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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第95話「Burning About Life」

 世界が幾ら残酷でも人が嘆かぬ限り、そこに悲劇は生まれない。


 とすれば、それを表現するのは人の仕事だろう。


 世界がゾンビ達に覆われ、嘆く者が消え去っていった結果。


 別の国の人間の絶滅。


 という事実に人が抱くのは悲劇という印象よりも恐怖という感情が正しい。


 そして、それが人を殺し、人の叡智を持って人を虐する人間から外れ掛かっている者に対してのものならば、彼らの結末を悲劇と呼ぶ者は決して多くない。


 事実、目の前で警察官毎殺された者や頭蓋の中身を喰らわれていた者がいて、それは確実に目撃され、SNSなどで拡散され、日本中の人々を震わせていた。


 414:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:22:24.12 ID:/???


 家の隣の家の奥さんが喰われてるの見ちまった……警察が言うには移動してる連続殺人犯らしい。そこのおじさん凄く良い人でさ……今、火葬場に行ってる。


 429:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:23:23.13 ID:/???


 ≫414 相手はどういう怪異だったんだ?


 432:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:28:11.32 ID:/???


 ≫429 舌が長くて、目が光ってて、擦り切れたズボン穿いてた……だけど、腕がさ……何かカマキリみたいになってて……ごめん、しばらく吐くからこれで勘弁してくれ……。


 444:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:29:88.22 ID:/???


 善導騎士団と自衛隊、警察の合同訓練があったって政府広報でやってた。それと治安回復してる地域から怪異がドンドン逃げてるって。SNSで拡散してる犯罪組織のある地域、廃墟みたいだけど……連中集まってるのかな?


 453:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:31:01.39 ID:/???


 ≫444 周辺地域に避難命令が出てるのは確かだな。政府のホームページと国営放送でやってるよ。


 456:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:32:06.13 ID:/???


 善導騎士団+警察+自衛隊VS怪異軍団……なぁ、此処って現代日本だよな?


 476:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 12:34:07.43 ID:/???


 ≫456 ハハハ、やだなぁ? ゾンビによる人類絶滅直行コースの途中に何を今更……命懸けで報道したい馬鹿なマスゴミ、番組のレポーターや記者やフリーライターが周辺で騒いでるの見たよ。つーか、この後に及んで国民を殺すのかぁ~~って騒いで看板持ってるあの連中一体何なの? 馬鹿なの死ぬの? いや、死んで欲しい……一体、何人被害出てると思ってんだよ。今の司法じゃ裁けないから、善導騎士団に丸投げするって話もあるし、この東京の状況で憲法停止してる今、人権なんて騒いで何になるのさ……あ~腹立って来た……長文スマソ。


 SNSに出回っている数百数千の怪異達の目撃報告。


 それは一重に人間が人間ではない何かへと変わっていくホラー染みた恐怖と共にソレを駆逐出来る可能性のある警察や自衛隊という最後の拠り所に対処を求めた。


 化け物になった者達もまた意図としてそうなった者は多くない。


 幾ら本人の資質によるとはいえ、それでも彼らを一緒くたに全て同じと見るのは不可能だろう。


 リストアップされた数万にも及ぶ身元まで綿密に調べられた多数の被疑者達。


 だが、その情報が最終的に上げられたのは善導騎士団東京本部であった。


 被疑者の生死の選別は全て彼らに一任された。


 憲法停止下で国民からの批判を回避する為にも日本政府は汚れ役を善導騎士団に持って貰う事を条件に内実、大幅な譲歩をした。


 というのは霞が関が壊滅した東京周辺地域に集まっている各地の第二首都、第三首都の役人達の間では専らの噂だ。


『こっちのA犯は確定で殲滅案件か?』


『ええ、警察、検察、裁判所の人がそれでお願いしますとニュアンスだけで伝えて来ました』


『B犯は偶発的な事故による殺人後、引き返せなくなった連中だ』


『C犯は初期対応の自衛隊や警察に驚いて逃走。人殺しはしてないが、捕まるのも嫌って連中だな……まぁ、同情の余地有りで』


『で、こっちのZ犯は……化け物として殺人や犯罪に快楽を覚えるタイプか。人殺しはともかく人間を殺し合わせるとか、餓死するまで移動を妨害するとか悪質だな……即時狙撃でいいだろう』


『まずは頭になり得る悪質なのとヤバいのから狙撃で潰す』


『今回は陰陽自衛隊が一区画、東京本部と隷下部隊が一区画、陸自及び警察の対応部署がクローディオ大隊長の指揮下で一区画。アレ? 後一区画はどうするんです?』


『ああ、そちらは陰陽自衛隊側から包囲戦力以外の制圧戦力は出すらしい』


『え? 大丈夫ですか? さすがに1万人から2万人前後ですよ?』


『途中から隠れてた連中も増えたからなぁ。追加のリストは検挙直前になるらしい』


『で、最後の一区画は魔術師見習いだけでいいんですか?』


『ああ、いや。あちらの最大戦力が1人で1万人抜きを希望だそうだ』


『へ?』


『ほら、例のクローディオ大隊長を負かした女性超越者』


『ああ、彼女ですか? 中央だとあのクラスはそれなりにいるはずですが、戦闘狂系はあんまり見ないですよねぇ……というか、隊長何て言ってました?』


『敵にだけはしたくねぇ(ゲッソリ)、だと』


『まぁ、そりゃそうか。アレ、七教会の騎師と溜めが張れるレベルですよね?』


『今は騎士ベルディクトの装備を使って対騎士戦闘想定の訓練をしてるらしい。確実にそのレベルまで強くなってるだろう』


 善導騎士団東京本部ではリストアップされた者達を次々に選り分け、逃げ込んだ区画毎に仕分け、更に即時殺害、即時狙撃対象を選別後、次々に警察や陸自の狙撃部隊、クローディオ、片世、ベルに送っていた。


 1万人もの顔を覚えるのは不可能だが、殺害対象である人物に関してだけならば、数百人に留まる為、何とか覚えるくらいは出来るだろう。


 少年は魔術具内に情報を即時入力。


 いつも使うバイザーに認識機能を付けて、サクッと対象かどうかを確認出来るようバージョンアップし、警察や陸自のスーツにも適応した。


 線引きは生死の2択。

 戦いが始まるまでの数日間。


 廃墟街へと集いつつあった変異犯罪者達の中にはいざこざが絶えず。


 凄惨な殺し合いになったところも多く。


 重症を負って、警察や自衛隊に保護を求める者も出た。


 そういった本当にヤバイ奴と同じ場所に行くのが嫌になり、自首する者がそれなりに多かったのは救いか否か。


 最初期4万弱と見られていた変異犯罪者達の数は6万まで膨れ上がったが、移動中の内紛で地域に辿り着いたのは3万弱。


 区域に行かなかった半数は軽犯罪や詐欺、意図せぬ殺人などのまだ人間の心が残っていた者達が大半だった。


 大人しくとは言えなくても警察の留置所に厄介となったのは賢明だったと言える。


 だが、逆に言えば、辿り着いた多くはより狂暴な者達ばかりであり、同じ変異者、覚醒者と呼ばれる者達の中でも能力に秀でた者達。


 力に覚えがあるからこそ、更に凶悪な力を求めて、彼らはウロウロと区画内を徘徊し始めていた。


『え~~~では、陰陽自衛隊の対象区画内の制圧任務に付いてですが、全面的に対魔騎師隊に一任。通常部隊は包囲して追い込んだ後は待機という事でよろしいだろうか』


『異議なし』


 ようやく区画内にほぼ全ての怪異が逃げ込んだという知らせが入ったのはお偉いさんの視察から十日後の事。


 善導騎士団側と全面的に協力した包囲制圧任務となった陰陽自衛隊側は支給された武装を使いこなしつつ、部隊単位での連携訓練を積み、変異者や覚醒者相手にも戦えるようにはなっていた。


 陰陽自は制圧戦力を僅か十人にも満たない対魔騎師隊に絞り、逆に包囲は絶対に堅持してみせると騎士団側へ自信を持って確約。


 対魔騎師隊は片世のみ単独行動で制圧任務となったが、その無茶苦茶さも当人とクローディオの戦闘を陰陽自のほぼ全隊員が見ていた為、納得された。


 その戦闘に大満足したらしい片世はしばらくご機嫌な様子でルンルンしており、夜明け前の出立時も全員に稽古を付けて尚、まったく余裕綽々であった。


『じゃ~ね~後でまた~ウフフ(´∀`*)』


 そうして、夜明けと同時にシエラ・ファウスト号の甲板に揃った面々がベルと安治を前にして整列し、共に静かな瞳で言葉を待つ。


「片世准尉は一足先に別の区域に向かっているが、作戦直前には付くそうだ。これから最後のブリーフィングを行う」


 こほんと安治が咳払いした。

 その顔はさすがに緊張している。


「作戦の概要を伝える。本作戦は極めて単純だ。前々から通達してある通り、3段階に別れる。第一段階、騎士ベルディクトの説得。第二段階、説得に応じない者の制圧及び殲滅。第三段階、一般戦力による拘束と輸送。第三段階の条件は殲滅リスト上の怪異の完全な撃滅と他の相手の制圧である。包囲戦力は既に出立し、周辺区画で待機中だ」


 少年が背後の虚空に映像を出す。


 其処では陰陽自の部隊がスーツに装甲を纏い盾を持って、大量のロングマガジンを外套にぶら下げ、次々に組単位で広大な区域を囲い込むように展開していた。


 ビルの上、路地裏のような場所もすぐに外壁から昇り降りし、踏破する姿は岸壁で鍛えられた能力様々だろう。


 車両が入り込めないような場所でも自在に移動し、あらゆる市街地で移動力に制限を受けない自在さが彼らの戦力展開をより柔軟にしていた。


「一般戦力と言っても部隊単位で見れば、君達よりも集団での戦闘力は高い。今回は追い立てる為に騎士ベルディクト特性の装備が多数投入されている。ショットガンの弾として魔力吸収用のディミスリル混入済みのトリモチ弾や音と光で威嚇するフラッシュ・ファイア弾。更に動体誘導弾に昏倒効果の術式を付与した刻印弾。低位の変異者や覚醒者には十分な脅威だろう」


 周辺区画から展開していく兵達が上空にベル特性の威嚇用の弾丸をショットガンで数発連射する。


 その数秒後。


―――ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!


 ビクゥゥッと安治すら驚くような爆炎と音が周囲に響き。


 撃った部隊そのものが一瞬、何かの攻撃かと慌てた様子になった。


「き、騎士ベルディクト。今のは?」


「あ、はい。幻影を見せる術式と音を出す術式の混合弾フラッシュ・ファイアですけど。言ってましたよね?」


「い、いや……それはそうなのだが……」


 現場では一部混乱した様子だったが、すぐに状況を理解してか前進し始める。


「ちなみに黙示録の四騎士にも悟られないように上空からは逆に音と爆炎が殆ど見えません。あくまで上空に向けて撃つと撃った上空から重力の働く下方に向けて威嚇する映像と音を出力する代物です。音の波長とか光学的な見え方とかは任意に変更可能なので、屋内で使いたくなったら教えて下さい」


「わ、分かった」


「衝撃波も出ませんし、威嚇するならコレで十分です。元々騎士に見つからずにゾンビを誘因する用に作ってたんです」


「ベル君……前から思ってたけど、時々アレだと思う」


 ルカが半笑いで呟く。


「?」


「こほん。とにかく、追い込みが終了するまでの数十分で現地に到着予定だ。到着次第、全員が配置に付いて欲しい。ルカ、カズマ両名は騎士ベルディクトの命があるまで待機。善導騎士団の二人は区画の概況を上空から送って欲しい」


「「はい!!」」


 悠音と明日輝が頷く。


「では、行こう。対魔騎師隊出撃だ」


『八木さん。神谷さん。一般部隊の人達と共によろしくお願いします』


「「了解」」


 少年の声が艦内に響き、二人の声が同時に返った。

 こうして東京の治安を回復するべく。

 一斉摘発の幕が上がる。


―――08:04。


 第1から第4までの区画で一斉に威嚇が始まって50分。


 低位の変異者、覚醒者の多くが次々潮が引くように廃墟となった東京、千葉、神奈川の地域の一地域へと終結しつつあった。


 その数、1区画で7000人強。


 一体、あの爆炎は政府の秘密兵器か何かかと多くの者達が身の危険を感じて何とか逃げ延びていたが、その中でも臆病な者や完全に戦意を喪失した者などは完全武装の明らかに普通の自衛隊や警察とは一線を画した装備に身を包む者達が群れを成して小銃と盾を付けて進軍してくる様に自暴自棄になるやら、諦観の末に自殺しようとするやら、失禁して気絶する者まであった。


 このような出来事からちらほらと脱落者が全体で30000名程。


 どの区画でも一定数出ていたが、それでもまだ5000人以上は公権力などクソくらえと言わんばかりに怪気炎を上げていた。


 残った警察も自衛隊も何のそのという猛者も自分達が追い詰められつつある事に焦燥を隠せずに八つ当たりするやら殺し合いを始めるやら。


 彼らは自身が思っていた以上に臆病だったようで、言う程に化け物には成れていない脆弱さを露呈させてしまっている。


『クソゥ!? サツの連中!! オレ達を殺す気だ!!?』


『アニキィ!? あんなのに勝てるんすか!?』


『組織の連中は何処だ!?』

『オイ!? 反撃する連中はいねぇのかよ!?』

『クソがぁ!? 嵌められた!!?』

『SNSはどうだ!?』


『日本政府がオレ達の鎮圧に新兵器を投入するって言ってる!?』


『隠れるとこは無ぇのか!?』

『地下!! 地下に逃げればッ!!』

『ダメだぁ!? 地下鉄も崩されてる!!!』


『自衛隊と警察のクソ共!? ぶっ殺してやらぁ!?』


『どっちに逃げればいいんだよ!? まだ、オレは殺し足りてねぇぞ!!』


『ひひひひ、此処に来る連中を殺せばいいじゃねぇかよ』


 何千人いようとも彼らは犯罪のプロという程にプロでもなければ、人間を止めて間もない単なる化け物の集まりにしか過ぎなかった。


 一般人や自衛隊警察相手に無双して戦い、何人か殺して戦勝気分に浸っていたが、それは麻薬よりも性質が悪い《《勘違い》》というものだ。


 結局のところ軍隊や警察という組織の力の前として団結する事も出来ない彼らに勝ち目など万に一つも無かった。


 人類の強さとは集団の強さであり、科学の発展による無慈悲な戦争の歴史を見れば、彼らを殺すだけなら、毒ガスだの、ウィルス兵器だの、劣化ウラン弾だの、何だって考えられてしかるべきだろう。


 ABC兵器類が相手を根絶させる程に効くならば、人類がゾンビに苦戦する事も無かったのだから。


 それが使われなかったのは其処が日本という国家であったという事が最も大きい。


 制約を己の犯罪で壊しつつある彼らがどのような方法でか殺されるのは例え善導騎士団がいなかったとしても、そう遠くない未来いつかは現実になっていただろう。


 そして、そもそものところ……本当に人間を止めて力を得た強者の類はそういった組織云々の情報に踊らされるどころか。


 逆に人社会に潜伏する道を選ぶのが大半であり、決して群れの力に頼ろうとはしなかったし、そもそも馬鹿な犯罪を犯そうという者も殆どいなかった。


 有象無象。


 それこそが区画に集った彼らのアイコンであり、それを集約して包囲した時点で殆ど勝敗は決していたと言える。


「あっら~~朝から牛さんにカマキリさんにムカデ? ああ、鳥に獣に悪魔と選り取り見取りじゃない。うふふ~~~(´ω`*)」


『?!』


 とある区画の中心地。

 ようやく自衛隊と警察の前進が停止した後。


 今は1000人近くの者達があーでもないこーでもないとやっている最中、何処からか現れ、降り立った30代の女―――片世依子が警察に借りた古びれた拡声器の音量をキュコキュコと最大にして未だ幸せそうな顔で声を優しく響かせた。


『元気ですか~~化け物の皆さ~ん』


 一瞬だけ、彼女に対応しようと己の武器となる肉体の一部や自衛隊や警察から奪った重火器を向けようとした者達の頭がパァンと何か風船でも割ったかのような音を立てて弾けて、周辺一面が紅のシャワーに染まっていく。


『へ………? あ、あに、き?』


 その中心で何ら顔色を変えない女がへらへらした声で雨の中、声を更に響かせた。


『えぇ~~っと、今から皆さんの中で人を殺して反省してない奴とか、人をこれからも殺したい奴とか、人をこれからも殺戮して生きようとする奴とか、化け物になった奴を殺しちゃいまーす』


 周囲がネチャリと赤く染まっているのに女は至極楽しそうだ。


『あ、ちなみに殺さなくて良いって言われてる人に付いては殺意及び危害を加える意図があると見なされた時点で攻撃して良い事になってまーす』


 まるでホンワカしている女の声が耳に入った者は殆どいなかった。


 だが、女がニッコリ笑顔でスキップしそうな様子で廃墟となったビルの瓦礫の上をヒョイヒョイ歩いてくる。


 まるで隙だらけに見えたが、彼らが反撃という選択をする前に殲滅対象となっている者達が彼女の周りで十数人。


 一瞬で頭が爆ぜて、また紅い雨になって倒れ伏していく。


『悪い子はいねがぁ~~♪ 罪が重くない人は無抵抗なら生きて此処から出られますよ~うふふ(*´ω`)』


 また、お茶目な様子の女の顔に何か不気味の谷のような不自然さを感じた者達の背筋が本当の意味で凍った。


 次から次へと雨が降る。

 逃げ出そうとした者は多数。

 だが、立ち向かおうとした者も多数。


 そして、その片方の多数は瞬時にただの雨になって倒れ伏していく。


 身も心も人間を食い物にする化け物となった者達の大半は死の間際に思う。


『ああ、コレより自分はマシだったよなぁ』と。


 意識が次々に弾けて消える世界に赤い雨が濁流となって降り注いで湯気の上がる水溜まりを量産していく。


―――数分後。


『う゛ぁああ゛ぁ゛あぁ゛あ゛あぁあ゛あ゛ぁあ゛あ゛あぁ―――』


『せ、斉射用意!!』


『だずげでぇえぇえ!? ごうざん、ごうざんずるがらぁあ゛ぁ゛あ―――』


『な、何だコイツ!?』


 中央から脱兎の如く逃げて来た者達が次々に陸自、警察の盾に縋り始めた。


『と、取り敢えず、支給された手錠付けとけ!!』


『ぐる゛ッ、ああ゛ぁ゛あ゛あぁ゛あッッ!? あ゛がむらざぎのあぐまぁ゛あああぁ゛―――』


『了解です!! 拘束後、護送車両に入れろぉ!!』


『隊長!! 中心域からコイツみたいに泣きべそ掻いた連中が大量に来ます!!』


『何ぃ!? 一体、中心で何が起ってるんだ!!?』


 涙を零し、失禁しながら制圧部隊に突撃し、盾へ縋りつく者達はもはや本能で知ってしまっていた。


 世の中には決して逆らったり、敵に回してはいけない《《人間》》がいるのだと。


 そして、そんな奴は少なくとも化け物よりも余程に怖いものなのだと。


 大きく目が零れそうなほど剥き出しにして、助けてくれと絶叫、懇願する者達が次々部隊に押し寄せ始めた。


 部隊の中で双眼鏡を使っていた者達の大半は途中から見るのを止めたが、自衛官や警察の一部……まだ理性を保ちながらも怪物を怪物として仲間に引き入れられた事を幸運に思う上層部の一部はこう呟くしかなかった。


 彼女が我々の仲間で本当に良かった、と。

 ちなみに彼女は重火器の1つも使っていない。


 ただ、この間のタイトルマッチで相手が使っていた技。


 適当な大きさの物体を急激に加速して相手の急所を的確な強さでブチ抜く、沙漠の爆呪ことクローディオの技を盗んで試していただけだ。


 こいつ相手なら使って構わんだろとゲッソリした褐色エルフが一応は急所を外してスーツに直撃させようとしたソレは彼女にとっては片手でちゃんと止める必要に駆られる攻撃であったが、要は単なる投擲と指弾に過ぎない。


 だが、技を盗んだ彼女にしてみれば、強さの加減が今一まだ上手く出来ず。


 頭を爆ぜさせて《《苦しまずに即死させてあげる技》》でしかなかった。


「アレ? もう歯応えありそうな子はいないみたい。ぅ~ん、終わったら他のとこに応援行こうかしら」


 呟く女は次々に巨体や完全に人間を止めた化け物達。


 魔力を用いて肉体を強化する存在を単なる魔力を込めた指で物体を弾くだけの指弾で破壊しながら、拡声器片手に変異犯罪者達に警告して回り続けた。


 後にその日を生き延びた多くの者達は改心するか、精神病院で廃人のように過ごす事となる。


 口を揃える彼らは言う。


 悪事を働いて、あの声が聞こえる夜に震えるくらいなら、死んだ方が絶対にマシだ……マシなんだ、と。


―――08:44。


「Z犯。ヒット、ヒット、ヒット、ヒット、ヒット―――」


 クローディオ・アンザラエル。


 今正に遠いところで己の技によって変異者達の大半がトラウマを受けると同時に廃人になっているとは露知らず……自衛隊と警察に駆り立てられた相手を彼はビルの上から狙撃し続けていた。


 殲滅対象の顔は脳裏に入っているし、その誤認もベルのバイザーへ入力した情報によって防止されている為、彼が頭を次から次へと撃ち抜いているのは正真正銘の殺人鬼ばかりだ。


 1秒に2人ペースで彼の狙撃は続行されているが、彼の対物ライフルは静かなもので基本的に弾丸が秒速9kmで射出されるというオカシなDCディミスリル・クリスタル製であった。


 頭部がそもそも瞬時に弾け消える為、何処から撃たれているのか、なんて誰も分からない。


 ついでに頭部を貫通後の弾丸が地面で威力の大半を爆裂させる為、多くの変異者達は動く事すら儘ならない。


 最初から区画は廃墟にしていたし、隠れる場所など存在しない。


 正に狩場であった。


 昔は一発撃つ毎に移動してたっけなと思いつつ、彼は1分で120人という人数を圧倒的な速さで処理していく。


 今現在、彼がいるのは区画が丸見えになる4km先の高層ビルの上だ。


 音も出なければ、マズル・フラッシュも無い対物ライフルが大抵の生物には回避不能の一撃を見舞っていく以上、何も相手に出来る事は無い。


 折り曲げられ、取り払われた手摺の中央で片膝立ち。


 ライフルを握る姿は精密無比のドローンかという程にビル風の中でも鉄筋の如く微動だにしない。


 穏やかな日差しの中。


 彼のスコープ越しの標的は紅く染まっていくが、彼のスコープはソレをほんの僅かにしか映さない。


 逃げようにも彼らは檻の中のネズミにしか過ぎず。


『オレの身体は絶対に貫通出来パ―――』

『能力をッッ、全開にすれパ―――』


『イヤダイヤダイヤダイヤダッッ、死にたくない死にたくない死にたくない?!!』


『ふ、伏せりゃ、こんなの当たパ―――』

『殺させろよぉ!? 何でオレに楽しく殺させパ―――』


『オレは王だぞ!! 最強なんだぞ!? サツもジエータイもこパ―――』


 どれだけ魔力があろうとも、それをまともに運用出来る程の実力者は存在せず。


 魔力で身体を覆って最強の防御等と息巻いている可哀そうな者達が頭部から肩くらいまでを血の染みにしたのは当然である。


 魔力とは運用しなければ、単なるエネルギーの一種に過ぎない。


 通常の物理量とは違って、励起、転化という工程を経て物理的な力にする必要に駆られる事が殆どであり、それ単体で有用なものは少ない。


 故に悪魔染みた姿の者も他の動物染みた身体に変異した者も等しく自分が殺した人間達と同様、訳も分からず意識を刈られていく。


 頭部を空気に混ぜ込みながら散っていく彼らには文字通りの意味で頭が、想像力が足りなかった。


 自分の引き起こした事件に対して結果が如何にあるべきか。


 それは憲法停止下の現状、一つしかない。


「Z犯終了。引き続きA犯の処理に移る」


 殲滅対象として最優先とされた者のリストが全て消化された事をバイザーの表示で確認。


 続いてA犯……純粋に刑事罰で死刑相当と日本政府側から言われた者達が再びライフルの餌食となって頭部を弾け散らせていく。


『こんなの嘘だ!! 悪い夢なんだッ!! 夢なんパ―――』


『ひぃいぃぃいぃ?!! オレはまだ殺すんパ―――』


『人間なんか超越してるんですよ僕はぁッ、死ぬわけパ―――』


『止めろぉおおおおお!? オレはまだ3人しか殺しパ―――』


『殺す殺す殺す殺す殺すッ、出てこパ―――』


『人間食っただけじゃねぇかぁああ!!? 何でそんな事で殺パ―――』


 区画内は阿鼻叫喚だ。


 爆ぜ散る瞬間の頭部が肉と内部のものを波打たせてパッと音をさせる事から、ポップコーンが弾けているようにも聞こえる。


 爆裂する地面からの衝撃で転がされた者達はただ怯えて死の洗礼が過ぎ去るのを待つしかやる事など無かった。


「A犯。ヒット、ヒット、ヒット、ヒット、ヒット、ヒット―――」


 クローディオは冷静だ。


 それどころかライフルのロングマガジンの交換が面倒だなと片隅で考えてしまうくらいに絶好調だ。


 先日のタイトルマッチで敗北した彼はまた己をこの数日鍛え直していた。


 その成果は集中力が切れる事なく続いている事からも明らかである。


 顔を俯けようが、身体で隠そうが、ベルお手製のバイザーの認証機能は魔導の認証方式、登録機能を改変して作られている。


 肉体全体の体付きや衣服も全てインプットされている為、術式は正確に当人を割り出し続ける。


―――数十分後。


 その区画にはただ何も出来ず、何もやれず、何一つ自己主張など出来ない生きた肉の塊が、背中を震えさせて丸々とした芋虫のように量産された。


 彼らが罪を償えるようになるのは随分と後になるだろう。


 誰もが建造物や部屋の中から出たがらなくなったのだから。


 大量のトラウマ込み込みとなった引きこもり変異者達はその後、全員が確保され、涙と糞尿を垂れ流しながら、芋虫のまま、ドナドナと護送車で運ばれていく事となるが、今はまだ動く肉塊にしか過ぎなかった。


 囲んでいた陸自と警察の部隊は知るだろう。


 世の中には知らなくてよい事が幾らでも存在する事を。


 大量殺人や胸糞悪い殺人現場を見る事ならあるかもしれない彼らとて、ソレは一度とて見た事が無い光景に違いなかった。


 逃げる事も出来ず。


 見えざる神の罰に怯える子羊のように全てを諦めた死人同前の顔。


 それは少なからず罪人を生きた屍(ゾンビ)と呼べるような何かとして量産する大いなる射手の御技だった。


―――09:02。


 ようやく近頃、ウィルス性の病魔から回復しつつある善導騎士団副団長ガウェイン・プランジェがその戦闘指揮を執るという事を知った時、多くの善導騎士団の騎士達は驚いたが、団長就任が噂されているフィクシー・サンクレットの経歴に傷を付けず、彼女を団の旗頭に据えるまで人の血は付けさせないという思惑は理解出来た為、最終的には納得された。


 未だ北米シスコにいる彼だが、ベルの魔導によるリアルタイム通信で作戦指揮を執る為、問題は無い。


 東京本部に詰める事になっていた十数人の騎士達を制圧戦力として、日本人の隷下部隊を包囲戦力としての作戦決行は彼にしてみれば、騎士団が今までやってきた事の上にある一作戦にしか過ぎない。


 だが、隷下部隊にしてみれば、自分達の上に立つクローディオやヒューリア、その上のフィクシーも出て来ないのに更に上の人が何か病院から連絡してきた、くらいの認識でしかなかった。


 朝方の空気も温まって来た区画周囲はもう完全に夏の日差しを取り戻している。


 だが、逆に虚空へ現れた痩せぎす嫌味マンと団内でも言われる男の顔は凍て付いた北極や南極の環境よりも確実に厳しそうだと多くの者達は思った。


 病魔に襲われても何とか生きているのは彼が魔導や魔術でウィルスによる症状を緩和していたからに他ならない。


 その人相は確実に彼が健康時よりも2倍は悪かった。


『これより最終目標までの手順を再確認する』


 先日のビル群が降った廃墟区画の一歩手前。


 もう包囲は完了している者達にリアルタイムで聞こえる声と映像。


 まるで歴戦の勇士の如く戦い続けた者だけが持つだろう気迫。


 それだけは伝わってくる画面上から垂れ流されたのは極めて形式張った内容であり、警察や自衛隊の部隊が何とか理解出来るような堅苦しい『事務手続きかよ』と呟きたくなる言葉の数々。


 役人染みて全てを伝え終わった男はしかし役人とはまた違って一切相手に慇懃無礼である事もなく。


 淡々と今後起こるだろうほぼ確実な事実の確認のみで時間を消費していく。


『最後に……隷下部隊となる者達にはこの作戦従事後、略式ではあるが、騎士団への貢献を以て我が名において勲一等を授ける事になった。本来は騎士団長が行うべきところだが、謹んで代行させて頂く。叙勲後、君達にはシスコ及びロスへの自由渡航許可が出される。詳しくは総務に確認して欲しい。以上だ』


 プチンと呆気なく映像が途切れて消える。


 後は善導騎士団の制圧戦力との双方向通信を行い。


 間接的に指示するとの事で隷下部隊の面々は首を傾げていた。


『自由渡航許可?』

『要は北米に旅行へ行けるんだな。うん』


『ああ、そういや住民募ってるらしいし、あっちに来て欲しいんじゃない?』


『人生設計狂いそうだし、それもいいかもねぇ。ただ、あっちはゾンビだらけらしいけど』


『でも、日本も危うくなって来たし、変異覚醒者への風当たり次第じゃ、こっちだってどうなるか分からないわよ?』


『う~ん。日本で住み難くなったら、あっちで暮らすのもありか』


 ざわつく隷下部隊の面々とて日本国内で言われている《《怪異》》が今後どのような扱いを受けるのか分かっていた。


 それと同じような能力や外見を得つつある彼らが安心して働けたり、生活出来ているのは一重に善導騎士団が彼らを囲い込んで保護しているからだ。


 一般人に戻っても、能力が封印されても、魔力や能力に目覚めた者を放逐しろという世論に傾かないとも限らないし、更に法規制で堅苦しい話になる可能性も捨て切れない。


 そうなれば、生まれた祖国を離れて北米で暮らすというのもあながち選択肢として排除出来ないものであろうことは多くの部隊員にとって理解の範疇であった。


 隷下部隊の多くが将来への不安と期待。


 二つによって考えさせられている合間にも本来ならば、現場指揮者であってもおかしくないはずのフィクシーは歯痒く思いながら、空から全てを見下ろしていた。


 未だ実権がガウェインにある事がこのようなところで自分のやるべき事を阻害するとは思わず……隷下部隊を見下ろす。


 高空で不可視化の結界を張りつつ、待機するだけの状況。


 内心を反映し、僅か複雑な表情を浮かべた彼女は黙考する。


(もしもとなれば、出ねばなるまい。ベルとクローディオ、副団長が私の手を綺麗なままにしておきたいと言うのは分かる。だが、私は……)


 魔術結社のお飾りではない事を証明する為、大魔術師という称号に恥じぬだけの功績を積まねばと努力してきた。


 その中には汚名になったとしても構わないという覚悟があった。


 しかし、今の少女だからこそ分かる事もある。


 己が期待されている役目を演じようとすれば、する程に彼女は今までの泥臭い下積みが嘘のように彼女に対して周囲が求めるモノは変化していくのだ。


(大陸中央でも禁忌の1つとはいえ、それでも大陸地方ならば、人命が安いというのは事実だ。私もまたそういった場所で戦えるよう努力と経験を積んで来た。だが、この導く者が必要とされる盤面で騎士団の生存を優先するならば、私には死ぬ事も手を血で穢す事も許されないのか。それが戦いだと言うのなら、私は何処までそうであるべきなのか……)


 彼女が現実に己が進む先に思案する事は多くない。


 部屋の片隅で椅子に座って空を見上げるくらいの時間程度だ。


 だが、その間にも彼女の先へと善導騎士団の制圧部隊が十数名。


 ベル特製の深い蒼の全身鎧(フルプレート)姿で動魔術を全開。


 区画の中央にビル屋上から高速ですっ飛んでいく。


 その姿が変異者達の瞳に映ったのは中央集団の300名近い殲滅対象が視線誘導弾による掃射によって頭部を次々に爆ぜさせた時だ。


 瞬時に対応して見せた者もいたにはいた。


 が、それよりも何よりも防御力と攻撃力が圧倒的に違う。


 どれだけ力があろうと覚醒して初心者マークの殲滅対象相手に負ける程、教導隊は甘くない。


『し、死ねぇえええええええええ!!?』

『墜ちろ墜ちろぉおおおおお!!!』

『く、来るなぁあああああああ?!!』


 空に飛ばされた魔力、肉体の一部を用いた射撃武器、熱量や念動力のような特定座標の空間内にエネルギーを発生させたり、相手を溶かす酸や病原菌やウィルスを用いた攻撃まで本当に多種多用な力が発射された。


 が、魔術師としてのスキルを兵器使用に特化し、確実に敵の弱点を狙える射撃武器を前にしてはまず何よりも射程の時点で負けている。


 射程が届いたとしても装甲が抜けない。


 エネルギーの直接空間投射型の能力者でさえ、その速度を捉え切れない。


 彼らは人間を超えているかもしれないが、精々が人間を超えている程度でしかない。


 超人と大陸で呼ばれる者達からすれば、赤子以下。


 そして、今時生き残っている大抵の騎士団の構成員など……大陸ですら超人に及ばない戦に行く者という意味での戦者(せんじゃ)が精々。


 しかし、少なくとも、大陸なら《《一般人》》であろう化け物達に負けるような者は一人とて無かった。


 それを覆す為の数を効率的に使えるわけでもなく。


 彼らの兵站担当者が研究開発し、常に最新バージョンがお届けされる鎧を突破出来るような能力を持っている者はほぼ存在せず。


―――決着はもう付いていた。


 あらゆる攻撃の集中が彼らを追うが、それを受け切り、中央部に到達。


 こんなのを相手にして今から強く成れるとか。

 この場で経験を積めば、勝てるようになるとか。

 そんな可能性は0に限りなく近い。


 相手は何をされたかは分かっても、どうしてそうなったのかが分からない。


 銃弾が降って来て、自分の頭部にめり込む感触を楽しみながら、対処して生き残れるような稀有な人材は有象無象の中にはいなかった、という事である。


『ヒッ!?』


『そ、空から!? クソォ!!? 応戦し―――』


 誰が言うまでもなく攻撃態勢を取ろうとした者達が次々に視線誘導弾の有視界射撃によるピンポイントな頭部破壊を前にどうにもならず、砕けていく。


『―――ッ?!』


 重量級の鎧が時速300km近い速度で地面にぶつかった、というのに音はただ靴のように軽く瓦礫を擦るのみ。


 ライジング・ウルフズの紋章だけが多くの死者と生者の脳裏に刻み込まれた。


 標準装備となる両肩の盾もなく。


 外套を纏った騎士達は絵物語に出て来そうなくらいにカラフルだが、その真下はただの紅の湖であり、その威容の前に誰もが続けて攻撃する事を忘れていた。


『これより制圧任務に移行する。殲滅開始』


 副団長の無慈悲な即時発砲許可が出た。


『ギャァアアアァアアアアアア?!!?』

『ガ、グゲッ?!!?』

『ゴッ―――』


 綺麗に円陣を組み。


 互いに背を向けた者達は外套をはためかせ、両手のサブマシンガンを突き出す。


 その磨き上げられた鎧の面に浮かぶのは己の死顔。

 それを最後まで見ていられた怪異はいなかった。


 掃射、掃射、掃射。


 まるで糸の切れた人形の如く次々に殲滅対象達が猛烈な銃火と激音の中で命を途切れさせていく。


『ヒッ?!!』


 沈黙をばら撒く死神が放射状に走り出して射程内に捉えた者達を撃ち抜いて行動不能に導いた。


 十数人がフルオート一斉射。


 となれば、ロングマガジン×2挺で相当な弾数である。


『弾丸なんぞオレには効かねぇッッ!!! 効か―――え?』


 銃弾が効かないという程度の怪異もいるにはいたが、その利かない銃弾が効くようになるまで同じ個所に弾丸を集弾して撃ち抜けばいいという極々単純で理不尽極まりない状況に陥って死ぬだけだった。


 物理的に弾丸が効かないというレベルの怪異はその場に存在せず。


 余った弾はZ犯、A犯以外の更生の余地有りと見なされた者達の大きな血管を逸らしての関節や脚部への攻撃や変異して他者を傷付ける部位の完全破壊になり。


『ガァアアアアアアアアアアアア?!!!?』

『ギィイィイィイィイイイイ?!!?』

『ゲ、ゴッ、グゴプッッッコポ―――』


 血反吐を吐くという者はいなかったが、吐瀉物で喉を詰まらせそうになった者がソレを垂れ流しながら激痛に白目を剥いて、吐きながら死んだ方がマシだろう痛覚の限界を試される。


 何よりも彼らにとって残酷だったのはZとA以外の怪異の全てに《《最低限の再生を促す治癒術式》》が広範囲に渡って鎧から拡散放射された事だろう。


 その転化光は薄緑色の燐光を含む風。

 ソレが周囲で大量の怪異達を癒した。


 脚が千切れようが、腕がもげようが、怪異としての機能を奪うのみで後は破壊した場所は機能不全のまま半端に再生されるのだ。


 これでは高度な再生能力を持つ者とて一溜りも無かった。


 もう再生していては再生出来ないのだ。

 再び己で傷付けて破壊せぬ限りは……。


 強制的な治癒によって銃弾の地獄の苦しみが低減したのはいい。


 だが、痛みが終わりなく永続的に襲って来るとすれば、耐えられる者はいまい。


 そんな無間地獄にご案内されてはさしもの怪異達も心が折れた。


 区画中央から700m圏内。


 絶叫と悲鳴と物言わぬ肉の塊になった者達のみが残る。


 その状況を見てしまった多くの残り4000名程の怪異達が中央から放射状に二挺のサブマシンガンを構えながら迫って来る敵を前にガクガクと足を震わせ、中には自棄になって突撃する者もいた。


 しかし、その走り出した刹那に決着は付いており、それを見ていた者達は己という化け物の儚さにペタンと尻餅を付く。


 人間と何も変わらない。


 そう……人間以上になった気でいた彼らには己が痛みも感じれば、絶望もするという事実が見えていなかったのである。


 怪気炎を上げていた者も今は単なる呻くオブジェであった。


 数百名が股間から水音を垂れ流しつつ放心。


『ぁあぁ………』

『神様神様カミサマかみさま―――』

『オ、オレの脚がぁああぁあ!!?』

『う、腕ぇ!? オレの腕ぇええぇ!!?』


 絶望と諦観に囚われなかった最後の気力で逃げ出そうとした者達もいたが、警察、陸自、隷下部隊の威嚇一斉射、大規模な爆炎を前にして頓挫。


 無機質な蒼き鎧に何か出来る事もなく。


 ただ、己の肉体の一部を撃ち抜かれて、再生され、あまりの激痛に絶命するのかという無常を感じ入るのみに留まった。


 それからの10分間、蒼き鎧の騎士達が一度も剣を抜く事態は無く。


 路にはただただ悲劇と呼ばれぬ死が転がる。

 呆気ない幕切れ。


 されど、善導騎士団の威容を前に隷下部隊の者達は誰もが思う。


 ああ、騎士団にオレ達が一般人扱いされるわけだ、と。


『何だよぉ。何なんだよぉッ。お前らは何なんだぁあぁあぁ!!?』


 最後に振り返ってヤケクソでただ叫ぶ勇気ある怪異……A犯最後の生き残りを前に騎士団に務めて数年の若手団員は何を言う事もなく最後の一発をパスリと頭部に撃って弾き散らし。


『ご苦労だった。周辺の制圧継続要員を残して後方へ帰投せよ』


 全員の耳元に聞こえる副団長の声に集合地点に向けて再び歩き出した。


―――10:05。


 元々、騎士団のいた大陸には大別し、四つのドクトリンしかなかった。


 戦力の高速集中運用。

 敵分断後の各個包囲殲滅。

 都市籠城からの長期防衛線。


 最後に戦略魔術における敵野戦軍及び都市部守備隊の撃滅。


 新戦術、新兵器、新兵科などの登場はあったが、根本的には陸戦と空戦、凄く偶に海戦をこの4つの何れかに属する派生教義に則って行っていた。


 戦争という魔物が近年は七教会という巨大なパワーを前にして大人しくなってはいたが、数十年程度の話であり、大陸中央ですら接続された地方諸国との対立から派遣軍が出される事はそう珍しいものではなく。


 騎士団は地方の友好国の為にあらゆる戦線を転戦するという事もまた珍しく無かったおかげで大抵の広範な戦闘教義の取得と実戦を求められた。


 そんな世代から3世代程経った今でも騎士団と名が付いた戦闘集団は近現代の常備軍が国家主力となって以降もそれなりの戦闘力を有する。


 騎士団の基礎を学べば、包囲した敵をどのように調理するのかくらいは分かる。


 遠距離射撃で包囲から火力集中なんて誰でも考え付くだろう。


 が、生憎と護るべきモノが多かった騎士団は逆に包囲される側である事も多く。


 故に包囲した敵戦力への降伏勧告や包囲された場合の交渉術、その状態での戦い方もまた受け継がれている。


 入団数日で異世界に飛ばされた少年であったが、物資生産、装備、建築の研究開発の合間にはこういった部分で戦術なども学んでいた。


『クソォ……』


 少年が採用した包囲後の戦術は卑怯を煮詰めたような代物であった。


 しかし、A犯とZ犯を孤立させるには妥当な手でもあっただろう。


 まず彼ら第四集団と言われた怪異達に対して包囲された後、襲い掛かったのは巨大な空飛ぶ鯨の威容であった。


 区画から少し離れた上空300mに浮遊するソレの巨大さに誰もが息を呑み。

 そして、空からパラパラと振って来る大量の魔術具。


 虚空に映像を展開する用の映像投射機の球体が区画内へ大量に落下。


 次々にA犯とZ犯の顔写真と危険の文字が見易い大きさで無数に出力され、この区画内にいるA犯とZ犯がお前らの現状を造る全ての原因だという類のプロパガンダを流した。


 これによって次々に連帯意識など無い者達はA犯とZ犯の傍から次々に離脱。


 それに腹を立てて、相手を殺そうとする者もいたが、そういった者達を鯨の甲板端からしっかり狙撃技能も学んでいたカズマとルカが狙撃。


 十数名程の殲滅対象が沈黙後、彼らは中央へと固まるようにして逃げ出そうとする者達から分離された。


 追おうとすると外縁から狙撃対象になるのだ。

 ならば、中央に集まるしかない。

 だが、区画外縁も包囲が解かれたわけではない。

 包囲戦力の多くが位置を堅持。


 だが、その先から漂ってくる匂いに多くの怪異達は気付いただろう。


 少し遅い朝飯だと言わんばかりに分厚い盾の壁の奥でカップ・ラーメンを啜る音だの熱々の料理の匂いが立ち込め始めたのだから。


 グゥゥと腹を空かせた彼らは包囲戦力に苦い顔をして自分達が腹を空かせている事に気付き、不満を持つ。


 そして、それを一部の警察官などが壁から顔を出して覗いてから何処かに連絡、というあちこちで無線機を片手にする姿が演出され。


 こうして予め大量に用意されていた缶切りが無くても開けられる陰陽自特製の缶詰が外縁部で不満を持っている怪異達の前に空へ展開したリングから大量に投棄。


 警察からは食事をしてから話し合おうと投降勧告が呼び掛けられる。


 これで投降すれば良し。

 投降せぬならば、現状維持。


 が、《《日本の警察》》が差し出して来た缶詰らしきものを前に日本人が殆どである怪異達は《《何かが入っている》》とは疑わず。


 食ってやるかと太々しく長期戦を覚悟してお食事を開始。


 残念ながら、この時点で決着は付いたのだった。

 毒が入っているわけではない。


 しかし、後に彼らは不用意に敵から供された食料を食べてしまった事を死ぬ程後悔する事になる。


 説得工作終了。


 少年は一言も怪異とは口も聞いていなかったが、それで殆どの怪異達は無力化された。


 当人達に自覚は一切無いだろう。


「僕の方は終了しました。この区画内のZ犯とA犯の全顔認証終了。間違いなく全員があの中央の密集した崩れた廃墟街にいます。カズマさん」


「ああ、オレが先行して大戦力を叩き」

「ルカさん」

「残った怪異をボクが叩く」


「はい。お二人のコンビネーションなら、数百人程度は即時殲滅可能です」


「ああ」

「うん」


 二人が頷いた。


「悠音さん。明日輝さん。敵の観測お疲れ様でした。対象区画の周辺30kmの哨戒任務をこなした後、艦内に帰還。再出撃に備えて下さい」


『え? 周囲の上空を不可視モードで飛んでただけなんだけど、もう終わり?』


「はい。お二人にはもしもの時の為に一旦戻って貰います」


『分かりました。悠音、行きますよ』

『あ、待ってお姉様!?』


 悠音と明日輝は区画の上空高度1000mを旋回していただけだ。


 しかし、【痛滅者】から送られてくる情報はちゃんと狙撃に生かされていた。


「あの子達にこんな光景は見せられないものな……」


 カズマが区画内で自分が撃ち殺した元人間達の残骸を遠目に血の染みと見て、目を細める。


「行くよ。カズマ」

「やってやるさ。オレは強くならなきゃならないんだ」


「カズマさん。中央集団への出力は3500℃前後で十分です。ルカさんはカズマさんの降下後、15秒後に落下開始。高熱に耐えた敵を上空からの有視界の視線誘導弾で一掃して下さい」


「「了解」」


「僕はカズマさんの熱量を冷ます冷却術式を練りながら待ってます。殲滅完了後、連絡を」


 三人が頷き合い。


「八木さん!!」


『分かった。魔力転化式のカタパルトを展開。艦船主を敵集団に向ける』


「神谷さん!!」


『周辺監視及び魔力波動に問題無し。何かあったらすぐ知らせる』


「では、第二段階を開始します!!」


『『了解』』


 シエラ・ファウストの甲板中央から船首に掛けて数十枚の方陣が連なり、その起点に移動したカズマとルカが船が向いた先の虚空を見つめる。


「前方異常無し。お先に!!」


『カタパルト内の魔力励起開始。運動エネルギーを流入。加速度は通常の時速250kmだ―――射出!!!』


 カズマの鎧が猛烈な速度で甲板を滑り出し、そのまま船首から飛び出して虚空を駆ける。


 だが、もうその時には彼の周囲には膨大な熱量を封じ込めた熱量弾。


 3m強の火球の群れが大量に引き連れられ。


「喰らいッッ、やがれぇえええええええええええええ!!!!」


 カズマの片手が突き出されると同時に全てが肉体よりも先に高速で中央集団へと迫り、その大きさを二倍、三倍、四倍までも拡大し、直撃した。


 猛烈な炎の柱が十数本。

 白熱して上空70mまでも吹き上がる。

 熱量操作による余剰熱量の上空への退避。


 これを以て彼は爆心地から20m圏内をたった80℃のサウナ状態で維持する。


 その熱気に包囲していた戦力と怪異達は神話の如き炎の乱舞にただ何もかもを忘れて見入った。


 他人を畏怖させるもの。


 人間が最古用いる事で文明を発展させた火という現象。


 それを操るというのがどういう事であるか。

 彼は初めて炎の柱に突入しながら理解する。

 滅びていく怪異達は瞬時に痛みすらなく消え去った。

 だが、その残骸が燃えている。

 視界の中で恨めしそうにカズマは見られているような気がした。


『謝らねぇぜ。オレだったかもしれない犯罪者さんよ……』


 それは己の未来の可能性の1つ。

 今の彼は炎の中から生まれた。

 そうだ……生まれ変わってしまった。

 あの融けた熱量の世界で何も出来なかった時に。

 だが、もうあの頃には戻れない以上。


 あの基地で馬鹿をやっていた頃の自分にはなれない以上。


 例え、自分のような死に様を他者に強要する事になったとしても。


 それでも彼は護る為に命を狩り、強さを求めて炎となる。


 これから、幾らでも彼は同じ事をせねばならない。

 いや、すると決めたのだ。

 自分の仲間達のような事件がもう起きないように。

 それが少年の決意だった。


『がぁぁあぁあああああああ!!?!』

『ごろずううううううううう?!!』

『ジネジネジ―――』


 未だ燃え尽きない怪異達が炎の魔の如く。

 焼かれる痛みに絶叫しながら蠢く。


 酸素など燃焼し尽されているが、魔力波動を生態として音に変換する程度の機能は持ち合わせている生物……怪異の中でも最大の変異を遂げた者達はいる。


 その体躯の巨大さや肉体の逞しさ、外殻の硬度や耐熱能力は未だ肉体の芯までこんがり焼くには現状の温度が足りないと彼に教授した。


『ジネェエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!』


 ようやく彼が爆心地に落下しようとする刹那。


 カズマに向かって腕を突き出す炎に巻かれた何かが、その頭部を炎の中でも形を保つベル特製の弾丸によってバスリと撃ち抜かれ、鼻の中央から大穴を開けられる。


『が、ギ?!』

『ゴっ?!』

『こバっ?!』


 視線誘導弾による3点バースト。

 ソレが次々に炎に巻かれた人型達の頭部を完全無欠に貫徹した。


 後方から追い付いて来ているルカの精密射撃が動魔術の姿勢制御とバイザーによるしっかりとしたマーキングによる視覚補正を貰って、怪異達を一体残らず絶命させたのだ。


「ベル。殲滅完了した。頼む」


『了解です!!』


 カズマの連絡に少年が船首の先から術式を込めた魔力塊。


 蒼く輝いた光の玉を手から放つと。

 ソレが加速、瞬時にカズマがいた地点の傍に直撃。


 ルカが炎の中へ巻き込まれるより先に陣を大規模に地面へ展開。


 瞬時に炎が渦巻いたかと思うと集束し、(ひさご)の如く上空へと延びてから大量の熱量を空へ拡散させるように花開かせた。


 周辺一帯に大量の上昇気流が発生。

 そのせいか。

 積乱雲が瞬時に周囲へ発生していく。

 やがて、雨が降るだろう。


『ご苦労様でした。カズマさん。ルカさん。行ってさっそくで悪いんですが、戻って来て下さい。検挙と護送が完了するまで上空のシエラ・ファウスト号で待機を』


「分かった。つーか、なぁ? ベル……あの残った連中に何食わせてたんだ? アレで素直になるって言ってたが……」


『ああ、簡単に言うと人格拘束用の術式が入ってるんです。あの缶詰』


「何か、聞かなくて良さそうな単語が聞こえた……」


 思い切り胡乱な目になったカズマだが、その耳にはしっかりと少年の解説が聞こえてしまう。


『そんな怖いものじゃありませんよ。犯罪行為が出来なくなる。悪意を以て行動しようとすると身体が麻痺する。ついでに警察、自衛隊、陰陽自の同行要請を断れなくなる。肉体の力や変異者としての能力を封印する術式も一緒です。ちなみにコレを解除しようとする行為及び他者へその症状を訴える事も出来ません』


(絶対、ベルを怒らせないようにしよう。うん。いや、切実に……)


 サラッとやっぱり怖い事を言っている少年のちょっとズレた説明に半笑いになったカズマはルカが付近に着地してやって来るのを見た。


 未だ地面は湯気を上げているが、基本的には融けて冷え固まって来ている。


「ルカ。空に戻って待機命令だってさ」

「分かった。じゃあ、そうしようか」


 そうして、何事もなく彼らは動魔術で再度高空にあるシエラ・ファウスト号へと戻ろうとした。


 だが、ゆっくりと雲が世界を覆い、全てを押し包むように雨を降らせようという時だった。


 地上から跳び去ろうという寸前。


 ザリッと魔導による通信を行っている周囲の全員の耳にノイズが奔る。


「ベル? どうかしたか?」


『い、いえ、このノイズ何処かで―――』


 通信が途切れる、と言うのならば、瞬時に少年は黙示録の四騎士を疑っていただろう。


 だが、ノイズというのは不可解だった。


「………ッ!!?」


 ベルがようやくそのノイズを何処で聞いたのか思い出した。


「皆さんッッ!!! 最優先ですッッ!!! 近辺30kmを直ちに封鎖!!! 【シャウト】が現れた可能性があります!!! 最初期の対処が間に合わなかった場合、日本が滅びますッ!!?」


『騎士ベルディクト!? まさか、北米のゾンビが!?』


『こちら神谷!!! 魔力波動のノイズの出所はこちらの魔力検知用のレーダーだと9km先の郊外の山林になってるぞ!!』


 八木と神谷の声にベルがすぐにルカとカズマを甲板に回収し、そのまま動ける限り最速での急行を指示する。


 既に甲板へと戻って来ていた姉妹達とカズマ、ルカが猛烈な風が甲板を擦り抜けていく中、少年を見やる。


『地点に付いたと同時に周囲3キロ圏内を即時封鎖。封鎖には僕のゴーレムも投入します。全員傾聴して下さい。一度しか言いません』


 全員がその場で少年に瞳を向ける。


『悠音さん!! 明日輝さん!! お二人はただちに再度周囲30km圏内の哨戒任務を。この間、全射撃武装はこちらで遠隔操作します。お二人は指示された場所に最速で向かってバイザーで示されたコースを高速で巡回し続けて下さい』


「「了解!!」」


『カズマさん!! ルカさん!! カズマさんは先程と同じ要領でとにかく敵集団が広がる前に即時殲滅を目指して貰います。ルカさんの役目はカズマさんが逃した敵個体の即時掃討とします』


「分かった」

「了解」


『先程と同じ要領で頼みますが、敵の増殖速度が早い場合は周囲を封鎖し、カズマさんによる大規模な熱量の開放による区画内の完全焼却となります』


「―――それって」


 カズマがゴクリと唾を呑み込む。


『この場合、区画内の民間人の避難が間に合わなければ、犠牲者が出る可能性が高いです。今、確認しましたが、発生地点は住宅街が傍にあります。相手が逃げ込んで増殖する前に叩かなければなりません。幸い、警察と陸自の予備部隊が周辺に展開していた為、包囲と避難が始まっています』


 全員のバイザーに先行した鳥型ゴーレムからの映像が共有された。


 その中では周囲に山林がある住宅街の近く。

 雑木林の中にウゾウゾと蠢くモノが大量に見えていた。


「ひ?!」


 それが大量の髪の毛と黒い瞳だと気付いた悠音がゾワッと鳥肌を立てた。


『ゴーレムで今、囲みました。結界固定まで3秒……隔離成功……結界が内部で溢れる【シャウト】の物量によって崩壊する前に決着を付けます!!』


 パキンと彼ら全員の視界内で他のゴーレムが上空から見た半透明の結界が見えた。


『結界を抜ける式を皆さんの装甲に送信しました。現着を以て行動開始です!!!』


 9km先はすぐ目と鼻の先。


「お姉様。先に行くわ!!」

「はい。すぐに!!」


 姉妹が次々に甲板の方陣を用いたカタパルトから射出され、バイザーに表示されるマーカーに従って少年が示す巡回ルート上を高速で飛行し始める。


 一匹も逃さない為には地表の観測データが必要だ。


 そして、同時に観測したデータを元にした精密射撃は今の【痛滅者】には可能だった。


 元々が黙示録の四騎士との航空戦闘及び地表のゾンビ掃討に威力を発揮するよう造られたものであり、大雑把に言ってしまえば、複雑化したとはいえ、それでも少年のゴーレムやビーコンの複合物と見なす事も出来る。


 少女達が未熟な内は少年が出来ないところをサポートし、遠隔操縦するというのもそう離れてさえいなければ可能な事であり、日本全体を巻き込むかもしれない【シャウト】の流出は絶対に阻止せねばならない以上、全部任せるというような甘い事は言っていられない。


 それを理解した少女達は不満こそ無かったが、早く一人前にならねばと胸の思いを今は閉まって必死に装甲を操って飛んでいく。


「見えたな……結界の中に突っ込む。ルカ、逃げ出すのがいたら、もういっちょ頼むぜ!!」


「後ろは任せて」

「ああ、行って来る!!」


 カタパルトから瞬時に飛び出したカズマは背後の装甲付近から熱量を放出して無理やりに自身を加速。


 そのまま砲弾と化して結界をスリ抜けた刹那。


 己の鎧に張り付く髪の毛と絶叫を響かせるゾンビの塊というよりは肉の壁の中で周囲に自身の装甲から外に放つイメージで熱量を瞬時に8000℃まで放出する。


 融けるですらない蒸発。


 瞬時に固体が気体へと昇華して結界が一瞬、ビギリッと罅を入れてすぐに慌てた少年の再固定で罅そのものが掻き消えた。


 半球状の結界内は完全に灼熱地獄。

 否、単なる光にしか見えない。


 朝が終わろうという時間帯ではあったが、秋へと差し掛かろうという時期に真夏の太陽が地表に顕現したような輝きで一瞬、雑木林が遮断し切れなかった熱量によって上気を上げる蒸し焼き状態へと陥っていく。


 雨水が刹那で大気へと水分を昇らせた後。


 乾いていく樹々はパキパキと急激な樹皮の収縮と熱量によって変形しながら折れ曲がって、瞬間200℃を超えた熱波によって黒ずんでいく。


 燃えるかどうかの瀬戸際。


 光がゆっくりと収まった後。


 結界内に飛び込むか否か見極めていたルカが溶鉱炉と化した雑木林一帯にいきなり水が湧き出したのを確認して驚いた。


「ベル君が?」


「今のところ……ノイズは治まりました。ですが、警戒して下さい。1体でも逃れていた場合、何処かで即座に増殖して倍々に増えていきます」


「う、うん」


 カズマの姿が見えたのは誰の目にもまるで海獣が溶岩の中から出て来るようなシーンと見えたに違いなかった。


 ザブリと蕩けた大地の紅い輝きの中から出て来た少年の装甲は外側にも固まりつつある珪素を滴らせながらもクロールでどうやら深いらしい灼熱地獄を泳ぎ始めた。


「……溶岩を人類で初めてクロールした男、か」


 頼もしさだけなら、正しく英雄と呼んだっていいだろう。


 ルカが僅かに口元を緩める。

 カズマが結界の境界へと差し掛かろうとした時だった。


―――『こちら陸上自衛隊!!! 善導騎士団各位へ!!! 関東圏に女性同型のゾンビ多数!! 新宿、練馬、麻布、文京、神田……他にも多数の目撃報告有り!!!』


「―――コレは……」


 さすがにベルが送られて来た電波での通信に顔を強張らせる。


「まさか、此処だけじゃなく。あちこちで!?」


 ルカが自分達が壊滅させたのは群れの1つでしかないのだと気付いて歯噛みした。


「善導騎士団本部に伝達。タダチに現場へ急行し、視線誘導弾での対処を開始して下さい。陰陽自衛隊の各部隊に伝令。今から東京及び関東圏を全方位からのローラー作戦で地域を制圧していく事になります。敵は全て駆逐するまで増え続けます!!」


 最悪の事態にも少年は的確に対応し、応答して見せた。


「陸自及び警察にも応援要請。関東圏の包囲とローラー作戦に加わって下さい!! この件に関して日本政府から善導騎士団へ全ての権限が一任されています!! 今から全部隊及び警察に装備を支給します』


 その言葉通り、ゴーレム・ネットワークによって関東各地で警戒態勢に当たっていた者達の周囲には個人用らしきスーツや装甲や装備がすぐそばの地表に展開されたリングから湧き出していく。


『その場で着替え、ただちに陰陽自と善導騎士団の指揮下へと入って下さい。敵を見付けたら、とにかく隔離して陰陽自と善導騎士団の隊員へ連絡を!! 時間との勝負です!!」


 次々に応答する声を捌き、的確に指揮系統を組み立て、現場の部隊を再編し、関東圏全域に張り巡らした通常は待機モードにしているゴーレム達を緊急起動させた少年は入って来る情報を元にしてまだゾンビで汚染されていない区画と汚染されている区画をリアルタイムで表示。


 その情報を善導騎士団及び陰陽自、更に陸自と警察の部隊に支給していたバイザーにも送信。


 全部隊に一括して共有させ、誰が何処にいるのかまでも完全に把握させた。


 日本政府及び自治体の役所に連絡。


 汚染区域から国民を避難させるのは不可能という事で戦場になる汚染地域と周辺地域はすぐにシェルターへ退避、それ以外の地域でも屋内への退避勧告を発令させる。


「ヒューリさん、ハルティーナさん、フィー隊長。最悪の事態です。《《予定通り》》、全隊員を率いて市街地のゾンビ制圧に向かって下さい。ポケットへの全接続を完了しました。今後、皆さんの部隊が《《弾切れで困る事はありません》》」


 シエラ・ファウスト号の上でその声を聞いたルカはこのような状況に対処する事を始めから想定していたという言葉に驚きつつも、ハルティーナがいなかった事に合点した。


 あのカズマが仲間達と邂逅した時もまた逸早く彼女が対応したからこそ、迅速にゾンビ達を駆逐出来たのだ。


 敵に見せない戦力として温存し、もしもの時に備えていたとすれば、それだけで相手もまた出方を伺う必要に迫られる為、心理的にも圧迫する事になるだろう。


『ベルさんが想定してた通り、本当にこうなっちゃっいましたね。必ず、ゾンビは駆逐してきます。お仕事が終わったら、後で一緒にご飯食べましょう』


『一緒に、では困るな。全員で、だろう? ヒューリ』


『そ、そうですね……そうします……日本に来てからお仕事現場の人に習ったお料理の腕も見せちゃいますよ!!』


『ぬ? ならば、こちらは最高の食材や調味料を手に入れて来よう。伝手は広がったからな。ベルが知らない食材などもあるだろう』


『や、やりますね。フィー』

『近頃、成長したようだな。お互い』


『『ふふふ』』


「あの~出撃を……」


 少年の声に2人が慌てた。


『そうだったな。では、善導騎士団。高速装甲騎兵隊出撃!!!』


『善導騎士団。機動装甲装輪隊出撃します!!!』


 二人の通信がバイザーからの個別通信に切り替わる。


『ベル様、準備整いました。陰陽自衛隊。遊撃転移隊いつでも初動対応に出撃可能です!!』


 ハルティーナの声にベルが思わず頷いていた。


「お願いします。今回は15か所ですが、全員の無事を信じてます」


『はい!! 任せて下さい!! 座標算出―――転移実行ッッ!!』


 少年は重要拠点の各地から出撃していく少女達のいる方角に向けて即座に敬礼。


 その後、カズマを回収し、最も近い敵の湧き出した地点への急行を急いだ。


 彼らに先行する三つの部隊。

 その咆哮は確かに日本を震撼させる事になるだろう。

 自分達が初めてお伽噺の世界へと。


 物語の中に脚を踏み入れていた事を国民は報道を通して知る事となる。


 都市が化け物に呑み込まれるタイムリミットは確かに迫って来ていた。


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