第136話「降臨」
「うぅ~~ゾンビ一杯だよぉ~~!?」
「怖くない怖くない怖くない―――」
「オ、オレがズバァッと叩き切ってやる!!」
「ひっ!? こ、このゾンビ……下半分が無いのにう、動いて?!!」
「いやぁ!? もう来ないでぇえ!!」
善導騎士団東京本部。
最も安全と言われた地域において最初期の制圧後、撃ち漏らしたゾンビの掃討戦を任されたのは今の今まで温存され切る事が確定していたはずの一般隷下部隊の幼年組であった。
この10歳以下で構成される連隊規模の少年少女達は実質的には騎士見習いの卵の卵よりも更に下にあるほぼ一般人というカテゴリの隊員達だ。
持たせられている装備は極めて防御偏重の装甲。
殆どカズマの耐熱装甲の対物防御特化小型版みたいなずんぐりむっくりであった。
猫の手も借りたいレベルな騎士団の懐事情的に最初期の制圧が終わっても取りこぼしたゾンビの掃討は行わなければならない反面、極めて優先度が低い。
理由は純粋に他の幾らでも優先度の高い制圧任務が大量だったからだ。
ドローンは現在のところ、大量のゾンビの出入り口を封印するのに使われており、掃討作戦なんてしている暇がない。
という事で普通のゾンビ相手ならば、死にはしないだろうと幼年組が投入される事となった。
まだ、銃の撃ち方も未熟な彼らに渡された重火器は実際には重火器ではなく。
弾丸も弾丸ではない。
一体、どういう事か?
「こ、これでもくらえぇええ!!」
ウロウロしていたゾンビ1体が路地で幼年組の部隊から放たれた少し遅めの火球に当たって燃え上がってから塵になる。
「よ、よっしゃあ!!」
「ぞ、ゾンビ1体倒した!! こちらチューリップ!! ゾンビ1体倒したよ!!」
「こ、こっちは2体倒した!! あ、こちらツバキ!! ええと、ザンダン4!!」
弾丸の代わりに魔術師技能が要らない《《人間を灰にする程度の魔術》》が詰め込まれた魔術具の小さな筒型封入容器が弾倉には入っている。
それも低速で生体反応がある敵には撃てないという代物。
しかも、物損を考慮して建造物は燃やさない命中した標的のみを燃やすタイプだ。
誰もいない街の最中。
路地から僅かに零れ出るゾンビと大量のゾンビの死骸。
更に赤黒い柱が無数に立ち上り、煙が充満し始めた都市部はもはや魔界か地獄かという様相を呈している事もあって、気分が悪い、具合が悪い、怯えて逃げ出す子供達は5分の1にも及んだ。
まぁ、返って来た子供達を叱るどころか。
『良く生きて帰って来た』
『ご、ごめ、ごめんなさっ、ひっく、うぅうぅ―――』
『何も謝る事なんて無いさ。お前らは良くやった』
『オレ達大人が不甲斐なくて、ごめんな……』
『せ、せんせぇ……ッ』
『帰って来た奴らを下層ブロックの仮眠室で休ませろ!! 引き続き、現場の部隊のフォローを!!』
ちゃんと帰って来れてエライエライと撫でる騎士団の数少ない後詰役達の笑顔と済まなそうな顔に少年少女達の大半は涙を零しながらも本部の下にある安全なエリアへと誘導されていく。
少しずつ仲間が脱落していく部隊は痩せ細り、残っていた勇敢な方の子供達も10人単位のゾンビ達が襲ってくるようになると後退しながら撃つという事を余儀なくされていたが、それでも彼らの後退は被害もなく。
最初に制圧していた地域からもゆっくりと下がる程度に留まっていた。
まだ準連隊規模の大きさのある部隊だ。
全周包囲されたわけでもあるまいし、襲ってくるゾンビ達の殆どは鴨打にされており、適切な対応で総計3000体程を彼らは燃やし尽くしていた。
『後退し損ねた部隊は無いな!?』
『はい!! 現在、西方から4000体規模のゾンビが迫って来ていますが、他は100体前後。残弾も十分ありますので、このままなら全て倒すのに時間は掛からないかと』
『路地裏で市街地戦よりはマシか』
『ええ、フラッシュ・ファイアによる誘導も効いています』
『最前線の子供達は10分毎に交代させろ。それ以上は弾があっても一度休ませる』
『了解致しました』
『敵の空間制御能力の中枢を彼らが叩くまで持ち堪えれば、我々の勝ちだ』
『対魔騎師隊……いえ、日善独立技術嚮導隊……ですか』
『実態は何も変わらんさ。名前が付いただけだ。あの方達に倣いセブン・オーダーズと上は呼ぶ事にしたそうだ』
『セブン・オーダーズ……』
『七つの命題を解決する人類の刃。黙示録の四騎士を斃す剣達だ』
子供達が必死と銃を向けて襲い来るゾンビ達を撃っている。
それが人だった事を彼らは知っている、教えられている。
彼らを教える者達は常に言っていた。
容赦するな。
呵責を感じるな。
だが、決して忘れるな。
そのゾンビ達がまた自分達の背後の人々と同じように泣き笑い怒り、共に歩めたかもしれない人々であった事を。
子供とて大人びて理解する。
大人が子供染みて感情的であるように。
命の価値を知ればこそ、命だったモノを撃つ事の意味を教えられた子供達は誰もがただ真剣に生き残り、誰かを、自分の両親や家族や友達を生き残らせる為、戦い続ける。
そこに大人も子供も無い事は共に彼らと轡を並べる大人達こそ良く知っていた。
こうして東京本部周囲から完全にゾンビの姿が途絶えようとした時。
彼らは空に雷の流星雨を見た。
だが、それと同時に別の輝きも見ていた。
それは三つの星。
暗色に輝く一等星のような光の塊。
それが関東圏を囲むように3方向に在った。
まだ、血煙に沈む世界で人々の瞳にはソレが大きく映るのだった。
*
空間を超えて出現する敵。
それは彼ら善導騎士団にとって悪夢の始まりであった。
アンデッドの大量出現に端を発した巨大な魔術災害。
転移による次元を超えた別世界への大移動。
ロス、シスコ、日本において足場が出来た彼らが次に行うのは間違いなく。
あの屈辱の日に自分達を襲った敵に次出会ったならば、戦える準備であった。
故に空間や次元に関する術式開発は北米にある善導騎士団本部で進められた。
特に魔術大隊を率いていたフィクシーと魔導の空間制御を現物で握っていたベルがいた事は基礎的な術式の開発に多大な恩恵を齎した。
元々、それ程に高度な術式は魔術師では殆ど使う者がおらず。
戦闘技能を齧る者達ですら、大抵はその階梯まで辿り着かない。
が、魔導の現物を解析出来る環境が日本に陰陽自研として出来た事や教導隊と雑務に追われる総務系騎士達以外は殆どが関われた事で開発現場はとんとん拍子に時空間への理解を深めた。
それはこの世界の知識や技術も関わった事が大きいだろう。
『アインシュタインというのは凄い人物だったのだな』
『ええ、この理論……魔術体系に取り込めますよ』
『新たな系の出現と現代科学との融合……』
『それこそが鍵でしょう』
『こちらの数式や関数の理解も大詰めだ。後は……』
相対性理論や特殊相対性理論。
量子力学に端を発した時空間の研究に関する膨大な資料や知識。
これらが揃っていた事も大きい。
彼らは時代遅れの騎士であっても、同時に大陸中央諸国の人間だ。
地方諸国と歴然とした知識的な差を有し、知識層がそもそもデフォルトな国に生きていた。
地方ならば博識と呼ばれるだろう者達。
高等教育どころか。
大学院卒程度の学力がある《《真っ当な一般人》》だった。
筋力や魔力量と言った先天的な差が大きく関わる戦闘系な職業である騎士ではあるが、根本的には《《向いてないがやれる》》、という一種の非合理的な時代錯誤さが許容される。
これは古い時代の遺物的な職業故のものだろう。
心構えで圧倒的には強く成れないし、先天的な能力がモノを言う事実を前に気合と根性論である程度対処していた彼らは言わば、不合理に戦えたインテリだ。
それこそ後方の尉官級、佐官級士官の集まりに近い。
そこに超特大の災難と命の危機と滅亡寸前の世界が襲い掛かった結果。
彼らは自分達の限界を知った。
そして、正に騎士団が巨大な数万単位の人材を取り戻そうと騎士見習いの大量供給を受けた事で化学反応を起こした。
『は、初めまして!! 騎士見習いメーザーであります』
『挨拶ありがとう。メーザー君。私達と君達、生まれた世界は違えど、共に人々を生き残らせる為、一緒に戦おう』
『ッ、は、はい!! 光栄であります!!』
『では、さっそくだが、君には我々の下で団の人事について一緒にやって欲しい仕事がある。これから大量の騎士見習い達が己の可能性や技量を適切に使える職場へ向かえるかどうかの瀬戸際だ』
『が、頑張らせて頂きます!!』
『よろしい!! では、まずは仕事のやり方を教えよう。付いて来たまえ』
『はッ!!』
部下を適切に導ける実戦経験のある数百人の士官が雑務から解放され、その本当の実力を存分に発揮出来るようになったのだ。
彼らが最も恐れた物量と転移戦術の研究が前進するなんて当たり前であった。
本島で用いられたクローディオの次元干渉を引き起こす術式もそういった研究が大本になっている。
その後、科学と魔導のハイブリットたる【魔導機械学】を直接取り込んだ彼らは魔導よりも手っ取り早く転換が見込める大系であるそちらに乗り換え。
大量の研究成果を少年側の研究にフィードバック中だ。
魔導を学んでいた頃に造った各地の巨大な転移ポータル関連の様々な問題を解決した事に始まる多くの成果は更に重力制御や慣性制御という研究に応用されており、それを可能にする触媒たるディミスリルの技術的な進展を持って今や陰陽自研が提供するほぼ全ての時空間に干渉する技術の基礎ともなっている。
F-2が慣性を無視して飛ぶのも、重力を軽減しながら飛ぶボードも、重力干渉によって敵の攻撃を防ぎ止めているはずの敵BFC指揮官の防御圏を銃弾が突破したのも、全ては彼らの功績。
無論のように空間の先に隠れる敵を攻撃する術もまた開発されていた。
『騎士ベルディクト。送った設計図と術式に問題は無いか?』
「はい。現在、最終調整が終了。供給を開始します」
日本列島上空に250の星々が展開される寸前。
少年は北米の開発責任者たる騎士達からの通信を受けながら、Eプロの劇場内で猛烈にキーボードを叩いていた。
殆ど指先が見えない速度だ。
楽屋らしい一室。
壁に情報投影用の魔術具である小さな円筒形タイプのプロジェクターが付けられた其処では数百にも及ぶ場所の映像と大量の情報と数字が飛び交っている。
日本各地への物資の補給や様々な支援を統括して行っていた東京本部や陰陽自であるが、それも少年が背後から総指揮を行えばこその効率だっただろう。
適切なリソースの管理は最終的に人間に依存する。
九十九などのネットワークとて処理能力は有限だ。
それを最も重要な案件に割り振るならば、その決断を下すのは人間だ。
(……空間転移による出現ポイントは都市部に限ってはほぼ掌握。異相側に潜ってる制御中枢が魔族側の攻撃で露呈してくれた。この術式があれば!!)
少年は空間制御時のリソースを今現在全て弾薬の補給に費やしていた。
だが、その傍らで東京本部、陰陽自においても予備の肉体を起動し、その分身を起点として今現在この現状を生み出している敵の中枢を叩く切り札の最終調整もしていた。
どちらの肉体も倉庫内で巨大なコンテナを前にして立っている。
手が付かれたディミスリル製コンテナの表層には魔導方陣が浮かんでおり、多重起動した方陣の制御に今の少年は一杯一杯。
しかし、調整が完了したと同時に肉体が倒れ伏し、コンテナが瞬時に転移で消えると彼の使うポケット内に入り込んだコンテナは分解。
内部の調整済みのブツを日本全国に展開する仲間達の下へと供給する。
「来たか!!」
四国九州を望む瀬戸内海西部の上空。
浮かんで制止する【黒武】の上に張り付き。
巨大な3脚によって支えられた青白い狙撃砲を前にしていたクローディオは弾倉が淡く輝くのを目にし、自らの仕事を実行するべく遠方に視線を定める。
そのバイザー越しに映し出された九州や四国の地平線の果て。
複数の鳥型使い魔達の観測情報から確認した狙撃地点へ向けて、その両腕で360°自由射撃可能な風で揺れる獲物を構える。
3m余りの砲身。
狙撃《《銃》》というには巨大な口径。
全長5mで機関部ですら2mを超すソレは完全にレバーやグリップや引き金が付いていても、人間が撃つ想定をしていないとしか思えないだろう。
だが、それを可能にするのが少年の装甲だ。
完全な全身鎧。
蒼き狼達の主たる男は盾こそ両肩に無かったが、全身を装甲で蔽い。
細身ながらも重厚な鎧われた五体によって1200kg程のソレを持った。
指先までキッチリと連動し動く装甲は内部のスーツすら見せない。
補修や補給を容易にするフラクタル構造はまるでラメ入りの衣装のように僅か魔力の輝きでその形を幾何学模様として浮き上がらせている。
特徴的な脛から膝、腕から肘に掛けてを護る盾染みた鋭くも厚い山型の突起と表面を湾曲させた装甲が肩の盾の代わり。
両眼こそ剥き出しだったが、顎から側頭部に掛けてまでを蔽う薄型の装甲らしきものは自在に折り曲げられる様子で鋼のマスク染みて固い印象は無い。
少年が造って来た装甲の中でもカズマのような全身を覆う装甲を元に更に発展させた全身鎧の最新型。
人体力学、流体力学、航空力学、臨床心理学。
無数の学問が装甲の形と意見には反映されている。
鎧と着る機械の中間。
機動性と動作精密性を重視したソレは使用者の動きを最大限に引き出し、あらゆる流体中でも決して動きを制限されず活動でき、空の最中でも痛滅者に次ぐ高速飛行を可能にし、包まれた人間の精神へ常に最高のパフォーマンスを確約する。
【汎用魔導機械纏鎧】
この現時点でも2週間後には一般部隊に供給が決まっているソレによって扱う事が可能になるものこそが男の得物。
全領域対応型65mm魔導狙撃砲。
嘗て男が地表の核爆弾を狙い撃った際に用いた力の小型改良版であった。
陸海空。
海ですら発射可能なソレは狙撃用の高度な電子機器など一つも積んでいない純粋に単なる65mmの《《重火器》》だ。
連射性能を確保する機関部こそ魔導機械学による叡智の集積体だが、部材の分子レベルからの組成強化や撃った際の反動の軽減に重きが置かれただけの代物だ。
機械式の速射機構が魔術を用いて簡便になった程度で複雑化していない。
いや、取り回しや頑強さが考慮されている辺り、AKのような安定性重視の代物とすら言える。
それが機関部に直結され、左右に突き出した巨大なハの字型の弾倉を抱えたままにゆっくりと九州方面へと向けられ、撃たれた。
吹き上がった閃光。
その莫大なマズル・フラッシュは全て魔力の転化光だ。
薬莢を持たないケースレス弾。
ソレは機関部内部で弾丸の底に転化用の術式を刻印される事で即時DC製の薬室内部で莫大な運動エネルギーを開放。
その衝撃を弾丸内部に込められた僅かな慣性制御用の術式で0.002秒間で螺旋を描くかのように砲身内部で前方に捩じりながら収束。
爆発的に弾体を押し出しながら回転させる。
ライフリングに刻まれた各種の加速、弾道制御、射出時の真空の道をガイドレールとする初速増強などの効果を得て、弾が砲口から飛び出す瞬間的な射出時の余波は殆ど熱量の塊だろうものを巨大砲身各部に供えられた排出口から噴出させた。
それだけで普通の人間ならば弾け飛びながら蒸発して即死。
マズル・フラッシュの転化光は衝撃や電荷も伴い。
砲口から10m程度の前方は雷撃と爆弾が同時に炸裂したかのような有様だ。
撃った直後を狙われて反撃されたとしても余程の攻撃力がなければ、まともに届かないだろう。
弧を描いて地平の先を狙い撃つ男の一撃は瞬時にインパクト。
弾体はまるで見えず。
ただ、目標地点。
水平線の果て。
九州のとある山岳部の直上で真価を発揮する。
カッと砲弾の進行方向へ魔導方陣が焼き付いたかと思えば、空間が捻じれて歪み、弾体が急速なブレーキを掛けられたかのように捻じれの中心点へと近づきながら減速しつつ目視可能となる。
だが、空間の亀裂がその進行方向に奔った瞬間。
その最初期の断裂4mが瞬時に230m程までも虚空で拡大して崩落。
暗い空間の内部を見せ、中国地方で確認された巨獣が露わとなる。
―――ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!?
が、その胸元は大きく抉り取られ、黒い血潮を全身から噴出し、その馬鹿デカイ図体は山岳部に倒れ込むように落着していく。
「掛かれ」
クローディオの指示へ対応した九州地方でゾンビを駆逐していた複数の部隊が雷を伴う黒い流星雨が降り始めるのを機にして次々に巨獣へと襲い掛かる。
その結果を見ずにクローディオが次々に狙撃砲を連射した。
九州方面へ12連射。
更に四国方面へ12連射。
市街地や山岳部で次々に空間が罅割れ、重症を負った巨獣が通常空間へと出現し、部隊が次々頭部へ火力を集中していく。
如何な巨体だと言えども、現れた瞬間には重症なのだ。
頭部への【黒武】HMCCや【黒翔】の集中火力投射は防御も儘ならない敵の頭部を問答無用で砕き抉り爆ぜ散らかして大量の黒い血液を周辺に黒雲のように蒸散させていく。
『クリア』
『クリア』
『クリア』
『これより全身の即時解体及び破壊を開始する』
『工作部隊作業開始。周辺結界封鎖完了』
『ビーコンの全身への打ち込み完了』
『本部よりの転移爆撃を開始する。全機、全兵員は退避!!』
『各シェルターの防御人員配置完了』
『【星芯爆縮崩壊弾】起爆まで残り10秒』
次々に部隊が頭部を破壊しても未だ脅威は変わらない相手の全身に空間転移用のガイドビーコンを込めた弾丸をくまなく全身へ打ち込み後退していく。
そして、それから十数秒後。
カッと九州四国地方において猛烈な閃光が地表において顕現する。
血煙に覆われた世界に現れた巨大な爆発は凡そ戦略核の一斉起爆に匹敵するかもしれない。
だが、その威力は99%以上が上空へと向かった。
次々に巨獣の全身がビーコンに沿って転移で打ち込まれた爆弾によって肉体を砕かれて光と炎の最中、巨大な紅い光の柱を上空に吹き上げながら沈み込んでいく。
だが、傍目には更におかしな光景が見えるだろう。
光と炎の奥へと黒い球体状の何かが出現し、内部へと光も炎も巨獣の燃える残骸すらも引き込んでいくのだ。
『諸君。成功だ』
『これが人類の新しい技術の始まり』
『そうだ……核を超える力だ……』
『これを更に超える事となるのか。あの七つの兵器は……』
『我々が今成し得る技術の基礎は確立された』
『じゃあ、後はこれを動力機関として?』
『研究を更に進めなければ、忙しくなるぞ!!』
陰陽自研で喝采が上がる。
彼らが用意していたのは対黙示録の四騎士用に開発中の新型爆弾。
基本的に爆弾というのはその爆弾となる物質が崩壊した時に出力されるエネルギーの高さを分子構造の複雑さや原子の重さに依存している。
より重く崩壊し易い原子によって造られた分子構造の複雑な物質。
それが用いられる最強の兵器こそが核爆弾なわけであるが、ある意味でソレを超える兵器が出現した瞬間だった。
ディミスリル・クリスタル。
この少年が生み出した未だ解析中である未知の金属とディミスリル化された金属の多くについては今も研究が進められている。
だが、それが具体的にどういうものなのかを知る者は多くない。
しかし、一つだけ今は現実として理解されただろう。
ディミスリル・クリスタルとウランを用いて作成された新物質は1gを通常の核爆弾と同じように爆縮した時、ただ余りの重さに重力崩壊を引き起こす。
爆縮の最初に発される赤く巨大な柱は空気中の塵に反応したガンマ線バースト。
更にソレを引き込む重力崩壊は明らかに人間の手に余る兵器に違いなかった。
地殻表層が僅かに抉れる。
ガンマ線の発生時、それ自体を重力偏向によって捻じ曲げ、上空へと逃がすような仕様にしていたとはいえ、それでも余波である炎と光と衝撃だけで十分に都市など破壊出来るだろう。
市街地では多くの人員が自らの盾と車両を壁にして余波を防いでいたが、山岳部などでは山体崩壊や土石流、山火事が発生。
都市部でも防御されていない場所は次々に衝撃による空震で窓ガラスが割れたり、屋根が飛んだりと威力は極めて高かった。
が、殆どの粒子線も威力の本体も上空に飛んで余波もすぐにブラックホール化した黒い球体内部に吸い込まれた後、分解されてエネルギーとして上空へ放出された為、被害はそれですら最小限と言って良かったはずだ。
その高重力の塊もまた周囲で重力軽減用の弾丸を装填済みであった部隊の一斉射で次々に球体状に見える重力レンズ状態の状況を解消されて消え去り、中性子すらも残さず、綺麗さっぱりと途絶える
「後は任せた。オレは関西方面に向かう」
『ご存分にお働きを。大隊長殿』
元部下の隷下部隊の隊長達からの応答を聞きながら、クローディオは連射した熱量でシュウシュウと音を立てて灼熱する得物を放棄。
黒武をオートで部隊へと合流させるルートを設定しながら、自分はそのまま海面へと着地。
中国方面の陸地へと向けてホバーを用いながら疾走し始めた。
その速度は一蹴り300m。
音速に近い速度で男は疾走する。
取り零したゾンビがいないかを周辺の使い魔で広域サーチしながら魔力を控えめに使いながら、消耗せずに目的地へ辿り着く為に。
その頃にはたぶん自分の仕事は残っていないだろうがと思いつつも、BFCや魔族側の戦力が消耗した仲間達に襲い掛かるかもしれないという可能性を考慮した後詰として突き進んでいく。
(それにしても本当の大魔術師クラスの攻撃がああもポンポン撃てるのか。七教会はアレより上だってんだから、まったく正規軍もオレらも時代遅れなわけだ)
その一陣の雷とも颯とも分からぬ残像を見た者は多くない。
だが、それでも見た者は誰もが理解しただろう。
アレもまた超技術集団の防人に違いないと。
蒼き狼は確かに認知されたのである。
*
中国四国九州において巨獣との決戦が終了する頃。
関西や名古屋、近畿などの地域においても
HMCCによる砲撃によって次々と巨獣が空間の先から引きずり出されていた。
次々に襲い掛かるのは周辺に展開していた部隊だ。
だが、中には一人で受け持つ者もある。
そう、HMCCの砲撃で倒れ始めた巨獣の上に空から鋭くに落ちて来る者が一人。
裂帛の気合、なんてものは叫ばない。
彼女は剣士ではない。
大魔術師だ。
流星雨の最中。
夜空から垂直に落ちる輝きは魔術の輝きを帯びる。
白と朱に染まった【汎用魔導機械纏鎧】。
だが、ドレスタイプのソレは上部の装甲もスカート部分も殆ど痛滅者の盾染みて分厚く。
細く華奢にも見える体躯と反比例し、両手両足を完全に覆うような履く装甲や胸部や肩部を蔽う盛り上がった流線形のバスタブを逆さにしたようなパーツのおかげで半ば着られている感の強いものとなっている。
だが、その痛滅者関連の技術を用いて作成されたパーツはただ分厚いだけではないのは巨大な大剣を振り下ろす彼女。
フィクシー・サンクレットの纏うパーツのあちこちが割れて展開される事で理解されるだろう。
内部を覗かせた装甲の奥から迫出すのは小さな白く輝く宝玉を埋め込んだようなブローチにも似た複数のDC製の守護石だ。
魔術における触媒。
結界の中心や魔術の中核にする事も多いソレが装甲の割れ目にはビッシリとフラクタルなパーツとして並べられていた。
その上に展開される極小にして莫大な情報量を集積した多重方陣が重なりながら曼荼羅染みて彼女の背後、半径1m圏内に無数浮かび上がる。
そう、それは魔術師をブーストする為の装甲だ。
防御は装甲の強度そのものよりも魔術で行われる。
回避も同様であり、強度そのものも高くはあるが、根本的に本質ではない。
「 」
両手持ちの大剣は魔剣工房製の先行試作量産品の一つ。
ディミスリル・クリスタル製の黄昏色をした剣身を持つ代物だ。
直径2m50cm。
幅70cm。
厚み12cm。
汎用魔術特化儀礼剣。
【儀群】
フィクシー用に誂えられた刃は切れ味もそこそこの巨大な鋼の板にも見えるが、実際には魔術具であり、魔術を用いる為の杖であり、触媒であり、術式を織り込んだ術式集積体だ。
日本刀制作時のノウハウが用いられており。
折り曲げて積層化する際に用いられた莫大な魔力と術式が一層毎に込められている。
ある意味では無数の皮膜化した術式の書庫でもある。
これを瞬間的な状況に応じて自らの魔術師技能で術式を駆動。
ついでに魔力も自前のものを使わずに魔術を発動。
各種の身体や動作の精密性を上げる魔術も自動化。
この強化を更に鎧側でブースト。
使用者の精神と肉体に連動させる事で儀式の精密性を上げ、動きの速度そのものは遅くても現場で巨大な敵にも押し負けない爆発的な出力を確保する。
『アレがフィクシー・サンクレット……大魔術師か』
美しい。
その一言に尽きただろう。
巨大な黄昏色の刃が煌めき。
魔力の転化光をほんの僅かだけ表面に映したのみの正面唐竹割。
巨獣の顔面が切り裂かれた瞬間。
刃の切断面が瞬時に8か所まで分裂し、肉体を全てを割り開いた。
巨獣のスライスが2秒後に彼女が地表へ剣を振り下ろし切った時には完成しており、ゆっくりと巨体が倒れ込んでゆく。
空間の切断を用いた一撃。
物理強度は関係無い。
切断面が一瞬歪んだように見えた後。
次々に黒い血流が泥のように溢れて完全に巨獣は活動を停止した。
それを避けるように再び飛び上がったフィクシーは守護石の一つを肩から外して指で弾く。
ソレは黒き血肉の池の中央に落ちていき。
残骸に接触した瞬間。
ギョブギョブギョブッと肉と血液を何かに詰め込むような不快な音を立てたかと思うと。
血肉溜まりを吸い上げるように渦巻かせながらも、決して体積は増やさず。
その輝きを深紅に染め上げていった。
やがて、ほぼ全ての血肉を吸い上げたソレが虚空で煌々と血を溶かしたようなルビーにも見える輝きを発しながら少女の手に戻る。
「こちらフィクシー・サンクレット。対象の封印と確保を終了した。他地域の制圧に向かう」
『こちら東京本部HQ。ご苦労様でした。処理は如何しますか?』
「構わん。こちらで完全に燃やしておく」
『了解しました』
フィクシーが片手を正面の血肉溜まり跡に向けると。
瞬時に周囲が燃え上がり、痕跡が溶鉱炉のようにグツグツと煮え立ちながら蕩けていく。
単純な周囲に熱量を発生させるだけの魔術だ。
だが、それですらも規模の拡大を成し得る魔術具があるだけで、山林を全て消す程の力になる。
向けた手が握り込まれると今度は燃やされた山林から熱量が瞬時に運動エネルギーへと置換されながら収束して奪われて行き、最後には上空に巨大な風として逃された。
それが引き起こす上昇気流によって瞬時に雲が発生し、今度は大量の雨が降り注ぎ始める。
まるで血煙をかき消すように。
大地は既に土に含まれるケイ素などのせいでガラス状に化けていた。
多種類の元素がカオスに入り乱れた結果。
その色合いは煌めく混沌としたものだ。
急速な冷却と雨が降ってパキパキと罅割れた大地は硝子を打つ雨音と共に管弦楽の調べを無限に重ねたような音をさせていた。
その光景をHQで見ていた者達の大半は圧倒的な存在というものを人間中に初めて知った心地となった事だろう。
常に自らの五体くらいしか使わない陰陽自の超人はあくまで超人枠であって、才覚と技能を突き詰めた人間というカテゴリで黙示録の四騎士に対抗出来るのならば、それは間違いなく彼女。
フィクシー・サンクレットだと理解出来たのだ。
届く可能性が無い超人とは違い。
努力と才覚というたったそれだけでその能力に手が延ばせる相手がいるという事は多くの目撃者にとって人類が抱える希望の一つに見えたのである。
近畿や名古屋方面でも次々に巨獣が異相空間から引きずり出され、部隊の火力集中で落ちていく。
日本中の人々が襲われながらも自分達が手にした剣の鋭さを見つめ。
多くが深く考えた事だろう。
その力は人類を救う力であると同時に愚かな人類には過ぎたるものである事を。
誰かはこう考える。
アレが人類の剣か、と。
そして、またこうも言っただろう。
『……善導騎士団。どうやら真なる術者のようですわね』
遠く遠く。
異国の地で零された呟き。
未だ繋がるインターネットの片隅でライブ配信される映像は世界各地で5億回以上瞬間的に視聴された。
現在人類総人口15憶8000万人。
実に全人口の3人に1人は見ただろう映像は確かに人類の宵の中で輝く事になったのだった。
*
善導騎士団北海道支部の半数がサハリン、北方四島、北海道を繋ぐ3本のベルズ・ブリッジから出撃し、ゾンビと巨獣を駆逐している頃。
東北でも2個軍団程の米軍が徹底抗戦していた。
ただ、インフラの悪い山間部が多い関係から、MZGの流入が急激になる傾向が強かったせいで平野部などに山間部から野を埋めるように侵入していくゾンビ達の勢いは止まらず。
シェルターが家から遠い地域も多数に昇った事から犠牲者は他地域よりも多くなっていた。
元々が人口減少に悩むような地域である。
リソースはどうしても首都圏、大都市圏、政令指定都市に回されがちであり、国の政策の効果が届くのも遅れる。
山間部に大量の亡命政権の小都市が点在していたが、逆に従来よりも新しい都市設計をされた彼らの方が元々の住民達よりは被害が少なかったのは正に日本政府の怠慢と責められても仕方のない話だっただろう。
人口減少で一票の格差を是正するというお題目で議員も減少し、地方からの声が届き難くなっていた弊害も原因の一端だ。
民主主義の原則は弱者よりも少数者に厳しいという現実を反映してもいた。
超高齢化社会の現在。
東北は日本人よりも亡命政権下の人々の方が多い。
こういった現実に即して、従来の未整備の市街地よりもそういった山間部の亡命政権下の新型シェルターに逃げ込む日本人の方が多かった地域すらあった。
そんな山道の最中。
FCの姉弟は山間部に次々と現れる巨獣を狩りながら北上していた。
「2体目ぇ!!」
東北に展開する部隊は少ない。
中国地方が早々に空いた為、その分の戦力が全体として北上しながら東北にも流入していたが、それでも10隊に満たない。
が、次々に【黒武】HMCCから放たれる空間を割って敵を破壊する力を前に倒れ込む巨獣は超高速で空を突撃してくる痛滅者を前にして横合いから頭部を一撃で弾けさせられ、肉体を倒れ込ませていった。
巨大な翼が進行方向に複数集まり、弾丸に翼が生えたような全力飛行形態。
慣性さえどうにかしたならば、速度だけで日本列島を縦断するのにそう時間は掛からない。
赤褐色の搭乗者の魔力転化光が機体を染めており、その内部で少年は獰猛な笑みを浮かべた。
野良犬と称される事が多い少年。
ラグ。
FCにおいて最大の頚城を扱う事となっていた彼は今や痛滅者の使用において、その秘めたる能力を存分に使用する事となっていた。
少年と戦っていた際は真正面からのBC兵器染みた力の不意打ちで昏倒させられたとはいえ、その真価は頚城の操縦にこそあった。
絶大な力を誇る不幸の神の名を冠した人型。
その最大の効力を発揮させるに必要なのは全FC中で最大の闘争心と近接時の技量であった。
一撃一撃が必死致命な超接近戦による敵の不幸は言うなれば、完全な隙を生む事と同義だ。
だからこそ、ラグは選ばれた。
遊び癖さえなければ、近接戦闘では負け無し。
スロースターターである事を除けば、時間経過で完全に野生動物染みた本能とFC中最高の技量で操る頚城は黙示録の四騎士を超えるはずだったのだ。
『3体目ぇ!!』
北上していく彼を追い掛けて、黒翔が追随する。
その内部に乗っているのはミシェルだった。
だが、黒翔は通常とは違い。
全ての部品がディミスリル・クリスタル製で白く。
背後には尾のように同じ色合いの痛滅者の盾が複数追随する。
速度こそ追い切れない程度しかないが、それで構わない。
何故なら彼女の仕事は弟が頭部を吹き飛ばした巨獣の後始末だからだ。
ようやく1体目の倒れ込む相手の上空まで到着した彼女がグリップを握る両腕に魔力を込める。
すると、引いてきた二つの盾が左右から飛び出したかと思えば、瞬時に巨獣の周囲に展開し、円形の巨大な防御方陣らしきものを描き出すと、そのまま巨獣を左右からサンドイッチにでもするかのように挟み込み。
触れた場所からその大質量を消し去っていく。
方陣が左右から中心へ近づくに連れて赤く紅く染まっていき。
最後には巨獣を完全に消滅させて盾を二つ重ねた貝か。
あるいは剣のようにも見せて閉じた。
分解していたわけではない。
その膨大な質量を全て空間制御による盾内部の結界内に封じ込めたのだ。
必要な魔力は内部の巨獣の肉体からあらゆるエネルギーを絞り尽す事で賄われる。
つまり、結界を維持する為に結界内の燃料を燃やしている状態だ。
地表の血液も余さず内部に取り込んだ盾二つを己の背後に戻して、ミシェルは更に二体目の処理へと向かう。
言葉もなく。
淡々と自らに与えられた巨大な力を実感しながら、装甲は付けず、スーツ姿のままで。
完全後衛の術者タイプ。
更に結界を用いる彼女に与えられた黒翔の最上位バージョンは言わば動く儀式場だ。
前衛で戦う大魔術師たるフィクシーは少数派。
後衛タイプに安全な場所で大魔術や儀式術を組ませる事を目的とした移動式のソレは黒翔を基礎とし、周囲の盾が痛滅者のように追従しながら術者の術式を拡大、一部代替する。
装甲を纏っていないのも純然たる鎧が黒翔そのものである事を示している。
動きを阻害されず。
出来る限り、生身に近い感覚で術式を組ませるという配慮なのだ。
【神造浄土廠】
神を造り上げ、啓示を受ける場。
もっとも原始的な自分達とは違う世界、違う者達との交渉の場を準えた黒翔は今後来る機動させなければならない純粋な後衛部隊が扱う先行量産装備だ。
正しく結界魔術と呼ばれる大系を扱う者がデータを取る事は最初の一歩として必要な事だろう。
「………」
瞳を閉じ、己と世界の隔絶を知り、扱う事に長けた彼女は僅かも加速を感じない静謐の乗り物の中で忘我と現世の狭間で境地を開く聖人の如く。
常人には成し得ないだろう精神集中を見せた。
北海道では泥臭い程に作業に追われた彼女だが、その本質は世界を隔てる事にある。
本来、それは巫女が神に祈りを捧げるような静かな環境でこそ真価を発揮する。
翼の幾つかが彼女の瞳が開くと同時に転移で消え失せた。
空間制御は今のところ少年と彼女以外では小規模なものしか実現出来ていない。
転移は安定性の為に基地などに内臓された大規模なシステムと儀式場が少年の代わりに機能を代替して何とか行っている。
だが、彼女の行うソレはどちらかと言えば、結界の接続に近いものだろう。
各地にある少年が敷いたディミスリル製品を軸とするネットワーク。
それ一つ一つを結界として形成して道を造り、結界中の内容物を《《同じ結界》》として移動させる。
世界を分け隔てる術師による認識は距離という概念を超越して世界を見る。
魔術的な結界の結合。
同質と見なしての融合は言うなれば、小さな世界同士の接触。
概念魔術的な結界転移は既存の魔術でも秘儀に近い代物ではあるが、少年が扱う幾つかの大陸方式とも違い、より原始的だ。
彼女を乗せた黒翔が優雅に乳白色の魔力転化光を引いて飛ぶ。
魂の一部が燃えたせいか。
彼女の今の個人の色合いはソレだ。
暖かな色合いは遠く遠く流れ込む河のようにも見えて素早く東北のあちこちへと細く長く波及し、翼がそれに乗って消え去っていく。
二体目、三体目、四体目。
弟が頭部を砕き散らした巨獣の残骸は彼女の盾に挟まれては消え去り、天に掛かる赤黒い血煙が晴れ始めた最中、今も降り注ぐ流星雨に彩を添えたのだった。
*
関東圏において巨獣の大半が市街地に現れた事は陰陽自や善導騎士団の対応を難しいものにせざるを得なくなっていた。
倒れ込む先にシェルターなどがあろうものならば、シェルターそのものから避難誘導までせねばならなかったからである。
だが、流星雨の到来と同時に多くの部隊は動いた
空間を割り砕く一撃が次々に狙撃地点を破砕し、巨獣を引きずり出していく。
通常火力とはいっても、公式で流している情報なんて高が知れている。
日本政府すらも実際にはその本当の威力を事実として認識しているとは言い難いに違いない。
黒武HMCCからの連続火力投射。
黒翔による包囲掃射。
各兵員が用いる大火力を銃弾だけで叩き出す通常の榴弾数十発分にはなろうというディミスリル・クリスタル製の威力重視な刻印砲弾各種。
それが一斉に襲い掛かれば、巨獣とて2、3ユニットで殲滅可能であった。
だが、何分数が多く。
また、通常のゾンビ対応に出払っている部隊も多かった為、関東圏へ一斉に現れた十数体の巨獣は半数が部隊に打ち取られたものの。
残る数体は火力不足で殲滅には時間が掛かる。
もしくは重症の敵を一撃で消し飛ばす威力を秘めた戦力に任せる事となっていた。
「悠音」
「うん。お姉様」
「二人とも行きますよ」
「「はい!!」」
関東圏上空4km地点。
滞空しながら敵の出現を待っていた三姉妹の姿は痛滅者の中にあった。
最初期よりも更に洗練されたフォルムへと変貌を遂げた彼女達だけに用意された専用機。
現行最高密度のDCとディミスリル化合金。
少年の魔力を完全充填された巨大な魔力塊そのもの。
基本的な姿は量産型に準じるものであったが、その質が違う事は見ていれば分かるだろう。
基本構造の強度が違う。
その最小限度にまでコンパクト化されて尚防御力が高いと断言出来るのはその全身の装甲が明らかにオカシな輝きを宿しているからだ。
まるで北米で莫大な熱量を少年が消し飛ばした時使った拳銃のようなディミスリルと魔力の超凝集を思わせる輝き。
透き通りながらも星々を宿したような不可思議な光沢。
装甲は3割程厚く。
流線形のディティールに鋭角な各関節が【汎用魔導機械纏鎧】を思わせて太い。
盾たる【総合混成魔導兵装】は4対8翼と数を減らしていたが、その大きさと分厚さは4倍強。
盾や翼というよりは巨大な建材が浮いているような錯覚を覚えるだろう。
そして、彼女達の全身が装甲に覆われていない事もまた驚きの対象かもしれない。
デフォルトのスーツのみを着用した彼女達の肌の凹凸に描き出される魔導方陣の数々は装甲が無い理由を見るものには気付かせる。
彼女達は痛滅者を駆る限りは後衛職なのだ。
全体的には【神造浄土廠】の運用思想に近い。
絶大な防御力と後衛の超火力を起点として攻撃し、前衛となる場合はまた別の形態や装備が使われるという事でもある。
ヒューリはともかく。
後の二人は元々が学生。
ついでに言えば、一般人に毛が生えた程度だ。
戦うにはどうしても実力が足りない。
後衛が魔術や血統の力が必要なのは言うまでも無いが、経験値が足りない二人には前衛になれる程の技量がまるで無い。
結果として長女たるヒューリを前衛も熟せる盾として妹達は後衛に回り1ユニットを形成する。
今はトライアングル状に展開していた彼女達だが、その距離は140km以上お互いに離れており、顔は通信か観測機器の情報越しでしか分からない。
しかし、それでも関東圏を囲む内側に巨獣が現れた時、何を言わずとも互いに頷きが返され、市街地にソレらが倒れ込むより先に其々のパーソナルカラーに輝く彼女達の顔と胴体を蔽うようにして一枚の盾が背筋からせり上がり、蔽うよう降りた。
「行きますよ。ユーネリア、アステリア」
「うん!!」
「はい!!」
表面装甲が展開して割れ。
内部を包むように広がって半透明の結界を発生させる。
痛滅者の中央部分が球状になったと言える。
だが、ソレすら瞬間的な事でしかなかった。
急激に彼女達の機体が巨獣へ突撃し始める。
後衛職たる彼女達が遠距離攻撃をせずに突撃。
何の冗談か?
理由はすぐに知れる。
「HMC2_script_Lord」
少女達の詠唱が始まったからだ。
ヒューリに続いて悠音と明日輝が続けて詠唱を開始する。
「Count_Up_Ready」
全て英語なのは魔導機械術式の様式が地球上で未だ世界共通語を選択して用いているからだ。
「Alter_Logic_Exe」
少女達の聲に比例して駆動し始めた球体の障壁内部に次々と無数のマシン言語に近しい象形文字にも見える魔導機械術式が流れていく。
彼女達の真正面にシステムが顕すのはこれより何が起こるのかだ。
【-Code_Fairy_Tool-】
【-Fusional_Desire_Beast_Set-】
【-Twilight_Sealer_World_Open-】
痛滅者の球体部分を核とし、四肢と翼が変形。
縮んで蔽うような形で纏まった。
途端、少女達を蔽うソレの周囲に其々の色合いを宿した魔力が溢れ出すようにして前方へ巨大な400m四方の門を形成していく。
カノンのような唱和する圧縮詠唱が響いた。
機械音声、ではない。
大手芸能プロダクション及び音楽関連企業の人員をこの数週間練成した成果。
巨大な詠唱魔術の超多重連鎖起動。
彼ら数千人からなる音楽のプロ達に魔術言語から音声詠唱の細部まで学ばせて、歌い上げさせたデータを元にして生み出されたソレは実際に数千人のバックアップを受けた儀式術に等しい。
「【隔世遺伝原種】より汎種データを取得」
「適応異種再現開始」
「昏龕世界より魂魄の封入を開始」
彼女達の背後にいるのはシエラ・ファウスト号内部のオペレーター達だ。
その支援によって彼女達が巨大な門を自らの痛滅者で潜った刹那。
チリチリと湯気を纏いながら、巨大な何かを門より引き出していく。
「九十九より同一種【柊翼】が提示されました!!!」
最初に出て来たのは嘴だ。
更に鳥のような翼が流線形の胴体と共に現れる。
だが、気付くだろう。
その鳥に瞳は無い。
いや、頭部には無いと言うのが正解か。
ソレは背部の背骨の中心にあった。
巨大なソレの翼もよく見て見れば、翼ではないのだろう。
まるで柊の葉を重ねたような形をしているが、葉そのものは糸のようなものがたなびいて文様のように見えているだけなのだ。
ヒューリは漆黒。
悠音は紫黒。
明日輝は暗い黄金。
其々の色合いを宿した鋼の如き全身が巨獣に突き進む。
その差は歴然だ。
シエラ・ファウストよりも大きな巨躯。
翼を開いたならば1kmに届くのではないかという大きさのソレは身を縮めて滑空しながら、其々の瞳を術者の魔力に染めつつ、周囲を観察するようにキョロキョロ動かし。
精々、数十mしかない敵の至近まで近付くと瞬間的に静止し―――。
カプッ。
遠目からならば、そんな擬音を連想してしまうような軽さで巨獣を頭部から啄んだ。
上半身の大半が消えた下半身から血が吹き上がるかと思われたが、それより先に翼を形成する糸が次々に殺到し、その巨獣の全身を喰らい尽した。
糸の先端。
と言っても直径で1mはありそうなケーブル状のソレが無数に肉体へと突き刺さり、次々にその周囲を分解しているのか。
魔力の転化光を輝かせながら消し去っていくのだ。
その鳥にも見える何かが東京の血煙の中で歓喜の声を上げながら、正体を露わにしていく。
鳥の嘴と思われたモノが左右に割れて弧を描く翼のように変形し、喉から下に掛けて中央へと背後の瞳が内部を貫通するように移動。
ギョロリと顔を覗かせた。
その上に存在する少女達の痛滅者がコアとなって今、その生物らしきものを形成しているに違いなかったが、少女達もさすがにこんなのになるとは思ってもいなかったのか。
目を見張っている。
敵を魔力に還元する食事を終えたソレが更に変化を見せた。
今度は翼のようだった無数の煌めくケーブルが絡み合って翼だったものと自身を吊り下げていたものを絡めて融合するかのように蠢き。
筋肉で出来た樹木の如く瞳を中心にVの字となって背後へと迫出した。
それが後方へと魔力の転化光を噴出させる様子は何処か無数のロケットの噴射口を備えているかのようだ。
だが、少女達の意識とは関係なく。
次の獲物へと突進を開始したソレらは何キロも先で部隊に攻撃を受けている巨獣達に真っすぐ到達し、虚空で何本かのケーブルをソレに突き刺すと。
あろうことか。
巨大な体躯を虚空へと持ち上げて運びながら食事を開始した。
次々に四肢が魔力に還元されながら消えていく事で断末魔を上げる巨獣であったが、ケーブルは決して切れず。
もがきながら絡め取られて増えていく食事箇所から一滴も血を流す事もなく。
十数秒で質量を喪失して消え去った。
「これが異種の力……」
ゴクリとシエラ・ファウスト号内部のオペレーター達が唾を呑み込む。
三人の少女達が使う痛滅者に載せられた決戦機能。
それは既存の異種の情報を再現し、巨大な能力を持つ生命体を疑似的に精霊として再生させる代物であった。
明日輝の精霊魔術と精霊を生み出す本人の能力を大本にして、この世界で最も異種に近い血統。
超越者として完成された女。
片世准尉の遺伝データからこの世界に渡って来た異世界の大陸人。
その古い古い祖先。
遥か古のバルバロスという種族を形成するのだ。
その魂として姉妹達が呼び出すのは接続可能な異界。
この世界における天国や地獄というものに相当する自然発生した異相側にある魂の循環を司る領域にある魂魄だ。
彼女達の母親は魔術師だった。
だが、何の魔術師であったか?
それが彼女達の資質と今の状況には関わっている。
(これがお母さんの……)
(私達の血統の力……)
人の世の魂を司る神無き世界。
それでも魂が存在するのならば、それが融けて拡散し、残留する事で新たな領域が形成される。
それは普通の人間には関知出来ない。
しかし、普通ではない人間にならば、見えるし、聞こえるし、干渉出来る。
日本においては《《巫女》》。
海外においては神殿娼婦やシャーマンという呼び名の彼らは自身の祖霊を祭る事もある人々であった。
それもまた人の世が自然と産み出した領域があればこそ。
その領域に関わった血統は領域への親和性を持ち。
受け継がれる資質は魂との交感を果たす。
彼女達、緋祝家が宿す資質もまたソレであった。
【昏龕世界】
そう呼ばれる幾多ある魂達の寄り辺の一つと彼女達は繋がる。
データから生み出された魔力の疑似的な形成物に魂を宿すのは巫女の役目。
大陸でも古き時代ならば、神と称されるかもしれない莫大な力を持つ存在を創り上げたのだ。
領域を繋げ、領域を生み出す事に特化された悠音の空間創生能力は正しく魂の力の具現であったし、精霊と大別される者をこの世に生み出し、定着させる受胎能力は正しく憑依、魂を降ろす巫女の力の本質であった。
二人がいなければ、この疑似精霊神格は生まれる事も無かっただろう。
それに必要な莫大な魔力の供給は姉であるヒューリと少年が用いる痛滅者の支援があればこそ。
三姉妹の力を合わせたこの決戦機能を陰陽自研はこう呼ぶ。
【神世召還術】
神代が現世へと喚び戻される奇跡。
その第一号となった古き異種。
もはや大陸にも文献でしか存在しない妖精と呼ばれる種族の原種。
ソレは次々に関東各地へと超音速を超えて静かに飛翔し、巨獣を魔力に還元、餌としていった。
そうして目ぼしい《《食料》》が消え去ると役目を終えたのか。
瞳を閉じて、己を魔力へと還元して痛滅者内部へと吸収されていく。
痛滅者が再び元の形を取り戻した時、たった3分の流星雨は途絶え。
三人の視界には九十九からのレポート。
今、引き出された存在のデータが登録されたとの報告が上がる。
これでいつでもまた準備さえ整っていれば、呼び出す事が出来るというわけだ。
「す、凄かった……ちょっと怖かったけど……お姉様達!! やったわ!!」
「はい。悠音が無事で良かった……顕現中に片付きましたね。ヒューリ姉さん」
「ええ、でも……二人ともまだ気を抜いちゃいけませんよ。次があるかもしれません」
「「了解!!」」
東京都心部。
都庁の上空に集まった三人が警戒を解かずに背中合わせで全方位の観測に移行する。
それとほぼ同時に【C4IX】からのアラートが鳴る。
巨獣0。
異相側の空間制御中枢の完全な消滅を確認。
それを知った兵達が気こそ緩めないが、僅かに唇の端を曲げようとし―――。
レッド・アラートが全ての陰陽自と善導騎士団の全情報機器に流れた。
視界情報を共有している者には瞬時の被害予想情報が表示され、その絶望的な東から着弾する何かの瞬間的な一撃で関東圏が壊滅する旨を報告される。
そして、250の星々が超高速では間に合わないと痛滅者に積まれていた1度限りの空間転移機能を開放する。
理由は単純だ。
戦闘中に膨大な魔力を励起状態で纏いながら安定させもせずに空間を越えようとした場合、瞬間的に莫大な負荷が掛かって大抵は術式が焼き切れる。
それをどうにか出来るような術式を組めるのならば、そもそも魔力無限な少年以外だって空間転移をもっと大規模に多用出来ただろう。
だが、実際には空間を渡る術を今も基地機能に頼っている。
それは魔力消費のみならず、あらゆる安全装置を積んだ基地の大規模儀式場からの射出が最も安定しているからなのだ。
未だ魔導師が少年のみという事実から来る限界であった。
東の果て。
北米大陸から海洋スレスレをマッハ数十以上の加速によって海洋を縫うようにソレが着弾するまで残り3秒を切った。
東京中心域から関東圏に拡散していた者達は全魔力を盾の全力防御形態へ注ぎ込んで備え。
全兵員が出来るだけ背後を庇うよう巨大な盾を傾斜させて次々に打ち立てていく。
東京都心に陣取っていた三人が痛滅者の全機能を防御に回し、東京湾近郊までの大結界を3機の同調機能によって産み出し、その役割を果たして見せる。
結界魔術の専門家を開発チームに加えて追加された戦域防御機能。
また、千葉や神奈川に展開していた部隊もまた海沿いにある者は全て魔力をソレの直撃時のインパクトに合わせて発動する術式に注ぐ為、全機能を解放。
そうして着弾寸前。
250機の全痛滅者がピンポイントで残る魔力と装甲の全てを防御形態へと変形。
戦列歩兵どころではない。
無数の盾を一枚の巨大な鏡の如く見立てて広域に展開し、都心を真下に二百数十km単位の方陣防御を敷いて見せる。
そこに元夢の島たる善導騎士団東京本部の防衛機構が加わる。
巨大な大穴はそもそもが大儀式術の発動時、魔力の全方位拡散を企図してのものでもあった。
本来は魔力の拡散で変異覚醒者を出してしまう事から封印されている代物だ。
しかし、緊急起動した基地保全機能は全術式をフル稼働。
全ての隔壁が一斉に高速で降ろされ、基地に蓄えられていた東京で今の今まで起こって来た巨大な事件で発生した死を汲み上げ、少年が貯め込んだ数百km単位で大陸を抉れそうな量の純粋波動魔力が解放される。
誰もが使える魔力へと転換済みの力は関東圏の60m以下を保全するべく。
多重防御方陣、凡そ衝撃と熱量と魔力に絞って全てを減衰拡散させて弾き散らす400層近い輝く円環を生成した。
―――【今、報いよう同胞達……やってくれるではないかぁああああああああああ!!!!!!!!!!】
声を聴いた者がいたのかどうか。
世界が白く染まった時、誰も何がどうなっているのかを理解しなかった。
閃光が関東圏の更に先まで無限に降り注ぎ。
次々に街を都市を山をクレーターにして消し飛ばしていく。
だが、それすら実際には……威力を減衰し、拡散した末のソレからの余波であった。




