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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第183話「静寂に響く誓い」


―――ニューヨーク地下【神の寝所】


「彼らが来た……だが、儀式は既に完了した。後は仮面の接収だが……先程の君の計略で消えるかと思った米軍は無傷。これが一番痛いな……大統領、彼の能力は厄介でな。このままでは十中八九邪魔されるか。もしくは接収したソレを取られかねない」


 ロナルド・ラスタル。


 白衣の男は今、神が座主最下層にいる百万以上の市民達が眠る繭が壁一面に敷き詰められた巨大な縦穴の中心部。


 白いグネグネした巨大な肉塊に無数の目玉が付いたものの上に椅子を置いてお茶を嗜んでいた。


 神の瞳は僅かに微睡んでいるようにうつらうつらと閉じ掛けで、その横にいる臙脂色の鎧の男ジョセフが肩を竦めていた。


「彼は何者なんです?」


「放送は聞いていただろう?」


「ええ、ですが、能力が問題なのでは?」


「ああ、そうだ。彼の能力は幻だ」


「幻?」


「ああ、現実を書き換える程の幻。だが、現実にある命以外のモノを出せるが現実に残留しない。ついでに言うとあまりにも高度な代物も殆ど再現出来ない」


「反則ですね」


「まさか、軍一つを賄える程に成長しているとは……変異覚醒の先駆けだった部隊の生き残りがまさか此処までとは思うな」


「弱点は?」


「レーションを出してしまうと食べた人間の肉体に定着した後、能力の解除で現実が改変され、スカスカになる。という事が報告されている。それで従軍中は隣人達を失った。まだ、能力が良く分かっていなかった頃の話だ」


「……悲劇ですか?」


「いや、悲劇というには残酷過ぎる。生憎と彼が失ったのは彼の恋人や彼の友人達だったそうだ。それも食事を満足に取り続けた数日後に即死した」


「BFCが悪魔と呼ばれる理由が良く分かる話だ」


「はは、ちゃんと注意深く使えと警告はしたとも。当時の現状が酷過ぎた。それだけだ……時間だな」


 彼らが見守る最中。


 虚空に浮かぶ肉の塊……神の瞳が次々に閉じていく。


 それと同時に内部から人間が入りそうな程の大きさのシリンダー状の円筒形物体が数十本ガンガンと音を立てながら飛び出し、その表面がガシュンとロックを外された壁面を弾け飛ばせ、内部から白い肉塊で出来た人型達が次々に出て来る。


「神の侵食が完全に停止した。寄生していた落とし子を体内からイジェクトする」


 ロナルドがポケットから取り出したグリップの灰色のボタンを押し込む。


 すると、透明な繭の中で壁面と繋がっていた人々の臀部より上。


 尾てい骨辺りの浸食部位が急激に膨れたかと思うとパァンと弾けて内部から白い液体がドロリと溶け出し、ビクリと人々が全身を震わせた後、グッタリと再び眠りに着く。


「免疫反応の局部亢進による異物の排除は終了。筋繊維と骨が剥き出しだが、数分で閉じる。後は彼らに任せよう」


 言っている傍から彼らのいる地点から程近い壁が歪んだかと思うと周辺の繭がグニャリと変形し、大きな穴が開いたかと思えば、数名が飛び込んで来る。


 即時速射。


 2人に向けて放たれた弾丸の雨はしかし、瞳を閉じた肉塊の上に展開していた人型の化け物達……神と同じ肉質の何かの両手から放たれた無数の細い触手の網で逸らされて次々に別方向に向かうも、触手から離れる寸前に起爆。


 近接信管で相手の触手をボロボロにした。


『――――――』


 容赦なく攻め立てて来る五機の機械天使の装甲と背後の善導騎士団の外套を身に纏う総員による威力を抑えて控えめに市民を救出する為の攻撃はしかし―――。


『後は任せた。我々にはやる事がある。此処でお暇させて貰うぞ。善導騎士団。ポラリス!! 全隊時間を稼げ!!』


『!!!?』


 誰もが目を見開く合間にも虚空で叫んだジョセフの乗った肉塊が急激に浮上して地表へと消えていく。


 だが、その上層部分を触手で封鎖した数十匹の白い人型達が、ウナギのような頭部を変貌させて、顔と髪を形作る。


『メイ。悪いが市長を追わせる事は出来ない』


『ほ、本当にポラリスの―――隊長!? まさか?! ジョセフ。貴方は一体、皆に何を!!?』


 悲鳴が天使の一機内部から上がる。


 隊長らしい男が先頭となって虚空で触手を用いて隊伍を組む。


『メイ。悪いわね。貴方ばっかりに貧乏くじ引かせちゃって』


『ハンナ!!?』


『悪いな。メイ。済まんが此処から先へは行かせられんでな』


『アントン!?』


 メイと顔見知りの者達が化け物から頭部のみを変形させて、姿を取る。


『メイ。我々は今もポラリスのつもりだ。そして、多くの隊員もまた人間のつもりだ。こんな化け物になってもな。いや―――ようやく、一般隊員から我らの気持ちが解ったと言われてしまう始末さ。嬉しいやら哀しいやら』


『隊長!? どうしてそんな事に!!?』


『ジョセフは我らを犠牲にして全ての市民をあのBFCの男の手で改造した』


『か、改造!?』


『本来、時間の遺されていなかった市民の変異覚醒はこの10日で8割に到達していたのだ。だが、そのまま覚醒が進めば、殆どが化け物になるのは確定的な状況だった。だが、BFCのヤツは取引を持ち掛けた。少数の犠牲で市民の変異覚醒を阻止し、変異覚醒出来ないようにする技術があるとな』


 その言葉にフィクシーが機体の中でまさかと目を細める。


『ヤツが言うにはあの仮面の力に対して神の力を持って変異覚醒を圧し留め、神の因子を一部取り込ませる事で市民の変異を防止する。ただし、神の因子が強過ぎれば、神に乗っ取られる。我らのように……』


『犠牲を使う魔術を科学の力でやったのか』


 そのフィクシーの言葉に50代の男の肩が竦められた。


『詳しい名前は知らない。だが、我らは極度の変異と神の侵食を押し付けられる側というわけだ。君達が解析していただろう地下の儀式。それは我々に過剰な力や変異を押し付けるものだ』


 魔術師技能がある者達はその犠牲が如何に人道に悖るものかを知っている故に思わずやり切れない顔を天使の面の中で噛み締める。


『それで市民は最低限の因子のみを吸収して開放。今後も極めて覚醒し難い因子を遺伝子に保持する事が出来るとの事だ』


 触手が次々に壁際の繭に引っ付いて行く。


『元々、BFCはゾンビ……我々ポラリスの中核隊員にしていたように頚城の実証データを集めていた。そして、旧き時代の神や変異覚醒の研究も続けていた』


『また、悪魔の取引をッッ!? あの頃の我々がされた事を今またどうしてですか!? 他にも可能性は―――』


『時間は無かった。それだけだ。それだけだよ。メイ』


『―――ッッッ』


 隊長の言葉にメイが内部で歯を軋ませる。


『だが、救われたのは事実だ。もはや猶予は無かった。市長の決断に我々ポラリスは乗った。神の因子と同時に大量の変異覚醒者と繋がって変異済みの遺伝子を我らが引き受けるコンバーター……いや、ハブのようなものになったとの事だが、どちらの力も拮抗する程に受け入れたおかげでまだ意識はある』


 穴は既に塞がれていた。


 神の力は弱まっていたが、それにしても今度は人の壁で取り囲まれた檻として、その巨大な縦穴は機能し始めている。


『これは単純な罠だ。君達を誘き寄せ。彼との契約を果たす為の時間稼ぎ。無論、全員が死を覚悟している。化け物になってまで長生きする気も無い。手前勝手で悪いが善導騎士団……君達に後は任せたぞ。どうやらそろそろ人格も消えるらしい』


 男女共に次々に顔がウナギのようなノッペリとしたものに戻りながら、グネグネと絡み合うようにして融合し、それと同時に縦穴の最下層に触手と肉塊となった者達が落下していく。


 誂えたかのように最下層付近には一切、市民の入っている繭は無かった。


『メイ殿』


 フィクシーが呟く。


『―――分かって、解って、いますッッ!! 仲間達の決断を無駄には、しない!!』


 周辺の者達が全員で暗い地の底。


 繭が無くなった場所から巨大な結界を張る。


 それと同時にメイが乗り込む機械天使がその結界の先で無数の赤い瞳を爛々と輝かせた何かに向けて……両手を翳した。


『―――さよう、なら……全エネルギーを熱量に転化……………放出』


 呟きが終わった途端。


 両手の先から突如として溢れ出すように輝きが地の底に噴出した。


 ソレは数万度にも及ぶ熱量の放出。


 たった、それだけの事。


 燃え盛る業火の中。


 瞬間的に焼却すらされず。


 その光景を見ていた彼らはゆっくりと燃え散っていく白い塊と紅い瞳が僅かに優しく細まった……ような気がした。


『ジョセフ―――』


 そこに籠るのは憎悪かもしれないし、あるいは悲哀かもしれない。


 だが、一つだけは確かだ。


 自分もまた朽ちていくはずの彼女は自らのケジメを付けずして、決して死ぬ事は無いだろう。


 それだけは真実に違いなかった。


 *


 北米の天変地異から数時間。


 迅速に行動を起こした米軍はニューヨークに張られたフィラメントの結界内部で何とか死人を出さずに規律を維持していた。


 編成された陸戦隊の多くが耐ゾンビ特化の兵装を身に付けて、旧時代の遺物染みた古い信頼性抜群の兵器で身を固めた姿は正しく旧時代の米軍を思わせるミリタリー色が強いものであり、日本で米軍が見せていたフューチャーコンバット・システムという名前がピッタリのSF兵装とはまったく違っていた。


『こちらHQ。ニューヨーク地下に向かった善導騎士団との通信途絶から8分、未だニューヨーク地下の空間変動による観測不能化は解けておりませ―――』


 通信の途絶。


 それと同時にハート・アイランドを囲うように展開していた軍が即応体制に入ったが、ニューヨークのメインストリートの一角が爆砕すると同時に虚空を昇るようにして現れた巨大な白い肉塊へ配置されていた軽量の地対空自走砲によって目視で照準されて命令無しに迎撃が開始された。


『大統領。現れたそうです』


「分かった。こちらは準備を整えた。派手なパーティーになるかもしれない。情報参謀諸君。ご苦労だった……全隊をハート・アイランド周囲から遠ざけておいてくれ。此処からは私の時間だ」


『……もしもの時の事はお任せ下さい』


「ああ、お願いする」


 通信は短く。


 すぐノイズで連絡が取れなくなる。


 だが、男は……合衆国大統領は高速で飛来する神の肉塊を前にして微動だにせず。


 曇り空の下。


 一つの大きな屍蝋の仮面が浮かぶハート・アイランド中心部で待っていた。


 周囲には誰もいない。


 周辺に展開していた部隊も下がっていく。


 ほぼ10m程まで近付いた両者が視線を交わし合う。


「ハワード。久しぶりだな。君が人類における科学によって、その階梯まで到達した変異覚醒者第一号だ」


「ロナルド・ラスタル。こうして直で会うのは初めてだな。存外、マッドサイエンティストのような面だった事を思い出したよ」


「ギーク崩れと昔のように蔑まないのかね?」


「HAHAHA、もうそんな気は無いさ。ハンナも友人達もオレのせいで逝ってしまった。アンタが悪いとも思わない。全部、失ってから良く分かるというのも……あの頃は老人連中の戯言だと思っていた。全て若造だったオレの責任で……高い授業料をあいつらに払わせちまった」


「そうか。君は手強くなったようだ」


「それで今度は新しい若造を誑かしたか?」


「ああ、彼は犠牲を払っても生き残る事を望んだ。私は技術と引き換えに犠牲を用いてデータを得た。そして、此処に仮面が存在し続ける限り、事態は進行し続ける以上、コレをここから引き剥がすのは必然だ」


 ロナルドとハワードが会話する後ろで四騎士の鎧にも似た男は周囲の警戒にのみ意識を割いていた。


「コレは一体何なんだ?」


「神の一種だよ。本来、“黒き星”の一部が降り注ぐはずだった場所に何も降り注がなかった。この世界で唯一人類による完全救済の可能性があった【ジオゲーム】の終了と共に世界は新たなステージへと至り、本格的な歪みは局所的な次元の歪曲として一種のサブタイプを生み出すのだ」


「まったく分からん」


「分かり易く言おう。世界を救った反動で本来滅びるはずだった地球の運命が歪んだ。そして、役割を終えた地球が本来の姿に戻ろうとしている」


「本来の姿?」


「原始回帰現象だ」


「原始、回帰……」


 ハワードが瞳を細める。


 その時、次々に周囲へ人型の内臓をぶら下げた肉塊のような化け物達が現れる。


「これもアンタの仕業か?」


「いいや、これは正常な反応だよ。人類が異なる神の出現によって本来の姿を取り戻しつつあるというだけの事だ」


「―――何だと? 人間?」


「卵の将軍にでも聞いてみたまえ。我らの内実に最も詳しく。BFCと四騎士の関係、何を争っているのかも見当は付いているはずだ」


「彼は生憎と今は大西洋で野暮用だ」


「ちなみにその“化け物”と呼んだモノに人間が接触すると現実に肉体を得た化け物になる。その際には魂の初期化によって人格は消える。十分に気を付ける事だ」


 肩を竦めたロナルドが触手の一部を仮面へと手の形として延ばす。


「おっと、悪いが合衆国の資産に手は出さないで頂こう」


「はは、ならば、どうやって止めると? 生憎とこの神は制御下だ。お得意の変身でもするかね? 悪いが、型落ちを前にして負けてやる要素は無いぞ」


「ふ……学者の先生というのはこれだから堅物だと思われるんじゃないかな。ロナルド・ラスタル……確かに我々は古臭い米国そのものだ。男達はヘルメットに防弾ベストを着て、アサルト・ライフル片手にゾンビと戦うゲーム染みた戦争で一喜一憂する頭の古い古参兵ばかり。いや、まったく……だが、我々には同盟国がいた」


 言っている間にも手は仮面を掴み。


 ゆっくりと引き剥がそうとしていた。


「日本は良い国だ。いつも新しい価値観を発見させてくれる。この数年、アニメと漫画は子供達の娯楽として大いに流行したな」


 ロナルドが聞いてやろうという仕草で両腕を組んで見下ろす。


「私の能力では現代の高性能な電子機器は再現出来ず。此処まで能力を高めても精々が無線や一部のデジタル機器が関の山。いっそ、全身鎧でも着込ませた方が防弾ベストよりは防御力が高くて良いかもしれない。そんな具合さ」


「……なら、どうして何も諦めていない?」


 神の白き腕が虚空からべりべりと仮面を引き剥がしていく。


「HAHAHA♪ 当たり前だろう。君は知らなかったのかね? 私がアメリカ合衆国大統領だからだ」


「何?」


 ロナルドが初めて顔を固まらせる。


「人種差別、貧富の格差。移民難民問題。寡頭制の弊害。無能を切り捨てる社会は弱肉強食で毎年毎年医療破産する者が後を絶たず。銃社会の深刻さは無差別殺傷事件や銃による死者の増加で目を覆わんばかり。馬鹿と無能には澄み難い国と化したアメリカは資本主義というよりは資本制寡頭主義や一部の偏った主義思想が大規模化する事でそれに属する金と権力と能力がある人間にのみ優しい世界だった」


「正しく我が国だな」


 そう言うものの。


 ロナルドの瞳は険しいままだ。


「先日、私は日本の首相が星になったのを見た。ああ、こんなにも人は輝けるものなのかと……忘れ掛けていたあの頃の気持ちを思い出した」


「………」


「正直、敵わないと思ったよ。ずっと、心の何処かでもう諦めていた。仕事をしながら、準備をしながら、それでも人類には欠片も未来は無いだろうと思っていた」


「………」


「でも、彼が人々の心を動かした時。オレも動かされた。そうだ。あいつらが、オレの戦友達が護った世界を、どうして諦めなくちゃならない」


「………」


「現実だから、数字が足りないから、受け入れるしかないと諦めたならば、今まで合衆国が払って来た、オレ達が払って来た犠牲は何だったんだ」


 遂に仮面が島から離れた。


「だから、オレが変わろうと思ったんだ。あの頃……青臭い事を言っていた時、困難の中でも笑っていられたオレこそがきっと人々には偉大に見えたんだろう。今はもうそんな輝きが無いとしても、アメリカ人を護るのはアメリカ合衆国政府と米軍の仕事だ」


 彼が跳躍する。


「合衆国はまだ滅んじゃいない。いや、オレ達がいる限り、必ず守って見せる。そうだ。オレが、オレ達がアメリカだ!!」


「ッ―――ソレは!?」


 ロナルドがようやく異変に気付いていた。


 無数の内臓をぶら下げた化け物達がニューヨーク市街に溢れ返っているはずだと言うのに米軍の発砲音一つ聞こえて来ない。


 それはどうしてか。


 その答えは今、正に変身している男にある。


 次々に男の肉体に鎧が虚空から現れて装着されていく。


 装着されているというよりは現れているのが見えているというのが正しいか。


 現物だ。


 それは米国が今も手元に置いていたはずの現物……黙示録の四騎士を生み出した頚城の一つ。


 四騎士が白、赤、青、緑の色合いだったのに対し、男のソレは紫。


 パープルだった。


 滲むように肉体の上に浮かび上がっているのは空間を超えて装着されているから、何て話ではない。


 今まで男が能力で自分の幻を上に着込んでいたからだ。


 正しく、最初から男は切り札を身に付けた状態だったが、幻で隠していて、今その力を開放したのだ。


 そして、米軍もまた―――。


『軍隊が変身ヒーローになる時代が来たっていいだろう?』


 肉の塊達が押し寄せる各地の防衛陣地の只中。


 銃を撃っていない男達はセブン・オーダーズとフィラメントの敷いた小規模な結界の最中において次々に姿を変じさせていた。


 誰もが四騎士の鎧にも似ているが簡素な全身鎧を身に付けている。


 銃もあるが、剣もある。


 正しく四騎士の簡易版のように見えた。


 それが幻を着込んでいた男達の真の姿だった。


「は、はは、恐れ入ったよ。現実すらも捻じ曲げる幻。そうだ。そうだったな。オリジナルの頚城の鎧すらも無かったという幻で押し包んでいたか。ハワード!!」


『例え、幻でも、オリジナルに満たなくても、コレだけならば、一軍に着込ませるくらいわけもない。そして、完全に調整し終わったオレがコイツを着込んだ。意味は分かるな? Dr.マッドサイエンティスト』


「く……」


『アンタが言ったんだ。あの頃にな。変異覚醒者は四騎士の鎧さえあれば、頚城として更なる飛躍を見せると!!』


「この仮面だけは渡せん!! 人類を救うには絶対に欠かせない研究資材だ。済まないが時間稼ぎは頼んだぞ」


 腕が回収した仮面を吸収しようとするのをハワードが虚空で掴んで投げ放つ剣が切り裂き、零れ落ちたソレを拾おうとする腕を銃撃しようとしたアサルトライフルがジョセフの剣によって斬り落とされる。


『もう時間は無いぞ。彼らが来る。ニューヨーク市長。そこまでする義理はあるか?』


『契約を破れば、市民に被害が出る可能性すらある。アメリカ合衆国大統領。悪いが、協力者が逃げ切るまで付き合って貰おう』


『図らずも人類同士のイザコザでまた我が国の威厳は失墜するな。いやはや、まったく……大統領も楽じゃない!!』


 男達が高速で切り結びながら、ハートアイランド上空で当てに為らない遠距離攻撃を捨てて、致命傷を確実に与えられる近接戦で激突する。


 散る火花は波頭となってニュヨーク全域を呑み込む勢いの暴風を吹かせ、爆ぜた金属音が高周波となって樹木を、大地を、建造物を粉々に吹き払っていく。


 その人災の最中、化け物達に向けてありきたりの無数の小銃と迫撃砲が火力を発揮し、砲陣地が路面を爆砕させながら押し寄せる化け物達を消し去っていった。


 *


 大統領と市長が己の譲れないものの為にハート・アイランド近辺を灰燼にしながら激突し始めた頃。


 セブン・オーダーズもまた何とか空間の歪曲した地下から外へと飛び出す事に成功していた。


 ニューヨークのマンハッタン。


 一部の地下に通じる廃墟街の地下駐車場の壁が崩され、二台の車両が飛び出した。


 車両内部の彼らの耳元にノイズが奔りながらも、フィラメント経由での通信が入り始める。


 外にはフィクシーを筆頭にした五機の機械天使が先行し、上空へと昇っていく。


『こちら米陸軍情報参謀本部。状況は理解している。ハート・アイランド中心部で大統領がニューヨーク市長と交戦中。現地との通信は繋がらないが、静止衛星軌道上の監視網が仮面を強奪したロナルド・ラスタルを現在捕捉中。北西部の海域へ逃走を図っている模様』


『こちらセブン・オーダーズ。追撃態勢に入る』


『了解。敵進路をリアルタイムで送信する。現地の送信機材と衛生を経由する為、数秒の遅れはあるが、ほぼ間違いなく捕捉可能だ』


『これより五機の分隊による追撃へ移る』


 フィクシーを筆頭に術式経由で送られて来た進路に従って全機が即時高速巡行形態で加速し始めた。


 翅がまるで翼の如く航空機にも似て可変し、空を五つの魔力の色合いを宿して天使が飛翔した。


『フィー。敵情報来ました。ミシェルさんの解析結果では空間を捻じ曲げる例の白い肉塊。迷宮の神の力で空間を歪めてもぎ取ったような状況だと』


 ヒューリが解析データから導き出される仮面の確保方法に自分達だけで何とか出来るだろうかと目を細める。


『こちらアリス。フィラメントが例の仮面とやらの詳しい情報を持ってたわ。送るわね』


『何? 元々、大陸であった戦争で出た世界の外のモノだとの話だったが、情報が残っていたのか?』


 フィクシーが思わず驚く。


 9割損傷したフィラメントは再生しつつあるとはいえ、それでもバックアップすら残っているか怪しい程の損傷具合だったと報告はされていたのだ。


 こうして詳しい情報が出て来るとはさすがに思っていなかった節があった。


 全員が情報を読み込む。


『何だコレは……ッ、つまり!! アレは宇宙の外の神々との契約の証だと言うのか!? 何故、そんなものがこの世界にある!?』


『知らないわよ。ただ、メイさんからの情報やら諸々の状況を考えると。このニューヨークが儀式的に元々世界の外の存在と契約する儀式場だった可能性が高いわ。ちなみにウチのシステムに聞いたら本体が出て来たら何も残らず、私達のいる銀河系もしくは銀河団クラスの大崩壊でこの星の寿命は終了ね」


『き、規模感が全然違いますね』


 何処か深刻そうに聞こえない。


 ヒューリの声はユーモラスにすら聞こえたかもしれないが、それに突っ込みを入れる輩は居らず。


 ただ、ディオが溜息を吐くような仕草をしたのみであった。


『とにかくよ。あの仮面をロナルド・ラスタルに握らせておくのはマズイのは確かよ。出来るなら、無力化して神の肉体と共に確保する必要があるでしょうね』


『神の肉体もだが、ニューヨークにどうしてこんなにも……』


『とにかく、ウチのポンコツが言うには今の神の状態は恐らく魂魄をBFCの科学技術で消却しているからだとの話よ。つまり、抜け殻ね』


『神の抜け殻。器か? ならば、仮面は中身にする気か?』


『どうだかね。あの仮面の契約主様を入れる器として機能してるか。もしくはあの器に付ける外部機器みたいなもんかもね。あの契約の証である仮面そのものが力の根源ならば、それを接続した神の肉体は疑似的な神格として……意思の無い力の塊として運用が可能かもしれないわ』


『この世界では精霊と神格が産まれる余地が無い。ならば、その神とやらは……』


『人類が生み出す初めての神格になるかもしれないわね。主神級の……』


『世界の定理そのものが変質するぞ』


『それを狙っている線が濃厚ね。BFCや黙示録の四騎士を黙らせる新たな定理、法則の創造がもしも可能であったならば、一気に大勢力同士の間にロナルド・ラスタルが勢力を伸ばす事になる』


『どいつもこいつも!! 魔族だの、BFCだの、ゲルマニアだの、トワイライト・カルトだの、ザ・タワーだの、FCだのと……もう少し滅び掛けている自覚は無いのか!!? この星の連中は!?」


 さすがに今の状況の不味さを誰よりも実感するフィクシーが思わず愚痴った。


『フィ、フィー?』


『ああ、済まん。だが、誰かが誰かと手を取り合えていれば、多くの問題は無かったはずなのだ。問題行動が多発し続ければ、後手後手に回った善導騎士団では手が回らなくなるのは確定的。今回の米軍の事もそうだ』


『それは……はい。そうかもしれません』


『我々もその勢力の一つだが、事態は火急を要する。いいか? 外なる神々と呼ばれる存在は我らがいた大陸の主神級達すらも相手に為らない宇宙を上回る災害だ。それはとある存在達がようやく宇宙内部でだけ対等に戦い続けている事からも確かだろう』


『とある存在?』


『七聖女と魔王だ』


『?!』


『これでも大魔術師だからな。当時から色々と裏で情報は取得していた。だが、あまりにも入って来る情報の規模が我ら普通の魔術師の手には余るものばかりだったという事は間違いない』


『そんな、七聖女様や魔王が相手でようやく対等って事は……』


『ああ、絶対に今の我らでは勝ち目が無い。アイルランドで封印したあの邪神もそうだ。恐らくは世界の外からの来訪者……超高位魔族の大物や武闘派が戦ってどうにかなるか……そういうものの片鱗なのだ。あの仮面は……』


『何かに使われて暴走する前に叩くしかありません』


 今まで黙っていた少年が呟く。


『ベル。どうにかなるか?』


『今、九十九ネットワークと百式。更にフィラメントのラトゥーシャさんの間で情報を一部共有して、色々と検討してみたんですが、最終的に問題なのはあの仮面を破壊しても意味が無い可能性がある事、という点で一致しました』


『……アレはあくまで具現化しただけの証で契約の変更や破棄が無い限りは意味が無い。という事で合っているか?』


『はい。恐らくですが、アレは大地との契約。大規模な儀式術の類の痕跡は発見出来ていない為、恐らくは自然発生するような要因が何処かにあるんだと思われます。そう結論が出ました』


『それでは奪い返したところでニューヨークの変異覚醒自体は……』


『残念ながら影響力はそのままです。あくまでジョセフ市長は市民が変異しないようにしただけですから、このままだと北米大陸全土が変異覚醒亢進の影響下に呑まれるだろうと……』


『契約の破棄もしくは変更と言ったな。具体案は有るか?』


『一応、どうにか出来そうなプランが一つだけ』


『何だ? ウチにそんな高等な神格との契約破棄が出来るような儀式術は無―――いや、在ったな』


『フィー?』


 ヒューリが僅かに沈んだ様子になるフィクシーの声に思わず声を掛ける。


『契約がもしも変異覚醒に付いてのものならば、それに対して上書きする儀式は相応の内容になる。儀式術のランク的には宇宙内部での絶対価値や相対価値基準の採用で色々と変わりはするが……お前の考えている事は概ね正しい。ベル』


『ど、どういう事ですか?! さっぱりなんですけど』


『ベル。オレ達にも分かるように教えてくれ』


 空を飛び続けているディオ機が少年の方を見やる。


『今回、恐らくですが、環境によって自然発生した場所との契約が変異覚醒……かなりおかしな状況で外なる者達との間に約束が取り決められている。なので、これに介入する余地はあります。契約を人の手で加工するんです』


『破棄は出来ないんですか?』


『破棄そのものが極めて巨大な災厄。最悪の場合にはその神の一部顕現による人類の粛清に至る可能性すらあるので不用意には……』


 その言葉を聞いて、さすがのヒューリもマズイのは解った。


『幸いにも此処には古い概念魔術を使える大魔術師と契約内容を作れる術者がいます。これを使わない手はありません』


『それってベルさんの事ですか?』


『ええ……僕の魔力は死を埋めて力を生み出すもの。そして、死を概念域から引き出して固定化しているような……時々使っていた魔術の殆どは所謂簡易……“死”という概念と契約をその場で軽く結ぶような代物なんです』


『そ、それって……大丈夫なんですか?』


『僕、動いてますけど死んでるので別にそこは問題ありません。それで概念系の術式を契約に載せる方式は知ってます。内容を詰める場合は僕の属性と今までの積み重ね的に死に関するものになります』


『同等の価値を有する契約変更。それも死に関連して……となれば……』


『フィー隊長の考えている通りのものがたぶん一番問題が少なく済みます』


『け、契約の内容って何ですか!?』


『変異覚醒の対象を変更します。ただし、此処で裏技を使います』


『裏技?』


『外なるものという極めて高次元の存在との契約が可能で、同時にその契約では変質しようが無い存在。実際には極めて変質し難い存在が1人此処にいるので』


『?!』


 そこでメイも含めてフィクシーと少年以外の全員が気付いた。


『僕が契約を引き継ぎます。僕は動く死体。それも死を具現化する術者です。人間のような肉体や遺伝子に関連しての変異覚醒のしようがないんです。何故ならば、人類が紡いできた死という概念は絶対の終わりを意味するので……化け物になったら、さすがに滅ぼして貰う必要があるとは思うんですけど、恐らく能力的な覚醒は起っても死の概念強度や諸々の終焉という属性的な変質はほぼしない、はずです』


『そ、それって、死を変質させる契約になるって事ですか!? そんな!? それに何百万て人を変えてしまうような契約を一人で背負うって言うんですか!?』


『一番可能性が高い北米の人達を救う方法がこれしかありません』


 少年の笑みが見えなくても見えてしまうから、少女は怒るに怒れず。


『それなら、同じ死体である私が―――』


『いえ、メイさんの申し出は有り難いんですが、コレはゾンビではなく。動く死体でなければダメなんです』


『どういう事ですか!?』


『簡単に言えば、頚城の人達は生きてるんです。死んで頚城になっていない限りは生命なんですよ』


『生命……我々が?』


 メイが呆然としたように呟く。


『簡単に言えば、動く変質した生命体が頚城。それも死という属性を持っているけれど、それに極めて近しいだけの命なんです。死んでからゾンビになった頚城は違いますが、此処には極めて大きな違いがあります』


『命……でも、私はもうそれ程長くは……』


『はい。でも、僕はそもそも死体から造られてるので、皆さんとは逆なんですよ。普通のこの世界のゾンビの方が僕に近いです。僕の本体は死を生命に近付ける術式。生きている頚城は不可逆なものを扱っていない。生から死のサイクルは自然なものであり、死から生という不可逆なサイクルで無理やり生きる僕とは違って変質し易い』


『……ベル。また背負わせる事になる。だが、心配するな。もしも、お前が死んだら、私もやるべき事をやった後なら後を追ってやる』


『フィー隊長?!』


 思わず少年が目を見張る。


『何を驚く。愛した男一人護れぬ女が生きて平和を貪れるものか。私は大魔術師だぞ? お前の下へ会いに行くに決まっているではないか。それが例え死の果てであろうともな?』


『―――フィー隊長』


 少年が思わず声を詰まらせる。


『あ、あう、え、ええと!! ベルさん!?』


『は、はい!!』


 思わずヒューリが少年の機体の肩を片側からガシッと掴んだ。


『死んじゃったら、私だってベルさんの後を追っちゃいますからね? そうしたら、アステリアもユーネリアも泣いちゃうんですからね? だから……だから、頑張って下さい!!?』


『ウチの女性陣も無茶だなぁ。まぁ、それくらいじゃなきゃウチの魔導騎士様には釣り合わんのだろうけどな』


『何笑ってるんですか!? 見世物じゃないですよ?!』


『後でその性根を鍛え直してやるからな? ディオ……』


『おーこわ……はいはい。ごちそうさまごちそうさま』


 思わず2人の言葉にディオが苦笑する。


(この人達ならきっと……この騎士達ならば―――)


 メイは思う。


 目の前の者達の強さを。


 本来ならば、悲劇だと泣いて喚いてグチャグチャな貌に泣きべそというのが正しいのかもしれない。


 でも、確かにそれを思わせて尚強がりではない。


 信頼と結束が彼らをまた確かに強く見せていた。


『……解りました。騎士ベルディクト。ニューヨーク。いえ、北米大陸の未来……どうか託させて下さい。市長が、多くのポラリスの者達が手を伸ばした未来を貴方にどうか。そして、もし出来るならば……みんなをッ』


 そのメイの覚悟に少年が頷く。


『分かりました。後10分で捕捉出来ます。それまでに術式を組み上げて、フィー隊長と一緒に発動可能にまで持って行きます。フィラメント側と善導騎士団のメインフレームの処理能力を全て使います。ここからが僕らの総力戦です!!』


 少年を囲む四機の機影が流星のように空を掛ける。


 大西洋を横断するソレらは遂に北アフリカに向かう航路へと消えていく。


【―――】


 そして、それを見る一機の鳥型ドローンの先。


 映像を見つめる卵のようなずんぐりむっくりの将軍は逃げているロナルド・ラスタルの行き先を見つめた。


 アイルランドを消滅させた海神。


 その巨大な地下海洋神殿がある一角。


 間違いなく向かっているのはそこであると彼は確信していた。


「“現地の連中”に繋げ。此処で巻き返しを図るぞ。まさか、あの若造がアレを持ち出していたとはな。此処は素直に感謝しておこう」


「……准将。如何されますか?」


「彼に会うにも手土産が必要だろう。真実は恐らくあの市長の息子が連中に話す事になる。ならば……ならばだ。諸君……悪辣なる米軍の新の恐ろしさ。特とBFCの市長とあのマッドサイエンティストに見せてやろう。貴様らがのうのうと生きられる場所など地球上に無いとな」


 男が真に怒れる獣の如く。


 その感情を内心で爆発させている事を理解する全ての将官が震え上がる。


「北極に今急いでいる連中にも思い知って貰おうか。人間を超える悪意も残酷もこの世界に存在などせぬさ。一体、何を敵に回したか。奴らには身を以て知って貰おうか」


「准将。お話は解りました。解りましたが……我が基地は現在、浸水中です。ダメコン要員による復旧までどうにか機材の浸水を遅延させる為にコレを」


 ジャァジャァと排水管から零れる水が貯め込まれた司令部内。


 バケツリレーで兵士達が次々に重要機材の浸水を防ぐ為、あちこちで水を人力で運んでいた。


「クソ!! BFCめ!? 何故、この時点でヘブンズ・ゲートを攻撃する必要があると言うのだ!!? 勝利の暁には真っ先に連中の脳髄をこの世から消滅させてやる!!」


 こうして二勢力に別れた米軍もまた動き出す。


 次々に起る天変地異は何処までも広く地球を横断していたのだった。


 *


『目標視認距離!! フィー!!』


『後43秒!! ロナルド・ラスタルの確保は最後だ。まずはあの白い神の肉体を消滅もしくは大人しくさせる!!』


『準備は出来たぜ。今、富士樹海基地から発射したもんが大気圏上層に突入した!! 射角に入るまで94秒!! 仮面の奪取時の援護は任せろ!!』


『こちらメイ。海域の予定地点に到達!! 騎士ベルディクトとの作業に入ります』


『行くぞ!! 攻勢開始だ!!』


 上空でロナルド・ラスタルを追っていたフィクシーとヒューリの二機が同時に急加速し、左右から攻めた。


 背後を振り返ったロナルドが僅かに瞳を細めた途端。


 無数の触手が高速飛翔し、片腕で巨大な屍蝋の仮面を保持する白い肉塊から溢れ出し、数百m単位で重力と慣性を無視しながら、2人目掛けて殺到する。


『シールド・ユニットを展開。ディメンジョン・フェイズシフト開始」


 二機が同時に防御用のシステムを本格的に稼働し始める。


 すると同時に二機の装甲内部が其々の魔力の色に輝き始め、更には表面接触した触手が次々に朽ちるようにして風化していく。


 だが、それと比例して猛烈な勢いで機体の内部発光が強まっていく。


『―――一気に3割も埋まったぞ。神の肉体。高次元存在の相転移で得られるエネルギーとはこうも凄まじいものか』


『フィー!! 触手は無限湧きみたいですけど、今のを何回も喰らったら、システム側がエネルギーを吸収し切れずにオーバーロードして爆散するって警告が出てますよ!!?』


『ならば、放出して使えばいい!!』


 2人が同時に背後から純粋波動魔力を出力する放射用の火砲を作成。


 全ての物質を波動から組み上げる驚異の無駄遣いにより、相転移現象によるエネルギー抽出で得られた殆どの力が空間に滲むように現れる片手持ちのカノン砲のような極めて単純な造りの2m強の砲身と機関部となって消費された。


『超重元素の生成まで出来れば十分だな。撃て!!』


 システム側が声に反応して自動追尾して次々に内部で生成した砲弾を照準し、エネルギーの物理量転化による運動エネルギーの放出で秒速12kmのカノンを速射した。


 だが、その反動すらも背骨状の賢者の釜と呼ばれる万能のエネルギー変換システムで装甲内から抽出されて吸収。


 秒間30連射のプラズマが尾を引く弾体が白い肉塊の触手を根本から吹き飛ばしていった。


『まずは手足を狩り取れ!! 相手の防御手段を飽和させろ!!』


『はい!!』


 二機が近付きながら片手のカノンを打ちっ放しにして、もう片方の手に片手剣にしては長大な4m程の長槍とも諸刃とも付かない柄の長い槍剣で白い肉塊の表皮部分を切り裂いた。


 本来ならば、再生するはずの表面であるが、次元相転移現象は装甲のみならず。


 全ての接触した武装や兵装にも効いている。


 つまり、剣で切り付けられた部位は装甲周囲で萎びた触手と同じ末路を辿り、同時に得られたエネルギーが次々に砲弾として消費されるというサイクルで攻撃に回された。


 砲弾の射出速度が上がっていく。


 殆どゼロ距離で撃ち込まれる砲弾の威力は神の触手相手ならば吹き飛ばす事が可能な範囲の力だ。


「さすが……さすがだ。原初の大陸からの技術は格別だな。だが、BFCもそう劣るわけではない。魔力研究と新たな技術体系としての術式による生物機能拡張は極めて順調に進んだ」


 ロナルドが白衣を脱ぎ捨てる。


 その肉体が左程に細く見えない。


 どころか。


 細いのにしっかりとした体幹を備えた極めて鍛えられているものに見えたフィクシーがすぐに相手がタダの科学者ではない事を悟る。


『ロナルド・ラスタル!! 頚城の情報とこの世界の真実を教えて貰うぞ!!』


「ふ……君達は忘れているのではないかね? 誰が頚城の術式を復元し、BFCに齎したと思っている」


 ロナルドが手を真下の神に当てた刹那。


 ギュルッと神の肉体が蝋燭の芯の如くロナルドの肉体を抱き込んで上空で歪む。


『私もアメリカ人だとも。正義と自由を何よりも愛しているとも。そして、力こそが正義であった祖国の流儀に準じて、単なる科学者は随分と昔に卒業した』


 瞬時に相手が手強い何かになった事を悟ったフィクシーとヒューリが迷わずロナルドの肉体へ火砲を向けた。


 しかし、その砲弾は次々に神の肉塊の壁によって遮られ、それがフッと横に開けた時には全身が肉塊の質感で構成された白い人型が出て来ていた。


 しかも、四騎士の鎧にも似た明らかにニューヨーク市長が使っていた鎧と同じようなものが着込まれている。


 だが、それは生身の肉のスーツだ。


 顔面を覆う前の開いたフェイス内部の肌も同じような質感であり、肉の塊そのものを制御してスーツ状に着込んでいるというよりは同化しているように見えた。


『生憎と君達の目指す世界とは相成れないのでね。仮面は渡せん。これが手元にある限り、どの勢力相手だろうとも決して負ける理由にならないからな』


 フェイスが閉じると同時に男の背後に翼が七対同時に開いた。


 その薄い白い蝙蝠のような膜を持つ翼は柔らかな印象を受けるが、同時に何処か悍ましい程に艶やかであり、普通の生命が傍に近寄ってはならないだろう感覚が2人を襲っていた。


『この感触―――疑似的な神格化か!?』


『凡そ君達の世界の技術体系の一部は再現に成功した。頚城は極めて良い教材でもあった。ちなみにBFC市長は今の君達がその鎧をどれだけ量産しても厳しい相手だぞ? 何せ物理事象そのものに対して無敵に近い性能となっているからな』


『何!?』


『ふふ、自分が破れた際の事を込みで考えて置くというのは確かに悪くない。私が死んだら好きにしたまえ。だが、生きている限りは抗わせて貰う。今の君達に神を相手にして殺さずにどうにかする程の力があるかな?』


 言っている傍から猛烈な魔力の波動。


 白い魔力の高速の光弾が無数にロナルドの背後の翼から糸のように大量に放たれ始めた。


 秒間数千発に近いソレの弾速は音速を遥かに超えて光速。


 しかし、同時にあくまで純粋波動魔力のようなエネルギーであり、更には高次の領域から齎されるエネルギーそのものであった。


 魔力を研究する陰陽自研では【高次元物理量Hi-D-E】ハイ・ディメンジョン・エネルギーの俗称で“ハイデ”とも呼ばれるソレがしかしディメンジョン・フェイズシフトの防御を抜けず。


 莫大な量のエネルギーを2人の背部の賢者の釜へと吸収させていく。


『フィー!!?』


『解っている!!』


 二機が同時に通常の熱量、光、重力などで魔導による方陣防御を即時展開する。


 エネルギーとエネルギーのぶつかり合い。


 しかし、その均衡は装甲の破壊を許されない。


 少しでも生身に当たったら消し飛ぶ量のエネルギーを吸収し続ける二機には限界のあるものだった。


『出力限界はあちらが圧倒的に上だ。今の状況で持つのは1分が限度……さて、ギリギリだが……』


 フィクシーが目を細めながら剣で光の速さで自分達を狙い打つ光の雨に撃たれながらも構えを取る。


『ははは、よろしい!! 頚城として、神を操る術を得た私を相手にして退かぬ決意は讃えよう。だが、それに実力が伴っていなければ、諦めて日本に帰りたまえ!!』


 ロナルドの手にスーツと同じ質感の剣が握られる。


 翅に光弾を任せてマッハ20近い機動力で2人に逆撃を仕掛けた剣の一撃がフィクシーの胸元に突き刺さる前にヒューリの剣で防がれた。


 光弾によるエネルギーの押し付けで身動きが鈍くなっている2人だが、身体強度が明らかに違うヒューリは確実に超越者、高位魔族としての肉体を用いてディフェンスを成功させていた。


『その身体能力と反射……高位魔族か。だが、それの対策も万全だとも!!』


 男の片腕がヒューリの伸び切った腕の一部に何かを打ち込む。


 ソレは局所的にエネルギーを爆発的に注ぎ込んで一部の装甲のエネルギーの吸収限界を超えて着弾し、爆光が周辺海域の海水を丸ごと吹き飛ばす。


 海底が露出する程の巨大な高重力と熱量と運動エネルギーの激発に歪んだ時空が内部の光すらも歪める。


『ッ―――!!?』


『魔族を頚城化するとどうなるか知っているかね?』


 ヒューリが瞬時に復元された装甲内の腕に違和感を覚えつつも、肉体の変質を止める為に片腕を内部で空間切断系の魔導でシャットダウンする。


 要は装甲内で右腕が完全に断たれた。


『そういう機能もあるのか。だが、生憎とソレは魂に働き掛けるものだ』


『ヒューリ!!?』


 ドクリと脈打つ心臓を前にしてヒューリアが思わず胸元を抑える。


『君に撃ち込んだのは頚城を改変した術式の一部だ。今、私が使っているものだよ。人間を獣でも屍でも神でもないものにする為のな』


『ヒューリに何をした!?』


『私がどうして疑似的に神の力を使っていると思う? 神にならない為だ。外部委託しているのだよ。能力そのものをな。そうしなければ、神に取り込まれた私は単なる操り人形……この世界を生み出した神とは別の可能性になってしまうからだ』


『何!? 神だと?! この世界には―――』


『外なる者達だよ!! この世界は、この星は外なる者達の実験場だったのだ!!』


『実験場!?』


『うぐぅ?!!』


『ヒューリ!!?』


 動けなくなった少女を庇うようにしてフィクシーが方陣防御を展開する。


『そろそろ効いて来ただろう? あちらの事情や情報は一部知っているからな。君達、人型魔族は人と異種と呼ばれる生命体と魔族の三氏族の血の内、魔族の力が強い存在、こちらの言葉に直せば、【血族種(ブラッディー)】だったな』


『それがどうした!?』


 フィクシーの剣がロナルドの剣に受け止められる。


 その合間にも光弾が当たり続けている装甲の爆散までのタイムリミットは刻々と減り続けていた。


『この頚城の改変版は獣である我々に対しては第三の選択肢を与えるものだ。だが、原初の大陸からの人間には極めて危険な代物でもある』


『危険だと?!』


『意思あるゾンビというのはな。原初の大陸の人間の血が濃い存在が頚城の術式を受けて、低確率で発症する症状なのだ。理由は単純だ。劇薬のような術式は使用される相手によって効果が変わるという単なるそれだけの話だよ』


『何―――では、最後の大隊は』


『アレは本当に単なる事故だったんだ。彼らのクローンを使って頚城の実験をしていたのがバレた時に彼らとの些細ないざこざで術式を保存していたアーカイヴが魔力波動の形で術式を拡散した』


『些細だと!? 少女を道具にしておいてか!?』


『米国の映像かね? ああ、あれもクローンだよ。中身は無い。魂しかない真っ新な空っぽの命。無論、命だが倫理的に問題がある以外は本当に君達には遺伝子以外、縁も所縁も無い存在だ』


『―――しかし、ソレがバレて四騎士が離反し、お前達は破滅した』


『彼らは違う。そもそも自分で我々に対抗する術としてオリジナルの鎧を着込んだに過ぎない。それも全ての鎧が揃わない不完全な状態では本来着られる適正が無ければ、ああなると事前に警告していたにも関わらず着込んだ』


『まさか、ヒューリは?!!』


『大門の頚城以外に魔族型の頚城は存在しない。調査は出来ていなかったんだ。それも卵の将軍共に取られてほったらかし。切実にあの時にアレを回収出来なかったのが悔やまれる』


『うぁああ、あぅ!? ぅ―――!?』


 ガクリとヒューリが叫びを上げて意識を途切れさせ、すぐにオートで後方へと猛烈な速度で遠ざかっていく。


『さぁ、どうする? 君達の防御を一部でも突破すれば、君も症状は違えどああなる。頚城化するのは短期間だと大きな危険を伴う。君達原初の大陸の人間ならば、ただのゾンビになる確率が2割、意志あるゾンビになる確率が4割、意思ある頚城……彼らFCのような存在になるのが3割。そして、最後の一割が適合した存在。つまり―――』


 ロナルドの頭部が弾け飛んだ、かに見えた。


 が、直撃を寸前で首元に回避したロナルドが遥か後方。


 いや、上空からの狙撃で撃ち込まれた弾丸による猛烈な物理転化現象と魔力収奪現象と脱水現象のトリプルコンボを喰らって首から左の上半身を自らの手で斜めに両断し、即座に神の肉体の一部を傘状に展開しながら肉を肉体に接着させて、形を取り戻していく。


『おっと、良い弾を貰ってしまった。だが、幸いにして私は単なる科学者だが、アメリカの科学者だ。銃弾への備えは万―――』


 だが、その言葉が終わらぬ先から遥か海中から音速の数百倍に近い速度で拭き伸びたプラズマにも思えるエネルギーを纏うディミスリル・クリスタルが、槍衾となってロナルドの首から下を下方全方位から2mm程の細さで無限に刺し貫いた。


 左口元が瞬時に消し飛び。


 同時に真下からのアンブッシュによるディミスリルへの魔力吸収と脱水。


 更にはフィクシーの剣が突き刺さり、莫大なエネルギーを神から抽出して背後に光の山の如き遠雷として放出。


『やれ!! ベルゥウウウウウウウウウウウウ!!!!』


 猛烈な電光の最中で背後の賢者の釜が悲鳴を上げる。


 そして、装甲は灼熱し、今にも限界を超えて爆散しそうなエネルギーを全力で周囲に放出し続けていた。


 その巨大な電力の具現は百数十kmにも及び。


 海上を猛烈な電圧で蒸発させ、大西洋全域の海水温度を一気に50°以上に上昇させていく。


『(何だ。やるじゃないか。神殺す刃……善導騎士団)』


 神の肉体がズタズタに風化しながら猛烈な勢いで劣化していく。


 だが、それでもロナルドの肉体が瞬時に結界のような半透明の防御幕を展開し、自己の肉体の質量のみを上空に打ち上げる。


 その加速度はもはや人類に耐えられるものではなく。


 弾丸よりも早い。


『悪いが手加減無しだぜ?』


 遥か上空。


 日本からDCBで打ち上げられていたのは小型ロケットであった。


 ソレがロナルドが上昇していく宙域を観測する絶好の位置に付け、機材を花弁のように開いた弾頭部分内部から展開していた。


 だが、それには人の姿が無い。


 内部から露出しているのは砲台。


 5mの巨大な設置型火砲らしきものであった。


 それのあちこちには大量の照準補正用だろう魔導機械学で造られた油圧式のアームが複数装着されており、大気圏上層まで上昇していた男の手とリンクして狙いを付けられている。


『ヒューリの分くらいは喰らっとけ!!』


 ディオの叫びと共に遠隔オペレートで射撃が実行される。


 小型化されたクェーサー・ボムの携行用砲弾が射出され、狙い違わず。


 大気圏上層で反応を引き起こしながら、猛烈な光の槍となって地殻に穴を開けるのを覚悟して放たれ―――ギリギリで地平線を掠めて地表に着弾せずに超高速で上昇していたロナルドの胴体をほぼ首の真下まで焼き尽くし、吹き飛ばした。


『後で回収してやるさ。マッド・サイエンティスト』


 ディオが大気圏から猛烈な勢いで吹き飛ばされ、瞬時に音速を越えて月方面にクルクル回って消えていく首を見送った。


『こちらディオ!! 悪いが回収し損ねた!!』


『解りました。フィクシー隊長以外はヒューリさんの下へ!! ここからは僕の出番です!! どうかお願いします!!』


 大西洋の遥か地底。


 莫大なディミスリルの更なる方陣化に尽力し、アンブッシュの機会を狙っていた少年が深海で両手を拓くような仕草をする。


 途端に海が猛烈な勢いで円筒形状に割れ始めて、海水を押し退けて巨大なサークルを生み出し、対空していた巨大な屍蝋の仮面がフィクシーが両手で押さえ付けるようにして重力操作で下に押し出す。


 それにもう上空へと上がっていたメイが加わり、2人の手で落ちていく仮面が何も無くなった深海。


 いや、ディミスリルの輝きと方陣と化した無数の光の円環を奔らせる回路化された巨大鉱脈の中心で少年の上げた片手の上に収まるする。


『認識を五次切り替え―――観測深度深淵部に固定』


 機械魔導術式による補助と各地の九十九と百式、フィラメントの支援を受けながら、流れ込んで来る情報を捌いて重要な部分に瞳を向けた少年は白い世界の只中に黒い輪郭を持つ存在を確認する。


 それは仮面だ。


 屍蝋の仮面だ。


 それは確かに死の最中にも己を保つ何かだった。


 少年の瞳からは血潮がゆっくりと流れ出し、瞳そのものがゆっくりと罅割れ始め、それでも状態をそのままに少年の手が伸びる。


―――汝、名に死合う者なりや。


 声が響く。


 それは仮面から発されている。


―――無貌たる混沌は此処に。


 瞳が負荷に耐え切れずに崩壊する。


 だが、姉妹達を救った時よりも尚強くなった。


 いつでも誰かを救えるだけの力を求めた傲慢なる少年は何も無くなる伽藍の瞳に世界の白を取り込んで瞳と為す。


―――何者足らんと欲すか。


 仮面は問い掛ける。


 その問いに少年は深呼吸一つ。


『我は死を追いて、死を看取る屍。我は―――屍者の王也』


 その言葉に今まで少年の上に浮いていた仮面がいつの間にか少年の前に顔を突き合わせるかの如く存在し、白い瞳を覗き込む。


―――人は獣、屍は神、されど……死に征く命在りしヒトよ。


 ギョルンッと少年の瞳が捩じ切れて引き抜かれ、先程崩壊した瞳の残渣と共に虚空でゆっくりと一つになり、熱を帯びて仮面に焼結していく。


―――人の手に亡き運命を以て何を導く?


 少年はその神の問いに真っすぐ相手を見た。


「運命が亡いならば、それは僕の手の内です。この世界にどんな結末が待っていても、僕が……僕らが戦う限り、決してただ亡ばせはしない」


 その言葉にガキュリと巨大な仮面が罅割れサラサラと崩れて、小さな面が現れる。


 それは屍蝋ではない。


 黒い無貌。


 だが、それがスゥッと少年に近付きながら、虚空に残った仮面の残渣。


 二つの眼球を入れ込まれ、少年の前で少年の顔を模した。


「知ってますよ。お爺ちゃんが言ってました。大陸に蔓延る外なる神は貌無きもの。その箱庭たる世界は混沌を旨とした。七つの大罪を得るべき唯一人の救世主……でも、彼は運命を司る翼を消し、台本の無い世界にまた人は生きている」


 仮面は嗤いもせず、鳴きもせず。


―――汝は頚城、永久の頚城、世を穿ち留めるもの。


「ああ、だから、“頚城”なんて言葉に翻訳されて……」


 少年がようやく合点がいった様子になる。


「僕が頚城だと言うならば、頚城が運命の結節だと言うならば、混沌たる地に蔓延る頚城というのは運命を留める頚城。死という絶対の終わりが留まる地。運命の終わる地がこの星……頚城とは……人間を人間に留めて置く為の―――」


 ガチュンッ。


 そんな音と共に少年の手に仮面が吸い付く。


 そこからジワジワと死そのものである少年が変質するという異様な感触が、浸食が、肉体を青白い脈動する血管で覆っていく。


「輪廻の否定。残酷な世界。彼らは人間を滅ぼそうとしていたんじゃない。でも、それは―――」


 答えが返る事は無く。


 仮面が被られる。


 青白い血管がそれと同時に色を変えて、血管そのものが消滅したかのように薄れて消えた。


「いいでしょう。此処が誰の箱庭だとしても、僕が治めてみせます。混沌を望むのでしょう? これからどれだけの困難が、混沌が押し寄せて来ても、僕らがどうにかしてみせる。貴方は終わりの終わりまで見ていればいい。終幕の文字が星に付くまでは此処が僕らの戦場です!!」


 嗤い声が、嘲笑う何者かの声が、嬉しそうにも愉悦する声が、何処からか響き、遠ざかっていく。


 そして、少年は白い世界の只中で祝詞を紡ぐ。


『死して尚、思せる墓標は(つるぎ)たり。我は死を紡ぎし、法の騙り手にして、永久の頚城たる終わりの果てなり』


 少年が世界を仰ぐ。


『子らよ謳え!! 我ら史を鎮めし、埋ける屍者!!!』


 言葉が終わるよりも先に空白の世界に黒き何かが迫出した。


 少年の胸元を中心にして広がっていく銀河の如き星を鏤めた黒。


 ソレは巨大な翼となって世界を覆うが如く。


 突如として大西洋から発生し、巨大な威容を星の最中の誰にも見せた。


 正に世を覆う翼。


 しかし、安寧の黒を思わせる穏やかな気持ちが誰の心にも届く。


 それは一人の少年の思い。


 そして、願いであった。



―――【ラスタル。彼は失敗したようだ。これは彼が求めた反応ではないな】


―――【そんな!!? 定理が書き換わるなんて!? これでは儀式の修正を―――】


―――【はは、彼らは遂に此処まで……あの仮面に手を出したか。善導騎士団】


―――【これは……ジィ。計画を早めるぞ。コレは許容出来る範囲を超えている】


―――【なるほど。あの仮面をこう使うのですな。彼ららしい】


―――【うぉおおお!? 元気とは反対!? でも、何かちょっとキモチイイ!?】


―――【まさか? この階梯の改変を連中はやってのけるのか?!】


―――【あ、あたしゃ知らないっすー!!? 北極ヤバ過ぎぃ!!?】


―――【あひゃひゃひゃひゃ!!? オイオイ♪ 我らが魔導騎士様はやべぇな♪】


―――【……ベルはん。これがベルはんの答えなんやね……素敵やよ……】


―――【ベル……さん……】


―――【大丈夫だ!! ヒューリ!! 後はあいつと我々に任せろ!! 必ず助ける!!】


―――【ベル様……どうかご無事で……】


―――【さすが、我らの魔導騎士ってところか。やるじゃねぇか。ベル】


―――【うお!? 世界真っ黒じゃね!? あ、でも、何か温かいっつーか?】


―――【ベル君……これが君の……思いなんだね……】


―――【おねーさま。これって……】


―――【大丈夫ですよ。悠音……ベルさんといた夜みたいにとても暖かい……】


―――【あ~~まぁた派手にやっとるのう。ウチの魔導騎士様は……だが、この反応……心地良い……もしも大人のワシならば、これを喜んだのかどうか】


―――【うお!? 世界が真っ黒じゃねぇか!? 大丈夫か!? 三人とも!?】


―――【これ……温かい? ねぇ、アリア。これって……】


―――【!!!】


―――【あ、これベルきゅん様だ。やっぱり、スゴイ……スゴイなぁ。ひゃふ♪】


―――【我が娘達。これは魂の変革……お前達の母が予言した事態の一つだ。ゲルマニアはこれより日本へと向かう。全都市浮上せよ。全ての屍を掃滅しつつ北米を横断するぞ!!】


―――【【【仰せのままに……】】】


―――【これが君達の選択か。善導騎士団……】


―――【この反応―――定理が書き換わっていく。この莫大な領域を!? どうなってるのよ!? ラトゥーシャ!?】


―――【フィラメントのシステムが定理異常を検知。しかも、永続すると思われます。超高位魔導高弟……神域の魔導聖女ハティア・ウェスティアリア様以外でこれを行うとすれば、その者の階梯は】


―――【どうやら此処までのようだ。市長……我らの勝利じゃないかな?】


―――【この気配……これが魔導騎士。善導騎士団か……いいだろう。負けを認めよう。大統領……】


―――【何だコレは!? この反応はま、まさか?! これは連中がガリオスで儀式を完遂させたのか!? いや、違う。なら、コレは!!? 善導騎士団か!!? 何という事をッ!! 何という事をッッ!!? これでは人類は!? 人類の未来は!!?】


―――【お姉様……ベルディクトさんがやってくれたみたいです】


―――【そうね。北米を何とか守れたのは良いけれど、2人してまだ動けないし、どっちもオーバーフロー状態……でも、この反応……ザ・ブラックの中に同じデータがあるみたい。これって……】


―――【陰陽将……】


―――【ああ、彼だ。彼の力だ。政府に通達せよ。全戦力の展開が必要な状況になる可能性がある。自衛隊と警察、善導騎士団を即時展開し、日本全土の防衛態勢に入るべきだと】


―――【また大げさな事を……今度は首だけになって戻って来るのか? ま、準備は万全だ。例え、脳髄の残骸だけになっても直してやるさ】


―――【これベルかなぁ? とっても温かい……】


―――【お嬢。シェルターに行きますよ。今、車を回します】


―――【彼の力か。バージニア女史。戦力は足りていますか?】


―――【大丈夫よ。貴方の方こそ大丈夫? そちらの本部はまだ人が少ないのだから、こちらから訓練済みの新設した大隊を二個送るわ。彼らが返って来るまで持ち堪えるわよ。市長】


―――【マゥヲゥヲ~~~♪】


―――【クックーヲク?】


―――【ニュヲ!! ニュニュニュニュ~~~♪】


―――【ED。何が起こっているの?! この反応は何なの!?】


―――【ED!! これもお前が予測したウチの未来か!?】


―――【これは騎士ベルディクトか?】


―――【大丈夫なの!? みんな!? ようやく繋がった!! こちらHQ!!】


―――【………原始回帰現象の反転を確認。正しき未来に残酷な世界。素晴らしき命を讃え。同時にまた有限たる輝きを得る。これが魔導騎士の祝福であるならば、これは人類への加護。未来への加護と言うべきでしょう】


―――【ガハッ、ガ、ゴフッ!? こ、この定理の変動は?!! 神である私が!? 私の頚城が朽ちていく?!! 神の鎧が朽ちていく!!? あの仮面に手を出したのか!? 善導騎士団!!? 何という悪徳!! だが、だがッ!? 唯で滅びはしませんよ!? あの方の為、あの方の願う未来の為に!! 有象無象の四騎士が使えないのならば!! この私が全てを書き換える!!!】


 その時、黒い翼に包まれた星の最中。


 世界各地で黒い沼が次々に無数数え切れぬ程に生み出され。


 人のいる地も人のいない地も等しく内部から現れる大量の同型ゾンビの群れによって破壊が開始された。


 事態は加速していく。


 混沌の最中へ。


 更にその先へ。


 未来はまだ誰の手にも無かった。

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