第181話「オン・ユア・マーク」
「クロ!!」
「ああ!!」
「行くよ。アサギリ・クロイ」
「皆さんをサポートします」
「行っくよ~!!」
「ニュヲ~~」
三人の善導騎士団の新人達が突撃した時、その先には一本の柱が鎮座していた。
巨大な平べったい円形空間内部の中心にはキョロキョロと視線を動かす巨大な目玉を一つ持つ紅蓮のクリスタル状の柱。
その目玉は周囲を警戒している様子だったが、瞬間的に集められた火力。
クロの乗る虚兵の突撃で放たれるハルバードの一撃とエレミカの黒翔による刻印弾の全弾掃射、リトと明日輝の乗る黒武二両からの榴弾砲による制限なしの速射、更には虚兵にも載らずに全員が見える黒武の上で胸元でペンダントを握り締めて目を閉じた悠音の周囲から暗い黄金色に塗り替わっていく空間を渡って全ての攻撃が殺到。
同時に着弾した攻撃の全威力が全て一点に集約され、クロのハルバードが最後のダメ押しで威力を振り切った瞬間、直径20m程の柱が巨大な悲鳴を上げて衝撃に砕け散って反対側まで破砕して吹き飛んだ。
「そっち行ったよ!!」
全ての空間を知覚していた悠音の言葉に反応したエレミカの前に殺到したのは柱から咄嗟に脱出するよう離れた瞳だ。
ソレが瞬時に最も致命点となる敵を排除する為に黒武より少し前に出ていたエレミカの乗る黒翔に張り付こうした瞬間。
虚兵の背後からの投げ槍。
二本在ったハルバードの一本の投擲で背後から串刺しになり、黒翔の正面風防に張り付く寸前で猛烈な魔力の吸収と熱量の転化、更には悠音が放ったアドバンス・アサルト、小銃の速射攻撃を前に襤褸クズのようになって塵と化し奇声を上げながら溶けて消えた。
「再生するかもしれん!! エレミカ!!」
「うん!!」
瞬時にエレミカが敵のいない柱のあった場所の中央に向かう。
そして、中心地点の天井に片手を向けて能力を発動した瞬間。
極大の経路。
チャンネルと魔術で呼ばれる異相空間が開口し、悠音がその地点に向けて黒武の上で手を伸ばした途端。
世界が裏返ったかのようにグンニャリと黒い虚空としか言いようのない空間が黄昏時のような色合いの空間内部に迫出して、ズオッと伸びたかと思うと針のように急激に伸びて天井を突き抜けて尚伸び続けていく。
その光景はオカシな化け物や城が肥大化する全体的に暗い世界の中心でとある一点に接触した瞬間―――ガギッという音と共に空を割り砕き。
次の刹那には全ての空間という空間内に見える物質という物質が罅割れに巻き込まれて粉々に消滅していた。
ドンッと撓むような音と共に風景が歪んで元に戻ると。
彼らがいた世界が通常空間に復帰したらしく。
巨大な善導騎士団の東京本部中央地点。
つまり、巨大なドラム缶状の縦穴の中心。
シエラが離発着する現場に現れる。
『こちら芳樹!! よくやった!! みんな無事かい!! こちらはミッツァさんと一緒に無事だよ。怪我も無い』
全員の耳元に通信が入る。
「あ、はい。良かった。芳樹さんも無事みたいで。こちらクロイ。敵中枢の破壊に成功したようです。敵の紅蓮の使い魔らしき目玉の化け物を消滅させました」
『ご苦労様。すぐにこちらの情報を―――』
『こちら百式ちゃんです。全ての通信が回復。全ての情報を共有完了。祭りは終盤ですので、通常体制のまま、一部人員に空間波動による探知術式を持たせて、空間異常の洗い出しと調査を指示しました』
『どうやら、僕らの仕事はこれで終了みたいだ。作戦は終了。取り敢えず、現状の報告は百式ちゃんの自動書記レポートを待ってから、本部の偉い人達に僕の方からしておく。どうやらあの空間の時間はこちらとズレてるようだし、まだこっちはお祭り中みたいだし、君達も参加してくるといいよ』
「あ、え、いいんですか?」
『責任は上司が取るものだからね。自動書記の精霊さんに敬礼しておけば、後は人員の時間は英気を養って修練するだけでいいのさ♪ ミッツァさん』
『はい。何でしょうか? 芳樹様』
『お働きご苦労様でした。こちらで後はやっておくので少年少女組の方に合流して保護者役をお願い出来ますか?』
『分かりました。では、すぐにでも合流致します』
『おっと、こっちは陰陽自の偉い人達からのコールだ。じゃ、後は各自解散!! あ、百式ちゃんは武装をまだ準戦闘待機で姿を消して傍で全員の護衛をお願いするよ』
『はい。百式ちゃん了解しました』
何でもかんでもやってくれる優秀な上司。
そうとしか見えない芳樹の言葉に何だか悪いと思いつつも労いの言葉を掛けた全員が何とかなった事にホッと安堵していた。
離発着上周囲ではすぐにやってきた警備の人間に芳樹が情報を伝達、現場指揮官の権限で警備を強化する旨を伝えながら本部内に入っていったおかげで全員がすぐ動ける状況になっていた。
本来ならば、諸々の状況から拘束時間が発生してもおかしくないのだが、芳樹の的確過ぎる事後処理は完璧に機能していた。
「ニュヲ~~ハフゥ~~」
一度、黒武に戻って来た芳樹以外の全員が呆気なく終わった事件にホッと胸を撫で下ろしたのはそれから20分後。
ミッツァが連結した黒武のトレーラー内部でお茶を入れ始めると着替えを用意していた誰もがホッとした様子になる。
「あ、ニュヲもそろそろおねむですね。よしよし」
「ニュニュ~~」
蒼い猫は明日輝の手の中で欠伸をした後、ノタノタと歩くと黒武のCP区画内に置かれていた自分用の固定化されたフワフワな猫用寝台に入り、スヤスヤし始める。
「何とかなったな。リトもエレミカもご苦労さん」
「うん。連携、上手く行って良かったね」
「ああ、リトのおかげだ。お前の能力で一方的に奇襲で中枢を叩けたのはデカイ。それが無きゃ、紅蓮の使い魔なんて危ねーもんを一方的にタコ殴りに出来なかったし」
「ひゃふ♪ これで実績!! 実績!!」
喜びを両手を上げて表現するエレミカが嬉しそうにリトに抱き着く。
「!!」
それをメイドさんがウンウンと友情は良きものとでも言いたげに頷いて認めていた。
「お姉様。まだお祭り終わってないみたいだけど、これからどうする?」
「う~~ん。ニューヨークの皆さんの事が心配なんですけど、今はまだ情報も降りて来ませんし、デフォルト・スーツに外套を着込んだままでお祭り、でしょうか?」
「うん。私もそれがいいと思う。ニュヲの面倒はかわりばんこに見て、お祭りで色々買って来よう?」
「はい。そうしましょうか。あ、クロイさん達はどうしますか? 私達は本部内に自室はあるんですけど、後数日は黒武で過ごそうかと思ってて」
「そうだなぁ……リト」
「何?」
リトが眠った子猫の様子を傍でカワイイなぁと見やりながら振り返る。
「お祭り行って来た後、ホテルに帰りたいか?」
「あ、うん……でも、こんな事があったばかりだし、此処で数日は様子見してもいい、かな」
「なら、決まりだ。エレミカ。お前はどうする?」
「ひゃふ? ん、んぅ……お礼!! お礼する!!」
「お礼?」
「そう!! アサギリ・クロイにお礼!! リトにもお礼!! アステルとユウネにもお礼!!」
「あはは、大丈夫ですよ。私達姉妹はセブン・オーダーズですから」
「本部は騎士団のお家だもん。助けるのは当然よね。うん」
明日輝と悠音がそう笑顔で返した。
「皆さん。紅茶を入れました。車両内のお菓子を持って来たので少し一休みしてから出掛けましょう。わたくしが皆さんのお出かけには付き添いますので」
「そう言えば、ミッツァさん。大丈夫でしたか? あの数を相手に芳樹さんと2人で」
「ああ、いえ、そうなのですが、殆どの敵は芳樹様が戦って倒してしまわれたので。横合から援護するくらいで……」
クロイの言葉にミッツァがそう申し訳なさそうに囮になっていた時の状況を説明した。
「ああ、やっぱ、あの人もセブン・オーダーズに招集されるだけあるんだな。ホント、敵わねぇな。あの人の良さや優秀なところ」
圧倒的な数を覆すのは圧倒的な質である。
というのは正しく善導騎士団の戦闘理念に近い。
それを可能にする武装や兵装があるからといえ、それでも明らかに敵の数が10対1や100対1ではない状況でも死を覚悟せずに戦い続けられる存在はまったく以て今の騎士団そのものだ。
「クロもスゴイ!! ズバァってしたし!!」
「アサギリ・クロイもスゴイよ? ね?」
「うん。ね~♪」
「!!」
姉妹のようにリトとエレミカに言われた少年が恥ずかしそうに頭を掻いてる様子に姉妹達は何処か微笑ましそうにニヤニヤするのだった。
そんな団欒とした車両の先にある黒武HMCC……装輪装甲車内部。
次々にデータが自動で流れる複数のディスプレイは百式による解析を続行しており、垂れ流されているデータは次々に九十九に解析済みのデータが投げ込んでいて、二次解析へと掛けられている。
その最中、百式ちゃんと呼ばれるシステムの疑似応答プログラムはディスプレイ内部で次々に中枢破壊時の戦闘データを洗っていた。
『空間創生結界内部とはいえ、強度不足? 敵中枢をディミスリルクリスタルと断定。脆弱性を検出できず……個体名ニュヲを中心とした空間歪曲率と攻撃の直撃時の威力に相関関係在り……敵巨大眼球のデータ抽出……侵食能力がほぼ不活性状態になっていたと推測。魔力侵食能力が全て機能不全に陥っていたと仮定……空間創生結界内の作用ではないとすれば、これは……』
蒼い子猫の瞳がCPブロック内の作戦時、一瞬だけ光ったのをカメラは見逃さなかった。
その瞳には七望星が刹那移り込んでいる。
『魔眼を確認。多重化された能力の一つと推測。第四角の発光を確認。任意座標の空間歪曲率の算出完了……ハルバードの接触点に局所的な歪曲率の激増を確認。映像より現象反応を抽出。微細な空間破砕現象……アーカイヴより照会。ヒット……空間脆化能力を持つ魔眼【昏喰】に属するものと推定。残り6角の能力解析を随時更新―――』
次々に評価がディスプレイで流れていき。
最後にアサギリ・クロイのデータが表示される。
『変異覚醒進化第一段階を確認。プラシーボによる現実改変による増強と推測。精神耐久度前日比884.2%増強。敵中枢からの精神侵食をほぼ消耗せずに堪え切れるはずのない事前情報とは合致せず……永続化されているかどうかの確認を要す。更に予測される増強能力の確認の為、事前工作を開始』
データは誰もいない運転席で静かに百式ちゃんの独り言として垂れ流され続けるのだった。
*
『はふぅ~~それにしても良いお湯ですね~~~って!? 入りっ放しで尿意も湧かないって危なくないですか!? この温泉!!?』
入浴14時間目の朝。
ふやけない羊系魔族なヒューリは広大な空間の最中にある露天風呂内部で衝立越しに思わず過激で必要な場所が隠れてない黒いハイレグとすら呼べ無さそうな布面積の水着姿でノリツッコミをしてしまっていた。
必要な部分は自分の毛が変質した金色の金具で隠れているので大丈夫なのだが、傍目には左程全裸と変わらないだろう姿だ。
彼女の入っていた温泉の色は今や最初の透明度も何処へやら。
ギラ付いた煌めきを宿す漆黒に染まっており、お湯自体が輝きながら押し流されて排水溝に吸い込まれている。
それは際限なく何処かに消えており、その排水溝の下辺りからは常に漆黒の魔力の導線らしきものが艦内倉庫全体に幾何学模様を心臓の脈動の如く定期的に奔らせていて、その脈動に合わせて、装甲や壁の先からミチミチミチという何かが軋んでいるような音が僅かに漏れ聞こえている。
一人の少女が出汁と書いて魔力を抽出されている間にも完全に安全な後方地帯として内部が拠点化された倉庫内では次々に少年が近隣にバラ撒いた空間制御用の導線から吸収したディミスリルを次々にポケット内で精錬して大量のDCディミスリル・クリスタルを板材として周囲に積み上げており、艦内のAIであり、事実上の運行システムである女性。
ラトゥーシャと名乗る相手と何やら交渉している。
その様子を横目に艦外部に出ている探索組からの情報を整理しながら持ち込まれているデスクトップ型端末でマッピングやら指示出しをしていたミシェルがヘッドセットのマイク越しにまた空振りの報告を聞きつつ、全員の帰投を告げた。
更にその横ではリリー・ベイツと愉快な仲間達。
米軍の面々が装甲車内で整理された情報を受取り、米軍の方へと流してよいと指定されたものを外部の米軍のHQへと送信。
それと同時に少年が適当に現地改修と称して行わせている機体の改造を行っていた。
「え、ええと、DCの圧接加工は溶接とは違って分子単位の混合を企図しないフィルム層構造的な機能が欲しい時に行うもので基本的には全装甲の被膜を目的とする。なるほど」
「こっちにレンチ投げてくれませんかー」
「はーい。行きますよー」
元レンジャーにして簡易の機体修理もこなせるクリストファー少尉へバーナード中尉、そう呼ばれる歳若い青年がDC製の工具を投げる。
それをパシッと受け取った少尉が再び車両の下に消えて、工具を投げた彼は屋外のPCで車両内部の置換構造をリストアップし、次々に作業手順をPCで組んでいた。
「隊長。大まかにですが、ほぼ改造手順の作製が終わりました。これで黒武に準じた走破性能と防御性能を獲得可能なはずです。EDによる推論でも98%の確率で穴は無いだろうと」
「解った。中尉は少尉と共に改造の続行を。修理用小型ドローンでの改造補助に移ってくれ」
「了解しました」
すぐに車両内部から小型のドラム缶型なドローンが出て来たと思ったら、その小手先の溶接用らしきアームの先っぽや工具類がDC製になっていた。
それもまたすぐにジャッキで持ち上げられた車両の下部へと消えていく。
リリーが情報を横に流す作業を終えて、話し込んでいる高度な七教会謹製AIと善導騎士団の重要人物の元まで歩いて行った。
「騎士ベルディクト。こちらの車両改造には目途が付いた。データから言って後8時間程で改造が終了するはずだ」
少年に最初からフランクに喋って欲しいと言われて素直に実践しているリリーはこの数時間でそんな喋り方にも慣れた様子で話し掛ける。
「あ、はい。よろしくお願いします。リリー隊長」
「いや、貴方の方が事実上は上なのだから、隊長は止してくれ。リリーでいい」
「あ、スイマセンまた。いつもの癖で……隊長って聞くといつもフィー隊長って言い慣れてて……」
「そう言えば、騎士ベルディクトはフィクシー副団長代行殿とは付き合いが長いのだろうか?」
「あ、いえ、この世界に飛ばされる前に一度会っただけです。でも、それ以降はこの世界でずっと一緒に色々やってましたから……」
「そうか。良い隊長なのだな。代行殿は……」
言ってる傍から少年が横に置いていた虚空の魔導方陣から連絡が入る。
『こちら探索部隊A。フィクシー・サンクレット。アリス、メイ殿、カズマと共に予定ルートで帰投中。定時報告終了』
『こちら探索部隊B。クローディオだ。弾薬以外の損耗無し。ラグと共に帰投中。定時報告終了』
部隊を二つに分けて地下世界を探索しているが、未だに神のいるらしき空間以外では人間を確認出来ていないまま、各地のシェルターの探索は続行されていた。
無限に広がりそうな大迷宮と化している地下シェルター各地だが、それでもしっかりと対策さえすれば、往来が可能であった事から今のところは問題無く探索が進んでいる。
「これでほぼ全ての領域を回りました。残る1区画は完全に新規に創造されたらしき領域ですから、おそらくは異相側に近い場所にリーダーの方がいるんだと思います」
「ポラリスは完全にロナルド・ラスタルの配下になっているとすれば、同じ場所にいる確率は高いと見るべきか……」
「別々の場所にいたとしても会えるような仕掛けもあるでしょうし、前ニューヨーク市長の秘密やロナルド・ラスタルの情報の一部でも解れば、かなり事件解決に近付きます」
少年が虚空に2人の顔写真を浮かべてリリーに告げる。
「そうなると信じよう。出立は8時間後でいいだろうか?」
「はい。この周囲の空間は広がり続けていますが、基本的には有限の空間を一時的に拡張して、場所を曲げて繋げてるだけみたいなので移動距離は最短ルートを通れば、殆ど通常の移動と大差ありません。問題はどちらかと言えば、時間ですね」
「時間……ニューヨーク市民の?」
「はい。ポラリスの隊員が化け物になった話を聞く限り、先兵として使われてしまうと殺すしかなくなります。ですが、神が人間の変質を抑えてもいるわけで、ハート・アイランドで見つかった固定化されているらしき屍蝋の仮面を消滅もしくは破壊する方法も模索しなければなりません。米軍から確認は出来たとの報告がありましたが、今は干渉しないように言ってあります。やっぱり問題は時間と情報です」
「ちなみにタイムリミットは?」
「………恐らくですが、後3日以内が限界かと思います。ヒューリさん達の情報や通り抜けた際の諸々の情報を精査したんですが、体内の寄生虫を取り除けるのは脳に侵食が行われていない前提なので……」
「それまでにとなれば、猶予は……」
「はい。殆どありません。連続戦闘時間は問題ありませんが、倒す手立てに時間が掛かる事は前回のイギリスでの神の封印時には思い知らされました。殆ど準備を使い切っても封印が関の山だったので……」
「今回の相手もそれ程の?」
「規模は小さくても質は同等と考えています。そもそもニューヨーク市民が現在でも表向きより数が多くいるとの話からして、何処かに更なる巣があるのは確実。それを発見出来なければ……」
「理解した。では、作業終了後、慣らし運転をしながら行くとしよう。此処に残るのは騎士ヒューリアと騎士ミシェルだろうか?」
「いえ、ミシェルさん、カズマさん、ラグさんに此処へ残って貰うつもりです」
「理由は?」
「カズマさんの火力は屋内戦闘で民間人がいる空間では高過ぎるんです。消滅させる危険があるので……」
「そういう事か」
「ラグさんは屋内近接戦闘向きで艦内での掃討役。カズマさんは艦外から押し寄せて来る相手を片っ端から焼いて漸減役。ミシェルさんは結界魔術の設置役です」
「了解した」
「皆さんはこちらの車両と連結しつつ、臨機応変に仕事を頼む事になると思います。米軍の建前さえあれば、意識を取り戻した民間人の避難誘導も可能でしょうし」
「逆に怖がられそうにも思えるが……」
「それはやってみないと何とも言えないんじゃないでしょうか。此処でポラリスの末端にいたのも元米軍の軍人の方とニューヨーク市警の生き残りの方ばかりだったとの話ですし」
喋っている間にも彼らの周囲からDC製の板材が浮かび上がって、あちこちの倉庫の大型のドアから先の暗闇へと移動して消えて行った。
「お話は終わりましたか? 騎士ベルディクト」
「あ、はい。ラトゥーシャさん」
「では、現在の進捗を……7割程船体の復元が完了しました」
「速いですね? 後、1週間掛かりそうって最初は言ってたような……」
「いえ、騎士ヒューリアから抽出出来た魔力の純度が高い上に量もシステム容量一杯に近いだけ常時再生に回せていますので。この艦に乗っていた高位魔族は惑星を破壊出来る階梯でしたが、魔力量と質では恐らく騎士ヒューリアに敵わないでしょう」
「ああ、やっぱり、ヒューリさんて七教会基準でもスゴイんですね」
「残念ながら、此処が故郷であったならば、要監視対象です。暴走したら騎師3000騎を投入してどうにかするような……能力以外では主神クラスと判定します」
「そんなに……」
「超越者ではない人材でならばという但し書き付きですが、殆ど過去の例から見ても、歴代の魔王と遜色のないレベルです」
ラトゥーシャが肩を竦める。
「魔王……」
思わずリリーが何とも言えない顔になる。
「ちなみに船体だけですか?」
リリーはその少年の言葉にラトゥーシャが瞳を僅かに輝かせた、ような気がした。
「本艦の本来の主砲副砲各種艤装の完全復元は出来ていません。但し、この星の上で使うという前提でアーカイヴから必要なものは再現しています。適宜、問題があれば、それに沿った形で形成して使用する事はお約束します」
「十分です。取り敢えず、ニューヨーク市民の避難だけは協力して貰えれば」
「無論、現地住民の無用な死傷は倫理コードに抵触しますので、しっかりと協力させて頂きます。では、主が帰って来たので、そちらの方に回ります」
言っている傍から艦内の通路内部にキャンピングカーと同時にインフィニット・ボードの簡易版、玩具として運用された空飛ぶ板切れに乗ったクローディオとラグが帰って来た。
「おう。ご苦労さん。やってっか?」
すぐベルの傍まで来たディオが衝立の先から湯気が昇っている一角を指して、ニヤリとする。
「あ、はい。魔力のガス抜きみたいなものですし、全然余裕そうなので問題無いと思います」
「ディオ。後でヒューリに殴られるぞ?」
「おーこわ。じゃ、こっちはそれまで男湯にでも入っておきますかね」
ヒューリが入っている露天風呂とは反対側の壁にも同じ風呂場が用意されており、帰って来たクローディオがイソイソとフィクシーに怒られつつ、そちらの方へと消えていく。
キャンピングカーが止まり、内部から出て来たカズマとメイがラグと一緒に休憩用に誂えられた倉庫内のソファーのある一角に向かって行き。
何やら戦術に付いて詰める様子となる。
「只今、戻った。ヒューリは異常無しとの事で安心したぞ。それでどうだ? 地図の方は?」
「あ、はい。フィー隊長の言ってた通り、この広げられた地下世界そのものが儀式場になってるのはほぼ間違いないと思われます。ただし、魔術ではなく。科学的な側面がかなり見られているので間違いなくロナルド・ラスタルの仕業……もしくは前市長が関わってるかもしれません」
「最初からそういう仕様だったと?」
「可能性はあります。でも、神がいて、それで人間を苗床にしたり、干渉を跳ね除けて人間に戻したり、今一どういう意図で行っているのか疑問に思わざるを得ないです。副作用にしても、数日で化け物になってしまうというのは聊か……」
「ふむ。神に利用されている。にしても、神そのものを儀式に利用は出来ている。神の意思には関係無く。基本的には神そのものが儀式の本質ではないのかもしれんな」
「……一体、何を目的にした儀式なのかって事ですよね?」
「ああ、そうだ。あの迷宮の神とやらは恐らく必要だから使われているというのが正しい。ならば、それは何の為か? どうして、そうしなければならなかったのか……」
「ロナルド・ラスタルはBFCの頚城のスペシャリスト。なら、頚城を完璧にする為、とかでしょうか?」
「それならば、もっと強い敵が大量に出て来ないのも疑問だ。あの概念系の肉塊にしてもそうだ。消える程に弱いならば、敵として遣わされたにしては不自然だろう」
フィクシーが肩を竦める。
実際、戦って来た中で一番強かったのはイギリスでの神の欠片だった。
四騎士も強いには強いが、今ならば組織全体の力を使えば、何とか潰せるのは明白なまでに実力は追い付いて来ている。
そんな善導騎士団の事情は日本国内でも暗躍しているBFCならば知っていて当然だろうし、宛がわれる戦力も増大するのが道理のはずなのだ。
だが、実際には神の欠片に肉薄するような敵は今のところ出ておらず。
迷宮の神に侵食された犠牲者がいるだけだった。
化け物ではあるが、それよりも同型ゾンビが殆ど地下世界では型落ち感のあるラインナップばかりで事実上は既存の善導騎士団の戦力でどうにかなってしまう。
「動けないのか。動かないのか。もしくは……」
「動く必要が無い?」
フィクシーが少年と共に紡ぎ出した答えはそんな言葉となって倉庫内に響く。
「もしかしたら、BFCの追手とかに僕らを始末させるつもりなのかもしれません」
「それ程までに強いか。もしくはBFCの本隊の戦力が来るのか。どちらにしても……」
「ええ、僕らと米軍だけでは戦力が足りな―――」
ゴバッと艦が大きく揺れた。
「何事だ!! システム・ラトゥーシャ!!」
フィクシーの言葉に扉の一つの先からラトゥーシャが高速で近付いて来て、虚空で制止する。
「ニューヨークに張った結界に異相側からダイレクトな威力が衝突しました」
「何!?」
「BFCのものと思われる敵機を確認。こちらの異相側に迫出していた結界の破砕を目論んでいるようです……成程、BFCというのはこのような体系ですか」
ラトゥーシャが虚空に巨大な映像を映し出す。
暗黒の何も無い空間内部に球体状の巨大な領域があり、その内部から観測したらしき映像であった。
異相空間内部の虚空の先から猛烈な光が結界に衝突し、再び艦が轟音で揺れる。
「助かりました。騎士ヒューリアのおかげで現在防御兵装の修復は7割完了しています。この調子で攻撃をされても結界に綻びは出来ても突破は不可能。大規模な戦力の揚陸及び内部への進行は阻止出来るものと思われます」
「敵の姿が見えん!! 補正して出してくれ」
「了解しました」
ラトゥーシャが指を弾く仕草と同時に漆黒の虚空の先に何かが見えた。
ズームされていくと其処には―――。
「何だアレは……巨大な機械の兵隊、か?」
フィクシーが言う通り。
剥き出しの機構をそのままに羽根の付いた機械人形……まるで人間の骨格標本を模したような黒い質感の硬質なソレは黒い指揮官機である同型ゾンビ骸骨型に似ていたが、更に複雑な流線形の象形が多用された全身は異様な程に異質だった。
何が異質なのか?
それは質感という事になるだろう。
あまりにも生々し過ぎるのだ。
何処か生物のようにすらも見える。
巨大な機械腕や脚を揺らしながら、顎を開いて口内から猛烈な光の本流を放っている様子はもはや生きた怪物としか言えないだろう。
「敵本体全長は約21km―――総質量は凡そ……9800万トン。敵揚陸戦力らしき小型を確認。本艦の防御兵装に対しては無力ではありますが、敵主力が現実に露出して攻めて来た場合、ニューヨーク周辺の地殻が持たないかもしれません」
「……BFCは兵隊の産出数は左程でもないと言われていたが、戦力規模は……予想以上かもしれんな」
さすがにフィクシーの顔が呆れた様子になる。
「敵小型は12m程と推測。甲虫型の蟲を模した人型形態。更に“屍者の石”と思われる反応を検知。ディミスリル・クリスタル製のフル・フレームに動力は……推論エンジンにて解析―――これは魔力ではなく内燃機関のようです」
「内燃機関?」
「DCを爆縮して得られる出力を動力源としたものだと思われます」
「何だと? ベル」
「はい。恐らく、僕らが使用している技術の核融合炉版。僕の胸にハマってるヤツの同類です」
「推定出力毎秒4.82テラワット。ただし、出力上限はシステム的に恐らく自爆以外では毎秒245.33ギガワット程かと思われます」
「事実上の無限機関。自爆推奨の特攻兵器か……結界は持つのか?」
「申し訳ありませんが、相手があの小型を3万機程同時に自爆、結界に直撃させなければ、結界そのものを少しも抜けません。事実上、本艦の外殻に穴が開くより先に惑星が崩壊します」
事もなげにラトゥーシャが肩を竦めて言い放つ。
「さすがに七教会の最新鋭艦というわけか」
「元々は魔王との戦いに使用されるはずだった代物です。当然、超高位魔族相手の運用を想定されており、単艦での星間照準戦闘はデフォルトな仕様です」
「フン。人類にも使える人類を滅ぼす兵器というヤツか。まったく、もっと人間に優しい仕様にして欲しいものだ。連中も七教会も」
思わずフィクシーが珍しく愚痴った。
それを聞いていたリリーは呆然自失状態だ。
「異相側からの現実への侵入を途絶させる為、副兵装を起動。即時射出」
何も無い広大な結界内部に突如として無数にディミスリル製の球体が出現。
次々に結界を抜けて、全方位に拡散して消えていく。
「何だ? 何をしている?」
「現在、広域結界の延伸を実行中……動力炉の再生に回していた出力を一時的に流用し、現実への露出を防ぎます」
「異相で戦えと言う事か?」
「はい。二重結界内部に相手を封鎖するまで残り12秒…………封鎖完了しました」
バツンッという音と共に映像内部の巨大な骸骨と複数の小型……というにも12mクラスの甲殻類的な敵が二重の巨大結界内部に取り込まれたのを察してか。
猛烈な勢いで拡散し、最遠部の結界外殻に撮り付こうとして、猛烈な爆光となって映像内部で遮光された艦内にズンズンとまた連続した振動が響き渡る。
「敵小型を30機程、結界からの魔力供給過多で爆砕しました。ただし、大型はさすがにこの状態では不可能です。BFCの排除を要請します」
「我々の今の戦力であの爆発に耐えられんぞ。たぶんだが」
チラリとフィクシーがベルを見やるとコクンと頷かれた。
「問題ありません。要は耐えられる装甲が有れば良いわけです」
「高格外套ソーマ・パクシルム・ベルーター……対魔王汎用兵装は置いてあるのか?」
「いいえ、全てロストしています。この艦内で復元は可能ですが、既存の超越者用を使っても中身の関係で小型1体に対して2体はいないと厳しいでしょう」
ラトゥーシャが肩を竦める。
「では、どうしろと?」
その時、先程までラトゥーシャがいた扉の先からフヨフヨと天使系な装甲を纏ったアリスがやってくる。
「大急ぎで5機が限界だったわ」
「十分でしょう。こちらの兵装を。DCの代金と思って受け取って下さい」
アリスの背後から同じようでいて微妙に違う機影が5体同時にやってくる。
「この装甲は……」
フィクシーがアリスを見やる。
「今、貴方達に死なれたら、眠ってる仲間達を起こす事も出来ない。だから、情報も込みで開示して譲渡する事にしたの。この艦が再生すれば、基本的に無限に生み出せるものだから……貴方達になら構わない」
真摯に自分達を評価する少女にフィクシーが頭を下げる。
「今後の為にも共にまずは生き残ろう。それで内訳は?」
「軽く説明するわ。ええと……基本的に全てのパーツはユニット化されてて、本来は私と同じように肉体に同化させた接続部位を使って制御するのが一番効率が良いんだけど、貴方達には装甲として纏う形式に変更した」
全員の前に大陸標準言語で解説が虚空にウィンドウ形式で表示される。
「各ユニットは使い潰せる消耗品だけど、賢者の釜を背骨部分に使ってて、この場所さえ無事なら、波動錬金学を応用する賢者の釜内部の外領域波動凝集機関さえ無事なら、エネルギーが続く限り、全ての装甲を相対座標で復元可能」
「転移で入れ替えなくてもいいのか」
フィクシーが今もまだ攻撃を継続されて揺れる艦内でさすがに七教会の力かと自分達との圧倒的な格差を思う。
「ただし、一番重要なのは各パーツ内部に内蔵されてる魔導の術式の方で次元相転移現象って言う事象を用いた1次元以上の領域から無限にエネルギーを収集するシステム。連動して相互補完してるコレは周辺の次元を相転移で下降させる事でその次元内部でしか存在出来ない相手の存在を崩壊させると同時に抽出した次元下降時のエネルギーを自己に回収する」
「サラッとトンデモナイ事を……宇宙が一瞬で相転移したら、滅びるではないか」
フィクシーが呆れた様子になる。
言われているところの内容を思い浮かべただけで個人用の装備へ使うにはあまりにも危険度の高い技術のように彼女には聞こえた。
「だから、現象が次元毎断裂するようにリミッターが付いてる。相転移現象が暴走しないように。でも、逆に言えば、抽出したエネルギーそのものも新しい次元相転移で低次元に落とし込めば、消滅させられる」
「その次元でなければ、存在しないものだからか?」
「うん。次元を跨いで存在するエネルギーはあんまり多くない。ただし、それよりも問題なのは自分達のいる次元以下に術式本体がある領域を下降させる事。そうすると術式が存在を保てなくなって反動現象で周辺次元が滅茶苦茶に乱高下する。ディメンジョン・バックファイアって呼ばれてる暴走よ」
「どうなる?」
「最悪は次元の乱高下に場が巻き込まれて、真空の崩壊で宇宙内部の定理が変わって、全て消滅する」
「いつも通りの七教会の先端テクノロジーというヤツか。やはり、セーフティーが付いていても呆れるしかないな」
フィクシーが溜息を吐く。
「ただし、上位次元のものを無理やりに低次元化してエネルギーを抽出した際には私達の住んでる宇宙の定理で説明出来ないけど、存在はする系のエネルギーを操れる。まぁ、その根幹理論とか、制御は殆どハティア様や高位の魔導高弟達にしか分からないって言われてて、ブラックボックス化してる。けど。実物は複製可能」
「良く分かった。よく分からんものを手加減して、現場で調整しながら命掛けで戦えという事だな」
「……悪いと思ってる。でも、これがこっちの誠意……」
「愚痴って済まない。君は関係者だが、諸要素は七教会の基礎理論だろう。七教会にはあまり良い感情が無くてな。とにかく了解した。ベル」
「はい。フィー隊長、僕、クローディオさん、ヒューリさん。後一人は……」
少年がメイを見やる。
「え、私ですか?」
「はい。装甲でメイさんを外部からの遠隔操作などから守る必要があると考えます」
「……やはり、頚城として運用され得るって事でしょうか?」
「すいません。本来なら色々と結界で外界からの干渉を遮断して保護するべきなんですけど、戦闘現場にBFCやロナルド・ラスタル、現市長が出て来た場合も考えて、どうかお願いします」
「いえ、戦えるだけ有難いです」
「では、総員でさっさと着替えて出るぞ。ヒューリ!!」
「はい!!」
ギリギリまで脱衣所で聞いていたヒューリがホコホコしながら羊さんモードで出て来てから、角を消して人間形態に戻る。
「異相側での初戦闘だ!! 全員、訓練はしているとはいえ、気を引き締めろ!! あちらは敵の戦場だ」
全員が頷いて次々にアリスに諸々を訊ねながら装甲を装着していく。
「こっちで細かい制御をするわ。ラトゥーシャの結界内部ならサポートも可能だから問題無いけど、異相側での破損は出来るだけ避けないと中身の変質に晒されるかもしれないから、とにかく致命傷は絶対貰わないで」
アリスが次々に各ユニットを集まって来た全員に装着しながら、背丈や各関節部の微調整を視線誘導を使ってラトゥーシャのシステムと共に施していく。
「敵は見える限り400機前後。後詰で更に増えるかもしれないけど、こっちで副砲用の弾頭を格納庫から出してる最中。一発当たれば、あのデカブツくらいなら消滅させられるから、アレがこっちの第一結界に接触する前に足止めして、防御系のシステムを切ったり、回避行動が出来ないように無防備な状態にして頂戴」
「転移で直接弾頭を打ち込めんのか?」
フィクシーの話は最もだった。
「あのクラスの存在を消滅させる威力よ? 不完全な再生中の転移システムで惑星上の何処かに着弾したら、世界の一部が物理的に消えてなくなるわ」
「了解した。こちらで合図する。ベル!!」
「はい。プランはD12を使います。敵大型による強襲時の反撃。戦術的には敵主力の誘因と大型の攻撃を誘っての陽動、威力偵察と回避、敵防御能力を飽和させるところから始めましょう」
「解った。ヒューリ!! カズマ!!」
フィクシーが呼ぶとすぐに両者がベルの元に集結する。
「はいよ。どうすりゃいいんだ? ベル」
「カズマさんとヒューリさんで直径300mくらいの物理球体を作って下さい。ヒューリさんの魔力と術式を織り込んでブツけます」
「いつも通りですね」
「いつも通りだな」
2人が頷いた。
デカブツには質量弾。
先日の神の封印時も結局は物量(質量)でゴリ押ししたのだ。
こうして、五機の機械天使が数分後には異相側へと転移で送られる事となる。
アリスは艦の直掩に回る為に残留。
他の人員は陸続きの地下世界からの襲撃に備えて準備を進め始めた。
総距離1240km。
しかし、高速で近付いて来ている第二結界の破壊を諦めたBFC側の巨大強襲躯体は周囲に数百の機影を伴って艦が張っている異相側の結界目掛けて直進。
10分後には接敵する程の速度で五機に近付きつつあるのだった。
*
「まさか、まさかと思えば、ニューヨークに出られないどころか。妨害を異相側から受けるとは……裏切り者ではない。となれば、これはやはり七教会に属する? あの世界からまた跳んで来ていたのか……」
巨大な骸骨型の躯体の中枢。
リッチと大陸の人間にならば、呼ばれるだろう黒い骸骨は自分の分身のようにも見える現在の部下が造っていた大型機の最中で両腕をコックピットブロックらしき壁に突っ込んで同型ゾンビに操縦させている小型機の陣形を調えていた。
「だが、アレが今の大隊に渡ったならば、本隊の強襲に使われているはず。直通路に存在していないという事は第三勢力。ニューヨークか善導騎士団が艦を使っているとすれば……能力を使い切られる前に叩くしかない、な」
彼がそう言ったのも束の間。
彼の率いた高速巡行中の小型機の全面が爆光を上げて40機前後吹き飛んだ。
「全軍停止。即時散開。観測のレンジ最大―――機雷の類か?」
ギョロリと何も無さそうな両眼の虚空が紅い点を宿してあちこちに向けられる。
コックピット内部から繋がる外部センサの大半が敵の攻撃を見る事が出来ず。
再び、小型機が50機程爆散し、その猛烈なエネルギーの本流に大型機の内部が僅かに振動する。
「全方位速射!! 弾幕を張れ!!」
その声に小型機が次々に両手に持っていたライフル型のレールガンを次々にデタラメに撃ち始める。
ソレが更に散弾化し、異相の虚空を空しく通り過ぎていき。
「魔術の反応が無い。方陣防御もされていない。空間転移をしているにしては反応すらない。何の手品だ?」
骸骨が瞳を細めている合間にも再び小型機が20機近く爆散した。
巨大な骸骨を染め上げる猛烈な核にも比肩する爆光と衝撃。
しかし、異相は真空である為、威力の伝導は最小限であり、空気が無い為に見た目が派手な花火くらいのものでしかない。
「何だ? この感覚は……次元境界線が揺らいでいる? 本隊の転移でもないのに揺らぐだと……重力走査!!」
瞬時に男の脳裏に周辺で本来存在しないはずの重力震反応が次々に検出され。
「そこだ。全機照準撃て!!」
相手の位置を看破した巨大な骸骨が背部に持っていたkm単位のライフルというのも引き抜いて、巨大過ぎる砲を打ち放つ。
猛烈な爆光。
核融合炉のオーバーロードにも匹敵するエネルギーが本流となって虚空を薙ぎ払って、その隙間を埋めるようにレールガンの弾幕が展開された。
それと同時に重力震反応を垂れ流していたソレらが瞬時に五機で乱数軌道で回避しながら、被弾を重力制御式の斥力場で逸らしながら巨大な骸骨に突っ込んでいく。
「七教会の高格外套とやらか!! だが、我らはその上を征く!!」
巨大な骸骨が腕で薙ぎ払うには近過ぎる位置の小型の敵機。
機械の天使にも見える無貌の装甲に対して胸元から猛烈な勢いでディミスリル弾を斉射した。
胸部装甲自体が蠢き。
自律して弾丸として弾幕を張ったのだ。
そのあまりにも微細化された弾幕を避け切れず。
斥力で逸らしている破片の密度に翻弄されて、機影が次々に正面を避けて関節部に向かうが、その背後からは構わないとばかりに小型機が迫ってレールガンの速射をお見舞いしていく。
遂に弾幕の雨の中に一機が閉じ込められ、そのまま巨大な弾丸の豪雨に呑まれるかと思われた時―――漆黒の魔力放射が周辺を襲った。
「何?」
それは稲光となって巨大な骸骨の胸元からスパークし、殺到してくる小型機を薙ぎ払いながら、次々に弾幕を呑み込んで膨れ上がり、最後には剣のように束ねられて一回転。
光輪の如く全てを莫大な光と熱と運動エネルギーと電荷で切り裂いた。
「この魔力量!! 高位魔族か!?」
大型機内部が巨大な魔力の流入に悲鳴を上げながら各部位がショートした様子で回路として形成されていたディミスリルの一部が吹き飛ぶ。
「再形成……している暇は無いか」
リッチが瞬時に大型機の両手をまるで手を合わせて拝むような仕草で胸元に殺到させ、巨大な魔力源となった敵機を封じ込めるように魔力をディミスリルの巨大な腕で吸収していく。
腕の表層のDCが煌めきながら剥離し、同時に小型機は残りの敵機を追い掛け始めるが、次々にライフルらしき銃の応射で撃墜され、数百mを呑み込む爆光を撒き散らしながら虚空に消えていく。
「小癪。ならば―――」
背後の巨大な羽根が唸った。
同時に微細な振動が大型機を覆い尽し、ブレる。
高周波を纏う機影の装甲そのものが凶器と化し、骸骨の肋骨から無数に湧き出た触手状の器官が、数m程の太さに数kmの長さのソレがランダムに背後へ廻ろうとしていた敵機4機を薙ぎ払う。
二機がそれにブチ辺り、猛烈な加速を受けて大型機の外延部に弾き飛ばされる。
同時に小型機からの速射が襲い掛かり、触手が次々に殺到。
装甲を滅多打ちにしていく。
「くくく、ほらどうした!! お仲間が消し飛ぶぞ!! 例え、装甲が無事だろうと中身まではどうかな?」
圧倒的なエネルギー量、物理量にモノを言わせた大規模攻勢。
更に残る二機は脇腹の辺りから背中に回り込む事は出来ていたが、猛烈な羽根の振動で拡散する装甲表面の剥離したDCによる高周波ブレード染みた大波を受けて呑み込まれており、身動きが出来なくなっていた。
この巨大な骸骨の周囲には自立して存在する空気。
否、巨大なガスの塊が自存して常に付き従って威力を周囲に波及させているのだ。
「例え、七教会の装甲だろうと最後の大隊相手に利くならば、屍者の石による超凝集体は物理的に有効。規模が違うと知れ!!」
巨大骸骨が腕の内部で巨大魔力を封じ込めたままに体を揺する。
そして、脇腹から肋骨に掛けて出ていた触手群が四機を同時に打ち据えて弾き飛ばしながら半壊させた。
「例え、原初の大陸から来た兵器だろうとも我らBFCの長年の研鑽に敵うものではあるまい」
リッチが喜悦を湛えてほくそ笑み。
しかし、顔面的にその分かり難い愉悦が、途中で不意に止まる。
(何だ? 何かがオカシイ。連中の防御や隠蔽機能はこちらに掛からないはず。なのにどうしてこいつらは回避や防御をこちらのセンサに掛かるよ―――)
疑問が終わるより速く。
両腕の中で魔力を放出していた機体がヌッと魔力を途絶えさせた瞬間に己の内部から何か白いものを吐き出すかのように胸元を開き。
ガシュンッと胸部装甲対胸部装甲という構図のままにその僅か先に小さな白い球体を出現させ。
ゴギュリッと。
DCが猛烈な圧力に拉げながら、中枢にいたリッチが両腕を壁に食われたかのように弾け飛んで背後の壁に吹き飛ぶ。
「何だ? 何が―――!?」
巨大な大型機の胸元に数百m程度の白い球体がメリ込んでいた。
それが爆発したわけでもないのに機体の胸元に食い込みながら同化でもしているかのように潜り込む。
「う!!?」
全身の伝送系に当たるDCの回路に過剰な魔力を流し込んで破壊していく。
内部が一瞬にして数千℃以上の熱量を帯び。
両腕を失ったリッチが爆発に翻弄されながらも、機体に遺した両腕で大型機の腕を操作し、今にも自身を破壊しそうな胸元の白い球体を爪先で抉り出すように引き抜いて虚空投げ放つ。
だが、投げる瞬間には起爆した壮絶な魔力量による転化現象で左腕が漆黒の爆光に呑まれて消し飛んだ。
「舐めるな!! この程度の損傷―――」
だが、彼が再生させるよりも先に信号弾らしき赤い輝きが全機から撃ち上がり、5機の機影が突如ロストした。
「しま―――ッ」
彼が咄嗟に本命が来る事を察して大型機に防御形態を取らせる寸前。
白い球体が引き抜かれた胸元に時速2万4000kmの何かが突き刺さり、グンニャリと大型機を巻き込むように異相空間を歪めた次の瞬間。
キュルンッと……とても静かな様子で大型機の機影が歪んだ渦に巻き込まれ、引き伸ばされながら回転し、歪みながら液体のように胸元の中心に当たった何かに巻き取らていく。
「く、コレは?!」
ソレが背後に突き抜けて、異相内部が瞬時に白く光った。
五機の機械天使が第二結界の外。
瞬間的な転移で離脱した戦域が光に呑まれている様子を見て顔を引き攣らせる。
『ベル。今のは何だ?』
『恐らくですが、超重力結界を変形させた槍みたいなものだと思います。あらゆる物質を制御した重力渦に巻き込んで崩壊させながら巻き取りつつ、一定以上の距離で物質を限界超過して圧縮、クェーサー反応を全面放射させて爆弾にする奴です』
『クェーサーボムの変形版か?』
『その先にある技術です。事実上、ブラックホールそのものを円錐状に加工して、巻き込む物質のエネルギー転化のタイミングまで制御してます。今の僕らの基礎技術的には理論が解ってもエンジニアリング不能の弾頭ですね』
『さすがに七教会という事か。いや、この機体の能力も大概だが……』
フィクシーが思わず呟く。
それというのも敵を欺瞞する能力が高過ぎたからだ。
『次元相転移現象によるあらゆるレーダーの無効化。放射された物理量を装甲表面で消滅させ、事実上は重力以外に検知が不可能です。電波、熱量、光波、殆どの純粋波動魔力の類は全部無いという事実に置き換えられるので……』
『本来在るべきものが“無い”というのを探されたらどうなる?』
『空間内部の“適量”を機体から放出させればいいだけです。その偽装を見抜けるAI辺りがあれば、たぶん発見は可能です。先程のようにBFCなら注意深く見れば、恐らく看破されますが、それ以外ならば、殆ど隠蔽は完璧だと思います』
『最後の大隊相手にも奇襲を掛けられるかもしれないな』
『はい。同時に次元相転移による防御力も事実上は物理量攻撃を無力化するのに等しいですし、重力そのものを次元相転移現象で下降させられるので、限界まで隠密特化させれば、誰にも見えません」
「さすがに七教会の技術だけはある、か……」
「回収したエネルギーを背骨の賢者の釜で転換すれば、無限機関。これを騎士団の装備に転用出来れば……七教会製の鎧は伊達じゃありません』
『フィーお話終わりましたか~~こっちはちょっと疲れましたぁ……』
ヒューリが疲弊した様子で大きく息を吐いていた。
『ああ、済まない。ご苦労だった。ヒューリ』
『大隊長殿。こっちはこっちで労ってくんねぇかな。油断誘う為ってあの防御方法使わずに戦ってたら背骨折れたんだけど……』
『もう治っただろう?』
ディオにフィクシーが事実を告げる。
『こちらカズマ。いや~~マジで今回はダメかと思ったぜ……球を作った後は普通の戦闘だったけども、アレがBFCの斥候かよ。うぇ~~』
ゲッソリしたカズマの声が戦いがギリギリだった事を物語る。
『こちらメイ。触手で何度か全身を砕かれましたが、再生は間に合ってるみたいです。破壊された装甲も復元完了しました』
『総員。ご苦労だった。敵機及び周辺の残敵掃討に移るぞ。一度重症を負った者は帰投しろ。無傷だった者は一緒に周辺の哨戒警備だ』
『あ、はい。フィー隊長』
『じゃ、お先に~~』
ディオが傍まで来ていたメイとヒューリを連れてフヨフヨと消えていく。
『それにしても考えたな。ポケットをヒューリに付属させて、内部でカズマに球体を作らせるとは……』
『でも、これならヒューリさんの魔力でカズマさんが危険になる事も無いので。それと貴重なBFCの実働部隊……恐らくですが、先兵というよりは幹部級の機械腕の人みたいな相手の実力も測れました』
『大型に乗っていたのか?』
『はい。どうやら転移で逃れたみたいですけど、残留しているDCや敵小型の残骸も途中で回収したので敵本隊の実力を推定するには丁度良いと思います』
『アレが大量に攻めて来るのは勘弁して欲しいところだが、実施どうなのだろうな……最後の大隊が造っている超越者級の屍が数十万から数百万体とあの巨大な大型機が数百体も出てくれば、正しく人類最後の日というヤツだろうし……』
『今回の実践データで殆ど必要な資料は揃いました。BFCが転移活動を絞られている領域から出て来る事も確定となれば、先に叩くのはBFCの方になるかもしれません』
『最後の大隊と潰し合わせても、我々には利が無いと?』
『それが起っている時には恐らく状況は僕らの制御出来ないものになっている可能性が高いです。なら、どれだけ困難でも各個撃破で一つずつ潰していく方が良いんじゃないかと……』
『そうか。お前が言うなら、そうしよう。BFCがこれで大規模にこちらへちょっかいを再び掛けて来るにしても時間が掛かるはずだ。すぐ地下世界の探索に移ろう』
『はい。ロナルド・ラスタルの確保とBFCの秘密を暴いて……ニューヨークの神と仮面の破壊。何とか早めに終わらせちゃいましょう!!』
『ふふ、頼もしいな。我らの魔導騎士様は……』
少しだけ愉快げに少女が微笑みながら、残敵である小型機の残骸を魔導方陣から放たれる雨のような熱量放射で溶かし、蒸発させていく。
『い、一応、騎士団の兵站部門責任者ですから!!』
『ああ、そうだ。お前は今や世界の命運を担う我ら善導騎士団の中核だ。だから、私に見せてくれ。お前の答えを……共にな?』
『ッ、はい!!』
こうして少年少女はイチャイチャしながら残敵掃討を数十分でこなして異相側からフィラメントの捕捉による転移で現実の地下世界へと戻っていく。
帰った倉庫内では疲れたヒューリが再びふやけそうなくらいに温泉へと浸かってグンニャリと湯殿の淵に凭れて疲れを癒しており、戦闘中に重症を負って回復したばかりのディオや疲れた様子のカズマも男湯に入っているのだった。
一人、ゾンビだからと残留組に混じって地下世界の踏破の為に再び仕事に就いているメイはアリスに労われ、よく帰って来たとお菓子などを振舞われていた。
それを見ながら、七教会の怖ろしき力の片鱗を直に味わった副団長代行は更なる戦いに備えて、隊員達に更なる訓練を貸す事を肝に銘じた。
誰にも仲間の死に顔を見せないように……それが彼女の決意であった。




