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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-Rex of Silence-
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第3話「未知への帰還」


「ニィト教授の皆さんにはリアルタイムで見て貰うという事で」


『はーい。分かりました~』


『つまり、我らの日本への知識が試されるという事かね?』


『いやぁ、世間には疎かったから。まぁ、頑張らせてもらおうか』


 ニィトで超技術を適当に遊ばせていた人々にリアルタイムでカメラ映像を送りながら、大阪に上陸していた。


『本州の形は変わらんように見えるが、どうかな?』


『むむぅ。何か北海道の形変じゃないです? 特に上の方……それと神戸ってこんなに造船所多かったですっけ?』


『いや、それ以前に我らのいた時代とは違うような?』


 マガト教授、ミヨちゃん教授、ゼド教授。


 三者三様。


 どうやら此処は自分達の故郷である日本には相違無いらしいが、“別の日本”もしくは“時間軸が違う日本”という見解で一致するらしい。


 大阪湾の神戸では数機の人が乗るタイプの超重元素製のフレームで造られた文字通りの人型兵器が数機も空に浮かんでおり、揚陸してきた明らかに怪しい人物に向けて視線を送っていた。


「日本の電波って主要な周波数帯ってどんなでしたっけ?」


『え~っと、確か30MHzから3GHzくらいまでを無線で使ってたような?』


『ラジオや防災無線、警察無線辺りがそれだったかもしれないな。いやぁ、済まない。ラジオなんて聞いた事も無いのでね』


 ミヨちゃん教授とゼド教授の言葉にそんなものだろうと脳裏でその周波数の電波を垂れ流してみる事にした。


 神戸は綺麗な街というのが都市像だったのだが、この日本ではどうやら造船の街になっているらしい。


 海岸線沿いが明らかに要塞化されたような形跡があり、都市部も何かと強固な建材が大量に使われている様子なのが見て取れる。


―――日本国政府及び日本国政府に類する政府機関へ。


―――我々は異なる世界よりの来訪者です。


―――太平洋上に存在する大陸への観測以外の行動を停止後、現状の確認を相互に行う為の会談の場を設ける事を提案致します。


―――未知の大陸からの使者として大阪湾神戸に揚陸致しました。


―――この滅び掛けているように見える世界の現状をご説明して頂けるのならば、大陸はこの世界に対して大規模な支援を行う用意があります。


―――現在、人類の生存が確認されている北米、英国、オーストラリア、アジア諸国、日本の代表者との会談をこちらは望みます。


―――我らの大地の名は……リセル・フロスティーナ。


 会談を要請しながら、繰り返し、電波を全身から発信してみるが、あちこちで混乱が起きている様子は電波でも伝わってくるのだが、それ以外のこちらへと呼び掛ける無線は皆無であった。


「………相当に混乱してるのか?」


 呟いていると上空から人が剥き出しという設計は如何なものかという感じの機動兵器が一機下りてくる。


「そのぉ……」


 相手が機体のまま近付いて来て、片膝を折る。


 内部から出てきた戦闘用らしいスーツを着込んだ何処にでもいそうな普通のおっさんがヘルメットを取って、イソイソとやってくる。


「はい。何でしょうか?」


「近場の軍用無線以外の受信設備が軒並み壊れているので、出力を絞って頂けると幸いなんですが、ええ……」


「え?」


『今、どれくらいの出力で電波を放出しているのかね?』


 ゼド教授の言葉に大陸の長距離軍用基準で大陸規模で届く電波を放射していた事に気付いて、電波の放出を切る。


「そんなに強かったですか?」


 おっさんがポリポリと頬を掻く。


「半径120km県内の民間無線設備が殆どお釈迦になったかと思われます。はい……」


「ああ、それはスゴク申し訳ない事を……個人的に今度賠償させて頂きます」


「あ、あの、もしかして、なのですが、異世界からの方、でしょうか?」


「ええ、元日本人で今は異世界の代表者をさせて貰っているものです」


「は?」


「正確にはここではない別の日本の、ですけどね」


「???」


「取り合えず、貴方が知る限り、今の指揮系統で一番エライ方と会う場所まで連れて行って頂ければ。こっちの無線内容は垂れ流しておくのでお好きにどうぞ」


「あ、はい……」


 おっさんが窓際族の悲哀みたいなものを顔に浮かべて、多少汗を浮かべる。


「それと……」


「そ、それと?」


「この世界の日本てイグゼリオンてアニメ、やってます?」


「え、えぇ、絶賛第六期を放映中です」


「そうですか。日本て案外何処でもそうなのかもしれませんね」


「???」


「いえ、こっちの事です。それとわたくしの部下の事は左程気になさらないで下さい。全員、近頃惑星規模物体とか、物理量攻撃が効かない幽霊とか、そういうのとばっかり戦ってたせいで気が立っているだけなので」


「え、ぁ、う、そ、そのぉ……さっきから冷や汗が出るのって……照準されてます? 今」


「大丈夫ですよ。心の中で引き金に指を掛けているだけでしょうから」


「あ、あははは……物騒、ですね」


 おっさんの顔がズーンと暗くなった。


「ええ、物騒な世の中です」


 世間話をしながら、ようやくやって来た軍用車両らしい戦車……MBTが引く車両が後部ハッチをこちらに向けて開いた。


「では、しばらく行ってくるので。一日くらい待っていて下さい」


 地球どころか。


 月の裏側からまで見ている部下達に苦笑して指示しておく。


 神戸の街並みが見える電子車両内部はガラス張りの部位すらあるようにも見えるが、高い技術が無ければ不可能な全天観測型の機器で壁内部に屋外情報を映し出しているのだろう。


 恐らくコマンドポストとして利用可能な後部車両内部はソファーすら置いてあるのが印象的だった。


 明らかに生活の匂いすらする其処は隊員達の備品でありながら、家でもあるのだとすれば、目の前の者達の手強さは並大抵ではないに違いない。


 そんな場所で完全武装の近未来SF系スーツにしか見えない武装で身を包んだ数名が整列して待っていた。


『どうぞ。御乗り下さい。現在、連絡を取れる方を集めている最中です。お話は自衛隊基地の方で……』


「分かりました。ちなみに今って西暦何年です?」


『2044年です』


 どうやら年代だけで見れば、過去に来たらしかった。


 *


 北米の三都市。


 ロス、シスコ、ニューヨーク。


 更に日本の副首都の副総理。


 善導騎士団と陰陽自衛隊。


 その現在の代表者と呼ばれる人々と神戸のホテルで遠隔会議する事になっていた。


『……ふむ。つまり、貴方達は異なる日本から異世界に転移した者達とその者達が生み出した人類と生物が生きる大陸の成れの果て、という事なのかしら?』


『俄かには信じられん話だな。でも、彼らの事もある。そういうのも理解出来てしまうというのが何かと毒されている気がするな。我々も……』


『そ、それにしても異なる世界は分かるとしても異なる日本、地球ですか』


 壮年の女性と男性。


 更に顔色の悪い女性。


 北米三都市の代表者達は顔を何とも言えないものにしていた。


『副団長はどう思われます?』


 日本の副総理の話を振られた男がこちらを眼光鋭くも平静に見つめる。


『嘘は言っていない。そして、超越者である事を隠しもしない。というか、その階梯は我が大陸では聖女級と言うのだが……』


「聖女?」


『いや、こちらの話だ。忘れて下さって結構。それにしても惑星そのものが転移して同化……あまりにも規格外だ』


「そうでもないでしょう。こちらの世界にも大陸規模の物体を動かす程度の技術はあるのでは? 今は沖縄付近にいるあの船こそ、こちらにとっては興味深い技術であるのは間違いないですし」


『お見通しか。いや、隠していたわけではないが、あちらはあちらで主権的には独立しているのでね。一端、脇に寄って貰っているのだ』


 陰陽自衛隊を束ねる老年の男が肩を竦める。


『それでどうして、この世界に?』


 その陰陽将と言うらしい彼の言葉に頬を掻く。


「お恥ずかしい話ですが、大陸の一部の人々は不思議な技術や道具を収集し、永遠に近しい時間の中でも生き残れる組織を作っていまして。彼らの一部を掌握し切れていないのです」


『ほう?』


「そして、彼らが保管する収容物と呼ばれる存在の幾つかは自立して自らの生存の為に動く為、敵からこの星系を逃がしたと考えられます」


『逃がした? 今、我が方の観測機器が捉える限り、数百m級の巨大物体が数十機……それも宇宙にまで存在しているようなのだが、それを以てしても逃げねばならない存在がいると?』


 老人の声に頷く。


「この世界も滅びそうになっているので、これを言ってしまうのは心苦しいのですが、普通にやり合っても今の戦力では勝率が3割以下という難敵でして」


『ははは、どんなモノならそこまで言われるのか分からんが、事実として何から逃げているのかな?』


 溜息を吐く。


「敵の本体直系が超銀河団数十個から数百個を想定する“物体”の末端システムです。それが単なる雑兵なのか。もしくはシステムの本体なのかは分かりませんが……まぁ、惑星数十個分の質量を持つ敵が最低4体想定で他は星系より巨大な質量を持つ物体が数万とか。そんな感じです」


『『『『『『   』』』』』』


 場が一気に冷えた。


「ちなみに今のところ我が方のスパコンを動員して予測しても、普通に負ける確率は99.9999999999%以上です。ちなみに先程の勝率は我らが四つの力と呼ぶシステムの観測済みで尚且つ増援が無い場合の実働機動戦力を相手にした最低値。なので、残念なのですが、もう皆さんの世界は巻き込まれています。それほどの相手なのですよ」


『『『『『『   』』』』』』


「嘘、冗談、紛らわしいの類ではないので余計な荷物を背負わせた手前、多少の戦力をお貸しするというのは我々からすれば、迷惑料だとお考え下さい」


『『『『『『   』』』』』』


「ああ、それと強制的に運命共同体になったのは我が方の意志ではない事はお伝えしておきます」


 事実なのでそうと言うしかない。


「ただ、あの大陸を生み出してしまった者達と同じ時代、同じ学び舎から来た者の責務として可能な限り、そちら側の事情には配慮と譲歩がなされると思って下されば幸いです」


 言いたい事を言い終えてスッキリしたところで全道騎士団の副団長とやらがこちらに物凄く渋いジト目を向けてくる。


『その敵とやらが此処に到達する可能性は?』


「予測結果だけで言えば、必ず来る。そもそも大陸や惑星内にそのシステム本体がある可能性が高いのですが、恐らくオンラインからオフラインに切り替わってスタンドアロンで攻撃を仕掛けてくるでしょう」


『それだけを相手にすれば、勝率は?』


「後続からの惑星規模物体の援軍や増援が無ければ、100%勝てます。ただ、必ず後から来る惑星規模の実体を無限に近しい時間必ず相手にしなければなりません。まぁ、今回の事件は時間稼ぎですね」


『……つまり、我らはあのような事があった後にまた別の滅びを退けねばならなくなったという事か』


「滅び……概要は聞いていますが、それはこの世界の人間がわたくしに近い事と関係があるのでしょうか?」


『……どういう事か尋ねても?』


「有体に言えば、この世界の人間に見えている生命体の大半が怪物になる可能性と遺伝子を保持しているようなので」


『『『『『『   』』』』』』


「情報、開示して頂けますよね?」


 三都市の者達が物凄い何かこいつを止めてくれという顔になった。


 だが、自分達の隣人がどういうモノかくらいは知っておきたいというのが誰もが持つ本音だろう。


『副首相。お話しても?』


 そう陰陽将から尋ねられた壮年の男が頷いた。


『詳細は後でデータでお送りします。概要はこの世界の真実と向き合う事を余儀なくされた組織の長として、この皆殺しのユギから』


「物騒ですね?」


『ええ、実際物騒に成らざるを得ないもので。嫌な世の中だ。ああ、それと出来れば、失礼を承知で言うのですが、その両腕の一部……我らに解析させて頂けませんか? 譲歩と言うなら、恐らくソレが一番我らにとっては重要でしょう。我が方の研究チームからの『出来れば、考え得る限り人類存続と未来の為、今後の対策の為、絶対に確保してくれ』という切実な懇願がされていまして』


 データが一応、目の前に送られてくる。


 それを読み込んで数秒。


「……分かりました。まぁ、わたくしの勘から言ってしまえば、ご懸念は恐らく当たっていますよ。この世界に感じる気配。“貴方達の祖先”を生み出したそれはわたくしの両腕に宿る存在と同じ次元のものでしょう。わたくしがこうして此処に来ているのは彼らの力を持ってしまった故の必然かもしれません」


『……彼ら、か。擬人化するにはあまりにも悍ましく恐ろしいモノなのだが』


「知っています。これでも随分と一緒にいますから」


『自らを狂人と仰る?』


 思わず副首相の顔が渋くなるが、黙っていた。


 権力と現場の実力は比例しないという事なのだろうと肩が竦められる。


 任せておいた方が良いと判断されるくらいには信頼もあるとなれば、一番厄介なタイプと相手を見て間違いない。


「かもしれません。最初に食い殺されそうになった後は寄生先として力を貸されたり、命懸けで鬼ごっこしたり、殺し合えるように共存してきたつもりですが……どんな怪物も互いに並び立ってみれば、単なる隣人ですよ。ええ、お互いに命を懸けて剣を突き付け合っている限りは……」


『どうやら、そちらも随分と修羅場を潜ってきたようだ』


「この世界にいる彼らが人類の脅威だと言うならば、回収する事は現在の我が大陸の技術と現状なら恐らく可能でしょう」


『―――世界が滅んでもらっては困るのだが……』


 ユギが不可能じゃないかという顔になる。


「生憎とこちらも同じですが、神の放逐もしくは取り込みは近頃の個人的なマイブームです。分かり合えなくても互いを利用出来る関係ならば良し。でなけば、この宇宙から消えて貰うというのも今のわたくしなら可能でしょう。規模にもよりますが……」


『規格外、ですな。フィティシラ・アルローゼン大使』


「毎日毎日、人の精神を侵食しようとしてくる隣人と怠惰な時間の管理人と喧嘩っぱやい猫と遊び惚けている幼女と恋ならぬ熱量で恋人を蝕む炎を相手にしていれば、こうもなるでしょう」


『……随分と多いですな。彼らとやらが』


 他の参加者はもう呆れた様子になっていた。


「彼らは決して人間にとって善きモノではないですが、同時に抗い戦い並び立つならば、退けられないモノでもない。わたくしはそう考えます」


『……神の代弁者ではないと?』


「神様くらい殴りたくなるのが日常なもので……人の業、人の性、人の悍ましくも尊い意志を極めんとするならば、最も相対して困るのは彼らではないのですよ」


 こちらの言葉に少しは苦労話を分かってくれたのか。


 あるいは哀れに思われたのか。


 疑念はどうやら晴れたようだ。


 誰もが溜息を吐いていた。


『話は分かりました。詳しい情報は互いに公開するという事で?』


「構いません。現在、大陸の殆どの地域はこの世界よりも人数と文明という点では勝っています。ですが、それもわたくしの部下達が何とかやってきた薄氷に過ぎず。これからは億人単位の被害を覚悟しながら進まねばならなくなっていました」


『此処で大陸を生き残らせる為に協力したい、と?』


「詳細は部下に詰めさせていますが、技術協力と戦力供与。更に宇宙の情報や移動手段。全て持っています」


『それはそれは……喉から手が出てしまいそうだ』


「そちらはどうやら無限機関のようなものを船に積んでいる様子……こちらもソレの類は持っていますが、人員と資材は可能な限り規模拡大、再生産性と再拡大の為に揃えている最中というのが違うところでしょうか」


『……我らが手を取り合えば?』


「可能な限り、速やかに新たな戦力と現状の打破の為の計画が立案可能かもしれません。ですので、こちらも今後の予定をそちらに開示しましょう」


 パチンと指を弾いて、周辺にマス・シヴィライゼーション計画の全貌を日本語に翻訳して相手の回線に流し込んでみる。


『ッ、この情報は―――』


 いきなり送られてきた情報に戸惑っているだろう彼らはそもそもどうやって自分のシステムに情報を送っているんだと未知の手段に困惑している様子でもあった。


「これが人類を生き残らせる為、大陸の全ての人々の命運を掛けて計画したわたくしの答えです」


 また、黙り込んだ人々を前にニコリとしておく。


「もし、良ければ……惑星数十個くらいは空手形を出しますよ? 逃げられるなら逃げればいい。ただ、逃げるより先に掃除が出来なければ全滅でしょうけれど」


 こうして、その場で二つの世界の趨勢は決した。


 50/50。


 お互いに新たな時代を迎える為に持ち寄る力は互いの敵に向けられる事が決定したのである。


 *


―――魔導鋼都【群馬】。


 魔導鋼都の主な特徴は逆円錐形状の大樹のような形から始まり、人々を各フロア毎に莫大な人数収容出来る事だが、この百数十年における人口増加率を考えても異常に広く、住まう場所には苦労しないというところだろう。


 各フロアが居住区画を広く見せるように空や奥行きを魔導で演出こそしているが、鮨詰めにされた人々のストレスは外と比べても殆ど無い。


 空間制御戦の要である巨大要塞の内部が事実上はその能力を用いて数百倍数千倍以上の空間を内包しているというのは知られた情報である。


 結果として、女性の出産などが技術で確実性を増して負担が極度に減って以降は人口の増加率は合計特殊出生率だけで7を超えていたが住居問題は今のところ起こっていない。


 地表の半魔族はそれこそその数倍とかなので人口の数で言えば、負けているし、地下の魔族領は更に高いと言われているので人口の力が回復したからと言って人類が滅びから遠ざかったとは言えないのが現状である。


「う~ん? こっちでしょうか」


 最上階フロアを目指してイソイソと人目を避けて、巨大な迷路染みた要塞内部を走るのはガリオスの元王女様であった。


 仲間達と別れて、転移で内部に侵入。


 人が多い区画を避けて、少年が持たせてくれた地図入りの端末を見ながら音速を超えて静かに移動し続ける彼女は正しく一陣の風だ。


 だが、その彼女の俊足を以てしても、要塞内部は広過ぎた。


 人々が行き交う街はフロア毎に特色があり、平和に暮らしている様子なのが見て取れるのだが、それにしても山や川まで再現された内部は正しく世界を切り取ったかのように見える。


 一歩山道の奥にある避難通路から別の場所に向かえば、延々と数㎞以上の通路が張り巡らされ、向かうべき場所へのルートを端末が示してくれているが、音速超えの足でもまだ1000km以上の道のりが必要と出れば、長過ぎると思わざるを得ない。


「あ、疲れたら、フロアの外に出て川べりでキャンプでもって書いてある……これはもう完全に一日で行けない事確定なんですね」


 野菜の聖女様。


 そう呼ばれて久しい彼女であるが、現在は義肢人形なので魔族の姿ではない。


 なので、安心して野営して下さいとガイド情報には書き込まれていた。


 近くの外部ハッチを開いて外に出れば、そろそろ夕暮れ時。


 樹木の洞の中から出て川べりで伸びをした彼女は今日はそろそろ休もうとナイフを取り出して薪を動魔術で周囲から引き寄せて集め焚火を起こす。


 石と薪と魔力さえあれば、簡単な話であった。


 流木の上に腰掛けて火に当たりながら、しみじみ思い出されるのは自分が野営を殆どしていないという事実だ。


(この世界に来てからはフィーに助けられて家を拠点にして、ベルさんが来てからはあのキャンピングカーであちこちに向かって……ふふ、恵まれてたんですね。私って……)


 彼女にとってのこの世界に来てからの日々に辛い事なんて本当にあっただろうか。


 もしも、それがあるとすれば、仲間達の死を覚悟した時以上の事は無かった。


 いつも、誰かに助けられて、快適に暮らせるように図られていた。


 多くの人々の助けが無ければ、此処まで来られはしなかった。


「一人になってみると本当に……ああ、私って本当にお姫様なんですね……」


 心の底から不向きな騎士団で笑顔も無く復讐に蹲っていた。


 あの頃から、本当は誰かに護られ、そして此処にいる。


 誰かの屍、誰かを置き去りにして。


 そう分かればこそ、彼女は紛い物なのに美しい夕景を見上げる。


「有難く頂きます」


 魔導の指輪による空間制御で取り出したレトルトのカレーを同じく出したばかりの鍋に川の水を入れてから浮かべて火に掛ける。


 お膳立てされたキャンプは一人である事を覗けば、彼女にとって苦笑するしかない事実ばかりであった。


 レトルトのカレーは一日分のカロリーを計算して腹持ちの良い難吸収性で空腹になるまでを伸ばす効果がある代物。


「糧食製造部門渾身の作でしたっけ?」


 温めるのは人肌くらいで良いのもうれしいところだし、米も一緒に入っているので混ぜたカレー状態で食べられる。


 鍋だって熱伝導率の極度に高い代物で瞬時に温められる上に遠赤外線で大抵のものはじっくり焼けば美味しくなるという。


 カレーのパックは熱には強くて耐久性もあって保存期間も長いが、数日野外の土の上に置けば、分解されるという代物だ。


 何から何まで快適過ぎて困るのが陰陽自衛隊と善導騎士団。


 というのを今更に自分で実感するしかない。


「さて、一眠りしたら行きましょうか……」


 彼女は傍にある乾いた樹木に背中を預けて、野外防護用の術式が織り込まれた外套に包まって眠る。


 道のりは長そうであったが、然して問題の無い道程。


 この場所には誰が眠っているものか。


 そう考えながら、彼女は静かに四時間の睡眠と夜中行軍を行う事にしたのだった。


 今も同じように要塞内部の通路を進み続けているだろう仲間達の事を思いながら。


 *


「はっはぁ!! 貴様を必ずや我が嫁にしてくれよう!!」


「はいはーい。今日も懲りない一名様ごあんなーい♪」


「ぐはぁああああああああああああああああああ!!!?」


 凡そ30mの岩盤で隔てられた四層先の地下階層に高位魔族の青年を殴り飛ばして気絶させながら、群がってくる若芽と言える青年層やら成長したおっさん層やらを徒手空拳で殴り飛ばしている女が一人。


 地獄のような魔力の荒れ狂う坩堝で周辺階層を破壊しながら戦い続けていた。


 虚空を素足で踏めば、空を飛び。


 目線をやれば、高位魔族の肉と骨が割け。


 拳を振れば、竜巻が起こり、デコピンを放てば、区画を貫通するプラズマが迸り、目がハートマークな魔族の半裸マン達が襤褸クズのように吹き飛んでは結婚してくれーの音頭を連鎖させている。


 そんなヨモツヒラサカと呼ばれるようになった地下世界の出入口付近の大規模な占領地では魔族側の高位魔族が次々に破壊される周辺を魔力と魔術で修繕し、列を成す求婚者達の混雑で半ば観光地化して久しい。


「はーい。次の求婚者の列はこちらでーす。暇だからって子作りしないでくださーい。臭いが酷いって苦情来てるんですから~。はーい。今日は22時間待ちでーす」


「休眠時間まで残り13時間ですので~~休眠中に襲う方はそちらの列に並んでくださいね~~」


「こらぁ~~女性の列に割り込んじゃダメよぉ~~おねーさん達はおねーさん同士が好きな子しか並んでないんだから~~」


 半裸の男達と際どい衣装の女達。


 魔族の列は昼夜途切れる事が無い。


 全てはヨモツヒラサカ最大の障害。


 魔族領を物理的に封鎖する人側の占領地……公然の秘密というヤツである場所で男にも女にも魅力的に見える女性が一人戦い続けているからだ。


 彼女は起きようが寝てようが襲われ続けている。


 食事は摂るが排泄もせず。


 明らかに魔族らしい魔族だが、角も翼も無い。


 しかし、強い。


 強過ぎる。


 恐らくは彼ら魔族領の指導者層に匹敵する程の強さであった。


 そんな彼女が戦い続けるのは人の領域を護る為というのが公然の秘密であるが、自称魔族なので魔族領側は隣接領土を盗られたという事になる。


 結果として、強さに惹かれた者達がこの百年以上ずっと嫁になれオレの子を孕め、私の子を産んでと押し寄せているが、その恋は成就していない。


『あたしを倒せたら子供でも何でも生んであげるわよ~~ついでにお嫁さんにもね~~』


 結論だけを言えば、魔族達はスポーツ感覚でこの魔族を自称する女に挑み続けて、自分の伴侶に迎える為にあらゆる手段を尽くしている。


 しかし、その甲斐は無く。


 その女魔族とやらによって凡そ一日に1万2300人程が倒される。


 性質の悪い事に女の使う武装はレベル創薬を用いた者の子孫にも同じ効果が引き継がれるという特性を逆手にとって、技能と性質を奪い取る事が可能だ。


 殴られて死ぬのではなく。


 殴られて限界まで弱体化させられるという屈辱を魔族達は味わい続けている。


 そして、戦い、鍛え、徒党を組んでまた挑戦するのだ。


 そのせいで魔族の上位層が一向に強くならない。


 ついでに奪われた技能と性質の多くが人族領の善導騎士団に買い取られ、その対価として女は眠る時の装備やら食事やら諸々の支援を受け続けている。


 地下が激しく損壊するせいで魔族領はそのマンパワーの2割以上をその領域周辺の影響遮断と再構築に費やしており、今や公共事業染みて進行を食い止めるという建前で大量の仕事が発注される始末であった。


「おう。お前、見ねぇ顔だな」


「は、はい!! 今日が初めてで……」


「おうおう。可愛いねぇ。で? かみさんは何だって?」


「え、あ、あはは……妻が3人いるんですが、この浮気者ぉ~って子供達と一緒に随分絞られました」


 領域に入る目前には関所として小型要塞が置かれ、その人集りならぬ魔族集りには筋骨隆々な男から弱そうな優男まで一山幾らと言うくらいには正門に並んでいる。


「ははは、またヨモツヒラサカにガキが増えちまうなぁ~そりゃ」


「そのぉ、貴方は此処に通って長いんですか? 今の言いようから察するに」


「え? ああ、何せ80年は通ってるからなぁ」


「そ、そんなにですか」


「うんうん。まだガキだった頃に悪い兄貴共に連れられてな? 女には困ってねぇっつったんだが、まだ結婚前だったから、一発本当の強さを体感して来いって言われてよぉ」


「それで此処に?」


「おう。いやぁ、最初は技能も資質も取られなかったんだが、入った瞬間に運悪く攻撃の余波に巻き込まれちまってダウン。その後は何とか上り詰めて、仕上げるまで3年くらい修行して行った」


「ど、どうだったんですか? その時は……」


「まぁ、あれだ。また技能も資質も取られなかった。ただ、余波には耐えたぜ? それからまた気を失って、次は4年後だ。何とか視認出来る場所まで行けた。観戦者ってヤツだな。もう見物だよ。その後は……」


「見物出来るだけの実力とは恐れ入ります」


「ははは、今じゃ数日に一回は来てるからな。いやぁ、魔族領は大変だ♪ あんなのに攻め込まれたら、それこそ領主殿達が総動員で掛かるしかねぇな」


「マ、マジですか……あの方はそこまで……」


「寝てようが起きてようが勝てねぇんだぜ? 毎日毎日休みなく戦って、寝てる時すら戦って、飯食ってる時すら戦って、買い物してる時すら戦ってるからな。あの方は……ま、戦闘狂ではあるんだろうさ。でも、一度も詰らなそうな顔は為さらない。そういうお人なんだよ。ある意味、観戦者してる連中はあの方に魅入られちまったのさ。その美貌もさることながら、その強さにな」


 半裸の男達がこうしてワイワイと彼女の話をしながら列を進んでいく。


 すると、要塞の反対側。


 未だ敵味方の攻撃の余波で暴風や雷撃、氷雪、あらゆる極限環境が襲ってくる領域が見えてくる。


 結界を一歩超えれば、そこからは死んだら死んだヤツが悪い領域。


 高位の魔族の多くが次々に余波と共に吹き飛んで血の染みになっている同胞を助け起こしては治療に戻るか、もう一度トライするかと尋ねている。


「おう。初めてなら後ろに付いてきな。掘るなよ?」


「し、しませんよ!? ウチの妻達や娘達にまた絞られたら本当に死にますって」


「ははは、良い家庭持ってんな。じゃ、行くぜ」


 50代に見える髭面の筋骨隆々の男の背後に金髪の優男が付いて、そのまま二人が翼を広げて、巨大な攻撃の余波が荒れ狂う領域へとダイブした。


 地下は本来暗いものだが、その領域に関しては魔術が行使されるまでもなく。


 大量の魔力の残渣が自然に転嫁光となって何処も満月の下くらいの明るさは確保されていた。


「うわ。す、スゴイ魔力の余波が!? こ、これがあの方の?」


「いいや、あの方に求婚中の連中が放ってる方だ。余波を見切らんとすぐに墜落して、半身潰れんぞ!! こっちだ!! 壁際を付いてこい!! 岩石やら何やらの飛来物を方陣防御でいなしながらな!!」


「は、はいぃ!? ひぇ!? 今、30mくらいの岩がドカドカ飛んできましたよ!?」


「はははは、あんなのまだ序の口だ!! こっからは観戦者御用達のルートに入るかんな!! 100mクラスの岩盤が音速超えて飛んでくる!! 溶鉱炉みてぇな熱気と魔力付きでな!! 気合い入れろよ!! 新人!!」


「は、はいぃいいいいいい!!!」


 正しく巨大な災害が多数吹き荒れる領域内部。


 遥か遠方が見えない程に広大な領域でありながら、浮遊する全ての障害物や同時に凶器として成立していた。


 次々に入って来る後続の魔族達を血の染みにしたり、半身を潰したりしながら乱舞している様子はもはや地獄以外の何物でもない。


「旋回しながら錐もみして付いてこい!! 直線で動くと方陣削り切られて、途中から摺りおろしになるぞ!!」


「は、はひぃぃぃぃ?!!」


 男二人が数名の先行する魔族達の背後に付けて何とか中心域を目指す。


 片時でも気を抜けば重症になる場所。


 何とか観戦者達が作り上げた巨大な防御結界を敷いた空中要塞に到達した時にはもう二人は疲労困憊の体であった。


「はぁはぁはぁはぁ!? う、生まれて初めてこんな魔力使った気がします」


「嫁さんに絞られてる時よりキツイだろ?」


「は、はい。此処が観戦者の方々の砦ですか」


「ああ、年に3回は補修しねぇと持たねぇから、此処を使う料金は補修に参加する事だ。受付で登録して着たら、正面の講堂に来い。大型のディスプレイでやってんだ。かなり高位の方が協賛しててな。地表の奴らから仕入れた機材で戦闘を講釈付きで流してくれてる」


「わ、分かりましたぁ。い、行ってきまーす」


 ヘロヘロになりながら、若者が受付へと向かっていく。


 巨大な球状の要塞内部には魔族が大勢いたが、殆どが中堅層と呼ばれるような、それなりに強い者達で固められていた。


 要塞は鉄筋コンクリート造りだが、その外観は巨大な斑模様の岩が浮いているように見える。


 内部構造は普通の現代式のコンクリート製の床だが、板張りや畳張りの部屋が置かれており、靴を脱いで入る場所も用意されている。


 その中でも要塞中央の大講堂は今日も満員御礼立ち見まで出ている様子で活況であった。


「登録して来ましたぁ」


「おう。遅かったな。今、オレらの数百倍強い方々が襤褸クズになってあの方の唇に手が届かなかったと笑顔で潰れたところだ」


「つ、潰れた?」


「体の体積が3分の2になった」


「ひぅ((((;゜Д゜))))!?」


 思わず魔族も縮み上がる死に方ならぬ倒され方であった。


 巨大な魔力の渦の中央。


 荒いライブ映像で流されている自称女性魔族は虚空に浮いているが、魔力を使った様子も無く。


 ラフなスパッツに外套を一枚羽織った様子で片手でカロリーバーらしきものを食べつつ、死屍累々の魔族上位層の連中を眺めている。


 四肢を失った者。


 半身を潰された者。


 翼をもぎ取られた者。


 心臓をブチ抜かれた者。


 復元する度に破壊されて精神が崩壊した者。


 正しく、十把一絡げでやられ役染みた様子であるが、実際には彼ら一人が都市一つを落とすに何ら苦もないような超越者だ。


 だが、それに輪を掛けて強い者達が数名。


 武装を片手に荒い息を吐きながら、何とか魔術やら医療キットを後方支援役から使って貰いながら、泰然と佇むカロリーバー片手の女に汗を浮かべながら笑む。


『また、強くなられましたなぁ』


「ん? ああ、そう言えば、何かレベル上がったっぽいわね。ふ~~ん。地表の人達に引き取って貰う以外の能力は自分に積んでみてるけど、こういうのって結構勝手に育つのよねぇ」


 その女の声がした途端。


 バチュンッと男が剣を持っていた腕を血の染みにされて叫ぶ。


「おお、これで全身弾けないなんてやるじゃない。名前なんだっけ?」


『は、はは、うぐぅ……メゼル、です』


 50代くらいに見える髭面の男が片腕を即座に再生させながら、空中で魔力により保持していたバスターソードを握り直す。


「う~~ん。髭剃ったら?」


『実は家内に御鬚がチャーミングと言われまして。それ以来伸ばしております』


「うんうん。家庭円満でよろしい。ごはんも食べたし、そろそろ再開し―――」


 その時、チラリと上空を見た女の様子を見て、仕掛けようとした周囲をウロウロ回遊していた者達は誰一人いなかった。


 女の瞳が滓かに細められたからだ。


 そんな状態の相手に攻撃すればどうなるか。


 彼らは経験則を以て理解していた。


「あ、どうやら時間切れみたいね。う~ん。久しぶりに地上戻るかぁ~」


 笑顔に戻った彼女が周囲を見回す。


「今まで暇潰しに付き合ってくれてありがとね~~愛してるよ~みんな~」


 そうウィンクすると女がパンと両手を目の前で合わせた。


 途端、グシャァッと彼女の攻撃可能な周囲にいた者達が半身を何かの力で潰されて、絞り上げられ、吐血する。


『―――?!!!』


 辛うじて命は繋いでいたが、活動停止状態に追い込まれた。


「さ、そろそろ帰りますかね。久しぶりの我が家に……」


 こうして、陰陽自衛隊の最終兵器より最終兵器な彼女。


 ほのぼのバーサーカーとあだ名されたカタセ何某はイソイソとその場から上空へと昇って消えて行った。


『……え?』


 誰かが呟き。


 そして、全ての人々がたぶん続いた。


 *


「徒歩って初めてかもしれないわね」


 野菜の聖女様。


 その自称姉はイソイソと妹と同じように別の魔導鋼都内部を歩いていた。


 最下層にある居住区画は主に善導騎士団関係者がいる場所なのだが、その人々が忙しそうにしている最中をテクテク歩いて上層階のエレベーターに向かう。


 それが彼女の現実であった。


 本来は高階層に転移してからスタートするはずだった任務であるが、何やら周辺領域での魔族領の攻勢が厳しくなっているらしく。


 そのせいで安全に転移出来る場所が限られてしまったのだ。


 結果として、徒歩でイソイソと上に昇る事になった彼女は階層を跨ぐエレベーターに乗る為、区画の中心域へと急いでいた。


「それにしても……暮らしぶりは殆ど外とも変わらないのね……」


 カラフルなディミスリル製の建造物が立つ区画中心域は嘗ての東京都心を思わせて賑やかな街並みであったが、善導騎士団の店があちこちにあり、民間店舗も何処か防護が手厚そうな自動防御用の様々なギミックが建造物に山盛り。


 ついでに魔力を測定する機器はてんこ盛りであった。


 仕方なく実力を隠す為に自信の能力を限界以上に封印している彼女の様子は普通に見れば、善導騎士団関係者の少女と見えるだろう。


 善導騎士団用のスーツの上に外套を着込んで、武装は警棒一つ。


 夕暮れ時で夜には戒厳令が出されるらしいと都市中に響く声を収集して聞いた彼女は中央の転移式のエレベーターがある塔を見上げて、周辺施設……殆ど要塞化されたような場所に入り込んだ。


 すると、忙しく立ち働く大人達があちこちで走り回っており、基地内部というのは分かるとしても若年層が大量に大人達の元々の仕事を代替しているのに出くわす。


 基本的には警備任務や哨戒任務だ。


 基地内部から続けて階層そのものを巡回するチームが幾つも基地の車両倉庫に走っていく様子やら、まだ幼い善導騎士団の家族で騎士団志望な子供達が警戒態勢を敷いている様子はごっこ遊びにも見えるが、全員それなりの練度である事は間違いなかった。


 基地内のPX……酒保はコンビニ化されており、大量の栄養剤らしきものを買い込んで部隊に配給しに行く下っ端隊員達が列を成している。


 エントランス周辺でその有様なのだ。


 基地化されたタワーの奥は更に仕事で忙殺されているだろう。


 あちこちで数万人規模の波状攻撃が行われている事が示された大型投影機が地図と戦況をリアルタイムで流しており、ゾンビ軍団や半裸の魔族集団と揉み合い圧し合い制圧し合いという緊急事態に増員、増派、各隊の出動で大慌て。


『あ~~~!!? 落ちる落ちる!? 落ちたらヤバイって!?』


『何で百万単位が延々来るのよぉ!? ぁああ!? 防衛線突破された!?』


『ヨモツヒラサカの連中ぅぅううう!?』


『呑まれた戦線で強姦されたら子供出来ちゃうじゃない!? アンチ・チャーム系はあっち揃ってんの!? さっさと救出しないと!?』


 やきもきするような戦況らしいと彼女がちょっと覗いてみたが、確かに一部で善導騎士団の戦線が崩壊し、あちこちで部隊が孤立化。


 次々に押し寄せてくるゾンビと魔族達を前にして籠城するやら防御を固めて亀のように陣地や即席のシェルターに引き籠るやらしていた。


 そんな時だ。


 彼らの背後で大声が上がったのは。


『魔族達に裁きの鉄槌を!! これでも上層部は魔族に対する殲滅命令を出さないのか!!? 今も我らの同胞が苦難に喘ぎ!! 多くが屈辱の下、必死に盾を構えて、守勢に立っている!! いつ殺されてもおかしくないというのに!!』


 その男はどうやら部隊の隊長格らしい。


 叫んでいる様子は正しくアジテーターのようだ。


『聖樹の名の元に!! あの我らを殺しに来る魔族共を殲滅せねば!! 我らは常にやられる方であちらに死人が一人も出ていないという戦場が多過ぎる!! あまりにも非対称ではないか!! 大規模会戦以外であちらに死者が出ていない以上!! 我ら善導騎士団は危機に瀕するばかりだ!! 上層部にこれを訴えるべきではないか!!』


 男の言葉に惹かれた様子の者が数名。


 そうだと声を上げる。


 それに乗じてサクラも数名がそうだと声を上げた。


 それは彼女には見ていれば分かったし、熟練の人を見る目を養った大人達ならば、それなりに理解出来ただろう。


 ただ、子供達には感化されないようにと良識人枠らしい者達がイソイソと別のフロアへと誘導していく。


 周囲から浮いているのは間違いないが、それでも少なくない数の者達が男の声に腕組みして話を聞いていた。


 それを止める者は無い。


 止めても無駄だと分かっているのだろうと彼女も納得する。


 この手の相手に必要なのは基本的に実力行使ではなく。


 思想の矛盾が現実でどうにもならない程に破綻すると見せつける以外無いからだ。


 しかし、そんな一部の大人の様子に怖がる者達もいたようで身が竦んだ後方要員らしき子供達が棒立ちになっていた。


 そんな相手にも話を聞いていた者達が声を掛けて、聞いていかないかいと無言の笑顔の圧力を掛けている様子はギリギリ良識的な大人ならば、灰色の行為だろう。


 無論、止められれば、引き下がるのは間違いないのだ。


 そして、止める相手が今は殆ど外に出ているせいで力の無い者達の多くは言いだし難そうにしている。


(何処でも同じってわけね。強いものが勝ち、弱い者は負ける……これが正しい者が勝ち、間違った者が負けるって嘘に摩り替ってるわけね。この時代の此処は……)


 彼女は溜息を一つ。


 そして、男の演説を遮るように店先に売られていたマイクを動魔術で引っ掴んだ。


『―――アンタ、馬鹿なのかしら?』


 車両倉庫などで後方にまで声を届ける為の代物だ。


 演説している者達と周囲には楽々声が届いていた。


『な、何だ!? 誰だ!?』


 思わず驚いた演説の男はビクリとしていた。


 小物感が半端ないのは恐らく演説の方法を実践していただけだったからだろう。


『いーい!! 善導騎士団は正義を押し付けてるわけじゃないのよ!! 善きものを押し付けてるの!! 正義じゃないの!! 悪党を殺すのは悪党だからじゃなくて、今この時代、この場所、この自分の生きる場所でそいつらが邪魔だからなのよ』


『な、子供が知った風じゃないか!! なら、君が演説したまえ!!?』


 何とか立て直した男がそう彼女に叫ぶ。


『組織が大きくなるとこういう馬鹿まで出てくる始末。騎士団も所詮は組織って枠組みを出られないわけね』


『組織批判だと!? 何処の学校だ!! 所属は!?』


『あのねぇ!! アンタらは魔族と戦って何も学ばなかったの?』


『な、何ぃ!? あの色呆け魔族共から何を学ぶと言うんだね!? 君ぃ!!』


『善きを導くってのはね。相手を殺せば、押し付けられるもんじゃないのよ』


 彼女は言う。


 いや、言わねばならなかった。


 ずっと、妹の中で見てきたから。


 ずっと、心の底から狂おしい程に思っていたから。


『善導騎士団がもしも単なる復讐者に成り下がったら、誰が一体この滅びそうな世界にアニメ後援したり、玩具で子供に自衛兵器握らせたり、盛ったサルみたいな魔族血統を懐柔してくれるのよ?』


『は、はぁ!?』


『いーい!! 魔族にも人間にも最初から勝ち目なんか無いの!! どーせ、あいつらの一番上が地球欲しくないから滅ぼそうとか言い始めたら、どっちも滅ぶのよ!!』


『な―――』


『魔族と戦うって言うのはね!! そんな暴力の押し付け合いだけじゃどうにもならないのよ!! 相手に人間を認めさせるの!! 認めさせた上で妥協しろって迫るの!! 殺し合う相手の言葉に耳を傾ける程、あいつらが聖人君子じゃないのは知ってるでしょ?!』


『は、話し合いだと!?』


『そーよ!! 殴り合って勝つのは当たり前!! あいつらに人間はスゴイんだぞ!! お前らが負けたんだから、ちゃんと“この世界を一緒に愉しめ”って言うのが、善導騎士団の仕事よ!!』


 周囲にざわめきが広がっていく。


『善導騎士団はあの大陸では単なる最後に残った茶番騎士団だと言われてた!! でも、それでも最後に残ったのは最後の騎士団長がどんな事をしても騎士団を残そうとしたからよ!!』


『ちゃ、茶番だとぉ!?』


『そうよ!! 他の騎士団はそんな事を絶対しないって事でもやった!! 騎士達の笑顔や周辺地域の人々に愛されるよう毎日毎日欠かさず何かしらの関係を持つ計画が立てられた!! だから、善導騎士団は此処にある!!』


 その言葉は真実だ。


 彼女とて知っている。


 復讐に目は曇っていた。


 でも、よく考えてみればおかしなくらいに善導騎士団は戦闘に軸をおかないというのが方針だった。


 騎士団というにはあまりにも地域密着型な上に福利厚生や団員のケアに重点を置いた組織体系だった。


 でなければ、癖の強い人員を集め、七協会張りに改革を進めて、血生臭い騎士団という肩書からしてもオカシな仕事を自ら作りやろうとはしなかっただろう。


『もし、子供の拍付けに一日体験なんて企画をさせてなきゃ、騎士フェイルハルティーナはこの世界にいなかった!!』


『!?』


『もし、騎士団長が廃滅寸前の魔術大家から今時流行らない厄介そうな経歴の魔術師を引き取らなければ、騎士団に大魔術師にして副団長代理たるフィクシー・サンクレットは存在しなかった!!』


『?!!』


『もし、団長が確執のあった彼女を騎士団に迎え入れていなければ、野菜の聖女ヒューリアはこの世界にいなかった!!』


『!!!?』


『もし、皆殺しの英雄を、家族を護れずに苦悩した酒浸りの英雄を団長が説得して連れて来なければ、砂漠の爆呪クローディオ・アンザラエルはこの世界にいなかった!!』


『!?!?』


『もし、団長が田舎から都会に出て来て途方にくれていた小さな魔導を使えるだけの小僧を騎士団に入れなければ、魔導騎士ベルディクト・バーンはいなかったのよ!!』


『―――ッ!!?』


『いーい!! 殺し合いは誰でも出来る!! 兵器なんぞ、作ってくれるヤツを連れてくればいい!! でもね!! 人を護り、育み、傷ついた者を立ち直らせ、途方に暮れる誰かと一緒に笑い合おうとするヤツがいなければ、この世界はとっくの昔に滅んでる!!』


 誰もが彼女の、フィニアの言葉を聞いていた。


『この世界に来てから騎士団を引っ張ってた連中は誰も彼も苦悩、挫折、悲憤、絶望、失意、そんなものの中で前を向いて歩き出した連中なの!!」


『――――――』


『魔族に愛しい人を殺されたって、相手を皆殺しにする合理的な理由とやらがなければ、笑顔で銃を突き付け合って、刃を向け合って、笑って親友ですと言えるくらいの胆力と度胸と決意が無けりゃやってられないのよ!!』


 少女はいつの間にか男の目前に立っていた。


 人垣はもう割れている。


『昨日まで笑い合ってた、愛し合ってた人であろうとも、それが必要なら殺す事がアンタに出来る? 誰かの為に戦って無為に死ぬとしても、必要な事だからと命を終えて後に託す覚悟がアンタに在る?』


『言ってる事が矛盾して―――』


『してないわよ!! 合理的な結論と理性的な回答は違うのよ!! その狭間で何とか誰もを救おうとしたのが、セブン・オーダーズだった!! 誰もが笑い会えるようにと願いながら殺し合う矛盾を飲み込んで戦ってたのよ!!』


『―――?!!』


『毎日誰かを助けて、その誰かすらも必要ならば、皆殺しにして進む決意がその足りないお頭にあると言うのなら、魔族共を皆殺しにして見せなさい!! 出来ないならサッサと上に立ってないで魔族の色呆けの馬鹿共に道徳と倫理とやらを一生掛けて覚えさせて来い!! それが大人ってもんよ!! 分かった? 此処で扇動なんてやってる暇がある仕事もしないクソ野郎!!』


 マイクが放られ、動魔術で元の売り場に戻った。


『~~~~~』


 ワナワナと震えていた男の周囲の賛同者達も唖然としてはいたが、それが我に返るよりも先にゲラゲラと笑う声が響く。


「ああ、その通りだ。お嬢ちゃん」


 振り返れば、酒瓶を持った男が一人。


 何故か過激でおっぴろげな女性が表紙のエロ本を持って近付いて来ていた。


「アンタ誰? つーか、セクハラでしょ。その持ち物が既に……」


「はっはぁー。善き啖呵だ。ウチのガキ共に見習わせたいねぇ」


 クツクツと笑う男。


 いや、老人と言うべきだろう。


 70代と思われる筋骨隆々の白髭のアメリカ人に見える男が履いた刀もそのままにエロ本のページを弾くと名刺がヒュンッと飛び出して、彼女の手に落ちる。


「―――魔剣工房?」


「オレは今の工房長。ジェイクってもんだ。初代様達の技術的子孫て事になるか」


 金髪の半分が白髪でオールバックに撫で付けた男が翼を広げた。


「半魔族?」


「いや、オレはヨモツヒラサカ出でな。この関東で一番の刀匠と言えば、オレだな。主に下品で無作法の代名詞とも言われてる」


「納得ね。で? 何か用?」


「はは、お嬢ちゃんの迫力にあいつら逃げ出してやんの。ばっかで~~みっともないったらありゃしない。敵に尻を差し出す男に打つ刀はねぇーんだよ♪」


 ゲラゲラ笑う男に釣られて、周囲でも思わず笑い声が響き。


 品の良い女性陣が仕方なさそうな顔で苦笑していた。


「おう。アンタにちょっと話がある。安心しろ。アンタも此処じゃ何だろ? そこらのカフェで茶をしばこうじゃないか」


「そんな時間ないんだけど……」


 逃げて行った男達に溜息を吐いてフィニアが老人をジト目で見やる。


「いいのか? オレと一緒なら上に直通だぜ?」


「―――いいわ。時間もないし、何処のカフェに連れてってくれるっての?」


「民間区画最上階のラウンジだ。騎士団VIP御用達でねーちゃんも綺麗どころが揃ってるおっかねーところさ♪」


 老人が歩き出したのを見て、フィニアも共に歩き出す。


 その背中を忌々しそうに見る観衆の中の者達は視線を外して、何処かに連絡を始めるのだった。


 *


―――【魔導鋼都:東京】


 大兵都、グラン・ミーレスと正式名称で呼ばれる事は少ない魔導鋼都は基本的に民間区画と軍用区画に区分して階層の中間層が民間に開放される以外は基本的には行政施設の本庁舎と基地で分かれている。


 民間の資本が入る店が入れる区画もあるが、それはかなり限られており、一定区画の外は完全に人が入る事すら少ないような封鎖階層も多くある。


 これはもしもの時の備えのみならず。


 様々な生産設備そのものまでも入れ込んだ階層が敵勢力に確保された際にも内部抗争可能なように仕込まれた場所とされている。


 事実上は一部の行政従事者と善導騎士団、陰陽自衛隊を再編した組織の管理下にある無人の園だ。


「~~~♪」


 そこを機嫌よく進んでいるのは少年であった。


 何故ご機嫌なのかと言えば、その多くが少年の企画した計画を元にした代物であり、自分のいない間にちゃんと仕事がなされていたという事実が嬉しかったからに相違ない。


 しかし、そんな無人の封鎖基地区画内部。


 少年は何故かいきなり刃を首筋に当てられて、周囲には大量の普通の一般人に見える人々に囲まれていた。


 首筋に手刀が叩き込まれるが、同時にその手の主が思わず後ろに跳び退いて、手を抑えてプルプルと震える。


「いでぇぇぇ!? こいつ!? どんな首してやがる!!?」


「あのぉ……大丈夫ですか?」


 言ってる傍から少年がそう声を掛けるとハッとした様子の周囲の人々が次々に大量の武器を構えた。


「クソ!? この区画に人が来るのかよ!?」


 ちなみに基地区画のエントランスの出来事である。


 まだ使われていない建材の匂いが充満する其処には生活感も無い。


 しかし、男も女もいる彼らは少年にも分かるくらいにはちょっと擦り切れた衣服姿であり、貧乏なのだろうかという古びれた感じのいでたちであった。


「あの……皆さんて不法居住者の類、でしょうか?」


「だったら、何だ!? ああん!?」


 男女共に鋭い視線が投げ掛けられる。


「いや、物凄く苦労してるんだろうなぁと……」


「は?」


 少年の首筋を叩いて気絶させようとした何処か垢抜けないような愛嬌のある顔付きの十代後半らしい青年が顔を引き攣らせる。


「いや、此処に暮らすとしたら、警報装置の類を全部無効に出来ないせいで滅茶苦茶限られた領域に暮らす事になるはずなので……」


「お前技術者か!? なら、益々返せねぇな!! オイ!! 掛かれ!!?」


 そう青年が叫ぶと同時に男女全員が同時に崩れ落ちた。


「……え? は? え?」


 思わず周囲を見回してキョロキョロした青年がプルプルし始める。


「お話を聞かせて貰えれば、問題の幾つかくらいは解決出来ると思うんですけど、集落に案内して貰えますか? あ、大丈夫ですよ。何も手荒な事はしませんから」


 青年の顔が青ざめる。


 フワリと気絶して倒れた男女が魔力の気配も無いのに浮かび上がるのを見て、青年は何かトンデモナイものを相手にしたのを確信したのだった。


―――10分後。


「はぁ~~~スゴイですね。階層間の隙間は確かに盲点でした。でも、センサー類を全部無力化しない限り、此処も気付かれるような?」


 青い空が天井一面に映し出された天地の狭い領域に少年は入り込んでいた。


「……詳しい話はばっちゃに聞いてくれ」


「ばっちゃ?」


「此処の村の村長だ。ちなみに魔族だ」


「分かりました」


 少年が案内されたのは階層内で使う短距離転移用の方陣で向かう事が可能な階層と階層の間にある隔壁間にある村だった。


 正しく、外観的には村としか言えないだろう。


 金属の階層を支えるプレートとプレートの隙間にある20m程の隙間。


 大量の建材で支えられた場所はその柱を中心にして家が建てられ、周囲には土が集められた場所やら、配管から頂戴しているらしき水を流す川まで設営されていた。


 木造の建物の殆どが要塞内部にある階層の自然領域から引っ張ってきた物資と内部の都市部で買った物資で賄われており、建築基準法は満たしていそうだが、どうにも作りが素人っぽい安普請的な家々に見える。


 そんな集落が400世帯はいるだろうか。


 集落というよりは街というくらいには広い場所の内部。


 自警団の詰所らしき場所まで村人達をふよふよと運んできた少年は青年に恐々と引き気味に話しをされながら、集落の概要を把握していた。


「つまり、此処は逮捕された魔族の人達が逃げ出して辿り着いた場所なんですか?」


「あ、ああ、そうだ……初代村長は此処でいつか魔族の英雄になるのを夢見て、最初は武装組織を作ろうとしたんだってさ」


「へぇ~~~」


「何か軽いなお前……」


「あ、お話をどうぞ」


 気絶させた者達を順番に室内の壁に凭れさせて寝かせながら、話しが続けられる。


「でも、ヨモツヒラサカは階層社会で力の無いヤツはまともな嫁も来ないし、子供儲けても食べさせるのに苦労するし、日の光や空は気に入ったし、で……此処に定住してひっそり暮らす事にしたらしい」


「何処にでもいるんですね。そういう人って……いいんじゃないでしょうか? 別に人に迷惑さえ掛けなければ……」


「フン。迷惑ねぇ……ちなみに此処の空気と水と日差しは全部階層から引いて来てるってばっちゃが言ってたけど」


「それでいつの間にか大所帯になったと?」


「ああ、定期的に逃げ出す連中はいるのさ。そいつらの殆どがかなり力持ったヤツで同時にヨモツヒラサカの出世競争にうんざりしたのが多かった」


「それで定住してしまったと」


「そういう事……オレらは基本的にこの塔の内部じゃ異邦人だから、糧食は自給自足して、武器の類は基地から、他の生活雑貨や衣服は廃棄品を処分前にかっぱらって使ってる」


「外で買い物をする時はどうするんですか?」


「仲間が外に出稼ぎに行ってるのさ。そいつらは表向き半魔族に偽装してる。ま、時々何も言わずに外で嫁を貰って、そのまま移住して、村と縁を切ったり、戻って来ないヤツもいるけど」


「過疎化してます?」


「いや、外にいる殆どのヤツは此処を故郷や実家だと思ってるよ。でなけりゃ、こうやって自警団がわざわざ基地区画で活動してるわけもないだろ」


「ふむふむ……」


 少年が安全や利便性以上に求められているものが何なのかを知った気がした。


「普通に外でみんなで暮らすのではダメなんですか?」


「それは……故郷は早々捨てられないだろ?」


「まぁ、そうですね」


 青年が溜息を吐いて、室内の給湯室でお茶を入れて戻って来る。


「ちなみにどうして基地区画に? 武器を探す程にこの場所が危険には見えないんですけど……バレる可能性もあるのに来ていたって事は相応の理由があるんじゃないでしょうか?」


「ぅ……察しがいいな。魔導師。いや、魔族? どっちでもいいけどよ」


「何かお困り事でも?」


 青年が黙ってしまう。


 それに少年が再び話し掛けるより先に高い声が室内に掛けられた。


「ぁ~~~マーくん。ダメじゃない。外の人を勝手に連れて来ちゃ♪」


「マー、くん?」


 ハッとした様子になった青年が頬を赤くして、すぐに声のした方に言い返す。


「ばっちゃ!? マー君はやめろって、いつも言ってるだろ!? マークって名前がオレにはあるんだから!?」


「はいはい。マーくん♪」


 少年が声の方を見やると扉の無い入り口から入ってきたのはまだ十代前半くらいだろう小悪魔的な桃色髪の少女だった。


 その装いがスケスケのネグリジェっぽい巫女服的な紅白ドレスで無ければ、娼婦味は薄れていたのだろうが、何処にでもいそうな見目の良い淫魔系少女と見える。


「……もしかして此処の」


「ええ、マーくんの祖母のメーちゃんでーす♪」


 キャピッという音が聞こえてきそうな様子でウィンクする少女が指を弾くと魔力による物質化によって衣装らしいものが魔力の転嫁光の後に装着され、神社の巫女服姿となっていた。


「メーちゃんはやめろって!? 恥ずかしいだろ!? 歳を考えろよ!? メイルーナ!! 村長だ!! オレは仲間の分の気付け薬を取って来るから、話しててくれ」


 逃げ出すように青年マークが自警団の詰所の奥の通路に消えていく。


「あはは、か~わ~い~い~♪」


 ニヤニヤしていたメイルーナというらしい少女が少年を見て、僅かに目を細めた。


「相当やるわね。貴方……」


「ええと、はい。それなりに……」


「で? この自警団の新人達を虐めるの愉しかった?」


「いえ、虐めてはませんけど」


「ふ~~ん」


 ズイッと少年の傍に来て顔を近付けた彼女がジト目になる。


「この階梯の術者に見つかっちゃったのかぁ。マーくんもドジなんだから♪」


「村長さんは此処を作った人の子孫て事でいいんでしょうか?」


「んにゃ? 此処は初代村長が血筋残さなかったんだよねぇ。だから、村長は代替わり時に村で一番強いヤツがなる決まりなんだ」


「案外、シビアですね」


「まーね。で? 君はどうしてあんな区画にいたの?」


「ああ、此処の最上階に用があるんです」


「……へぇ、遂にこの要塞も落とされちゃうのかな?」


 僅かにメイルーナの顔が渋くなる。


「いえ、落とされると言うか。目覚めると言うか」


「目覚めかぁ……つまり、君はあの子達の関係者なのかな?」


「あの子……それを知ってるって事は関係があるんでしょうか?」


「……この世界が誰によって作られてるのか知ってれば、拝みくらいするでしょ。此処に村を置けてるのは初代村長がその子に許可を貰ったからって話だし」


「あれ? もしかして、今もお話出来たりします? 巫女服、なんですよね? それ」


「―――はは、そういうのに敏いのね。うん……君はいいや。みんなに危害加えなかったし……ここに眠ってるのは三人だよ」


「世界構成の中核になるとすれば、緋祝家の面々でしょうか?」


「やっぱり、アステル様達の知り合いなのね」


 メイルーナが腕組みして少年を再びジト目で見やる。


「ええ、まぁ、そうなんですけど、此処が中心となると……他の魔導鋼都には陰陽自衛隊の面々が揃っているって事に……もしかして防波堤変わりに……」


 ブツブツ呟きながら少年がメイルーナを見やる。


「取り合えず、この村に危害を加えるつもりは無いのでもし交信出来るのならお願いしてもいいですか?」


「自分でしようとは思わないの?」


「まだ、ベル・ポイントが足りないそうなので」


「は? 何ソレ……」


「こっちの話です。ちなみにどうして基地区画内にいたのかお話して下されば、問題の解決に協力しますよ」


「……ま、協力してくれるって言うなら、ウチの事情を話してもいいわ。その代わり、交信する云々はその後でいい?」


「ええ、問題ありません。ちなみにどんな物騒な事になってるんでしょうか?」


 メイルーナが話そうとし始めた時だった。


『村長ぉおおおおおおお』


「ッ、付いて来て!!」


 外から突如の叫び。


 それに詰所から走り出す後ろ姿に追従した少年は村の外延部付近で戦闘が起こっている様子に目を見張る。


「あれって……」


 巨大な眼球だった。


 その周囲には大量の同型ゾンビが犇めいており、村人達が魔術やら近接戦で仕留めている。


 だが、如何せんシャウトによる無限の増殖によってキリが無い。


「こういう事よ!! あまり派手にするとウチの場所がバレるし、手を拱いてたら、あっという間に滅ぼされそうなわけ!! ちぇぇええええい!!!」


 メイルーナが巫女服姿で翼を出現させると、跳び蹴りで目玉に突撃し、縦になろうとした大量のゾンビ達を十把一絡げに貫き通して爆散させながら、標的を貫通して背後に降り立つ。


 チュドッと爆発した目玉の周囲でシャウトによる同型ゾンビの生成が止まった。


 次々に村人達が槍やら剣やら無骨な大型武装や原始的な弩で相手を打ち砕いていく様子は残敵掃討と言えただろう。


 戦い慣れているのは見れば分かった為、それが少なくとも初めての状況でない事は少年にも分かった。


 疲れた様子で地面に座り込んでいるメイルーナの頭に少年が取り出した回復用の薬剤をザバーッと掛ける。


「は!? 何すん、のよ?」


 メイルーナが自身の肉体が賦活したのを見て、回復用の薬剤を掛けられたのだと気付き、小さく『あんがと』と呟く。


「さっきの黙示録の四騎士。アルマゲスターの使い魔ですよね?」


「物知りじゃない……そーよ。何か、ウチの村がこの塔のバックドア? とか、そういうのに見られてて、此処に何度も何度も近頃襲撃仕掛けて来てんの」


「……本体とは繋がっていないはず。となると、自立型? それも増殖と潜伏を繰り返す感じの……ああ、魔族領が放置してますねコレ」


「へ?」


「確かにバックドアみたいに扱われてるとなると。結界を張って隔離するわけにも行かないでしょう。じゃあ、此処専用の黒武と黒翔と虚兵を一式置いておくので。皆さんで使って下さい」


 パンと少年が両手を叩くと彼女の目の前で空間制御で真下からズオッと戦車とそれが引くCP車両が出てくる。


 巨大なトラック型の背後のドアが開くと射出用のプラットフォームに乗せられた黒翔と虚兵が二機ずつ、ガシャリとハンガー毎降ろされた。


「は?」


「……これがあれば、さっきのが30ダースくらいまでならどうにかなります。それ以上だと村を放棄した方が早いので逃げる時には避難用に使って下さい」


「………型が古そうな以外は全部一式って……アンタ、コレ幾らするか知ってんの?」


「え? あ、いえ、無料ですから」


「そういう事じゃないでしょ」


 メイルーナがグッタリした様子になるが、その背後から見知った声が聞こえてくる。


「ばっちゃぁ~~応援来たぞぉお~~!!」


 見れば、自警団の面々であった。


「おそぉおおおおおい!! 何やってんのよぉ!! もう倒しちゃったわよ!? マーくん!!」


「え、ええぇ!? つーか、何だソレェ!!? 騎士団か!? 騎士団が攻めて来たのか!? オ、オオオ、オレ、騎士団に入るのが夢だったのにぃ!? 此処で犯罪者として捕まっちまうのかぁ!!?」


 混乱している孫に溜息一つ。


「……そう言えば、聞いてなかったわね。アンタ名前は?」


 メイルーナがそう訊ねた。


「あ、はい。善導騎士団兵站部門とセブンオーダーズの戦闘技術統括を兼任してます。あ、この大結界の外での話ですけど」


「ま、まさ、かッッ?!!」


「ベルディクト・バーンと言います。あ、これ名刺と粗品です」


 少年が名刺と一緒にトレーディング・カードゲームの箱を手渡す。


「――――――」


 メイルーナが物凄い顔になった後。


 チラリと粗品と言って渡された未開封でビニールに包まれた騎士団の紋章が入ったソレを見て、プルプルし始めた。


「?」


「あの、ねぇ……ア、アンタ、これ……今、幾らするか知ってんの?」


「え?」


「……最初期版の未開封の箱。1箱20億円くらいすんのよ。コレ」


「え?」


 少年がさすがに思ってもみなかった言葉にちょっと驚き。


「えっと……まだ、最初期に刷ったヤツの捌けてない在庫が30000箱くらいあるんですけど、要ります?」


「要らないわよ!!?」


 遂に切れたメイルーナがその箱を恐々しながら、爆弾でも抱えているかのように虚兵の装甲の上に置いて、ジト目になって孫を見やる。


「ちゅーもーく!! 今から、このアンタが連れて来た爆弾と色々話さななきゃならないから、アンタらは後片付けしてなさい!! いーい!!」


「え、えぇ!? 何だよ!? 爆弾てどういう事だ!? 騎士団が来たんじゃねーのか!?」


「騎士団より厄介なのが来たわよ!? もう自棄よ!!? とにかく、話が終わるまで此処で自警団は掃除して待機!! いいわね!!?」


『イ、イエス、マム!!?』


 自警団員がこんなに取り乱した村長は初めてだなぁという顔ながらも慌てて、同型ゾンビの死体を片付け始めるのだった。


 *


「ほ、ほぉ? それで」


「百式のネットワークが認めなかったので自分で来てねって言われちゃいまして。それで直通路になってるはずの場所にいたわけです」


「へ、へぇ……直通なんだ。あの基地の転移方陣」


「まぁ、僕の設計をそのまま流用してますから」


「それでマーくんと出会ったわけ、か」


「ええ、それで明日輝さん達に繋いでもらう事は出来ますか?」


「ああ、うん。いいわよ。1年に5回以上起こさない約束なんだけど」


「ああ、そんな約束まであるんですね。納得です。確かに一度目覚めてから再凍結するのはかなり時間が掛かりますから」


「そ、そうなの?」


「ええ、主に一度起きると1週間は細胞や精神保全の為に普通に過ごしてなきゃならないので。そういう意味でだと1年に5日も起きてたら、10年で50日+70日。それで百年も起きたらあっという間に120日×10回……千年単位の凍結の為に作ってたシステムを流用していた手前、あんまり頻繁に起こすなって話に……」


「そ、そうだったんだ……ああ、それで緊急時以外は起こすなって……」


「そういう村長の言い伝えでも?」


「ええ、人死にが出る以外は連絡取っちゃダメなんだって。前村長がね」


「前の人は今どちらに?」


「10年前に今後の村の事を考えて、騎士団の上層部との会合に行ってたら、そこを丁度魔族領の大規模侵攻と重なっちゃって……」


「済みません。辛い事を……」


「ううん。いいの。私の叔父だったんだけど、魔族領の女で気に入ったのがいたからって外で子供30人こさえて今や魔族領の違法密輸業者を取り締まるバウンティーハンターしてるのよ」


「あ、死んだんじゃないですね」


「今はウチに密輸業者の貨物の一部を入れてくれてるのよ。こっそり、死んだ事にしてね」


「はぁ、逞しいですね。皆さん……」


 二人が話し込んでいるのは村長宅であった。


 安普請そうな二階建ての一戸建て。


 家屋の大半が善導騎士団の基本的な技術支援で建てられた北海道などでは一般的になって久しいディミスリル系住宅であった。


「おーい。お茶出来たぞー」


 青年マークがイソイソとやってくる。


「取り合えず、通信の準備をお願いします。その後、方針を再検討する必要があるようなので」


 少年はニコリとして出されたお茶を啜りながら、今後の予定に対して聊かの修正を脳裏で入れ始めるのだった。


 *


「ユギ陰陽将。リアルでは初めてになりますね。先程ぶりです」


「ご足労を掛けて申し訳ない。検査と一部のサンプルを取った後はゆっくりして頂ければ……」


 関東圏を封鎖する巨大結界の外延部。


 直近にある陰陽自衛隊富士樹海基地。


 その只中に一人の少女が来訪していた。


 護衛の一人も付けずにである。


 その泰然とした気配は彼らにも分かる程に大きく。


 しかし、何処か穏やかだ。


 基地の巨大滑走路にやってきたプライベートジェットならぬ黒武の後方から降り立った少女がニコリとしただけで「また難敵そうだ」と皆殺しの異名を取った男は厄介事の塊みたいな相手に軽く会釈した。


「では、こちらに。詳しい説明と同時に幾つか情報共有の為の事前協議を……」


 こうして降り立った両腕を常識外の何かによって浸食されている対象を護衛していた陰陽自衛隊の隊員達は離れていく背中にホッとしていた。


「……アレ、戦ったら負けますね。たぶん」


「セブン・オーダーズの彼らでも苦戦は必至だな」


「というか、今までこちらを見ていた視線の主達……アレ、何なんです? 小規模な要塞みたいな大きさの動く鋼の巨竜ってアニメですか?」


 隊員達が遥か上空。


 地球軌道中に浮かびながら姿を消している巨大な大陸のようなものや大量の機動兵器らしき者達を僅か見て溜息を吐いていた。


「ジ・アルティメット。と、言うらしい」


「究極とは大きく出ましたね」


「何でもだ。彼女にちょっと会話して聞いてみた限りではあちらの大陸には新人類に類する能力を持つ者達が大量発生して、その力を元々使っていたのが彼女なのだとか。その能力を解析して工業的に飛躍した後、機械的に再現増幅する為のシステムが構築され、それを乗せた機動兵器、だそうだ」


「新人類と来たか。また、大きく出過ぎ……ではないか。あんな階梯の存在が複数いないとしても同じようなのがいれば……」


「ま、気にするな。どの道、戦えば、今の我々では負ける」


「負けます?」


「負けるな。技術に関しては近しいものがあるのは間違いないが、主に物量と人員の量は如何ともし難い。恐らく、技術レベルは左程違いが無い」


「つまり、物量には勝てないと」


 隊員達がやはりネックはいつもそこになるのかという顔であった。


「上からの話じゃ、あの大西洋に封じ込めたり、イギリスで封鎖されてる存在と同等のものを身の内に飼ってるとか?」


「同居人だそうだ。他にも高次元の存在と幾つか知り合いだったり、恋人が神に侵食されたりと色々大変らしい」


「はぁ……そんなの良く話してくれますね」


「外交的に隠す程の事じゃないんだと。それに彼女にしてみれば、あの大量の機動兵器……どうやら彼女自身が暴走した時に止めたり、殺したり出来るように自身で調整しているらしい」


「マジです?」


「ああ、大マジだ。それくらいに自分の危険性が分かっているから、素直にこちらへ協力を願い出るんじゃないか?」


「ま、あんなのが内部にいて狂人になる恐怖がある分だけマシ、か」


「あるいは狂人だからこそ、ああなのかもしれん」


 数百m後方の隊員達の様子に苦笑しか出なかった彼女は「だよなぁ」という言葉を飲み込んだ。


「……後方の隊員達には後で良く言い聞かせておきます」


「おや? お分かりに?」


「ええ、まぁ、聞こえてなくてもこの基地の隊員の事で知らない事は無いよう努めてはいるので」


 ユギ陰陽将。


 どうやら物騒な護国の鬼タイプな男。


 聖女様は誰よりも一番危険で便りになりそうな相手へ楽し気に目を細める。


「風の噂にされるくらいが親しみ易くて丁度イイと思います」


「貴方の立場が大使で無かったならば、ですな」


「それはそうですね。それでこの基地に付いてなのですが、これは……この世界の現行の工業力で造るには聊か難しいのでは?」


「ああ、お分かりになりますか。これはこの世界に唯一と言っていいだろう人材が基礎から大半を組み上げたものなのです」


「魔導師ですか……お話は聞きましたが、空間制御に特化した人々のようです」


「いえ、実際にはそのように調整しているというのが妥当な見解で殆どの人員は彼から見れば、ヒヨコどころか卵ですらないでしょうな」


「彼……お話の魔導騎士ベルディクト・バーンさんですか」


「はい。彼は個人で世界のあらゆる地域を繋ぐネットワークを生み出し、巨大な魔力を死から汲み上げ、あらゆる物質を自在に精錬、加工、建築へと用いた初めての存在にして、この世界では魔導師達の祖のようなものでもある」


「ふむ。我が方の空間制御技術はかなり未発達なので、そこは期待したいところですね……」


「未発達と言う割には空におかしなものが浮かび過ぎでは?」


「アレは蒼力の応用で物理的に浮かべているだけなので……一応、空間制御関連の技術は色々と開発はしていますが、現行では全て必要な分野の必要な一部に特化して開発し、汎用性は皆無なのですよ」


「汎用性ですか。こちらは逆に汎用性の塊が空間制御技術だと思っていましたが」


「それはそちらの進んでいるところを表しています。我々はとにかく規模の拡大と再生産と技術的なブレイクスルーによる兵器体系への転用一辺倒でやってきた経緯があるので」


「……それがあのジ・アルティメットや宇宙に浮かぶ大陸、ですか」


「ええ、蒼力は極めれば極限の万能工具のようなものです。物理的、物質的な面においてはやたら複雑な事をしない、小規模に留めるという制約が付く限りは小規模な領域内ならば万能に近い」


「それは我が方でも期待したいところですな」


「お互いに似通った技術体系や先鋭化した部分を持つならば、互いの弱点を埋めるのに使うと同時に長所も引き伸ばしたいところですね」


「ははは、考える事はお互いに同じわけですな」


 彼らは互いに腹芸なんて柄じゃないという感想を持ちつつ。


 一番、付き合いが長くなりそうな相手と雑談しながら基地の奥へと消えていく。


 それを地表の裏側からすらも観測する巨竜達はその合間にも地球上の探査と情報の集積に励み。


 大陸では大規模な計画の仕様変更に伴う計画行動の書き換えが帝国の中枢で起こり、眠らぬ不夜城染みた人材達が目の下にクマすら作らず徹夜で各地への指示出しから何から何まで手を加える連絡や命令書類を作成していた。


『聖女殿下からの情報の解析が先行していますが、やはり帝都の技研が一時的に拡散しているのが痛いですね』


『この星の住人はどうやら人間と別宇宙の存在を掛け合わせ、更に通常の生物との混血まで見られるとの事で……喋れても我々とはゲノム的に30%程しか似ていないんですよねぇ……』


『いや、そこはゲノムの実際の転化現象が行らない限りは80%は同じようなものらしいですから、ほぼ人間と言っていいかと』


『というか、聖女殿下の情報が無ければ、それも我が方の研究設備では見破れていないという……』


『こっち、書き上がりました』


『おお、こっちもです。これで明日の3時までは空きましたな』


 男達は重要書類を書き上げた脚でイソイソと仕事部屋を後にする。


 その向かう通路の先からは巨大な鋼鉄が響くような音が連鎖しており、開けた場所に来た数名がすぐに更衣室に入って、黒い鎧を身に纏って大陸各地への急ぎでの帰宅へと空に向かって跳び、弾道弾のように弧を描いて空を駆け抜けていく。


『そう言えば知っていますか? どうやら、この世界にはまた別の世界からの来訪者が来たせいでこのような事になったとか?』


『ほうほう?』


『何でも今はその来訪者同士の最終決戦前夜らしいです』


『うむむ。では、我らは正しく戦いに水を差した部外者ですか?』


 彼らは空を飛び続けながら、そう会話しつつ、別々の方向へと落下していく。


 しかし、通話は途切れず。


『おや? 空間の歪みが……』


『おお? 空の電離層付近から何か降ってきますな』


 大陸の空。


 その上空、空間が歪んだ場所から次々に何か出て来ていた。


 それは同じ少女の顔の仮面を被る認識する者へと干渉し、意識を操作しつつ、絶大な魔力による膂力と魔術を兼ね備えて動く人形。


 その数百からなる人形達がいきなり何かエネルギーのようなものを放出して、手の上に丸めると地表に投げ放―――。


 グシャリとその数百機が巨大な機械の手によって握り潰され、同時に手から奔る蒼い光の筋が全身へと駆け巡って、発光する躯体内部に沈むよう消えていく。


『おお、21番機は確かマルハル子爵でしたか?』


『今は軍事関連の無線は必要なもの以外は封鎖中ですからな。手だけ振っておきましょう』


 男達は互いに手を機械竜に振って、その竜の瞳が僅かに反応して静かに光ったのを確認した。


 数百mはあるだろう巨大な人型の機械竜が手の上から最後に零れ落ちた人形の頭部を余さず蒼い光の粒子に還元して上空へと音も無く消えていく。


 音速を超える速度の割に一切音がしない。


 ついでに言えば、飛行速度そのもので発生する衝撃波も一切ない。


 ただ、人形を握り潰した際に出た光の残滓だけが周辺に散らばっていた。


『蒼力で握り潰せるという事は魔力とやら……まぁ、対処可能なのでしょうな』


『ええ、恐らくは……ま、今や聖女殿下のお力を携えた者達も多い。質も領もそれなりに強い敵が出てくるという話でしたが、これから惑星規模の物体を何万何億何兆と相手にする事になりそうですし、あれくらいはどうにか出来ねば彼らも無能の謗りは免れないでしょう』


『あのお方が戻られるまで、しばらくは平穏に暮らしていたいものですな』


『然り……命令が出るまではのんびりしていましょう。ああ、先程の情報がタイムラインに乗っていますよ。解析班からのデータでいっちょ模擬戦でもどうです?」


『いいですな。我らドラクーンも新しい敵相手に不覚は取れませんからな♪ ネットのラウンジにはすぐ』


 こうしてドラクーン上位層に所属する男達はイソイソと自分の家に帰宅しながら、暇な戦友達や一部の軍事顧問に連絡を入れて、新しい敵とやらの学習と同時に対抗戦略や戦術を大急ぎで編み出す事になるのだった。


 それは仕事なのでは?という顔をする者は無い。


 彼らはドラクーン……たった一人の聖女の刃にして彼の者を殺し得る唯一の刃。


 それは同時に人生を捧げた狂人と覚悟完了済みの人生コレ一生常在戦場という武人というよりは戦闘狂な人々の溜まり場でもあった。


 彼らがさっそく聖女が出した翻訳ツールアプリを用いて、日本の陰陽自研に連絡を取って、データの提出と同時に開示を希望したのは異なる惑星の人類における民間での初めてのコンタクトになるのだった。


 *


「……まさか、まさか、まさか、か」


 白滅の騎士。


 そう名乗る白鎧の男が一人。


 草原で事の成り行きを見守り。


 その上で溜息を吐いていた。


「これ以上のイレギュラーをシナリオは許容出来るのか?」


 思わず愚痴った彼の言葉でも聞き付けたかのように転移してくる者が一人。


「あら? 憂鬱そうね」


 背後からやってくるのは紅蓮の騎士。


 そう名乗る女だった。


「……イレギュラーによるシナリオ介入だ。もう滅茶苦茶だよ。因果律導線の混線化が酷い事になってる」


「で? 倒せそう?」


「君がそんな事を聞くとはいよいよボクらにも後が無いな」


 紅蓮の騎士。


 彼女が目を細めて草原に座る。


「……見てきたわ。文明レベルは恐らく接触したどの世界よりも高い。機動兵器の方もだけれど、七教会クラスの組織力と強靭な軍隊。そして、それを是認し、素直に従う国民性。ついでにどうやら世界を滅ぼせる様子の連中も幾らかいるわ」


「―――魔族とも競り合える戦力だと?」


「勝てるくらいの物量を相手は用意出来るでしょう。それこそ、宇宙の方に巨大な大陸を幾つも浮かべて惑星まで造ってたわよ?」


「……遂にボクらの許容出来るレベルを遥かに超える接触か……あの方はシナリオの修正でしばらく出てこられない。それと……彼女が逝った事があまりにも痛い」


 白滅の男が紅蓮の女の横に座る。


「あちらはあの方の古くからの御付き。結局は人類など捨て置けって負け犬だったでしょうに……魔導師にやられて恨み骨髄の神様役は……ま、消えて嬉しいおまけじゃないかしら?」


「此処までやってきた事をご破算にする覚悟で笑えればどんなに良かったか」


「神の頚城が役割を終えた。いえ、強制退場という事はデウス・エクス・マキナ役がいなくなった。その途端の別世界からの来訪者。偶然で片付けられないわね」


「彼らが新たな終わりを担うと?」


「恐らく、よ。この儀式術の完成はあくまで人類に対する役柄の行動で決まるわ。進行役が消えても進むように作られていた以上、我々に出来るのはお膳立てのみ」


「……魂だけを救済。それが我らにとっての限界。しかし……」


「そう、ね……善導騎士団。あの男の騎士団はそんな限界すらも打ち払ってしまった……」


「もう、人類が落とし子への回帰現象を起こさなくなったとなれば……」


「我々のしてきた事は最終的に単なる大虐殺。いえ、絶滅の主導でしかない?」


「何事も全て終えた後の結果論になるのは分かっていたさ。君も彼らも……」


「それ以前に私達にもやらねばならない事はある」


 白滅の男が初めて相手に向き合う。


「……現在までに回収した魂の総量は?」


「全人類及び全知的生命の83%。回帰現象で変貌した生物資源の大半は完全に回帰現象に飲まれていたけれど、再び正常に遺伝情報が変異するよう遷移してる」


「そうか。この星の生命の多くが彼らに救われたわけだ。残るは我らが同胞の魂だけか……同型の死による魔力抽出も所有する頚城の半減で滞っている。全て、ボクの責任だ……」


「……そんなに自分を責めないで? これは我々の、騎士団長としての責務で行った事なのだから……」


「後十年……そう言い聞かせていたが、もう猶予は無いんだな」


 紅蓮が自分を慰めるなんて事が起こる時点で随分と追い詰められている事が彼自身にも分かっていた。


「終わりは近い……転移してきた連中の方も内情を探ってみたけれど、どうやら御大層な敵を抱えているようよ? また、滅びる世界からの来訪者……あの月の裏側にある“黒き月”が引き寄せているとしか思えない」


「……宇宙にいる連中はアレを見付けたのか?」


「ええ、どうやら封鎖結界みたいなものを敷いてるわ。物理的な観測をほぼシャットアウトするあちらの技術はかなりマズイわね」


「だが、我らは此処を動けない」


「ええ、そうね。青褪めた騎士さんは誰かに拉致されたようだし、回収出来なかった緑燼のヤツの魂……どうやらBFCに持ってかれてたみたい。北極圏に派遣した使い魔が一部情報を拾ったわ。今はBFCがあちこちの連中と頚城目当てに戦ってる」


「ッ、そうか。ヤツが回収出来なかったのは連中の……」


「ええ、間違いないわ。市長……あの野郎……まだ、私達に未練があるようね。恐らく、儀式術の乗っ取り……もしくは改良と言い張るかも……」


「ヤツを倒し、同胞の魂を全て接収せずには前に進みようが無い。やはり、最後に倒さねばならない相手の“抽出”が鍵か」


「後10日有れば、可能よ。連中の固定と情報の取得さえ出来れば、例えどんな領域に自分を保存してようが、必ず叩き潰せる」


「……済まない」


「いいのよ。あの市長の顔に一発入れてやりたかったんだもの」


 男が草原にある小高い丘。


 その地表に表出した小さな戸口のような遺跡を見やる。


 石製のソレは遥か数万年前にあった入り口の残骸の上に建てられ、幾度とない戦いによって破壊と再建造を繰り返された黄泉への入り口。


 古代都市ガリオスへの正式な玄関口であった。


「……都市への出入りで此処まで手こずるとは思ってなかった。事実上、今も数万年前の魔導師連中に私達は負けっぱなしね」


「大隊の人員の精神的な消耗も激しい。もはや、精神を保つにも我らの魔力では限界に近い……このままでは魂すらも……」


「ねぇ……」


「……聴かないぞ。お前がそう言い始める時はいつも嫌な話ばかりなのは今までで身に染みた」


「駄々っ子ねぇ。お坊ちゃん……」


「それは止めろ……」


『おやおや~~ゾンビもイチャイチャするのか♪』


「「!!?」」


 二人が瞬時に剣を引き抜いたと同時に彼らの馬が背後に滲むように現れる。


 そこに天空から降りてくるのは……黄昏の騎士とでも言うべきだろう色合いに染まった頚城。


 鎧の何物かだった。


『くく♪ アンタら頑張ったよ。スタンディィング・オベーショーンくらいしてやりたいところなんだが、これがまた生憎とオレはテロリストちゃんなわけでなぁ』


「貴様は―――」


「おや? ご存じない? これでも日本を核で吹き飛ばし掛けた男として有名で今じゃ善導騎士団の管理下の墓標まであるんだぜ?」


 その言葉に紅蓮の騎士が目を細める。


「ロシアのテロ屋がその頚城の適合者だとは……私にも見抜けないわけね。貴方、先祖返りね?」


『くはは、ちょっと毛色の違うヤツだがな。お前ら頑張ったよなぁ。神の落とし子になるはずだった人類の数そのものを削減する事で連鎖的な変異覚醒を強制遅延。大規模な死の魔力を汲み上げながら、その力で変異覚醒を促す契約の力を惑星の方に肩代わりさせて、あっちの領域からの変質を早めつつも、それを大儀式術で中和しながら更に遅延。他の生命や大地や空気そのものに変質を押し付け、人類がストレスで変質しないようゆっくり虐殺して魂を回収……ホント、働き過ぎだろ~♪』


「「………」」


『ついでに回収した魂を使いもせずに魔力によって保存し続けたせいで頚城の出力が本来の何億分の1とかさぁ」


 その男の言葉にさすが二人の元騎士団長が拳を握りしめる。


『いやいや、揶揄してんじゃねぇんだぜ? こんな自己犠牲溢れる素晴らしい騎士団長様に助けて頂けて、人類は幸せですーって感謝しとこうと思ってよぉ♪』


 男の嘲笑う愉悦は鎧の仮面越しにも分かる程に痛快痛快と身振り手振りで表され、さすがの男女も腰の剣に手を掛けた。


「テロ屋がボクらに何の用だ? 後、その頚城は置いて行って貰うぞ」


『アンタら、心底に善人だよ。オレは人類なんて絶滅させらない小心者でなぁ。殺しても生かす程に愛着はねぇんだ。ただ、人類にはいつも幸せでいて欲しいとは思ってるぜ? こんな風にな』


 黄昏の騎士。


 そう呼ぶべきだろうか。


 あるいは騎士とすら呼ぶべきではにだろう人の業の塊にも見える男の背後から複数の影が這い出した。


「「ッッッ」」


 それは彼らには馴染みの顔ばかりだ。


 いや、顔は無いと言うべきだろう。


 そもそも頭部が存在しないのだ。


 しかし、その頭部以外の鎧や他の衣装には覚えしかない。


「よくもッッ、それでも貴様は人間だと言えるのか!? クソ野郎!!?」


 白滅の騎士が激高する。


『生憎とゾンビでぇーす♪』


 最後の大隊。


 もう数も少なかった彼らの仲間達の死骸は黄昏色の魔力に染まり、整列する。


『赤い女だけ逃がしちまってな。いやぁ、連中強かったぜ? だが、アンタらに最後謝ってもいた。不甲斐ない自分を許してくれとか何とか』


「ッ、魂も残らず消し炭にしてあげるわ。あなた」


 紅蓮の騎士の全身が魔力によって燃え上がるような光を帯びた。


『おーこわこわ♪ 人類を滅ぼしてるのはアンタらだろうに? 自分達がそうされたら怒るのか? そりゃぁ、赤子を抱いた母親や子供を護っても死なせちまった親達にしてみれば、噴飯ものじゃないか?』


 面白がった男の声にギリリと彼らの口元が軋む。


 腐肉の血潮が流れ落ち、それでもその色は赤くない。


『いやぁ、よぉ? 新しい連中が来ただろ? 本当は色々とこっちも予定立ててたんだよ。だが、何か雲行きが怪しくなってきやがった。オレのベルきゅんはきっと来る。ついでに今までの何百倍も強くなってよぉ。そう考えたら……考えたらよぉ』


 ニチャリと男が顔を歪める。


『嬉しいじゃねぇか!! あんな可愛い騎士様が屍すらも超えて死を超越した挙句に殺しに来てくれるんだぜ? これは御大層に持て成さなきゃ嘘ってもんだ』


「「ッ」」


 黄昏の鎧から溢れ出た魔力が世界に広がっていく。


『そういや、お前らは深度が足らんみたいだが、頚城の本当の使い方をまったく心得てねぇのはそうだな……やっぱ、本質的にお前ら先進国の一般人側だよ』


「何を言っ―――」


 片膝を付いた白滅の騎士が自分の力が抜けていくのを歯噛みしながら、気力で立ち上がる。


「これ、は……頚城が侵食されて……そんな機能無かったはずよ!?」


『クククククク、クハハハハハ!!? 紅蓮さんよぉ♪ つくづくお前さん達は単なる善良な家畜なんだなぁ。あっちの大陸の情報を理解してても分からねぇなんてな』


「何を―――」


 紅蓮の騎士が白滅の騎士に支えられて何とか腕を上げようとして脱力していく肉体に満身の力と気力を込める。


『この鎧はなぁ? 頚城は運命を束ねるもんだって話だが、情報には幾つか抜けがあるのさ。それを知ってて、お前らがあの方なんて呼んでるクズは漬け込んだわけだが……』


「な、に?」


 白滅の騎士が震える腕で剣を相手に向ける。


『七聖女。それを象った七つの鎧。魔王と神の鎧。そして、大門の鎧。十機も魔導師共が作ったのはどうしてだ? 大本である大門の頚城を鎧化せずに役割だけ持続して持たせて、他だけ鎧なのは何故だ?理由は単純だ!!』


 黄昏の男が指で天を差した。


「世界そのものを護る為には10機全て必要だったんだよ。外なる神々をこの宇宙でボコボコにする為にな。だが、要となる大門の頚城はBFCから騎士団の手に渡り、今や大門の頚城は中核を失い、神の頚城は失われた。新たな使用者は恐らく出ねぇ。いや、出る必要が無いんだな」


「護、る? 使用者……何を知っているの貴方?!」


『お前らは外なる神々から人類を救ってるつもりだったらしいが、そりゃぁ大間違いだ。それは表向きに過ぎねぇんだ』


「表向き、だと?」


『いいか? 魔導師だぞ? あの魔導師だ!! お前らの使ってる大儀式術は異相深度がオレでも見えねぇ程に深い場所にある。つまり、无の領域、概念域に近い!! そして、ソレにアクセス出来る我らがベルきゅんは最後の魔導師として此処に連れて来られた』


「何が、言いたいの?」


 紅蓮の騎士が上がらぬ腕を振るわせながら訪ねる。


『ふふ、過去の魔導師達は化け物を人間にしたかったんじゃねぇ。人間を増やして文明を起こしたかったわけでもねぇ』


「―――」


『コイツ、この鎧、頚城共はたった一つの事の為に製造されたのさ。お題目は外暗る神々を滅ぼす事やこの星の生命に関する事にしてなぁ。だが、ソレが本命じゃぁ、ない!!』


「何を、知っている!?」


『“黒き月”』


「「!?」」


『アレの正体をお前らは外なる神々を自然に呼び寄せるもんだと思ってただろうが、全然違うんだぜ?』


 本当に何で知らないんだとばかりに男が二人を嘲笑う。


『アレは呼び寄せてるんじゃない。誘き寄せてるんだ。アレ自体があのタコ脚なんかとは比べ物にならんような“やべー神”の一部なんだよ!!』


「!!!?」


 瞬時に紅蓮の騎士が何かの可能性に気付いた。


「どういう、事だ!?」


『馬鹿だなぁ。魔導師共はな。最初からこの地表を最後の砦にする為に……最初から、この国を、ガリオスを……《《この星を犠牲にする頚城として此処へ転移させた》》んだよ!!?』


 あひゃひゃひゃと黄昏色の魔力を纏う男は嗤う。


「―――ッ、ま、まさか、あの転移は、あの大規模転移現象は?!!」


『くくく、黒き星ねぇ……おっと残念でした~~時間切れデース♪』


 二人の背後から剣が二つ。


 胸元から飛び出して貫通する。


「う、あおざめ……」


「まさか、拉致したのは……」


『………』


 背後から二つの剣を付き出していたのは黄昏色の魔力を帯びた青褪めた騎士当人であった。


『ぎゃははははは!!? はーい!!? オレこと世界一有名なロシアのテロ屋さんが犯人でしたー♪ お前らはオレの手駒になってもらう。こっちは裏技使ってるから、行動時間短けぇんだわ♪ じゃ、アルマゲスターの皆さんにはオレの華麗なるテロ計画の実行犯になってもらおっかなぁ~~♪ よろしくぅ♪』


 ルンルン気分の男はニヤリとして自分の纏っていた鎧を消し去り、生前の姿のままの普通のスニーカーにジーパンに灰色のタートルネック姿で腕を横に振った。


 途端、ガリオスへの入り口が吹き飛ぶと同時に時間でも止まったかのように物質そのものが虚空で静止し、次々に全てが芥子粒くらいの土一つ一つまで金属光沢を放つクリスタルのように変質、巨大な門を形成していく。


「魔導師、魔導師かぁ。連中、おっかねぇなぁ。ホント……ガリオス人の9割9分が魔族出で、頭になってた七聖女がいなくなったからって、人類存続の為に犠牲を自ら製造するなんてよぉ……」


 背後から来た青褪めた騎士に剣で貫かれたままの騎士達を抱えさせながら、男はその門へと入っていく。


『ま、化け物を人間に見せ掛けて、儀式術でってのは実際上手い手だ。混血させれば、人間扱いもしなくていいと。いやぁ、我らが魔導騎士様の答えはどうなっちゃうんでしょうねぇ~~愉しみ♪』


 ニンマリしつつ、男は未だ魔族に掛かり切りの少年の事を思い。


 クツクツと笑いながら、門の先へと消えていく。


 その背後、全てが終わった草原の低木の影。


 口から血を流した赤い帽子に赤い衣装の女が一人。


「やれやれ……悪党に全部持っていかれるとは……最後の大隊もまだまだ甘かった……」


 ヨタヨタと歩き出した女が上空を見上げる。


 その先には今現在見えていないが、異世界からの来訪者達が浮かべている空飛ぶ大陸が成層圏の先に複数存在していた。


「……此処まで他人頼みとは……いやはや……不甲斐、ない………」


 赤い女が胴体の8割が無いまま。


 辛うじて背骨が繋がっているだけの体で遥か上空に向けて巨大な閃光を幾度となく噴き上げる。


 それは正しくモールス信号となって、遥か上空の大陸にいるかどうか定かではない誰かに向けて……情報を発信したのだった。


―――ガリオスは此処にある。


―――助けて欲しい。


 簡潔なその文面が日本の陰陽自衛隊基地に届くのは数時間後の事。


 新たな目的地と目的がセブン・オーダーズの知らぬところで出現したのである。

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