第173話「戦うべき理由」
「大隊長殿。こっちの隔壁も閉ざされてる」
「そうか。では、掘削していくか」
「しょうがない。全部見て回るにゃ此処は広過ぎる。使い魔っつっても万能じゃないし、魔力は出来る限り温存しておきたいし、見つかるまでに距離も稼がなきゃならん」
「では、メイ殿。下がっていて下さい」
「は、はい」
カードが【占術者】にスラッシュされて二回分の魔力充填が行われ、一番小さな隔壁が抉り取られた。
ボシュリと焼き切れるような音と共に隔壁に大穴が開いた後。
先には大量の隔壁だった金属粉が広がって、すぐサラサラと音を立てて山となった。
「す、凄いですね……コレが玩具……」
メイがさすがに厚さ3mの隔壁を貫通する魔術に目を見張る。
「原理的には物質の分子結合を崩壊させているそうだが、詳しい能力はベルに聞かねば分からないな」
クローディオが先行し、隔壁先を確保。
メイを連れてフィクシーが通路の先に出て金属粉の山を滑るように降りる。
「皆さんは……本当にアリスが言っていた通りの人達なんですね」
「アリス氏は我々の事を何と?」
「大陸中央諸国の騎士団は七教会程の威力は無いはずなのにアレだけの事が出来る。きっと、余程に優秀な人材がいるんだろうって」
「自負はありますが、七教会程でもありません」
「我々はもっと早く騎士団に接触を持つべきだったのかもしれません」
メイが悔やまれるという顔で僅かに俯く。
「取り敢えず。我々は万能でも無ければ、全能でもないという事はお伝えしておきます。出来る事にはやはり限界がある。ただ、戦う事と護る事。この二つに関してはどの勢力よりも強く在らねばと考えています」
「……はい。リーダーの考えが変わらない場合はこちらで対処します。もしもの場合……ニューヨークからの民間人離脱の件も……全て任せてしまって済みません」
「いえ、仕事であり己に課した責務ですから」
「お二人さん。悪いが、前方300m先に足音がある。こっちに移動して来てんな。どっか、隠れるぞ」
二人がクローディオに付き従って通路の一部の曲り角に身を顰める。
その足音は無音の静寂に包まれていた通路に少しずつ響き。
やがて、彼らのいる付近にまで近付いてきた。
「「「………」」」
息を顰めた彼らが警戒する間にも靴音が再び遠ざかっていく。
それに一瞬だけメイが安堵した途端だった。
瞬間的にヌッと角の先から彼らを見下ろすように何か白く大きい餅のように伸びたナニカが現れ、その中央にある巨大な黒い眼球に赤い瞳をギョロリと彼らに向けた。
「!!」
フィクシーが咄嗟に玩具。
ハンマー型のソレに魔力を流して棒状から展開して殴り付ける。
振った時にまるで風船のようにベコベコと形を取り戻したハンマーが白い何かの顔面を殴り付けた。
バゴォオオッと音がする程度には相手も固く。
しかし、構わず振り抜いたハンマーの勢いにソレが反対側の壁へと吹き飛ばされてめり込みながら破砕した壁に埋もれていく。
そして、ようやく彼らはソレの全体像を見た。
角の先から餅のような白いソレを吐き出していたのは人間であった。
それも明らかに意識が無い様子であり、その顔面は全て白い細胞に侵食されており、見えない。
「ひッ」
思わずメイが顔を引き攣らせる。
それもそうだろう。
男の体は人間だった。
それも兵隊らしく小銃を握っていたのだ
「白い細胞。ヒューリ達が出会った神の眷属か?」
「オイ。言ってる場合じゃなさそうだぜ」
三人の前で壁にめり込んだソレがヌッと有り得ない程に早く動いて最初の位置まで首を戻す。
「速いな。ディオ」
「メイさんは後ろに下がっててくれ。これはオレ達案件だ」
言ってる傍から首だけが高速で瞬間移動するかの如く不規則に揺れながら近づいて来る。
その合間合間に口らしきものが割けながら構築される様子は正にホラー。
だが、5秒後に彼らの頭上に来てバクリとやるはずだった細胞の塊が首の根本から取れた途端に勢い余って壁面へと自分から突っ込んだ。
其処に追い打ちを掛けるべく。
スラッシュされていたカード効果がフルチャージで発揮される。
ボッとその壁面の丸みを帯びた頭部が中央から穴だらけになって、内部から次々に熱量でブクブクと膨張しながら最後にはドロリと融けた。
「何だ。イケるではないか」
「何使ったんです? 副団長代行殿」
「杭打ちと熱源」
「穴開けて内部から熱源にすんのか? エグイ(´Д`)」
ボチャリと白い細胞が湯気を上げながら沸騰してブスブスと炎に巻かれて煙を上げながら炭となっていく。
その間にも解析用の魔導方陣が首から下の肉体の周囲に展開され、観測が開始された。
「……細胞片の侵食を確認。悪いが死体は残せないようだ。再生するぞ」
フィクシーが油断なく籠手の魔力弾で男の体を燃やし尽くすように放射魔力を熱エネルギーに転化して吹き飛ばした。
吹き飛んだ肉体が白い細胞に侵食されながら血肉までも白くなっていくが、それが完了するよりも先に炎によって完全に炭化していく。
「処理完了。悪いが咄嗟で取れたのはコレだけだ」
ドッグタグが一枚メイの手元まで動魔術で運ばれてくる。
「―――マイク。ポラリスの一般隊員です」
「そうか。どうやら完全にロナルド・ラスタルにポラリスは侵食されているようだな」
「……何て事」
メイがタグを握り締める。
「悪いが、守備隊をもしもあのようにする事にリーダーが同意していた場合、我々は彼を敵と見なす。構わないだろうか? メイ殿」
咄嗟に彼女はフィクシーの言葉に頷く事は出来なかった。
しかし、瞳が決意を固めた様子で上を向く。
「……はい。覚悟は出来ています。もしもコレが、こんな事が彼のやろうとしている事なら、私は……」
「今は予断するべきではないが、頭の片隅に入れておいて欲しい。では、先を急ごう」
三人がそのまま通路を伝って番地を渡っていく。
途中、足音が何度か彼らの行く手を阻んだが、その全てが最初の個体と同じ末路を辿った。
一つ言える事は敵は人間を侵食する何かである事。
恐らくは神の被害者であろう。
進んでいく彼らはしかし、1番地に到達する頃、見てしまう。
その区画に続く通路の先。
ポッカリと大穴が相手空までも見える何も無い抉り取られた縦穴を。
シェルターの一角が何らかの方法で完全に刳り貫かれ、跡形も無く消えていたのである。
「こんな事が!?」
メイが驚いたのとほぼ同時に少年達の戦闘が勃発。
「とにかく、一端合流しよう。情報の共有が必要そうだ。あまり深入りすると死人を無駄に増やしかねない……」
「は、はい」
区画内までも及びそうな巨大な攻防の余波を避けるべく。
彼らは元来た道を戻ってヒューリ達と合流し、車両へと帰投。
その足で地表へと続く一部の通路までの隔壁を掘削し直して脱出。
これを米軍の陸戦隊に発見され、少年との情報共有の後、海側の海岸線沿いに置かれた野営地へと向かう事になった。
彼らは気付かなかった。
自分達の背後に見えざる者達が付いていた事に。
熱量、紫外線、光、音、匂い、振動。
殆どを隠蔽して退けた一台の次世代装甲車両。
ソレが姿を現したのは少年と全員が合流した後。
大統領の下に付いた陸軍の佐官級達がご苦労と敬礼してからであった。
「中々のものだろう? ウチも」
ウィンク一つ。
気安い男がアメリカン・ジョークを飛ばす勢いで装甲の内側から顔を出せば、その見えざる装甲車から降りて来た歳若い軍人達とベテランのレンジャーは最敬礼するのだった。
「あ、貴方は……」
「久しぶりだね。ヒューリアさん」
そこには嘗て絶海の孤島でヒューリと共に基地へと向かった男がいたのだった。
*
日本において常識と社会が激変中である事は言うまでもない事であったが、1人の少年の日常が激変中である事は多くの人々が知らない出来事であろう。
ウィンウィンウィン。
そんな音が室内に響いていた。
「コイツ、回るぞ?!!」
巨大な円形ウォーターベッド。
グニョングニョンと少し波打つ機能を確認したのが昨日。
だが、本日の朝。
アサギリ・クロイは知ってしまった。
メリーゴーラウンド並みに寝台が回る。
床に毛布を強いてリネン用品を枕に寝た彼である。
テンションが高いリトが少年と修学旅行のノリで夕食後の夜のお喋りに興じていたら、トイレに少し行っている間に寝落ちしてしまっていたのが前日。
そんなリトをメイドさんは優し気に見ており、寝台に寝かせると……。
自分は姿もそのままに横になって赤子をあやすように少女を掛けた毛布の上から撫で始めた。
これに大丈夫そうだなと息を吐いて寝むり、朝起きたクロが見たのはそんな二人の乱れた寝姿であった。
リトのお気に入りのパジャマは微妙にはだけており、メイドさんも寝ている様子でメイド服もボタンが外れて豊満な胸元が殆どチラリズムしている。
英国式のパーラーメイドにも似ているが、微妙に日本風というか。
胸元や腰元は布地が厚いのだが、ボタンや紐で解ける様式美が完備されたメイド服は何処かプレイ用としか思えない仕様だったりする。
リトの黒いにゃんこの絵柄な動物着ぐるみ系ダボダボパジャマはカワイイのだが、やはり前が紐で結ばれて解ける様式になっており、微妙に市販品とも違うような形であった。
「……ハッ?! いかんいかん」
アサギリ・クロイは青少年だが、年下に欲情するような悪い子ではない。
それどころか健全育成条例とか誠に結構とか思う普通の恋愛中の人々を見て『羨ま、ゲフンゲフン。けしからん』とか考える一般的な非モテな陰キャ呼ばわりされる普通の高校生だ。
普通?と二重の意味で首を傾げられそうではあったが、彼の中ではそういう事になっている。
一応、精神的にはカラッとしている方なのでドロドロな昼ドラみたいなのは好きではない。
「さて、風呂入ろ。朝にシャワー浴びたらきっとモヤモヤも晴れると信じて!! フッ、オレはそこらのラブコメ系主人公じゃないからな。ちゃんと、今入ってるから入るな!!と張り紙を用意するくらいには真面目だ。これがウチのトップの言う準備というヤツだよ。フフ」
誰に言っているかも定かではない独り言をブツブツ言いながら、少年は眠い目を擦りながら、回しっ放しの寝台をそのままに張り紙を風呂場前の扉にベッタリ張って、内部に意気揚々と入り込み。
ササッと昨日の内に用意していた着替えを籠の横に置いて脱いだ。
筋肉はそれなりに付いているが、微妙に身長が170前後とちょっと足りない気がする彼の身体は自分で思うくらいには貧弱だ。
体脂肪率は3%台まで引き締まったが、筋肉の質がまだ低いと言われていた。
「う~ん?」
全身を映し出す鏡に自分を映して微妙な表情になる青少年が1人。
「やっぱ、身長と筋肉の質かぁ……あ~~ディミスリル製の義肢には骨だけってのもあるらしいし、両脚そっちにしてみるかなぁ……オレがその後のストレスに耐え切れるかどうか……どうせ、あの連中も知りたがってるだろうし」
インサイド・ボーン。
インサイド・マッスル。
規格化された人体強化義肢接合術による肉体能力の増強は現在精鋭と呼ばわれる部隊の一部人員には既に行われ始めていた。
四肢の何れかの骨から初めて置換していくのだが、ストレス軽減方式が未だ十分なものが確立されておらず。
四肢一本で限界という人々が多い事は隷下部隊内では言われている事であった。
しかし、クロはそれに当て嵌るか微妙と言われているのは五感情報を夢で感じている為、精神ストレスが掛るかどうか怪しいと言われていたからだ。
陰陽自研の方からも強くなりたいなら、そういう手段もあるよと告げられていた彼にしてみれば、今寝台の上で寝ている少女達を護る為にも少しくらいはリスクを伴う力に手を出すべきだろうと覚悟が決まっていた。
「ま、明日陰陽自研に問い合わせてみるか。今日はさっさと風呂入ってメシ喰って出勤しなきゃな」
そうして、自分の体に集中していた少年は風呂場から漂っていた僅かな湯気や熱気にも気付かず。
ガラッと風呂場の戸を開けた。
「あ、君がアサギリ・クロイ? うわ、朝からいきり勃っちゃってる……ご立派~~ひゃふふ♪」
「?」
朝霧黒亥は自分の夢が遂に天元突破して夢想したままに美少女を出現させられるようになったに違いないのだろうか?と首を傾げた後。
その暗いショートのドレッドヘアーの髪の先を金具で止めた相手。
自分より1歳か2歳下くらいの浅黒い肌の少女……少なくともリトよりは大きいがスレンダーという言葉が煮合うだろう全裸の目元が切れ長なエキゾチックな相手を前に……固まった。
「あ、動いた。もしかしてエレミカの事、好み? ひゃふ♪ いいよ? 君、ベルきゅん様程じゃないけど、可愛くて好みだし、頼みたい事もあったから、ちょっとしてみる?」
ドレッドヘアーの少女が媚び媚びの瞳で上目遣いのまま僅か片腕で胸元を蔽い。
挑発的で悪戯っ子な視線をクロに向けた。
その姿は今までシャワーを浴びていたのか濡れ濡れであった。
パタンと扉が閉められる。
『ひゃふ?』
そして、アサギリ・クロイは猛烈に反省した。
こんな美少女が出せるなら、夜に出して欲しかった。
けど、今横にリトがいるのに出したら絶対問題だよこんなん。
『おーい。アサギリ・クロイ~~?』
「ハッ!? オレハ・ショウキニ・モドッタ!!」
一瞬だけ精神がエロ・クライシスを引き起こしてしまった少年だったが、すぐ現実もとい夢じゃないと夢の中で自分の頬を抓って痛い事を確認する。
「ふぅ、危なかったぜ。はは、オレにあんなエロを想像する事が出来るのだとしたら、オレはそもそも女の子とお付き合い出来ない歴を既に終えているはず。夢の中だからノーカンとか言い始めたら、オレ何でもありで確実にダメ人間まっしぐらだっての!!」
『クロイ~~~?』
「あ、クロ。おトイレまだ?」
「あ!? そうだよ!? 此処、バストイレ一緒じゃん!? ああもう!? オレの夢なら夢らしく消えて欲しいのに消えない!? 声もする!? くッ!?」
しょうがない、と。
急いでクロが再び浴室の扉を開けて美少女押し込みながら入って、リトに声を掛ける。
「い、いいぞぉ~ただ、オレはシャワー浴びるから、音は気にせず入っててくれ~~」
『はーい。アリア。どうしたの? ケゲンそうな顔して?』
シャワーがジャーッと流され始める。
少年はエレミカと名乗った少女を壁ドンしつつ、下の事は気にせず何とかショウキを保った。
「ふぅ……で、夢の中の美少女よ。エレミカとか言ったか? これはオレの夢なわけだが、どこら辺なんだ!?」
「ドコラヘン?」
「そうだ!! オレ、ドコラヘンからお前持って来た?! 前月号か!? 前月号なのか!? 確かに褐色エキゾチックなエジプト系美少女とか載ってたけども!! 夢に出ちゃうくらい致した覚えはないぞ!? く、それともオレの隠された性癖が!?」
やはり、エロ・クライシスに陥っていたクロの精神が錯乱し始める。
「何言ってるのか分からないよ? アサギリ・クロイ」
「うぅ……オレの精神はお前みたいなのを夢見る程に追い詰められて? く、凄く行きたくないけど、あのブヒブヒ声が止まない魔の精神科医の女医さん部屋のお世話に……」
「ぅ~ん? 話が通じない? ねぇ、百式ちゃん。どうなってるの?」
『アサギリ・クロイ氏の能力は現実を夢見る能力である為、夢の中で自分が妄想した人物と思われてるようです』
「え、誰?」
クロの目の前で虚空にフワフワと浮いているのは百式と呼ばれた金髪碧眼の巫女服姿の少女であった……明らかにオカシイのは日本人的な和風美人な顔立ちなのに西欧の独裁者が標榜したアーリア人みたいな髪に目というところだろうか。
『九十九型汎用量子魔導演算機。百式のメイン・アバター百式ちゃんです。九十九姉様による1000億パターンの回答集を用いる疑似人格プロトコルであり、クラウド・ネットワークの中核を用いる重要案件以外の外殻部で問題が発生した場合に個別対応する為、産まれました』
「百式って、アレか? 九十九たんの量産型で今、シエラⅡに乗ってるって話の?」
『はい。それです。九十九姉様は重要案件及びニューヨークでの支援業務に付いていて、切り離されたネットワークの演算余力を個別に用いて私が形成されています』
「あの~~どうやって此処に顕現してるの? 周囲にそれっぽい術式も見当たらんし、機械類も無い、よな?」
『当該ホテルには最初期から優先的にディミスリル製品が大量に投入されている為、ディミスリル系の建材や機械類を媒介にして通常の電子ネットワーク環境及び魔力ネットワーク、つまりディミスリル・ネットワークが存在していれば、どちらからでもソレにアクセスして、魔術を周囲の環境魔力から取得して発動可能です。3D方式の投影魔術です』
「何か聞かなかった方が良い言葉がサラッと聞こえた気がするから、流すけども。つまり?」
『これは単なる現実です。アサギリ・クロイ隊員。エレミカは貴方の妄想ではなく。現実にいる美少女です』
「………(´Д`)」
『クロ~~大丈夫~~何か音がしたけど? あ、まさか倒れてるんじゃ?! え? 違うだろうって? だ、だって!! まだ病み上がりだ~~っていっつも言ってるよ? クロが倒れたら、私が助けてあげるんだから。もうちゃんと歯も磨いたし、顔も洗ったし、お着替えしたし、大丈夫!! アリア!!』
『!!』
呆然とした少年が待ってと言うより先にバーンとメイドさんが扉を開け放った。
「あ、クロ……………………」
声を掛けようとした少女の言葉が止まって、沈黙する。
彼女が見たのは壁ドンした少年が自分よりもお姉さんそうな褐色女とお湯に打たれている様子であり、どっちも全裸だった。
「あ、リト。え、ええと、コレは、その……」
リトが自分の手でピシャッと扉を閉めてから、能面のような真顔でアリアに訊ねる。
「ねぇ、アリア。ケーサツの番号って何番だっけ?」
「ちょっと待ってぇえぇえぇえ!? 誤解だから!? ゴカイィイイィイィィ!!?」
慌てた少年が扉を開けて少女の肩を掴もうとし、メイドさんの柔術染みた動きによって一回転して床に叩き付けられ、ぐへぇぇッ?!とかカッコ悪い事この上ない様子で目を白黒させているのを見ながら、エレミカは首を傾げる。
「アレ? 3人の方が良かった? そっかぁ……今度、仲間連れて来るね。アサギリ・クロイ」
そう涙目でリトに待ってくれぇぇぇと別れた女に縋る男並みにナッテナイ少年にそう少女は何処か事態が呑み込めない様子でニッコリするのだった。
*
「で、この女誰なの? クロ」
「!!」
何とか全員衣服を来て、現場を片付けた彼らが一息吐いたのは20分程過ぎてからだった。
クロとリトはデフォルト・スーツを下に来た学生服姿。
北米のものを参考にした白黒金を基調にした代物だ。
学生が制服の下にジャージを着るようなものだが、ソレが基本的には善導騎士団一般隷下として学生をする者の身嗜みであった。
片や褐色美少女はゆったりとした麻の布地を使った東南アジア当たりに有りそうな細事用の礼服……いや、民族衣装みたいな衣を身に纏っている。
朱、紫、白で織られた麻布の衣装は独特でスカート丈も長い。
「え、ええと、エレミカ=サンと言うらしいですハイ」
「ええと、ジコショーカイするんだっけ? 百式ちゃん」
『はい。エレミカ。どうぞ。自己紹介して下さい』
いきなり少女の後ろに巫女服金髪なシステムのメイン・アバターが顕現する。
「あ、百式ちゃんだ。九十九たんの次のアバターってみんなが言ってた」
『はい。その通りです』
百式が頷く。
「ええと。エレミカです」
ペコリと褐色美少女エレミカが頭を下げた。
「これはご丁寧にどうも……って、まともに挨拶出来るじゃん。何で風呂場から出て来てアレだったんだ……いや、オレも悪いけども」
「ひゃふ? お風呂入ってもいいって言われたから」
「誰に?」
「百式ちゃん」
『一般的な回答集の例です』
「何処がだよ!? 他人の取ってるホテルの部屋の風呂に入ったら犯罪だよ絶対!?」
クロのツッコミがビシッと百式に入れられる。
『エレミカ。要件を言うべきです』
「無視?!」
『ツッコミを入れる一般男性への一般的な回答集の例です』
「無視してもいいの!? 逆に驚くよソレ!?」
『ただのマシン・ジョークの一例です』
「ホントに機械なの!!? って言うか!? 誰だよソレ入力したの!?」
「ちょっといい? アサギリ・クロイ」
百式にツッコミが止まらないクロであったが、エレミカが真面目な顔になるのでそれ以上は控えた。
「で、オレに何の用なんだ?」
「アサギリ・クロイに要請したくて、此処に来た」
「要請?」
「エレミカに力を貸して欲しいの」
「力? オレの? どゆ事? オレみたいなのにはさっぱりなんだが……」
「百式ちゃん」
『アサギリ・クロイ。現役高校生。夢の中に生きる能力を持つ青少年。多感なお年頃。近頃は美少女とメイドさんを侍らせて、ちょっと嬉しそうにしているリア充系一般隷下部隊員』
「ちょっと待てぇえぇえい!? 何か、スゴク!? ナットクが!? イカナイ!? 表現がある気がするんですけど!?」
『そして、不死者系能力での最大の適応能力を期待される変異覚醒者』
「ッ、その話か? オレ、ぶっちゃけ、弱いんですが?」
『エレミカ。まずは自分の身の上話をして同情を引きましょう』
「それ此処で言うの!? 後、スルースキル高過ぎませんかね?!」
さすがにそのアドバイスにはツッコミが入った。
「エレミカはベルズ・チルドレン? とか呼ばれてる新しく隷下部隊に入った層だよ」
「ベルズ・チルドレンって……ああ、確か……先日の暗黒街の一件で出た暗黒街出身の?」
「そう。エレミカは元々、暗黒街出身。善導騎士団に受け入れられるまでは人畜の管理者としてご主人様達に飼われてたの」
「ッ―――」
思わずクロが目を見開く。
それにジンチクってナニという顔になったリトであった。
「そっちの話はそんな詳しくないんだけど、いるって話は聞いてる。ただ、会ったのは初めてだ。エレミカ、でいいか?」
さすがに真面目になったクロがまた何でそういうのが自分のところに来たのかと目を揉み解した。
「いいよ。エレミカは姓もまだ決まってないから」
「それでエレミカ。何をオレに頼みたいんだ?」
「実績作り」
「実績?」
「エレミカ達はまだ何者でもない。でも、ベルきゅん様に庇護されてるだけじゃ、また誰かに利用されるだけになる。みんながみんなエレミカみたいに考えるのが得意じゃないから……」
「どういう事なんだ? ちょっと詳しく聞いていいか?」
「今、オーストラリアとASEANの暗黒街出身の子が35万人いる。その子達の中で騎士団の隷下部隊や騎士見習いになれる資質があるのは8割。昨日の時点で全体の内の東京で預かる事になった層が9割。後の1割は北米で預かって貰ってる」
『エレミカは騎士ベルディクトとの対話を通じて資質を見出され、まとめ役として推薦された数人の子達の更にまとめ役です』
「つまり、そのベルズ・チルドレンの一番上なのか? お前」
「そう、ジシュセーとかキョチョウセーとか。そういうのが一番高いからって……」
「なる程。で、実績作りってのは?」
「エレミカ達はきっと外の世界じゃ生きて行けない」
「……それはまだ分からないんじゃないか?」
「試さなくても分かる。だって、エレミカ達と外の世界の人達は同じ生物でも同じ《《人間》》じゃないから」
「それは極論のような……」
「……エレミカがいたオーストラリアの暗黒街で人畜って呼ばれてたのはゴハンにされなかった子達」
「ッ」
「そして、ゴハンを食べてた子達」
「………そうか」
その意味をちゃんと理解出来るくらいには朝霧黒亥は騎士団の事情をちゃんと把握していた。
「騎士団は別に隠さない。隠しても他の人達との間で諍いの元になるからって……ゴハンになった子にはその子の妹や弟、お姉さんやお兄さんだっている……エレミカ達はそれでもいい方……喋れない子や考えられない子、まだそうだったと知らない子も一杯いる」
「ヘビー過ぎるんですけど……それで実績がいるのか? 外の連中と付き合っていく為に外面を補強する実績ってのが……」
「分かるの?」
「実績、実際欲しいしな。誰かを認めさせるのは誰かに訴え掛けるモノを持ってるヤツだけだし」
その言葉はシビアかもしれないが、少年の実際の感想でもあっただろう。
才能が無い。
それは彼がいつも公言して憚らない事だ。
そして、だからこそ、無いからこそ、努力がいる。
努力をして創った力で何を成し遂げたかを強調せねばならない。
そうしてこそ、少年は嘗ての自分の無力さが許せない自分に多少なりともケジメが付けられる。
あの日、救えなかった幼い命や無辜の人々に強くなったと報告出来る。
贖えず、償えず、許されなかったとしても。
「他の子達が色々な人に悪口を言われたり、ハイセキされたりしない為に“あの子達が成し遂げた子達か”って言わせなきゃならない。あそこで何をしてきたか。それは変えられないけど、此処で何を成し遂げたかは変えられる」
「分かった。協力させてくれ」
「いいの? 外の人達はきっとエレミカ達を化け物って呼ぶよ?」
「いや、バケモンだろうが、カミサマだろうが、協力してくれと頭下げに来たヤツ相手に話しを聞いたんだ。納得出来れば、それが人類滅ぼすのだって協力するさ。納得出来れば、だけどな。それにほらメイドさんがブワッ(´;ω;`)って泣いてるし、リトがイイ子だよ~~って涙目だし」
「ち、違ッ!? 泣いてないボク!!」
ゴシゴシ目元を拭う少女が膨れた。
「それにオレも自分の力を試して高めて色々と準備せにゃならないから、まんざらでもない。オレの近頃の目標はユーラシア遠征の最前線に立つ事だって言ったら、講義一緒に受けてる同期連中に笑われたんだよなぁ……」
「ッ」
その言葉に何か言葉にならない様子で褐色少女の口が僅かに振えた。
『こういう時、外の人はアリガトウと感謝の言葉を口にします。エレミカ』
「ありが、とう。アサギリ・クロイ……ひゃふ♪」
百式の言葉にペコリとエレミカが少しだけ何処か嬉しそうに僅か瞳を潤ませて頭を下げる。
「だからって、今度から知らない人の部屋の風呂場は使うなよ? 確実に悪い方で噂になるからさ。いや、けしからん感じに嬉し、いや何でもない」
思わず本音が出掛けてリトのジト目で少年が顔を逸らした。
「分かった。気を付ける」
コクコクと頷く少女は懸命だった。
仲間達に迷惑は掛けられない。
それが少女の心情であり、もっとーである事をクロが理解する。
「で、具体的に何するんだ?」
「エレミカが数日前に見付けたの。問題になりそうなの。コレ」
衣装の何処から取り出したのか。
小さな端末が出されて、ディスプレイがその光景を映し出した。
「何だコリャ?」
クロとリトとメイドさんが同時に覗き込んだディスプレイの中には巨大な六芒星の描かれた地域の中にある巨大な海辺の城が見えた。
まるで邪悪な魔王でも住んでいそうな代物だ。
「!!」
「ジャ、ジャアクそう?」
メイドさんが間違いないと認めるくらいにダークな雰囲気が漂う黒い城の周囲が拡大されると。
その周囲には亡霊のような悪霊のような黒く半透明で斑模様の腐ってブヨブヨした流動する肉の塊のようなものがウヨウヨしていた。
目や口らしきものが混ざっている様子は気味が悪い。
それも大小様々でビルのようなものから小さなネズミくらいのものまで幅広く。
明らかに正気が削れる光景だろう
「化け物が住む城? でも、この光景……何処かで見たような?」
「コレ、善導騎士団本部」
「は?! あ、でも、いや? 景色も暗くて微妙に分り難いけど……確かに見覚えのある景色というか城周辺の建物自体に見覚えがあり過ぎる。でも、どういう事なんだ? 今の状態がこんなだったら、さすがに誰もが非常事態と分かりそうなもんだけど」
「レーテキな場って百式ちゃんは言ってる」
『これは現在の東京本部の周囲に渦巻いている魔力と魂魄などの計測を用いる機器で視覚化した周囲の電磁力と魔力を用いた半異相結界側の―――』
「もっと分かり易くぷりーず」
『同じ空間内にある別世界です』
クロが理解した様子になる。
「で、コレが問題そうなのは分かるけど、実際どうすんの? 恐ろしく数が多そうなんですが……」
「ヤッツける!!」
エレミカがそのスレンダーな胸を張る。
「え、やっつけるの!? ちょ、どうやって?!」
『この世界は言わば、日本国内の善導騎士団への恨み辛みや怨念のような不の想念と魔力と電子によって構成される天然の結界です。言うなれば、恐山や富士の樹海的な霊場を百倍強力にしたようなのの一種です』
「ああ、そういうのなのね」
百式がズラッとネット上に嘗て溢れていた怨念染みた書き込みを資料として添付する。
『殆どは現実での想念が霧散するか恐怖で消滅したので問題ありませんが、それまでに蓄積したものは溜まった後も様々な雑念を拾って収束する一方。ついでに言えば、コレ自体が一種の魔力であり、魔族などの種族はこういった不の想念を喰らって成長したり、利用可能との話が出ており、善導騎士団側での掃除が計画されましたが、現在に至るまで実施されていません』
「理由は?」
『マンパワー不足です』
「いや、おかしいよね?! だって、訓練漬けの連中しか……そういう事か」
「どういう事なの? クロ」
リトに肩を竦めた少年が溜息を吐く。
「つまり、訓練と休息してる連中以外に掃除出来るレベルの人員が残ってないんだコレたぶん」
『正解です。現在の主要人員のマンパワーはユーラシア遠征の為に秒単位で調整されて投入されており、アレを片付ける能力を持った人員の殆どに時間のロスは許されません』
「休むのも仕事の内ってアレ本当なんだな。何か初めて実感した気がする……」
『片付ける為に必要な人員の確保を試みましたが、現在可能と九十九姉様が判断した一般隷下などの人員は4名しかいません』
「エレミカ。オレ。リト。メイドさん。で、合ってるか?」
『ご理解が早くて助かります』
「これを潰せば、確かに実績作りにはなるか」
『陰陽自研からエレミカによる要請で既に専用装備が開発終了。転送され、本部に到着した旨が示されています。通常業務態勢ですが、特別業務履行の為に申請を出す場合はこちらからどうぞ』
百式の目の前に申請書類らしきものが虚空で展開される。
それを見れば、確かに特別業務履行を申請する代物。
内容を要約したメモも出されており、この状況で死んでも遺体の回収だけはお願いします的なお約束のような話だけが書かれてあった。
「承認する。これで本部に提出してくれ」
『了解しました。二度目の確認を行います。本当にこれでよろしいですか?』
「……OKだ。リトとメイドさんは各々判断したあ―――」
「これでボクとアリアもいいよ。申請しておいて」
『了解しました』
「おい。いいのか? これはオレが個人的に受けるヤツで……後、結構危険そうだけど」
「いいの!! クロ1人じゃ不安だもん。クロが危険になったらボクが助けてあげる!!」
「ま、まぁ、いいけども。メイドさんも止めなくていいんすか?」
「!!」
「ほら、アリアだっていいって言ってるよ?」
確かにメイドさんも胸を張って太鼓判を押していた。
それを見ていたエレミカが二人を見やる。
「……いいの? 会ったばかりなのに……その……」
「だって、みんなの為なんだよね? ボクもその気持ち……分かるから……」
「あ、ありが、とう……」
再び褐色少女が頭を下げる。
『では、本部で装備を受け取り、2週間以内の解決を目指して下さい。掃討プランはこちらで既にあるものを流用します』
「え?」
「「「?」」」
三人の女性陣がクロの「え?」に首を傾げた。
「そんな掛るの? マジ?」
「専用装備で地道に掃討していく事が求められます」
「ま、まぁ……これも修行と思えば」
『ノリはアメリカ映画で言う幽霊退治屋です』
「誰がその知識入れたんだよ?! 掃除機使うの!?」
『いえ、調整済みのディミスリル誘導弾と連射が効く専用のアサルトライフル。対侵食装備として虚兵の完全版の使用許可が下りました。ノリは幽霊退治屋ですが、やる事は日本のロボット・ハイスピード・バトル・ゲーム的なアレです』
「だから、誰がその知識入れたの!? 侵食ってどうなるの?! ロボゲーなの!?」
『虚兵1と予備1、黒武1、黒翔1と予備1、標準装備4人編成の最小単位分隊。指揮官は拠点となる黒武の隠蔽防護を司れるアーシュリト。直掩戦力としてアリア。虚兵搭乗者としてアサギリ・クロイ。その支援として黒翔搭乗者としてエレミカ。尚、システム面での支援は百式が担当。支援部隊も九十九姉様に頼んで集めました。結界内部は現実とは違う為、物損に付いては問題視しませんが、破損した装備は出来る限り回収して下さい』
「無視された?! オレ、それの乗り方すらまだ学んでないんだけどッ、大丈夫?!」
『一般の軍警察用の装備です。直感で乗りこなして下さい』
「す、すげー適当過ぎない?」
『ノリと勢いです。アサギリ・クロイ隊員』
「いや、それ機械が一番言っちゃダメなやつじゃね?!」
『ファジーな質問にも答えられる最新鋭AIシステムと疑似人格応答プログラムです』
「何か煙に巻かれてない?!」
『偉い人も言っています。下っ端は黙って働いて、とっとと成果を出すべきそうすべき、と』
「だから、誰(略)」
こうして四人の幽霊退治が始まる。
ニューヨークで起きている人類の結末を掛けた事件とはまるで無関係のようにも見える掃除仕事。
だが、その四者を見つめながら、百式は内部処理を実行する。
頚城変異覚醒者化素体1名。
変異覚醒不死者系素体1名。
頚城多種混合変成素体1名。
変異稀少資質人材素体1名。
最小単位分隊結成完了。
ゲストの参加応援要請開始。
『あ、何ですか? ニュヲ』
『ニュニュヲ~~』
緋祝邸の一室。
すっかり元気になった母に成り立てな次女がお菓子作りの手を止めて、台所でスマホを確認した。
すると、其処には東京本部からの応援要請が一件。
『何でしょうか? 今はお休み中って事になってるはずですが、ニューヨークの件でも無さそうですし、悠音とリスティアさんとルカさんを呼んで来て下さい。皆さん、居間の方で寛いでると思うので』
『ニュヲ~~♪』
蒼い子猫が了解とばかりに可愛く母の要望に応えて、首元の鈴……リスティアから送られたソレをチリンと一回鳴らしてシタタタッと走っていった。
『これ何だろう?』
そして、善導騎士団東京本部の寮の一室。
近頃、隣人がホテル住まいになった少年というよりは青年が気弱そうな顔でスマホを見つめる。
その彼の勉強中の机の上には少しだけ複雑そうな表情のミシェルとラグ。
それからクロと碧い少女ハルティーナが映っていた。
『そう言えば、姉さん……ハルティーナさん。大丈夫かな』
歳の割には何処か幼く。
その北海道で猛威を振るった頚城の術者。
あの女と呼ばれる者に心酔していた彼は小さく微笑んで自らを導く灯火のように思う年下の少女の事を思い……寮の窓から偽の青空を見上げるのだった。




