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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
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第107話「永い夜」


「………お前か。ようやく会えたな」


 いつもの帝都の館の庭だった。


 庭にあるテーブルとティーセット。


 椅子に座った対面にはあの化け物が座っている。


 まるで巨人が似合わない小さな椅子に座っているかのような可笑しさだ。


 だが、化け物は紅茶を啜るでもなく。


 人差し指が入ったカップからソレを摘まんで一口。


 ボリボリしている。


「で? 人の人差し指食って美味いのか?」


 訊ねてみると化け物は、あのニィトの施設に幽閉している化け物がニタリと嗤う。


「ああ、そうかい。御馳走様って事ね」


 だが、化け物が動き出す前にテーブルに付いていた手に黒いナイフのようなソレを突き刺す。


【―――!!?】


「だが、ただで食われてやる程、甘くないぞ。今のオレはな。人生のおまけなら尚更だ。長く愉しませて貰うぞ。化け物」


 テーブルにナイフで縫い留められた化け物の顔に頭突きをかまし、その瞳を睨み付ける。


【っ、っっ、っっっっっ♪】


 愉快そうにゲダゲダと人には再現不能であろう嗤い声で化け物は嗤いながら唇の端を曲げる。


「まぁ、そう急ぐなよ。お前みたいなのが関わってるって事は今までのは前座みたいなもんなんだろ? 何を言わなくてもお前の敵は滅ぼしてやる。お前に言われるまでもなくな」


 ナイフを抜いた瞬間に相手の首筋にソレを叩き込む。


「そして、覚えておけ。お前がオレに力を貸す限り、お前にはいつだって可能性がある。だが、お前がオレを見限った時、お前もまたオレの敵だ」


 愉快そうに、本当に愉快そうに化け物が青年を、そう青年の姿をした相手を前にして肩を竦め、ナイフを抜き取るとその辺に放って静かに館の中へと戻っていった。


「マヲ?」


 いつの間にか黒猫がテーブルの足元で上を見上げており、話合いは終わったかと小首を傾げる。


「ああ、今までオレを護ってくれてたのはお前なんだろ。礼は言っておく。御返しはホールケーキとか山盛りの手作り菓子とかでいいか?」


「マ、マヲヲ~~~!!?」


 超・期待!!!!


 と言わんばかりに涎を垂らして良い笑みになる黒猫であった。


「さって、蒼いのが顕現する前に起きるとしますかね」


「マヲ?」


 首を傾げた黒猫がチョイチョイと尻尾で青年の横を差す。


「ん?」


 よく見れば、蒼い剣らしきものがそこには突き刺さっていた。


「いつの間に……」


 それを引き抜いてみる。


 すると、不意に視線を感じた。


「ごじゃ~~~?」


「は? 誰だ?」


 長い黒髪の少女。


 いや、幼女と呼べるだろう相手が何処かの制服の上に和服を羽織った様子で青年を見ている。


「お~~~ん~~~? あ、これ小さいのでごじゃるよ。これじゃないでごじゃる~」


「コレジャナイ?」


「ごじゃ~~~でも、懐かしい匂いがするでごじゃる。お父様みたい。ふふ~~」


 笑みを浮かべてススッと近寄ってきた正体不明の幼女に思わず警戒して後ろに下がろうとした青年だったが、自分の背後に何か赤黒い何かがいるのを感じて背筋を強張らせる。


【おう。こんなところに出るのか。あ~~~面倒なんじゃ~~それにしても面白いとこに出たな。ああ、そういう……それに……うわ……】


 そのヤバイ何かとしか青年には感じられない赤黒い何かがテーブルの下を見て、何やらイヤそうな顔をした。


「マヲ~~~?」


【おう。そこのなりそこない】


「オレ?」


【まだ気が触れてないのか……しばらく、お前にそこのシャクナゲを預けてやる。世界が救われるまで無期限でいいぞ。じゃ】


「え?」


「ごじゃ?! 投げっ放しにする気でごじゃるか~~~!!?」


【おっと、これから唯一神と打ち合わせがあるから、オレはこれで失礼する。ああ、ホント、何であの天連中に次ぐヤバイのがこんな時空に出るんだ。猫なんて無害そうなのに偽装しても中身は何も変わらんだろうに……やれやれ……】


「逃げるな~~~!!?」


 背後の何かに飛び付こうとした幼女が猫の尻尾に躓いて青年の胸元に飛び込む。


「おわ、ちょ?!」


【じゃ、終わったら迎えに来るから~~ぁ~~~ようやく開放されるんじゃ~~~】


「ごじゃぁああああ!!?」


 フッと背後の気配が消える。


 そして、何だか置いて行かれたらしい幼女がちょっと呆然とした後。


 ジロリと青年を見やる。


「責任……」


「セキニン?」


「責任取るでごじゃぁあああああ!!?」


「のわぁああああああ?!」


 幼女に襲い掛かられながら、青年は面倒事に巻き込まれたような気がしつつ、気が遠くなっていく。


 彼らの上には今も月が白い指で鷲掴みにされていたのだった。


 *


―――大陸南部サラディア正教国より北に830km地点。


 大陸南部の多くにおいては多くの宗教が犇めいている。


 その理由は単純で元々最大だった宗教派閥があり、それが百年近く前に分裂して、以後もその宗教が巨大である事は変わらないが、独自に変質した宗教の多くが自分こそが正当な派閥であるとの文言を盾にして宗教戦争まっしぐらな宗派、宗教閥の混沌とした戦いを繰り広げているのだ。


『オイ!! あいつら、青銅協会だぜ!?』


『お、こっちは神敵滅殺がもっとーの黄金騎士団だ』


『わはは。おいおいおい。どーなってんだ。今回の遠征は!?』


『今まで殺し合いしてた派閥の見本市じゃねぇかよ』


『でも、それだけ北部が難敵って事だろ?』


『だとしてもよぉ。最南端付近の国の旗も見えるぜ』


『マジかよ。こんな時にクライガルの旗だけが見えねぇな』


『あそこは粛清に忙しいんじゃねぇの?』


『盗賊してっと色んなヤツ見るけど、あそこはくっせぇ男しかいねぇよな』


『ホントホント!! 黄金騎士団なんざ。毎日川縁で頭と顔を洗うらしいぜ?』


『ははは!! 乙女かよ!?』


 結果として南部は大本の宗教を基盤とした独自宗教の見本市であり、その幾つかは大規模な地域に浸透して国家宗教として成り上がっていたりする。


 そして、今正に西部で起った悪しき邪教【帝国の聖女教】とでも言うべきものが、奴隷売買最盛期の国々には押し寄せており、その弾圧と聖伐の名の下に多くの宗教基地外達が遥か北方にあると言われる鉄を大量生産出来る程度の国を亡ぼすべく。


 自分達の足元に近寄る不気味な変質を背に十万、二十万と数を増させ、合流しながら南部皇国の国境域へと差し掛かっていた。


『こっから先が南部最大の地獄。南部皇国かぁ……』


『ははは、ここを通る時に地方都市を略奪してけば楽なのによぉ』


『北部皇国が参加してるから無理なんだろ』


『略奪していいっつっても持ってけるもんがある内に掻き集めなきゃなぁ』


『女と子供は真っ先にしとけ。東部で船を確保してあるから、陸路よりは確実に届くって話だ』


『おーおーごーせーだねぇ』


『今回の敵は帝国っつっても、何処まで入り込めたもんか分からねぇ。まずは地方を全力で獲って足掛かりにするって話だ。男も死んでないのは全部奴隷にしなきゃ割に合わねぇ。お前らも余裕そうなら殺す前に殴り倒せよぉ』


『うぃーっす!!』


 彼らの大半は神の為なら死ぬ事を厭わぬ【聖伐者ぼうず】ではない。


 その大半は主義主張たる宗教に乗っかって甘い汁を吸う戦うエゴイストである。


 それは正しく宗教の腐敗極まる南部においては聖職者と同義であった。


 無論、本当の信仰に身を捧げるヤバイ狂人は大量に存在しているが、彼らの7割に達する兵は略奪と街の人間を収奪して生計を立てるギャングやならず者が宗教の皮を被っているに過ぎない。


『それにしても武器はどうするんすかねぇ』


『重いもんは持って来なくて良くて、現地調達って話だ。どうやら新興国で武器作りが盛んな場所を通るんだとよ』


『確か、ヴァーリだったか? ウチの嫁がヴァーリの櫛が欲しいっつってたなぁ。どっかの工房襲ってもいいかな?』


『どうかなぁ。上の連中はヴァーリの武器無しじゃ戦えないからって略奪は厳禁つってたけどよ』


『小国だろ? バレやしないし、バレたところでオレ達、聖葬教21万に敵うものかよ。武器が幾ら良くったってなぁ』


『ま、ちょっと凄めば行けるだろ?』


『違いない。がはははは』


 この長期長距離遠征に参加する王国の類の半分は徴兵した農民だが、それが精鋭と名高い相手には通用しない肉壁にしかならないと感じている国家の大半は的確に略奪が出来る戦力として宗教派閥から大量の人員を供給させており、彼らの親類縁者などで固めて狂気で統制する方式を取った。


 略奪の為の戦争を行う十字軍染みた彼らは聖戦の名の下に何でもありの戦いを繰り広げられる本当の【人間以下クズ】だ。


『ああ、北部は美人が多いんだとよ。肌は白くて顔は綺麗な人形みてぇなんだと』


『本当かよぉ。だんごっ鼻の人形じゃねぇだろうなぁ?』


『おお、主よ!! 異敵の女は山脈の峰のような鼻であるよう此処に祈ります!!』


『あっははははは!!! じゃあ、オレはおお、主よ!! 異敵の女はあそこの具合が良く締まるロバよりはマシな女である事を祈ります!!』


『なら、オレはおお、主よ!! オレは異敵の女が牛の乳くらい豊満である事を祈ります!!』


『腹がか?』


『違ぇよ!? 乳と尻がだよ!!?』


『主も大変だなぁ!!?』


『違いねぇ!! 違いねぇ!!』


『がははっ、あはははははっ、はは―――』


 だが、当人達は信仰の為に人を殺す異教徒、異敵征伐代行者と名乗っており、その旗の元に山賊染みて参集した犯罪者集団も数多いとなれば、もはや悪人見本市。


 それを嘆く本当に平和を希求するような宗教者達の多くは本国においては小さな派閥に過ぎず。


 平和主義は異敵を許す異端として更に過激に血祭に上げられ続けているので、彼らこそが“宗教の中身”として国民に浸透して久しい。


「やれやれ。緊急用の体を使う事になるとはね。さすが同類……容赦なくやればあんな感じか。やるじゃないか……くく……まぁ、この千五百年分貯め込んできた能力が全て消失、か。油断していたと言うには痛い出費だ。仕方ない。補填はこいつらでやろうか……」


『あん? オイ、何ブツブツ言ってんだガキ!! さっさと歩けよ!?』


 傭兵らしい男の1人が小姓のような貧相な体躯の少年兵を背後から蹴飛ばした。


 それに周囲の連中はゲラゲラと嗤っている。


「はぁぁぁ……最底辺層の掃除を怠ったツケは大きいな。大掃除は年末年始の気分なんだけどな」


 ゆらりと起き上がった少年兵を再び背後の男がニヤニヤと蹴り飛ばそうとした時だった。


 周囲にいた2000人程の男達が半径300m圏内で一斉にあらゆる穴から血飛沫を吹いて血の雨が降り注ぐ。


 それがウゾウゾと蠢きながら少年兵の周囲に集まっていく。


 まるで最初から血液や臓物がそんな生き物であったかのように蠢くスライム状になった肉体は次々に衣服や装飾品を置き去りに堆く塔のように練り上げられて。


「150万程度か……僕の1年分にも満たないとか。まったく、負けるのがこんな清々しいなんてね。次が愉しみになるじゃないか。同胞……」


 塔が猛烈な速度で全方位に投網の如く弾力のある血を遠方にまで発射した。


 ソレらは次々に大量の血液を広範囲に降らせ。


 その血の雨を浴びた者達が次々に体を溶け崩れさせながら、何かを言う事もなく塔の内部へと集められていく。


 宗教閥の者達の中でも大軍の端にいた者達はその血煙の惨劇が起きる現場から遠ざかっていた数百人にも満たない小姓や兵站を担う部隊の者達だった。


『な、何だ。アレは……』


 呆然と立ち竦む彼らはやがて血の雨が止んだ後。


 その背後に天を衝くような巨大な塔が出来たのを目視し……そして、それを認識した瞬間には肉体をスライム状に変形させて、そのまま血の染みとなって塔に吸収されに向かっていた。


 それから数時間の後。


 その南部皇国と南の国境域周辺においてあらゆる人間との連絡が途絶えた。


 夜間、その南部皇国の国境線から中央の首都に至る街道に向けて何か大河のようなものが流れていたという噂はあれど、それが囁かれたのは極僅かな間だけだった。


 理由は単純であり、南部国境線沿いに死体すら無い大量の鎧と馬車と衣服と雑貨の残りが出現した事で一攫千金を狙う者達が現地に詰め掛けたからだ。


 彼らは薄気味悪がりながらも、その降って湧いたネコババのチャンスにしっかりニンマリと百万人以上の人々が消えた後を漁るのだった。


 反帝国連合内部でも最大級の戦力となるはずだった南部宗教連合閥の人員はこうして一人残らず消え去った。


 彼らとは別ルートを歩み。


 わざと後追いするように歩いていた各国の兵達は味方が一瞬にして消えたという悍ましい事実に背筋を泡立てながらも現地で一端止まり、情報を集めるべく各地に使いを奔らせる事になる。


『一体、何が起こった!? あれだけの者が一気にいなくなるなど有り得ん!! 各国の軍に使いを奔らせろ!! 直ちに状況を確認するんだ!! 危険なようならすぐに脚を早めさせろ!!』


 そのせいで兵糧を余計に消費した反帝国連合軍の合流は更に遅れる事になる。


 総勢250万以上となるはずだった世界最大の連合軍はいつの間にか50万を切る勢いで減ってしまったのだった。


 *


「ん………」


「シュウ? シュウ!?」


 起きた瞬間に抱き着かれた。


 見れば、目も鼻も紅い大きく為った幼馴染が1人。


 ようやく少女よりも女性となりそうなくらいにまで背丈が伸びたらしい。


 よくよく見て見れば、鼻の下まで紅いので泣きじゃくりまくりだったようだ。


 白い天井。


 見慣れた大学の医務室だった。


 周囲には医療関係者らしい気配が数名。


 すぐにやって来る。


「大丈夫だ。心配要らない」


「心配要らないって!? 指一つ無くなってるの!? 大丈夫なわけないもん!?」


「全身蒸発するよりいいさ」


「ッ―――シュウ」


「医者が来るみたいだから、後でな。他の連中を呼んできてくれ」


「わ、解った!! すぐ、すぐに呼んで来るから!?」


 そう言って不安そうな顔で再び振り向いたシュリに手を振っておく。


 そうすると13歳くらいだろう少女がやってきた。


 どうやら医者見習いらしく。


 白衣を着込んでいる。


「見た覚えがあるな。確かルシャ。ルシアの周囲にいた子だったか?」


 くすんだ色合いの茶髪の少女が驚く。


「本当に……あの方の記憶を受け継いでいるのですね。貴女は……」


「本人とは違うかもしれないけどな」


「そう、ですか。日本語もまったく問題ありませんし、本物のようです。私は教授から一番頭が良い弟子として今は医学を学んでいるアイゼと申します」


「ああ、そうか。教授が……」


「はい。ニィトに医者はいなかったので一から学ばせて下さいました。教科書などは日本語から幾らか翻訳して貰いつつ、早め早めに日本語も習得して、現在は医大生くらいの階梯であると太鼓判を押して頂いています」


「そうか。オレが特殊事例なのは解るか?」


「はい。貴女の体は昏睡している間に調べせて頂きましたが、とても……その……」


「人間には思えない?」


「……はぃ。申し訳ありませんが、ニィトの全ての医療機器を使って徹底的に調べたので」


「それで?」


「健康体です。ですが、何故、健康なのかがはこちらの知識の理解の範疇にはありません。血液は超重元素の比率が73%近い上にその金属を鉄分のように赤血球や白血球が取り込んでいますし、微量の必須金属元素とも違って細胞に多種類の超重元素が働き掛けて大量のエネルギーを生み出している。そもそも細胞が結晶構造で血液のようなものを使って動いているだけで、常識的な有機物の細胞ではなく。金属で出来たような……」


「つまり?」


「……貴女はバルバロスを越えて、バルバロスよりも更に高度な生態を持っています」


「だろうな……自分で選んだ道だ。だが、脳やその他の臓器も問題無く動いてるし、細胞も質的に劣化したり、寿命が削れてないと思ってるんだが、どうだ?」


「は、はい。言われた通りです。シュウさん。貴方の体は完全にバルバロスとして適合していると言って問題ありません」


「……少しだけ、こっちの技術力じゃ分からなかった事があるんだ」


「何でしょうか? 帝国の科学力でも、という事ですよね?」


「オレの生殖細胞がどうなってるのかだ」


「生殖……」


「この体は女だから、卵子や卵巣になるか? それが正常に作動しているかどうかだ。ちなみに女性の月のものは来てない。年齢のせいかとも思うんだが、それで色々と気になってな」


 少しだけアイゼが頬を染める。


「そ、そのそれはさすがに……一応、産婦人科の勉強もしているのですが、細胞そのものを直接採取してみない事には……」


「だよなぁ……ま、後でソレは採取して貰う。取り敢えず、此処にいる限りは薬にも困らないと思うが、そもそもオレに効く薬があるのかも今は分からない状態だ。だから、何か問題があったら、真っ先に相談させて貰う。教授と一緒に色々と頑張って貰う事になると思うが、よろしくな」


「は、はい!!」


 緊張した様子ながらも大きく頷いてくれたアイゼという少女に頭を下げておく。


 言っている間にもあちこちの廊下から部屋に迫って来る足音が大量。


 どうなっているものか。


 取り敢えず、抜けていた気を張り詰めさせる。


 まだ、何も終わっていない。


 それはつまり新たな戦いの始りを意味するのだから。


 *


―――帝都【帝国異種開発機関】本部施設内。


「―――」


 2人の少年と1人の少女が声を失っていた。


 いや、それだけではない。


 世界のあちこちできっと同じ状況の者達はいただろう。


 夜、ふと空を見上げただけの者達。


 彼らの内の数%。


 十代付近の少年少女達だけが、ソレを見た。


 それは白い指だった。


 そして、同時に月を掴み砕こうとしていた。


 その錯覚とは思えない景色はしかし数割程、蒼く染まっていた。


 本来、月の満ち欠けは明るさと暗さで形を変化させるわけだが、ソレは違っていた。


 白い指に掴み壊されそうな月は半月だったが、その黒く染まるはずの半分が蒼く染まっていた。


 その大陸各地で観測された12時間前後大陸の端から端まで確認された異常現象を未だ誰も正しく理解していない。


 だが、未来を見る少女が己に移植されたバルバロスの一部が砕けた瞬間、それを幻視する。


 見た事のある小さな背中。


 しかし、今その背中に付き従っているのは決して人間では無かった。


『ひ―――』


 斑模様の肌に3mはあるだろう体躯。


 だが、それよりも恐ろしいものを彼女は見た。


 燃える三眼。


 グリンと彼女を振り向いた化け物がまるで目を細めるように現実に存在しているとも思えない質感の口元を、僅かに歪めたような気がしたのだ。


 思わず恐怖から目を閉じた瞬間、強制的に見開かされた瞳がソレを真直で凝視する。


 思わず泡が吹きこぼれ始めた唇を人など簡単に首り殺せるだろう腕の先にある爪なのか指なのかも分からないもので掬い上げられ、彼女は化け物がふぅっと吐息のようなものを零した瞬間。


 瞬間的にもう一本の腕に蒼いクリスタルのような剣らしきものが握られているのを見た。


 半開きの口の間から零された吐息が入り込んで肺が窒息したように活動を―――。


「―――はぁはぁはぁはぁはぁはぁ?!!!」


 あまりの衝撃にもんどり打って倒れた少女は横に同じような状況で口元から泡を吹き溢す少年達を見ながら、呼吸困難で明滅する視界に意識を眩ませる。


「ッ、医療班を呼べ!! 研究所に連絡!! それと例の機関に心理干渉資格を持ったヤツを2人以上出動要請!!」


 少女は自分達の世話をしてくれる事になった青年。


 嘗て、敗北したバイツネードの男がすぐに自分達のバルバロスの移植部位を確認したのを他人事のように見ていた。


「何だコレは!? 馬鹿な……勝手に破壊されるようなものじゃないはず……」


 少女は何とか口元から泡の零れ落ちた口で声を絞り出す。


「白い指に月が……」


「月? 月だと? まさか? 本家と関係があるのか? いや、だが……」


「半分、蒼く染まって……それで、それで……燃える目が、三つ……ッ」


 そこまで言った瞬間、彼女はフラッシュバックする記憶で目を閉じた。


 途端だった、ズガンッと壁が抉れる。


 蒼い燐光が砕けるようにして周囲に溢れた瞬間。


 彼らがいた施設の一角が彼ら以外30m四方に渡って崩落した。


「うお!?」


 咄嗟に少女を抱え、少年達の首根っこを咄嗟に引っ掴んだ青年がすぐ傍の窓から外に飛び出していくと帝都のあちこちで蒼い燐光の残滓が夜空に舞い上がっていた。


「一体、何が……」


「ぅ……化け物が……でも、あの背中は……」


「どういう事だ!? お前は次元は違うが、オレと同系統の視覚の能力者だ。一体、何を見た!?」


「……聖女様の背中に従う化け物が、私達に何か、送り込んで……」


「化け物? 聖女? 何かあったのか!?」


 だが、それ以上の言葉は伝えられず。


 少女は意識を失った。


「一体、何が……あの山脈で……まさか、本家と?」


 分からない事ばかりだったが、すぐに職員達が使用されていない未だ未稼働状態だった施設の一部損壊と共に帝都各地での異常事態を告げた。


「とにかく、あちこちで建物が崩れたと!! 蒼い燐光を多数が目撃しており、更に少年少女がその中心にいたらしく。今、救助活動が行われております!!」


「解った。すぐに叔父上に連絡―――」


「ようやく落ち着けると思った先からコレか」


 彼の背後に足音が降り立つ。


 上空には竜が次々に出動していた。


「叔父上!!」


「状況は聞いた。一体、何が起こったか分かるか?」


「いえ、詳しい事はまだ」


 機関長のマルカスが既に庭先にはやって来ていた。


「ただ、どうやら今回の事は我が妹と本家が関係あるようです。それと白い月と指の話が出ました」


「それは本家の……此処で家紋の話が出てくるのか……」


「はい。それと妹の背中に化け物がいて、それが自分達に何かを吹き込んだとこの子が……」


「あの聖女……今度は何を従えた?」


「解りませんが、あの燐光を放ったのはこの子だと思われます。それもバルバロスの力の源である移植部位が砂のように崩壊していて……」


「バルバロスを破壊? バイツネードの根源がソレならば、聖女と敵対したバルバロスを聖女に付き従った何かが破壊したとでも?」


「いえ、まだそこまでは解りませんが、この尋常ならざる力……」


 青年は周囲の建物の崩壊した様子を見て目を細める。


「蒼い燐光……そう言えば、この国に向かわせた連中に本家が探らせていたのも蒼い光を発する何かという偉く曖昧なものだったな……」


「まさか、本家は自分達の力の源を破壊し得る何かの存在を既に嗅ぎ付けていた?」


「憶測の域を出ん。取り敢えず、友好国と同盟国全てから問題を起こした子供を引き取るよう帝国議会を通さずに通達する」


「帝国以外でも? このような事が?」


「ウチの配下連中にドラクーンが接触してきた。高高度から大陸各地で無数に同じような光が見えたとな。コレは異種開発機関の仕事だ。恐らくは……」


「それは確かにそうですが、我が妹から預かった権利を此処で?」


「今から帝国議会のジジイ共にバルバロス適合者狩りを提案されるよりはいい」


「ッ、確かに……これがどのような現象かを考えれば、常人共では正しい答えなんて解り様も……」


「良い顔はされずとも先に事態収拾に動いていると言った方が仕事はしていると見せるにはいいはずだ」


「解りました。では、一端、原因の究明は棚上げにして妹と本家の間での何かしらの戦いの影響だとでも?」


「山脈に本家がいるかどうかは問題じゃない。後であの聖女にはこちらから言っておく。直ちに行動に映るぞ」


「はい」


「そいつらは医療班が到着し次第、昏睡薬で数日眠らせておけ。此処程に酷い崩落はまだ帝都内では起こっていないそうだ」


「……バルバロスの力を破壊されたはずのものが、これほどの破壊を生むとなれば、新たな力を得たのかもしれません……」


「何だろうとも、我らの脅威にならない限りは手札の内だ」


 空を見上げた彼らの前には数体の黒い竜。


 ドラクーンの騎士達がやって来ていた。


 長い夜になるだろう事を男達は互いに感じ取り、自らの戦場へと歩き始めた。

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