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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-Rex of Silence-
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第5話「帰らぬ静寂」


 魔導鋼都を纏める魔導議会は言わば、各ヒト種族及び人類と半魔族の統合意思決定機関として武力である善導騎士団と陰陽自衛隊を前身機関とする【魔導省】と【陰陽省】を統括する汎人類組織である。


 善導騎士団は【魔導省】の下位構造として存在しているが、それが日本式の民主主義国家による文民統制をやっているという建前を堅持する為なのは誰も知るところだ。


 議会の議員は民主主義選挙制度で選抜している。


 が、基本的には能力がある意欲と無私の心を持つ者という括りで人々の内部から選ばれるし、同時にヒトと呼ばれる亜人種族、半魔族も含めた人間以外も出生率と現在の母数に合わせて議席数は定数が定められており、過剰に最大の母数を誇る魔族や半魔族人員が議会を掌握したり出来ない構造となっている。


 こうして上澄みを集めた彼らの多くは半分が二つの省の推薦。


 残るのが最大与党と他政党の推薦で選挙に出る事になる。


 この政党の党首こそが現在の日本国の正当な首相になるわけだが、実際には首相業の殆どは内務に極振りされており、実質的な戦力を扱う武力的な外務活動は魔導議会の議長その人に預けられている。


 そして、この100年以上議会を掌握し、騎士団と自衛隊を手中とするその議長の名義は変わっていない。


「お~~さすがオレちゃんの孫。うんうん。サッカーが下手だな」


「何だよ!? じーちゃんの癖に!? スポーツ上手くないのは遺伝とかじゃねーもん!! まだ始めたばっかだからだよ!?」


「あははは。スマンスマン。ま、オレちゃんとは違ってお前らの世代はレベル創薬が普通だからな。好きなだけ上を目指せ。オレちゃんは極め過ぎたのでもう大後輩を見守る位置に付けてマイワイフとイチャイチャとお茶してくるぜ♪」


「もぉ~~~!? この色呆け!! 酒好き!! お水のねーちゃんにこの間滅茶苦茶バレンタインのチョコ手渡しで貰ってたのばーちゃんに言いつけてやるからな!?」


「おう!? それは勘弁。老人はさっさと家に帰りますかね~」


「くそぅ!? 何でこんなのが今世紀最大の指導者とか言われてんだ!? ぜってぇーおかしいって!? ダークナイトとか持ち上げられ過ぎだろ!! 中身とアニメの主人公に一切共通点が無いとかさぁ!!?」


「ははは、年期が違うのだよ。年期がな♪」


 50代後半くらいに見える髭面のダンディがニカリと笑って孫の孫の孫くらいの家族の頭をガシガシ撫でて、ちょっと膨れっ面を恥ずかしそうにさせてる様子に満足し、サッカーのユニフォームを脱いだ。


 上半身裸でグラウンドのベンチへと戻って来る。


 それと入れ替わりに20人以上の少年少女達がワッとグラウンドに入り、男に手を振ってからチームに分かれてサッカーに興じ始めた。


 全て彼の血族である。


「先生。お茶です」


「おう。ありがとさん。はぁ~~やっぱ、このお茶が一番だな」


「そんな……ふふ、真に受けておきますね?」


「ああ、そうしといてくれ。さ、家族に別れも済ませたし、久しぶりに年寄りの冷や水に行ってくるかな」


 ダンディーを絵に描いたような金髪の男が引き締まった肉体の汗を魔導で地表に流したと同時に飲み干したお茶が入っていた紙コップを掌で燃やして、そのままの姿で歩き出す。


 その背後には銀髪の未だ少女にしか見えない伴侶が付き従い。


 半裸にしては堂々とし過ぎだろうと誰もが思う事だろう。


 だが、それが似合っているのも確かな話であった。


 2人の男女の向かう先には黒武が後ろでカーゴのハッチを開いており、七名の完全武装した善導騎士団の精鋭。


 ライジング・ウルフズの男達が不動で左右に並んでいた。


 彼らの周囲には総勢で50名近い男女が待っており、何かを悟った神妙な様子でまるで泣きそうな顔になって立ち尽くしている。


「いやいや、辛気臭いって顔がさぁ。オレちゃんも随分と買い被られたな。お前らはもう成人済みなんだから、大人の顔しろって。そういうもんだろ?」


 その言葉に口元に手を当てた女性陣の多くが涙を堪えて男の姿を目に焼き付ける。


「じいちゃんッ!! じいちゃんは魔導議会の議長なんだぞ!!」


 そう子供達に聞こえないように声を低めながらも悲鳴のように詰め寄った40代の男は顔を歪めていた。


「そうさ。オレちゃんにはホント似合わない席だ。もうそろそろあの椅子を尻で磨く仕事も飽きたからな。立候補したいヤツがいれば、選挙でもして勝ち取るといい」


「ッ、そういう事じゃない!! どうして今更!? 現場を離れたアンタがッ!? 銃も剣も能力も!! 訓練だってロクにしてないだろう!?」


「ははは、見縊られたもんだな。いや、事実その通りみたいなもんだけども……でもなぁ……こう見えてオレちゃんはセブン・オーダーズなわけよ」


「―――」


 その言葉に男達が今にも堪え切れなくなりそうな顔で拳を握る。


「あの当時、単なる若造に過ぎなかったオレちゃんがこんな地位にいる。全部、誰かのお膳立てで、どんな成果もそれ故に過ぎない。必要な役割を演じられるからそうしたってだけで……そんな大そうな人間じゃないんだ。でも、その役目で人を動かした程度の責務は果たさなくちゃならない」


 半裸の男がちょっと合図すると護衛者達がインナースーツを持ってきて、男に手渡した。


 その色合いは歳に似合わぬオレンジ色で男の心を示したように晴れやかだった。


「九十九たーん」


 ブオンという音と共に男の傍に白磁のような肌に白い髪の少女がワンピース姿で現れる。


 その周囲には少しだけ彼女とは顔の違う頭部に付けた狐面の色合いだけが違う少女達が大量にいた。


「ッ―――百式ネットワーク?! 神樹の女神が何故此処に!?」


「何故ってオレちゃんが今のこいつらの上だからな」


「は?!」


 封鎖された関東圏のネットワークは増設され続けていたが、その中核となる百式の相互補完式ネットワークは現在、嘗ての魔族襲撃時にAI制御式の完全独立型として一部の人員以外の制御権が無いというのが公の話だ。


 善導騎士団や陰陽自衛隊がソレを使えているのは彼らが掌握しているからではなくて、彼らの一番上の人々のクリアランスが継承されているからだとされているし、今まで事実上はそうであった。


「いやぁ、この世界に閉じ込められた時にさぁ。セブン・オーダーズ内で誰が九十九たんや百式ネットワークのマスターするのか決めたんだけど、みんながみんなパスって言うもんだから……ウチのマイワイフが一緒に補佐するからって、オレちゃんがマスター・アドミニストレータしてるんだよね」


『現在のマスター。お分かりでしょうが、例の計画が発動されました。それと同時に最大の脅威の排除に成功。ただし、こちらも最大戦力はしばらく帰還不能です』


 百式と呼ばれた少女の言葉に男が肩を竦める。


「生きてるんだよな?」


『はい。生存は確認しています。ですが、現在敵の最後の攻撃の余波を鎮める為に全ての能力を使っており、魔導鋼都の最上位オーダーは実行不能です』


「分った。じゃ、この機に乗じてやってくる連中との最終決戦。やっちゃいますか。マスター権限だ。カッコ良く頼むぜ? 九十九たん」


 白い少女達が男を中心として姿を瞬時に別の場所に移動させ、陣を組んだと同時に男の体が浮かび上がる。


 そして、無数の魔導方陣が男を包んで回転しながら、男の姿が変わっていく。


 肉体そのものが変質している事を誰もが見ている事しか出来なかった。


『オーダーをどうぞ』


「オレちゃんの精神が擦り切れない程度に能力載せといて。あ、後、出来れば、年齢はあの頃にしといてくれる? いやぁ、さすがに外の連中との時間差エグイし、こんな顔じゃ分からんだろうしさぁ」


『了解しました。全導入遺伝データの呼び出しを完了。レベル創薬汎用導入座位群最上位階位より順次組み込み。波動収束開始』


 男の姿が変貌していく。


 肉体は一回り細く。


 しかし、年齢は二十代程に見えるように若くなっていく。


 同時に魔導方陣から放射された大量の波動が収束し、焦点となった部位に次々と大量の情報が流し込まれているのを誰もが感じ取っていた。


 この魔導鋼都そのものが一種の魔術具なのだ。


 同時に錬金術の精粋たる要塞そのものが一種のデバイスに近しい。


 男が髪を両手で後ろに撫で付けてオールバックにすると長髪が固められる。


「ちなみに組み込める系統の能力って今どれくらいあんの?」


『300万人分です』


「あ、もう聞かなくていいや。じゃ、お任せで……」


『承知しました。最適な能力をアッセンブル開始……100%完了』


「じゃ、事前準備通りよろしく」


『魔導鋼都全域に訃報を周知中……データ書き換え中……完了』


「じいちゃん!? 何を?!!」


 男達の一人が思わず訪ねる。


「んあ? ああ、前々から決めてたのさ。最終決戦時に必要なのはオレちゃんみたいなヤツじゃない。だから、公的には死亡扱いにして、引継ぎは先送り。議会の古参連中と善導騎士団と陰陽自衛隊の面々には言い添えてるし、問題ない問題ない」


「問題ないって!? 今、貴方の訃報なんか流れたら!?」


「いいんだよ。ウチの連中は優秀だ。それにオレちゃんも権力持ち過ぎたし、これは全部一度分割しとくに限る。それに全軍を率いるべきヤツが来た」


「それは貴方では―――」


「ははは、オレちゃんは単なる代役だからな。それに相手にもこの情報を流して出来るだけ予備戦力も全て吐き出してもらわなきゃならないんでな」


「一体、どういう事なんですか!?」


「ああ、来るぜ? お前らも良い大人なんだから、衝撃に備えろよ? オレの、オレちゃんの仲間は結構過激だぜ?」


 男がそう言い終えた途端、男の肉体の強化が終わった。


 そして、数秒も経たずにズガァアアアアアアアアアアアンという轟音と共にサッカーコート横の土手の内部のハッチが吹き飛んだ。


 一瞬だけライジング・ウルフズの隊員達が周囲を魔力波動で探索し、隠蔽していた術者がサッカーコートの子供達に分からないよう防音しつつ、結界を張る。


 そんな最中、土埃の最中からイソイソと少年が一人やって来た。


「……あ、アフィスさん。こんな所にいたんですか? ユウネさんが何か今お仕事中らしくて繋がらなかったので、向かうところなんですけど」


「おう!! お前が一番かよ。ヒューリちゃんやフィニアちゃんは?」


 その少年の姿を見た男と背後の少女以外の誰もが驚いた様子になる。


「あ、はい。今、他の皆さんを起こしに行って貰ってます」


「あ~~そこらへんの情報はやっぱり九十九たんから聞いてないのか?」


「ええ、まだベル度が上昇中らしいので」


「ごめんな? 実はその基準作ったのオレちゃんとマイワイフなんだ」


「あ、そうなんですね。こんにちわ」


 少年がそう言うと男の後ろから進み出た少女にしか見えない彼女がいつの間にかインナースーツ姿になっており、ニコリと微笑んだ。


「本当にお久しぶりです。騎士ベルディクト」


 オリガ・レヴィ。


 元従騎士にして現在も未だ騎士団に在籍し、様々な決算書類の会計業務を総括する優秀の二文字が服を着ているのだとされる女傑が微笑む。


『―――ッッッ』


 その言葉に周囲の者達が一斉に固まった。


「おう。お前ら!! これが噂の魔導騎士様だ。ウチの一番エライ奴!! ちゃんと頭下げとけよ~~こいついなかったらお前ら生まれてないんだからな~」


「あ、もしかして……」


 少年が周囲の大人達を見やる。


「ああ、オレの家族!! オレの宝物だ!! どうだ? ちょっと羨ましくね?」


 その誇らしそうな笑みに少年が少しだけ目を見張る。


 嘗てのウェーイ……アフィス・カルトゥナーには無かった自信と自負が其処には確かにあった。


「……おめでとうございます。お二人が幸せになった事、心から寿がせて下さい」


「ふふ、いやぁ~~オレちゃん達の結婚式見せたかったな~~♪」


「今度、色々と拝見させて貰いますね」


「で? 状況は分かってっか?」


「あ、はい。何かベル度が上がったらしくて、敵の一番厄介な実働戦力を斃したとか何とか」


「ま、カタセの姉御とユウネちゃんもあっちなんだけどな」


「お二人が力を合わせて作ってくれたこの勝機逃しません。船は取り戻しました。結集地点は此処に設定して、これからやってくる大攻勢を乗り切りましょう」


「おう。じゃ、さっそくで悪いが、オレちゃんからプレゼントだ」


 九十九に目を向けたアフィスが頷く。


「騎士ベルディクトを認定。マスター承認。全工程完了」


 それとほぼ同時に男の背後、数mの灰色の人型のマシンが姿を露わにする。


「ッ、3m級のアペイロン? ああ、研究はするように言ってましたけど、こっちでやってくれてたんですか?」


「うん。まぁな。魔剣工房の人達と一緒にさ。あの2人は最初期の数十年後、寿命で逝っちまったけど、そのお弟子さんと九十九たんや百式ちゃん達がな」


 ト・アペイロン。


 無限者と嘗て呼ばれたソレの超小型版が今の少年の前に屹立する代物だった。


「痛滅者を内蔵してる。殆どのパーツは精霊化してて、自身で空間創生結界の領域を常時生成して防御を行う最新式だぜ?」


「ああ、ユウネさんの力でしょうか?」


「あの姉妹ちゃん達には頭上がらんよ。ずっと寝てる間も意識は無くても延々と圧縮して学習し続けてたし、精霊化した魔力の写し身で研究もさせてたからな」


「そうですか……随分と苦労を掛けちゃいましたね」


「イイって事よ!! どうせ、全部お前がいなきゃ出来なかった話だしさ。で、これからどうすんだ? 一応、優秀なのは今の騎士団と陰陽自に揃えてあるけども」


「ああ、あちらには陽動として働いて貰います。最初期の計画通りにお願い出来ますか?」


「分かった。こっちはそうしとく。そっちは?」


「ユウネさんの本体は此処にいるんですよね?」


「だな。今はあっちに意識飛ばしてリソース全部突っ込んでるから、何も反応しないと思うけども」


「じゃあ、その合間に陽動と同時にこの要塞を造り変えちゃいましょう」


「はい?」


 思わずアフィスが首を傾げる。


「内部構造は把握しました。あちこち見て回って居住区画と各セクションの繋がりも準備していた通りだったので後は宇宙に旅立つ前の事前訓練でもと」


「……はぁ、ホントそういうの好きだよな。つーか、あの計画が九十九たんから解放された時にも驚いたけど、さすがに規模大き過ぎて笑ったぜ?」


 苦笑したアフィスが「さすベルさすベル」と投げやりにニヤリとした。


「一応、男の子なので。それに元々機動要塞理論で創るはずだったモノはこの星を動かす為のカギ。全ての仕様が同じなら、ヨモツヒラサカも含めて準備は全て整った事になります」


 少年もまた少し照れたように笑う。


「避難いるか?」


「いえ、空間制御関連の術式も今九十九から貰いましたし、これなら問題ありません。あ、ええと明日輝さん達は何処にいるのか尋ねても? とにかく“あの子”がいるとちょっと空間転移が使い難いので」


「ああ、それは問題ない。最初期の数か月で滅茶苦茶飲み込み早くて、要塞建造時に明日輝ちゃん達手伝ってたし」


「あ、そうなんですね。じゃあ、ぱぱっとやっちゃいますね」


「この要塞、創るのに結構掛かったんだけどなぁ……ウチの魔導騎士様ヤバ過ぎだろ」


「あはは……皆さんがちゃんといてくれて安心しました。心置きなく暴れられそうです。このアペイロン使っちゃっていいですか?」


「おう。使っとけ!! 使っとけ!! 何なら全員分在るし!! 量産して使えそうな連中に全部渡して待機状態だ」


「分かりました。九十九!! フィックス・アップを」


『了解しました。マスター・アドミニストレータ』


 九十九の声と同時に少年が消えた。


 そして、それと共に光の灯った灰色のト・アペイロン内部。


 少年の網膜に写された情報に目を細める。


『これを見ているという事は我々はどうやら君が来るまでに天寿を全うしとるらしい。だが、気にするな。仲間達が、弟子達がいる。彼らが死んでも彼らの弟子達がきっと全てを終わらせてくれる』


「……」


『おう。坊主!! オレらの事はいいんだ。だが、故郷の事は頼んだぜ? 世界の終わりなんぞぶっ飛ばしてくれよ!! HAHAHA!!』


 その二人の男達。


 魔剣公房に自ら誘った男達の映像データに少年の瞳に涙が浮かぶ。


『よしひだ。済まないな。騎士ベルディクト。こんな老いぼれて寝台の上の姿で……生身のまま限界まで粘ってみたんだが、どうやらダメそうだ。だが、確かに次世代へ君のあの計画は引き継がせて貰った……我々の方で色々と改良や計画の見直し案や支援策もやっておく。遂にあの子の元へ逝ける。だが……笑われない仕事だと信じている」


「総理……」


 他にも少年の瞳には次々に多くの見知った仕事仲間達や部下となった人々の映像が映し出された。


 誰もが彼に遺したのは仕事はやり遂げましたという誇らしい報告だけ。


 その命尽きるまで戦い続けた執念の結果だけ。


 誰もがもうこの世にはいない。


 もう転生すらしない。


 その深き死に眠る彼らに誓って少年は正しく騎士であろうと背筋を伸ばした。


『計画は―――』


『最終段階へと至った』


『後必要なのは君達の活躍くらいのものだ』


 彼らは同じ言葉を口にして笑った。


『『『セブン・オーダーズの勝利を祈る!!』』』


「任されました。皆さんの言葉……必ず……」


 少年が涙を振り切るようにして胸の前で拳を握った。


 そして、それを模倣したアペイロンの色合いが変質していく。


 灰色は黒く黒く。


 しかし、安寧の死を思わせて蒼く暗く。


 夜の果てを目指して黄昏よりも明けの宵として輝きを灯す。


 それは正しく嘗て少年が白滅の騎士を相手に拳銃を用いた時のような星々を思わせるような煌めきに満ちて、渦巻く力が少年の肉体を覆う鎧と化していく。


 大きさは今や少年の背丈と変わらず。


 顔を露わにした少年が肉体と一体化したソレと胸元の器官が迫り出した状態で両手をそっと目の前で合わせた。


「じゃあ、ヒューリさん達にも連絡を入れてっと……この情報は? ああ、魔族領が戦争を始める前の時点で来れた事は本当に幸運でした。この幸運が逃げてしまわない内に始めないと……魔族との最後の戦いを……」


 その時、起こった事を記す書物は無い。


 しかし、現場に居合わせた全ての者達が後に証言する事になる。


 それは正しく神の御業みたいなものだった、と。


 そう二百年近く前の北アメリカの地で誰かが呟き、思った通りの事が再び大結界に閉ざされた関東圏で再現され始めた。


 何もかもが更に大きくなった力は発動されたのである。


『な、何か滅茶苦茶やっとるぞ。あいつ……』


『お、おう。連絡取れないからって区画の一部に大穴開けて昇って来たけど、何かおかしくねぇ?! あのロボというか鎧!? 何でオレ達には見えてるのに色も形も分からねぇんだ?』


 それを見ていた魔族の隠れ里出身の長と孫は歴史の目撃者となるのだった。 


 *


―――最前線空域。


『クソが!? 黒翔モドキなんぞ使ってんじゃねぇ!!』


『DCBモドキで押してくんじゃねぇよゴラァア!!?』


『ヒギィ!!? もう無理ですよぉ!? あっち本気で殺しに掛かって来てますってぇええ!!? 本部ぅ!!? ほんぶぅぅぅぅぅぅぅ!!? 非殺傷系弾以外の使用許可をぉぉぉ!? このままじゃ全滅しますぅぅぅぅぅぅ!!?』


 空は黒翔に似た無数の違法改造車両っぽいものが繚乱跋扈し、空対空誘導兵器や魔術が飛び交う修羅の巷と化していた。


 あちこちで正規の黒翔を使う善導騎士団や陰陽自衛隊の部隊が物量と同系統の技術の乗り物で攻めてくる敵を前にして苦戦を強いられており、戦線は押し込まれ、次々に被弾し、破壊された黒翔から脱出した部隊員が後方の予備車両で出立し、あちこちの戦線を補強し……という負け戦である。


 とにかく、どれだけ鹵獲されて複製されたものか。


 大量の黒武、黒翔、虚兵のパチモン感溢れる劣化模造品の大群が押し寄せてくる。


 ついでに本部からは一切殺傷系の武装が解禁されず。


 結局、相手は殺しに掛かって来るので被害を出さない為には防衛線を下げるしかなくという現状であちこちの部隊は難戦する嵌めになっていた。


 それでもまだ死人が出ていないのは簡単な話でどれだけ非正規品が良貨を悪貨が駆逐する的な物量で攻めて来ても常に最新のアップデートを施されている彼らの武装の類が優秀に過ぎるくらいに優秀であったからだ。


 爆発四散する兵器の大半が使用者を護る為に全ての能力を使っており、兵装の数で30倍、人員の数に至っては100倍では済まなそうな数を前にして騎士団は面目躍如。


 一人も死なせず殺さずというグダグダな戦闘で凌ぎ続けていた。


『こちらCP-122……これより遅滞戦闘に移―――何? この情報は……ふむ』


 とあるコマンド・ポスト。


 黒武の車両内部のオペレーター達の複数人が目を細めて冷静になれと自分に言い聞かせつつ、現場の兵員達に指示を出す。


『こちらCP各車から全前線隊員へ。Code-QTEが承認された。魔導議会の議長特権によりCode-QTEが承認された。全隊員へ。こちらCP各車……最終作戦の開始である。全部隊後退せよ!! 全部隊後退せよ!! 負傷者及び重軽傷者を連れて総員は最寄りの魔導鋼都に結集せよ。繰り返す、最寄りの魔導鋼都に結集せよ』


 その言葉に前線隊員達が目を丸くした。


『はぁああああああああ!!? 此処で引けって!!? おいおいおい!? まさか、議会は全面戦争でもするつもりなのか!? 半魔族領が全部飲み込まれるぞ!?』


『QTEってアレだろ!? グダグダ考えずさっさと戻って来いって言う!?』


『クソゥ!? この百年以上の成果を全部投げ捨てて後退かよぉ!!?』


 一部混乱はあったものの。


 それでも隊員達が踏ん張っていた地点から緩やかに後退しつつ、残りの火力を敵軍の武装車両に向けて掃射した。


 敵軍からの応射によって多数の負傷者は出たものの。


 何とか命を取られずに四つの魔導鋼都の周囲へと結集した部隊の多くは上層部からの撤退命令……事実上の有無を言わさぬ後退を前にして沈黙。


 何がどうなっているのかを確かめる為、各CP車両や転移で魔導鋼都や善導騎士団の旧本部に怒鳴り込む者まで出る始末であった。


 が、それを前にしてオペレーター達の多くは端末を見せ。


 同時にまた誰もが一瞬無言となった。


 魔導議会議長死去の報。


 更には議長権限によって魔族領との最終決戦計画の開示が開始される旨の署名済みコードが表示されたからだ。


『議長が死んだ!? どういう事なんだ!?』


『何か続報は!? 議会はどうなってる!?』


『あの議長が!? ダーク・ナイトが死んだ……?』


『嘘だろ……』


 魔導議会議長。


 アフィス・カルトゥナー。


 それは現在の現役の騎士達からすれば、伝説的な人物であると同時に文字通りに世界の守護者として親しまれた指導者に違いなかった。


 若い騎士達に毎年演説した男の目の光を前にして、彼らは誇らしくすらあった。


 アニメや漫画にすらなっている彼の伝説的な偉業の数々。


 そして、伝説というよりは神話に近いセブン・オーダーズの最後の1人であるという事実がより過大であったにしても、真の意味で目指すべき目標とされた。


 無言で泣く者。


 拳を握って血を滲ませる者。


 多種多様な悲嘆にくれた顔はしかし……集められた部隊への次なる試練に上を向かざるを得なくなる。


『これより全部隊は“起動する魔導鋼都と共に”結集地点たる魔導鋼都:東京への護衛任務に当たれ』


 誰もが思った。


「は?」と。


 魔導機械都市。


【大兵都グラン・ミーレス】


 それは要塞である。


 魔導騎士が提唱した機動要塞理論において造られた人類最後の砦である。


 自存能力を持ち、自己拡張し、自己保全能力を精霊として持っている。


 そう聞いてはいた。


 聞いてはいたのだ。


 しかし、ソレが動くという事を彼らは生まれた時から実感しなかった。


 大樹は空に根を張る世界そのものであって、動くという事を今まで実感した事のある人員は現在150歳以下の隊員にはいなかった。


「動く、のか!? 大兵都が!? フロント・ラインそのものが!? 本当に魔族との最終決戦が―――始まるのか!!?」


 そう、事の大きさをようやく事実として受け取り始めた彼らはすぐにソレが事実である事を知るしかない状況となった。


 何故ならば、世界が鳴動したからだ。


『こ。これは!?』


『鋼都の方角を見ろぉ!!?』


 動かぬはずの逆円錐形の世界。


 大兵都が、人類が住まう最後の砦が鳴動しながら、産声のような大量の建材の蠢く音色で世界を染め上げたからだ。


 空の果てに続く巨大な大結界と天頂部が擦れ、巨大な遠雷が発生し、雨雲が渦巻き、世界の終焉を思わせる暴風が空を蹂躙し、その威容に雲霞の如く攻め寄せていた大量の魔族領側の部隊が圧倒された様子で動きを止めた。


『善導騎士団及び陰陽自衛隊の全ての隊員に報告します』


 その時、部隊の端末の先には次々と映像が浮かび上がり、それを見た者達は目を見開く。


 百式ネットワークは人類社会を支える根幹的な基礎AIインフラとして今も現在進行形で増設され続けているシステムのメインアバターだ。


 ネットワーク化されたAIシステムそのものが莫大な演算処理能力を用いて、日本人やヒトと承認される全ての者達に様々なものを与える。


 生まれる前から遺伝病を排除するのは彼女が個々人用に調整した薬であり、初めて配布される護身用のアイテムは自動兵器工廠を駆動する百式の手によって最適なものが送られる。


 レベル創薬の追加薬から始まり、数多くの教育プランや人生設計に及ぶまでアドバイスをするのは百式であり、その独立性は善導騎士団も容易に手が出せないものとして国家の最重要機密に属する。


 だが、端末の中に彼女を見る時、子供の時から面倒を見てくれた百式を年上の姉のように慕う者は多く。


 それは魔族領ですらまったく同じだ。


 このAIインフラは魔族領の者達にもヒトとして教育を施し、それにタダ乗りした形で魔族社会の形成に一役買っていた。


 故に聖樹教なんてものが今日では存在しているし、魔族領も自分達が嫌われている理由くらいは理解出来るのだ。


 彼女を悲しませるような者が良いヤツのはずもない、と。


 だが、それでも魔族としての生き方を教育される魔族達の多くはその欲望を優先し、同時に自分が悪であるという自覚が無意識ながらも確かに意識の底にはある。


 そんな複雑な感情を抱く相手。


 百式と共に彼女と少しだけ違う少女を多くの者は誰か分からなかった。


『マスター・アドミニストレータ権限が魔導議会議長より譲渡された事を此処に宣言致します。俗称たる百式ネットワークは下部構造としてネットワーク・プロトコルを全て停止し、九十九ネットワークへと権限を委譲。全人類間の相互遺伝情報伝達システムへのアクセス権限を開放……これより魔族領との最終決戦計画に則り、我が姉、九十九へと統合を開始致します……」


 ガリガリという音と共によく似た少女達が一つに統合されて消えていく。


 そして、二人が一人となった。


『全日本人及びヒト種族に申し上げます。この大結界に封鎖された関東圏の百数十年に及ぶ拘束は本日を以て解消される事となりました。一部地域においては300年以上もの長期に渡る拘束により、完全に社会的な変質を遂げましたが、今後全ての関東圏の開放に伴い。類別されるヒト知的生命には我が主から祝福がもたらされる事となるでしょう』


 その言葉に多くの人々が思う。


 主って誰だ、と。


『現在、魔導鋼都は“建造完了への最終段階へと移行中”であり、この完了を以て人類は魔族へ勝利する事となります。善導騎士団及び陰陽自衛隊。総員へのセブン・オーダーズよりの命令を発します』


 ざわめきが端末の前で大きくなる。


『この命令権限は魔導議会の前身となる日本国の国会及び政府と政府首班たる首相と当時の全大臣、善導騎士団副団長、副団長代行、陰陽自衛隊陰陽将の連名によって効力を持つ正式なものであり、現在の魔導議会はこの命令の承認を以て解散し、魔族領との戦後には新たな人類統一政府へと改組される事となります』


 その言葉にインテリな人々の多くが顔を青褪めさせていく。


 言葉の裏が読み取れる者はまさかまさかと内心で呟くしかなかった。


『全情報の解禁要請を確認。ヨモツヒラサカ……地下アーコロジー計画の最終フェイズを実行中。全セキュリティロック解除。全システムオンライン。全ドローン開放。全AIシステムの接続を確認。関東圏の全知的生命への放送を開始』


 彼らがゴクリと唾を飲み込んで数俊後。


 1人の少年の姿があらゆる端末と機械、建造物の上に映し出された。


【まず始めに関東圏を人として守り抜き散っていった全ての人々と我々が犠牲にする事でしか事を治める事が出来なかった魔族の血脈の方々に哀悼の意を】


 少年の姿がゆっくりと露わになっていく。


 機械の装甲というにはどうにも一体化したような装備だった。


 何処か少女にも見えてしまいそうな相手の眼差しが死んだ者への感情も穏やかに露わとされた時、魔族達すらも息を飲んで立ち止まっていた。


【……多くの方には初めまして。そして、全ての今を生きる仲間達にはただいまと言わせて下さい。僕の名は―――】


 その時、誰かは言った。


 その名前を言った。


 しかし、どうにも現実味が無かった。


 この世界の最高の誉め言葉は“さすベル”だ。


 日常的にはそのように魔族すらも使っている。


 語彙として文明に取り入れられる程の偉業を成した者達。


 その中核にして人類文明中興の祖。


 百年以上前から数え切れない関東圏での善導騎士団の中核政策の殆どは嘗て世界を救うだろうと言われていた一つの組織。


 セブン・オーダーズ。


 七課題の騎士達によって原案が造られたとされる。


 誰もが知っている。


 誰もが映像ライブラリに見た事がある。


 それはイギリスにおいて異世界からやってきた巨大な神を封じた騎士達の横顔。


 あるいは世界の破滅に満たされたニューヨークにおいてあらゆる敵を粉砕した騎士達の眼差し。


 まず、始めに半魔族や魔族、ヒト種族が覚える偉人。


―――ベルディクト・バーンと言います。


 その言葉が風に乗って世界を渡った時。


 始めて、汗を流したのは……何を隠さずともその恐ろしさを知っている男。


 シヴァルヴァ・ハスターシャ。


 今や半身不随で魂すらも憔悴した老病の男は……涙を流しながら男女に運ばれてくる巨大な魔力の塊……親友……否、相棒が遺した炎の如き力の塊を前にして、ソレに遺された片腕を突っ込んだ。


【この関東圏に住まう人々にとっては嘗て……僕らにとっては数日前……ユーラシア奪還作戦の最終計画案が策定されました】


 その言葉を聞くシヴァルヴァの周囲の紅蓮の髪の若者達が唇を震わせる。


【関東圏を中心として日本全国及び世界の人類生存圏の全てで今後の人類存亡を掛けた地下アーコロジー計画が進んでいた事から、ある意味油断していたと言えるかもしれません】


 シヴァルヴァの片腕がゆっくりと焼かれながらも、その赤い魔力が胴体へと導線を形作り、肉体をミチミチと音をさせながら復元していく。


【本来の想定は魔族の襲撃によって圏域を奪われるというものだった為、戦力移動に関しても分散させて結集する移動力が重視された時点で負けるべくして負けたという感じでしょうか。このような巨大な領域そのものを切り取られた時点で敗北していた】


 男は今も虚空に佇む魔導騎士を見上げながら、懐かしいというには彼らの時間間隔では昨日にも等しい程度の短時間で驚異的な強さを得た相手に目を細める。


【ですが、魔族領の頂点たるクアドリスは致命的な間違いに気付きませんでした。この世界を見た時点で勝敗が決した事は僕には分かっていました。もしかしたら、今この放送を見て彼らクアドリスと彼の同胞達も理解したかもしれません。ですが、もう遅い……魔族領の敗北は覆りません】


 悠久の時を生きる魔族領のトップ達が何を見落としていたのか。


 それを少年は言わなかった。


【これより魔導鋼都の本格起動による地下アーコロジー計画の最終段階に移行します。魔族領がこの敗北を避けたいならば、死力を尽くして鋼都を墜として下さい。地下アーコロジー計画……ヨモツヒラサカ・プロジェクトは魔族領となった地下に機動要塞理論によって建造されたコロニーの接続を以て完了します】


 少年の周囲が映し出されていく。


 それは天頂部。


 まだ動いていない魔導鋼都:東京の天辺の中心。


 その周囲には巨大な方陣らしきものが無数に描き込まれ、空と宙の境を超えた場所は空気すらも無いのが見るものには分かっただろう。


【この計画は元々が人類を逃がす為の計画であり、言わばこの世界の言葉にすれば、ノアの箱舟、脱出船の建造の為に考えて来たものです】


 その言葉に多くの者は思った。


 一体、何がどうしたら、地下に大都市を築く事が船の建造に繋がるのだろうかと。


【最初から魔族達との決戦は想定されていました。彼らの情報や今までの観測から推測し、それを打ち破る為にはアルマゲスター……黙示録の四騎士達相手にも通用するような、同等以上の策が必要だと百式も九十九も結論した。結果として僕は玩具のお店で見た人類の想像力に助けられる事となりました】


 少年が手を空に翳す。


 途端、その巨大な船体の構造が浮かび上がる。


【地下アーコロジー計画は統合プランの一つに過ぎません。“地球放棄計画”のスタートラインです。その本質はこの星に残存する全ての知的生命体及び全地殻、海洋を“剥し取り”……地球より分離。ソレを内包した船体の創造にあります】


 少年が模型のような巨大な宇宙船……三つの巨大な球体を内部構造に持つ設計図内部……その大小の球体の内部を見せた。


―――!!!!!


 その時、初めて多くの者達は知った。


 魔導騎士。


 その名前は伊達や酔狂ではないのだ。


 あらゆるモノを生み出し、自らの手で創造し得る力によって道を切り開いたとされるセブン・オーダーズの中核となった少年。


 彼の創造力は正しく小さな玉と思われた……地球、月、金星、更には船の後方のブースターらしき場所に収められた太陽、船体内部の綺羅星の如き惑星諸々を以て露わとなる。


 内包した規格外の“世界”。


 地球は燃えるマントルだけの有様となっていたが、それでも彼らにはソレが大いなる母星である事が分かった。


 だが、それすら彼にとっては部品でしかないという事実に衝撃を通り越して茫然とする人々が思う。


 ああ、これは―――と。


【無限機関の開発からスタートし、地球上に埋蔵量が増え続けるディミスリルの増加速度を計算した頃から、この計画は実現可能性が高くなり続けてきました。特に重力消却によるエネルギー発生装置たるグラビトロ・ゼロの発明。熱量さえあれば、物質を無限に増殖させる術式の発見が決め手となった】


 少年が惑星を内包する船の模型を消す。


【僕が提唱した機動要塞理論とこれらの技術や発見は相性が良かった。そして、この星に今起きる無数の現象を見た時、この星そのものを居住可能と見なすのは無理がある。それはイギリスやニューヨークでは一目瞭然でした】


 少年の周囲には今まで通り過ぎて来た都市の景色が現れる。


 ロサンゼルス。


 サンフランシスコ。


 東京。


 英国。


 ニューヨーク。


 今まで少年と仲間達が駆け抜けて来た戦場。


【僕が行った玩具のお店にはディスプレイがあったんです。大きな大きな船のプラモデルとその先にある太陽を覆う機械の星】


 誰かがポツリと言った。


 ダイソンスフィア。


 それは仮説状の構造物。


 恒星……つまり、太陽を用いた究極の動力源とされる。


 ソレは正しく巨大に過ぎる船のブースターとして入れ込まれていた。


【地球を放棄しても住まう場所が必要でした。同時に地球を放棄しても地球や太陽から得られる資源を使える状態でなければ、人類の今後の繁栄も生存も不可能でした。故に僕はこの太陽系に存在する全ての惑星を内包する船を創る事にしました】


 サラリと真意が語られ、同時に語られたから、どうなのだと……そう全うに反論しようと思う者は無かった。


【魔族達は惑星を数百、数千消滅させる程のエネルギーの塊であり、同時に人間臭い業そのものでもあった。だから、彼らを斃す算段は彼らを殺し尽くす事ではなく。彼らが絶対に屈服せざるを得ない状況に陥らせる事に焦点を当てていた】


 少年の周囲に魔族のトップであるクアドリスと仲間達の姿を浮かび上がる。


【魔族と人類。最後の戦いに殲滅戦はありません。降伏勧告を受け入れた時点で敗戦処理へと移行し、魔族領は解体。法体系の見直しと同時にヒト種族の社会でこれからは生きて行って貰います】


 魔族のトップ達の姿がすぐに消えていく。


【これを実現する為にはどうしても関東圏でしか創れないものがあったんです。だから、関連諸計画の隠匿と同時に計画の中枢となる部品を奪回出来るかどうかで、この潜入作戦の成否が決まる事は分かっていました】


 少年が善導騎士団東京本部の地下最下層に浮かぶ白い球体を全ての者達に見せる。


【コレは僕と善導騎士団の上層部、日本国政府の総理、陰陽自衛隊幹部、魔剣工房の創始者達のみが知っている最高機密です】


 それは掌に収まる球体にしか見えない。


 しかし、その球体に描き込まれた魔術、魔導的な方陣の幾何学模様の微細さに高位の魔族達は気付き……気持ち悪くなる程に精緻でミクロン単位で織り込まれた情報塊である事を理解する。


【名前を定めてはいません。記録にも残していません。これを造った人達には造った事も忘れて頂きました。何故ならコレが現状唯一全ての高位魔族と黙示録の四騎士を全員相手にしても真正面から勝ててしまう力の源だからです】


 少年が自分の傍の映像内部からソレを取り出した。


 勿論、本物を、だ。


【これはほぼ限界の無い無限機関。無限に増殖する物質、重力を消却する機能、そこから無限にエネルギーを取り出す装置を内包し、重力を消却した際に生じるエネルギーによって魔導師が用いる空間制御機能と物質制御機能を有する制御術式の工作能力を増設、拡張……空間そのものすらも押し広げ、無制限に広げられる空間の性質を有限のリソースで制御可能にする……】


 笑ってしまう程に陳腐な説明であった。


【無限の物質とエネルギーを永遠に溜め込む装置……ブラックホール機関の極限版みたいなものです】


 少年がヒョイッとその白い球を自分の胸に押し込んだ。


 ソレがガチリと嵌った胸から奔ったラインが背中に流れたと同時に漆黒の翼。


 いや、鎧と同じ色合いの盾が羽一枚のように連なって、翅となって12対の翼を成していく。


【魔導鋼都は今や僕らが想定した以上の機能を有し、今もこの玉の技術を用いて、永遠に広がり続ける世界を内部に構築しています。この機動要塞グラン・ミーレス一つ一つがこの星に眠る全てのディミスリルを繋げ、拡張し、ネットワーク化した上で強固に制御する役割を果たす鍵なんです】


 少年の周囲で魔導鋼都が東京周辺に集まり、地表に接続する為の巨大な大穴が開く様子が3D式のCG映像で映し出されていく。


【コレが地下へ接続を終わらせた時点で地球規模にまで広がっていた全ての埋蔵ディミスリルの自己組織化が開始され、この機関のエネルギーを用いる事で回路化し、惑星規模術式を用いる事が出来るようになります。それは超高位魔族単体個人を凌ぐ惑星を用いた大儀式術……四騎士達が使う力以上のものとなるでしょう】


 少年が映像を見やる全ての魔族を見つめた。


【つまり、現在の魔族総人口を相手にしても、僕は勝利条件を満たせるという事です。前に使っていたディミスリル造成用ビーコンの極大化版ですね】


 少年が腰から引き抜いたガバメントとはもう言えないだろう星の煌めきを宿す漆黒の拳銃を大結界の外に向ける。


【敢えて言いましょう。我々、善導騎士団はクアドリス及び全ての魔族、魔族領に住まう全ての知的生命に対し、降伏を勧告します】


 一発の弾丸が放たれ、巨大な大結界の天頂部を―――突き抜けた。


 その罅が次々に波及して、巨大な鋼都の上空に透明な大穴が開いていく。


【魔導鋼都の接続は6時間12分21秒後。それまでに僕を斃し、この玉を破壊出来なければ、貴方達は敗北します。勿論、戦争をした上で敗北すれば、それに関わり、人類、今はヒト種族と言うそうですが、そういった人類側の知的生命を害した罪にも問われます】


 少年の瞳が全ての人々……正しく、人類でも有機物でもないはずのヒト種族達の脳裏にすら焼き付く。


【これは魔族と人類の戦いではありません。ベルディクト・バーン個人に対して魔族の総意が勝てるかどうかの戦いです】


 少年の瞳を前にしてそれを見ていた魔族達は思う。


 ああ、自分達は歴史を目撃しているのだと。


【セブン・オーダーズ中、最も兵隊に向いていない僕のような弱卒にすら勝てない誰かが人類を救う事もこの星で繁栄する事も在り得ません】


 少年は謙虚な程に嫌味ですらない事実を言う。


 戦う覚悟はあっても、戦いの技能やそれに掛ける情熱は正しく少年には無いものだし、少年はだからこそ、多くの自分よりもまた力強い人々の背中を護る者であろうとしたのだ。


【戦いに従事しない。戦いを放棄した方を罪に問う事はありませんが、その後は僕らの法と秩序で生活してもらう事になります。戦いに参加したならば、勝敗の如何によって罰を受ける事も覚悟して下さい】


 少年がふぅと演説をした後、汗を拭ってからニコリとした。


【色々、ごちゃごちゃと言いましたが、僕はクアドリス達以外の魔族を名乗ってるだけの人間の皆さんにこう言ってるんですよ】


 少年が今世紀最大に苦笑する。


【掛かって来い。相手になってやる。あるいは相手になれると思っていたのか?と】


 遠雷が無数に響く世界の只中に浮かぶ二つの瞳。


 その瞳の空白を見て、それでも魔族領にいる誰かが呟いた。


 やってやる、と。


 その時、明確な数字を計測した者はいないが、魔族領に存在する全知的生命の実に7割が動き出した事だけは九十九の計測によって後に明らかとなる。


 だが、今だけは少年を前にして誰もが思うだろう。


 このあまりにも怖ろしい敵に勝ちたい、粉砕してやりたい、自分達は立派な魔族だと証明してやる、と。


 魔族という種族対個人。


 そんな喧嘩を吹っ掛けた男を前にして燃え上がった闘志のままに突き動かされる者達は最後の聖戦へと参列する事となる。


「……大きく出たな。ああ、だが、主もまた読み違えたという事か。あの頃より易しい等と……くくく、はははははは……やはり、そんな上手い話は無かったな。ガリオス……待っていろ。後で逝く」


 病室で傷の癒えた男。


 いや、嘗てよりも更に力を増した男が通路に用意されていた戦装束。


 魔族領内で発掘した善導騎士団用の装備一式を身に着けていく。


 すると、その衣装も含めて全てが紅蓮の炎に包まれ、パーツ一つ一つまでもが禍々しい象形へと変貌していく。


「お前達……戦わずに生き残り、魔族領の者達を率いる者を残せ。敗北した際の次善策だ。議会が壊滅した場合にはその者達で交渉せよ」


「シヴァルヴァ卿!!? どうか全員をッ!! 全員をお引き連れ下さい!!?」


「黙れ!!? 甘えるな雛共!!」


 男が通路でゼームドゥスの娘息子達を前に一喝した。


「貴様らには現実も見えんのか!! 敵は星すら砕く我らを薙ぎ払う怪物!! ゼームドゥスすらも恐らくは敗北していよう!! これは背後の女子供を気にして勝てる戦では無い!! 最も賢く強き層は残れ!! その悔しさがあるならば、民を!! 国を!! この魔族領の為に出来る限りの事をしろ!! それは生きている者にしか出来ぬ事なのだ!!」


 シヴァルヴァ・ハスターシャ。


 クアドリスを主と仰いだ者達の1人。


 嘗て、酷界の小邦にして故郷ヴァルンケストを護れなかった守備隊の隊長であった男は背後の者達だけは護って見せると。


 それが敵の情けだろうと容赦だろうと構わぬと。


 護りたかった全てを失った者達の1人として叫ぶ。


 それに嗚咽を押し殺し、涙を堪えた者達が互いに瞳で確認し合った末に半数背後に引いていった。


 それを優し気な瞳で男は見やる。


「よく聞け。勝者に倣うが魔族だ。しかし、嘗ての我らの故郷ヴァルンケストは強者を気取る強き者達にただ滅べと言われた。だが、今の我ら魔族の敵は大甘だ。角砂糖の塔に住んでいるからか。それとも単なる心持か。我らを滅ぼさないと大口を叩いた」


 シヴァルヴァの瞳が燃え上がる。


「ならば、例え、靴を舐めて、心を砕かれようとも……面従腹背……それすら許されずとも、いつか我らが我らとして生きられる世界は来ると信じろ!!」


 声も無く。


「オレはそうした!! だから、お前達もそうしろ!! 己の信念と共に!!」


 涙を拭いた者達が頷き顔を上げていく。


 それに頷いた男が颯爽を歩き出す背中に付き従うのは高位魔族と認められる者達の中でも最精鋭となる男女数名。


 その時、魔族領の議会は一つだけを可決した。


 後、数時間以内に魔族の未来の為、魔導騎士を打ち倒す。


 女子供と生産職以外の殆どの同胞を連れて彼らは遥か地表の決戦の地へと赴く。


 それは正しく魔族と人類の最後の戦いに相違なく。


 たった六時間の死闘の始まりでもあった。


 勿論、それはまったく以て少年の予想通りの状況であり、魔族は少年の陰謀を知る由も無く。


 最後の戦いへと赴いていく。


 そして―――。


(害虫女……最後にお前がヤツらと戦う事になるとはな……ヴァセア……我が主の事を頼む……)


 全てが魔導騎士の挑発だと知りながらも、実際に止めねば自分達が敗北する事を理解していた男は地表へと飛翔していった。


 *


「という事になりました」


 魔導鋼都;群馬の傍。


 現在、あちこちで起こる魔族領の侵攻軍が押し寄せてきている事で三人の本体を内部に秘した黒武を駆っている義理の娘に少年がそう頬を掻く。


「まったく!! どうして、お父様はそうなのですか!? こんな大計画聞いていませんよ!?」


「済みません。ミシェルさん。本当はお話しようかと思ってたんです。でも、計画の策定は秘密裏に行う必要があって、他の人からも情報を部下に降ろすのは時期尚早って言われちゃいました」


「……それは構いません。ですが、いきなり過ぎでしょう。一気に100年以上の時間が経った事で計画は事前準備を完了しているという事ですか?」


「ええ、あの体には囮として頑張ってもらいます。超高位魔族以外には敗北もしないでしょうし、しばらくオートでbotに語録でも喋らせておきます」


「ですが、あの玉、取られたらマズイのでは?」


「ああ、いえ、実際には試験機なので。予備は何なら今の僕の本部の部屋に沢山転がってますし、アレは本物ですが、起動も全然してません。見せ掛けだけです」


 その様子を想像出来てしまった彼女の内心が溜息だけで埋まる。


「……映像を見ただけですが、随分と強そうな試験機ですね」


「最初に作った時に欠陥が見つかって、兵器運用しか出来ないものになっちゃったので……他は動作確認だけで保管していて、今は質量もエネルギーも0の状態です。元々は僕の胸元に嵌っている内燃機関の発展形を考えて造ってたんですよ」


「そういう……」


「はい。今、気付いた通り。コレは僕達セブンオーダーズが使う汎用品として製造したデバイスの核となる代物で。実地試験はカズマさんに任せて、開発のお手伝いは緋祝の家に集まってた皆さんでやって貰う手はずでした」


「ちなみに先程の計画を行う為に必要な個数は?」


「僕らセブン・オーダーズのメンバー分で丁度全てです。改良と保管をしているのはユウネさんとアステルさんで、胸元に小さく埋め込む形で……と思っていたんですが、恐らく危険過ぎて完全封印した後、改良を加える程度だったでしょう」


「それにあの球体……もしや、ザ・ブラックの技術を使っていませんか?」


「ああ、はい。ソレが決め手で創る事にしたので……原子核魔法数の高い超重元素であればある程に出力上限が上がる内燃機関でそれをテコに出力増加、質量増加を乗算関係で増やし続けて、最終的に惑星制御可能な出力に到達する仕組みです」


 今もカプセル内の少年と会話しながら、黒武は押し寄せてくる魔族領の戦力から逃げるようにして魔導鋼都:東京へと向かっていた。


 地表の公道を爆走する黒武だが、今や殆どの民間人がシェルターやら家の地下壕などに戻っている為、周囲に人気は無い。


「転移は出来ないのですか?」


「さっき、放送を流した瞬間に魔導鋼都の空間制御のリソースの殆どが対抗防御に費やされるようになりました。この不安定な状況だと個人を飛ばすのをミスると地面の中どころかマントルとか地球中心部とかになりかねません」


「つまり?」


「強行突破して地下のクアドリス達を倒します。それ以外に出来る限り魔族領に犠牲を出さず取り込む方法はありません」


「こんな時まで敵の心配ですか……まったく」


「済みません……」


「いいのですよ。我らFCとてそうだった。同胞達は南米で上手くやっている事でしょう。彼らを屈服させるには心を折るしかない。全力で戦い上回るしかない。そういう事なのですよね?」


「はい……」


「ならば、ッ、四時方向!? 高位魔族の反応です。この周辺全てを吹き飛ばすくらいの力量と見ました。急速接近中!!」


 黒武の後方から迫る魔族領の軍隊は今や半裸では無かった。


 その殆どが鎧と黒武や黒翔で武装し、半魔族領である地表に被害を出さないようにこそしていたが、空を低空で行軍している。


 地表を走る少年達は正しく良い的ではあったが、砲弾で吹き飛ばせば、半魔族達との条約違反だからとわざわざ強いヤツが接近戦を挑んでくる。


 という状況となっていた。


【逃げ遅れたかぁ!! 騎士団共!! 貴様らの親玉を討つ前に我が刃の錆びにしてくれるわぁ!!】


 猛烈な勢いで黒武を両断するが如く巨大な魔力が圧縮された刃が音速を超えて振り下ろされながら、200m程までに長大化した。


 一閃すれば、正しく黒武も切り裂けそうな魔力の質。


 50代程に見える髭面のマシンナリーコートを纏う男の刃が少年達の乗る黒武に当たる寸前―――。


『おっと、それは困るんだよ』


 その声に少年が反応した。


 聞いたことがあったからだ。


「FC001……」


「ッ」


 運転席で驚きが零される。


 魔族の男の刃が裏拳で弾かれ、同時に黒武の屋根にいつの間にか現れていた男の手が上空に迫っていた魔族領の航空戦力に向けて何かを放った、途端。


 ボボボボボンッとまるで馬鹿みたいな量の白いモチっとした何かが軍の雲霞の如き斥候部隊を襲い。


「トリモチ弾?」


 猛烈な運動エネルギーで彼らをあちこちに吹き飛ばしつつ巻き込んで怖ろしい粘性を持った状態で引っ付き、あらゆる戦力を空で団子状に纏めていく。


 回避出来なかった機甲戦力の多くがあちこちでどうにかしようと足掻きながら炎やら熱量やら魔力で焼き切ろうとするが、その度に魔力を吸収した白いトリモチのようなソレが増大化、肥大化、ついでに全てのを飲み込む勢いで後方の部隊に余分な質量を弾丸のように吐き出して追い掛け始める。


「初めましてになるか。騎士ベルディクト」


「001、なの?」


「ああ、008か。どうやら頑張ってるみたいだ。オレ達程じゃないだろうが」


「どうして此処に?」


 運転席からの問いに青年が肩を竦めた。


「話せば長くなる。この領域の結界が発動する際に邪魔して、騎士団に恩を売ろうしたら、中に取り込まれたんだ。そのせいで200年近く足止めを食らった」


 少年がそうだったのかとさすがに驚いた様子になる。


「では、FCは全員?」


「ああ、半数だけにしたんだ。何か嫌な予感がしてね。Drに頼んで来るのはオレと2人だけで」


 さすがに200年という言葉の重さが違った。


「みんなは元気?」


「この100年以上ずっと匿われてた。外に残した方の状況は分からないが、少なからず数日でどうにかはなってないとは思う」


「一体、誰に匿われたの? 001」


「アサギリ家さ」


「アサギリ家? まさか、アサギリ・クロイ?」


「ああ、今は嫁さんを二人も貰って幸せそうだよ。ああいうのがハーレムって言うんだろうな。今じゃ表の侵攻はカズマが、裏はクロイがどうにかしてる。リトには頭が上がらないし、アリアさんに世話もしてもらいっぱなしの有様さ」


 少年が情報が百式達の中にも無い状況にようやく理解が及んだ。


「アーシェリトさんの能力ですね」


 少年の言葉に001が頷く。


「その通り。彼女の隠蔽能力は高位魔族の類すら騙し遂せる。ついでに各国の頚城化した元エージェントのオフィサー達が未来の祖国の為にって、あちこちで諜報戦までしてくれて、実働戦力はまったく楽なもんさ」


「東京まで護衛に付いてくれるんでしょうか?」


「いや、地下を通った方が早い。一応、極秘裏に魔族領内部に秘密の通路を設けてある。勿論、もう使い終わるし、要らないモノの再利用だ」


「分かりました。誘導をお願いします」


「そう言えば聞きたかったんだが、アレ何処まで本気なんだい?」


「8割くらいです。あそこまで行く前に戦いは終わってるでしょうが、四騎士達や彼らの上にいる静寂の王を名乗る者を討伐する際、どうなるか次第です」


「この星が住めなくなる事まで織り込み済み、か」


「そういう事です。遺憾ですが、僕らには彼らを倒し切る手札の内でこの世界の状況や環境を悪化させないという類のものがありません」


「さもありなん。分かった。帰りはあの成層圏の先からでいいのかい?」


 ミシェルが頷く。


「もう通れるはずです。一応、時間差を限界まで解消している最中ですが。さっき結界の解析が完了したのでサクッと終わらせておきました。後数時間以内の何処かで限界点が来るでしょう。完全に結界の破砕は完了するはず……」


「ウチの最年長の貫禄だな。さすが、結界に一番詳しかっただけはある……結界解析はお手の物って事か。分かった。こちらは君達を見届けずに退散させて貰う。南米が心配になって来たからね」


「だ、誰が最年長ですか!? あ、後、みんなに元気でと伝えて下さい」


 思わずミシェルが怒りつつ告げる。


「了解。それとそんな怒るなって。これでも精神年齢百歳以上なんだ。昔とは違うさ……いつの間にか、年上だった相手を年下に見るようになって、ようやく……ようやく君の気持が少し分かるようにもなった。008……いや、ミシェル」


「001……」


「君に記憶はもう無いんだろうが、誰もが君に感謝してる。だから、生きろ。何処にいても、君は僕等の仲間だ」


「ッ―――」


「……こちらはもう退散させて貰おう。Drからの通信が届いた……どうやら外の世界も色々と大変らしい。ベルディクト・バーン。この世界に新たな来訪者が到来したとの報がある」


「新しい来訪者? こっちにはまだ情報が来てませんけど」


「ああ、何かウチのトップが言うには君とどっこいどっこいの性能な上に今、何機か機動兵器を引き攣れて宇宙空間から降下中だそうだ」


「あ……本当ですね。何か巨大な竜みたいなのがいきなり現れて上からゆっくり降って来てます………九十九と百式の解析だと……コレは……物凄くアレですね」


「アレ?」


「一機で地球くらいは破壊出来るっぽい代物が数機。それも全部僕らとは違う技術体系らしいですが、辛うじて空間制御はこっちが上。ただし、物質制御はあっちが上みたいな感じでしょうか?」


「そこまで分かるのかい?」


「今、一緒に降りて来てる人から通信が在りました。他の善導騎士団と日本政府、陰陽自衛隊の署名入りの量子暗号鍵付きで……ふむふむ」


 少年がカプセルの中で目を細めた。


「情報を見る限りは味方のようです。手助けいるかって聞かれました」


「何て?」


「死人を出したくないので出来る限り、防御と威圧だけしてくれればと」


「はははは!! せっかくの援軍も君の前じゃ形無しか」


「トップの方が来たのであっちの体に意識を投影します。しばらくよろしくお願いしますね?」


 その言葉に彼女は頷く。


「お任せを……」


 こうして自分の保護者が意識を落とした肉体を保全した黒武を操る女は……嘗て008と呼ばれた彼女は黒武の九十九ネットワーク改め百式ネットワークとのリンクで送られてくる地下の秘密通路へと入っていく。


 その寸前で屋根上の青年は足止めにしばらくトンネル前に陣取る事にしたようで黒武の術式観測には唇をニヤリとさせて微笑んでいた。


「感謝します。ご武運を……」


 そう呟いて、彼女は前を向いて地下通路の先へと黒武を加速させたのだった。


 *


「卓也さんが逝ったか。盟友の死というのも感慨深いな」


「CEO。準備が出来ました」


「ああ、よろしく頼む。それにしてもまぁ義理人情とはいえ、人類を裏切るのも楽じゃない」


 苦笑した男が一人。


 大きな魔族領の中心都市でも有数の巨大ビルの屋上で優雅にお茶を嗜んでいた。


 その周囲には巨大な方陣が描き出されており、研究者らしい白衣の男達が次々に準備を完了させて、後方へと下がっていく。


 彼らが調整していたのは男の傍にある方陣の中心に置いてある巨大なモノリスで出来たようにも感じるゲート。


 それは大陸で“門”と呼ばれている代物であった。


 魔導師達がいた欺かれた者を意味する大陸。


 そこでは一般的に巨大な存在、高次元の存在、世界を破壊し兼ねない何かが大陸と別領域を行き来する際に使われる。


 だが、その漆黒の門らしきものは白衣の男達にしても殆ど認識出来ていない。


 ただ、呑気にお茶を啜っている男の指示で必要な作業を行っており、それが完了した今、彼らはすぐにビル屋上から退避していく。


 それを見送った四十代に見える男の名は【片世頼充かたせ・よりみつ】。


 白戸重工。


 否、魔族領において唯一人類の功労者と言われる白戸コンツェルンの老いぬ総帥は白いスーツ姿で盟友が死んだ事を感慨深げにしながらも、自分にコレを託す辺り、そういう覚悟はしていたのだろうと友人の深慮を思った。


「さて、コイツが動くかどうかで勝敗も傾くな。リバーシア殿」


「おお、お若いの。準備の方は?」


「ああ、今ウチの者が済ませました。最終確認をお願い出来ますか?」


「分かりました。ふむ……問題は無さそうですな」


「それは良かった」


 男が会話していたのは人型のカエル。


 神官服のようなものを着込んだ人の背丈はあるカエルの老爺であった。


「それにしても最終局面を前にして、あのゼームドゥスが破れるとは……彼ともそれなりの時間を付き合って来ましたが、良い死に方は羨ましくすらある」


「そういうものなのですか? 魔族の生死感というのは?」


 頼充の言葉にリバーシア。


 古き本当の超高位魔族が頷く。


「左様ですじゃ。魔族というのは理不尽に殺し、殺されるのが半ば定めのようなところがありまして。特に人類種と交わった【血統種ブラッディー】の多くは戦乱しか知らずに育つのが当たり前なのですよ」


「彼の戦いが報われるよう。こちらもそれなりのものは用意させて貰いました。でも、良かったのですか? ご自分で出なくて?」


「ははは、生まれた時から道化が板に付いているもので。それに老人が若人に指図する程に不愉快な話も無いでしょう。彼らの生き様と死に様を刻み。刻の終わりとは行かずとも果てまで持っていくのは我が身の役目なれば」


「失礼。今更でしたね」


「いやいや、こうして人の技でこの“門”を修復した事は負けるにしても勝つにしても意味がある事だ。人類たる頼充殿も十分に魔族領に貢献したと言える」


 天地蛙。


 嘗て、酷界の最高会議に属する者達。


 俗にお歴々と呼ばれた者の1人がゲコリと目を細めた。


「この門は元々が我らのいた大陸で人間の作り出したものでしてな」


「どういう事でしょうか? 能力の事は聞き及びましたが、来歴までは彼も話してはくれませんでした……」


「この門は本来我ら魔族にとっては忌むべきものであり、これを用いて死を運用するのは目的として邪道なのですよ」


「運用目的が元々は違う?」


「ええ、この世界に蔓延る死を用いて、概念域から空白に魔力を呼び込む堰のように使って来ましたが、実際にはまったく別の使い道のある代物だったのです」


「魔力を持ってくるのではなく流し込むというような?」


「ええ、それに近しいですな。大陸の教会を束ねたる主神【翼の天】……その影が数百年程前に大陸中央部に来寇した際、当時は百万規模の戦となった。大陸でも有数の力を誇る大国同士の戦乱の最後は結局、その影を討ち果たす事で付いた」


「その事にこの門が?」


 リバーシアが肩を竦める。


「これは影を本来あるべき座へと流し込む為の代物。三極会議……酷界の最高権威たる集団の一部が当時の人類に肩入れしていた魔族達に流した情報で造られた【神越の門】なのです」


「シンエツ……神が越える門、でしょうか?」


 大きく頷きが返される。


「影はこれによって半分が概念域へと還元され、半分は大陸中央の偉人達と多くの同胞の力を束ねた運命の頚城となりし、姫によって討ち果たされた。されど、その残渣は嘗ての門があったガリオスに再び顕現してしまった」


「それはまさか……」


 リバーシアが遠くを見つめる。


「本来、コレを司っていたガリオスを造った男は肉体を失い。輪廻にも向かわずに狭間の領域に自らを置いて過去未来現在を監視する看視者となった。そして、自らの子孫を永遠に見守り続ける事を己に課したのですじゃ」


「……辛い道ですね」


「しかし、物語はこれで終わらなかった。これを魔族が回収してもそのコピーである大門の頚城は墓として残された。そして、ガリオスに新たな頚城となりし少女が生まれた時、その時節があまりにも悪かった」


「悪い?」


「世は移り変わっていた。教会は七人の超越者たる聖女によって運営され、大陸中央諸国は嘗てない繁栄を謳歌したが、同時にソレは聖女の窮状や没落、力の喪失などの危機を前にして脆い側面もあった」


「それが皆さんが来た大陸の現状だったと?」


 頷きが返される。


「元々、頚城の術式は“運命の頚城”……大門の頚城として形成されているだろう大本に肖って名付けられたもの。それ自体が破滅と共にある」


「破滅、ですか……」


「当時、大陸中央諸国に次々と起こる異変、天変地異、聖女の消失を皮切りに魔王の権威が勃興し、大陸規模の災害と宇宙を崩壊させるような事象の連続で……大陸はギリギリの状態だった。聖女配下の者達はこの状況を打破する策を求めた」


「……話から察するにコレが求められたのですか?」


「左様。正確には頚城、門、舞台を求めたのですじゃ。コレは当時、残されていた大門の頚城の裏側……物質ではなく位相深度深くに埋められた術式の転写された本体でしてな。個人的に故郷へ帰る際に使おうと思っていたものだったのですが……舞台の幕が再び上がってしまった」


「また新しい状況が発生した、と?」


「ええ、大本は回収されましたが、残された王女の墓とコレは対になる関係で儀式の中核となる機能はそのまま残っていた。それは七協会の一部の部署の人間には魅力的だったのでしょうな。それは一部の意見に過ぎませんでしたが、実際に世界を超えてやってくる外なる神々を自らの世界から阻む為には使うしかなかった」


「阻むとは? 門は繋げるのが本分なのでは?」


「いえ、巨大なる力そのものたる神々は宇宙内部に基点を本来持たない。ソレを無理やりに破って内部に侵入されれば、本来はかなり力が削がれていなければおかしい。だが、実際に大陸に顕現した者達の多くはそれでもかなりの力を有していた」


「何か原因が?」


「ええ、だから、此処が選ばれた」


「この星が?」


「ええ、この宇宙のこの星の衛星……月の裏側にある力こそが、その原因だった。この星の月の裏側のソレは外なる神々を引き寄せる特異点なのですよ」


「ッ、それはもしかして……あっちでは十数年前に観測したのですが、プラネット・ナインの破片がという話は聞き及んでいます」


「ああ、こちらでは【黒の星】をそう呼ぶのですな」


「黒の星?」


「宇宙の終わりと始まりを知る星。そして、こちらの言葉に直せば、黒色矮星と言うべきでしょうか」


「白色ではない。黒色?」


「宇宙の始まりに生まれ、終わりにも残り、新たな宇宙の始まりの先へと向かった稀有な星。終わった後の僅かな時間とはいえ、星が……无の領域に入った。それはつまり、外なる者達と繋がったという事」


「その星の影響はこの宇宙だけに留まらなかったわけですか」


「お察しの通り。我らの宇宙とこの宇宙は近傍にある。そして、この別の宇宙にありながらも無数の宇宙に影響力を持つ禍つ星の影響を隔てる為には……」


「力をあちらに……无の領域とやらに返す門がいる?」


 蛙の手でペチペチと拍手が成される。


「その事実を自ら突き止めた聖女の部下達の一部は自らの宇宙及び全ての生命の保全の為、非情なる決断をした。無論、その為に自らの命すらも合理的に擲つ事にしたわけです」


 頼充が溜息を吐く。


「悲劇、ですか」


「月の裏にあるのはコアと外装の部分。他の大部分はまぁ、この宇宙が終わる頃には霧散している。しかし、それに目を付けた者達の戦いは我らが来る前から既に始まっていた……」


「既に?」


「この宇宙の近傍にある全ての宇宙、全ての次元、全ての領域には无の先からやってくる者達の影がある。そして、奴らと戦い、奴らと並び立ち、同時にまた剣を突き付け合いながらも共存する者達はあらゆる世界で争っているのですよ」


「衝撃の事実なのでしょうが、あまりにも遠大でピンと来ませんね」


「はは、人の感覚とはそのようなもの。魔族の長生きである者達からすれば、大きな問題ではありますが、時間はまだあるというのが本音でしょうな」


「……リバーシア殿。そういう事を知っているという事は貴殿もそのような争いに参加……いや……そうか。だから、貴方は“見守る側”なわけですか」


 頼充は気付いた。


 いつも、老人は決して前に出ない。


 いや、出られない。


 それは契約であり、同時にソレこそが役目なのだろうと。


「ふふ、観測者役というのは中々に辛い。だが、老人は未来を造れない。故にこそ、新しい種族、新しい時代、新しい人々が映りゆく様子を見続けるしかないのですじゃ……」


 自分よりも弱いはずの者達に手を貸しこそすれ、自ら乗り出しては行けない老爺は少しだけ仲間達の現状に悲し気な顔をしていた。


「賢い賢い人の子よ。同じような役回りの我らはひっそりと見ていようではありませんか。我らは警告する者なのです。どの道、結果はもうすぐ……この老体も数万年ぶりの契約を一つ果たせそうですじゃ。はっはっはっ♪」


 カワズの老人は今度はゲコゲコと笑う。


「そう言えば、妹御殿にお別れなどは良いのですかな?」


「そういう柄ではありませんし、何ならヨモツヒラサカの上で戦うようになってから、いつも気配だけは見られていたようにも思います」


「左様ですか。ならば、我ら二人、その時が来るまで勝者を持つとしましょうか」


「ええ、時間ならまだ掛かるでしょうから……」


 奇妙な2人の視線の先、黒い修復された門は何かを吐き出し始めた。


 ヨモツヒラサカ。


 その世界から―――異変が既に起こりつつあるのだった


 *


「やっぱり……空間制御術式関連の研究が随分と進んだんですね」


 少年は攻め寄せてくる雲霞の如き魔族領の軍隊を前にして自身が今まで使い続けて来た魔導師の基礎能力として扱う術式。


 空間制御に関する百式から渡された新式理論とデータを脳裏で解析していた。


「元々、ハティア様と【高位魔導高弟エクスライン】の人達が造ったものですから、当然と言えば当然ですけど……この方式の複雑さは……」


 少年は上空からやってくる援軍の到達までには必要な情報を呑み込もうとしていたが、その関東圏で進められていた研究の多くにユウネの名前があるのを見て、僅かに笑みを浮かべる。


(こちらの世界ではまだ実現されていなかったワームホール理論。量子ワームホール効果の最大化と最小化。質量の変質を防ぐ“確率操作”……高次元観測による【運命糸リネア・フェイティー】の存在化によって0%と100%の疑似的な可能性の途絶を用いた確率スイッチング方式……術式を遠隔操作する際に用いる異相の発見と魔力を通す穴はそもそもがあっちの世界の固有現象……ああ、だから、こっちだと魔術の効率が落ちる感じが……規定があっちよりも固いせいで……それ自体が物質のスピンの差? 場への確率スイッチングをあの子は揺らがせる程に巨大な……ふむふむ……)


 少年がブツブツと魔導鋼都の屋上で呟きながら、この世界で二百年近く勧められた空間制御系技術に慣れようと脳裏で理論の概略を組み立てる。


(次元下降現象によるリスクゼロでの低位異相次元との隣接、その際の重力置換による術式のコンバートで魔力を通さずに……確かにこれなら……時空を歪ませる際の不安定さを確率操作で解消。これって……今までの空間制御や概念論系の僕が使ってた儀式術による構築領域内の設定を使うより……でも、この方式の反応はBFCの出現原理に近しい? 突然現れる理論に使われてるって事は……ああ、だから、時空間を上手く行き来しても殆ど痕跡が残らないのか……GRT……ゴースト・リレーション・テック……BFCは本当に七協会並みの優れた理論と技術を……)


 少年が明らかになる敵の技術力と理論を構築する手際に目を見張る。


(解析結果……魂の定量化どころか。魂のデジタル・データ化。更にそれを各種の媒質や領域、空間の特性によってコンバートしながら、その保持システム自体をも、その領域に存在可能なものとして置換する……機械が物質から量子的な光や重力に変換され、そこから更に別次元でも構成を保ったままに機能……こんな事……天才としか言えませんよね。確かに)


 少年は自身が使う力の多くが技術的にも理論的にも多くが借り物であるからこそ、そんな発想と共にエンジニアリングする技術を開発したBFCの強大さを理解せざるを得なかった。


(魔族達の門……アレがもしもガリオスから流出したものであるとすれば、それそのものは恐らく大陸で言われる高次元存在を行き来させるもので間違いない。アレこそがヘブンズ・ゲートの雛形。いえ、コピー元……ソレがこの理論の大本になっているとすれば……)


 少年が不意に地下深くで死の変動を感知する。


「ッ―――機械の観測に掛からない? これは……やっぱりあの時の……でも、それよりも半壊してない?」


 巨大な関東圏に積み上がっていた生と死の均衡が崩れ始めたのを少年は実感する事となっていた。


「世界の死が、余白が埋まる? 魔力を引き出す以外の現象で? 一体、何を……」


 少年が注視する中、黙示録の四騎士達が活動するのに必要な死が急速に関東圏全域から失われ始めていた。


 それは一見して分からないだろう。


 少年のような高次元に食み出すような存在以外には認識すら不可能かもしれない。


 だが、確かに魔族領が使う同型ゾンビ達が延々と増やし続けていた死が急速に関東圏から消え失せて、少年の魔力出力が大幅に下がっていく。


「魔力のような概念域からの引っ張り出して埋める形じゃない。だとすれば……死そのものを―――マズイ!?」


 少年が地表を見やる。


 すると、魔族領側の戦力が次々に同型ゾンビを地表に投下していた。


 その殆どがいつものように駆逐されるかと思われたが、そうはならない。


 何故ならば、同型ゾンビが後退中の部隊からの攻撃を食らいながらもまったく無傷で進軍を続けていたからだ。


 それは明らかに物理的にはおかしな話だ。


「死が消える。死が無いのに死んでいる同型ゾンビの誤謬のせいで矛盾が死の帰結を防いでる? 世界原理の矛盾で不死性を……これじゃ、殆どの生物が死ねなく……ッ」


 少年がようやく相手の戦術を理解する。


「これが貴方達の死なない兵隊の作り方。いえ、数の暴力で全て殴り壊せるなら、ある意味……一番、命の数に呪われた血族種らしい戦い方なのかもしれません」


 もしも、死なない軍隊同士が戦ったらどうなるか?


 その結果は言うまでもない。


 大抵は数の多い方が勝つに決まっている。


「だとすれば、今までの半裸での突撃も戦える実戦経験を積ませた人員の育成目的? 最終局面を見据えて、ほぼ全ての人口を戦力転用出来るなら、装備品なんて持たせるよりも死なない戦い方をさせる方がずっと安上がりになる。後方要員を大多数とする人類に数の上で勝ち目は……」


 ブツブツ言っている合間にも少年の背後に法衣姿の少女が一人降り立つ。


「初めまして。騎士ベルディクト、でよろしいですか?」


「あ、はい」


 振り返った少年が脳裏で得ていた情報から相手をしっかりと認識し、何処か違和感に気付いた。


「……初めての方に不躾なんですが、そのぉ……男性の方ですよね?」


「ああ、はい。魂の方はそうです。この表向きの性格も個人の一部のメンタリティーには違いありませんし、この体の元々の持ち主の資質や記憶的なものも反映されてるはずですが」


「ああ、済みません。込み入った事を聞いてしまって」


「いえ、いつもは男みたいに喋るのが普通ですので。余所行きの聖女の仮面と言ったところでしょう」


「そうですか。こほん。初めまして……ベルディクト・バーンと言います」


「初めまして。転移してきた大陸ではフィティシラ・アルローゼンを名乗っています。日本名は基本的に公開してないので時が来たら開示という方向で」


「分かりました」


 互いの手と手が取られる。


「それであの地下から変質している高次元干渉は一体何をしているのかお分かりになりますか? まだ、こっちの技術には疎いもので」


「ああ、アレは……」


 少年が手短に解説する。


「……死という概念そのものを現実から引き剥してる? そんな事をしたら、世界の恒常性に存在を消滅させられるのでは?」


「ああ、いえ、恐らくソレは無いです。理由は単純にこの星。いえ、この星と一連の出来事が起きた場所、星系は既にこの宇宙の趨勢にとって非常に重要な出来事であり、特異点化していると思われるので」


「特異点化?」


「ディミスリルというこの世界に増殖し続ける鉱物。コレなんですけど、特異点を原子内部に内包してて、コレが増え続けてる時点で世界の矛盾が正当化されたり、諸々の定理や法則そのものの不安定化要因なんです」


 少年が小さなディミスリルの欠片を相手に見せる。


「……それが宇宙によって修正されない? つまり、これは……」


「はい。この世界で起きる事は織り込み済みで対処される可能性があります。宇宙という構造そのものが僕らの存在を是とするなら、是とされる理由は単純に僕らがやらねばならない何かがこの世界にとってとても重要であるという認識で良いと思います」


「分かりました。宇宙の話も出たので一応、月には留意して下さい。部下が超重元素の塊を見付けました。恐らくですが、この世界の根幹に関わる代物です」


「あ、はい。貰ったデータは見せて貰いました」


「それと相手は死なないと言っても傷付くし、痛みはあるんですよね?」


「ええ、まぁ……ただ、魔族なので……かなり痛覚耐性は高いですし、再生し続ける上に常人には効くような類の仕掛けが効かない事が殆どです」


「ちなみに魔族領の方々の総数は?」


「恐らくですが、地下アーコロジー内だけで40億くらいだと思います」


「それはそれは……此処に来ている方々は覚悟があるという事でいいんでしょうか?」


「最初に釘は差しておいたので……」


「では、ちょっと強い死なない兵隊が数十億名やって来て、数時間で決着が付くと思い込んでいるという事で?」


「……実際には上層部を壊滅させないと動き続けるでしょうし、絶対勝てない状況に陥らせないと幾らでも反抗されちゃうと思います」


「分かりました。地表の方々はもう?」


「今、魔導鋼都が空間制御戦をしながら、安全に転移で内部に取り込んでいる最中ですけど、99%以上の民間人は収容が終わりました。残る方々には何があっても自己責任。最終期限を1時間後で通告してあります」


「不動産及び動産の保障はどうでしょうか?」


「あ、それは問題ありません。大抵のものはこっちの技術である波動錬金学で復元可能です。生物込みで出来ますけど、さすがに倫理的にアレなので……」


「ああ、そうですか。では、彼らとの戦場を創るところから始めましょう」


「鋼都がある関係で殆ど時空間干渉は出来ませんけど、大丈夫ですか?」


「いえ、こっちは物理系なので。分解と再構築は錬金術にも似てますが、全て工作の範囲内です」


 少年から少し離れてパンと聖女が一人手を打つ。


「聞いていましたね。皆さん」


 少年が聖女の前にいつの間にか白衣の男女が数十名畏まった様子で頭を下げているのを見付けて、一瞬で肉体を其処に形成した相手の力量に内心で驚く。


「この結界とやらに囲い込まれている領域の文明を保全しつつ戦場の形成をお願い致します。わたくしと博士達の薫陶を受け、その身で築き上げた技術をどうか存分に発揮して下さい」


『お任せを。姫殿下』


「貴方達には最初期建造分を全て渡しています。その実力が戦闘向きであるドラクーンに劣らないものでなければ、招集し、部隊化した意味合いも無いでしょう」


『仰る通りでありましょう』


「ならば、まずは新たな隣人に挨拶を。そして、我ら大陸の意を示すのです。これは創る者としての巣立ち。存分に見せて下さい。貴方達が誇らしいと大陸の誰にも思ってもらえるように……アーティザナス出撃」


『御意であります』


 白衣の男女達が瞬時にまた消え去り、関東圏の大結界。


 天頂部が罅割れながらも未だ8割以上が健在な障壁の間際に次々と巨大な影が円陣を組むように現れていく。


 ジ・アルティメットの集団が大結界の外周を等分にして姿を露わにし、次々その両手を拝むように合わせる。


『各自の持ち場に付きました。隊長……』


 ドラクーンの内部から選抜された蒼力による工作、創造力という点で優秀と評価された男女30余名。


 彼らは脳裏で会話しながら、現在の状況の把握を終えて、実行フェイズへと向かう途中であった。


 彼らの長はまだ30代の全身入れ墨の男だ。


 顔だけ見れば、何処かのチンピラにも見える彼だが、胎児の如くジ・アルティメット内部で目を閉じている姿は他の隊員と変わらない。


『~~~オレは今、猛烈に感動している』


 その隊長の震える声に呆れた者達がジト目になった。


『姫殿下に認めて貰い。その上であのようにお声を掛けて頂いた。もう一生耳は洗わん!!』


『いや、それは隊長の自由ですが、仕事して下さい』


『ですよ。隊長。姫殿下にカッコワルイところは見せられませんし』


『ですな。個人的な感情はともかく。我らはあの方の指の一つとなった。ならば、それなりの威厳が必要では?』


『グズ……そ、そうだな!? そうだな!! ああ、そうだな!! 今度、あの方に個人的に何か贈り物をして、でぇえぇえええ!!?』


 ビクッとしたチンピラ隊長が耳を同僚のジ・アルティメットの干渉で引っ張られて、早くやれの合図にすぐ顔を平静に戻した。


『ゴホン。済まん。取り乱した。では、やろうか』


 ジ・アルティメットが仄かに発光し始める。


『うん?』


 だが、彼らは地表や自分達の周囲に集まり始めた魔族達を見やり、どうしようかという顔になる。


―――魔導騎士の決戦兵器かぁ!!?


―――掛かれぇえええ!!


―――1機たりとも部隊に近付かせるなぁああ!!?


―――死んでも部隊の後背を死守せよぉおお!!?


 魔族達が決死の形相で次々にジ・アルティメットに魔術やら魔導やら超常の力による攻撃を仕掛け始める。


 その数は関東圏各地から湧き出す魔族達の数%にも及んでおり、彼ら魔族が同じ質量で対抗しようと巨大な魔導を用いて作ったゴーレム。


 ロボアニメの金字塔【イグゼリオン】に似た100m級の決戦用に取っておいた質量攻撃兵器を無尽蔵に供給し、次々にその巨体から放たれるディミスリル製の兵器がガンガンと彼らののジ・アルティメットにぶつかっていた。


『隊長。どうします? 何か能力系で動きを縛る連中とかいますし、物理法則無視系のは私達が動いたら負荷で弾けちゃいそうですけど』


 彼らの傍……と言っても数km先には大量の術者がジ・アルティメットを封殺する為に能力で機体を拘束し、結界を各部に無理やり嵌めて血管が切れそうな様子で魔力を消費しまくっていた。


―――拘束部隊が持っている間に倒し切れぇええ!!


―――部隊の損耗に構うなぁぁああああ!!!


―――全力を出し切るんだぁああああああ!!?


―――擦り切れたヤツを後送しろぉおおお!!


―――オレ達が何とか此処を持たせている間に行けぇええ!!?


 好き勝手に熱血と愛と友情を叫んでドラマを醸し出している魔族達は真面目だ。


 いつもはちゃらんぽらんな子作り大好き変態紳士もしくは野獣と揶揄されて久しい彼らだが、基本的に三血統……ゼームドゥス、シヴァルヴァ、ヴァセアの子孫であり、特にゼームドゥスの血統は良くも悪くも熱血を絵に描いたような戦士気質。


 彼らの全力は正しく善導騎士団も怯むような呆れる程に力押しで来る魔族のスタンダードとして定着している。


 なので、こういう火急の時に限って男を上げる者達は多かった。


『攻撃の解析は?』


『物理現象4割、他の未知の法則や定理の上で動作するのが4割、残り2割は我らに近しいものですが、階梯がかなり低いです。恐らくはドラクーン候補初等科にも負けるレベルですね』


 隊長が溜息を吐く。


『此処でこの世界の民を殺すわけにも行かんだろう?』


『かと言って、このまま攻撃を受け続けると何かの拍子に落ちるかもしれませんよ? 一応、超重元素の混ぜ物がされてる攻撃用の武器や弾体ですし』


 部下からの話は最もであった。


―――突撃部隊近接戦用意!!


―――突き刺さされぇえええええ!!?


―――馬鹿なぁああああ!!?


―――超純度のディミスリル被膜合金だぞ!?


―――何故、刺さらん!!


―――何故、斬れない!!?


『かと言って、超重元素の純度100%尚且つ原子核魔法数500番台から上をどうにか出来る程のものは無いだろう?』


『まぁ、はい』


 大量の100m級イグゼリオン達の刃や火砲、猛烈な魔力凝集を纏った攻撃が次々にジ・アルティメットの表面装甲に当たっていたが、罅割れる様子は見られない。


 というか、自分達の攻撃で吹き飛んだ人員が大量であったが、多くは気にせず攻撃を続行しており、逆に攻撃されているジ・アルティメットがひっそり、彼らの致命傷を防ぐよう物理的な防壁だの何だのを味方のものに見せ掛けて護っているくらいの話である。


『と、いうか。攻撃を受けるには危険に見えるのに跳ね返したら死人が出るし、動いても死人が出るし、どうしろと? 隊長』


 聞かれた隊長がボリボリと頭を掻いた。


『仕方ない。死なない程度に物理量の吸収で手を打とう』


『周囲の人達のエネルギーまだ解析中ですよ? 良く分からんもので腹を壊すのは嫌なんですけど』


『ぼやくな。仕事だ。腹を下したら有給くらいくれてやるとも』


 隊長の言葉に仕方なく彼らは必至に戦う彼らの前の“一般市民”を前に柏手をパンッとジ・アルティメットで打った。


 途端、周辺領域10km近い領域内部で次々に大量の魔族達が気を失っていく。


『魔力でしたか?! 今、瞬間最大吸収量の1%も溜まりましたよ!? 本当に彼ら生物なんですか!?』


 部隊員の一部が思わず驚いていた。


 彼らの乗る機動兵器は非常識の塊で造られている。


 それこそ恒星一つが生涯掛けて放出するエネルギー全てを一瞬で……とかでなければ、普通に吸収でオーバーロードして爆散なんて考えられない代物だ。


『見た通りだ。個人が惑星を滅ぼせる程のエネルギーを持っている事もあるというのが魔族に対する説明だったが、一般人200万人程度で1%埋まるというのは正しく人智を超えているな』


『羨ましい体質ですね。ゼド機関が無かったら、滅茶苦茶便利そう』


『エネルギーの安定化の為に大量の制御リソースを脳裏で食うらしいぞ?』


『あ、それは微妙かぁ。蒼力がやっぱり一番!!』


『お前ら……殺すなよ? オレは姫殿下に白い目で見られたくない』


『あ~~隊長~エネルギー総量のピンキリが激し過ぎますよぉ~~』


―――ぐあぁああああ命が、魔力が吸われるぅぅぅぅぅ!!?


―――じゃ、邪悪な攻撃方法だぞこいつら!!?


―――まさか、我らの命を吸う邪法にて駆動しているとは、ぐ!!?


―――魔導騎士めぇええ!?


―――邪悪なり機械竜!!? 


―――……カフ(´Д`)


『仕分けて吸収。未知のエネルギーもちらほら混じってるし、全部蒼力の場で変換するにしても解析まで何時間掛かるんです? 個々人毎に死なないよう吸収量を調整とか地獄ぅ』


『あ、コレ個人記憶100年分くらいの情報量を1分で処理するヤツだぁ(泣)』


『情報処理のリソースに私達の脳髄使う仕様。どうにかならんのですか?』


『しょうがないだろう!! 丁寧が一番なんだから!? 愚痴るな!! 子羊共!! 丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に!!!! 我らの仕事はそこらの掃除のおばさんと何も変わらん!! 帝国人もしくは帝国式らしく!! しっかりとした丁寧さで処理しろ!! ちょっと精神年齢が1万年くらい上がったって気にするな!! 敵は己だと知れ!!』


『というか、市街地の物質的な圧縮。片手間でいいんです?』


『しょうがないだろ!? クソゥ!!? 超重元素製の建物が邪魔過ぎる!!? ウゴゴゴゴ……処理システムに何処からか援軍頼めないか聞いてくれぇ』


 隊長のやけっぱちな声に隊員達が溜息を吐きながら、周囲にいて動きを止めた魔族領の軍隊の首筋に突き刺した微細な針の如き超重元素製の細いコードからエネルギーを死なない程度に吸い上げつつ、その処理に追われるのだった。


 その光景は正しく。


 機械竜から無数の光の糸が魔族達に繋がり、禍々しく蠢く蒼い輝きで命を吸い上げているようにしか見えない。


 ついでに言えば、それを辛うじて回避して次々に切断しようとする戦巧者も防御に回らざるを得ないように見えない場の攻撃で攻め立てているので実質、彼らは一機で多数のマルチタスクをこなしている状態で目も回る忙しさであった。


『(何か後で非道な攻撃とか言われそうなビジュアルだなぁ……)』


 隊員の1人はそうボソッと内心で未来を予知するのだった。


 今までこっそり対処の為に鎮圧用の攻撃を準備していた彼らはこうして初めて扱う他世界のエネルギー……魔力の解析において第一人者としての地位を築く仕事をたった数時間で終わらせる事となる。


 関東圏の超重元素を用いた建造物の群れがどうなったのか。


 それは多くの者達がエネルギーを吸い続けるのに忙しい沈黙したように見える機械竜達を前に知る


 世界が単なる更地になった事を彼ら魔族領は天変地異よりも恐ろしく感じる事になるのだった。


 *


―――同時刻魔族領軍地表進出地点。


「い、一体何が起こってる!!?」


「解析班から報告!! 大結界外周に陣取る巨大機械竜を中心として大規模な波が量子的に観測されており、物質掌握能力の類だと思われます!!?」


「道が、建物が、世界が押し広げられるだとぉおおおおおお!!?」


 叫んだ現場指揮官も真っ青。


 魔族領の軍隊が出くわしたのは何もない地表。


 彼らの多くは取り残され、遥か後方に都市が歪みながら去っていく光景を見た。


 全てが縦に高く細く歪んでいく戯画染みた世界に戦慄するしか無く。。


「空間歪曲ではありません!! 物質そのものが硬度を維持せず構造の繋がりをそのままに極端に靭性を高められた状態で伸ばされて引き寄せられているようです!!?」


「構造が崩壊しないのか?!!」


「そ、それが!? このような物質掌握能力は魔族領でも殆ど高位の方々が小規模に使うのみでこのような規模は―――」


 関東圏のあらゆる地表の建造物の多くが善導騎士団の直轄施設以外、殆ど地下設備も込み込みで大結界の外周へと丸く高く歪みながら天を衝く勢いで広げられ、残された地表には草木一本無く。


 広陵とした地上に彼ら魔族達は驚き。


 同時に自分達が通って来た直通路すらも高台になってしまう程に地表が深い場所にある事を理解して茫然とする。


「ええい!? 構うな!! 飛翔せよぉおおおおお!!! 敵は東京に在り!!!」


「各隊!! 魔導鋼都:東京の直上を目指せぇええええ!!!」


「時間が無いぞ!! 後続が機械竜を押し留めている間に全戦力は敵首魁【魔導騎士】を叩くのだぁああああ!!」


 翼持つ魔族達が雲霞の如く飛翔して、遥か数百㎞先の巨大な天蓋の頭上。


 逆円錐形の先へと向かって高速移動し始めた。


 が、勿論のようにそんな事が許されるはずも無かった。


 バチュンと彼らの翼が次々に大量の弾幕……無限にも等しくトリモチの大雨によって叩き落されていく。


「こ、これしきぃぃぃぃぃ!!?」


「燃やせ!! 如何に魔力耐性があろうとこんなもので我―――」


 魔術や魔導によるトリモチの除去を試みた者達の大半がすぐに膨れ上がったトリモチの重さに耐え切れずに墜落していく。


「うごぉおおおおおおおおお!!? 何だこのトリモチはぁあああああ!!?」


「善導騎士団のいつものヤツじゃねぇのかぁあああああああああ!?!」


「お、重いぃぃぃぃぃ!!? 翼を捨てて生やせるものだけでもい、行けぇええ!?」


 彼らの大半が次々に魔導鋼都が転移で降らせる莫大な量の魔力吸収によって膨張、爆発的に増殖するトリモチの雨に飲まれたが、一部はトリモチが自分の翼を落とす前に翼を切除して生やすという芸当で高速飛翔しながら、雨の中を少しずつ少しずつ昇っていく。


 だが、地表は地獄だ。


 トリモチの雨は大地を海の如く溢れさせ、魔族達を飲み込んでいく。


 ついでに適度にトリモチが食える……なんて、バカバカしい事に気付いた者達は怒り心頭であった。


「き、騎士団めぇえ!!? 我らをコケにしてくれよってぇええ!?」


「オレ達は菓子じゃねぇ!!? モチじゃねぇ!!?」


「く、くそぉぉお!? こんなモチ食ってや―――」


「おい。馬鹿止めろ!? く、食ったら!?」


 一部は気付いていた。


 バゴンッと胃袋が張り裂けそうな程に魔族達の腹の中で魔力を吸って増殖したモチが直腸から喉まで全てを圧迫して逆流するという事を!!


「お、おげぇええええええええええええ!!!?」


「ぐ、ご、が、ゴボオオオオオオオオオオオ!!!?」


 魔族達の第一陣の9割はトリモチの海で僅かに口に入ったトリモチが増殖し、体内から溢れ出すという地獄の如き状況に陥った。


 彼らの多くは基本的に人間らしい姿と生態をしているが、同時に人間らしい生理は止められるし、何なら魔力さえあれば、呼吸すら必要なかったりする。


 ある意味、窒息させても胃の内部のトリモチからある程度魔力を吸収すれば、窒息状態で埋まっても死なない。


 そう分かっているからこその足止め攻撃。


 ついでに魔族達の魔力を別のものに変換して、攻撃力を減んじさせ、同時に数の暴力や魔力の結集を防ぐという戦術的な意味合いまである。


「ぐぞぉおおおおおおおおおおおおおお!!?」


 こうして関東圏各地に出て来て、魔導鋼都の占領を目論む者達の大半は「お前らの事は何でもお見通しだから(ニッコリ)」みたいな攻撃方法で白いモチの海に沈んで足掻きながら蠢く事しか出来なくなった。


 が、かと言って、数百kmもの遥か大結界の天井に到達出来そうな強者もまた障害物競争染みて来た騎士団の嫌がらせを全て受け切れているわけでは無かった。


 まず、複数のボーダーがあり、凡そ100km単位で受ける攻撃の質が変わった。


 空気のほぼ無い100kmより上は宇宙にも近い。


「か、回避ぃいいいいいいい!!?」


 魔力を摺り減らして到達した魔族達に待ち受けていた試練はピンポイントでのレーザー狙撃の雨だった。


 大気がかなり薄い為、レーザーの威力が減衰する事がほぼ無いのだ。


 機動要塞の装甲表面にある対デブリ用の高速連射式のレーザー発振器は事実上、小惑星すらも焼き尽くすハリネズミの針に等しい。


 20m感覚で置かれたソレの合計数は未だに人類の間でも秘匿されている。


 此処で初めて明確に彼らの胴体部や腕などに穴を開ける近接防御弾幕が光の速さで漏れなくプレゼントされた。


 無論、魔力の強い者達の多くは多重防御方陣を身に纏い。


 殆どが光の速度でやってくる攻撃を防ぐ。


「上空まで後一息だぁああ!! 総員踏ん張―――」


 音速を遥かに超えた魔族達が方陣防御が顕現した瞬間、あっけなくソレらが魔力の残渣を残して砕け散った。


「ガァアアアアアアア?!! や、奴らぁあああああ!!?」


 防いだ者達が、その防いだ瞬間の方陣を狙撃で狙い打たれて、大量のディミスリル製の結界破砕弾、魔力吸収弾で肉体どころか部隊の連携を崩壊させられた。


「や、奴ら時間稼ぎしてやがるぞぉぉおお!!?」


「クソォオオオオオオオオオオ!!!?」


「殺しもせずに舐めやがっ―――」


「あ、兄貴ぃいいいいいいいいい!!?」


「総員、外壁に取り付けぇええ!!?」


 それを瞬時に張り直す事が出来なかった者達は胴体や手足、翼をレーザーの無慈悲な焦点温度1万3000度の熱量で瞬間的に蒸発させられ、襤褸クズのように再び下層域のトリモチ・エリアへと撃ち落とされていく。


 魔導鋼都の外装表面地帯には既にライジング・ウルフズの者達が大量に配置されており、秒速10kmを超える高速貫通徹甲弾仕様の各種ディミスリル弾が魔族達へ豪勢に振舞われていた。


「はぁはぁはぁ、此処までくればぁ!!?」


 途中から空は無理だと瞬時に外壁に取り付いて内部へのハッチから攻め込もうとした者達もいたが、無論のように大規模な攻撃を行おうとした魔力を高めた隙だらけの者達は狙い打たれ。


「これで此処から上に行け―――あ?」


 ハッチに取り付いて内部に入り込めた者達の半数は何処とも繋がっていないハッチ内部にガシュンッと隔離され。


「お、おれのから、だ、ま、りょくぬけて―――」


 強制的に魔力を脱水機染みて周囲のディミスリルの隔壁に吸収されてカラカラに干上がらせられた。


 魔力で何とか気力、体力、精神力、ついでに肉体の再生までしていた彼らは最低限以上の魔力を全て抜かれて生命維持が精一杯の状況に陥ったのだ。


「な、仲間はもうこ、これだけなのか!?」


「は、はい……此処には21名しか……」


「他はまた、トリモチのエリアに落ちていきました。それとハッチ内部が行き止まりだったところが在った模様です」


「く、クソゥ!? これが魔導騎士の洗礼かぁ!?」


「進みましょう!!」


 運よく本物のハッチ内部から内部へと侵攻した者達は最初期に億人を超えて吐き出されたにしては少ない数万単位にまで減っていた。


 そもそもの話。


 魔族領と地表と魔導鋼都は空間制御戦の最中であり、転移が極めて制限された状況で自力での移動を強いられる。


 それなのに魔族領の出入口から魔導鋼都の直上までが長過ぎる。


 ついでに殺到した魔族達は強さが関係なく混乱のままに吐き出されている為、強い層が一気に来れているわけですらない。


 全ては魔導騎士の掌の上と此処まで来ても冷静な層は全てがあちらの思惑通りなのだろうと歯噛みして進むしなかった。


「(そもそも、オレ達がいつも受けていたあのトリモチ弾……ずっと前から同じだって話だったが、本当は……本当は……この日の為に新しいのを伏せてたんじゃ?)」


 賢い者は気付いていた。


 いつも魔族達を鎮圧して何食わぬ顔で同じ装備、同じ編成で何ら変わり映えの無い日常的な戦闘をしていた騎士団


 それが一体、誰の意志で、何の為に化石染みた安定したやり取りばかりしていたのか。


 全ては欺瞞、偽装、陰謀であったのだ。


 グダグダ戦争している彼らは魔族の上層部にとって死なない兵隊として訓練されていたが、それを知らないままに戦っていた。


 だが、それと同じように騎士団や陰陽自衛隊もまた戦術も戦略も隠した上層部は切り札を無数に隠し持っていた。


 もしも、騎士団が死なない兵隊相手に殺す為の戦術を立てていれば、状況は魔族側に傾いていたはずだ。


 しかし、そうはならない。


 そうはならなかった。


 最初から周到に準備されていた魔族達への遅延作戦はまったく効果的に推移し、関東圏の魔族領と出入口は今やトリモチの海に埋まっている。


 出てくる戦力すら制限されている状況だ。


 だが、殺到している戦力の差は明らかでもある。


 しかも、死なないとくれば、もはや人類に勝ち目は無い。


 が、その暗闘の末、結果は天秤をどちらにも傾けていない。


 それは正しく魔族の無力化。


 魔族達の進軍の遅延。


 戦場への戦力投入量を制限。


 こういった多くの騎士団側の戦術が功を奏していたからだった。


(これが善導騎士団!? オレ達はようやく本当の騎士団の戦力と戦っているっていうのか!!?)


 戦慄の事実に気付いた者達の多くはしかし……そんな事を仲間達に言えるはずも無かった。


 此処で士気を落とせば、すぐに制圧されるのは必定。


 彼らは殆ど自分達が不死化している事を理解していなかったが、そうであってすら、騎士団は難敵であり、同時に無力化に全振りした戦術戦略は魔族領の上層部の切り札の効きを鈍くしていた。


『やった!! 魔族共がまるでハエのようじゃないか!!? ああ、魔導騎士に栄光あれ!! 我ら聖樹教こそ、これから騎士団の最大派閥として魔族を駆逐す―――』


 魔族達が地獄を見ている頃。


 聖樹教。


 魔族排斥運動のコアメンバーとして活動している騎士団の者達の多くが効率的に捕らえた魔族達を滅ぼすべく動き出そうとしていた。


 何なら彼らの殆どはとある女の能力を得られるレベル創薬の保管薬を呷り終え、自らでは遥か到達する事の無い高みへと肉体と能力が向上していくのを感じ取り、ほくそ笑んでもいた。


 が、彼らのいる会議室に入室者が一名。


「だ、誰だ!?」


 咄嗟に剣や銃を構えた彼らはソレが蒼い猫である事を見て、僅かにホッとした。


「何だ猫か。貴様!! 何処の所属だ!! 此処は我ら聖樹教所属の―――」


「ニュヲ」


 グシャッと猫を威嚇した男が頭の上から足の先まで骨という骨の殆どが折れて潰れ……それでも生きたまま圧縮されて、肉の塊のように変質していく。


「ま、魔族領か!? クソゥ!!? 殺せぇ!!」


 それなりの階梯である騎士達はしかしそのそれなりに聡明な頭で自分達の今の強さから見て、自分達より強く無ければ、あんな芸当は出来ないのではないかという疑問を浮かべたが、それを思うのは遅過ぎたのは間違いない事で―――。


「ニュヲ」


 グシャッと彼ら全員が潰れて大量の赤黒い肌から骨が付き出す事も無く折り曲げられながら箱型キューブにされて、武器が地面に散らばる。


 蒼い猫は彼らをジト目で見やった後。


 その頭部に近付くとポンと自分の肉球を印鑑のように魔力の光で刻印。


 途端、ボボボボンッと肉体が一気に弾けたキューブ状の物体が内部から次々にドブ色の猫が血肉を纏って現れ、自分の姿に思いっきり青褪めて叫び始めた。


 曰く。


 グニャアアアアアアアアアアアアアアア(なんじゃこりゃぁあああああ)!!!?


「ニュヲニュヲ♪」


 可愛くない何か草臥れた雑巾みたいな色合いの猫達が叫ぶ最中。


 緋祝ニュヲ……明日輝の子供である子猫が後ろからやってきた足音の主の頭の上に乗っかった。


「ニューヲ♪」


「ぐ、グニャアア!?!(き、貴様は)」


「おっと、猫語は分からないんだ。悪いが……」


 やってきたのは40代くらいに見える金髪の男だった。


 その姿を男達は何度か歴史の教科書の中に見た事があるのを思い出す。


「グ、グニャグルル!!?(旧善導騎士団医療部門長エヴァ・ヒューク!!?)」


「グニャーゴニャ?!! グニャニャー!?(いや、そんなはずない!? 機密ファイルでも100年以上前に死んだ歴史上の人物だぞ!?)」


 男がその猫語に肩を竦める。


「だから、猫語は……まぁ、何を言っているのかは大体想像が付く。だが、オレの庭で金庫を漁ったんだ。貴様ら、覚悟は出来ているだろうな?」


 ギョロリと男が嘗て悪魔と呼ばれていた頃の顔で男(猫)達を睨む。


「グニャーゴ?!!(貴様の庭だと?!!)」


「今もブラック・シープに所属してる。というか、オフィサーとして在籍してるんだがな。ま、君達のような連中は知らないだろうが」


「グニャゴーゴ!!!(どういう事だ!!!)」


 男が溜息を吐いて、眼鏡を取って小さなハンカチで磨き始めた。


「君達に言いたい事は山程も無い。精々、人の金庫からあの薬を取り出して勝手に摂取した事と間抜け面で魔族批判をしてる事に対する苦情くらいか」


「グニャ、シャー!!?(何が言いたい!!?)」


「そもそも聖樹教なんてものを騎士団が認めていたのはガス抜きの為でしかない。ついでに言えば、君達のように過激化した際のマニュアルまで用意されてる。主にあのバカみたいに自分を改造してた我らが魔導騎士様がオレに託していた時のものだがね」


 眼鏡が再び掛けられる。


 すると、その顔が別人のものに変化した。


「グニャルフス!!?(どういう事だ!!?)」


「騎士団が悪に落ちた際には解体をお願いされてたんだよ。それが一部であれ、全部であれな」


「―――?!!」


 猫達が思わず押し黙った。


「君達に分かり易く教えよう。オレはこの世界の神様じゃないが、この世界の遺伝資源の全てを知る男だ。関東圏? イギリス? アメリカ? 勿論、全部だよ」


「―――!!?」


 エヴァン先生として嘗ては善導騎士団東京本部で医療現場で戦っていた元市長は男達に微笑む。


「動物? 人間? 魔族? ヒト種族? 勿論、全部だとも」


 その言葉に嫌な予感がした男達の背筋の毛皮が汗に濡れる。


「オレがこの騎士団を預かる影のオフィサーという事だ。無論、奴が戻って来た以上、要らぬ話だが、自分の仕事をしてないと思われるのも心外だ」


 男が歩き出し、会議室の上座に座った。


「諸君。歴史の真実というヤツを教えてやろう。聖樹教は必要悪として創られた」


「ッッッ」


「この関東圏が大結界で封された時、魔族領との交渉で魔族を人間に同化するという案が取られ、同時に魔族の性質から魔族の方が増えて社会的な変質が起きる事も九十九や百式が予想していた」


「グニャ、ニャ?(な、何が言いたい?)」


「だから、セブンオーダーズは社会の基礎設計はやったが、他は陰陽自衛隊と当時の首相や政府、更には不老処理を行う予定だったオレにソレを丸投げした」


「?!!」


 猫達の顔が悪くなる。


「諸君。オレはこう言ってるんだ。魔族への人の愚痴を司ってくれてご苦労さん。お前らの仕事は終わりだ。その意味でお前達を“善導騎士団に迎え入れた”のは間違っていなかった」


「―――ッ」


 猫達の額に汗が浮かぶ。


「だが、遣り過ぎたんだよ。お前ら……愚痴るだけならいい。だが、実力行使は誰にも望まれぬ結果を齎す。故に此処までだ」


「グ、グニャグオオオオ!!?(フザケルナ!!?)」


「ちなみにお前らを選んだのはオレだ。理由は単純だ。お前らが魔族領の男に男として負けた負け犬だったから、その一点に尽きる」


「―――?!!?」


 彼らは驚きのあまり猫的な自分のままに引っ繰り返りそうになった。


 彼ら一人一人には秘密がある。


 そう、秘密だ。


 秘密でなければならない。


 プライベートに過ぎる理由がある。


「いやぁ、恋人、嫁さん、母親から父親、何なら兄弟姉妹。分かるよ。オレも娘を他の男にやった時は血の涙を流したもんだ。寝取られは辛いよなぁ……」


 猫達が互いにハッとして仲間達を見やる。


「で、そんな君達の個人的な要望を叶える変わりに人の愚痴を代弁して貰ってたわけだ。よくやってくれた。騎士団の自覚無き暗部として君達は実によくやってくれた。だが、それはそれ……あの薬は元々最終決戦時に他のセブン・オーダーズの連中に使わせる用に調整してたんだ。お前らのせいで2%……人類が滅びる確度が増した。その責任は自分の身で取って貰おう」


 男の瞳が暗い光を帯びる。


 立ち上がった男に猫達がく、来るかと臨戦態勢を取ろうとした。


 だが、男が腰の後ろから取り出したのは猫じゃらしの玩具だった。


「ほ~~ら、楽しいぞぉ~~~♪」


 皮肉げな男の唇の端が歪む。


 もう一度ふざけるなと絶叫しようとした彼らだったが、体が勝手に、首が勝手にねこじゃらしを追い始めた。


「ぐ、ぐにゃぁ?!(どうなってるんだ?!)」


「言っただろう? オレは遺伝資源に詳しいと。お前らはこれから騎士団の内部規約通り、罰を受けて貰う。具体的には不老化処理を受けた上で魔族領との親善大使として慰問に行ってもらう」


「グニャル?!(慰問だと?!)」


「そうだ。お前らの脳には逆らえない術式が施されてる。それとお前らが全員独身というのもあって、親族へは最低限長期任務である旨くらいは伝えておいてやる」


「ググニャー!?(何をさせる気だ!?)」


 エヴァが肩を竦める。


「オレも鬼じゃない。君達、可愛い猫ちゃんと人類の最底辺への騎士団の配慮と善意をどうか受け持って欲しい。今、魔族領で古いエロ本みたいな有様で捨てられてる君達の未練を救うチャンスをやろう」


 彼らの瞳に強制的に写されるのは正しく脳が破壊されてしまうに違いない映像の数々であった。


 具体的には嘗て彼らが大切にし、あるいは大切に想っていた異性もしくは同棲していた誰かが、まるでゴミのように打ち捨てられ、辛うじて魔族領で生きている様子であった。


 魔族達に捨てられ、ゴミのような最底辺で嘗ての面影も無く生きているだけの誰かが其処にいた。


 猫であろうとその絶叫は聞くに堪えない悲哀に満ちており、彼らが涙を流しながら頭を抱えて悶え苦しむ。


「嘗ては若かった誰かもいつかは老いる。裏切者を信用するヤツはいない。だが、未練なんだろう? 悔しいくらいにどうにかしてやりたかったんだろう? ああ、分かってるとも、《《オレはそういうのを選んだ》》」


「「「「「「「「――――――」」」」」」」


 猫達が絶望し切った顔で悪魔の如き男を見上げる。


 その足は確かに震えていた。


「今、絶望のどん底で魔族の悪意と無視に晒されてる一般人だ。倫理的、道徳的に嘗てどうこうなんてのはあの有様を見た後では言えるヤツもいないだろう。自業自得と切り捨てるのは世間をオレ達がそう誘導したからだ。だが、お前らにはそれを覆す権利をやろう」


 猫達の首に首輪が瞬時に装着される。


 虚空から滲み出るようにして現れたものだ。


「10年の慰問行動を許す。10年後、その体は元に戻るが、諸君らはその時点で騎士団ではなく。一般人の退役者として登録される。それまでに諸君らが騎士団の内規に触れるような行動を起こせば、その時点で体はボーンだ」


『………』


「社会は敗者と信頼の無いヤツに厳しい。だが、それが最もないオレはこうして今、やりたくもない仕事をしてる。ただ、少なからず、娘を見守るという仕事だけは出来ているつもりだ」


『………』


「嘗て、オレは敗者だった。今もだろう。最愛の娘もどこの馬の骨とも知れないクソ野郎に取られたしな。だが、自分の生き方に納得してこの地位にいる」


 猫達が思わず俯いた。


「貴様ら敗北者に騎士団は寛大だ。人間のクズ、クズ親、裏切り者の婚約者に幼馴染、快楽堕ちだか何だか知らんが、お前らを捨てた連中に一片足りともまったく同情はしないが、貴様らはそうじゃない」


『………』


「魔族領に行って何をしようが、自由にするといい。それこそ騎士団が貴様らのような底辺の敗北者に与える慈悲であり、願いだ」


『ニャグ……?(願い……?)』


 男が溜息を吐いた。


「100年以上前の事だ。人類は敗北者だった。人類は負けた。明日死ぬのを待つばかりだった。オレは大切な妻一人も守れず。未練たらしく英雄崩れと祭り上げられ、やりたくもない仕事をして、腐っていた。誰もが負けた。誰もが諦めていた」


 男は時間の効用をよく理解していた。


 そして、だからこそ、敗者である自分が言わねばならない事を“守るべき相手”に告げなければならない。


「だが、奴らは救ってくれた。こんな惨めな愛した女一人守れず。子供が生きていた事も知らず。誰かの息子であり娘だろう幼子から顔を剥いで、義肢を付けて僅かでも生きていけるようにしたってだけの馬鹿なマッドをな」


『………』


 猫達は知っている。


 今、関東圏で殆ど死人が出ないのは一人の偉人のおかげだと。


 今では魔族も人間もヒト種族も格安で治療が受けられる。


 その技術は人間からも魔族からもアクセス可能な場所に置かれている。


 それはたった一人の男が築いた医療体制。


 その男が始めた義肢のみならず大量の安くて良く効く医薬品……正しく治癒術式入りのペンダントと同等以上の治療が可能だからだ。


「こんな敗者でクズ野郎なオレに可能性を与えた馬鹿な魔導騎士を恨むんだな。貴様らには力を備えさせておいた。望むなら、誰だろうとお前らはあの頃まで戻してやれる」


『ニ、ニャ?(な、に?)』


「体、心、年齢。全てを貴様らが望む時代まで戻してやる力だ。だが、それを使った瞬間、貴様らは二度と猫から元には戻れなくなる」


『ッ』


「どんな技術や魔術を使おうとしても無駄だ。死ぬ事も許されない。ソレそのものを貴様らは指向出来ないように頭に術式を刻んである」


『―――』


「惨めな人類の裏切者を、人生の敗北者を、魔族共の誰も使わない便器みたいになった襤褸クズを貴様らがどうこうしようが、オレは関知せん。貴様らに騎士団が払う報酬と与える罰はそれで全てだ。分かったなら、とっとと失せろ。オレはこれでも忙しいんでな」


 男が言いたい事を言った後。


 頭の上の蒼い子猫もそのままに消えていく。


『………』


 猫達は黙ってしばらく沈黙していた。


 そして、脳裏にある嘗て傍にいた誰かの元へ。


 自らに出来る限りの速度で走り出したのだった。


 その後、彼らを見た者は誰もいない。


 ただ、魔族領にてやたら汚い色の野良猫が数匹。


 幸せそうな飼い主と一緒に目撃される事はあるかもしれない。


 一つ確かなのは明確に死亡確認が出された騎士団の損失は確かに増えた。


 そして、彼らが歴史に登壇する事は無かったという事だけであった。


「は~~~後、これを4023回か……クソが、義肢人形を操るとしても限度があるんだぞ!? ん? こんな時に連絡? はい。もしもし、お前か? 何だ? は? 旦那が死に掛けてるから直して? お前なぁ!? これで何度目だ!? 分かった?! 分かったから、そう怒鳴るな!? お前も良い歳なんだから、大人になればどうだ? 別に死別したっていいだろうくらいあの野郎と愛し合っただろ? 玄孫までいるだろうが!? もう百年以上冷めないってどういう事なんだホントに? は? お父さんとは違って優しい!? オ、オレだって優しいだろう!? 若い頃から滅茶苦茶優しくしたろ!? え? お父さんの優しいは人と意味が違うだろうって? お前なぁ、父親としてかなり娘の為に働いてると思うぞ? これでも……」


「ニュヲニュヲ♪」


 蒼い子猫は男の頭から飛び降りて、父娘のやり取りを遠くに聞き流しつつ、自分の母親の腕に飛び込んだ。


「どうでしたか? 大丈夫そうでしたか? ニュヲ」


「ニュヲ~~♪」


「頑張ってた? そうですか。エヴァさんもアレで子煩悩ですからね。愛した人と結ばれない悲しさを人一倍分かってるのでしょう」


 少女が一人。


 蒼い子猫をインナースーツ越しに抱いて歩き出す。


「さ、皆さんと合流です!! 悠音は今、あっちの宇宙らしいですから、私達はハルティーナさんが起きるまでに魔導鋼都の調整を済ませちゃいましょう!!」


「ニューヲォオォ♪」


「その後はニュヲが先行して下さい。ベルディクトさんの事、頼みましたよ」


 高く鳴いた子猫と共に少女が一人通路から消えて。


 魔導鋼都はその本当の力を発揮すべく。


 ゆっくりと部品に奔る光の明度を上げていくのだった。

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