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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第184話「光る砂漠」


『こちら沿岸警備隊!! 沿岸部の方陣防御壁による津波の第五波の消波を確認!!』


『こちらは、善導騎士団です。沿岸部にお住まいの方は、お近くのシェルターにお入り下さい。現在、全住民の、9割の避難が完了しています。残っている方は警察官と自衛隊以外は、全て屋内シェルターへ退避、して下さい』


 世界各地で巨大な災害の余波による大規模な地殻変動を伴う災厄が進行していた。


 南米が数百㎞に渡って消し飛んだ一件より数時間。


 人口が集中する人類生存圏でのシェルター退避率は9割を超えて迅速に進んでおり、残るのは現地の軍と警察のみであった。


 だが、それにしても世界を覆った巨大な黒い翼を見た者達は思う。


 ああ、世界が終わるのかと。


 それに比例するかのように各地でゾンビ達が次々に無限湧きで押し寄せ始めた市街地は軍警察による防衛を余儀なくされていた。


 しかし、どうしようもないというのが殆どの場合は事実であっただろう。


 どんなに優れた武器、武装を得ていようとも真に無限に湧いて出るゾンビは増殖し続けていた。


 だが、人類生存圏に限った話ならば、その数の増加率には着実に歯止めが掛かり始めている。


 理由は単純だ。


 準備は為されていた。


 それだけの事に過ぎない。


 同型ゾンビが隊伍を組んで戦術戦略を駆使してくる事を予想して、ちゃんと準備だけはされていたのだ。


 だから、此処で何も出来ずに亡ぶ事など有り得るはずも無かった。


 最初に事が起こったのは日本上空。


 二隻の鯨が浮かぶ静止衛星軌道上から予備戦力以外の痛滅者が発進。


 あらゆるネットワークに介入し、今助けを求める人々と多数のシェルターの位置を確認し、猛烈な速度で上空からの掃射が始まっていた。


『これより日本国内領土の全地域よりゾンビの出現ポイント及びシャウト、サタニック・ビーストの排除を開始する』


『照準。撃て』


 辛うじて30分にも及ぶ無限のゾンビ突撃を耐え切ったシェルター周囲の防衛陣地は虚兵が前衛で防御を行いながら、その隙間を埋めるようにして自治体の高齢避難者部隊が背後から動体誘導弾による敵戦力の漸減を実行。


 シェルター地下倉庫内部から輸送ドローンが引っ切り無しに銃弾を搬送し、部隊は撃ちっ放し状態で焼け付く事の無い超低反動な民間用のガトリングやらアサルトライフルやらをロングマガジンや弾帯に入ったケースレス弾を撃って撃って撃ちまくっていた。


『弾ぁあああああああああ!!! 弾はぁあああ!!?』


『クソゥ!? 視線が歪んできやがった!? 誰かペンダント!!』


『本当に、本当に見えねぇ!? 全然地面が見えねぇぞ!?』


虚兵(ホロ)の人ぉおおお!!? 20m後退だぁあああ!! 次波がもう遠方に見えとるぞ!!!』


 例え、銃弾1発で倒れない敵にも10発当たれば倒せるという現実。


 移動を妨げる戦列歩兵役の壁として虚兵が立ちはだかり、民間人が援護に入る。


 この状況でようやく各地のシェルターは周囲から無限に増殖する馬鹿みたいな物量の同型ゾンビ達を前にして何とか死守された。


『お母さん。怖いよぉ……』


『大丈夫よ。きっと、騎士団と自衛隊の人が助けてくれるわ』


『オイ!! 14以上の男はコッチだぁ!! 射手が足らん!! 次の波に飲まれたら、此処は落ちるぞぉ!! とにかくライフル持って外の陣地に走れぇ!! 何処でもいい!! 外に向かって撃つんじゃ!!?』


 虚兵の操縦者達は全力運動を数時間もしていたような疲労困憊の現実をMHペンダントによる回復で誤魔化している状態であり、銃弾を撃ちっ放しにしているだけの部隊にしても下げて休ませられる人員は殆ど無く。


 これが後一昼夜続けば、さすがにシェルターの壊滅は目前だろうと内心解っている者達には解っていた。


 そう……それまでに再び救国の騎士と新しく増えた自衛隊が何も出来なかったならば。


『き、来たぞ!! アレはあの時の!! 騎士団がゾンビを攻撃し始めたぞぉ!!?』


 天空から降り注ぐ大量の光の筋。


 それが嘗て莫大な量のゾンビを駆逐したと知る人々の間で喝采が上がる。


 そして、その声は世界各地で騎士団から人員を派遣されていた国家でも同様であり、駆逐するには至らないものの。


 それでもシェルター周辺を護る事は出来始めていた。


『今の内に虚兵の乗り手は休むんじゃぁ!! 熟睡用のペンダントはこっちにある!! すぐに寝て回復せよぉ!!』


 余裕が出来た男達が次々に後方へと下がり、疲れている者から休むべく陣地の各地で機体に乗ったままペンダントを掛けられて目を閉じる。


 その合間にも再び陣地には大量の銃弾が運び込まれており、転移によるシェルター格納庫内への莫大な弾薬の移動も開始された。


 善導騎士団及び自衛隊。


 更には日本各地の地域に備えられた物資集積所兼転移ポータルも内臓した地下施設が全力稼働を開始し、世界各地にディミスリル・ネットワークを通じて転移で弾薬を休む事なく運び入れる。


 イギリスでは各地のシェルター都市の周囲に巻かれた自動機雷が無限湧きのゾンビの出現ポイントを出待ち戦法で爆破し続けていた。


 破壊した同型ゾンビをカラカラに乾燥させて風化させるまでをワンセットでディミスリル・ネットワークからの魔力供給で無限湧きに対して無限湧き潰しを実行出来た事は今後の自走機雷型のドローンの増産に拍車が掛かる事例に違いない。


『退路Fを使え!! 一時、此処を放棄する!! 要塞機能の稼働が開始されるぞ!! まだ不完全だが、7割出来てりゃいいとさ!! お前らぁ!! とにかく後退しろおおおお!!!』


 オーストラリアやASEAN各地では避難先の大規模なシェルター周囲はあらゆる同型ゾンビを狩る為のトラップ地獄と化しており、爆殺、圧殺、轢殺、銃殺、惨殺がシェルター外縁部の都市機能に組み込まれた怖ろしき遊園地として怪物達をオモテナシし始める。


『第一陣地起動!! 魔力供給問題無し!! 侵入してくるゾンビ凡そ34万体!! 後続に続々と50万体規模のMZGを確認!! 衛星からは更に800万規模のMZGが複数南下中との情報!!!』


 床が一斉に落ちる落とし穴から始まって、あらゆる建材の継ぎ目から高速のブレードやDC製のワイヤーが乱舞し、迷路のあちこちで攻撃されるまでもなく壁の中に埋め込まれた銃口からの弾丸が通過するゾンビ達を挽肉にし、頑丈なゾンビや大型は入れる通路そのものが巨大な擂鉢状の広場に出て、転移で上から降って来るビル一棟程もあるだろう巨大な大玉による物理的な質量と落下速によって粉々に磨り潰されて広場の中央を血肉の湖と化し、水分を抜かれてパウダー状にされた挙句。


 最後には短距離転移による掃除で各シェルターの周囲に備えられた壁の周囲にある堀に流砂の如く流し込まれて熱され焼結。


 それが次々に実際に高度のある潰しの効く壁としてトースターに入れたパン如くせり上がって来て、レールで陣地構築用の簡易壁として使われた。


『ピタゴラスも吃驚かよ……』


 そう部隊の者達に言われるも仕方ない。


 流れるようなゾンビ処理とゾンビの再利用。


 オートメーション化されたゾンビの肉体という残渣を用いる陣地の構築システムはゾンビを効率的に殺しながら、殺した同型ゾンビの含むディミスリルを自動化された要塞建築に使う狂気の産物だ。


『対大型用の壁が現時点で19枚!! まだまだ増えるぞ!! 区画の延伸用自動化機能は作動してる!! 戦域を拡大して、漸減用の領域を広げる為にも前線を押し上げねばならん!! 各隊!! 次波の撃退後、即時外縁まで戦線を押し戻せ!!』


 巨大な壁がレールの上を電磁力で加速しながら、円を描いて外縁へ流れていく。


 その上で次々に都市内部の強敵に向けて発砲し続ける守備隊はその30m近い高さの壁上で更に遠方に巨大な小山の如き敵を複数体確認し―――。


『隊長。信じられます? 昨日まで難民だったオレ達がどうやら英雄になれるらしいっすよ?』


『はは、確かにな。死んだら骨は拾ってやる。砲陣地の構築まであと少し……敵の高速型や飛行型に注意しろ!! 違和感があったら即時報告だ!!』


『了解!!』


 魔導師による転移物資輸送によって弾切れを起こさずに部隊が前進し、兵站を気にせず自由機動しながら、戦域を駆けずり回る。


 この戦法によって従来、兵站のせいで制限されていた機動力が飛躍的に上がった部隊は通常の装備しかない守備隊であっても、要塞線の自動構築機能に乗っかって移動しながら、戦線の最前線まで何とかゾンビ達を押し戻す事に成功していた。


『漸減率83%!! シャウトの優先破壊によって増加率を抑えながら押し戻せています!!』


『よしよしよし!!? いいぞ!! このまま!! このまま外縁部を延伸するんだ!!』


 全ての人類生存圏の司令部が善導騎士団が嘘大げさ紛らわしいレベルのSF染みた……いや、荒唐無稽な基地機能【自律要塞構築戦術】という凡人の為の力を与えてくれた事に感謝しかなかった。


 新しいベルズ・ドクトリンの一角は正しく無限の消耗戦の為の代物だ。


 敵を材料にして敵を苦しめるという非常識。


 それが今、殆ど騎士団の人員が詰めていない地域の都市部や大規模シェルターが持っている理由に外ならない。


『九十九ネットワークより警告!!? 全世界の要塞化基地に対してだと!? 何だ!? 何が来るんだ!?』


 だが、人類優位と言ったところで、それはあくまで従来の戦術での事だ。


 高度4万m上空。


 転移で現れたシャウトが仲間を増やしながら猛烈な増殖速度で球体状に丸まりながら体積を増やして加速を稼いだままに落ちて来る。


『て、敵上空からの空挺強襲です!!? 例の予告されていた転移戦術です!!? シャウトでゾンビが増えながら降って来てます!!?』


『やつら、都市を圧し潰す気か!? こっちの方陣防御は持つのか!?』


 巨大なゾンビの肉体で出来た球体が都市に落下する寸前。


 猛烈に広い方陣が展開され、無理やり転移で強制的に付近の巨大なMZG上空へと移動させられていた。


 ゾンビの雨がゾンビを超物量で押し潰して正しく地獄。


 いや、肉と骨の山となってオブジェから噴き出す赤黒い血風が世界を染め上げる。


 しかし、それでは終わらない。


 次々にその砕けた肉と骨のグチャグチャだった山が再結合したか。


 ゆっくりとスライムのように地を這いながら動き出した。


『ド級のフロッカーを確認!!? これは北米で観測されたものよりも大きいです!!?』


 やはり、最後にモノをいうのは質量。


 単なる銃弾や砲弾ではどうにもならない山が複数。


 都市を目指す。


 それでも人類はまだ諦めてはいない。


 理由は対処出来るだけの戦力が確かに存在するからだ。


 都市中央部の巨大シェルター周囲に気付かれた砲陣地が一斉に火を噴いた。


 その中心となるのは世界中に散らばったイギリス製のHMCCを扱える魔導師だ。


 その能力をフルで用いる転移砲弾が世界各地に運ばれており、ソレをディミスリル・ネットワークによって繋がっている限りは操作可能で処理可能という状況を予め作っておいたのだ。


 巨大な鋼のリングが着弾地点から肉体内部に弾けながら潜り込み。


 ギュルギュルと音を立てながら回転しつつ、あらゆる血肉を巨大な敵内部から消し去ってスカスカにしていく。


『転移砲弾の出力上げろぉ!! 質量の排出速度足りんぞぉ!!』


 正しく北米で用いられた砲弾の最新版は機械の支援と魔導師技能を持つ人材ならば、ディミスリル・ネットワークからの魔力支援を受けて、長距離でも発動可能な遠隔戦法の一つとして既に実用化されていた。


 ポケットの内部で水分を分離されて処理された大量の同型ゾンビの粉末がシェルター周囲の堀兼壁の自動作成用の穴を埋めていき。


 次々に焼結させられて真下から飛び出し、通常通りのルーチンで次々に都市部の外延へとレールの上を送り出される。


『現地の魔力量が一気に2割以下にまでなるのか!? ネットワークからの魔力供給急げ!! 急速補充で構わん!! 各導師は連携して作業効率を上げろぉ!!』


 あらゆる大規模な都市機能を動かしているのはディミスリル電池と各種のグラビトロ・ゼロだ。


 無数のソレらがディミスリル・ネットワークからの魔力供給と併用され、運動エネルギーや熱エネルギー、様々な機械を動かす動力を必要なだけ要塞線に突っ込み、システマティックにゾンビを処理していく。


 もはや同型ゾンビですら、単なる強化された程度の個体ではどうにもならない無限の消耗戦が遂に現実となった瞬間だった。


『こちら外縁部守備隊!! 敵MZGが複数体突入してきます!!』


『跳ねて来る気だぞ!! 観測する連中をとにかくブチ抜けぇ!!』


『再度、都市上空にシャウト出現中!! 次波来るぞぉお!!!?』


『工作部隊が遅れています!! 作業用ドローンの退避がこのままだと間に合いません!?』


『四個中隊を抽出し、直ちに護衛へ当たらせろ!! 要塞線の機能が止まった時がオレ達の終わりだと思え!!』


 延伸レールを生み出し、壁を打ち立てる作業用ドローンは都市民達から招集された工作部隊。


 土木建築業者達の手で効率的に運用されており、シェルター内部では敵が押し寄せながらも要塞機能が悉くを退ける様子に人々は固唾を呑んで戦況を願うように見守っている。


 世界のあちこちで足りない人材の能力を機材で補い。


 マンパワーのごり押しでそれでも足りない部分を補うという互いが互いを支える構造で都市機能は稼働していた。


『こちら陰陽自富士樹海基地。先日打ち上げた小型観測衛星からの情報だ。襲撃に使われている魔力波動の集積地点を割り出した。アフリカ北部の砂漠地帯と推測される』


『こちら遠征隊HQ。付近に存在する部隊を直ちに向かわせる』


『敵は恐らく四騎士級だと思われる。現地の最大戦力たるセブンオーダーズの2人を主力として精鋭3個中隊を抽出。他は転移封殺を掛け、敵を包囲し外部からの戦力流入を阻止せよ』


 アフリカで戦い続けていた部隊の多くが次々に襲い掛かって来る無限湧きの同型ゾンビを前にして高速で北部へ離脱していた事も幸いし、戦力移動は迅速に行われていた。


 黒武、黒翔の機影が周囲から跳んだ人員を拾い集めて、高速で空をかっ飛ばし、音速超えの戦闘機張りに戦域を横断。


 アフリカ北部の砂漠地帯を包囲するような形で移動していく。


 その背後の大地。


 北部へと向かう彼らを追撃する同型ゾンビの群れの多くは一定領域からは次々に漸減され、砂漠地帯一歩手前で朽ちていた。


 緊急で送られて来た巨大ドローン。


 カルティベータ―数機による水分の蒸発地帯に巻き込まれて、砂漠の砂と混じり風化していく。


『うむ。ヤバイのう。この気配……ひしひしと超越者級じゃな。だが、魔力が減んじているような気が? これは……ハルティーナ!!』


『はい。何でしょうか? リスティア様』


『恐らく敵は大型で迎撃してくる。露払いは任せる。ワシが何とかやってみる故、大型を破壊しながら機を見て手伝ってくれ』


『了解です』


 最新型の痛滅者。


 それも二つの能力を併せ持つ特化機体が背後にハルティーナの巨大なバイクにも似た小山を引き連れて同時に砂漠へと突撃を開始する。


 事実、リスティアが言っていた通り。


 次々に砂漠内部から巨大なド級のフロッカータイプが大量に湧き出していく。


 しかし、それをものともせずに巨大な車輪が次々にソレらを惹き潰し、砲撃で砕き散らし、水分を蒸発させて砂と化さしめ、ドリフトしながら、砂漠を広げるようにして赤黒い血肉の成れの果てを数十kmに渡って形成していく。


 ドンパチをしている様子を見ていた多くの包囲部隊はドローンによる殲滅領域を抜けて来た大量の同型ゾンビを水際で殲滅し、同時に世界規模での弾薬の消費量が飛躍的に高まったせいで転移で送られてくる量が減りつつある事を意識しながら、時間稼ぎへと動く。


 砂漠は正しく七色に輝く戦場だった。


 爆光、爆圧、砂嵐、血飛沫、魔力、骨と肉。


 砕かれたゾンビ達のディミスリルが魔力の残滓と反応して輝く様子は正しく光る砂漠。


 空は澄み渡りながら、黒き翼の下。


 何かが罅割れていく音が砂漠の中心地帯に響いていた。


「お主が中心か!! 逝け!! 風の如くな!!」


 リスティアが間違いなく現在の世界規模のゾンビ襲撃を引き起こしている動力源。


 巨大な儀式術の中心核らしき500m級の方陣内部で罅割れながら立っている四騎士の鎧にも似た頚城を纏う何者かへと容赦なく遠方からの飽和射撃を浴びせ掛けた。


 だが、方陣が次々に大量展開し、プラズマのブレードも放射も防ぎ切る。


 そこでようやくリスティアは相手が死に体である事を悟った。


 防御する必要があるという事だ。


 確かに四騎士の鎧には物理的な強度限界はある。


 しかし、その絶大な魔力さえあるならば、方陣化するよりも、そのまま単純な物理量転化で攻撃を弾いたり、無に帰す方が簡単だ。


 わざわざ効率化した方陣を使うというのは魔力が足りていないというのを白状するに等しかった。


 斬り込んだラッシュダイバー形態の痛滅者が猛烈な化月の切り降ろしを上空から黒い鎧の何者かに見舞うが、これは剣で弾かれた。


 だが、弾いた剣が罅割れ、同時に鎧もまたパラパラと崩れて内部のゾンビの腐肉を見え隠れさせ、相手からの反撃が無かった事にリスティアが確信を深める。


「悪いがワシは騎士じゃないんでな。滅せよ!!」


 リスティアが自らの魔力を開放する。


 途端、急上昇した彼女の上には巨大な魔力と熱量の混合塊が膨れ上がり、急激に数km近い大きさとなった。


「あの“禿趣味直伝の技”じゃ!!」


 ゴッとソレが地表に振り落とされる。


 猛烈な熱量は5000°にも成ったが、それは問題ではない。


 問題はそれよりも混合された魔力の方だ。


 熱量が急激に低下しながら、今までランダムであった熱量の大半が規則性を持って空気分子単位で整列しながら急激に収束され鎧を絡めとるように標的のみを超高温で焼きながら、周囲を真空状態にして熱量の伝播を防いだ。


「【象嵌波(インストラート)】」


 急激に100m四方の5000°が人一人分の領域に局所的に集約された。


 その最終温度は128万℃を軽く超えていく。


 奔る粒子線は全て魔力転化による粒子線防護用の空間歪曲がある真空外縁で受け止められ、内部の熱量が周囲に伝わる事もなく。


 太陽の如き光だけが世界を染め上げる。


『………』


 それがフッと途絶えた途端に周囲が真空に吸い寄せられて砂が引き寄せられ、轟音と共に蒸発、焼結した砂の嵐が猛烈なキノコ雲となって立ち昇り、その雲すらも残った魔力によって急速に中心部へと逆戻りしながら集束して赤黒い融けた砂漠の上で溶岩のように溢れていく。


「………? 本来ならまだやれると思うとったが、いや? これは……」


 リスティアの前で急激に何かが大気から寄り集まって形成された。


 それは鎧にしか見えなかった。


「もしや、もう死んでいた……のか? それであれだけの事をしでかしていたとすれば、まったく驚くばかりじゃが……主神級の魔力を己の維持に使わなんだのは何故じゃ? とにかく、コレは頂いて行くかのう」


 リスティアがベル特性の四騎士の鎧捕獲セット(指輪型の魔導師技能を使う空間格納型の金庫)を前に翳して、その鎧を消し去る。


『リスティア様。ご無事ですか?』


「うむ。どうやら相手はもう死んどったようじゃ。何でかは分からんが、このベルの翼のせいかもしれんな」


『今、大西洋から連絡がありました。ヒューリアさんが重体との事です』


「左様か。とにかく、今はこの状況を治めるのが第一じゃ。各地点のゾンビの出現ポイントはどうなっておる?」


『はい。各地でいきなりゾンビの出現量が落ちたとの報告があります。また、人類生存領域からサタニック・ビーストは排除が完了。シャウト群の殲滅速度から言えば、後9時間で各国領土内で同型ゾンビが増えなくなるかと』


「南米、ユーラシア、欧州、中央アジア、中東はほったらかしじゃな。この分だとどれだけゾンビが増えとるか。市街地の確保は諦めた方が良いかもしれん」


『東京本部からは再びアフリカの再掃討を開始せよと。後は予定通り、エジプトの一部を封鎖するのに部隊を駐留させるとの事です。残りは大西洋とイギリス、ニューヨーク、例のアルカディアンズ・テイカーの場所に向かうようにと』


「ワシはヒューリアの所へ先に向かっても?」


『私には現地部隊の防護をするように副団長から命令がありました』


「解った。カワイイ末娘殿の容体を見て来る。後は頼むぞ」


『勿論です。護衛に四個中隊付くそうなので、先程鹵獲した頚城らしき鎧は現地でベル様に渡して下さい』


「分かった。そっちも気を付けるんじゃぞ?」


『はい!!』


 そう2人が会話を終えた時だった。


 上空を覆い尽していた翼がスゥッと溶けるように消えていき。


 残っているのは夕暮れ時の空だけだった。


 *


『最後の大隊も残すところ。後、僅かか』


 世界の裏側。


 異相領域と呼ばれる世界。


 魔術師の使う経路、チャンネルと呼ばれる通常空間に開ける穴の先。


 魔力を通す為の場所として使う不可視のあちら側。


 その最中、ポツリと呟く者達があった。


『緑燼の騎士様に続き。南極で蒼褪めた騎士様が……』


『そして、神の頚城を持つあの方までも……』


『世界中の同士達は狩り出された。もはや、我らに猶予はない』


 薄暗い世界の只中。


 何か巨大なものの内部からそっと煌めく星々のようなものを遠くに見やる者達は神の頚城と呼ばれる鎧を着込み出立した存在の消失を感じ取っていた。


 現実世界で起こる大異変。


 そう、彼らにとってすら異変である大規模な世界の根幹的な法則の変容。


 それが何を意味するのか。


 多くのそこに集まる者達は解っていなかったが、一部は感じ取れていた。


『なるほどねぇ……神の頚城が無力化された。とすれば、その理由は頚城としての役割そのものが果せなくなった以上の事は考えられない。だとすれば……』


 赤いフードを被った女が現実で殺し損ねた蒼い片腕のエルフの技量を思い出して、今や自分達を超える程に成長しつつある敵。


 そう、敵と表現して構わないだろう相手。


 善導騎士団の事を思う。


『まさか、彼らにあの仮面を使う程の術者がいたとは……』


『ガリオス出の人なら納得するかと思っていたけれど?』


『生憎と過去は顧みない主義だ。記憶は時の彼方に置いて来た』


『恐らく、副団長代行と呼ばれる大魔術師フィクシー・サンクレットの仕業か。もしくは……』


 貌の見えない男の声に女が肩を竦める。


『頚城であるという少年。魔導騎士と呼ばれる者もいる』


『どちらも可能性はあると言う意味でならば、納得だ。少なくとも騎士団は現在あのBFCにすらも拮抗もしくは勝るだけの力がある。現実にBFCの本隊が戻って来るまでに態勢を整えれば、あるいは……』


『だが、それでは何も救われない。そして、あの現実における何が変わったのかが問題だよ』


 女が瞳を細める。


『神の頚城を砕き得るのは魔王の頚城のみのはずだ』


『いいや、もう一つ可能性があるのを見落としているよ』


『どういう事だ?』


『神の頚城は四聖女と対応していない。元々、あの頚城はガリオスで製造された儀式の終焉役。デウス・エクスマキナ……しかし、我々の世界においては神は滅んでいなかった。とされる』


『逆だったと?』


『筋書はそもそも僕らガリオスの人間が勝手に書いたんだ。この星の本来の筋書きに対してあちらの世界の表向きの物語を上書きし、更にそれを大隊が書き換えた』


『……前提が崩された?』


『そうだ。舞台の筋書きが変更されているのに儀式の役者が予定通りの元々の役をやろうとしても、物語から排除される。そして、神の頚城が現実から排除されたという事は……』


『終焉の引き金を引く役がいない? もしくは―――』


『書き換わったんだろう。その役が何かの別の役柄に引き継がれた。儀式術は基本的に自動補正されるようになってるとの話だが、異相深度の限界を超えて深い次元に繰り込まれてる。それに影響が出るのは儀式の重要な配役か筋書が変わった場合だけだ』


『神がいない筋書……いや、それならば、この世界への外なる者達からの影響が薄れる?』


『嘗てのガリオスが出来なかった事にして、あの方すらも不可能だった事を遣り遂げた誰かがいる。そして、神を排除された筋書きで誰が幕を引くのか……』


『……七つの頚城。神と魔王の頚城。大門の頚城。手元にあるのは元々五つ。四聖女を模した四騎士と神。残りの五つの内の4つは米軍。南極、北極、日本、ハワイに一つずつ。だが、ハワイの頚城は行方を眩ませ。もう一つは未だ北極で争奪戦の最中……ニューヨークであろう事か米国大統領という最悪の役職の変異覚醒者が日本に有った頚城と適合した』


『失われた二つ。緑燼と神は善導騎士団が恐らく回収しただろう。だが、蒼褪めた騎士と南極のものは行方不明。数合わせで行けば、現状で確実に保有していると思われるものは我々が2つ、米軍が1つ、善導騎士団が最低2つ、残りは行方不明か。もしくは何処かの勢力が隠しているか』


 男女が理解するまでもなく。


 今、最後の大隊は追い詰められている。


 この上、BFCに頚城が渡れば、圧倒的な不利は覆らず。


 女が肩を竦める。


『南極の一つと蒼褪めた騎士の頚城が誰かの手に渡った。行方不明の大門も……閉ざされたガリオス内部にまだ頚城が残っているとしても恐らく一つか二つ。もしくは0。まだ、誰かがカードを開いていないと見るべきだ』


『FC、イギリスのあの神を招来したカルト。ザ・タワー。ゲルマニア。こんなところか?』


『いいや、もう一つ』


『?』


『君はどうして組織だけがソレを持っていると思う?』


『どういう意味だ?』


『北米の南にあるとされる米軍とカルトの抗争で生まれた亜人が今は国を作っている。彼らの上役はどうやら米軍出の研究者らしいが、考古学者だ』


『……発掘された可能性があると? あの発掘調査隊に同行していたのか?』


『いいや、そうじゃない。でも、意外な人間が持っていたとしてもおかしくはない。全ての可能性は頭の中に入れておくべきさ』


 女はフードの端に見える唇の端を歪めた。


 *


「いやぁ~~参った参った。もしも、この子がいなかったら、我らは吹き飛んでいるな」


 肩を竦めた老考古学者。


 今は老人の姿を取る男。


 卵の将軍に最も嫌われた人間。


 アルカディアンズ・テイカーの創始者。


 そして、今は背中に触手持つ亞人達の長。


 同時にまた一人の少女を助手にする彼。


 ザ・マッドの名を頂く存在。


 頚城を自ら生み出す事すら出来る彼は今、本業と言えなくもない講義を行っている。


「さて、君達。まだ、名前も無い君達。名前の登録は早めに済ませてくれたまえよ。生憎と長い番号を羅列するのは好きじゃないのでね」


 ガラート・モレンツ。


 その老爺と言うには若い男が大学の講堂を貸し切り、今はローカルネットで屋内退避していたアルカディアンズ・テイカーの若き亞人達に黒板を使うでもなく電子用のレジュメを用いて知識を分け与えていた。


「はい!!」


「何だね? 出席番号83番」


「教授!! こんな事をしている場合なのでしょうか?」


 取り敢えずブラをせずに大きなF言葉入りのTシャツを着込んだ亞人女子が手を上げて訊ねる。


「我々に出来る事など何も無いとも!! 正しく、袋のネズミ!! おっと、生憎と此処にネズミはいないんだったな。HAHAHA」


「?」


「いや、済まない。忘れてくれたまえ。まぁ、世界が滅びようとやらねばならない事は変わらない。幸いにして屋外の食糧生産プラント地帯は無事だ。助手君の防御方陣でな」


 彼らが根城にした一帯には大量のハイマシンナリー・プランツが植えられており、今は一時の休憩だと昼夜なく収穫していた状況だったにも関わらず無人となっている。


 そして、彼らから遠からず海辺にいる艦隊は身を寄せ合うようにして湾内に浮かんでおり、米海軍の一団は屋内活動で今は生まれて来る子供を取り上げ続けていた。


「米海軍の司令部の方も今は何が出来るわけでもないと分かってくれているし、意志あるゾンビ君達はこの状況に我関せずだ。問題はない。問題なのはむしろやる事が無さ過ぎて、若い君達が恋愛事情を発展させた挙句に刃傷沙汰になる方だよ」


 ジョークを言いながら、彼は講義を続ける。


「さて、何処まで話したんだったか?」


「あ、はい。中国内のとても昔の廃坑に潜ったところまでです」


「ありがとう。83番の君」


 男が自分の冒険譚のように……否、若い頃の冒険を資料として語る。


「その当時、私は旧い遺跡などではなく。古い炭鉱。それも炭鉱火災の起きた炭鉱をよく調べていたのだ」


 遠い昔を懐かしむように男は笑う。


「何故か? 簡単だよ。見付けた古文書の一つにね。こう書かれてあったんだ。无極七母の力を我ら封ぜん。とかな」


「むきょ?」


 83番が首を傾げる。


「中国の古い古い隠された話さ。恐らく原初の大陸と呼ばれる世界の話を言っていたんだろう。だが、私が惹かれた理由は単純だ。秘密の封印の仕方があまりにもあんまりだったんだ」


「あんまり?」


「その当時、その内陸部でも有数の隠し坑道が燃える石に火を放つ事で封鎖された。これは道教系の組織が行ったらしいのだが、まったく馬鹿馬鹿しい事にね。その炭鉱は限りなく有望なもので金銀にダイヤ、鈴、銅、他諸々出るとんでもなく儲かるはずのものだったんだ」


「その坑道を燃やして秘密を封鎖したって事ですか?」


「そう、そうだよ。だから、見て見たくなるじゃないか。彼らの隠した秘密が何だったのか。だから、人知れず、現地人ですらも単なる山奥としか知らない場所に入り込んで、遭難したら誰も助けに来ない一人旅と洒落込んだわけだ」


 男が写真を壁一面にプロジェクターで映し出す。


 色褪せた写真を取り込んだらしい焼け焦げた坑道内は驚くほどに広く。


 同時にまたいつ崩れてもおかしくない程に焼け焦げた跡があった。


「沈火が凡そ1990年代だったらしい。地元の情報を集めるとその頃に地域一帯が寒冷化したとか言っていたからな。だが、千数百年以上燃え続けていた炭鉱だ。全てが炭化していると思っていたのだが、ロマンというのは何とも面白いもので……無謀で自分を過信した馬鹿な発掘野郎に微笑んでくれる事もある」


 写真の画像が切り替わる。


 広大な炭鉱内部の最奥と思われる場所。


 そこには七望星が彫り込まれた岩らしいもので封鎖された場所があった。


「何とだ。炭鉱の地下700m。本来、摂氏数百度は無いとおかしいだろう場所にまで続いていた炭鉱内部は冷え切っていた。ついでに言えば、これほどの深度にも関わらず崩れていなかった。千年以上前の技術で掘られ、ずっと燃えていた業火の最中にも関わらずだ。これはおかしい」


 カシャリと画像が切り替わる。


「隠し部屋を見付けて内部の竹簡を確認したら、不思議な術で炭鉱内部の一部のみを燃やしたとある。ついでに言うと燃えていたのは上層部のみで下層部は燃えたように偽装しているだけだったらしい」


 ガラートがお茶を啜る。


「そして、私は自分の運命を悟ったわけだ。謎の奇妙な術を常人にも分かる古代中国語の書体とにらめっこして解読し、懐中電灯やヘッドライトが後何分持つか分からないという状況で極限の集中力を手に入れてもいた。それで私は魔法の存在を知った。実行した手順で本来動くはずの無い封印が動いたんだからな。いやぁ、この下りまで話すと与太話だとよく生徒達が呆れていたっけな。アンタはハリウッドの考古学者じゃないんだぞ? なんて瞳で見られる事もしょっちゅうだった」


 筋骨隆々の彫刻みたいだったり、嫋やかな女神みたいだったりする美男美女揃いの10代から20代の背中から触手をウネウネさせている生徒達がざわめく。


「で、見付けたのが御大層な“鎧”だったんだ」


 鎧?


 そう生徒達の頭には疑問符が浮かぶ。


「それに触れるとな。こう~~ぶわ~~~っと頭の中が整理された。ついでに何か自分に足りないものが解った。それからはわざわざ陸路で他国に鎧を運び出して、必要な知識を得る為に大学で書籍とにらめっこの日々さ」


 ガラートが青春という顔で若い頃の自分の写真を見やる。


「それで色々と学問に詳しくなっていったら、いつの間にか。そう、いつの間にか変人天才考古学者と呼ばれるようになった。魔法使いだと事実を言えば、生徒達は誰もが笑ってくれたから、面白可笑しく講義をしながら、悠々自適に過ごしてきた。だが、それも十数年前のゾンビ出現で御破算」


 肩が竦められる。


「米軍に協力して、色々と見せて貰ったが、嫌味な上司にグチグチ言われるのが嫌でなぁ。しょうがなく大人しいフリをして色々と嗅ぎ回っていたわけだ」


 自分の遍歴を語る男の話にへぇ~~くらいの瞳で見る者は多かったが、一部には波乱万丈な人生に目をキラキラさせる亞人達もいた。


「ワシも随分を歳を喰った。もしも、ハリウッドで往年の考古学者映画が撮られれば、ワシは正しく友情出演しても何ら問題無いくらいの経歴になってしまった。いやぁ、歳を重ねると柵が増えて面倒も増える。死ぬ時はせめて宝物でも発見して笑顔で『きょ、教授ー!!?』ってコメディチックに送られたいものだが、それも叶わん事が確定したようだし……」


 老人が顔を洗うような仕草をすると同時に若返った顔でニコリとした。


「ここらで実力を出してみようかと思う」


「実力?」


「ふふ、助手君にも及ばないがね。まぁ、そのウチに分かるとも……どうやら北極は激戦になっているようだし、最後の大隊もBFCも恐らくは行動限界。残っているのは我らアルカディアンズ・テイカーと魔族のみだ。此処で動くのは確定的だよ。君達」


「教授!! 何をなさるんですか!! ロスアラモスへの攻撃でしょうか?」


 真面目なメガネを掛けた男子生徒がYESの文字が入ったTシャツ姿で訊ねる。


「君達、若人の命を消費してまでやる事などありはしないよ。彼ら騎士団を筆頭に大勢の人類には悪いが、どうやらこのまま行けば、君達の未来は無い。解るんだ。彼は選択をした。あの翼を見た時に何となく解った。要は人類が未来へ進まざるを得なくなった」


「は~い。教授~未来って何ですか~」


「人は獣。屍は神。理由は単純。人類とはそもそも人類などではないのだよ」


「はい?」


「だが、恐らく古代ガリオスの人々はソレを良しとはしなかった。最も自分達に近い存在が獣では世界を歩くには暗過ぎる。だから、彼らはこの星の法を自らの手で変えたんだ。それがどんなに残酷な未来を人々に付き付け、同時に大きな問題を孕む事になるか知っていながら、ね?」


「解りません!!」


「結構!! 解らないヤツに教えるのが教師というヤツだ!!」


「そんなものでしょうか?」


「ああ、そうだとも。新しく敷かれた法は人を獣に戻そうとする外なる者達とも、屍として神にしようとする最後の大隊とも違う。嘗てのガリオスの祈りを推し進めるものに違いない。だとすれば、最前列に並ぶ君達は人に戻る過程で愉しくない現実とやらに押し潰されるだろう」


「やっぱり、解りません!!」


 正直な生徒達は複数人出ており、周囲がざわめく。


「心配するな。方法は考えてる。FCの諸君!! 君達には働いて貰うぞ? 屍でも神でもないが、それに最も近しい君達は頚城を本当の意味で超えていく可能性。人と獣と屍と神。その全ての狭間に立つ者なのだからな」


 今まで講義を聞いていた者達。


 その中でも001と呼ばれる青年が立ち上がる。


「どういう事ですか? 教授」


「人に捨てられ、魔術師に育てられ、屍に救われ、私が指導した君達こそが、人類を救う本当の主人公という事だ。生ける屍は救い主に非ず。されど、生きる人々にもまた救いではなく、新たな未来が示された。簡単に言えばだ。彼ら人類は大人しく救われとく方だって事だな♪」


「解りません。教授……」


 001が溜息を吐く。


 目の前の男がまったく人に分かり難いのはこの数か月で身に染みていた。


「……頚城とは祈りだ。人の終わりを、人に留め置く為の頚城。屍が動くのは神になりそこなったからだが、君達が動くのは獣や神になったからではない。命のままに次のステージへと進む為なのだよ。まだ名も無き亞人の子らが人の手で造られた獣にならぬ半獣半神ならば、今の君達は半人半霊……魂の階梯の上に向かう途中と言える」


「……半人半霊……それは一体」


「恐らくは善導騎士団。彼らが選択を為した。獣になる人々を救い。半機半霊となろうとしているBFCに救いを阿るのでもなく。半神半霊にして救おうとする最後の大隊でもなく。人が人のままに未来へ向かう道は―――人ならざる者を人にする道だ」


「人に……?」


「残る可能性は二つ。半人半魔。そして、半魔半神……彼ら魔族は強大だ。さぞかし、日本は困った事になるだろう。恩を売っておくのも悪くない」


「……我らを導いていた“彼女”は正しかったと?」


「いいや? 私からすれば、方法論と手段が赤点だ。共産主義が一見して幸せそうな論理に見えるのと同じような落とし穴だな」


 肩が竦められる。


「原理主義過激派みたいに言われるとさすがに……」


「君達だって、その類だっただろう? 要はだ。現実と理想は違うものなのだよ。折り合いを付け、その時点での状況に合わせて柔軟に対処出来ない者が生き残る理由などない」


「………」


「その点で言うと倫理と道徳に目を瞑れば、一番ネストル・ラヴレンチー率いる者達は現実を見ていたと言えるな」


「現実ですか……」


「彼らはシンプルだからな。彼らの最終目的を知っているかね?」


「何でしょうか?」


「最終的に人類が滅ぶならば、自分達の仲間が増えるように人類を強制的に増やそうというのさ」


「はい?」


「いやいや、冗談じゃないよ?」


「……それはつまり、人間を救うと?」


「いや? 仲間を増やすの間違いだ。彼らがどうして赤子を肉の塔で量産していると思う? 簡単だよ。あの塔で量産されているのはゾンビにならない人類だからだ」


『ッ―――』


 多くの者達がさすがに驚いた表情になる。


「彼らは方法を見付けたのさ。人を獣に戻さない方法。人を屍にしない方法。それと同時にもっと完璧な自分達の同胞を創る方法にね」


「同胞?」


「至って単純、至極簡単、極まってシンプルイズベスト。人間が生むから獣になる。ならば、人間に産ませなければ、獣にならない。そして、それらが頚城を以て魔術師となった時、ゾンビではなく。君達に近しい三位一体となる」


「一体、本当に一体……どういう事なのですか?」


「あの塔は魂を漂白した無地の生命体なのだ。要は人間らしさを限界まで削ぎ落して、獣となる原罪をそもそも持たないように作り替えている」


「原罪……」


「彼は恐らく魔術師としてあの遺跡で真実を知ったのだろう。そして、自分があのようなものになったからこそ、その理由を解明し、原理を解き明かし、子供を大人の体に入れ替えてまで色々と実験していた」


「……全てはあの塔を作る為のものだと?」


「ああ、間違いないだろうな。彼はどちらにも対応出来るようにしていたのさ。BFCと最後の大隊。どちらが勝っても、彼らは生き残る」


「それが可能だと?」


「彼らの生み出したい本当の同族が産まれたならばね。人類において魔族化した頚城として初めての個体が彼であった事はある意味で祝福だろう。彼らが生み出す者達は獣を原罪無き人と神と魔の資質が紡ぐ本当の現人神として出現する。たぶんだが」


「現人神……」


「もし、どちらの勢力が勝っても過去の世界でならば、彼らは最終的に漁夫の利というヤツだったのさ」


「その言い方だと今は違うように聞こえますが?」


「頚城は獣を神にする術式。そして、魔族は一部ならば、勝ちを拾えるかもしれないが、全体的には頚城を使えない故に不利だった。頚城は人の為にあるからだ。それを超えて使おうとすれば、人間を使う事になる。魔族には最初から芽が無いと踏んだ彼は独自路線を敷いたんだろう。誰が勝ってもいいようにな」


「……他の勢力が勝ってもいいと?」


「現に君達へ取り入っている」


「―――」


「意志ある頚城とは長い時間を掛けて現生人類に溶け込んだガリオス人の遺伝子が強く発現している“あちら側”の先祖返りと呼べる人々に術式が感染し、一定確率で現れる症状だ」


「ッ」


「それは本来この星の人類には最後の福音として機能するはずだった」


「福音?」


「ああ、そうだ。だが、切っ掛けはともあれ獣へと堕する人類の黄昏がやってきた。それと同時に不完全な頚城の術式は原初の大陸の人間には劇毒のように作用し、こちらの人間に対しては動く屍にしてしまう悪夢となった。この状況に陥った事に逸早く気付いた最後の大隊はだからこそ、儀式を始めたはずだ」


「儀式?」


「大昔に書かれたガリオスの筋書きを変えて、獣になる人類を“救済する”。そして、BFCは頚城を得た事で発展した技術により、独自の救済案を考え出した。それが魔術の機械化にして彼らの力の根幹となったテクノロジー【|Ghost Relation Tecゴースト・リレーション・テック】GRTだ」


「貴方はどうしてそんな事を知っているのですか?」


「米軍の極秘アーカイヴで色々と調べたのだよ。そして、流れ込んで来る情報を整理しただけだ」


「流れ込んで来る?」


「秘密だ。まぁ、簡単に言えば、輪廻転生の機能的な機械化だよ」


「輪廻転生の概念や機能をシステム化するのですか?」


「無論、彼らはその為の準備を短期間で整えただろう。だが、四騎士との戦闘に敗北。都市は米軍の横槍で重要な頚城を失って核で消滅。この短い期間で死の世界から舞い戻って来た事は褒めてもいいが、時期を逸してしまったな」


「……善導騎士団」


 001の言葉にガラートが頷く。


「そうだ。彼らの登場により、舞台役者共は誰も彼もがシナリオの修正を求められた。順当に行けば、BFCか最後の大隊が勝っていたところにとんだイレギュラーだ」


「色々と見えて来ました。で、最後に訊ねたいのですが、獣とは一体何なのですか?」


「ああ、説明していなかったな。コレだ」


 ガラートがPCを操作すると同時に発掘された化石らしきものが出て来る。


「凡そ20万年前の地層から出て来た“人類の化石”だ」


「―――」


 誰もが言葉を失う。


 そこにあるのは臓器を大量にぶら下げた人型の何かだった。


「ちなみに今の教科書に書いてあるホモサピエンスは恐らく途中で絶滅している。ただし、文化文明を得ていないという話ではなく。統合されたというべきだな」


「統合……」


「ああ、途中でその当時の猿みたいな彼らに似た“人型”が共に暮らし始めたはずだからな。彼らも気付かなかったんじゃないか? 自分達の天敵が消えて、まさか自分達と同じ姿で暮らし、子を成し、遺伝子を乗っ取られた。なんて」


 ガラートが事も無げに言った。


「ま、元を辿れば、植物か動物かも分からないエディアカラ期からの同胞だ。差別してくれるなという話かもしれん」


「………」


「ああ、ちなみにミッシングリンクとか。大量絶滅期の大半はその化石の“人類原種”君達が外なる者達でも召喚してたと思われる。いやぁ、うっかり犠牲にもならず他の生物に食べられる事も無く。岩石と岩石の隙間にすっぽり落ちて即死した個体なんていたのが運の尽きだな。私に発掘されてるわけだ。ははは」


 誰もが押し黙っていた。


 何やらとんでもないことをサラッと流された気がしたからだ。


「FCの諸君。君達はお尋ね者だが、力ある者達だ。日陰者ならば、日陰者らしく。こそこそと立ち回って利を得よう。君達を日本国内に向かわせる。目標は魔族の大規模な儀式術の破壊工作だが、相対すれば幹部級相手には誰であろうと即死。極秘ミッションとなる」


「了解しました。とりあえず、さっきのは忘れて任務に励む事にしましょう。それで日本までどうやって向かうつもりですか? 生憎とロスアラモスのせいで直線距離の横断は不可能。周辺地域以外は生きた森で北米中央部が封鎖されていますが……」


「カモン。我が秘密」


「ッ」


 教授の背後に何かがフッと浮かび上がる。


「―――それは……」


「魔法使いには秘密が一杯なのだよ。面倒だから記憶や諸々の技術を一緒に封印したり、条件付けで解放されるようにしている。この人類終末期においては正しく条件は満たされた。私が君達を跳ばす」


「頚城の模造品……」


「いいや? これはそちらではなくてね。どうやら道教の彼らは間違えていたようだぞ。これは……」


 男が微笑んで肩を竦めた。


「魔王の頚城だ」


 彼らは見る。


 自分達の指導者が虚空でその鎧に後ろから喰われるかのように抱かれ、一体となっていく様子を……彼が自分達の真なる指導者になったという実感を……。


「征け。君達の未来は君達で切り開くのだ。若人よ。世界を掘り返して一喜一憂する為にもまずは安らかなる後方と実績を勝ち得よう。生憎と信頼は無いのが私であり、君達だからな♪」


 彼がFC達を集め送る先は彼が頚城と化して各国に送った諜報部門の長達の国。


 新たな局面に入った世界には立て続けに新たな事件が起こり始める。


 それは別れと出会いの物語に違いなかった。

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