第142話「ベルさんアルバム(表)」
―――アイルランド北部消失より7日。
丁度、その日の朝。
シェルターが立ち並ぶ都市は避難民を編成した各種の業務集団による大会合を開く予定であり、八木を主軸とする日本政府側の意見を答弁するチームが全てを引き受けた事でようやく少年の脳裏以外の仕事は一時的に切れる事になっていた。
ポケットは未だ全力流動状態であるが、前よりも余裕がある。
作業工程は変わらないが、ポケットの容量が増したのだ。
機械魔導術式を取り込んだ少年の魔導による空間制御の容量が数倍に増えた。
言葉にすれば、単純な話に聞こえるかもしれないが、今の今まで超精密に空間の制御を行っていた少年の精神的なリソースの消費は段違いに改善した。
100の仕事を10の制御リソースで回す時、道具の力が5しかなかったのが30になったら、それはそれは道具に頼る事が出来るだろう。
まぁ、なら仕事を何倍も出来るよね。
というのが少年の流儀だとしても、一時的に精神統一を緩めたりも可能になったのだから、随分と楽なのは間違いなかった。
本日の天気は曇り。
北部に発達する巨大な雲は今も勢力を維持し続けており、周辺環境の激変から来る水蒸気や低気圧が強まると勢力を一時的に拡大する事がこの数日確認されていた。
それはつまり肉塊の放つ力による結界が強まる事を示唆していたが、今のところは肉塊周囲に異常な状況は見られず、大人しい内にと騎士団もイギリス政府と共に避難民達の生活の安定とシェルター都市の防御陣地構築に全力を挙げていた。
ゾンビが出ないならば、イギリス本土へ輸送してはどうか。
という話も出てはいたが、実際問題として住宅地が足りるわけもなく。
避難民がゾンビ化するのではないかという疑心暗鬼もあり、政府側はこれを検討中という事で凍結し、騎士団側もようやく安定してきた状態でこの国の人々に備えさせる為のマンパワーの確保などに全力を挙げていた為、両者の意見は別々の意図がありながらも合致した。
アイルランド政府はそもそもが首脳と政治家の殆どが北部の大規模な会合に出席していて死亡しており、残ったのは地方議会の人々くらいであった。
行政従事者達が残っていた事で現状は十分に現地民との間にコミュニケーションも取れており、今後来る化け物との戦い。
北部の奪還という大義名分を掲げての復興と既存都市部への帰還を目指しての国力の回復に異論も出ず。
為政者達との関係は今のところ良好であった。
ようやく何が何やら分からないが、という時期を脱した故の大会合。
その合間に少年が一息吐いても問題なんて無いだろう。
ロンドンの話は映像付きで届いており、本日中には四人が帰還する事が決まっている。
それと入れ替わりで黒武が3機【正史塔】へと向かう事もだ。
この間にロンドンの魔術師達は態勢を整えており、もう大系の転換へと取り掛かっていた。
空間制御に足りない魔力は魔力電池を大量供給し始めたので問題は無く。
日本よりは遅れても機械魔導術式の使い手達が数日後には誕生する手筈。
「………」
静まり返る朝方の空気は何処か薄暗く。
結界の影響か。
人の気持ちを落ち着かせるというよりは少し落とすような空気を漂わせ。
少年は何処か懐かしい。
そう、懐かしい気持ちになった。
「………」
実家の横の墓地が丁度、そんな場所だったから。
いつの間にか灼熱の砂漠とか太陽とか凍える大海洋とか巨大な山岳とかがお友達みたいな状況で諸々の活動をしてきたが、少年の本質は魔術師だ。
魔術師とは陰鬱な薄暗い庵で誰も来ないのを良い事に自分の欲望を満たす為に諸々実験や研究をしているものだ。
つまり、血統的なインドア派。
まぁ、今更に術師面しても出来る事は限られているのだが。
「ぁ……」
四人が帰還する空。
丁度、小さな雨粒が降り出した時。
リスティアと姉妹達とハルティーナ。
それと軽く映像越しにロンドンの塔内部だという場所で話した少女が来た。
ハルティーナに抱っこされながらだ。
どうやら仲は良さそうだと少年は黒武の後部ハッチを開けて、全員を招き入れた後、温風でサッと水気を全員から飛ばした。
ホッコリという感じに全員がやってくる。
常時、鎧を身に着けさせている事は申し訳なく思ったものの。
現状、未だ何も足りない状況では少しの時間が命取りという事を思い。
せめて、少しはリラックスして貰おうと用意していたCPブロック内のソファーに全員を少年は導く。
「わぁ♪ 美味しそうよ。お姉様!!」
「凄い。ベルディクトさんが用意してくれたんですか?」
「おお、ベル。お主も実は料理の才能が?」
そう反応する少女達の横ではシュルティも驚いた様子だ。
そんな彼女達の横でハッチが開閉し、ヒューリが傘も差さずに入って来る。
魔術で雨避けはしてきたらしく。
水気は含んでいたが、今は羊毛のようなフッカフカな髪はサラリとしていた。
「ベルさん。只今、到着しました。二人ともお帰りなさい。ハルティーナさんもリスティさんもご苦労様でした。そちらの方がお話の?」
「あ、はい!! シュルティ。シュルティ・スパルナです!!」
慌てて挨拶した少女が思わず頭を下げる。
「おはようございます。シュルティさん。そんなに固くならずに。妹達がお世話になりました。まずはみんなで朝食にしましょう」
と言う間にも少年は少女達に普通のケータリング……ただし、日本の《《いつものホテル》》からという話をして苦笑を誘い、それなりに豪勢な朝食となった。
とにかく品数が多い。
香味野菜のスープ、ローストビーフのBLTサンド、フワフワなパンケーキ、チキンサラダ、ハニートースト、他にも副菜になりそうなものが数品。
紅茶に珈琲もあれば、チョコにアイスクリームもちゃんと完備されているとの話に今の食糧事情でこれを食べようとするなら、どれくらいの値段になるのだろう……いや、そもそも用意出来るのだろうかとシュルティ当たりは御馳走と言って差し支えない食卓に驚きを隠せなかった。
特に香料や原材料が特定の地域にしかない類はもう原産地が消えている。
バニラやカカオが原料である甘味の類は今や長期保存用の缶詰や加工食品くらいにしか見られないものであった。
「美味しい……すごく……っ」
少女が出された食卓から取り分けられた品を口にしながら、思わず目を輝かせて無言になる。
それを横目にしながら全員が同じように食卓を囲んだ。
頂きますの挨拶を自分以外が全員したものだから、思わずシュルティが自分もという顔になったが、さすがにハルティーナが大丈夫ですよと笑って、賑やかな時間が始まる。
「うわ……パンケーキってこんな料理だっけ? お姉様」
「ああ、これは素材も良いですけど、腕もいいんですよ。でも、メープルシロップなんて本当に貴重ですね。北米で陰陽自研の人が造ってるって言ってましたけど」
「あ、これがメープルシロップなの? へぇ~~」
姉妹達がパンケーキに掛かったシロップの味に感心している合間にもローストビーフを挟んだサンドを齧ったシュルティは世の中に未だ肉をこんな風に食べられる場所があるのかと固まった。
「ふむ。どうやら合成ものも十分な味のようじゃのう」
「そうですね。色々とあちらで工夫してくれてるんですが、それでも遜色ないレベルです。終わりの土を使わなくても此処まで出来るなら、後はコストを量産で下げればいいだけです」
リスティアと少年は人工的な蛋白質の合成を行う事で生み出された肉の味に大きく満足した様子となっていた。
前々から食料問題関連で少年は味に煩いリスティアに時々貢物染みてこういうものを試食させていたりしたのだ。
「ああ、香味野菜が複数入るとやっぱりスープも味が違いますね。早く市場に沢山出回るといいですね。ベルさん」
「はい。そこは農水省と現地生産者団体の皆さんが頑張ってくれてますのでもうしばらくしたら皆さんの口に届くと思います」
「ねぇ? ベル。このチキンサラダのチキンも合成なの?」
「あ、そっちは合成じゃないんですよ。鶏肉は唯一民間でも出回る類の出荷サイクルが短い生肉でしたし、地鶏を使って頂きました」
悠音に少年が告げた事は本当だ。
それは生産者団体から善導騎士団に感謝の気持ちとして届けられたものの一部であった。
「このハニートーストも外はカリカリで甘くて中はフワフワ……バターと蜂蜜が染みてて、とっても美味しいですよ。でも、このちょっとほろ苦いのって?」
「あ、チョコチップが入ってるそうです。北米で造ってる加工品です。今はカカオ原料で日本に供給してるんですが、加工品にした方が後々高く売れるだろうって事で高度な食品加工系の産業も立ち上げてる最中なんです」
明日輝がその少年の説明になる程と頷く。
こうして食後のお茶となり、紅茶と珈琲が出された。
熱々の濃く入れた紅茶をキンキンに冷やしたバニラアイスを入れたカップに注ぎ入れたものが出されて、三姉妹とシュルティは完全に満足した様子となる。
珈琲を選択した少年とリスティアは横にブロック状の一口チョコを置いて口にしながら珈琲を流し入れ、やはり芳醇な時間が流れた。
そうしてしばしの無言の後。
シュルティはその食卓に凝集された少年達の背後にある巨大な力を理解せざるを得なかった。
「本当に皆さんはネットで言われているような超技術集団なのですね」
「シュルティさん?」
今まで無言で幸せそうに食事を頬張っていたハルティーナがシュルティの表情に思わず声を掛ける。
その顔には確かに涙が浮かびそうなくらいに潤んでいた。
「もう何処にも無いはずの味。人類が失ってしまったはずの文化。此処にあるのはきっとゾンビが世界を滅ぼす前の食卓……それくらいは分かります」
スッと少女が顔を引き締めて少年を見やる。
「もう一度、自己紹介させて下さい。騎士ベルディクト。私はシュルティ。シュルティ・スパルナ……この地に残った最後の【蒸気律師】です」
「はい。僕の方からも……僕はベルディクト。ベルディクト・バーン。善導騎士団で色々させて貰ってます」
二人の視線が交わる。
「先にお話しさせて貰った通り、私の姉がほぼ実質的にはこの国で最後の戦える術師でした。姉は化け物の攻撃があった日、私を家から転移でロンドンまで逃がしてくれました。その時、私は皆さんに助けを求めるように言われたんです」
少女は己の黒き箱を取り出して、虚空に姉の姿を浮かび上がらせる。
「姉の名はルル。ルル・スパルナ……私の自慢の姉でした。そして、ベルディクトさんから頂いた情報にあった肉塊……最大のものがある地点に我が家がありました」
「そうでしたか。やっぱり……」
「やっぱり?」
「本来、大陸を削るレベルの攻撃で地殻が完全破砕されていれば、イギリスもアイルランドも本来なら消滅していてもおかしくないんです」
「それって……」
思わずシュルティが胸元を掴む。
「はい。僕は最初から誰かが被害を抑えてくれたんだと思ってたんですが、状況証拠から言って、お姉さんがしてくれていたのではないかと」
「……お姉ちゃん……っ」
キュッと少女が唇を噛む。
「では、本題に入らせて貰います。その箱が……」
「はい。我が家の秘儀の箱……【黒匣】……嘗て術師の家系として大家であった我が家にインドとの交流で伝来したものです。以来、我らはこの箱を護り奉り造って来た。そう……記述にはあります」
「記述?」
「最後に姉が私に何かの魔術を……姉は私が成長すれば、少しずつ《《思い出す》》だろうって」
「ああ、そういう。その……少し貸して貰っても構いませんか?」
「はい。そもそもこれは私が造ったものですから」
少年がシュルティから箱を受け取り、魔導方陣を展開して解析し始めた時だった。
パチンと何かのスイッチが落ちたような感覚を受けて、少年が不意に意識の暗転を感じる。
そして、同時に目の前を向き直すと。
そこには白い霧が出ていた。
「………」
周囲を見渡せば森ばかりがある。
一瞬の事だ。
しかし、警戒するには少年もまた魔術師の性か。
人並み以上に落ち着いていた。
冷静。
いや、それ以上に情動を制御出来てしまっていた。
「………現在地検索、不明? 全知覚状況……曖昧? 魔導観測全起動……そもそも《《情報が存在しない》》……つまり、これは夢じゃないけど、現実でもなくて……概念魔術的な事象に近い?」
少年が自らの魔導を使いこなして見せたが、一行に曖昧な状況に仕方なく溜息を吐いて。
森へ一歩を踏み出した。
幾ら歩いたかは恐らく問題ではないと理解したから。
彼は《《沢山歩いた事にした》》。
そうして、ふと自分の前が開けて。
霧の奥に何かを見る。
それは―――だった。
魔導の機能が正常に働いている。
マズイ情報を意識から完全にシャットアウトして使用者の精神を護るのだ。
しかし、それは何か巨大な力を持つ事は理解出来た。
そして、明らかに人類にはまだ早い類の何かである事も。
(神格の類?)
大陸の魔術師は神格を崇めるかどうかという点では昔は崇めていた。
だが、あくまで信仰と御業を引き換えだ。
商人と客みたいなものだろう。
大陸の【意匠】などはそれを証明する最たるものであり、神格を崇めたり、詠唱したり、諸々の手間を省き、飾り立てるのに丁度良いからと発達した経緯がある。
少年がどうしようかと訝しむ間にもソレからスゥッと何かが噴き出すようにして周囲に舞い上がっていた。
「………」
何を伝えようとしているのか。
それは分からない。
しかし、その黒くヒラヒラしたものの上から黒い箱が落ちて来る。
それは掌に載るくらいに小さく。
そして、同時に少年が初めて魔導で理解出来る部分が一部存在していた。
バツンと理解が追い付いた瞬間には視界が暗転し、元に戻っている。
「ベルさん?」
ヒューリが少し不安そうに少年の顔を横から覗き込んでいた。
「あ、意識とか落ちてましたか?」
「ええと、数秒反応が無くて」
「そうですか……まぁ、今はたぶんそんなに関係ないと思うので後でお話しますね」
「は、はい」
少年が再び魔導で箱を解析する。
そして、その中に夢の中と同じように一部すぐに解析可能な部分を見付けた。
「やっぱり……」
「やっぱり?」
少年がシュルティに視線を向ける。
「ええと、これは恐らくなんですが。僕らの来た大陸由来の技術です」
「え?」
小麦色の少女が思わず目を丸くしている間に少年は一息入れて珈琲を啜る。
「もうちょっと借りますね。ええと、片付けをお願いします」
こうして少年は少女達に朝食の片付けを押し付けて悪いとは思いつつも、自らの手に渡ったソレに意識を集中させるのだった。
*
「僕は風の噂に聞いただけなんですけど、大陸の西部で起こった戦争で使われた魔術具、機器に同じようなのがあったと言います」
「それって……確か外なる神が関わってたって言う大異変の?」
「はい。蒸気に煙る亜人国家と謡われた彼の国の産品です。販売もしていたと思いますが、多くは大異変の前後辺りで輸出を停止したと記憶しています」
ヒューリが思い当たる節に僅か真顔になる。
「本当に関係あるかは分からないんですが、この魔術具の基礎的な部分に使われている術式は変質こそしてますが、西部式の大系によく似てます。解析出来てない部分はあるんですけど、一応は原理的なものも理解出来ました」
少年が少女達を前に魔導で日本から引っ張って来たホワイトボード。
陰陽自研でも使われるソレにペンで概念図を描き出す。
「コレは箱の中に閉じ込めた特別な機構で1を3とか4にするシステムです。一種の無限機関の仲間ですね」
四角い箱の中には∞の文字が書き加えられている。
「本来、この箱はその1となる物質を供給されないと動かないはずなんですが、シュルティさん」
「は、はい!!」
「動力として何を供給してるんですか?」
「ええと、大量の水を……後、魔力を少し」
「物質としては水だけですか?」
「はい。わ、私は未熟なので肝心な部分の製造はまだ任せて貰えなくて……お姉ちゃん。姉が必要な部品を揃えてくれて、それを組み立てて造ってたんです。姉の部屋にあった道具や設計図は残っているのでちゃんと再現は出来ると思うんですけど、詳しい動力とかは……魔力を使っているんじゃないんですか?」
「僕が伝え聞いた話だと特別な燃料が必要だったはずなんですが。一応、箱を解体していいなら、原料は取り出せるかと思うんですけど……どうでしょうか?」
「それは……はい。組み立て直せるようにその……私がやってもいいですか?」
「勿論です。動力源が入った部分は推定してますので」
少年がシュルティに何事かを告げて、少女が後部ブロックの作業台。
本来ならば黒翔や痛滅者の調整改造用システムツールの上で再び別の黒い箱を虚空から取り出して、更にその周囲に褐色の革製のカバンを取り出し、内部から鋼鉄製らしい器具を引き抜き、向き合い始める。
数分で箱の一角が開き、内部からソレが取り出されて、元に戻される。
箱の中から出て来たのは小さな試験管に似たものだった。
内部には黒い何かヒラヒラしたようなものが浮いている。
「このパーツは今まで見た事はありますか?」
「はい。お姉ちゃんに凄く慎重に、大切に扱うようにと」
「ちょっと見せて貰っても?」
「どうぞ……」
少年がそのヒラヒラしたものが入った試験管みたいなソレを手に持って魔導方陣を展開し、内部を解析してからフムフムと頷いて、数秒で返した。
「何か分かったのですか? ベル様」
ハルティーナの言葉に少年がコクリと頷く。
「ええと、何となく。この箱を改造した人達が何をしたのかが分かりました」
「改造?」
「そんなに重要な事じゃありません。恐らくですが、ガリオスに流入していた魔術具の一つをどうにか使えるようにしたモノ。工芸品レベルで人の手で造っていたという事は製造は可能ではあったんでしょうが、燃料が用意出来なかった。それで代用品を使えるようにしたんじゃないかと」
「代用品?」
「この世界あるいは僕らの世界。もしかしたらまた別の世界かもわかりませんが……あの黒いヒラヒラしたものは神の一部です。恐らく」
思わず全員が固まった。
「神の一部?」
シュルティ自信が最も驚いた様子であった。
「代用品として確保出来たのがソレだけだったんでしょう」
「神の一部を動力源にしているという事ですか?」
「はい。ええと、そう言えば、僕らが来た世界の事はまだ広報はされてないんでした……皆さんに少し聞いてみて下さい」
シュルティに取り敢えず事情を……そう他の少女達に説明を頼んだ少年は解析したデータを脳裏で更に分析しながら、原理の一部の情報に舌を巻いていた。
(この機構を考え付いた人はきっと本当の天才だった……これは……これを可能にするのは概念論に凝り固まった魔術師じゃ……この原理を応用出来れば……)
数分で異邦人達が実は異世界人だと聞かされたシュルティは目を回す勢いで混乱しながらも何とか状態を呑み込んでいた。
「つ、つまり……大昔に皆さんのいた世界の一部がこの世界に辿り着いた。そして、今皆さんが時代を越えて此処に?」
「そういう事です」
ヒューリが頷く。
「大昔って話だから、シュルティお姉ちゃんのご先祖様もガリオスの人に近い誰かだったのかもしれないわ。これってロマンて言うのよね? お姉様」
屈託なく悠音に言われて、思わず彼女は思う。
「そうですね。シュルティさんも私達みたいな繋がりがあるのかもしれませんね」
「あ、あの……一応、私はその……年下ですから、呼び捨てで構いません」
それを聞いた姉妹達はヒューリの傍に寄る。
そして、いきなり自分達の誰が年長の姉だと思うかと訊ね。
おずおずと明日輝と答えたシュルティに思わず悠音が笑いながらウンウンと頷き、ヒューリがちょっと膨れた。
ガラッと姿が変わってしまったヒューリであるが歳の頃はまるで変っていない。
なので年下に見えるのは仕方ない事だろう。
そこで種明かしだと精霊の鎧を解いた二人の姉妹を前に思わず目を点にしたシュルティはパクパクと口を金魚のように声も出ない様子で開閉させるのだった。
*
「さんっ、はい!!」
「ユーネ……ちゃん」
「えへへ~お姉様。お友達が出来たわ」
「良かったですね。悠音……シュルティさん?」
「ア、アステルちゃん」
「はい♪」
「や、やっぱり、呼び捨ては……は、恥ずかしいです」
「です、じゃなくて」
「は、恥ずかしいよう……(/ω\)」
ヒューリが妹達に出来た新しい友達の様子に満足そうな吐息を零す。
ちなみにハルティーナはやっぱり凄いからさん付けらしい。
この地球上の主要言語として英語が選択されている現在。
大陸標準言語との相互翻訳や日本語とのトリリンガル的な翻訳は当人達の意訳も完璧にこなせるまでに高まっている。
日本語的な語感まで完全に再現して見せる事から、翻訳術式の精度はもう恐らく十分な域であろう。
少女が少女らしい様子なのは少年にとっては心温まる状況である。
だが、こうやってヒューリ達がシュルティを弄ぶのも思い詰めた感を見て取ったからだろう。
ハルティーナからの報告は受けていたし、本人の意気込みも買うのだが、やっぱり背中を預けるには一緒に食事するとか。
一緒にワイワイと盛り上がってみるとか。
そういうのが必要。
これが男の騎士や青年ならば、猥雑な女や武器防具戦術などの話で盛り上がれるのだろうが、生憎と女騎士にそういうのを求めるのは酷である。
その際たる人がヒューリとかハルティーナなのは少年が見ても一目瞭然だ。
お堅い騎士家系とか。
お姫様とか。
そういうのである二人は実際に仕事はカッチリこなすタイプなのだが、だからと言って世間話や話術に長けているという事はなく。
どちらかというと疎い。
魔術師技能は持っていても、魔術師の機微が分からないようなものだ。
騎士であるからと男の騎士達の機微を理解出来るわけではないのだ。
まぁ、それはそれで親睦の深めようはあるのだが。
「可愛いお姉ちゃんをゲットしたわ。ベル」
「そうですね。カワイイお姉さんをゲットしました。ベルさん」
「あ、はい」
「「ムフゥ……(-ω-)」」
悠音と明日輝はとても満足そうだ。
ヒューリも大きく頷いている。
シュルティ当人はちょっと今も恥ずかしそうだが、口調を直されたので子供っぽいかもしれない。
「そ、それであの神様の話とかは……」
「あ、気にしないで下さい。後で他の燃料が可能かどうかはこっちで確認しておくので。出来れば、一個現物を貸し出してくれませんか? 燃料の入れ替え方法だけ教えてくれれば、後はこちらでやっておくので」
「わ、分かりました!!」
シュルティが頷く。
「安全なのは分かりますが、今回の敵に成り得るモノと戦えるかどうかは解析と判断を待って下さい。数日も掛かりませんから、気長にどうぞ」
そう少年が言った時だった。
雷鳴が黒武の周囲に響いてきた。
よくよく見れば、外はもう大雨。
シェルターの外で作業していた人々も次々にシェルター内へと戻り、警護に当たっていた軍や警察も日本から送られてきた装甲車。
ディミスリル強化積みの兵員輸送車などに退避して各地にドラム缶、ドローンが自動的に広域探索モードで散開していく。
「これからどうするんですか? ベルさん」
「待機で。観測基地を造った中部でも有人観測はしてます。基本的には人の目と機械の目で見てますから、何かあればすぐに報告が来ます。一応、イギリス政府にもドローンを20万機程貸し出して、海岸線沿いに監視網を敷いてますし、問題があれば、すぐに皆さんにもお教えしますから」
「分かりました。つまり、ベルさんを存分に愛でていいんですね?」
「あ、いえ、そういうのはちょっと……一応、着ているものもそのままじゃないと色々支障が……」
キラッと瞳を煌めかせたヒューリがそれで止まるはずもない。
「つまり、ベルさんをそのままに愛でればいいんですね?」
「あの~~出来れば、愛でるよりもシュルティさんと親睦を……」
「分かりました(*´ω`*)」
イソイソとヒューリが妹達とシュルティの傍によって、おもむろに虚空へと本型の物体を魔術で投影し始める。
「私の記憶から造ったベルさんアルバムをみんなで鑑賞しましょう」
「ア、アルバム?」
少年が思わず嫌な予感にダラダラと汗を浮かべる。
「これでシュルティさんのベルさんへの信頼もアップ!! 私もベルさんが愛でられて日本の諺にするなら一石二鳥!! 素晴らしいプランです(´▽`*)」
と言っている間にも三人の前でアルバムが開かれ、三人が思わず吹き出して顔を真っ赤にした。
「ちょ、一体どんなアルバムなんですかソレ?!!」
思わず覗き込もうとした少年だったが、ヒューリが結界を敷いていた為、覗けるかどうかというギリギリのところで見えざる壁に阻まれた。
「これはベルさんが私と初めてのゴニョゴニョした時の記憶で……これは初めてベルさんがゴニョゴニョしてくれた時の記憶で……これが―――」
「あ、あのぉ!? 記憶だと改ざんとか妄想とかが混じる気がするのは気のせいなんですか!? ヒューリさぁん!!?」
だが、そんな少年の抗議の声なんて誰も聞いちゃいなかった。
紅い頬の少女達がゴクリしたかと思えば、シュルティはもう完全にフシュウッと頭部から蒸気を上げる状態で両目を両手で蔽うが、その指の間は開いていた。
「うぅう、あ、後で後悔しますよ?! ヒューリさんが!?」
「大丈夫です。問題ありません。それはその時の私が困るのであって、今の私は何一つ困らないどころか。とっても幸せな気分なので(*´ω`*)」
ほんわかブラックな羊少女と化した元お姫様は魔族化してサラッとノリと勢いを身に着けたらしく……まったく少年の忠告など気にも留めなかった。
「これはベルさんが女豹のポーズを取った時のですねぇ(・∀・)」
「取ってません?! というか、ポーズって何ですか!?」
「こっちはとっても可愛い下着姿でやっぱり可愛い動物系ポーズを―――」
「捏造です?!! ポーズとか取ってませんよ!?」
その言葉に『え……下着姿の事は否定しないの?』という顔になったシュルティが少年を思わず見つめて、ハッとした様子で頬を染めて顔を伏せた。
「うぅうぅぅぅぅぅ?!!」
「ベルさんの可愛いクテェ系な表情を見れば、私の気持ちを皆さんが共有出来るはずです!!!(≧◇≦)」
「共有しないで下さいぃぃ!!?」
少年が自信の尊厳とか粉々にされながら止めようとするも、少女の暴走は止まらない。
こうして豪雨の中。
少年少女達の姦しい朝は過ぎていくのだった。




