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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第178話「パーティー」


 善導騎士団と陰陽自においてグレート・トライアルによって多くの錬成不足の部隊が子供から大人まで綺麗さっぱり消えた後。


 残されたのは各地で遠征用のシミュレーションを行う精鋭と錬成不足というよりは戦えないと判定された新米や10歳未満の子供達ばかりであった。


 まぁ、後方向きの部隊の人員が多数残っていた為、今襲われても戦力不足という事にはならないだろうが、入ったばかりの新入りや訓練中で才能が無い層の多くはグレート・トライアルに参加出来なかったという点でユーラシア遠征には投入されない事が決定したに等しく。


 何処も戦闘中のアフリカの十時間差で送られてくる映像を見ながら自分の今後に付いて思いを馳せている、という者もいたが……本日に限ってはそういう陰鬱とした現実を忘れさせるビッグイベントが開催されていた。


『陰陽自衛隊准尉以下の皆様方のご到着ですよ~~は~い。幼年部隊の皆さんは元気よくお迎えしましょうね~~』


『はい。教官』×一杯の7歳未満。


 陰陽自衛隊の新入り若年層。


 つまり18歳以下14歳以上の残った殆どの層が善導騎士団東京本部の地下に転移で付いていた。


 次々に掃き出される彼らは数万名以上にも達しており、よく訓練やらで来ている騎士団本部の中、ではなく……外の大規模駐車場に向かっていく。


 途中、カードや幾らかの限定グッズを買い漁る層もいたが、物販の込み合いで移動が妨げられるという事も無かった。


『ぴぃいぃいいぁぁあぁあぁあ―――』


『どうした!? 委員長!? 眼鏡が高周波で割れているぞ!?』


『あ、当たってしまったのですわ!?』


『な、何がだろうか? 腹痛か? 胃腸の薬がいるのか?』


『そういう事ではありません。これを見なさい!?』


『こ、これは……』


『35万分の1のトゥルーレア。騎士ベルディクト、女の子になる?!! デス!!!?』


『騎士ベルディクトの女装姿? これは例のよく君が不法所持で没収しているブロマイドか?』


『そ、そうですわ。まさか、こんなお宝が当たるなんて……お布施して良かった!!』


『さ、叫ぶ程の事、なのか?』


『大有りですわよ!? 1パックでコレが当たるなんて、おお神よ!! 感謝します!!』


『そんなに稀少なものなのだろうか?』

『これ一枚で推定3000万ですわよ?』


『ゲホォオォォ?! ゴホ、グ……す、凄まじいお宝だという事は理解した』


『ああ、何という事でしょう。コレは家宝にしますわ。スリスリ|ω≦)』


『これがそんな価値を……世の中は病んでいるな(。-`ω-)』


『何を言っているのですか?! このカードには騎士ベルディクトの力が込められているのみならず!!?』


『な、ならず?』


『カードゲームでは相手全体の効果を無効にするわ。魔力蓄積率が通常の8倍だわ。ついでとばかりにこんなにカワイイんですのよ!?(≧◇≦)』


『そ、そうか……存分に愛でてくれ(お堅い委員長にもこんな趣味があったとは……)』


 何が起こるのか?

 グレート・トライアル開始記念とか。


 そういう適当な理由で騎士団陰陽自衛隊の《《遠征に使えない層》》を労う為、各地の支部から殆ど人員を回収しての大型イベントが始まるのだ。


【ベルズ・フェスティバル】


 少年の名前が勝手に総務で使われたイベントの趣旨はこれから大規模作戦が乱発される前に存分に英気を養ってね、という代物だ。


 北米からも外せない仕事がある者達以外は来ているだろう。


 小規模な催しが100以上行われており、何でも有りのお祭り騒ぎである。


 周辺には昨日まで駐車場しか広がっていなかったはずだが、簡易のスタジアムらしい設備やら競技会場やら小型のテントによる仮設店舗がズラリと並んでいる。


『赤鳴村特産HMP製の特選野菜サラダですよ~~』


『はーい。こちらはゲームクリエイターのトークショーです。あのマギアグラムの開発主任を―――』


『いらっしゃい。新作アニメの特別上映会だよ~~一緒に昨日から東京本部名物になったオムライス&ドリアも如何かな~~~騎士団食堂謹製のポップコーンやドリンクも30種類用意してるよ~~』


『はーい。親族チケットでご入場ですね~~』


 騎士団関係者、陰陽自関係者の親族にも名前が刻印されたチケットがばら撒かれており、一般人も次々に各地に設置された物流企業内に置かれた転移用の儀式場から会場へと向かっていた。


 その数は未だ増え続けていて、既に30万人を超えて尚も増加中。


 飲食は全てタダ。

 しかし、完食してねという事実に基き。

 多くの者達が胃を満たされている。


『マギアグラムの決勝大会ですよ~~。あ、カード系はあっちで武闘大会はそっち、通常のカードゲーム大会はこっちですよ~』


『通常の武器弾薬使用の実戦形式による練武大会はトーナメント形式。さてさて、精鋭に届かない一般部隊の練度は如何なものでしょうか? 一般の方々も13歳からご覧になれまーす』


『はい。たこ焼き3パックですね~~イギリス周辺海域で取れた変異した蛸さんの切り身が入ってるよ~~普通より旨味4倍だよ~~遺伝子検査、実食試験もパスした一品だよ~』


『ひぃ?! 凶悪過ぎるでしょ!? 顔が四つに脚が40本?! しかも、全部ギッザギザ!?』


『なぁにこれ(・ω・)』


『あ~~ソレか~イギリスで何か輸出出来るもん探したら、残ってたのが本人達が絶対喰わないだろう蛸さんで喰ったら美味かったから輸出してみようという善導騎士団の遊び心だ』


 今もアフリカでは善導騎士団、陰陽自衛隊による死闘(当社比10000%分くらいの誇張)が行われている旨はもう日本の知ってる層からポロポロ民間にも情報が零れていたが、それにしても祭りは大盛況な様子で大人から子供まで魔導と夢のワンダーランドを満喫中だ。


 誰も気にしていないというのは嘘だとしても、会場内でアフリカで戦う人々の健闘を祈る的な思考を持ち合わせるものは殆どいなかった。


 これこそが騎士団にとっても重要であろうことはあまり知られていない。


 興味がないというのは問題が無い信用している信頼に値するの裏返しなのだ。


 平和な国で軍隊への感心が無いというのと同じである。


『これが騎士団のいた世界の街並みかぁ~~何か中世っぽい建築と現代っぽい建築の融合? みたいなのが欧州っぽい』


『つーか、やっぱ全体的にファンタジーなんだな……スーツ来た亜人? っぽいのやよく分からん感じの物体が闊歩してるのが何とも……』


『ケンタウロス!? ケンタウロスじゃないか!? エルフもハーピーも触手系美女? う、夢のワンダーランドでござるよ!?』


『やはり、大陸に帰還時には付いて行くしか!!』


 夢で大陸の一部を記憶から再現した街並みや国家の在り様を見る事が出来たり、日本各地の名産品を無料で味わえる上で様々な魔導やディミスリルの導入された分野の技術革新でテコ入れされた新商品が大量に展示され、買えたりするのだ。


 中でも最大級に売れているのは浮遊ボードであった。


 魔力があれば、民間人でも使える。


 M電池があれば、変異覚醒者じゃなくても使える。


 ついでに高度制限と安全装置もバッチリ。


『浮いてる!! アニメで見た!!?』


『現実がアニメに追い付いた日……緊急レポートと称して編集部に持って行くか』


『すげー!? オレ浮いてるよ!! 母さん!!』


『丘サーファー同好会? 陰陽自の試験品の運用データを取ってくれてる集まりらしい』


『遂に空をサーフィンする時代か。空飛ぶ車よりは普及しそうだな』


 ボードによる陸サーフィン用の区画では陰陽自研で初期から開発の被験者だった陸サーファーの一部が華麗なボード捌きで虚空をスイスイ行き交っていた。


 そんな催しの横では巨大な競技場らしき場所でガンガンと火花が散っている。


『おっと~~彼らのレベルでは珍しい音速戦闘に突入しました~~』


『み、見えねぇ(´Д`) 弾痕と火花と残像っぽいのは見えるけど』


『はい。リアルタイムでスローリプレイ流しますのでどうぞ~~~』


『剣と拳銃でガッツリ撃ち合いしてますねぇ~~弾速が秒速800mに抑えられているとはいえ、ライフル弾より遅い程度で避けるのは中々骨ですが、綺麗にどちらも全弾回避。いやぁ~~片手間で剣の斬り合いですが、得物の差が如実に出たというところでしょうか』


『やっぱ、多少重くても厚い近接系の獲物にして良かったんじゃないでしょうか』


『格上相手には受けても両断される可能性がありますから。そこらへんを考えると逆に両断出来る技量が無いと厚くするのは妥当でしょう』


『どちらも魔力量は同程度。戦闘スタイルの差ですね。運動量を下げて防御に回すか。運動量を上げて攻撃に回すか。一進一退ですが、おっと先に音を上げたのは攻撃側だ~。これは騎士団や陰陽自の装備の性質故と言うべきですね』


『ええ、防御重視の方が一般隷下のようなレベルの低い戦力を保護出来ますので』


 世界がふわりと揺れる。


 キリキリと弦をゆっくりと引き絞るような音が続く。


 それと同時だろうか。

 世界がまるで線に覆われる。

 縦線だ。

 地表から伸び上がる薄く細い黒。


 沼地のようなコポコポと僅かだけ泡を浮かべる糸が無数に世界を塗り替えていく。


 線が通った後は暗く。

 あるいは建物が廃墟になる事も。

 だが、最も大きな変化は人々だろう。

 人々は誰も気付かない。


 自分達の姿が奇妙な程に歪んで像を保てなくなっていく様子を。


 次々にシーンが移り変わるかのように糸が無数に這い出て動き回る。


 地表から伸び上がって世界を進む。

 色彩は変わる変わる変わる。

 まるで悪夢の御伽噺。


 薄ら薫るものが悪臭を湛える腐り掛けの臓物に似ている事を誰も知らない。

 糸は描いていた。


 それは螺旋の紐。

 世界の中心にあるのは奈落。


 巨大結界の中心核にしてシエラの発着場たる大穴。


 そこには何も無かったはずだ。

 だが、糸は結ぶ。


 グラデーションを塗り替えながら描き出す。


 城だ。

 日本の様式ではない。

 だが、洋風というには聊かオカシな形の城だ。


 分厚い城壁と外殻に当たる城下町を内包する城塞。


 巨大な半径を持つ市街地の壁には一切の出入り口が無い。


 迷路染みた街は日本の名残を残しているが、城本体は尖塔幾つも煉り合せたような奇妙に歪んだ螺旋を描く巨塔を中央に幾つもの巨大な聖堂らしきものを周囲に生成していた。


 世界は暗い。

 だが、空を見上げれば、夕暮れ時の黄昏が有る。


 陰り続ける金色は空を赤く染め上げて、暗き世界を更に赤黒く。


 人々は気付かない。

 歪んだ像は気付かない。

 何も最初から無かったかの如く。

 今も食事をして娯楽に勤しんでいる。

 その最中を突っ切る黒武が2台。

 斑色の化け物達に追われていた。


「クソ、キリが無いっつーのはホントだった。あーもう死にたくねぇって……」


 黒武は戦闘用の装甲車だ。


 CPブロック以外の他ブロックには一応外を見る為の窓が装甲に収納されたいる。


 コンテナの一部が僅かに周囲に退けるように展開して、中から顔を出した少年。


 クロが上半身を乗り出したままに片手でサブマシンガンを一発ずつ撃ち放つ。


 あくまで一発ずつ。

 次々に斑模様の流動する肉の塊。


 乱杭歯と瞳を浮かべるソレが炎上してはブスブスと消し炭になって跡形も無く消滅していく。


「百式ちゃん!! 距離は!!?」


『後、300mです』


「ウチの本部何か広がってねぇ?」


『4倍弱まで範囲が拡大しているようです』


「やな話聞いた!!」


『突入まで残り40秒。本部地下への直通路を砲撃で吹き飛ばします』


「了解!! エレミカ!! メイドさん!!」

「ひゃふ。準備完了」

「!!」


 二台の内の一台。


 後方の黒武のコンテナハッチが開いたと同時に後方から次々に集まってくる化け物達に向けて黒翔に備えられた火器が火を噴く。


 近頃の黒翔はVer05まで更新されており、前輪の左右の装甲から展開されるのは痛滅者に搭載されているアドバンス・アサルト。


 マシン・カノンの小口径版だ。

 45口径ではあるが、弾丸の長さが違う。

 全長20cmの特大。


 射出と同時に弾丸が化け物を貫きながらまるで誘導されたロケットの如く。


 群れの中を貫通しながら引き裂いていく。


 掃射4秒でブロックが即座閉められた。


 と、同時に先頭を走る黒武HMCCによる砲撃が突き進む地下施設への車両搬入用通路のシャッターを吹き飛ばした。


 だが、吹き飛ばされたシャッターはすぐに上から無限に伸びるかのように落ちて来る次のシャッターで閉じられそうになり、辛うじて二両がその瞬間には内部へと潜り抜けた。


 化け物達の群れは周囲からまだ集まって来ているようであったが、シャッター内部に入り込もうとしても出来ないようで周囲をウロウロ。


 そのまま咆哮を上げ続ける。


「何かとんでもない事になっちゃいましたね」


「お姉様。二人とも大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ。そんな簡単にやられたりしません」


 先頭を走っていた黒武CPブロックの内部で明日輝が妹に頷く。


「お二人さん。大丈夫だった?」

「はい。クロイさん」


 網膜投影によって映像が送られてくる。

 通信状態は良好。

 姉妹は現在部隊を率いるクロに頷いていた。


「作戦通り、これからちょっと長丁場になるかもしれないし、何処か落ち着ける場所で一息入れよう。つっても、安全なところがあるかは探さなきゃだけども」


「いえ、それならもう探してあります。化け物が少ない地下施設は妖精さんに抑えて貰いました」


「さすがセブン・オーダーズ。すげー頼りになる。て、言うか。本当にオレが隊長でいいの? すげープレッシャーというか。場違い感が酷い気が……」


「いえ、私達指揮官てタイプじゃないので……」

「ニュヲニュヲ!!」

「百式ちゃん。明日輝さんの車両に続いてくれ」

『問題ありません』

「リト。具合大丈夫か?」

「う、ぅん。ごめんね? 力になれなくて……」


「気分悪いヤツに仕事しろとか言えねぇって。今は休んでてくれ。それにお前の力があるから、あの数に追い掛けられるので済んでるんだろうし」


「……ぅん」


 彼らは年長である芳樹やキャサリンもいないまま。


 黒武で広い通路を抜けて幾つかある地下駐車場の一つへと乗り入れた。


 内部を黒い人影が徘徊こそしていたが、化け物達には見付かる事なく。


 また、影が周囲にいない事を確認した二両が互いに横付けしてその腹の装甲を開いてドッキング。


 車両内が連結後にCPブロックを中心にして結合し、基地機能を増強させた。


 クロが乗り込んでいた方ではCPブロック内のソファーにリトが毛布一枚で寝かされている。


「芳樹さん達からは?」

「いえ、まだ連絡はありません」

「そっか。しばらくは待機だな」


 明日輝の傍まで来たクロの問いに首が横に振られる。


「それにしても軽い任務のはずが何故か騎士団最大の危機を救うとか。どうなってんだろうな。本当に……」


「エレミカは嬉しい」


「いや、お前はそうだろうけど。実績は確かに出来るだろうさ」


「!」


 メイドさんが他の隊員達が雑談中にもリトに寄り添い。

 その手を額に当てた。


「リトがダウンしてるから、あんまり無茶も出来ないし……少し休憩入れたら、現状もう一回整理しよう。オレ達が昨日から出会ってる事件について……」


 それに頷いた明日輝が全員の前の虚空に映像で情報を呼び出していく。


「各員。お茶を入れますから、ゆっくり整理してて下さい」


「!!」


「ああ、アリアさんも? 分かりました。お手伝いお願いします。悠音」


「うん。リトさんに付いてるね」


 昨日から寝ていない少女達は未だピンピンしている。


 しかし、いつも寝っ放しのはずのクロは僅かに目を擦る。


 徹夜くらいなら平気である彼であったが、緊張感を持った戦闘行動が長時間続くのには慣れていない、というのは実戦経験不足から来る致し方ない話だろう。


「ホント……どうしてこうなったんだろうなぁ……」


 彼らが昨日見たのは先程まで吹き飛ばしていたのと同じ化け物が喋り出す様子であった。


 *


『誰もが望んだディストピアという話はご存じですか?』


「寡聞にして知りません」


『昔、大陸で七教会が勃興後、多くの国家の法律家や哲学者が挑んだ難敵です』


「難敵、ですか?」


『はい。1人の社会学者が七教会の統治はソレだと言ったのが始まり。ですが、殆ど七教会の統治が進むに連れて話す者はいなくなり、最終的には幾らかの知識の一つとして語られるだけとなった話なのです』


「中身はどのようなものなんでしょうか? ミスター」


『―――知識を取得。あーあー、ごほん。これで恐らく分かり易く言えるものかと。つまり、そうですね。人類にとって自由と幸福とは両天秤であるというのが今までの通説。幸福を追い求めれば、自由が減り、自由が増えれば、幸福が減る。相関図を描く二つは両立しない。最適解の無い社会構造はその時その時で随時その自由と幸福のバランスを保つモノであるというのが社会学的な幸福論として七教会の勃興前は知識層では共有されていました』


「なる程、それなりに理解出来る話のようだ」


『ですが、七教会はこの定説を打ち壊した。彼らは自由のラベルを張り替え、自由の適量を固定化する事で、幸福を通常よりも多く増す方法を覚えたのです。これは言わば、天秤の底に固定用の棒を置くような事と言い換える事が出来る』


「棒、ですか?」


『そう。そして、この自由の適量の固定化が社会政策となった時、ラベルの張替えもあって多くの人々はコレを許容した。ソレがあって初めて今の幸福が維持されるという事実を受け入れたのです』


「つまり、天秤は本来なら不正な値を示しているはずだが、棒があるので幸福は積み上がっても自由の値は動かないという事ですか?」


『はい。だから、多くの大陸中央諸国の国民は自由の固定化を許容した。積み上がる幸福に対して口を閉ざした。それが何処か歪であると知りながらも理想的な社会像ではあった為、人々は誰もがソレを望むようになった。自由の幅を変動させない棒ソレこそがディストピア、管理社会であり、七教会の力そのものだったのです』


「……それに法律家や哲学者が挑んだと」


『法律家は言いました。その棒はちょっと恣意的過ぎるんじゃないかい、と。哲学者は言いました。その棒を退けて見れば、僕らの正しさが分かる、と。ですが、人々はソレを許さなかった。積み上がった幸福が天秤を崩してしまうと知っていたから。そして、その棒が自分達には必要だと思ったから』


「誰もが幸せを手放したくないと」


『その通り。ソレが不自然であったとしても、ラベルは張り替えられたままだし、幸せな事には変わりない。歪さは必ずしも悪ではない。ソレが嫌ならば、大陸中央を去ればいいだけの話。そして、去る者は殆どいなかった』


「だから、《《誰もが望んだ》》、なのですか?」


『ええ、これが話の核心の一つ。この自由を求めてガリオスには一つの計画が有ったのです』


「計画?」


『ガリオス人の一部は過去の事を知っていた。自分達の土地に何が封印されているのかを知っていた。故にガリオスは南部帝国との貿易で栄えていても他国からの横槍は入らなかった。教会もまたそれと言わずとも聖地にして忌地として奉っていた。黄昏の悠久戦争以後、七教会だけが実態を把握しておらず、把握していた者達は彼らが持ち前の優秀さで答えに辿り着く頃には手出し出来なくなっていたのです』


「ガリオスは重要な土地だった、と」


『ええ、それこそ誰もが望んだ管理社会が本当の意味で形骸化する可能性を秘めていた。我々は巨大なるモノ、大いなるモノとしか知らされていなかったが、ソレを求めて多くの暗闘がガリオスと周辺諸国で起こっていた事は確かだ。七教会が気付いた時には全てが遅かったという点で最後にソレを手にした勢力は極めて大陸で優位な者達だった』


「それ程の秘密……大いなるモノ、ですか……」


『しかし、ソレの力を利用した一部勢力のせいなのか。我々は飛ばされた。この世界に……』


「貴方はガリオス人なのですか?」


『はい。そして、我々は静寂の王によって収集された一部なのです』


「静寂の王?」


『昔、とある地域に死者を蘇らせる王と彼の民が生きる王国があった。彼の死後も多くの死者達がその魂を彼の王の下に集わせ、現実で王国が滅びても尚、その死の力は絶対的なものとして死霊術師達の一部には語り継がれていた』


「大いなるモノとは静寂の王、なのですか?」


『いいえ、それに類する力だと聞いています。だが、この世界にやってきた時、彼は顕れた。それが本当に彼だったのかは分かりません。ですが、死者の国が出来たのです。まだ未開だった地に溢れる多くの部族達が崇める程に……』


「死者の国……」


『時代も場所も違う場所へと散り散りになったガリオスの民はその土地において魔術を用い、多くの偉業を為したと言います。それは焼き直しでした。大陸中央諸国における自由の固定化だった。しかし、社会化、教化、文明化していく過程で多くの文明が長かろうと短かろうと滅んでいった』


「話の流れからすると滅びる。いえ、滅ぼされた?」


『そう、静寂の王は語りたり。我ら獣を滅し、屍たる神の国を創造せん』


「ッ、獣を滅し……屍が神?」


『滅びる理由は災害や疫病、公害、戦争と様々でしたが、一つだけ共通していた事があった』


「共通?」


『死者の国の伝承が国に伝播し始めた辺り、もしくは創作された辺りから衰退が始まるのです』


「……つまり、宗教的な死の概念による死後の世界が伝わるに連れて?」


『ええ、まるで運命を操られているかのように……』


「運命を……」


『幸福な社会になれば成程にその衰滅の速度は上がったのだと。一部のガリオス人は予測しました。その当時から滅びる国から別の国へと渡る神。魔術師や魔導師達がいたのです』


「稀人……か」


『彼らは長い時間の中で文明の衰滅へのプロセスを研究し、滅び難い文明の勃興を行うべく。世界の各地で多くの試みをしたと』


「その死の国の力に抗って?」


『はい。その甲斐はあって、文明の発展速度は上がり、文明そのものも全てが死滅するような事もなく長続きするようになった。ですが、ガリオス人は消えて行った。まるで運命に殺されるかのように次々に苦難の道で果てて行った。彼らは自らの術と技を多く残したものの、殆どが歴史の闇の中で埋もれてしまったのです』


「それを知る貴方は一体……」


『神とまで呼ばれた者達の一部は自らの力と記憶を受け継ぐモノ達を各地に育てました。ですが、それもまた衰滅していった。でも、その中には死霊術師としての才能を開花させる者もいた』


「それが?」


『私はもう自分の名前も忘れてしまいましたが、確かにそういうモノの1人だった。だからこそ、滅んで尚、あの静寂の王の収集にあっても尚、こうして此処に意思を表出させている』


「それで静寂の王とは何者なのですか?」


『それは、ガガ―――がリオス―――人だった、ハズだ』


「どうしましたか!?」


『……制限が強い。伝え切れないかもしれない。静寂の王は魂を集めている。全ての魂を。この世界で死んだ何もかもの魂を』


「魂を、集める?」


『だが、近代文明より現時点までの収集率が、ガが、ヒクク……』


「魂が蒐集出来ていない?」


『そ、ソレれ、そ、に……も、もも、もうひとーりり』


「もう1人?」


『現れた。静寂の王がもう1人現れたのssuu』


「静寂の王がもう一人……」


『彼はあせ、SEていいいIL。使いたるルルr。四大てんしいしし、四大せいれれれれ、四大、四大、屍大、目視しろ億のfo-きs』


「大丈夫ですか!?」


『し、しし、シロ、城を、よ、よん、きししし、紅蓮はこ、こうかつうぅ』


「四騎士。城。紅蓮の騎士……まさか、この結界内の城と化した東京本部はッ」


『は、ひゃく、ほ、ほくべいあぶな、SIR、葛して―――』


 グチャリと音がしたと同時に斑色の化け物が溶け落ちてシュウシュウと音を立てて消えていく。


「早く。北米が危ない。城を崩して、か」


 芳樹が黒武を見る。

 すぐに明日輝の声が返った。


『芳樹さんの視界と聞いた声を記録しました。通常の方法では蒐集出来ませんでした』


「ありがとう。随分と重要な事が起きてるようだ。どうやら僕らの力だけじゃ手に余りそうだ。一端、現実へ帰―――」


 芳樹が背後の虚兵に戻ろうとした時だった。


 ブンッという何かが切り替わるような音と共に黒武のシステムが一瞬だけダウンする。


『こちら百式ちゃんです。外部との接続がダウンしました。現在、CPブロック2台の処理能力を借りています。原因を捜索……不明。この結界の出入り口をどうやら閉ざされたようです』


「マジかよ?!」


 思わずクロが顔を引き攣らせる。


 先程まで化け物と話す芳樹を後ろから護衛していたのだが、周囲をキョロキョロと見れば、ヤケに風景が《《濃く》》なっている気がした。


「何かヤバげじゃね? 芳樹さん!!」

「ああ」


 すぐに芳樹が虚兵に戻り、全員を黒武の直掩にして周辺の観察に小型ドローンを数機偵察で飛ばすよう指示した。


 その間にも黒武のセンサー類が次々に異常を検知していく。


『こちら百式ちゃんがお伝えします。外界との通信途絶、魔力波動、量子通信完全に受信不能。外部へのアクセス可能な結界の亀裂も存在しません』


「どうやら、僕らは完全に閉じ込めらたみたいだね」


「そんな?! コレってマズイんじゃ、確か弾数はフルで持って来てましたけど、何回か補給に戻りながら掃討するって話でしたよね?!」


『結界が空間的に閉じたようですが、空間自体が膨張しているようです。マップを用いて相対的に比較……現実へと結界が侵食を開始した模様です。更に結界内部の物理法則異常を複数検知……熱量の第二法則及びフォノンの振る舞いに異常を感知。恐らく運動量が減っていない? フォノン・ドラッグの変化によって幾つかの回路系に異常が発生。直ちにシャットダウン。処理用の回路を別系統に変更。概念系の術式干渉と推測されますが、現象中核の正体は不明。ただし』


「何だい? 百式ちゃん」


『あのお城内部から高魔力源反応。グラビトロ・ゼロによる重力歪曲結界を起動して結界を通り抜ける事は恐らく現状の結界強度と出力から比較して不可能かもしれませんが、結界に作用している魔力源を消滅させられれば、結界自体が揺らいで脱出出来るかもしれません』


「何とかなるか? いや、それなら転移で」


『転移不能。理由は機密です』


「は?! 機密って!? そんな事言ってる場合じゃないでしょ!? どうなってんの?!」


 クロが思わず百式ちゃんに突っ込みを入れる。


「ああ、彼らにはいいよ。明日輝さん。いいかな?」


『あ、はい。さすがにこのままじゃ危険でしょうし』


『ニューヲ!!』


「ど、どゆ事?」


「ああ、実はニュヲ君。いや、さんが実は存在するだけで転移封じする新種の変異覚醒者でね」


「変異覚醒者って、人間なの!? 子猫ちゃん!?」


「エレミカ。驚愕?!」

「!!?」


 エレミカとアリアが同時に動目した。


『芳樹様。観測に感有り。前方に4km先から大量の化け物が接近中です』


 キャサリンの声に芳樹がコレは目を付けられたなとポリポリ頭を掻いた。


「この数は……一端、二手に別れよう。理由は3つ。この数を補給無しに倒すのは不可能。この場で囮役が出来る技能を保有するのは僕とミッツァさんだけ。最後に黒武の火力が僕らには必要ない。という事でこっちで殆どの敵は引き付ける。君達は後退しながら敵主力から離れて逃げつつ安全な場所や退路を確保してとにかく待機場所になりそうなところに退避。僕ら二人で色々調べて通信を送ってから、今後の対策を立てよう」


「解りました。で、こっちの指揮権は明日輝さんに?」


「いいや、君だ。クロイ君」

「へ?」

「頑張れ男の子って事さ」


 キラッと芳樹の歯が煌めていた。


「え、あ、ちょ、それはさすがに?!」


「もし僕らの通信が明日の朝までに無かった場合は耐久するにしても、外に助けを求めるにしても城……あの城に向かうといい。九十九は通信環境の途絶には敏感だからね。如何に四騎士クラスの力が働いた結界でも破砕に一週間は掛からないはずだ」


「……ソレ、外が大変な事に成ってなかった場合ですよね?」


「ああ、だから、構わないよ。その時は君達が誰かを救う英雄になってくれ」


「冗談にしても重過ぎます」


「冗談のつもりは無いさ。此処は地獄の一丁目を渡る善導騎士団だ。もしもの時の事は常に考えてあるさ。アサギリ・クロイ隊員……君に任せるのは彼女達の命だ」


「ッ………謹んで背負わせて貰います」


 芳樹の瞳を見たクロが僅かに苦渋の表情を浮かべるものの。


 それでも自分が適任と言う相手の言葉にはちゃんと合理性もあるのだろうと素直にその言葉を受ける事にする。


 何にしても……彼が逃げる事はもう出来ないのだ。


 小さな命が消えていくのを止められなかったあの日。


 自分の無力を痛感してから、一貫して鍛えて来たのは彼にとって、こういう時の為では無かったかと思い返せば、今ある手札で自分が可能な事は出来る限りしておこうと覚悟するのは容易かった。


「任せたよ。ミッツァさん」


『はい。了解致しました。芳樹様』


「では、皆をただちにこの場を離脱。僕らも相手を引き付けつつ誘導して逃げる事にするよ」


 言うは易し。


 だが、実際にそれを成し遂げるだろう気軽さで爽やかイケメンは颯爽と反応が迫ってくる市街地へ虚兵を駆ってお供を連れつつ、進んでいくのだった。


 *


―――??日前善導騎士団東京本部駐車場。


「初めまして。皆さん」


 今、駐車場には一台も車がいなかった。


「僕の名前はベルディクト・バーン。現在、皆さんを招集したMU人材の所属団体から皆さんの今後を任されたものです」


 殆どの者達は険しい顔をしていたが、一部には諦めたような者や逃げ出せないだろうなと溜息を吐く者……または単純に何故自分がと怒る者もいた。


 黄昏時。


 平静を保っていた者の多くは実力者ではあったが、逃げる事にも抵抗する事にも殆ど意味が無いという点は気付いており、どうするかなと様子見をしているようだった。


 僧侶らしき風体の者が1割、現代風のファッションに身を包む者が4割、奇矯な風体の者が2割、学生風なのが1割、作業着姿の者が1割、怪物にしか見えないモノが1割。


 さりとて、彼らには今一つの事だけは一致している。


 目の前のソレに勝てるビジョンも逃げられるビジョンも無い。


 そして、ソレが分からぬ有象無象がその内の4割に達していたが、その4割は何か相手に仕掛けようと先手必勝を期した一撃を放つ前に倒れ伏した。


「此処に来たという事はMU人材の組織の多くが皆さんを持て余していたという事です。殆どの方には手紙をお送りしましたし、来たくない方には幾らかの誘導で此処に呼び込みました」


 少年は集まっている人々に告げる。


「今日、皆さんをお呼びしたのは皆さんが日本国内で危険思想及び危険行為に及ぶ可能性が極めて高い事が九十九で予測された為です。簡単に言うと危険人物を野放しに出来ないので力を取り上げる。もしくは力を封印する。あるいは思想矯正するの3択の内、其々を個別に3つまで突き付ける為です」


 彼らは思う。


 このガキ、調子に乗ってる……でも、このガキに勝てるのか?


 残念ながら、そういう思考が出来ない人々は最初に気を失ってから周囲からやってきたドローンにポイポイと自動の機械式アームで積まれて荷物よろしく暗がりに消えていく。


「抵抗しても構いません。皆さんが叡智の研鑽や人生を掛けたり、沢山の犠牲の上に築いてきた力を無理やりに消せと言われて出来ないのも承知で言います。言いなりになった方が楽ですし、言う程に悪い事にもなりません」


 少年の言葉と同時に彼らの網膜に直接文字が転写された。


 思わず驚く者が多数。


 だが、勝手に自分の瞳にソレを映される不快感に顔を顰める者も多数。


「此処に集められた人物には地位などは関係ありません。一番上でも一番下でも平等に危険なので集めました。皆さんにはこれから3択を選ぶに辺り、1度だけ抵抗を示す機会が与えられます」


 少年の言葉と共に駐車場の周囲が砂嵐に巻き込まれたかのように煙りながらザアザアと音を立て始めた。


「こう見えて忙しいので30分だけお付き合いします。僕より弱かったら諦めて三択を選んで下さい。選ばないという事は不可能です。これを悪辣と思う方は抵抗をお勧めします。それは皆さんが当然のように持っていい普通の感情です」


 少年が言い終わった当たりで彼らは周囲がディミスリルの檻。


 否、巨大なスタジアムに成っている事に気付く。


『コロシアム……』


 ローマのコロッセオかという円形闘技場はしかし出口は有れど、逃げ出せるような雰囲気でも無かった。


 賢い層は知っている。

 その彼らの退路にある気配を。

 それは死だ。


 殺される事が無くても死人のように精神の死を受け入れて生きていけと言われたに等しい彼らにはもう理解以外の選択肢は無かった。


 目の前のデフォルト・スーツを身に纏い。


 軽い装甲を付けただけのナヨナヨしてそうな子供は彼らの天敵であった。


「ちなみに九十九の予定では21分23秒で皆さんは全滅します。理由は単純です。光の速さが変わらないから……この意味が分かる方はこの中で4人だけ。そして、その4人は最初に降参してくれるとあるんですが、どうします?」


 少年の訊ねに応じる者は確かにあった。

 まるで苦虫を噛み潰したような若者が4人。

 男が2人で女が2人。


「善導騎士団がそこまでとは……四騎士相手に戦うより絶望的だな」


「そうね。ま、その笑みは気に入らないけど、勝てない相手に消耗する理由は無いわ」


「これでも結構な研鑽を積んで来たと思ってたが、どうやら人間潮時くらいは選べるようだ」


「いや!! このガキィ!? どうしてアンタみたいなのがその境地まで辿り着くってのよ!? あーもう嫌!? 魔術師なんか止めてやるぅううぅぅうぅ」


 青年1人、大人な女性1人、鋭い目付きの高校生1人、ギャルが1人。


 誰も彼もしょうがないという顔で諦観に沈んでいた。


 他の人々が此奴ら諦めるの早過ぎ。


 こんな連中には頼らんと言いたげに少年へと攻撃を開始するのだった。


 そして、ピッタリ会話も含めて実質話し始めてから21分24秒後。


 誤差1秒以内でしっかり処理された人々が意識も無い様子でドローンにヒョイヒョイと担ぎ上げられてコロシアムの外に連れられて行く様子を四人の男女は無駄な苦労ご苦労様という顔で見ていた。


 周囲のコロシアムは幾らか壊れるやら融解していたが、少年は何も無かったかのように無傷だ。


「一ついいか。魔導騎士」

「はい。何でしょうか?」

「どうやってお前は越えた?」


「ああ、いえ、単純な話ですよ。光の速さは変わらない。ですが、僕は空間を操る術を最初から持っていました。皆さんがまだ届いていない時空間の制御方式は最初からあちらの世界にはあったんです」


「……光の速さは変わらないから、か。それは本来、我々が言うべき言葉であって、君は当てはまらないだろう」


「いえ、制約だらけですよ。でも、空間を操る普通の魔導師は空間制御を用いる《《本当の魔術師》》には劣りますから。皆さんが後100年くらい研鑽したら、僕も魔導師としてなら負けちゃうと思います」


「フ、魔導師として、か。他なら勝てるような言い草だ。ま、そこまで我々は生きていないだろうがな」


「はい。なので皆さんの研鑽は其処止まりです」


「言ってくれる……」


「皆さんはMU人材のリストの中で僕らに加担しない人々の中でも目を付けていた人材です」


「目を付けられていたか。嫌な話だ」


 少年は順繰りに相手を見回す。


「虚数を操ろうとする者」

「………」


 青年が目を細める。


「伝達を操ろうとする者」

「………」


 女が煙草を吹かした。


「物質を操ろうとする者」

「………」


 今まで冷静に状況を見ていた少年が缶コーヒーを啜った。


「速度を操ろうとする者」


「あーいやいやいや!? 吐き気がするわ!!? あたしより速いなんて!?」


 女子高生はヒステリー気味でゼエゼエし始めた。


「僕は精々が空間を操る者です。その階梯の人間はあちらの世界なら幾らでもいますし、空間制御による事実上の光速よりも早く膨大な距離を物質に稼がせる方法も存在します。ただ、実用的ではないし、実験し過ぎるとあちらの世界の管理者みたいな人達に消されるんじゃないかって話ですけど」


「それはそうだろう。そんなものを何人も使っていては……何れ間違いが起きてからでは遅い」


「伝達速度だけなら光速の上を征く事はまぁ……やろうと思えばやれるけれど、そんなの戦闘で使えたものではないしねぇ……」


「物理法則の基本原則を書き換え続けるより、新しい虚数物質を生成した方が手っ取り早い。タキオンまでなら提出してやってもいいが、必要なさそうだな」


「うぅぅうぅ、アタシより速いヤツに屈するなんて嫌……でも、勝てないぃぃ……幾ら計算してもぉ……この変質者!? アンタの頭と術式どうなってんの!? HENTAI!!」


 全員のリアクションに少年は肩を竦めた。


「皆さんは騎士団に徴用しません。民間で僕らが負けた時の為に適当に優秀な人の教育や後輩の指導をよろしくお願いします。貴方達が間違ったら、僕が直接片付けに行かなきゃならないんですが、必要ありませんよね? 皆さん、大体社会不適格者ですが、人間を材料にする研究とは無縁ですし」


 青年が心底溜息を吐く。


「これからそうしようとも思わんよ。魔導師殿……そちらの優位が変わらない内はな」


「助かります」

「で、私達には4択目があるのかしら?」

「いえ、5択でもいいですよ?」


 女が煙草を片手に溜息を吐く。


 その5択目は間違いなく騎士団への協力であり、4択目は協力はしなくていいが、民間を護るのにお前らの力を勝手に使って勝手に守れ的な事実上の《《命令》》である事は女にも分かっていた。


「ディミスリルの研究では上を行かれているが、何れ追い付く。だが、通常の物理と虚数物質での研究ではまだまだこちらが上だと考える。4択目で我々にはどんなメリットがあるか教えて貰いたいな」


 高校生が交渉するなら材料を寄越せと少年を睨む。


「4択目のメリットは純粋ですよ。皆さんの命をある程度、保証しましょう。生活に困っている場合は生活扶助もお付けしますよ? 研究費用も現物でもいいなら補助させて貰います。研究資材や研究実験器具に限り、僕が揃えられる限りは揃えても構いません。勿論、人に迷惑が掛からない範囲でという但し書きは付きますけどね」


 悪くはない提示だったのか。

 少年の言葉に女子高生以外が考え込む。


「うぅうぅぅ、何なのその速度ぉ!? 並みの魔術師何百万人分よぉ!?」


「いえ、九十九に代替して貰ってるので僕の実力じゃありませんし」


「機械反対!! ズルイぃいぃ!? 自分の頭だけでって矜持は無いわけ!?」


「使えるモノは正しく使うのが僕ら善導騎士団なので」


「処理能力も速度も処理用のプロトコルも何か負けてるぅううぅ!?! カフ!?」


 知恵熱を出した子供のように女子高が汗を流してガクリと膝を付いた。


「個人で九十九の23%分の処理能力とか十分脅威ですけど」


「移動速度は負けてないけど、勝負に負けて、試合で勝った的なのはいやぁ……未来の予測精度で負けてるぅ。勝てない勝てないカテナイ……」


「速度子さんの事はあんまり知りませんが、貴女の究極系みたいな人なら知ってますよ。僕のお爺ちゃんが死から遠ざけて欲しいって依頼されて、光より速い人から色々受け取ってましたし」


「ッ、速度子言うな!? それと今の話、詳しく!!」


「その人、僕らの世界で人間なのに恐らく全人類、神格、魔族、その他の人外より速い人だったので。でも、言ってましたよ。速さは脆さだって。後、愛が無かったら、こんな事してないとか」


「愛?! 愛で速くなるの!? 愛ってナニ!?」


「僕が聞いた時はこう答えてましたよ。愛とは諦めない事だって。ちなみに速度子さんとの予測合戦ですが、九十九の処理データ捌くの大変なので辞めて貰えると助かるんですが」


「うぅうぅ……いいわ。負けを認めてやろうじゃない……後、速度子言うな!!」


 女子高生も最終的には諦めたらしく。


 頭から湯気を上げつつ、クールダウンした様子になる。


「では、皆さんが欲しいと思うモノは倫理に反しない限りで請求して下さい。あ、騎士団製のスマホ持ってます?」


 全員が一応嫌々ソレを懐から出して見せる。


「欲しい研究資材があったら言って下さい。現実的に僕らの都合を優先した後、必要な日数で届きますので。ちゃんとそれまでの時間も提示されます」


 彼らがスマホが勝手に起動して、自分達がまず必要としているものの殆どの研究用の資材のデータが流れている事に気付く。


「ただ、研究施設がある場所が分からないと持ってくのも大変なので人に迷惑が掛かる研究する場合は人里離れた山奥に設備だけ用意したので、そっちでお願いします。第二の別邸くらいの感覚で好きに使って下さい。シェルター完備です」


 コイツこっちをモルモットにする気だコレと四人は何となく思ったものの。


 檻にしては大きいのと快適そうなのがまず嫌な話であった。


 話を受ければ、絶大に自分達の研究が進むのは分かっていた彼らは自意識で反抗するのと研究の進展を天秤に掛けて、今のところは反抗は止めておく事にする。


 理性的な魔術師は自身の感情を制御出来るものだ。


 少なくとも自分を縊り殺せる程度の上位階梯が譲歩を示しているのだ。


 ソレを受けない理由も無かった。


「というわけで、後の1分くらいで最後の1人処理しちゃいますので」


「「「「?」」」」


 彼らが首を傾げている間にも励起された魔力が瞬時にコロシアム内を8000℃の炎に沈めた。


 炎の柱の最中。


 四人の男女が何かまだ諦めてないヤツがいるという事実にゲッソリしつつ、面倒事は御免とばかりに内部から焦げた様子も炙られた様子もなく空へと退避していく。


 巨大な光がコロシアムから出ている様子はまるでアニメのワンシーンかのようだ。


 だが、何よりも恐ろしいのはコロシアムが変形しているどころか。


 完全に元の完全な状態に戻りつつ、周囲に熱量を一欠けらも放散させていないという事実だろう。


 彼らにしてみれば、何の準備も無くコロシアム全体を炎に沈める程度の事は出来るものの。


 魔術師としての攻撃出力。

 その現象を個人の魔力量だけで行うのは不可能だった。

 彼らは純然たる後衛系の研究職魔術師だ。


 戦闘でも都市一つくらいなら簡単に殺戮可能なヤバイ人々でもある。


 だが、現象の出力という面で言えば、瞬時に賄える量には限りがある。


「アレ……出力まだ絞ってるな」

「やぁね。髪のうるおいってこの歳だと大事なのよ?」


「コロシアムの中に確認した。どうやら神霊の類だな。いや、悪鬼羅刹か?」


「うぇ~~何キショイアレ……大昔の怨霊? 呪い? 何か不の想念の塊っぽい。って、何処のアニメのラスボスよ」


 彼らが其々の方法でコロシアムの中心を見やる。


 そこには何か人型が佇んでいる。


 光によって覆われているが、その光の中に揺らぐ頭部らしき部位の闇色の瞳が強者っぽいという感想を抱くのは同じだろう。


 魔力の最大出力は恐らく彼ら個人の比ではない。


 だが、それよりも驚くべきは殆ど神が存在し得ないこの世界で魔力を用いた精霊染みたナニカが存在するという事実だ。


 実際、それっぽいのは世界各地で一応は発生しているはずだが、それが大きく育つのは殆どが人口密集地での話。


 今回、東京に集められたMU人材の殆どは東京や大都市圏外の地方出である事は誰もが代替理解していた。


「ええと、取り敢えずお名前だけ伺ってもよろしいですか?」


 だが、そんなのはまるで意に介さない少年がペチッという音がしそうなくらい軽く。

 片手で炎を横にはたくと炎が瞬時に運動エネルギーへと変換されて上空へと昇っていく。


 熱量の運動エネルギー置換。


 術式そのものを極高温環境下で保持しているだけでも四人の男女にはあんなのと戦いたくないと思うには十分な事実であった。


【我が名は―――】


「あ、やっぱりいいです。研究関連で重要な会合が入ったのでちょっと繰り上げます。どっちにしても貴方は此処で消滅させなきゃなので。残念ですが、残留思念系の不の想念とか。今の状況だと構ってる暇ないので」


【図に乗るな。小わ―――】


 グシャリとその人型の何か。


 いや、人間らしく見えていた者の頭部がいつの間にか傍にいた少年の開いた右手に掴まれて叩き潰された。


 血肉が瞬時にコロシアム内部に弾け散る。


 それとほぼ同時にコロシアム内から膨大な魔力が立ち昇って―――瞬時に内部で吸収される。


【ッ】


「再生はさせませんよ? 術式も破綻してますよね? 空間も渡れません。魔力の出力は日本列島を砕く程度ですか……まぁ、押し合いなら僕に負ける理由はありません。後、今、東京砕こうとしましたよね? 邪悪なのは別にいいんですが、人死にや被害に構わない性格なのは頂けません」


【貴様ぁあぁああぁああああ!!? 我が―――】


「精神構造も解析しました。強者なら何をしてもいい? 自己満足至上主義。その上、人間なら幾ら殺してもいいとか。ソレお呼びじゃないんですよ。今」


 少年が魔導方陣を展開する。

 ソレが何なのか知る者はそう多くない。


 死者の怨念を全て魔力還元しつつ、その魔力も完全に意味のない物理現象に転化する浄化術式は暗黒街で用いられた代物だ。


 魔力にして使っても健康に悪そうという単純な理由で貯め込むなんてせず。


 物理現象として消費し尽くす事でどんな悪霊や不の想念もスッキリと晴れる代物である。


【ガアァアアァアァアァ】


「吠えてもダメです。何か大昔に大暴れして日本最強とか思ってたようですが、時代遅れ過ぎます。此処は現代文明なので。ちゃんと倫理とか道徳とか護って下さい。大悪霊だか、大怨霊だか、大死霊だか、鬼だか、羅刹だか、神だか知りませんが、ソレが護れないモノに居場所はありません」


 地表で拡散した血肉が次々に膨大な黒い闇っぽい魔力を放散していたが、すぐにコロシアム内に吸収されていく。


【お喋りは此処までだ】


「良い夢を名無しの強かったナニカさん」


【貴様らの如き有象無象】


「お休みなさい」


【此処で終われ】


 音だけが響いていた。


 まるで強者感溢れる声だけが周囲には響いていた。


 だが、その声は小さくなっていく。

 まるで尊大さと反比例するかのように。


【我が全能なる力を以て】


 最後の言葉が終了した時、完全に血肉と共に人型の何かだったモノの残滓は融けて消えた。


 すると、コロシアムを中心にして空に巨大な方陣が描き出されていく。


「今日からしばらくは日本列島も晴天が続くと思うので。夜は何か羽織った方がいいですよ。皆さん。それじゃ今日はお疲れ様でした」


 少年がパンパンと埃を払って、空でコロシアム内の有様を見ていた人々に告げると、軽く会釈してから会合に向かう為に転移で消えて行った。


「「「「(´Д`)」」」」


 彼らはあの名前も聞けなかった大きな力の塊がされた事をしっかり理解していた。


 そして、相手の容赦の無さに限りなく思いを一つにした。


 あれに抗うなんて無理、と。

 やられた事は合理的な手順だ。


 最初に倒された人物達の中に憑依していたソレをこの場所の魔力を吸収する機能で引っ張り出し、その引っ張り出したソレに不意打ちさせる機会を与えて顕現させ。


 相手が干渉可能になった瞬間に油断を誘って初手で即死させ。


 魂魄と肉体を同時に砕いて再生する為の魔力を全てコロシアムで吸収しながら術式を崩壊させ。


 相手の能力を使わせる暇もなく魂魄に介入して転移での逃亡を防止しつつ。


 敵の魂に直接都合の良い現在の記憶を流し込み。

 相手が余裕ぶって喋っている間に処理を済ませた。

 そして、処理の仕方が更に酷い。

 日本列島全域の天候操作術式。


 しかも、恐らく単発でどんな魔力側からの干渉も不可能な簡潔明瞭で単純な代物。


 晴れにしろ。

 というソレを魔力の処理用に使った。


 つまり、日本を滅ぼせる程度の悪霊の親玉っぽい何かは数日の間、日本を晴れにする為の燃料にされて消滅したのだ。


「あの魔力塊を素手で掴んで拡散させるとはどういうカラクリだ? 単純な魔力の拡散ではない。分離? いや、違う……アレは恐らく……存在そのものを殺したな」


「それ以前によ。あの悪霊、途中で空間歪めてたけど、全部塗り替えられてたわよ。空間支配で完全に負けてたわね。東京くらい蔽える規模の相手の結界展開を瞬時に支配し返すとか。どんな化け物よ……」


「そもそも、気付いてたか? あの悪霊、このコロシアムを乗っ取ろうとしてたが、干渉が全て意味を為して無かった。単純な術式じゃない。汚染や破綻を企図したはずの攻撃が全て無しの礫……術式強度の桁と次元が違う……しかも、ソレが超高密度でコロシアムの資材に練り込まれてる。どうやったら、こんな事出来るんだ?」


「おぇ?! きっしょ!? 最後の幻影見てた魂魄の試算してみたら、10年分くらい幸せな地獄で寛いでたわよ。魂魄単位で全ての記憶を総書き換えして夢の中で行動を完結させてる上に相手に気付かせないとか!!? 知識にも介入して体感時間内での対策不能にもしてたッ。何なのアレ!?」


 四人の魔術師は思う。

 ああ、世の中には上がいる。

 そして、残念ながら、ソレは自分達ではない。


「帰るか」

「帰るわ」

「オレも帰る」

「あたしも……悪夢だわ……」


 四人の魔術師は嫌なモノを見たと言わんばかりに明日は我が身の言葉を背負いつつ、自分達の塒に帰っていく。


 こうして彼らが消え去った後。


 自動で崩れたコロシアムのディミスリル資材が大量に基地内部のタンクに戻っていく最中。


 紅の球体が一つ。


 虚空に浮いて、キョロキョロと周囲を浮かび上がった目玉で確認。


【我が全能の―――】


 そろそろ消えそうな邪悪っぽい思念の残滓を見付ける。


 ソレはもう数秒もすれば消えてしまいそうな代物であったが、目玉がパチリと瞬きすると瞬時に消え去った。


 そして、ズブズブと空間を越えて球体は誰もいない領域に消えていくのだった。


 *


―――??日前、与党本部大会議室。


 政治というのは根本的に妥協と打算で動いている。

 多くの人々の意見を擦り合わせる事が彼らの仕事だ。


 派閥政治の影響が薄れた昨今。


 だからって無派閥では党の重役には成れないというのが今までの常識であった。


 無論、年功序列でそれなりの地位に付く者もいる。


 だが、内閣総理大臣のようなポストまで上り詰める者はいない。


 ただ、本日に限っては奇妙な程に上から下まで議員と名の付く人々の背中は一律に平等に静かな世界でソワソワしていた。


 本日、初めて騎士ベルディクトが与党幹部、ではなく。


 与党《《構成員》》に対して話があると言って来たのだ。


 彼らにしてみれば、一体何が起きるのだろうかとガヤガヤ同志達とお喋りになるのも無理はない。


 議員1年生から引退近い老人まで少年がやってくるのを待つ様子はまるで先生を待つ生徒みたいだな……と一部の理性的な人々は自分達を冷静に見る事が出来ていた。


「時間になりました。騎士ベルディクトがそろそろ到着します」


 明神がチラリと時計に目をやって、パイプ椅子に座る議員達に告げる。


 それとほぼ同時にギィと僅かに軋んだ音を立てる扉の先から少年がやってくる。


 横には九十九のアバターが共に連れ立っていた。


 今日に限っては本当に重要な所用もしくは会議がある者以外は殆ど此処に集っている。


 内閣の半分は参加していたが、後の半分は各省で諸々の外せない事務仕事に付いており、彼らは後で記録した映像を見る事になっていた。


「初めましての方は初めまして。お久しぶりな方にはお久しぶりと。ベルディクト・バーンです」


 演壇に上がった少年が丁寧にお辞儀したのを見て、立ち上がっていた者達もそれに返した。


「皆様。お座り下さい。本日は厚労省及び経産省、法務省の事務方も参列していますが、お気になさらず。では、騎士ベルディクトからの本会議の趣旨の説明があります」


 着席していく現与党の議員達にしてみれば、この時期に自分達を集めて会議を開きたいという相手側の意図はまるで分らなかった。


 いや、どちらかと言えば、とても重大な事なのだろうという事実は分かったが、一体どれなのかが分からなかったというのが正しいだろう。


 ヨモツヒラサカの事か。

 世界政府の事か。

 四騎士対策の事か。

 陰陽自衛隊の事か。


 やってきたデフォルト・スーツの上に魔術師の礼服。


 ローブを身に纏った珍しい姿の少年は周囲を見回して静かに話し始めた。


「本日、皆さんに御集り頂いたのには訳があります。黙示録の四騎士討伐の目途が付いたと同時に現状の世界規模での異常気象の加速度的な増加が散見される事から、現在の人類生存圏全てで日本をモデルとして善導騎士団の活動を本格的に広げる事が騎士団上層部において決定されました。これを期に騎士団の人員として日本人を万単位でイギリス、ASEAN、オーストラリアに派遣し、各国家群で本部の開発が加速されます」


 パッと少年の背後に世界地図が出る。

 各地の本部。


 更に支部の建築と組織構築までの予定表が日数と共に表示されていた。


「それに比例して各地域に騎士の分散が始まる事が決定されました。これは決定事項です。その為、皆さんに声が掛かりました。簡単に言うと皆さんの面倒を見る人員が減ります」


 1人の議員。

 当選4回目の中堅。

 眼鏡の痩せぎすの男が手を挙げる。


「どうぞ」


「面倒を見る人員とは一体どういう事でしょうか? 我々個人は騎士個人に面倒を見て貰っている事は無いと思いますが……」


「尤もな質問なのでまず今まで皆さんに我々が掛けて来たリソースに付いてのお話をしましょう」


「リソース?」


「騎士団が上陸してから、色々と政治的な部分での暗闘は騎士団が皆さん側に投げて来ました。同時に副団長代行を筆頭に幾らか背後が真っ黒だったり、人格的に《《為し得ない》》人物に権力の座から降りて頂く事にも騎士団は微力を傾けて来ました」


 それにざわつく政治家は殆どいなかった。

 それは暗黙の了解であったからだ。


「これは我々の魔術的な方法でもそうですし、犯罪者の犯罪を全て表沙汰にする事でも行って来ました。倫理的に極めて重篤な資質不足な政治家は騎士団調べでは今現在日本国内の国会議員には確認されていません」


 事実、政治家を止めた人々は多い。


 現与党で残っているのは東京各地にビルの雨が降って生き残った層の7割。


 野党に至っては3割を切っている。


「それは皆さんが一番知っている事かと思います。ですが、それのみならず騎士団は今まで皆さんが今後の人類側の決戦に耐えられる人材であるかもテストしてきました」


「いつの間に……」


「傲慢な話かと思われるでしょうが、我々にしてみれば、最も人格と能力に優れた政治家に背後へ立って欲しいと思うのは通常の銃後の保身だと考えて頂きたいです。誰も後ろから撃って来る政治家を護るのに100%以上の力を出せません」


 日本国内の人材がこの言葉を口にしたならば、糾弾され得る。


 だが、生憎と彼らは異世界人であった。


「その意味で皆さんは合格です。善導騎士団に懐疑的な人物及び否定的な人物に付いても査定基準は同様です。我々があくまで排除したかったのは人格的、倫理的、道徳的な違反者、または犯罪に関して極めて肯定的な人々であって、我々自身を糾弾する者ではないからです」


 それを信じてよいものか。


 という顔になる政治家はいたが、騎士団の徹底した背後関係と人格を洗ってから叩き潰す方法を見ていれば、その合理性は自分達の保身だけに因るものでないのは明白ではあった。


「簡単に言えば、人間のクズには政治の表舞台から退場して貰ったというだけの事に過ぎません。此処から先は地獄を進んで尚、合理的、倫理的、道徳的に判断出来る人材しか生き残れません。貴方達にはその資格があると我々は考えます」


 少年の言葉と共に彼らは世界各地に日本から分散していく光点を見た。


 その比重は日本が3割、ASEANが3割、オーストラリアとイギリスが2割ずつ。


「今現在、日本全土で皆さんを振るいに掛けて来た人材が明日には各地に出立します。また、今後の皆さんの心情の変化や人格的な変容が確認されるまではこの配分は変わらないでしょう。今後、人類社会全体で能力と人格的に信用に値しない人物の洗い出し、政経軍の意思決定機関からの排除が進められます」


 その時、彼らの周囲にはズラリと亡命政権の顔触れのリアルタイム映像が並ぶ。


 その内の半分以上はこちらの映像を認識しているようで少年に視線を向けていた。


「これは―――」


「皆さんに心しておいて欲しいのは我々はいつでも見ているという事です。プライバシーも保護すれば、我々は皆さんの私的な事にも人類的な命題になるようなものでない限りは干渉しません。個人が皆さんを見ている事もありません」


 九十九が彼らの前に立ち。

 一礼する。

 彼らとて知っている。

 騎士団のメインシステム。


 汎用量子計算機を超える現世界最高のスパコン。


 そのアバターの姿はもう世界中の電子機器に見られるものだ。


「ただ、背筋を正せぬ人間が今後この世界において政治の中枢に参画出来るとは考えて欲しくもありません」


「誰かに選ばれたとしても?」


「その通りです。この点で我々はこの世界の民主主義を不完全な民主主義と呼ぶべきだと考えます。あちらの世界では有り得ないようなシステムという話です」


「貴方達の世界の方が優れていると?」


「現状に耐える仕様ではないという話だとお考えを……」


「現状……平和な時にはいいが、非常時にはナンセンスだと?」


「はい。我々が皆さんに今後の政治を行っていく上で合理的に倫理的に道徳的に議論して頂く下地を作ったのは我々を非難して欲しくないからではなく。単純に貴方達が最も生き残る確率が高いと判断したからです」


「ちなみに私は騎士団に対しては懐疑派でありますが、それは本当に関係無いわけですか?」


 質問者たる男に少年が頷く。


「九十九の計算において、今後貴方が人類総数の9割が消えた場合、生存者を的確に導ける確率は少なくとも4割に達します」


「……それは低いのですか? 高いのですか?」


「教えると未来予測に狂いが大きくなるという事もありますので。お答えは差し控えます。でも、覚えておいて欲しいのは確率は確率でしかなく。ですが、確かに高い越した事はないという事実です」


「結果が全て、と」


「ええ、誰もが的確に自らの為す事を為したならば、我々はどんな最悪の状況に陥っても絶滅を免れるでしょう。それは九十九が預言し、僕ら騎士団も肌で感じる事実です」


「為す事を為したならば……そう言えば、先程言っていた為し得ないという言葉はそういったデータから導いたという事ですか?」


「はい。犯罪を許容する。倫理や道徳的にバランスが取れていない。合理主義的に行動出来ない。能力がそもそもない。こういう方はどうやって人類を導こうとも最終的に生存率は0に近い。必要なのはバランスの取れた人材が集合し、一つの目的の下に統合されて動く事……」


『我々はその為に呼ばれたわけだ』


 亡命政権の者達の1人がそう呟く。


「亡命政権の3割には成し得ない人々が付いていますが、今後このデータは公表されます。だからと言って、皆さんの地位が安泰という事でもありません。僕らが目指すのは誰もが代わりになれる世界であって、貴方達をオンリーワンにする世界ではないからです」


『手厳しい話だ。我々は常に努力を強いられるわけか』


「強いられるのか。そもそも自分で望むのかという問題もあります。幾ら能力があっても、その場凌ぎに地位や権力を与えたところで問題は見かけ上しか解決しません」


 少年は年上の男や女達を見て言う。


「僕らが望むのは根本的な解決策です。でなければ、またこの世界で四騎士のような問題が発生すると断言出来ます」


「我が国において地位や権力を与えるのは国民です」


「はい。ですが、国民が間違った事を選ぶ事もあるのは歴史が証明しています。ですが、選択肢が最初からAとBしかなければ、最悪のCは選ばれようがない。そういう意味で僕らは今、この世界の人々に最悪の選択肢を提示しない作業を行っていると思って下さい」


「……我々はAかBだと?」


「はい。無論、現時点でという但し書き付きですが、今後騎士団単体でこの世界に存在する全ての政治家及び権力を握る全ての企業体、組織集団の上層部に対しても同じ格付けが行われます」


「騎士団が人を格付けすると? それは差別に繋がりませんか?」


「企業だって人事考査くらいするでしょう。それが政治家や上に立つ人間には全て行われるというだけの話です。どれだけ能力があろうと家柄が高かろうと人格的な適格者でなければ、その方には上に立つ資格がない。それが今後我々が予定している未来像であり、既にその流れは出来上がっていますし、この流れが止まる事も無いでしょう」


「……管理社会も真っ青だ」


「はい。皆さんが、いえ……この世界の人達が自分で管理すれば、必要無かった措置です。ガリオス人の事にしても四騎士の事にしても……こちらでの政治的な秘密主義や暗闘、技術的な理由での非人道的な行い、こういうものが罷り通らない世界だったなら、起こらなかったでしょうから」


「耳が痛いどころの話じゃない事は分かりました……ええ、確かにその通りなのでしょう……」


「恐らく半年毎くらいになるでしょうが、心理解析及び現時点までの全ての情報を収集した九十九が評価を下します。最悪を選び出す可能性は限りなく0に近いですし、能力で誤魔化せる程の個体は未だ確認されていません」


「……それを傲慢とは言わないと?」


「傲慢であったとしても必要です。単なる格付けを出す気はありません。精神的な数値及び現時点までの評価を文書で作成もします。必ずしも能力が高いから選ぶ必要もありません。能力が低くても人格的に優れた人物ならば、資質を授ける事は可能な範囲の出来事です」


 能力を授ける。


 その空恐ろしい程のメリットが突き付けられては合理主義とやらすら捻じ曲がるだろう。


 彼らの望む合理主義は善良な人々が用いる合理主義であり、傲慢な人々が用いる合理主義ではない……資本主義的な弊害を限界まで砕くという宣言に他ならない。


 現世利益最優先の思想に公序良俗や規律規則が確定で加えられた世界は今までの資本主義陣営の思想を強制的に進化させるという話に他ならなかった。


 それはつまり利益の為に弱者を虐げない世界の到来を意味する。


 あらゆる権力が弱者に優しく。


 あらゆる弱者が模範的な性善説に立つ存在になるというのだ。


 これは管理社会の到来であるが、それを拒絶する細々とした理由は多々あるが、大きな理由が今のところ人類には無い。


「我々は驚かされてばかりだ。善導騎士団……ですが、それは世界を牛耳るというのとどう違うのですか? 世界政府すらも今や貴方達の掌の上……それを我々は危惧しています」


「構いません。勿論、説明出来る事はちゃんと説明させて貰います」


「そんな世界を望まない者もいるのでは?」


「大陸中央諸国において公人には人格者を当てるのは当然の事です。例え、人格者で無くとも人に慕われない人間に人は付いて来ない。これからは金で人は動かない。人の善良さで人が動くようになるという事です」


「嫌な話だが、付いて来る場合があるのもこの世界の話だ」


「承知してます。なので、それが不可能になるよう社会に働き掛けています。何故なら、ソレを糊塗する事が可能な事そのものがこの世界の現状を産み出したのではと騎士団は考えるからです」


「………」


「皆さんはもう我々の手を握ってしまった。後戻りは不可能です。背後は奈落。前は絶望。ですが、我々騎士団はその手の剣として盾として絶望相手に戦いましょう。ですが、それを握る指は手はせめて勇気を持って誰かに手を差し伸べる手でもあって欲しい。その程度の事なんですよ」


「……我々が間違わない限りは我々の剣、盾であり続けると?」


「剣も盾も錆び付いては本当の力を発揮出来ない。この世界が滅び掛けているのはこの世界の業と嘘のせいです。四騎士をどうにかしても、そういったものを根本的に解決しなければ、再び人類は災厄に沈むでしょう」


「………」


 政治家こそ、その言葉に反論する根拠を持たない。


 それは彼らが最も今まで感じていた世界が滅びる理由の一つだった。


「ならば、此処で我々がするべきはその全てを取っ払う事。今、貴方達は我々を使う資格がある。来るべき世界政府の成立時、そこにいる人々が我々を使うに相応しい限り、我々は全人類に対して今後も支援を惜しみません」


「そうでなければ、惜しむと?」


「惜しみはしませんが、テコ入れは不可避です。襟を正さない輩に力を貸してやれる程、善導騎士団は政治というものには詳しくありません。詳しくなくてもいいのだという事を忘れないでくれれば、何も問題ありません」


「……こちらからは以上です」


 語られた言葉は正しく暴論だった。

 だが、政治家の誰もが納得した。

 騎士団と名乗る彼らは正しく騎士なのだ。


 そして、政治に譲歩してやれる程、彼らは政治を齧る必要が無い。


 彼らは暴力そのものだから。


 彼らの進むべき道は最初から示されており、それは政治経済軍事全てに超越して実行される。


 それを狂信的とは言うまい。


 それこそ、このゾンビ禍において狂信的な程の努力を用いて、犠牲を全て許容して、冷徹になってこそ、今の人類生存領域の多くは生き残った。


 入って来る難民を次々に海の藻屑とした日本。


 出身国や所属組織、宗教、個人の状況毎に個別危険度を設定し、危ない順に射殺しながら受け入れたASEAN。


 避難民を全てスラムと集団農場に叩き込んで奴隷のように自分達の食い扶持を育てさせたイギリス。


 巨大な旱魃地帯に放り込んで自給自足させているオーストラリア。


 小規模な島を抱えている国の多くはゾンビが入れば、その時点で島毎焼き払う程度はやっていたのだ。


 それが多くの人間に知られぬよう隠蔽され、隠蔽されて尚表沙汰になっても、その行為が裁かれる事は無かった。


 難民の最もゾンビ禍が多い地域からの傷病者を殆ど皆殺しにした国家も多い。


 検疫名目で射殺してもいいなら入れると鬼畜の所業を行った国境警備隊を責める者だって居はしない。


 今更、人類を叩いて伸ばして打ち直す善導騎士団とかいう剣盾を手に入れた彼らがそういう事実を差し置いて、彼らを狂信者と呼ぶ事は正しくお前が言うなと言われる行為だった。


「こういう事を踏まえて、皆さんには今後も厳粛に政治家であって欲しいです。日本で僕らがやるべき事は多くなくなりました。ですが、ASEAN、オーストラリアではまた同じ事が起こるでしょう。その時、皆さんが僕らに協力して下さるならば、間に合うかもしれないと思うんです」


 その言葉に派閥の長が手にマイクを取って訊ねる。


「間に合う、とは?」

「人類の絶滅に対する準備が、ですよ」


 政治家達の言葉は断たれた。


 彼らは民衆の意見調整者ではあっても、人類の絶滅に責任を持てる人々ではない。


 自らの国家すら持て余していたのだ。

 準備など出来ているはずも無かった。

 やろうとしているモノはいなかった。


 維持で手一杯だったから。


 それが騎士団という力で何とか立て直したというだけに過ぎない。


 本当にそこまでやろうとしていたのは後にも先にも米国のみだったのだ。


「面倒を見る人員は減ります。その分だけ多くの問題が噴出するでしょう。その時、此処にいる全ての政治家の方々に僕は期待したい。我々の為ではなく。それは貴方達の為にこそ為されるべきです」


「我々の為に……」


「それを為せる者しか此処にはいないはずです。なので、こちらからは今後の日本国内の舵取りに付いてはとやかく注文を入れません」


 少年は今までは入っていたと暗に認めたが、左程の事はない。


 そんなのこの場で知らない政治家は誰一人いなかった。


「提案はあると思いますが、皆さんは鵜呑みにせず。ただ、真っ当に政治をして下さい」


 真っ当。


 それが何を意味するのかを知った彼らには理想論を相手が振り翳していると思えたが、今現在ソレは可能なのだ。


 政治的な主張はともかく。

 殆ど厄介な悪意ある人間達が消え失せた後。


 政界には共同歩調を取れる人間や少数のそれにブレーキを掛ける人間。


 そういう迅速な政治的決断に必要な人材しかいなくなっていた。


 親の七光りの二世議員の3割程はリタイアしたし、影から政党に干渉する実力者もいないし、派閥でも極端な保守左翼思想を持つ者は消え去った。


 遣り易い人間のみが残った結果。


 政治の速度は体感1000%増しになっている。


「出来れば、議論はちゃんとしつつも無駄な議論に時間を費やさないように……時間は無いですから」


 少年が演壇から降りる。


「これは亡命政権の方、此処にいるオーストラリア、ASEANの方も同様です。本国に伝えて下さい。騎士団は決して見捨てず。されど、決して自らを正さぬ者に微笑まないと。では、これで」


 少年がペコリと頭を下げて去っていく。


 その横に明神が付いて最後に一礼してから主が出て行った扉を閉めた。


『………』


 永い話を聞いたような心地で彼らはいつもの会期末の長丁場に比べれば、左程でもないはずの時間に目元を解した。


 何か大きなモノが目の前から過ぎ去っていくような心地。


 それに良し悪しはともかく。

 彼らはホッと息を吐いたのだった。


 *


 戒厳令。


 その言葉が内閣府において発令された時、多くの大臣達は自分達や地方に掛かる負担を考えたものの、先日の騎士ベルディクトからのお話を思い出し、すぐにそれを承諾する事にした。


 善導騎士団より伝令。

 東京本部近辺に空間的異常を検知。


 恐らく、数日内に大規模な異変が発生する確率が94%。


 日本国政府に地域の避難と封鎖を進言。


 このような話がやって来て、彼らは異変とは何かと騎士団に訊ね。


 九十九は4種類の破滅を提示した。


 それはどれもこれも恐ろしい終末を体現するかのような言葉が並ぶ代物。


 四騎士の再襲来。

 今までよりも強力なゾンビの投入。

 巨大な空間の歪みで周辺地域が消滅。


 あるいは地獄のような世界が顕現し、周辺地域を多大な災厄に巻き込む。


 NSC。


 国家安全保障会議は全てのシナリオに対しての対策を要望。


 騎士団からの要請を受け入れ、騎士団で当日行われているフェスティバル終了後の周辺地域からの迅速な避難脱出が進められる事となった。


 祭りはまだまだ続いていたが深夜前には全ての催しが終了するとの話であり、彼らはそれに合わせて動き出す。


 しかし、それもまだ少し先の話。


『はーい。こちらは善導騎士団糧食部門の特設コーナーでーす』


『本日の出し物は~~~あら不思議!! 能力測定したら変異覚醒しちゃう最強生物に成りたいか~!! 大会です』


 特設ステージの一つ。

 恐らく人類の食糧事情を蛋白質で救った挙句。


 人類を究極生物にしてくれそうな成果をバシバシ吐き出す部門として畏れられている糧食部門がブチ上げた企画が多くの人間の顔を真顔で固めさせていた。


 変異覚醒者の資質がある人間を無理やり覚醒。

 その能力値によって競う云々。

 勿論、安全にはとても配慮しています。

 という看板はあれど。

 周囲から人は限りなく遠ざかっている。


『今なら人為的な変異覚醒で能力が当社比1.2倍!! ついでに身体変異に付いては優先的に人間へ戻す事も可能ですよ~~人権にも配慮した特別企画ですよ~』


『な、な、なぁあんと!! 覚醒した方には継続しての健康管理用の薬剤までお付けします!! 実はぁ!! 遺伝病の根治用薬剤と併用する事が決まりまして~~』


『治験者も募集してまーす!! あ、能力が強過ぎたら弱める事も出来ますよ~~後、普通の方は寿命も伸ばすお薬があるのでお得ですよ~~日本政府厚労省も認可したお薬ですよ~~』


 MHペンダントで治らない外傷はない。

 だが、遺伝病は根治しない。

 という事実もある。


 ついでに後期高齢者が4割を占めるようになった日本において、寿命が延びるという言葉はある種の魔法だ。


 今まで遠ざかっていた人々が恐々としながらもブースのちょっと厚い専門用語だらけの手引きを読み始める。


 内部に書かれてあるのは契約事項だ。


 後、寿命は絶対伸びるけど、どれくらい伸びるか分からないし、個人毎の誤差もあります云々。


 1秒かもしれないし、10万年かもしれない。


 そこは神のみぞ知るだけどやります?


 みたいな事がツラツラと書かれてある。


『十万年延びても恨まないで欲しいって書かれてる(´Д`)』


『死んで安心、安楽死プランもあるってどうなってんの?(・ω・)』


『そもそもコレ普通のブースでやっていい治験なの?(゜_゜)』


『陰陽自研……噂通りの魔窟のようだな(T_T)』


『不死者系能力者に投与用の能力強化薬の弱体化試験版?(◎_◎;)』


『あ、死なない能力者がいるって聞いた事あるけど、それ用の専用薬剤を一般人に使えるように調整した代物らしいわ(=_=)』


 一応、関係者である人々は書かれてある手引き内の人智を越えた言葉の数々にもはやどうやっても危ない人々がいる研究所の実態を把握した気分となり、約8割はスゴスゴとブースから離れていくが、残り2割の遺伝病がある病人やらそろそろ天寿を全うしそうな老人が列を為して、その地獄の入り口へと並び始めたのだった。


『いや~人集まりませんね~』

『仕方ない。内容はちゃんと全部載せしたからな』


『そういや、昨日卸した1キット。アレってどの系統のなんです?』


『ん? ああ、アレね。合成蛋白質系の技術は最終的に肉体の再生や組成を弄る遺伝子組み換えやフルスクラッチした遺伝子の現実での急速培養に資するわけだが、不死者と相性が良いのは分かるだろ?』


『ええ、まぁ……死後の蘇生時間の短縮でしたっけ?』


『そうだ。ぶっちゃけ、頭部の完全破壊後の蘇生効果が細胞の増殖で補えるかどうか。遺伝情報の操作に魔導による術式を組み合わせて生前の人格まで再構成出来るかどうか。病気や寿命で死んだマウスを使ってるんだが……』


『成功したんですか?』


『いいや、魂の再生はならず。死んだマウスが蘇生しても頭部の組織が殆ど崩壊していないという条件が無い限りは別人格であると結論付けられた』


『頭部が残ってないと蘇っても赤ちゃん状態?』


『そういう事だ。幾らか人格は模倣されるようだが、生前の記憶は殆ど欠落していると考えられる。脳細胞が破壊されても5割までなら恐らく半分だけ本人みたいな感じだろうな』


『人格も結局は物理的な制約からは逃れられない、か』


『魂を再生する事は出来るが、魂自体に干渉する術式は危険過ぎてマウスを用いた実験でもあまり成果が出ていない。魂の強度が低いと記憶もあまり引き継がないようだ』


『BFCは記憶の物理媒体への転写をしてたんじゃないかって話でしたし、米軍の例の施設では記憶のデジタルデータで赤子に人格をインストールしてたようですが、そちらの方は?』


『ダメだな。そもそも記憶のデータ化はデータであって、本人じゃない。データを生物に入れれば、恐らくかなり近しい人格を有する存在にはなるが、当人じゃない』


『原則的に本人を蘇らせるのでなければ、意味が無いと?』


『そういう事だ。物理的な方法で蘇らせても基礎的な記憶が欠落している為、精神病的な症状を併発。その症状を発症してからケアが可能でなければ、廃人コースだな』


『MHペンダントを用いて魂ごと再生してみては?』


『MHペンダントである程度補完可能だが、長期の精神療養と人格を補填する情報の記憶行為がいる。本人を増やす行為がいるって事だ』


『外部からの注入は?』


『此処に魔術で記憶の注入を行ってもいいが、物理的な行為で得る記憶と外側から注入された記憶では魂への定着と馴染み方に差がある』


『結局、不死者系能力の最大の強みである当人の再生ってのは技術化出来ませんか。まだ』


『ああ、今のところは不可能だ。自己同一性を保った当人の再生は不可能。その点で言うと例の合衆国大統領の言っていたヘブンズ・ゲートもどれだけ本人を蘇生させるのか分からん』


『我々が同じ技術までは辿り着けないと?』


『頚城の解析次第、というところか。ゲートとやらだって記憶が同じでも同一人物ではないデジタル・データを当人の遺伝データを持った肉体にインストールした程度の代物、かもしれない』


『当人は自己を本人と認識しているが、同一個体とは見なせないコピーだと?』


『生きてはいるし、個人として蘇っているとしても本人じゃないという自覚は必要だろうな』


『そういうのが理解出来るとか。いよいよSFになってきましたね。ウチも』


『今更だろ。話が逸れた。あの薬だが、今の話の技術を大抵乗せた代物でな。例の不死者用だ』


『ああ、例の? あの夢が何たらって』


『そうだ。ウチの医療系技術の殆ど全てを使った低強度の不死者強化薬だ』


『低強度? 能力が低いんですか?』


『いや、そういうわけでもない。例の不死者は自分の自己認識で現実を変容させる。それも広範囲に渡ってだ。なら、技術的に届かないような効能があると謳ってそいつにウチの技術の全てを注いだ究極の薬を打ったよ、とか言えばどうなる?』


『え? まさか、プラシーボ効果ですか?』


『ああ、それが現実になったら、愉しい事になりそうだろ?』


『……ちなみに盛った効能は?』


『筋力、内臓、骨格の超越者化。肉体と脳の高位魔術師資質化。エイド・ジェル無しでの超速再生能力と完全蘇生能力。五感の高度化と先鋭化。変異覚醒の第二次覚醒促進。生物としての種を残す力を強める性能力増進。他にも色々あるが、主だったのだとこんなところか?』


『盛りに盛りましたね……』


『いや、全部、一応成果が出てる元々存在はする叡智の結晶だ。最新鋭のレベル創薬の改編版だよ。だが、完璧じゃない。動作の安定した代物と使える部分だけ入れたが高性能にはまだまだ遠い代物ばかりからな』


『うわ……ウチ、明らかにヤバイですね』


『だから、今更だと。ま、どのくらい本当になるのか見物だな。後でデータが来たら確認しよう』


『あ、一つ質問です。二次覚醒って第十二研究室がやってる代物ですか?』


『そうそう。連中は変異覚醒ってのは人間の本来の可能性の一部が魔力のある領域で遺伝的に出現する現象だと主張してる』


『進化論で淘汰された種、みたいなのの出現だと?』


『近いが存在して進化した途中の種も入ってる。殆どの変異覚醒は魔力を取り込むかどうかよりも魔力がある領域に近しいか遠いかが重要らしい。肉体がそれに該当するが単に魔力が高濃度にあっても変異覚醒はしないとか』


『それは騎士ミシェルが構築中の結界論で見ました。変異覚醒は魔力充満領域内での遺伝資質の顕在化だって。魔力の性質によって覚醒率や変異の動向にも変化が見られるとか』


『MU人材以外はそれだ。で、最初の変異は単なる資質の顕現。魔術師技能に目覚めるとか、超越者系の能力に目覚めるとか。そういうものの一種なんだと』


『なる程? じゃあ、二次覚醒は元々存在しなかったモノが目覚めるんですか?』


『進化、らしい』


『進化? 変異覚醒者の肉体の変質は正しく進化レベルでは?』


『アレは過去の時代の遺伝情報が可能性として表出したものだと言ったろ。で、二次変質はその先にあるまだ存在しない生物への進化に続く道だとか何とか』


『あ~例の人口進化研究の領分ですよね? 使い魔ちゃん達が凄いウチでも大人気ですが』


『もう死んだ魚の目になって研究者連中を人類のゴミを見るような瞳で観察する使い魔サンが大量だがな。魔力的な進化で大きくなった連中からしても、オレらはヤバイってのが哀しい』


『元気出して下さい。オレもジョンから『ご主人はきっと人間の心はあるけど、人間のメスとは永遠に番となれない可哀そうなヤツ』とか言われましたけど、ちゃんと生きてますよ』


『………それは大丈夫なのか?』


 こうして祭りが続く最中。


 その薬剤を持たされた小隊は同位置の別領域にて戦闘に入っていた。


「ちょちょちょ?! 本部内にも大量にいるんですけどぉぉ~~~!?」


『クロイさん。前方400m先の十字路角に大量の反応有り!! 抜ける瞬間に狙って来ますよ!! 瞬間的に速射して相手を寄せ付けないで下さい!!』


「りょ、了解です~~!?」


 アサギリ・クロイは次々に湧いて来る敵主力である黒い人影やら斑色の化け物やらを単発の小銃弾で打ち倒しながら引き撃ち状態。


 一機で二両の黒武後方の護りを担い。


 その腰に巻かれたロープで引きずられながら戦い続けていた。


 ようやく一休みして落ち着いた矢先。

 ふと1人の黒い人型が周囲に出現。

 瞬間、赤く染まったと思ったら、おもむろに自爆。


 誰もケガはないし、機体にも車両にも影響は無かったが、ソレが仲間を呼び寄せる合図だったらしく。


 黒武は完全に捕捉されて、騎士団の地下通路を逃げ回る事になっていた。


 辛うじて広い地下通路を用いて相手との距離を引き離しているものの。


 最大加速出来る状況でも無く。


 多くの場合、入り組んでもいない通路である為、追ってくる敵の物量もあって、彼らは移動し続ける羽目になっていた。


『掃射まで残り5秒、4,3、2、1、今です』


 二両の黒武の横の窓とクロの虚兵から小銃弾がフルオート一斉射。


 瞬間的に襲い掛かろうとしてきた化け物達が左右から放たれた必殺のD刻印弾の雨によって打ち据えられて吹き飛んでいく。


 相手のアンブッシュを潰した彼らが追い立てられるように入った通路は地下への直通路だ。


 東京本部の設備は昇降機を使わず地続きで地下まで向かえるような九十九折の構造で車両を運搬する事が多い。


 理由は昇降機のようなギミックがあまりにも多いと内部構造が脆弱になるから、と説明されているが、実際のところはソレを設計した少年や周囲の研究者達しか知らない。


 とにかく、彼らはお城の中枢へと成り行き上進む事になっていた。


 未だ彼らに対して芳樹達からの通信は無く。


 だからって、その場で化け物の群れに埋もれて待っているわけにもいかない。


『しばらく、先には何もいません!! 突破しました!! リトさん!! クロイさんを収容後、能力で二台分の領域をお願いします!!』


 明日輝の言葉に頷いたリトが気分の悪さに顔を蒼褪めさせながらも頷いた。


 すぐにクロの虚兵が後部ハッチから回収され、ハッチの閉鎖と同時にリトが目をカッと一瞬だけ見開いて、すぐにパタリとソファーに倒れ込む。


 戻って来たクロが少女を心配そうに見ている小銃装備のメイドさんがあれこれ世話を焼く様子を見ながら、現在何処まで変容した領域を抜けたか内部の虚空に表示されたマップで確認した。


「……内部の空間も何か捻じ曲がってる?」


『その通りです。クロイさん』


 すぐ横の空中に明日輝の顔が3D投影式で浮かび上がる。


『百式ちゃんの計算によれば、現在1時間で300mずつ周辺に向かって歪みながら侵食中との事で城内部に入ったのは正解でした。もしまだ外縁にいたら、侵入が更に困難になっていたはずです』


「……ちなみに此処から先で安全な場所って」


『拡大領域内部に影と化け物が無限湧きしているんじゃないかと解析中の百式ちゃんが……これをどうにかするにはやはり、内部の中枢を叩く以外には無いんじゃないかと』


「芳樹さん達との連絡は?」


『現在、通信は繋がりませんが、最低限のビーコン機能だけは……生きてます。ですが、場所も分かりません。かなり空間の捻じれが酷いらしく』


「解りました。では、事前の打ち合わせ通り」


『はい。中枢へと黒武二台で向かいましょう』

『ニュヲ~』


『あ、こらニュヲったら、今はお姉様がお仕事中なんだから、待ってなきゃダメだよ』


 背後から明日輝の後ろに猫と悠音が映り込む。


「ちなみに中枢と思われる場所の予測は?」


『百式ちゃんが当たりを付けましたが、城の中央部です。此処の道は地下に向かってますから、何処かで上に昇る道を見付けないと』


「エレミカ」

「ひゃふ?」


 後ろを向いたクロに形態糧食のチューブ型レーションをチューチューしていたエレミカが首を傾げる。


「そういや、此処を見付けた時ってどんな風に見付けたんだ?」


「エレミカの能力、優秀だよ?」

「能力? 観測系か?」

「コレ」


 少女が掌を開く。

 すると、ポンと小さな穴が開いた。

 いや、掌に穴が開いたのではない。

 虚空に穴が開いたのだ。


「ッ、異相空間?」


『説明しましょう』


 呼ばれても無いのに百式ちゃんが虚空に現れる。


『エレミカは異相空間と現在の自分のいる領域に穴を開けられます。それもコスト0で……大きさは当人の意志力に比例します。維持時間は無限ですが、維持するには起きている状態でなければならない事と穴の大きさは現在のところ10cmが限界です。つまり、馬鹿デカイ経路です』


「分かる?」


「どうして異相に穴を開けて此処が、って……ああ、そうか。使ってたら、こっちに繋がったのか?」


「そう!!」


 よく分かってなさそうなエレミカが胸を張り、百式ちゃんが更に補足する。


『エレミカの能力は異相側まで穴を貫通させる際に周辺にある全ての領域を通過します。その途中で掘削中に引っ掛かった領域がここです』


 百式ちゃんが映像を出力し、重ねられた空間のレイヤーを貫通させる手の先の穴をCGで再現する。


『ただし、異相側から現実に穴を開けられません。あくまで現実から一方通行……現在、能力の資質や規模の自由度の拡大を行う訓練を行っています』


「つまり、チャンネル貫通の魔導師技能の極大版?」


『はい。巨大なチャンネルを開ける事が出来るという事で色々と期待されていますが、本人には魔術師技能が未だ無い為、現在魔導の基礎も習得させている途中です』


「……イケるか?」

「?」


 エレミカが首を傾げた。


「百式ちゃん。この異相空間に繋がった経路は使えるよな?」


『はい。ですが、やはりこの領域内部から外側に情報を伝達する事は出来ないようです』


「いや、それはいい。問題は異相側へと穴は開いてるって事だ。経路って本来、少し開けるのにも絶大に労力がいるもんだろ。だけど、この大きさまで開けられるならかなり使い道は広いな」


『どうする気ですか?』


「結界に出来ないか?」


『……あまり、お勧めしません』


「??」


 エレミカが百式とクロのやり取りによく分からないという顔になる。


「ファジーを汲み取るAIだっけ? すげーとは思うけど、そう否定しないで成功確率だけ計算してくんない? いや、自分でも無茶だなぁとは思うけども」


『………4割……40.432%です』


「十分。じゃ、採用で」

「???」


 やっぱり分からないという顔のエレミカだった。


「ああ、えっと。異相側まで貫通した穴を使って、こっち側に穴を引っ張り出す。結界関係の講義で異相側の空間をこっちに引っ張り出したら、別領域扱いの結界みたいな扱いになるって言ってたんだよ。ミシェルさんが」


「結界?」


「此処は結界みたいなもんだ。で、結界と結界をぶつけるとだな。強度が高い方が勝って侵食されるんだが、異相ってのは通常の時空間の層に重なってても別領域扱いで何も存在しない領域だから、結界としては無の領域、全てを拒絶する結界に近いとか何とか」


「エレミカ。分からないよ?」


「つまり、殆どの連中はさ。異相に行けたり、異相から帰って来れたりはしても、異相と現実を殆ど繋げられないんだよ。でも、お前は出来る。その領域をこっちに引っ張り出したら、ソレだけでこっちの本来存在しないもんを破壊出来る、かも?」


「かも?」


「そうそう。引っ張り出すのは空間制御が必要なんだが、確か……グラビトロ・ゼロは?」


『この車両に搭載されているのは高重力源のハイスペック品です』


「この車両2台分の重力結界であっちの空間をこっちに落とし込めば?」


『……空間制御に詳しい魔導師がいれば、可能です』


 その言葉に明日輝の後ろから悠音が乗り出した。


『あたし出来るわ!! 空間制御系の魔術習ってるもの!!』


「お願いします。悠音さん」


『あはは。悠音でいいわ。本当は年齢外見と違うし』


「へ?」


『実はお姉様とあたしってリトちゃんくらいの年齢なんだ』


「マジ?! え!? え!?」


『マジマジ。つまり、クロイさんがやりたいのって異相側の空間で無理やりこの領域を割りたいんでしょ?』


「じゃあ、ええと、お願い出来るか? ユーネ」


『お姉様』


『ええ、やってみる価値はあるでしょう。ちなみにクロイさん。引き出した領域で何処を?』


「勿論、中枢を」


『ですよね。準備に掛かります。最適な場所を算出して下さい。百式ちゃん』


 明日輝が頼むとすぐにCGで城の内部構造や中枢までの順路が表示された。


 多くは分からないままに塗り潰されているが、それでもその領域はゆっくりと書き換わり、解析が進んでいる事が伺える。


『既に完了しています。此処から先3km先の城の直下、地下400m地点です。大規模儀式場のある地下最終層から10層程上の地点ですが、広く周辺を見渡せる領域があります』


「現在の火力で術式展開中に護り切れるか?」


『はい。敵の量にも拠りますが、40分弱は制圧し続けられるはずです』


「じゃあ、指揮官として異相側からの空間誘因で中枢を破壊。もしくは其処までの道を作る本作戦を承認する。リト、メイドさんもいいか?」


「……うん。ボク頑張るよ。クロ」

「!!」


「リトは能力で引き続き隠蔽。メイドさんは看護。エレミカは百式ちゃんの指示に従ってくれ。ユーネは百式ちゃんと一緒に重力源を使った重力結界での誘因用の術式記述を。アステルさんはそのサポートと周辺警戒を。オレは虚兵内でもしもに備えて待機する」


 全員が頷いた。

 彼らは襲い掛かる化け物達の巣の中で怯む事なく。

 己に出来る限りの力を以て抗い始める。


 二両の黒武は化け物達に気付かれる事なく地下へと潜り込む通路を直走り、全員が各々の役目を全うするべく、仕事に掛かるのだった。

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