間章「終末を継ぐもの」
―――豪雨より32時間後。
イギリスにおいて産業革命とは蒸気機関の発達に起因する歴史だ。
だが、それは公害の直接的な原因となり、多くの工場が垂れ流す排煙は人々に降りかかる霧を生み出した。
文明の発展の影。
暗がりの中で進んだ恐怖や諦観が形を成した時。
人々は夜の街に多くの怪異を見ただろう。
人ならざる者。
古の怪物。
時代の狂気。
鉄血の時代は文明の栄華を誇りながらも同時に人へ暗闇を思い起こさせるものだったのだ。
それはさておき西暦も2000年を過ぎて、文明圏には科学の白光が遍く浸透した。
第三世界や中東やアジアには未だ闇が残るとも。
世界からは闇が駆逐されていっていたのは確かだ。
それが新たな闇を生み出しても、それは嘗てあったものよりも合理性や具体性に長け、まるで別物の……人の狂気の産物である方が多かったはずだ。
歩けば、足が吹き飛ぶ地雷原。
都市の中で奴隷のように生まれて使われる闇社会の人々。
薬物漬けにされて敵を恐怖させる為の爆弾にされた子供達。
人権という言葉に漬け込まれ、民族大移動で変質していく国家。
家族と社会の変容が旧来の価値観を打ち壊す勢力の台頭へと繋がる。
そこには一辺足りとも妖物化物の類が入る隙間は無い。
だが、ゾンビの登場が全てを反転させた。
人類を駆逐しつつある元人間だった物体が厳然として物理法則を無視して動く。
これだけで人々は再び闇を恐れるようになった。
そして、それに近付けば、崇めれば、己には害が及ばず。
それどころか繁栄さえ約束されるものだと信じる者すらいた。
故に人々の間で起こった一連の新興宗教団体の勃興は小さくても時代の潮流ではあった。
【黄昏教団】
多くの教団がそう呼ばれた。
彼らの教義は様々だが、彼らが生息する国家はコレを許さず。
地下に潜った彼らは多くが魔術を用いている。
MU人材と日本でならば呼ばれるだろう彼らの一部は超常の術が更に信じられる要素として世界に姿を現した事でより強い影響力を行使し、何も知らぬ人々を己の側へと引きずり込む。
こうして人類生存圏の中で一部の者達の繁栄の為、多くの信者達は奉仕するのだ。
自分達に危害は加わらず。
栄光を掴むと狂信していられるから。
『同志達よ!! 今、人々に罰が下った!! 彼の邪悪なる政府に御神より鉄槌が下されたのだ!! これぞ恩寵!! 彼奴らが崇める経済と王家など我らが奉りし神の前には塵芥である証左である』
オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
千人はいるだろうか。
イギリス本土ゾンビ進入時用に最初期造られた巨大シェルター。
今ではゾンビ化による爆発的な増加を懸念されて本当の緊急時にしか使われないはずの場所。
地下シェルター内部の熱気は最高潮に達していた。
彼らを今の今まで糾弾し、検挙し、拷問に掛け、法律で禁止し、教祖様まで殺そうとした邪悪なる政府当局は今や右往左往。
愉快痛快とはこの事だと彼らは盛り上がっている。
それも自分達が信奉した神の顕現こそが北アイルランドすらも消し飛ばしたと知れば、薬物の煙が漂う密閉性の高いシェルターでは恐怖よりも先に高揚が先に立つだろう。
彼らの部隊は一部、破壊された都市部で小規模な窃盗を全地域で複数回繰り返しており、今回の黒ミサの為に運び込まれた食料と供物は大量。
捕まった人々は精々が数か月の逮捕拘束から数か月の罪で投獄される程度。
このご時世、軽犯罪者の為に社会的なリソースを使えないという事も相まって、そういった軽微な罪を犯した人々はそこまで厳しくも罰されないし、社会保障費の圧縮によって次々に更生プログラムさえ受ければすぐに出て来られるのが常であった。
『呑め!! 歌え!! 新たな神の子達をその身に宿し、新たな時代の幕開けを祝うのだ!!』
世の中、堕落こそ至上。
いつ死ぬかも分からない世界なら気持ち良い事をして死んだ方がマシ。
という人々がいるのはまぁ良識的に見れば眉を顰めるところであるが、常識的に考えれば、それなりに納得も出来る事であろう。
通常のカルトと同じように教団の心理誘導プロセスは四つの軸がある。
まずは神の超常の力の発露を見せる信仰の強化。
次にその一部を与えられる事による選民思考の強化。
次に特別な働きに対して与えられる享楽によっての良識の希釈。
最後に団結を高める為に行われる犯罪、共犯意識の強化だ。
つまり、魔術などによって世界には特別なものがあると教え込み、それを与えて自らは特別だと思い込ませ、特別な仕事という名の犯罪に対する対価を与えて愉しませ、それを更に合同で行わせて自分がこれを選んでやっているのだという自認意識を植え付ける。
特別な事など何もない。
詐欺師か手品師みたいな事をして。
それを教えて。
飯を食わせ、酒を呑ませ、女や男を宛がい。
一緒に罪を犯させればいいのだ。
『これより数刻の後、ご神体による聖別の儀を行う!!』
男も女も無く。
酒と缶詰などを喰いながら、裸で乱交に更けるカルト教団なんて正しく旧時代にだって大量だ。
いや、何なら欧米の会員制のクラブなら毎日毎週やっていたかもしれない。
薬を吸ってアルコールを摂取し、ハイになった男女がゲラゲラ笑いながら食事してエロい事をする。
そこにあるのは妖物化物とは無縁の人間らしい実に普通の堕落の園。
だが、それを特別たらしめているのは教祖の手腕であろう。
嘗て、欧州におけるサバトというのは本当に魔術を扱うような人物達が集まる学術的な部分があるものと単なる今のカルトと変わらないようなものに大別された。
中世ですら人間が変わっていた事は何もない。
普通のカルト教団と同じようにセックス、ドラッグ、ロックンロールをやっていただけだ。
民謡をオドロオドロシイものに変えて、民間でも効用があると知れていた薬草などを焚いて、年若い男女に性交の場を与えていたのだ。
一部はこれを狂信的に行ったし、一部はこれを単なるマンパワーの集約と共同体の結束の為に行った。
だが、ゾンビが出た現在。
更に狂信者を増やせる環境が整った事で状況はこういったカルトが隆盛する素地を大いに拡張したのである。
『我らの神も言っている!! 産めよ。増やせよと!!』
神の子等と言って教団の男女に子供を儲けるよう促すのは子供が金になるし、盾になるし、人権を傘に切るにも丁度良い素材だからだ。
近年のカルトは昔のものとは違って動物の生贄や人間への虐待を使うような手法は取らない。
社会が進んだせいで血を見る事に忌避感が強く。
途中で我に返ってしまう者が多いからだ。
この点、何か共通の敵というのを政府や適当な公的な組織にしておけば、然して問題はない。
裏切り者は単なる薬物中毒患者にして乱交用の奴隷にでもしておけばいいというのが教祖役の本音であるのが一般的であり、拷問なんてナンセンスである。
違法薬物も製造しまくりな彼らにしてみれば、薬物で遺伝子に異常が出た子供などは正しく親が捨てれば、悪魔の子だと言って素性がバレないよう適当に児童関係の公的機関に投げればいいし、親が愛せば、神に愛された子だと適当に祭り上げて、ずっと意味の無いマントラでも唱えるマシーンにしておけばいいのだ。
それは正しく今の今まで人類の中で行われてきた悪徳やどうしても生かしておきたい障害を背負った赤子などを堕胎や子返しのような生き埋めにする風習、資源的な余裕の無い旧い時代の共同体で生かす為の知恵であった。
それを現代に応用すれば、正しく狂気の沙汰であるが、狂気に侵された時代には今更な事であり、人口のコントロールの為の堕胎と赤子を殺す風習は人類生存圏の一部ではひっそりと復活していたりする。
今日焚かれている香はそんな事をしている人々が儀式用に使う大麻や覚醒剤、MDMAとは違う。
比べ物にならない明らかに現代科学では解析困難な成分を含んだ極めて特別な代物であり、まだ薬物汚染されていない大量の無垢な信者達の娘や息子達にも極めて大人達よりも効く代物であった。
その最中、大人も子供も無く狂乱の宴は続く。
これこそ現代の地獄。
と言うのはとても単純だが、これで納得も出来てしまうのが人間である。
理性なんて薬物の前には一欠けらも役に立たない。
『さぁ、唱えるのです。いあ、いあ―――』
教祖。
【微笑む者】と人々に呼ばれる彼は教団の正式な黒のローブに金の巨大な黒山羊の刺繍を背負った男だ。
恐らくはアイルランド系。
痩せぎすで長い身長。
笑顔を常に浮かべる顔はキツネ目だ。
だが、年齢は不詳で何歳なのか。
顔からは判断出来ない。
そんな男の言葉にすぐ唱和し始めた狂信者達は食べながら飲みながら乱交に耽りながら声を上げ始める。
それから先は人間の耳には奇妙に聞き取れない。
それは教団が特別たる由縁の一つ。
そう、特別な呪文だからだ。
言葉にしても脳が認識しない何か。
そして、呪文を唱えている間。
その人物には様々な加護が降り注ぐ。
それはその時によって様々だが、一つ確かなのは魔術師でもない人間に魔術でしか起こり得ないだろう力が発現する事だ。
これを唱えられるようになるには教祖たる彼の直接の手による加護を受ける必要がある。
頭に手を乗せて数分。
それだけの儀式だが、それだけで全てが変わる。
狂信者達の世界は変わったのだ。
警察から高確率で逃れられるようになり、姿を消し、足音を消し、超人的な動きを可能にし、傷は癒え、特に水との親和性が高まる。
海水に浸かれば、立ちどころに疲れは癒えるし、遠泳の世界新記録なんて目じゃないだけの速度も出せてしまう。
そんな彼らの唱和は何時間も続いた。
そして、ようやく彼らが少し疲れ始めた頃。
教祖の声は止まり、ご神体の開示が始まる。
この時の為に北アイルランドが崩壊してすぐにあちらへと派遣した部隊が己の肉体のみで運び込んだ代物だ。
シェルターの倉庫の奥から牛車の如く巨大な車輪付きの神輿が引かれてシェルター中心部へと向かっていく。
その神輿は取り立てて飾られる事の無い木製だったが、細部には荒く削り出された蛸の触手のような意匠が施され、その上部の御座所と呼べるモノの中央には白布が被せられた丸い何が脈動していた。
それを引くのは北アイルランド遠征によってご神体を齎した英雄達。
狂信者達の中でも優れた肉体を持つ男女だ。
彼らは全裸であり、雄々しくそそり立ち、濡れていた。
体躯は2mもあるだろう。
神々しい程に引き絞られた鋼の肉体は今も潮風の下にあったかのようにテラテラと照り、隆起した四肢は正しく丸太のようであった。
だが、何よりも目を引くのはその背中だ。
頸椎から下にある背骨。
尾てい骨に至るまで左右3対6つの触手らしきものが生えている。
それは青白い色をしていながら、蛸の如く吸盤を備え、赤黒く脈動する血管を奔らせて、練り歩く間に周囲の狂信者達に触れていく。
『おおぉおぉお―――使徒様ぁ!!』
『ぁあぁああぁ―――使徒ざまぁ!?!』
その毒々しいとすら言えるかもしれない触手に触れた人々は正しく歓喜に口から泡を吹かせて失神するか。
恍惚と忘我の境地に至り、穴という穴から体液を吹いて膝を付き、その男女を拝むようにして両手を組んで目を潤ませた。
正しく邪悪なる儀式そのもの。
だが、それに彼らが怯える様子は一切ない。
詠唱と共にもう彼らの理性は吹き飛び。
その心には確かに恍惚と法悦と昂る愛に満ちている。
誰もが聖人君子みたいな穏やかな顔か。
昂り過ぎて失神しそうな様子だ。
狂信者かくあるべし。
そんな彼らの横を通って、4人の男女がシェルターの中央に神輿を停止させた。
すると、周囲から次々に信者達が頭を垂れて、熱心に祈り始める。
そんな様子をシェルターの端で見やる男女がいた。
彼らは殆ど全員が全裸である最中。
男は上半身裸でこそあったが、女はローブを着崩してすらいない。
男女共に黒髪であった。
男は乱雑にカットしたざんばら髪であまりにもワイルドなものだから、逆にそういう髪型なのかと思うような程で女の方は肩まで伸ばした髪がおかっぱ状になっており、瞳ギリギリ上で切り揃えられている。
どちらも黄色人種。
よく見る者が見れば、日本人当たりだと解るかもしれない。
「久重。僕らってお似合いに見えるかな?」
二十台後半か三十代前半か。
あるいはもっと歳を重ねたようにも見える奇妙なくらいに大人という以外に年齢が測れない女が眼鏡越しに微笑む。
「さてね。オレはお前が今から此処にいる狂信者連中を解剖し始めないかの方が気に掛かる。アズ」
「そんな事しないよ。こんな連中何処にでもいるよ。今も昔もね」
「その発言は歳がバレるぞ」
「さて、どうかな? 僕達はお仕事で此処にいるのであって、君が女性の歳当てとか最低な暇潰しなんてしないと信じてるよ。久重」
「はいはい。で、どうする? 今にも此処の連中が化け物化寸前なわけだが」
「化け物というか。アレは何か違う気もするね」
「違う?」
「まぁ、中身を暴いてみないと何とも……ただ、彼女が日本で燻ってる間にこっちはこっちの仕事をしようか」
「仕事ねぇ……」
「生憎とBFCに時間は無いらしいから。市長殿のご機嫌を取って人類の窮地も救っちゃう僕らは正しく守護者扱いされてよいとも♪」
「良い歳した僕っ子の護衛で守護者扱いされるのも遠慮したい話だ」
「愚痴らない。愚痴らない」
男女は会話しながらも人込みを抜けてすぐに神輿が見える最前列まで来た。
そして、上半身裸の男。
少なからず鍛え込まれた筋肉美も美しい少し厳つい美丈夫染みた顔を半笑いにした何処かネジが一本か二本抜けたような表情の彼が仕方なさそうにローブ内の腰元からゴソゴソと何かを取り出し、約1秒で取り出し際に神輿の白布を撃った。
アサルトライフルだ。
それも東京で嘗て観測された黒いリッチタイプのBFCの先兵ゾンビが使っていた代物だ。
ソレの掃射で白布が弾けて内部から脈動する肉塊が露わになった瞬間、無数の触手が飛び出そうとしたが、触手が弾丸の嵐に千切れた。
そして、撃ち込まれた弾丸に狂乱したような叫び。
肉塊の表面に出来ていた唇が正気が削れそうな絶叫を上げる。
咄嗟に肉塊を護ろうとした男女四人が青年に殺到しようとしたが、すぐにその場で跳躍して後方へと下がる。
理由は単純だ。
青年の後方にいた女が更に二挺のアサルトライフルを男女に連射したからだ。
次々に着弾する弾丸は確かにその肉体にめり込んでいる。
普通の弾丸ならば、そもそも食い込む事すらない肉体。
男女四人が苦悶の表情を浮かべながら、触手で跳躍し、後ろへと下がっていく様子は信者達がちゃんと認識出来ていたならば、驚きを持って見られただろう。
「久重」
「OK。アズ」
周囲の信者達が恐慌を来している間に青年の手が突き出され、虚空に黒い沼のようなものが滲み出て、内部から柄が引っ張り出される。
その先にあるのは日本刀だった。
だが、ただの日本刀ではない。
明らかに鋼の色合いでもない。
黒く蠢く何か。
そう言えるモノが護衛達が消えた肉塊へと青年の突進と共に瞬時、掻き消えた。
一瞬で起こった剣撃は音速を越えている。
細い肉の錐が無数に青年に向けて突き出され、更に後方からは撓る触手の一撃が次撃として用意されたが、青年は全ての錐を接触寸前に斬り払い、肉の鞭をも返す刀で一刀の下に斬り飛ばして見せた。
そうしてドスリと黒き刃が肉塊へと先端から半分ほどまでも埋まると。
蠢く肉塊が沸騰したように震えた刹那。
バガッと中央から無数、賽の目状になって崩れ落ち、ブスブスと煙を上げながら発火した。
だが、その炎もまたおかしなものだ。
歪んでいた。
焔がまるで生き物のように歪んで戯画の如く猛りながら、緑炎を噴き上げていた。
「逃げるよ?」
「あいあい」
青年が肩を竦めて、未だ狂信者達が呆然としている間にアズを腰から背負うようにして駆け出す。
「に、に、逃がすなぁああああああああああああああああ!!!?」
その声は一拍遅かった。
*
青年と彼女が逃げ出して数分後。
すぐにシェルターは封鎖されたが、後の祭り。
内部に仕掛けていた発煙筒が大量に焚かれて、緊急用の換気装置が回り始め、シェルターから煙が見えると通報が出された後。
大量の信者達が密かにカルトのサバトを行っていた事が発覚。
次々に周囲から集結してくる警察と軍の治安維持部隊により、千人近い人々が一斉に検挙される事となった。
その中には妊婦だの子供だのが何割か混じっており、イギリス政府はこの対応に苦慮しているようだが、そこは人類の行政府の叡智に期待しようと二人は逸早く信者達を見捨てて逃げ出した教祖と取り巻きを追うべく。
予め頂戴していた軍用車で嵐の中を追った。
雲間の夕方。
土砂降りの雨。
視界は0だし、道路というよりは道があったところを走るというのに近い。
山間部の細い随分と前に舗装されたのだろうアップダウンの激しい通路は道幅も狭くてロクな管理もされていなかったのかボロボロだ。
ガードレールなど付いていない為、殆ど車幅ギリギリ。
一転下は崖か奈落か。
という事で運転している青年は溜息を吐きつつ。
慎重に道路を進んでいた。
まぁ、それでも随分と非常識な走行ではあっただろう。
土砂降りの視界0な状況で夕暮れ時でライトもなく。
水に滑る車輪で時速40kmを出していたのだから。
「いやぁ、さすがに逃げ足が速いね」
「だが、これであいつらの取り巻きは殆ど消えた。後は奴らが消えれば、カルトはお終いだ」
「ま、こっちはサンプルも手に入れたし、人類に害悪な魔術師を処分して一石二鳥と」
「で、お前の事だ。何かあるんだろ?」
「何だい何だい? 僕に秘密があるような言い方じゃないか」
「無いとでも?」
「ああ、無いとも有るとも言えないさ♪」
「はぁ……北アイルランドで数千万以上……いつ黙示録の四騎士が来てもおかしくないんだぞ? 少しは緊張感持てよ」
「彼らは今動けないよ。そもそも日本で同胞が2万飛んだのはまだいいとして、四騎士の一角が落ちた。後の三人の内の二人はユーラシアで遺跡の守護とこちらの技術解析に躍起。残りは南極だ」
「何でBFCも知らん事をお前は知ってるんだろうな。本当に……」
「ヴァヴェッジとは友達ではあるが、部下になったつもりはないね。食客ってヤツだ。独自行動くらい取れるのさ。あの自称市長の剣さんと違ってね」
「そういやお前って【接触拡張子】の部隊長から目の敵にされてるよな」
「仕方ないね。僕と彼の関係が気に入らない乙女乙女しいヤキモチってだけさ」
「……で、今回も見守っておくのか?」
「いやぁ、あんなのが大西洋に眠ってるなんて僕も知らなかったんだよ。恐らく、原初の大陸から来たんだと思うけど、それにしても規模が大き過ぎる。僕にだって大仕掛けが無いわけじゃないけど、対抗するには彼らの力が必要だろう」
「善導騎士団、か」
「そう……15年越しの来訪者。哀れなる犠牲者達だって、彼らが一緒だったなら、ああはならなかったかもしれない。ま、全部BFCと米軍が悪いね」
「だが、お前はそこの部隊長だけどな」
「働く者食うべからずって彼が言うから仕方なく席を置いてあげてるだけだよ」
「じゃあ、さっさと邪悪な神様とやらを顕現させた連中にはこの世からご退場願おうか」
「そうしよう。実はフィッシュ&チップスを今でも出してる旨い店があるんだ。サクサクで香辛料が掛かってて、油でギトギトな揚げパンとソーセージとコーラが染みるんだよコレが♪」
「旨そうだが、寿命縮みそうなメニューどうもありがとう。持ち帰りは?」
「OK。今日は僕の奢りだ。あの子達に買って行ってあげなよ」
「了解だ!!」
青年が前方に見付けた敵の車両。
四輪のバギーに向けて窓から出した片手でアサルトライフルを乱射した。
次々に機関部を撃ち抜かれた車体がスリップし、そのまま奈落の底へと落ちていく。
だが、それで終わりではない。
青年が車両を止めて、ローブ姿で外に出た。
すると、教祖らしき男を護るように4人の護衛達がジェラルミン製の盾らしきものを片手に軍服姿で自動小銃を構えている。
パチンと教祖の指が弾かれると雨が唐突に止んだ。
同時に雲間からサっと暮れた空の輝きが射し込んでくる。
「BFCの狗が潜り込んでいたか……考慮はしていたが、実際彼らは現生人類に然して興味が無いと思っていたんだがなぁ」
教祖が四人を横にして前に出て来る。
その豪胆さはともかく。
気象すら片手間に止めて見せる相手に久重と呼ばれた青年は目を細めた。
「カルトで何をしていた? 化け物が欲しいなら、肉塊でも加工してりゃ良かっただろ?」
「ふふ、サハリンの彼女もやられて、残るは私も含めて数人……人類の絶滅を心の底からどうにかしようと立ち上がった勇士も後僅か……彼女の遺産達に期待したいところだ」
「……人類の絶滅って、自分で絶滅させようとしといて何言ってるんだ?」
「ああ、まぁ、確かにそう見えるかもしれないが、元々この方法は人類終末期の最終盤に発動される予定だった。海底遺跡への術式打ち込みも結局はそれをその時期に己で制御する為のものにしか過ぎなかったしな」
「………」
「これは厳然とした人類救済ルートの一つなのだ。君達BFCが目指すルートとは違うが、我々発掘調査隊は其々が別の方法論での人類救済に着手してきた。この15年という歳月……一度とて人類の救済を諦めた事は無い」
「発掘調査隊って、まさか? だが、あの調査隊は確かに死体まで確認されたはず……」
「全滅などしていないとも。ああ、黙示録の四騎士……今はそう呼ばれる彼らの手で殺されそうにはなったが、生き残ったのだ。そして、その際に米国の悪辣さも分かった。後々には残酷さと凶悪さもね」
「それでカルトを作る理由になるかよ」
「我々は最も確率の高い方法を取る事にしたのだ。其々があの遺跡で見つけたものを用いてプランを練った」
男は懐かしそうに目を細めて、車両に未だ載っている女を見つめる。
「彼女は戦力を用意しようとした。そして、私は人類の適応を図る事にした」
「適応? そいつらがそんなもんに見えるとしたら、お前の目は随分と節穴だな」
「ははは、化け物を用意しようとしたんじゃない。実際には母体を用意しようとしたんだ。そこは訂正させて貰おうか」
「母体って、オイ?! クソ野郎!?」
「ふ、察しはいいのか。彼らは成功例だよ。美しいだろう? 今年で肉体年齢は青年期になるんだ」
「ッッ」
青年が銃把を握り締める。
「ちなみに母体を安定させたかっただけだ。別に化け物じゃなくても構わなかったんだ。十分に儀式は成功しているとも……あそこに妊娠可能な母体は年齢問わず320人。今回の儀式で全員がもう受胎済みだ。後は彼女達が我が子を愛してやるだけだとも……人類が彼女達の我が子を皆殺しにするならば、それこそ人類の方が悪であるだろうとも。何せこの子達は普通の精神性しか有さない」
「……普通の精神性で人が簡単に殺せるのか?」
「ああ、そのように教育すれば可能だ。人間と同じだよ。もう計画は達成されている。あの神を用いたのも単なる適応例としてパフォーマンスが高かったからに過ぎない。まぁ、四騎士の一角が崩れて、こんなにも早く覚醒したのには驚いたがね。10年以内にはもう起こっていたはずの事だ」
男はそれ以上語らず。
「お前達。分かっているな」
「「「「はい。父さん」」」」
「良き人に成りなさい。お前達は戦士にして長だ。種族の者達を生かし、共に歩むがいい」
四人が一斉に四方へと散った。
ある者は崖の下に、ある者は道の先に、ある者は男女共に寄り添って山を下っていく。
「ちなみにあの神がこれから存在していようと存在していなかろうとあの子達には影響が無い。そういう風に造ったからな。人類が消えれば、あの子達がこれからこの星で屍達と戦っていくだろう。人類が例え黙示録の四騎士を下しても破滅は止まらない。この星で人の形を保ったままに戦い生き続ける生命体……私が綴ったポスト・ヒューマン計画は完結している」
「だが、お前のカルトは終わりだ」
「ふ、ふふふ、あははははははは」
「何がおかしい?」
「カルト、か。彼らの脳髄に擦り込んだのは教義などではないのだがな」
「何?」
「残念ながら、今頃全て終わっている。あの神の呪文で精神の不の想念や記憶、魂魄は全て磨り潰して破却、その生贄にした分の魔力で受胎した子らの栄養となって貰った。後に残るのは無垢なる少年少女と記憶喪失のやはり良心的な患者だけだよ。ちなみに彼らの頭には子供達への愛を山盛り仕込んでおいた」
ニィッと男が笑う。
「君は良心的な人物達が化け物のような姿の子供を心の底から愛して教育してやろうという時にそいつらは人を殺した神の力を宿している。さぁ、皆殺しにしよう。と、言えるのか?」
「―――ッッ?!!」
「無論、そういう連中もいる。が、だからこそ人々は真っ二つに割れる。そして、グダグダと答えの出ない事を言いながら民族問題や差別問題、社会問題としてあの子達の話は固定化されるだろう」
「それが狙いか?!」
「願いと言って欲しい。生まれて来る子達は絶対的に優良だ。私が選別した良心的な要素しか有さない遺伝資源の下に《《製造されている》》。サイコパスになる確率は0。強靭でエネルギー消費が少なく、常人よりも極めて早く成長する肉体。旺盛で幼い頃から個体を増やせる生殖能力。善良で強固な精神を形作る脳器質は常にオキシトシンに満たされている」
男は譫言を言う狂人そのもので天を仰ぐ。
「寿命は人の四倍。知能指数は約2倍。遺伝病とは無縁で近親婚で世代を重ねても彼らの遺伝子に狂いが出る事は無いし、永続して子孫を残し続けられる。社交性や共感性にも優れる。そう……あの原初の大陸において誰かがやっていたのだろう遺伝改良技術は完璧に継承された」
男の姿が燃え上がっていく。
しかし、青年はそれを止めなかった。
「素晴らしいだろう!! もっと、祝ってもいいんだ!! 私は確かに新しい種族を生み出した!! 人を継ぎ、人を越えていける種を!! あの原初の大陸において異種と呼ばれる人々がいたように。この世界にもまた新たなる種が増えただけの事!! BFC!!! 君達が是非失敗してくれる事を祈るよ!! そうすれば、この世界は私の子供達で満たされるのだからな!!!」
狂人は確かに可能なのだろう事実を朗々と歌い上げながら、炎の中で燃え朽ちていった。
それもまた何かの儀式術であった事は青年にも解った。
男が瞬間的に消滅した時。
その中心から何かが上空へと駆け昇り、空で弾けて全方位へと波のように拡散していったのだから。
「狂人の祝福、か……引き上げるぞアズ!! 後で色々聞かせて貰うからな!!」
今の人類にとってそれが有害か無害かは今のところ青年にも図りようが無かったのだった。




