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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
452/789

第69話「終戦」


「馬鹿な……14万の兵が戦の後に本国へ返っていくだと!?」


 もはや、ラニカ・ゼーテは何が何やら分からないという様子でバルトテルの兵がスゴスゴと何かが抜け落ちたような顔で本国に戻っていく長い列を街の外周で見ていたが、すぐにこちらを睨む。


「どのような手練手管を使ったのか教えて頂きたい」


「何も特別な事はしておりません」


「……その言葉がどれだけ偽りかは分かるつもりだが?」


「少し自分達の価値観に付いて客観的な事実というのを分かり安く教えて差し上げただけですよ。子供に本を読み聞かせるようなものです」


「そんなものでバルトテルの宗教家や信仰者を納得させたと言うのか!?」


まぁ、信じられないのは解る。


「ええ、納得せざるを得なくしただけです。人間というのは案外、とても正直であり、体よりも心が弱い生き物なのです。理想と現実の乖離に対して明確な答えを得れば、自らの手でどうにかしようと周辺を努力で変えていく」


「何が言いたい?」


「国は人。人は心。心を動かすのはこの世に存在する現実である。という、誰もが知ってる事実を叩き付けただけですよ」


 ニコリとしてみる。


「ッ………」


 その言葉にラニカは何処か納得が行かなそうな顔で馬車に戻っていく。


 同じ馬車に同乗するとラニカは終始こちらの欺瞞を見破ってやると言いたげにジト目で睨んでいた。


 馬車が辿り着いた場所は王宮だ。


 既に冷や汗を掻いたバルトテルの文官が顔を蒼褪めさせて、こちらの報告と条件付き降伏、講和内容の提示で唾を飛ばす勢いで嘘だデタラメだと言っていたが、兵達の長い帰還の列を見て、気を失いそうな様子で情報を整理しに将軍達の下へと馬で走っていった。


 恐らくはその場で切り捨てられるか。


 もしくは現実を前にして自らの命や家族の為に同調するだろう。


「どうやら、バルトテルは敗北したようだ」


 ラニカの父。


 ゼーテ王が肩を竦めて玉座の間で待っていた。


「父上ッ、異常です!! あの軍が戦争は終わったと本国に帰っていくなど、敗走しているよりも信じられない!!」


「ラニカ……この身にはその手段は解らずとも、やられた事は解る」


「父上はこの方のやった事がお解りになるのですか!?」


「兵の命を取らず。戦った末に彼らは理解したのだろう。そして、心を変えられた。それも現実を直視させられた、という事なのではないかな」


 自分と同じような事を言うものだから、ラニカが父の言葉に渋い顔になる。


「解りません。心、心と言いますが、どうすれば、あの頑迷な宗教者達を改心させられると? 自分には中身の違うものが身体を乗っ取っているようにしか思えない」


 王の横には三人の老人達が侍っていたが、報告を事前に聞いていたのだろう。


 汗を浮かべてこちらを見つめている。


「……妃殿下。全滅させると申されていたはずですが、彼らは果たして死んだのですか?」


「ええ、勿論。わたくしは嘘を申しません。頑迷な宗教によって心を捉えられ、その先兵となっていた方々には新たな風が吹き込まれました。宗教国家バルトテルの軍団は死に絶え、あの祖国に列を作るのは新生するだろうバルトテルの中核となる者達そのものに他なりません」


「ははは……いや、本当に……あの数の兵を説き伏せる。そんな事が可能なのはきっと貴女だけでしょうな」


「少し形を変えてお話を聞いて頂いただけですよ」


 そこでようやく背後の老人達が口を開き始めた。


「軍を監視していた者達からは以下のものを目撃したと報告がありました。死なない兵。殺されたはずの動き出す兵。新型の射撃兵器。そして、バルトテルの切り札であるバルバロスを全て切り伏せた黄金の輝きし神の如き巨大竜。しかも、最後には死んだ兵士と怪我をした兵士が傷も癒えて蘇ったとか」


 ラニカが喉を干上がらせた様子でこの悪女ならやりかねんという顔でこっちをドン引きした様子で見ていた。


「ははははは、死なない兵士に新型の兵器。それに神と来ましたか。いや、いや、本当に貴女は奇想天外な……そうか。彼らは神の声を聴いたのか」


 ゼーテ王が大笑いする。


「父上!? 笑うところですか!?」


「ああ、これを笑わずにいられようか。我が息子よ……お前は見たのだよ。歴史が動く瞬間を、この場でな」


「―――父上。それは……」


「我が国の独立を勝ち取ったバルトテルとは今後も友好関係を続けて構いませんかな? 新たなる時代の先に立ちし方よ」


「ええ、少し待てば、バルトテルも今の体制を検めるでしょう。その後、宗教というものにだけ囚われていた彼らが新たな道を模索する様子であれば、協力して差し上げて下さい」


「解りました。お約束しましょう。これで西部の独立は成った。そして、貴方は我々を無力化し、大国間の争いに加わらない地域を得た」


「ええ、想像の通りですよ。北部にも優秀な王達はいましたが、貴方はわたくしが見た中で5本の指に入るくらいには聡明です。ゼーテ王」


「ふふ、死んだ妻に良い土産話が出来たようだ。これでようやくお前に王位を継がせられるな。ラニカ」


「ち、父上!? その話は……」


「御病気でも?」


「ええ、ウチの者達の薬で永らえて来ましたが、実は左程体が強くなく……王の特権であるバルバロスの呪いと病で左程長くありません」


「そうですか。何か特別な能力が?」


「北部の王には未来を見ると噂の者もおりましたが、我が力はそれほどのものではなく。少しだけ他者の過去が見えるのですよ」


「他者の過去?」


「ええ、推測を越えて、過去の出来事を現在の情報から推測して僅かに垣間見るというものです。幼い頃は幽霊が見えていると思った事もありましたが、今思えば、全ては過去の人々の姿だったのでしょうな」


「……そうですか。これで納得が行きました。どうしてゼーテ王、貴方がわたくしを最初から歓迎していたのか」


「さて、どうしてですかな。さっぱり分かりませんが?」


 惚けた顔の男は肩を竦めていた。


「では、貴方にはまだまだ生きて貰いましょう。もう少し奥さんを待たせる事にはなるでしょうが、息子さんのお孫さんを見るくらいまでなら伸ばせますよ?」


 周囲の者達が驚く中。


 その男は威厳も抜け落ちた様子で苦笑を零していた。


「迷っている。と言えば、お解りですか?」


「父上!?」


 息子を片手で王が制止する。


「ずっと、他者の過去を見て来たからこそ解るのですよ。長生きするだけが人生ではない。そして、此処で退場すれば、恐らくはこの子の為に多くのものを残してやれる。今までの王達がそうして来たように」


「何を言うのですか!? 父上!?」


「そうですね。今の状況であれば、帝国は条件付き降伏と西部の独立という一大事に付いて何も知らない層の留飲を下げられるでしょう。そうなれば、わたくしとしても国内の調整がやり易いですし、西部との痛み分けを演出する上で世代交代したラニカさんと良好な関係を築くというのを対外的に見せられます」


 ラニカがこちらを睨んだ。


「そう、女性を睨むものではない。我が息子よ」


「父上!!」


「感情的になるな。叡智を学べ。そう教えて来たはずだ。王たる資格などそもそも存在しない。存在するのは人々を導けるものを持つか。持たざるかだ」


「……それは、ですが、オレは……」


「息子よ。お前に命を縮めても国を纏める覚悟はあるだろう。だが、力はどうだ? お前を支える者は老人ばかりではならんのだぞ?」


「ッ……」


「大人はいつか死ぬものだ。お前はお前よりも先に逝く者達に甘えてはいられん。となれば、やるべき事は幾つもある。だが、今のお前はどうだ?」


「それは……」


「凡庸ですね。やる気はある。根性もある。努力もしている。けれど、己の律し方が甘く。また、王に足るだけの知識が無い。このまま人生を歩むならば10年後なら王として国を背負って立てるくらいの凡王には成り得るでしょう。ですが、今すぐにとなれば……西部の未来が心配ですね」


 ラニカが猛烈にこちらを睨む。


 だが、すぐに何か思い当たる節があったらしく。


 ガクリと崩れ落ちた。


「いやいや、この子とて、そう悪いところばかりではないが……だが、言われた事を素直に受け取れぬ性分でして」


「失礼しました」


 王とこちらの会話を聞いていた老人達も怒ればいいのか嘆けばいいのか困った様子でこちらを見やっている。


「ならば、どうするか……姫殿下。貴方の提案を受けてもいい名案が一つだけある。と言えば、乗って下さいますか?」


 もう砕けた口調の王がこちらに楽し気な笑みで訊ねて来る。


 あ、これはマズイなと思った。


 理由は単純だ。


 本性というものを隠さなくなった相手というのは基本的に勝利を確信している。


「伺いましょう」


「我が息子。ラニカを婿として迎えて頂きたい」


「な―――父上!?」


 思わずラニカの声が裏がっていた。


 一体、何を言い出すのかという顔だ。


「事実上の留学という事であれば……それに生憎と未だ結婚する予定はありませんので。後、好みでもありません」


「ははは、案外お前は若い女官、市井の女達に人気なのだが、どうやらダメらしい。まぁ、ええ、それでも構いません。生きて再び西部に戻って来てくれるなら、海の底だろうと空の果てだろうと連れて行って下さい」


「ち、父上!? 何を!? それはどういう事ですか!?」


「お前をこの方に預け、鍛えて貰おうかと思ったのだ。その間は我が名を王の座に置いておく。だが、実力が付けば、西部に戻り、妹と共に国を治めるのだ」


「し、しかし、それは……」


「何か不満があるか? バルトテルの兵の心を変えて14万の兵の命を、このゼーテをバルトテルの脅威と深刻な状態から救ってくれた相手だ。国としてみれば、結果が全て……お前はこの方に学ぶ以上に自らが力を付ける方法を知っているのか?」


「ぐ、そ、それは……」


 どうやらラニカも自分の感情で物事が悪い方向に向かうと言われては困るらしい。


「解りました。父上がそう言うのであれば……何よりも父上の体が大事です……このラニカ……いつか帰る為にこの方の下で戦いましょう」


「だそうですが、如何か? 買い時ですぞ」


「解りました。そう圧して来ないで下さい。どうやら西部の王はわたくしよりも押し売りが上手かったようです。妹さんはどうされますか?」


「帝都が安定しているウチは留学させても良いのですが、どうですか?」


「解りました。では、わたくしが通うブラスタ女学院で受け入れを。情勢が危険になって来た場合はすぐに本国へと戻るという条件でしばらく面倒を見ましょう」


「いやぁ、まったく帝国。いや、姫殿下には頭が上がりませんな。ははは」


「貴方程の策士も珍しいですよ。ゼーテ王……」


「これと言っては何ですが、取り敢えずの我が子供達の支度金として、我が力はどうですか?」


 やっぱり、そこまで踏み込んで来た。


 顔には出さないが、実際ありがたいとは思う。


「よろしいのですか? 一応は王家の至宝なのでは?」


「人の命を縮める力など、本来必要無い。常々そう思っていました。ですが、今それを貴方も必要としているはず……貴女の祝福は比類なきものだ」


「祝福、とは思った事も無いのですが。確かに便利だから使ってこそいますが……」


「実は王家にも王から王へ伝えられる物語があるのですよ」


「ッ」


 思わず顔色を変えてしまった。


「……失礼。考えれば分かりそうなものですが、バルトテルにほぼ流れていたのかと思っていました。そうですか……ゼーテにも……」


「ええ、王の口伝にはこのようある。遥か東の地。高祖は輝ける神を崇める者なり。我ら、神の子に及ばず。名を禁じられしものの御子は全ての異種を従えん」


「……バルバロスを従える。能力を使う。大陸でも一部の民族に見られる力は帝国もしくは南部が発祥の地なのかもしれませんね」


「では、譲渡を……」


「解りました」


 ゼーテ王の手を取って、触手で腕から侵食。


 額に隠されていた一部の骨片らしい超重元素を含んだソレをもう片方の手でポロリと落ちた瞬間に回収。


 すると、握り込んだ瞬間には吸収されていた。


 今度は北部であったような力を受け取った際の酩酊感も無い。


 かなり酷い体内環境を整えて超重元素を細胞から回収するまで40秒程。


 細胞の活性や病の治癒が終わった後、手を離すと王は自分の体を繁々と見やり、何か拳を握っただけで驚いた後、深く頭を下げた。


「この代価は何れ……」


「そもそも必要ありません。わたくしが必要とする事を貴方は知っていて、それに賛同してくれている。それだけで十分ですよ」


「今後、すぐに帰国するご予定ですか?」


 顔を上げた男に首を横に振る。


「西部にまだ帝国は償いをしていない。微々たるものですが、わたくし自身の手でしばらくは西部を回る事になるでしょう」


「報告では聞いていましたが、その力……安売りするには危険なのでは?」


 最もだ。


 だが、その最もな話は何れ覆る。


 それが世の中を変えるという事なのだから。


「これは生涯一度切りの奇跡として受け取って頂く事になるかと。そもそも安売りしているのは安売りする理由があるのですよ」


 こちらの言葉でゼーテ王が気付いた様子になる。


「成程。ますます帝国の支配力は強固になるでしょうな。そういう影響力の行使方法もあるわけだ。そういったお考えであれば、ええ、西部としてもそういった施策がある場合は是非優先的に購入を見当したい。そう考えてよろしいですか?」


「ええ、安全なものが出来れば、優先度を高くして供給しましょう」


 何を話し合っているのか。


 まるで分っていない老人とラニカ達はこちらの言わずとも解っているという会話の内容に付いて行けず呆然としていた。


「では、先に西部全域に布告を出しておきます。それまではゼーテを愉しんで逗留していって下されば」


「ええ、リリさんにはウチの子が良くして頂いていますから、こちらとしても短い間になりますが、よろしくお願いします」


 こうして握手を交わした後。


 円満に戦後処理は進んだのだった。


 *


―――35日後。


 終戦から一ヵ月以上が経っていた。


 バルトテル側はそろそろ砂漠を越えて本国に辿り着く頃合いだろう。


 最後尾が数日前に砂漠を越えたのを偵察していたフォーエが確認していた。


 あれから戻って来たバルトテル側との文官と正式に講和条約が結ばれ、即日発効。


 西部独立の報と戦争の顛末は速やかに用意していた印刷物各種も含めて念入りに情報操作しつつ広報された。


 バルトテル側との戦闘での死傷者は0だが、14万の兵相手に孤軍奮闘した姫殿下は敗北……結局、最後にはバルバロスの暴走で両者痛み分けとなり、西部独立の容認と同時に西部ゼーテ及びバルトテルとの不可侵条約を締結。


 その後、バルトテルでは本国で争乱があって、指導体制が変わりました〇。


 という、憶測を大量に含ませつつも知らない間に戦争が終わった話が今頃は帝都でも毎日の語り草になっている事だろう。


「これにて訪問地の最後の診療を終了と致します。お連れ様でした」


 現地で診療所の設営を手伝ってくれたスタッフ達に礼を言ってから、正装である法会姿で現場から出て行き、人々が何やら未だ屯する村の先にリセル・フロスティーナを見やる。


 人垣が割れてやって来たのは執事とメイド姿なラニカとリリであった。


「お迎えに上がりました。お勤めご苦労様です。姫殿下」


 ラニカはこの一か月近くメイド修行させられていたリリと同じく帝都のバトラーの作法諸々を本で学ばせていたので所作は完璧だろう。


 2人を連れて、着地している後部ハッチから入り振り向くと人々が何かを待っている様子だったので手を振った。


 すると、予想以上の歓声が響いて来たので微妙に内心の顔が引き攣る。


 ハッチを閉めて最後の村を出立した。


「ふぅ……」


「あそぼー」


「疲れてるから却下で。後でな。後で」


 だら~っと後ろから凭れ掛かって来る甘えん坊をそのままに進むと随分と増えた船員であちこちが微妙に狭かった。


「お疲れ様です。姫殿下」


「お前の改修のおかげで船の使い勝手も随分と改善された。今後のボーナスは期待してくれていい。エーゼル」


「あ、は、はい!! 勿体ないお言葉です!!」


 エーゼルが嬉しそうに倉庫内で何やら機械類のメンテナンスをしていた。


 船の細々としたパーツや消耗品の交換などは今のところエーゼル一人がやってくれている為、もしも二番艦が出来たら人員を増やして大型化しようと心に決めておく。


「お茶です」


「どうぞ。姫殿下!!」


「助かる」


 タンブラーをお盆に載せてやって来た。


 イメリが背後からアテオラと共にメイド姿でやってくる。


 近頃は人手が足りないという事で予備のメイド服を着込んだアテオラも一緒になってメイド業を手伝ってくれているのだ。


 その間にも西部の地図の更新が行われており、落ち着ける帝都に戻ったら、西部の新たな地図が作られる事だろう。


「ずず……腕を上げたな。2人とも。帝都に帰っても忙しいと思うが、帰りくらいはゆっくりしてくれ」


 頷く2人を置いてフェグを引きずって歩く。


 竜騎兵連中はゾムニス以外全員が竜のケア中だ。


 特に幅を取る竜が一匹増えた為、現在、リセル・フロスティーナの倉庫は戦後に大幅な在庫処分と言う名の軍事物資を西部の帝国軍に引き渡し、ついでに西部を殺す猛毒になり得る諸々の作戦破棄を祖父の代わりに命令して、最新鋭の火器を全て引き継がせた。


 ショットガン、ライフル、武器弾薬諸々である。


「お、終わっただか?」


「ああ、もう一度北部に向かう事も出来るが、本当にいいのか?」


「んだ。せっかく未来に出て来ただ。エルゼギア。ええっと今は帝国だか? ちょっと行ってうまいお菓子をもっと食べてみたいべ」


「解った。ウチに招待しよう。菓子を食うのはともかく。帝都を好きに回ってくれて構わない。客として持て成そう」


「ひゃ~~ふとっぱらだべ~~~」


 近頃、西部でゴタゴタしている間にオカシの虜になったらしいヴェーナがウキウキしている様子で飛行船内部で作って置いたクッキーをボリボリしていた。


 操舵室に出るとさすがにフェグも遠慮した様子で通路の方で待つ事にしたようだ。


 ラニカとリリも同様である。


 この一ヵ月以上、風変わりな人間達と暮らしたおかげで随分と慣れた様子でリリなどは女子組と今では大の仲良しである。


「終わったぞ。ゾムニス」


「……そうか。終わったか」


「〆て。430万人弱……一か所の診療地域に40万集めて、一斉検診、一斉診療、一斉回診……まぁ、生活改善無しには色々とすぐに健康状態が戻りそうな村も多かったから、生活様式の改善をゼーテに指導させてるがな」


「ご苦労様だ。そして、本当に……感謝する」


 深く深く頭を下げられてはこっちが恐縮する。


「これは全てお前の功績だ。お前がいなければ、オレは西部で此処までの事をしようとも思わなかっただろう。胸を張れ。お前が始めた事だ」


「―――」


 感極まった様子で元テロリストだった男が落涙した。


「これで西部への借りは無しだ。此処からがこちらにとっての本番だが、是非とも給金相応でウチで働き続けて欲しいな。お前らには……」


「部下達と何度か会って来た。半数程は西部でまた暮らしたいそうだ」


「そうか。良かったな。普通の生活に戻れそうで……」


「だが、もう半分はまだ君に付いて行きたいと言っている。他の連絡がまだ取れない場所にいる者達も同様だろう」


「……解った。まだ、南部に行くまでには時間もある。それまでに纏めておいてくれ。退職金も含めて全員に支払う用意がある」


「はは、貰ってばかりだな。我々は……君と君の同胞の命を奪おうとやって来た我々が何の因果か。こうして再び西部で誰かの為に働けるなど、思ってもいなかったと言うのに……」


「その分の見返りは十分に貰ってる。今後もどうぞよろしく、だ」


「……解った。君の道行きに付き従おう。フィティシラ・アルローゼン。いや、大公竜姫と言うべきかな? 歴史に名を残しつつある我が主よ」


「止せ。そういうのは吟遊詩人が謡う酒場の中だけでいい」


「ははは、生きる御伽噺に言われては仕方ないな」


 片手を差し出し、握手する。


 帰還するリセル・フロスティーナの窓の外。


 冬の寒空は西部らしく乾いた冷たい風を和らがせるよう陽光を降り注がせていた。


 そうして、ようやく西部での一区切りが付いたのだった。


 *


―――帝都に帰宅した当日、何故かお通夜状態になっていた。


「エェエエゼルゥゥゥゥゥ!!? よ、よがっだよぉおおおおお!!?」


 滂沱の涙を流す姉妹の片割れ。


 イゼリアが研究所敷地内に新設していた倉庫内で猛烈な勢いでエーゼルにタックル染みた感動の再会を叩き付けていた。


「ね、ねーさん!? ど、どうしたんですか!? そんなに泣いて!?」


「あ、アンタねぇえええ!? 戦争に負けたとか!? 西部と条件付き講和したとか!? それもあの馬鹿姫が重症だって話じゃないのよぉお!?」


「え? え? い、一体どういう事なんですか!?」


 ハッチから外に出ると何故か涙ぐんだ様子の工員や研究所の人々。


 ついでに何故かいる不動将閣下や醜悪将が揃い踏みだった。


「ええと、取り敢えず1から10まで説明して頂きたいのですが? 不動将閣下」


「ははは……はぁぁ、心配して損した気分だ」


「どういう事でしょう?」


 倉庫内の電灯の下。


 グラナンが胸を撫で下ろして説明を上司に投げた様子で飛行船の状況を工員達に調べるよう指示し始める。


 いや、お前此処の指揮権ねぇだろ。


 と思ったものの。


 不動将閣下は肩の荷が下りた様子でこちらに近付いて来た。


「どうやら、また仲間を御増やしになったようで……」


「色々あったんです。それで? わたくしが重症というのは?」


「いえ、西部で卑劣な奇襲により、西部帝国軍は敗走。という情報が何故か噂になってまして」


「一応、西部の事は逐一情報として送っていたはずですが?」


「いやぁ、でも、結局は情報を下げられる者と下げらない者がいるのはご存じの通りで何も知らない将官や帝都の住民は恐慌状態一歩手前でしたよ」


「ああ、案外心配させてしまっていたようで申し訳なく思います。ですが、情報を知っているはずの軍人までこの有様なのは少し……」


「だって、少しは考えるでしょう? 実はその情報は貴方が最初から用意していたものかもしれない。とか」


「……ええ、まぁ、そういう事もあるかもしれませんが」


「取り敢えず。明日には何処か公に顔を出して下さい。それと帝国内で貴方に反旗を翻しそうな家々がここぞとばかりに暗躍し始めてます。此処で叩き潰しておかないと軍内部でも掌握が揺るぎかねませんよ?」


「解りました。取り敢えず、帰還報告を全軍と周辺地域に出しておいて下さい。わたくしは五体満足で西部の独立を承認し、同時に西部と大型の経済連携協定を成立させて来たのであり、戦争には負けたが実を取ったのだ、とか」


「転んでもただでは起きませんか……さすがです」


「転んでないのにまるで転んでいるように騒がれているだけでしょう。事後承諾になりますが、御爺様にも情報は渡していたので今頃は帝国議会に西部の独立承認と同時に西部への投資と商会の進出、様々な物資を作る工場としての役割を期待する旨の報告が提出されるはずです」


「もう何というか。さすがです」


 溜息がちに言われた。


「軍部にも経済界にも西部は独立したが、あくまで名を与えたに過ぎず。今後も親帝国側として西部各地に作った物資の生産現場から効率的に恩恵を受けられるという事実を伝えて下さい。心配されている方の心配は必要無いものであると」


「了解しました。今晩はこれからご自宅に?」


「ええ、裏方の人達には悪いですが、彼らの身辺警護をお願いします」


「解りました。そちらの秘書の方がもう動いていますので。ああ、それと彼から言伝を預かっています」


「何でしょうか?」


「南部帝国の詳しい内情と現状の情報整理が諸々出来たとの事です。それから帝国内での商売は軌道に乗っており、国外への輸出も順調だそうですよ」


「そうですか。有難い話です」


 こうして仲間達をぞろぞろさせながら研究所の敷地を歩いていると、どうやら研究所内で待っていたらしい沢山の白衣の男達やら女性やらがホッと胸を撫で下ろした様子で頭を下げていた。


 今の勤務状態となってから、夜間の人員の数は限られているはずだが、各部署の所員が勢揃いだったので心配を掛けていたのは間違いない。


 時々、彼らに頭を下げながら敷地横に待機している馬車の群れに乗り込む。


 現状、四頭立ての大型は帝都でも数が少ないのだが、研究所で設計した謹製のソレはもう数が揃った様子であり、三両在れば全員が乗る事が出来た。


 明るいランタンが灯された車内で明日の準備の為に幾つかの書類にサインをしてから、複数枚の手紙を書き終える。


 いつの間にか館の前まで来ていた。


「これで今日は解散だ。各自、纏められた荷物は明日の朝までにウチの商会が持って来る事になってる。今日は館で過ごすヤツの為に寝室は用意した。全員分の個室はあるから鍵を受け取って、一階の部屋に入って寝てくれ。以上」


 さすがに疲れた様子の面々と共に実家に入れば、数名のメイド達が明かりを持って、待ってくれていた。


 その手には個別の鍵が入った袋。


「よく生きてお戻りになりました。嘗ての閣下を思い出すご活躍。アルローゼン家の名に恥じぬお働きぶり。誠にご苦労様でした」


 侍従長達の出迎えに頷いて鍵を受け取りつつ個室へ。


 全員で今日は取り敢えず休む事にして明日に備えよう。


 そう決意しつつ、気の抜けない空の旅の終わりに埃一つ積もっていない寝台に横たわり、もそもそと毛布の中に潜り込むのだった。


 *


 夢を見ていた。


 懐かしい夢だ。


 ヒキコモリの幼馴染に勉強を教えたり、お菓子を作る夢。


 きっと、細やかな人生の楽しい一時。


 ああしていて良かったという気持ち。


 今、どうしているのか。


 調べさせているが、未だ帝国貴族のガードが堅い場所の内容までは入って来ない。


 無理やりに暴けば、反感を買って色々と相手の状況を悪化させるかもしれず。


 だが、何も分からないのでは困るとうい事で考えていた事があった。


 目覚めたら、ウィシャスの実家に行く算段でも立てよう。


 出来るだけ不自然ではない算段を……。


「?」


 目が覚めたのは明け方も少し過ぎた頃合いだった。


 何か微妙に重いなーと思って腹の上を見ると黒猫とヴェーナとフェグが一緒くたに寝相も悪くムニャムニャと幸せそうな顔で眠っている。


 何とかそこから抜け出してカーテンを開く。


「雪、か」


 一面の白銀。


 庭に積もった雪は左程の量では無かったが、それにしても今日は帝都の交通網も緩やかだろう事は間違いない。


 すぐに部屋を出ると侍女達が何も言わずに二名待っていた。


「他の子達は?」


「まだ眠っておられます」


「今日に限っては誰も起きて来るまではそのままにして下さい」


「畏まりました。湯浴みの準備が出来てございます」


「大風呂は昼間までは沸かしておいて下さい」


「了解致しました」


 疲れて未だ寝ているだろう夢の中の住人を引っ張り起こしてくる事も無い。


 館の風呂でさっぱりして温まった後。


 研究所の食品開発部門から納品させている牛乳にフレーバーを付けて冷蔵庫で冷やしておいたソレを紙製の蓋を取って一気飲み。


 すぐに侍女達に拭いて貰いながら礼服に直接着替えた。


 朝一番にやらねばならない事がある。


「御爺様は?」


「既に朝食を食べている最中でございます。おひいさま」


「解りました。このまま朝食にしましょう」


「お化粧などはよろしいでしょうか?」


「必要ありません。そこまでの案件ではありませんから」


「左様ですか。差し出がましい事を申しました」


 出来た侍従達を連れ立ってすっかり数枚のタオルで乾かされたままに食堂に向かう。


 長いテーブルだったが、対面ではなく。


 すぐ横に座る事にした。


 今日に限ってはいつもの孫馬鹿もナリを潜めた2人目の祖父は食事の手を止めて、こちらを見やる。


「随分と遊んで来たようだ。ウチのフィーちゃんは」


「はい。西部はこれで問題ありません。残るは軍部の掌握と上層部の情報開示。それと南部の懸案を片付ければ、しばらくはゆっくり出来そうです」


「そうか……あの馬鹿は役に立ったかな?」


「西部で何回か会いましたが、好待遇で若い女性の給仕にお酌をされてホコホコしていましたよ。ゼーテ王にも幾らかの助言をしていたとか。正直に言えば、あのご老体でゼーテ側の重要人物達相手に調整を済ませて頂いた手前、死ぬまで頭は上がりそうにありません」


「ははは、なら、良かった」


「……ずっと、思っていました。御爺様は結局のところ帝国をどのように導きたかったのですか?」


「若者に言う程の事でもないよ。フィーちゃん」


「こうして我儘で国を変えている以上は過去の出来事も幾つか知っておく必要があると思います。個人的な思惑と緋皇帝閣下の思惑だけで構いません」


「……あの男とは長い話になる。それこそ幼少期からの事だからね」


「そうですか……」


「まだ、我々が奴隷だった頃から専業奴隷として学識だけはあった。そして、あちらには武勇があった。2人でやるべき事を決めて、今後400年は安定した国を創りたいと計画を進めた」


「400年……微妙に現実的ですね」


「だろう?」


 老人の顔は子供に自慢話する親のものだった。


「まぁ、情勢下としては4年前までなら400年持っただろう。だが、急激に動いた世情のせいで恐らく10年になった。だが、フィーちゃんのおかげで今はそれもどうか分からない」


「でしょうね」


「……アイツ、あの石被れと久しぶりに会ったが、聞きたい事の本題はそちらかな?」


「エルゼギア時代。御爺様と皇帝閣下は何を見たのですか? そして、何を得て、それを軍部に与えたのか。最後にソレはわたくしに関係していますか?」


「ははは……じゃあ、答えよう。エルゼギア時代、ブラジマハターは我々ブラスタの血族や他二民族が信仰する神だった。その上でバルバロスの力を用いる民族こそ我らであった事を色々な情報を精査している内に確信した。だが、それに興味を持ったのは若い頃に宮殿の地下で見たものに因る」


「宮殿の地下。竜の国が探していたのもソレですね?」


「ああ、彼らはどうやら同じ場所にあると思っていたようだが、軍部の連中に渡してしまったから、今は上級大将連中の数名しか管理場所を知らないはずだ」


「ソレは一体何ですか? ブラジマハターそのもの? あるいはその系譜にあるバルバロスか。その躰の一部、のようなものでしょうか?」


「冴えてるね。フィーちゃん。アレはどう言えばいいのかな。それそのものなのか。あるいはその力を持つ何かなのか。未だ分からないが、帝国軍の解析では……」


「?」


「バルバロスを生み出すもの、だそうだ。それも遥か古い時代の人工物のようにも見える。ただ、動き出せば、恐らく世界が滅ぶのだろう」


「世界が滅ぶ人工物。ブラジマハター関連のものですか」


 思い浮かんだのは北部で日本語で喋っていた人工物の何かクソヤバそうな何かだ。


 今も不破の紐は片腕に嵌めたリングに縛り付けている。


 が、最後に現れた銃と刃はあの日以来、いつの間にか気付いたら消えていた為、幻でこそ無いだろうものの、空間を越えて何処かに収納されていると見るべきだろう。


 考え付く限りではSFな超技術の産物というのが妥当な回答だが、それにしても空間を制御する程のものとなれば超技術と言ってもかなり高位の知識が必要だろう。


 それこそブラックホールを制御するような。


「あの日、三人で向かい。2人で出会ったソレの記憶は曖昧でね。大人になってからもう一度見てもあの時はそんな形だったのかすら分からない。ただ……」


「ただ?」


「その力の一端は使う事が出来た。その力を解析したからこそ、今の帝国の技術は成り立っていると言える」


「つまり、大量の製鉄が可能になったのもソレのおかげだと?」


「はは、フィーちゃんは賢いなぁ。実際にはソレが生み出したモノを解析した結果だが……」


「何かを生み出してくれる人工物という事ですか? ですが、先程バルバロスと言っていたような?」


「バルバロスの含む普通ではない金属の事はフィーちゃんも調べが付いているかな?」


「ええ、色々と便利に使わせて貰っています」


「ソレは今も時折バルバロスを生み出す事がある。それの一部は帝国でも極秘として研究され、様々な分野に応用されている」


「成程……わたくし達はあまりにも重い金属。超重元素と呼んでいますが……最初からわたくしがやっていたような事を帝国はしていたのですね」


「例えば、北部と帝国を繋ぐ隧道。アレはバルバロスに掘らせたものだ」


「ッ―――」


 今の技術でよくこれ程のものをと思っていたが、どうやら最初からバルバロスでトンネルを掘るなんて事をしていたらしいと知れば、帝国の情報隠蔽はかなり完璧な部類だと分かった。


「高炉の元となったのはとあるバルバロスの胃だったりする。調べて構造を解析し、それを再現したのが今の帝国の繁栄を支える高炉技術だ」


「……わたくしはバルバロス、なのですか?」


 聞いてみたかった事を聞いてみる。


「その答えは何れアレと出会った時に出るだろう。ブラスタの血族には幾つかバルバロスの秘儀と呼ばれるものが伝わっている。それを伝える家系が我が国には4つある。一つはアルローゼンだが、他の三つに関しては自力で調べてみるといい」


「イゼリアとエーゼルさん姉妹の家。いえ、どちらかと言えば、彼女達の父親の家でしょうか。それと緋皇帝閣下は恐らく突然変異ですね。血族の中に時折現れる毛色の違った人間。これは数えなくていいとなると。後は……我が親友の家。あの家は確か他の二民族の血が2世代前に入っていたはずです。突然、大きく為り出したのはその頃だとか。残るは一家……恐らくですが、ウチの部下の家ではないですか?」


「あははは……いやいや、さすが、フィーちゃん。実は最初から目星は付けてあったわけか」


「あのウィシャスの尋常ではない身体能力は前々から何かあると思っていましたから。取り敢えず、帝都にいる間に色々と調べてみるつもりですが、軍部の方は後回しにしておきましょう」


「好きにするといい。全てはフィーちゃんが自分で決めるべき事だからね」


 ニコリとして食事にまた手を付け始める祖父と一緒に朝食を終える。


 全てを聞いていた給仕達は顔色一つ変えない信頼出来る祖父選りすぐりの人材達だ。


 今日も帝国議会に孫の我儘を押し付けにいく好々爺を玄関で見送ると空は既に朝の気配を漂わせて、冷涼な空気の最中にも陽光が僅かに温かく。


「さぁ、お仕事開始だ」


 煉獄のように絶え間なく。


 自らの為したい事を為す為に力があるならば、それを尽くさないのは嘘だ。


 だから、やるべき事はまず―――。

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