表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
508/789

第121話「煉獄を裂く者達Ⅳ」


「久しぶりですね。詐欺師の姫」


「我が王。思っていても言わぬのがよろしいかと」


「おお♪ 久方ぶりじゃなぁ。あ、こっちはそちらの王と違って怨みは無いからニッコリじゃぞ?」


 竜の国の王様と参謀、似非和風国家の女王がニィトの小さな応接室で揃い踏みだった。


 防音済みの部屋での事である。


 現代式のこじんまりとしたソファーが二つと硝子製のテーブルが一つ。


 珈琲が置かれている以外は正しく衝立も相まって狭い場所での事であった。


「それで一応……聞いておきたいのですが、その姿は?」


 ガラジオンの王様と参謀役の女傑。


 2人の姿は頭部に角が生えていた。


 鹿のような立派な感じだが、髪飾りのようにも見える。


 ついでに肌の一部は鱗が生えていた。


「我が国の懸案を何とかしようとした結果です」


「ああ、竜から好かれる因子が消えていく事に対する対処はそういう風にしたわけですか」


「……やはり、そちらは知っていたわけか。姫殿下」


 王様がジロリと恨めしそうな目で見て来る。


「いえ、何かを焦っているのは知っていましたが、具体的な事は……しかし、それがどんな理由なら戦争になるのかと色々と考えて幾つかの候補を軸に対処法を考えていただけの事です」


「さすがと言うか。何というか……我らの全てを御破算にした者のやる事は一味違うと」


 王よりも厄介な女傑が溜息を吐いていた。


「我が国が竜を使えなくなれば、四つの力に対抗する切り札を失う。そして、我が国も滅びゆくしかない。だからこそ、蒼の欠片が必要だった」


 王が肩を落とす。


「ですが、古代竜は人格的にも王家に付き従い続けるのでは?」


「竜の国の繁栄にはそれ以外のバルバロスとしての竜達が必要だったという事です。国の維持は全て竜を中心に回っている以上は……」


「ふむ。傭兵稼業もこの50年で随分と衰退したかと思いますが、今は軍事産業でもしているのですか?」


 こちらの言葉に女傑が溜息を諦めがちに吐いた。


「今は赤道という事もあり、宇宙開発の為に打ち上げ基地を要し、バルバロスの中でもドラクーン用の竜を生産する地域として……」


「で? どうです? 貴方達以外にソレを選ぶ人はいましたか?」


「貴方は……昔から人の言い難い事を……ええ、貴方が予測した通りですよ。特化戦力以外の竜の時代は終わり掛けている」


 それはそうだろう。


 基本的に機械の発達は経済動物の無用化を招く。


「古代竜や先鋭化した戦力としての竜は別としても通常のバルバロスである竜は小回りの利く機械の代わりに使う用途と象徴的な戦力としてしか残っていない」


「つまり、数も無い。というところですか」


「貴女に学んだ結果です。汎用性で機械に劣る以上は戦力にしても古代竜の強化と機械の組み合わせが最も妥当だと判断された。まぁ、ほぼ独自にですが」


「なるほど。そこは矜持の世界でしょうから、構いませんよ」


「矜持、ですか。それを粉々にしてくれた貴女に言われるのは痛快ですらある。戦わずして我々は敗北したわけだが……」


 王様の怨みは深いらしい。


「そう卑下するものでもないでしょう。そちらにあった隙が悪いですよ。アレが無ければ、数万単位で死傷者が出ていたでしょうし」


「はは……今やひ孫からも『おじいちゃまは聖女様と戦った悪いヤツなの?』と学校で聞いた歴史の授業の末に聞かれる始末ですよ」


「それは心から同情させて下さい」


 お茶を啜ると話したそうにドゥリンガムの姫が昔と変わらぬ姿でウズウズしているようだった。


「で、そっちは?」


 こちらの言葉遣いに驚く事もなく。


 苦笑する姫はニヤニヤしていた。


「ふふん? 儲けさせて貰ったぞ。随分とな」


「万能薬の売り上げの7%程度でそこまでのものか?」


「いやいや、お主のおかげでドゥリンガムは生物資源の宝庫にして世界最大の遺伝資源を用いた食料生産地帯に生まれ変わったのでな」


「まさか、調味料か?」


「大当たりじゃ♪ うはうはじゃ~~~ちなみにウチの国の予算はそこな竜の国の予算の9倍程になっておる!!」


 それだけでガラジオン組が渋い顔になった。


「醤油!! 味醂!! 味噌!! 御酢!! 清酒!! 大陸全土に売り込んだおかげで今では調味料大陸最大手じゃぞ?」


「後で祖国の料理を楽しみにしておこう」


「よいよい!! 万能薬以外の薬や遺伝研究とかも盛んじゃ。研究所と一緒に製薬会社最大手もやっとるし、色々と生物兵器とか作っとるしな♪」


「こっちの方を締め上げておくんだったな……はぁぁ、それで棺は?」


「あの後、そちが消えてドラクーンに接収されたぞ。今は確か研究所の方に運ばれておるはずじゃ」


「そうか。良かったのか? 一応、お前らの始祖に当たるはずだが」


「構わん構わん。どうせ、グランジルデの情報でしか知らん相手じゃしな♪」


「左様か」


「それにそちの中のグランジルデにも挨拶したしのう。久しぶりに繋がってみたが、五十年程度では何も変わらずじゃな」


「一応、プラズマ化して取り込んだが、結局あのクラスになると肉体は滅ぼせても精神はあっち側に残るのか……やっぱり」


「そちの方が詳しいかと思ったが、まだ左程でもないのか。ふむ」


「取り敢えず、バイツネードを滅ぼすまではお前らに用は無い。四つの力との決着が付くかどうかも定かじゃないからな」


「だが、極力影響を排除する方向なのじゃろう?」


「無論だ。ただ、オレがいない間に世界が滅びてないのは御目溢しというよりは単なる異常事態のせいで手が出し難かった可能性が高い」


「ほう? つまり、時間変動のせいで人類文明の初期化が猶予されていたと?」


「可能性の話だが、それが一番高いと予測で出てる」


 エジェットを見ると頷きで同意が返された。


「ちなみにそちらは切り札を使えるようになったのですか?」


 アズールに訊ねるとメレイスがジト目になった。


「いや、今までの口調でいいじゃろ」


「使い分けですよ」


 基本的に使う相手には気を付けている。


「そっちの方が力を使ってる時より怖いのは何でなんじゃろうなぁ……」


 アズール王がこちらを見つめる。


「この五十年で始祖の祝福によって我が方の切り札は万全にしておいた。いつでも使う事が出来る。蒼の欠片を多少なりとも使ったおかげで寿命を使わずに済んだ事は感謝する。まぁ、そのせいで今度は寿命が消えたらしいとの話だが……」


「その様子だと使用可能条件はちゃんと気付いたようで……」


「そのせいでリニスはお冠ですがね」


 女傑が肩を竦めた。


「でしょうね」


「どんな条件にしてあったのじゃ?」


「ああ、簡単だ。当人には貸与期間に比例して、使用料を払ってもらう。払わなきゃ使えないようにしておいた」


「使用料?」


「帝国の為に働けって事だ。お試しで三か月くらい貸与してみて、まともに運用してくれそうなら、継続的にお仕事を振り分けようと思ってたんだが……どうやらそのせいであっちは怒り心頭らしい」


「帝国の為に働くってどんなのじゃ?」


「貸与者は指定された定期任務をこなす事。定期任務は人里で暴れるバルバロスの駆逐とかバイツネードの狩り出しとか帝国の危機的な状況における無条件の参戦とか援軍とか」


「うわぁ……」


 メレイスがドン引きしていた。


 まぁ、帝国に喧嘩売った先から何か帝国の為に働き出すガラジオンの竜騎兵とかいうのがいたら、どうなるかは想像が着くだろう。


「まぁ、色々あるが基本的にそんなのだ」


「そう言えば、仮面を被った女竜騎士というのが昔流行ってたのう」


「何だソレ?」


「いや、黒騎士の変種みたいなもんじゃな。そちのドラクーンが地方でこっそり活動してた時のような事をする仮面の女竜騎士が五十年前から各国に出没して、黒騎士同様に人助けして回ってたとか何とか」


「……そうか。そういう話はそっとしておこう」


 王様がげっそりした溜息を吐く。


「リニスにはある程度の使用が終わった後には定期的に使われるのが不満だと訴えられたので蒼の欠片自身の力で寝かせてあります。こちらと同じ処置を施して、定期的に起こす以外では……」


「今は?」


「母艦の方で突撃しようとするのをウチの最古参の竜騎兵に諫めさせています」


「あっちも大変そうなようで」


 こちらをアズールが真面目な顔で見てくる。


「それで蒼の欠片の返却に付いてですが」


「ああ、一度返して貰いますが、使い終わったら今と同じ条件で無期限に貸与しましょう。今までの実績を確認後に重要な部分もある程度は使わせるというのであれば、そちらも文句ないのでは?」


「……気味が悪い程に大盤振る舞いのようだが、どういう理由で?」


「こちらが死んだ場合の保険ですよ。彼女になら使わせてもいいとは思っていたので」


「四つの力との戦いには持って行かないと?」


「持って行った場合の危機管理が出来ないので」


「それはどういう?」


「簡単に言えば、あちらが白の力と赤の力を持っているのに蒼の欠片程度ではどうにもならないという事ですよ。逆に同列の力で乗っ取られても困ります」


「そんな事が有り得ると?」


「何事も在り得るとして準備しているので。それに同じ欠片なら既に持っています。出来る事は違いますが、そちらを使わせて貰う方がいいと考えました」


「……我々はどう動かしたいか仰って頂きたい」


「取り敢えずはまずバイツネード戦時の後詰をお願いします。わたくしが破れた場合には南部皇国を吹き飛ばす威力の兵器を好きに使って下さい。出来れば、民間人の避難を最優先でして頂ければ」


「ご自分で為さらないと?」


「しますよ。でも、予定は未定。五十年の経過でまた予定の組み直しをしなければなりません」


「五十年でまた条件が変わったと」


「ええ、今すぐに相手が出て来ない以上は準備を厚塗りしたいので。緊急時か予定の組み直しが終わってから他に取り掛かります」


 そこでエジェットが立ち上がる。


「では、こちらで王に代わり、我々が南部皇国に駐留軍を派遣しておきましょう。初期対応にはドラクーンと共に我らも当たるという事で構わないでしょうか?」


「戦力が増える分には歓迎します。ただし、古代竜は蒼の欠片と同じ理由で持ち込みせず。国土外での待機状態にしておいてくれると助かります」


「解りました」


「エジェット。頼む」


「お任せ下さい。久方ぶりの現場です。後輩達に遅れぬように鋭意努力します」


 そのまま女傑が頭を下げてから部屋から出て行った。


「それにしても新しい種族になったようですが、国民は知っているのですか?」


「無論。しかし、日常的な存在にしてしまえば、差別対象になる可能性も否定出来ない。王族間のみに留めていますよ」


「ドゥリンガムを真似ると?」


「ウチが勧めたんじゃ。ちなみに我が国と竜の国は外交的に親交を深めた後は互いの国に王族達が毎年恒例の避暑地として二か月程夏休みという名の人質交換な滞在を行っておる。ま、ウチの王族は我の子が無いので王家筋の分家から選んだ連中を集めて送っておるだけじゃがな」


 どうやらこっちも色々と面倒な事があるらしい。


「では、大枠ではそちらに後詰を押し付けます。南部皇国の現状や帝国内の問題諸々も幾らか聞かねばならないのでコレで……」


 アズールが立ち上がる。


「この50年は長かった。次は100年と言い出されない事を願いますよ。姫殿下」


「じゃな。ま、帝国は帝国で国内でゴタゴタしとるんじゃがな」


「初耳ですが、それはそちらの方達に聞きましょう」


「そうするとよいぞ。あ、ジーク」


『は!!』


 扉の先からケモミミの少女が駆けて来た。


「久しぶりだな。ジーク」


「……本当に変わらない。あの日のまま……その若さが羨ましくないというのも変な話だ」


 苦笑が零されていた。


 ジークもまた老化から開放されているらしい。


 あの頃の姿のままだった。


「ジークはガラジオンとの交渉役として付いて貰っておる。我の護衛騎士としてな。ま、我が死ぬまではピチピチじゃ♪」


「はぁぁ……そういう事だ」


 こちらにジークがそんな風に肩を竦める。


「こちらにとっては数か月も昔ではないのに。そちらにとっては五十年か……案外、時間の効用は大きそうだ。済まないが、連絡要員が欲しい。ジークを借りていいか?」


「構わんぞ。ま、こちらに出来る事など左程無い。研究所関連の兵器開発にも携わっておるが、基本はあちらにお任せじゃからな。通信でやり取り出来ぬ事はジークを使ってくれ。ジーク」


「はッ!! フィティシラ・アルローゼン姫殿下!! これよりお世話になります」


「解りました。対外的にはその口調で構いませんが、関係者がいる時はいつもの調子でいいですよ。それが大人の特権というものです」


「姫殿下は大人には見えませんが」


「それを判断するのは正しく他の方々に任せましょうか。これよりニィトにはバイツネード及び四つの力に対する警戒と戦闘時の後方拠点として協力して貰う事になります。ルシア邦長との協議を行った後、許可が出たら、駐留していって下さい。帝国にわたくしの権力が残っていれば、駐留費用くらいは出しましょう」


「剛毅じゃな。よかろうて。もしよければ、此処に滞在しても?」


「一々、他国の機密を詮索しないならルシア邦長も許可するでしょう」


「ふむ。では、一端本国の議会に出てから戻ってくるか。アズール殿は?」


「こちらはこちらでもう決済は終わりました。雑務は全てエジェットが終えた後に来たので」


「あははは。はぁぁ、何処かの誰かさんがあの女傑殿程に優秀な官僚器質じゃったらなぁ」


「聞こえてますよ。メレイス様……」


 ジークがジト目で主を見ていた。


 こうして更にヴァーリ側との交渉後、ニィトには帝国、ガラジオン、ドゥリンガムの船が駐留する事になり、秘密滑走路では入り切れない船は要塞の外に停泊する事になるのだった。


 *


 五十年というのは世界を変えてしまうには十分過ぎるものらしい。


 あれから3日程経ってから帝都に来る事となっていた。


『こちら帝都航空管制。現在、全空路を閉鎖中。アルクタラースの侵入を許可する。帝都国立研究所内第三格納庫前に着陸せよ』


『こちらアルクタラース。受諾した。これより下降シークエンスに入る』


 帝国の街並みは凡そだが、現代にほぼ遜色ないレベルのビルが立ち並び。


 自然との調和も目指しているらしく。


 大規模な公園があちこちに整備され、各地の街路には常緑樹が植えられていた。


 高層ビルの類は少ないが、路地裏というのが基本的には小型の小規模店舗などで占められており、帝都郊外には住宅街や農耕地帯が延々と続いている。


『アルクタラースの侵入経路を確保』


『全安全装置の動作を確認』


『最優先航路上の問題を認めず』


 恐らくは200km以上は帝都を中心に市街地が広がっているだろう。


 こちらの視線が捕らえた地平線の先からも大量の電波が飛んで来ていた。


 幹線道路はこの五十年で昔アテオラと共に書いた地図通りに整備されており、交通機関は電車とバス、後は自動車が主流らしいが、排気ガスを出している様子が無いので電気自動車の類なのだろう。


 各地の都市の映像を見せて貰ったのだが、北部も殆ど計画通りに開発が進んだようだというのは見れば解った。


『空域管制より全ドラクーンへ。“小さなお嬢様”は家に帰った。繰り返す―――』


『広域管制より全一般通行船舶へ。現時刻を以て第一種通航制限が課されます』


『河川内の全船舶はその場で停泊して下さい。これを無視した場合、即時帝都守備隊による強制臨検が開始されます』


『全交通規制を許可。第1から第12主要幹線道路の封鎖を現時刻を以て開始』


 このような帝都以外の地方も左程寂れていないらしい。


 鉱山街などは鉱脈を掘り尽くした後も現地に定着した商業工業母体を置くところは山間部の産業地帯として整備し、それが無理だった場所はグアグリスによる文明のゴミを処理するリサイクル業で成り立つようになったようだ。


 どれもこれも重工業政策を造る時に書いた絵に描いた餅が本当になった感がある為、現代の地球の歴史と比べても重工業政策に伴う環境汚染問題は殆ど起きていないと言ってよいだろう。


 今も半数以上の元鉱山街は生き残っているとの事。


 国家機能の分散化で地方にも国家機関の拠点が置かれた事で地方の衰退はほぼ無い上、通信設備や物流ルートの早期開発拡充で不便さは左程感じていないという。


 逆に首都や市街地の中でも重要な地域に住まうのは基本的には権力者と各種の産業のお偉いさんばかりなので生活を支える労働者は市街地でこそ足りないとか。


 そして、彼らと共に働く義務を持つ重要産業の労働従事者ばかりなので基本的に高所得。


 都市部にありがちな貧困は撲滅されたらしい。


 戦後50年を迎えて都市部へのあらゆる面での一極集中を避けた事で経済合理性は下がったが、国家全体として見れば、合理的な統治の安定と全域の開発が進んでいるとの事だ。


『帝都軍警管制より管内の全車両へ通達』


『議会及び研究所を中心に半径5km圏内の車両は全て検査を実施』


『―――こちら、帝都軍警機動特捜隊43-33。不審車両を発見、現在追跡中』


『番号を照会』


『貴族番号9422-432』


 理想国家と称されるようになったようだが、瑕疵というのは何処にでもある。


 それがバルバロスの異常個体による国家襲撃となって、現在は大陸各地でドラクーンやそれに準ずる者達が狩り出しているらしい。


 そのせいで都市の航空から見える地点では幾つか再開発区域のように瓦礫が処理されている場所も見えた。


 都市部の人々の姿はラフな格好が増えてはいるのだが、それにしてもやはり帝都を中心とする地域では清潔感のある者が殆どで、御洒落な様相の人々が多い。


 貴族の礼服を着込む者も紛れているので未だに貴族社会は健在のようだ。


『照会終了。機動特捜隊43-33はこれの追跡を中止。繰り返します。これの―――』


『追跡中止します。管制官、先程の車両は一体……』


『個人が知る必要はありません。あれは政府高官の特別車両です』


『43-33了解』


 帝都は人々の娯楽用の施設もかなり大きく設計されており、大規模な書店、映画館、水族館、ゲームセンターなどもあるという。


 だが、一番広く都市民の大人達に支持されているのは昔ながらの社交場の類とされている


 官庁街から離れた商業区にはちらほらと小型のそういった大昔の英国で言うところのクラブ的な会員制施設が見えている。


 歓楽街が猥雑としていないのが帝国らしい。


 娼館などは昔からあったのだが、国家事業にしたので大人の社交場としても少しラフな感じに入れそうな店が見える。


 お水と料理の店は何処も高そうな様子だったが、旧市街地の方の商業区は現代の日本っぽいサブカルチャーに溢れていそうな雰囲気だ。


 まぁ、それでも何か品の良いのが帝国的な愛嬌なのだろう。


 特に漫画家や諸々の遊戯の制作をして貰っていた芸術家に為れなかった人々の学び舎が途中に見えたのだが、周辺がアミューズメントパークっぽい状況になっているのには笑ってしまった。


 どうやら、上手くはいっているらしい。


『こちら機動特捜隊90-22。アドゥルマ国立貴族園より【緑炎光(トゥールスチャ)】を確認!!』


『管制より全機動特捜隊へ。アドゥルマ国立貴族園より半径100mを封鎖』


『直ちにリバイツネードに通告』


『こちら機動特捜隊90-22!! 規模はす、推定で300mです』


『な、何ですって!? 事実確認をしている暇はありません。守備隊の即時投入を―――』


 帝都の建物は建て替えられた場所も多々あるようだが、五十年前の建物も残っているのが解った。


 大衆文化を産み出せし者達の学び舎の周囲には大規模なビルが幾つも立っており、大陸の娯楽産業の中心地として赤字を垂れ流す部門を黒字の部門で補填し続けているらしいと渡された資料にはあった。


 これも予め予定していた事だ。


 文化の裾野を広く取る事で経済合理性だけを追求しないようにと分野的な部分で必ず良い作品や創作物には補助金が出るようにしたのだ。


 帝国の娯楽の数はそのおかげで今も世界一の数らしい。


「あれがランドマークか。大きいな」


 帝国議会の在る場所から少し離れた都市交通の中央である巨大な駅はタワーの下に立てられており、タワーの高さは400m程のようだ。


 同時に複合商業施設と航空管制施設の一部が同居しており、帝都の一時代の完成はタワーの建設完了を以て宣言されたのだとか。


『こちらリバイツネード管制室。本件は正式にアウトナンバーとして登録されました。これより軍警管制より引き継ぎます。最も近い位置にいる17期生への最優先コールを実施』


『こちら第17期第12大隊。待機中であります』


『即時展開。展開終了後、指定座標に対して攻撃を加え、包囲殲滅せよ。全物損を許可する』


『―――この座標は……あの博物館には国宝が多数収蔵されているはずでは?』


『繰り返す。全物損を許可する!!』


 帝都の多くの河川は未だに濁っている様子は無く。


 地下水路は嘗てのものを再利用しつつ、補修と増築と建て替えを繰り返しつつ、グアグリス本家と蟲さんが今も主として夏場は立ち入り禁止らしい。


 ヒートアイランド現象対策に緑地面積を増やし、帝都内に内包する農業地帯では温室栽培と露地栽培が同時に行われており、屋内の水耕栽培も盛んなようだ。


 莫大な穀倉地帯もそのまま利用されてはいる様子で、広大な住宅街と同じくらいに黄金色の穂波が広がっている。


『第12大隊了解。当該施設の人員の避難は完了しているか?』


『避難者を認めず。確認中』


『どういう事だ? 規則では避難の完了を以て攻撃の開始とされるはず』


『本日に限っての特別措置である。当該博物館は現在休館中であり、いるのは館内警備の者が2名となっている』


『馬鹿な……避難者の確認を行わずに攻撃が許可されるわけが……』


『これはリバイツネード局長からの厳命である』


『……攻撃開始と同時に避難者確保の為、部隊を送る』


『許可出来ない。300m級への接近は事前砲撃を要する』


『だが、それでは!!?』


『局長? はい。はい。解りました。第12大隊へ。部隊を送る場合、死者及び重軽傷者が出る可能性を考慮し、攻撃部隊に最上位【聖凱(アストリアル)】の使用を許可する』


『な、戦略級の装備を?!!』


『輸送完了まで攻撃の猶予を認める。ただし、守備隊の事前砲撃は当該装備を使用する者がいても区画へ開始される事を了承されたし』


『……了解した。装備受領後、即時部隊を送る』


 都市は大きくなった。


 だが、それはあの波動の化け物のようなものに空を覆い尽されながらの拡大だったという。


 昔は薄緑色の空の下で大陸の何処でも薄暗い感じだったらしい。


 が、それはもう写真や映像の中にしかない状況との事。


 空からの帝都観光と洒落込んだが、実際には帝都の上空は基本的にドラクーンの庭であり、商業機が飛ぶ時も滑走路と進路は帝都の中枢である帝都議会から10km範囲に侵入は許されず。


 それが可能なのは軍用機と研究所の試作機のみだとか。


 今の帝都でも研究所は姫殿下の家臣団と称され続けているらしく。


 嘗て40代以上だった者達はほぼいないが、30代以下はまだ現役で研究者をやっているらしい。


「はぁぁ、何かまた面倒事が押し寄せて来てるな」


 ぼやく間にも目をキラキラさせた好奇心旺盛な少女達がキャッキャッしている軍艦の下部にある強化ガラス式の観測室から後部ハッチのある場所に向かおうと通路に出た。


「どうかしたのかい?」


 全員で堪能してくれと観測室の外で待機していたフォーエが首を傾げる。


「此処から2時方向3.8km地点に何かお前らが言ってたアウトナンバー? とかが出てるらしいぞ」


「え? どうして解ったんだい?」


「耳に煩い程、電波が飛んでくるんでな」


「そうか。ウチの管制にも連絡が来てるだろうけど、対処されるから大丈夫だと思うよ?」


「生憎と取り残された一般人がいるけど、オレが来たせいでそのままズドンらしい」


「ぁ~~そういう……」


 フォーエが頬を掻いた。


「行ってくる」


「ふふ、君のやることだ。止めたって無駄だろうしね」


 肩が竦められる。


「何か戦闘で重要な事はあるか?」


「アウトナンバーはやたら堅いんだ。空間掘削式のゼド機関内蔵型の近接武装じゃないとまともに威力が通らないくらい。一応、戦術兵器を使えば、焼き殺せるけど、アレって都市部じゃ使えないから苦労したよ」


「解った。攻撃方法は?」


「波動を発してるんだけど、それを凝集したものを喰らうと腐敗する。正確には時間変動で体の部位毎の細胞の変化の断絶が大きく為る、だったかな? 寿命が無いとか。寿命が多い生物でも猛烈な細胞の老化や代謝で死ぬ可能性がある」


「お前は近付かずに倒せそうだな」


「まぁ、一応……これでも師団長だし。大物は何体か倒した事があるけど、km級はさすがに死ぬかと思ったよ」


「その程度なら問題無い。鎧だけ適当に借りていくぞ」


「了解。でも、鎧で行くのかい? 送って行ってもいいけど」


「近頃、実は空飛ぼうと思えば、生身で飛べるからな。肉体そのものが鎧の加速装置と同じ感じで使えるようになったから」


「はは……どう反応したらいいのか分からないよ……行ってらっしゃい」


「ああ、行ってくる。あいつらには遊覧飛行を愉しんで貰っててくれ」


 まったく、世の中、何でも簡単に運ばないものだとつくづく思うのだった。


 *


 リバイツネード。


 それは帝都民にとっては正しく恐怖の象徴だ。


 彼らが行くところ。


 それは即ちアウトナンバーと呼ばれる特殊バルバロスの発生地点であり、巻き込まれたら民間人など一溜まりもない。


 帝都の治安を護っているのは軍警察だが、バルバロスの鎮圧にだけ駆り出されるリバイツネードは出来た経緯からしても基本的にはちょっと帝都民にとっては遠い存在であった。


『隊長!! 管制の奴ら何て!?』


『それが最上位【聖凱(アストリアル)】を寄越すと言って来てる』


『ま、街を焦土にする気ですか!?』


『帝都内に300m級だ。しかも、今日に限って何か上が騒がしい』


『騒がしいってどういう事よ? 隊長』


 無論、彼らが帝都各地に居住していて、そのバルバロスの出現時は即時展開される事で人々は護られているわけで、彼らを表立って避難したり、侮蔑したりする者はいない。


 ただ、何となく怖いくらいの感覚で彼らが見られているのは当事者達の情報操作なども効いている事が大きいとされる。


 要は馴れ馴れしくされない為の組織的な地位の確保がそういった帝都民の心情として反映されているのだ。


『これはウチの情報源から聞いた話だが、ドラクーンが総動員されてるらしい』


『ドラクーンが総動員!? km級が出たとか。そういう話ですら一部動員だったはずでは?』


『それが今回に限ってはそうじゃない。本当に総動員だ』


『一体、何が起こってるの……帝都の雰囲気も何か今日スゴク物騒だし』


 リバイツネードの本部は拡大の一途を続けており、元来人があまりいない地域だった事もあり、今では学園教育機関として再編され、増え続ける能力者……蒼の欠片の影響を受けた少年少女達を収容、教育し続けている。


 彼らの殆どは特定の職に就けないし、私生活に一定の制限が掛る以外は特定の地域に在住する事を義務付けられるのみで野放しと表向きは言われていた。


 管理されているようには見えないが実際には一部の重要な規約を破った場合、命もしくは生活の部分でリバイツネード本体に処分される運命である為、さすがにリバイツネードに逆らってまで本当の自由とやらを求める生徒は出ていない。


『軍警も広域管制も何か封鎖封鎖って言ってたよ。隊長』


『何かがこの都市に来るみたいだな。何かは下っ端のオレ達には分からんが……』


『そう言えば、空も封鎖されてるのに軍艦が一隻近付いて来てるよ。隊長』


『映像は……はぁ?! これは……帝国の最重要機密が空を飛んでるわけか。コレか?』


『最重要機密? この軍艦がですか?』


『後で映像は消しておけよ。そいつはアルクタラースだ』


『アルクタラース?』


 彼ら【聖女の子供達】と俗称される人々は大人になっても能力はそのまま維持されている為、必ず組織関連の医療機関などで3か月に1回は検診が義務付けられているし、そういった小まめな管理と同時に制限を受けるだけの利益も得ている。


 何のことかと言えば、居住地を制限されるならば、それなりに良い場所に住まわせて貰えたり、格安で住めたりするし、職業を制限されるなら、特定の職業に就く時は支援が受けられたりする。戦闘に出れば、当人の実績に応じてそれなりに給金も出る。


『オレ達全員が100m級を倒した給金を40回くらい人生やり直して貯めれば、恐らく買える額の最新鋭艦だ』


『え、えぇ……それのせいで帝都がこんな状況に?』


『この50年でkm級は83体出たが、その内の半数はこいつの同系列艦が周辺地域を更地にして対応したから何とかなったって代物だぞ?』


『え、それって教科書に載ってた始原の艦であるリセル・フロスティーナのって事ですか?』


『ああ、そうだ。だが、余程の事が無い限りは帝国内の重要軍事拠点でしか運用されないし、飛行も機密保持の為に夜間だけのはず……それにアレは確か現在艦長がドラクーンの……』


 生活力の無い人間には逆に管理される限り衣食住を保障するという制度まである。


 なので、未だ50年で組織からの離反者は表向き0というのがリバイツネードの実績だ。


 数十万、数百万単位でいる生徒や元生徒達は今や大陸中にリバイツネードの子組織で同じように管理されており、そのネットワークのおかげでアウトナンバーなどの対処は一先ずドラクーンが出なくても良いような案件に限れば、現状維持出来るような状況であった。


『隊長? 隊長?』


『……取り敢えず【聖凱】が届いたようだな。全員で博物館に突撃するぞ。生存者を確認後、確保したら即時後退。戦闘の殿はオレが受け持つ』


『まさか、我々みたいな下っ端に最上級の使用許可が下りるなんて……』


『あの特大の輸送ボード。4mはあるんじゃ?』


『基本は何も変わらん。アレの中身の大きさは同じだ。殆ど外側が安全装置なだけでな』


 帝都に出たアウトナンバーの姿が対処を任された第12大隊の観測支援部隊によって、ようやく時間変動がある最中にも彼らの前に届けられている。


 そんな様子が近付いている間にも見えた。


『時間変動の誤差は凡そ4時間です。あちら側では恐らく7時間が経過。観測情報から言って、即時突入しても生きているかは疑問ですが、よろしいのですね? 隊長』


『構わない。第17期の力を見せてやれ。各自、全ての武装を防御で固めろ!!』


 現場である博物館から120m離れたビル屋上には30人近い十代後半の少年少女達が集まっていたが、その中でも人目を引くのは20歳代の青年だった。


 彼の指示で次々に現場で床に置かれていた大きな金属ケースが開かれ、インナースーツ姿の彼らに金属製の装備がベルトや諸々の着脱式のマウントセットによる増設で付けられていく。


 鎧というよりは鎧の一部を体に付けているというのが正しいだろうか。


 殆どの隊員は灰色だが、中には赤や白や蒼というカラフルな色の者達もいた。


『貴族上がりの紅や蒼のスーツや装甲は目に映えますな~』


『着たいならば、資金を掛けて塗装する事ですわね』


『輸送ボード現着!! 隊長』


『解ってる。1分で着装する』


『隊長。周辺部隊の装備完了しました』


『いつでも行けます』


 隊長と呼ばれた青年が高速巡行してきた巨大なボードから屋上に落下させられ、ガスンッと到着した黒鉄の巨大な箱を首から掛けていた鍵を中央の鍵穴に差し込んで回し、展開する。


 周辺の誰もが目を見張る中。


 白銀の鎧。


 それに身を投じるようにして青年が完全に身を包み込む。


 動く鎧……というよりはロボに近いだろう物体だ。


 刺々しい感じはしない。


 曲線を用いた人体の形に近い装甲は関節部、急所部分を覆うようにして幾つかの超重元素製のクリスタルが仕込まれており、そこから走る幾何学模様の回路のような線が複雑に全身を張り巡らされ、装甲を飾っている。


 鎧としての角ばった部位の凡そは正面装甲の中でも近接格闘戦で使う四肢の部位に集中していたが、やはりロボットという感が否めない。


 さっそく乗り込んだ青年がガッチリと胸部装甲が降ろされてから、投影される外部映像と自身の両手両足のままに動く外部マニュピュレーターをテスト。


 鎧の四肢を動かし、箱の内部に納められていた盾と小銃を引き出して両腕にマウント。


 箱の外に出てきた。


『大隊総員傾聴!! 大隊の目標は内部での生存者の捜索と確保である。遺体であった場合は確保は二次目標に切り替え。即時後退。生存を最優先とする』


『さすが隊長。人命優先ですね』


『その通りだ。二次被害は御免だからな。また、300m級への事前砲撃が開始されるまで時間が無い。守備隊の砲撃30秒前で捜索は打ち切りとする。各自、突撃用意。乱数軌道にて敵近接阻止攻撃を回避せよ。当たった者は即時後退とする。突撃用意!!!』


 青年の声と共に部隊の者達が総勢200名程、一斉突撃前の予備動作に入った。


 引き続き観測手をしていた者達からの第一報が無線が響いた。


『南西域より高速で接近する物体を感知!!』


『何ぃ!? 敵の増援か!? 空の連中は何してる!?』


『映像、捕らえ切れません!! びょ、秒速1250m推定!?』


『はぁぁぁあ!?』


 その言葉に混乱する部隊を青年が諫める前に彼らの視界の内側。


 薄緑色の波動が発された博物館上空に到着する。


 それは確かにドラクーンのよろいだった。


 *


『目標地点直上!! 何だ!? この反応―――ドラクーンの鎧だと!?』


 音速を遥かに超えた速度で博物館の直上から天井をブチ抜く。


 ついでにその中心にいるバルバロス。


 緑色の巨大な甲虫のようなソレを蹴りで完全に打ち砕いて爆砕した。


 猛烈な緑炎と同時に蒼い燐光が周囲に混じり合いながら吹き上がる。


 周囲が唖然としている間に一直線に館内を破砕しながら飛んだ。


 壁の先にいた部屋から引っ掴んで玄関を飛び出し、青年のいる大隊中核部隊の前まで飛行する。


 2人の警備員を生きたままにペイッと屋上に放る。


 泡を吹いているが当人は問題無いだろうと気にしない。


「現地部隊の方ですか?」


『―――何処のドラクーンか答えて頂きたい。此処は我々の管轄のはずだが……』


 何とか唖然としながらも青年がそう返してきた。


「いえ、鎧は借りて来ただけなのでドラクーンではないのですが、生存者は万能薬を投与しておいたので泡を吹いているのはすぐに収まります。寿命も殆ど削れていないはずです。博物館の物損に付いては上司の方に言っておいて下さい」


『ドラクーンじゃない? 一体、お前は……』


『あ、怪しいヤツ!! 隊長!! 拘束許可を!?』


『拘束捕縛可能です!!』


 周囲の隊員達がすぐに怪しいヤツを捕縛しようと武装を構えてくる。


『こちらとしてはすぐにでも所属を明らかにして貰いたいのだが。ちなみにドラクーンの鎧は帝国の機密の中でも特一級に属する極秘事項。相応の地位があっても、盗難であった場合は厳罰が免れないわけですが』


「すいませんが、今日は時間が押しているので。明日当たりにでも書類が提出されるので、それでご納得頂けませんか?」


『残念ながら、我々は公務員ですので……』


「そうですか」


『拘束させて頂けますか?』


「済みませんが、今日中にやらねばならない事が山済みなのでお断りします」


『総員拘束準備。武装の使用は許可しない』


 瞬時にその場から高速飛行で待避しようとした時だった。


 虚空に向かったらバリアーが張ってあるので仕方なく止まる。


「防御用の空間歪曲機構……しかも、周辺への物損無しで……盾一つ一つを連携するとこういう事が出来るのですか。成るほど……良い連携です」


 虚空の上には半球状の空間障壁。


 外部への逃走を防止する目的での展開も可能というのは驚いた。


 即座に動いた大隊の中核部隊は次々に拘束用の高圧電流を投射する電気銃とか、超重元素製のワイヤーを大量に四方八方から連携して打ち込んで来る。


 いや、銃は武装なんじゃ?と思ったが、そもそも単なる高圧電流ではドラクーンの鎧には傷一つ付かないから、武装扱いされていないのだろうと思い直す。


『コイツ!? ワイヤーを全部!? きゃぁ!?』


『な、投げ返してきた!? ちょぉお!?』


『電撃利かなくても空気を割る衝撃よ?! 少しも効いてないの!?』


 回避いsながらワイヤーのみを指で掴んで方向を変えて投げ飛ばす。


 電撃は全て無視でよいのは楽だろう。


 そもそも電撃が効くようにドラクーンの鎧は出来ていない。


『皆さん!! 一時後退!! 隊長!! 武装の使用許可を!!』


『……打撃のみ許可する。空間戦闘、能力の使用を解禁』


 その言葉と同時に超重元素製の人の身の丈もあるだろう戦槌を複数人が装備し、蒼い燐光を零しながら浮かんで、高速で機動しながら殴り掛かって来る。


 その得物はドラクーンに与えていた剣のハンマー版だとすぐに解った。


 ついでに面倒な能力も大量に付与されているのは間違いない。


 致死性の武器は使わないでくれるのだろうが、無力化するには面倒なのでどうしたものかと思う。


『きゃ―――わ、わたくし達よりも早い!!?』


 貴族の子女っぽい鬣金髪ロールな少女に当身を喰らわせ、ハンマーを即時奪う。


 周囲に迫るハンマーを一斉に長い柄の部分から薙ぎ払うように折り砕てみた。


『がぁあ!? クソ!? こいつ何て馬鹿力!?』


『超重元素製の柄が折れるのかよ!!?』


『嘘だろ!? コイツが能力無しで折れるなんて!?』


『ドラクーンの鎧ってのは化け物かよ!?』


 いや、そんなはずはないと青年はこちらをジロリしている。


 未だに部下達に戦わせながらもこちらの戦力を推し量れずにいるのだろう。


『殺傷は許可しない。だが、戦闘での鎧の破損に付いてはオレが責任を持つ。能力の限定使用を解禁する。あくまで鎧の破損を狙うだけだ』


 その言葉で隊員達がようやくお達しが出たと言わんばかりに浮かぶだけに留まらず。


 蒼い燐光を肉体から放出しつつ、徒手空拳の構えを取った。


 そのまま飛び込んで来る数人が超重元素だろうとお構いなしに破壊する事が可能な能力……そう【聖女の子供達】が使える力を集中させる。


『第17期を見縊った事!! 後悔させてやんよ!!』


『この屈辱、代価はその鎧でよろしくってよ? 不審者さん』


『もう怒ったかんね!! 許してあげないんだから!!?』


『オレらに喧嘩を売った事を後悔するといいぜ!!』


蒼い燐光は正しく物質を扱う力だ。


 それこそ、集中させれば、殆どの物質の結合を破砕出来るし、人体を強力に強化して、あらゆる数値を上げて、通常では考えられないような耐久力も得られる。


 ついでに言えば、蒼い燐光を用いて武装を造れば、事実上はどんな物質も両断したり、破砕したり、原子変換したり、色々と可能であるというのは研究所やリバイツネードが出した答えでもある。


 物質的な存在にはほぼ無敵。


 その力の正体は未だ謎に包まれているが、世界に存在する場というものに干渉して、物質とエネルギーを自在に変質させる能力。


 これを超能力と呼ぶ者もあるが、研究所では俗称である【蒼力(アズラル)】とは別にこう呼ばれる事もある。


【量子干渉場操作式物質制御能力】


 これらを可能とするのは脳の一部に常人とは違って生成される有機物の器官を持つ子供達。


 未だ帝国でも完全には解明出来ていないものの。


 その能力の使い方に付いての研究は既に一定の成果を上げているようだ。


「ああ、そういう使い方に……研究所の方もゼド教授がいない間にそれなりに頑張ってたようで安心しました」


『何?』


 思わずこちらn言葉に大隊長である青年が目を細める。


『行くぜ!! オレ達の連携必殺攻撃に耐えられるもんなら耐えて見ろよ!!』


『500m級だって倒した私達の力!! 見せてあげる!!』


『各自、機動開始ですわ!!』


 次々に飛び回る隊員達の機動力が引き上げられ、同時に波状攻撃で鎧に蒼い燐光を凝集したらしき光弾のようなものが素早く飛んだ。


 しかし、これを腕を開いた状態で受ける。


 勝ったと、彼らは思ったかもしれない。


 だが、実際には止まったように最初見せただけだ。


 鎧に光弾がヒットするよりも先に猛烈な乱気流と爆音が周囲に響き。


 爆発したような音を立てた隊員達の鎧の胸元が弾け飛ぶ。


 失神した者達が次々に地表のビルの屋上に落下していった。


『な、何が!?』


 隊長の背後で望遠鏡のようなものを持った観測手の少女が悲鳴を上げる。


『……高速で動いてウチの隊員の鎧を砕いた後、衝撃で意識を刈り取った、というところか』


「おや、見えていたのですか?」


『いいや、見えなかった。だが、基礎的な能力が違い過ぎる事は解っていたからな。お優しい事に隊員が落ちても無事なように落とす場所はビルの上……まったく脱帽する』


「ちなみにわたくしは関係者なのですが?」


『そうだろうな。局長達クラスの戦力ともなれば、当然だ。だが、人の仕事を邪魔しておいて、はいそうですかと返す程に矜持が無いわけでもない。そちらの好意に甘えてしまう形になるが、殺さぬ程度でお相手させて貰う』


 青年がようやく白銀の装甲を動かした。


 その手にはしっかりと盾が握られていたが、小銃は横に捨てられる。


 当たらないものはデッドウェイトと判断したらしい。


『仮にもドラクーンにすら勝てる装備と噂のリバイツネードの切り札だ。幾ら貴方が局長達の階梯に届く存在であろうとも簡易量産型の装甲や装備とはわけが違う。超重元素100%のクリスタルから削り出された部材と装甲の塊である戦略級【聖凱(アストリアル)】は甘くない」


 途端、鎧の頬を殴り飛ばされる。


「ふむ。中の人間もその加速力に耐えられると……」


『その通りだ!!』


 文字通りの見えない動きでリバイツネードの大隊長が音速の数倍を更に超える速度で機動し、こちらの鎧を殴り壊さんと連撃を繰り出す。


 その鈍重そうな見た目とは裏腹の高速機動は時速1000kmは超えており、緩急と対G能力が極めて高くなければ、内部の生物は血と臓物と骨のミックスになっているのは間違いない。


『フッ!!!』


 背中から背骨を折らんばかりの掌打が撃ち込まれ、地表に墜ちるより先に顎が打ち上げられ、胸元に拳が叩き込まれたかと思えば、瞬時に側面から頭部に打撃が飛ぶ。


 正しく滅多打ち。


 そうして、最後に連撃を終えた青年が白銀の鎧姿で最初のビル屋上に現れた時、その拳は完全に罅割れていた。


『同列の超重元素製の鎧ならば、極度の衝撃を弾性限界以上に与え続ければ、砕ける。能力を使わずとも……』


「大隊長級がこのクラスですか。最上位の装備を使っているらしいとはいえ、喜ばしい事です」


『……傷つくな。これでも久しぶりに全力運動したんだが。アストリアルの全力でもダメか』


『そんな!? 大隊長の200m級なら一分と立たずに倒す連撃で倒れないなんて!?』


 絶望的な声を上げる観測手の少女だったが、すぐにドラクーンの鎧の致命傷部位が罅割れて剥がれ落ちる様子を見て、それでも少しは安堵したかもしれない。


 まぁ、生憎とダメージ一つ通ってはいないのだが。


「……さすがに借り物なので治しておきましょう」


『ッ』


 蒼い燐光。


 それはこちらも使えるし、使い方そのものをマニュアルで読めば、大体の事が出来た。


 鎧が時間の巻き戻ったかのように罅割れた場所を修復されて傷一つ無い新品同様に戻っていく。


『……その能力の使い方は下っ端の我々には出来ない高等技能なんだが、易々とやってくれるのは困りものだ』


 青年が小銃をチラリと横目で見たが、やはり使う様子も無く。


 そのまま持久戦を仕掛けようとしたところで時間変動による誤差無しに連絡が同時に複数同じ文言で届いた。


 その文言を意訳すればこうだ。


―――不審なドラクーンの鎧を着た人物には一切の手出し無用である。


『困ったな。どうやら時間切れだ。それもそちらではなく。こちらの……』


 青年が息を吐く。


「では、下で健気に震えながら障壁を張ってくれている子達にお願いして頂けませんか?」


『そうしよう。詮索無用らしい』


 号令ですぐに空間障壁が解かれた。


「最後に名前を伺っておきましょうか。前途有望な貴方達の……」


 退散する前に振り返ったこちらに彼が胸に手を当ててハッキリとした声で答える。


『我々はリバイツネード第17期生。現第12大隊。大隊長アルス・ギルマ・シュタイナル!!』


「シュタイナル? ああ、ドラクーンの方が祖父でしたか。彼にはあの地にて随分と頑張って貰いました。貴方もあの方と同じ道を歩んだのですね……」


『……祖父を知っているのですか?』


「お元気ですか?」


『今は大陸中央の公益協商路の駐留軍にいます』


「そうですか。出世したようで何よりです。後で電報でも送って頂けませんか。知り合いというのはこの時代に貴重なもので」


『……何と?』


「変わらぬ献身に感謝を。長き暇の間の働きに賛辞を。待たせて済みませんでしたと……」


『貴方は……いや、そんな、まさか―――』


「では、何れまた。若き有望なる方の前途に祝福が有らん事を……最後の拳、とても良かったですよ」


 研究所方面に向かう。


『は、はは……これは……お叱りを受けるだけじゃ済まなそうだ。はぁぁぁ、責任取るって言ったもんなぁ……どうしようかホントいやマジで……」


 青年は大きく大きく溜息を一つ。


 自分達が相手にした存在の正体に気付いたらしい。


 深く一礼してくれて、倒れている部下達には何も言わずに起こし始めるのだった。


 *


「ふぁ、あふ……ん? あ、ようやく帰って来ただか?」


「ヴェーナ? す、すっかり忘れてた……お前、そう言えば、ずっと研究所にいたんだったな。他の連中も忘れ過ぎだろう。今まで何してたんだ?」


 研究所に帰って来ると実家のような安堵感であった。


 ゼド教授は時間障壁が終わった後には再び興味深い状況に研究者魂が疼いて色々と研究を追加したらしいと聞いてはいたが、それにしても五十年間研究所で暮らしていたのだろうかと冷や汗が流れる。


 鎧を研究所玄関に脱ぎっぱなしにしてあるが、後で片付けて貰う事にして、取り敢えずはいつもの服で上がり込む。


 研究所の玄関口のソファーで寝ていたヴェーナは現在は野暮ったいブカブカのセーターとジーパンらしきものを着込んで寛ぎモードであった。


 他の研究者達の姿も一応はあるのだが、全員が見知らぬ顔ばかりの新人しかいなかった為、今は気にせず話す事が出来ている。


 さすがに五十年経っている為、館内は建て替えたらしいが、それにしても殆ど形は変わっていない。


 宿舎や研究施設の敷地は十倍近く広がってはいたが、元々の研究所の位置もそのままになっていた。


「あふ……ウチはアレだ」


「アレ?」


「ちゃんと五十年間飯食わせて貰ってただ!!」


 ドドンッと胸を張られた。


「いや、確かにそういう約束だけれども……それにしても何で忘れられてたんだ? 何か途中から研究者連中と仲良くなってフェードアウトして……色々してたのは知ってるけど」


「ええとだ。ゼド教授やカニカシュちゃんや色々な人に頼まれて頑張ってただ♪ ご褒美はお菓子とお食事だ!!」


「そ、そうか……」


「んで。アウトナンバーとか言うのが出始めた頃に気付いたら姫殿下や皆が帰って来れなぐなってたから、普通に待ってただ。あ、美味しいゴハンいっぺぇごちそうになっただよ? 時々来る王様とかお姫様だとかとは友達になっただ。まだだまだ帰って来ないって言いながら、お茶してだんだ。あっと言う間だっただよ」


「お前がオレ達の代わりに留守番してたのか……」


「研究所のみんなは家族だぁ~~♪ 研究所の守護神とか言われてるだ!!」


 その白金のような歯がキランッと光る……物理的に。


「お、おう……」


「あ、後、猫ちゃんどシャクナゲちゃんもトモダチだ♪」


「あいつら、オレのいない間も来てたのか?」


「んだ。アウトナンバーがウチに来た時に倒したのもウチなんだ!! 後、旅行に行った時に出会ったのも、何か馬鹿でっけぇのが海で遊んでた時に来た時も、大体倒しただよ?」


「いや、もうお前が研究所の主でいい気がして来たぞ……マジで」


「ほがにもウチのお肌や能力のケンキューでちょーじゅーげんそ製の鎧も一杯作ったんだ。リバイヅネードの人もウチに毎年お菓子沢山送ってくれるだよ。ん!! ん!!」


 自分の働きを鼻高々に誇るヴェーナは確かに超重要人物扱いされてもおかしくない事をしまくっていたらしい。


『ヴェ、ヴェーナちゃん!! その綺麗な子誰? お友達?』


 若て研究者の1人が何か思い切って訪ねて来た。


「んぁ? おめぇら!! にぶぐねぇが?! フィティシラの事、まいにぢ見でるでねぇが!! ほれ、あの肖像画あるべ!!」


『は? え? あ、ぅ、そ、え!? ちょ―――』


 何やら気付いた若手研究者達がいつの間にか飾られていた物凄く美化された16歳版の肖像画(明らかに年季の入った絵画)とこちらを見て、ダラダラと冷や汗を流し、ザァッと汗が実際に滝のように流れた後。


『ひ、姫殿下とは知らず申し訳ございませんでしたぁああああああああ!!?』


 と、瞬間的に土下座をした後、物凄い勢いで研究所の奥へと逃げて行った。


「はぁぁ、オレも遂に逃げられる立場になったか」


 その刹那、背中がゾクリと泡立つ。


 研究所の通路の角からギラギラした視線を感じた。


「ごしゅじんさまぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――」


「あああああ!? 忘れてたぁああああああああ!? ちょっと出てくるつもりだったからぁあああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 振り返った瞬間に物凄いタックルを喰らった。


 ぶっちゃけ、さっき戦って来た鎧の大隊長の連撃より効いた。


 ついでに壁が3つ程コンクリート壁なのに破られて研究所内に激震まで走った。


「ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様―――」


 超ご主人様連呼しているのはどう見ても自分をご主人様と言って已まないドラゴンになっちゃったりする元奴隷少女。


「フェグ!!! お、お前も五十年待ったのか!? 近頃、何か物足りないなと思ってたら……竜の国行く前当たりで研究所で何か研究者連中に引き留められてて、後でなって言ってたような記憶があるんだが」


「おそいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」


 ボロ泣きだった。


「悪い。マジでごめん。本当に悪かった。随分待たせたな……」


「フェグはウチの親友だ~~♪ 後、フェグは守護竜様~~って呼ばれてるだ。ウチと一緒に研究所を護ったり、海で戦ったり、温泉浸かったりしただ。後、軍警の人からは帝都を密かに護る【姫殿下の皇帝竜】とか言われてるだ」


「そ、そうなのか。お前も立派になったな……」


「大きいのが一斉に出て来た時にウチと一緒にアウトナンバーと戦ったら、姫殿下の帰りを待つ帝都の守護竜って十年以上前に話題にもなって、偉く崇められて、今は確か戦闘現場に銅像があるだよ。ええと、コレ」


 ソファー前のテーブルの下にあった写真入りのアルバムらしいものが取り出されて開かれ、何か馬鹿デカイ・ドラゴン=サンの死体の上で2人で飯を食ってる様子が映し出されていた。


「ぐす。ふぐぅぅぅぅ」


「ごめんな。ずっと待っててくれたのに……忘れてて……一ヵ月や二か月で南部から帰って来る算段だったから……」


「ぅぅぅぅ、もう何処にも行かない?」


「行くけど、お前を今度は連れて行く」


「ぅん……」


 ぐすぐす言いながらもコクリと頷いたフェグを背後に引き摺りつつ壊れた壁を潜ってソファーのところまで戻ると。


 何処か見覚えのある老婆が1人。


 白衣姿に手袋をして、こちらを呆然と見ていた。


「姫殿下……ようやく。ようやくお帰りになられたのですね」


 涙一粒。


 相手の声で誰かが解った。


「カニカシュさん……五十年。本当にご苦労様でした」


「姫殿下ッ……ずっと、お待ち申し上げておりました」


「はい。どうやらわたくしは此処に色々なものを待たせてしまっていたようです。反省しても時は戻りませんが……また共に働いて下さいますか?」


「ッ―――そのお言葉だけで全てが報われます」


 その老婆の背後からひょっこりと同じ髪の色の少女が顔を出す。


 少女は老女と同じく手袋をしていた。


「おばあちゃん?」


「ごめんなさいね。ああ、孫のレイノアです。姫殿下」


「ご結婚されたのですね。おめでとうございます」


「はい。夫は研究所の重火器部門の者でして」


「そうですか……」


 こちらを見やる小さな瞳が少し背後の壁の大穴を見て強張っていたものの。


 すぐに気を取り直した様子でこちらの前に出てくる。


「レ、レイノアです。よろしく、お願いします」


「お孫さんは何歳ですか?」


「息子が遅くに儲けた子なので8歳です」


「おばあちゃん。この方は……」


「ふふ、レイノア……この方はね。私の主……この研究所の主にして帝国の真なる所有者……貴女が大好きなお話の……本当のお姫様よ……」


「え、あ、ぅ、フェグちゃんもヴェーナちゃんも……ほ、本当に?」


 聞かれた2人が幼い少女にコクコクと頷く。


 どうやら知り合いらしい。


「フィ、フィティシラ・アルローゼン姫殿下ッ!!?」


 少女の瞳が何だか猛烈に燃え上がったような気がする。


「ほ、本物だぁ……ふぁぁぁ……っ」


 ついでに感動されている気配で目がキラッキラしていた。


「ひ、姫殿下の御本は一杯読みました!! わ、私、姫殿下のお洋服を作るのが夢なのです!!」


「そうですか……解りました。時間が出来たら頼みましょう」


「ぁっ、っっっ、はい!!!」


 破顔した少女にはどうやら勝てないらしい。


 知らない内に色々と聞くべき事やらねばならない事は増えていた。


 それは間違いない時間の効果であった。


 *


 カニカシュに現在の研究所の事を聞く内にどうして迎えは来ていないのだろうかと首を傾げていると慌てた様子の白衣の老人達がやって来ていた。


『おお!? ひ、姫殿下!? 本当に姫殿下なのですね!?』


『ああ、この日をどれだけ待ち侘びた事か……ッッ』


 老人達の顔にもやはり見覚えがあった。


 当時、若手だった研究者達の一部だ。


 さすがに当時四十歳以上だった者の顔は無い。


 その白衣集団当時の話もあるからとカニカシュはレイノアを連れて自身の研究室に戻り、ヴェーナは研究所の面々に姫殿下が帰って来たと伝えるからと途中で別れた。


 が、フェグはもう離さないと言わんばかりに背後にベッタリと接着力抜群の接着剤並みにくっ付いている。


「この五十年。帝都と世界を護る為の研究をして頂いた事。感謝の念に堪えません。今は亡き方々の事も後で是非お聞かせ下さい」


『勿論です!!』


『おお、先代達にこれでようやく顔向けが出来る……』


『今は姫殿下の事をよく知らぬ者も研究所には多い。ですが、此処での研究の全ては姫殿下が始められたものである事は必ず教えています』


『アウトナンバーとの戦いという新たな戦場でも姫殿下の御計画が無ければ、人類は滅んでいたでしょう』


『左様。姫殿下の御為にと研究していた多くの研究。姫殿下御自身が始められた研究の多くが戦う力となり、大陸の民を救ったのです』


『艦艇の方で来るとの連絡が来ていた為、遅れた次第。申し訳ございません』


「皆さんのお気持ちは受け取らせて頂きます。どうか、今後もご壮健で己の仕事に打ち込んで頂ければ……」


 白衣の老人達との会話を続けながら向かう先には電気自動車の類が置かれていて、数台のソレに乗って地下通路を移動する事になった。


 今度はフェグに抱っこされながらの道行きである。


『現在、研究所の研究段階は姫殿下が最初期に作成された課題の8割を達成致しました。電気回路、作業機械、化学や物理学、建築技術や遺伝研究、バルバロスなどの超生物研究、何もかもが力となりました』


「そうですか……」


『ゼド教授の遺されたゼド・ノートの解明によって、我々は更なる研究の飛躍と発展を可能にしたのです。結果としてリバイツネードが保護していた聖女の子供達の力の解明も進み。あのようにアウトナンバーと戦う守り人としても活躍するようになった。いや、それにしてもゼド教授当人が帰って来たのにも驚きました』


 まぁ、確実にマッドはこの世界の最先端を軽く超えていたのでさもありなんと言えるだろう。


『ああ、それに現物として古代竜討伐時に残された巨大槍からは蒼の欠片の力を受けた人類の出現や先史文明期の情報なども出ました』


『これらの統合研究により、戦力の調達は五十年でほぼ完全に。現行での大陸では限界以上のものが出来たと自負しております』


「本当に苦労なされたようです。わたくしの長き暇を許して頂けるなら、全ての情報を後で提出して頂けますか?」


『無論です!! 今は機械文明の進展と共に回路技術は隆盛を極めており、電子情報のアーカイヴという形になるかと思われますが』


「お願い致します」


 白衣の男達はようやく仕事に一区切りが付いたという顔になっていた。


 その満足そうな笑顔は何故か微妙にマッドなゼド教授と似ている気がする。


『現在、当研究所はリバイツネード及びドラクーン、帝国陸軍用の装備を研究しておりますが、全ては姫殿下の為の装備を下地にしています。姫殿下をお運びする為の戦船、単身で長距離高速移動する為の小規模な乗物。姫殿下のお召しとなる鎧。お使いになる武装。それを扱う為のあらゆる能力の創出、強化、発展』


「そう言えば、先程アウトナンバーと呼ばれている化け物を倒してきたのですが、現場にどうやらドラクーンのものとも違うアストリアルとか言う鎧を着たリバイツネードの子供達がいたようで。何か知っておられますか?」


『おお、そうでしたか。アストリアルは元々が姫殿下の鎧として開発していたのを単なる超人用。具体的には蒼力。アズラル……蒼の欠片の祝福を用いる子供達用に一般化した劣化模造品なのです』


「劣化模造品ですか……ドラクーンの鎧を砕いていましたが」


『恐らくソレは最上級の代物だったかと。ですが、先程玄関で見掛けたドラクーン用の鎧は式典用でありますので』


「式典用? 昔のドラクーンの鎧と比べても遜色のない仕上がりでしたが?」


『実はアウトナンバーとの戦いでは最初期から物理的な防御力に限界を感じていたのです。当時に色々と研究した結果、時空間への干渉技術を鎧に盛り込む事が何よりも優先されまして。ゼド機関及び空間障壁などの時空間干渉装置に関しての研究をこの五十年ずっとしていました』


「つまり、鎧は物理的な限界近くまで強化した為、最新の研究が進まねば強化出来ず。それに載せる機能の開発へと舵を切ったと?」


『はい。土神たるヴェーナ嬢の能力と力を土台にして鎧の外装を。同時に鎧の内装は金色の竜たるバルバロスの頂点にも位置し得るフェグ嬢の遺伝子及び遺伝資源を用いました。これを従来の超重元素製の鎧に組み込み。ゼド機関、空間障壁発生装置などを盛り込み。武装はゼド・ノートと古代竜の武装。最新研究からのものを取り込んで更新を続けております』


「スゴソウですね……」


 もうそうとしか言えなかった。


『姫殿下用の鎧は常に新しいものをご用意しております。その世代遅れとなった鎧を改良して現行の最上級ドラクーンの装備としておりますので』


『現在、そのデミ・オリジナルと名付けられた最上級ドラクーン装備を持つのはドラクーンの上位10人に限定しております。最新鋭のものは上位に与えるようにしており、一世代前の最上位版は―――』


「ウィシャスですか?」


『はい。騎士ウィシャスは序列第一位。フォーエ殿は序列第9位となっております』


『騎士ウィシャスには大陸に真の危機が迫った時のみ。お声が掛るようですが、装備に不満は無いと。今まで出現したアウトナンバーの中でも最大級の個体は全て騎士ウィシャスが単独討伐しており、フォーエ殿は根拠地を持たずに大陸の何処にでも駆け付けられるよう大陸を回遊しながら早期発見、討伐をする中でkm級と呼ばれる超級バルバロス。古代竜クラスのアウトナンバーを討伐した事もあります』


「2人の働きが聞けて嬉しく思います」


 行っている間にも車両からの降りて道なりの通路を進む。


 目的地は深い場所にあるらしい。


『本研究所も拡大を続けておりますが、敷地はさすがに目一杯に拡大された為、今は固い岩盤を利用して、軍のバルバロスなどを使わせて頂きながら、地下に施設を拡張しております』


 正に雰囲気は秘密基地と言うべきだろうか。


 電灯は付いているが人気の無い通路を進み続けると一つの白い扉の前に出た。


『オリジナルと我々は呼んでいます。凡そ5年毎に作り直しているものです。今年がその五年目。二か月前に制作が完了したばかりです』


 扉が開かれて、内部の電源がレバーで付けられる。


 すると10m四方の部屋の中央には―――。


「ほうほう? おお、いいじゃないか。うんうん」


「これは中々面白いですね。ゼドさんのご趣味でしたっけ?」


「いや、君程エンジニアリングの能力が高くないから、基本理論と概念だけだよ。いや、まさか君がこの五十年後に現れるとはこちらも驚きだ」


「そのぉ。先生? 後ろ見て下さい。後ろ」


 振り返ったのは暗視ゴーグルらしきものを被った男女3人だった。


「ゼド教授。それにゼストゥス……久遠教授」


「あら? ワタシの事を知ってるなんて、どちら様って可愛らしい子ね。ああ、もしかして? 今はフィティシラって子になってるってゼド君から聞いてたけど」


「はい。その認識で合ってますよ。教授」


 こうして三人目の教授。


 ランテラとゼストゥスに日本語を教えた先生が合流したのだった。


―――5分後。


 取り敢えず、鎧の方は置いておいて近場に会った部屋の一角を貸し切り、白衣の研究者達には詳細な研究資料を持って来て貰う事にして、その合間の時間に話す事になっていた。


「お久しぶりです。久遠教授」


「本当にね。ワタシも随分とこの世界を彷徨ったけれど、そちらは波乱万丈そうね。シュウ君……幼馴染の子は元気?」


「はい。先日、ようやく再会出来たので」


 元々は開発陣が休む為の休憩所らしく。


 部屋にはソファーから給湯室からテレビやPCらしいものまで必要そうなものは大体揃っていた。


「それでどうしてゼストゥスと?」


「あ、あの、私、貴女と会った事ないんですけど!?」


「ああ、そうか。お前らがオレの食事をくすねた時の事でも話さないと分からないか」


「え!? え、もしかして!? シュ、シュウ、さん?」


「ああ、そっちはあの時のゼストゥスでいいようだな」


「ッ―――ああ、そういう事でしたか。お姉様の戦略が道理で……」


 何やらゼストゥスが懐かしそうな、泣きそうな瞳になった。


「そっちの事情は聴いてる。だが、殺されたとバイツネードの当主。カルネアードから聞いたんだが」


「はい……五十年前、北部皇国からの帰りに襲撃されて。その時、お姉様を拉致されて、私は死ぬはずだったんですが、先生に助けて貰って今日まで……」


「まだ、ランテラは見付かってないのか?」


「一応、目星は付けたんですけど、発見には至らず。そもそもバイツネードの施設はこの五十年で大陸各地で全てドラクーンに摘発されたので期待してはいたんですが、お姉様はいなくて」


「そうか。そっちの事情は分かった。それで何とか居そうな場所は探し当てたと」


「はい。先生が空が晴れた時に時代が動くなら、帝国からだろうとゼド教授の噂を耳にして此処まで……」


「なるほど」


「マガト君は元気かしら? 一応、ニィトの事は知ってるわ」


「ええ、今もあの研究室にいます。ニィトの事を知っていたなら、どうして一度帰らなかったんです?」


 久遠教授が溜息を吐いた。


「そうしたかったのは山々だったんだけれどね。バイツネードの当主。カルネアードが大陸に遺した諸々のバルバロスの網は思ってるよりも数が多いと気付いてから、ニィトへ慎重に接触するべきだと思っていたの」


「確かに不用意な接触で相手に位置を知られていたら困ってたでしょうね……」


「でも、こちらは徒歩で移動速度の事もあって接触寸前にニィトがあの空間障壁で閉鎖。ついでにこっち側が取り残されたのが推測出来たから、バイツネードの目が届かない帝国でひっそり活動していたの」


「そういう事ですか……」


「貴方のおかげで随分とこちらの技術も発展したわ。当時の我々の時代に追い付くまで左程掛からないくらいまで」


「そちらもこの五十年で技術研究の類を?」


「ええ、個人研究者として帝国移民のフリをして色々とね。それで障壁が解けたって言うから、此処にアポを取ってゼド君に会いに来たら、50年ぶりだって言うのに楽し気に此処へ誘ってくるものだから、ね?」


 さすがマッド仲間である。


 久方ぶりの旧友との再会より未来技術がお好きらしい。


「では、これからは? ニィトも開放されたので、どちらでも働く場所なら紹介できますけど……」


「ランテラを助けるのには色々と面倒なところに行かないとならないようなの。その遠征に必要な乗物や機材にお金が掛かるんだけど、頼めないかしら?」


「解りました。こっちの研究所でバイツネード関連の予算として計上しても?」


「ええ、頼むわ。この子達はワタシの生徒……生徒の面倒は先生が見なきゃね」


 眼鏡を僅かに治しながら言う女性はあの当時とまるで変っていなかった。


「先生……」


 ゼストゥスが泣きそうに目を潤ませている。


「互いの事情はこれくらいでいいとして。もう一人の教授の事に付いては?」


「ああ、ゼド君から聞いてるわ。ゼド君、あの子の棺とやらは何処に?」


「先程聞いて来たから道は分かる。こっちだ」


 部屋から進んですぐ近くの保管庫と掛かれた部屋に入ると。


 数名の白衣の男達が詰めていた。


 こちらを見てすぐに目を見開いた白衣の研究者達であるが、只今戻りましたとこちらが言った途端にブワッと涙零しまくりとなり、泣き止ませた後、重大な話合いがあるから、帰って来た事を仲間達に伝えて欲しいと言って追い出した。


 部屋の先にある明るい場所に厳重補完されている黒紫色のクリスタル製な棺の内部にゴツイ乙女の顔を見付けた。


「ミヨ。必ず出して上げるから」


 ポツリと久遠教授が呟く。


 安頭頼未夜(あずらい・みよ)


 マッチョな乙女。


 性格的にはかなり明るい人だったが、その顔が薄っすらとクリスタルの中に見た教授2人が何やら本当に真剣な顔になる。


「彼女が万能薬の出所だとすれば、納得が行く。だが、数百年前に来たとはいえ、何故こんな棺桶に入っているのかが分からない。それに彼女ならあの時点で自分の肉体を使って実験していたから、不老不死に最も近い人物だったはずだ。国興したなら起きていても問題無いはずなのだが」


「そこらへんの事情は彼女を護っていたグランジルデから聞き出す事も可能だと思います」


「例の巨大なグアグリスかね?」


「はい。少し待ってて下さい」


 目を閉じて、自らの内に潜るとすぐに別の空間が認識出来た。


 周辺にはあのくらげっぽい女性が立っている。


「訊ねたいんだが、お前の創造主はどうしてあの棺桶に入ってるんだ?」


『此処に来て最初に訊ねるのがソレか……ふふ、何とも話し甲斐の無い主よ』


「答えは?」


『我が創造主はあの当時、現地の土着民に叡智を与え、国を興した。投げ出された当時に研究していた現地で研究所レベルの研究開発を行える作業キット一つを手にしてな。その地で我を見付けた創造主はこちらを解析し、遺伝情報の改良と同時にその有効活用を模索し、現地民を率いて万能薬と呼ばれる薬の製造を始めた』


「成程……」


『じゃが、それは長く続かなかったのだ。理由は単純に未だ若き邦へ周辺国が攻めて来た。凡そ数年で肥大化した共同体の数は膨れ上がっていたが、我が創造主が森で生存率の低い民を適応出来るように遺伝子改良を施した為、外見に変異が出た。それを更に何とかするよりも先に気味悪がった周辺国との間に戦争となった』


「聞いた歴史通りか」


『創造主は我を主軸に戦い勝利したが、同時にこれ以上の干渉は更に大きな戦乱を喚ぶかもしれないと考え、周辺国にほぼ相打ちで負けたと偽り、記憶の改竄薬を万能薬と共にばら撒く事で事態を収束させた。そして、以降は自身が過干渉せずに治めようとしていたら、奴らがやって来た』


「奴ら?」


『四つの力の一つ。赤の隠者に降った人類の裏切り者。管理者を気取る者。バイツネード。戦塵百名家等と嘯いていた者達だ』


「つまり、当時のバイツネードに襲われたわけか」


『奴らは赤の力を用いて似姿と呼んだ我が創造主を封印した。だが、その体だけは我が力によって護ったのだ』


「それであのデカイ図体の最奥に隠したわけか……」


『これで昔話はお終いじゃ。ブラジマハターが動き出す前に四つの力を何とかせねば、人類は早晩滅びるであろう。嘗ての繰り返した文明と同じようにな』


 パチリと目を開く。


 脳内でお話していたのが数秒くらいだろうか。


「四つの力。特に赤の力で封印されたと。基本的には超科学の類だと思っていいです」


 2人がこちらの様子を見て、何だかこっちも偉い事になってるなぁという顔になった。


 ゼストゥスは何が何やらという顔になる。


「お、こんなところにデータが……ふむふむ」


 ゼドが紙のデータを読み込む。


「帝国語読めましたか? 教授」


「いや、日本語だ。どうやら私のノートを解読する過程で日本語がスタンダードな研究用の言語として普及したらしい。一応、帝国語も学んではいたが、なるほど。ちょっと意見をくれ」


「……このデータを見る限り、有機物と超重元素を取り込んだ遺伝物質の有機結晶合金みたいな感じですか。削るのは超硬化ウルツァイト辺りが必要じゃないでしょうか。このデータを見る限り……」


「超重元素製の工具で代用出来れば、そもそも研究所がやってるはずだしなぁ。せめて、同じものがあれば、話は別だが……そう言えば……」


「またか……」


「「?」」


「ウチの幼馴染の胸に同じようなものが埋まってるんですけど、蒼の欠片っていう力で今たぶん同じの作れますけど、使えます?」


 2人が顔を見合わせ。


 そして、同時にこちらの肩をガシリと掴んだのだった。


―――10分後。


 最後の一層がクリスタル製のノミでガンガン叩かれて削れ終わった途端。


 バキバキと一瞬で全体に波及した罅が広がって一斉に破砕した。


 テーブルの上にいた巨大な肉体の胸元に耳を当てた久遠教授が親指を立てる。


「ふ、ぁ、ん? あれ、久遠教授? 此処は……ニィト? という事は先程までのは夢でしょうか? うぅ、物凄くリアルでした。って、ゼド君も!? きゃっ、何で私裸なんですかぁ!?」


 台詞だけ聞けば、乙女そのものなのだが、生憎と超筋肉質のマッチョな乙女は顔まで厳ついので何だかアレだ。


 ついでに教授2人がアグレッシブにノミを振るったばかりというのに良かった良かったと心底安堵している様子になんだかなぁという気持ちにもなる。


 こんな開け方で大丈夫なのかと聞けば、分子構造的に閉じ込めている以外は単なる棺の役割しかないので、数百年程度無酸素状態で置かれた程度ならすぐに蘇る云々と言っていた。


 実際、それは正しかったらしい。


 さすが、不老不死に最も近いとマッドに言われるだけあった。


「ええと、そこのお嬢さんは……あれ? もしかして君は……」


「お久しぶりです。ミヨちゃん教授」


「やっぱり、肉体も遺伝子も人間の時とは大本が違うようですけど、脳内の活動自体が凄く似ていたから。学生さん、でしたよね?」


「そこまで分かるんですか?」


「はい。一応、自分の体は最高の観測機器として生成してあるので」


「成程……マッドは友を呼ぶって事ですか……」


「?」


「とにかく良かったわ。ミヨさん」


「久遠教授とゼド君もいるけれど、此処は何処でしょうか? こんな施設、ウチにあったかしら?」


「色々と長くなるの。色々とね」


「そうだな。私が一番短いだろうが、状況説明に入ろう。あのソファーの部屋まで行こうか」


―――30分後。


「そんな事が……ああ、じゃあ、あの記憶も本当の……ドゥリンガムはまだ健在なの? 心配だわ……」


「そちらは問題ありません。今じゃ大陸でも有数の裕福な地域です」


「そう……それなら良かった。うぅ、あの子達の姿も元に戻してあげないと」


「いえ、それなら問題ないかと思います。姿を隠して今も生きていますが、それでも十分幸せそうですよ。ミヨちゃん教授」


「え、そうなの?」


「はい。外に出る時に姿を変えたり、人間みたいな見た目になりたい需要はあるでしょうが、そういうのは後で対応すればいいと思います」


「そっかぁ。あの子達がそれで幸せならいいけど……」


「それにしてもグアグリスと万能薬には随分と助けて貰いました」


「グアグリス?」


「グランジルデの分体です」


「ああ、今はそう呼ぶんだ。へぇ~~~大本になった子は?」


「今はオレの内側にいます」


「あ、だから、何か懐かしい感じが……それにしても異世界って本当にあったんですね。ゼド君」


「ははは、大いに満喫している最中だとも。ミヨ君」


「あの時は物語みたいに別の地球や別の時間に飛んだかとも思ったんですが、此処が植民惑星みたいな遺伝資源を投入された場所だとは思わなくて」


 何かサラッと爆弾発言された気がする。


「そのぉ。こっちじゃまだ解ってない事が多いんですが、ミヨちゃん教授はこの世界の秘密みたいなのが分かるんですか?」


「え? ああ、まだ知らなかったんだ。この星たぶん遺伝資源の大本が二つあって、一つは私達の地球産でもう一つは別惑星のLUCA由来なんだよ」


「始原の生命。でしたか?」


「うん。超重元素だっけ。これが確か宇宙の極限環境化でしか生成されないものだったから、恐らく惑星を一度ブラックホール染みた圧縮で縮小したんじゃないかな。そうでないと地層に残ってた遺伝子の化石との整合性が無いだろうし」


「遺伝子の化石?」


「うん。凄く微細なんだけど、昔のルカの化石みたいなのが発見出来たんだ。大きなクレーター跡地で。それで解析したら、一度滅んだ星に同じ遺伝資源を投入して、地球産とこの惑星由来のものをミックスしたんじゃないかと思ってて」


「あぁ……それなら確かに辻褄は合うのか……」


「辻褄?」


「詳しい事は後で報告書でも皆さんに書きます。取り敢えず、今のところは内密にしておいて下さい。それと戦わなきゃならない相手の規模が確定しました」


「規模か。惑星を軽く潰せる程度の技術力とは恐れ入るな」


 ゼド教授が肩を竦める。


「まぁ、月を掴む指みたいなのが敵の一体ですから」


「……今後、この研究所の方でゼド君やミヨさんと一緒に対応出来る機器の開発を共にという事でいいかしら?」


「構いません」


「ええと、よく分からないけど、しばらくお世話になりますね。シュウさん」


「はい。こちらこそよろしくお願いします。ああ、それと研究開発に関しては逐次教えて下さい。必要なものはこちらで全て用意します。あ、後、マガツ教授に後で連絡しておいてあげて下さい」


「あ、マガト君もいるんだ。う~~ん。久しぶりだなぁ。会うの……ぽ」


 ミヨちゃん教授が頬を染めた。


「(ぁあ、ここだけの話だが、彼女はマガトのヤツに惚れてるからな)」


 ゼド教授がこっそり教えてくれた。


 どうやら世界の深淵というのは案外傍に落ちているらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ