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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第179話「積み上げたもの」


 リリー・ベイツにとって、軍とは居場所だ。


 彼女は自分がそれなりに優秀な方だとの自覚はあったが、それは努力を怠れば、すぐにでも転げ落ちる程度の代物でしかないとも知っている。


 嘗て、北海道に居を構えた彼女の両親はその各地のコロニー建造中の騒乱期に犯罪者によって、ではなく……飢えた子供達によって殺された。


 事実である。


 何とか北海道までやってきた米国国民であるが、その混乱は凄まじく。


 親と逸れただの。

 親が途中でゾンビになっただの。

 親が米国の傷で死んだだの。


 行政の手が回り切らずに数か月間無法地帯になった地域が幾らもある。


 米国本土から逃げ出せた幸運な人々の中にだって犯罪者はいたし、米軍とて陸軍を殆ど消耗していた事もあって、治安維持部隊は多く無かった。


 食糧難や治安が改善するまでの数か月という時間は大人達の奮闘の時間でもあったが、取り零された悲劇は決して少ないと言うべきではない。


 その中でも悲劇扱いされる事件の一つが彼女の両親の事件だったというだけだ。


 まだ数歳の彼女を残して両親は他界した。


 理由は飢えた子供達が食料を盗もうとして、彼女の両親もギリギリの生活であった為、僅かに分けて後は娘にと思っていたところ……飢えた子供達に襲われた際に倒れ込んだ先に角があった。


 極めて単純な理屈だ。

 飢えた大人達とて体力や筋力が弱っていた。

 そこに数で襲われて抵抗出来なかったのだ。


 その時、盗まれた食料はパン二つとミルク一本であった。


 冗談のような話だが、冗談ではない。


 並んで押し倒された両親はキッチンのテーブルの角で後頭部を強打した瞬間に頭蓋骨を骨折、脳内出血で並んであの世に旅立ったのだ。


 こうして彼女は幼いながらも両親を亡くして孤児となり、十歳を超える頃には軍にいた。


 一番飢えなくて、一番自分の資質に合った職種がソレだっただけだ。


 厳しい訓練もパスしたし、連帯感や協調性も養った。


 そして、彼女は精鋭として若くして部隊を率いるようにもなった。


「………」


 だが、彼女の目の前の少女達は自分よりも幼いやら同じくらいの歳でもう組織のトップに立つやら、まるで御伽噺の中から出て来たような相手に違いなかった。


「ヒューリ。例の結界内部に突入するぞ」


 騎士団のデフォルト・スーツ。


 その中でも彼女の為に特注された白に朱のラインが引かれた術式付与型のライダースーツ染みたソレに動き易さ重視の手の甲や脛部、肩部、胸部、大腿部を蔽う細い甲冑式の装甲。


 副団長代行と言いながらも事実上は次期騎士団長と噂される彼女。


 フィクシー・サンクレットは彼女と同年代とは思えない程の落ち着きぶりと歴戦の貫禄。


 彼女の艶やかな長髪とスーツが同じ色合いなのはソレを造った者が彼女を思えばこそだろう。


 二色だけで彼女には十分なのだ。


「フィー。先行させた使い魔で移動経路を確定。このまま突っ込んで構いません」


 背中から突き出た翅を畳んだ妖精のような佇まい。


 しかし、黒き羊は金の瞳と金の装具で己を纏う。


 彼女に装甲は殆どなく。


 術式で装飾されたのみの黒金のデフォルト・スーツがよく似合う。


 騎士ヒューリア。


 瞬間的に巨大な膂力で地面を砕いて見せた少女は自らの翅で戦闘ヘリや昆虫よりも容易く都市内部の空中を駆け、底知れぬ魔力を僅かに今日も身体の上に纏う。


 機器で観測するまでもない程に実態化したソレは転化光を極々僅か彼女の周囲に散らばせて、まるでCGの如く煌めかせていた。


 装甲が無いのは恐らく装甲染みた彼女の髪の毛が変異した金具がその役目を果たすからだろう。


 素人目にも分かる力の密度がその圧倒的な存在感を周囲に知らせる。


 野菜の聖女様として知られている姿ならば、正しく何処かのお姫様かというような金髪の絵に描いたような美少女であったが、現在の姿は正しく黒き羊の女神。


 それを悪魔と称するか。

 あるいは神と称するか。


 どちらにしてもフィクシー・サンクレットを横にして引けを取らないのは彼女だけだろう。


「副団長代行。車両至近の結界の安定を確認。このままイケます」


 車両を運転する女。


 騎士ミシェル。


 スラブ系の褐色の肌をした二十代後半の女。


 眼鏡を掛けた亜麻色の長髪。


 いきなり騎士団に取り立てられた結界術式の使い手にして魔術側の秘書役。


 その姿は見る限り、美人と呼ぶに相応しいものだろう。


 名は売れていなくても、一部の人間には畏れられる騎士団の中枢たる騎士ベルディクトの左腕。


 何でも卒なくこなすように見えるし、実際運転にも迷いが無い。


 これから神とやらの巣に突っ込むというのに顔色一つ変えない様子は鉄面皮や冷徹や無感動というよりは……それよりも大きな恐怖を知っている者特有の落ち着きに見えた。


「ラグ。準備しろ」

「あいよ。旦那」


「いやぁ~美人に囲まれて行軍なんて良い日だ」


 ラグと呼ばれた少年に告げた長耳のダークエルフ。


 クローディオ・アンザラエル。


 騎士団最優の兵士と名高い彼を見れば、リリーにも確かにと頷けるところがある。


 その雰囲気が何処かいつも彼女の補佐をしてくれる部下クリストファーに似ていたからだ。


 レンジャー特有の雰囲気。

 立ち姿や歩く姿が何処となく。


 その癖、いつもは昼行燈を決め込んでそんな風には見せないのだ。


「分隊長?」

「ん、な、何かしら?」


 その部下に言われて初めて彼女は自分がずっと仲間達と今は呼ぶべき相手を凝視していた事に気付いてコホンと咳払いしつつ、部下であるクリストファーに視線をわざとらしく向ける。


「スマイルですよ。スマイル。神様と言っても、十字架使わない邪神の類です。緊張するだけ馬鹿ですよ。はは」


「ッ、上官に馬鹿とか……もう少し言い方があるでしょう。クリストファー少尉」


 レンジャー上がりの歳の離れた兄や父でもおかしくないような年齢の男は笑みを浮かべる。


「スゴイ人達に囲まれて緊張していては本来の力を発揮できませんよ?」


「上官に忠告とは良い度胸ね」

「これが自分の仕事ですから」

「……留意しておきます」


「クリストファーさん。ええと、リリー・ベイツ分隊長、でいいですか?」


 話し掛けて良いものかと少し考えた素振りだったヒューリの言葉に彼女は僅かに内心で固くなりながらも務めて笑みを浮かべるよう心掛ける。


 要はフレンドリーな上官と私的な会話をするような感じだ。


 と、己に言い聞かせて。


「いえ、身分は対等ですが、皆さんの方が実戦経験を積んでいるという点では先輩です。リリーと呼んで下さい」


「あ、はい。じゃあ、リリーさん」

「何でしょうか? 騎士ヒューリア」


「リリーさん達は今までどんな任務に就いてたんですか? 一応、聞いておいた方が今後の各自の動きが把握出来ると思うので少し気に成って」


「あ、はい。確かにお知らせしていませんでした。我々は後方に付いて来ている特殊車両の試験部隊なんです」


「試験部隊? つまり、あの車両のテストをする部隊なんですか?」


「ええ、ユーラシア遠征に用いられる事が決まっている装甲車の実戦テストです。あの車両は米軍の機密や技術の塊です。ですので、これ以上深くはお教え出来ないのですが、基本的に部隊は全員がオペレーターだと思って下さい」


「オペレーター? そうなんですか? クリストファーさん」


「ええ、騎士ヒューリア。実戦で載せる人員が操るので僕みたいな密林のゲリラ戦が得意なヤツとか、機械に強いヤツ、指揮官、現地で車両を運用する際に従軍する傭兵なんかの構成でユニットを組んでるんですよ」


「クリストファー少尉……」


「大丈夫ですよ。これくらい。だから、皆さんに戦闘力は劣りますが、装甲車両を用いた戦術や幾らかの支援戦闘、後方支援は可能です」


「そうなんですか。スゴイですね。私、未だに戦う事しか出来ないので」


「そんな事ないでしょう? 野菜の聖女様の噂は聞いてますよ?」


「あ、あれは!? ふ、不本意なんです!?」


「不本意? ヒューリアさんの医療現場での活躍もよくネットに載ってましたけど」


「そ、それはお手伝いであんまり専門の教育は受けてなくて」


「はは、気にし過ぎ。気にし過ぎ。ウチの分隊長もそうですが、年頃の女の子で戦う事が出来るだけ十分ですよ。ソレが出来ない子だって一杯いる。このご時世でゆっくり学べなんて言えませんが、いつか出来るようになります。必要に駆られるなら……」


「そうならないように頑張りたいです……」


「なら、協力してニューヨークの市民を助け出しましょう!! ね?」


 お茶目にウィンク一つ。


「はい!!」


 黒き女神はそう常と変わらぬ泰然とした男の笑みに頷くのだった。


「………」


 リリー・ベイツは思う。

 彼女は思う。


 ああ、こういうところで人生経験の差が出るな、と。


 そして、同時に思うのだ。

 自分はやはり恵まれているのだな、と。

 無茶な任務を言い渡してくる上司は居らず。

 彼女の傍には良い部下がいる。

 これで恵まれていないという事は絶対に無い。


(……私、恵まれているよね……ED)


 嘗て、ゾンビ禍が流行した祖国において多くの兵士達が得られなかったモノを享受していると理解してこそ、彼女はその祖国への献身と義務に肩に掛けた小銃の重みを思うのだった。


 *


―――??年前ニューヨーク、ダウンタウン。


「珍しいか? 私がバーガーにポテトを齧ってる様子は」


「いえ、会食にレストランでディナーを食べている貴方しか知らなかったもので」


 身形の良さそうな男達が二人。


 仕立ての良いスーツに白衣を着込んだ奇妙な姿でダウンタウンにある世界展開するファストフード店の奥、セットメニューを齧っていた。


 彼らくらいの身形の男が使うにはまったく合っていない店と言えるだろう。


 掃除してもキツイ芳香剤の臭っているトイレ。

 罅割れた鏡。

 点検中の張り紙のしてある暖房器具。

 薄汚れた床は拭いても取れない汚れでくすみ。

 壁紙は僅かに色落ちしている。


「実際のところ、マズイが問題無い。合理性というのはこういう事を云うと常々思う」


「合理性、ですか?」


 切り出した男の方が歳上だろう。


 初老の男にまだ40代に入っていない男が訊ねる。


「厳密には違うが、この店舗も工業製品だという事だ」


「工業製品、ですか? 言わんとしている事は分かりますが」


「例えば、人社会にとって何処までが人間の仕事であるか、という命題があったとして……我々人類が機械に取って代わられたとしても、何処まで問題があるのかという話だ」


「飛躍……ではないのでしょうね。貴方の中ならば、Dr……」


「今やそう呼んでくれるのは君くらいのものだ」


「研究所にいた頃は誰もが貴方をそう呼びましたから。慣習というものです」


「……技術の進歩は工業製品の進歩であり、人社会の省力化と機械化は人から生きる苦しみを奪うと同時に生きる目的からも解放する」


「奪うと表現するところがDrらしいかと思いますが」


「別に揶揄してはいないよ。心底にそう思うというだけだ。確かにこの店はマズイ。だが、栄養補給がこの程度の金額で提供されている事は嘗てならば驚嘆に値する。多少の味には目を瞑ろうというのが人間という事だ。特に数字に煩い人々はな」


「我々もその類では?」


「数字に煩いのと数字に詳しいのでは諸々違うとも。数式に文句を付けて粗探しをする連中と数式に美しいと見惚れる人間。私は後者でありたい」


「気を付けます」


「そうしてくれ。合理性の追求はよく人々の生活を便利にしているように見えて、人間の質を落としてしまいがちという点では人社会の宿痾と言える。だが、合理性の追求はとあるターニングポイントを超えると殆ど社会から善悪を一掃する」


「善悪、ですか?」


「そうだ。今、言った煩い人々は消えるだろう。理由は単純だ。合理性の追求がやがては人の思想や思考に及ぶ時、それを可能にするのは科学者や技術者のようなテクノクラートであって、多くの場合は政治家でも起業家でも無いからだ」


「我々は彼らの支援無しには今のところ多くの研究が進められませんが、その点は?」


「何も問題が無い。彼らの言うところの合理性が資本主義的な位置で吐かれた言葉である限り、我々にはまるで届くまいよ」


「そんなものですか?」

「1人の天才を百人の秀才は超え得ない」


「百人の秀才が1人の天才に出来ない事をするとしても?」


「ならば、それは同じ道ではないと考えるべきだな。建築家とプログラマーの違いみたいなものだ」


「ふむふむ」


「どうなるにしろ。技術的な特異点が一点を超過するのはもうすぐだ。この時代に生きていた事は我々にとって正に好都合という事実だけが残る」


「時間は掛かりそうですが……」


「私がこのシンギュラリティ―の段階を踏んでしまった事が不運だと彼らには諦めて貰うしかないだろう」


「大人しく諦めてくれると?」


「はは、控えめに言っても、戦争だな。だが、別に構わんだろう。負ける理由が無い。それに私と同類である君も同じだ。人類にとって我々二人を中核とする研究者集団は真に害悪の類だし、同時に福音でもあるのだ」


「……工業製品に出来ますか? 我々の研究は」


「ああ、出来るとも。何れ世界が直面する現実に回答を与える程度の話だ。それを全て否定しようとする勢力は顕れるかもしれないが、何も間に合わない」


「間に合わない?」


「人の進歩は決して止まらない。そして、人の意識の変容もな。例え、その際に人類が滅び掛けていたとしても、彼らはもう知ってしまったと理解するだろう」


「………」


「このような技術や力が存在する。そのような叡智が存在する。そして、それを人が操るに足る以上、これを受け入れない事は不可能であると」


「我々はその勢力に備えるべきですね」


「然り。だが、現実がそう上手く運ばない事も人生にとっては必要な荒波ではないかな。過程を愉しめぬ研究者は二流だろう?」


「確かに……」


「いつか機械が叡智と技術を開発するようになっても、それを開発するAIをAIが創るようになっても、我々は人間だ」


「機械にはなれないと……」


「左様。化け物や機械に自分を置き換えても何も変わらんよ。特に我々のような何も持たざる者はな……」


「人より多く持っているつもりではありますが、貴方が言う事も分からなくもない。それは我々のような人間の本質、なのでしょうね」


「私は合理性を支持する。だが、人間性は同時に必要だとも理解する」


「貴方がストーリーにありがちなマッドサイエンティストなら、この時代はもう少し長かったかもしれませんね……」


「重要なのは天秤を傾けるべき時期と場所を誤らぬ事だ。その点で最初のターニングポイントは越えた。もう人類は滅びる以外で己の進歩に歯止めを掛ける事は無いだろう」


「我々が負ける可能性は?」


「あるとも。少なからず。だが、杞憂だな。理由は以下の二つ。私は最初から負けない事を考えていた。勝利はついでだ。そして、我々が負けない限り、決して相手は勝利しない。人類は滅ばない」


「相手とは?」

「想定範囲で述べても片手の数で足りるが?」

「聞いてみただけです。ですが、もしも……」

「?」


「もしも、想定外の相手が出たら、どうします?」


 その言葉に長らく。

 恐らくは長らく。

 男は沈黙を挟んだ。

 周囲には外の喧騒が入って来ている。


 今日も何処かで殺人が起こり、今日も何処かで犯罪者が悪さをする。


 ポリスメンの到着は全てが終わった後であろう。


 だから、たっぷりと銃声がしてから、彼ら市警が引き上げていくまで彼らの間に会話は無かった。


「何も問題など無いさ。我々の技術と叡智は既に手工業くらいの段階には達した。工業製品となるのにもう左程時間は要らない。そして、私はソレをもう知っている」


「……知っている。まるで神の手帳でも読んでいるかのような貴方の手腕ならさもありなんと納得してしまいそうですね」


 男は沈黙に何も言わない。


 本当に黙考した時、目の前の男は真に全能の神と左程変わらないと知っていたからだ……少なからず、彼らが信じる神とやらは科学技術という名ではあるので……左程の違いは無い。


 彼ら自身にとっては。


「良い線だ。が、君もいつか気付くだろう。何処にも偶然は無い。人の運命とやらに限ってはな。どれだけの偶然が重なっても、それはやはり必然なのだ」


 男達の会話は弾んでいる。


 そして、男達の周囲には数人の男達の身体が転がっていた。


 生きてはいても、目が醒める様子もなく。

 その手にはナイフと拳銃が握られている。


「例えば、この男達が仲睦まじい恋人になれるかもしれない幼馴染達の恋を引き裂き。まだ幼い女性を強姦した挙句に映像を録画し、助けてと縋る様子を幼馴染君とやらに送ってみたりする外道だったりしたら、此処で殺してもいいと思わんかね?」


「まぁ、端的に言えば、倫理的にはギルティ―ですね」


「そうしてみよう」


 男達の肉体が混ぜ捏ねられたようにグチャグチャと何か得たいの知れない手に砕かれながら肉の団子になる様子を男達は平然と見ていた。


「これで今日一つの悲劇が回避された。ああ、ちなみに今のは比喩ではないが、確率99%以上の単なる予知の結果だ。これで仲睦まじい幼馴染達は16年後まで健やかに日本で子供も作って元気に過ごすだろう」


「成程、ウチの予測機械も真っ青だ。あのシステムは使い勝手は良いですが、10年が限界、でしたか」


「アレより高性能なのを造れる部門の長に推薦したい若者達がいたんだがね。生憎と我々とは接点が無く。まぁ、敵に回るだろうな。結末は分からないが、強く逞しく滅びる世界に抗う組織の中核でも張っていて貰おう」


「予知か。幾らかの疑問には回答が見付かりました」


「ああ、補足するとだな。別に私の研究成果は予知などせずともこの時代の私ならば、1年程度で全て終わるくらいの代物だ。言う程に超技術という事でも無い。君が君の技術を最終的には極めるようにな。偶然ではなく必然だよ。それを少し早めた程度なんだ」


「ちなみに我々と彼らが出会うのも必然だったと?」


 その彼らが一体誰であるか。

 男達は語らない。


「ああ、勿論。神は人間を救わない。しかし、物語は人々を救うのだ。悲劇が特別である為に、幸福が特別である為に、確率論と天秤は人を救わないが、私と私の物語は確実に人類を救って見せよう」


「付いて行きますよ。Dr……いつまでになるかは分かりませんがね」


「期待している。ちなみに今日だけで4900人も悲劇を救ったよ。やはり、幸せな恋人達には幸せな人生を歩んで欲しいからな。まだ幼く名も知らぬ伴侶達が悪意の餌食になる様子は見ていて胸が痛むものだ」


「ちなみに今日は何人この連中みたいなのを?」


「心臓麻痺で400人、飛込で23人、自殺で1324人。抗争で2309人。まぁ、人間のクズとゴミには退場して貰う丁度良い機会だった、というだけだ」


「なるほど。貴方にとっての悪をですか」


「理非も善悪も個人の主観に過ぎない。だが、人類を救ってくれる人材を殺そうとする輩は悪ではないかね?」


「見えていると?」


「無論、彼らが堕胎しようとした子供達。あるいは彼らが虐待しようとした子供達。もしくは悪意を以て犯し、殴り、蔑み、無垢なる魂を絶望させ、蹂躙しようとした者達。全て見えているとも」


「まだ互いも知らぬ男女や子供の為にしてはまったく大げさにも見えますが、貴方にとってはそうではないわけだ」


「必然だ。そこに私の手が加わる事で生かされる命が死んだ時よりもパフォーマンスを発揮する」


 男……Drはパフォーマンスと言った。


 それは人の可能性というものとはニュアンスが違ったかもしれない。


「胸糞の悪い人々が滅んで少し幸運と呼ばれるモノを享受する者が多くなる。その程度の事だが、彼らは生きているだけで人々に多くの希望を与えるだろう」


「その死亡した者達よりも人類に肯定的な影響を及ぼすと?」


「そうとも……人は獣、屍は神……やがて来る破滅の先。今赤子だろう子達は新たな国の一つも立ち上げるだろう。私は人類を救わぬ神など求めてはいない。獣だろうと人の世にこそ肯定的な影響を及ぼしたいと常々願っている」


「幸せになって欲しいものですが、生き残れますか? この時代を……」


「何、彼らの殆どは日本行きだよ。人類の中でも心理的な資質に優れ、遺伝的な資質もそれなりな層だからな。若者として是非、次の時代を担って欲しいところだ」


「まるで米国が滅んでいそうな口ぶりですが?」


「楽しみにしていたまえ。好きだろう? 君。B級ホラーとか」


「ええ、まぁ、はい」


「君の趣味は把握しているとも。君の研究も愉しい実験対象や研究対象を見付けて、そろそろ飛躍するだろう」


「そう願いたいものだ」


「やがて、君も理解に至る。その時は君の必然なる回答を是非とも披露してくれ」


「承知しました。Dr……そろそろ出ましょうか」


「ああ、そうしよう」


 男達は肉の塊がいつの間にか血の染みを残して消えているのも構わず。


 満足した様子で立ち上がり、店を出て行った。


 その光景をぼんやりと見ていた店員は暇そうに見える白衣の男達が退店するのを横目にしながら、何も起きていないようにも見える店内でモップ掛けをし始める。


 翌日、そんな彼が遅い朝食を取ってから朝刊で周辺を根城にしているギャング紛いの事をしている青少年達の失踪を三面記事で見ながら、アメリカ各地で続くマフィア同士の抗争の一面内容に此処も南米みたいになってきたなぁと感想を抱きつつ、胸ポケットに入っている100$に気付いて、何処で貰ったのだろうと首を傾げる。


 その100$には小さなメモが挟まれていた。


『いつも丁寧な掃除ご苦労様。日本への留学頑張りたまえよ』


 自分を知る誰かだろうかと彼は僅かに笑みを浮かべて、今日も掃除に精を出す。


 そして、翌日には日本への留学費用を貯めた脚で銀行に振り込みに行き。


 1週間後、空へと旅立った。


 北米大陸においてゾンビ現るの第一報が出たのは彼が留学先でお世話になる漁師の家に付いた頃……やがて、激動の時代の最中、家族を呼び寄せた彼の妹がその漁師の家の兄弟の1人と結婚する事となる。


 今の本家の主は海上自衛隊勤め。

 それも結構スゴイ人らしい。


 他にも留学先で会った考古学者が変人だったり、数年後には漁師として多くの避難船が米軍によって沈められたりするところを目撃したりする事となる。


 が、それはまだ先の話。


 確かなのは彼が結果的に大勢の人達と滅びの時代にあって幸せな家庭を築いたという事。


 その精粋である娘が人類を救うと実しやかに言われる組織に騎士見習いとして入り、アフリカを奪還する戦いにすら赴いた事までも知って……彼は静かに未来に置いて今日窓の外を見上げて思うのだ。


 あの時、100$をくれた誰かがいなければ、自分は今此処にいる事もなく。


 家族も全てあの祖国の地で死んでいただろうと。


 名も無き誰かの善意。


 それが繋いだ幸運は確かに多くの誰かを救っていた。


 *


―――??日前、緋祝邸『ベルさんの魔眼講座』実費有(1000円)。


「というわけで今日は皆さんにそろそろ魔眼に付いての講座をします」


 緋祝邸のリビングは近頃家族が増えたので新調したテーブルが広く。


 ソファーもマシマシで10人くらいなら並んで横になれるくらいの数が置かれていた。

 お茶とお菓子は実質的な家長である緋祝明日輝に1000円ずつ出して全員が数種類の焼き菓子としてパティスリーみたいな有様でズラリとホール単位で並んでいる。


 プリン。

 ガトーショコラ。

 ベークド・チーズケーキ。

 アップルパイ。


 取り敢えず並べられた代物は薄っすらと湯気を上げているモノもある。


 現在、此処にいるのは6人。


 ヒューリア。

 悠音。

 明日輝。

 リスティア。

 フィクシー。


 そして、騎士団で今日も忙しいはずのベルディクト・バーンその人……の肉体を模した本人にしか見えない遠隔操作式躯体であった。


 無論、当人が動かしている。


 ちなみにフィクシーもその力を現在用いており、本人なら普段しないだろう女の子らしいというよりは愛らしい桜色のフリフリなレース生地が多用されたワンピースなドレス姿であった。


 彼女の背丈の事や背後の両腕の事を考えれば、中々難しいお洒落であるが、肉体は普通の両腕しかない為、すぐに本人の肉体ではないと誰もが分かるだろう。


 本人はちょっと恥ずかしそうだ。

 無論、ソレが自分の私物ではなく。


 騎士団の女性騎士達が選んでくれた一張羅だったからだ。


 彼女の元々の私服の類は護符山盛りな黴の生えた魔術師ルック。


 騎士団に入ってからは騎士用の正装や軽装姿。


 異世界に飛ばされてからは少年のライダースーツ染みたデフォルトスーツが主となっていた。


「はいはーい。ベルせんせー」

「はい。何ですか? 悠音さん」

「あたしとお姉ちゃんて魔眼なの?」

「魔眼持ちですよ?」


 悠音が首を傾げる。


 何時そんな事になったのだろうと。


「おお、そういや、この子達にはまるで自覚が無いんじゃったか?」


 リスティアが苦笑していた。


「フィー隊長もヒューリさんも魔眼は持ってるんですが、そんなに自覚は無いんですよね」


「まぁ、な。左程、有用なものでもないしな」

「え? フィーも持ってるんですか?」


「いや、色々と難しいのだが、まぁ……ベルの話を聞けば分かる」


「そうですか。あ、すいません。どうぞ進めて下さい」


 今日は羊さんモードではないヒューリが遮ったのに気付いて少年にどうぞどうぞと促す。


「はい。では、魔眼の基礎知識講座です。本日の副講師はリスティアさんです」


「うむ。任せるがよいぞ」


 少年の横でリスティアが廊下からガラガラと移動式の黒板を持ってくる。


「では、皆さんには魔眼と呼ばれる特別な眼球に付いて1から4くらいまで教える事にしましょう」


「10じゃないの?」


 悠音に少年が肩を竦める。


「テキストで1000頁くらいになりますが、暗記します? あ、一応紙媒体で持ってきましたけど」


 ブンブンと慌てて悠音がお口にチャックした。


 沈黙は金である。


「まず、3種類に分かれます。魔眼は特別な眼球ですが、その存在の在り様に付いては遺伝的な資質が現れる遺伝型。脳の変質で現れる変異型。契約や術式で現れる特異型です」


 少年の背後では白いチョーク勝手に動いてカリカリと黒板に魔眼の全貌なる文章と共に話した内容がザラザラと書かれ始めていた。


「殆どの魔眼は遺伝型と変異型の複合。魔術師系が使う魔眼は後者との複合だったりします。ガリオス王家は前者。ボクやフィー隊長は後者ですかね」


「へ~~~」


 悠音がそんな風な分け方だったのかと感心した様子になる。


「そして、魔眼の定義なんですが、簡単に言うと通常の視界で見えないものが見える、です」


「え? 何か大雑把じゃない?」


 悠音が感想を口にする。


「いえ、魔眼の概念が出来た時代が非常に僕達の大陸では旧く。その創始は恐らく生物起源レベルの始まりからだと思われてるのでこれくらい広くないとダメなんですよ」


 少年の背後ではチョークが魔眼の概念は旧い時代からあると書き加えている。


「この点で言うと魔術師や魔導師、変異覚醒者の瞳は殆ど魔眼です。ですが、能力を持った魔眼は非常に稀少で少ないという事はお伝えしておきます」


「能力を持った魔眼て?」

「簡単に言うと見る以外の能力って事です」


「ああ、つまり見える事よりも何か起こす魔眼って事?」


「ええ、魔眼の本質は見る事ですが、それを認識する脳機能の一部であると考えて下さい。基本的に見る能力以外にまで能力が拡大すると稀少さが一気に上がると思えば間違いないです」


 背後では見る以上の能力を持つ魔眼は激レアなる文字が躍る。


「魔眼の階梯は見る事が出来る。見て識る事が出来る。見て変化させる。このような順序で大雑把には3段階ですが、魔眼の能力毎に色々です」


「色々……(・ω・)」


 悠音が思い浮かべたのは少年の魔眼が白い死を呼び起こす場面や漫画なんかでやってるような相手を見るだけで攻撃する魔眼の数々であった。


「悠音さん、明日輝さんの魔眼は第一段階の見る事が出来るモノ。やがて見て識る事も可能でしょう。術式や技術の助けを借りれば、自分の得意分野を変化させる事も可能だろうと思います」


「お姉ちゃんは?」


「ヒューリさんの魔眼は能力が不明なのですが、変化させる事も出来ているのではないかと考えていいです。非常に強力なものに違いないのは確定してます」


「そ、そうなんですか?」


「ヒューリさん。自覚無いんでしょうけど、肉体の魔族化というか。魔族の瞳は大抵、不の想念とか。そういう自分が食べられるモノを普通に認識出来るんですよ」


「あ、そうなんですか? 確かに近頃は普通の人を見てると。その人の状態とか全部解りますし、何か町中のモヤモヤした黒いのも見えますけど」


「まぁ、読心系能力者の方々の中にも死者が見える系の方はいるので言う程に見える人達の中では珍しくないんですけどね」


「ベル。話がズレてるぞ」


「あ、はい。フィー隊長。こほん……それで今回皆さんに集まって貰ったのは皆さんの能力が大きくなるに連れて強化された魔眼で皆さんが危険に晒されないようにする為なんです」


「見るだけで危険なの? ベル」


 悠音に少年が頷く。


「使い方が分からない刃物だと思って下さい。これは使い方講習ってねって事です。普通に廃人となる可能性もあるので」


「は、ハイジン?」


「ええ、僕の魔眼とかもそうです。悠音さんは空間、世界を把握する魔眼。つまり、全てを識れてしまう可能性があるので一番注意が必要です」


「え?」


「まだ、技術や能力が開発途中なので大丈夫ですが、一気に情報量が増えると処理が追い付かなくなって意識が永遠の彼方から帰って来れなくなるかもしれないので特に気を付けて下さい」


「((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」


 悠音が思わず涙目で姉達の背後に隠れた。


「ベルさん。あんまり妹を怖がらせないで上げて下さい。いや、言いたい事は魔術を齧る者としては分かりますけど」


「はい。ただ、本当に皆さんの実力や能力の上がり具合はスゴイので……もしもの時の為にも慎重を重ねておく、くらいでいいと思ってます」


 少年の背後では要注意の文字。


「皆さんの魔眼をまずは列挙しましょう。悠音さんは世界を視る魔眼。明日輝さんは精霊を視る魔眼。ヒューリさんとリスティアさんは高位魔族の魔眼。つまり、魂とか想念とかの見えないものが見える系の普通の魔眼の一番上。上澄み層ですが、ヒューリさんはコレにプラスαして何かしらの特異能力が発現する可能性があります」


 次々に魔眼の能力が列挙される。


「フィー隊長は術式系なので今後、魔導で魔眼系のヤツが記述、高度化が完了したら是非運用試験でお願いします」


「ああ、分かった」


「そして、最後にボクの死を観る魔眼。頚城であるミシェルさんやラグさんも同じようなものですが、僕とは違ってまだ見える程じゃないので除外しときます。あ、そう言えば、クローディオさんも魔眼持ちと言っていいです」


「そうなんですか?」


 ヒューリに少年が頷く。


「観察能力と観測能力で成り立ってる技能系魔眼て呼ばれてるのです。普通の人達が極められる能力を魔眼と称する場合はディオさんを思い浮かべて下さい」


「成程。確かにあのスナイピングはあの目の良さがあってこそですよね」


「そういう事です。ちなみに現象レベルで視界内に変化を起せる魔眼は稀少ですが、その出力や多くの点で殆ど魔術の互換です」


「互換……つまり、魔眼が出来る事の大半は魔術でも出来る、と?」


 ヒューリに少年が頷きつつ、背後ではチョークが魔術≒魔眼と書き込む。


「殆どは有視界であまり出力が高くない現象を引き起こす程度に留まっていて、何なら普通の銃弾一発の方が攻撃力は高いかもしれません」


「そうなんですか? 効果範囲が有視界範囲なら攻撃方法としてかなり有用そうですけど」


「視界遮られると何も出来ないとかザラなので……」


「ああ、そういう。世知辛いですねぇ」


 ヒューリが気付いて肩を竦める。


「魔眼の有視界範囲型の投射能力は強力ではありますが、殆ど単一現象+出力上限があるせいで高位の敵には当たらないとか避けられるとかもザラです」


「それは確かに……早過ぎて視覚に入らないとか、捕捉出来ないとかですか?」


「ええ、そういう事です。対策されて終了とか。対策次第で単なるおまけ能力になります。ですが、一定のラインを越えた魔眼は本当の意味で神の如き力と言って差し支えない能力にもなります」


「一定のラインってなーに?」


 悠音が首を傾げ、少年の背後に凡庸と神の文字の間にボーダーラインが引かれる。


「観測が妨げられない魔眼。あるいはそれに近しい魔眼。この能力に現象が付加されたもの。そして、変化させる現象が強力。または変化させるのが現象ではなく概念系である場合です」


「それって……ベルの魔眼って事?」


 悠音の言葉に少年が頷く。


「まぁ、僕の場合は同系統の魔眼の中ではそれなりです。ただ、覗き込める深度や僕自身の強度が高く無いので死から魔力を汲み上げたり、魔力を顕現させたりが限界です」


「それってスゴイんじゃぁ……」


「まぁ、それはそうかもしれませんが、お爺ちゃんが話してくれた死に纏わる魔眼の話や実物を見た後だと……」


「話や実物ってどういうの?」


「肉体さえあれば、死者を蘇らせる魔眼。それも完全蘇生。あるいは死の未来を予知する魔眼。一種類は確定した死を因果律的に観測して押し付けるもの。一種類は完全未来予知で死に限定したものですね。他には死者を操る魔眼。死者の霊魂を操る魔眼。死という概念で相手という現象に死を強制する魔眼。それらの複合する多重魔眼なんてのもありましたね」


「うわぁ……(´Д`)」


 少年の言葉に悠音と大体同じ感想を抱くフィクシーとリスティア以外の全員であった。


「実は死に関する魔眼は割とポピュラーなんですよ。左程、珍しくありません。死霊術師。こっちではネクロマンサーって呼ぶソレの1%くらいはあっちの大陸でも持っていたって話です」


 1%なら稀少なんじゃ、という顔になる者多数。


「ボクはその中の0.1%くらいなら持ってる代物。ですが、今言ったようなのは0.00001%くらいなら持ってます」


「十分稀少なんじゃ?」


「まぁ、大陸は広いので。死霊術師系の術者だって大陸で100万人は恐らくいるでしょうし、100年毎にその3割くらいは人間じゃなくなっても生き残ってて増える一方って話も聞きます。なので、あんまりありがたみはありませんね」


「死ななくなるんですか?」

「不死者系の能力や魔術を用いる人もいるので」


「まぁ、死ななければ、人口は増えますよね。確かに……」


「気の長くなるような遠い昔から……それこそ魔術師の勃興よりも遥か以前からあった職種らしいですし」


「そ、そうなの?」


 悠音が死霊術師は一杯いるの文字にそんな沢山いるのかなぁと想像を働かせようとしたが、上手くいかなかったらしく。


 微妙に要領を得ない様子で眉を曇らせる。


「ええ、大陸の有史は5000年。その前の10万年単位よりも以前。人類以外の先史文明種族にだっていたはずです。そういうのを考えるとアレですね。余りもののレアカードみたいな感じですかね?」


「余りもので人類は救えないんじゃないかなぁ……」


 今、現在少年がやっている事を知れば、多くの者が悠音と同じ感想を抱くだろう。


「死から魔力を励起して吸収するのは僕の基本能力ですが、それを大規模化して容量を大きくしてくれてるのはマヲーとクヲーですし、あっちの大陸だってあの二匹がいれば、僕より優れた成果を出せる術師は大量にいます」


「でも、此処にいるのはベルだけだわ」


「はい。その点では確かに特別かもしれません。ですが、この現状だと……恐らく人類が滅ばなかったとしても魔力環境の悪化で死が見える魔眼の発生率は高くなるでしょうね」


「変異覚醒するって事?」


「ええ、それ以外にもばら撒かれた大量の四騎士の魔力なんかに触発されて突発的に死者の魂が見えたりする層が増えてるらしいですし。何れは人類総魔眼持ち化も視野に入ると思います」


「皆、見えないモノが見えるようになる時代になるって事?」


「そう遠くない未来の話ですよ。恐らくは10年単位で半世紀掛からないくらい先の……」


 誰もがその言葉に今正に人類は正念場を迎えているのだろうと言う感想を抱いた。


「さて、魔眼がどういうものかは大体分かったと思います。本題は此処から先です。魔眼の矯正や補正は魔術で行えますので戦闘中には使用可能になるでしょう。ただ、覚えておいて欲しいのは強力な魔眼程に使用者を変質させるという事です」


「変質……」


 ヒューリが僅かに固くなる。


「遺伝性の高位魔族の魔眼であるヒューリさんは特に形質的な変化が大きいのは皆さんにもこの間お教えしたんですが、内在魔力の急激な増大にも現状で堪えられている理由は魔族としての血統による肉体強化のみならず。魔眼の力が大きいと考えます」


「つまり、莫大な魔力を抱えた爆弾みたいな私が暴発しないのは魔眼のおかげって事ですか?」


「お姉ちゃん……」

「姉さん……」


 妹達の頭を左右の手でヒューリが撫でる。


「心配しないで下さい。事実を言ったまでですよ。それにベルさんはこういうの隠さないで話してくれますから……」


「恐らくですが、ヒューリさんの魔眼は多重顕現した稀少な代物だと考えます」


「多重……さっきも言ってましたね。そんなに能力が重なるのは稀少なんですか?」


「ええ、高位魔族ですらも4種類で限界と言われてて。惑星破壊規模の莫大な魔力を単一能力で抑え込んでいるとは考えられず。殆どの能力が自己保存にリソースを当てている為、能力が発現していないように見えるんじゃないか、と推測しました」


「なる程。私の瞳優秀ですね」


 ヒューリが特異げにウィンクする様子はまったく気負い無いように見えたが、実際には気負いというよりは恐怖やその他のものを感じていても受け止められているというのが正しいのだろうと共に戦って来たフィクシーと少年には分かった。


「ヒューリさんのお姉さん? の件とか。魔力とか。肉体の変化とか。これだけの変化を受けて普通の変異覚醒者みたいに暴走していないって本当はスゴイ事なんですよ」


「あ~~確かに暴走は……してませんね」


「「………(T_T)」」


 姉妹達は長女が少年の事で近頃は暴走気味である事は言わず我慢しておく。


「その原因は恐らく魔眼だろうと推測したのは瞳に能力らしき変化は確認出来るのに現象が起きていないように見えるからです」


「つまり、私の肉体や魂の状態が落ち着けば、魔眼の使用が解禁されるって事でしょうか?」


「恐らく……少なくとも4つ以上だと九十九は判断してます。限界でどれくらいまで顕現するのか分かってませんが、7つ以上ならば、超高位魔族並み。9つ近くならば、全知全能の神様に等しい能力が得られる、かもしれないくらいです」


「全能……ベルさんのアレやコレやが全て見放題?」


「「(`・ω・´)」」


 そこでまずそういう発想になる姉にこれならそうなっても大丈夫そうだなという感想を抱く姉妹であった。


「まず、魔力制御に関する能力。二つ目は魂に関する能力。三つ目は肉体に関する能力。四つ目は精神に関する能力。5つ目以降が発現したら、普通の人間なら発狂して死にます」


「こ、怖いですね」


「魔眼から入って来る情報の処理能力が限界を超えて意識が保てなくなるんですよ。まぁ、だからこそ、高位魔族並みの脳の処理能力があって初めて数種類発現するんですが、ヒューリさんは元人間なので今後も頭痛がするとか。意識や認識に異変を感じたらすぐに言って下さい」


「わ、解りました。その……今の聞く限り、私が私でいる為の能力が魔眼で支えられてるって事でいいんですか?」


「ええ、ほぼ間違いなく」


「……まだ強くなれると分かって、ちょっと嬉しいです。危険かもしれませんが、使いこなせるように……サポートしてくれますよね? ベルさん」


「勿論です!!」


 少年が大きく頷く。


 それに幸せそうな笑みになるヒューリを見て全員が『ごちそうさま』と思いつつ、1人だけ『さすが元姫の笑顔は打撃力が違う……』と冷静に評価するのだった。


「というわけで、皆さんにはこのコンタクトレンズを差し上げます」


 少年が全員の前に小さなケースを人ずつ置く。


「どういうものなんですか?」


「皆さんの視界に情報制限を掛けて、自分で制御、能力を加減しながら使える代物です。本当に高位の魔眼相手でも幾らか視界制限を掛けられるはずなので。いきなり情報処理が追い付かなくなるレベルで視える事は無いはずです。魔術師技能で制限を段階的に解除して慣れるように訓練も出来ます」


「これが噂のさすベル……(´▽`)」


 ヒューリがニッコリ。


 妹達もこれはまたポンとスゴイの出したんだろうなぁという顔で少年を見て、いつもの笑顔に取り敢えず使ってみる事にする。


 少年以外の全員がコンタクトを嵌めるのに数分。


「瞳に違和感は有りますか?」


「いえ、全然……何も付けてないみたいですね。コレ」


「ええ、既存のコンタクトレンズのメーカーさんと共同開発した代物です。薄さは世界最高。洗う必要無し。眼球に張り付いたら一生使えます。勿論、外すのも自由自在。今、進めてるレベル創薬と共に使用する事で最適な戦闘スタイルを確立するオペレート用機材です」


「機材……」


「電子機器やネットワークに直結して、自在に検索して情報を見られます。自分で気付かない体の状態や周辺情報をコンタクト内の術式集積体が把握。意識が混濁しててもコレ自体が視覚と魔術師技能で肉体の各機能を全て観測して本人の意識下での活動が間に合わなければ対処します……」


「つまり?」


「例えば、知らない間に肉体が破損してたり、切り落とされてたり、相手の超速に対応出来ず即死する事がほぼ無くなります。観測した情報そのものを直接脳裏に送り込んで肉体の反射限界を超えて対応出来る緊急時の機能ですが」


「うわぁ……スゴイ・コンタクトレンズ? ですね」


 ヒューリが何やらヤバイ事だけは理解する。


「何じゃ。つまり、一般人向けかや?」

「ええ、戦闘勘が良い人って、そんなにいないものですし」


 リスティアが視界内の情報を取捨選択して諸々の機能の多さに溜息を吐く。


「これらの機能は技能や総合的な対応力があれば、要らないものばかりという事か? ベル」


「はい。ですが、こうして二重三重に手段を用意しておく事でどれか一つが四騎士側からの妨害や干渉で上手く作動しなくなってもどれか一つがカバーする事が出来る仕様です」


「なるほど、総合力で上回れば、小細工で弱体化せず。全て自力だけで戦えるようになるのか」


「ええ、相手にそういった事を許さなければ、戦場で基本的な能力でのゴリ押しが効きます。そういう意味でも1か月後には騎士団、陰陽自衛隊の全員に配布するかと」


「敵から優位を奪い。真正面から叩き潰す為の布石か。気に入った」


 フィクシーがニヤリとする。


「ちなみに瞳の色を隠したい場合などは色も自在に変えられます。魔眼持ちの方のプライバシー保護の観点でも役立ちますよ」


 少年が小冊子を全員に配る。


「使いこなせば、道具の可能性は無限大です。視覚情報の制限は相手からの映像や画像、光学情報汚染もほぼブロックします」


「それって……あの主神の?」


「はい。あのイギリスで神様をデフォルメした蛸さんにしたみたいなものです。見せる事で相手を汚染するタイプの敵が来ても対処可能なら、これでほぼ全ての種類の敵に対して最低限の対処方法が備わった事になる……此処からが本番ですよ」


 少年はその後も少女達にレクチャーを交えつつ、様々な使い方を覚えさせ続けた。


 覚える事は無数にある。


 だが、その大変さが自分の未来を護るのだと誰もが真剣な表情であった。


 菓子が全員の胃袋に消えた頃、少女達は強くなれているという実感のある顔で仕事現場に戻っていく少年を見送ったのだった。

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