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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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間章「後始末」


『北海道北部の復興が始まって間もなく2週間になろうとしています』


『ゾンビ殲滅の宣言が出されて1週間が立ちました』


『米国政府は陰陽自衛隊と善導騎士団に感謝状と勲章の授与を―――』


『これを善導騎士団は断っており、復興が終わるまでは受け取る事は出来ないと―――』


『北方諸島のロシア系難民はこれで250万人を下回ると見られ―――』


『Z大襲撃より本日で2週間となりますが、コロニー再建は順調とされ―――』


『未だ、今回の一件の首謀者グループは艦隊と共に逃亡を続けていると思われ―――』


『緊急速報です!! 善導騎士団が北海道と北方諸島全域を繋ぐ連絡橋を創ると―――』


 事件終結後。


 2週間という時間はあまりにも早く過ぎていた。


 昏睡から目が覚めた少年が翌日からずうぅううっと北海道北部と北方諸島全域で避難民や難民の仮設住宅とコロニーの再建の為に大量の資材をポケット内で超高速で生産。


 あらゆる物資を建材に限って無償で30兆円以上あるんじゃないか、というくらいに米国の建材メーカーや土木作業を行う大手建設会社に投下したのは人々の記憶に新しい。


『親方ぁ!! 追加のディミスリル建材が届きましたぁ!!』


『また届いたのか!? 体力を増強するとかいうペンダントを本土から取り寄せたが、これじゃぁ身体が持たねぇよ……過労死したら訴えてやる!?』


『親方ぁ!! 本社が言ってた追加のペンダント日本から届きましたぁ!! 今度は3時間寝れば8時間寝たのと同じ効果が出る睡眠改善能力らしいっすよぉ!!』


『………過労死すらさせて貰えんのか(;´Д`)』


『親方ぁ!! 土木作業系と身体保護系と精神安定系のペンダントがぁ!! これでまだまだ働けるだろうって本社の偉い人が良い笑顔で連絡して来ましたぁ!!』


『もうイヤこの国(´Д⊂ヽ』


 善導騎士団のコロニーと諸島の復興、再開発はまず何よりも北米式で進んだ事が大きく。


 大量のディミスリル建材を用いて基礎からの工事が全てベルの手によって毎日10000件近く処理されたのはもはや神業だろう。


 米国コロニーの再建費用の8割が錬金術と魔導の前に屈し、材料費がほぼ基礎工事と建材に限っては0円であった。


 更に日本中の企業に善導騎士団はディミスリル加工技術の一端を開示し、復興用の資材を創れるように指導を開始。


 米国は予算を5兆円以上計上し、日本本土から細々とした騎士団が造らなかった部分に関しての建材を買い付ける事を確約。


 日本中で銀行が騎士団の担保であるディミスリルをここぞとばかりに放出し、各企業体へとばら撒いた。


 資材メーカーや各地の製作所や中小の物造りの現場では次々に関連したディミスリル製品が爆発的な勢いで開発され、出荷が開始されたのはこの1週間程の事。


『発注掛かりましたぁ!! 体力増強系23ダースです!!』


『CEO!! 我が社始まって以来の大仕事ですよ!!』


『どんな企業にも分け隔てなく技術情報を開示……更に各企業体への生産制限で中小企業にも恩恵を、か……善導騎士団、味な真似を……』


『依頼が引っ切り無しですよ!! この分だとウチの生産制限数は数日中に到達するかと』


『余分に造らんよう徹底させろ。労働基準監督署が動いてるとの話だ。闇で売買しようなんてしたら、潰されるぞ……今は憲法停止下だからな』


『約束守ってない連中っているんですかねぇ?』


『あちらは読心系な変異覚醒者様がガッチリだ。どうやって心を読まれずに悪事を隠せるって? 企業ならほぼ不可能。あの近くにあったヤクザのフロント企業すら法令順守だとよ……』


『ヤバイっすね。善導騎士団……』


『知ってるか? ブラック企業が昨日一斉摘発されて日本中で9000人近い逮捕者が出たんだぞ?』


『え? 本当っすか? 新聞やテレビでは何も出てなかったような?』


『報道は沈黙してる。《《ちゃんとやってなかった企業》》が追徴金で決算がボロボロってところも相次いでるらしい。ついでにそういう連中は保釈金や刑務所に入る代わりの労務刑が政府企業での真面目なお仕事だとよ』


『……刑務所で罪なんぞ償ってる暇があったら、働けって事っすか?』


『人権無視なんてトンデモナイ。肉体と精神を安定させて、睡眠も取らせて食事も素晴らしい質のものを用意して、さぁ真面目に働けという職場、らしい……』


『マジっすか?』


『感涙して震え上がる銭ゲバで一杯だと。読心されて反省が足りなかったら刑期の短縮無しどころか。精神を矯正するカリキュラムで廃人にすらなれずに更生させられるともネットには載ってるな。善導騎士団から犯罪者の人格矯正用の精神干渉技術が卸されたらしい』


『あの~ソレ恐怖政治よりヤバイんじゃ……訴えられません?』


『られません。つーか、そいつらが助けてくれとSNSに書き込んでるが、大手報道機関は黙殺、政府も黙殺、人権団体やNPO、圧力団体、宗教法人、なんかが騒いでるが裁判所も警察署も行政全てが黙殺。意味は分かるな?』


『騒ぎが大きくはなってないんですか?』


『連中のSNSにはちゃんと名前と顔写真とどんな罪を犯して、此処数日中、どんな態度だったかまでもが全て明確にデカデカと映像付きで内心の声を字幕化したものと共に記載されてるわけだが?』


『アッ、ハイ。犯罪者が犯罪者である理由を強調してやれば、倫理と道徳と人権なんぞを叫ぶのが何の為かは丸分かりだと』


『そういう事だ。内心を晒されて同情を買える程に清らかな犯罪者とやらがいるか見てみたいもんだ』


『無理でしょうね……』


『短絡的だったり、人権を傘に着て助かろうとする悪と犯罪の芽は徹底的に潰して更生させますが何か?と言われてんだよ。オレ達は……』


『そりゃ報道も黙るわけですか……』


『内心を全部見透かされて、何の為に報道してるのかをデカデカと字幕付きで逆報道されたい報道関係者が0なんだろ』


『内心の自由は担保されてるが、内心の開示も犯罪者相手には担保されてると』


『それを敢て受けるくらいの器量と何ら後ろ暗いところがない連中じゃなきゃ、これからの報道関係は厳しいな』


『確かに……』


『犯罪者と利害が一致してたり、何処かの企業や団体や政治家の代弁者だったり、自分達に都合の良い事を報道しようとしたりしたら……晒されて痛い目を見る可能性が極めて高い』


『同じような連中以外からの援護射撃は期待出来ないでしょうね』


『普通に生きる分には関係ないが、高潔で公正明大で何ら世間様に恥じるものが無い連中じゃなきゃ報道の仕事は不可能になったのさ』


『擁護すれば、そいつも同じじゃないかと勘繰られると』


『あちらさんは社会の同調圧力や人間心理を上手く利用してやがる。好きなだけ人権云々犯罪者擁護で騒いでイイヨどうぞどうぞ。あ、でも、やるなら真面目な人がお願いしますね(´▽`*)ニッコリ、という話だ』


『(´・ω・`)オレ、単なる優良中小企業で働けて良かったです』


『ああ、勿論だとも。我が社はホワイト企業だとも♪ 残業0、パワハラ0、給料は低くて設備は悪いがな』


 こうして善導騎士団は自身の技術と引き換えに人間の質を引き上げる倫理と道徳の改善を、それから一番程遠い《《強硬策》》でヤンワリと強引に進めつつ、自分達に批判的な《《悪党》》を政治的、社会的な勢力として減退させ、自分達に批判的な《《善人》》を増やしつつあった。


 騎士団とて人間だ。


 正しくて普通の善人に批判されるならば、真摯に受け入れようという気にはなっても、悪人に正論を利用されるのは腹が立つのも事実。


 国家の為、国民の為、あるいは公正な姿勢で自分達を糾弾する人間以外を出来る限り減らして活動環境を維持する事は一歩間違わなくてもかなり倫理的にアレであった。


 が、当人達が元々は絶対王政下での住人であった、という気風もあって、左程そういう件には感心も無く、指摘する者も無かった。


 情報操作を取り仕切るガウェインにしても、祖国の人間として彼らが民主化しても微妙に他の国よりも強硬な面のある事は分かっていた。


 しかし、生温い報道や政治的な敵への圧迫は逆作用だと理解する故に徹底的にそちらは事務的に改善策を推し進めたのだ。


『副団長。日本国内での読心系の超常の力を持つ者達の掌握はほぼ完了しました』


『よろしい。手続きはそのまま続けてくれ』


『あちらに半数を送ったのはこのような時の為でしたか……』


『それもある。副団長代行の背後を、あの子達の背中を護るのは我々大人の役目だ』


『そう、ですね……異世界、精神性の違いもある程度はある。誰もが我々に優しいわけでもない』


『その通りだ。備えは常にしておくべきものでもある。それが例え、異世界でも、な』


『時代遅れの遺物には遺物なりの戦い方もあるわけですか。歳は取りたくありませんね』


『まだ時代遅れのつもりはない。だが、そう思う日もそう遠くない時期に訪れる。ならばこそ』


『きっと、彼らの前には我々の想像も付かないような困難が待ち受けている。それを思えば、せめて背後は我々が固めましょう』


『ああ、あちらの人員には鋭意務めるようにと』


『了解です』


 真っ当な理由で真っ当な心で真っ当な人間が彼らを糾弾出来るような環境を整えてこそ、彼らもまた働けるのだと、彼ガウェイン・プランジェは嘗て身を以て知って来た一人だ。


 北米でフィクシーが自分達を後ろから撃つ民間人がいるだろうと騎士見習い達に言及していたが、そういった背後の《《真っ当ではない味方》》を事前に減らしておく事は正しくガウェイン達、《《大人》》の仕事であった。


 特にそういった社会からの評価に関してクローディオが気を使って現地でガウェインの手足となって動いていたが、それもまた自分が英雄と祭り上げられた時の事があってこそだっただろう。


 特に善導騎士団は国家の剣ではあっても、それよりも何よりも理念と己らの信念に基づいて動く。


 普通の騎士団ともまた一風違った団でもある。


 ならばこそ、時には国家や国民から石を投げられた事も長い歴史では多く。


 それに対処する術は騎士団が要らぬ時代になっても受け継がれていたのである。


 次世代の騎士達が、騎士を目指す子供達が、泥臭い社会からの悪意によって潰されぬよう、もし批判され罰せられるならば、それがせめて納得出来るものであるよう、大人達の暗闘は日本の中でゆっくりと行われていたのであった。


 そんな事は露知らず。


 仮設住宅と再建の基礎を作り終えた少年は2週間でようやく作業を一段落させ、北海道と北方諸島域の再建の要である大規模構造物。


 総全長100kmを超える複数の橋を建造する態勢に入っていた。


「騎士ベルディクト。建築資材の最終調整、陰陽自衛隊富士樹海基地で整いました」


「こちらもOKです!! 海底の基礎埋設地の周囲から生物を誘導排除完了しました」


「海自の護衛艦での周辺封鎖が完了したとの事です」


「本島南部と北方諸島地域の建設予定地点も完全に避難を完了!!」


「魔力源となるDCとシエラのメインフレーム【九十九】とのコンタクト完了。いつでも行けます」


「海底に設置済みリングの励起開始!! 津波除けの干渉機雷作動開始!!」


「チャンネル間にコンタクト!!」


 北方諸島と北海道を繋ぐのは今まで船と航空機のみであった。


 このままではゾンビの出た地として北方諸島域からの人口流出は致命的となり、再び人類の生存領域が狭められる可能性も高く。


 このような地域の危機的状況を改善する策として少年は北海道と北方諸島を物理的に連結し、その上で流通を活性化。


 北方の護りの要として軍事要塞化し、今後来るユーラシア復興時の日本から大陸へと物資を輸送する海運やトンネルを用いた経由地点、漁業基地、更には様々な善導騎士団の技術を卸して社会的に実験する先端科学と魔導機械学の拠点として整備する事を大々的に発表した。


 その第一弾となるのは北海道側にも承認を取った大橋の建設。


 北海道の沿岸部。


 橋の設置地点各地のテント内の機器にはもう北の海の異変が確認されていた。


『遠くに船見えるなぁ……ありゃぁ、海自か?』

『爺ちゃん。始まるってよ』


『おお、そんな時間か。それじゃ、ちょっと見て来るか』


 大規模な帰還予定者達の中に混じっていた建設予定地の市町村の市議会町議会の面々に少年は善導騎士団の全面的な市町村へのバックアップを約束。


 過疎化しながらも外国人の流入などで何とか持っていた各地域に少年が提案したのはゾンビが出たという致命的な風評被害から来る加速度的な衰退に対して、それ以上の人口を流入させるという方針であった。


『此処が善導騎士団から連絡があった家かな?』


『あ、パパ!! パパの名前が書いた張り紙張ってあるよ』


『おお、本当だ……仕事が早いなぁ。運送業者はまだ来ないけど、家具とベッドは備え付けだって話だったが、内部はどうなってるんだろうな。というか、一戸建て庭付き220坪……聞いてない』


『パパ!! 中に非常食の倉庫とか、非常時に入るお部屋とかあるって!!』


『パニック・ルームまであるのか……東京なら億だろうな……』


 関東から退避したい関東圏の人々は今も多数。


 これを利用し、善導騎士団は日本政府と共に関東圏から北海道北部に20年間、居住する事を前提にして一部住民の関東からの離脱を認めた。


 無論、住居は善導騎士団が市町村の土地を買い上げて無償で造り、無償で貸与する方針であった。


 第一弾の3万人は少年が復興用の土木建築のついでにアメリカのコロニーとコロニーの間や市町村内に造った新興住宅地1万棟に入居を開始。


 仕事も必要ならば、善導騎士団が全て斡旋。

 変異覚醒者も規定をクリアーすれば応募可。


 規定年数の居住が認められれば、そのまま住宅は下げ渡すという具合で流入が促進された。


 その代わり、世帯主は居住地を20年間変えないという約束そのものが精神的な制約を課す技術で順守される。


 受け入れに際しては受け入れ側の負担軽減策に善導騎士団からのバックアップ、時には補助金も出る。


『やたら外側はカラフルだなぁ……赤や緑とか』


『あ、パパ。再建される学校では対ゾンビ射撃術とか対ゾンビ格闘術とか対ゾンビ退避術とかする予定があるんだって!! パンフレットに書いてあるよ!! 楽しみ!!』


『(我が娘ながらしっかりしてるのはいいんだが、もっと子供らしく不安そうな顔をしてもいいような気も……)』


『パパ!! 上下水道と雨水の浄水設備と発電設備は備え付けで150年保証で毎日使っても大丈夫だって!! フィルターだけ備え付け以外は善導騎士団印のものを買って使ってねだって!! 魔力式か電力のリチウムイオンバッテリーさえあれば、毎日使っても大丈夫だって!! すごーい!!』


『あはは。そうだな。スゴイスゴイ(汗)』


『あ、でも、魔力はM電池で毎月無償供給されるから、実質電気代と水道代は0円? すごーい!!!』


『そ、そうなのか? というか、魔力ってテレビで言ってたやつ?』


『うん!! お家も320年保証だって!! あ、でも、ソファーとか寝具とか衣類は買ってねだって。後、非常食は30年保証で1家庭5人家族2世帯20年分穀物3、肉3、野菜3、甘味1の缶詰だって!! すごーい!!?』


『ウチの地下は一体どうなってるんだ……(唖然)』


『あ、新型の通信端末が契約してる各社に申請すれば貰えるんだって!! 善導騎士団の早期警戒情報が出る専用品で災害時に必要な情報と機能が一杯なんだって?! しかも、普通の使い方もちゃんと出来るみたい!? 3年毎に新品の新型に交換してくれるって!? す、すごーい!?!』


『(呆然)……(*´Д`)』


『あ、それにMHペンダントが家族人数に応じて貰えるんだって!? 小っちゃい新型だよ!? 新型!! 他にも積雪を溶かす用のペンダントや冬季に気分が落ち込んでうつ病になるのも防ぐペンダントまであるんだって?!! イタレリツクセリだよ!?』


 後の居住地での定住が促進されるかどうかは市町村の仕事次第という程にお膳立てするとの話にそんな旨い事があるのかという顔をした者が多数だったが、大規模な関東圏で整備したシェルターや北方諸島との連結後に軍事要塞化した諸島群と北海道北部での生存率の高さはまず関東圏を除けば日本で初めてのものとなる、という話に頷くしかなかった。


 米国コロニーの大半が再度再建される事は決まっていたが、同じ場所に住みたくないという者は多く。


 だが、だからと言って北海道にそこまで住宅の余裕があるわけではない。


 北海道北部沿岸地帯に大規模な食糧供給地帯と住宅を大量整備し、そういった人々に安心と安全も売る為に軍事基地化し、北米式の要塞線の構築及び北米式の民間人への避難訓練、サバイバル訓練、生存率を上げる為の対ゾンビ軍事教練までも含めて一括無償供与する。


 ゾンビがこれから湧かないと断言出来る場所は無い。


 だからこそ、何処でも生きていけるように子供も大人にもソレが必要だと説いた彼の言葉が多くの高齢者達の心を掴んだ。


 実際、ゾンビの脅威に晒され、多くの民間人が、親類や家族や友人を亡くした。


 人々にはこれからへの備えをこの住み慣れた場所で手伝わせて欲しいという少年の言葉に否と明確に否定出来るような考えを持った者は皆無だったのである。


「大気湿度正常。気温許容範囲。建材の熱膨張誤差0.0032mm以内」


「各種純化金属類6億4000万tの全魔力浸透確認。北米メインタンク9200基内での粒状化状態の維持順調。術式の魔力消費単位は毎秒1万。定常出力範囲内」


「要塞橋最下層よりフレーム・アウトを開始して下さい」


 少年は今正に海の上にいた。


 本日まで睡眠0時間0分0秒でノンストップの魔導による資材の構築と工事で過ごした少年の現在の要塞建築レベルは絶対人類が到達しない域だろう。


 善導騎士団。

 陰陽自衛隊。


 今、二つの組織の隊員達は自身の端末や大型の共有スペースの虚空投影型のモニターで状況を確認していた。


 カウントダウン表示の上には北海道北部の海域のリアルタイムの情報とそれに被さるよう3Dの設計図が視易い紅いラインのフレームで構築され、示されている。


 その橋は一本ではない。


 また、同時に巨大な橋桁、というより要塞内部は恐ろしい程の厚みと高さを持つ。


 正しく巨大海洋基地の様相を呈している。


 全幅800m。


 高さは海底の深さに比例するが、海抜0mから海上30mまでは垂直に切り立った形になるとの事。


 長さはまちまちながらも各島を連結し、更にその間にある海域を囲い込み、まるで北部に開けた扇形の湾のように見せている。


 本島と北方四島を繋ぐ橋もまた同じ代物であり、本島、四島と道県を結ぶ逆台形状のラインは魚や鯨こそ通れるような大穴が幾つも用意されてこそいるが、根本的には内海という形になるだろう。


 埋め立てというのはニュアンスが違うかもしれない。

 完全に土砂など用いないのだから。


『始まったぞ!! 地底で出力されてるようだな……』

『海面まで見えなきゃ信じられん連中が大量だろう』


『結界内部からの露出時点では岩盤にあの根のような設計物は密着せんのか?』


『アレは最終盤に海底付近の壁に練り込んだ方陣から延ばす形でプレートに浸透させるそうですよ』


『要塞というよりは海を隔てる陸地だな。こりゃ……』


『我らが【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】に不可能はあんまりなさそうだ』


『違いない……』


 陸地から続く巨大な街すら入りそうな大きさの綿密に重量が計算された錆びない超高耐久の金属塊が島と島を繋ぐ巨大な大地として現れるまで数分。


 馬鹿なと言うなかれ。


 岩盤そのものに根を張るような形で置かれる要塞はプレートの上に乗っているが、重力軽減合金を用いる事でその重さを大地に殆ど載せず、地震が起きようと崩れもしないし、莫大な水圧にすら耐えるとお墨付きを得た代物である。


 人類が初めて経験する超規模構造物の大工事にして難工事が一人の少年の手によって行われるのは僅か1日の間だけだ。


『爺ちゃん。何も起こんないな。つまんね』

『………』

『爺ちゃん?』

『……海が揺らいどる』

『?』

『あの小僧は本物のようだ』

『??』


『さぁ、帰るぞ。明日までに荷解きしたいって移住希望者が大量。稼ぎ時じゃ。ほれ!!』


『うわ、ちょ……どうしたんだよ?』


『オイ。馬鹿孫。明日から善導騎士団とやらの仕事の募集に乗っかって、橋に行け。そして、商売始めとけ。何でもいいぞ。荷運びでも何でも屋でも、運転資金なら出してやる』


『は?! な、何言ってんだ!?』


『将来、左団扇で上手いもん食って、綺麗な嫁さん欲しいなら、稼いどけ。これから忙しくなるぞ』


『意味分からん……熱でもあるのか? 爺ちゃん』


『正気も正気。大波が来るぞ。お前の荷物は今日中に纏めとけ。家、出たかったんだろう?』


『え、いや、そうだけども……』


『なら、二百万くらいくれてやる。さっさと橋に行け。いいな? 死ぬ前に孫孝行が出来て清々する。ははははは』


『二百万て……一体、どうしちまったんだ?』


 時代が動く。


 分かる者には分かるだろう波を確かに幾らかの人間は感じていた。


 善導騎士団、橋を建設するの報がニュースに流れてから大量に北海道へと向かう企業体やら個人がそれなりの数いた事は事実だ。


『ウェスター女史!! 予定通り、タンク群のメーターが下がり始めました』


『そう。始まったのね……ロスとシスコ、どちらもまた大きな貸しが彼らに出来たわね』


『引き続き、空となったタンク群も資材可されるそうなので観測を継続します』


『よろしくね。これから日本政府と電話会談してくるわ』


『はい!! どうぞ、ご存分にお働きを』


 このような状況を生み出す為に使われる資材は全て北米産だ。


 少年が採掘した莫大なディミスリルと各種金属元素。


 両都市は嘗てならば、100年掛かっても世界規模で消費し切れない程の莫大な採掘済み資源の投入を快く了承し、日本に恩を売った形。


 どうせ最初から無いに等しい代物。


 少年が発掘しなければ、どうしようもなかったものを使うというだけなのだ。


 日本から感謝と同時に大々的に北米への投資と移民計画が立ち上がったのを思えば、安い代償であった。


『か、艦長!! 海中から遂に頭頂部が見えました!!』


『ようやくか。ソナーを見ても信じられなかった事が現実になる……人類は……いや、彼らはもはや地形すら生み出すのか』


『ソナーによる壁面外予定海域の観測途切れました!! 約20秒で頭頂部が海面に露出します!!』


『………これが要塞橋(ようさいきょう)……ベルズ・ブリッジ』


『何だ? もう名前が決まっていたのか?』


『い、いえ、高校の同期に陰陽自の隊員がいまして。橋を騎士ベルディクトが造るなら、北米の南部大要塞がベルズ・スターなんだから、橋はベルズ・ブリッジだろ、と』


『そういう事か。だが、呼び名はその内に自衛隊全体に募集するとの事だ。応募してみるのも一興かもしれんぞ』


『何て大きさだ―――完全に海を隔てている……こんなものが現実に……』


 巨大なものが海面からゆっくりゆっくりと顔を出しながらも、その押し流した海水は周辺に展開されていたベルの機雷型の魔術具によって津波になる事もなく静かに海へと戻っていく。


 その壁は巨大な黒曜石のような色合いにも見えたが、重厚な質感と表面は何処か混沌とした鈍い虹色のような彩りで、巨大な岩塊にも見えた。


 海面から30m上に続く幅800mの陸地が海の先に続く。


 その脅威的な威容を理解しない者など海の男にも海の女にもいなかった。


 そして、巨大な壁が隔てた海の向こうにはまた壁が有り、島と島を繋ぐ壁も今頃は顕れているはずであり、海域を米海軍と合同で観測していた海自の艦で騒ぎにならない場所は無かった。


 艦長が落ち着けと言う船もあったし、ただただ圧倒されてしばしの無言と沈黙が支配した船もあったが、誰もに共通していたのは驚きよりも自分達が味方に付けた者達の巨大さだ。


 そして、民間にもようやく浸透し始めた奇妙で愉快な善導騎士団がその威容を完全に露わにした事を報道していた者達の誰もがようやく理解していた。


 今まで関東圏の封鎖やら敵の撃滅やらというのは言わば、目に見えない形での異変だった。


 東京本部の要塞も穴という形で目に見える限りは隠匿という印象が強い。


 だが、橋は違う。

 巨大な橋というよりは陸地が北の果てに現れた。

 まるでRPGで起こるイベントのような気軽さで。

 それも北部の復興で住宅が完全充足したタイミングで。

 その時、初めて凄さではなく。

 善導騎士団に人々は怖さを感じただろう。


 緊急で飛んだ北海道各局の報道ヘリが各報道機関に提供した上空からの映像。


 それだけで日本中が震撼したのだ。

 宇宙人が責めて来た。


 そう言われるよりも、宇宙人が隕石を落としてきたの方がインパクトのある見出しだろう。


 具体的で大き過ぎる結果が映像としてしっかりと人智を超えていると主張し、出現して初めて人々は善導騎士団を畏怖と共に見たのであった。


 それは単純な超兵器を持っているというような次元の話ではない。


 本当の《《隔絶》》を理解したのだ。


 それが彼らの戦争の《《後始末》》の部類に入る事をまだ殆どの異世界人達は知らない。


 彼らは大陸中央諸国。


 世界に唯一の大陸において文化の中心地であり、善良で明晰で極めて合理主義的な気風が漂う……地方諸国の人間から根本的に《《人間が違う》》とか言われるような地域からの来訪者だったのである。

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