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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
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第90話「泥に染まる姫」


「ご協力ありがとうございました」


 結局、北部皇国の街中を空から探して、あちこちに潜伏している空飛ぶカメレオンさんを12匹程見つけ出して竜騎兵達に任せて狩り、面倒な目を排除し終えたのは昼時の事であった。


 1匹いたら30匹はいると思え。


 そんな言葉が過る程に大量の相手だが、こちらの目は誤魔化せず。


 襲われて逃げられないと自爆する旨も伝えていた為、あちらに被害も出さずに全員を自滅させた。


「終わった終わった。帰るか」


 貸して貰った竜の頭をポンポンした後。


 背後に付いて来ていたノイテと共に所定の場所に竜を戻し、活気のある街並みを見渡しつつ、船に戻ろうと待たせていた馬車の前に歩いて行く。


 すると、小さな違和感に気付いた。


「どうしました?」


 馬車に仕掛けがしてある。


 後ろのノイテを片手で下がらせる。


 触手さんで検査してみた。


「ふむ……超重元素の反応は無し。毒物でも無さそうだ。だが、この形状……」


 さらに詳しく調べようとした時。


 パキンッとその正六角形状のメダルような何かが割れたと同時に電波の類が即座に周囲へ発信される。


「ッ、ノイテ。すぐに此処から20m以上離れろ」


 良い部下は即座に行動に移してくれた。


 それから数秒後。


 高速で西部方面から音速よりは遅い何かが近付いて来る。


「オイオイオイ。誘導弾の類か!?」


 さすがにミサイルがやって来ますとか。


 洒落にならない。


「ノイテ!! 何処でもいい!! 建物の内部か密閉された地下に隠れろ!!」


「ッ―――」


 その言葉にすぐ反応して駆け去っていく。


「まったく」


 腰から引き抜いた対バルバロス用の弾丸を装填している例の拳銃を引き抜いて構える。


 弾速はこれで問題無い。


 宮殿域のあまり人気の無い区画なのもありがたい。


 ミサイルの中身がBC兵器の類だとしても、この装備ならば、恐らく完全に内部のものを分子構造まで破壊して焼却するだろう。


 普通の外套の内部に入れ込まれた二重の止め紐を引っ張り、耐熱用の内部被膜を展開し、同時にいつもの仮面も被る。


 近頃、改修した代物だ。


 竜の意匠を施してドラクーンの主要な頭部保護用のマスクを流用している最新のソレは実際竜の顔を象っている。


 被ってから近付いて来るソレの形状を認識。


 短距離の低速誘導弾に見えた。


「あの教授……ヴァーリでミサイル量産すんなよ」


 愚痴りつつ、完全に迎撃可能な到達範囲まで待ちつつ、予測能力で目標を標準し、300m圏内に入った瞬間に撃った。


 周囲が猛烈な炎に包まれながら、吹き伸びた炎の柱が斜め上に伸び上がり、鉛筆染みた形態のソレに直撃し、それを貫いた勢いのままに上空に伸び続けて消える。


 周囲の温度が一気に上がったのを確認しつつ、数m程後方に跳躍。


 次弾が来ないかと警戒するも、脳裏の予測に1時間以内の着弾は無しとの報。


 ただし、こちらを看視していた一部の人間にどよめきもせず。


 即座に現場から逃げていく相手が捕捉出来た。


 それを素早く追って走る。


 相手との距離は30m程で宮殿域の壁の外にいる為、迂回しなければならなかったが、面倒なのでグアグリスを用いて筋力を強化。


 そのまま跳躍して4mの壁を飛び越えて、上空から確認した相手の背後に着地した瞬間には足払いを掛けて転ばせる。


「げぅ?!」


 思わず転んだ相手がハッとした様子でこちらを見上げていた。


 即座に見えざる細い触手で侵食。


 自決用の毒を仕込んでいた歯を引っこ抜いて、衝撃で叫ぶのも構わずに装備を解除して身ぐるみを剥がす。


 相手は40代の男だった。


「誰に報告するように言われた?」


「ッ―――」


「誰だ?」


 瞳から洗脳光線っぽい副棟梁の緑色な光をちょっとだけ使って前頭葉の機能を低下させつつ訊ねてみる。


「ア、アイルバン卿が、この時間に馬車の周囲で何かがあったら報告せよと」


「選定公家の一つか。どうやら、噛んでるのは大物らしいな」


 その合間にも騒めいた周囲の区画を慌てて走って来るノイテが来た。


「その男が下手人ですか!!」


「単なる監視役だ。だが、この状況下で何かが起こる事を知っていた。選定公家のアイルバン卿が噛んでる。オレはこのまま、そっちの館に回る。こいつの状況をお前の父親に教えてから船から全員降ろさせろ。竜騎兵を即座に出撃させて周辺警護、貨物室にある火薬と薬品だけ降ろして危ない代物だと何も無い倉庫に運ばせておけ」


「解りました。一人で行きますか?」


「ああ、そうする。竜騎兵は低空でいつでも逃げられる状態にするように。もしもとなれば、船を放棄して逃げなきゃならない」


「了解。御武運を」


 優秀な秘書に後の面倒事を押し付けつつ、走る。


 目指すは北部皇国内の主要施設の一つとして頭に入れて置いた選定公家の本家がある区画……少なからず逃がしはしない。


 出所やら背後関係やらゲロッて頂く相手が増えた事を喜びつつ、筋力補正を掛けて加速するのだった。


 *


「……アイルバン卿」


「解っている。貴殿らの言う通りにした。だが、貴殿らが約束を違える事は最初から解ってもいた」


「ほう?」


 男が三人。


 地下室の最中でお茶を啜っていた。


 ランタンの灯る地下室は秘密の会議室という体だが、埃っぽくはなく。


 ちゃんと掃除が行き届いている様子だ。


 一人の老貴族が2人の30代くらいだろうフードを被った旅装の男達に視線を向ける。


「息子は死んでいる。もしくは既に蟲の息だろう」


「そう解っていて協力したのか。なるほど、さすがに選定公家か」


「どちらだとしても遺体くらいは回収したいのでな。貴様らとて、これからこちらを殺して逃げるには追手は少ない方が良かろうて」


「ははは」


 男の1人が大笑いする。


「おいおい。このじーさん。肝座り過ぎだろ!! まぁいい。これで帝国もお終いだ。例の聖女様とやらが消えれば、ようやく我らも動き出せる。バイツネードの連中が我が物顔になっていた時代は終わった!! これからは我ら諸国異邦団グンネッサの世になる!!」


「オイ」


「いいじゃねぇかよ。このじいさんは此処で死ぬ。そして、オレ達は後一刻もせぬ内にこの場所から出る。あのバイツネードに虐げられ続けて来た我らこそが世の主だ!! 愉快ッ、愉快だぞ!! ふ、ふふ、くくくく」


 男の1人が顔を歪めて嗤いながらアイルバン卿と呼んだ人物に剣を向けて振り下ろした……はずだった。


「ぁ?」


 2人の男が同時に目を見張る。


 片方の男は自分の胸を切り裂いた相方の剣にめを見張り、もう片方は自分の手が味方を切った事に愕然としている。


「テ、テメェ、ま、まさか、かは?! オレを!?」


「(声が、出ない?!)」


 切った男が声を出したと思ったものの。


 彼の喉はまるで別の言葉を発する。


「お前はもう要らん。組織には死んだと報告してやろう。此処で死ね!!」


「く、くそぉ!?」


 切られた男が抵抗しようとしてバタリと倒れ伏し、同時に剣で切った男もまた意識を失って倒れ伏した。


「アイルバン卿ですね」


「?!!」


 一つしかない扉は開いていない。


 だが、彼らの背後にいる相手からの声に老貴族が目を見開く。


「貴女は……」


「北部に残った選定公家の一つを脅迫。そして、見知らぬ組織にバイツネードという話……総合するとバイツネードに木っ端のように使われていた地方のバルバロスの呪いを受けた者達の一団というところでしょうか」


 こちらの姿を見た老貴族がすぐに頭を下げる。


「危ないところを助けて頂いて誠に感謝したい。ただ、済まないのですが、片方の賊を起こして息子の居場所を聞かせて頂けないでしょうか。姫殿下」


「ええ、全ては息子さんを助けてからにしましょう」


 それから一分後。


 すぐに地下室を出た老貴族と2人の賊を命の保障だけして昏睡させた声の主はイソイソと息子の救出に向かったのだった。


 *


「それでこうしてるってわけか~」


「まぁ、そういう事だ。あ、アイルバン卿の息子は死に掛けてたが、今はピンピンしてるはずだ。後、物凄く平身低頭でお力添えはお約束しますって話もしてくれた。後で色々と便利に使える繋がりが出来たな」


 北部皇国の中央から離れた地域の一角。


 小規模ながら活火山がある。


 洗脳した2人の男が吐いた賊の拠点の一つはそんな火山の中腹にある坑道を用いているらしく。


 入るならば、それなりの罠や諸々の面倒な手順が必要らしい。


「諸国異邦団グンネッサ。どうやらバイツネード連中にすら劣る民間の能力者を連中が纏め上げて顎で使ってたらしい。だが、そのご主人様が消えて、不満が爆発した連中は後釜に立候補したんだと」


「へ~~なら戦った事あるかもなー」


「そうなのか?」


 煌々と夜にも見える紅い炎を宿す火口を上空から見つめながら、デュガが過去を思い出すように遠くを見る。


「やけに弱いバイツネードの雑兵とか。結構いたんだよなー」


「数を野良の能力者で補ってたのか……」


「あんまりにも歯応えが無くて、時々囮と戦ってるんじゃないかって逐次偵察隊出したり、確認したりしてたかんなー」


 言っている間にも竜に吊るして来た物資を坑道の入り口付近に投下する。


 それと同時に次々に坑道付近が騒がしくなったところで猛烈な煙が荷物から噴き出し始めた。


 それから数十秒後。


 すっかり声が聞こえなくなった。


「ちゃんと仮面被れよ」


「りょーかーい」


 少しだけ離れた場所に着陸。


 竜を待機させて、2人でガスマスク被って坑道前に向かうと十人近い男女が気絶していた。


『死んでない?』


『ああ、単なる麻酔薬と眠り薬を配合した昏睡薬だ。効果も精々数時間。ま、面倒な連中はこれからコレで黙らせる事になるな』


『ふぃーは優しーなー♪』


 苦笑された。


『こいつらからバイツネードの情報を少しでも搾り取ったり、能力没収して使えそうなのを回収したり、死なれちゃ困るんだよ』


『なるほど。それにしてもどうしてふぃーが狙われたんだ?』


 坑道に入っていくと勢いで次々に坑道前に殺到して来ていたらしい人員達が薄くなって来た煙の中でグッタリと昏睡状態になっていた。


『どうやら、こいつらは大陸の上半分にも勢力を伸ばしたいと思ってたらしい。で、バイツネードの情報を聞き付けて、オレを殺してバイツネードの残った連中にオレ達の方が上だと示威行為がしたかったんだと』


『オレの方がつよーいって事か?』


『そんなとこだ。それで丁度とある国に運ばれてて奪ったばかりの兵器を使って殺してみようとした、らしい』


 坑道を進んでいくと辛うじてまだ動ける連中が緩慢な動作で助けを求めようと外に這い出ようとしていた。


 そういうのを一蹴りで意識を刈り取り、まだ大丈夫なヤツを探すと奥の方から足音が近づいてくる。


『ほらよっと』


 研究所特性昏睡薬の煙を炊くスモークグレネードを一個、ピンを抜いて通路の角の先に剛速球する。


 すると、悲鳴と共にボフンッという煙の追加で誰も彼もが倒れる音がした。


『うわ、容赦ないな……』


『殺さないだけマシだろ。後で常人にしてから適当にこの国に裁かせる』


 こうしてランタンが灯る坑道内部にグレネードを投げ込んで進む事4回。


 40人近い人間を無力化して20分程歩き回った結果。


 最奥部に到達していた。


『此処だな。下がってろ』


『へーい』


 背後を確保して貰いつつ、金属製の扉を無理やり脚の筋力で蹴り破る。


 途端、グエッという潰れた蛙みたいな声と共に誰かが分厚い金属製の扉の下敷きになった。


「た、助けてくれ!? わ、悪気は無かったんだ!? アンタらの下にもう一度戻ってもいい!? だから、殺さないでくれ!!?」


 どうやらバイツネードと勘違いしているらしい。


 だが、そう命乞いしつつも未来予測では2人も扉の先に顔を出すと奇襲してくるのでスモークグレネードを追加しておく。


「が、ぐ、こ、このけむ………」


「うぐ……」


 バタリと倒れ込んだのを確認して内部に入る。


 すると、如何にも悪そうな悪党面で貴族っぽい服を着込んだヤツが2人伸びており、書斎らしい場所には逃げ出そうとしていたようで散乱した書類や貴重品が詰め込まれたバッグがあった。


『部下を置いてトンズラとか。山賊的な雑魚だったか……』


『うわ……こういう小物に率いられるのが一番不憫な気がするぞ……』


 デュガも呆れ顔である。


『書類は全部回収しといてくれ』


『どうするんだ?』


『この書斎、隠し扉がある』


『どうして解るんだ? 初めて来たのに……』


『西部で過去が見られるようになったからな。何がどうなってるのか。大体の建物の構造把握がかなり簡単になってな』


『知らない内にまた能力増えたのか? ふぃーはこれだから……』


 やれやれと肩が竦められた。


 男達を退けて書斎の後ろにある本棚の本の一部を押し込む。


 すると、本棚の一部後ろの滑車が重りで動いて本棚が上に持ち上がり、通路が出て来た。


『こっちはやっておく』


『へーい』


 イソイソと通路の先の階段を降りる。


 すると、火山地帯の一部を掘り抜いたらしく。


 外が見える牢屋らしい場所に付いた。


 その最中に人影がひっそりと寝ている。


 衰弱しているようだが、死んではいない。


 餓死寸前という程ではないので食料も喰わせていたのだろう。


 何で此処に捕らわれているのかは知らないが、さっさと出そうとした時だった。


「ぁ、ああ、飯の時間かな」


「―――」


 日本語だった。


 のっそりと暗い中でその襤褸切れのような白衣姿のおっさんがこけた頬と割れた眼鏡を掛け直す。


「おお、まさか、こんなところに異世界転移したと思ったら、お姫様に救われるとは……成程成程、まだツキに見放されては無いようだ」


 無精髭のおっさんはそうニヤリとした。


「ゼド教授……」


「ん? 君のようなお嬢さんに覚えはないが、ハッ!? そうか!? 私の知っている誰かなんだな!? お約束じゃあないか!! 一体、誰だね? 異世界転生でお姫様。いやぁ、実に羨ましい!!」


 異世界大好き研究者というか。


 何かを知ってそうなヤバイ研究をしていたはずの人物というか。


 この世界に来た最たる理由っぽいなと思っていた相手に相見えるとすれば、それは正しく運命に違いなかった。


「マヲヲー」


 いつの間にか黒猫がやぁと片手を上げて、教授の肩に乗っている。


「おお!? 今日も来てくれたのかい!? マヲンちゃん!! うぅ、君には苦労させたなぁ。食事まで御馳走に……」


 猫は生涯の友と言わんばかりに崇めそうな男。


 ドイツ系のハーフ。


 ゼド・ムーンレイクをこうして保護する事になったのである。


 *


 昏睡状態の能力者連中から十把一絡げに能力中枢であるバルバロスの一部をぶっこ抜いて、あらゆる情報を侵食後に喋らせ、遅れてやって来た竜騎兵隊に常人にした後に突き出した夕暮れ時。


 確保したゼド教授は哀れな犠牲者で自分の名前も分からない様子なのでこちらで治療すると船に連れ帰った。


 途中、竜を見て感動し、美しい異世界の夕日と風に号泣し、異世界サイコーとか叫んでいた良い年した量子物理学関連の権威たるおっさんは石鹸渡してシャワーで小奇麗にさせてから物資として積んでいた男性用の衣服とエーゼル用の白衣を渡すとルンルン気分で身支度を整え、南部産の材料で簡易に作った和食モドキを口にして腹一杯になるまで満喫し、最後に自分の私室にやって来ていた。


「いやぁ、申し訳ない。こんなに御馳走になって。それにしても君か。一度会っただけとはいえ、マガトの弟子が異世界転生するとは……羨ましい!!」


「いや、一度死んだんでお勧めしませんよ」


「本当に死んだのかね?」


「ええ、この世界にやって来てから山岳部のヴァーリって国家で帝国相手に命掛けで戦ってたら、空から降って来たレーザーっぽい高出力のエネルギー放射喰らって蒸発しました」


「ふむ? ファンタジーとSFはよくある組み合わせだな。SFがファンタジーの皮を被るのも良くある話ではある」


 あっさりと言って退けるラノベ大好きおじさんである。


「まぁ、まだ転生して四年くらいですが、自分が自分かも怪しいので。今の傍にいる連中には内密に」


「おお、そうか。で、マガトのヤツは?」


「ヴァーリって国家で色々作ってますよ。飛行機だの現代兵器だの」


「それで君はその敵である帝国のお姫様になってしまったと」


「ええ、何とか世界情勢を落ち着かせるのに色々と冒険してたら、特殊能力マシマシになってました」


「何とも興味を引かれるな♪」


「この世界のバルバロスって超重元素を取り込んだ超常の力を持つ生物がいるんですが、その力を人間が取り込めるようで。この体は特別な素質を持つみたいです」


「ほうほう」


「不用意に正体がバレるのも困りますし、帝国も止めなきゃならなかったので今は現代式の知識で世界各地の国家に干渉する立場になってます」


「ふむふむ」


「戦争も出来れば無しの方向にしたかったんですが、無理そうなので今は戦争の早期終結と人死にが少なくなる方向で色々と調整してます」


「なるほど。頑張ってるじゃないか。若者」


「ゼド教授はこの世界にはいつ? 大学ではあの塔が崩壊したのは見たんですが、良く生きてましたね」


「ああ、それか。色々とあってね」


「色々?」


「ああ、私が創り出した高次元の展開プログラムがあの日、実験途中にいきなり最終フェーズに突入した挙句。ブラックホール機関がオーバーフローに近い状況になってしまってね。何とか爆発前に数値を破壊的な値から落としたんだが……」


「まさか、この世界に来たのは……」


 思わずジト目になる。


「いや!? ちょっと待ってくれ。誓って言うが、ブラックホール機関そのものからの干渉波のせいでああなったんだ!!」


「機関そのものから?」


「ああ、あの日の実験は展開プログラムの第一段階。フェーズ1を確認しただけだったんだ。だが、重力波が何故か特定の波長でシステムに逆介入して来てね。そんなエンジニアリングはされていないはずなのだが、重力観測器から流れて来た情報をシステムが解析した途端にあの通り……それで慌ててシステムを調整してたら、重力の渦に呑み込まれた」


「渦?」


「ああ、普通なら死んでいるはずなんだが、そこのマヲンちゃんが助けてくれてね。それで気付いたら1週間くらい前にこの火山に倒れていて、それからよく分からん言語を話す野盗に出会って、このザマだ」


「一週間ですか。こっちは四年ですよ……」


「出た時間軸に誤差が生じたようだな。世界を超越したんだ。時間くらいはそうなるだろう。だが、それにしても……」


 こちらをマジマジとゼド教授が見やる。


「何ですか?」


「お姫様に転生……実に羨ましい!!」


「死ぬほど、苦労してみます?」


 瞳が自分でもドンヨリしたのが解った。


「ははは、解ってるとも。君の苦労まで背負い込もうとは思わないとも。だが、そうか……随分と難しい立場になったようだな」


「ええ、ヴァーリを救う事は出来ましたが、今度はヴァーリが攻めてくる。ついでに反帝国の機運や作戦を作ってるのがヴァーリそのものになってるっぽくて」


「嘗ての仲間達は君の生存を知らず。復讐の鬼かね?」


「恐らく。それで部下の家に拾われてた幼馴染が今度は部下の家族を攫ってヴァーリに戻る始末ですよ」


「捻じれてるなぁ。近頃の若者の身辺……」


「そう思うなら協力して下さい。そもそも沼男ならぬ沼女。オレがオレでいられる時間も不明です。この体に入ってる記憶が少なくとも本来の脳髄から持ち出された情報ならオレはコピーですし……」


「自己言及していいのかね?」


「覚悟は生まれた時に済ませました」


「……尊敬するよ。正直」


 少しだけ真面目に聞いてくれる教授に肩を竦める。


「そもそもSFらしい片鱗がこの世界にはあります。この世界を滅ぼせそうな能力を持った日本語を喋る人工物が遥か太古の遺物としてあるみたいですし」


「……ふぅむ。日本語でSFか」


「確実にあの実験が何らかの影響を与えた。もしくはそれに関連した誰かがこの世界には存在したんじゃないかと疑ってます」


「過去に誰かがこの世界に来て、異世界を作ったと?」


「人類が生存出来る惑星です。元居た世界でだって、人工出産の技術はそろそろ出来てるって話じゃなかったですか?」


「まぁ、クローンくらいなら軽いな」


「だとすれば、その誰かは確実に日本国内の人員だったんじゃないかと疑う事に異論あります?」


「実に的を射た発言だ。そうか……確かにそれならウチの大学は関係あるかもしれんな」


「何か心当たりでも?」


「マガトやニィトの大学にいる仲間達の師が、数年前に死んでいるのだが、その人が人類の頒種計画を立ち上げていたんだ」


「ハンシュ?」


「要は別の星や別の領域に人類の移住を考えていたという事だ」


「……物凄く怪しいんですけど」


「いや、でも死んだんだよ。当時、遺体も確認した。計画は頓挫してね。それから仲間達と共に趣味で研究活動する為にニィトの理事会を買収して、色々と創ったが……それとて左程、人類に問題とならないようなものを優先してたんだよ」


「あの~~一人明らかにマズイのがいるような?」


「マガトのヤツはアレでも一番まともだぞ?」


「頷けないんですが……」


「人類的に一番マズイ研究をしていたのは我ら天雨機関の良心。ガチムチなお姫様だけだったんだがな……」


「もしかして……」


 もう遠い昔のようにも思える食堂での事を思い出す。


 常人には思えないマッスルを手にしていた女性がいた。


「今思い浮かべた彼女で間違いない。彼女の研究は応用分野が極めて広く、応用が利き過ぎるレベルの技術だったからな」


「何研究してたんです?」


「人造遺伝子座位群の開発だ。代表例としては体細胞モザイク薬とかか」


「何ですソレ?」


「通称はキメラ化薬と言う。一部の研究論文では画期的と言われていたな。簡単に言えば、人間のDNAの完全なフルスクラッチ、完全制御が可能な技術の研究を応用した薬だ。あらゆる臓器や四肢、肉体の部位を任意に作成、成長させる事が出来る。免疫反応の制御や蛋白質の体内での各種人工合成に関する技術でもある」


「ヤバイですね」


「他にも体細胞を生殖細胞由来の方法でリフレッシュし、テロメアの延長、細胞増殖時のエラーの消去、活性酸素による傷の復元、寿命の永続化。臓器の完全再生や制御。細胞の増殖速度の劇的な向上。とにかく何処かのホラーSF映画の製薬会社みたいな事が出来るものなのだよ」


 思わずグアグリスを想像した。


「物凄く怪しいんですが……」


「そういうのもこの異世界にはあるのか。さすがファンタジー……いや、SFか?」


「どっちでもいいです。とにかく、ウチの大学が関わってる可能性が高い事だけは解りました。それでこれからどうします? ヴァーリに一応行くついでにそちらで降ろしてもいいですけど」


「いや、それはどうかな……君の話を聞いていると色々と問題がある時に問題がある場所に行っても無防備な私はかなり問題になるのでは?」


「まぁ……確かに……」


 メッセンジャーになってもらう事も考えてはいたのだが、此処で復讐の鬼と化したヴァーリの面々に洗脳されて逆に帝国を滅ぼす研究をされても困る。


「事態を解決するにはヴァーリの敵対を止めなければならないが、それは君の仕事のようだし、私としては初めての異世界にルンルンしている」


「ルンルンて柄ですか?」


「柄なのだよ。元々、私の研究はその為にあったのだからして」


「ヲタクですね」


「ふふ、たった1代で第14次元まで研究出来た私の才能が怖い」


 ニヤリと笑うゼド教授が何処かあのマッドに被って見えた。


「そう言えば、黒猫に救われたって言ってましたけど、本当にあの猫何なんです?」


「あの子は私が8次元の展開式を作動させていた時に現れてね。そうだなぁ……最低5次元、それ以上だと人類に認識出来ている14次元以降の軸を現実として干渉出来る存在。超高位存在。もしくは無粋な呼び方で言えば、神とでも言えばいいかな」


「神……」


 どうやら猫神様らしい。


 同じような感想は抱いていたのでさもありなんというところか。


「我々の生きている世界。その見え方は精々が3次元に理論的なものを足して4次元が限界だが、彼女は違う。それこそ、過去未来現在どころか。あらゆる領域を別の軸から観測、干渉出来るだろう。人類がそこまで到達するのにどれだけ掛る事やら……もしかしたら、我々の知る世界平和を実現した彼らですら及ばないのかもしれない……」


 ブラックホール猫が神ならば、自分はその面倒事を押し付けられる使徒だろうか。


 近頃は衣食住以外にも色々と要求されるのでまったく頷けてしまうのが嫌なところである。


「神ねぇ……」


「まぁ、私がそう思っているだけだが、当たらずとも遠からずだろう。気にするな。神は気まぐれだ。サイコロを振らないなんて嘘っぱちと覚えておけばいい」


 肩を竦めたゼド教授が用意していた紅茶を啜る。


「大体の事は解りました。で、これからどうします?」


「しばらくお世話になろうか。死なない限りは君に協力しよう。ヴァーリを止め、世界を平和にし、この世界の秘密を暴こうとする君は異世界転生者の鑑だしな♪」


「結局、そこなんですね」


「ふふ、これでも理論研究は得意だぞ? 物理学も在る程度は齧っているからな。超重元素や化学分野はマガトの専門だが」


「解りました。取り敢えず、明日までにはこの国を出ます。ヴァーリに行く前に帝国に帰還して、ウチの研究所に入って下さい」


「了解した。しばらくお世話になろう。君の知識では補完出来ない部分をこちらで補完して色々研究でもすればいいかね?」


「自由にして貰って構いません。また、別の異世界に何かを飛ばしたりしないように気を付けて貰えれば、ですが……」


「留意しよう。ああ、切実にね」


 ガッチリと相手と握手する。


 こうして、ゼド教授が仲間になったのだった。


 似姿。


 恐らくはカルネアードにそう呼ばれている者の1人。


 そう脳裏では予測能力が推論を立て始めていた。

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