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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
780/789

第186話「天祓う者達」

―――東京。


「え~~では、報告は以上となります」


 東京の国会議事堂内部。


 法案審議や可決や演説するでもなく。


 登壇した少年が数日で書き上げた世界の真実。


 という名のファンタジー小説染みた絶望が日本人のみならず。


 世界政府の首班や各セクションのトップに立つ者達も含めて、全ての政治家達に書類で叩き付けられていた。


 語られた事は殆どが今回のニューヨーク遠征で得られた情報ばかりだ。


 この世界が外なるものと呼ばれる神々によって造られた落とし子、もしくは眷属と呼ばれる者達が蔓延っていた世界であり、人類は此処に転移してきた数十万年前のガリオスによってソレを人に近付けた存在である事。


 ゾンビが出現した当時から人類が獣と化す原始回帰現象らしきものが始まっていた事を示すニューヨーク前市長の手記。


 同時にBFCが異世界からやって来た騎士団の生き残りらしき者達を集めて騙し、人類を別の生物へと変貌させて生き残らせる計画の為、死者蘇生実験を行っていた事実。


 現在の日本での変異覚醒現象は獣と呼ばれる原始人類になる一歩手前の段階で別の生物として変異させる事で意志を持つ人類起源の別種族を創造する為に魔族が仕組んだと思われるとの話。


 また、ゲルマニアの皇帝の留飲が下がったので善導騎士団と合同で最後の大隊とBFCを退ける共同戦線を張る為、合衆国大統領に連携を求めた会談内容。


 最後にあの巨大な夜を生み出した翼を創った張本人。


 ベルディクト・バーンが何をしたのか。


『あの時、この世界を侵食する外なるもの。その存在との契約の証である仮面を用いて、獣化を逆転させました。単純に言えば、意志と知性ある存在を人類化する為の契約の上書きです。ですが、これには副作用もあり、魂の輪廻が不可能になりました』


 その言葉は人々に重く圧し掛かった。


『元々この星の人類が持っていた外なるものに呼応する魂の因子を人に近付ける儀式で上塗りしたという事です。これは今までの逆。獣にはなりませんが、獣に近しい人々は徐々に力を失っていき。今、人類が進んだ先にある存在へと近付いて行く事になります。それはFCと呼ばれる北海道戦役で人間として生きたまま高精度の頚城となった魂魄的に進化した人類に近しくなるという事です』


 それの何が問題なのか。


 それを訊ねられる前に少年は言った。


『この世界に未だ明確な力持つ神は存在しません。神というのはその星の生命体が信仰し、実際に魔力を概念的に得られる存在だからです。それがいる僕らの大陸では魂は輪廻によって再度、大陸に転生する事が可能でした。ですが、進化した人類はそれが不可能になります』


 その理由を少年は語る。


『理由は単純明快。最後の大隊の目的が判明し、それを阻止する方法がコレしか無く。神無き世界においての魂をこの世界に還す術式を僕が仮面へ組み込みました』


 その言葉に多くが騒めいた事は間違いない。


 今まで謎に包まれていた復讐者集団。


 その具体的な目的は復讐以外で何かあるのか。


 そんな事は知り様も無かったからだ。


『皆さんにもお伝えしてきた通り、最後の大隊は元ガリオス人の騎士団員もしくはその周辺人物であると推測されます。そして、最後の大隊の長。あの方と呼ばれている者は静寂の王と言われている事が確認されました』


 登壇した少年は僅かに目を細める。


『彼の痕跡は数十万年前の転移直後のガリオスに存在し、恐らくネクロマンサー。死霊術師と呼ばれる僕らの大陸にいた類の術者です。彼はどうやらガリオスで起こった内紛の片方のトップであり、もう片方の勢力に葬られたようなのですが、彼は復活し、四騎士を用いて儀式をしている事が確実になりました』


 政治家になってこれほどに聞きたくない話を聞く日も無いだろうと男達は覚悟を決める。


『彼に付いては色々と背後関係や複雑な利害やこの世界の成りたちが関連しているかもしれませんが、其処は省かせて下さい。問題は今、そのあの方と呼ばれる者が何をしているかです。それが最後の大隊の最終目標でもある』


 ゴクリと唾を呑み込む者達が多数。


『彼らの最終目標は人類の絶滅で回収した魂を用いて、BFCに殺されたガリオス人を復活させる事です。そして、同時にその禊を済ませた後は殺した人類をも新たな生命体……“大陸側の人類種”として復活させ、制御下に置く事。要は生死を自在に操る存在となり、その頂点に君臨してやる、という事。最後の大隊は貴方達を身勝手に“救う用意がある”という事です』


 もはや敵からは死んでも逃れられないという事実を前に彼らは震えるしか無かったが、同時に殺しても救うという狂気の言葉に背筋が凍るよりも先に仄暗い悪意にも似たものを感じた。


『BFCが開発したヘブンズ・ゲートは恐らく、その能力を用いる為の依り代として大隊に利用されています。人類の復活の鍵にして魂として回収した人類を燃料にする悪魔の鍋。ですが、確かに救いでもある』


 理解の色を浮かべる者が多数。


『考えてもみて下さい。死とは最後の安寧であり、同時に絶望です。それを好き勝手出来るなら、人間はそれに縋りたくなるでしょう』


 それはそうだ。


 米軍もまた言っていた。


 人類を蘇らせる技術があり、その方法を知っていると。


『だから、彼らは暗にこう言っているんですよ。我らの軍門に降れ。我らに殺されろ。我らの下へ来い。お前の愛する人を、お前自身を、死から遠ざけ、死して尚蘇らせてやるぞ。お前らが望んだ通りにな。獣たる人類モドキよ』


 その場の誰もが沈黙した。


 それは禁断の誘惑に外ならなかった。


 しかし、明らかに今の人類に必要な誘惑だった。


『僕は人間の弱さを知ってます。優しさを知ってます。だから、同時に厳しい事を言わせて貰います。そんなのは唯の幻想です。死は等しく誰の下にも平等であるべきで……一番尊いものでなければなりません。でも、死の根幹たる人の心が屍の誘惑に屈するのは避けられない事でしょう』


 誰だってそうだ。


 死にたくはない。


 最愛の人には生きていて欲しい。


『しかし、それを選んだとして貴方達は、貴方の大切な人は、本当の意味で幸せになれますか?』


 少年の真っすぐな瞳に男達は試されているのだと知る。


 目の前の少年が魔導騎士が元々何の術師であるかは善導チャンネルでも公言されている。


 それはこの世界ではネクロマンサーと言うのだ。


『死が単なる“状態”として社会に蔓延れば、人間の命の価値は暴落します。殺しても蘇らせればいい。死んでも蘇るんだから、殺したっていい。どれだけ傷付けてもいい。そんな社会は本当に幸せですか? 健全ですか?』


 少年の問いは最もであると同時に単なる正論でしかない。


 それを分かっているからこそ、少年は言う。


『それで幸せになれる人もいます。けれど、それ程に今の人類の心は強いものでしょうか? 心を腐らせずに生きていけるでしょうか? 僕は弱い人間だから言えます。最愛の人が死んだら、蘇らせたいと思う。そんな弱い人間だからこそ言えます。死の安寧が優しくその人の上に在って欲しいと、彼らが貴く生きて死んだ事実が残って欲しいと、そう思うから、言えます』


 少年は拳を握る。


『人間は高尚には生きられません。人の命の価値が暴落しても変質した“幸せだったもの”にしがみ付くでしょう。でも、その社会はきっと天国という名の地獄ですよ。誰もその世界で本当に望んだ以前の幸せは得られない』


 誰もが俯くしかなかった。


 多くの者が知っている喪失。


 その喪失を埋めて余りある誘惑。


 だが、その誘惑の先に待っているのは……言われずとも心で理解出来る本当の絶望なのだ。


『僕がやったのは人が人らしく死ねる世界にする事です。死んだら魂は回収出来ない世界。つまり、此処から先……誰も甦れはしない』


 少年の真顔を見て、初めて彼らは少年の決意を知る。


『人を看取り、看取られた時、初めて人間の価値は決まるでしょう。だから、僕は一人の死を司る術者の端くれとして心弱くも優しい未だ獣にして人類たる皆さんに告げます』


 少年の瞳に白いものが宿る。


 それは誰もが理解出来る程の死そのものだった。


『生きる為に戦って下さい。死んで尚戦わされ、歩く屍となった人達がどれほどに悲惨か。どれほどに苦しいか。魂もなく徘徊し続ける彼らの残酷な終わりの先を……皆さんはもう必要ないくらいに見て来たはずです!!』


――――――!!!?


 彼らの目に焼き付く。


 彼らの脳裏に在る。


 彼らは知っている。


 ゾンビとなって涙を零しながら人を喰らう最愛の人、良き隣人、多くの仲間達の姿は絶対に忘れられるものではない。


 その真に魂へ焼き付いた絶望を前にして彼らは震えるしか無かった。


『それを為していいのは覚悟ある者だけです。苦しみ、痛み、人生の終わりの果てで終われない覚悟……それこそが四騎士に皆さんが勝てなかった本当の理由です』


 その言葉に誰もが納得した。


 ああ、勝てないはずだと理解するしかなかった。


『僕らはそんな覚悟を僕らの後ろで幸せに暮らそうと必死に生きる人々にさせてはいけない。それは……それこそが、僕達が戦う理由でいいんじゃないでしょうか』


 少年が瞳を閉じる。


『人類代表の皆さん。此処で、この場所で、この瞬間に、選んで下さい。これは法的なものでもなければ、何ら強制するものでもありません。ですが、この決断を無しに貴方達は前に進めない』


 少年の魔力が周囲に拡散し、人々の前に文字列を突き付ける。


『貴方達が目指した未来に死を超越する技術があったとしてもいい。それが本当に人々の心が強く在れる時代に存在するというのならば、僕は受け入れましょう。ですが、今この時代において貴方達が歩く道にソレは不要です。だから、僕らにヘブンズ・ゲートの破壊をさせて下さい』


 貴方はヘブンズ・ゲートの破壊を許しますか?


 そう彼らは訊ねられた。


 それは死んだ人類の総数を見捨てるに等しい決断。


 だが、同時に本来は存在してはならない技術の上にある選択肢。


『最上段の上にいる合衆国大統領閣下にも選んで頂きたい。これをもしも選ばないという場合は僕らは決定的な一面において相成れないという判断指針とさせて頂きます』


 その言葉に誰もが議場の最後列を見た。


 一人の男が腕組みをして、少年を見つめていた。


『いいだろう。合衆国大統領としてオレは此処にいる。君達の決意と現状を天秤に掛け、アメリカ国民の代表として、どう決断するか。きっと国民も許してくれるはずさ。本来は選挙でもするべきだろうが、今の君達……善導騎士団の本気を前に生温い事を言う程、腐ってはいないさ。そもそも絶対分かれる選択をさせる時点で最後の大隊による内部分裂策に乗るようなものだしな』


 少年の前で男は一息を吸う。


『合衆国の全国民と神……私が見送ってきた全ての同胞と戦友達の名に誓って、この決断を決して無為にはしないと断言しよう』


 彼が大きく息を吸う。


 固唾を呑んで見守る者達は歴史が動く音を聞いた。


『―――YES!! YESだ!!! ベルディクト・バーン!!! 君達善導騎士団にヘブンズ・ゲートの破壊を許可する!! 君達は合衆国の意志を捻じ曲げられる初めての強者だ!!』


 人類の決定的な仲違いはこうして回避された。


『だが、覚えておくといい。君が言った通り、いつかの時代、何処かの瞬間にはまた同じ技術が歴史に登壇するだろう。それは少なくとも今世紀中ではないだろうが、遥か未来のいつか。もしくは近くも遠い歴史の先にある』


 その時こそ、と彼は死を司る少年へ告げる。


『我ら合衆国は死すらも超越して尚、人間である超人として国民が立つ日が来る事を信じる!! その切っ先として君の言葉は歴史に永劫語られるだろう!!』


 その言葉に続いて各国の大使達が自らに与えられた権限によって、あるいは次の世界政府の高官として立ち上がり、『認める』と『認めます』とその言葉を本国の名と共に連ねて叫ぶ。


『全会一致を以て、人類の総意と認めます。僕ら善導騎士団は貴方達の剣として人々の盾として、死に抗い、死して尚戦う決意を捧げましょう』


 少年が会場の虚空に巨大なスクリーンを映し出す。


 その中には一つのペンダントがあった。


 ソレは何処か鈍い臙脂色をして毒々しいというよりは禍々しい空気を放っている。


『イモータル・コンバット・システム……愛称ICSイクス。現在、戦場でBFCから得た技術とゲルマニアの船に残された大陸の最新技術、陰陽自研の研究成果、その全てを集約した汎用戦闘システムを搭載したDCペンダントです』


 その言葉に誰もが騎士団が何をしようとしているのを知って、背筋を震わせる。


『これは存在の多重化という概念を用い、様々な人格を保全するシステムを系統別に内臓して複合、どんな状況でも、どんな環境でも、どんな状態でも、全てのシステムが停止するまで人格を保持し、同時に再生、復元機能を運用して無限に戦い続ける戦士を生み出すものです』


 少年が現物を壇の上にコトリと置いた。


『これは頭部が消し飛んでも、魂が消し飛んでも、肉体が消し飛んでも、システムさえ存在するなら、あらゆる方法で人格と戦闘力を再生、復元し、本人の人格で稼働し続ける言わば疑似的な人格を搭載するAI戦闘システムに近い代物です』


 此処で御出しされた隠し玉を前にしてさすがの大統領も顔が引き攣るのを堪えるので精一杯になっていた。


『それらの能力を担保するのはこの方式を共に考え、エンジニアリングしたこの世界の人々の努力と閃きと仕事。これが善導騎士団……最後の切り札と言えるでしょう』


 少年の瞳がこれから先、最後の戦いが始まる事を暗に彼らへ教える。


『これをユーラシア奪還に向けて量産する事になりました。人格保持機能が発動し、脳髄もしくは魂が霧散した後に復元された者に付いては作戦後、自死機能を解禁し、命の終わりは自分で決める事も同意して貰いました』


 騎士団の本気をようやく前にして彼らはその覚悟を問われた理由を知った気がした。


『元々、僕らは少数でした。今、騎士団本部の人員は膨れ上がっていますし、陰陽自衛隊も人数は増員されました。ですが、相手は無限の戦力を投入してくるゾンビ軍団。圧倒的な物量を前にしては騎士団でも負けるでしょう』


 それは事実だった。


 実際、人類生存領域内部は本当にギリギリで数百名の軍警察の関係者の死傷者を出すのみで耐え切った事を切実に考えるべき状況であった。


 騎士団が各地に降ろした超技術ですら抗い切れない程の物量をぶつけて来られたら、普通に戦って勝ち続けるのは各国でも不可能だと理解出来ていた。


『でも、騎士団が全滅しても戦い続けられる存在が必要です。今回の襲撃からも分かるように絶対的な物量を誇る敵に戦力分散の愚を犯せば、滅ぶの明らかで転移戦術にも未だ完全に対応出来てはいません』


 少年が世界地図を今度は虚空のスクリーンに投射する。


『本来は陰陽自も参加させるはずでしたが、ユーラシア奪還はこれを除外し、作戦中の防護態勢をより厚くせざるを得なくなりました』


 既に自衛隊及び陰陽自相手にその話は通されており、現行の戦力増強が間に合わなければ、少年の案が実行に移される事になっている。


『このユーラシア奪還には善導騎士団東京本部の一部、米軍、ゲルマニア、セブン・オーダーズの連合軍で対処し、他戦力は現地の守備隊として守りを固めて貰うという寸法です。ですが、これでは戦力が足りない』


 その言葉に足りない戦力をどうやって捻出したのか。


 答えを先出しされた彼らは額に汗を浮かべる。


『東京本部の最精鋭5000人弱を100万回全滅しても戦力を維持する方式として、研究中だったコレを投入する事が決定しました』


 ペンダントがチャリンとネックレス部分で音を立てる。


『無論、彼らに死ねとは言いません。ユーラシアの全ゾンビ、同型ゾンビも含めて全てを消滅させる為の作戦は既に考えてあります。ですが、それでも足りなかった場合の最後の手段は用意してある。その覚悟がある事だけ覚えておいて頂ければ幸いです』


 少年がペコリと頭を下げた。


 本当に子どもが大人達に頭を下げているだけのような風景。


 だが、日本人を筆頭に全員が頭を下げ返す。


『ああ、それと善導騎士団の最前線用の移動司令部兼前線基地を兼ねた僕個人で運用する船がニューヨークに転移して来ていた七教会の軍艦フィラメントの協力により、予定よりも早く組み上がりました。昨日、全パーツの作製が終了。艤装も完了。直ちに運用を開始する為、日本の東京湾にフィラメントと共に寄港予定です。ゲルマニアは千葉県沖120km地点に停泊するそうなので、見学ツアーに参加したい方は事務の方で手続きを。では、これで失礼します』


 その日、結局見学ツアーには大統領も含めて参加する事が決定したのだった。


 *


「あ、はい。今、国会の話が終わりました。という事で、こっちはこっちで情報整理を」


「はーい。あ、お茶出すわ」


「全員分のお菓子は昨日から準備してホールで10個くらい別のを創りました。取り分けて、お喋りしましょう!! お土産用に分けられますから、残ったり、お話が終わったら、詰めますね」


「料理上手な妹が出来てフィニアおねーちゃん嬉しいなー」


「ねぇねぇ、お姉様。姿だけ同じ新しい姉どうする?」


「ま、まぁ、ヒューリア姉さんの半身みたいなものですし、記憶も共有しているようなので姉扱いでいいんじゃないでしょうか? 一応、お話は今までも時々してましたし」


 陰陽自衛隊富士樹海基地の一角。


 竹林の奥にある緋祝邸では関係者を集めてセブン・オーダーズとして再編された陰陽自の関係者も含め、情報整理と共有の為に総員が集められていた。


 陰陽自からは正式に海自から移籍した八木五朗を筆頭にして神谷浩志と安治・トーマス・Jrと加賀谷芳樹の大人組みの面々。


 東京本部の壊滅を救った立役者として朝霧黒亥と人造の意志ある頚城としてアリア、更に元FCハンドレットのアーシュリト、ベルきゅん大好きご主人様万歳系人材エレミカという子供組の面々。


 そして、善導騎士団の中核となるいつものメンバーに北米の防護でザ・ブラックを姉妹で使って倒れていた妹のシュルティ・スパルナと姉のルル・スパルナ。


 総員が集まる緋祝邸はいつもよりも騒がしい。


 クロイは上司の上司の上司くらいの人々の中でとりあえず挨拶回りをしており、大人組みの男達に何やらガヤガヤと騒がしくも生温い笑みでニヤニヤされていた。


 リトとエレミカはアリアと共に一緒に戦った緋祝の姉妹達と共にお喋りに興じている。


 ヒューリとフィクシーを筆頭にした女性陣は全員分のお茶の用意だ。


 そこには異世界からの来訪者にして白滅の騎士の元侍従キャサリンが取り仕切っている。


 こうして全員が話しを聞く事になった居間はさすがにスペースが足りなかったのだが、久しぶりに平屋らしく襖を全開し、運び込んだ脚の短い長テーブルや多数のソファーを運び込んだ状態でズラリと全員が上座に意識を戻した少年に視線を向けていた。


「取り敢えず、騎士団の方針は貫けそうです。米国の方ですが、卵の将軍さんが大人しく投降したらしいとの話で今は米陸軍の小隊に輸送されて、もうじき此処まで到着します。連れて来るのはリリーさんの部隊だそうです」


 そこでディオがようやく状況が一段落したような気がしていた。


「これで人類側の意見は固め切れたか? ベル」


「はい。ゲルマニアの皇帝さんも子供達を教育し、護ってくれるならば、共に戦う事は……命を懸けて死ぬ事も含めて許容しようと言ってくれました。副団長のおかげで戦わずに彼らの船や各種の七教会用の装備が丸々手に入ったのは大きいです」


 全員の前に千葉県沖に停泊する巨大な大陸のような船が映し出される。


「これがゲルマニア……」


 思わずヒューリが呟いた。


「内部に入った調査隊が色々とロックを解除して、更にフィラメントのアリスさん達が一緒に情報やら艤装やら諸々を調べてくれている最中です。どうやら、古代ガリオスが異相で建造していた船らしくて……凡そ建造期間だけでざっと3万年くらいとの話です」


「そんなに長い間、ガリオスはこの星の過去で……」


 ヒューリが視線を俯ける。


「最優先で情報を確認していますが、ガリオスは約20万年前に転移して来たようです。それから凡そ10万年程度は生存していたようですが、そこから先の記録がありません。また、転移してきた当時の状況が一部明らかになりました」


「ガリオスはどうなったんですか?」


「転移後の10万年間、ガリオスは殆ど人口が増えていません。同時に減ってもいません」


「え?」


「つまりですよ。本当に一部の人間以外は恐らく……封印されて眠ってます」


「ッ」


「ヒューリ姉さん」


「ヒューリおねーちゃん」


「姉ならしっかりなさいな」


「は、はい。気をし、しっかり持ちますから」


 左右から姉妹に手を持たれ、背後から自らの半身たる自称姉に肩を推せえられ、何とか黒い羊の女神様は自分を保つ。


「恐らく、一部の行政管理者や魔導師達が都市部で生活し、色々とやっていたと思われます。当時、獣として蔓延っていた人類の起源種達は表向きの人類の祖先である猿から進化した者達と争っていたようです。ですが、ガリオスはこの状況を打開出来ていない。理由は単純に当時は外なる神の力が全世界を覆い。起源種達は神々の力を用いる強大な力を手にしていたからと推測されます」


「強大な力?」


「残っていた戦闘データの一部には起源種達が神々の落とし子と呼ばれる化け物達を大量に使役していたという情報がありました。今まで僕らが戦って来た同型ゾンビに似た存在や触手の邪神と戦った時に出て来た者達と似た存在も確認されました」


「ッ」


「さすがの魔導師と七教会の一部人員でも超越者級の戦力は少なかったはずです。戦うだけの戦力はあったようですが、住民を開放すれば、浸食されて死ぬ危険性が高い」


「つ、つまり、当時の一部の人達はガリオスの民間人を護る為に封印を?」


「ええ、そのはずです。ですが、此処で恐らく静寂の王と呼ばれる存在が出て来て、起源種達を人間化する前後で内紛が起きたような情報があります。魔導師側と静寂の王が争い。そこに丁度やって来たのが……」


「魔族、ですか?」


「ええ、血族種の中でも貴族である高位者達がやって来て、彼らは魔導師側に付いた。そして、倒された静寂の王は休眠期に入ったと思われます」


「倒せなかったんですか?」


「戦闘情報事態は残っていなかったんですが、静寂の王を名乗るソレは不滅の存在らしくて倒し切れなかったようです。結局、争いで古代ガリオスが崩壊した後、魔導師達は起源種達を人類化して表向きの祖先達と一緒に文明を築かせたようです」


「……そんな歴史があったんですね」


「ですが、文明は最初から発展するわけもなかった。高度な文明を最初から与えず。自分達独自のものを作らせていた魔導師達は初歩的な知識を与え、様々な教育を施し、一から彼らの文明が永続するように手助けしてはいたものの。それでも幾度も文明は崩壊。そして、その度に静寂の王は恐らく魂を回収し、復活に近付いて行ったと思われます」


「……それがクロイ隊員達が異相側で出会った化け物が言った話と合致するのか」


「恐らく、文明の発展と同時に魂を集め難くなった彼は独自に文明に対してアプローチする手段が無かった。けれど、この時代において、爆発的な繁栄を手にした人類は遂に……」


「ヘブンズ・ゲートを創るまでに至った?」


 フィクシーの言葉に頷きが返る。


「恐らく、復活した要因はソレだと思います。現世と冥界を隔てる門が人為的に作られ、同時に頚城の術式が半端な状態で死者に感染してゾンビ化。大量の魂が回収出来た彼がBFCと争っていた最後の大隊を名乗る人員達に力を貸したとすれば……」


「四騎士の鎧を装着させ、死者の王として立つ為に人類を掃滅させるわけか」


「これが恐らく大雑把な状況です。ガリオスは遺跡として封鎖されています。四騎士が陣取っているのは恐らく内部に侵入する為の目途が付いたのでしょう。BFCはこちらに戻って来る為に必要不可欠なゲートが奪取出来なければ、本隊が来られない」


「そして、二勢力が争っているところに……」


「はい。僕らが最後の転移者として現れた」


 少年が全員を見やる。


「これが大まかな真実というヤツです。でも、僕らのやるべき事は何も変わりません。人々を助け、生かし、安心して暮らせる時代を創る事。その為に命を懸けて戦う事。そこに古代遺跡で眠っているガリオスの人達が入ったというだけです』


 ヒューリが思わず胸元で拳を握り締める。


『彼らがもう死んで眠りに付いているのか。それとも生きて保存されているのかは分かりません。でも、ヒューリさんの故郷です。行くのに理由はそれ以上要りませんよね?」


「ベルさんッ」


 思わず少年に抱き着いてポロポロ泣き始めたヒューリが顔を胸元に埋める。


「ヒューリさんのお父さんが出来なかった事を、お母さんが見られなかった景色を、見に行きましょう。ヒューリさんには今沢山の家族と僕達騎士団がいます。此処が、ヒューリさん達のいるこの場所が、僕の今の家でもあります。護って、戦って、旅行に行く。それだけの簡単なお仕事ですよ、ね?」


 少年の笑みにヒューリの感情の針が降り切れた。


「ッ―――もぅ。ベルさんは本当にいつの間にそんな大きい人になっちゃったんですか!?」


 泣き笑いで少女が少年を嬉しそうに抱き着く。


「お、大きくありませんよ? あ、でも、エヴァン先生に今度大人バージョンの義肢を入れてもら―――」


「「「「「「絶対、ダメ!!」」」」」」


 ヒューリ、フィクシー、ハルティーナ、アステリア、ユーネリア、フィニア。


 六人の声がハモった。


 それを縁側から三猫達を撫でていたリスティアが苦笑した様子で見つめつつ、縁側に控えていた2人の秘書役、明神と元FCのミシェルが何とも言えず笑いながら、互いの顔に何処か同じモノを感じた様子で互いから視線を外してリスティアと一緒に猫を撫で始める。


 スパルナの姉妹は確かに小さい方がいいかもと内心だけで同意しておく。


「……ベルきゅん様。カワイイ♪」


「お前、あの中に混ざらなくてもいいのか? エレミカ」


「ひゃふ……ベルきゅん様が幸せそうならそれでいい。ご主人様だもん」


「左様か。取り敢えず、これで話は終わったし、オレ達も帰るか?」


「もう少し、アステルとユーネとお話してから行く!!」


 エレミカの横で話を聞いていたリトが他人の恋愛事情に何処かワクワクした様子で目をキラキラさせた。


「アリア。こいつの教育それでいいのか?」


「!!」


 勿論というようにメイドさんが親指を立てた。


「はぁ、ならいいけどさ。じゃ、オレは遠征に行けるかも微妙だし、そろそろ訓練に戻―――」


 ガシィッとクロの肩に手が掛る。


「お前……面白い能力持ってんだってな。クロイ」


「く、クローディオ大隊長!?」


「ちょっと面ぁ貸せ。お前を強くする為にカリキュラムを組んでみた。カタセがGOサイン出したから、色々と面白い事になるぞ」


「え、遠慮出来ますソレ?」


「解ってて聞くのはマナー違反だぜ? あ、ちなみにエレミカ嬢ちゃんにリト嬢ちゃんも一緒にこれからオレの元で訓練な。これからオレが直々に能力と根性しかないお前らに戦場の流儀を叩き込んでやる。そうすれば、遺跡まで連れてってやるよ。セブン・オーダーズの見習いで良けりゃな」


「え!? そ、それって……」


「そうだ。お前らには可能性がある。それを伸ばしに伸ばして短期間で仕上げる。今、カズマとルカ、カタセは三人で東京を警戒中だ。あいつらに並ぶ実力となれば、問題は無い」


「そのぅ。オレの能力……夢なんですけど」


「九十九がお前なら、セブン・オーダーズの見習いになれると判断した。後、20年くらい老ける覚悟してくれるか? 寿命が短い人間に対して悪いとは思うんだが……」


「う……精神だけ物凄く老けそう」


「ベル張りに青春してんだ。好きな子や気になる子くらい護ってやりてぇだろ?」


 耳元でディオが囁きながらチラリとリト、エレミカを見やる。


「な、何の事かなぁ?」


「さ、何の事なんだろうなぁ?」


 こうしてズルズルとクローディオに連れられて一人の少年は玄関先に敷設された転移方陣で消えて、残されたリトとエレミカは端末に後から東京本部に来るようにと通達が出された。


 そんな様子を見ていた陰陽自の大人組みはまだ仕事があるからとしばらくのお茶の後におみやげのケーキを貰って退出。


「あ、そう言えば、東京本部にフィニア姉さんに使って貰う為の生活用具置いたままでした。ちょっと大きいものもあるので取って来ますね。悠音」


「うん。お姉様。2人とも仲良くしてなきゃダメだよ?」


「「は、はぃ……」」


 妹達に言われて、ヒューリとフィニアが同時に情けない顔で小さくなった。


「じゃあ、一緒に行く。ひゃふ♪」


「うん。行こう!! アステルちゃん。ユーネちゃん」


 リトとエレミカがどうせ東京に戻るからと同行を願い出て、残された少年と姉2人がハルティーナが後ろから護衛に付いていくのを見送った。


「さて、ベル」


「あ、はい。どうしたんですか? リスティさん」


 縁側から戻って来たリスティアが少年の前に座った。


「此処からが本題なのじゃろう?」


「……ええと、まぁ……今後の事としては騎士団の方針の一つとして……」


「で、ワシにどうして欲しいと?」


「記憶、戻せるところまで戻せたら、魔族の人達説得出来ませんか?」


「うむ。ゲルマニアの悲恋譚。そちが回収した情報から言えば、大人の我はその青瓢箪と恋仲じゃったという話だ。可能性はあるが、所詮我は単なる残り物の輪廻した姿じゃからなぁ」


「まぁ、リスティさん次第ですけど。たぶん、半々くらいで折れてくれる気もします」


「半々か?」


「はい。半々です」


「……解った。大門の頚城。星の運命を断ち切る術式、か……ふふ、我ながら確かに御爺様の為なら、そういう生贄になるくらいしたじゃろうな」


「リスティアさん……」


 ヒューリが肩を竦めた自分よりも幼く見える少女をどう慰めていいのかという顔になる。


「そんな顔をするな。そこの姉みたいにやればいいじゃんくらいに思っておけばいいのじゃ。我の物語は既に終わった後。そして、もう別人じゃからな……」


「は、はい」


「恐らく、大門の頚城とはガリオスの封印を解くものであると同時にたぶん……」


「元の世界に帰る為の道を開く役割がある。か?」


「はい。色々と情報を確認し続けてるんですけど、ガリオスの大陸への帰還方法が勿論のように情報として残っていました。ゲルマニア内部の情報機器はさすがに七教会製のものが使われていたらしく。経年劣化がまったく見られません。その中には救世の乙女を今一度用いる事への罪悪感を綴ったような言葉が書かれてあるファイルが幾つかありました」


「つまり、我の事を知っていた当時の人間。いや、恐らく人間ではない魔族の誰かが遺した情報か?」


「はい。そもそもガリオスの初代女王の日誌なんてものが残っている事からして、魔族側も一枚岩では無かった可能性があります」


「遥か古からの忘れ物、か……」


「……リスティさん」


「ベル。ワシは決めたぞ」


 少年は黙って少女を見やる。


「あのディミスリル塊に組み込まれていたワシは頚城化していたはずじゃが、結局は存在の大半が死んだ事で頚城から解放された。という事でいいんじゃよな?」


「はい。それは間違いありません。色々と確認や検査はずっとしてきましたから」


「つまり、我がもう一度頚城として立てば……」


「リスティアさん!?」


 ヒューリの言葉がリスティアの手で制止される。


「ま、そんなに悪くは無い話じゃろう? 今時の若者に生贄なんぞさせられんしな♪」


「わ、私は……」


 ヒューリが何を言われているのかを理解して、思わず言葉に詰まる。


「だが、何も準備せずにという話でもない。御爺様は言っていた。ようやく思い出した。頚城は運命を束ねたる中心点。確かに運命を破壊する程の力となる。だが、同時にな」


 リスティアが肩を竦める。


「頚城とは運命を束ね、人々を結び付ける力として、多くを救える力なんじゃ。嘗て、お婆様がそうであったように……御爺様が運命を退けた時もまた多くの者達と手を携えて破滅を乗り切った」


「そんな事が……」


「うむ。それに頚城と化したところでワシは恐らく暴走せん。確信がある」


 少年に少女が向き合う。


「一度頚城化した存在には魂魄自体に痕跡が残る。魂の大半が頚城の能力を失っても、その事実は消せないはずじゃ。適応した後のワシは恐らく頚城の完全版として機能していた。それを魔導師連中が抽出して全ての鎧に部分単位で転写していたのではないか?」


「恐らく、可能性としてはそれが一番高いと思われます」


「当時の事は覚えておらんが、その後の歴史の流れには察しが着く。ガリオスが七教会とやらに密かに進めていた計画がもしも破滅の運命を、再び大陸に流れる大戦の運命を断ち切るものであったのならば、恐らく手出しは出来んはずじゃ」


「そ、それが御爺様達が七教会と拮抗していた理由、なんですか?」


「世情は知らんが、巨大な力を横から分捕るのはかなり難しい。ついでに言えば、此処で魔王側の血筋であるガリオス王家が南部の魔王の国側で立てば、再び魔王の再来が産まれて来ないとも限らないじゃろ」


「それは確かにそうね」


 フィニアがリスティアの言葉に同意する。


「そして、状況証拠から言えば、だ。ヒューリア、フィニア……お前達がその魔王の再来だったのではないか? 儀式の生贄になれるトップじゃ。七教会やお主の母親や祖父達にとって」


「「―――ッ」」


「可能性としてはたぶんそれが一番高いです」


 少年が今まで考えていた当時の状況の推測とほぼ合致したリスティアの意見を認める。


「しかし、当時の話を聞く限り、ガリオス内部も世情は混沌としていたのは間違いない。そして、善導騎士団の騎士団長がもしも王家との間に所縁があったとするならば、その立場はかなり微妙なものとなる」


 姉妹達の視線が揺らぐ。


「お前達の母親はお前達を護る為に魂すらも分割した。それ程の決断を為せる者が単純にお前達を魔王に押したとも思えん。となれば……」


 リスティアが僅かに暗い顔となる。


「お前達を七教会からも王家筋の勢力……お前達の祖父もしくは周辺から護る為に何かしらの行動を起こしたとしても流れに不自然は無い」


「それって……」


「団長がもしもお主の母親達の協力者であったならば、考えられる筋書きは限られるじゃろう。表向きの反乱をお主らの母が主導して、その首謀者でなくとも犠牲者として討たれる事で背後の者達の計画を抑止すると共にお前達を統合し、同時にお前達を七教会の手から状況証拠で隠し通す。とすれば、それは極限環境下でも魔族的に覚醒しないという事実と共に政治から遠ざかる組織に預けるのが……恐らく、合理的じゃ」


「お母様は……自殺したって言うの?」


 フィニアが震える唇で呟く。


「状況証拠じゃ。状況証拠。だが、お前達の母親はお前達に一度でも魔王として立てとか。そういう帝王学でも教育した事があるのかや?」


「ありません……お母様はいつも私に優しくて、立派なお姫様にはしてあげられないけれど、立派な女性として幸せになりなさいって、そう言ってくれていました」


 ヒューリが俯きながら唇を噛む。


「そこまでされたのじゃ。喜べ。お主らの母親はお前達を愛していた。その気持ち、その命を捨ててお前達を産み育て護り生き残らせた手練手管。母の愛無くして為せるものではない」


「お母様……」


「ぅぅ……」


 2人が思わず拳を握って涙ぐむ。


「大人の我も子供達に贈り物がしたかったんじゃろう。それだけは解る。だからこそ、旧き時代の因縁が追って来るならば、ケリを付けねばならん」


 姉妹達の肩に手を掛けてから、ベルに少女が振り返る。


「ベル。全ての術式が集まった時、もう一度、我に頚城としての術を施してくれ」


「……リスティアさんの決意をひっくり返すのは不可能そうです」


「うむ!! これでも古き王家の末!! 末代に代価を求める過去など吹き飛ばしてキレイさっぱり死んでも一向に構わん!!」


 ドンッと胸を張ったリスティアはコミカルなくらいに笑顔だ。


「解りました。じゃあ、僕も皆が犠牲になんてならなくて良いように一杯準備をする事にします」


 少年が笑顔でリスティアの手に手を重ねた。


「ふふ、それで良い。それで良いのだ。我が保護者殿」


「未来がどうなるのかは分かりません。でも、僕に出来る限りの事を必ず。ヒューリさん。フィニアさん。リスティさん。全員、僕に付いて来て下さい。きっと、どうにかしてみせますから……僕だけじゃない。大勢の人達が、僕らの背中を押してくれる沢山の人達が今の僕らにはいます」


「「はぃ」」


 涙を拭った2人の姉妹は確かに心からの笑顔となった。


「さて、話も良い感じに温まったし、いつの間にか秘書役達も消えておるし、猫ズも今日は空気を読んだ。ついでに下の姉妹達もしばらくは帰ってこんじゃろうし、此処には我ら四人だけじゃな」


「え? あ、そう言えば、皆さんもういませんね。さっきまで誰かしら残ってたのに」


「はは、あのスパルナ姉妹すら秘書達と退散してたからのう」


「ええと、どうしてでしょうか?」


 少年が嫌な予感を背筋に感じながら首を傾げる。


「大事な話があるんじゃから、当然じゃな。では、場も温まって来たし、さっそく致すか!! あ、フィクシー殿には事後報告必須じゃぞ」


 リスティアが無い胸を張る。


「致す?」


 首を傾げる少年の背後で2人の姉妹が思わず頬を染めて、そういう気の使われ方をしていたのかと思わず少年を背後から凝視してしまう。


「まぁまぁ、さぁさぁ、風呂はもう自動で入れておる。しっかり、“すきんしっぷ”を取って、互いの友好を深め、親愛も深めようではないか」


 ガシッと少年の背後から顔の赤い姉妹達が左右の腕を取った。


「あ、あのぅ。僕、まだお仕事が……」


「あ、もしもし? 今からベルの仕事が止まる可能性があるのじゃ。そうそう……さすが副団長殿。解っておるではないか。という事で最低5時間くら頼むぞ。では」


 耳元に手を当てて通信用の術式で九十九を通して連絡を終えたリスティアがニヤッとして少年の前に仁王立ちする。


「仕事用のボディスーツでは味気なかろう。しっかり洗ったら、湯上りはとっておきを用意しておいたのじゃ。ちゃんとお主用の“しっかりした下着”も完備しておいたからのう」


「え、あの、ちょ、そ、それだけはか、勘弁し―――」


「さ、征くのじゃ。2人とも!! 今日は宴じゃ~」


「ベルさん。ベ、ベルさんが悪いんですからね。こ、こんなに美味しそ……カワイイから!!」


「そうね。ベルにはしっかり補給させて貰おうかしら。お風呂は3回くらい入らなきゃならなそうだけど」


「その分の下着はちゃんとあります!!」


「さすがね。妹よ」


「あ、あのぉ……」


「ふふ、やりますね。妹三号」


「ええっとぉ……」


「「( ̄ー ̄)」」


 少年の言葉は無視されて、ズルズルと風呂場に連行されていくのだった。


 *


 この世の中で最も文明において愚かな人の行いは何であろうか?


 人々を飢餓に陥らせる行為。


 貧困を助長する行為。


 男女の性差別を深める行為。


 大勢の格差を広げる行為。


 経済の為に資源を浪費する行為。


 生活の為にエネルギーを過剰消費する行為。


 自国の為に平和を乱す行為。


 門地や資金における不平等を広げる行為。


―――それがもしも真実ならば、文明はまったく度し難い罪に塗れている。


 だが、同時に人々は知っているだろう。


 今、この世界に存在する全ての文明はこの技術的な特異点を半ば過ぎた時代。


 そういった過度な状態を引き起こしてきたからこそ、人々は進んで来たのだと。


 飢餓は飽食を生み出す。


 貧困は裕福を生み出す。


 性差は特権を生み出す。


 格差は豊かさを生み出す。


 浪費は消費を生み出す。


 エネルギーが過剰に消費されるという事はそれだけ文明の状態が隆盛していて、平和を乱しても戦争の中で技術は進歩し、普及する。


 地位と名誉と金無くして、人々は向上心を持つ生物足り得るだろうか?


 そして、全てに言える事は何もかもがゼロサム・ゲームであるという事。


 取って取られてを繰り返し、最終的には0に戻るのが文明であり、その過程で星の上の資源は消費され、枯渇していくのだ。


 この壮大な消費の最中に隆盛した文明こそが人類の精粋なのであり、相対的に見れば、この文明そのものこそが、人々にとって支えるべき社会、屋台骨そのものであり、同時に支えられている支柱そのものである。


「だからこそ、文明とは貴いのだ」


 本を一冊。


 蒼い貴族風の礼服を着込んだ痩躯の男は瞳を細める。


「我ら魔族の地。酷界においては消費や資源というソレの概念自体が巨大な一個人に帰属する能力であり、魔力であり、魔術である」


「ま、よくある事ですね!! 皆さんに元気を分けるのは僕の仕事でしたし!!」


「しかし、星を砕ける程度の一個人では到底、お歴々にも敵わないというのが現実だった。正しく、主が知っているように我らは何も守れなかった。この身と記憶以外には……」


「お、畏れ多いです!? アタシはもう生きられるだけで一生付いて行きますです!!?」


「この老体から言わせて頂くならば、尊くとも滅びるのは法のようなもの。多かれ少なかれ、時の多寡はあれど、今まで起こって来た酷界の文明。いや、王朝止まりの者達すら、それは知っていたでしょうな……長い時を生きるものには今更でもある」


 木製の玉座が一つ。


 その上に座る男は自分の前に集結した部下達を前にして背後の巨大な水晶にも似た柱を意識し、大きく息を吐き出して前を向く。


「例え、我が文明、我が王朝、あるいは我が小さき箱庭の世界が、ただの瞬きに墜ちる星の煌めきであろうとも……それはきっと尊いものだと信じたい。まるで古き教会の者達が言いそうな事であるのはまったく笑うしかないがな」


 小領主。


 青瓢箪。


 興国の宰相。


 血族種の貴族。


 クアドリス・ヴァルンケスト・エル・テーナ。


「回廊は成った。これより国盗りを始める。この竜の如き地は星の大地集まる中心。だからこそ、多くのものが集う。あの当時、眠りに付いてみたのは良い判断だった。此処には今全てがある。文明も国家も人も……獣とならん者達を我らの魔として一族に取り込む予定が人としてしか取り込めなくなった事。また、蘇りも阻害されている事を除けば、ほぼ予定通りだ」


 キロリと女に視線が向けられる。


「次の死は無い。覚えておけ」


「は、はいぃぃぃい!!? 寛大なお心感謝しますぅ!!?」


「ジィ……」


 クアドリスが蛙の老爺に視線を向ける。


「戦力は万端整えてございます。毎日100万体を消費しても1000年使い切れぬ程には……これならば、酷界の小国程度ならば落せるだけ揃えました」


「……ガリオス」


「はは、その名前で呼ばれるのは久しぶりですね。主……ええ、僕が選んだ人達と企業連の方々は全て掌握済みです。教団の拡大は頭打ちですが、2万人は揃えましたし、凡そ国内で3000社はお約束します」


「お前の方はどうだ? シヴァ」


「陰陽自及び複数の関係先に殆ど良き嫁と婿の大半が抑えられています。また、この短期間にかなりの階梯にまで上り詰めている様子でそちらからの勧誘は不可能と判断し、民間から調達しています。今は二級から三級、更に下位等級の子らをガリオスの教団で面倒を見させている最中です。我らの血を受けられる程度の者はいるでしょうが、地道に子を儲けていくしかないかと」


「……大義だった。お前の持って来た情報であちらの動向も知れているし、幾らかの技術もジィがどうにか転用まで漕ぎ付けるだろう。今後、国造りの中で若芽を一族として迎えながら、市井に血を混ぜていく事にしよう」


「勿体なきお言葉、我が身の無能への御寛恕、痛み入ります」


「ヴァセア」


「ひゃい!?」


「お前のおかげで腐った幹の多くが消え去った。獣となる一歩手前の変異覚醒者達がやつらの手でも消され、お前に消費された事で今後の血統の創造は成る。我が血を遺せる妻や婿となれる程の者は未だ殆どいないだろうが、お前やシヴァから初めて、ガリオスや我が血族に出来る者を増やしていく予定だ。今後は死ぬ事は許されんと思え」


「は、はぃ!? こんな我が身で良ければ、今後とも使い潰して頂ければぁ!?」


「まずはシヴァとお前で一族を形成せよ。もはや、騎士団は我らと対等に戦える程の力を得た。あの仮面を得たという事はそういう事だ。10年で3000個体以上を期待する」


「は、はぃいいぃぃぃぃ!!?」


 目がハートにならんばかりのヴァセアが涎を垂らしそうになりながら感激した様子になる。


「では、東京から始めよう。各地の方陣敷設も完了している。国土全域を“時の回廊”で加速させる!! 善導騎士団と陰陽自。奴らの支部や本部、周辺域さえ巻き込まねば、これで我が国は時間を掛けて造れるだろう」


 立ち上がったクアドリスが唇の前に片手で人差し指を立てて、小さく呟く。


「【刻の砂よ。この手の前に屈せよ……我ら背に史を背負う覚悟ある者也】」


 その時、彼らの背後。


 巨大な柱が罅割れていく。


 そして、内部からチクタクチクタクと音がし始める。


 崩れ落ちていく柱の最中に何かが見えた。


 それは漆黒の柱に巨大な秒針と丸い円盤状の白黒の鍵盤のような禍々しい時刻を書き込まれた円柱状の時計だった。


 その秒針がゆっくりと遅くなっていく。


 今までカチカチと動いていたソレが完全に制止するように止まった時。


 その周囲で崩落していく柱もまた落ち切る前に止まった。


「あのお方の力を用いた大儀式技術。何とか成功し―――」


 グラリと傾いだクアドリスが咄嗟に左右から部下の男達に支えられる。


 だが、同時に大量の吐血。


「何だ―――この負荷は!? 想定よりも……いや、何かされている?!」


 クアドリスが男達の前でゆっくりと崩れながらも、何とか膝を着く事無く。


 同時に今まで仕掛けていた各地の儀式術と連動している方陣の様子を見ようとして。


「クアドリス様。確認致しました。凡そ404個所の内の関東圏外の全ての場所で陣が破られてございます。それも我々に分からぬ程に巧妙に陣崩しが行われた形跡があり、その上……恐らく再起動は不可能です」


 ジィと呼ばれていた老蛙がそう報告した。


「ッ―――主!! 追撃命令を」


「下郎が!? 下命在れば、全て討ち果して来ましょう!!」


「為らぬ。貴様らが結界を超える事を想定して、この陣は組んでいない。それは同時に結界の破綻を意味する」


 ガリオスとシヴァと呼ばれた男達が口惜し気に歯を噛み締める。


「何故だ!! 何故気付かなかった!? リバーシア殿!!?」


 シヴァが訊ねる。


「思うに彼らですな」


「彼ら?」


「頚城とした三人。更には他の頚城の反応もありました。恐らく人類側の頚城。北海道戦役で投入されたFCや一部米軍で反応があった者達の仕業かと」


「……侮り過ぎていたと言うべきか。僕らが単に何も出来ないだろうと高を括ったツケだね」


 ガリオスが溜息を吐く。


「そ、それで……関東圏以外は?」


 ヴァセアが恐る恐る訊ねた。


「関東圏も幾つかの地域で陣が破綻。もしくは破壊されている途中だったようで同期が取れていない。恐らく、活動していた者達は最後まで関東圏内部にいたはず。炙り出せば、倒せはするでしょうな。ただ……」


「な、何でしょうか? リバーシア翁」


 ヴァセアが借りてきた猫状態で訊ねる。


「儀式術の幾つかの破綻のせいで関東圏の陰陽自衛隊の支部及び善導騎士団東京本部そのものが結界内部に入り切っている」


「それってすげーマズイんじゃ、いや、不味いんでは?」


「彼らの中に仮面持ちがいた場合、こちらが全滅する可能性がある。極低い確率ですが」


「………」


 ヴァセアが何も言えなくなった様子で押し黙る。


「ジィ。連中も取り込めては、いるのだな?」


「ええ、それは間違いなく。関東圏の一部は恐らく加速が甘い地域が複数あり、こちらから攻略するには長い時間が必要ですな。ただ、日光や水の流れそのものは最も厳重に流量と経路を作っていた為、内部の人間が水や空気、光の淀みで死ぬ事は無いでしょう」


「ガリオス。関東圏内でお前の手が掛った者達は?」


「174社。更に教団は北九州が本拠地でしたので凡そ東京の都市圏に183人。子供達の大半はあちらに……現在残っているのは最下級層で30人弱くらいかと思います」


「ふふ、あの頃もこんなだったな。そう言えば……」


 クアドリスが唇を袖で拭って立ち上がる。


「覚えているか? 我らの小邦が滅びそうだったあの頃……よくアイツが言っていた。例え、小さくとも、例え……消えていくとしても、民を満足に食べさせ、共に分かち合えるのならば、良き邦だったと満足して死ねると」


「主……」


「主ッ、我らは今も共に!!」


「うぅぅぅ、クアドリス様ぁ~~」


 彼らにとって小さな小さな領土から始める国盗りと国造りは此処から始まる。


「頚城など放っておけ!! 事は為した。不出来が我が身へ返ったに過ぎん。だが、此処で争えば、本部は落せるが、誰かが死ぬだろう。今は力を蓄えねばならん」


「ですが、支部本部がある以上は潰して回らねば、争いは続きます。それはやがて全面対決にもなりかねませんよ?」


 ガリオスの言葉にクアドリスがニヤリとする。


「あの善導騎士団は今、地下に巨大な都市を作っているそうではないか。我らの魔力と叡智があれば、隔絶して地下を支配下に納める事も出来るはずだ。あちら側の者達は殺さずに追い出し、こちらと行き来出来ぬように幾らか結界を張れば、あちらが手出し出来ぬ膠着まで持ち込めるはずだ」


「なるほど。解りました。すぐに関東圏の教団の皆さんと子供達を集めます」


 ガリオスが頷く。


「シヴァ、ヴァセア。お前達はこちらで潜伏せよ。諜報と同時にこちらでは組織作りをして、打って出るまでの時間稼ぎやあちらの行動の遅延、もしくは阻止を目的にして作戦を展開するのだ」


「御身の言う通りに」


「は、はいぃぃ!!」


 2人に頷いたクアドリスが指を弾くと同時に血が衣服から消え去る。


「この儀式場も地下に移そう。ジィ。頼んだ」


「任されましてございます」


「水は差されたが問題無い。あの頃、お歴々や大物連中を前にして生き残るより難しい事など、この世にありはしなかった。今もそうではないか?」


 全員が頷いた。


「ガリオス。お前は地下を治めよ。内部の統治は仔細任せる。居住環境と食料は善導騎士団の連中の技術を使うといい。教団から技術に秀でた者を選抜して内部へ。他は外で工作と同時に組織の地盤固めに使え」


「解りました!! 元気が一番!! こんな時こそ笑ってやりましょう」


「ふふ、そうだな。我らには時間がある!! あの頃、まったく無かった時間が!! 絶望するにも足りぬ程の時間があるのだ!! この国の首都一つ落とすのに100年掛かるまいさ!!」


 ニヤリと自分を奮い立たせるように笑った主に釣られて誰もが笑う。


 彼らの目的は闘争でも破壊でも況してや世界の破滅でもない。


 自分達の世界が欲しい。


 自分達の国が欲しい。


 そんな、地球ですら少数民族ならよくある国際問題的な願いに過ぎなかった。


 一つ違うのは彼らが強大な力持つ魔族である事。


 この星一つを吹き飛ばすのに何一つ困らない存在であったという事だけだったのだ。

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