子供が欲しい場合、妊娠希望者の女性と男性には最新のドキュメンタリーの視聴義務が課されます』
『ドキュメンタリー?』
『ええ、子供を殺した母親や父親、更に有罪になった挙句、半死刑宣告である細晩刑になった方の録画映像と各種の人生における様々なデータが開示されます』
『えぇ、何ソレ?』
『子供を不幸にした人間は死んでいた方がマシな刑罰を受けるし、貴方達にはその覚悟が必要だという事です』
『ど、どういう事なの?』
『その子供が殺されるまでの理由。その子供が殺された時の彼らの精神状態。そして、彼らが死ぬまでの一部始終、もしくは死なないままに廃人になるまでの録画ですね。悪い事さえしなければ、何ら関係の無い話ですよ?』
『……何か聞いた事あるわ。友達の帝国人のお嫁さんが他国に来て、まず始めに義務が少なくてホッとしたって言ってた。その人、子供がいたんだけど、二人目が欲しい時に何も見なくて済むなんて、この国怖いところねって言ってたとか』
『ああ、よくある話ですね。ちなみにこの録画は死刑囚への減刑にも貢献する素晴らしい制度でして。人間のクズにも心が残っている事を前提にした慈悲でもあります。即死もしくは“半分”で済むんですよ。人道的ですね♪』
『『『『『(……人道的?)』』』』』
内心で彼らは愚痴る。
まぁ、実際、その最高刑罰の一つである生きたまま機械でミンチにされるという刑罰は非人道的ではないかと言われて久しいが、帝国は頑として「これは人々に覚悟を問い、犯罪増加率を抑制する素晴らしく“善人にとって”人道的な刑罰だ」と言って憚らない。
世界最大の帝国に悪人へ人道は必要ないとニッコリされては他国の大使も黙るしかない話であった。
『他国で怖いところねと言うのが如何にも優秀には成れなかった方。もしくは帝国人には成り切れない方なところでしょうか?』
『その人、滅茶苦茶仕事が出来て、ウチの国でも年収でなら、上位層なんだけど』
『ああ、いえ、仕事が出来るのは帝国の首都だと当たり前のスキルです。それが無くても、何かしら帝国に重要な貢献さえしてくれていれば、一人前ではあります。ただ、帝国人にとって義務から解放されたいという層の大半は帝国人崩れですね』
『そのフレーズは聞いたことある……ウチの近所の故郷が帝国の人。自分は帝国人崩れだからって、よく自嘲気味にバーベキューしてるよ。いや、滅茶苦茶良い人というか。滅茶苦茶有名人でね。アラザス共和国の至宝って言われてる人格者なんだ。ウチの国の灌漑設備を整えてくれた人でさ』
『ああ、そういう方もいますが、老後にバーベキューして近所の人達に愚痴る……良い人生送っていますね。義務から解放されて、老後暮らしでなんて、なるほど帝国人崩れだ』
『あの~~至宝って、言われてるのって、結構有名なんだけど。というか、複数の国で勲章貰ってなかった?』
『あ、オレも知ってる。教科書に載ってたような?』
『何で帝国人が知らないんだ逆に?』
『他国で有名な帝国人というのは大抵、帝国人にとって有名ではない。という、良く言われる問題ですね』
『良く言われるのか?』
『ええ。ある種、帝国人にとって他国に行って功績を遺す人物は帝国人より帝国人らしい方か。もしくは帝国人に耐えられなかった方というのが一般的です。優秀なだけではダメなんですよ』
『ダメ? 何が?』
『その方、きっと自分は帝国人崩れだと言った後、同じ調子で【もっと自分よりスゴイヤツなんて五万といる】とか言いません?』
『……何で知ってるの?』
『ああ、やっぱり。じゃあ、その方は帝国では負け組。いえ、言い方が悪いですね。勝てなかったという事です』
『勝てなかった?』
『言葉の意味そのままですよ。彼は優秀さしか無かった。彼は優秀ではあったが、帝国人として他の帝国人との競争に勝てないくらいの人だったという事です』
『それ……本気で言ってる? 一応、偉人扱いなんだけど、ウチの国だと』
『そうですか。物凄く顰蹙を買っている事を承知で言わせて頂くと。コレが本当に何の誇張も比喩も無く事実でして……』
『どんな?』
『帝国内の技術や知識を伝播する運び手には成れても、帝国内で何か他の者とは違う新しいモノを生み出す事が出来ない人材というのが実は結構いるんです』
『新しいもの?』
『彼らは帝国人同士の競争に敗れ、他国で己の活躍を得た人材であって、卑下する意図は無いので悪しからず』
実際そうなんだろうなと帝国人の竜の話を彼らは傾聴する。
『ただ、彼のような能力の人材ならば、正しく五万といるでしょう。そして、帝国の首都の人間は端から端まで多くの国で思われているよりは優秀です。彼らが首都に住まうのは彼らを分かる人間が、彼らを理解出来る層が首都にしかいないからだったりもします』
『『『『『………』』』』』
『私が知る限りだと。帝国で夢破れたスポーツ選手が他国で活躍した例とかありましたねぇ。でも、彼の事を知っているのは他国人ばかりで帝国ではまったく無名という……他国での彼の年収は恐らく帝国での数百倍以上ですが、誰も彼のように成りたいと思う帝国人はいません』
『どうして?』
『何故なら、誰もが自分は特別ではないと知っている。だからこそ、そうなれるように努力する。その一握りになっていた層だけがいつの間にか首都には溢れているんです。笑っちゃうような話なんですが、他国の有名な方々の一部に帝国の首都だけには行かない方が良いとされているのは知っていますか?』
『それ知ってるかも……ウチの兄貴が結構有名なデザイナーなんだけど、帝国の首都に行く旅行計画立てたら、慌てて社長から止められたとか』
『とても良い経営者ですね。その社長さん。異才や鬼才の類の方々以外はお勧めしません。普通に遊んで旅行して帰るだけの層ならいいんですけど、下手に知識や技能があると……まぁ、人生変わっちゃいますしね』
『はい?』
『先日、こんな事がありました。実は帝国でコンシェルジュしてるんですが、泊ったお客に格闘家がいまして。彼が格闘の試合が見られる場所に行きたいと言い出しまして……その方の人生の為にも何も見ずお帰りになった方がよいと提案したのですが……夜中に繰り出した彼が次の朝一番でチェックアウトして帝国から即座に祖国へ帰ってしまいました。その後は行方不明だとか』
『一体、何があったんだよ……』
『彼の考える格闘技と帝国の格闘技にはあまりにも差があったのでしょう。何ならこれはどの分野でも当てはまる。衣食住、最先端科学、特殊技能、特殊能力、文化的才覚、大衆には早過ぎる何かを得てしまった人々の多くは首都だからこそ評価されるし、首都だからこそ、良くまた帝国人として在れる。彼らの多くは非凡です。その最たる者達は白衣を着込んだ狂人ですが……』
『帝国技研、ですか? それ以外もそんなのばかりというのは聊か信じられませんがねぇ……』
『いやいや、掃除一筋40年の方を知っていますが、あの方の技術は他国では理解されないでしょうねぇ。女性の方なんですがね。博士号を取っていて、元技研の方なんですよ』
『掃除のおばちゃん?』
『ええ、そのようなものです。昔は滅茶苦茶潔癖症だったらしいんですが、一度天才達に圧し折られて、もういっそ帝国そのものを掃除するかと民間で清掃業始めたら、今や最大手の清掃員派遣会社の社長です』
『立身出世じゃ?』
『当人は自分の無能さが悔しい系人材で努力家であの方の信奉者ですが、帝国における最優秀層からすると天才の類ではあるが、落ち零れ扱いですね』
『そ、そうなんだ……』
『彼女の清掃業は主に国家機密清掃と呼ばれていまして、あらゆる国家機密関連の清掃業務を請け負っていて、ウチでも一度だけ掃除して下さった事があって……いやぁ、何の機材で何を掃除していたのだか』
『『『『『(……清掃のおばちゃんが国家機密扱うの?)』』』』』
『他にもそこらの主婦に話を聞けば、彼女程でなくても、何かしら非凡ですよ。当人はまぁそう?くらいの感覚ですが、主婦層の間で流行ってる蒼力による原子間力調理とか分かります? 他にも疑似二次元塗装とかやってるとび職の方とかもいます。他には車両ディーラーの方が空飛ぶ移動車両の一般販売を画策してたり、土建のおっちゃんが対蒼力用特殊建材による施工手順マニュアルを個人で作ってたりします。今や世界規格です』
誰もが思う。
よく分からんが、スゴそう。
『帝国人をよく表した教材とかなら教えられるのですが、中々に理解は難しいのかもしれません。知ってます? 他国でも放映されていると聞いた事があるのですが、【帝国人を止めなさい】ってドラマ』
『あ、ああ、反帝国思想なドラマだろ? つーか、アレ帝国製だったのか……物好きな製作者だな』
『いえいえ!? アレは滅茶苦茶皮肉が効いている喜劇なんですが?』
『え? そうだった? 確か主人公や他の登場人物達が色んな人に帝国人を止めなさいと言われて、止めたら素直に生きられるようになったとか。そういうドラマだったような……』
『あぁ、これが所謂食い違いですか。他国の方にはそう見えているんですねぇ。我々からしたら、ツッコミどころが満載な喜劇なので……思わず吹き出しそうになるのを堪えるのに苦労する傑作として笑いたい時に見るヤツです』
『えぇ? あのドラマの何処に喜劇要素が? 主人公や登場人物達の悲劇や苦悩や挫折を描いて、帝国人を止めたら幸せになれたとか。そういうのだったんじゃ?』
『そもそもですよ。題名からしてツッコミしかないのですよアレ。帝国人になれませんとか。帝国人になれなかったとか。そういうのなら分かるんですが、アレは【帝国人を止めなさい】なんですよ?』
『ど、何処に突っ込みどころがあるの?』
『帝国人は止めらない事を皮肉っているのですよアレ』
『止められない?』
『主人公は女性記者ですが、彼女は巨大な権力との対峙を前にして、帝国人を止める決意をしますよね? アレが物凄く皮肉なのですが、帝国人を止めるには帝国人でなければならない。そして、止めようとする姿勢そのものが帝国人らしいのです』
『え? え?』
『他の登場人物も同じ。主人公の恋人は帝国人を止めて、見知らぬ他国の人間を救う為のプロジェクトに何年も参加する事を選ぶ。帝国人を止めて、大勢を救う為に他国で指導をするなんて、如何にも優秀層な帝国人ですね』
『は、え? うん?』
『他にも帝国が大嫌いな移民の少女が私は帝国人にはならないと宣言して、権力に抗う主人公を助けるじゃないですか。アレもまた帝国人らしいと評判です。あのドラマの名台詞と言われてるのが彼女の言葉でして』
『そ、そうなの?』
『ええ、彼女は『帝国が世界征服したって、私は言い続けるわ。帝国人を止めなさいって!! そうしたら、きっと世界は目を覚ますもの』というヤツですね』
『それは聞いた事あったかな確か……反帝国思想の人達が滅茶苦茶楽しそうに勧めてくるヤツよね』
『いやぁ~~清廉潔白威風堂々少女らしからぬお転婆さも相まって可愛いですよねぇ。でも、帝国は世界征服なんかしなくても世界を牛耳っていますし、世界は目を覚ましたからこそ、帝国式を受け入れたのです』
『へ?』
『彼女は帝国の中で帝国人らしく。帝国を批判し、帝国人らしくない悪党を糾弾し、帝国人を止めなさいと帝国人を止めている方々を糾弾し、帝国人から大きく認められる。いや、まったく最高に皮肉が効いている。アレは暗喩なのですよ』
『あ、アンユ?』
『あの監督の作品はどれもとても皮肉が効いている。そして、少女が必ず反帝国主義を掲げているんですが、全部アレ“あのお方”の暗喩なんです。だから、帝国人を止めなさいと言っているのは正しくあのお方の意見なんですよ。作品の中では』
『え? え? え?』
『帝国内でアレが喜劇扱いされているのはですね。そういう皮肉が分かる年齢の大人にとって、姫殿下が帝国人に成れなかった“自称帝国人”の人々に帝国人を止めさせて、楽にして挙げている様子を暗に面白おかしくやっているからなんです』
『『『『『(そ、そうだったのか……っ)』』』』』
『だから、帝国人を止めた主人公は誰よりも帝国人らしく世界報道を志して羽ばたきますし、彼女の伴侶は帝国人ではなく他国人になりながらも、その国の英雄として人々の為の企業を設立し、大きくしていく』
竜は和気藹々とした会話だと思っているらしく。
何なら脳裏にはパーフェクト・コミュニケーションの文字が躍っていた。
『少女は帝国内の悪党をバッタバッタと薙ぎ倒し、あのお方のように帝国人に成り得ない人間に帝国人を止めなさいと名台詞を吐く。うん……だから、喜劇として素晴らしい。この世界の人々もまたどうやら、あの方に匹敵するような本当の綺羅星たる者達を得た事で動いている最中のようだ……先達として色々と世話を焼きたくなるでしょうね。上層部の方々は』
ふふふと竜は笑う。
『君、本当にコンシェルジュなの?』
『ええ、単なるコンシェルジュです。まぁ、よく来て下さる方々とは懇意にさせて頂いていますが、新しい世界に来たとお祭り騒ぎで皆様よくよく疲れて、ウチに宿泊して頂けるので助かってます』
小さな映像がアップロードされる。
それは新たな世界の大陸のものだった。
航空写真染みたアングルのソレには戦う人々。
今もまた己の仕事に勤しむ人類の姿が映っている。
正しく野外活動をする者達は使命感を瞳に宿らせて、人類の行く末の為に己の戦場で戦い続けていた。
『帝国の首都民は今多くが思っているはずですよ。ああ、我らの新たな仕事がやって来た、と』
『それ、本当にアンタらの仕事か?』
『ええ、まず間違いなく。それはきっと遠からず。自分を証明し、帝国を証明する轍となってこの世界の些細な問題を解決してくれる事でしょう』
竜は電子空間上で日本列島を見やる。
『得てして、人は天地に有りて無策を知る。我らあの方の民はその無策なる地平に挑戦するだけのしがない一般人。非凡であれ、凡庸であれ、無能であれ。帝国人とはそういう生き物なのです』
電子空間上の写真の数々には正しく地表での戦争の様子すら映っていた。
その想像を絶する軍事機密をペタペタ張っていた竜は自分達の出番はまだかなというウキウキ気分で様子を見つめる。
まだ、この世界の人々の死に胸を痛める程に理解しているわけではないにしても、仕事がある内は笑顔で対応するのが彼の流儀だったからだ。
そんな様子を見ていた他の者達は思う。
―――やっぱり帝国人は帝国人なんだよなぁ、と。
自分を無能と謙遜する馬鹿みたいな高度技能や知識量を誇る者達。
上には上がいるから都落ちしてきた政治家みたいに自分を語るのにやっている事は大半が常人には不可能な事が多い。
ついでに世界一のマッドサイエンティストが集う研究所を揶揄して、自分達は無害でちょっと優秀なだけの一般人とか言い出す頭のねじが数本抜けている人種。
その感性と精神が何か同じ人類とは思えないという存在。
それが帝国人なのだ。
『いやぁ、近頃の若者に人気の異国引っ越し系ノベルとか。帝国人は殆ど読まないんですけど、コレは異世界という事ですし、同じ人間に見える生物相手に商売とかコミュニケーションとか。参考資料に買っちゃおうかな♪』
大陸では異世界転生ならぬ異国引っ越し物語が大流行だ。
主に頭のおかしな帝国人が他国にやって来て、ストーリー的に暴れるという代物なのだが、彼ら帝国人以外の人々は知っている。
特に帝国人が傍にいる者達は思っている。
物語の外連味の部分はともかく。
帝国人の破天荒さや異質さはまったく誇張されてねぇなぁと。
何ならそれよりもヤバい主人公より主人公してそうな人々を実際に帝国人が傍にいる者達は見ているのだ。
電子空間上に集う者達もそれは同じであった。
職場でバリバリ働く帝国人が人間らしからぬ労働力を発揮して、国家転覆寸前の経済状況を改善してみせたり、襲ってくる怪物を殺して食ってたり、一般人なのにやたら戦闘力が高い上に変人だったり、死ぬとしても平然として人身御供気味に怪物達への囮になってみせたり……。
彼らは聞くのだ。
帝国人に聞いたのだ。
どうして、そんな事が出来るんだ?と。
そして、彼らの多くはこう返されて黙り込むしかなくなる。
『我らは帝国。人に先立ち、人に背を向け、苦難に立ち向かう者。あのお方の御国の民なり』
有名な作家の引用はよくよく彼らの性質を露わにしており、誰かの為に力を尽くす事を良しとした者達はだからこそ平和な国ならば変人と呼ばれ、問題を抱える国ならば偉人と称えられる。
こうして民間レベルでも周知され始めた異世界の現状はより多くの帝国人にとっての新たなお仕事の場所として認知され、彼らはゲームで遊んでる場合じぇねぇと覚醒……次々に滅び掛けた世界を“普通”にする為、国も何も関係なく数百万人規模で動き出すのだった。
*
―――日本国第二首都大阪。
現在、ゾンビ化で滅びる寸前の世界の国々は根本的に各地域のパージ及び封じ込めが互いに出来るようにと法整備と現実的な対応が可能な部隊を各地域に割り振る事でブロック経済染みた消費と生産の自己完結性の高い地域が主になっている。
これらが首都の封鎖やパージによってゾンビ達の手に渡っても他の地域は生き残るという戦略なわけだが、それはつまり、人員の一極集中の是正。
代わりは必ず用意するという事の裏返しでもある。
関東が結界で封鎖され、迅速に第二首都となったのは大阪であった。
そんな最中、特大の厄介ネタである異世界現出による他文明との接触で上は大わらわであった。
「副首相。首相の安否が分かりました」
「そうか。それで?」
第二官邸一室。
複数人の大臣がいる前で結界内部からお出しされた情報が共有される。
「首相は……星になったか。我ら人類の篝火と……っ」
涙を堪えた者達は多い。
時間の変動というトンデモナイ状況で内部の状況が進行している以上、寿命の問題は最初に指摘されており、覚悟はこの1日でしていたとはいえ、それでも主要な閣僚メンバー達が既に他界しているという事実に彼ら大臣達は唇を噛む。
「ですが、どうやら例の計画の骨子を護り切り、全ての準備を終えられたと。魔導騎士ベルディクト・バーン大使より、人類を救うのは間違いなく轍となった者達と彼らを導いた偉大な指導者である首相の貢献だと、そう……」
「ヨシヒのヤツ。まったく、年下の癖に先に逝くとは……昔から生意気だとは思っていたが、我らの先を行く男だったな」
涙をスーツの袖で拭った男の声に多くの大臣達が頷く。
「それで今内部は?」
「現在、善導騎士団及び陰陽自衛隊が生き残って魔族達と戦い続けていた人類領及び機動要塞による最終決戦中であるようです。勝敗はすぐにでも飛んでくるでしょうが、それよりも今は更なる相手との交渉方策の策定が先決かと」
事務次官の1人に副首相が頷く。
「ああ、そうだな。それで降りて来た情報は確かなのか?」
「はい。お渡しした通りです」
彼らが見ているのは自らをリセル・フロスティーナと呼ぶ太平洋を埋めるように出現した巨大な大陸の内実であった。
「殆どの国民は知らない事実も含まれているそうですが、大使が明かした所に寄れば、最高機密ではあるが、大陸の上層部は知っているとか」
「異なる日本。技術力に優れた者達の転移。宇宙を制覇する程の技術力と宇宙そのものを創造出来る程の圧倒的な物量……そして、彼らを滅ぼせる力持つ星の怪物達……それを己の中に取り込んだ存在……フィティシラ・アルローゼン」
「大使の言に依れば、神と呼ばれる宇宙の外の怪物達は真に宇宙を滅ぼせる邪悪ですが、同時に神ならぬ万能や全能を滅ぼす唯一の矛でもある」
「そして、それそのものたる大使が大陸の現代を生み出した。張本人であり、付き従う者達は今や宇宙にすら進出し、惑星すら創るか」
「開示された情報による宇宙進出。人類文明圏の全宇宙進出による文明化。マス・シヴィライゼーション計画……全て絵空事ではありません」
「何故、この世界にというのも書かれてあるが、月の裏側?」
「はい。プラネット・ナイン……文部科学省のサーバーに情報が幾つか引っ掛かりました。確認しておりますが、どうやら“存在しない惑星”の破片に付いての記述のようです。BFCと関係があるらしく。多くの高深度情報が存在していませんでした。ただ、月の裏の掌握は彼らも望んでいた様子があり、ソレがこの世界と大陸を引き合わせたという話も嘘ではないかと」
「そちらはまた後だな。問題は大陸がどう出るかだが……」
「大使からは全面的に滅びそうな文明の復興にお詫びとして尽力したいとの申し出がありましたが……」
「お詫び、ね」
大臣の1人が溜息を吐く。
滅びを連れて来た者達と言えば、聞こえは悪いが、実際に申し出の中に入っているパッケージ内容は魅力的に過ぎる。
それが宇宙の殆どを占めるとか言う“敵”と戦う同胞に対する気遣いとやらならば、彼らは顔を引き攣らせる以外無い。
何せ、どう頑張ろうが何を言おうが、全てはもう遅いという結論なのだ。
死にたくなければ一緒に戦ってねというのが事実であり、宇宙に出て行こうが絶対に逃れられない敵相手には戦う以外の選択肢が無い。
副首相が大きく眼鏡を上げて、目頭を指で押さえた。
「副総理……」
秘書官達が目薬を横からそっと出すがいいからと手で制される。
再び眼鏡を掛けた男は旧友が死んでいるという事実を受け止め切れない己を感じながらも引き継がねばならぬと得られた情報資料に遠目で重要部分を読む。
「……そうか。大使は随分と悪辣だが、同時に非常に有能な権力者らしい」
「悪辣、ですか?」
「彼女が真似た戦略は米国だ。同時にイギリスの植民地主義の根幹的な戦略をも掴んでいるな。恐らく、そちらの世界の米国や英国も同じだったのだろう」
「どういう事でしょうか?」
「人類は不可分の社会的な制約として大前提を四つ持っている」
「社会的制約?」
「食料、水、資源、最後に文明的領土だ」
副総理の言葉に政治を学ぶ者の多くは手元の資料を見やる。
「米国は世界の流通と食料と文明を司る事で世界を牛耳った。嘗ての大英帝国は自国の文明領土の肥大によって日の沈まぬ帝国と化した。現代、日本はソフトパワーと現代文明に必要なハードパワーの内、最先端の材料工学と基礎理論の先駆的な試みによって世界的な地位を築いた。古くはモンゴル帝国が物流手段、戦力としての生物資源、馬を用いる事で長大なユーラシア領土を維持した。産油国は近代より文明の動力源である黒き水を燃やして繁栄を手に入れた」
副総理は言う。
世界には常に必要なものを得た文明こそが最も栄えるべき者であると。
「嘗て我々は石油を、化石資源を食べていた。現在、我々は核融合炉とグラビトロ・ゼロを食べている。あるいは伝説上の植物を正しく茶葉のように食っている。分かるかね?」
その場の学のある者は理解していた。
正しく何を食べているのかと聞かれれば、人々は多くの場合、植物や肉を食べていると言うだろうが、政治家ならば、その根幹が分かっていなければならない。
「エネルギー。物流。ハーバーボッシュ法。どれもこれも発電機を回す油無しには成り立たないわけですか。そして、今はそれすら必要無い無限機関にハイ・マシンナリー・プランツがソレを超えた神話だと?」
「左様だ。エネルギー政策は食料の根幹だ。石油が命の水であったのは使い勝手の良い燃料としての価値が現代の人類文明には必須だったからだ」
副首相がまだ目を通していない資料に瞳を細めて読み込んでいく。
「リン鉱石が出る鉱山が世界から無くなっても人類が生存している理由は支え切れない人口を今は有していないからだ。日本の水が豊富だという事情、各国ならば核融合炉によって石油途絶後、電力を維持出来た事も大きい」
副総理の言う事は逐一最もだと歴史と政治を学ぶ者ならば理解出来るだろう。
人類の総人口は常に資源と技術によって支えられてきたのだ。
「食料は常に社会を映す鏡だ。同じものを食う奴と別のものを食う奴は仲間になるのが難しい。それは社会的、文化的な側面において極大の制約なのだよ。嘗て、世界流通の根幹だったスエズ運河が今は使えないという事実はどれだけ英国を苦しめていたと思う? それはモンゴル帝国が馬無しで帝国を維持するに等しい難行。世界帝国だった英国は正しく文明の技術と流通を牛耳る事で世界に覇を唱えた」
「アバンステア帝国はそういった歴史の焼き回しだと?」
「……歴史のIFを見せられているようだ。ランドパワーである内陸国でありながら、世界最大の物流拠点と耕作地と水源と鉱物資源と人口と……まぁ、全部持っているでいいだろう。それを用いた過剰なまでの暴力的な生産力による大陸支配。物流を真っ先に握り、巨大な生産力による大陸全土からの“自国の食糧庫化”を推し進め、世界貿易を一手に握って、過剰なまでに格安で物流コストを背負う。その代価は正しくアメリカや英国が握っていた多数の利権を全部集めたような代物だ」
「そう聞くと笑いしか起きませんが……」
「しかも、本来は物流に必須の化石燃料を一切採掘せず。全てを電力で最初から賄う事にした。無限機関と特殊生物資源による空飛ぶ飛行機械の開発は蒸気機関の発明以上の激震だっただろう」
「これを見る限り、あちらの日本には鬼才や天才が山ほど居たように思えますな……こんなもの単なる時代だけでどうこう出来る知識には思えません」
「正しく無限のエネルギーを食料と物流、大陸インフラの支配に割り当て、各国の生産事情にも“敵”の出現を言い訳にして“みんなの食糧庫が危ない”という事実で口を出す。分かるかね?」
「本質は通貨安による食料や経済の高低格差是正? プラザ合意みたいですね」
「そのものだよ。しかも、他国を食い物にするのではなく。他国の現状を引き合上げて、自分達を相対的に低くする魔法めいた他国への開発力まである」
「………」
「自国通貨安が基本政策でありながら、他国を困窮させるのではなく。自分達の補完機能として上手く活用した形跡も見える」
「確かに……近隣国全てが自国の同盟国というのはスゴイですな」
「生産物の売買を基本他国で行い。事実上の壊れない通貨を創造。世界通貨ワールド・カレンシーまで創始している。食料、物流、生産、金融、ついでに軍事力は世界一と来た。これなら米国の方がもっと慎ましやかに見えるな」
「パテントも抑えてますね。コレ……」
「良いかね? 大陸は統一されたというのは無謬だ。一部の抵抗者達は正しく統一されなかったのではなく。統一する理由が無い者達と解釈されていい」
「つまり?」
「彼らを世界と認めてもいいだろう」
「世界、か。事実上は連合だとしても?」
「フン。大陸の文明が7割以上帝国基準、帝国水準、帝国式と呼ばれる常識で塗り固められているのにかね?」
「………」
「彼らはそうだな。英国の技術革新と物流掌握術、米国の金融力と軍事力、日本の技術力と交渉力、フランスの文明力とスペインの無敵艦隊、ついでにソ連のような領土とゼロを開発したインドのような発明力を持っていて、ローマ帝国よりも強固な支配力を有し、アフリカの資源国以上の埋蔵資源と中東の産油国以上のエネルギー資源となる無限機関を獲得し、中国以上の政教分離を成し遂げ、希代の思想家であり、現代式の方法論と資本主義思想と社会主義思想と労働環境論を説き、人類の悪徳たる戦争、貧困、飢餓をほぼ撲滅したとされる歴史上唯一の偉人を未だ王冠を頂く者として崇めている人々、という事になる」
「嘘、冗談、紛らわしい。今から広告機構にでも駆け込みます?」
そのジョークを呟いたのは法相であったが、誰もが同感という顔になった。
「残念だが、ソレが今は大使とやらになって、自分は複数の宇宙の外にいる邪神と一つの体で同居しつつ、宇宙規模の存在とガチンコ・デスマッチを繰り広げてますとか。ちょっと可愛い十代の婚約者と重婚してる普通の異世界転生元日本人ですと主張しているが、誰に審査や監査を頼むのかね?」
「もうお腹一杯ですね。それ家系ラーメンの大盛りを頼むより胸焼けしますよ」
財務相が溜息を吐いた。
「それを飲み干せと言われている以上、我らも相応の覚悟で交渉に臨むべきだな」
「今は陰陽将のところでしたか」
「ああ、この難物というよりは怪物と我々はニッコリ笑顔で一緒に歩んでいかねばならない。未だ世界の人々には知らされていない秘密と共にな」
「……副総理。どのような問題が最も重要とお考えで?」
「人員の質と量の差が違い過ぎる」
「あちらは滅んでいませんからね。数十億の人口を有するそうですし」
「第一次外交団の派遣を今週中にお願いされたが、善導騎士団並みに彼らは“押し付けてくる”だろうな」
「物資と思想をですか?」
「“帝国式”とやらもかもしれん」
「関東圏も100年以上経っているという話ですし、人種の闇鍋以上の状況に日本は陥るわけか……」
「まぁ、いい。それはなるようになる。問題は文明的な摩擦や人員物資の差だけではない。彼らが外なる神と呼ぶ封印された巨大触手の類と戦い制圧する準備があると言っている事だ」
「それと同居しているのでは?」
「送られて来た情報を読めば分かる。殴り合って剣を突き付け合うか。もしくはこの星の上ではお行儀よくしろと言い聞かせる事から始めるそうだ」
「犬の躾か何かなんです?」
呆れた様子の者達が書類を読み込む。
「生憎と直径300mを超える機動兵器やら、量子的な場を直接操作して物質を工作する特殊能力やら、あらゆる超重金属資源を体内に取り込んで超人化した兵士やら巨大な宇宙を飛ぶ防衛施設らしい大陸を複数所持しているやら、星系を掌握するネットワーク・システムやら、惑星そのものを生み出すプロセスやら……お出しされたモノが荒唐無稽過ぎるのに現物があるせいで事実でしかない」
「……我々にどうせよと?」
「抗いたまえ。それ以外に滅び掛けた世界で我らが彼らに示せる優位性があると?」
「はははは、何もかも負けて負けぬ気概ですが、それは楽しそうだ。首相の意志を引き継ぐならば、やってみせねば嘘でしょう」
「人類に逃げ場無し。ならば、人類から打って出る。理論的な結論です」
「それが破れかぶれだとしても、その気持ち無くして我らは此処まで辿り着かなかった。諦め掛けていた我々に手を差し伸べたお人よしの異世界人達がいなければ、この星の人類は何も知らずゾンビか化け物になっていた」
「ならば……示しましょう。我々人類はまだ捨てたものじゃないと」
頷き合った彼らは新たな情報が入ってくる前に外交団の受け入れ準備へと向けて奔走し始める。
それを部屋の隅で歩哨に立っていた騎士団の者達は『あんたら、本気で捨てたもんじゃないさ』と何も言わずに笑みを浮かべて見ているのだった。
*
ヨモツヒラサカ。
それはこの大結界内部で200年近い時間を過ごした人類にとって、地獄というよりはお隣さんの名前だ。
魔族達の本拠地である地下アーコロジー計画の産物である球状地下コロニー群は多層式の居住区画内部を空間の拡張と内部環境の循環システムを維持する事で魔導鋼都より狭いが、それなりの居住環境を齎してくれる。
太陽もあれば、月も出る。
大穴を開けない限りは宇宙に飛ばされても大丈夫。
ついでに各地の魔族達が通したトンネルや空間転移ポータルを使えば、何とか往来や貿易も維持出来る。
結果として日本の地殻にドカンドカンと建てられたソレらは関東圏に限って全て乗っ取られたわけだが、根本的に全ては事前準備のせいで大結界以外の状況は何もかもが人類には最初期から対処出来ていた。
秘密裏にだ。
簡単に言えば、こうだ。
魔導騎士のプライマル・コード。
最優先命令権限は未だ生きているし、殆どの魔族達が使っている上辺の制御システムの大半は未だ眠っている機構の表層部分にしか過ぎず、全ての状況が好転している最中である。
「………」
スカスカの人口密度まで落ちたヨモツヒラサカ内部は車両で通行しても誰一人として気に留める者は無かった。
何なら、同じような車両が大量に複製されて、人類との決戦に備えられて備蓄され、開放されたばかりという事も相まって、中央区画までの道路で渋滞に巻き込まれている以外はまったく怪しまれすらしなかった。
あちこちで魔導鋼都を墜とす為に地表へと向かう者達の渋滞が起きているのを良い事に少年はスタスタと自分の義理の娘を連れて巨大な中央のビルの前までやって来ていた。
勿論、残された単なる有象無象が彼らの光学偽装を見破る事は無かったし、ドアも勝手に開くし、詰めている政府関連施設用なのだろう警備員達はテレビに釘付けで彼らの報道局による魔導鋼都制圧の現状をリアルタイムで伝えており、あちこちで魔力も駄々洩れな者達が涙しながら、現場の戦士達を応援していた。
『魔導騎士めぇえ!!? 前衛にはオレの親類が沢山いたんだ!! あいつらは良い奴だったんだぁあ? うぉおおおおおおおおお!!?』
『このままじゃ!? もう見ている事しか出来ないの!?』
『魔族領、最後の日……ふ、ふふ、何処かの三文小説やアニメより奇異な現実か』
『おぉ、偉大なるクアドリス様!! 我らの未来をお守り下さい!!』
『ねぇ、ママぁ。魔導騎士って悪い人なの?』
『そうよ!! 魔族領の敵なの!! あの恐ろしい要塞で私達の生活を、未来を脅かす恐ろしい人なのよ!!』
会社に子供を連れて来ている教育ママに言われて、そうなのかなぁと思いつつも、首を傾げた少女は少年の強そうな姿を見て、ちょっと『カッコイイ』とか思ったが口に出さず。
戦況報告に上がる大人達の悲鳴を聞いている。
そんな視聴率100%を記録するテレビに齧り付いた大人達の背後。
少年はイソイソと通り抜け、全てのビルのロックをまるで無いかのように通り抜けながら、直下に入る通路へと向かう。
下り坂の途中には誰もいない。
「お父様。此処のシステムをクラッキングしているのですか?」
「え? あ、ああ、ロックが外れてるのは九十九達が僕のコードで今は動いてるからです。クラッキングという程度の事すら起きてません。制御装置がそもそも乗っ取るまでもなくこちら側です」
「コード?」
「ええ、関東圏で広く使い始めた全てのディミスリル被膜合金にはナノオーダーの術式織り込みを掛けたモノが使用されているんですが、それは九十九や百式の電波や経路が繋がるなら、例え単なる鋼材でも魔導が現場で処理出来るんです」
「それって……」
「あ、はい。この鋼材そのものが幾らリサイクルしても影響を確保出来る画期的な代物だったので、大量にヨモツヒラサカにも使われてます。そもそも未だにディミスリル系の鋼材は貴重なものでヨモツヒラサカ内部にある炉を使っても、リサイクル品を使わずに都市機能を維持するのは不可能でしょう」
「つまり、何処だろうが、彼女達の影響下なわけですか」
「機械に使われる半導体。基盤に使われる各種資材も全てディミスリルの恩恵がある。つまり、この関東圏内部でならば、どんな物質でも、鉱物資源を使った全ての道具、建造物、インフラは全部影響下って事ですね」
「……BFC対策、ですか」
「はい。空気に続いて道具や場所も管理下に置いたわけです。彼らの未知の出現方法やら何やらに備えた代物という認識で大丈夫です」
「魔導鋼都もヨモツヒラサカも御父様の掌の上ですか……」
「この内部ならば、大抵の支援が受けられます。此処で例外的に強みを持つのはBFCくらいなものでしょう。彼らが重力を使う術式によって魔力を用いる生物を殺す方法を編み出したように、僕らは自分達の世界そのものを己の術式で組み替える事が出来ます」
「それに必要なコードが御父様のものなわけですね」
「全部、元々は船の製造の為のプランだったんですけど、大結界を張られちゃって……唯一、これだけがセブン・オーダーズの事前準備で止められないものでした」
「勝てますか? クアドリスに……」
「……恐らく勝つ理由が無くなります」
「理由が無くなる? それはどういう?」
「後で分かります。もうそろそろですね。出て来ていない最初期の魔族は後2人。蛙のご老人は我々には不干渉のはずなのでオーダー可能なのは後1人」
「ですが、彼女は一度斃せている以上、二度も同じなのでは?」
「いえ、恐らくですが、一番ヤバイのが彼女です。此処100年以上の情報を脳裏で解析したんですが、対処方法がかなり限られるので」
「え? 確か不死だったかと思いますが、アレは御父様の力で封じられたような?」
「いえ、そっちじゃないんです。魔族にとっての一番の能力を彼女は持っていた。それを限界まで高められて、投げられたら、かなり面倒な事になるのは間違いないので絶対に油断しないという油断すらしないで下さい」
「御父様がそういうという事は……」
「恐らく、死に掛けているクアドリスよりもマズイと個人的には思ってます」
「分かりました。とにかく、先に進みましょう。クアドリスの寝所まで後一歩のはずです!!」
「はい」
少年と女が共に地下を目指してエレベーターに乗った。
その先に何が待ち受けているのか知る由もなく。
*
「……きひひ。あーあ、結局最後はアタシかぁ……」
同僚というには長い付き合いの男達の敗北を感じ取り、女は一人。
静かな部屋の椅子に座っていた。
「また減っちゃった……もうヴァルンケストにいた連中もいないし、死に損ねちゃった……」
彼女が自分の座る椅子を優しく撫でる。
「あなた達の力、借りるね……生まれて来れなかった子達……」
部屋は暗かった。
しかし、広かった。
そして、永劫の夜空を思わせて天蓋にあるのは小さな魔力の明かりばかり。
だが、それでいいのだと彼女は静かに立ち上がる。
彼女の背後12km四方に積み上げられたモノがゆっくりと発光し始めた。
それは煌々と夜の灯となり、その白く小さな頭蓋内部から零れる優し気な光の先から揺ら揺らと風を曳いて来る。
渦巻くものに囲まれながら、女は産み落とされ続けた子らを見やる。
幾万幾億では足りないしゃれこうべ。
その内の僅か。
だが、この百年以上で死産した魔族領の赤子の総数が今其処に葬られていた。
「この百年以上で13人……やっぱり、クズばっか食ってたからかなぁ。でも、まぁ、何もないよりは在った方が嬉しいでしょ?」
艶やかに深淵を湛えた女の瞳が光る。
深く深く蒼く黒く赤く。
「さぁ、お祭りだ。きひひ……みんなでしよう!! 悪い悪い魔導騎士を打ち倒して、悪い悪い騎士団を打ち倒して、みんなで、ね?」
女が瞳を細めて薄ら笑む。
頭蓋骨からは密やかな笑い声が響く。
それは増して増して増して、何もかも震わせるような響きとなって、しゃれこうべの大地が謡い始める。
命絶えた者達の演奏が始まる。
彼らを慰める母の声に乗って。
そして、エレベーターは辿り着く。
最後の戦いはただ―――半径2.2kmの岩盤を粉砕する拳……しゃれこうべ達の拳が引き起こす大地震と共に始まったのだった。




