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ごパン戦争  作者: TAITAN
統合世界-The end of Death-
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第84話「火、二片」

「よろしいですか? カズマさん。ルカさん」

「ああ、よろしく頼む」

「お願いします。ルカ君」

「ベル様。安治さんが着ました」


 昼時になった病院の玄関口。


 本日、退院となった二人の自衛隊員とハルティーナを連れて、少年は大型の軍用車両が来るのを待っていた。


 大型の車両は軽く6人は乗れそうな代物だ。

 座席後部と荷台部分にも座席が展開出来る代物である。


「お迎えに上がりました。騎士ベルディクト」

「教官!! 久しぶり!!」

「もう大丈夫なようだな」

「おうよ!!」

「はい」


 カズマとルカが頷いた。


「では、行こうか」


 助手席にカズマ、後方にルカ、ベル、ハルティーナの順に乗り込む。


 すぐに安治が車両を走り出させた。


「聞いているだろうが、今の関東圏は地獄だ。政府機能は半壊して、再建中。自衛隊基地と各地の警察署は全て崩壊。辛うじて役所と消防署が残ったのが幸いだな。しかし、各地で善導騎士団から説明のあった魔力を用いる勢力による魔力放散の結果として、残留魔力による動植物や無機物、人への変異が再び大規模に確認された」


 安治がカズマにサイドボックスから地図を取り出すように言って、それが後方にも渡される。


「今現在、自衛隊と警察が善導騎士団の支援を受けて、関東圏全域で事態を収拾中だが、恐らくこの調子では数か月以上の時間が掛かる。そうなった場合……関東圏から魔力を発生させる個人や動植物、無機物の流出が起るだろう」


 安治の顔は厳しいものだった。


 地図には今現在確認されている無数の事件の場所が朱い点で書き込まれ、殆ど地図を真っ赤に染め上げていた。


 それを見てカズマもまた常とは違い真面目な顔を作る。


「今現在、帰って来ている村升事務次官殿が憲法停止中という事を盾にして無理やり陰陽自衛隊の本格的な始動を図った」


「ッ、じゃあ、オレ達本当に新しい自衛隊に?」


 カズマの言葉に頷きが返される。


「陸自内の全MU人材は連絡役を残して総員招集。暫定的に基地機能が無い状態だが、活動を開始する事になった……はずだったが」


「はずだったが?」


「善導騎士団の厚意で基地を新設する事になった。事務次官が確保していた富士樹海にな」


「え……関東の大都市圏内に置くんじゃないのか?」


「いいや、関東圏は全て善導騎士団の東京本部を軸にして事態に対処する事が決まった。我々は自衛隊と警察では対処出来ない事件に対し最精鋭として出動する部隊として再編される」


「それってつまり……」


「ああ、ゾンビどころじゃない。最も苛烈な戦場……魔力の飛び交う死ぬ可能性が極めて高い場所へ我々は投入される」


 ゴクリとカズマが唾を呑み込む。


「オレ達に出来るかな?」

「出来て貰わねば困る。騎士ベルディクト」


「はい。全てプランは出来ています。カズマさん。ルカさん。これを……」


 二人がベルから渡された数枚の書類を見て驚く。


「これって……?」


「それは僕らが使っている善導騎士団の基本装備をお二人用にアレンジしたものです」


「オレのは紅いな。つーか、アニメのコスプレ用のスーツとか装甲とか外套に見えるんだが」


 カズマが見たのは超重量級にも見える外套下の極めて分厚い紅蓮の装甲だ。


 動けるのか怪しい程に両脚、両手を護り、鋭角なフォルムのパーツが組み合わされたが装甲は何処かロボット染みて関節という関節を護っている。


「全部実用ですよ。北米で対ゾンビ、対騎士用として僕が造って来た代物です。一応、騎士相手にもソレで戦えました……殆ど仲間の力に頼っての事でしたが」


「「ッッ」」


 カズマとルカが驚きに目を見張る。


「何度も死に掛けたし、仲間も重症を負いました。でも、撃退は出来た。次があっても同じ手は相手も喰わないでしょう。でも、可能性だけはあります。そして、その時の僕らの数は5人だった。でも、お二人には可能性を感じます。他のMU人材の人々にも……だから」


 少年が大きな紙を取り出して広げる。


「「―――」」


 カズマとルカが思わず固まる。


「この世界ではきっと初になるんでしょうか。陰陽自衛隊内部に僕ら善導騎士団と共に対騎士戦闘及び対変異者、特異環境下でも戦える部隊を新設させて貰いました。この提案をした時、村升事務次官も同じような事を提案しようと思っていたと……考える事は同じって事です」


 少年が二人に子供が創った《《僕の計画》》の名を静かに唇へと乗せる。


「この世界の言葉では【対魔騎師隊(たいまきしたい)】とでも呼ぶべきでしょうか。僕らの世界において人類が持ち得た神すら殺す軍隊より名前を取らせて貰いました」


 少年の広げた紙は設計書だ。


 外套、装甲、スーツ、移動用の空飛ぶ鯨、巨大な地下基地機能、手持ち式の火砲らしきものや長大な刀剣、装備らしきものが多種多様に描き込まれている。


「神すら殺す軍隊……」


 カズマが一筋汗を流す。

 目の前の少年は平静なままだ。


 まるで狂人染みた構想を広げていても尚、まったく普通だ。


 いや、普通に見えるという事そのものがそもそもオカシな事なのか。


「お二人は生き残った。それが誰かの手によるものだとしても……貴方達がその事実を持って戦うならば、貴方達は僕らと同等です」


「同等? そんなのオレは―――」


 カズマが否定しようとしたが、少年がそれを更に首を横に振って否定する。


「事実は事実です。お二人には基幹部隊員として隊の左翼右翼を固める立場になって頂きます。生き残った教官の一人である安治さんには部隊後方の総指揮官を。現場で戦術指揮を行うのは―――」


 少年が街中に視線をやった時、ヒラヒラと手を振る背の高い日本人女性が一人。


「この日本国内で最大戦力であると事務次官側から通達のあった片世依子(かたせ・よりこ)准尉を据えます」


 路端に止めた車両の後方のドアが空いて、バタンと閉められる。


 少し窮屈そうに後ろの座席に身を乗り出した30代の女性は笑顔だ。


「あ、アンタは!?」


「あら? 覚えていてくれたかしら? カズマ君だったっけ?」


「オレとルサルカを助けてくれた……」

「貴女が? お世話になりました」


 ルカが頭を下げる。


「いいのよ~~だって、他は助けられなかったし」


 その言葉にカズマが唇を僅かに噛む。


「僕とハルティーナさんはしばらくの間、皆さん用の装備の開発と基地建造に掛かり切りになると思います。その間の対騎士、対変異者用のカリキュラムは随時、善導騎士団側からノウハウを提供させて貰います」


「太っ腹~~さすが魔法使いさん」


 依子が笑顔になった。


 その視線がチラッとハルティーナに向けられる。


 それにビクッとした少女の背筋が震えた。


「とにかく、此処に集まった全員が基幹部隊員です。隊員の選抜は自由に任されていますが、最低でも1個分隊分の人員は確保するつもりです。ですが、基本的に対騎士戦闘が可能な人材は極めて限られていると考えられ、10人以上の編成には恐らくなりません」


「そ、そんなに少ないのか?」


「はい。僕らを基準にすると要求水準的に小隊規模の部隊には出来ません。僕らより実力が劣る人員を30人1小隊として編制して、それを対変異者用の制圧戦力とし、更にその下に中隊、大隊を置いて、中隊以下は全て対ゾンビ、対低階梯変異者戦闘で特化させます」


「つ、つまり……オレ達が実力的にはトップって事なのか?」


「技量は関係ありません。完全に資質と経験で決めました。足りない分は技術で補いますが、経験と感情は決して補えない……生き残ったお二人にだから任せるんです」


「「………」」


 カズマとルカが拳を握り締める。


「良さそうな子なら他にも目星付けてるから、後で教えてあげるわね」


「ありがとうございます。片世さん」


 ベルが頭を下げる。


「いいのよ~~これで騎士相手にも戦えそうだしね。あ、そう言えば、事務次官からプレゼントがあるのよ。はい。コレ」


 今まで彼女が持っていたジェラルミンケースが後ろから少年に渡される。


「………コレって」


 少年がそのジェラルミンから透けて見える魔力の残渣に目を細める。


「この間の襲撃時、お馬さんの首を少し抉って来たの。おかげで指が半分潰れちゃった。いやぁ、治すのに時間掛かっちゃって。あ、でも善導騎士団が供給してる治癒用のMHペンダントだっけ? アレのおかげで全快よ~~ホント、助かっちゃった」


 その言葉にカズマとルカの顔色が明らかに悪くなる。


「も、もしかして、その中身って……」

「そうよ~~腐った馬刺しと装甲ね♪」


 ウィンク一つ。


 女がサラッと生身で装甲を破壊した件には言及せず。


 少年が頭を下げた。


「ありがたく受け取っておきます。これで……彼らの装甲で揃っていないのは紅蓮の騎士のものだけです……かなり、対騎士戦闘用の装備を造るのが捗ると思うので。後で村升事務次官にはお礼を……」


 周囲には微妙な沈黙が降りた。


 複雑過ぎる感情が渦巻くのは仕方ないが、それにしても耐え切れなくなったカズマが汗を浮かべながらも安治にどうでもいい事を訊ねる事とする。


「そ、そういや、教官。オレ達、何処に向かってるんだ? 富士の方に向かってるのは分かってるけど」


「ああ、騎士ベルディクトを基地建設用の用地に連れて行く。国内の陸自に入ったMU人材を全て収容可能な基地だ。それなりの規模となるからな」


「へ、へぇ~~そういや、いつ出来るんだ? いや、さすがに昨日今日ってわけには行かないだろうし」


「はい。4日後には出来るので楽しみにしてて下さいね」


「「え?」」


 カズマとルカがベルの言葉に固まる。


 それに同じ気持ちで仮面の下で見えないながらも微妙に額へ汗を浮かべて、安治が事前に聞かされていた事を伝える。


「陰陽自衛隊で初めて建造される基地はロス・シスコ方式と呼ばれる善導騎士団があちらで要塞を築く為に創造した工法が用いられる。4日後に射爆場や訓練場を込みで富士の樹海のほぼ大半以上……広大な地域が更地になる、予定だ……」


「よ、予定って、そんな無茶な……」


 カズマが常識的に考えて無理だろという顔をする。


「本当ならもっと早く出来るはずなんですけど、今は関東圏に物資を送ったり、シエラ・ファウスト号を運行したり、物資生産の為に金属を精錬したり、色々処理工程が重なってて」


 カズマとルカは完全に額へ汗を浮かべていた。

 それから数十分後。


 彼らは予定地となる鬱蒼とした樹海を通る国道沿いに停車した。


 外に出た全員が此処が基地になるのかぁという顔でキョロキョロ見回す中。


 少年が予定地の地図を見ながら、指を弾いて鳥型ゴーレムを呼び寄せる。


 ソレらが次々に導線化して内部から更に長い導線を引っ張り出して飛びながら、地図の予定地周辺をすっぽり囲むように膨大な領域に縄を渡していく。


「お~使い魔ねぇ。あんなに沢山……普通の人じゃ20も使えないのがこっちじゃ常識なんだけどなぁ~」


 片世の言葉は事実だ。


 そして、それを理解しているカズマもルカもやはり( ゜д゜)ポカーンだった。


「では、まず整地して木材も加工、物資集積所を立てますね」


 少年がいつもの工程を行う。


 まず次々に彼らの目の前から樹木という樹木が次々に見えざる何かに引き込まれるかのように消えていく。


 そして、ソレが一部、地面が消えた場所に皮を剥ぎ取られてから地面へ大量に山積みの状態で浮上した。


『(オレ、学は無いけど、絶対おかしいと思うんだ今の……)』


 カズマがさすがにデタラメな少年の魔導の力に唖然としながら内心で呟く。


「ええと……此処から、此処まで、かな?」


 樹木が消えた場所が整地、製材した材木が浮上、が繰り返されて数分でだだっ広いグラウンドが数個は入りそうな地面が大量に土を剥き出しで顕わとなる。


 近辺には溶岩の通った跡となる洞窟もあるのだが、ソレも全て活用されるのか。

 綺麗に繰り抜かれた跡が見えた。


 恐らく地面が50m以上掘り下げられていたが、その大量の土砂は今のところ何処にも見えず。


 少年が大量の木材と珪素以外の精練した金属ペレットとソレを大量に入れる倉庫をいつも通りに立てるともはやハルティーナと片世以外は汗も拭わず、その極めてオカシな状況にただただ呆然としていた。


「地下はこっちに……」


 横目に少年が予定地の地下から溢れ出す水などを見て、導線による解析を行いながら、地下の水脈などを捻じ曲げて蛇行させる為に地表に無数のDCディミスリル・クリスタル製の柱を何本も地中に埋設する。


『ほうほう? 凄いわね~魔法使いさんて』


 導線内の空間からの圧力で埋め込み、その柱を樹木の根のように魔導の導線を大量に形成しながら次々に変形させ広げて地面内部を一部掘削し、水脈の通り道を造った後、次々に地下を急き止めて巨大な樹木の根によって球根を造るかのように完全に基地の地下から隙間を失くした。


『面白い事考えるわねぇ~』


 球根上のディミスリルが基地の地下で弾性を保ち、巨大な地震があっても地盤沈下などしないようにとの計らいである。


『あははは、ぅ~ん水処がしばらくは土混じりかもねぇ』


 五感で地下の状況が分かるらしい片世が何やらゲラゲラ笑っていたり、驚いたりしていたが、他の安治やカズマ、ルカ達にとっては何を笑って驚くのかチンプンカンプンであった。


「後は此処でしばらく僕が集中していればいいだけなので皆さんはグラウンド予定地の方でのんびりしてて下さい。今日の夜にはテントを立てて野営します」


 少年が指差した場所は地面が掘られていない更地の一区画だ。


 ハルティーナがベルを抱えて基地本体を造る露天掘りの穴の底へと降りていく。


「って事ですし、車両移動させましょう。安治総隊長」


 片世の言葉にポリポリと彼が頭を掻く。


「我々はとんでもない相手と協力態勢にあるようだ」

「ベルってすげー奴だったんだな」

「ベル君……君って……」


 彼らの視線の数百m先では少年が無数の柱の一つの上で座禅スタイル。


 その周囲の柱に控えた少女は立って周辺の見張りという状況。


 しかし、それだけにも関わらず、剥き出しの地面に再び鳥さんの導線が引かれるとゆっくりとだが、その広大な穴の底にはジワジワと金属膜のようなものが底から迫り出していた。


「まず地下7階から……」


 同時に導線が穴の側面にゆっくりと引き上げられていくと僅かずつながらもそれに合わせて内部に次々と複雑な線や模様のように部屋や通路が輪切りで輪郭を顕わにしていく。


「3Dプリンター方式は優秀ですね。かなり、捗ります」


 少年は柱の下で眺めながらそう呟く。


 そして、ふと微妙に汗を浮かべている少女に気付いて首を傾げた。


「ハルティーナさん。どうしたんですか?」


「いえ、その……あの方の……片世准尉の視線が……」


「?」


「あの方、ベル様も気付いていますが、超越者級の方です……魔力の運用もそれなり、体系化されていないながらも、恐らくかなりの腕前だと思うのですが……」


「何か、ありましたか?」


「先程から物凄く感心を向けられているのが肌身で分かります。アレは……大陸でもそういない類の……戦闘が大好きなお人です。恐らく」


「ええと、戦闘狂?」


「……後で重火器抜きでフル装備をお渡し頂ければ……ああいう方は一度手合わせすれば、格下相手だと飽きるので」


「お詳しいんですね?」


「いえ、ガリオスの騎士の家系にもああいう方がチラホラといて、新参であるウチのような家系とも仲良くして下さっていたので……」


 ハルティーナが今もビシビシ向けられる好奇心の瞳を肌で感じながら内心で溜息を吐く。


 恐らく敗北は必至。


 装甲の機能を使ってすら勝てないだろうことが彼女には予め分かっていた。


 殺し殺される戦場ならばいざ知らず。


 身内で生死ギリギリの戦いとなれば、彼女とてアレな気持ちにはなるのだ。


(ガリオスの興国者が魔族だったならば、そういった血を引いている方も実は多いのかもしれませんね)


 戦いが好き過ぎる騎士が多い事でガリオスは大陸中央では畏れられていた。


 絶対王政時代にはそういう騎士達が武を競って両手両足を失う前提で武闘大会を開いていたりもした事はガリオスのあまり口外されない歴史であり、そのせいか……軍も大陸中央ではほぼ上位5位以内に入る程の精強さを有する。


(取り敢えず、基地の土台をしっかりさせないと)


 とにかく今は基地の生成が最優先だと少年は再び瞳を閉じる。


 主材質はディミスリル皮膜合金製。


 殆どの建材は北米からポケット経由で流入させて、内部で処理してから合金化してという作業だったが、あちらに置いている殆どの資材は減ったという事すら恐らく殆ど把握されていないだろう。


 使い魔たる二匹のおかげで魔術の作業工程の多重処理が可能になった現在、ポケット内の体積を常に満杯のまま高速であらゆる過程を回している為、今も大量にロス、シスコ、どちらの都市にも備蓄が増え続けているのだ。


『しゅに~ん!! 何かガソリン増えてません? 昨日より、少し増してるような気がするんすけど』


『いやぁ? 見間違えじゃねぇのか。つーか、備蓄量そのものが目視でしか分からん以上、詳細に測る術なんぞ無いんだぞ? 安全国から機材仕入れんとなぁ』


『ぅ~ん。そうしたらオレら首じゃないっすかねぇ?』


『……それもそうだな。やっぱり、最後は人の目が物を言うよな。上申は止めとこう。それより呑み行くぞ~~交替したら、いつものとこだぁ』


『りょーかいでーす。あ、そーいや、昨日面白い奴と会ったんですよ。ウェーイとか呼ばれてて、そいつが羽振り良さげに奢ってくれたんすよ~~』


 その全てが今や少年の前には無限に溢れて来る代物にしか過ぎないという事こそが何よりも恐ろしい事であると知る者は未だ無かった。


 *


 少年が自衛隊基地の建造を初めて4日。

 一睡もせずに関東圏全域に物資を配りまくった結果。

 殆どの地域では状況が一段落となっていた。

 特に魔力電池による既存の機械類への電力の供給。


 そして、MHペンダントによる大量の怪我人と重傷者の治療が間に合った事は極めて重大な出来事だっただろう。


『先生!! あちらの患者さんは大丈夫だそうです』

『分かった。重症患者を優先する!!』


『手術中、バイタルが危険になった場合は一度ペンダントを使用し、オペを仕切り直すようにと医師会から連絡がありました。どうなされますか?!』


『……解った。今はとにかく患者を優先だ』


 殆ど手が無いと言われるようなトリアージで見捨てられる者達にすら掛けられたペンダントの効果は最低限の生命維持と同時に致命傷部位の僅かながらの再生によってかなりの人々を救った。


 即死以外はペンダントの供給が間に合った場合は殆ど助かったというだけで想像を絶する程に医療現場で驚かれたのは想像に難くないだろう。


 見知らぬ超技術の産物と説明されてはいたが、それにしても効果が強力な事から、軽症者や骨折程度の相手が減って、重傷者の治療が捗ったのだ。


『要救助者二名!! 鉄骨に胴体を挟まれてます!!』

『ペンダント使用!! ジャッキ持って来い!!!』


『救急搬送中も外すなよぉ!! 電池も一緒に掛けておけよぉ!!』


『こっちにもペンダント持って来てくれぇ!!』


 医薬品そのものは備蓄も含めて足りていた為、医療器具が足りない現場に医療用の魔術具が卸されると医療環境は劇的に改善。


 救助現場で動けない者を治療したり、その場で生命維持まで行えた事から、消防と救急に関しては現場から善導騎士団は絶大な信頼を得る事になった。


 人々の間に浸透していく善導騎士団の名は鰻登りだ。

 次々に物資の備蓄が尽きていく最中。


 足りなくなっていく物資が市役所を通せば、次々に輪っかを通して地面から湧き上がってくるのだ。


 目を丸くしている者など今はもういない。


 その物資の多くは日本政府が用意した代物だったが、物流が寸断される最中も少年のポケットを通して大量の物資が各地へと供給されたのである。


『いやぁ、生野菜が届くとは思わなかったな』


『でも、このマーク……何なんですかね? 段ボールじゃないし、樹脂製の箱とか』


『ああ、そりゃぁ、善導騎士団のロゴらしいぞ。何でも北米じゃ有名な野菜ブランドなんだと』


『へぇ、名前は? つーか、何でババナにココナッツ? ちょ、バニラとかマンゴーとか……何の冗談なんだ? これ一体、何処から……』


『確か……ヒューリ印とか……うぉ?! オレンジにグレープフルーツにオリーブ?!』


 加熱調理で壊れてしまうビタミンを補給する果実や生野菜が次々避難所に送られた事で避難民の多くが善導騎士団の超技術を身を以て実感しつつあった。


「―――」


 富士の樹海で置物みたいに座禅した少年が昼も夜も無く頑張っているのは自衛隊組にも分かっていた。


 張られたテント……一式出された騎士団用の天幕で過ごしていたカズマ、ルカ、安治、片世は朝から晩までに出来上がっていく基地の中身を見ながら、もはや脱帽を通り越して何か心理的な一線を越えてしまっている。


『針葉樹林の林が……ベル君(´・ω・)……』


『マジかよ……何か昨日まで無かった廃墟街が見えるんだが(´Д`)』


『うわぁお♪ アスレチック有るわよ!? 愉しそうじゃない(;^ω^)』


『これが善導騎士団。これが騎士ベルディクトの実力か(ーー゛)』


 次々に基地の地下が出来た2日目の朝からは彼らも敷地の大半が金属製の地面で覆われていくのを見ていたし、グラウンドに芝生が数十秒で生えたり、射爆場の砂山が数秒で出来たり、演習場では沼地や砂地、アスファルト、密林、アスレチック、廃墟が次々に整備されていくのを見た。


 驚く事に疲れるのも無理は無いだろう。


 地上施設はシンプルなものだったが、隊舎も宿舎も基本的には地下だ。


 地表にあるのはほぼ全てが陸自側の要望に沿ったモノばかりで実際にはあらゆる施設そのものが地下で完結する仕組みである。


 北米の善導騎士団本部の地下施設を幾分か参考にして、あくまで軍の施設として誂えたと言うべきだろう。


『滑走路と航空機用の倉庫群まであるわね。東京ドーム何十個分なんだか』


『空港施設に地下格納庫らしいものまで……』

『つーか、これから内装入れるんだよな?』

『棚、寝台、テーブル、椅子まである……』


 少年が初日に切り出した木材によるものか。


 継ぎ目も見えない戸棚だのクローゼットだの、テーブル、椅子、木製で必要な家具類は殆どが揃ってしまっていた。


 配管そのものも完全にパーツ単位で組み込まれている為、必要なのは細々とした設備の部品や機関部となる場所の設備のみだ。


 四日間。


 殆ど座禅スタイルでハルティーナに付き添われていた少年は後は内装だけというところまで来てから、目を開ける。


 日本に来てから、急いで現代建築の基礎的な設計や現物をこっそり魔導で解析しておいた成果が確実に出ており、レンガ造りの建物も今は無い。


「皆さん。天幕はこちらで処理しますから、こちらへ」


 少年が朝になってようやく動き出し、傍で睡眠を取っていたハルティーナが目を覚まして身体をスッと曲げ伸ばし、少年に挨拶する。


 朝早くから周辺のグラウンドで軽くランニングしていた彼らが天幕を張っていた場所から少年のいる天幕の傍まで来るとすぐに彼らのいたテント設備が地面の中に消え失せ、褐色の土の上が芝生に覆われて、中心部に樹木が生えたかと思うと大きく大きく成長して10m程の大木に成長した。


『………』


 もう誰も驚かなかったが、それは呆れていたからだろう。


 彼らの後方には巨大な駐車場が置かれており、本日やってくる事になっている陸自の一団を迎え入れる準備もバッチリだ。


 自衛隊のMU人材達はこれから殆どが此処に住まう事になるのだ。


 だが、それよりも先に内装の施工業者のトラックが大量に駐車場へ入り始めた。


「取り敢えず出来た場所から入ってもらう形になります。施工業者の方と軍事用の設備関連の業者さんが手配されてるので突貫で1週間もすれば、完全に基地機能も発揮出来るはずです。皆さんや今日から来る方にはカリキュラムに従って僕が教練を施します」


 少年がこの数日、ずっと基礎体力用の筋トレや走り込みをしていた陸自組を見る。


「ベル君が教練を?」


「はい。色々な敵を見て来たので再現だけなら沢山可能ですよ。安治さん……総隊長には僕らのノウハウを使った戦術の方を学んで頂いて、魔導で状況の追体験をして頂きます」


「そんな事が出来るのか?」


「はい。片世さんは……対騎士戦闘の追体験を。相手から実際に僕らが受けた攻撃及び彼らが使ってくる可能性がある高位魔術師、高位超越者、高位戦者、高位騎士の戦い方を可能な限り、受けて頂いて……それに対して自身と部下での対処方法の確立を……」


「面白そ~~う(>_<)」


 (はしゃ)いだ片世を横に凄く嫌な予感を感じているらしきカズマが半笑い、ルカが拳を握る。


 唯一、使命感に燃えて覚悟完了していたのは安治だけだろう。


「オレ達は?」


「対ゾンビ戦闘や対変異者戦闘の追体験を。基礎的な体力は尽きませんが、対処能力と戦術の取り方によって戦いの結果は劇的に変わりますから。 ただ、時間が掛かるものなので体力作りのトレーニングを夕方までやって、夕食後に寝るまでの時間で身体を休ませて寝たような状態で行います。愉しみにしてて下さい」


「何かソレ愉しみにしちゃいけないヤツな気がすんだけど」


 カズマが少年の言葉に己の第六感が告げる感想を呟く。


「大丈夫です。ちょっと腕やお腹が真っ二つになったり、ゾンビや新種の敵に食べられたりするリアルな夢ってだけですから。死んだらやり直しで疲れたら、お休みにします」


「「………」」


「ああ、ちゃんと精神的なケアもしますから大丈夫ですよ!! 連続だとさすがに摩耗が早いので」


 何が摩耗するのかは言わぬが華というやつなのだろう。


 カズマとルカが思わず閉口した。


「まぁ、頑張れ……」


 安治も己も体験する事になるモノが如何なる訓練なのか何となく想像が付いた。


「元々は魔導の人気機能なんですよ。夢見の術式を合理化したレジャー用の代物で兵隊さんの戦地でのリフレッシュ用の娯楽だったりするモノを応用してるだけなので……」


 少年が横の導線から専用のスーツと装甲と武器一式を湧き上がらせる。


「カズマさんは紅いの。ルカさんは白金色の。片世さんは薄紫色。安治さんは緑のをどうぞ」


 四人が己の為に設えられた装備やスーツの前で取って現物を繁々と見やる。


「オレのスーツや装甲……何かガチで三倍は分厚くね?」


 少年が見たのは正しく全身鎧。


 ロボに例えるなら、強化パーツがマシマシのようにも見える代物だった。


 それに比例するかのようにスーツもまた革製品並みの厚さがある。


「あ、はい。カズマさんのは一番資材と技術が要りました。基本的に全身の冷却と外部との断熱を軸に装甲も形成したので、どうしても厚くなってしまって。ただ、恐らく文字通りの火力と経戦能力だけならカズマさんが一番だと思います」


「オレの能力を引き出す為の装備って事か?」


「はい。ただし、注意して欲しいのは市街地で使う場合は木造建築は元より周辺が火の海にならないとも限らないという事です。これからそういう全力時の射程や持続時間の計測も行いますから、楽しみにしてて下さい」


「お、おぉ……何かやる気出て来た!!」


 カズマがハルティーナの誘導で着替え用に残しておいたベル達のテントの方にスーツを着替えに向かっていく。


「ルカさんの装備は陸自の資料と安治さんからの話を聞いて作りました。ルカさんは反応速度や反射神経に優れてて、触れたモノを加速させる能力と動魔術、防御用の方陣が秀でているとの事だったので動き易さと防御力重視、加速用の武器なんかを用意しました」


「あ、ありがとう……ベル君」


「一番バランスが良かったので僕の同じような戦い方をする上司の人の装備を参考にして改良を重ねた代物です。機能は色々あるので後でお教えしますね」


 ルカがペコリと頭を下げてからテントの方へと向かっていく。


「安治さんに関しては基本的に防御力と通信能力を重視した仕様にしました。魔力を使用した複数の通信手段を機能化して搭載しましたが、後で方式の詳しい内容と同時に使い方、生身での術式使用なんかを勉強して頂きます」


「よろしく頼む」


 安治が頷いてカズマの入っていったテントへと向かう。


「私は~~? ベル君♪」


「あ、片世さんは……ええと、ハッキリ言いますが、装備要りますか?」


「要る要る!!」


 少年の言葉に大きく頷きが返る。


「身体強度、戦闘能力を向上させる機能よりも経戦能力と耐久性を重視しました。肉体の再生と賦活用の術式をスーツと装甲に織り込みましたが、装甲に少し仕掛けをしました」


「仕掛け?」


「はい。あのシエラ・ファウスト号の部材のデータを用いて空を飛べる重力軽減装甲になりました」


「ッ、ありがとぉ~~~!!?」

「?!」


 ベルに抱き着いた片世がグリグリと少年に頬擦りする。


「騎士が空飛んでズルイって思ってたのよ~~♪」


「ただ、魔力消費が激しいので専用の魔力電池を用いて5時間が限界です。それと空を飛ぶと言っても重力軽減で肉体や装備を軽くしてるだけなので、そこは勘違いしないようにして頂ければ。武装は全て専用の軽くなる武装ですが、魔力が切れれば重くなります」


「へぇ~~凄いわねぇ」


「後、武装の殆どは僕ら善導騎士団の隊長クラスに準じたものにしましたが、もし能力使用時に軽過ぎるようなら更に追加で武器弾薬を装備出来るようになってます。後、ハルティーナさんとの試合をした時のデータから両手両足、肘と膝の装甲は武器化可能で、弾薬が尽きたら近接用の武装での連続戦闘も可能です」


「いいわねいいわね~~♪」

「最後にコレを……」

「?」


「……僕が使っている魔導の汎用式を入れ込んだ空間制御を生み出す魔術具の本体の複製品です」


 少年が差し出した白銀の指輪を見て片世が僅かに笑む。


「いいのかしら?」


「僕らが死んだ場合、恐らく貴方クラスの人間しか確実に騎士を倒せない。まだ、己の魔術体系のようなものはお持ちでないとの事ですし、魔導は魔力と魔術師としての素養があるなら数年で習得可能……これは騎士団の総意としてこの世界の人類に残す保険です。善導騎士団上層部とも話が付いています。ハルティーナさんとの試合のデータを送ったら驚いてましたよ」


「分かったわ。ありがたく受け取っておきましょう」


 笑顔ではあったが、真面目な瞳で超越者に自然と到達した女が頷く。


「出来れば、秘密にしておいてくれると助かります」


「約束するわ。自分達の命綱をそう簡単に他者へ渡せるものじゃない。貴方達の善意に感謝を……善導騎士団、騎士ベルディクト」


 真面目な顔も出来たのかと少年が微妙に驚いている合間にもいつもの笑みに戻った片世がテントへと向かっていく。


「……良かったのですか? ベル様」


「ええ、実際僕らが失敗した時の保険をこの世界の人に託す事は最初からフィー隊長と決めていた事ですから」


 明け方の陽射しの中。


 森が後退していながら、それでもまだざわめきが聞こえて来る基地内部。


 トレーラーやトラックがやって来ていた。


「僕はあちらの対応を一度して来ます。ハルティーナさんは皆さんのカリキュラムを」


「分かりました」


 二人が動き出そうとした時だった。

 慌てた様子でテントからスーツ姿の安治が走って来る。


「何かありましたか? 安治さん」


「騎士ベルディクト。日本政府から緊急事態の連絡が入った」


「緊急事態?」


 安治が頷く。


 彼の手には小型情報端末が握られており、どうやら連絡が来たらしい。


「今、関西方面にある自衛隊基地や米軍の関連施設と周辺の民間人の居住区域が襲撃を受けているらしい!! 即時発砲許可と大口径火器の使用解禁許可も出た」


「ッ、誰に襲われてるんですか!?」

「―――ゾンビだ」

「え?」


「実はあのビル群の雨で死んだ者達の遺体が一次安置所から消えているという事件が多発していたらしい。動き出した跡は無かったが、目を離した隙に何者かに持ち去られたような痕跡を残して消えていると」


「どうしてそんな重大な事が今になって!?」


 かなり重要な話だが、少年達には一切話が上がっていなかった。


「済まない。現場レベルでの混乱はまだ収まっていないようで。それにゾンビが出たわけではなく。国民に無駄な不安を煽るような事は言えないと新規に組閣された大臣や省庁の生き残った官僚達が何処かで情報を止めていたらしい」


「……それで僕らは何処に向かえばいいんですか?」


「関西の第3師団が駐屯する地域だ。米軍の基地も近くに幾つか新設されていて、特に港湾設備と乾ドックが集中しているエリアも近い。米海軍の艦艇を大量に整備運用する為の中枢だ。ゾンビの出現は広域に渡っており、封じ込めに苦慮していると。もし、あの一帯が落ちれば、我が国の海上防衛は大幅な見直しを迫られる」


「分かりました。今、シエラ・ファウスト号に乗せて運んでいた重症の患者さんも全部東京本部に輸送し終えたところです。新規の患者さんはそちらでお願い出来ますか?」


「ああ」


「では、ヒューリさんやクローディオさんを乗せて、皆さんも連れて行きます」


『どうしたの~~?』

『教官? 何かあったのか~?』


 カズマと片世、ルカが其々に走って寄って来る。

 それに安治がすぐに状況を説明する。


「あちゃ~上の失態ね~」


 片世の言葉に安治もまた混乱が収まっていない現状では状況判断を誤るのは仕方ないとしても死体が消えるという話はさすがに騎士団へ伝えておくべきだろうと上層部の行いに歯噛みする。


「片世さんはこれから東京に戻って下さい」

「どうして?」


「陽動の可能性があります。その場合でも片世さんクラスの人がいれば、大抵はどうにかなるでしょうから。対ゾンビ群相手の戦闘なら僕らにも一日の長があります」


「了解。じゃあ、安治総隊長の車両借りますね~」

「ああ、頼む。准尉」

「了解です」


 明るい顔で片瀬が装甲を付け、外套を羽織り、ロングマガジンと重火器を持って、敬礼してから止めてある車両まで走って飛び乗ると大きく手を振ってから猛烈な速度で車両毎消えていった。


 それから施工業者と一部の陸自からやってきた人員に安治が現状を説明し、後を任せている間の数十分で少年はカズマとルカに装甲や武装の使い方を簡易にレクチャーする。


「つまり、オレって固定砲台?」


「動けますけど、自在にとは行きません。魔力は魔力電池から補給して、重力軽減用の装甲で幾らか浮いて動魔術で滑るよう水平に移動します」


「何かマジでそういうロボみてぇだな」


「攻撃用の装備は僕達の標準規格ですが

使い切ってからパージ後に能力を使っての戦闘に移行して下さい。後、出来れば味方を誤射したり、余波で焼かないよう能力使用時は周辺環境に気を配って下さい。木造建築や都市の火災になった場合、極めて重大な結果を招きます」


「つまり、オレは基地とかの広くて燃えるようなもんが無い場所での戦闘向きって事か?」


「はい。その代わり、2万度までなら装甲が熱量を全て防いでくれます」


「に、2万度?!」


「熱量の発生は自身の至近でしか行えない。その熱量そのものは投射する事が可能。ただし、投射方法は個人の想像力に寄る、でしたよね?」


「あ、ああ」


「周囲に燃え移る危険がある時は球体を投げるような形で構いませんが、大群や素早い相手に対しては面制圧可能な数で横に薙ぎ払うような攻撃をイメージするといいと思います。ただ、弾薬庫の位置には気を付けないと大変なのは市街地と変わりません。恐らくそこまでの物量ではないので重火器でどうにかなりますけど、5000℃を超えた辺りからの放射線も考えて攻撃時の温度調整はしっかりと。一応、温度の数値は瞳に映るように調整したので」


「りょ、了解……緊張してきた……」


 カズマがズッシリと重い80kgの装甲と魔力電池と強化術式で辛うじて動けるようになっているだけに過ぎない己の身体……そして、カラフルな実銃と外套下の大量のロングマガジンにぶっつけ本番で実戦という事をいよいよ実感していた。


(この数日で動体誘導弾、視線誘導弾の扱いは覚えた。大丈夫だ……冷静に……冷静にだ……もう、あいつらみたいな事には絶対させねぇ……そう決めたんだッ!!)


 拳を握って堅い決意を胸にした少年は大丈夫そうだとベルがルカに向き合う。


「ルカさんの戦い方は基本的に片世さんと似てます。高速で移動しながら中距離戦闘するか、近距離戦闘が得意かの違いしかありません。ただ、動き回る事が前提ですから、装甲は薄めです。ただし、ゾンビ戦では避ける動作が必要ありません。とにかく当てて近接するまでに倒すのがセオリーです。市街地戦などになった場合は小回りの利くルカさんが頼りです」


「分かった。最善を尽くす……」


 少年がルカの装備を一つ一つ説明していく。


「高速射出用に製造した小型のディミスリル杭です。釘くらいの大きさですが、これを重火器の代わりに1200本。100本の束で12個装備出来るようにしました。能力で加速の度合いによって貫通も可能な代物で一番の能力は……」


 少年がポイッと15m程先に釘を投げた。


「来いと命令して下さい」

「来い……!?」


 ルカの手元にまるで磁石で吸い付くかのように杭が戻って来て浮かぶ。


「簡単な魔術による物体の回収です。一つ一つに術式が織り込まれていて、半径200m圏内なら必ずルカさんの手元に戻って来ます。魔力を運動エネルギーに転化して加速を更に加える事も出来ますが、その場合は杭そのものの魔力を使い切ると戻れなくなるので注意が必要です」


「ありがとう。ベル君」


「もう一つの装備は方陣強化用の盾です。元々は防御が得意な人材用に設計していたもので丸いラウンド型のシールドと縦長の戦列歩兵用の盾を合わせたような形ですが、コレを一つ背負って移動して下さい」


 ルカが少年に預けられた盾の軽さに驚く。

 人間一人が隠れられそうな大きさだった。


「防御特化時は2パターンの形態に変化します。パターン1は敵からの投射火力を全力で防ぐ防御力の高い全力防御形態。パターン2は盾を地面に立てた後、展開する事で巨大な防御方陣を形成して民間人などを護る大規模防御形態」


 少年が土の地面にガシャンと盾を降ろした瞬間、その盾の真下にスパイクらしきものが5本射出されて突き刺さり、盾を固定した。


「移動しながら使う場合は盾そのもので突撃しても構いません。ちなみに盾の表面装甲は摩擦を0にする塗料が塗られているので物理的な手段で傷付ける場合は小規模な質量、弾体、衝撃ではほぼ不可能。逆に熱量や光、魔力集束による攻撃などは有効です」


 盾の持つ利き手用のグリップが軽く捻られると地面に突き刺さっていたスパイクが全て引っ込んで立て内部に収納された。


「展開時はこのように中心のラウンドシールドを軸にして横1m、縦2mまで展開出来ます」


 少年がグリップに付いているボタンを操作すると白金の盾内部からまるで鎖帷子のようにパーツが浮き出て展開される。


「取っ手を左に押し込みながら回せばスパイク。ボタンを押し込み続ける事で展開。盾の内側に魔力電池収納用の隙間が12本。これは高純度のDCディミスリル・クリスタルと言って、通常の魔力電池の1300倍程の魔力を貯め込める代物で造ってあります。全て充足済みで防御時には自動で魔力を消費する仕組みです」


 少年が縦から魔力電池を取り出してルカに手渡す。

 それはズッシリと重く1本で1kgはあるだろう。


「1300倍で12本……15600本分?」


「対騎士用装備の1つです。騎士の魔力を使った大規模な本気の一撃でも3回か4回なら直撃に耐えます。過去のデータが通用したなら、ですが……」


「ス、スゲェ……」


 思わずカズマがゴクリと唾を呑み込んだ。


「ただし、任意に音声コマンド発動する全力防御形態になると膨大な魔力波動が垂れ流しになって、他の騎士を誘因する可能性が極めて高いので使い処だけは間違えないで下さい」


「両刃の剣って事?」


「はい。冷静に判断出来るルカさんにだから預けられる装備です」


「……解った。コマンドは?」

「はい―――です」


 少年が魔導でルカの脳裏にコマンドのみを伝える。


 そうして、少年がヒューリやハルティーナ、クローディオの戦い方と共に対魔騎士隊の面々が戦う場合の考えていた基本的な戦術を簡易ながらも教えていく。


 その数十分の合間にも東京方面から猛烈な速度で巨大な船影が基地上空へと近付いて来て、制動を掛けて止まった。


『騎士ベルディクト。準備は全て出来ている。乗艦後、速やかに移動を開始する!!」


「八木さん。分かりました」


 今の今まで殆ど八木の操舵と自動運行で賄っていた為、今も海自の一佐自らが操舵士だ。


 操舵用に魔力の放散や動魔術などを行う新しい操舵用機材は既にCICに取り付けてあり、今や主と化している。


 事実上、日本政府がシエラ・ファウスト号を運用するに当たり善導騎士団に課した条件。


 それがお目付け役の八木の帯同であった。


『ベルさん!! クローディオさんも一緒ですよ!!』

『ベル。久しぶりだな。元気してたか?』


「ヒューリさん!! クローディオさん!! 今行きます!!」


 艦から直接響く声。


 少年が生き生きと返した返事にカズマとルカがその声の主達こそが少年にとっての仲間であるのだろうと己のもういない仲間達の事を思い複雑なものを胸に通り過ぎさせる。


「全員、渡した魔力電池と動魔術で上空に向かいます。教えた通りに頭の中で工程を描いて、大雑把なイメージでシエラ・ファウストの開いたハッチ内に着陸して下さい」


 少年がハルティーナに見本として飛ばし、40m程上空の艦のハッチ内に跳び込ませた……それにゴクリと唾を呑み込んだカズマが続き、ルカと安治も危うげなくハッチ内へと向かう。


 最後に少年が跳び上がって来れば、ハッチは閉まり。


 リスティアの金属塊と接合された連絡通路の先からヒューリが駆けて来る。


「ベルさん!!」


「ヒューリさん。東京本部でのお仕事、お疲れ様でした」


 少年の労いに感無量な感じに少女がニコリとして、少年を抱き締めた。


「ベルさんの方がもっと大変ですよ!! ちゃんと寝てないって聞きました!! ハルティーナさんが毎日ベルさんの事を教えてくれてましたから」


「え?」

「………」


 ツイッと碧い少女が視線を横に逸らして少し恥ずかしそうに俯く。


「そうだったんですか。でも、今日の事件が終わったら眠らせて貰うつもりなので大丈夫ですよ」


「約束ですよ?」

「はい」


 二人の状況を見てカズマがプルプルしつつ、涙目になっている。


「あの二人って、そういう仲なのかよ!?」

「え……」


 ルカの言葉に思わずカズマが彼の方を向く。


「見ていれば分かるだろうに」

「え?!!」


 今度は安治の方を見て、カズマが更に驚く。

 樹の又から生まれたんじゃないか。

 という鬼教官にすら自分は劣っていたというのか。

 そういう事実を前に少年は人生経験の浅さを痛感する。


 その間にも海自と陸自と空自からやって来ていた数人の連絡将校。


 実質的には日本政府のお目付け役達が全員を呼んでブリーフィングルームへと案内した。


 そこにはクローディオがもう座っており、室内は20畳程で艦内にやっつけ仕事で固定化されたと思しきソファーやテーブルや椅子がゴムマットの上に置かれていた。


「おー、ベル。何か逞しくなったんだって?」


「へ?」


「ヒューリがボヤいてたぞ。ベルさんはカワイイままでいて欲しい気もするって」


「ク、クローディオさん!? その軽い口を縫い合わされたいんですか?!!」


 ヒューリが物凄い睨みようで蒼い男を威嚇する。


「おっと、お喋りしたいのは山々だが、新顔もいるし、黙っとくか。後でな」


「は、はい」


 室内の壁にはシアター設備が置かれており、オンラインになっているらしきPCのデスクトップの映像が吐き出されている。


『騎士ベルディクト。時速1000kmまでの加速を許可して欲しい』


 CICからの音声がスピーカーから響く。


「分かりました。では、操縦はお任せします」


『分かった』


 すぐにジリジリと加速しているのが誰の身体にも感じられた事だろう。


 艦内の物体には飛行中は基本的に0.1G相当の重力しか働いていない為、殆ど無重力なのだがベルが靴底に張り付けて動魔術を使う板などを供給している為、誰も浮遊状態にはなっていない。


 最新型のスーツにもその技術は応用されており、誰もが浮遊感を感じながらも椅子やソファーに着席して状況の説明を聞く態勢となった。


 そうして、事件は始まる。


 死体の蔓延る夜宴まで後僅かであった。

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