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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-Rex of Silence-
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第2話「誕魔ノ都は果ての日に」


―――日本委託統治領【魔導鋼都:東京】


『こちらは東京都魔導議会です。食料配給券をお持ちの方は二時間待ちとなります。現在、魔族領からの略奪が発生しており、全都民のシェルター避難が推奨され―――』


 新宿抗魔戦線バトルフロントには現在、巨大な空間拡張用の魔導機械要塞都市【大兵都グラン・ミーレス】が聳え立っている。


 俗称は魔導鋼都:東京。


 内部に凡そ9400万都市民達が暮らすテラ・ストラクチャが空に伸びる樹木のように逆円錐形で置かれている様子はさすがに都心と呼ばれる事だろう。


 無数の人工物が組み合わせられた薄緑色の魔力を纏うこの大樹は世界の果てである封鎖結界と接触し、其処から莫大な魔力を収奪する事で都内の巨大な人口の必要とするエネルギーの大半を賄っている。


 凡そ184kmにも及ぶ巨大なソレはセフィロトの樹や世界樹とも称される事もある今も増築され続ける人類側の空間制御戦の要でもある。


 その威容は精霊化した息衝く建材が象った最適な生活環境の為の合理性によって決定されており、全てが樹木に帰結した事から、人類はコレを聖樹と称する。


 関東圏に残る人類生存領域は4つ。


 日本政府から善導騎士団が委託統治を任された大要塞こそが世界そのものだ。


 伝説の魔導騎士の導きによって建造された要塞都市が各地の魔族領からの襲撃を撃退し、今も大量の都市民達を護りながら壁となっている。


「34番」


「は、はい!!」


「白木。寝てるのはいいが、真面目にな。真面目に」


「は、はぃ」


 巨大な人工の聖樹の最中。


 上層域の学校は人々が憧れるエリート層への入り口だ。


「まぁた白木寝てんよ~~。どんだけだよ~。夜更かしし過ぎじゃね?」


「カズマ~~先生に迷惑掛けんなよ~」


「う、うるせぇ!? こっちは寝不足なんだよ!? 毎日毎日!? あの魔族領の馬鹿共のせいでな!?」


 本日のA-22組の窓際最奥の少年は白い髪を掻きながら、教師が開いて見せた教科書の一行目を目で追って喋り始める。


「え、え~~と、グラン・ミーレスは初号機である東京、二号機である横浜、三号機である千葉、四号機である群馬の四機から成り、32年前に魔導省本庁舎となった旧善導騎士団東京本部【ベルズ・フロント】と合わせて関東圏内の空間制御戦における主要シンボルとして運用されており、何れかの失陥によって魔族領との境界域戦闘が著しく不利になる為、失陥だけは例え市民が全滅しても……ってぇ、この下りいる!? 毎度毎度さぁ!? 九十九やばくね!? 近頃!!?」


「何だ~~? 白木ぃ……お前も魔族に投降する派かぁ~~?」


 教師がジロリとカズマを見やる。


「い、いえぇ!? そ、そんな、もうちょっと人権に配慮した教科書がいいんじゃないかなぁって思いまして~~あは、あははは……」


 愛想笑いのカズマに背後から女子生徒がニヤリとして追い打ちを掛ける。


「“九十九様”の事を呼び捨てとか良くないよ~カズマ~」


「そうそう。カズマは【聖樹教】じゃないんだろうけど、外で公言しない方がいいよ~」


「近頃はキレ易い聖樹教の若者が過激派になって魔族領の連中をぶっ殺せ~~ってやってんだしさぁ」


 女生徒達が半ば呆れた様子で溜息を吐いた。


「はいはい。聖樹教聖樹教。はぁ~~どうしてこんな世の中になっちまったんだろうなぁ……」


 カズマが溜息を吐く。


「うわ、おっさんくさ!? そりゃ、魔族領がこの数年でバンバン死人出したからでしょ? そもそも魔族領の男共は強姦魔扱いされても仕方ないレベルの女誑しだし、一緒の空間に3時間いたら妊娠するってマジで嘘大げさじゃない話じゃん」


「まぁ~~~そうね~~そうだね~~あいつら魔族の血ぃ引き過ぎて滅茶苦茶女に甘い上に滅茶苦茶女好きだしなぁ……」


「中には男まで食っちゃう男もいるって話だしさぁ。アンタも気を付けなよ。アンタみたいに白くてナヨナヨした男が良いってヤツもいるだろうしさ」


「断固としてオレは普通のカワイイ美少女が好きな男子なので、そういうのはお断りだ」


 教室内が笑いに包まれる。


「さ、とにかくだ。白木。幾らお前が最前線要員で中立地帯の区域に住んでるって言ってもだ。やっぱり、勉強はするべきだよ。うん……お前がどんなに深夜中ずっと魔族領の侵攻部隊とグダグダ戦っててもな」


「ちょっと先生厳し過ぎない? オレ、これでも都市民の安全と貞操護ってるんだぜ?」


「でも、女性魔族とイチャイチャ戦闘してたって、この間の戦詳報告で見たんだが?」


「い、いや!? イチャイチャなんかしてねぇって!? ちょっと、おっぱいが大き過ぎるだけの普通の妊婦系毒婦型紋章マシマシ鼻輪美少女とかいう健全の敵そうなのをダース単位で酔っ払いよろしく地下に追い返してたんだよ!?」


「ふぅむ(・ω・) 魔族は若年で妊娠可能な上に性欲が強いからな。まぁ、お前らくらいの連中には目の毒だよな。解る。解るよ~~でもさぁ? 聞いた話じゃ、滅茶苦茶言い寄られてたらしいじゃないか?」


 教師がジト目になる。


「えぇええ!? カズマが!?」


 その話に周囲の男子生徒達がざわめいた。


「オイ!? カズマ!? ちょっと、紹介しろよ!?」


「何でオレが知り合いの体なんだよ!? つーか、知り合いじゃねぇよ!?」


「でも、おっぱいくらい揉んだんだろ!? アウトだよ!? 絶対、後でセクハラ野郎ってウチの女性教師陣から言われるぞ!?」


「いや、だから、お触りなんかするか!? あいつらのレベルとスキル見て見ろよ!? マジで精気搾り尽くされて、ガリガリになって死ぬようなもんしか持ってないんだぞ!?」


「マジか~~カワイイ華には棘があるってヤツ?」


「そんなんで済むか……攻撃したら外道、人権の敵って女性団体、フェミニスト界隈、魔族大好き層、子供人権委員会とかから叫ばれるんだぜ? で、侵入を許したら、無駄飯ぐらい、無能、魔族の接待係とか……どうしろってんだオレに!?」


「お、おう。そりゃ……そうか。う~~ん。上手い話は無いんだなぁ……」


 男子生徒が微妙に羨ましいような怖いようなという顔で悩む。


「言っとくが、あっちは法規制とか、倫理とか、道徳とか、女性人権団体とかが発狂するレベルでエロと背徳と禁忌の塊だかんな?」


「だが、魔族の美少女と御付き合いするのは男の夢と浪漫というヤツでは?」


「その結果が地表の中立地帯だっつーのに人類何も学んでねぇ……あ、女子もだぞ!! 絶対、魔族領の男に付いてくなよぉ!!」


「え~~魔族系の男の人って美男子でカッコイイ人ばっかじゃん」


「あのなぁ。マジで帰って来たら妊娠してるわ。堕胎も不可能だわ。ついでに親に泣かれた挙句に家族から抗魔独身救済寮にポイ捨てされんぞ」


 ヒェッという顔の女生徒が何人かいる。


 まぁ、誘われる事もあるだろう。


 最前線で戦うカズマの話に僅かプルプルするの仕方ないくらいには心当たりがあるのかもしれない。


「あんまり、ウチのクラスを脅かさんでくれないかな?」


 教師が肩を竦める。


「いや、事実でしょ。マジで毎年毎年魔族に誑かされる男女多過ぎだろ。男は精気吸われて死ぬか。体調不良で済むけど、女はガチで悲惨だからな。魔族の血を引いてる子供は生まれた時から基本的に魔族領に寝返らないようにって教育されるのに堕とされた女性当人が魔族領に行っちゃうとかさぁ」


「あ~~確かにアレは問題だな。うん。先生もそう思う」


「ウチの最前線要員の半分は魔族の血引いてる上に大半が単身世帯の母親に捨てられた騎士団付きの孤児院出で家族がいなかったり、家族がいても面会拒否されたり、苦労してるのは普通にある話だからな?」


 カズマの話は常に話題に上がるワイドショーのネタだが、身近に聞かされるとさすがに誰もがアレはなぁという顔になる問題でもある。


「お前らには言っとくが、魔族系の人材は優秀で眉目秀麗だけど、基本的に独占欲も強いんだからな?」


「でも、それはそれで悪く無い気も……」


 男子生徒の一部がその声に同意する。


「もしも、お付き合いしてる最中にこっちの倫理や道徳で教育された魔族系人材に浮気がバレたら、マジで刃傷沙汰……なら、まだいい。オレが一番ヤバイと思った例を出すと、浮気した男に魔族系の女性隊員が魔族領の医者に去勢手術させたとか。あっちの高位の女魔族に至っては手足をちょん切って飼うらしいぞ?」


 その場の男性陣の股間が縮み上がった。


「人類が絶滅したら、そいつは間違いなく人類のエロに節操が無い層のせいってオレは断言していい。つーか、昔はなぁ。魔族の血を引いてても奥ゆかしい系の子や快活なくらいの程よいエロスな子が普通だと思ってた。マジで」


「昔ぃ~~それいつのよ~~つーか、やっぱり、アンタ魔族系の子と繋がりあるんじゃん!!」


 女性陣が重箱の隅を突く。


「あ~~とにかくだ!? これ以上オレの仕事増やすなよ~~変異覚醒者つっても神様じゃねぇんだ!! ドロドロの色恋沙汰で毎回毎回戦闘の度に見知らぬ男女の仲裁とかしてたら、オレが死ぬまで結婚出来ねぇ!?」


 キンコンカンコーンとベルが鳴る。


「今日は最前線の機動打撃要員であるカズマ先生の有難いお話だったな。はい解散!! 歴史の教科書はちゃんと読んどけよ~~小テスト明日だからな~~」


「カズマのせいで授業終わっちゃったじゃん!! どうすんのよ~~」


「オレに仕事の話をさせたお前らが悪い!! オレはもう仕事だから、早退する!! あばよ!!」


「いいよな~~最前線任務は授業と単位免除で月に40万だろ~~はぁ~~~変異覚醒の上位層にオレも成りてぇ~~女性魔族の美少女相手にちやほやされた過ぎだろ!!?」


 背後からは女子生徒達の「サイテー」とカズマを羨む男子生徒への白い目をしたに違いない声が多数聞こえていた。


 都市内部の学校はグラウンド在り、屋内プール在り、学生寮在りの優良な学園生活が送れそうなところであるが、問題はその殆どが要塞都市の上層にあり、転移用のポータルを使えなければ、何処に行くにも時間が掛かる事だろうか。


 都市内部の1フロアが凡そ四方30km程である為、地表に降りるのも専用設備のモノレールやらエレベーターやらでも3時間以上掛る。


 他の都市に向かうのも実質的には転移ポートが一般的であり、陸上を進む場合は殆ど魔族がウヨウヨしている領土を歩く嵌めになるのでお勧めされていない。


 まぁ、魔族に半ば占有されたような場所だとしても魔族領ではないというところが味噌だろう。


「はぁ……(*´Д`)」


 戦闘要員用の短距離転移ポートで一気に地表施設。


 それも即時都市の外に出られるゲート内部に出たカズマは其処から更に周囲200m圏内の都市部にランダム転送されるポータルを踏んだ。


 近未来的な屋内施設の大半は精霊化した建材が自然に魔力転化光を発しているので何処も暗くないし、要塞都市内部は基本的に空を再現しているので閉鎖空間という感じもしない。


 外に出ると空には微妙に歪んだような半透明の結界が空の果てに僅か見えており、グラン・ミーレスの巨大な空を覆い尽くした部分は空の反対側を透過させる事であまり気にならない。


 意識すれば巨大過ぎる範囲が更に巨大な決壊で囲い込まれているのが解るだろう。


(生で空見たのどれくらい前だったっけなぁ……)


 新宿のど真ん中に置かれた要塞都市は設置された基礎部位が凡そ300mの円筒形の柱一本で支えられており、その始りから空の大結界に至るまでに空を占有するような大きさになりながら広がり続けている。


 空を支える支柱の如く逆円錐状の威容を晒している様子は外から見てもやはりあまりにも大き過ぎると言えた。


「すっかり、ここらも様変わりしたよなぁ」


 嘗ての新宿の名残は建物に残っているが、現代的なビル群の建築物の大半は魔力を用いた建材が9割以上を占めており、この100年以上の封鎖で殆どが無機質な建材が僅かに魔力で変質して蠢く何処となく生ものを感じさせる空気を醸し出している。


 見た目にはパッと現代建築と区別は付かないのだが、よくよく見ると路地裏には妖精や精霊化した器物がウロウロしていたり、妖怪ではなくてもモノに目が付いてキョロキョロしていたり、巨大なネズミが煙管を吹かして路地裏で浮浪者っぽく寝そべっていたりと魔力に順応して知能が上がった動物達がウロウロする。


 周辺を出歩くのも人間ではなく。


 半魔族というのが大半だ。


 形も色々も様々な尻尾や角や耳や翼が多く。


 あちこちではお盛んな女性魔族達の嬌声が聞こえる。


「全体的にエロ漫画の世界なんだよなぁ……」


 カズマがいつもの事とはいえ溜息を一つ。


 本日は知らないビルの屋上からサラッと飛び降りた。


 現在、魔族領と日本委託統治領の間。


 要塞都市の外にある地表は全てが中立地帯だ。


 これは殆どがどちらにも争いで与さない半魔族な人々で構成される共同体の制御下にあるという事でもある。


「あ、カズマだ~~ねぇねぇ!! 赤ちゃん作ろ!!」


 帰り道。


 都市部から住宅地に向かう道すがら。


 ゲームセンターの前を横切った少年に声を掛けて来たのは明らかに低年齢層なのに痴女まっしぐらな今時の魔族系ファッション……という名のスケスケな生地を重ねた小悪魔(比喩無し)な少女達であった。


 魔族は低年齢で致す事が可能で出産も普通に出来てついでに性欲も強いの3コンボなので幼い時から狙った獲物は逃がさない優良物件ハンターでもある。


 それが人類終末期の日本人にとっては正しく致命的な駆逐効果を発揮するのは皮肉な事であった。


 しかし、逆に半魔族として取り込まれた層が関東圏では日本人の半分以上を占めるスタンダードと成り、全体的にモラルと道徳の魔族化が起こっている。


「はいはい。お前らがボンキュッボンの死語的美女になったらな」


「もぉ~~初心なんだから~~初めてはカズマがいいなぁ~~」


 カズマの周囲にはマジで小悪魔的な笑みを浮かべる少女、幼女達がクスクス笑いながら群れて来る。


 その数、実に30人近く。


 カズマが優良物件であると知っている層は案外この界隈では多いのだ。


 ある種の有名人というヤツである。


「あのなぁ、お前らも日本人なんだから、もう少し道徳というか。奥ゆかしさを得る努力をしろ。オレの知ってる奥ゆかしい子はそれこそ貞淑な妻張りに好きな子に尽くしてはいたけど、そういうのは明け透けじゃなくて、もっと密やかにって感じに見えたぞ?」


 その言葉に少女達が頬を膨らませる。


「カズマのどーてー!!」


「意気地なし!!」


「だから、彼女いない歴=人生なんだよぉ」


「今時、そんな女いないもーん」


「大人も十代前半には子供産むのが普通って言ってるよぉ?」


 少女達が揶揄いながら、御付き合い歴0年のカズマを笑う。


 少女達の言う事は今ならば常識だ。


 半魔族と化した日本人の出生率は純粋な日本人の凡そ62倍である。


 十代前半、もしくは一桁代でも安全に妊娠出産可能なせいで人口は爆増。


 ついでに日本人である事は事実なので善導騎士団が衣食住供給に関してだけは全面的に協力、面倒を見ている。


 まぁ、それでもあまりにも爆増した人口の大半の意識が半ば魔族系なので法律はかなり変わっており、そもそもの社会常識が変質、要塞都市と外部での性的な部分での意識乖離は著しく。


 中立地帯に住まう者達の多くは人間の社会に魔族の常識を持ち込んで、文明的に生きるという事を実践する魔族と人の架け橋(理想)と言われる。


 当人達の同意さえあれば、一桁でも婚約結婚可能な上に同棲も許可されるのが外では一般化して久しいので正しくカズマがウンと頷けば、その日の内にまだ見ぬ10人以上の赤ちゃんのパパになってしまうのは間違いなかった。


「昔は20代とか30代とかで結婚だぞ。女子と言えば、これがメイン層だったな」


「うぇ~~おばさんじゃん。肉体の全盛期に子供産むのが普通じゃないとか。普通の人間の人達って面倒くさかったんだね」


「40代が婚活してた時代でもあったな」


「半魔族じゃなくて人間の人でしょ? それにしても遅過ぎない?」


「ソレ言ったら、ネットで死ぬほど叩かれてたんだよ」


「不健全過ぎぃ~~今は7歳で婚約、10歳で結婚、12歳で妊娠出産、15歳で成人、22歳で学業終了で就活が良い人生とかなんですけど」


「そうそう。自由恋愛万歳!! 勿論、結婚までは誰と御付き合いしてもいいよねー。赤ちゃんも大歓迎だし~」


「というか。ウチのお母さん達ってまだ10代だけど全然別の男の子供で野球出来ちゃうくらい産んでるし~人間はこのままじゃ絶滅だよね~♪」


「「「「「「「「ね~~♪」」」」」」」」


「はぁ……(滅茶苦茶事実だから言い返せねぇ)」


 中立地帯の半魔族な人々にとって生活は普通の人間よりもベリーイージーだ。


 そもそも食事は魔力に比例して取る必要が減る上に生活を維持する為の仕事は生まれた時に支給される小型端末で幾らでも探せるし、すぐに取り掛かれば、一日で数千円の稼ぎにはなる。


 ついでに魔族は人好きのする性格。


 簡単に言えば、子供が可愛くて仕方ないというのが性質だ。


 本来ソレは高位魔族の資質らしいのだが、その高位魔族の資質を受け継ぐ人間が爆発的に増えた社会全体で子供は宝、面倒を見るものという常識が固定化された。


 食料は善導騎士団が飢えないようにと最低限度が保障されているし、娯楽は無料のものが氾濫していて、根本的に生活の為に苦しい家計を支えるという考えは中立地帯では消滅して久しい。


 彼らの人生は適当に愛してる相手と結婚して子供を大量に生んで、大家族で毎日楽しく暮らして老衰で死ぬというのが今のスタンダードだ。


「お前らも生活出来るからって遊んでばっかいないで少しは勉強しろ勉強」


「うわ~~カズマが言うと説得力ゼロだね♪」


「く、良いとこの学校入ってからその台詞は言え」


「カズマ大人みたーい♪ 真面目過ぎぃ~~きゃは♪」


「そうそう。キモチイイ事して、そこそこ友達と一緒に遊んで、優しい旦那様と一緒に生活して、楽しく子育てして、お仕事は必要な分だけすれば、それでいいのが現代の半魔族な日本人だよぉ。ね~~」


「うんうん(*|ω|*)」×一杯の小魔族系少女達。


 娯楽やそれ相応の生活を求める者以外は無料賃貸集合住宅が軒を連ねる区画に住まい。


 その大半は善導騎士団の様々な雑用をこなしていれば、余計な人間関係に疲れる事もなく生活出来る。


 好きな事をして生きていけるチャランポランな人生である。


 元々、魔族は娯楽、快楽、享楽が生き甲斐。


 その上で性欲の権化である為、元々の酷界では人口爆発の末に様々な地獄を見て来た歴史があるとされる。


 だが、現在の関東圏全土に住まう半魔族な人間の大半はその傾向があるものの、比較的に穏やかであり、文化文明の維持はそれなりで仕事も好きなものが出来れば熱中するくらいには情熱もあり、魔力がスタンダードな能力として加味されたせいで食料は魔力の強さに比例して食べなくても問題無く、肉体の頑強さと性能は純粋な人間の数十倍……人口問題も善導騎士団の様々な政策が功を奏して制御可能な範囲に収まっているので重要なのは住まう場所くらいであった。


「はぁ~~~旦那が浮気したら?」


「え? 勿論、搾り取って、ちょっとギリギリまで干乾びさせるだけだよ? 魔族領の男にも近頃は優良物件が外に出て来ないし、てーへんばっかりなんだよねぇ。ハーレム創れるようなカズマみたいなのは中々見ないし、高位魔族の奥方が一杯だし~」


 何の問題も無さそうに少女達は「ね~?」と互いに頷き合っている。


 独占欲の強い魔族系女子と結婚した男は同じ魔族系女子が蔓延る社会で限界ギリギリまで誘惑に耐えなければ、本妻に絞り尽くされて殺される未来がすぐ目の前という地獄で生活する聖人君子染みた耐久力が必要だったりする。


 あるいはそれをも呑み込ませる程に度量と性的な能力が高いハーレム主人公系の資質があるか。


 少なからず、関東圏の倫理と道徳はエロ漫画時空に叩き込まれて1世紀以上、これが実質的に基本的な事実とやらであった。


「とにかくだ。悪い大人には付いて行くなよ。同年代以外とは交際禁止!! 致す時は家でしろ家で!!」


「カズマの道徳授業だ~~♪ 遅れてるぅ~~ぷぷ」


「魔族領からの旅行客には付いて行かない事!! ビザ在りでも妊娠させられるぞ!! 後、一々喘ぎ声を魔力波動に載せて叫ぶな!! 近所迷惑!! 他にも大人の玩具は大人になってから買え!! 子供は子供の玩具使って為さい!!」


「え~~子供用のも今は普通に売ってるよ?」


「え? マジで?」


「うん。おもちゃ屋のおねーちゃんが言ってた。需要あるから供給するしかないわよねぇって」


「クソ。エロ漫画時空化はお呼びじゃないんだよ。絶対、阻止してやる……」


「うわ。けんりょくらんよーだぁー」


「子供にも玩具を使わせろー」


「そうだそうだー」


「お前らの言う玩具が健全ならな。まったく、上申書がまた増えるのか……はぁぁ……」


 少女達にばいばーい♪と手を振られながら、別れたカズマはホームがかなり位置を変えた新宿線から東京湾の善導騎士団本部……現在は【ベルズ・フロント】と俗称される魔導省本庁舎ホームへと向かう。


 生憎と彼は近辺の魔族系少女達に知られるマジで普通に説教してくる微妙なイケメン童貞さんとして有名であったわけで、その様子を周囲の商店街ではまるで日常のようにニコニコしながら見ている御老人ばかりだ。


「幾ら魔族からの種族的取り込みに対抗する為だからって半魔族が増えるの容認して来たけど、心理環境操作も限界まで来てねぇか? ガチで社会政策全般をルカに投げて良かったが、もう少し魔族味を薄めねぇと此処が開放された時、ロクな事にならなそうだな……」


 人類と魔族の最前線。


 幾つかある地下の魔族領との接合地点の一つ。


 それが要塞都市のある地域だ。


 主に地下施設のある土地が占拠されており、都心は旧新宿駅に列なる地下施設が此処数十年で全て魔族側に抑えられた。


 要塞都市はその真上で常に魔族領側からの侵略と略奪を抑止する部隊を編成し、送り込み、ローテーションで常時戦闘状況にある。


 須らく。


 全ての要塞都市はそう言った地下からの侵略に耐える最前線であり、こうしてカズマが家路に付く時もまた引っ切り無しにやってくる部隊と防衛部隊が交戦し続けている為、半魔族の関東圏の人々は人類と魔族領の争いをまたやってるよくらいの感覚で眺めていたりする。


 だが、それだってかなり互いに気を使っているのは間違いない。


 理由は単純であり、魔族側は検挙された場合は相手を悪戯に刺激しない為に戦えないように色々と細工して送還するだけに留めているのだ。


 敵は増えれど減らせないのが現状。


 ついでに本格的な大攻勢の時以外には死者も出ていない。


 それが関東圏における均衡を両者が取る為に駆け引きをしているからだと知るのは騎士団の上位層くらいの話だ。


 一般的には魔族領上層部と日本政府もしくは善導騎士団が八百長をしており、自分達の地位を安定化させる為にグダグダ戦争をしている……とネットなどでは実しやかに語られている。


(魔族領を国として認める。ガス抜きに地表への観光ビザを出す……グダグダ戦争してるって言われるのも仕方ねぇんだよなぁ。はぁぁ~~でも、本気でやりあったらどっちも全滅だろうしなぁ……)


 モノレールで東京本部に向かう少年の心はお疲れモードだ。


 それも仕方ない話である。


 結局、魔族側の能力が大き過ぎて本気にさせないように互いに戦力増強しながら何とか均衡を保ってきたのだ。


 もしもとなれば、魔族側と相打ちくらいの状況まで騎士団は持って行けるが、その時は人類も半魔族も全滅は覚悟せねばならない。


 良くて相打ちである以上、中々にして互いに厳しい攻め手は使い難い。


 だが、魔族領の侵攻軍は一部関東圏の外にも出城ならぬ拠点を持っている。


 魔族領の一部は今や地表にも幾分かの影響力が行使出来ており、巨大な戦艦に侵攻部隊が地上戦でここ数年、騎士団にも大きな被害を出した。


 結果として、純粋な人間側からはこの数年で人類内部に燻ぶっていた反魔族主義を掲げる聖樹教なる新興宗教が数十年の時間を掛けて大きく台頭している。


 教祖と呼ばれる者は存在しないが、機動要塞を統括するネットワークのアバター九十九を信奉していて、ある意味では騎士団の影響下だが、それにしてもかなり過激化が進んでいた。


(あいつらの対処もそろそろ本格化させねぇと。あっちを怒らせて加速度的にエスカレートしたら、速攻で機動要塞が二つは落ちる……)


 魔族との戦闘で命を落とした人間は決して少なくないのだ。


 大規模侵攻が近年頻発したせいで騎士団内の家族や他にも戦闘職で死んだ人間の家族がコレに入っている事もある。


 このような人物達が要塞住まいの人々の一部と連帯して、魔族や半魔族の人々の倫理、道徳の向上を目的として諸々の改革運動を展開しており、一面的に過激派だけがいるわけでもない為、派閥争いもあって状況は複雑化の一途でもある。


 ただ、一部は検挙されるような反魔族運動で投獄、社会問題化し始めていた。


 世情は混沌としていると言っていいだろう。


「ほい。到着っと」


 無人のバスから降りた彼が駐車場のバス停から昔から変わらない巨大な縦穴を降りる半地下の施設へと向かう。


 結界が張られた当初から殆ど変わらない外観と玄関口の内部構造はそのままだ。


 大穴の周囲にドーナッツ状に増築され続けた設備の大半はもはや巨大なもう一つの東京染みた地下都市と化しており、騎士団の関係者の居住区画を筆頭に娯楽や移動施設のハブ、商業区、歓楽街、諸々が大量に広がっている。


 その中でもリングの穴の壁面に近い場所程に古い区画である為、多くの人々はあまり其処には近づかない。


 その周囲は最初期の騎士団を支えた者達の子孫が住まう言わば騎士団内の序列が高い人間が住まう区画として警備も厳重だからだ。


 区画を繋ぐハブとなる中継ポイントにはモノレールの駅が整備されており、車両基地化された場所はデパ地下並みに賑わっている。


 あちこちで騎士団の身内の子供達が各々の得物で打ち合って遊んでいたり、サバゲーよろしく区画を借りた仮想の領土奪還戦をしていたり、食料を買い求めに来た周辺の民間人が本部の割安な食材を大量に買い込んでいたりと忙しない。


 商品が積まれた昔と変わらないだろう店舗は複数在り、ゲームセンターやら文化面を支える各種の習い事の教室、様々な遊戯の大会も何かしらが開かれている。


「………」


 そんな場所を横目に通り過ぎ、一部の者しか使わない通路奥の閉鎖された直通路を潜った彼は一番古いエレベーターに乗って地下最下層付近で降りて、無機質な古い規格の通路に出た。


 掃除用のドローンが通り過ぎる先。


 共同通路に出ると騎士団の中でも意思決定者層の一部の家族達がデフォルト・スーツに魔導を用いる為の外套……ベルのようなローブ姿の魔導師ルックで行き交っており、カズマを見ると頭を下げ、同時にまた子供達にも同じようにさせた。


 それに苦笑してヒラヒラと手を振って返し、歩き出した彼が広い一軒家が並ぶ区画に出た。


 住宅街が湾曲して穴の外延に沿って道に並んでいるのだ。


 広々とは行かないが、数十m程の共同溝のような広さがある。


 そこに今のカズマの住まいがあった。


「ただいまー」


 玄関先から靴を適当に脱ぎ散らかして戻った彼が見たのは部屋着であるTシャツ姿なルカだ。


「おかえりー」


「仕事は?」


「うん。今は横浜戦線が少し押されてるけど、他の地表の戦闘は問題無し。死者も出てないよ」


「左様か。兵隊の内容は?」


 PCを操作しているルカの横合いから首を出して、戦況をカズマが確認する。


「同型ゾンビが30万体。バージョンアップされてる。シエラの偽物もこの50年で9回は落としたのにまだまだ改良中ってところかな」


 画面には戦線の各地の状況がリアルタイムで見えていた。


「外からの情報は?」


「………昨日の深夜に前兆みたいな空間波動が1回検出されてる。その時、オリジナルのコードが発信されたのを確認した。それと群馬で一部停電が起きてる。今、調査中だけど、一部の大手プロバイダーの機器が何故かいきなりシャットダウンしたって」


「―――遂に来たか?」


「うん。恐らくね。時空の歪みで機器が誤作動したんじゃないかって、研究部門が言ってる。随分と長かったけど……ようやくだよ」


「捜索隊を出すか?」


「いや、ベル君達が本当に来てるなら、あっちにバレず致命的な事をするのは確実。僕らは陽動に出るべきじゃないかな。相手が不審に思わないような感じで」


「何か方法はあるのか?」


「今、新宿の地下部隊の一部に聖樹教に被れた人達を集めた部隊を置いてる」


「そいつらを使うのか?」


「元々、こっちの一部だからね。色々と機密を持ち出して、魔族を叩き潰すのを夢見て、使う寸前だったんだ。後で検挙して合法的に30年くらい投獄する予定だったんだけど」


「何かもうお前もすっかり陰謀大好き人間だよな」


「心外だよ。必要だからしてるだけだし、そもそも僕なんか副団長さんの足元にも及ばないし、全部秘書の人達が一族単位で仕えてくれてるから出来る事なんだから……」


「で、そいつら何持ち出した?」


「カタセさんのレベル創薬。封印してたヤツ」


「アレかよ……被験者が先に死ぬんじゃねぇ?」


「それが聖樹教の内部にも色々と派閥があるのさ。一番魔族に厳しいのが一番魔族の血が濃い人達だって言うんだから、同族嫌悪って言うヤツなのかな……」


「それでも使いこなせるとは思えねぇんだけど」


「まぁ、当人はもう完全にあっちの意思決定層の上澄みとやる気満々で毎日毎日魔族領侵攻してるしね……というか、例の計画がギリギリ終わってるのはユウネちゃん達に頭が下がるよ……」


「まぁな。つーか、アレは侵攻って言わねぇだろ。どっちかというと餌を投げて釣り堀で喰い付く魚を釣ってるの間違いだろ。あの人もホントに変わらないというか。今の方が生き生きしてるのが何とも……」


「ま、そのおかげでこっちに来てるのは本当に一般人層ばっかりで助かるけど」


「一番強いのが一番女性的な魅力に溢れてるってのがあっちの連中の価値基準だからな。オレには分からん世界だ」


「彼らも人間なんだけどな」


「仕方ない。教育が違えば、別の生き物ってのが現実だ。良心や道徳、社会常識が違う生物が相成れないのはこの100年以上でかなり身に染みたしな」


「まぁ……同じ人間として扱ってるはずなのに互いに違いの常識が違うから、完全に食い違うよね。今までは折り合い付けて来たけど、外と繋がれば……こっちの常識で押し通せるはずさ」


「ま、その別の生き物と化した魔族系の上澄みを削りながら無力化しつつ、遺伝子と脳内の経験をレベル創薬用に資源化しているわけだけどな」


「カタセさんには今も頭が上がらないよ。あの人がいなかったら、とっくの昔に魔族系の上位層に攻め滅ぼされてるだろうし」


「レベル創薬の世代間引継ぎ……確か今は第32世代だっけ?」


「最初の魔族達以外、もう関東圏にレベル創薬のお世話になってない人類と魔族と半魔族はいない計算だよ。そのおかげでレベル創薬に用いるドレイン系機材で無力化が出来るって言うんだから、九十九の非道な計算は間違って無かった事になる」


「希少な能力も発現した片っ端から、あの人に求婚しに行く連中が失うせいで一行に魔族の上澄みが強くならないってんだから、嬉しい悲鳴だな」


「事実上、使えない有用能力が五万とレベル創薬で保管され続けてて、そろそろ保管庫が一杯だけどね」


「こっちの安穏とした空気で使おうってヤツの方が少数だろうさ」


 会話している間にPCに新しい情報が追加される。


「ッ」


「どうした?」


「群馬近辺でオリジナルのコードを再び確認。これは……恐らくディミスリル・ネットワークへの命令が可能な最優先コードだ」


「―――て事は?」」


「彼女達が目覚める。信用出来る最上位騎士で暇してる奴らを集めておくから、君も本格覚醒に備えておいて」


「ああ、これでベルもこっちの事は把握したかな?」


「たぶんね。もしもの時の為に横浜の封印したドックの火を入れておく。あっちの船の彼女がマスターを起こせば、保険としては完璧かな。僕は魔導議会の方に顔を出して来ないと。通信じゃ不安過ぎる。魔導議会議長様に直接報告だ」


「はは、ホント、あの人も出世したよなぁ」


「ま、今じゃ一族単位で有能とか言われてるし、良い人生送ってるよ。うん」


「遂に結界が割れるのか。あ……」


「どうしたの?」


「魔導鋼都の主動力を早めに切り替えないとマズくないか?」


「ッッ、すっかり忘れてた!!? ああ、手が足りない。僕ら以外はみんな今は……ええと、使える手札使える手札……良し!! アサギリ家の人達と魔剣工房の人達に頼む事にする。彼らに護衛をダースで付けて各地の接触面と封印してた主導力源の起動を急がせる」


「忙しくなりそうだ。また、後でな」


「うん。久しぶりに生身で会う事になるかもね」


「はは、この体も結構気に入ってんだけどな」


「……百年ぶりの再会だ。案外早かった。そう思っておこう」


「どうだかな。オレは此処の連中が外に適応出来るかの方が心配だ」


「「………」」


 2人が互いの手をガシリと掴んだ。


 互いに握りしめた手は固く結ばれ。


「勝ったな」


「うん。僕らの勝利だ」


 そして、離されるとその背中はすぐに部屋の中から必要な荷物を集めるとすぐに外へと消えていくのだった。


 *


―――関東圏【魔導鋼都:群馬】外縁部。


 明け方。


 関東圏突入から2時間後。


「ベルさ~ん。起きてますか~」


「ふぁーい。こえキツイですね。時差ボケ……この場合は時空ボケになるんでしょうか?」


「う……こっちは義肢なんだから、もう少し防護強めててよ」


 ヒューリとフィニアが起き上がりながら、少年もまた特別に防護結界を敷いたCP車両内の突入用カプセルから起き上がる。


「お目覚めですか。お父様」


「あ、ミシェルさん。おはようございます」


「はい。おはようございます。こちらで突入時からの情報は纏めておきました。ペンダントをどうぞ」


 全員がMHペンダントを付けるとすぐに気分は回復した。


「それで此処は何処でしょうか? 横浜の直上に落ちる予定でしたけど」


「地形から群馬と判断しました。現在、周辺の超小型ドローンによる先行偵察隊を出して情報収集中です」


「結構ズレましたね」


「はい。ですが、どうやら我らが想像していた数倍、事態は複雑なようです」


 ディスプレイ付きの小型端末が渡される。


 指先で操作すると次々に映像や画像が現れた。


 巨大な逆円錐形の百km単位の構造物やら普通の人間に見えない翼角尻尾肌の色という役満な魔族ルックな人々。


 トドメは善導騎士団らしきマークの入った車両群が山岳部でシエラに似ている空中戦艦から飛び出してきた大量の半裸な魔族系の人々を切った張ったしながら、同型ゾンビを打ち倒している様子であった。


「滅茶苦茶襲われてるじゃないですか!? 早く助けに行きましょう!!」


 ヒューリが思わず拳を握る。


「いえ、問題は複雑です。映像を更に進めて下さい」


「あ、はい。ええと」


 ヒューリが映像を見続けていると善導騎士団優位で推移した戦闘は次々に魔族を捕縛しているようだったが、同時に同型ゾンビの破壊と共にシエラがいきなり転移で後退したらしく。


 残された魔族達は次々に手を上げて投降していた。


「何処が複雑なんですか? みんな捕まってますよ?」


「アンタねぇ。殺し合いにしては温過ぎでしょ」


「え? あ、そ、そう言えば、何か非殺傷系の兵器使ってるんでしょうか?」


「ああ、これはパターン的には権力移譲シナリオですね」


「そういう事です」


「ええと、何ですソレ?」


 ヒューリが首を傾げる。


 それにフィニアが片手を頭に当てて溜息を吐いた。


 全員が今はフル装備でデフォルト・スーツの上に外套を着込んでいる為、MHペンダント以外にも肉体賦活用のバフが常時掛かっている。


 本来、頭が痛くなる事は無い。


「アンタ、ホントに興味ない事は何にも知らないわよね」


「な、何ですか? いきなり」


「ベルが前に市街地を抑えられた場合に覚えておけって渡した資料読んだけど、すっかり忘れてるんじゃない?」


「あ……えへへ」


「誤魔化すなっての」


「ヒューリさん。権力移譲シナリオは簡単に言えば、人間が混血で別の種族の特徴を持つようになって、最終的に国家や民族毎の乗っ取りを受けた場合のシナリオです。対処方法も覚えてませんか?」


「ご、ごめんなさい」


「取り敢えず、生活している人達が人間の心を持っているなら、魔族系人材というだけです。色々と問題はあるでしょうが、基本的に殺さずにどうにかしなきゃいけません」


「も、勿論です!!」


「ついでに僕の魔導による機動要塞論が使われた巨大構造物。明らかに魔族との最前線ですが、その割に非殺傷で対応している様子から見て、恐らくファニーウォー状態ですね」


「ふぁにーうぉー?」


「アンタ、戦術戦略の座学もぶっちぎってたの?」


 フィニアが妹はやはり妹という顔でジト目になる。


「こ、これでも忙しいんです!?」


「簡単に言えば、どっちも本気になるとどっちも破滅するので諜報戦とか。あるいは小規模な戦線膠着状態で互いに致命的な状況にならないレベルで衝突を繰り返している状態です」


「あ、それであんなに巨大な樹木みたいなのがあるんですね」


「機動要塞です。恐らく、結界の弱体化も狙ってますね。構造から機能を推測する限り、あの結界そのものから魔力を収奪してるようです」


「それにしても何か魔族系の人しかいなくないですか?」


「要塞内部の映像もどうぞ」


 ミシェルが見せたのは屋内にしても広過ぎる明らかに空間を弄っている敷地内に存在する多数の建造物だった。


 その周囲には普通の人間が普通に生活している様子が見て取れる。


「恐らくですが、互いの領地が接しているのが地上みたいです。人間と魔族が地表を境にして上空と地下で戦争中って事なんでしょう」


「魔族側は地下に?」


「はい。恐らくは……そもそもあちらでも地下が結界で閉ざされてヨモツヒラサカ・プロジェクトの施設が占有されている可能性が高いです」


 少年が関東圏で急ピッチで進めていた地下構造体の全体像を出す。


 それはもう一つの世界と言える程に広大な岩盤内部に埋まった巨大要塞だった。


「さっきの情報からしても互いに決め手になる転移戦術は無しという事は互いに違いの空間制御で牽制し合っているという事。地表であれだけ大きな構造物で支配しているとすれば、それに比肩するのは……」


「造っていたシェルターの地下施設だと?」


「はい。状況は大体解りました。でも、九十九とのコンタクトはまだ危険かもしれません」


「どうしてですか?」


 ヒューリが首を傾げる。


「拮抗状態のところにいきなり僕らが現れたと知られたら……」


「均衡が崩れて大戦争待ったなしってわけ?」


「はい。なので、状況がある程度掴めた上で魔族を撃滅もしくは封印可能な状況まではしばらく情報収集と準備に当てた方がいいと思います」


「一応、【無限者アペイロン】持って来てんでしょ?」


 フィニアが訊ねる。


「ええ、ミシェルさんに運んでもらって全員分あります。今回は殲滅行動ではなく。大勢の人達を護りながらの戦いになるので。痛滅者は基本攻撃力と機動力だけで広範囲殲滅や緊急防御用の側面が強いですから」


 ミシェルが自分の胸元にあるMHペンダントに見えるそれを全員の前で少し傾ける。


 すると、反射した輝きの中に何機かの機影が表面に写った。


「じゃあ、これからどうすんのよ?」


「取り敢えず、ディミスリル・ネットワークはともかく。関東圏の機械的なシステムの方に侵入してみます。東京本部のメインサーバーがまだ存在していれば、今までの状況を全て記録しているはずです」


「解った。じゃあ、それまでは警戒しながら情報収集ね?」


「はい」


 ミシェルが用意していたポットが湧いたのを音で確認して、すぐに給仕室に向かう。


「……何かベルさんに親し過ぎじゃないですか?」


 ジト目で黒羊モードなヒューリが自称姉を見やる。


「ふふん。時間は関係無いわよ。時間は……」


「あ、そうですか」


「そうそう」


 言ってる傍からベルによる魔導延伸用のビーコンが自立AIを積んだ各種の小型ドローンによってあちこちに埋められた。


 魔力波動を用いない通常の電話回線やネット回線があると踏んだ場所まで車両そのものから金属の導線らしきものが地表を這いながら侵食し、接続される。


「繋がりました。どうやら大手のプロバイダーが生き残ってるみたいです。ただ、やっぱり規格が少し違います。その上、ネットの技術的なものはこちらが上かもしれません。かなり電子機器がこちらと格差があるような……あ」


 ボシュッとCP区画に付属して置いてある筐体の一つが蒸気を上げて停止した。


「ああぁ!? 物凄く古い扱いされてます!? ええと、ええと、優先コードで割り込んで、大手の機器を一部シャットダウン……ふぅ……危ないところでした」


「ど、どうしたんですか? ベルさん。慌ててたようですけど」


 ブツブツ呟いていた少年が虚空に何をやっているのかを映像で映し出す。


「今、回線で繋げたら、大手のサーバーで不審なアクセス扱いされちゃって、前に協力した企業の方だったので人類絶滅時や人類が別星系に旅立つ時に石碑としてネットを残しておく為に最優先コードを貰ってたんです。もしもの時、いつでも使えるようにサーバーを自由にする権利ってヤツなんですけど、まだ有効みたいで良かったです」


「え……でも、それって。そのサーバーがやってたお仕事が全部ダウンしちゃうんじゃ?」


「あ……後で直しておきます!! こっちのCPが使えなくなったら困るので!!」


「そ、そうですね」


「ねぇ……悪いんだけど、アレ」


「「アレ?」」


 2人が首を傾げる。


 すると、逆円錐形の要塞の上層部の窓ガラスらしき部分から漏れる灯りがいきなり4割くらいフッと消えていた。


「ああ?! ご、ごごご、ごめんなさい!? でも、予備のバックアップがすぐに作動すると思うのでたぶん大丈夫です!! たぶん!!」


 少年が思わず慌てて弁明しつつ、謝る。


「はぁ、病院とかダウンしてないといいわね」


 フィニアが前途多難な状況に肩を竦める。


「うぅぅ、後でちゃんと謝って来ます」


 少年が(´・ω・`)と小さい肩身を更に狭くしつつ、虚空に出したキーボードを両手で打ち始める。


「で、結局、何年経ってるの?」


「……184年くらいです」


「仲間で……生きてるのと死んでるのに分かれてそうなんだけど」


「たぶん、大丈夫です。もしもの時の為に本部には色々準備してたので」


「色々?」


「例えば、肉体が消滅したり、魂が破壊されたりみたいな時、あるいは純粋に時空間系の魔術で超高速で老化させられたり、何も無い空間で無限に時間を消耗させられた時、みたいな状況を想定しました。大陸では割とそういうのがあるので」


「ふ~~ん。具体的にはどうやって対処するの?」


「肉体を魔導と各種の薬剤で保存して、最低限の代謝と同時に代謝時のテロメアの補給と精神防護を機械と魔導で両面から行いつつ、外部に意識を移せる肉体を使って影響力を行使する。みたいな感じです」


「歳取らないの?」


「活動してれば、精神年齢は上がりますけど、それだけです。設備そのものは基本的に各種の分野の人達の意見では1000年くらいならメンテが無くても問題無く使えるって言ってました」


「つまり、早めに来て良かったって事ね」


「はい。恐らく、セブン・オーダーズの誰かしらは起きて、現状を維持しているはずです。後、一番起きてそうなのはカタセさんとディオさんです」


「どうしてですか? ベルさん」


「元々、お二人は寿命がかなり長いので。カタセさんは恐らく高位魔族並み。ディオさんはどうやらエルフの中でもそれなりに高位の家の出らしいので総寿命が大体900歳くらいらしいです」


「あ、そうなんですか」


「はい。なので、2人の内のどちらかが起きて活動していれば、恐らくは問題無いでしょう。後、リスティさん、明日輝さん、悠音さんも寿命は高位魔族並みだと思います」


「大人になってるんでしょうか?」


「解りません。でも、リスティさんが魔族にお願いをして止めてくれた世界には見えないので、眠ってる可能性も高いです」


「問題は普通の人間勢?」


 フィニアに少年が頷く。


「はい。アフィスさんを筆頭にハルティーナさんや他の皆さんは寿命だけならば、伸ばす事も出来ますが、大規模な異変直後の対応で何年も働き詰めだったりした場合、それなりに精神年齢が上がってる事も考えられますし、歳を取らないかどうかは本人次第なので」


「天寿を全うしてるかもしれないわけね」


「その場合は最悪……本人はお墓の中というのも在り得ます」


「それでどう?」


 フィニアの言葉に少年が目を細める。


「……公のメインサーバーからの情報だけ伝えます。セブン・オーダーズが数年間の戦闘の後、第一次魔導鋼都建造戦と呼ばれるあの巨大要塞の作製と機能開始までの攻撃で全員死亡と出ました」


「「!?」」


「でも、嘘がかなり混じってます」


「嘘?」


「はい。セブン・オーダーズのその戦いの後の残存戦力が公には司令部付きのアフィスさんだけだったという話になってますが、事実上は安治さんもいたのに名前が載ってません」


「つまり?」


「敵の諜報に対する攪乱や情報操作の類で滅茶苦茶に歴史が改竄されてるかもしれません」


「今の公には分からない話って事?」


「ええ……というか、さっそくセブン・オーダーズの面々が何人か見つかりました」


 情報が出される。


「あ、ルカじゃない」


「本当です。この人、ルカさんですよね?」


 出された画像は善導騎士団の本部を統括する副団長(事実上の団長)という肩書の相手だった。


 名前はルカとなっている。


 この世界で生まれた人物として略歴が載っているが、明らかに本人とは関係なさそうな無難過ぎる人生が一点、騎士団に入って3年で団長になった奇跡が綺羅星のような経歴となって羅列されていた。


「確実に本人もしくは本人の子孫もしくはクローン。または義肢人形のどれかです」


「て事は? 安治さんやカズマさんも?」


「はい。カタセさんも発見しました。現在、魔族領側で広大な領域が大魔族を名乗る人物に占拠されてるらしいんですが、その公式映像です」


『あはは♪ 私を娶りたかったら、瀕死にしてから子供を産ませてねぇ~~」


 そんな言葉を吐きながら、大量の魔族達……それもかなり高位そうな若者達が滅茶苦茶に殴られ、体をボロボロにされて吹き飛ばされ、完全に襤褸クズ状態で地を這っていた。


 だが、彼らの目はハートに見えるくらいウットリ中だ。


 血飛沫で笑う危ない女状態の女傑がまだまだ戦えそうな魔族達を見て、目をキラキラ輝かせ、幸せそうにカメラへVサインしている。


 人死にをギリギリで出さず。


 しかし、殺さず生かさず嬲りもしない。


 一撃で意識を狩り続けるヤバそうなくらい幸せそうな女。


 ほのぼのバーサーカーは顔なんて隠していない。


「隠す気無いでしょ? この人」


 フィニアが半眼になった。


「ですね。いつも通りでした」


「し、幸せそうなので精神年齢が上がって疲れてるみたいな感じはないですね」


 少年もさすがにまったく問題無さそうに活動し続けているカタセの様子に安堵すればいいのか汗を浮かべればいいのかという顔になる。


「でも、鎧を着込んでない時点で物凄く手加減してるんですよね。今の状態」


「ああ、そう言えば、手に入れた四騎士の鎧って……」


「はい。対高位魔族用です。後、本部には滅茶苦茶なレベルの超高位魔族との模擬戦用の夢がストックしてあるんですが、公のルートから入ってみたら、カタセさん名義で裏モードで使える夢の使用履歴がありました。最終的に全部撃破してます」


「そう……陰陽自衛隊側はたぶん大丈夫って事でいい?」


 フィニアに少年が頷く。


「カズマさんは見当たりませんが、今公式データベースから色々情報を洗ったら、要所要所の魔族側の大規模攻勢時に大型の新兵器投入とか適当な事を言って、本人のものらしい攻撃跡が多数見つかってます。超規模の大火力攻勢。敵主力になる艦隊や敵主力部隊が蒸発したみたいです」


「うわ……ホントだ。一面硝子になってる……」


 映像の中では市街地ではない山間部が主戦場となった時に秘密兵器でガラス化した大地みたいな説明文で戦場跡地が映されていた。


「カズマさんも恐らく生存と」


 フィニアに続きヒューリが安堵した様子で胸を撫で下ろす。


「ただ、明日輝さん達が公式データからは見当たりません」


「他に見付かってるのは?」


「今のところアフィスさんだけです」


「巻き込まれてるのは知ってたけど、まだ生きてるの?」


「延命処置は受けてると思います。ああ、普通に公式データありました」


 映像が出される。


『諸君には今後も騎士団との連携で人類生存領域の維持をどうか頼みたい。数多くの同胞がその血肉と骨と魂を以て護って来た文化文明をどうかこれからも受け継いで行って欲しい」


「「……誰?」」


 そこにはイケメンの金髪の50代くらいだろうヒゲを生やしたナイスミドルがいた。


「アフィスさんです。骨格からも音声からもほぼ100%本人と一致。というか、いつも秘書役してくれていた従騎士の方と結婚してますね。あ、これ結婚式の映像記録です」


『アフィス議長!! ご結婚おめでとうございます!!』


『おめでとう!! おめでとう!!』


『う、ウェェ~~~イ(´;ω;`)』


 涙を流して喜ぶ?歳若き議長と超絶美人の奥さんが一緒に壮大な結婚式で永遠の愛を誓う様子は歴史の教科書にバッチリ載っているらしく。


 関連映像と共に大量の書籍からの抜粋個所が見て取れた。


「「………」」


 涙を流しつつ、結婚式場で年下のロシア系美女と抱き合って挨拶する男の涙が明らかに“酒とか酒場に出入り出来なくなって泣く姿”と被った2人は禁酒された人生を送ったに違いないアフィスの顔をジト目で見るしかなく。


「あ、スゴイ。アフィスさん完全に関東圏の支配者ですよ。物凄く功績が積み上がってて、この百数十年で人類の守護者とか。人類を護った英雄とか。伝説のダーク・ナイトとか。ドラマとかアニメにまで為ってますね」


「「えぇ……?」」


「物凄く美化された感じですけど、大人にも子供にも大人気。嫌いな人は魔族にすらいないとか書かれてます」


「「………」」


 2人が完全に呆れた視線でわんさか出て来るアフィス関連の情報に肩を竦めて溜息を吐く。


「次に行きましょう」


「ええ、そうね」


「どうやらクロイさん達の事は解らないみたいです。公式のサーバーからだとあるはずの登録情報すら読み込めません。これは……完全に隠されている感じですね」


「という事は起きているか。もしくは寝ているって事でしょうか?」


「はい。死亡登録すらありませんから。クロイさんの変異覚醒者としての能力は現実改変クラスなのである意味で切り札の類な上に敵に利用されるとマズイのは間違いないので一緒に凍結してるのかもしれません」


「全員、良い子でしたよね」


「はい。それとミシェルさんの妹さんの能力が隠蔽系なのでそれを使ってもしかしたら敵からも味方からも情報を隠してるのかも……」


 そこでようやくミシェルが戻って来た。


 その手には紅茶セットがあるのだが、給仕室の方からは更に軽食の香りも漂って来ている。


「リトならば、恐らく。そもそも頚城ですから、寿命の概念はもう消えているでしょう」


「で、大体の事は解ったけど、どうするの?」


「まずは横浜のドックを確認します。更にこの関東圏内にある魔導鋼都と呼ばれる機動要塞の調査。他にも地域住民の遺伝子情報の採取とか。現在の世情とかも必要です。とにかく情報収集が先なので目立つ僕らはお留守番ですね」


「缶詰か~」


 フィニアがフニャッと少し窮屈そうにだらける。


「あ、でも、善導騎士団の東京本部内にある僕の私室は無事みたいです。義肢人形は完備してるので、そっちで行動を開始しましょう。全員分の材料はあるので四人で騎士団本部から手分けして情報収集と同時に街の雰囲気とか現状を確認しませんか?」


「体は此処に?」


「はい。人数分のポッドは持ってきました」


 少年が言ってる傍から壁際に備えられた四つの人が入りそうなポッドが開く。


「ミシェルさんが此処でCP機能を維持。僕ら三人で向かいましょう」


「解りました。お父様」


 頷いた当人がオペレーターとして情報機器の置かれた座席に座る。


「具体的にはどうすればいいの? あたしとヒューリは」


「公的資料や歴史の教科書。更には事件事故の類を図書館で収集。これはヒューリさんにお任せします」


「解りました!! 遣り遂げてみせます」


「こっちは?」


「フィニアさんには現地住民の生活実態とかを調べて貰えれば、どういう人がどういう毎日を送っているのか。観察すれば、大体解るはずなので。此処でこの関東の人達が護るに値する人間なのか。それとも人間の形をした別の生物なのか。見極めて頂ければ幸いです」


「サラッと重要な事言われたわね。了解よ」


「ベルさんはどうするんですか?」


「あ、僕は九十九や戦力関連の調査です。今の騎士団の現状と戦力状況の分析。魔族領との状態を調べつつ、関係者の行方を捜索調査します」


「機器が整いました。通信状況は良好。暗号化も問題ありません。食事とお茶を終えたら、さっそく始めましょう」


 ミシェルの声に三人がそのまま用意された料理やらをテーブルに運ぶ。


 それを横目に機材の最終調整をするミシェルは必ず状況は打破出来る、と。


 やる気も新たに家族の安否も分からない不安も呑み込んで作業終了後、食卓に着いた。


「生きて全員で帰りましょう」


 その少年の言葉に誰もが頷く。


 十数分後。


 ポッドに三人が入るとすぐに透明な蓋が閉められた。


 目を閉じた三人はそのまま善導騎士団東京本部のベルの私室へと意識を移動させる事に成功したのだった。


 *


 関東圏が封鎖された百数十年。


 常に魔族との最前線として機能してきた善導騎士団東京本部【ベルズ・フロント】は言わば騎士達の聖地だ。


 魔導鋼都を中心とした魔導議会は騎士団と陰陽自衛隊を別の組織の傘下とし、それを掌握する事で権力を分散させて今も三権分立と文民統制を敷いている。


 人間の都民は鋼都に昇り、地表で魔族と融和して生きる事で半魔族を子孫とした人々は実質的には鋼都から魔族系人材扱いされてはいたが、それでも日本国民として騎士団に教育されてきた。


 その成果は如実に出ており、関東圏の人口は現在7億人を超えているが、致命的な人間の質の問題は未だ出て来ていない。


 少子高齢化が叫ばれていた時代とは裏腹な出生率は魔族の血が入り、極めて高いのだ。


 生きていく為の社会的なコストや生態的なコストが低くなった半魔族化した人々はこの100年以上で一番ボリュームのある層として安定している。


 性欲も強く低年齢出産が可能になった上に老化が極めて遅く、老後も殆ど病気とは無縁。


 更に嘗て北米で活躍した伝説の医師が創った医療システムは魔族にも人間にも半魔族にも、他の知的生命体である人権のあるヒト種族にも超低価格で普及した。


 という事になれば、人口問題は正しく解決したも同然だろう。


 生活全般と娯楽は大抵善導騎士団に面倒を見られているという状態の為に半魔族であろうとも殆どの関東民は現状に満足している。


『は~~い。配給車の前に並んでね~~』


『新作のゲームが欲しい子はこっちだ~』


『今日は大規模環境でネット上の大会だからね~』


『あっちはカード、こっちはマギアグラムの実技系のカタログだよ~』


『全員、参加賞で男女共用の避妊薬を持って行ってね~~』


『はーい。こっちで検診受けた子は配給券貰ってって~』


 避妊も在る程度は必要な事であるとの話も聞き入れるし、堕胎も基本的に封鎖前から禁止されていた為、若くして母親になる者達の多くが騎士団の支援で子育てを行った。


 無論、人格的に母親に非ずと判定されるような人物もそれなりにいて、子供を捨てるやらすれば、すぐに逮捕監獄送り、養える程度の支援があるのに養わないのは犯罪として多くの常識が嘗ての日本とは違う独特のものとして形成された。


 孤児は増え続けているが、それすら騎士団は織り込み済み。


 騎士団付きの孤児院が拡充され続け、騎士団そのものが家という人間も増えた事で人口が増えれば、騎士団が拡充されるという図が出来上がった。


『さぁ、やって参りました。孤児院間の対抗戦!! 本日は初日です』


『運動会で優勝するのは何処の孤児院でしょうか?』


『そうですねぇ~~最有力候補は新宿北区でしょうか?』


『横浜からお越しの横浜東も前回覇者として頑張って欲しいところです』


『いやぁ、近頃はレベルやスキルの発現が早い子ばかりで成長著しいとか』


『愉しみになって参りました。では、騎士の寮対抗戦』


『『開催です!!』』


 関東圏の孤児は基本的に特権階級に近しい。


 理由は単純である。


 次期騎士団員候補として養育されるのである。


 基本、能力や資質に合わせて、本人に騎士団関連の出来る仕事が明示され、本人がそれを選ぶなり、それと違う仕事に就くという人生設計が出来上がっている。


 また、半魔族系の中でも子供を養育する意志がある者達は地表に残り、自分の事だけを考えるような人物の大半はしっかり罪を償わされた後、魔族領などに裏ルートから消えていくのが此処半世紀の流れでもある。


 だが、それすらも低能人材、低意識人材を魔族領に放逐して、魔族領を弱体化させるという裏側の戦略だったりするのは秘密だ。


『では、お子さんの親権は騎士団預かりという事で構いませんね?』


『いいわよ!! さっさと終わらせて頂戴!!』


『解りました。では、サインを……』


『はい。これでいいでしょ』


『ええ、書式も問題ありません。では、お疲れ様でした』


『ふふ、これでようやくあっちに行ける!! 待っててね!? ダーリン♪』


『……あっさり子供捨てるなぁ。いいんです? 説得しなくて』


『ああ、ああいうのは人類には要らんよ。それに魔族領に行った連中の大半はすぐ廃人になって魔族領の最底辺層で子供を産む奴隷当然に扱われるからな』


『え? そうなんですか?』


『ああ、そう言えば、今年の新人研修まだだったな。魔族領じゃ自分の子供を捨てるような母親は単なる子供を産む肉の塊としか見なされない。ついでに希少な能力や身体資質を持ってるわけでもない人材で裏切り者となれば……どうなるかは推して知るべしだな』


『うわぁ……一般には知られて無い真実ってヤツですか?』


『ああいう人類側にも要らなそうな人材を逆輸入された魔族側がゴミを押し付けて来るなと外交部にネチネチ嫌味を言ってくるだけだ。問題無い』


『問題しかないような?』


『魔族領からの侵入者や旅行者が強姦魔よろしく人材を誑かして犯して来るのでお相子だろうとこちらも嫌味を言うから、釣り合いは取れてるとも』


『そんなもんです?』


『そんなもんだ。あっちは良い血筋や能力を持った個体じゃなきゃ、単なる遊び道具以下、精神的に下劣なのには若い肉体以外、感心なんぞ無いからな。ま、30を超えたらババア扱いだ』


『いやぁ、純愛疑わない系の人は難儀っすね。事実を知ったらNTRで脳が破壊されまくりでは?』


『生憎と半魔族化してからこっち人類ってのは処女厨という層が絶滅したらしいが、魔族は逆に高位になればなるほど、そういうのが解るらしいぞ』


『何ですソレ? それと処女って聞いた事無い単語ですけど』


『ああ、大昔の概念だ。まだ致してない男女を童貞や処女と言ったのさ』


『へぇ~~そんなの有難がる文化だったんですね』


『まぁ、今は基本初めてかどうかとかはまったく重要視されないしなぁ。経験人数よりも病気の有無とか、本人達の体と心の相性が問題だ。遊びじゃなくて付き合ってたら他の異性同性から貞操は守りましょうというのも実際にはその文脈で出来た流れなんだと』


『詳しいっすね。昔から今のがスタンダードだと思ってました』


『ははは、何でも昔は一人の男と女が一生添い遂げて家庭を作るのが普通だったらしいぞ』


『うわお……それじゃあ、相性が悪くても付き合ったまま結婚? 今じゃ人権侵害だって言われちゃいますね。更にそう言われるって事は浮気は無かったんですか?』


『いや、勿論在ったとも。ただ、人数的な問題だな。昔は一夫一婦制だけだったらしいし、重婚関連の法整備も無しで、強い資質を持つ男女共に複数の伴侶は持てなかったんだと』


『聖樹教の人達は喜びそうな話っすね。実際、あの人達って子供の頃から御付き合いしてて、結婚してって流れの人が多いとか何とか』


『資質的にピュアなんだろうさ。あるいは魔族の血が薄いのかもな……』


 人間と半魔族。


 この二つの人種で形成された関東圏の人類領は正しく芸術品染みた均衡の上に成り立っている。


 なので、善導騎士団の組織は今や肥大化し、かなりの大所帯になっていた。


 構成員は騎士団員とその家族までも暮らす地域を形成して1200万人以上。


 騎士団本隊に所属する戦闘員、騎士団の核となる大隊人員だけで153万人。


 それが全て変異覚醒者で占められており、この下にはまた別に孤児院運営母体である【騎士の寮】と呼ばれる組織が孤児達を毎年20万人弱受け入れ続けている。


 その中から15歳で成人した者達が歩む道は色々であるが、騎士団関連の業務に就く者が6割、民間に向かう者が2割、残り1割が騎士団本隊の騎士もしくは隷下部隊としての門を潜り、更に一部の資質と実績、能力がある者達が上層部に招かれるという寸法である。


『虚兵への魔力電池交換終わりましたぁ~親方~』


『うーい。お疲れちゃーん。制圧装備に弾込めといて~』


『了解で―す』


『あ、もう上がりの時間なんで。お先に失礼しまーす』


『りょーかーい。誰か~昼時の弁当取って来~い』


『解りました~~今日はエビカツっすよ~~いや~~久しぶりに合成以外の養殖ものって言ってたんで愉しみっすね~~♪』


 騎士団の本隊の下に付く一般隷下部隊は今も騎士団の内部に存続しており、四つある部隊は其々が伝説の騎士達が関わり、設立された後も人々の平和と治安を陰陽省と共に護っている。


『はーい。4km400発終わったヤツから上がりだぁ~今日はからあげ弁当だぞ~~』


『うぃーっす。は~~目が霞むわ~~連続30時間狙撃とか。ようやく終わるよ~~』


『ご苦労さん。そっちの仕上がりは?』


『あ~~ありゃダメだな。トップ層が9kmで熱くなってやがる。しばらく、外すまで狙撃合戦だ』


『遠距離の模擬戦つってもなぁ。どうせ、実戦じゃ狙撃じゃなくて魔力弾で地形毎消し飛ぶのが死に筋だし、内戦以外じゃ使わねぇよぁ。この模擬戦のレギュレーション』


『それも含めての準備なんだろうさ。コイツは此処が出来た当初からのレギュらしい』


『へ~~内戦かぁ~~人類同士が想定されてるなんて、昔は荒れてたんだなぁ』


『はは、いつかオレ達だって結界が消えたら、外の同型ゾンビと毎日毎日殺し合いになるんだ。今の内に平和を謳歌しとけ』


 ライジング・ウルフズ。


 最精鋭の隷下部隊にして伝統的に狙撃手の育成と設備や重火器すらも自身で研究開発生産するようになったクローディオが教導した者達が設立した一団。


 彼らは最前線の戦闘にも参加する特殊戦術ユニットの集まりであり、特に人数が少ない教導隊として名高い。


 凡そ1万人の席を争って部隊員達が入る為にシノギを削るエリート部隊である。


 パーソナルカラーは蒼。


 オオカミのマークが入った小さな徽章はそれだけで世の女性陣からも男性陣からも憧れの的として羨望される。


『はーい。レベル補完薬の接種はこちらでーす♪』


『野菜と肉の買い付け会場はあっちですよ~~飲食業界の関係者の方はパスを改札に通してからお入り下さ~い。今日はブランドが山盛りですからね~』


『遺伝病の方の列はこちらでーす。魔力過敏系と免疫過剰系のお薬の方はあっちの四番区画の病室にお入り下さ~い』


『ふ~~お仕事お仕事。あ、これから性教育講演会行って来るから、AV出演中の子には魔族なりきりセット渡しといてね~』


『ちょっと~~~玩具の在庫足りないわよ~~』


『ワシャァ、まだ現役じゃぁあああ!? まだまだ手足はキレるわい!! この海軍医師だった祖先とウチのヒイヒイヒイ爺さんの名に懸けて!! まだまだ義肢を繋げて、手足をちょん切って!! まだ!! まだぁ!! ワシは外科医としてやれるんじゃぁああああああああああ!!?』


『先生!? あなた内科医だったでしょ!? ちょ、危な!? ノコギリはダメぇ!? ちょっとエヴァーン先生呼んで来てぇ!? またボケてるのぉ!?』


『はーい。精神医療のお時間ですよ~~超巨乳にして超秀才な女王様に踏まれたいヘンタイさんはあっちで子豚になって下さいね~~決して一般の方達に迷惑を掛けないように~』


『ブヒィィィィ((*´▽`*))ゞ』×一杯の喜びに震えて敬礼する子豚志望の患者達。


 ブラック・シープ。


 野菜の聖女様として、また騎士団本部の黎明期医療を支えた伝説の癒やし手であるヒューリアが務めた医療部門と女性を纏めた部隊が大本となった戦線医療のスペシャリスト。


 その実務は伝説の医師エヴァンによって引き継がれ、現代においては野戦医療の義肢接合術を筆頭にした複雑精緻な外科の専門医であり、同時に医療研究開発機関の側面も備える頭脳派集団。


 特に様々な医療資源、医療技術、遺伝子関連技術や化学薬品に長け、レベル創薬の接種部隊として関東圏で世話になっていない存在の方が珍しい女性の多い職場だ。


 戦闘職では無いものの。


 都民の健康や性問題を取り扱う女性中心の彼女達は黒いフードを被り、金の地金に黒い羊の徽章を身に付けている。


 この事から世間的には“黒羊”の愛称で呼ばれる。


 騎士団の食卓事情も担っている為、騎士団の台所と医務室は彼女達の聖域だ。


 男性もいるが、根本的に憧れの職場として選抜試験を受ける8割を女性が占める為、半魔族な女医達がいるアダルトな雰囲気の男性人気ナンバー1部隊である。


 副業としてグラビアだの、18禁なAV撮影販売だの、性的な玩具販売だの、コンドームや避妊薬の配布だの、性関連娯楽の生産販売をしている為、一番独立採算制の部隊で潤っている部隊でもある。


 まぁ、同時に騎士団の既婚者から『真面目に死ぬから誘惑しないでくれ(懇願)』とか言われる彼女達は根が真面目なので問題になる事は少ない。


『総務より通達が来たぁ!! 横浜戦線への増派だ!! これより黒武300両を率いて敵主力を迂回包囲に向かう!! 第六、第七、第十二、第十八大隊は10分後に出撃となる!! 各自、持ち場に付けぇ!!』


『第三待機中の者は速やかに搭乗し、指定人員の到着を待って出発する!! 有給申請中のものは後で振替だ!! 有給中の連中に手柄を自慢してやれぇ!!』


『隊長ぉ!! 今回も制圧時の弾はお飾り弾ですかぁー!!』


『しょうがねぇだろぉ!? オレらの仕事は魔族を狩り出して本気にさせる事じゃねぇ!! 関東圏の人々を護る事だ!! 相手を本気にさせんなよぉ!! まだオレの隊から死人は出したくねぇからなぁ!!』


『了解です!!』


『よぉーし!! 我らが紺碧の乙女の名に懸けて!! 迅速に移動するぞぉ!!』


『おぉおおおおおおおおおおおおお!!!!(/・ω・)/』×一杯の荒くれ達。


『はいはい。あの馬鹿共の尻を叩く準備だ!! オペレーター諸君!! 近年の魔族側の台頭は本気度が違う!! くれぐれも見誤るなよ!! 各CPの連携は君達の手にある!! 奴らを死なせるな!!』


『はーい!!(*´▽`)』×一杯のCP勤めなオペレーター達。


 エメラルド・ライダーズ。


 最初期の騎士団が要した車両を用いる機動部隊、車両部隊を纏めた高機動戦術ユニットのみで占められる部隊だ。


 元々、当時の副団長代行フィクシー・サンクレットが掌握していた部隊は陰陽自衛隊と共に黒翔、黒武、痛滅者を運用していたわけだが、治安維持に向かない痛滅者は別部隊に分け、主防衛線を担う高機動戦力を一括運用。


 機甲戦力とした。


 関東の防空圏、防空網、更に迅速な戦力移動を行う運び屋と高火力機甲戦力を兼任する彼らは緑燼の騎士を討ち取った若き少女騎士フェイルハルティーナが騎士団最高の機甲戦力を与えられていた事から、魔力の色に肖って名付けられた。


 走り屋であり、メカニックであり、機甲戦力の運用を行うCP車両や虚兵を扱うオペレーター達が所属する為、戦術や戦略に明るい頭脳派集団であり、最も高火力な部隊として治安維持部隊の展開に寄与し、その多くは現地でのカスタマイズから車両内部のあらゆる機器の研究開発まで行う。


 ハルティーナに肖った為、その徽章は薄緑色の銀色のバイクに乗る碧い少女が彫り込まれていた。


『横浜の専従班からは異常無しの報告があった。心理汚染無しと確認。魔族側の諜報部隊が周辺に展開している模様だ。心が読めん連中は片っ端から狩り出すぞ!! 近年は心理偽証術を会得した魔族の先兵も増えて来ている。油断せずやれ』


『了解です!! 隊長!!』


『また、現在各地で魔族側の諜報部隊が活発に活動している。何かしらの前触れの可能性もあり、大規模攻勢の先触れを見逃すな!! 通常業務各班は浸透者の炙り出しを多少強引にでも進めておけ!! これは勘だが、都市部全体がざわついている!! 何かあると疑って掛れ!! どんな些細な異常もチェックし、報告しろ!!』


『了解です!! 隊長!!』


『そこぉ!!? 心理ボットなんぞ使ってんじゃねぇ!!?』


『ゲファアアアアアアア?!!!』


『まったく、新人か?』


『な、何で心が読め―――ガフ( ゜Д゜)』


『馬鹿め!! 反射で殴れば、我らのようなひ弱が拳を避けれるわけもないだろう!! オイ!! コイツが起きたら縛り上げて銃弾で誤射無く5、6発頭部の横にでも打ち込んでやれ!! 絶対に避けられない死が如何に近いか!! この馬鹿を教育しておくんだ!! いいな!!』


『は!! 情けなく思います!! 今後の新人教育は必ずや不届き者が出ぬよう仕上げる所存です!!』


『よろしい!! 此処で心が読める程度で嘗めた事を考える馬鹿の精神を殺す!! 貴様らも覚えておけ!! 我らは清廉潔白になれぬ身だからこそ、謙虚と死を背負わねばならんとな!! 我らが滅ぼす悪意と命がまた我ら自身でないように祈れ!!』


『サー・イエッサー!! 隊長に敬礼(`・ω・´)ゞ』×一杯の体育会系読心能力者。


 フェード・ハーヴェスターズ。


 騎士団の実質的な裏の支配者と呼ばれていた副団長ガウェイン率いる読心能力者部隊が前身であり、増え続ける変異覚醒者の中から毎年毎年極少数ながらも生まれて来る心を読める能力者達を独自に管理する権限が与えられた事実上の騎士団隷下部隊の取りまとめ役である。


『心が読めた程度でエリート気取りとか。新人の質が心配だな』


『ああ、隊長が激怒するのも分かる。まぁ、毎年いるけどな』


『何でも訳知り顔で自分は偉いとか強いとか勘違いする馬鹿は多いからな』


『はは、お前も昔隊長にやられてただろ?』


『あ、あの頃は何も知らなかったんだよ……我々の始祖に当たる者達すら、魔導騎士の前じゃ心が読めたところで無しの礫。そもそも読んでも意味が解らなきゃ無力とか……切実に知識が無いとやってけんよなぁ』


『すぐに怠慢は見抜かれるからな。休む時は休めばいいが、仕事で手抜きは許されんのが我らだ。死ぬまでには引退したいもんだが……』


 思考を監視するという事は監視される事であるというのを旨としており、人類生存領域内部の裏切り者や離脱者、更に機密を護る諜報部隊であり、彼らの大半は能力を制限されたり、制限される区画に住まわねばならない規則を筆頭にして窮屈な事も多い。


 悪辣な同様の能力者を狩り出し、同時に様々な悪事や民間の悪意ある者達を暴き、罪を償わせるか、抹消する。


 その為に必要なのは能力よりも精神性であり、人格そのものが何よりも重要視される為、仲間を欺こうとすれば、大抵はこうなるのが日常であった。


『通常業務の者は真偽判定の書類作成終了後、直ちに市街へ潜れ。繁華街と郊外を重点的に回るぞ!! 偽装用のトラックは貸し出しておく!!』


『鋼都の上層部に回る者の確保が決まったぁ!! 調子が良い者は手を上げろぉ!! 今後の上層部からの要請あるまで貴様らは第三待機だ!!』


『了解であります。ボーナスは如何程になるでしょうか?』


『算定は総務がする!! 通常業務以外は出来高制なのだから、貴様らは励めばいい!! 能力遮断用のイヤホンを忘れるな!!』


 非常に機密性の高い部隊であり、同時にあらゆる犯罪の証拠としても扱われる彼らの能力的な証言は殆どの場合、多重に互いの心を確認する事で保たれ、社会から悪党と悪事、民間の様々な悲劇……特に子供を殺す毒親と呼ばれるような親権不適格者の検出や児童の事前保護、更には嘘発見器的に公正証書として発行される真偽感知判定の書類作成業務も行う。


 半魔族がスタンダードと化した関東圏が未だ混沌とした様相を呈していても一定の歯止めが掛かる状態なのは正しく彼らの働きが非常に大きく。


 社会から嘘と非合理と社会的な人格不適格者が社会上層部で排除された事が何よりも寄与した。


 公の人間、公的な人物の腐敗が絶対に露見するようになり、あらゆる上に立つ人間が常に罪を犯せば、彼らの影に怯えなければならない。


 それはあらゆる業種、職種に及んでおり、人を陥れれば、自分が破滅するという現実を前にして人の理性を強め、自制を増大させる存在として、彼らは監視者とも呼ばれている。


『魔族領側の諜報部隊の要素を頭に入れておけぇ!! 奴らは我らより狡賢いぞ!! 小悪魔と侮れば、同胞が死ぬ!!』


『対心理汚染術式に秀でたヤツが必ず一人は班に混ざれ!! 今回の侵攻は何かあると隊長は仰せだ!! 対侵食装備を受領後、精神統一に1時間割くのを許す!!』


 だが、それ故に私事で能力を使う事は許されず。


 最も管理された当人達が一番清廉潔白な精神事情でなければならないという事で一番騎士団で大切にされている層でもある。


 彼らの周囲には自分の心を読まれても構わない人間しか配置されないし、彼らが普通の人々の内部で過ごせるように能力の封印やその他の様々な思考関連の制御技術は彼ら自身が開発し、毎年毎年人間の心の汚さを数値化して、各セクション毎の発表、公的に酷評するという伝統行事まである。


 人の心の健康を護るのがブラックシープならば、人の心の醜さを糾弾するのが彼らなのだ。


『数時間前に群馬一帯で停電が起きた!! 大手は機器の問題であり、現在は復旧していると言っているが、これが何らかの攻撃でない確証もない!! 何も見逃すな!!』


『サー・イエッサー!!(―◇―)ゞ』


『暗号、パスコード、何でもいい!! 傍受した意味のありそうな文字列は全てアーカイヴのサンドボックスに保存しておけ!! いいなぁ!!』


『了解です!! 装備はどこまで貸し出されますか?』


『悪いがMHペンダント以外は命を賭けろ!! 敵の情報を炙り出すのに鎧は要らん!! 貴様らの根性と叡智が世界を護ると思え!!』


『(そう言えば、了解の意を伝える単語とか。もはや、用語として定着してるけど、外だと変な使い方にな―――)』


『無駄な思考力なんて使ってんじゃねぇ!!』


『ごふぉぉおおおおお!!?』


 読心能力者の数は増え続けてはいるが、それでも7万人に達せず。


 同時に能力を剥奪する方法や封印も可能になっている為、仕事を止めた後も安心という新設設計な退職制度もある。


 無論、その時は彼ら自身が今度は酷評される側になるのだ。


 こうした隷下部隊は最精鋭の花形として騎士団内でも人気が高い。


 騎士団本隊は数百万規模の主要部隊として整備されており、主に隷下部隊の要素を幾らか入れつつも、能力のある人徳者系な兵隊で固められていて、後は騎士団運営に関わる軍属や各種運営関連の雑務を仕切る総務や人事に人員が割かれる。


 こうして国家規模の人員が何かしらの職務に付き。


 孤児院から出た人々が取り込まれる事で世代交代しながら騎士団は今も増大する魔族領との間に均衡を保っている。


『総務より通達。騎士団長閣下は今後の方針会議を一時中断。明日までに魔導議会の招集を進言為された。これに魔導議会の議長閣下は了承との事です』


『大事が起きる予感……横浜の件か(ヒソヒソ)』


『いやぁ? 停電の件じゃねぇか(ヒソヒソ)』


『ああ、雑用が増えそうな予感……』


 誰もが何かの予感を感じていた。


 何かが起こる。


 それは彼らの今までの経験に裏打ちされた勘が告げる圧倒的な予測であった。


「?」


 最初ソレに、異変に気付いたのは隷下部隊の一部であった。


 灰色の髪の少年が小さな金髪の姉妹を連れて、騎士団内を人避けの術式を使って歩いている。


 フェード・ハーヴェスターズの構成員が周囲の思考を読んで理解した時。


 その初めの一人はまず呆然とし、チラリと自分を見て、済まなそうに人差し指を唇に付けた嫋な少年の困った笑みにゴクリと唾を呑み込み。


「―――」


 自分がどうやって心を読んでいたのかを悟られている事実を前にして棒立ち。


 最後には何も見なかった知らなかったという顔で視線を俯けた。


「………」


 そして、同僚達に思考を読まれないように頭部に読心避けの術式を奔らせてジットリとした汗を何とか手で拭う。


 まるで違う世界を歩いているかのように進んで行く三人の後ろ姿。


 それを幻視した30代の彼は賑やかな騎士団内の歓楽街を抜けていく背中に僅か背筋を正し―――。


「どうか。御武運を」


 そう俯いて呟く事しか出来なかったのだった。


 *


―――東京旧銀座。


 東京都心を中心にして現在、地表に住まう者達の殆どは魔族でも人間でもない。


 それは同時に人間の純粋な文化文明を維持し引き継ぐ事を目的として生活環境の悪化から人々が鋼都に昇った事を意味する。


 では、その間に誰が残った文明を維持するのか。


 それが半魔族が増え始めた頃に人間にも魔族にも与さない事を約束した共同体。


 日本委託統治領を請け負う騎士団以外の存在。


HDSハーフ・デビル・ソサエティー


 半魔共同体と呼ばれる統治組織だ。


『HDSの自治会には必ず世帯主が3ヶ月に一回は出て下さいねぇ~』


『近頃、自治会に顔を出さずにお便りだけ受け取る方も多いですが、老齢世帯の方はネットでお顔だけでもよろしくお願いしま~す』


『はい。整理券どうぞ~会場はあちらになってます。あ、血圧測定と無料の医療診断もありますから、HMペンダントが摩耗している方もお取替えはそちらで~』


 彼らは日本という主権国家から半魔族の地表統治を請け負うという体で日本国籍の日本人というカテゴリの中で魔族を社会に組み込む事を目的に政府によって結成された。


 彼らは勿論のように騎士団にも関わっており、ある意味では馴染み切った現在、単なる日本人(半魔族)として多数派と言える。


 彼らは半ば日本政府と一体となり、騎士団から後援されている各地の自治会のようなものと言えばいいだろう。


 その内実は大昔の日本の地方自治体。


 特に町村レベルの小規模な自治会を基礎としている。


『近年の若者は歴史というものを知らん!!』


『そうじゃそうじゃ~』×一杯の御老人半魔族。


『半魔族が主体となって地表を治め、早100年!! 我らは魔族にも人間にも与せず!! 聖樹教とか分け分からんのは鋼都の人間だけで十分じゃろう!! 断固施設建立反対!!』


『そうじゃそうじゃ~』×一杯の御老人半魔族。


『そんな事するくらいだったら、魔導騎士様の銅像でも建てた方が百倍マシじゃわい!! おお!! 見える!! 見えるぞ!! あの古き映像ライブラリで見たあのお方のお姿が!! 巨大なる要塞を築き!! 世界を変革した“七課題の騎士達”が!!』


『ワシは断然ヒューリア様じゃな!! おお、黒き羊の御方!! 野菜の聖女、大地の女神よ!!』


『ふ、甘いわ。やはり副騎士団長代行殿!! フィクシー・サンクレット様じゃろう!! 多腕好きにはたまらん元祖じゃ!!』


『フェイルハルティーナ様を信奉すれば、正しく交通安全じゃ!! 御守りだって一番人気じゃぞ!! 後、バイクはやっぱり騎士団御用達のハルティーナ印が最高よ!!』


 魔族にも人間にも与さないというのは魔族領との間にも契約された事項であり、幾つかの点で魔族領のご機嫌取り政策もしなければならない。


 その代りに魔族領は地表の一般人な半魔族を軍事行動を目的として襲わないし、あらゆる面で生活に被害を出さないというのが約束として知られている。


 魔族領からの旅行者を受け入れる。


 魔族領との交易を対等に行う。


 魔族領の人間との間に出来た家族と子供の問題は互いに協力して解決する。


 魔族と半魔族の間の子は20歳になるまで鋼都でも魔族領でもない地表に住まった後、国籍と居住地をどちらにするのか決める。


 この際、成人年齢15歳前の子供が子供を産む事が普通になっていた事から莫大な数の魔族の血が濃い子供達が地表に住まう半魔族という身分で過ごす事を選んだ事がこれらのHDSが出来た直接原因でもある。


 それは争いに関わらず、戦争に与せず、という事であった。


 要は日本人的な我関せずという思考が魔族になっても発揮された。


 子供達の多くはその後、一般人として地表に住まうか。


 騎士団関連の仕事や鋼都に憧れて住まう事が無い限りは戦争とは無縁だ。


 こうして中立地帯がなし崩し的に構造的問題で拡大し続けた結果。


 魔族領も市街地や多くの郊外で戦闘を行う事が出来ず。


 同時に市街地の中心地ではない地域や僻地、地政学的な拠点以外の田舎や地下でしか軍事活動を行わなくなった。


 それが日常だったが、今はその状況も変わりつつあるとされている。


『弾幕薄いぞ!! 何やってんの!?』


『クソ、連中!? 死なねぇからって無茶苦茶数だけは送りやがって!!』


『どうせ倒されても死なないなら装備なんて要らんとか言い出したヤツを殴りたい!! 魔力だけで死人出せる連中を万単位送んなよぉ!?』


『もう歴史の彼方ですよその相手!! 隊長!! 四時方向!!』


『クソがぁ!!? いつもは毎時4000人くらいの癖に今日は4万超えてんじゃねぇか!?』


『狙撃班!! 能力持ちをとっとと排除しろ!! 後ろからの攻撃飛んで来てんぞ!!』


『盾が持ちません!! 補給はどうなってんです!!?』


『後、5分持ち応えろ!! 外の山の方で同型ゾンビがわんさか秒で万単位出て来て滅茶苦茶だそうだ!! 横浜は落ちないにしても陣地が拡大したら面倒事だ!! しばらく、根性見せろ!!』


『そんな無茶なぁ!? 旧時代の日本軍じゃあるまいし!? あ、こ、高魔力反応!? 総員対魔力防御!! 伏せろぉおおお!!?』


 魔族領の者達もまた元々は人間であり、精神性が致命的に乖離してもいなかった為、平和な地表の生活を求めて魔族領から出国し、地表の半魔族に混じって暮らす者も多い。


 無論、人間と魔族。


 どちらにも与さないという制約が精神に課される。


 こうして、鋼都とは違った平和が地表では展開され、HDSの治安維持部隊は陰陽省の一部署として人間と魔族と半魔族の三者と関わりながら、其々に対応する事となった。


 元々、地表は人間のものだったという建前から、魔族領側には騎士団も治安維持活動には当たる旨が了承されており、逆に魔族側の部隊は基本的に治安維持には当たらない。


 こうして地表の文化文明は崩壊する事なく。


 今も何とか紡がれ続けている。


『小田さん。今日は下も上も騒がしいですな』


『ですなぁ~近頃は魔族領の連中も何だか本気だとか?』


『まぁ、我らの神としてはどちらが勝とうとも我らは我関せずで良いとの話ですし』


『然り、同じ地に住まう者として最後の一線を護らせるが我らの役目……』


『父も母も亡くなり、我らも良い齢になった。いやぁ、この歳で戦争は嫌なもんですなぁ』


『本当にまったく。これだから人型の知的生命というヤツは……まぁ、我らは我らの好きな者を好いて、好きに生きるのみ。でしょう? 宮島さん』


『ですな。小田さん』


『にゃーん♪』


『わおーん♪』


『そこのニャンカスとワンカス!!? 人が死に掛けてる横で呑気に喋ってんじゃねぇ!? MHペンダントくらい持ってこいよぉ!? お前らの生家護ってるせいで攻撃魔術撃たれっぱなしなんだぞ(泣)』


 そう叫ぶのは一般的模範解答とは程遠い騎士団隊員であった。


 実際、彼の背後には複数の民家があり、遠距離から魔力弾だの、攻撃用の魔術やら能力で出した弾体やら何から何まで飛んできて盾を削っているし、それを掲げる彼自身の体力をも猛烈な熱やら衝撃の余波で削っていた。


『魔族も人もまったくゆっくりのんびり生きればいいのに何を生き急ぐのか』


『然りですな。ほらヒトカス。お恵みをくれてやるぞ? しっかり、日本国籍な我々を護るように!!』


『ふぐぅ?! 本当に犬猫って昔は愛されてたのか!? 赤子以外でこいつらがカワイイと思える人類なんているのか!? クソゥ!? 誰だ!! 魔力で動物を強くしようとか言い出した馬鹿は!?』


『犬と猫は人類最良の友だワン♪』


『そして、最良の家族ですニャン♪』


『ど、同型が後から後から!? クソゥ!? ゾンビより可愛けりゃ飼ってやんよぉ!! このクソ害獣共がぁああああああああああ!!!!』


『にゃにゃにゃ♪』


『わふっ、わふふ♪』


 嘗て、魔力なんて無かった世界には独自の魔力的な生態系が築かれ、数多くの魔力で強化された知的生物が屯して、逆に人間と魔族や半魔族の問題より、人型ではない知性のある鳥獣型生命体や精霊、低位神格、魔力系技術で造られた人造知的生命体の子孫等々の方が問題として取り扱われる事が多い。


 故にそういった問題の先駆者達は正しく今では偉人として崇められ、死して尚語り継がれる伝説として御伽噺にすらなる。


 曰く、金色の猫を連れた騎士の話。


 猫と和解せよと告げる者達の童話。


 半魔族以外にも色々と種族や諸々の内訳や外見的な特色で困る者は多いのだ。


 耳、尻尾、鱗、触手、翼、人型ではない半魔族とされる魔族領から流れて来た知的生命も今ではすっかり人間として扱われる地位にいる。


 彼らの多くは現在の関東圏が形成された戦争初期から存在する九十九を筆頭にして量産された高度知能型AI達をお手本として、社会に自らを組み込む事に成功した。


 結果として今や関東圏の地表には蠢く魑魅魍魎=日本人な人外が人の価値観を以てヒトという種族にカテゴライズされる。


 関東圏以外の地域の人間からしたら、何を馬鹿なと言ってしまいそうな具合には混沌として見えるが、棲み分け、ゾーニングやその為の基礎知識の習得は幼稚園の時から常に子供達に行われて来ている為、関東圏の人々にしてみれば、外の方が社会的に遅れているという事になるかもしれない。


「あ、戦争してますね」


 そんな最中、横浜近くのポータルに転移してきた少年少女達は大量の同型ゾンビに押された現地守備隊の防戦を横目にして魔力で知性化した動物達がお茶を啜る様子を見やり、何か日本もおかしな事になっているようだと理解せざるを得なかった。


 歩いて横浜に入ろうとした彼らだが、ポータル周囲はもう無人であり、戦闘地域が拡大したせいで各地で部隊が何処も魔族領に押しやられ、互いに致命傷になる程度の攻撃を行わずにグダグダ戦争をしているせいでヤクザの組織間抗争のようなひっそりした銃撃戦が頻発。


 そこかしこで響く銃声によって治安は最悪の一言。


 戸締りした多くの民間人の気配は家屋内部に集中していた。


「ベルさん。此処からドックまではどれくらいなんですか?」


「あ、はい。20分くらい歩けば」


「何か騎士団の方が押されてません?」


「やっぱり、お互いにグダグダ戦争してる感じよね」


「かもしれませんが、最良がソレなら問題ありません」


「「あ」」


 金髪の姉妹達が同時に感知した方向を見やる。


 すると、部隊が壊滅したらしく。


 気を失った騎士団の一部隊が地表にドサドサと数十m吹き飛んで落着する。


『はははは!! 馬鹿な奴らだぜ!! このオレ様を止められると思うなよ!! ハスターシャ一族の末!! オーヴァ・ハスターシャ!! いざ参る!!』


 チンピラみたいな15くらいの少年が上空で叫びながら、突破した部隊のいない内部へと進行。


 少しでも騎士団の部隊を破壊し、領地として地表を魔族領に組み込もうと手頃な相手を上から見掛けて突撃した。


『そこの彼女達ぃ!! オレの子供孕まない♪』


 だが、そのオーヴァと自己紹介して叫んでいたゴツイ銀のベルトに黒いズボンで後は上半身裸の半裸マンが……まっすぐに美少女と分かる姉妹の30m後方上空に到達した時。


 フワリと彼は自分の背後から突き出た直接の父譲りである銀色の鋼のような翅がもぎ取られ……否、魔力の圧だけで折れ曲がって千切れたのを確認し、ダラリと汗を一滴蒸発させた。


 彼が25メートル圏内に入った途端。


「あ、ぎゃぁああああああああああああああああああああ!!!?」


 彼の全身が燃え上がり、全身大火傷で墜落。


 そのまま騎士団の部隊が落ちた最中に落着。


 ついでのように騎士団の増援部隊によって捕縛された事は切実に……運が悪いとしか言いようが無かった。


「あ、ベルさん。横浜って“チューカガイ”があるんですよね? 何か食べて行きましょう!! お腹が空きました!!」


「そうね。何か煩い蚊もいたし、気分転換にどっか寄りましょうよ」


「でも、お仕事……」


「いいですから」


「いいから」


「あ、はい(*´Д`)」


 少女達は自分達の背後に近付いた汚らわしい何かの事もすぐに忘れて、少年を左右から占有しつつ、まだ人気のある方へと向かっていく。


 その背後から声を掛けようとした部隊員もいたが、年配の騎士団の隊長が待ったを掛ける。


「止めておけ。彼らは何もしとらん」


「いや、さすがに傷害じゃないです? 一応、まだ生きてますけど、コレは……治るのに翅を含めると2年くらい掛かりそうな感じですよ?」


「はは、魔術すら使わずに背後すら振り返らなかった彼らを罪に問うたら、今度は我らがああなるぞ。何処の魔族領の方かは知らんが、単に遊びに来ているだけの相手を拘留して、最上位個体の機嫌を損ねるのはマズい……」


「アレが最上位格?」


 部隊の人々が久しぶりに部隊を一部突破した全裸火傷マンにHMペンダントを掛けて手錠を付け、包帯で巻いて結界で隔離しながらゴクリと唾を呑み込む。


「いいか? 本当の魔族は邦など瞬時に滅ぼせる化け物だ。習っただろう? 嘗て、日本の善導騎士団の創設者となったセブン・オーダーズには星を滅ぼせる高位魔族の血筋がいたと」


「野菜の聖女様、ですか?」


「ああ、そうだ。言っておくが、本当の強者はこんな芥子粒のような小物とは比較にならん。こんな馬鹿のせいで地域が消滅したら、貴様責任取れるか?」


「あ、はい……」


「それにしても見目麗しかったな。今時の品性下劣系な小悪魔女子とやらが霞む品格。ああいうのが昔は多かったが……まぁ、時代の流れか」


「そう言えば、隊長は魔族領の方を奥方にお迎えしたのでしたか?」


「まぁな。娘が近頃は優良物件見付けたからって『お父様と子作りしたい』とか言わなくなったから、親離れの時期かもしれん」


「それはそれはおめでとうございます。で? 娘さんの意中の方は?」


「娘には射止められんよ。【灼滅者】を見初めるとは我が娘ながら良い目はしているがな」


「え……しゃく……何です?」


「何でもない。若いもんは知らんでいい。昔からある戦場伝説だ」


 男が肩を竦めると医療班の歳若い女性隊員が声を掛ける。


「あ、それお父さんが言ってましたよ。隊長」


「本来、今時の隊員が知るような事ではないんだがな……」


「ええと、確か……騎士団の護り神なんですよね? 実はここ百年の大規模攻勢の大半は戦略兵器じゃなくて一人の変異覚醒者が全て蒸発させてるとか何とか」


「ばっか。お前それはさすがに盛り過ぎだってww」


 まだ十代の隊員達が女性隊員の言葉に思わず苦笑を零しつつ、テキパキと周辺で索敵と雪崩れ込んで来た他の雑魚に向けて射撃を開始する。


「盛ってないわよぉ!! お父さんが言ってたんだもん!! 騎士団にたった2人しかいない真の変異覚醒者は星すら砕き、太陽すら焼くって!!」


「な、何だよ太陽を焼くってwww は、腹痛ぇ!!? あんま笑わすなよ。射撃がブレるわ♪」


 統制射撃で一気に押し込んで来た敵を薙ぎ払いながら、即座に壁のように大楯を大量に全面へ立てて、隙間から断続的に攻撃する手慣れた若い部隊員達。


 その口元が僅か噴出して笑みを浮かべ、こんな時に冗談を言ってくれる同僚への感謝を内心で捧げる。


「………」


 だが、隊長だけはそれを笑わず。


(まさか、時期が来ている? ならば、我らも本格的に実戦か……子供達には辛い現実になるだろうな。あの方々が本気となるならば、関東圏の未来は……どちらに転ぶものか)


 情報統制を敷かれた騎士団内でも一部の事情を知っている者達の1人はそうして善導騎士団東京本部の方を見やったのだった。


 新たな時代が到来する。


 その先触れを感じながら。


 *


 魔族領が地下という領域を統治するようになってから100年以上。


 今や地下からの掘削を忌避した人類領。


 地表の殆どの地下設備はディミスリル被膜合金製の地下構造物しか使われなくなり、地下施設そのものをかなり強化して多くは運用している。


 だが、結果として人の目が入り難い地下設備が敬遠されて、地下アーケードや地下街のようなものは前時代……つまり、結界が張られる前に存在した場所以外では殆ど見掛けない。


 その意味で言えば、横浜は地下街が豊富であった。


 理由は単純明快に地下に大規模なシェルターが騎士団が来る前から増築され続けていて、その場所を人類が魔族領から護り切れたからだ。


 故に旧横浜地下街は関東圏でも最大級の商業施設であり、シェルターを改築して使われている事から強度も高く安全な設備として、今も100年以上の長期運用を続けている。


「う~ん。電子マネー以外は廃止されちゃったんですね」


「仕方ありません。魔族が魔術を使い出したら、硬貨や紙幣は複製可能ですから」


「というか、買い物がちゃんと出来るのは意外だったわ」


 姉妹達は一応持って来ていた通貨の万札が入った財布を出す事もなく。


 少年が関東圏に持っていた個人資産を通帳からカード会社に振り込んで、今も使える事を確認がてら昼食を取り、魔力を用いた製品が殆どとなっている地下街のショッピングと洒落込んだ感想を述べる。


「取り敢えず、口座がそのままで助かりました。まぁ、残高が何か複利でエライ額になっちゃってましたけど」


「そうなの?」


「はい。でも、色々解りました」


 地下街を出ながら少年は魔力を用いたグラサンやらメイクアップ用のセットやら変装道具を買い込んだ紙袋を両手に下げて、一緒に買い込んだネットに繋がる飛ばしの端末で現在の関東圏のみに繋がるネットで大手のサイトを立ち上げ、諸々を検索する。


「どうやら此処の電子機器の技術に関してはソフトウェア。つまり、機械のプログラムに関しては数世代先行していますが、ハードウェア……機械本体に関しては左程あちらとは違いが無いようです」


「中身だけ先行してるって事ですか?」


「ええ、陰陽自研の弊害です。あそこがとにかく進んで一番進歩的で革新的な技術開発層を集約したのでハード面の更新はほぼ起こらなかったみたいです」


「で、中身が進歩したわけ?」


 ヒューリ達に少年が頷く。


 彼らの行く先は横浜のホテルだ。


 徒歩なのだが、半魔族の殆どは彼らの隠蔽結界に気付かない。


 気付いても顔を蒼褪めさせて見て見ぬふりをするモノはいたが、それだけだった。


「関東圏のネットがそもそも全て百式型のスパコンの並列処理ネットワークに切り替わってて、民間に降ろされている機材の処理量や速度も左程上がってません。最大で外の3割増しくらいですかね。要は質は確保したから、後は量をとにかく増やした感じでしょうか?」


「で、肝心のシステムには?」


「善導騎士団のサーバーにはあっさり入れました。でも、どうやら九十九と百式がこちらに対してすら何かしらの制限を掛けている様子で閲覧不可。ただし、こちらを認識はしてくれているみたいです」


「どういう事ですか? 普通、そこまで分かれば、お迎えが来てくれそうなものですけど?」


「どうやら、敵の偽装の可能性が考慮された結果らしいです。今まで偽ベルディクトが4人くらい現れた事があるらしくて」


「ああ、偽物で善導騎士団のメインサーバーを乗っ取られたら困るものね」


「ええ、なのであちらは今僕らの情報を秘密裏に収集中らしいです」


「でも、本人しか知らない情報とかあるでしょ?」


「勿論あります。でも、そういうのって基本的に看破されたり、知らないからこそ、それを突破してくる人がいてもおかしくないので使わなかったんです」


「じゃあ、どうやって本人認証するわけ?」


 首を傾げる自称姉の言葉に少年が苦笑気味に肩を竦める。


「僕らの情報を収集して、時間経過と収集された情報の確度が一定割合を超えたらという事になってるらしいです。例外は無いようで」


「ある意味、それで全部大丈夫だったってのもスゴイわね……」


「なので、しばらくはメインサーバーに情報収集されつつ、あちこちの情報を回収して、戦力を拡充して、問題を解決していきましょう。ちなみに一定値以上にベルディクトと僕が認められると増援とか、支援とかが来るかもしれません」


「でも、それだと横浜のアレって使えるの?」


「まぁ、あちらはあちらで九十九なんかとは切り離してますから」


「え?」


「いえ、全部同じシステムの制御下に平時は置かないようにしているんです。何処かが抑えに回られると絶対に対応が遅れるので乗っ取りは極めて厳しいという仕様にしたので」


「さすベルね」


「あはは……まぁ、この状況と魔族を倒す方法は最初から用意はしてたんですが、それの回収も含めて、まだ色々と分からない事が多いので、全部時間と状況次第ですかね」


 少年達が横浜で最も高いホテルのロビーに入る。


 ホテルのカウンターで受け付けしていたのはAIだったが、ドアマンは人間であった。


 しかし、AIと分かるような人造躯体の容姿ではあっても、人間のように丁寧は仕事をしてくれた事からしても意志ある人物と見られた事でこういう場所でも本格的に単なる人間以外が社会進出している事は三人にも分かった。


 記帳の際。


 少年は自分達の名前をサラサラと書いたが、AIなフロントの女性達は何も問題無さそうに受付を対応してくれたので少年はそのまま最上階へと上がり。


 先払いしておいたディナーがケータリングで届いているのを確認しつつ、内部で2人と共に一息吐く事になっていた。


「じゃあ、ベルさん。これから横浜のアレ取り出しちゃいますか?」


「ええ、遠隔操作は可能なので。周囲に人がいないのを確認したら、すぐにで―――も?」


「「?」」


 姉妹達が少年の様子がおかしい事に気付く。


「どうしたのよ?」


「どうしたんですか?」


「どうやら、格納庫の上が不法占拠されてるみたいです。開閉スイッチが入ったら内部に真っ逆さまになっちゃうので緊急発進不可です」


「「え……」」


 少年が使い魔から取り出したリアルタイム映像を虚空に映し出す。。


「うわ……何かバラックが一杯ありますね」


「どうやら魔族領側から溢れてる人達を収容する難民キャンプみたいな所みたいです。魔族的な価値観が抜け切らない人達が集められてるみたいで、魔族領からも受取り拒否される感じの人達が沢山いるようですね」


「どれくらい?」


「3万人くらいでしょうか? 殆どは地表に馴染んでるようですが、魔族領にも戻れない彼らは行き先が無い様子で本人達は魔族領にも帰れないし、地表にも馴染めないという板挟みで善導騎士団からの教育諸々の支援も拒否。結果的に制圧するには人死にが出るし、制圧されたらされたで収容施設行きになっても力が強くて困る人達ですかね」


「何処でもあぶれものはいるわけね」


「どうしましょうか?」


「ああ、でも、魔族領価値観なので何とかなるかもしれません。あっちは強いものに従う習性が強い人ばっかりのようですから」


「え? でも、私達に従ってくれますかね?」


「ちゃんと脅しましょう。魔族側の人達を従わせるのに一番効果的なのは単純にどうにもならないと思わせればいいだけなので」


「「………」」


 今の少年の「ちゃんと」がどの程度なものか。


 分からない彼女達は今更に魔族な人々が少し可哀そうになった。


 世の中、上には上がいる。


 それは厳然たる事実で真面目に上り詰めようとする少年が今や「ちゃんと」したら、どうなるかは火を見るより明らかだったからだ。


 *


 横浜の乾ドックが集中する埠頭周辺。


 一際巨大な地域。


 今や横浜スラムと呼ばれる一般人立ち入り禁止の立て札と検問所がある場所にスタスタと歩き始めた3人の少年少女は適当にバラックやらビルが乱立するおかしな構図の街に首を傾げていた。


「何でバラック小屋の横にビルがあるわけ?」


「ああ、魔力で造ったみたいですね。それくらいの事が出来る魔族がいるようです」


「なるほどね~案外強い奴がいるんだ」


「酷界では高位魔族は自身の魔力で世界に等しい領域を生み出して其処に人々を住まわせるのが習わしでした。その慣習が残っていなくても、そういう風に社会的な序列や組織が形成されるのは高位に属する魔族がいれば、おかしな事じゃありません」


「あ、ベルさん。何か赤ちゃん売りますとか書いてますよ……何かの暗喩なんでしょうか?」


「いえ、その通りだと思いますけど」


「「え?」」


「ああ、済みません。案外衝撃的なんですけど、魔族のいた酷界って人口が増え過ぎたせいで命の価値が暴落する世界なんです」


 少年が大陸では一般的ではない酷界と呼ばれる魔族達の世界の事を語り始める。


「大抵の命は他領との戦争で消費されるモノ扱いされちゃうとかお爺ちゃんが言ってました。此処も恐らく生存環境が悪化しないように赤子を売り買いして、人口抑制してるんじゃないかと」


「「………」」


「お、落ち着いて下さい。此処は優しい方です!!」


 少年が無言になった少女達を慌てて押し留めた。


「どういう事ですか?」


 少年が仕方なさそうにあんまり教えたくなかった魔族関連の情報を少女達に開示する事にする。


「酷界の魔族領は厳然たる階層社会ですが、その階層そのものは存在の希少性や能力差で決まります。ですが、最下級の魔族の中でも消耗品扱いされるような妖魔と呼ばれるような種族は大半が知能が低かったりすると食料扱いされたりする事も多いんです」


「そ、それって……」


「人口抑制は酷界では普通の事でコミュニケーション能力が低いとか。戦力的に消耗品とか。性格や人格や資質が卑しい種族は特に食料化、家畜化、更には通貨代わりの物々交換に使われる事もあります」


 ヒューリが思わず顔を曇らせる。


 自称姉の方はまぁそんなもんかという達観があるようではあったが、やはりあまり気持ちの良い話では無かったと言うべきだろう。


「ある意味、堕胎したり、殺したりせず、売るという行為で必要な場所に血筋を逃している分だけ此処の人達はまともですよ」


「「………」」


「食料にしようというなら、あんなにディスプレイでちゃんとしたカワイイ写真なんか作らないでしょう。奴隷にしようとするなら、そもそも善導騎士団がどういう風に動くのか考えれば分かるはずです」


「つまり、売り買いされているのは騎士団がお目零ししてると?」


「何も知らない命が殺されるよりはマシと考えるはずですし、たぶん公的な外の児童福祉機関も買いに来てるでしょうし」


「なるほどね……つまり、売りますってのは養子にする売り文句なのね」


「まぁ、この世界は避妊技術も進んでますから、分別の無い人は子供を捨ててるかもしれませんが、それで生活が成り立つ上にグレーゾーンで摘発されないなら、ある種の暫定処置でしょう。此処で罰されるとなれば、堕胎するか。産んでから殺すかの二択になりますし」


「お金になるとしても、殺されずに生きられる場所へと売り買いされるだけマシ……か」


 フィニアが溜息を吐いた。


「まぁ、今日までの話なので。過去は変えられませんが、明日を変えていきましょう。出来れば、今日も変えられたらいいんじゃないでしょうか?」


 少年がニコリとした後。


 彼らを見やる一般人よりは魔力も能力も強そうな魔族達を見返す。


 その時、運悪く……文字通りの意味で運悪く。


 少年を見咎めた一団が彼らの前にバイクで乗り付け、停止した。


「あぁあ!! 外の奴はいつから此処を観光地だと勘違いしてやがんだ!? 外の検問はどうなってんだ!? こいつら人間だろぉが!!?」


「ひゅー……こいつは上玉だ。孕ませるにゃいい女とガキですぜ。へへ」


「おい!! こっち来い!! 可愛がってやんよ……」


 少年達を問答無用で拉致して好き放題しようなんて考えている普通の魔族的暴走族?みたいに見える革ジャンの集団が次の瞬間、バチャッという音と共に倒れ伏した。


「で? これからどうするのよ?」


「あのぉ~治した方がいいんでしょうか?」


「いえ、魔族なら、腕と脚が全部無くなっても余裕で復元出来ますし、この程度で十分でしょう。あ、血が止まってるので更に電流永続で流しといてください」


「「はーい」」


 三人が自分達の前に広がる荒くれ者達の片腕が消し飛んでビクンビクンしながら倒れ伏し、泡を吹いている横で会話する。


 それに顔を引き攣らせた一般人の犠牲者を見ていたはずの人々は……自分達が見ていたのが明らかに小魚ではなく。


 虎の類だと気付いて、足早に見向きもせずに逃げていく。


「さて、この調子で危ない人達を先ずは潰して回りましょう。それと荒くれ系のみならず。周辺には地下組織とか。集団強姦魔系組織とか。最強になりたい殺人狂集団とか。諸々いるようなので潰して回ります。まぁ、僕らなら3時間くらいでしょうか?」


「そんなものなの?」


「クアドリスのようなレベルの相手は全然いませんし、いてもカタセさんが片手で捻るくらいの相手ばっかりみたいです」


 少年の言葉に二人が片手で捻られた相手は生きていられるのだろうかという顔になった。


「スキャン結果だけ言うと今から僕が魔術で一斉攻撃で潰してもいいんですが、それだと脅す効果が薄いと思うので。取り敢えず悪辣なのは両手両足と翅は全部捻ねっておきましょう。あ、角と尻尾も要りません。後で幾らでも治せますから」


「解りましたけど、殆どの人達、何かお家の中に入っちゃいましたね」


「ああ、それは大丈夫です。これから家そのものは全部処分します。不動産は全損させて、動産は維持。人社会に組み入れられるのが納得出来るようにしますから、問題は此処の上位層を駆逐する方ですね」


 少年がパンと手を叩く。


 すると、周囲のバラックやビルの大半がいきなり砂のように崩れ出した。


「じゃ、行きましょう。ああ、ちゃんと赤ちゃんや子供、御老人の方には生存保護用の術式で問題無いようにしましたし、動産は纏めて砂山の横に置いておくので」


「容赦ないわよね。案外」


「此処で容赦しても何一つ問題が解決しません。感情論は潰しましょう。論理的な思考で会話出来ない方には正気に戻ってもらう簡単なお話ですよ」


 こうして少年はパン、パンと100m歩く毎に両手を打って領域の端から全ての建物を砂と化して消し去っていくのだった。


―――10分後。


「何だぁ!? 何が起こったぁ!?」


「組長!! 変な連中が街の端から片っ端に建物を砂にしてやがる!! 増員してくれ!!」


「一体、何だ!? 騎士団が攻めて来たのか!?」


「いや、若い男女の子供がやってるらしい!!」


「はぁ!? 子供!?」


「そ、それとそいつらがあちこちの組織の連中に襲われてるんだが、片っ端から潰してやがる!! 胴体以外全部血の染みにされて!? かなり高位の連中だ!?」


「何処の奴らだ!? 此処は今まで聖域だったんだぞ!?」


 まるで怪獣被害。


 街を隔てるフェンスと壁の最中。


 多くの人々が呆然とする様子で自分達の住居が丸ごと消え去っていくのを呆然と見ている事しか出来なかった。


 昼時も過ぎた世界には砂山が乱立し、乳児や子供、老人達は自分達を外界から隔離して保護する温かい結界内部で世界が更地になっていくのを眺めるしかなかった。


 組織を構成していた多くの魔族達が次々に少年達を敵と認定して襲い掛かったが、誰も彼もが近付いただけで四肢が血飛沫と共に弾けて芋虫状態。


 角も尻尾も翼も全て粉々になって建材の砂山に沁み込み。


 赤黒く変色していく。


 此処に至って街の40%が砂山となった時、多くの組織が残党を抱えて進行方向の端へと終結。


 今までいざこざで揉めまくっていたのが嘘のように怒号を響かせながら合同で何とかしようと対策本部のように防衛ラインを築く事を互いに提案。


 内部に流入していたあらゆる武器弾薬武装を率いて、その高位魔族と目される三人の少年少女に向けて軍事行動を開始した。


「あ、ベルさん。黒翔や黒武、虚兵までいますよ。あっち」


「豪勢ねぇ……武器弾薬も全部騎士団系で揃ってるじゃないのよ」


「ディミスリル系の殺傷武器は揃ってるみたいですね。自走砲も30門くらいあります。案外流出してるみたいですね……」


 彼らが呑気に話している間にもその威力が威嚇するかのように彼らに向けられ、街が消滅した砂山の内部を歩く彼らは100m程手前で止まった。


「どうするんですか?」


「ああ、本来なら全部砂にしちゃうところなんですが、今回は脅すのが目的なので」


「え? 砂に出来ちゃうんですか? あっちの兵器とか? 外の兵器と殆ど一緒みたいですけど」


「基本的に善導騎士団で使う武器は全て、騎士団外で運用される際、向ける相手によっては無力化する術式が原子単位で彫られてるので即時砂になって機能停止するんです」


「そ、そんな機能有ったんですね。知りませんでした」


 ヒューリがさすがに驚いた顔になる。


「元々は黙示録の四騎士や最後の大隊に戦力を乗っ取られた場合の為に途中から付け加えた機能なんです。一番厳重にブラックボックス化して、基本的に生産ラインを司る最上位職の人しか知りません」


「でも、今回は使わないのよね?」


 フィニアに少年が頷く。


「取り敢えず。近接戦で薙ぎ倒して貰えれば」


「あ、はーい」


「了解了解」


「僕は銃弾で兵器の方を壊して回るので。お二人は人材の方をよろしくお願いします」


 だが、彼らが丁度話し終えた時にはもう大量の銃弾と砲弾が次々に少年達のいた場所に撃ち込まれていた。


 音速を遥かに超えたディミスリル弾の威力はクレーターを大量に生み出せる代物だ。


 しかし、その超音速な弾薬の数々が彼らに当たる事は無く。


 少年がいつの間にか上空に浮いており、ゴツくて黒いデザートイーグルが連射された。


『―――!!?』


 途端、方々の自走砲と車両が次々に爆発炎上する。


 その内部に乗っている者は死んでいないが、大穴の開いた車両や自走砲他、多数の装甲戦力が打ち合いで次々に数を減らしていく。


『何で当たらねぇんだ!?』


『魔導師だって、空間歪める歪曲弾の弾幕なんぞ処理し切れねぇだろ!!?』


『撃てぇえええええ!! 撃ちまくれぇええええ!!』


 弾幕がお返しとばかりに少年を狙って飛翔するし、超音速以上の速度で狙い撃ちはしてくれるのだが、少年の周囲でキィンキィンと音をさせたかと思うと瞬時に砂粒よりも小さく分解されて少年が周囲に展開したいつもの空間制御用の導線の輪の手前で消え失せる。


「まぁ、設計も殆ど変わってませんし、飽和攻撃も出来ない時点だとこんな感じですよね……」


 少年がやっている事は単純だった。


 展開した空間制御で転移を行うリングから一定領域内部に入った弾丸の素材であるディミスリル系の弾頭を音で共振させて崩壊させているのだ。


 振動破砕系の魔術は大陸でも割とポピュラーなものだし、その応用とて一角の魔術師ならば手札の一つに置くのは左程おかしな事ではない。


 ただ、相手を破壊出来る共振を生み出しているのみならず。


 空間制御により、超音速な砲弾や銃弾の通る空間にピンポイントで音そのものを継続転移させて砕いているというのが少年の実力だ。


 空間を歪めて相手の防御を割るという類の攻撃にすら有効なのはその術式実態が弾体内部にあるからだ。


 空間を歪ませた砲弾の内部。


 歪曲した場所に転移で精密に振動を送り込んでいるのだが、本来ならば、莫大な演算と弾道予測をシステムで行う必要がある。


 が、今の少年は単体でソレをこなしていた。


 元々ディミスリル系素材に関連する全ての情報は少年に集約されていた為、今の少年に破壊出来ないディミスリル資材は少年と拮抗するような巨大な魔力を持っている代物か。


 もしくは単純に少年の知らない代物という事になる。


 単なる横流し品が騎士団由来のものであるならば、少年に破壊出来ないはずも無かった。


『ガァアア!!?』


『うぐ!?』


『あぎぃいいいいいい!!?』


『ごいづらぁ?!!!』


 そんな風に少年が適当に機甲戦力を無力化している横では姉妹達が剣一本でそれなりに強そうな魔族達の四肢や尻尾や角を叩き切り続けていた。


 相手は防御している。


 銃弾どころか。


 善導騎士団性の盾だって使っている。


 全力防御形態で方陣防御も全開だ。


 しかし、パリンと方陣が呆気なく割れて、盾が全て剣にバターの如く両断されている。


 その理屈はいたって単純明快であった。


 込められた魔力量が違う。


 そして、凝集圧縮された固定化された魔力の質が違う。


 ついでに相手の基本速度がディミスリル系の銃弾より速い。


 秒速10km……超音速を遥かに超えた機動速度。


 人体には瞬間的に出す事など出来るはずもなさそうな速度で少女達は動いていた。


 それだけで戦力が次々に装甲車毎宙を待って阿鼻叫喚。


 機動した後には溶鉱炉のような跡だけが無尽に刻み付けられ、熱された周辺温度はもう2000℃を超えており、襤褸屑のように自らが強いと自負していた者達の多くが衝撃に吹き飛び、意識を飛ばされ、両手両足を失って死屍累々。


 少女達の衣服一つ切り裂く事も出来ずにいた。


 まず何よりも当たらない。


 捕捉も出来ていない。


 魔力で全部分かりますという人間レーダーならぬ魔族の魔力レーダー的な気配察知すら二人の姉妹の今の周囲への影響の前には無力であった。


 纏われている魔力が十桁以上文字通り違う上にその余波で五感も魔力による感知も不能……これが仮初の肉体とはいえ、僅かに本体から魔力が流れているだけで実現されるというところが彼女達の力の巨大さを物語っている。


 ただ、あまりにも膨大で鋭く研ぎ澄まされたエネルギーの塊が自分の横を風のように通り抜けていくだけで全てが血飛沫の中で消えていく為、多くの抵抗者達はただ力の差を知る事すら出来ずに沈んでいた。


 首から上がまともに機能していてすら、彼らはもう相手が自分達の敵ではない事が分かってしまっていた。


 傷口に痛みすら無いのだ。


 あまりの魔力の圧に痛覚が軒並み死んでいる。


「何だか、前より強くなっちゃってますね。私達……」


「当たり前でしょ。ベルとフィクシー……沢山の陰陽自研の人達の手で生きてるんだから。今の私達は大勢の人達の努力の上にいる。神だろうが魔族だろうが機械だろうが負ける要素0ね」


「そうですね……箍が何処か外れちゃったんでしょうか?」


「この体が本来のものじゃなくたって、戦いの中で磨かれたものは変わらないでしょ。それだけ今までの戦いが私達を強くしたって事じゃない?」


「そうかもしれません」


 高位魔族を自称していた者達は姉妹の背中を炎獄の地面に焼かれながら見つめている事しか出来なかった。


 彼らには頭さえ残っていれば、特殊な超常の力を発現させられる者もあった。


 だが、それを意識する事すら出来なかった。


―――勝てない。


 たったそれだけのシンプルな本能が彼らの心と体を屈させた。


 瞳に映る姉妹と天からやってくる黒い少年。


 その日、しっかり壊滅したスラム区画の人々は何を言うまでもなく。


 外に慌ててやってきた善導騎士団や守備隊の人々にただ頷いて保護され、自分達が思い上がっていた事を理解するしかなかった。


 ホンモノを前にしたら、彼らなど善導騎士団の横流し品を使ってすら単なる一般人以下である。


 真なる強者は彼らでは無かったという事であった。


 *


―――5分後。


「ふぅ……何か大騒ぎなっちゃいましたね」


「いや、さすがに区画そのものが消えたらそうもなるような?」


「いえ、それは別にいいんです」


「「?」」


 姉妹達が首を傾げる。


 少年がビルの上から先程壊滅させてきた区画付近を指差した。


「見えませんか?」


 少年が指差した海辺に次々、魔族領のものと思われる艦船。


 シエラらしい姿が姿を露わにしていた。


 それに驚いたのか。


 多くの集まって来た部隊がその艦を囲い込むようにして何やら話し掛けている。


「アレって……シエラの偽物じゃない。何か途中のニュースでやってたわよ。部隊を地表に運んでくる船だとか何とか」


「ええ、どうやらあそこは彼らの寄港地の一つだったみたいですね。隠蔽機能を使って停泊してたの誤魔化してたようですが……」


「え? もしかして、さっきの余波で?」


「隠蔽用の術式が破損したみたいです。ついでに情報は取られたかもしれません。まぁ、通信出来ないように周囲にはジャミングしてましたから、今から拿捕されても情報は魔族領に伝わらないでしょうけど」


「それって……」


 ヒューリが少年を見やる。


「ええ、監視役だったんでしょう。僕が置いたアレの事は魔族側も注視してたんじゃないかと」


「魔族側にすぐ伝わっちゃいますかね?」


「さぁ? でも、いつでも発進可能になったので問題はありません。これで最低限の準備は出来ました。此処からは各地の鋼都に潜入して、皆さんを秘密裏に見付けたり、集めたりしましょう」


「ベル。何処にいるのか分かったの?」


「色々と遺されてた情報やアレの内部の情報を精査したんですが、どうやら明日輝さん達は3ヵ月後には眠りに着いた様子が見受けられます」


「3ヵ月後って早くない?」


 フィニアの言葉に少年が虚空に映像を浮かび上がらせる。


「あ、あの子達……装置に入ってますね」


「ええ、どうやら当時、気を利かせてくれた人達がいたようで最大戦力のセブン・オーダーズで敵に奪われるとマズイ人材は軒並み隠す事にしたようなんです。アレの内部に当時の情報が残されてました。どうやら、明日輝さん達は魔族の血が入っている事からお嫁さんとして狙われる確率も高いと騎士団の総意でもしもの時の戦力として眠って貰う事にしたようで」


「じゃ、じゃあ、あの子達はずっと寝てるって事ですか?」


「ええ、今のところ、陰陽自衛隊組だけが起きて、政治畑に影響力があったアフィスさんと協力して現在の状況を作ったんじゃないかと推測出来ます」


「じゃあ、善導騎士団側は何処かで今もすやぁって事?」


 フィニアに頷きが返される。


「恐らく、一番安全な場所にいるはずです」


「それって……」


「はい。魔導鋼都は恐らく、セブン・オーダーズ及び陰陽自衛隊側の人員が眠ってローテーションする為の寝台でもあるんでしょう。寿命の事はあちらも考えたとすれば、少なくとも能力的な全盛期が過ぎないように起きている時間は調整されていたはずです」


 ヒューリが次々に拿捕されていく魔族領側の船を遠方に見やりながら、少年に視線を向ける。


「全員を起こして結界を割る。そういう事でいいんですよね?」


「はい。魔導鋼都は僕の機動要塞理論に基づいて建造されていて、要塞橋の親戚みたいなものです。アレが一つでも掌握出来れば、あっちから持ってきた破砕用の術式を用いて、破壊は可能。本体はミシェルさんが護ってくれてます。此処からは迅速に手分けしていきましょう。もしもの時も安心ですので」


「了解しました」


「解った。じゃ、三人で別々の魔導鋼都で内部から仲間を見つけ出すって事でいいの?」


「はい。魔族側が大規模な襲撃を掛けて来るより先に迎撃準備を整えて、善導騎士団の掌握は陰陽自側に任せましょう。僕は本体とこっちで二つ担当するのでお二人は残りの二つを」


「「了解!!」」


「それと魔族領が動き出した場合はそのまま決戦になるかもしれません。その際は肉体を二つ同時に使って、あちこちで陽動作戦になります。心の準備だけお願い出来れば……」


 こうして三人が三人とも別行動で関東圏内に散らばっていく。


 だが、それを見る者も確かにいた。


『ぐふふ。これはこれは……ようやくでござるよ。これでようやくほぼ二百年来の悲願!! オタサーの姫(魔族以外)計画が実現するでござるな♪』


『というかタケ氏。あの方々に支援せず良いので?』


『フヒ♪ アマギ氏。祖先の宿願は果たすにしても、我らは今単なるニートでござるからな。精々、魔族側への文化侵略で毎日毎日彼らを人間側に引っ張るのが関の山。今日のところは地下に返って一族総出で今後の計画を手直しするとしよう』


『むぅ。では、某も地表の一族に伝令を。いやぁ、それにしてもアレが曽祖父達が仕えていたセブンオーダーズ。凄まじい……』


『ふふ、アレは人造躯体。本体を何処かに置いているように見受けられる。ま、本人の能力の1000分の1もあるか怪しいでござるな』


『……いやはや、外は魔窟ですな。ああ、ゾンビとガチンコ人類決戦デスマッチとか某達のご先祖は本当に英雄だったようで』


 妖しい2人の影がイソイソ散開した三人を見送って都市の影に溶け込んでいった。


 関東圏では次々に異変が起こり始めていた。


 それは同時にグラン・ミーレス内に住まう都市民達の足元だけではなく。


 内部でも如実に表れていく。


 *


―――大陸アバンステア帝国首都。


 巨大な鋼の巨人が無数の翼を背に猛烈な炎熱の弾を驟雨の如く空を覆い尽して余りある程に大地へと降り注がせていた。


 世界最大の都市は今や振って来る炎の弾に蹂躙され尽くし、瓦礫すらも溶鉱炉の如く溶けて、全てが灰燼へと帰していく。


 その最中を縫うようにして空飛ぶ400m級の鋼の巨人の下。


 10m級の機影が次々に炎弾を掻い潜り、巨人の下で炎弾を生み出し続けている20m級の球形型の子機へと弾丸の雨を逆するように向けて撃ち落とさんとしていた。


『このままじゃ!! 周辺地域に避難した人達も!?』


『くッ、コイツを止めるには大本を叩かなきゃダメだ。こいつらの防御力が尋常じゃない!! 一機ずつやってたら時間が掛かるどころじゃないぞ!?』


 数機の機影が求める解決策は炎弾の停止であったが、彼らは自分達の数十倍にも及ぶ巨大構造物と多数のユニットを用いた戦略攻撃を前に成す術も無く。


『クソォ!? もう止めろ!! こんなことして何になるってんだ!?』


 その時、巨人がユラリと手に持つ巨大な剣を振り被り、都市中央に向けて叩き付ける。


 それと同時に地表を襲った衝撃と爆風によって何もかもが薙ぎ倒され、破壊され、キノコ雲の下で瓦礫と衝撃と熱量によって吹き飛んだ機影達が防御態勢を取って尚、機影の何処も破損していないところは無いような状況で片膝を着く。


 その光景を睥睨する機影から笑い声のようなものが響いていた。


『全てはあの方の為に……もはや、この人類にとって要らぬ都市を消し去るのよ!!』


『一体、どういう事なんだ!?』


『お前ぇ!? 此処には沢山の人達がいたんだぞぉ!!?』


『う、ぐ、機体損傷率74%。まだ動いてるのが奇跡、か……』


 無様に転がる機影を前にして巨大なソレの内部からの声が鼻で笑った。


『人類の為に疾く消えるがいい。貴様ら侵食者共を全て消し去る事こそが、未来を造る!! 破滅の使徒は滅びよ!!』


 巨人の背後に展開された機械の翅が無数に輝き出す。


 その虹色にも見える輝きと燐光が零される世界がゆっくりと蒸発していく。


 そうして、何も出来ず。


 地表に這い蹲る者達は都市と共に消滅するはずであった。


 しかし、雷が巨人の背後に振る。


『ッ―――』


 それと同時に次々に翅が罅割れて破壊され、傾いだ巨人が崩壊した背中のまま地表に落着。


『ぐ、誰だ!!? 我らが道を阻まんとする者は!?』


 その時、辛うじて落着した巨人に押し潰されず吹き飛ばされた機影の最中。


 罅割れたモニターには天に浮かぶ黒い鎧が見えていた。


 人型の鎧だ。


 その手には槍と盾が持たれている。


 だが、それだけであった。


 機体ですらない。


 鎧の手に持つ槍の切っ先が僅かに赤熱化しているだけだ。


 だが、上空でソレが地表の巨人を見やる。


「あの方の名を汚すは万死に値する」


 ポツリと黒鎧の主が呟き。


 剣を振るった時、巨大過ぎる鋼の巨体がゾブリと何をされたのかも分からない程に素早く。


 背後から正面に掛けての9m程の亀裂で両断されて昨日を停止する。


『あ、貴方様はまさか……ッ』


『こんな無能が都市の守護者を気取っていたとは……やはり、そろそろ我らが出るべきか。忙しいというのに余計な手間を取らせてくれる。戦って困るのは有能な敵より無能な味方とは至言かもしれないな』


 男の呟きはハッキリと倒れ伏した者達の下に届き。


 そうして物語は次なる段階へと移行する。


―――ど、どどど、どうなっちまうんだ!?


 今日も帝国のアニメスタジオ謹製の優良タイトルを視聴していた帝都の子供達のみならず大人達も息を飲むシビアな描写に夕方六時の視聴率は32%を超えていた。


 何なら大の大人が残業中に見ていたりもした。


 大陸における優秀な人材という人材を貪欲に飲み込んで仕事の出来る優秀な奴だけで固められた帝国の首都の大半において、帝国を扱うアニメはそれはもう何でも表現が許されるという点においては題材として一番メジャーなものだ。


 巨大な存在に蹂躙されてもいいし、大量の敵に破壊されてもいいし、世界最後の都市として化け物と戦うのもいいし、都市の最中で何か事件が起こりまくりで神様や化け物が戦ってもいい。


 ついでに“あの方”とやらを好きなだけ出していいし、その周囲の人々をストーリーの重要人物としてお出しするのもまったく問題無い。


 何なら敵でも味方でも高潔でも下種でもいい。


 地球におけるアメリカ合衆国大統領や何処かのドイツにいた美大落ちのチョビ髭みたいなフリー素材化されたアバンステア帝国はその内包する莫大な情報からして想像力を掻き立てる一番の大舞台なのだ。


 だが、近年というか。


 最近、ひょっこりと当人と取り巻きが普通に戻ってきたせいで帝都民のみならず帝国人の多くがハラハラしているのは間違いない。


 何せ当事者が生きてるのに滅茶苦茶創作物に使われまくりな“あの方”と周辺人物達であり、彼らが使わないでと言ったら当局からダメ出しが出るだろうというのが大方の見方であった。


 どっかの放送倫理組織も真っ青な検閲が来るんじゃないかと放送中の神アニメやゲーム、その他の創作物の作者達はどうにも扱いを決めかねていたのだ。


 ついでに“本物”が滅茶苦茶本当に聖女にしか見えない聖女な上に女神か殿上人の如き人格者……ついでのついでに慈愛と慈悲に溢れている上、それを自称しても何ら問題にならないくらいの神の如き力を振るう超人。


 今まで大陸規模で展開されてきた関連創作物の大半の嘘八百な超能力やら神の力を使うキャラの大半の方が実は本人に劣っている疑惑すらある。


 こんなの絶対オカシイよ!!


 と、多くの創作系人材達は自分達が如何に非凡な題材を凡庸な想像力で描いていたのかを知ってしまい。


 もう本人の話をそのまま載せた方がそこらの創作物より面白いんじゃないかと思う者も多い。


『さて、アニメ放送もこれで今季は終了の運びとなりました。LGOレジェンド・ゴッド・オーダーも7年目という事もあり、新たな新展開へと移っていく事になりますが、此処でえ~プロデューサーのメルドラさんから大事なお話が―――』


 神アニメも一緒に御付するソシャゲLGOのプロデューサーが1人。


 大規模な4万人入るドーム劇場内部。


 複数の出演者、声優が今まで神妙にアニメを見ていたところに眼鏡を掛けた白髪交じりのダンディズムの化身みたいな渋い壮年男がやってくる。


 ファン達がゴクリと唾を飲み込むのも無理はない。


 今までの展開が嘘のように主人公達が負けて今季のアニメは終了。


 謎の人物(笑)と言われるくらいに誰か丸分かりの黒鎧が出て来ては彼らとて自分達の見ているストーリーが大変革……つまり、検閲されるのではないかと覚悟せざるを得なかった。


「プロデューサーのメルドラです。え~今季アニメ全話の無事な放映完了。まずは全ての関係者と視聴者の方々に厚く御礼を申し上げます。そして、今後のLGOの展開に付いてファンの方々及び全てのこの放送を視聴中の方々にご報告せねばならない事が出来まして、この場を以て発表させて頂きます」


 検閲か!!?


 検閲されてしまうのか!!?


 帝国軍の情報部にざっくりダメ出しされたのか!?


 と、多くの人々は内心で嫌な予感を感じ取った。


「先日、我々LGO運営は会社の許可を受けて、帝国軍情報部の方にアポを取りまして、今後の展開で“あのお方”の実装に付いて相談したのですが……」


 会場の舞台背後のスクリーンに映像が映し出される。


『遂に時は来た―――』


 ナレーションが入ると共に三名のシルエット。


 いや、背中が映し出される。


 それは一人の幼い女性と二人の黒い騎士鎧の男達の背中だった。


『帝国の崩壊、世界の終焉、新たなる敵、混沌の巷に今、再び秩序が戴冠する』


 ソシャゲ主人公と仲間達が次々に倒れ伏す最中。


 それでも今まで出会ってきた仲間達と共に傷付きながらも巨大な世界の闇とも言うべき何か達と刃を交える。


 しかし、力及ばず。


 敗北する寸前。


 その敵の刃が二つの剣に阻まれる。


『無能に任せておける程、世界は易くないのですよ』


『どうやら、君達では役不足なようだ』


 二人の黒鎧の騎士が、その全身装甲に覆われた人型が数百m級の迫る敵軍を前に剣を一閃し、全てが幻のように巨大な威力の波に飲まれて砕かれていく。


『さぁ、あの方の名を汚す者に裁きの鉄槌を―――』


『付いてこれるなら、背後からでも来るかい? 君達が望めばだが』


 黒い騎士達が主人公達に振り向いた時、何かに気付いて片膝を付く。


『お待ちしておりました。我らが主』


『お見苦しいところを……申し訳なく』


 主人公達が自分達の背後に振り向く事すら出来ず。


「いえ、良いのです。臣民を護るは統べる者の義務。わたくしはそれを今まで蔑ろにしてきた。彼らはわたくしの不出来をどうにかしようとしてくれたのですから……何も咎める事などありはしません」


 後光によって影しか見えない誰かの瞳がスクリーンを見る者達に微笑む。


「彼らに十分な治療を……後はわたくしがやっておきます」


『御身自ら出ずとも……』


「こういうのは上に立つ者が範を示すものでしょう。それにずっと椅子の上でふんぞり返っているのは性に合いませんから……」


『存分にお働きを』


「我が剣を此処に」


 主人公達を追い越した女性。


 聖職者の如き法衣を着込んだ彼女。


 その片手に男達が背中に背負っていた巨大な棺桶の如き箱から取り出した剣を重ね合わせてから背後からそっと握らせる。


 瓦礫の上。


 その女性の身長よりも長いだろう蒼と紅と白の三色に塗り分けられた大剣が目前で上に掲げられる。


「さぁ、始めましょうか。新たなる時代への前奏を……」


 小さな少女と見える。


 その剣を握る手に鋼色の紋章が浮かび上がり、体中に広がった瞬間。


 スクリーン内の映像を両断するところで暗転し、タイトルロゴが浮かび上がる。


―――LGO【新帝国興亡譚~凱歌の夜明け~】


『慈悲深き“あのお方”の全面的な賛同を得て、本LGOは真章に突入し、“あのお方”と“二人の騎士”を実装する運びとなりました!!』


 会場が歓声に包まれる。


『見ていられないな。無能なる君達に力を貸そう。あのお方の為に……』


―――黒騎士ウィシャス。


『あのお方が目を掛けた君達に潰れて貰っても困る。しばらく、一緒に行こう』


―――竜騎士フォーエ。


 二人の騎士が片膝を折り、出迎える法衣姿の少女が一人。


『あのお方? いえ、呼ぶならフィーちゃんとでも気安く呼んで下さい。こう見えて、親しみ易い為政者を目指しているものですから』


 効果音が猛烈な光と乱舞に彩られる。


―――大公竜姫フィティシラ・アルローゼン。


『え~~来季第一弾ガチャとして三名のキャラクターを実装致します。黒騎士ウィシャスは単体への超火力キャラクターであり、敵が単体の場合には全ての能力が最高値の属性耐性無視の特攻キャラとなります』


 おおぉ~~とどよめきが会場に走る。


『ただし、極短いターンで“あのお方”の仕事を優先して帰ってしまうので、長期戦には向きません』


 まぁ、そりゃそうかという顔になる視聴者が多数。


『続けて竜騎士フォーエは逆に敵集団への超火力キャラクターであり、殆どの集団戦において火力とバフをどちらも盛る事が出来ます』


 攻撃力のダメージの高さにまたどよめきが奔る。


『竜騎士フォーエのバフは全て永続上昇するものであり、例えキャラクターが落ちても永続バフは上昇を継続します。これは初めて実装するスキルとなります』


 人々がこっちは長期戦で使えそうという顔になる。


 映像が途切れた後。


 最後に一押しのキャラクターの動く様子が映し出される。


 通常攻撃にカットインが入るという気合の入れように人々が脱帽しそうな勢いで目を丸くしていた。


『そして、本LGOにおいて本当に実装出来るとは思っていなかった“あのお方”に付いては支援と火力を両立する最高位のキャラクターとなっておりますが、実力を発揮するにはターン数が掛かり、最初は攻撃を行わない前衛キャラへの極大の防御攻撃バフと敵への消去不可デバフを永続で行う支援キャラであり、一定ターン数後に全てのバフを自身に集中させて動く超火力キャラに変貌。全ての敵への割合ダメージで現在の総HPの7割を吹き飛ばして退場する豪快なキャラとなっており、今後実装する最高位難易度クエストにおいては活躍出来る性能となっております』


 歓声が上がる。


 そして、そんな時だった。


 帝都一帯では済まない。


 巨大な振動。


 空間の揺れが世界を覆い尽くしたのは。


 落下と呼ぶべきだろう浮遊感を大陸全土の生物が感じ、世界に圧し潰されそうなくらいに地面へと這い蹲った数秒後。


 アウトナンバー出現時や巨大災害時用の非常警報が大陸の遍く人々の住まう地域に発令された。


―――げんざい、ひじょう、けいほうが、はつれいされています。


 すぐに多くがざわめきながらも迅速な避難誘導を行い始める各地の警察や消防の手で大型シェルターや避難所へと入っていく。


 間延びする野外スピーカーからの避難警告が続く大陸は事前計画通りに避難を実施し始め、リセル・フロスティーナ所属の全国家はまた大陸規模災害でもやって来たのかと戦々恐々としながら行動を開始。


 沿岸部では引き潮が確認されて、血の気が引いた人々が我先にと高台を目指し、各地の沿岸配備された船が慌てて出港し、同時に漁港や海岸線沿いの街区や住宅のある近辺に配備されていたドラクーンが出動。


 その奇跡染みた能力で押し寄せる巨大津波の殆どを攻撃行動で消波して見せたが、それを知るのは軍の高官と一部沿岸部で目視した人々だけであった。


『大陸全土での空間歪曲を確認。また、新規導入された次元観測機器に感在り。現在、大陸各地の観測基地の全てで空間変動を検知。この数値は惑星……いえ、星系全土に広がっているものと思われます!!』


『ゼド機関による歪曲軽減を実行中との事ですが、時空間変動に影響を確認出来ず。これは……』


『転移現象を確認!! 月面宙域に係留されていたジ・アルティメットが複数機同時に現在地から消失しましたが、転移先の領域から通信が繋がって?!』


『空間歪曲更に拡大!! これは―――システム側から回答です!! この星系そのものが転移する可能性を示唆!! 確率83%強!!』


『転移現象、更に拡大!! 土星、木星の重力源が消失したとジ・アルティメット経由での情報が?!』


『て、転移が開始されました!! 全陸軍に一時耐衝撃防御態勢を取るようご命令を!?』


 極大の激変であった。


 だが、リセル・フロスティーナ。


 大陸に唯一の世界統一政体の従事者達は全ての状況に対応した。


 結果として言えば、軽傷者500万人以上を出しながらも死傷者は辛うじて10人以下。


 それも不幸な事故が大半を占めた。


 全ての空間変動が収束した時。


 リセル・フロスティーナを統括する帝国陸軍の地下城塞中心部。


 つまり、司令部内には信じられないような情報ばかりが飛んできていた。


 世界に唯一の大陸であるはずの彼らの大地の他にも複数の大陸を確認。


 太陽系において存在が二重となって連星のように回る星を幾つか確認。


 そして、自らが住まう星の最中。


―――光学観測情報着ました!!


―――こ、これは……一体、この世界は!!?


 彼らが見たのは滅び去った世界。


 自分達のものにも似た建造物と無人の荒野と荒れ果てた世界。


『屍が……歩いている、だと?』


 ジ・アルティメット経由で送られてくる大陸の殆どの都市にはただ屍が闊歩し、正しく滅び掛けている事を彼らは知る以外無かった。


『観測室から入電!! 大陸の東西から複数の飛翔する物体を検知!! 観測結果からして未知の超重元素を用いた機動兵器と類推!! 目標3mから7m強!! また、こちら側へと素数を用いた文面のようなものが送られてきているとの事です』


「素数……未知の文明とのファーストコンタクトか。50年前からの予定通りだ!! 聖女殿下のご開発された素数暗号によるコンタクトを開始せよ!! 例の機関の翻訳家達を即時動員!! 車両中でも何処でも情報を渡して解読に掛かれ!!」


『ジ・アルティメット経由により、更に入電!! 西の列島付近に巨大な半透明の球状力場を確認!! また、南東部方面にある大陸の上部付近に不自然な巨大災害を観測しているとの事です!!』


「巨大災害? 映像を出せ!!」


 総司令部内に映し出された北米と南米の中間付近の悍ましい程に地殻が抉れて、重力を無視するように渦を巻く瓦礫と土砂と大地が天に昇っている光景はもはや常識を超えた状態に見えていた。


『巨大竜巻圏内に複数の数十㎞単位の熱源を確認!! 中心点は観測不能!! 未知の作用に依るものか。物理量の変動の観測が不可能です!!』


「ええい!! 次から次へと!! 絶対に手を出すなとジ・アルティメットに搭乗中の者達に伝えろ!! 惑星外の連中もだ!!」


 とんでもない状況に陥っていると彼らが知った後。


 総司令部の軍幹部達が座っていた座席横の赤い電話が鳴る。


「こ、これは……」


 思わずビク付いた男達だが、最高齢の者が出た。


「はい。こちら総司令部。はい……はい……分かりました」


 すぐに電話が切られる。


「ど、どのようなお話だったのでしょうか?」


「情報を集めてくるまで我らは待機だそうだ。それと危険な存在が複数確認出来ると仰られて、大陸を一時的に封鎖しておくようにと。自らまだ現存している文明のある陸地に行ってくるとも……」


「何と!? 自ら赴かれるのですか!?」


 総司令部に詰めていた者達がざわめく。


「ジ・アルティメットは過度な危険が無い限りは観測機能以外は武器をロック。何があっても手出し無用。一日経ったらもう一度情報を送ると……」


「我らはまた見ているだけ、なのでしょうか」


「そんなわけもあるまい。この混乱から立て直さねば、軍を統一した意味もない。関係各所にもう発令されているだろうが、異星文明との初めてのコンタクトだ。民間への情報統制を掛けろ。しばらくはシェルター暮らしである事を大陸の民に納得させねばな」


 こうして大陸と共に新たな大地へと降り立った。


 否、共に新たな歴史を歩み出した二つの世界は海を隔てて互いに動き出す事になったのだった。

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