表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
515/789

第128話「煉獄を裂く者達ⅩⅠ」


―――2週間後。


「どうかな?」


「良い出来だと思うよ。ゼド君」


「これの量産用のライン設計がまだ残ってるわよ」


 白衣の三人の男女が見守る中。


 研究所内の車両測定用のコーナーを廻って来た電動車両が彼らに横に止まる。


 軍用車として作られたソレは車高が低く設定されるが、地表の悪路を走破する為のタイヤそのものは大きい8輪駆動車だ。


 ゼド機関を内包している為、タイヤと駆動系が全て摩耗し切るか壊れない限りは走り続ける事が出来る。


 それ自体の耐久力が超重元素含有で現代式のものよりも構造的には劣るが性能的には数百倍以上の数値を叩き出している事も込みであれば、何処までも走れるかもしれない。


 通常の車両の二倍程の空間が装甲と両立されて確保されてようだが、装甲そのものは超重元素製の弾丸を同じ場所に数発喰らっても耐えるくらいの強度を誇る。


 現実でならば、装輪車両。


 軍用の歩兵運搬用の代物に見えるはずだ。


「いやぁ、システム自体のコアをあいつに任せたからなぁ。手直しが大変だった」


「で、でも、マガト君以外じゃまともに生成方法まで道筋付けられません!!」


「それを言うのはワタシの仕事なんだけどね。ま、雑なのは認めるわよ」


 だが、内部の座席は全て個別のシートで6人乗り。


 耐衝撃防御用のアブソーバーとして連続運用出来るエアバックを複数積み込み。


 座席は高級ソファーよりも体を包み込んで移動中の睡眠でも寝台で寝たのと同じような休憩が取れる程に柔らかい。


 人をダメにするソファー並みの安寧は得られる事だろう。


 座席は全てがもしもの時の為に脱出装置が内蔵され、個別に内部から屋根を爆破して外部に向かう事も出来る。


「脱出機能は男の浪漫だが、試作機使うから実際には試せないという……はぁぁ、もう一機作ったらやりたいところだ」


「が、頑張りましょう!! ゼド君」


「それも殆ど私が言う話なんだけどね」


 だが、一番の機能は車両内部にいながらドラクーンの鎧は元より軍用の全ての規格の全身装甲、鎧を車両内部にいながらにして自動で装着可能な点であった。


 車両内部の装甲そのものに鎧が入れ込まれており、内部でフィッティングまでしてくれる上、付ける際は機械式の複数のアームが衝撃を受ける最中でも自動で補正して装着位置を調整してくれる。


 これに加えて各種の薬剤を医療キットとして座席が内蔵しており、万能薬を主軸とした各種の薬品による体細胞の圧着、再生、簡易の外科手術を小型アームによって自動で可能なのだ。


 機動中に不可能なのは内蔵を繋げるような複雑な術式を行うものに限り、他の体内の遺物の排出や縫合は万能薬が行う傍ら、切れた四肢を繋げたり、再生するくらいは出来るとの事。


「医療技術系は昔から得意です!! これで首がもげそうになったり、四肢欠損しても大丈夫ですね!! 医療は命を救う!! ドラマ見て遺伝子技術やろうって思ったんです!! 子供の頃!!」


「いや、まぁ、医療というよりはSFだがね。というか、時々語彙が不穏なのが玉に瑕だな君も。ちなみに子供の頃の趣味は?」


「映画です!! 特にスプラッタは得意でした!!」


「さもありなん。ね……」


 何かもうSFであるだろうが、それもそのはずである。


 この世で最も恐ろしい白衣。


 マッド・サイエンティストが三人も揃えば、ロクな機械が出来るはずもない。


 トンデモな部類の機械が作られるのは間違いない話である。


 車両に搭載出来なかったのは居住環境くらいだが、船の方にはその居住環境すらあるのだから、もう研究所の白衣のマッド見習い達も口をアングリを開けて、呆けたように彼らも手伝った成果を見ていた。


 機械に付けるなら攻撃手段は過激でもいいよねとニコニコ笑顔のゼド教授と白衣の人々の合作は嘗て二代目リセル・フロスティーナに付けられようとしていた武装の小型高性能化版と火砲だ。


「そう言えば、ゼド君は火砲の方を担当してましたけど、アレをそのまま?」


「ああ、現実にあった会社からマガトのヤツがオファーされてた新素材。アレの為に試作用の火砲の製造データが送られて来ていて、まだニィトにあったのを流用した」


「ああ、だから、やたらこの世界の技術よりも設計が進んでたのね」


 特に船と車両では出力と武装の大きさが違うだけで殆ど同じものが搭載されているが、火砲に関しては車両には連射型のガトリングガン的なものが載せられているのと比べて、船には大型主砲が載せられている。


 アグニウムを用いない。


 砲弾を用いない。


 ならば、何を使うのかと言えば、巨大な電力による局所的な超大電力によるアーク放電でプラズマ化した超重元素を磁場で閉じ込めて加速。


 粒子加速器の内部みたいな状況で収束して、収束したリングを一点に凝集して撃ち出すSFみたいな代物だ。


「それにしてもプラズマ砲? アーク銃? よくあんなのを考え付いたわね」


「いやはや、SFは男の浪漫だ。小型の近接戦用のアーク銃そのものは出来るが、それだとゼド機関の出力を出し切れずに勿体ないと思ってね。鋭意、別物に改良中だ。火砲も弾の方がなぁ」


「結局、何か別ものになりましたよね!!」


 大電力でプラズマ化した物体はそもそも周囲に拡散したり、エネルギーを空気中に放出してすぐプラズマ化が解除されるが、これの重要なところはプラズマ化した超重元素を極限までレールガン染みて加速、撃ち出す事である。


 空気中ならば、周囲にエネルギーを放出しつつ、超加速された物質が冷え固まりながら散弾銃のように機能する、らしい。


 問題は弾体となった超重元素製のプラズマを対象に当てるまでエネルギーや物質を保持する事なのだが、それを超重元素そのものの性質で可能にしたようだ。


 教授達が使った超重元素は曰く。


【ウルトニウム】


 性質は猛烈な粘度というところだろうか。


 だが、その粘度が凄まじく。


 プラズマ化どころか。


 原子レベルで分解しようにも不可能。


 ナノチューブよりも細い単分子ワイヤー以下には為らない結合力があるらしい。


 原子2個が結合した状態から切り離せず。


 プラズマの状態で弾けさせても微細な糸のようになる。


 その様子はまるで糸の華が咲くように綺麗らしい。


 恐らく常識的な加工方法では細断や分離は不可能かもしれないと言われる粘着物質である為、加工方法も非日常的なものになった。


「ウルトニウム。微細加工用のラインを造らないと話にならないわね。アレ」


「仕方ないだろう。従来のプラズマを用いた火砲構想は基本的に兵器レベルの射程で作ると周辺が発射時に蒸発してしまうからな」


「でもでも、アレを糸にしてアニメみたいに糸使いが使う武器みたいにしたら楽しそうですよ!!」


「小型のドローンでも使うかね?」


「防御方法が限定されるから相手に使用を誘導された挙句に逆利用されて、さっくり真っ二つで死ぬ未来が見えるわね」


 結果としてコレを微細に加工するには王水レベルの物体で溶かしてから一繋がりまで分解したソレをゼド機関の空間歪曲による捻じれで物理限界以上に原子の距離を引き剥がす事が必須のようだ。


 砲弾一発辺りの製造コストがプラズマ化時の大電力とゼド機関の運転で恐ろしい事になっているとか。


 結果として出来たのはレールガン以上の速度で飛び。


 冷え固まりながら相手に殺到し。


 低温プラズマ時に連結が再開された物質が一塊から伸びて糸の華として散らばり、相手に当たるか当たる前に飛散。


 単分子にかなり近い状態になって相手を賽の目状にバラバラに切り裂くか。


 相手に当たった瞬間にその地点から飛散して内部から細かくバラバラにするかという悪魔みたいな兵器になった。


「何か未来兵器じゃないですよね。アレ」


「まぁ、同意はしよう。地味な斬撃兵器みたいになったからな」


「単分子化させる程に引き延ばして当てたり、当たった時点から単分子化させるのを射程で制御出来るようにするのはかなりデータが必要よ」


「いや、いっそ斬撃兵器みたいにするか? 個人携行型で相手が空間障壁の防御が行えなければ、サックリ賽の目切りで全滅させられるだろうしな。再生能力さえなければイケルだろう」


 まぁ、それだとあまりにも製造コストというよりは製造時間が掛かり過ぎるという事で最初期に作られた1ダース分の砲弾以外は他の超重元素を混ぜてプラズマ化時に高温高圧プラズマ状態を維持出来る超重元素を飛散させない外膜として使用するジャケット弾的なものになった。


 ただし、フルメタルジャケット弾が人を必要以上に苦しませない弾丸だったのに対し、こちらはかなり凶悪な効果がある。


 プラズマのエネルギーを気体状態の媒質に伝播させるのが遅い超重元素。


【スロリウム】


 これを用いた為、プラズマのエネルギーをほぼ9割以上保ったまま射程内で相手にぶち込む事が出来るのである。


「そう考えるとウルトニウムよりもスロリウムの方がまだまだ一杯使い道ありそうですよね」


「そうね。アレはいいものよ。空気中での熱源、圧力を保持出来るとなれば、工業的なあらゆる面で怖ろしく有用。今後のラインのエンジニアリングのキーになるかもしれないわ」


「今回は砲弾に加工したわけだが、大気圏内兵器の内部構造を劇的に変えられる可能性はある。今まで不可能だった超高密度のエネルギーを兵器内部で発生させて射出する武器とか簡単そうだな。簡単過ぎてそそられないが……」


「………もしかして、スロリウムを機構内部の空気に噴霧してプラズマ化、そのまま相手にブチ撒ける弾数限界のある兵器とかの方が有用だったんじゃ?」


「天才ね。まったく気付かなかったわ」


「天才か? まったく考え付きもしなかった。シンプル過ぎてびっくりする案だ」


 気体以外の個体に対しては直接伝導させる為、火傷では済まない。


 数万度のプラズマが直接体内にぶち込まれ得るならば、SFも真っ青な威力だろう。


 通常物質ならば、蒸発。


 金属装甲ならば、融解。


 貫徹を耐える装甲があっても、直撃した物質を放射性物質へと変貌させて、ジワジワと生物が傍にいれば、放射線で細胞から壊していく悪魔の兵器の完成だ。


 救いがあるとすれば、この世界の超重元素というのはどうやら放射性物質にならない性質があるらしく。


 それ自体が放射線を発しない事くらいだろう。


 ある意味、放射線で見付からないだけ厄介かもしれない。


『………凡人て辛いよな』


『ああ、オレらって天才じゃなかったみたいだ』


 マッド達の会話を聞いていた異世界のマッドの卵達は白衣姿でスゴスゴと教授達が最後に気付いた兵器を作るべく研究所内に歩いて行くのだった。


「で、メインで使うならどの兵器がいい?」


「はは、君があの人達を崇める勢いで投資する理由がようやく分かったよ」


 試作車両を運転していたウィシャスが鎧の兜というよりはメットと呼ぶべきだろう頭部装甲を脱いでやってくる。


 今まで車両内部でデータ管理と計測班相手に実験結果の報告をしていたのだ。


 本日は晴天。


 白衣がウロウロする車道。


 研究所用のサーキット周囲には大量の観測機器が並べられていた。


 兵器類も含めて全ての機能を試したのだが、何処にも問題は見られず。


 空間障壁発生時に路面を一部破壊した以外は殆ど合格点だろう。


「ふぃ~~次はこっちの番だぞ~~見てろ見てろ~~」


 デュガシェスとノイテがウィシャスの乗っていた車両に搭乗。


 再び二次試験が開始される。


「どうだ? 行けそうか?」


「ああ、その点は問題無い。例の連中相手でも通用するよ。ただ、特殊な突き抜けた能力相手だと少し不安かな。防御は恐らく貫通されないが、問題は……」


「時を止めたりするとか言うのか?」


「ああ種は割れてる。だけど、方式が一つかも分からない」


「光速近似移動による時間停滞。だが、それに入るのも止まるのもほぼエネルギーを使わない。だったか?」


「ああ、親玉が持ってるからね。しかも」


「相手の時空間変動による恩恵。ウチの技術力じゃそこまでやれない。対策は出来るがな」


「どうするつもりなんだい?」


「光で不意打ち、逃げられない規模で同時波状飽和攻撃すればいい」


「ああ、そういう事か……」


「それに瞬間的な光に近い速度で動いて少し先の未来に移動するような状況なら、その瞬間を予測して攻撃を当てればいいし、回避力は左程問題じゃない」


「だろうね。今の君なら」


「時間が制止すると言っても事実上の光速に近い機動で動いても物語みたいに状況を即座に変えられるわけじゃない。自分を含まない巨大な遅い世界の中で動けても、周辺の空気が超堅いはずだから、干渉は最小限度以上出来ない」


「ふむ。そこはたぶんそういう感じだと思うけど」


「それが出来たとしても制限がある。そもそもブラックホールになってないから、ある程度の有利な物理事象の変化まで引き起こしてるだろうな。物語の中みたいに止まってる時の中で攻撃し放題だとしても、やはりソレには限界もあれば、制限もあるのさ」


「ええと、ちなみに制限って何?」


「そもそも攻撃方法が光に近い速度で動いて爆発を発生させる、だったか。最終的に一番相手が簡単に敵を倒す方法は何だと思う?」


「機動時の爆発に相手を沈める、かな。実際、相手がそうしてたし」


「正解。スマートにナイフを自分の時間の外に置いておくみたいな事してもいいが、自分の時間に付いて来れない物質は単なるお荷物だ。それをばら撒いて超高速で動けば何でも爆弾扱い出来るんだから、面倒な手間は普通取らない」


「なるほど……制限はそれなのかい?」


「ああ、強力な回避手段と攻撃手段が両立された場合、それを使わないのは不合理で同時にそれを使うからこそ、相手はワンパターンだ」


「攻撃方法は多彩だったけど?」


「だから、回避方法は自分が圧し負けたり、質的に劣ってた場合の切り札の一つなんだよ。絶対何処かで使うだろ? お前みたいな相手なら尚の事だ」


「だろうね。それは頷けるよ。連続使用出来ない隙も大きそうだったし」


「必ず使う技がある。必ず即死攻撃を避けられると高を括った程度のヤツがいる。これが解ってる時点でオレが読み負けるとでも?」


「はは……はぁぁ、君くらいだよ。時間を止めて動ける相手に絶対勝てるとか確信出来るのは」


「まぁ、複数種類の時間停止や時間加速をする能力の敵に対する対策は30種類くらい揃えてあるから、何かそれっぽいのが出て来たら言え。時間を戻すのは恐らくこの世界に存在しない。存在しても四つの力が阻止するだろうしな」


「ああ、文明を戻されちゃ困るのか。それにしても対策の数が……アウトナンバー用かい? よくこの短期間で考えたね」


「どれか一つくらいは利くだろ。無限に世界を静止出来たとしても動かない世界に意味は無いしな」


 肩を竦めた騎士を横にサーキットを見るとノイテの操縦する車両が次々にカーブをドリフト走行で進み、最速のラップを出していた。


「安全運転て言葉はあいつらに無いのか?」


「まぁ、歪曲空間で逃げる時は運転変わるよ。うん」


「そうしてくれ」


 こうして研究所では順調に装備開発が進んでいくのだった。


 *


―――帝都第一放送局第1チャンネル11:55分。


 テケテテテッテテ。


 テケテテテッテテ。


 テケテテテッテテテテテッテッテッテッテ。


「さぁ、今日も始まりました。帝国五分クッキング!!」


「本日はアシスタントのミナと」


「ナミと」


「料理研究家のイルセルア・フルーシギンです」


「この三人でお送りしまーす!!」


 2人の若いアシスタントに品の良い老女が1人。


 ニコリとして頭を下げた。


「本日の献立はコレ!!」


「若鳥のササミ揚げ。聖女風です」


「では、今日の調理手順を私達がやっている間にフルーシギンさんには現代料理の歴史を解説して頂きましょう」


 言ってる傍から双子らしい20代の女性達が調理を始める。


「ぇ~~本日のお料理は五十年前に帝都で聖女殿下が御作りになった総菜料理読本にて広められ、当時の料理人達をあっと言わせたヘルシーメニューです」


 歴史的な文脈がズラリと後ろの解説パネルに並び始める。


「当時、料理というものの殆どは調味料で適当に味を付けたものをとにかく熱を通すと言うのが主流でした。味も今よりもとても濃く。皆さんが普段食べている料理と比べても数倍は塩辛いものが多かったでしょう」


 ニコニコと老女は続ける。


「その時に出た料理読本の数々は正しく帝国女性。いえ、大陸の全女性にとって衝撃のものでした。何故ならば、その本には今で言う公衆衛生概念から始まって調理時の衛生管理、食材の選別方法、貯蔵方法、調理時の周辺状況によっての調理工程の変更などの事細かな事柄が数多く書かれてあったのです」


 懐かしそうに老女が手に盛った古びれた本を撫ぜる。


「これらは全て帝国発、聖女殿下による代物であり、一切他者の検閲、校正が入っていない貴重な歴史的な資料でもあります。当時は文字そのものまで印刷対象であった事で聖女殿下のとても美しい書体を見る事も出来ます。戦後、聖女殿下の行方が分からなくなった後、帝国最高の格式ある書体として聖女体が作られましたが、その字の多くはこれらの本に記された文字から起こされたとされています」


 言っている合間にも女性達が次々に調理手順を踏んで料理は遂に揚げ物本体を油に入れるところまで来ていた。


「聖女殿下のお優しいところは多くの料理手順が全て文字の読めない女性にも出来るようにと絵と図解で解説されていた事です。今とは違って帝国ですら識字率は9割を超えていませんでした。大陸の多くの女性達が何れ本を読めるようになるまでは図で表そうというのは正しく画期的であったのです」


 老女の瞳をツゥッと涙が伝う。


「そして、このササミ揚げは元々が帝国の庶民料理の定番の一つでしたが、聖女殿下が大増産を指示された調味料と他国からの香辛料の輸入拡大によって、塩分や油分を控えめにしても風味とこくが出る上に味付けも濃く感じられるという一品に仕上がりました」


 料理がホカホカと湯気を上げながら、香辛料入りの御酢を用いたソースによってキラキラと輝く。


「聖女殿下の料理の多くは油分、塩分を控えめにして薄味を基礎とし、素材の味を楽しみながらも、香辛料や低塩分の調味料によって風味や彩りや味のバリエーションも豊か。その上、調理手順一つとっても当時の多くの家庭や貧困層の調理現場の事を考えて造られた真に読む者に優しく料理を教え導く伝道書となったのです」


 ウンウンと女性二人も出来上がった料理を並べながら頷いている。


「これらの本の出版により、帝国は元より大陸においても料理のレベルは随分と上がった事でしょう。それに比例し、食中毒による死亡事例は劇的に下がり、多くの国々で人々の命を救った。健康寿命という概念の導入や大陸規模での平均寿命が劇的に上がったのも万能薬が安く帝国より各地に降ろされるようになったからだけではないのです」


 三人が調理されたササミ揚げをフォークで美味しそうに頬張り始める。


「姫殿下の料理。それこそが世界を変えた。大陸の全ての料理人は確かに聖女殿下が用い始めた料理の基礎を基準として今も料理をしている。皆さんもまた誰もが聖女の世代だとわたくしは思っております」


「スゴイお話ですね~」


「本当に歴史的なお話です~」


「ああ、あのブラスタ女碩学院で食べた聖女殿下の小麦菓子の味は今も忘れられません。他者の為、食べる者の為の味、風味、歯ざわり、あの時子供だったわたくし達を慮る事でしか無し得ない味を……」


 老女がササミ揚げをモクモクと食べながらウンウン頷いていた。


「聖女殿下の御帰還記念回はこれで終わりでーす」


「皆さんもご自身で一度は姫殿下の残されたレシピを作ってみては如何でしょうか?」


「「「帝国五分クッキングでした~~」」」


 全員が手を振ってCMが流れ始める。


「なぁなぁ、ノイテ」


「何ですか?」


「ふぃーってそんなの考えてたと思うか?」


「ある程度は考えていたかもしれませんが、基本的には単純に帝国の濃い味がお気に召さなかったのでしょう。いつの間にか、私達も聖女の味とやらに慣らされて、祖国の料理は塩辛いと思うようになりましたし」


「何か懐かしいなぁ。何で貴族の癖に味薄いんだろって思ってたのになぁ……」


 2人のメイドがテレビを消して、再びカリカリと鉛筆をノートに奔らせ始める。


 実際、聖女と呼ばれる前から時々料理を食べていた彼女達にはフィティシラ・アルローゼンの料理に対する意識というのが解っていた。


 基本、自分の為に周辺環境を変えるというのが基本方針。


 であるからして、仕事であると同時に自分が何処で何を食べても良いようにと本なんか書いていたのは間違いないと思う2人であった。


「………」


 そんな彼女達が勉強する様子を見ていたドゥリンガムからの使者。


 ジークが横にいるドラクーン見習いのアルジャナと共に研究所内の各地で自分達のやるべき事をこなす少女達の見回りを行っていた。


「少し納得が行かなそうね。貴方」


「い、いえ!? ジーク殿!? これも姫殿下に仰せ付かった立派な仕事であると思っております!!」


「でも、本当に立派な仕事よ?」


「え?」


「あの姫殿下が自分の一番大切なものを預けてくれているだけで信用されていると思うべきって事よ……」


「一番大切な……」


「嘗て、ドゥリンガムにあの方が来た時、相当に怒っていた。そして、その威力を目の当たりにして正直怖いと思ったわ。でも、それでも関係無い人々への配慮はしてくれていた。普通の貴族ならば、我を忘れるような怒りに囚われたら、見境ない時代の事よ」


「そうですか……」


「でも、遠慮する必要が無いと見なされたドゥリンガムを蹂躙していた4000人の傭兵達の9割は自殺して、1割は廃人になったわ」


「ッ――それはまさかドゥリンガムに姫殿下が来訪した時の? 詳しい事は歴史書にも書かれてはいませんでしたが……」


「今もその姿には変わりがない。彼女にとっての優先順位は明確よ。50年後も何も変わってはいない。あの時の姿のまま……あの子達が護られる限り、世界もまた護られる。だから、命を賭して護りなさい。アルジャナ・バンデシス」


「ハッ!!」


「よろしい。それはそれとしてそんなにドゥリンガム人が珍しい? さっきから耳とか見てるけど」


「い、いえ、ドゥリンガムの方々の容姿の事はこの50年で周知されるようになりましたし、物語の中の人達のようだと少し憧れる子供達もいますし、そんなに気になるという事は無いのですが……」


「なら、何で見てるのよ?」


「じ、実は動物好きでして。いえ、どちらかと言うとバルバロスが好きでして」


「はぁぁ、何かまた変なのと出会っちゃったわ」


「す、すす、済みません!? 他意は無いんです!?」


「なら、姫殿下に獣耳が生えたら、もう虜になっちゃうわけ?」


「―――お、おおお、畏れ多いです!?」


 空想して呆然と想像内の相手の姿にイイと思った青年をジト目で見やるジークなのだった。


 *


「完成したな。車両と船の試作品はこれでいいだろう」


「そうですね!! 小型の兵器類も終わりました!!」


「増産用のラインの設計は終わったけど、最初のラインが出来るまで20日くらい掛かるわね。その後は工場を増やすまで一直線よ」


「結局、この世界の技術水準で可能になったのかね?」


「ええ、こっちで秘匿してる色々な工業系のインフラ技術とか。工作機械による一括生産用のHi-NC技術を全部渡したから。最初のライン用NC工作機械が出来れば、後はそれで同じのを作って、それで再び同じのをって再生産体制になるわ」


「なるほど? ニィトでやっていたのと同じか。工作精度がお察しのあいつよりはマシなものが出来そうだな」


「場所は帝都郊外にある半導体工場を20棟程借りるわ。同時にそこを全て置き換えるまでの作業が20日。最初期の1体はお手製よ。後は流れ作業用のラインが組み上がったら、工作機械を増産しつつ、一工場で車両は日産40台、船は日産3台の予定。部品その他の必要な資材が完全に揃ってればの話だけど」


「スゴイです!! 久遠さん」


 研究所の一角。


 三人の教授達がラボ内で一仕事終えた後のお茶の時間を洒落込んでいた。


「そう言えば、結局持って行く小型装備のラインナップはどうなったかしら?」


「ああ、原始的で安定性のある兵器にしてくれとの注文も付いたからな。君の手を煩わせるまでも無かった」


「あら? 聞いてみましょうか」


「戦略級の近接・中距離兵装として【プラズマ・アーク・クラスター】【コンポーズ・アウト】【ゼロレンジ・カノン】を持たせたよ。何とも詰まらん仕事だったな。鎧はいいんだが、やはりアニメ張りの兵器が必要だ。一仕事終わったら、私はそちらに掛かるつもりだ」


 女性陣にペラッと書き殴った設計図が手渡される。


「おぉ、本当にこれを見る限り、枯れた技術ばっかりですね。後は遊び心が無い点がゼド君の心情を顕してますよ」


「そうね。戦略級なのに近接兵装なのが何か面白くしようって努力を感じるわ」


「プラズマ・アーク・クラスターは元々は携行極短距離火器だったアーク銃を改造して出力をアップしただけの代物だ」


「アーク溶接機ですか?」


「その通り。アークの本数を10000倍に増加させて、薙ぎ払うブレード状に形成した。ゼド機関で動力は問題無い」


「無限機関だものね。さすがにあの時代には完全にオーバーテクノロジーだったけど、今なら技術力の開きは左程じゃないかもしれないわ」


「ですね。ゼド機関ちょっと生物に組み込んでみたいですよね!!」


「はは、それはまた今度にしてくれ。説明を続けよう。基本的にはアークの中心となる刀型の電極開発とアークの放電現象を前方にトゲトゲさせただけだ」


「アークの誘導方法が空間の歪曲なのね。結局」


「ま、当然だな。安上りだし、ゼド機関そのものをシステムに組み込む以上は一番単純で安全な誘導方法を取った」


「でも、凄い距離ですね。アーク放電自体を此処まで広げると市街地戦に使えないんじゃ?」


「殲滅戦専用だ。一振り300m。原理的には溶接機器の超大出力化でしかない。アーク溶接に耐えられない生物は即死だが、それだけだな」


「こっちのコンポーズ・アウトは結構遊んでるような?」


「空間を歪曲させる技術は色々応用が利く。相手に座標マーカーを射出してその周囲を歪曲させて、空間圧縮を掛け、物理的な圧縮の限界を超えた疑似ブラックホール化で瞬間的なクェーサー反応を引き出しているだけだ」


「ああ、ブラックホール機関のスターター爆縮機構を野外再現出来たのね。超重元素が大量なら、貴方でも出来るでしょうね。確かに……」


「その通りだ。十年以上前に作り終えた代物を今更リニューアルしただけだよ。歪曲用のシステムは小型だと距離が稼げない。精々が射程100m。包囲領域が40mから2m四方。最大ロックオン数が140。コンポーズ時間が2秒。売りは相手が空間歪曲系の技術か能力を持たない限りは抵抗出来ない事くらいか?」


「あ、でも、これって確か拘束する物質を空間振動でそもそも爆縮するから、囚われる前に原子レベルで物体に対策してないと外に抜き出すのは不可能だったような? 制御棒で苦心してましたよね?」


「まぁ、な。だが、別に制御は必要無い。そもそもの爆縮反応時間が0.0003秒間だからな。ちなみに生き物として反応するのはかなり難しいだろう。反応時間が短いから惑星を貫通したりもしないし、エネルギー化した物質も光の柱になるだけで派手さも今一という事を除けば、運用そのものは安定している」


「ゼド君てアニメみたいな攻撃が一番好きだもんね」


「その通りだよ。ゼロレンジ・カノンなんて本当に色気の欠片も無いな」


「あ、自動照準なんだ? でもでも、この世界の技術力で行けるの?」


「久遠君に貰ったチップセットを入れたからな。自動照準した対象を空間の歪曲で瞬間的に銃口とほぼゼロ距離にして絶対当たるだけの手持ち式火砲だ」


「火力の集中は常識的には十分でしょうね。どうせ、弾丸は全部超重元素製になるだろうし」


「左様。砲弾射出速度は毎秒6発。絶対命中距離は400m。歪曲空間を逆撃する反応速度の生物でもいない限りはもしもすら無い」


「それも空間歪曲で横にカノンの反動を流してるからそちらに誘導されて発射阻止は殆ど不可能なわけね」


「キラキラしたエフェクトも無ければ、相手に派手な爆発や効果も及ぼさない兵器の何が愉しいものか。はぁぁ……何かせっかくの人生に無駄を積み重ねたような気がするなぁ」


 ゼド教授の嘆きに「浪漫は大事だよね!!」とか「楽しいのがいいものね」とか頷いている教授達の後ろ姿を見てゼストゥスが他の白衣連中と共に「ああ、生きてる次元が違うってこういう事なんだな」と納得してしまうのだった。


 *


―――帝国技研敷地前。


「で、どうしてこんな事になったんだと思う?」


「聞かないでくださいまし」


「総隊長からはリバイツネードの暇で実力のある雑用係が欲しいと言われたんだが……」


「ソレ確実にわたくしが巻き添えなのでは?!」


 一人の青年と一人の金髪縦ロールの少女がイソイソとリバイツネードで渡されたパスを提示して、帝国技研。


 この大陸最高峰の技術集団の園へと入って来ていた。


「マヲー!!?」


「ま、負けたでごじゃぁ~~~」


「く、くくくく、くけけっ!! いい気味だぞ!! 幾らサイコロの出目まで操作出来ても選択肢を間違えれば、TRPGはシナリオ爆破されない!!」


「ふ、ふふ、おねーちゃん。私達ようやく勝ったよ」


「よくやったで妹よぉ~~!!?」


「好き勝手シナリオをブレイクするシナリオ破壊魔に裁きの鉄槌を!!」


 何か入った玄関先で猫と幼女に少女達が三人とも勝利宣言でガッツポーズしつつ、世界を救ったかのような満足感に良い顔で汗を拭っていた。


「「(え、何コレは?)」」


 内心をハモらせたリバイツネード組の男女はドン引きである。


「んぐんぐ。あ、来ただよ」


「こんにちわー」


 白金の肌をした田舎者に胸元が鱗のエンブレムで覆われた少女達を見て、2人が驚いた様子ながらもすぐに気付いて敬礼した。


「て、帝都の守護竜たるフェグ様と白金の乙女ヴェーナ様ですね!! リバイツネードより出向して参りました。リバイツネード第17期生。現第12大隊。大隊長アルス・ギルマ・シュタイナルです」


「副長のクリーオ・イル・ブランジェスタですわ。お見知りおきを」


 カーテシーを決めた少女に敬礼する青年を見たヴェーナがうんうんと頷いた後、案内するからとゲームの勝敗に一喜一憂する遊興勢を置いて、奥へと案内する。


「ぁ~~ちなみに配属先は聞いてるだよ。車両と艦船の操縦技術はあるだか?」


「はい。自分は2級船舶免許で中型から大型のクルーザーまでなら運転出来ます。軍用の中型船舶も可能です」


「わたくしは1級特別車両免許を。大型軍用車両まで大丈夫ですわ」


「んだが~~2人とも優秀だ~」


「いえ、それ程でも」


「じゃあ、任せても大丈夫だな♪」


「任せても?」


「大丈夫?」


 2人が連れていかれた先は研究所内のサーキット付近にある大きな倉庫だった。


「は?」


「へ?」


 だが、2人の前には見た事もない車高の低い軍用車両が1台地面に置かれ。


 中型にしても大きなの空飛ぶ艦船が一隻係留されている姿だった。


 中型の軍用艦は既存の代物では在ったが、所々の装甲からは最新型のようにも見えるし、車両に至っては今まで見た事もない形状だった。


「あ、はい。コレがマニュアルだ。8日くらいで覚えるだよ~」


 2人に何処から取り出したのか。


 ぶ厚いマニュアルという名の鈍器がドンッと押し付けられる。


「出航は15日後になってるだ。ええっと、こいつらオーエス? とか言うのが何か普通と違うってーのと。同時に専用へいそーは機密してーだとか言ってただ。騎士ウィシャスと姫殿下とフェグとアテオラが一緒に乗るだ。敵は時間とか止めるらしいべよ。ま、気楽にぶっ倒してくるとええだで」


「「………」」


「じゃ、あどは白衣の皆に聞いて欲しいだよ。んっ」


 昼時の食堂に戻っていくヴェーナはニコニコと手を振ってから研究所の奥へと消えていくのだった。


「「どうしよう………」」


 ハモった2人は限界を超えて意味不明なくらいに自分達に掛かる重圧に顔を引き攣らせつつ、途方に暮れるのだった。


―――20分後。


「君達がリバイツネードの同行者かい?」


「―――リバイツネードから出向して来ました!! 現第12大隊。大隊長アルス・ギルマ・シュタイナルです!!」


「副長のクリーオ・イル・ブランジェスタです!!」


 ビシッと決めた知り合いを聖女が横合いから珈琲を啜りながら眺める。


「ああ、よろしく頼む」


「「よろしくお願いします」」


「ウィシャス。取り敢えず、現在の状況を共有しておけ。それとOSの仕様とプログラムに付いてもそいつらにレクチャーして数日で使い物になるよう教育しといてくれ」


「了解だ」


「後は任せたぞ。今日、フィードバックした分のデータでほぼ能力向上は完了した。後は実戦データだけだ。明日には実際に使う状態でバージョンアップされる」


「今日は帰るかい?」


「いや、今日中に教授連中と詰めなきゃならない事が多過ぎる。待たせてる大陸各地の大企業の会長職連中にも顔見せして来なきゃならない。夜は此処にいる。何かあったら邸宅の方から連絡をくれ」


「解った」


 頷いた騎士を置いて聖女様はイソイソと現場を後にしていった。


「「………」」


 車両と船が置かれた倉庫の横。


 計測機器が置かれた野外でリバイツネードからの出向者達は何か置いてけぼりのような間隔を味わっていた。


「ああ、言葉遣いは気にしないでくれ。対外的な顔も此処での顔もどちらも彼女だからね」


「俄かには……」


「まるで別人かと」


 少女と青年は同じことを思う。


 いや、別人だろ、と。


「はは、そういう事もある。親と親友に同じ言葉遣いをする事の無い人間だという事さ。いや、今は人間を止めたんだったか。それは自分もだけどね。取り敢えず、座ってくれ」


 2人が野外のテーブル横のパイプ椅子に腰掛ける。


「さて、何処から話したものかな。命を預ける間柄になるんだ。君達にも彼女の秘密の幾つかを話しておかなきゃならないだろう」


「秘密、ですか?」


「姫殿下の秘密……」


「そうだな。少し長い話になる。まずは彼女が何処から来たのかに付いて話そうか」


「何処から」


「来たか?」


「そうだな。行ってしまえば、彼女はこの世界を創った神とやらがいた世界から来た。異世界人てところかな? いや、近頃書かれるような聖女殿下の異世界ファンタジー物語の話じゃないよ?」


 聖女の部下たる青年はそうして静かに一人の人間の物語を話始めたのだった。


―――3時間後。


「姫殿下が……」


「異世界からの来訪者……」


「しかも、元は男だった?」


 もはや、リバイツネード組の顔は下手な子供向けの異世界ファンタジーの話を今されてもなぁという顔に近かったが、それを大真面目に言うのは彼らも知る偉人その人だった。


 故に呑み込めないような話もまた呑み込まなければならない。


 それが宮仕えの宿命であった。


「はは、信じられないだろうけど、事実だよ。そして、先程も言ったようにこの世界を創った神とやらと同じ時代から来ている」


「わ、わたくし、頭がどうにかなってしまいそうですわ」


「同感とだけ」


 2人が大きく息を吐く。


「そして、今は神とやらが創った力が文明を滅ぼす瀬戸際なわけだ」


「そ、それも……四つの力。月すら砕く指……うぅ、これなら弟が呼んでる子供向けの物語の方がマシですわ……」


「その内の一つ。蒼の奏者。その欠片の暴発によって我々が産まれた……」


 2人の部下にウィシャスが頷く。


「これは研究所内でも極限られた人間だけが知る事実だ。無論、口外無用な上に情報漏洩は重罪じゃ済まない。一応、上の人間として慣用句的に言っておくけれど」


「解りました。いえ、分からない事だらけなのが解りました」


「こ、こんなの誰にも言えませんわ……」


「それでいい。そして、君達はリバイツネードが倒せず。僕が取り逃がしたアウトナンバーの人間版の駆除に向かうわけだ。標的は例外なく狂人。全ての人類に対して害悪だ。例え、一部の人間に対して利益を与えていたりしても、人を搾取するのみならず殺す彼らは最優先排除対象でもある」


「その戦いに参加するという事なのですわね。騎士ウィシャス」


「ああ、そうだ。人殺しをしろと君達に自分は言わなければならない。心苦しいが、彼女みたいに人間を止めても心は人間でありたいなんてのは極少数だからね。彼女の分まで人間を心から止める人間が必要だ」


「人間を止める……」


「アウトナンバー化した人材の多くが既に確認された限り、1000人では利かないレベルで人死にを出している。彼らを野放しにすれば、何れアウトブレイク……空間崩壊と同時にアウトナンバーに取り付いたモノの本体すら出かねない。そうなれば、四つの力を待たずして世界は破滅するだろう」


「戦うしかないのですわね……我々は……」


 少女にウィシャスが頷く。


「君達の働きと献身に期待する。だが、まぁ……何が相手であれ、心配はしなくていいよ」


 肩を竦めた上司に青年と少女は首を傾げる。


「どういう事ですか?」


 青年の問いにウィシャスが軽く溜息を吐いた。


「彼女が怒ってる以上、もはや狂人達には逃げ場も未来も無い」


「「―――」」


「ああ、怖がらないで聞いて欲しいが、恐らく一方的な虐殺になる。そして、奴らは例外なく誰一人として生きて大陸には存在しなくなるだろう」


「……姫殿下のお怒りはそれほどに深いという事ですか?」


「アレは怒りじゃない。強いて言うなら哀しみと痛みだ」


「哀しみと痛み……」


 少女が聖女の消えていった方角を見やる。


「それなりに長い付き合いだからね。解るさ……だから、覚えておくといい。この世に僕以上の力を持つ者はそれなりにいるが、僕が何も出来ずに敗北するかもしれない相手は神とやらを除けば、恐らくたった一人しかいない」


 ゴクリと2人が唾を呑み込む。


「それは力だけの事じゃない。聖女なんて柄じゃないんだ。彼女は元々……何なら幾ら考えてみても、世界を滅ぼす側だよ。それもとても個人的な理由によってね」


「世界を……」


「滅ぼす?」


「全ては表裏なのさ。だが、運が良い事にこの大陸は彼女の庭となった。だから、君達には彼女をがっかりさせないで欲しい。脅かそうとしてるわけじゃないんだ」


 騎士ウィシャス。


 聖女の剣。


 そう呼ばれる世界最高の竜騎士は肩を竦めて、まだ何も分からないだろう部下達にこう言った。


「彼女はどれだけ些細な理由でも世界を滅ぼせるし、どれだけ恐ろしい理由でも世界を救える。そして、何よりも優しいんだ……その優しさで世界を救えもすれば、滅ぼせもするってだけで……それが―――」


 大真面目な顔というよりは苦笑気味の仕方なさそうな顔で。


「帝国大公家継承者。フィティシラ・アルローゼン。聖女と呼ばれた彼女の流儀なのさ」


「「………」」


 こうして彼らは短い時間の中。


 自らの役割を果たすべく。


 大陸最強の男の指南を受ける事になるのだった。


 聖女とは一体何者なのか。


 それを少しずつ学びながら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ