第145話「雨天交戦」
「第三機甲師団より後退中との事です!!」
「左翼に展開中の第二歩兵連隊に支援攻撃を命じる!! エディンバラとロンドン一帯はどうなっている!! 沿岸部の守備隊は!!?」
「各守備隊に供与されていたディミスリル弾が効果を上げていると!! やはり、燃焼させるものが一番効果が高いとの事ですが、乾燥させるのはこの豪雨の中では無理があるらしく!!」
「各地域の守備隊は無理に戦うなと再度釘をさせ!! 騎兵隊が到着するまでシェルターを護れればいい!! 再生能力がある以上、あの特殊弾と飽和火力以外に敵にトドメを刺すのはあちらの戦力しかないのだからな!!」
「各地で守備隊が奮戦している模様ですが、隊員の負傷と侵食された部位の切除に手間取っているそうです!!」
「もしもの時は対ゾンビ衛生法に従えと各地の医療部隊に通達。最悪は頭部の破壊と患部の完全切除か焼却を行え!!」
「は、はい!!」
「既に善導騎士団側から医療資源として移植用の人造の四肢や臓器の提供が決まっている。切るのに躊躇するなと厳命しろ!!」
半魚人達の姿をした肉塊によるイギリス本土強襲上陸。
各地の司令部やコマンドポストの多くは初めての陸上での防衛線を前にして何処も何とか致命的な指揮をせずに堪えているというのが正しい状況であった。
この驚天動地の状況に各地の司令部は対応を余儀なくされているが、それでもゾンビ関連の訓練を受けていただけ彼らはそれなりに戦えていた。
『こちら第7機甲連隊!! 側面からの圧が強過ぎる!!? 砲兵隊の支援はまだか!!?』
『現在、雨天観測と風速の増大により、精密照準が不可能と砲兵隊からは―――』
海辺からゾロゾロと上がって来る半魚人達の群れは辛うじてゾンビの越境……要はヨーロッパからの渡海を警戒して備えられていた各地の守備隊によって退けられていた。
揚陸可能な場所には今や耐水機能を持つ地雷原が設置されていた為、最初期の半魚人達は花火のように海岸線沿いで派手なパーティーを繰り広げた。
『よっしゃ!! 引っ掛かりやがった!!? ゾンビの次は半魚人だぁ? くたばれ怪物!!!』
快哉を上げる兵士達。
視界不良の中で豪雨でも構わずに敵揚陸戦力に銃弾を掃射。
バタバタと倒れ伏す敵にこれならばなんとかなるかと思っていた。
当初はそれで良かったが、揚陸してくる敵の数は一向に減らず。
ゆっくりとはいえ、増えていく戦力に死んだはずの半魚人までもが起き上がって加わる事によって、現場はすぐに銃弾の枯渇に怯えが奔った。
『クソッ!? 各隊、無駄弾を使うなよ!!』
一応、善導騎士団から供与されていた敵個体を燃焼させる術式込々の弾丸が当たれば、豪雨の中でも発火して完全に倒す事は出来た。
だが、それにも限界がある。
元々ゾンビ用の弾丸ばかりが供給されていたのだ。
豪雨の中、再生する敵を倒す為の弾丸というのはさすがにピンポイント過ぎて彼らには大量に用意されていない。
何より問題なのは揚陸地点が満遍なくイギリス本土を囲んでいた事だ。
崖や揚陸に向かない場所でも構わず半魚人達は海から上がってよじ登って来る。
墜ちても死ぬ事は無い為、何匹かが昇り切れば、そこから通常ルートを通って侵入可能。
こういった事例が相次ぎ。
次々に守備隊はシェルターの方へと追いやられていた。
『クソッ!? 隊長!! 左側面から何匹か来ます!! 後続も200体程、サーモが捉えました!!』
『ただちに後退!! 陣地を放棄する!! シェルター外縁まで遅滞戦闘になるぞ!! 各位、触手の攻撃は供与された盾で受けろ!! 車両の足をやられるなよ!!』
車載のマシンガンなどを散発的に敵前衛に浴びせながら、各地ではジリジリと防衛線を下げながらの攻防が始まった。
虎の子のRPGや銃弾によって被害無く撤退出来たところは幸運。
他の戦車などを要する機甲戦力の多くは火砲の火力を前面に押し立てて踏ん張るしかなく。
随伴歩兵の殆どが情報共有の速度の遅さから死亡したと誤認した敵戦力からの不意打ちで負傷する事となった。
『ぐぁあぁああぁあああ?!!』
『ぐ、軍曹!?』
『い、いいから吹き飛ばせ!! オレの左腕を吹き飛ばしてくれぇえぇえ!!?』
『クソ?! 侵食部位が!? 済まないッ!!』
重火器で今にも肩や太ももまで侵食されそうな四肢を吹き飛ばし、気を失った同僚や部下を止血して運ぶ者が多数。
すぐに善導騎士団から侵食された場合の対処法が提示されていた事もあって、侵食されて死亡する者は殆どいなかった事が救いか。
だが、ショック死する可能性も高いという状況下では麻酔を打って後方拠点となったシェルターに後送するのが関の山。
医者などの医療資源も難民に割り振られる最中。
ジリジリと英軍は消耗を余儀なくされていた。
警察は難民の避難にマンパワーが割かれており、都市部の警備に割かれた実働部隊はシェルター側で教練されていた者以外は軽装備。
多くは半魚人なんて相手に出来るものではなかった。
故に彼らの多くが自らの護るべき場所。
シェルターの外縁に軍や半魚人が至った時点で死力を尽くしての防衛。
背後施設の死守が具体性を帯びるに連れて顔を難しいものにさせていく。
英国の陸軍の質など高が知れている。
国土防衛用の戦力はゾンビの出現後、かなり増加したが、その殆どに訓練は施せても満足な装備と訓練用の銃弾があったかと言えば、答えはNOである。
『畜生!! だから、精鋭部隊以外にも予算を割くべきとあれ程上申しただろ!?』
『都市部の対ゾンビ機動鎮圧部隊に充填されてたからな……』
『でも、そのおかげで飢えて死ぬ連中はいなかったんだ。国の限界だろうよ』
『1人200発で足りるわけねぇだろ!! く、内政主義者のせいで死んでたまるか!!!』
『ぜ、前方の退路に半魚人多数!? 全員、突っ込むぞ!! 祈れよ!!?』
『クソがぁああああああああああ!!?』
対ゾンビ戦の用意こそあったが、彼らは海洋国家であり、残った人類生存領域を有する他国家と同じく。
ドクトリンはまず何よりも都市部での対ゾンビ殲滅と駆逐を主軸とし、根本的に攻めるよりも護る事に特化していた。
それですら実際にはインフラが満足な地域での防衛戦を想定しており、強襲揚陸してくるゾンビにある程度の備えがしてあるのみ。
実際問題として海軍に予算と資源は大きく配分されており、省力化の美名の下、重要な戦略的な資源を要する地域や海岸線沿い以外の場所は弾も満足に無い部隊が大量であった。
それですら敵の再生するという能力だけで想定の全般が瓦解した。
戦力の集中は火力の集中を容易にするが、イギリスに匿う数千万規模の難民を護る為にどうしても集約される戦力は大都市圏と戦略的な要衝に偏る。
ドローンや機械化した自動防衛防衛設備を沿岸部に要していてすら、半魚人達の物量は雨水が浸透するように内陸へと向かって縦深的に侵食。
今や濁流となった河を泳ぎ切り、偏った戦力の網を縫うようにあらゆる地域に出現していた。
『エディンバラとロンドンに半魚人多数出現しました!!』
『川沿いに姿を現しています!! 避難地域の全シェルターへ無人偽装コードの発令を!!』
『この濁流を泳いで来たのか!? ただちに機動部隊を当てろ!! 市内への浸透を食い止めるんだ!!』
『だ、ダメです!? 避難中の難民の集団が周辺を埋め尽くしていて!?』
『まだ終わらんのか!? 敵は待っちゃくれないんだぞ!?』
『最低、後4時間掛かります!!』
『ええい!? 警察と現地の自警団に連絡しろ!! 少しでもいい!! とにかく侵入を阻止するんだ!! 善導騎士団側に避難集団がいる地域を重点的に支援して欲しいと要請を!!』
正しく、地獄。
銃弾で完全に粉々にするか。
あるいは焼き払うしかないという敵。
それが豪雨の後押しを受けて、軍勢となって人の領域を侵し始めていた。
ヒタヒタ、ペタペタ。
豪雨に打ち消された足音を聞けなかった人々には悲劇が幾つも幾つも。
『は、半魚人!? こ、此処まで!? に、逃げろぉ!?』
『ひっ!? が、ガラス割って―――しょ、触手が?!』
『いいから、早く逃げろ!! 此処はもうダメだ!!』
『シェルターに避難しろぉ!! 後ろを振り返るなぁ!!?』
『た、助けてく―――ガハッ?! ガ、ゴ、ギゥ、ゲガゴガッ、ォ゛オゴ?! ゴアガッ、オガッ、ガグ!!!?!』
『イヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?』
風雨による視界の悪化は避難民を半魚人の餌食にする確率を上げ。
天候の悪化が砲兵隊の支援砲撃の命中率を下げてしまう。
これでは重火器で相手を襤褸屑にするしかないが、その弾は有限。
日本で起こった惨禍。
ゾンビではないにしても、同じような状況がまた此処でも多くの人間の死別という形で繰り広げられる。
そう思われた事は当事国のみならず。
全ての国において今ネットを見る者達には共通であった。
『クソッ!! もう弾が!!?』
市街地では弾切れの兵隊達が次々に盾を翳しながら倉庫や逃げ込める場所に立て籠り、バリケートを急造。
その場凌ぎと理解していながらも多くの人々を背後に残り少ない弾を数えながら、自殺用に一発は余らせておかなきゃなぁと考え。
『屋上に!! 屋上に逃げて下さい!!』
警察官達は次々にシェルターを破壊しようと群がり始めた半魚人の群れを前にして無駄弾を撃つ事も出来ず。
人々を最上階へと逃がしていく。
次々に触手に貫通され、吹き飛ばされ、崩されていくバリケート。
分厚い戦車の装甲すらものともしない敵の触手による刺突が束となって車両も人も薙ぎ払っていく。
火力を投射し切った戦力は次々に後退を余儀なくされ、戦域を支える数多くの戦力が火力の消耗に喘ぎ、半魚人の群れに沈んだ補給部隊の到来を待つ。
『まだか!? まだ、日本からの応援は来ないのかよぉ!?』
『愚痴るな!! 此処は我々の国だ!! 自分で守らずにどうする!! 他国を当てにするな!!』
『ひ、ひひ……来るもんかよ……どうせ、もう見捨てられてるさ……』
『諦めるな!? まだ、弾はある!! 撃てッ!! 撃つんだ!!』
『………ふぅ((;´Д`)y-.。o○』
男達の中にはもはや最後くらいはと一服し始める者もいる。
湿ってロクに火の付かない煙草を握り潰して。
それでもクシャクシャになった同じ顔を晒しながら、歯を鳴らして既に数発しかないライフルのスコープ越しにソレを見るのだ。
『これが亡び………』
終末世界。
そう影で呼ばれ始めて久しい現代。
紅茶の一杯も得られず死んでいくならば、それもまた結末の一つ。
が、侵食されて取り込まれた友人知人同僚達が映ろな半魚人に同化され、触手を体の何処かに生やしながら、泣きながら、笑いながら、メキメキと音を立てて変貌していく様子を見ながら、彼らはそれでも武器がある限りはと抗う。
『いやぁああぁあ!!? あなたぁあぁああ!!?』
シェルター内部から叫ぶ者あり。
砕かれた伴侶が半ばまで半魚人になるのを見て発狂せぬ婦人もいないだろう。
何処も一杯一杯。
誰もが涙を流しているかも分からぬ程に濡れて。
凍えた手を伸ばし、握り締め、祈り、引き金を引く。
それは嘗てユーラシア、欧州、アフリカ、南米、北米、全ての地域で起こって来たのと何ら変わらぬ人々の行動だろう。
救い主来たらず。
それこそが現実であると知ればこそ、自暴自棄に嘆き。
今、正に拳銃で己の頭を打ち抜こうとする者もいた。
『止めろ!? 銃声で連中がまた寄ってくるぞ!?』
だが、それもまた留められる。
泣き叫ぶ誰かに誰かが声を掛ける。
『静かにしてください!! お願いします!! まだ、子供がいるんです!!』
それは人を諫める語句にしか過ぎない。
しかし、けれども、やっぱり、世界に救いは無くても、救おうとする者がいる事を……人々はあの日と同じように知るのだ。
多くを逃がそうと足掻いた軍人達を見た者がいた。
多くを護ろうとゾンビ相手に立ちはだかる警官達を知っている者がいた。
また、その人々を元気付けようとする宗教者が、人々の上に立とうと旗を振った政治家が、あるいは人々を導いて逃がそうとした公務員が、全てが全て呑まれてしまった今でも人々の心の何処かには焼き付いている。
『動画で見たぜ。お前らみたいな連中……狂ってるよ。だから、みんな死んじまった』
『でも、貴方はそれを知って尚、物資搬入を手伝ってくれている。こうして襲われる可能性があるのに外で雨に打たれながら……』
『だって、そういうもんだろ? 逃げ場なんて無いんだ……何処にも……』
『例え、希望が無くても諦められない事くらいある。貴方の言う通りでもね』
『はは、ガキや女房でもいるのか?』
『二人が祖国を脱出する時に遺してくれた子犬が今は8歳なんです』
『………ああ、そうかよ……付き合ってやるぜ。狂人』
子を護ろうとする両親、両親を護ろうとする青年、親友の為に命を懸けた誰か。
そう、それを知ればこそ、それに遇ったればこそ、人は未だ……その誰かを探し、見つめる。
祈る手が、誰かを抱き締める腕が、引き金に掛かる指先が、諦める前に人は人を頼るだろう。
そうしてくれと人々に宣伝した者達。
犠牲が出ても尚、ドローンが砕け散って魚人の行軍に埋もれて尚、人々には信じるべきものが必要で……人々はその光景を確かに小さな端末の先に見たのだ。
「シュルティさん。お願いします!!」
「はい!!」
―――『輝くは―――輝くは不滅の栄光と』
少女は脳裏で術式を唱える。
―――『輝くは―――輝くは不滅の暁光と』
それは賛美ではなく事実の羅列。
いつか、誰か、何処か、解らずとも。
彼らの始祖が紡いだものだった。
嘗て、結ばれ。
嘗て、憎み合い。
今、また英国と日本。
二つの海洋国家に新たな結末が齎される。
「ランチャー起動。Code_Glow_Nightmare!!!」
アイルランド中部。
観測基地上空。
1人の少女が四機の痛滅者が敷いた巨大な四色の方陣の重なり合う上に立ち。
雨に降られる事もなく。
片手を上げて、その掌の上にある漆黒の箱を煌めかせる。
箱の内側から溢れていく輝き。
それは白く白く白く。
だが、浮かび上がり、少女の手から離れた瞬間。
完全なる紅に転じる。
「【|天祓《Weather_Baster》】!!!」
燃え上がる虹炎が天空に昇っていく。
昇ったものが柱となり、次々に別れて系統樹の如く枝変われしていく。
やがて、それを見た者は知るだろう。
ソレは魔女がよく使う単なる道具の一つ。
「吹き祓えッッ!! 陽は未だ沈まずッッッ!!!」
箒だ。
何kmになるかも分からない程に巨大なそれが少女の手に連動して真横に動き、低気圧の黒き暗雲の渦に向けて振られた。
突風、烈風、神風。
そんなものですらない。
突如として発生した巨大な高気圧。
否、炎と超高圧蒸気が巨大な肉塊達が生み出す低気圧と激突し、爆風の嵐となってアイルランド北部を吹き抜ける。
「ぐ―――消えちゃえぇえええええええええええええ!!!!」
歯を軋ませ、振り抜けない箒を少女が力押しで振り抜く。
連動する爆圧が勢力を一気に拡大し、風速1000m近い風となって、気圧の谷すら消し飛ばし、大西洋全域から雲を弾き流した。
それと同時に結界が割れた。
半透明の半円球状のソレが無限にも思える爆風の嵐を前にして耐え切れずにボロボロと欠けながら崩れて最後には空の果てへと散り去っていく。
その情景は正しく神話だろう。
モーセの海割りどころではない。
嵐を巨大な爆発で消し飛ばしたのだ。
それも魔力ではない。
純粋なエネルギーによる一撃は黒を塗り替える紅蓮の津波。
遥か上空から見たならば、雲が炎に置き換わって全て押し流す様は白い液体で一杯のバケツに赤いインクを垂らして広げたようにも見えただろう。
その余波はイギリス本土をも襲い。
しかし、神の結界と激突して弱まった風は50m級程となって雨雲を一掃。
晴れ渡っていく最中。
急激に乾燥していく大気に地表の水分が蒸発。
機甲戦力や車両、最終防衛ラインたるシェルターの陣地に籠っていた人々は辛うじて耐えたが、殆どの半魚人達が巻き上げられ、吹き飛ばされていく。
だが、それだけではない。
魚人達が一斉に進撃を停止し、数秒間だけピタリと硬直した。
『な、何だ?』
直後、来た時と同様に次々水辺や海辺、川辺から水の中へと飛び込んで内陸から海洋を目指し始めた。
「……っ」
箒が一振りで消え去った後。
ペタリと方陣の上でへたり込んだシュルティの上から漆黒の箱が高圧蒸気を箱の四隅から噴出しながら降りて来る。
そして、カシュンッと音がしたかと思えば、箱の側面から小さな試験管らしきものが空間を越えて弾き飛ばされ、周囲に転がる。
原水爆1発分。
正しくソレに相応しい大儀式術。
天候制御を乗せた結界破砕の一撃は領域を打ち砕いていた。
周囲は蒸れそうな程に暑い。
地球環境を変化させる程の影響を及ぼしたのだ。
それは波のようにヨーロッパ各国をアフリカの北部を、北米の東海岸を晴れ渡る世界へと変えていく。
やがて、海水温の上昇から再び雲が湧き出すだろう。
イギリスも各地で蒸発した水蒸気が行き場を求めて豪雨を降らすかもしれない。
しかし、そこに暗さは無い。
少なくとも今はまだ。
「お疲れ様でした。第一段階の誘き寄せは成功したものと思われます。各地で半魚人の行軍が停止、海に帰っていくのが確認されてます。一部は既にアイルランド北部に向かっているようようだと。シュルティさんは基地内に退避を。後は僕達の仕事です」
汗すら乾く蒸気に触れながらも、少女は自分に出来る事をしたのだと頷く。
今、漆黒の箱は激烈な一撃を使用した影響で全ての機能がオーバーフロー寸前。
休ませる必要があるし、その制御は彼女にしか出来ない。
「お願いします。どうか」
その少女の言葉に彼女達は頷く。
そうして、少年が導線で少女を観測基地内部に転移させた。
「皆さん!!」
『こちら八木。九十九のバックアップは任せてくれ』
「「「「「了解」」」」」
リスティの痛滅者の盾を一つサーフボード替わりにして浮かんでいた少年がシュルティを基地内部に転移させた。
彼らが動き出す。
そうしようとした刹那の事。
再び、別の場所からの通信がその耳に届く。
『こちら善導騎士団東京本部。フィクシー・サンクレット副団長代行の権限で繋いでいます。HQよりベルディクト中隊は英国での二次攻勢を一時中断して下さい』
思わず全員が驚き。
問おうとするより先に送られてきた映像が全てを物語る。
『1分前、北米全域に置いて同型ゾンビによる大攻勢が確認されました。総数1200万規模。ロス、シスコ両都市国家は緊急事態宣言を発令。現在、南部大要塞ベルズ・スターが300万からなる敵の攻勢を受けています。両都市にも現在100万規模での攻勢が掛けられており、善導騎士団の日本支部から隷下部隊がただちに3大隊出撃。各戦線へと投入されました』
「こんな時にか!?」
思わずリスティアが険しい顔になる。
「まさか、黙示録の四騎士が?」
少年の問いに声を届けるオペレーターの1人は不明ですとだけ。
『現在、日本国内の3分の2の黒武が出払う状況ですが、これ以上の戦力分散を割けたいとの事で以後の増援は少数精鋭のみとなります』
「分かりました。それで止めたという事は何かあるんですか?」
『陰陽自研が各地に呼び掛け、人員を結集する事で一斉の就航が不可能になる代わりに一隻ずつの派遣が決まりました。25分お待ち下さい』
「まさか? まだ、最短でも2ヵ月は掛かるはずじゃ……」
『日本政府が復興よりも先に艤装の完了を優先してくれたので可能になったとの話です。先日、ゾンビを送り込んでいた【サタニック・ビースト】に使用した武装の原理を用いた主砲装備もロールアウトしています』
「ロールアウトの話、聞いてませんよ?」
『間に合うかどうか分からなかった為、フィクシー副団長代行が不確定な話を止めていたそうです。ですが、母艦としてのシエラⅡがあれば、そちらの作戦の自由度は格段に上がるはずです』
「皆さんにありがとうとお伝えしておいて下さい。北米の弾薬は足りていますか?」
『同型ゾンビが押し掛けて来てはいますが、合計10億発以上の銃弾が備蓄されている以上、百万の軍勢を毎日常に殺し続けても1年近く持つでしょう。あちらは大量の【シャウト】が確認されていますが、大隊は事前に練られた戦術通り、《《湧き潰し》》に特化されています』
「分かりました。では、こちらを優先させて貰いますね」
『御武運を。騎士ベルディクト』
少年は一端の攻勢を棚上げにして再び日本各地のラインで製造され始めていた警備用や生活サポート用ドローンのイギリス方面へと配備を開始する。
ラインに仕込まれた導線は次々に少年の扱う空間制御の許容量限界までドローンを吐き出し続けて、各地の防御陣地を構えた軍やシェルター周囲で警備の代替と同時に破壊した敵半魚人の肉片を内蔵されていた術式で焼き払い始める。
災害救助で各種の術式を出力する魔術具としても対応する事から、半魚人の攻撃で崩れた建物の瓦礫に埋もれていたり、破壊された戦車や装甲車などの内部からの救出も手助けした。
メイドインジャパンの刻印が為されたドラム缶が頼もしく見えるというのも世の末であろう。
だが、たった数時間で蹂躙された市街地には今も呻き声が溢れており、猫の手も借りたいのは明白でもあり、各地のシェルターや軍は殆どが再編へ向けて動き出す。
医療物資と食料。
日本各地に卸していた農産物が此岸樹の一件で市場に出回せられなくなり、蓄えられていた事もあって、善導騎士団の備蓄は十分だ。
すぐに支援物資の要望は九十九側に積み上がった。
イギリス各地にソレらが無償で供給され始めれば、続いてMHペンダントを使う為のM電池などの要望も大きくなる。
他にも寝具類やテント類なども要望されたが、細かいものは造れなくても、樹脂や各種の断熱材等を諸々合わせて毛布の代わりは造れた為、生活必需品の多くは数時間もせずに需要が満ちる算段であった。
軍側にも襲撃時の対応において重要な役割を果たした敵を燃焼崩壊させる術式を込めたディミスリル弾が大量にカートン単位で次々に配布。
日本側の在庫が掃けそうな程に善導騎士団や自衛隊の武器庫から消えていく。
そんな作業を行いながら、未だ空にある彼女達は周辺警戒を怠らず。
しかし、本当にすぐと錯覚してしまうくらいに早く。
空の果てより何かが近付いてくるのを認識する。
「ベルさん!! 来ました!!」
「こうしてみると。やっぱり、大きいですね」
「うん。シエラは無くなっちゃったけど、これが次のシエラなんだ」
三姉妹が急速に虚空で前方への運動エネルギーの噴出でブレーキを掛け始めたソレが自分達の前方数百m地点に来るのを見て、唾を呑み込む。
ソレは横に翼こそ備えていたが、確かに潜水艦の面影がある。
ただ、色を塗り替えただけのシエラとは違い。
完全に一繋がりと見える船体には継ぎ目が見当たらず。
同時に空をスルリと泳ぐような静謐さを湛えていた。
色は蒼のデジタル迷彩。
しかし、全長は更にシエラの1.5倍以上。
甲板にはやはり継ぎ目は見当たらず。
巨大なサイロ。
発射口のハッチも無い。
ただ、その後方。
X字のスクリューが魔力の転化光で幾何学模様を奔らせており、運動エネルギーを出力している事が確認出来る。
『騎士ベルディクト。シエラⅡ1番艦【-機龍-】到着しました』
「分かりました。入れて下さい」
「はッ」
少年が四人の少女を引き連れて、その船体の真横に手を付ける。
本来は滑ってツルリとしてしまうのだが、その船体の表面には方陣が浮かび上がり、瞬時に内部へと転移が実行された。
少年達が招かれたのは船体前方。
黒武や黒翔の内蔵発進整備を行う多目的運用区画。
通路は魔術によるあらゆる生命維持装置の代替によって、広く造られており、従来の蒸気や油圧を用いる機構は小型化され、隔壁内部に完全埋設する形で省スペース化が図られていた。
おかげで5人がいる区画には天井こそ低いものの。
人が広々と緊急時でも迅速に動ける程度の導線は確保されている。
ゴム式の床と壁は白で統一され、魔力を用いた電力によるLED電灯で明るい。
「お待ちしておりました!!」
彼らを出迎え敬礼したのは陸自の部隊総勢で120人程であった。
一糸乱れず整列した姿はもれなく一昔前のカズマが用いていた全身装甲をスリム化したソレだ。
色こそ迷彩柄であったが、敵を焼き払う事に特化した部隊である事は間違いない。
「陸自の特殊作戦群。神谷さんの原隊でしたか?」
「ハッ!! 東浩司1尉であります!! 神谷一佐とは同期であります!!」
40代の刈り上げた頭部に僅か火傷の跡を持つ垂れ目がちな男性が答える。
「分かりました。焼却系フル装備のようですし、これより第二次攻勢の開始に皆さんを投入させて頂きます。現地HQ指揮は八木一佐。副官として神谷さんが入っているので、指揮下に入って下さい」
「了解です!!」
男が9割、女が1割。
外国人も少々。
そんな混成の一隊が小規模の転移用ポートが並ぶ一角のポット型射出機内に入っていく。
もしもの時は緊急時の避難ポットにもなるし、転移が不可能ならば、内部から流体状に変質した装甲の一角を開いて通常の射出も可能なソレに装填される彼らは正しく弾丸のようなものだ。
『こちら機龍メインCICです。騎士ベルディクトの指揮下に入ります』
「よろしくお願いします。では、これより第二次攻勢の詳細を再度詰めるのに15分下さい。すぐに九十九での演算を終えて、提出しますので」
彼らがそれから出撃したのは30分後。
戦いは嵐が去った後。
再び、雲が沸き上がり始める頃に始まる事となったのだった。




