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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第177話「夜明けに集う者達」


 ゾンビ禍に見舞われた世界で早々に落ちたアフリカであるが、その人口の多くは逃げ出す事が出来なかったというのが一般的な認識だ。


 理由は先進国がアフリカの航空機を受け入れず。


 移動制限と厳格な難民申請制度を課したから、というのが半分。


 もう半分は純粋に彼らには逃げ出す時間が足りなかった。


 アフリカにある人を大量に載せられる航空機や船の殆どは所有者が先進国企業ばかりであり、ゾンビ禍が広がって以降は大半が密入国を畏れて、アフリカに寄港しなくなった。


『当時は不法入国に何処も厳しくて。結局、妻も娘も連れて来れませんでした』


『それは……心中お察しします』


『いえ、でも、日本側も骨は折ってくれた。我が国の国民に対しても……実は妻や娘は今オーストラリアの居住区に……週に3回程連絡を取ってるんです』


『これは失礼を……』


『いえ、ですが、私は幸運だ。他の同胞の多くはあそこで今も死んだ事すら分からずに彷徨っているのだから……』


『………』


 不法に他国へ密入国しようにも手段が途絶えてはそれも敵わない。


 ヨーロッパへの脱出手段は限られていた上。


 ゾンビ禍の流行は北部からのものが大半であった為、アジアやエジプト経由での脱出も難しかった。


 結局、右往左往している間に時間切れになったのだ。


 故に今もアフリカ大陸の内部には人口の半数以上がゾンビとして残っており、数百年前に言われていた通り、暗黒大陸と化している。


 それはヨーロッパも同じではあるが、アフリカは低インフラ国家ばかりであった事からネットを経由して今もユーラシア内部の生きているカメラがハッキング出来ていたりするのとは正反対に内部を見通す事は不可能となっていた。


 衛星からの情報こそ入っては来ていたが、人類生存領域に残る国家の多くにとって、最も重要なのは大規模な穀倉地帯や石油が産出する中東や東欧であった為、ユーラシア奪還や北米奪還は取り沙汰されても、アフリカ大陸奪還はまったく議論には昇っていなかった。


『アフリカ奪還。何度、その話を先進諸国の亡命政権に行ったか……でも、実際にソレがあまりにも荒唐無稽な事は我々が一番よく分ってたんですよ』


『ご苦労為されたのですね……』


『そもそも我々には提示出来るものが何も残ってなかった。人的資源は全てゾンビとなり、金融資産はそもそも意味が無くなり、資金の源泉たる資源は無く。何より身を立てる技術というものが存在しないというのがこれ程に堪えるとは当時の政治家達は思っていなかったでしょうな』


『それで技術振興を?』


『ええ、科学技術やサーヴィス事業への投資と人材の教育なくして何れ来る人類の夜明けに我々はまた先進国の食い物に成り下がるしかない。そう思ったのです』


『なる程……』


『提示出来るだけのモノを我々は自分の手で育てなければならなかった。先進諸国の亡命政権の多くが知財やコア技術、熟練労働者や技術者、研究者などの人材提供で人類に貢献している姿は我々に出来ないものではないと証明したかったのです』


 金属資源が豊富なアフリカであるが、一部のレアメタルに関しては代替技術が加速度的に開発されていた事もあり、問題にはならず。


 金属資源の多くはリサイクルを限界まで突き詰めて核融合炉によるエネルギーの無尽蔵な供給で解決するに現在の人類は至っている。


 この点でアフリカを祖国とする亡命政権の多くはアフリカ奪還というものを事実上人類生存領域の人々に行うに値すると説くのを諦めていた。


 独裁国家は倒れ、過激な民族主義者や宗教の過激派も倒れ、ついでに多くの国の亡命政権は日本と同じようにその国の法規内での民主政治態勢に移行。


 不正を働こうにも電子決済やら諸々の情報処理が他国のインフラに一元化されている上、資金の殆どを他国の経済に依存している関係で不可能。


 これで今までアフリカで既得権益を得ていた層は消滅した。


 残ったのはアフリカ系のインテリだとか。

 祖国から逸早く逃げ出していた学生だとか。

 勉強が出来る層ばかり。


『当時のアフリカを牛耳っていた多くの独裁的な政権は極めて民族主義や腐敗する政治家を大量に生み出しました。だが、その温床が我々の未開さにあると先進国から暗に言われた時、否定出来る材料が乏しかった』


『そうなのですか?』


『先進国なら有り得ないような呪い師の事を鵜呑みにして白い子供を細切れにして幸運の象徴にするような連中がいた。犯罪率は目を覆わんばかり。強姦率や強盗、窃盗の率も極めて高かった。過激な民族主義者や宗教過激派も横行し、政府と反政府ゲリラの戦いで多くの国民も疲弊し、難民となり、死んでいった……』


『………』


『全て消え去ってうんざりしていた私の心は実際晴れました。ですが、それと同時に虚無感にも襲われた。我々は滅び以外で自分達を改める事が出来なかったのだろうかと。亡命政権で政治に携わり、民主的な態勢で腐敗無く運営を行うようになって、強くそう思えたのです』


 現地から送られてきた子供に他国の政策に従って教育を施さざるを得ない関係上、もはやアフリカ内部でやっていたような愛国教育、選民的な民族教育すら不可能となっており、民主主義が今こそアフリカ諸国には花開いたのだ、なんて皮肉交じりに言われる始末だった此処数年。


 多くの亡命政権を担うようになった海外に活路を求めていたアフリカ系人材の多くは祖国の酷い内情を憂鬱に思いながらも、未来にはこうすまいと戒め、とにかく子供達の教育に力を注ぐ事が多かった。


『今も我々の中には嘗てのような気風を引きずる者もおります。ですが、この国で子供達は育った。次の世代にとって世界とは民族でも愛国でも金でもない。倫理と技術と知識、多くの文化的で平和的な代物として認識されるでしょう』


『そうですか……』


『まぁ、そもそもそういった層が若者となった時、自分の国……荒廃した国家に戻りたいと思うかは別ですがね。戻りたいと願う層がいてくれれば、彼らには先進国のような生活をする為に何が必要なのか。それがどれだけ険しい道なのかを教育していくつもりです』


『いつか帰りたいと思う人も出て来るでしょう。きっと……』


『そのような国家を作らねばと思わされます。異世界に来て尚、己を貫き、己の国家を打ち立てようとする貴方達のようなフロンティア・スピリットのある方達を見ればね』


 現地の言語がペラペラな子供達と先進国の傀儡と揶揄される人々の亡命政権内部には嘗ての祖国を取り戻そうという機運は0に近しいものであった。


 それでも他国にいた祖国を思う層の多くは望郷の念を捨て切れず。


 今、騎士団の東京本部などで事実上のアフリカ奪還……いや、どちらかと言えば、ゾンビの掃討作戦と経験値稼ぎの状況を見る事になっていた。


 国土が取り戻せるかもしれないというのは一縷の望みである。


 今ならば、過激派も腐敗した政治家も独裁者も0であり、先進国……善導騎士団からの国家の立て直しに関しての様々な恩恵も受けられる。


 そう思えば、嘗ての同胞を駆逐していく善導騎士団の快進撃を彼らは複雑でこそあれ、感謝はしていたのだ。


 騎士団の一般隷下部隊の一部隊長達。


 彼らしか、その場にはいなかったが、今後ともよろしくお願いしたいと握手を求めて来るアフリカ諸国の亡命政権重鎮達に誰もが祖国への愛と涙を……絶望を見て尚希望を求める瞳を見たのだった。


『え~~では、これより機動要塞理論に付いての講義を始めたいと思います』


 そんなアフリカでのローラー作戦を見つめている人々が交流するモニタールームから4層程下にある講義室には善導騎士団の隷下部隊や騎士見習いから引き抜かれた研究職に向いている層が人材育成という名目で新理論の話を聞いていた。


 講師役は白衣の研究者。


 陰陽自研で建築と車両、航空機などの改修に関わっていた者達の1人だ。


 彼の前には老若男女40人程の人間がズラリとデフォルト・スーツ姿で座学用の小型端末からディスプレイとキーボードを魔術で顕現させていた。


『この理論は極最近。騎士ベルディクトがまとめ終わったものであり、その各種の要素の多くは建築や車両、航空機を造る際の知識で構成されます。無論、既存のアーコロジー計画や月火星移民脱出計画などの国連内部で秘匿議論されてきた技術的な成果も含まれていますが、そこからの引用は1割にも足りません』


 周囲に理論の大本となった幾つかの知識が開示される。


『然して難しいものではない。要は全てを統合して世界を産み出せないかという思考実験をした際に九十九が可能と判断した事で我らが魔導騎士が真面目に組んだら上手く行きそうだから、この知識を他の部下にも共有してもしもの時に備えようというのがこの講義の趣旨です』


 白衣の男が肩を竦める。


 実際、彼にしても理論の半分より少し多いくらいしか未だ理解には至っていなかった。


『まず、移動する乗り物という定義を惑星などの数kmから数百、数千、数万kmの代物に変更して下さい』


 乗り物=地球の図が虚空に映し出される。


 それだけで随分と多くの人々が胡乱な瞳になりそうになったが、今更常識をこの場で持ち出さないで欲しいと真顔の自分が頭に出て来たので止めた者が多数。


『今まで我々は乗り物を動かす燃料や乗り物の重量に大きく支配されて来ました。馬力を増やせば重量も増える。現実的なエンジニアリングで巨大化出来る内燃機関には限界がある。核融合炉とて出力と大きさは比例してこそいるが、無限エネルギーと言われたところで無限に稼働出来るわけではない。その上でコストも極めて高い。それを減価償却するには長い時間が掛かる』


 今までの常識が彼らの周囲の虚空にデータとして並べられた。


『超小型の核融合炉は陰陽自研でほぼ完全な代物が完成しましたが、それもデリケートで扱い難いのは変わらない。最終的に問題なのはリソースとコストに見合った現実的な能力が備えれるか、というところなのです』


 その言葉と同時に次々に陰陽自研で現在も研究され、完成され、アップデートされ続けている理論や現実の技術、エンジニアリングの情報が大量に表示されていく。


『この点で陰陽自研において制作されたグラビトロ・ゼロは抜群の能力を有します。最初に膨大なリソースとコストが掛かりますが、魔導を主とした制作技術と全ての資源を騎士ベルディクトが賄う事で量産体制が整いました』


 そのコストの限界圧縮された様子が普通に製造した場合と比べられて9割削減という現実の値が示されて、誰もが本当にウチは騎士ベルディクトいなかったら何も回らんのだなと再認識する。


『耐用年数が基本的に10万年単位である事や時空間関連の多種多用な術式の補助機関として、現実的な動力源としては恐らく核融合炉を遥かに凌ぐでしょう』


 次々にデータが周囲に表示されていく。


『玉の周囲に浮かぶ4種類の螺旋状のリング。これを選り合わせたオービット・リングと呼ばれる人類の量子重力学の叡智……』


 グラビトロ・ゼロ。

 重力消却炉。

 それは巨大な叡智の結晶。


『ディミスリルという触媒とそれに空間制御術式を刻む事で現実的な重力制御や重力消却によるエネルギー変換を可能とする脅威の動力機関はSFではなく現実となって今や各地で実働データを取り続けています』


 北米、日本、イギリス。


 また、ASEANやオーストラリア各地にもその反応が光点として表示される。


『人類が今まで持ち得た最先端の叡智の多くは現実に何の実現性もない理論先行の代物ばかりでした。ですが、ディミスリルと魔術によって現実に理論を応用出来るようになった事で一気に花開いたのです』


 次々に生み出されている端々の諸技術は元々から存在していたものをディミスリルというテコで動かして更なる飛躍を遂げたものばかりというのは騎士団でも陰陽自でも常識だ。


『第八研究室の魔導量子力学による超弦理論の現実的なエンジニアリング工程が先日示され、実際に理論構築された九十九の仮想空間内でのシミュレーションでは99%以上の確率で実現可能と出ました。お解りですか? 遂に人類は物質の根源たる素粒子に至るまでその支配範囲を及ぼせるようになるのです』


 ガリガリと彼らの前には大量のデータが書き出されていく。


『分室では魔導量子ゲート理論の先行によって現在量産化された魔導量子ゲート理論最大の成果であるロスの無いゲートを用いた|3DMHCT《サード・ディメンジョン・ディミスリル・ハイ・クラフト・チップ》の開発が進んでいます。九十九に搭載されているチップの更なる小型化と高性能化は目前との話です』


 世の中が音を立てて崩れ落ちていく。


『波動錬金学と量子力学の融合において今後実装され得る理論を用いた武装の多くは正しくSFと呼ぶべき代物ばかりでしょう』


 現在も更新が続いている標準装備の基礎的能力の向上と多様化はバージョン違いだけでもう30種類を超えている。


『それらを基礎として現代科学が積んで来た幾多の技術が更なる飛躍を見せているのが現状です。建築設計がディミスリルを用いる事で更に単純化出来るのを敢て、そのままにすれば、それだけで強度や耐震設計上の能力は数百倍から数千倍』


 次々にその実データが映像として爆薬に吹き飛ばされる家屋と残る家屋のような形で示される。


『同じように動力機関を積んだ乗り物もディミスリルに置き換えるだけで従来性能を大きく超え得る。それを更に最新の叡智と理論で補強。こうやって出来た成果物が二つ。現在、実用化されました』


 其処には先日不良達を集めて送り出し、現在太平洋を横断中の国家が在った。


 巨大な陸地とも呼べるだろう金属の塊が浮いている。


 都市を載せてだ。


 また、アフリカで未だに作戦行動中の巨大なバイク型の戦艦にも見えるソレも次々にゾンビ達を狩る姿はまるで動く要塞であった。


『機動要塞理論とは言わば、宇宙において将来的に作られようとしていた居住用コロニーとも違い。《《戦える世界》》を産み出す為の代物です。現実的な要求として無限の兵力を有する敵と戦い、勝ち切る為にはどうしても後方という世界を蔑ろには出来ない。故の苦肉の策なのです』


 世界各地の人口数億。

 その人口分布が世界地図と共に示される。


『この莫大な人口を支える人口世界を創る為に全てを結集。結界術式や冶金工学、建築技術が土台となり、鋼材としてディミスリルを主原料とし、重力軽減合金による重量軽減で運用コストの劇的な改善を見込みます』


 実際に耐用年数的にもはや常識的な年数を遥かに超える千年万年単位の長期運用のプランが提示される。


『それを更に無限機関の動力で賄う。此処に無限の物質を産み出す事が出来る術式を加える事で自己完結した生産性を有する大規模な世界を構築するのです』


 彼らは見る。


 今も全国の大深度で全ての建築業者、土建業者、大手ゼネコンが全てのマンパワーを動員して造り続けている日本地下大深度要塞化計画。


 神話の黄泉平坂の名を冠した世界の姿を。


 次々に新技術を投入された北米二都市の巨大なディミスリル化された市街地を。


 日本の首都東京が今もまた建て替えられて結集されていく巨大都市圏を。


 イギリスで再構築されたディミスリル製のシェルター都市群やベルズ・タウンを。


 全てが全てこの短期間で人類が得た成果であった。


『現在、ASEAN、オーストラリアの各地ではシェルター都市の建設が開始されました。イギリスの要塞建築で鍛えられた精鋭工作魔導師が各地に派遣され、現在ディミスリル・ネットワークを用いる事で騎士ベルディクトのように大量の物資の転移による移動と巨大建築用の資材構築が進んでいます』


 各地で次々に着工している様子が映し出される。


『用地として大都市圏と元暗黒街の用地を取得。各地の難民の収容も開始されました。小さな村落も土地毎移転して出来る限り、日本をモデルにして人口の密集と分散を行っています』


 巨大シェルター都市や大都市圏の背の低いカラフルなビル群の発達は目に見えて日に日に大きくなっていると分かるくらいには進展していた。


『此処にいる人員は知っての通り、今後転移封鎖用の結界が世界各地に儲けられるに当たっての用地の解析も滞りありません』


 選定された世界各地の地域ではその場所の動植物の移動や保存、魔導による土地の移転から鉱物資源の採掘まで大規模に開始されていた。


 露天掘りしている様子は正しくこれから何かを此処に建てますと言いたげであるが、その巨大な穴を結界で隠蔽している魔導師達は昼夜途切れる事無い作業に尽力している。


『これに従って各都市圏の武装要塞化は秘密裡に四騎士やBFCが気付いた時には完了しているでしょう。問題は―――』


 初めて此処で白衣の男が眼鏡を僅かに押し上げた。


『問題は人類側の戦力が最終的に相手へ競り負けた場合です。敵主力である四騎士は地球から離れた場合は殆ど無力化出来る事が九十九によって保障されている為、その場合は地球放棄と共に最終作戦のプランBが発動されます』


 技術者には知らされている。


 そうでなければ、機能を詰め込む時間が足りない故に。


 その作戦は人類の敗北を意味した。


『そう……地球を消滅させて別惑星もしくは人工惑星の構築による移住拠点化計画です。この時、ディミスリル・ネットワークとディミスリル化された大都市圏を地球外に転移退避させるオペレーションが立案されており、動かないシェルターなんてお飾り以上に要りません。もうお分かりですね? この機動要塞理論の目指すところは人類を永続的に逃がす為に必要な箱舟でもあるのです』


 彼らの前でやけにリアルな地球最後の日。


 Z化やゾンビの無限増殖で埋め尽くされた大陸や人類生存圏が罅割れて、宇宙へ都市圏が離翔していく映像が流される。


『最終手段ですが、現実的に有り得るという点で備えないわけにもいきません。四騎士のような時空間や次元に干渉可能な程の相手にしてみれば、破壊するのが容易ではないという点では難敵。こっちからしてみれば、破壊されても修復の方が早いとなれば、一番良いのですが、中々難しいでしょう』


 相手の取り得る様々な攻撃方法が大量に予測されて、提示される。


 その殆どにおいて人類は内部に四騎士が侵入して皆殺しにされていた。


『故に戦闘可能な人的資源としての後方部隊の強化は必須です。彼らが神にすらも抗える力を手に入れた時、ようやく機動要塞は相手に立ち向かう力として駆動する事になるでしょう』


 と、概略をようやく述べ終えた白衣がニコリとする。


『というわけで此処からが本題です。細部に渡り、理論を全て学ぶのは現在の状況では愚の骨頂。分業にしましょう。レベル創薬の補完薬は此処に……後は皆さんに各地の建築現場での実経験を積んで頂き。プランニングから建築完成までの工程を一通り行って貰います。ぶっつけ本番ですが、失敗は許されません。期待に応えて人類を救って下さい。無論、全ての支援は行われます』


 無茶振りであった。


 だが、誰一人として逃げ出そうと思う者はいない。


 今、白衣の男は魔導騎士に乗り移られているかのように全てを代弁した。


 彼らはソレが出来ると見込まれて集められたのだ。


 それが出来ないわけもない。


 実際、そうなる為に必要な最低限度以上の実力は確かに持っている。


 ある者は建築系の技術知識に秀でた建築士。


 ある者は巨大なプラントを設計している技師。


 ある者は軍用車両に関わった重工企業の主任。


 他にも全員が何かしら機動要塞理論に取り込まれた成果に関わっていた。


 こうして厚みを増していく人材達の高度先鋭化は進む。


 誰が死んでも誰が失敗しても代わりがいれば、問題無い。


 1人の英雄や天才よりも100人のスペシャリストを。


 それが善導騎士団における人材の育て方であった。


 *


『こちらトニー・スタリオン。感度は良好かな? リスティアさん』


「うむ。問題無い。通信は感度良好じゃ」


『こちら兵器部門の田沢だ。何か違和感はあるだろうか』


「いや、問題無い。フィックス機構立ち上げから己の身体のようじゃよ」


『こちら医療糧食部門のコニーよ。エイド・ジェルの感触や匂いはどうかしら? 問題無い?』


「薬っぽくないのは助かるのう。ちょっと薫るのが樹木みたいな匂いなのも良さげじゃ」


 アフリカ中央。


 現在、砂漠化が進む地域において上空200mを飛行する物体があった。


 痛滅者だ。

 だが、ただの痛滅者ではない。

 最新Verである。


 未だ訓練以外で使われていない最新の2機種の能力と旧いVerのアップデート装備を全て兼ね備えたフルスペック版である。


 最新の二種類の違いは近接型か遠距離型かの違いであった。


 近接型は両腕と至近での超音速越えの戦闘時の加速や機動を限界まで突き詰めた慣性制御特化型であり、接近しての敵との戦闘では1秒で凡そ30連撃。


 数十合は剣で四騎士と打ち合う事が想定されている。


 回避パターンや攻撃の手数で相手の対処能力を飽和させる瞬間的なDCB機能の向上で一撃で堕とされるような事が無くなり、回避能力も極めて高い。


 強化された両腕のフレームは背後のキメラティック・アームドの小型版を数機内蔵しており、それ自体が今までの痛滅者の機能を入れ込んだに等しい性能だ。


 全ての武装を短距離速射型のアドバンス・アサルトによるマシン・カノンと化月に変更し、手数で押し切る為の機能に特化された。


 無論、後方のメインバーニアとして用いられる翼も肥大化して強化されてこそいるが、被弾面積を小さくする為にディティールはより先鋭的になり、流線的なフォルムが多用され、パーツの質量凝集と防御力の増加、軽量化を同時に重力軽減合金で可能としている。


 これを騎士団では【飽和攻撃型(ラッシュ・ダイバー)】と呼称する。


『こちらトニー。通常機動能力は落ちてないようだ。統合運用は良さげだな』


「うむ。動きが制限されるような感覚は無いぞ」


『こちら田沢。後で各種の兵器類を同時連携使用するデータを取らせてくれ』


「了解じゃ」


『こちらコニー。最大加速の5割で機動してみてくれないかしら? ジェルの流動制御で耐圧対G能力が大丈夫か確認したいの』


「了解した。1分後に開始するのじゃ」


 これに比して遠距離型は相手の精密な捕捉能力と解析能力に長け、長距離射撃と飽和殲滅攻撃を相殺する大規模反撃機能、マス・カウンターを指向する超火力を用いる。


 翼の数を4機に限定。


 キメラティック・アームドの大規模化と高性能化を果たした。


 敵が近接格闘を仕掛けて来た場合に高練度技能と同時に繰り出される空間や次元を用いる攻撃を逸らす事も可能だ。


 無限者基準のグラビトロ・ゼロを内蔵する改装を加える事で更に能力が高まった。


 亀の甲羅の如く分厚い積層化された装甲は全て自前でパージ可能。


 同時に補填可能な短距離転移による再構築機能を有し、防御面では削れた部分を即時入れ替えて高速戦闘を仕掛けて来る四騎士に対して無限の消耗戦を行う。


 最大の特徴は両脚部を用いて放たれる超火力を実現した広域展開する核融合を用いたプラズマ速射砲だ。


 ディミスリルを用いた粒子状小型端末を両脚が魔導師技能で制御空間内から補充して相手に邪魔される事なく放出。


 拡散した端末が全て錬金技能を広げる為のビーコンとして機能。


 大気内にある水素原子をその場で三重水素へと変換し、ソレを瞬時に端末が生成する小型結界内部で核融合、臨界状態に持って行ってエネルギーを投入。


 結界のみで完結する小型核融合炉として扱う事で莫大な出力を瞬時に賄う。


 これを直接プラズマを発生させる出力へと変換。


 磁界を用いて誘導。


 端末が寿命を迎えるまで延々と小型の核融合炉による熱量放射、放射線放射、プラズマ砲、プラズマ・ブレードなどの各種現象として出力する。


 無論、結界が破砕されれば、エネルギーが瞬時に解放されるし、爆弾にもなる。


 この際にDCB機能を端末に与える事で爆発の威力は魔力の激発が込み。


 幾らでも攻撃用の様々な術式を一緒に乗せて相手に嫌がらせ可能。


 攻撃、自爆、自爆後の術式展開の流れを本体が墜ちない限り延々と繰り返すのだ。


 正しく空飛ぶ不夜城。


 問題になるのは通信途絶時の処理能力を個人の魔術師技能と機体の処理能力で賄う事であるが、データ処理に関して特化されたシステムは並みの黒武3機分はある為、相手の処理能力が格上でもある程度の時間は持ち堪えるだろう。


 これを騎士団では【永続投射型パーマネンス・シューター】と呼称する。


『おお、良い加速だ。脚部の大型スラスターも邪魔になってないようで安心した』


 リスティア機が急加速しつつ、複雑な軌道を描いて空の中を駆け抜けていく。


『全体的に大型化した装備だが、至近戦闘時でも仕掛けている間なら破壊は免れそうだ。独立作動機能とパージ機能、遠隔操作機能は三位一体化したソレも今回は必要に駆られて使用する事は無いだろうな』


『加速中のエイド・ジェルの流体操作機能も完璧よ。これなら慣性制御能力が効いてる間は無茶な機動をしても偏りは出ないはずよ』


「これより防御兵装の試運転に入る」


 旧い世代の痛滅者に追加されたブラッシュアップ用の装備は最新型の二機の機能を簡易に用いる事が出来る小型のキメラティック・アームドの追加装備である。


 が、それと同時に無限者や虚兵が用いるグラビトロ・ゼロを防御兵装として加える事で連帯して四騎士の攻撃を受け止める事が出来るようになる広域拡散型の大規模連帯防御兵装でもあった。


奈落封(アビス・シェーダー)


 緑燼の騎士による一撃で首都圏が壊滅級の被害を被った後に痛滅者がエネルギーの完全枯渇で機能停止した事を受けて、装備単体で相手の攻撃を受け止める大規模な防御兵装の必要性が露呈した。


 以降、開発が進められていた代物だ。


 本来は魔力波動を用いた大規模結界能力を大量の小型使い魔化したビーコンに載せて維持するものであった。


 これはイギリスでの神を封じ込める為に使われた代物の発展形だ。


 が、グラビトロ・ゼロの登場により、より強固な代物として重力波防御帯を広域展開して、そのエネルギーそのものを無限機関に背負わせる方式となった。


 地表への落下物の減速、重力加速度の変化やピンポイントでの重力異常を引き起こす事で攻撃を逸らすなどの能力は集団戦では極めて強力だ。


 更に広域展開した重力異常を引き起こす領域内では結界内と同じように自身に都合の良い重力制御によって加速減速、攻撃力の増加、相手の攻撃の減殺や攻撃そのものを逸らす機能までも追加された。


 一種の敵能力の弱体化結界、拘束結界と自身の能力を増す能力増強結界が一体化したものに等しいものとして成立した。


『九十九との通信途絶環境下でも使い手次第じゃ攻防の能力増強機能に特化して用いる事で十分に役割は果たせそうだ』


『そうね。確かに防御兵装とはいえ、重力制御ユニットだものね。殆ど』


『限界まで処理能力を使えば、DCB機能で四騎士を瞬間的に上回るかもしれんな』


『相手を殺せなくなりましたけどね。束縛し続ける方式はまた運用上の工夫が必要でしょう』


 これら防御帯の巨大な領域を司るのは基本的には九十九の制御能力であるが、痛滅者が連帯する事によって幾らかの代替が可能となる。


『日輪か……騎士ベルディクトが組んだ最初期の防御システムと形が似たな』


 巨大なハチの巣状の大型シールドの中央から突き出す円柱とソレをリングで蔽ったような代物こそが兵装の姿だ。


 それは嘗て緑燼の騎士相手に戦った時、鎧に積まれていた機能を彷彿とさせる代物であり、まるで仏像の背後から射す輝きを収めた代物のようでもあった。


 ソレが微細に分割されて小型化、展開。


 同時に自身の簡易バージョンを錬金技能によって次々に魔導師技能によって制御空間内から引き出したディミスリルで量産して範囲を広げていくのだ。


 シールドに内蔵された6つの小型グラビトロ・ゼロは制御中枢である円柱状の制御パーツで出力上限をアップさせた代物であり、長大な範囲で重力消却を行う機構中枢の防御を担当する。


 これが10機100機単位で1人数km単位の区画を担う事で長大なラインを形成。


 横長な日本列島などは影響範囲で完全にすっぽり収まるだろう。


 コレを装備した痛滅者が単独で動くとなれば、殆どの防御能力において数段の飛躍を遂げる事は間違いない事であった。


「むむぅ」


 加速した痛滅者。


 リスティアVerが重力場による加速と減速を慣性制御と同時に展開。


 歪んだ姿がまるで分身するかのように重力レンズの効果で尾を引いて相手を幻惑する。


 実際、重力異常を纏う事であらゆる物体の実像を歪める事が可能である事から、高速機動中の相手からの遠隔誘導攻撃の被弾率を下げる効果も期待されていた。


 事実、今のリスティア機をアフリカ大陸を蔽っている観測機器の殆どが正確な位置を捉える事も出来ずに辛うじて航跡を細く遅れて表示するのみであった。


『何か不満があるのかしら? リスティアさん』


「いや、能力を使い切ろうと思えば、切れるんじゃが……魔族専用型みたいなチューンを頼むのは鹵獲された時に怖いからのう。どうしようか悩んでたんじゃ」


『専用チューン?』


 コニーが疑問符を浮かべる。


 どうして最新型の痛滅者が2Verになったのかと言えば、単独個人の魔術師技能で処理出来る情報量には限界があり、その上で複雑な戦闘を熟す事は両Verの装備を同時乗せしても人間に不可能だったからなのだ。


 それを可能にする為の支援装備があるにはあるのだが、そうすると痛滅者の大きさが無限者の半分にまで達する5、6mになってしまう。


 こうなると劣化無限者のような扱いになってしまう上に被弾の可能性が高まり、諸々の対応がシステム任せになりがちになる事から四騎士のような超速戦闘能力を持つ敵相手では不利と判断されて機能が分離されたのである。


 現行の最新型痛滅者はセブンオーダーズが使う最新鋭機の叩き台。


 事実上は四騎士戦に投入される痛滅者のプロトタイプである。


 つまり、その能力に+αされる専用武装への処理能力の分散を考えてもあまり処理能力を要求される基礎機能は付けられない。


 結果として痛滅者の今存在する機能を全部載せしたソレは頭の出来が違う(物理)と言われる魔族の血を引いており、脳髄の処理能力が常人の数百倍以上というリスティアやヒューリ、明日輝、悠音の専用機に近しくなっていた。


『確かに魔術師技能の許容量はまだまだ余裕があるみたいだけれど、通信封鎖下の機体単独での最大効率なら、それも半分くらいまで使うんじゃないかしら? それに生身での術式生成や他の戦闘技能の補助を割り振れば、7割くらいまで使い切れるかと思うけれど』


「解っとるのう。コニーとやら。確かにそうなんじゃ。だが、残る3割は使い切れておらん。自分の能力を完全に使い切らねば、四騎士など倒せない相手じゃ。倒せすらしなくなった以上は何かしらの単純処理以外に頭を使いたいもんなんじゃが……」


『そうね。それは確かに……でも、魔族連中に鹵獲された機体の事もあるから、さすがにって遠慮する気持ちは分かるわ。でも、それなら更に高性能なものを造ればいいだけよ。ね? 皆さん』


『そうだな。その為に我々はいる』

『ああ、オレ達に任せてくれないか?』


「お主ら……うむ。分かった。では、何か案を後で出そう。どうなるにしても、我らガリオス王家四姉妹以外にはベルかフィクシー。ああ、後カタセしか乗れんじゃろうしな」


 そう納得したリスティアがテストを数分で終える。


 そして、下方に見える大陸各地の支援任務に移ろうとした時だった。


『こちらイギリスHQ。アフリカ中央部の部隊がBFCのモノと思われる生産設備を確認。内部へ捜索部隊が出ているが、周囲をカバーする部隊の制圧領域の間隙が広くなっている。現在、MZGが複数個南下中。手隙の―――』


「はいなのじゃ~~(; |`д|´)」


『了解した。試験運用中の痛滅者VerΔ機にデータを送信する』


 リスティアがすぐに手を挙げて、中部で確かに集まって来ているMZGの群れを眼下に見やる。


『リスティアさん。マス・カウンター機能は広域殲滅機能にもなるわ。やってみて頂戴。MZGのデータはもう取れてる。遺品回収は要らないから、フルでお願い』


「分かったのじゃ。では、さっそく試してみるかのう」


 リスティアが得物となる50万単位のゾンビの群れに数キロ先の空から脚を僅かに向けた。


 途端、脚のバーニア付近から金属粒子にも見えるものが大気に攪拌されて広がっていく。


 その広さは数十秒で8kmにも及んだ。


「ではでは、ビーコンから結界を生成。大気の湿度は40%くらいかのう。ま、三重水素生成には問題無しと。結界起動、錬金技能解放、原子変換開始……爆縮、核融合反応を即時臨界へ」


 次々に銀の粒子が広がった空域で無数の輝きが灯り始める。


 何も無いように見える虚空に超小規模の結界が発生。


 核融合反応のスターターとして微量のウランと三重水素を用いて核融合反応をスタート。


 魔力の転換で得られたエネルギーが投入され、同時に核融合反応が継続。


 3秒で通常の商業用核融合炉の10分の1の出力を持つ結界が無数に生成された。


「エネルギーを抽出して磁界で形成して~~プラズマ・カッター? ブレード? まぁ、何でもよいか。取り敢えず放出ではなく固めて効率上げるかのう。発射じゃ」


 虚空で結界から食み出した核融合反応の塊が3m程の剣の如く形成されて、射出された。


 猛烈な速度で空から降る球状結界とソレから迫出したプラズマ・ブレードの雨が即座にMZGを蹂躙。


 燃え上がる暇も無く昇華しながら、地面から今度は横薙ぎで無数の胴体を消し去っていく。


 高熱で燃え上がる残渣と大地が瞬時に炎の海へ没し、その速度は時速300km近い濁流となって各地のMZGを呑み込んだ。


 やがて、ビーコンの寿命が尽きた瞬間。


 魔力を解放して爆発した結界が次々に術式を展開。


 爆風に乗って周囲のゾンビ達の肌に張り付いては北米の大穴で使われていた乾燥術式を稼働、水分を飛ばしてカラカラに干乾びさせ、炎で跡形も無く灰にしていく。


 1機だ。


 たった1機で20km四方にいた総勢数十万のMZGが20秒も経たずに跡形も無く焼滅したのだった。


「うむ。大成功じゃ」


『こちらイギリスHQ。リスティア機は通常任務に戻られたし……(´Д`)』


「了解なのじゃ~~ん~~大分、スッキリしたのう」


 様子をHQで見ていた多くのオペレーター達は思う。


 痛滅者がヤバイのか。

 それとも搭乗者がヤバイのか。

 きっと、どっちもだろうと納得はしたものの。


 それでも普通の部隊なら武器弾薬だけでどれだけ消費すれば倒せるか知れたものではない数の敵が10秒単位で殲滅という憂き目にあった事を菩薩のような心地で見る以外無かった。


 だって、そうだろう。

 これからもっと酷い戦場に向かうのだ。

 相手は百億単位。


 下手したら数千億から京単位かもしれない物量で攻めて来る事が想定されている。


 それを前にしては人智の及ぶ力なんて誰一人として救えはしない。


 これを頼もしいと言わずして、彼らは前に進めない。


 騎士団も陰陽自もそれは同じであった。


「それにしても日本は大丈夫かのう。ああ、早めに任務終わらせて帰るのじゃ」


 こうしてアフリカのローラー作戦は手助けという名の痛滅者の運用試験を行うリスティア機の援護もあり、順調に1日400km単位で進んでいくのだった。


 無論、各地に焦げた大地を残して。


 *


「狂っているのね。彼ら……」


 アフリカの大地が悲鳴を上げている。

 砕けた大地に炎獄の惨禍が降る。

 その只中で1人。

 黒い鎧の女が佇む。

 それはまるで似通っていた。


 何と?


 四騎士と呼ばれる者達と、だ。

 いや、今は三騎士と呼ぶべきだろう。

 何せ、1人は滅ぼされている。


 七体の頚城。


 内の4体は最後の大隊側にあった。

 そして、3体が米軍の手にあった。


 だが、四騎士の1人が失われ、一体は善導騎士団へ。


 南極の1体は何者かに奪われ、四騎士の1人も行方不明。


 二体の騎士が遺跡周囲に陣取るも北極の争いには参加せず。


 三沢にあるはずの米軍の最後の1体は何処かへと消えた。


 だから、彼女は7体の頚城ではない。

 それは彼女が一番良く分かっていた。

 大門の頚城は密かに騎士団へと回収され。


 残る頚城は2体。

 魔王の頚城。

 神の頚城。


「何故、狂っているのかって?」


 彼女は炎獄の中で己の耳に訊ねる声へ笑う。


「だって、そうじゃない。人間が狂えずにどうして大地を焼き、世界を壊すというの」


 尤もな話だ。


 善導騎士団は数多くの大地を焼いた。


 日本、イギリス、北米、南米、ASEAN、アフリカ。


 敵を倒す為に世界を壊しても平然と言うのだ。


 必要な事だったのだと。


「それに見なさい。彼らは笑顔じゃない。ああ、本当に狂っているわ。だって、人間だった人達をああも地獄の炎に投げ込んで、恐ろしい弾の雨で砕いているのに笑って任務とか言うのよ?」


 まったくその通り。

 ああ、彼女の言う通り。


 それは正気に返れば、狂っているとしか言いようが無い。


「もっと人間というのはね。暗い顔をしているのものなのよ。この滅びの最中にあって涙を流すものなのよ。感情を麻痺させて、地獄を今日も笑って飛ぶ、だなんて狂人以外の何者だと言うの」


 彼女は思う。


 本当の人間というのはもっと心根が優しくて、死んだ者に涙して、懺悔しながら、後悔しながら、弔いを丁寧にして、あるいは小さく嗚咽して、ごめんなさいと言う相手の事だと。


「彼らは狂っているの。だから、決して許してはいけないわ。ああ、狂った狂人を許してはいけないわ。神の頚城に誓って……我が主に誓って、来るべき日に入れない狂人共を許しては……」


 女は涙していた。

 嗚咽していた。

 顔から涙を流していた。

 肉片すらも無い。

 眼球すらも朽ちた。


 骨だけの彼女はそう狂った人間達の断罪を決める。


「ああ、あの方が私をこの穢れた不浄の大地に遣わしたのもきっと……彼らのような狂人を打ち倒せという思し召し……ああ、ああ……不甲斐ない四騎士。打ち倒されてしまうくらいのちっぽけな彼ら……何て可哀そうなの……やはり、才無き者に大いなる力を任せるべきではなかった」


 彼女は謳うように紡ぐ。


「狂人よ。汝、狂気の申し子達よ。汝らに罪在り。再審の刻限よ。ああ、願わくば、あの才無き無垢なる仔羊達に栄達の道がありますように」


 彼女は、骨だけの彼女は何もない眼窩から響くような美しい声で言う。


「狂いし者に断罪を。正しき罰と贖いを。何と穢れし獣達。悔い改めるがいい。神は屍也。汝ら赦しに能わず」


 黒き鎧の兜の額。

 そこに刻印が浮かび上がる。

 巨大な円の左右に翼という紋章。

 嘗ての教会が主、御神と呼ぶ時。

 教会の主神を示すのがソレであった。

 それは七教会勃興後も変わらず。


 ただし、それを信奉するものは旧教会派と呼ばれる者達のみとなっていた。


 善導騎士団のレリーフにも似ている。


 黒の鎧に浮かび上がる紅き刻印は今も進軍を続ける善導騎士団の装甲車両や機体に刻印されたレリーフと相反するものにも見えて幽玄に輝きを零すのだった。


「我が方程式を此処に……神の数は解かれたり」


 女は厳かに謳う。


 人類叡智と人類讃歌を以て人が人たる為に狂人を滅せんと。


 世界は進んでいく。


 だが、女は現れ、新たな道を描き出す。


 審判を下す者の如く。


 神なる屍の名の下に。


 *


 実のところ。

 バーナード中尉。


 アメリカ陸軍所属元特殊工作技官はMIT主席卒業(飛び級)という彼は言う程に自分の頭の出来が良くない事を自覚している。


 日本に退避させられた子供達の内の上位0.00001%の層の軍事に送られた人的資源である彼にとって、本当の天才とは正しくBFCの研究者達の事であった。


 何を言うまでも無く。


 彼が見て触れる最高の科学技術の成果の殆どがBFCによる被造物であった為だ。

 彼には思い付かないような本当の天才の所業である。


 彼にはまったく分からないような理論による構築物である。


 ああ、彼らみたいに頭の出来が良かったら、今頃米軍の技術開発速度は3年くらい進んでいただろう。


 だから、彼にとっていきなりこの数か月で出来た陰陽自研とやらの最新研究や最新技術の成果は目を疑うようなものばかりであり、嫉妬を通り越して笑うしかなかった。


 人類の既存の叡智を大幅にアップデートする。


 魔術や魔導と呼ばれる新たな技術との融合で。


 正しくソレは嘗てBFCが行っていた事の焼き回しに最初は見えた。


 だが、実際に蓋を開けて見れば、それは恐らく本当にBFCとはまた別の系統樹を形成する真に恐ろしい程の積み上げられた科学であった。


 全ての成果の土台は科学在りき。


 現行の科学技術に見切りを付けて異端なる技術の開発に没頭していたBFCとは違い。


 全ての技術をディミスリルという新しい物質と魔術や魔導によって進化させた。


 それこそ数百人の天才がBFCで遣り遂げたものは人々の生活に殆ど関わらない成果の創造だったが、陰陽自のソレは数千人数万人の凡人や秀才が各々秀でた才能の全てを用いて人々の生活に還元する形での成果物の創造であった。


「『ED』……君はBFCの創造物の上にある。だが、見てご覧。我らがリリー・ベイツ分隊長は逞しく成長なされた。そして、彼らに押され気味ではあるが、世界の真実とやらにも動揺してこそいるが、忠実だ」


 今、彼の同僚は装甲車両の外。

 そして、今その場にいるのは彼だけであった。


『ED』


 装甲車両に積まれる事を前提として米軍の研究機関が開発した独立支援AI。


 通信環境途絶下でも最適解を出す為に高性能AIを使う事は米軍においては機甲戦力の運用においては絶対の制約であった。


 何せ通信環境0で彼らは四騎士相手に戦って来たのだ。


 ゾンビ達に滅ぼされてきたのだ。


 だからこそ、最適解を出し続ける高性能AIが、処理能力に比例しない間違わない判断能力が必要になった。


 EDはその最終試作型。


 最初の機体はOPと呼ばれていた。


 このAIが彼女リリー・ベイツにとってあまり良いモノではない事を近頃よく彼は認識する。


 EDは従来の非ノイマン型の学習機能付き、ディープラーニングのような試行回数を増やして状況判断のデータを無数に取り込んで精度を上げるソレとは根本的に異なる。


 その真骨頂は多くのAIとは違って未来予測ではなく。

 閃きという一点に絞られている。


 人間の閃きというのは殆どの場合、今まで自分が磨いてきた叡智や状況判断の成果から積み上げた予測や予想、直感のような分類にある事象だ。


 ソレは外からの入力によって維持されているが、既存AIのような大量のデータに裏付けられた代物でない事は確かである。


 ならば、どうして閃きという分野において人間とAIに格差が生まれるのか?


 未知の事象に対して人間が思考する事とAIが思考する事の何が違うというのか。


 今やAIの能力は部分的ではあるが、完全に人間を超越した。


 それは囲碁、将棋、チェスなどの数学的な値が絡むゲームは元より美術や芸術の分野にも及ぶ。


 だが、それがもしもTRPGやアナログな会話を交わしながら行われるようなゲームになれば、途端に精度は消え失せ、ロクな反応が返って来ない。


 EDはそんな現状を打破する新機軸AIとして開発された。


 本来の名称はクルーシュチャ方程式型自立量子オペレーションAIシステム。


【END OF DESTINY】


 嘗てBFCが発見した遺跡から抽出する事の出来た驚異の方程式を用いた曖昧性の高い事象を予測演算するAIプログラムだ。


 クルーシュチャ方程式と仮に呼ばれるソレは異世界たる大陸からの来訪者、オカルトが蔓延る前の科学全盛時代において、とある男が発見した代物だとされる。


 当時、まだ真空管が計算機に使われていた頃には存在が認知されており、冷戦真っ只中の時代にコレを巡って多くの血が国家間で流されたとも言われている。


 だが、その殆どは不可解な事件や様々な政治の暗闘の中で消えゆき。


 名前だけは知られたままに化石のように存在は消された。


 だが、ソレの原本となるらしき羅列。

 方程式をBFCは見付けた。

 そう、ガリオス古代遺跡の中から。


 故に彼らはソレを用いて様々な実証実験を行った。


 魔術と呼ばれる科学が認知しない別の系の力を出現させる為に用いた。


 その方程式は量子力学分野が応用されたシステムの演算において驚く程の性能を示し、特定の問題のみならず、あらゆる事象に汎用的に用いる事が出来た。


 未だ、量子コンピューターがヨチヨチ歩きの時代に本当の汎用量子計算機が誕生する切っ掛けとなったのである。


 殆どの計算機にはクルーシュチャ方程式そのものではなく。


 その方程式によって解かれた数学的な成果が応用された。


 これによって人類は未だに核融合炉を安全に運用、莫大な人口を養っている。


 農業、漁業、商業、建築業、全てがエネルギー分野の恩恵の上に成り立つのだ。


 そして、そのオリジナルの方程式を保持する米国。


 正確には米国の研究機関。


 嘗て、ダーパ等と呼ばれていた機関と他国から吸収された総合軍事研究部門は装甲車という遠征において最も基本的な兵員輸送システムにこのAIを載せた。


 ある意味では機械の判断に命を預ける事を決めた。


 限られた資材、限られたエネルギー、限られた人員、限られた処理能力。


 その全てを生かし切る為に用いられた究極のAIシステムこそがEDだ。


 EDの評価試験終了後。


 全てのデータを引き継いだ最新鋭OSが中身以外は全て出来ている装甲車両に即時インストールされる。


 その直前に起こった事件。


 ニューヨークでの出来事をEDは今も演算し続けていた。


「『ED』……君のご主人様の為に働いて見せろ。分かっているさ。君が本来は米軍も人類も現状の何もかもをどうでもいいと論じる事くらい」


 バーナード・マッケンジー中尉。


 彼は常人の皮を被って生きている。


 過去の自分の部隊での振る舞いなどしていない。


 普通の一般的なちょっと真面目な士官。


 それが今の彼だ。


 しかし、彼は恐らくこの事実上のED評価試験部隊で唯一EDと呼ばれる存在を正しく認識し、今も時折本当の顔で話し掛ける1人だ。


 彼の上官に当たるリリー・ベイツ分隊長はEDを人間のように扱い。


 事実として彼を部隊の一員として大事に育てた。


 だが、彼女は知らない。

 EDが何なのか。

 本当は何の為に作られたAIなのか。


 その本質は知らない……だが、《《心》》は掴んだ。


『変異覚醒者並びに変異原始回帰現象を記録』


「……それが君の答えか。原始回帰……今回の事案がそういう事なのだとすれば、まさか大統領はこの事実を? いや、そもそもだ。これが本当にそんな話なのだとすれば、人類には絶望しかないわけだが……そう、か……並びに、か……ははは、変異覚醒者を化け物や病人扱いしていた本国の連中は……まったく、滑稽だったわけだ」


 バーナード中尉。

 彼はクツクツと嗤う。

 まるで世界を嘲笑するかのように。


 皮肉げだが、その表情は心底にオカシな話だと世界に諦観を投げ掛ける。


「『ED』……この回答は無かった事にしろ。我らがリリー・ベイツ分隊長の為だ。いいな?」


『表層データを削除。暗号化分散処置完了』


「よろしい。BFCがどうして米国上層部を裏切ったのか。いや、過去の米国上層部がどうして奴らを裏切ったのか。ようやく理由が解り掛けて来た。まったく、愚かな連中だ。何処かの漫画かバンドデシネの悪党並みに頭が悪い」


 その言葉にEDが大量のマンガのデータをバーナード中尉の周囲にある透明なガラス状のディスプレイに表示する。


 その中では米軍所属や元米軍とか言われる人々やソレを操る政府高官の悪党が皆が皆最もらしい事を言いながら悪事を働いた理由を暴露していた。


 やれ政治の為だ。

 やれ経済の為だ。

 やれ国民の為だ。

 やれ国家の為だ。


「く、くくく、何とも皮肉だな。そうか……コレよりも下とは……本当にまったく我らが合衆国の頭の悪さには頭が下がる。いや、IQの下がる思いだ。それにしても君が冗談を言えるようになるとは分隊長の教育も中々にして侮れない。ソレは保存しておけ。何れ君が誰かを馬鹿にする時に見せてやるといい。どれだけ自分達の頭が悪いのかって事を端的に示してくれる良い見本だ」


『アーカイヴに保存』


「まぁ、僕に見せて絶望させてくれる日が来ない事を祈ろう。さて、そろそろ地下への入り口だ。隊長達はあちらの車両。データは取って置け。君のコピー……いや、君達と言うべきかな。載せられる事になる車両は少しでも高性能な方がいいだろう?」


『随時観測データは取得中』


「さぁ、仕事だ。それにしても迷宮探索とは……まったくファンタジーでもあるまいに……その能力を存分に示してくれる事を願うよ」


 彼はまた皮を被り直して善良な若き軍人であると主張するかのように通信をオンにするのだった。

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