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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第112話「ゾンビと兵隊」


「がぁっぁぁ?!!」

「じゅ、巡査ぁあ!?」

「い、いいから、早くその子を連れてけぇえ!!!」

「おじちゃぁん?!!」

「行くよッ!! しっかり掴まって!!」


 自転車が漕ぎ出される。


 背後に1人の中年男性と幾多のゾンビ達を置いて。


 明け方の世界を年若い警察に入り立ての1年目。


 若き交番勤務の20代の彼はまだ幼稚園に通っていそうな少年を抱いて、必死にペダルを漕いだ。


 ゾンビ警報が発令されて十数時間。


 彼の上司である男の絶叫が夜明けの田畑の最中に木霊する。


 彼らは沢山の人をシェルターに導いた。

 米国人も日本人も関係なく。


 現地の駐屯軍が時間を稼いでいる間に多くの避難民達がシェルターへの退避を完了したまでは良かった……だが、問題は彼らを護っていた米軍だ。


 部隊の殆どがゾンビの津波に呑まれ、突如の事であった為、少なからぬ犠牲者が出た。


 それも部隊単位でのものが続出し、ロクに自分達の仲間の介錯。


 頭部を吹き飛ばしてゾンビ化を防ぐというマニュアルも守れなかった。


 結果、数ゾンビ達の中には駐屯していた部隊の多く含まれている。


 市民を護り切った彼らは英雄と真に呼ばれて良い存在だが、今はまだ人類の脅威。

 人々を食い殺す動く屍であった。


「おじちゃん……」


 今、彼が抱き抱えているのは米国人の少年だ。

 交番への連絡で息子と逸れた。

 そう電話があったのだ。


 彼ら二人切りの交番勤務の男達はその無視してしまっても決して倫理上は問題があっても、罪に問われる程ではないだろう非常時の現場判断で己の命よりも子供の命を選んだ。


 本来、パトカーで回っていたのだが、途中でゾンビの襲撃にあってタイヤがパンク。


 更に群がって来たゾンビの群れに都市部で遭遇し、已む無く手放す事になっていた。


 それでも目的の男の子を何とか見付け、自転車でシェルターに送り届けようとした矢先。


 彼らは見つかってしまったのだ。


 薄暗い事もあって新路上の道路脇から這い出してきたゾンビを見逃した。


 その一瞬の判断ミスによる自転車の横転。


 悔やんでも悔み切れないというのが若き男の気持ちであった。


「クソッ、シゲさん……ッ」


 だが、今は男の子を送り届けるのが先だと。

 彼は悲しみも何もかも振り切って、自転車を漕ぎ続ける。


「もう少しで米国側のシェルターだからな」

「ぅん……」


 泣きべそを掻いた少年が頷く。


 彼らの行く手には山間に突如として現れるように市街地が見えて来る。


 米国の3000万人からなる移住者達を受け入れるべく。山岳部に沿う形で整備された小都市は今や北海道中を埋め尽くしている。


 隔離された十勝平野よりも北部の市街地は今やゴーストタウン。


 しかし、それよりも恐ろしいのは逃げ遅れた高齢者や一般人のゾンビ化によるゾンビの増殖だ。


 もし、シェルターなどが汚染された場合。


 飛躍的に相手の数は増加して人々は鼠算式に増えるゾンビの群れに呑み込まれるのだ。


(此処から先のシェルターは昨日大丈夫だった。小規模シェルターの充足率は高いが、更に軍人や公務員用の最終避難シェルターにならまだ空きが……)


 都市部の雑居ビルのある小道へと進んでいく彼が向かうのは避難に当たった軍人や公務員が最後に逃げ込むシェルターであった。


 途中でゾンビになれば、向かえないような高所に設置されており、基本的にはビルなどの屋上が指定される。


 もしも汚染されれば、ゾンビはシェルターから這い出して下に向かうし、汚染されていなければ、内部の人間は籠城する事を選べる仕様である。


 他のシェルターとは離れた位置に設置されている為、汚染されていても物理的な距離も稼げるし、屋上という事でゾンビが何か動くモノに釣られて事故死する確率も上がる。


 このような観点のシェルターは幾つも市街地の端に点在しており、彼が向かったのは一番市街地の端にある自分達がもしもとなれば逃げ込むつもりだった最後の場所であった。


「坊主。此処から泣くのは無しだぞ。静かにな?」


「ぅん」


 拳銃を片手に雑居ビルの指定された通路を上がり、内部に入って複雑なルートを通って上に向かう二人の背後にはゾンビの影も無かった。


 そうして、彼らはようやく屋上にあるシェルターの入り口の一つに辿り着く。


 扉横のカバーをスライドさせて、指紋認証。

 更に網膜認証。

 最後にパネルに番号を入れてから音声での自己紹介。


「勝山茂人巡査」


 それから数秒でロックが外れる。


 すると、内部から次々に銃口が向けられ、彼は手を上げた。


「ま、待って下さい!! ニューシアトル交番の勝山巡査であります!! 民間人を保護して連れて参りました!!」


 そして、安堵の溜息が内部から響いた。


「……傷は無いな? 巡査」


「は、はい。ですが、もう一人いた同交番の森丘巡査が……殉職しました」


「そうか。辛かったな。此処には傷のある者もいないし、安全だ。そこの子も一応、念の為、検査させてもらうぞ」


「はい。ほら、坊主。ちょっと恥ずかしいかもしれないが、此処の決まりなんだ。ちょっとシャツを脱いでくれるか?」


「うん」


 内部にいた婦警が扉が閉まった後、少年の来ていたトレーナーを万歳させてから脱がした。


「―――巡査。貴方調べなかったの……」

「え?」

「この子は……シェルターに入れられないわ……」

「ど、どうしてですか!!?」


 婦警に食って掛かろうとした彼が少年の身体を見てしまう。


「ッ―――」


 その身体には無数の打撲痕があった。


「坊や。貴方、無痛症じゃないかしら?」


「ムツー? お母さんがごびょーきだから、ソトにでる時は気を付けてっていってた」


「……ッ」


 思わず壁を殴ろうとして、何とか巡査が自制する。


「この子の顔色からして自覚は無いわ。でも、この傷で声を上げて泣いてないのはおかしい。これ程の打撲痕なら、即座に治療が必要よ。でも、此処にはCTもMRIも無い……死んでからゾンビ化する可能性が高い以上……」


「でも、その時は!!」


「これは……規則なのよ。貴方がゾンビ化したこの子を適切に処置出来るとしても、シェルター内にゾンビになる可能性のある者は何人たりとも入れられないわ。教習所で習ったでしょ? 少しでも全滅する可能性を下げないと他のシェルターが危なくなってしまう」


「ッッ」


 男は俯いた。


「ゾンビはそうやって欧州じゃ各地のシェルターを食い荒らしたわ。罪の無い子供や赤子ですらもゾンビ化してからなら脅威になる。シェルター内ですら個室になっているのは何の為だと思ってるの?」


「……分かりました。オレが外に出て病院までこの子を連れていきます」


「馬鹿な事を!? 貴方が死んでゾンビになるだけじゃない!!」


「分かってますよ!! でも、見捨てるなんて出来ないッ!! オレは警察官なんだ!! オマワリサンなんですよ!!」


「……分かったわ。では、多数決を取りましょう。受け入れが決まっても、面倒を見るのは貴方よ。そして、隔離させて貰うわ。いいわね?」


「はい。治療の道具は?」


「あるわ。本格的な手術は出来ないけど、抗生物質や骨折などなら対応出来る。傷を縫ったりね……決を採ります。この子達を受け入れることに賛成の方は手を上げなくていいわ。数え始めてから10秒間無言で。逆に反対の方は手を上げて。数えるわよ」


 それからの10秒間、男は生きた心地もせず。

 ただ、少年の頭を手に乗せて待った。


「受け入れ反対4に対して受け入れ賛成10……受け入れるわ。賛成の方の傍の個別シェルターに入って頂戴。包帯と塗り薬と抗生物質は最低限度を確保したら、そちらに全て渡します」


「ありがとう……」


 少年を連れて、薄暗いシェルター内部へと入った彼が見たのはまるで狭い漫画喫茶か、あるいはカラオケ店のように左右に部屋が並ぶ通路。


 しかし、彼らを見た受け入れ反対票を投じた者達は賛成派と部屋を代わって彼らとは離れた位置に部屋替えしていく。


「おにいちゃん。ありがとう……」


 少年が自分を護ってくれたのだろう相手に対してお礼を言って頭を下げる。


「いいんだ。オレはオマワリサンだからな」


「……タスケテくれたんだよね……おにいちゃんは……だから、おにいちゃんとさんせーしてくれたあのおねーちゃんたちのこと、おねがいしてみる……」


「おねがい?」


 彼が問い返した時だった。

 ガドンッ。

 そんな音と共にシェルターに激震が奔る。


「きゃぁ?!」

「な、何だぁ?!」

「地震か!? クソッ!? こんな時にぃ!!?」


 混乱するシェルター内部の通路で周囲を見回す彼が地震ではないと逸早く察知した。


「違います!! 縦揺れも横揺れも!! これは外か―――」


 ドガァッ!!!


 そんな音と共に巨大な陥没が内側へとシェルターの入り口を凹ませる。


「ヒッ?!! まさか、ゾンビか!? 従来のゾンビじゃ破れないんじゃねぇのか!?」


「ま、魔術……魔力か!? テレビでやってたぞ!? と、特別な個体がいるって!!?」


「に、逃げろ!! 此処から脱出するんだ!?」


「馬鹿止めろ!? 外にどれだけいるか分かったもんじ―――」


 一番凹んだ扉の傍にいた中年の男が次の瞬間、扉が内部へと吹き飛んだ際の巨大な破片によって胴体部を直撃されて、血反吐を撒き散らしながら反対側の壁へと激突して事切れた。


「ひ?! いやぁあぁ!?」

「クソッ!! う、撃て撃てぇ!!」


 警察官達が煙が濛々と上がる中。

 拳銃を扉の先に乱射する。


 だが、カカカカンとまるで何か固い物体に弾かれたかのように弾丸が僅かな火花を上げて周囲に散って無力である事を彼らに知らしめた。


 ヌゥッと煙の奥から巨大な腕が迫出し、拳を開くように指を弾く。


 次の刹那。


 通路内に出ていた全員を指先から放たれた金属の破片が散弾のように襲う。


「ガッ?!」

「ギャァッ?!!」

「ガッ?!」


 肺を貫通して血反吐を吐く者。

 目玉を貫通して後頭部が弾け散った者。

 胴体部の心臓が貫通されて即死した者。


 だが、誰もがそう遠くない時間に死を迎えるのは間違いなかった。


 だが、少年を庇った巡査は薄れゆく意識の中で少年だけでもと反対側のハッチに何とか縋りつくようにして開放する。


「に、げ……ろ……」


 しかし、助かったはずの少年はそっと巡査を庇うようにして前に出て、煙の中から現れる青銅の巨人のようにも見える民族衣装を着込んだかのようなレリーフ染みた人型の何かの前に立ち。


「このおにいちゃんやおねーちゃんはボクと《《おなじにしてあげて》》」


 その声の前に巨人のような何かはゆっくりとシェルター内部へ歩を進め―――。


「やぁやぁ、諸君。まだ生きているかね?」


(なん、だ?)


 今正に肺をやられた彼は辛うじて巨大な動脈も静脈も傷付いていないが、破れた肺から溢れる血潮に溺れそうになって、薄ら暈けた世界に声を聴く。


「実は今日、お気に入りのジュースがワインよりも美味しかったんだ。すっかり、寝坊してしまったよ。いつもは28時起きなのだけどね」


 軋んだ音を立てて、レリーフの巨人が背後を向く。


「ワシとて人間なもので、中々にしてこう罪深い朝を覚える事もある。甘く僅かな渋みのある葡萄ジュースにハニーウィスキーを少々。果実由来と砂糖の甘さが丁度良いんだ。実に何処か作り物めいた味と野性味に溢れた渋みのある甘さがね」


 バサリと白衣が翻される。


「おお、哀れな子羊よ!! 幸いなるかな。だが、生憎とこの世界の神は不在な上にワシもまた単なる子羊に過ぎない。青年よ。君は何を求む? その小さな子羊に殺されてやるのかね?」


「―――ぁ」


「ほむほむ? まだ、理解出来ていないという顔だ。では、一から十まで……はさすがに持たないか。では、君に真実だけを教えよう。君の御同僚が亡くなったのはその無垢な子羊のせいだよ」


(え?)


「最初から仕組まれていたのさ。君たちが来る事になった時も救われて君に背負われ、此処まで来るのも……実に32回は同じような光景を見たよ。実にあちらは心理誘導が上手い。メスメルも吃驚だよ。ハッハッハ♪」


「《《お爺ちゃん》》……どうして知ってるの」


「おお、さすが頚城モドキ。魂魄の年齢を言い当てるのか。あちらはそれなりの階梯のようだが、その術式……やはり、不完全か」


「レーシー!!」


 少年の声で青銅のレリーフの巨人が動く。


 巨大な腕がその胡散臭い語り口の男に直撃、したかに見えた。


 だが、逆だったのか。


 ソレが攻撃したのは正しく自分と鑑写しのような同じ巨人だった。


 吹き飛んだ巨人の横。


 ワイングラス片手に、何も入っていないように見えるソレを持ったまま、彼は跳ぶ。


 背後を振り返ろうとした巨人が自らの自重を支え切れずに左肩から融解しつつ倒れ込んでもがき始めた。


「レーシー?!! なにをッ!!?」


「単なる純粋な科学薬品だよ? ちょっと王水に魔力をブチ込んで掛けただけだ。大抵はコレでどうにかなる。防御一つに錬金術みたいな手間を掛けてられんからな」


「ッ」


「いいのかね? 君のマスターにご相談しなくて」


 少年が何者かの横を擦り抜けて外に走っていく。


「左様。そして、その頚城モドキも集まってくる、と」


 軋んだ音が揺れて、連鎖して、多重化して、不気味にも思える程に雑居ビルの上にギィギィと犇めき始める。


「やれやれ。この老人に四方八方から、近頃の若者は労りという言葉を知らん。ぁあ、若返って昔を思い出してヤンチャ出来るようになったのはいいが、やはり歳の功は隠せんな。全部、唯の案山子に見えるわい。はははは」


 ザラリと。

 そんな音がした。


 響きと共に誰かが己を包む外套の左側を恭しく開く。


 彼の胴体には中身の入っていないガンホルダーがあった。


「ふむ……見たところ純度が低い。これでは実験材料にもならんが……まぁ、いい。この身体になって初めての実践だ。後ろには死にそうな子羊、行く手には人形劇の舞台。肩慣らしには丁度良いだろう」


 外套内にビッシリと備えられていたのは小さな硝子のアンプルだった。


 そう、注射器で中の薬品を吸い出す方式のアレ。


「ああ、ワシとあろうものが、やはりいつやろうと新しい実験に心は踊るのか」


 アルカイック・スマイルを浮かべた彼が巨人達の前で虹彩を赤光で煌めかせる。


「―――世俗諦(せぞくてい)を論破せよ。【龍樹嚶(ナガルジュナ)】!!!」


 外套の一部。


 小さな小さなアンプルの一つが罅割れたかと思うと急激に内部にあった透明な液体が薄ら緑に輝きながら膨れ上がり、まるで蛇のように首のような細長い部分を擡げて左右に振った。


 途端、何か先端から波のようなものが放出されると同時にパリパリと集まって来ていた巨人達の身体の表層から、レリーフ染みた形象から、何かが、虚空に剥がれ落ちて、肉体が単なるケイ素と青銅の粒粉へと崩壊しながら還っていく。


「術式への干渉は可能。不完全とはいえ、腐ってもオリジナルのコピーという事か。ロシア風の味付けはともかく。そこそこの防御力も備える、と」


 男は未だに後方でギシギシと更に身体を軋ませながらも歩いてくる巨人を数体見やってから、中にいる生存者の下に歩いてくるとMHペンダントを首に掛け始める。


「ほら、善導騎士団御用達のマジックでヒーリングな首飾りだ。此処はワシが引き受けよう。君達は緊急脱出口から逃げたまえ」


「ぅ……あなたは?」


「君達と同じような手口に引っ掛かって行政従事者が全滅し掛けとる。しばらく、アレらと戯れてから、ゆくとしよう。なぁに逃げる場所ならあるとも。今から下に置いてあるバギーに載って西の国道を目指したまえ。米軍には間違っても助けを求めちゃいかん。ハチの巣だからな」


「う、ぁ……は、早くハッチを!?」


 元気になってきた内部の生存者が次々にそのまだ暗がりの中で顔も見えない相手の背後……巨人の姿を認めて、ビルの下へと直通するダクト兼緊急脱出口である滑り台方式の床のハッチを開け、逃げ出していく。


 だが、最後に残った警官の男はそれを拒むかのように自分に背を向けて巨人達の方へ歩き出した男に見入っていた。


「お名前を!!」


「そう大そうなもんじゃない。ちょっと米軍に喧嘩を売っとる後期高齢者だ。ワシを【凶科学者(ザ・マッド)】などと呼びよる者はいるがな」


「ザ・マッド……」


「行け。若者よ。まだ、灯を護る覚悟あるならば、その身を賭して己の職務に従事せよ。それが汝の選んだ事ならば」


 よろめきながらも、少年の事に混乱しながらも、それでも命を賭しているに違いない男へ敬礼した彼がハッチを脱出した後。


 その敬礼された当人は施設の外に出て、後方のシェルターを先程から彼の傍に鎮座している薄緑色の蛇のような何かで破壊した。


 そう、破壊だ。


 ソレの胴体が瞬時に何かの車輪か何かのように急速回転したかと思うとランダムにシェルターそのものを細切れにしたのである。


 自立して動いているのか。


 更に次々に押し寄せて来る巨人達を前にして男の前へ盾のようにも立ち塞がる。


「まったく、世界最大の超少子高齢化社会は伊達ではないな。この歳でヒーローを気取る事になるとは……日本の人材不足は相変わらず深刻か」


 男のいた屋上が爆発と噴煙に沈み。


 次々に周囲のビルが同じような爆発や崩落に巻き込まれていく。


『あ、あった。これだ!! 乗れッ!! 乗れッ!!!』


 言われた通り、ビル下に鍵の付いたバギーが止められており、最後のお巡りさんが乗ったと同時に発進すれば、もはや小都市は煙りに撒かれ始めていた。


 シェルターは外部とは遮断された方式であり、内部で空調も循環する為、問題は無いが……屋外にいれば、煙に撒かれて普通なら燻し殺される事になるだろう。


(……それにしても子供……子供を使う手口か……もしやロスト・アーカイヴにあったロシアの《《FC》》関連か? 在り得ぬ話と言い切れぬのが何とも……この間の核テロリストの顔も確か《《あの作戦》》の資料にあった……ならば、今回の事件の裏で糸を引いているのは……)


 奔り抜けた車両は未だゾンビが徘徊する地域を言われた通り西へと奔る。


 彼らが国道の先で辿り着いたのは自衛隊の先遣部隊が担当する封鎖区域。


 彼らの報告は慌てつつも迅速に為された。


 が、生死の境を彷徨っていたせいで要領を得ない話も多く。


 だが、誰もがこれだけは証言した。

 年若い外国人の青年。

 黒のタートルネックにスラックス。

 飴色の革靴に白手袋と白衣姿。


 赤光を放つ瞳の何者かが自分達を助けたのだと。


 *


「CIC。艦長入られました」


「本当ならフィー隊長が適当なんですが、今は艦の全能力掌握は僕しか出来ませんから。謹んでやらせて貰います」


 八木がベルの言葉に相変わらずだなと苦笑するが、すぐにCIC内の海自と空自のブリッジ・クルー達からの報告を聞き分けつつ、少年に真面目な顔を作る。


「騎士ベルディクト。先程前方の道県の北端地域で小規模なMZGが複数確認された」


「MZG……マス・ゾンビ・グラウンド。ゾンビの密集突撃形態ですか?」


「ああ、それもゾンビからの反撃は無いと高を括って低高度だったドローンやグローバルホークみたいな無人偵察機を連中、対空兵器で撃ち落とし始めた。中には誘導兵器系を使った海上からの攻撃も確認されている」


「つまり、ゾンビ達が兵器を使い出した?」


「ああ、戦術らしきものを取り始めたとの交戦記録も司令部経由で入って来ている。十勝平野全面に展開して掃討制圧を開始した米軍にも死者が出たようだ」


「従来想定のゾンビとは違う?」


「ああ。意志あるゾンビが入っているか。作られたか。もしくは……」


「ゾンビを操る何者かの介入がある」

「その通りだ」

「先日のツリーのレポートは?」


「読ませて貰った。恐らく、君が考えている通り、こちらもあの核テロを起こしたテロリストの背後で糸を引いていた何者かだろうと考える」


「分かりました。一端、不可視化のまま推進を停止、こちらの先行させているゴーレムを幾らか索敵に使いましょう」


 少年がチャンネル間で隠匿した通信を行うのではなく。


 己のポケットを経由して通信用の魔術を用いる。


 秘匿性の高い方陣は元々が七教会の軍用通信のスタンダードだ。


 別の空間をチャンネルで経由するやり方は昔にも存在していたが、空間制御術式によって創生された空間を噛ませる事でその空間の外からの傍受は事実上不可能になる。


 ツリージャック時の少年の指示出しも実はこちらの方式を用いて善導騎士団を動かしていた。


 次々にシエラ・ファウスト号に先行していた鳥型の不可視化ゴーレム達が姿を現し、光学観測、音響観測、熱量、紫外線、風速、あらゆるデータを次々に観測。


 ソレを専用の術式でシエラのCIC内の機器に直接送れば、その全ての情報が統合されて全方位、全天投影型の投影術式によって、機器以外の床や周囲の壁が全て透明となり、彼らは艦内にいながらにして艦外の情報をリアルタイムで視認出来るようになる。


 更にその情報は各情報の選別を行うオペレーター達によって選り分けられ、重要性と優先順位の高いものが次々に艦内での投影倍率を変更、フィルターを噛ませられて処理されていく。


 すると、それを行っていた者達すらも息を呑んだ。


「酷い……」


 思わず女性のオペレーターの一人が呟いた。


 米軍とゾンビ達の交戦地帯は北海道を縦断する程の長さに及んでいるが、主戦線は北部だ。


 森林、平野、山岳において米軍が装甲車両を盾にして前進する。


 その鋼の鎖に次々と襲い掛かるのは今までのゾンビの体当たり的な攻撃だけではない。


 銃弾や砲弾、誘導兵器による攻撃が織り交ぜられ、更に軍の武器弾薬の消耗が激しくなっている様子が見受けられた。


 敵が潜む市街地を制圧する為、圧倒的な火力でシェルター以外の建物が次々に砲弾や空爆の餌食となって燃え上がり、黒煙を上げているが、その中でも統制を失わないゾンビ達の銃撃や応射が僅かずつなりとも米軍の装甲部隊の進撃速度を鈍らせ、加速度的に精神と肉体を消耗させていた。


「ゾンビによるゲリラ戦、だと―――コレは間違いなく」


「ええ、このままだと米軍は……」


 八木とベルは進撃の頓挫と同時に米軍が大量破壊兵器の集中投入を行うだろうと確信する。


「米離反艦隊は北方諸島域に退避している模様ですが、誘導兵器が次々戦線に撃ち込まれています!!」


 北海道は広い。

 戦線も広域に及ぶ。


 それを分厚い装甲戦力の速度と打撃力で圧し潰すという戦術を執る米国であるが、それは裏を返せば、その分厚い戦力に穴が開いたら塞がねばならない以上、犠牲者が増える可能性があるという事を意味する。


 後詰の戦力は十二分に蓄えられてはいる。

 戦線に穴が開けば、すぐに塞がれる。


 そして、塞ぐ場所には兵がいる以上、攻撃が再び有効となるのだ。


 散兵戦術などゾンビの前には無力と証明された戦訓がある以上、彼らに密集隊形を崩すというのは在り得ない選択だった。


 米艦隊丸々が寝返った以上。

 相手の火力の質は米軍と同等。


 その艦隊に積まれている誘導兵器の数には限界があるとしても、北方諸島と北部の基地もまたゾンビの影響下である以上、その戦いは莫大な犠牲無しには収束しないものとなるだろう。


 それを嫌がる米国が取り得る戦術は核が最終手段だとしても、それに次ぐ威力の兵器の集中投入である事は疑いようもない。


「マズイ……ゾンビの殆どがシェルターに張り付いている。こういう時の米国のドクトリンは非情だぞ……」


 八木が自国民を空爆と砲爆撃で沈めても生き残りを選択するだろう米政権の決定が下りない内に決着させねばなるまいと溜息を吐く。


「北部戦線以外の各地でも自衛隊の先発隊と米国の共同での戦線の押上げが開始されました。ですが、やはり空爆や砲爆撃を警戒してか。ゾンビ達はゲリラ戦と同時にシェルターに張り付いて交戦している様子です!!」


 彼らがゴーレムの映像を見れば、次々に装甲戦力を全面に押し出した制圧部隊が進撃を開始していたが、すぐに米国民を受け入れる市街地などでゾンビ達の排除に手間取り、小競り合いで負傷者などが出ている様子が確認出来た。


「ゾンビの人種から推測して半分は米国民。後の半数は北方諸島のロシア系、数%が日本人と思われます。全戦線のゾンビ側の推定兵力は35万から55万……後方地域には更に多数のゾンビ集団が確認されている現状……北部米国民の10%以上の人数は既に……」


 オペレーター達の単純計算に少年の背後で今まで押し黙っていた三姉妹やCICの警備に付いていたハルティーナが拳を握る。


「このままではシェルター内の人間がゾンビ化して一気に敵戦線の兵力が膨れ上がる可能性がある。更に言えば、未だに米国は銃社会だ。口径こそ絞られたが、それでも銃を持ったゾンビによるゲリラ戦術と正規海軍空母艦隊による地表の装甲戦力へのダメージを考えると……」


 八木がどちらも多量の出血で戦線が膠着。


 ゾンビの増殖でジワジワと消耗させられかねないという言葉を呑み込む。


 そんな事は最初から分かっているだろう米軍が早期に戦力の消耗を嫌って、空爆による完全な面制圧に乗り出すのは確定的という事実を前に少年の横顔を見つめた。


「………米陸軍へ即座に進撃を停止し、3時間程砲爆撃、空爆を控えるよう日本政府から働き掛けて頂けませんか?」


 少年が八木に視線を向ける。


「3時間……行けるか? 騎士ベルディクト」


「はい。要はシェルターに張り付く戦力を排除すれば、全て解決。他は更地にしてもいいと考えるべきです。面制圧する火力そのものはあるんです。市街地のゲリラ戦力をシェルターから引き剥がして制圧させれば、現状の問題は解決するはずです」


「確かにそうだが……どうやって?」

「隔離地域のシェルターの数は分かりますか?」

「全シェルターの照合を開始……5543地点です」


「分かりました。本部で組み上げていた【黒武】は現在120台。【黒翔】は210機。本艦に乗せた陰陽自の部隊が443人。待機中の戦闘可能部隊が1232人。クローディオさんが太鼓判を押した実戦投入可能な隷下部隊が本部に534人。拠点防御用と拠点制圧用装備は人数分在ります。制圧後の維持にゾンビの掃討を行うのはゴーレム2049体、連続戦闘可能時間が29時間。足りない分は―――」


 少年がブツブツと呟きながら、最後に目の前を向くと映像が切り替わり、陰陽自研に直通のホットラインの先。


 白衣の十数名。

 椅子に座ってデスクワークをしていた。

 そして、少年が繋げた瞬間。

 待っていたのか。

 すぐに立ち上がって一礼する。


「騎士ベルディクト。何か御用でしょうか」


 双方向通信で全員が全員の顔を捉えている。

 そして、誰もが誰もの顔に理解を示す。

 ようやく時が来たのか、と。


「陰陽自研内で開発が進んでいたドローンの試作機は有りますか?」


「はい。ご入用でしょうか?」


 答えたのは兵器開発部門


「ええ、あるだけお願い出来ませんか?」


「了解です。占有コードは黒武に入力されております。リンク時の操作ですが、最大40機をセミオート及びフルオートで操作可能で個別の直接操作でなければ、戦域全体で用いる群体指揮方式を採用しております」


「欠点は?」


「通信は全て新型の量子通信を用いて、電波妨害は受けません。戦場の電波強度でも問題ないでしょう。恐らく、一番の問題は人間とゾンビの識別です」


「出来ないんですか?」


「【黒武】に積んでいるAIによる動作解析で補助致します。一般人がその状況で外を逃げ回っている確率も低いかと。米軍や自衛隊の衣服や重火器を光学機器で観測した瞬間に標的をロック。更に事前の情報共有で恐らく誤射の問題は防げるでしょう」


「連続稼働時間は?」


「最大34時間。魔力方式の攻撃を恒常的に取った場合は12時間。精密射撃による拠点制圧と維持のみならば、弾数そのものがゾンビの処理数で約450発。魔力消費式ならば弾丸一発分の攻撃力を消費する毎に稼働時間が32秒減少致します」


「数は?」


「40機編隊1ユニットで12ユニット、480機。各部門の兵器や特殊兵装並びに機能が搭載されていますが、機能を封印すれば、全て一律での運用が可能です」


「分かりました。すぐにこちらへ。3番の導線に集めて40機単位で送って下さい」


「了解しました。既に訓練を進めさせてあるドローン操作方式で可能ですので」


 少年が八木に瞳を向ける。


「航空母艦としてシエラ・ファウスト号を最前線より10km前方の上空に。敵陣後方に機動戦力を浸透させつつ、シェルター周辺の制圧領域を拡大。ドローンとゴーレムを用いたシェルター周辺の制圧継続と同時に艦の戦域制圧能力を稼働させ、戦線中央部の突破を狙います」


「遂に使うのか? 騎士ベルディクト」


「はい。大規模な市街戦ともなれば、もはや躊躇ってもいられません。対魔騎師隊と僕らは北方諸島に殴り込みを掛けます。現状、戦域全体で魔術による通信は確認されていません。電子機器での通信も米軍がECMで封鎖していると。ならば、ゾンビ達の殆どは最初の命令を実行しているに過ぎないはずで個別の集団は連携が左程取れないと思われます」


「なる程。ゾンビ達の組織だった行動も戦域単位での連携機動には付いて来れないと」


「はい。ゾンビに複雑な命令をこなさせるとしても、通信が無いという事は各自の認識の範囲内における連携の限界が存在するはずです。シェルターは防御用の壁ではあっても兵力の貯蔵庫としての意味合い以外では左程重視されないはず」


「戦力の集中さえ起きなければ、小規模の戦力でもシェルター周辺の制圧継続は容易だと言いたいのか?」


「はい。ドローンとゴーレムで水増しする戦力でも制圧継続を後続の自衛隊や米軍に引き継げば、すぐに別の場所の制圧に向かえます。戦域が狭められれば、こちらの戦力の厚みは増します。途中で指示が変わっても、勝敗が決するのは極短時間の事になるでしょう。どのような命令変更を受けたとしても、戦域規模の高機動には付いて来れないはずです」


「分かった。こちらの意図は伝えておこう。米陸軍の回答は?」


「待てません。もし、こちらの提案に承諾も協力も出来ないという場合は制圧継続任務を日本政府に依頼して陸自の先発隊に任せておいて下さい」


「戦線の突破時、地上部隊はどのように動かす気かな?」


「陸自部隊に装備は渡しました。装甲戦力が集結している中央から北部と東部を分断するように正面突破して包囲するのは可能でしょう。敵主力である武装ゾンビが側面攻撃に回るより先に戦域内部からの挟撃と合わせて踏み潰します」


「犠牲が出ないか?」


「あちらは装甲戦力を航空機や誘導兵器以外では破壊出来ません。注目を本艦に集めれば、誘導兵器の的をこちらに絞って来るはずです。それで装甲戦力への打撃は最小限です」


「《《あの形態》》はそういうのも意図しているのか……」


「はい。それに陸自へ渡した魔術具は通常弾や散弾の防弾用の方陣防御結界を発生させる代物です。通常火器で武装したゾンビの攻撃では傷一つ付きません。それにゲリラ狩りの機能は自衛隊も米軍も持ってますよね?」


「まぁ、な。ゲリラ戦術相手でも不意打ちでなければ、撃破される可能性は低いが……それすら可能性が0に近いとなれば、多少の無茶な進軍も可能だろうな」


「スマート地雷などをユーラシアで使う用に30万個程用意してたので、突破したら戦線周囲にばら撒きましょう。ゲリラ戦は移動が多くなりますから、前提としてアレがあれば、怖くありません」


「確かに……アレがあれば、更にゲリラ狩りは捗るだろうな……分かった。司令部にはこちらから連絡しておこう」


「米軍が後ろから撃って来ない限りは何とかなるでしょう。後は……オペレート能力の高い人員が割り当てられた【黒武】にドローン操作を任せるくらいですかね?」


「現場のCPは精鋭の少人数で回す事になるか。総指揮は安治総隊長に一任で良いだろうか?」


「はい。八木さんは此処から戦域管制と通常戦力では太刀打ち出来ない敵などが出てきた時に搭載兵器による支援攻撃、後詰の遊撃隊の指揮をお願いします」


「分かった。神谷1尉には戦線裏からの攻撃を任せよう。頼んだぞ。神谷1尉」


『了解です!! 八木1佐!!』


『こちら安治。現場の総指揮は請け負おう。シエラがHQで良いだろうか?』


「ええ、各地域毎のドローン操作の【黒武】をCPとして戦域管制はこちらから」


 今まで通信機越しで訊いていたシエラ内で待機中だった男達が声を上げる。


「全【黒武】【黒翔】発艦態勢!!! 全艦に通達!!!」


 二人の会話を聞いていたオペレーター達が八木の指揮の下、作戦を艦内の兵達に告げていく。


 現場での編成は既に完了しており、1シェルターを1人もしくは1機のドローン、ゴーレムで賄う作戦は通常ならば無茶苦茶だと言われても仕方ない話だろう。


 が、圧倒的な能力差と通常火器など物ともしない装甲と経戦能力を得た者達には正しく今更な話であった。


「陰陽自衛隊富士樹海基地より転移遊撃部隊の準備完了との事です」


「こちら善導騎士団東京本部も同様に全部隊準備完了との連絡がありました」


「米国からの応答を確認。日本政府からの要請を受諾。3時間の間、進軍を停止。市街地への砲爆撃及び空爆は控えるとの事です」


「では、皆さん。戦線のゾンビ達の後方を直撃し、虫食いにしてやりましょう。面制圧は全て米軍任せですが、構いません。僕らの任務は人々の救出です!!」


 少年が少女達と共に艦内を走り抜ければ、ミサイルハッチ中心域には改装が施され、ズラリと【黒武】と【黒翔】が積層化された内部のオートメーション染みた階層内にギッチギチに詰め込まれていた。


 まるで、駐車場のようであるが、それでも20台に100機前後だ。


 しかし、それにはもう部隊が搭乗完了している。


「甲板を変形させます!! 全艦に対衝撃警報発令!!」


 少年の言葉に艦内が紅いランプの点滅で満たされた。


『対衝撃警報が発令されました。非戦闘員は総員衝撃に備えて下さい。ベルトの着用及び身体のロックをお願いします』


 オペレーターの声が響くと同時に慌ただしかった艦内で非戦闘員の雑務や経理などの要員が次々に壁際に集まり、己の腰のベルトに付いた複数のフックを次々に壁にある別々の手摺に2本以上掛け、ベルトを締めて壁際に身体を固定する。


 そして、20秒後。

 艦を振動が襲った。


 不可視化結界内部からでなければ、その光景は見えなかっただろう。


 シエラ・ファウスト号の甲板がゆっくりと船体中心から4つの縦長のパーツに割れながらスライドし、船首へシャベル先端のように突き出していく。


「全【黒武】【黒翔】発進!!! 伝達された目標シェルター周囲のゾンビを襲撃、ただちに制圧せよ!!」


 少年の声が響き。


 開いたミサイルハッチ内の全機体が見えざる魔力転化による運動エネルギーの発生により、浮き上がり、艦中央まで運ばれるとエレベーターも無いのに上昇し、次々に甲板の代わりに発現した半透明の魔力の壁の上に露出する。


『【黒武】01から20まで順次発進!!』


 オペレーター達の管制と共に魔力壁の上に現れた加速用の方陣の群れの中を一直線に進みつつ、速度を増し、空の彼方へと次々機体が投射されていく。


【黒翔】は10機単位。

【黒武】は3機単位。

 だが、短距離か長距離かは関係なく。


 地表に向けて弧を描いて投射されるのは変わらず。


 シエラ・ファウスト号は船首の方角をゆっくりと北から東へと変えながら全方位に戦力を満遍なく分散出撃させていく。


 艦内に詰めなかった機甲戦力もまた基地の地下最下層にある転移方陣に続く極秘回廊へと整列し、次々に目標地点へと機体毎送られていく。


 瞬時に転移するのは目標地点から+-10m圏内、上空15m地点。


【黒翔】はそのまま飛行しながら周辺のゾンビ達を見える限り蹴散らし、【黒武】は地表にホバーで着地後、即座に車輪に変形して切り替え、猛烈な速度で指定されたシェルターまで急行する。


『転移遊撃隊!! 転移完了!! これより目標の制圧に入る!!』


『全【黒武】攻勢突撃展開(アサルト・オープン)!!!』


『目標周囲にZを視認!! これより排除に移る!!』


『突っ込め!!! 遠慮は要らんぞ!! 敵に攻撃の隙を与えるな!!』


『両翼建造物にZ32!! RPG3!! 重火器装備多数!!』


『構うな!! 直撃しても装甲は抜けん!! 【黒翔】部隊に任せておけ!!』


 突如として戦線後方のシェルター近辺に現れた黒き装甲戦力と装甲二輪の群れを米空軍のドローン編隊は確かに捉えていた。


 展開された戦力が次々に市街地内で弾をばら撒けば、残らずゾンビ達の頭部を貫通し、突貫した車両がゾンビ達の海を切り裂き、描き分け、轢き潰し、それでも車輪に一切のダメージを受けた様子も無く。


『展開!! 展開!! 隊員は速やかに所定の目標シェルターに向かえ!! 途中のゾンビには目もくれるな!! この装甲、連中には抜けん!! 我々には【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】の加護がある!!』


『クソッ!! 始めての実戦がゲリコマしてるゾンビ相手とか最悪なんですけど!?』


『余計な事を喋ってないで脚を動かせ!! あの砂場よりはよっぽどマシな足場だぞ!!』


『市街地は高層建築を跳躍踏破せよ!! あの絶望の岸壁よりは楽な地形だ!!』


 まるでゾンビの海を血肉の水溜まりにして弾き飛ばし。


 展開した【黒武】の後方車両がトレーラーのように側面を開けば、次々にスーツと装甲と外套の兵隊が吐き出され。


『10式HMCCハイ・マシンナリー・クラフト・カスタム01単騎分離!! これより遊撃機動に入る!!』


『HQより北部の各機へ!! 北部戦線の誘因されたZが市街地に侵入するのを阻止せよ!! 全兵装解禁!! 付近の山間部平野部に米軍及び陸自は存在しない!! 動体誘導弾使用許可!!』


『オーケェ!! 弾をばら撒きながら敵集団に突撃開始ってことね!!』


『士魂にゃ負けるがオレ達にはベルきゅん魂があるからな♪』


『1曹……実はそっち系が好きだったんすね……』


 車両から切り離されたMBTは外部に備え付けられた自動化済みのマシンアーム操作によって、全方位へマシンガンを掃射しながら、瞬く間に近辺の安全を確保しつつ、前線から再び引き返してくるゾンビ達の中へと真っすぐに何ら躊躇せず突撃していった。


 この時、戦場で最前線に起きた変化は劇的だっただろう。


 今の今までゲリラ戦を仕掛けていたゾンビ達が後方の異変を察知するや。


 次々に前線への攻撃やアンブッシュや迂回奇襲を途中で引き揚げ、撤退していったのだから。


 そうして、それから数十分もせずに遠方で爆炎や重火器の音が鳴り響き、次々にゾンビ達が撃破されているのが前線部隊にも解った。


 だって、そうだろう。


 鳴り止まない銃撃はいつだって人間にしか出せない音だった。


 ゾンビが銃を使い出しても連続で此処まで延々と銃撃と砲撃の音が響き続けるのならば、それは間違いなく人類の勝利を意味する。


『こちらボギー2。CPに報告。先程から入って来る情報に関して、敵後方が見えないこちらではゾンビの撤退が確認出来ない』


『こちらCP了解。増援は?』


『いや、残りはそう多くない。ただちに制圧へ掛かる』


『神の御加護を……』

『ああ……』


 後方の異常が確認出来ない位置にいたゾンビなどはまるで何事も無かったかのように戦闘行動を継続して、ゲリラ戦に徹していたが、それはつまるところ殆どの現代先進国軍隊相手のゲリラと同じ憂き目に合うという事に外ならない。


『こちら04中隊!! 総員シェルター周辺領域をほぼ制圧!!』


『こちら03中隊!! 現在移動中!! 目標シェルター群まで残り20!!』


『こちら08中隊!! 敵群の移動を確認した!! 南東域から3000規模の集団2つ!! 北北西に向けて進行中!! 恐らく察知した中央の異変への増援と思われる!!』


『こちらHQ。【黒武】055より065へ。中央部に向かう南東からの敵増援を足止めし、可能ならば撃破せよ!!』


 吐き出された兵達は一騎当千か。


 人体に不可能な速度で機動したかと思うと時速50kmを超えて尚加速しながら疾走し、あらゆる進路上の建物を走破。


 そのバイザーの観測情報をCPとHQに送信。


 次々に各地のシェルターへと向かいながら、戦域の詳細情報を取得していく。


『ドローン・オペレート開始!! 皆さん!! 訓練通りにですよ!!』


『戦域管制に従って持ち場の領域内部で目標地点を襲撃、制圧、維持……襲撃、制圧、維持……』


『無駄弾は使わない!! 魔力消費は極力抑える!! ええと、それからそれから!!?』


『ドローン戦闘教義(ドクトリン)を塗り替えてやりなさい!! 配置、機動、回避、全ては合理的に!! 貴方達のドローン1機には数百名以上の命が掛かっているのよ!!』


 車両の周囲に転移した全ての1m程のドラム缶型のドローンが馬鹿馬鹿しいような移動方法。


 高速で横回転しながら各地の道路を走破しては集団でタイヤの群れか何かのようにシェルターへ向かい。


 付近に屯するゾンビ達を轢き潰したり、内部から僅かに展開された銃口から弾丸を吐き出して頭部を貫通、薙ぎ倒して制圧していく。


 このような光景を各戦線後方を偵察機の映像で見ていた米軍の参謀達は目を見張る処の話では無かった。


『馬鹿な。あの密度だぞ!? それをあのような数で!! 戦力でッ!? 市街地戦でッッ!? 小規模とはいえ、ZMGすら打破し得るのかッッ!!?』


『MU-01のものと思われるゴーレム多数出現を確認!! また、未知の円筒形ドローン多数出現!! ゾンビを制圧しています!! これは―――銃弾だけではありません。ま、魔術です!!』


『ドローンが魔術を使う? 奴らは《《我々と同じ計画》》をこの短期間で―――』


 ドラム缶型のドローンの周囲では次々に真空の刃だの、脱水、乾燥術式の類が接触した相手に使用され、次々にゾンビ達を細切れにして塵芥へと返していた。


 圧倒的な数のゲリラ戦術で保っていた戦線への圧力が緩和された事により、米陸軍は司令部から送られてきた進軍停止の命令に不満が続出。


 今ならば、戦線を突破して、押し上げられるという上申がガンガンHQには集約されていた。


 総司令部の参謀達も入って来る情報には驚きと共に大いに溜息を吐かざるを得なかったのは間違いない。


 戦線後方で限りなくゾンビの虐殺というような類の光景が展開されているのを目の当たりにしては……自分達の今までの戦いは何だったのか。


 というような心地になるのも無理からぬ話だ。


『これが陰陽自。いや、善導騎士団の戦い方か!!』


『見えざる母艦での戦域後方への浸透強襲、大量の重武装戦力の投射』


『空間を渡るのか!? この転移(テレポート)……転移戦術を前にしては―――』


『この速度……やはり、敵の攻撃を無視している?』


『装甲……装甲が違うのか?! 重火器もRPGもお構いなしだと!?』


『敵射撃兵器を無力化する重装甲を纏った高機動の都市踏破能力を持つ猟兵の集中運用と高機動、高打撃力を有するMBTの突撃及び遊撃機動、か』


『あの後方車両恐らくCP化された……最前線内部に置いて肉薄し、情報を集約……即時、兵へと還元……何と大胆な……』


『全ては超技術の為せる技か。圧倒的な兵単体の質、車両技術、装甲強度、それを組み上げる総合情報システム……』


『アレを生み出すのが魔力……なのか……』


『陸自の友人の噂に聞こえて来てはいたが……アレが善導騎士団……【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】ベルディクト・バーンの所業か』


 銃弾が足りず。

 物資が足りず。


 米国本土から何とか引き上げて来た歴戦の勇士しか、今や米軍の上層部にはいないというのは公然の秘密だ。


 卑怯者とか米本土で戦って死んだ遺族の一部から陰口を叩かれている事から、然して彼らは己の過去を語らないし、実際に後ろめたい気持ちでいる。


 ゾンビとは彼らにとって、容易くない絶望を持って戦ってきた相手だ。


 そうだったはずなのだ。


 それでも彼らは戦術と戦力を磨き上げ、ゾンビが走って重火器を使ってゲリラ戦術を取って来る状況にすら対応してみせた。


 だが、その芸術的だろう普通の軍ならば、無理だろう柔軟な対応すら霞む程の武力と威力が目の前に出現した。


 無力感。


 という程ではないにしても、嫉妬よりも確かに力が欲しいという思いが切実な叫びとなって彼らの内心には響いている。


 善導騎士団。


 正しく、数を押し返す圧倒的な質の体現。


 次々に転移と同時にシエラから投射される機影によって各山間部や平野部の市街地は制圧されつつあった。


『准将に報告せねばならんな』

『いえ、既に札幌のGHQに居られます』

『ならば、見ているだろう……陸自からは?』


『十勝中央より90式を連れて山間部のシアトル・コロニーの突破を試みるとの事です』


『あの慎重に慎重を重ねる自衛隊が打って出る……これもやはり善導騎士団の仕業か……』


『グローバルホークが主要戦線北部10km地点の低空に異常物体を確認!!』


『何だと!? 異常物体!? 報告は正確にしろ!!』


『い、いえ、例のシエラ・ファウスト号とは形も大きさも異なります!! ちょ、直径3650m以上!! 映像出ます!!』


 その時、米国の臨時首都が置かれる札幌横のペンタゴンⅡと呼ばれる嘗ての祖国にあったのとそっくりな米軍の中枢において、確かにその威容を陸軍も空軍も無く参謀達は見ていた。


 それは船と言っていいのかどうか。

 未だ全体像が見えぬまま。


 白煙を纏うかのように蒸気を周囲に噴出しながら、悠々と戦線中央部へと巨大な陸地にも見えるソレは加速していた。


『大き過ぎる!!! あんなものが空を飛ぶのか!?』

『ア、アレも陰陽自。いや、善導騎士団の―――』


 佐官級の者の一部は明らかに動揺していた。


 戦線都市由来の技術で巨大物体を浮かばせるのは彼らとて研究中の技術なのだ。


 だが、空中戦艦……そう呼べてしまうものを既に開発してしまっている善導騎士団がシエラ・ファウト号などとふざけた名前で日本に母船として……ハワイに置いていた彼らの資産の一つを登録したのは記憶に新しい。


 彼らの嘗ての怨敵たる旧ソ連の遺産の改造品はそれだけで忌まわしい記憶の一つではあったが、それをも超える巨大さの何かが急に表れたと思ったら、戦線中央へと向かっていくなど、驚きを通り越して呆れるしかないだろう。


 もしも、日本政府から事前に善導騎士団の船が最前線を飛び越えた地域から敵制圧地域を横断して戦線の突破口を開く、という話を聞いていなければ、彼らは間違いなく撃ち落とせとばかりに正体不明の艦というか陸地のようにも見える巨大浮遊物体を誘導兵器の的にしていたはずだ。


『宇宙人の母船か何かと言い訳して撃ち落としてみたい誘惑に駆られるな』


 その言葉に参謀達が押し黙った。


 佐官級の者達ですら、僅かに不機嫌な男の様子を悟っていた。


 准将という地位にありながら、今や在日米軍のほぼ全ての部隊に影響力を持つ奇矯な姿の男。


 卵の兵隊。

 ハンプティ・ダンプティ。

 異様な筋肉に首と顔の一部が埋もれた壮年の小さな将軍。

 マーク・コーウェン。

 小人症ではない。


 嘗て、《《戦線都市》》で受けた人体強化の結果であるというのは米軍内部では誰もが知っているゴシップだ。


 表向きは日本のソーシャル・メディアでもユーモアも分かる笑顔の卵オジサンとして米軍のプロパガンダに一役買っているが、彼をそんな目で見られるのは当人を知らない者ばかりだ。


『3時間の間に負傷者を搬送。機甲部隊を再編しろ。あちらのお手並み拝見とゆこうか。無論、戦線に大穴を開けて下さるというのならば、我々は是非にと友軍の殿に付いて進軍しようではないか。損失が出ない事が第一だ』


 明らかに近頃の件で機嫌が悪い彼だったが、半分以上は部下に見せる為のパフォーマンスである事は他の将校達も心得ていた。


 この目の前の小さな将軍は実直に陰謀も働く普通の将校であって、同時にまた人を統べるのが一体どのような感情であるかを知る有能なトップでもあった。


 近頃は様々なプロジェクトが途中で失態続きだ。


 開発終了間際の兵器を強襲してきた何者かに奪われるわ。


 CIAがヘマをして、テロリストが米国やらロシアの罪を暴露するわ。


 人体実験の件がバレて日本との関係が悪化するわ。


 国内の国防産業体の一部が陰陽自研に取り込まれ掛かってるわ。


 此処でこれ以上の失態を繰り返さないよう部下の引き締めを図っている事は誰にも理解の範疇だったのだ。


『だが、北方諸島がゾンビに呑まれている可能性が高い以上。そちらの方は我々で処理して差し上げよう。準備は出来ているかね? 大佐』


『ハッ!! 三沢にてストライクZ8機に搭載済みであります。いつでもご指示と許可されあれば!!』


『よろしい。日本政府にはギリギリまで通達せんでいい。戦線の動向が良くなければ、大統領に進言を頼む。これから私は前線の視察だ』


『大統領には何と?』


『離反した海軍の尻拭いに陸軍と我が国が払った損失は何らかの成果でもって埋め合わせなければならないと言伝を頼む。日本政府もさすがに本島が落ちているとしか思えぬ以上、時間稼ぎ以上の事はすまい……』


『期限は?』


『明日の06:00時を第一に明日の夕方18:00時が最終だ。ロシア亡命政権とて、もはやあの島の事は清算したい頃だろう。己らの罪の証拠を消してやろうというのだ。一応、日本の外務省を通して一報だけは入れておけ』


『了解であります!!』


『それから例のユニットを函館にいつでも空輸出来るよう空挺装備で集結させろ。やってもらわねばならん事がある』


『畏まりました!!』


 戦線が劇的に動いている合間にも彼らの静かな戦争は続く。


 今、兵が一息を入れいている時であろうとも。


 命を掛けぬ後方だからこそ、彼らはその前線の者達よりもまた確かに己の歯車たる理由を弁え、国家暴力の要として動き続けていた。


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