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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第118話「トゥルー・イン・ザ・ダーク」

―――陰陽自式日常は魔窟【陰陽自衛隊創設秘話収録-隊員語録-】


 ?日前陰陽自衛隊基地内部。


 陰陽自衛隊において日常とは常に新しい発見や奇妙なものが大量に騙し絵のような具合に紛れ込んでいる毎日の事を示している。


『お、夜勤明けお疲れさ~ん』


『うい。それにしてもキッツイわ~。何がキツイってさぁ。夜間訓練なのに真昼と同じ運動量に同じパフォーマンス要求されんのがさぁ』


『しょうがねぇって。怪異の活動時間帯が夜中に偏って来てるらしいから』


『ま、そりゃそうか。明るい内に好き勝手したら、警官に囲まれてしこたまディミスリル弱装弾でタコ殴りだもんなぁ』


『あ、つっても、何かまたテコ入れ入るらしいぜ?』


『またかよ……で、今度は何?』


『何だったっけ? えっと、確か怪異化させるのは何か人権への配慮も足りない気がするから、魔導機械学で改良したウィルスで肉体の細胞の一部DNAに部分的に魔力形質に合致し易い細胞の遺伝情報を導入して改造? いや、改良とか何とか』


『……悪の組織の改造人間か何かかオレ達?』


『ま、まぁ……精々基礎代謝とか肉体の基礎能力とか内臓の強度とかが上がるだけらしいし。銃弾はさすがに当たったら死ぬらしいから、ぶっちゃけ言う程でもないんじゃね? ほら、遺伝子組み換え食品みたいなもんだよ。誰も死んでない死んでない』


『なぁ? オレ達、毒されてない?』


『そうかぁ? 毎日毎日オレ達がやってる訓練とか喰ってる食事とかに比べたら、今更だろ? 確か数日後に予防接種ついでに投与するってさ』


『マジかよ。まぁ、騎士ベルディクトは何か近頃直接埋め込み式の改造?とかしてるって医務室の連中が言ってたし、それよりはマシなのかもなぁ』


 少しずつ隊員達も染まって来ている事は上層部も含めて、あまりにも無自覚であったが、大抵はそれよりヤバそうなのが大量であった為、小さな日常の変異の積み重ねは見逃されていた。


『え~これよりレクリエーション・プロジェクトの一環として第023試験を行います。昼飯が終わった方から、こちらのボードをどぞ~』


『研究員さぁん!! このサーフボード? 何に使うの~!!』


『あ、はい。それはですね。先日、米軍がサーフボードでスイ~~と空を飛んでいたの見て、陰陽自研(ウチ)で作った代物でして。はい』


『え? まさか? 仕事早くね?』


『ええ、平衡感覚を養ってついでにストレス発散出来るようなレクリエーションをという騎士ベルディクトから御題として出されていた件もあって……空飛ぶサーフボードです』


『マジかよ……でも、落ちたら死ぬんじゃね?』


『死ぬのはさすがに勘弁してよ村田さぁん!!』


『いえいえ、魔力が微妙に噴出している基地内でしか使えない仕様ですし、個人の励起魔力が大きければ、波乗りみたいな事も出来ますが、精々普通は5mくらいですよ』


『ええと、5mって結構死なね?』


『5mですよ? 死ぬわけないじゃないですかヤダなぁ(´▽`*) 人間なら10mくらいからが本番です。ええ、医師免許保有者の僕が言うんだから間違いありません』


『『『『『『『『『『(・ω・)まぁ、確かに』』』』』』』』』』


『え?!!( ゜Д゜)(陰陽自に赴任して3日の新米准尉並み感)』


『皆さんのような精鋭が落ちたからって5mで死ぬとも思えませんし、MHペンダントを付けていれば、即死すら不可能ですよ。HAHAHA♪』


『イヤッフゥウウウウウウ~~~~♪』×一杯の丘サーファー共。


 世の中には知らない方が良い事もある。

 愉快で奇妙な陰陽自。


 誰が付けた知らないキャッチフレーズも浸透しつつある昨今。


 彼らの毎日に取り上げられる奇妙なモノが実戦で使われるというのは良くある話。


 案外、ちゃんと出来ていたサーフボードが魔力を殆ど発さない、機械を使わず生身で使えるホバーな移動方法として目を付けられ、魔力の充満地帯などでならば、軽微魔力依存行軍。


 要は殆ど魔力を使わずに自動車くらいの速度を出せる代物として採用されたのは一部の者しかまだ知らない話であろう。


 だが、その内にまた奇妙な訓練が追加される事は明白であった。


「おっとと」


 ベルが微妙に危うげながらも地表から数cm浮いた状態で殆ど周辺に凝る励起済みの魔力のみで移動している様子はどう見ても未来で遊んでいる子供であった。


 が、当人は巨大な結界方陣内部に潜入後、不可視化しながら次々に小細工の為に駆け回っていた為、それなりに疲れて来ている。


 結界の完全破砕まで後1時間弱。


 巨大な魔力反応は検知していたし、敵の攻撃らしき大規模な一撃も遠方から確認していたが、少年は極僅かな通信で維持される味方の生体反応(バイタル)に致命的な状況が無い事を確認しつつ、グルリと庁舎を回り込むようにして結界と結界の間を探しながら、内部へと抜けるルートを探索し続けていた。


「……コレ、かな」


 そうして、ようやくソレを発見する。


 結界を重ねたりする時、どちらの結界も維持する為にはそれなりに細工が必要になる。


 術式そのものもであるし、結界の重なるポイントにも強力な結界程に何か魔術具を置いたりして補強するのが大陸では一般的だ。


 この短い時間で周囲を見て回ったベルはようやく結界の結び目を発見。


 偽装されていた不可視化やその他の隠蔽用の小結界などを反応させないように抜けて、入り口を発見するに至っていた。


 入口と言っても1m程の穴だ。


 少年ならば入れるだろうが、大人や12歳以上の体格では厳しいだろう。


 外套内部にサーフボードを消し去り、イソイソと見えざる結界の結節点。


 霧に紛れた其処を四つん這いで芋虫のように這った少年が3m程進むとようやく結界内部に出た。


(此処は……庁舎の別棟、かな?)


 取り敢えず、敵の懐に潜り込めた事は幸いだろう。


 同時に此処からは危険度が跳ね上がるのを承知でコソコソとサーフボードも使わずにベルは徒歩で重要拠点傍の施設をうろつき始めた。


 本島の中央の庁舎は巨大だ。


 300万人規模の人間を束ねる為の施設なので当たり前だが、それにしても煤けた跡や破壊、放棄された部屋やブルーシートに覆われた階もちらほらと在った。


 イソイソと不用心にも開いている窓から目的の一つである施設と思われる場所にお邪魔したのは数分後の事。


 通常の庁舎とは違い。


 敷地内に多数の別棟を抱える区画内部の最奥にその場所はあった。


 結局、何の施設なのかは探れなかったらしいのだが、対外的には小規模な農業系の研究設備があると言われていた其処は複数の別棟で囲われるようにして存在している。


 それこそまるでその施設を囲む建物そのものが結界のようにも見えるだろう。


 だが、礼貞の話では元々は公園が在った場所で暴動が起きた前後に改修されたとの事。

 正方形の豆腐建築。


 正しく少年が北米でやっていたような単純な造りのコンクリ製。


 内部に侵入しても人の気配が無い。

 どころか。

 電源が入っている様子も無く。

 施設は沈黙していた。


「………」


 魔術と科学。

 どちらの罠にも気を付けつつ。


 安易に構造解析して魔導の反応を検知されない為にそっと忍び歩く少年はプレートの一つも掛かっていない殺風景な通路と扉を見て回り……一階と二階の部屋を覗いては脳裏で図面を引いて、怪しい場所が無いかと探し……ソレのある場所を見付けた。


 施設内は適当な実験器具や書類が置かれた部屋もあったが、奇妙な事に壁と言うには一部屋くらい施設中央の部屋が狭かった。


 要は隠し部屋か通路の類があると踏んでいいという事。


 そこは色々な表彰状のようなものが飾られていたが、どれもこれもロシア語であり、翻訳していても政府関係の表彰状という事しか分からない。


 そのまま室内の床に手を付いて、魔導の反応を最小限度にまで低減しつつ、ゆっくりと術式による感知などに引っ掛からぬよう内部構造を解析した結果。


 部屋の壁の背後に階段を発見。


 更に階段から解析を床下に伸ばせば、電力を消費していると思しき配線を認識。


 配線内の電力の流れから更に地下の配線の形を脳裏で逆さんし、複数の部屋を推定。


 電力の使用先の消費量から察して構造物への侵入を感知しているだろう警報装置に当たりを付けて、大電力を無理やりに魔導方陣から転換式を通じて流して沈黙させた。


「ふぅ」


 周囲の気配を何度か確認するも誰かが近付いてくる様子も無い事を確認。


 ベルが床に手を付いたまま。


 錬金技能で床をグンニャリと歪めて穴を開け、真下の部屋に出た。


 通電している区画らしく。


 薄暗くはあったが、青白い輝きですぐに室内が見渡せた。


(………誰も連れて来なくて良かった。本当に……)


 少年が内心で溜息を吐く。


 悲しい話ではあるが、人の生き死にを独特の価値観でしか解せない少年にとって死とは常に傍らにあるものであり、それに付随する狂気は理解出来ても情動が動く事は左程無い。


 もしも、それが自分の仲間達に降りかかったならば、怒りも悲しみもするだろう。


 だが、見知らぬ誰かの死なればこそ。


 狂気に怖気が奔るよりも哀悼の意を表する事しか出来なかった。


(あちらの魔術師にもこういうのをしてた人がいるのは知ってる。でも、こっちの人が此処までの事を考え付く……本当の狂人か。単なる合理主義者か。あるいは……ただの《《普通の魔術師》》か)


 大陸ではそれこそ正気ではないと言われるような大量の死に関する実験結果が多くの普通の魔術師には知られている。


 理由は単純。

 人体の究極。

 極致の状態は死、だからだ。


 多くの場合、地方の魔術師と呼ばれる人々は医術師や薬師などを兼任する事が多かった。


 魔術師が七教会の魔導を前にして廃滅、廃業の憂き目に合っても、一般的な医者の技能で食っている術師は多い。


 そういう輩ならば、そう知っている。


 5000年程で人体を魔術的に解析した結果。


 あらゆるトライ&エラーから導き出された叡智。


 ソレらは正しく少年が今見ているような光景の先にあった。


 例えば、子供が身籠った様子で死体になっているとか。


 例えば、完全に腑分け標本化されたまま、しばらくは生かされていたとか。


 例えば、肉体を繋げられたり、複数個の臓器で生かされていたとか。


 人間を弄るのに限界など無いし、人間を知る為には試してみるしかない。


 幾多大陸で出た何千万もの犠牲者が治癒術式の大本のデータであるという事実こそが、魔導にとって最大の苦々しいだろう事実であり、七教会すら覆せない現実だったりもする。


 こちらの世界で治癒が奇跡の類と呼ばれているのは納得の話ではあるのだ。


 汎用性のある人体を弄る魔術の大半は全て名も知れぬ《《普通の魔術師》》が人間(ざいりょう)を切り刻んで、あらゆる薬品と手術と術式による効果を比較、確認した末のものである。


(……丁寧な処置。丁寧な仕事。丁寧な保管。苦しんだ様子も無い。でも、此処に標本として置いている……魔術師としてなら一流……人間なら外道……でも、この子達の頭部……)


 青白い液体に浸された透明な円筒形の培養器に入れられた者達を見つめて、少年が気付く。


(この培養器。僕のに……いや、最終的には戦線都市の技術に似てる?)


 エヴァが用いていた培養器も元々は戦線都市製のデータを元にしていた。


 ならば、ソレこそが答えなのかも知れず。


 僅かに黙祷を捧げた少年は左右に並ぶ培養器を後にして扉の外に出た。


 内部のセキュリティーは切っている為、すぐに扉の先には出られた。


 あちこちにドアノブがあり、通路は色々な部屋に向かえるように複数有るようだ。


 一つ一つの扉の鍵を錬金技能で歪めて開錠しながら、少年が次々に内部の資料や研究器具に目を通していく。


 書庫には遺伝子工学や大脳生理学、更には外科的な神経移植に関する論文などが揃っており、電算室ではコンピューター内部に大量の実験データらしきものが複数個のファイルに纏められていて、外部へは持ち出せないようだったが、少年が術式で直接電子機器から情報を吸い出して記録する。


 電子情報と魔術の術式情報の相互置換は今や少年と一部の魔導機械学の申し子達だけが知る世界初の技術だ。


 恐らく、大陸でならば、標準的な機械を術式で動かす仕様の一つであろうが、再開発出来たという事になるだろうか。


 全データを回収後。


 更に奥へ奥へと進む少年は地下施設の構造を大体把握する事が出来ていた。


(要は人体と魔術に関する研究。それも科学込みの……実験結果の一番古い情報の日付は15年前以上……つまり、そういう事に僕達より先に手を出していた魔術師がいたって事だ……)


 少年が施設稼働用の上下水道や予備電源、ボイラー設備、警備システムを見て回って、最後に応接室らしき場所を開けた時だった。


 内部からの視線と目が合う。

 いたのは50代くらいのロシア系の男だった。


 皺が寄った顔には少し染みが見えており、その両手にはゴツイ金の指輪が嵌っていて、衣服も仕立ての良い黒のダブルだった。


「あれ? ラブおじちゃんじゃない……」


 まるで舌っ足らず言葉が呟かれる。

 それを聞いて、少年が僅かに術式を瞳に宿らせる。


「ええと……僕はベル。みんなベルって呼んでる。年は15。君は?」


「ボク? ボクはヨシフ。ななつだよ。ラブおじちゃんがまだ馴染むまでは此処にいなさいって」


「………ラブおじちゃん?」


「うん!! 偉いガクシャのセンセーなんだって!!」


「ラブおじちゃんに用があったんだけど、何処にいるのか知らないかな?」


「おじちゃん、きょーのゆーがたにはかえってくるって言ってた」


「そっか。君はこの島の子?」

「うん。前はダンチにいたの」

「そっか……お父さんとお母さんは?」


 いきなり男の顔が僅かに強張って警戒の色を見せる。


「―――おにーちゃん。あのひとたちに言われてきたの?」


(あの人達? これって……)


 少年が首を横に振る。


「君がおじちゃんて言ってる人にちょっと話があって来たんだけど、いないみたいだから、困ってて」


「あ、おにーちゃんもボクと同じ? そうなの? なら、ええと……」


 男が応接室内の棚から何やらファイルを取り出して、ベルに座るように言うとテーブルの上に広げた。


「ええとね。おじちゃんがあのひとたちみたいなクズにもちゃんとツカイミチがあるんだって言ってた。好きなヒトを選んでいいんだって。おにーちゃんカワイイからカワイイ人がいいよね。ええと、ええと」


 男がニコニコして無邪気にファイルの中の人々。


 大量の付随する難しいロシア語で書かれた情報も分からない様子で幾つかの候補を上げる。


「このおんなのヒトとか。このワカイおんなのヒトとか。いいんじゃないかな!!」


「ええと、僕……男の子なんだけど」


「え~~でも、ほかのは強そうなのとかしかないよ?」


「君は……どうして《《その身体にしたの》》?」


「ボク? ボクはねぇ……フフ、エライ人にしたの!!」


「偉い人?」


「うん。おいしいものいっぱい食べられるって!! ラブおじちゃんがゴビョーキもナオしておいたって!! 後、何も言わずに黙ってパソコンに向かって遊んでていいし、スマホでゲームしててもいいって言ってた!!」


「へぇ、ご飯は一人で食べるの?」


「ううん!! あのね!! 《《みんな》》でカイゴーしてるフリをしてごはん食べるんだって!! クズのことだから、誰も気にしないって言ってたよ」


「………そっか。他の皆は?」

「みんなは……今はシェルターだって」

「シェルター?」


「うん。怖いゾンビが来るから、他のオトナたちと一緒なんだって……ラブおじちゃんの《《トモダチ》》も一緒だから、ダイジョーブって言ってた。でも、ボクはまだちょっとしかたってないからバレちゃうかもしれないし、ココにいなさいって」


「そうなんだ。一人でお留守番してるなんて偉いと思うよ」


「ホント?」

「うん」

「へへ……おにーちゃんはどーするの?」


「僕は友達と一緒に来てるから。待たせられないんだ。そろそろ行かないと」


「……おじちゃん来るまでマってないの?」


 少しだけ名残惜しそうな男ヨシフの頭を少年が撫でる。


「ごめん。でも、実は今度、僕がやる学校の事で話があって来たんだ」


「ガッコー?」


「今度、僕の友達と一緒に学校やろうって事になってて。もし始まったら、招待するよ」


「しょーたい?」

「学校にみんなで来ていいよって事。どう?」

「うん。ガッコー……今度、行っていい?」

「勿論。その時はお菓子も用意しておくから」

「やった!! ヤクソクだよ? おにーちゃん」

「うん……約束」


 少年がお近づきの印にとMHペンダントを一つ渡してから、その場を後にする。

 その後、施設全体を錬金技能で再び修復。


 元の穴から再び上へと飛び上がって戻り、床も全て元通りにした。


 焼き切ったのは警備システムだけなので普通のゾンビなどならば、入り込む事自体不可能。


 重要な情報を得たはいいが、それにしても色々と更に確認せねばならない事が増えた事は確実でゆっくりと施設から不可視化して次点の目標へ向かおうとした時だった。


 庁舎群の幾つかの奥まった場所にある棟。


 その扉がキィッと開いて何者かが出て来る。


 そして、その人影の背後からはゆっくりと巨大なレリーフの巨人が扉を半ば壊すように這い出し。


「ぁ~~ようやくかよぉ。やっと出られた。ん~一番乗りか。ま、ショートカットしてきた甲斐はあったな。あっはは……エイトの奴、まだクソ真面目に結界張ってんなぁ。さ、お仕事お仕事……ん?」


 ベルと相手の視線が合った。


 出て来た人影は緑色のコートのフードを取れば、まだ12~13くらいの少年だった。

 痩せぎすで中肉中背。


 しかし、髪はツンツンしており、揉み上げも長い褐色のロン毛だ。


 針金でも入っていそうな頭部の跳ね乱れた癖っ毛。


 虹彩は黒く。

 口元から覗く犬歯は鋭い。


 全体的に見れば、まるで野良犬と言った風情が漂っている。


 その気配は明らかに人語を介していてもかなり戦闘寄りな代物で……大陸でなら地方の若年層の傭兵とかにいそう、という感想を少年は抱いた。


「あ~~マジかよ~~こんなとこにまでネズミが入り込んでやがる。不可視化、だけじゃねぇなぁ。陰陽自衛隊の将来の幹部候補生とかか? ま、最前線の更に先。敵陣に10代がいるとしたら、そんな感じだろうなぁ」


 少年が不可視化をさっそく見破られた挙句に年齢まで言い当てられて、咄嗟に距離を取る為に背後へと跳んだ。


 それが正しかったと証明されたのは次の瞬間には野良犬少年の拳がアスファルトの地面に鋭いナイフのように斜め上から突き刺さっていたからだ。


 脚を狙ったのみならず。

 移動速度が確実に音速程度。


 ついでに拳は硬質化した髪の毛と同じような色の籠手のような装甲に覆われていた。

 魔力を発している事からして、積層魔力による武具。


 身に纏う鎧だ。


 戦闘用のソレは肉体年齢を上げる為に明日輝が使うような魔術の親戚と言えるが、全てを戦闘に特化にしている為、威力は抜群。


 コンクリの壁なら1m程度貫通。


 通常の人体がどうなるかなんて言わずもがなの力であった。


「コレ避けるか。陰陽自衛隊。存外、侮れねぇのな。通常の通信手段は遮断されてるはずだが、びっみょーな電波っぽいのは出てる、か? 面白れぇ……なぁ、お前どんな装備してんだ? ちょっと遊んでくれよッ!!」


 ニヤリとした相手の笑みと同時に追撃が掛かった。


 少年が相手の身体能力に合わせて、術式で幾らか肉体の筋力を増強。


 更に相手の動きから予測して2手先くらいまでの動きを先読みして回避に専念する。

 相手は正しく猟犬だった。


「はは、避ける避ける!! 上手いっつーか。巧いな」


 突撃あるのみ。


 更に拳銃などの重火器を出す余裕すら無い連続での突撃と拳。


 しかも、人体の急所を見えていないはずなのに的確に2cm程度の誤差で捉えて来る。

 背後に背後にと跳んで身を交わして避け続けたものの。


 遂に背中が庁舎の壁面に追い詰められ。


「これは避けられっかな?」


 相手が両腕を腰の後ろに引いて力を溜めて構えた。


 連撃。


 人体など粉微塵の威力が少年に向けて1秒弱で放たれる。


 その拳は普通に音速。

 だが、それが繰り出される一瞬前。


 少年の手は確かにしっかりと壁に付いていて、グニャリと背後の壁が錬金技能でバターのように融けて身体が沈み込みブリッジするように回避。


 続いて、同時に沈み込む肉体を水のように液状化現象を引き起こした地中へと向けて背後からダイブしつつ、地面へ追撃を掛けようとした相手の足元も崩して沈めた。


「な?!」


 すぐに背面へ動魔術を働かせて、自分だけは上空へと魚のように跳ね上がる。


 野良犬少年が追撃しようにも地面が泥沼。


 更に瞬時に空へ動魔術で7m程距離を取って、後方へと引いて遠巻きにするベルに更なる攻撃は行えなかった。


 自分が泥沼から這い出すのを見ているだけに留まる敵に対して、少年が唇の端を曲げる。


「面白ぇな。錬金術的な術式なのか? 物質の分子構造を弄るとか、応用が利きそうだな。それに動魔術だけで随分滞空しやがる。今、流行りのM電池ってやつか?」


 少年がようやく攻撃が止まったのを確認して不可視化を切って着地する。


「可愛い顔してるなぁ。陰陽自衛隊もマスコットキャラやイケメンとか募集してんのか?」


「……貴方はこの件でゾンビを道県に差し向けた人達の一人ですか?」


「ああ、そうだけど。此処まで入り込んだんだ。もうどっかの資料でも漁ってるのかと思ってたが……その様子じゃまだ何も知らねぇみたいだな」


「僕はベルです」


「オレは003(ダブルオー・スリー)。数字の3だ」


「数字……」


「ま、要は組織の幹部だよ。個体名は別にあるが、此処はお仕事の現場だからな」


「仕事?」


「ああ、今の世の中、食っちゃ寝出来るだけありがたい話だ」


「北方諸島政府の高官を家族に恵まれない子供達に置き換えていたネストル・ラブレンチーが貴方達の親玉ですか?」


「あはは。ああ、そっか、誤解されてんのね。あっちはあっちの組織で違う。つーか、あの野郎は意志あるゾンビ連中の親玉だぜ?」


「ッ、ゾンビが……魔術師?」


「ウチのボスと因縁とかあるらしいが、下っ端には知りようも無ぇなぁ。ま、今は停戦中だ。陰陽自衛隊や善導騎士団がちょっかい掛けて来る事になったから、こんな事になってんだし」


「……僕らの動きが今回の事件を誘発したと?」


「だって、そうだろ? 今までひっそりやってたのにこれから大規模な査察が始まるってなったら、此処を無法地帯にして済し崩しにアンタッチャブルな場所にするしかねぇじゃん。今まで他人様にあんまり迷惑掛けないようにやって来たのは別に人命云々の為じゃない。単純に自分達の戦場を荒らされたくなかったからってだけだ」


「……そういう事ですか」


「そうそう。だから、ほら、艦隊も封鎖してるだけでゾンビの支援以外は何もしてないだろ? まぁ、落としどころは最期ら辺に人質をリアルタイムで見せて、北方諸島には手を出すな!! とか。そんなところじゃね?」


「お喋りなんですね。結構」


「そりゃな。どっかで内情をネタばらしとかやっとかないとそっちを止められないしな。本当は後一日くらい後に適当な人員捕まえて情報を渡す予定だったらしいが、構わないだろ。県北部が陥落すれば、さすがに日米もこれ以上の死人は許容出来なくなるだろうし」


「……ところで話題は変わりますけど、どうして英語なんですか?」


「?」


「ロシア系の組織なら、ロシア語で3とか名付けるのかと思って……」


「くッ、あっははははは。お前、面白ぇ奴だなぁ」


 野良犬少年は大笑いだった。


「その面白さに免じて微妙な回答を教えてやるよ。ネストルと違って、ウチのボスは欧米出身だ。恐らくだけど、米国にも滞在してたんじゃねぇか?」


「そうですか。貴重な情報、ありがとうございました」


 少年が頭を下げる。


「……それって素なのか?」


 さすがに少年がベルを見て胡乱な視線となった。


「?」


「いや、まぁいい。さっさと帰んな。ウチのエイトがブチ切れる前にな」


「エイト……」


「この結界敷いてる怖~い姉だ。多重化するのは本意じゃなかったらしいが、その結果として侵入者に入られたって言ったら、激オコだな。それこそ八つ当たりで結界内のゾンビ連中を磨り潰しかねない。そうなりゃ、またあっちと戦争だ」


「そうですか。良い事を聞きました」


 その言葉に野良犬少年が目を細める。


「……オレとやるつもりか? 生憎とチェルノボーグ抜きのオレに防戦一方の相手に負けるつもりはねぇぜ?」


 いつの間にか。

 その背後。


 角からヌッと出て来たレリーフの巨人。


 漆黒のソレが少年を抱え上げて肩に乗せる。


「やるか? その場合はまたお前みたいに情報源になる奴を探す面倒な手間が増える事になるから、オレとしてはご遠慮願いたいんだが」


「残念ですけど、ソレはそのままにしておけません。そして、貴方のような人間に銃を向けている暇もありません」


「何?」

「お休みなさい」

「な……に……?」


 パタンと崩れ落ちた少年が巨人から落ちて道端に転がる。


 ベルがやはり有用だなぁと新しい魔術具を胸元に意識する。


 新式のガス。


 いや、術式を練り込んだ無味無臭の微粒子塊を練り込んだ空気そのものを発生させる小さなペンダント型の魔術具こそが、相手を昏倒させた現象を生み出す大本だ。


 微粒子そのものは巨大な蛋白質であり、花粉くらいの大きさ。


 更に人体には無害。


 問題はその中に練り込んだ魔力を一定時間だけ消費しない術式にある。


 術式そのものは刻まれている物体が魔力を用いない限りは如何なる反応も示さない。


 更に魔力波動でレーダーのような反応を探る術式でもなければ、微量過ぎて気付く事も不可能。


 これを空気に混ぜ込んで拡散させる魔術具の術式は敵魔術師や変異覚醒者の体内で魔力を吸収する事で初めて威力を発揮する。


 威力発揮までの時間は任意に決められる為、時間稼ぎをしていれば、対効用の術式を即座に練るか……もしくはそもそも術式の効果が効かない者以外は最終的に効果を永続させられることになる。


 ちなみに術式の効果は二つ。


 血中の酸素濃度を相手が昏倒するまで低減させる。


 そして、血中から奪った酸素を用いて、肉体の特定の部位を破壊する。


 酸素は決して有用なだけではない。

 その濃度が濃過ぎても無味無臭の劇毒の類だ。


 相手の四肢の筋肉や神経を酸素の過剰供給で破壊しつつ、敵の脳を昏睡させる。


 それだけで相手が酸素を必要とする生物なら大抵詰みだろう。


 魔力で幾ら肉体が強化出来ても、魔力そのものを酸素の代わりに細胞で消費してエネルギーを生み出すという類のピンポイントの術式なんて開発している者がいるのは極めて稀だ。


 ついでにこの世界は魔術後進世界。

 対応出来る階梯の術師は極めて限られる。

 それこそ生態的に魔力を消費して生きる生物。


 魔族並みに高魔力依存の生物でなければ、初見で対処など不可能だった。


 それこそ常に外界の空気を術式でフィルタリングして吸っているような用心深い少年のような戦場での流儀を弁える術者以外は。


「………」


 ベルがサーフボードを出して、動魔術で野良犬少年を自分の下まで運んでくるとソレに乗せて後方へと発進させる。


 その身体はボードの上で少年の外套から飛び出した縄でグルグル巻きだ。


 さっそく重要な情報源をゲットした少年は自分がそんな事をしている間もずっと黙って見ていた相手の使い魔を前にして気配を感じていた。


 いつもいつも死を扱ってきた者にしか分からない。


 大勢を殺した人間に纏わり付く独特の気配。


 クローディオなどにも戦闘中は感じる事がある。


 そう、命を刈り取る者に少年が感じる乾いた感触。


―――【情けないですね。あの子は使えた駒だったのですが、003(ダブルオー・スリー)の名は次の子に継がせましょうか】


 音声ではない。


 チャンネル越しに響く声が少年の脳裏を揺さぶる。


「貴方が今回の一件を主導している方ですね?」


―――【ええ、始めまして。小さな魔術師さん】


「今すぐにゾンビを止めて、日本と北米以外に移住してくれたら、見逃して上げてもいいですよって言ったら、どうします?」


 ズオッと音速を超えて、目の前に迫って顔を近付けて来る巨人はベルが動じもしなければ、傷を負った様子も無いのを見て、物理的な音声でクスクスと笑い始める。


『善導騎士団。陰陽自衛隊。確かに脅威ですね……あんな戦車一台に随伴歩兵が二人だけで3万からの師団規模のMZGを沈黙させる。更に二桁の上位を軽々と退け、連戦してあの巨大化したZを二十体から撃破……本当にあの頃に貴方達のような戦力があれば……人類の半数はまだ生存していたでしょう』


「答えては頂けないと?」


『時間が無いのです。我々は奴らと戦う為の駒は揃えるまで本格的に動く事も出来ない。故に困るのですよ。今、ちょっかいを出されては……』


「……その為なら、犠牲も厭わない?」


『ええ、人類を永らえさせる為、この15年活動してきたのです。あのネストル・ラブレンチ―と名乗るZもそう……』


「僕らの知らない事を知ってそうですね。特にユーラシア中央の遺跡とかに付いて」


『あら? 日本側も掴んでいたのかしら』


「ええ、数か月後には遠征する予定です」


『あはは……まさか、単なる脇役でしかなかった日本が此処でワイルドカードに化けるとは……でも、無駄よ。あの地域は今や奴らの巣となっている。遠征に何百万の兵を次ぎ込もうが、四体のほぼ完全な頚城を前にして勝てるわけもない』


「勝てますよ」


『……正気かしら?』


「その前にちょっと世界の下らない秘密とかを知ってそうな人死にを出す犯罪者を制圧しに来ただけですし」


『下らない? 聞き間違えかしら? 遺跡の秘密が下らないとするなら、そんな下らない事の為に人類は今滅び掛けているわけだけれど』


「全部、然して問題じゃありません」


『問題じゃない?』


「本当に重要なことは誰かが今日隣で笑っていてくれるとか。今日の食事が美味しかったとか。美しいものを見たとか。一緒に笑える友人や恋人がいたとか。そういう事だと僕には思えます」


『随分と達観した意見ね。若いんだから、もっと夢のある話をしない?』


「いえ、十分過ぎる程に夢がある話ですよ。例え、ゾンビの脅威が無くても、人はいつ死ぬか分からない。仕事、事故、犯罪……幾らでも可能性はあるでしょう。そして、多くの人達が今言ったような幸せを享受出来るかと言われれば、違うと言い切れてしまうのが現実です。だからこそ、それを得ていた人達の幸せは尊いものなんですよ」


『………』


「だって、それを得る事は誰もが出来るわけじゃない。本当に稀有な事だから。恵まれた人間でなければ、己の努力で勝ち取るしかないものだから。だから、僕にとって、貴方達みたいな人が持つ秘密や真実なんて然して価値が無いんです」


 ベルが瞳を巨人の背後にいる何者かへと向ける。


「それが例え人類を、この星を、宇宙を滅ぼし得たところで……やっぱり、価値があるとは思えない」


『貴方、狂ってるわね。いえ、それこそが本当は正しい人間の在り方なのかもしれない。幸せに狂い、幸福の為に戦う……でも、生憎と此処はそんな普通の狂人はお断りなの。死んでもらおうかしら』


「……そうですか。残念です」


『全ての秘密は闇の中に……それが魔術師の戦い方よ。可愛い坊や』


 ベルの前で黒の巨人が厳然とした励起魔力を吹き上がらせ、黒く輝く転化光が周囲を侵食して一帯の構造物を形はそのままに魔力でコーティングするような形で120mに渡って区切り取った。


 巨大な檻。

 そう、檻と呼べるものが形成されたのだ。


「なら、まずは魔術師とやらに絶望を与える事から始めましょう。僕は全ての魔術師に絶望を与えて来た魔導師の端くれですから」


『―――ッ』


 声の主が何かに驚くのが少年にも分かった。


「ツリージャックの彼との約束です。貴女の全てを圧し折ります。可哀そうな犯罪者さん」


『あんなゴミ屑が何だと言うの!! チェルノボーグ!! その子の全てを狩りなさいッ!!』


 漆黒の巨人の力は他の使い魔と一線を画する。


 存在として必ず持ち合わせる因果に極僅かな干渉を起こすのだ。


 そう、不運の神の名を冠した力は伊達や酔狂ではない。


 己の魔力が偏在する空間内。

 一種の領域操作。


 内部の事象に働く因果律の一部変遷を手繰り寄せる。


 つまるところ、その領域内部の個人の現状に不幸を招き入れる。


 領域の外にまでは効果が及ばずとも。


 今、領域内で起こり得る全ての不幸が少年を捉えたならば、それこそ何も出来ずに敗北を喫するのは必然……そう、そのはずであった。


 チェルノボーグが動く。

 本気の加速と機動。


 それだけでも十分に至近を通過するだけで、衝撃波だけで人を血の染みに出来る。


 だが、チェルノボーグの死を運ぶ腕が細い少年の腕とぶつかって止まっていた。


 音速を超えた打撃。

 普通ならば、受ける事など不可能。

 そのはずだ。


 観測されるベルの身体能力を解析していた声の主は確実に殺せたと。


 そう思った。

 だが、現実は世界の因果を裏切る。


『何故?!』


「ユーラシアの不幸を呼ぶ神。確かに今、僕の30程在った予備術式が停止しました。不具合で」


『なッ?! どうしてチェルノボーグの攻撃をッ―――』


「完全な不運なんて存在しませんよね? それとも因果律を完全に制御出来るとでも?」


『クッ!?』


 チェルノボーグが魔力を更に身体表層に装甲化し、完全に禍々しい鎧姿の騎士と化した。


 その姿は正しく黙示録の四騎士に似ている。

 腰に形成された剣が一瞬でベルを斬り上げる。


 それは実際に記憶を失っていても体験していた事を覚えていた身体が同等に迫る力が込められていると感じていた。


 だが、今それに臆する事もなく。

 ただ、少年は怒れるモノとなって。


 その剣を腰から引き抜いた短剣で受け止める。


『貴方、人間じゃないわね!?』


「……だから、よく分かるんです。人が積み上げてきたモノの尊さがッ!!」


 少年の短剣が弾かれる。


 それと同時にチェルノボーグが一気に14m程後退し、姿勢を低く、柄を頭部より頭上に向けて、刃を頭部の側面で構えた。


 その独特の構えは刃を最速で振り切る弧を描く一撃への予備動作。


 だが、それを見ても少年は真っすぐに騎士モドキの背後にいる者を見据えたまま。

 その眼光で相手を貫き通す。


「生まれ落ちて、両親に愛され育つ事がどれだけ尊い事か」


 一気呵成。

 超音速を更に超えて。


 単なる物体の衝撃だけで小山程度なら消し飛ばすかもしれない魔力とエネルギーの本流となったチェルノボーグがその刃を少年に向かって振り下ろす。


「育つ中で友を育み、恩師を迎える事がどれだけ幸せな事か」


 巨大な衝撃波の最中。

 それでも少年は揺るがない。


 唇から血が滴り、衝撃を短剣で受けたと思われる腕は赤熱して今にも胴体まで焼け付きそうな程の威力の全てを内部へと取り込んでいる。


「学びの先で己の憧れを見付け、それを仕事とし」


 連撃。


 受け切れられるのならば、全力の連続攻撃で何もかもを削り尽す。


 その為の超高速超威力超近接斬撃。


 だが、その威力が吹き荒れる最中にすらも少年の声は響く。


 まるで、全てが映画の中のワンシーンかのように。


 静寂な空間に響いたかのように。

 声が確かに操り人形の先へと届く。


「伴侶を得て、また新たな命を育み共に笑い合って生きていく」


『何なの貴方はッ!? 一体ッッ!!? その力は―――!!?』


 絶叫。


 そうだ。


 黙示録の四騎士を屠る為、彼女がこの十数年ずっとずっとずっとずっとずっと恩讐と執念でもって創り上げてきた最高傑作。


 その一つにして切り札を前にして、少年は決して怯まず、決して怯えず、決して下がらず、決して退かず、ただ真っすぐな瞳で……圧倒的な黒の暴力の先に声を届ける為に攻撃すらしていない。


「本当は誰にも奪われていいはずないんです。本当は奪わなくてもいいはずなんです」


 少年の腕は赤熱している。


 だが、砕け散る事もなく、弾け散る様子もなく、溶け散るわけでもなく。


 ただ、確かに音速を超え続ける連撃をその小さな短剣一つで受け続けていた。


「他者がいなければ、一人ではどんな秘密だって、どんな力だって、意味なんてないんです。誰かが傍にいてくれるから、孤独すらも存在するのだと……僕はそう知った……」


 少年の瞳が遂に漆黒の騎士の奥。

 その繋がったチャンネルの先。

 声の主の居場所を捉える。


『ッッッ』


「でも、そんな誰かを害する者がいる。そうして理不尽に奪い去っていく者がいる。それに立ち向かう者がいた時、きっと誰もが思ったはずです。どうしてって」


 いつの間にか。


 世界の糸が紡がれる其処で一筋の汗を声の主は流していた。


「僕には今、分かります。その誰かがどうしてと聞く人達に何て答えたか。それが僕の答えだから」


 少年の短剣が遂に度重なる連撃に砕けた。

 その一撃が少年の腕を斬り落とす。


 だが、その先の胴体に食い込んで両断するはずの……どんな太いビルだろうと大岩だろうと山すら両断するだろう一撃を受けて尚、胴体は肌から赤熱するのみで両断されていなかった。


「誰も嘆かない死を強要しても、誰かが嘆く死が減ればいいと。誰かを悲しませる結果になったとしても、誰かから更に奪われるよりはマシだと」


『この威力を四騎士でもないのに受け切ると言うの?!!』


「矛盾していても。戦う事に意味はあるんです。その手の限りにしか届かない自己満足だとしても。だから、僕の世界には人々が騎士と呼ぶ人達がいた。数千年を超えてずっとずっと前から……」


『―――原初の大陸ッ?! あの世界の人間かッッ!!?』


 憎悪。


 そうとしか言えない顔が烈火の如く怯えを吹き飛ばすように強く。


 その映像の先。

 自分を見つめる者へ向けられる。


「貴女はこの島の人達から尊いものを奪った。先程の彼のような相手に奪わせすらした。それはもう戻らず。もう同じ物は決して手に入らない。誰かは絶望し、誰かはそれすら知らず、朽ちていく。だから、僕は弔いましょう」


 少年の瞳に魔力が凝る。

 それは四つの輝きを宿す四重輪の虹彩。


『ッ―――そんなこけおどしッ!!!』


 漆黒の騎士が己の存在を維持する全魔力をただ目の前の少年を殺す為に刃に集中させた。


 溢れ出すエネルギーの転化が黒い世界の縮小と共に本島上空からあらゆる雲を弾き飛ばし、無限に湧き出す霧を吹き払っていく。


「全てを救える程に強くもない。全てを赦せる程に優しくも無い。でも、誰かの盾になり、その剣が尊きものを一つでも護れたなら、僕は……幸せです。その誰かと一緒にまた明日を、笑い合える世界を過ごせるかもしれないんですから」


 少年が溢れ出す衝撃と輝きに胴体を削られながら、それでも拳を握って、その己に宿る魔力を、少女達の魔力を己の中で束ね上げ、拳に宿す。


 持っていた殆どの術式が破損破壊不発。


 だが、単なる原初の魔術だけが、破綻のしようも無く。


 ただ、加護を与える者への愛と感情を融け合わせて。


 それだけは決して破綻する事すら無く。


 瞳から涙のように溢れ出した空白が、少年の身体を伝って、方陣を……少年の形を、死を導き出す終焉の魔術方陣を描き出していく。


 それは黒きものを発する事なく。


 拳に集まる少女達の色に虹の如く染まり、煌めいた。


「虚無なる死よ。祝福せよ。永久に命ある限り、永久に死が始まりである事を―――」


 今まで死を引き出し、死を撃ち放ち、死を共にし、死を生に為した少年は……今、また新たなる力を一人ではなく、今傍にある少女達と共に紡ぎ上げる。


「概念域、露出」


 少年の隻腕の拳、手の甲に小さな黒い球体が現れる。


「概念域、封鎖」


 何をしているのか。

 何をされているのか。

 それを瞬時に悟った声の主。


 その声にならない絶叫が漆黒の騎士に全威力を振り絞らせる。


 刹那、大結界が破砕された。


 少年の小細工と仲間達の仕掛けが起動したのだ。


 仕掛けられたゴーレム達が次々に巨大な円環となって、内部に滲ませた黒き何かを水滴のように真横に滴らせ、その結界そのものを侵食したかと思うと歪めて粉々に打ち砕いたのである。


「ベルゥウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!」


 少年の腕の上で球体が何処かの世界から切り離された時。


 弧を描いて一筋の流星がその現場へと降り注ぐ。

 全力を少年の排除に注いでいた漆黒の騎士。


 いや、操り人形は真なる騎士の斬撃を、全ての結界を強引に力技で破砕して、愛しき者の傍に急いだ女の一撃を、背後から受けた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」


 渾身。


 DCの大剣。

 全魔力を極限まで開放する一撃。

 DCBディミスリル・クリスタル・バースト


 剣そのものを崩壊させて引き出した魔力が漆黒の鎧を背後から袈裟斬りにし、瞬時に加速して通り抜け―――。


『死ぬなよッ!! 色男!!!』


 本島北部。


 遠方からあらゆる結界のデータをバイザーで受け取った蒼き英雄の対物ライフルが、全ての障害物を山岳も建物も何もかも無視して、己と今手元に存在する魔力電池から引き出した全魔力をたった一発の弾に凝集して、撃ち放った。


 DC製の機関部が発射と同時に爆発し、男の片手を吹き飛ばす。


 だが、そのダメージに見合う一撃は確かに真っすぐ。


 ただ、真っすぐに―――木を、森を、ビルを、岩を、岩塊を、山を、内部の水脈を、全て貫徹した。


『?!!!』


 DC製の弾丸に刻まれた術式の数は数多。

 だが、今、その銃弾の周囲に発現している術式は一つだ。


【次元断裂術式】


 今後、空間を超えて仲間を援護する為の力。

 元々はフィクシーとベル。


 更にはガウェイン達が共に主導して帰還の為に空間を超えて戦う為の戦の道具として数か月掛けて編んでいた代物だ。


 完成には程遠く。

 数秒しか効力も発現せず。

 あまりにも不完全なものでもある。


 だが、それでもその地球と呼ばれる世界においては歴史上史実として初めて残る事象の顕現であった。


 世界を割いて飛翔する弾丸は3次元上の座標を飛んでいるように見えて、実際には飛んでいるのではなく。


 3次元内の自己の存在する空間そのものを割り砕き。


 進行方向の物体を引き寄せている。

 つまり、対象物の座標を自分に近付けているのだ。


 この効果が解決される時、その座標までの空間が世界の恒常性によって復元され、結果として移動したというように見えるのである。


―――パキ。


 そんな音がして、ベルの目の前で横合いから剣を持つ腕が貫通されて吹き飛び。


「概念域、再構築ッ!!」


 少年が手の甲の上に出た黒きソレに致命的な変質を引き起こす。


 今までの漆黒でも空白でもない。

 決してそれだけではない。


 黒き虚無に暖かな空白が混じり合い、まるで勾玉のように、互いの尾を喰らい合う蛇のように、まるで太極のように、陰陽を顕して。


『嘘だッ!? こんな事が出来るなら、私は何の為にッ―――!!?』


―――[死を弄ぶ者よ]


『?!!』


 声が響く。

 まるで少年のものではないかのように。


―――[今、報いを受けよ……人の業なれば、死はそれを受ける覚悟無き者も亡ぼす]


『ヒッ?!! な、何ッ!? 何よコレ!!? 因果律がッ―――運命糸がッ!? 私の運命がぁあああああああああああああああああああ!!!?』


 絶叫が響く。

 異相の奥。

 世界を俯瞰する絶対無欠のシェルター。


 空間を越えなければ、決して辿り着く事の出来ない世界の奥底で。


 人類の束ねられた運命の糸を世界に見ていた女の瞳が視る。


 見てしまう。


 ゆっくりと黒き何かに己の糸が、上位存在たる視野無しには見られないだろう明確な亡びと呼ぶしかない何か―――死に蝕まれて黒く染まっていく。


 その瞬間を誰も認識しなかった。

 そして、漆黒の鎧は傾く。


 確かに不運を強制するはずの相手は……ただ《《破綻しようも失敗しようも無い可能性》》……生物が到達する唯一の事象、“死”の前に膝を屈していく。


 そして、ソレを見る。


 少年が今まで耐えられたのも全てはソレ故だ。


 腕と胴体に込められた現代科学と魔導の結晶たる魔術具。


 埋め込み式のDC構造物による直接防御。


 更に超単純化された骨格補強用の【内部骨格(インサイド・ボーン)】はエヴァ・ヒュークが少年に請われて陰陽師研に手を貸して生まれた切り札の一つ。


 あらゆる能力が引き上げられようと人間の肉体は脆い。


 そして、何よりも細胞が超越者の戦闘に耐えられる強度ではない。


 だが、細胞そのものに手を入れるのはまず何よりも不確実性が高い。


 故に少年が選択した対超越者用の最終対抗手段は骨格を更に通常の骨を護る形で増やすというものであった。


 これはフィクシーの義肢などの技術の応用であり、実質的には最高硬度のDCを凝集単純加工して肉体に埋め込むのみで飛躍的な身体強度の向上を図る。


 肉体の拒絶反応は生体とディミスリル化金属類の研究が進めば、やがては遠くない未来に克服されるだろう。


 後は肉体を動魔術で加速するだけで大抵の超越者相手には何とかなる。


 無論、肉体を保持する細胞保護強化用の術式の新規開発。


 高速で動かされる肉体の超高速での再生術式などの課題は多いが、全て少年であれば、ハードルが下がる。


 生きていない少年に、すぐに肉体が再生する少年に、それこそ拒絶反応などあるはずもなく。


 保護せず、強化と再生を更に高速化するだけで後は単なる動魔術で己の肉体を操作すれば、相手の超高速戦闘にも対応出来るという寸法である。


 勿論、リスクもあるが大した話ではない。


 その人智を超えた攻防時の激痛に廃人となる覚悟さえあれば、ただ決意と己の肉体と魂を意志力のみで支えられるならば、些細な話だ。


 何故なら、少年は騎士なのだから。


(ぐ……もう限界かッ?! 結界の強引な破砕はさすがにッ、ベルッ!?)


 白と朱の少女が欠片すら失敗する事無き大剣の一撃を見舞った反動と未だ領域内で働く不運のコンボに唇の端から血を流して止まった。


(参ったねコリャ……機関部が持たないかもしれないって話だったが、完全に最終手段かよ。あの弾丸……クソ……魔力の欠乏で目が霞むッ、ベルのところまでもう一発は無理か―――)


 ただ絶対にただ確率的に外す事は在り得ぬという域に高められた射撃技術と重火器の安定性と能力。


 それらの限界無く積み上げてきたモノによって最高のタイミングでの一撃を生み出した狙撃手もまた立っているのがやっとの状況でベルのゴーレムから送られてくる映像に見入るしかなかった。


 彼らの攻撃に載せられた意志が、彼らの背後にいる無数の研究者と科学者と技術者達が自らの心魂を込めた作品が、それを研ぎ上げる現場での様々な隊員達の実働データが、理不尽なる能力を前にして不発にも暴発にも不可能にもならぬ、ただ可能の文字を現実として世界に顕現した。


 それこそが魔術。

 少年が造り得た大儀式術に違いなく。


「ッ―――」


 今、限界を迎えようとしていた少年の肉体が……しかし、三人の少女達の祈りを前にしてまだ動く。


(ベルさんッ!!!)

(ベルッ!!!)

(ベルディクトさんッ!!!)


 外套を通して流れ込んでくる治癒魔術―――否、必勝を授ける高位術式。


 嘗て、教会の聖女達が顕して来たという【加護】。


 因果律性誘導領域。


 全てを善き方へと押し流す力を、人工ならば……数百万行の術式が必要だろう力を……姉妹が嘗て己の世界で少年を救った力を……ただ、意志と王家の術式と血筋が齎す聖寵(せいちょう)を、彼女達は届け。


(ありがとうございます。皆さん)


 少年が感謝と同時に最後の言葉を紡ぎ出す。


「【静寂の王の大権を(REG/REGNAM)】!!!」


 世界の理が捻じ曲がる。


 少年の片手が生と死の象徴を掴み取って、その漆黒の鎧を殴り抜く。


 死の空白と魔力。


 そのどちらもが閉じ込められた小さな相互転換と置換を繰り返す空間は存在に死の具現を齎し、空白を生み、新たな生命を祝福する。


 それは究極的には存在を0にするという事だ。


 生と死の輪廻(サイクル)は常に必ず終了を経て開始される。


 死を押し付けられ、無理やりに命の源たる星に還元された存在は個を保てない。


『カッ―――――』


 異相の奥、吐血が床を濡らした。


 使い魔を通して流れ込む大量の衝撃が術師を直撃したのだ。


 異相空間。


 少年達がこの世界に顕現する際に通って来た通常空間に重なる幾つもの領域の一つ……その先にあった魔術師の工房が創設者当人の極大の致命的な状況を前に歪んで、本島頭上へと顕れ、落下し始める。


 漆黒の騎士モドキ。


 チェルノボーグは胴体と胸部を拳で抉り抜かれた時点で儚く世界に散って、跡形も無く単なる金属の粒粉に還っていた。


「くッ、アレが敵の本拠地か」


 フィクシーが僅かに苦し気に呟く。


 半径400m。


 ソレは正しく隕石かというような大きさを持ち。


 その大地を無理やり引っぺがしたような真下は岩盤。


 空側からは幾つかの施設が見えるだろう。

 落下はその大質量にしては極めて遅かった。

 が、ソレは空間を割り砕いてやってきたからだ。

 それがゆっくりと地表に向けて速度を上げ始める。


 上空3000m。


 もし、ソレが結界も無しに本島の市街地に直撃すれば、結果は言わずとも分かるだろう。


 だが、少年は漆黒の鎧を打ち砕いた時点で倒れ伏し、さすがのクローディオも吹き飛んだ腕では狙撃も不可能。


 DCBを生身で用いたフィクシーはその大魔力の反動で動けず。


 三姉妹達は魔力を使い果たした様子で動けず。


 ルカは島内の市街地付近に未だ残る結界内へと雪崩れ込もうとするゾンビ達をまだ生存者がいる前提で牽制し、また自分を襲った敵が出て来ないかと余力を残しつつ警戒せねばならず。


「転移シーケンス実行!!! お願いしますッ!!」


 最後に残ったハルティーナが残っていた役目。

 もしもの時の保険として、切り札の投入を決めた。


 彼女のHMCCに搭載されていた幾つかの砲弾は其々に少年の外套を通して、指定された相手を常に捕捉しており、その人物を砲弾を撃ち込んだ場所に任意に呼び出す事が出来る。


 巨大な敵本拠地と思しき岩塊。


 それに向けて、ハルティーナが己も含めて3発の砲弾を連射した。


 その真下へと瞬時に跳んだ者も3名。


【転移跳躍砲弾】


 その能力はDCBを用いた長距離精密転移によってリンクした人物を瞬時に指定座標へと送るというものだ。


 三人が垂直に落ちて来る岩塊の真下から上へと高速で転移方陣から飛び出した。


「ひゃっほぉ~~~!! いっちば~ん!! あーん、戦いたかったぁあ~~~(´▽`*)」


 ほのぼのバーサーカー。

 片世が己の五体に魔力を漲らせ。


 そのバイオレットなスーツに装甲、陸自の外套を身に纏い。


 頭上から落ちて来る岩塊に向けて殴り抜ける。


「岩塊とか味気ないよ~~~~!!!」


 陰陽自衛隊の基地の中枢で最後の最後の切り札として待機させられていた彼女は『でも、これが終わったら残敵掃討くらいいいよね?』という内心の思いにホコホコ(*´ω`*)していた。


 岩塊が瞬時に頭上の施設毎、一瞬持ち上がったかと思うと減速しながら、最終的に中央から粉々に割り砕けた。


「やっぱ、片世さんは世に出しちゃいけない人材だと思うんだオレ!! 行っくぜ!!! 要塞破壊は男の子の夢ですからぁああああああああああああッッッ!!!!」


 ゾンビの掃討で島を丸ごと焼き芋畑にするわけにも行かないと各地の結界周辺で銃弾と能力を小規模で使っていたカズマがフラストレーションを爆発させるような叫びで今日一発目となる核弾頭並みの一撃……ではない。


「やっぱり、君の方が大概さ。カズマ」


 ルカの呟きの先。


 無限にも思える白炎の槍が猛烈な数で、猛烈な速度で、速射された。


 その攻撃性能。

 もはや都市一つを呑み込むのに片手一つ。


 核の炎よりも確かに悪意の全てを燃やし尽くす白き無限の光の矢が回転しながら上空へと莫大な質量を持ち上げてバラバラにしながら昇華、焼滅させていく。


「後は頼んだッ!! ハルティーナ!!」


 カズマの声をあっという間に突き抜けて。


 動魔術を全開にしたハルティーナがいつかのように、いつもの如く。


 片腕を上げて消滅寸前の岩塊の中心部。


 どうやら魔力で保護された区画らしき地下の球体に向けて一撃を撃ち込むべく。


 己の腕と脚の装甲を展開させる。


「行きます!!」


 魔導機械学の進展によって進化した装甲は今までの色と形はそのまま。


 だが、展開された瞬間。

 何もかもが違うと分かるだろう。

 まず何よりも先にソレはタービンに見えた。


 両手両足の円筒形の巨大装甲内部で回転する刃の群れが次々に魔力を帯びて煌めき出す。


「【大屍滅(ゴア・バスター)】―――シフト・アップッッ!!」


 それはベルが【痛滅者】のバリエーションの一つとして空を飛ぶよりも高機動高火力高防御力の短期決戦用に開発した試作型の新型装甲。


 展開された装甲内部の隙間に見える巨大な円環の集合。


 無数の羽の群れが次々に蒸発したかのように消えて、代わりに両手両足に込められた魔力が倍々の要領で増えていく。


 ソレは羽そのものがDCBの装置だからだ。


 爆発しながら、回転しながら、束ねられた魔力が誘導されて装甲の内部に限界を超えて術式で強制的に送り込まれて隔離、遮断、その形態を変化させる。


 ディミスリル合金化された複数の金属には魔力濃度で形を取り戻す形状記憶合金の類も存在している。


 それを用いれば、魔力量に比例して、様々な武具が変形可能。


 今、少女が用いる碧き装甲の最大攻撃形態。


 それは―――。


「か、カッコイイ!? アレがベルの言ってた奴か!!? 欲しい!? オレもアレちょっと欲しいって!? リアル系な高速飛翔型のロボとか反則だろおおおお!?」


 カズマの視線の先。


 魔力の尾を引いて、少女は完全に己を鎧う装甲に包まれていた。


 極めてスリムで装甲も薄く。

 古の武将の帷子を思わせて。


 フラクタルの装甲は多重に重ねられた様子が見て取れる。


 だが、装甲に挟み込まれた魔力の層は少女の動きを全てトレースし、機敏に反応しており、鈍重さは欠片も無い。


 完全に人型の機械とすら思われるV字型の頭部装甲の下、単眼が、無数の複眼を集積した特殊観測機器が敵魔力中枢を瞬時に割り出す。


「飛びなさい。地を駆ける獅子はやがて鳥となって……いえ、あれは龍かしら?」


 背後からの炎の噴射で空飛ぶカズマ。


 その肩に上空から動魔術で加速して着地。


 否、肩車でドッキングするかのように乗りながら、人を超えた女が呟く。


「ちょ、片世さん重―――」

「あはは、ごめんね~」


 ハルティーナが近付いてくる中核部分の質量をバイザー越しに確認。


 まるで生ける神の彫刻。


 それも機械のソレは碧き煌めきを、電子基板のような方陣を、全身に奔らせながら天翔ける龍の如く飛ぶ。


 流線形の装甲は一繋がりのように形成され、滑らかな各関節の稼働部位までもが装甲でありながら腕や足そのもののように生き物染みている。


 唯一装甲というような形をしているのは頭部のV字の頭部へ被る傘めいたメットと胸部の角錐状のブレスト・パーツだけだった。


 背部から運動エネルギーを噴出する翅が短く二つ最大加速前に復元され。


 己の両腕をクロスさせたハルティーナがカッと目を見開き叫ぶ


高戦闘機動ハイコンバット・マニューバ!!! 魔導機械術式ハイ・マシンナリー・クラフト・コードHMC2―――」


 魔力が内部で膨れ上がると同時に合金がベキベキと更に変形し、両腕を盾の如く形成した。


超硬化ファンクション・フルコート!!!」


 落下する巨大球体施設がその巨大な金属らしき外殻にXを刻まれ、内部から突き抜けた少女が投棄していった両足両腕のパーツ。


 つまり、莫大な魔力が急激に転化した爆弾を内部で炸裂させて起爆する。


「爆砕ッッ!!!」


 その音声の起動コードをトリガーとしてパーツの爆発中核である術式がパーツの連結を解いた。


 全てのロボなパーツは少女の後方に置き去られ、次々に連鎖するパーツ破壊と吹き飛んだ際の威力が内部から施設に亀裂を入れ、終には球体そのものが数段階に分かれて瞬時に膨れ上がり、


 上空1000mに差し掛かった瞬間、花火のように弾けてその大量の瓦礫を粉々にしながら地表と洋上に降り注がせる。


 それがもしも本島に地表へ落ちたならば、大惨事になっているだろう。


 しかし、そうはならない。

 ハルティーナが消えたHMCC内部。


「マヲー♪」

「クヲー♪」


 動かしてもいいよね?

 誰も見てないよね?

 一度でいいから操縦してみたかったんです。


 という猫ズがポチポチポチポチッと二匹でコンソールやらボタンを的確に操作し、何か物凄くやり遂げたような、良い汗掻いたぜと言いたげな清々しい顔をした。


 そして、操作されたMBTの砲塔が上空に向けて通常の全刻印砲弾を撃ち放ち―――過剰供給された魔力によって全てが上空300m地点から爆裂しながら上空へと面制圧の如く光の壁となった。


 バラバラになった拠点の瓦礫が散弾の雨を昇らせていく。


「ちょ、ちょおおおおおおおおおおおお?!!」


 片世はアトラクション気分でアハハと笑いながらカズマの迎撃で零した破片や上空から降ってくる大きな欠片を指弾で次々に迎撃。


 事無きを得た時には空からは煤と岩塊の微細な欠片だけが降る事となっていた。


 陰陽自衛隊、善導騎士団、大勝利。

 完となれば、文句は無かっただろう。


 だが、生憎とまだまだ親玉以外にも敵は残っており、現実的な状況として少年達は傷付き、誰も彼も疲弊を余儀なくされていた。


 結界が破砕された事で本島への上陸は夜には可能だろうという事もあり、昏倒しそうだったフィクシーは何とか短時間で動けるまでに快復させた肉体でベルを抱え、撤退を指示。


 ゾンビを大量に掃討した南部へと再び駆け足で彼らは動けない仲間達などを拾いながらMBTに載る形で撤退する事となる。


 ハルティーナと片世は直掩として周囲を警戒せねばならず。


 消耗した隊員達を見るのはルカの役目となり、残ったMBTがちゃんと操作出来る人員は……いや、誰もが何も突っ込まなかったのだから、それは語る必要も無い事だろう。


 ただ、後に陰陽自研で【高度な知能を持つ使い魔によるMBT操作の研究】なる発表が為された事だけが事実である。


「マヲ~~(汗)」

「クヲ~~(涙)」


 やってみたいとやらされるには天地の差がある事を知った猫ズなのであった。

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