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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
439/789

第56話「南北海戦Ⅴ」


 竜騎兵のいない揚陸部隊と化した海兵(半分以上が元傭兵)の人々が酷い目にあって1日後の事……捕虜も含めて1000人以上が近くの整備済みの孤島で一時的にこちらの身体検査(という名のグアグリスによる浸食検査)を終了。


 他の病気も持ち込まれて無いかどうかと隅々まで肉体を調べられて、バッチリ健康にしておきました〇。


 という具合でユラウシャの外にあるバーツ移民街へと移送されていた。


 もはや子供達以外の兵達はグアグリスによる触診で死んだ魚の目だ。


 最初にもし反乱起こしたら、こうなるよ?と。


 魚で内部から爆裂する様子を硝子越しの水槽で見せた。


 なので逆らう人間は0になった。


 ついでに時限爆弾埋まってますとは言ってないものの、単なる薄い粉薬(カルシウム粉末=サカナの骨製)を飲ませてから言わなくても解るよね?的な暗黙の圧力で頷く機械にもなった。


 正規兵の大半が主戦派だったのは間違いないが、だからって内部から魚みたいに爆発して死にたくはないだろう。


 大漁の漁船と幾つかの帆船に予め作っていた最初の作業ラインで造られた鉄枷の付いた状態で載せられ。


『もうダメだぁ……お終いだぁ……』


 と、ドナドナ運ばれている彼らは正しく群れた大人しい羊である。


「終わった~~~」


 2日目の朝。


 ようやく諸々の書類仕事が終わって、1km四方くらいの孤島からフォーエに載せられて戻ると空からでもユラウシャの浮かれ具合が解る。


 理由は単純であり、煮炊きの煙が極めて大量に上がっていた。


 戦ってもないのに竜騎兵だけで勝ったようなものだ。


 ついでにユラウシャの正規兵の大半が捕虜の移動よりも周辺の恐ろしい臭いに満たされた領域の外縁を調べる方で疲弊していた為、香しい食事時を望むというのも解る話である。


「降りるよ。バイツネードの人達は今度内陸部のヴァドカ本国で尋問だって事だけど、今はビダル様の別邸に軟禁状態だって」


「ああ、そうしろって言ったのはオレだからな」


 ゼンドで砂浜に降りるとすぐにユラウシャの兵達が寄って来る。


「ご苦労様でした!! 小竜姫殿下!!」


『ご苦労様でした!!!』


「出迎えご苦労様です。捕虜達と子供達はどうですか?」


「は!! お言い付けの通り、ユラウシャの子供達には基地に運び込んでいた食料を与えております。秋までに備蓄した食料で恐らく来春まで足りるかと」


「そうですか。捕虜達は移民街の方で?」


「はい。穏健派の方々との話し合いの席に付いているようで、罵り合いや取っ組み合いの喧嘩はありましたが、刃傷沙汰はありませんでした」


「よろしい。しばらくは荒れるでしょうが、基本的には警戒しつつも、快適に過ごせるように計らって下さい。お願いします」


「はッ!!」


 男達を置いて、ゼンドに基地の所定の竜舎まで戻るようにとフォーエが支持を出すとすぐに前なら出来なかっただろう一人でお家に帰るという事が出来るようになった飼い犬ならぬ飼い竜が戻っていく。


 それを見届けてからフォーエを連れてユラウシャの市街地に行くと途中、煮炊きの列は大量に見掛けたが、それ以外の場所でも列が出来ていた。


 いや、列というよりは暴徒寸前の市民だろうか?


『だから、今は此処の子達は子供達の面倒を見てるんだよ!! アンタらだって子供の時は母ちゃんに面倒見て貰ったろ!! しばらく、娼館は休業だ!! 悪いが、本当に誰もいないんだよ』


 娼館の男達が詰め掛けた兵達に困った様子で叫んでいた。


「はぁぁぁ(´Д`)」


「あの……フィティシラ?」


「忙し過ぎて頭から抜けてた。色々やってくる。他の竜騎兵に竜借りて飛行船の倉庫から第三って書かれた箱を全部、此処の娼館まで持って来い。大至急だ」


「りょ、了解! でも、どうにかなるの?」


「どうにかしないと飢えた兵士が子供の前でお水のねーちゃん相手に大人な行為を見せ付け始めるぞ。お前みたいに良い子過ぎるヤツばっかりじゃないんだよ」


「よく分からないけど、うん。行って来ます。あ、あそこに……すみませーん」


 フォーエを行かせ、その脚で娼館の横合いの道を後ろから入って裏口から表門の方へと出る。


「え? こ、これは!? 大公姫殿下!? ど、どうしてこんなところへ!?」


「お困りのようなので助け船を出しましょう。しばらく、彼女達には子供達の姉や母役をして貰わねばなりませんから」


「た、助かります。ですが、どうにかなるのでしょうか……」


 娼館内部で困り顔だったトップである50代の男が外を見て、兵士達の群れを前に情けない感じにこちらを見やる。


「任せて下さい。この街の風紀と治安を護る貴方達を護れなくてはビダル様に叱られてしまいますしね」


「で、殿下ぁ~~わ、我々をそのようにうぅぅ~~(涙)」


 扉の先へと出ていくとさすがに顔を知っている兵士達がピタリと黙った。


「皆さん。おはようございます」


『お、おはようございます。小竜姫殿下……!?』


 動揺した兵達がかなりマズイという顔になる。


「今日はどうやら皆さんは此処の女性の方達に用事があるご様子。ええ、皆様のような日々厳しい職務に耐えている方々が一時の癒しを求めて水商売の女性達を頼る事は何も卑しい事ではありません。ええ、普通の事でしょう。特に今は伴侶の方々もヴァドカ暮らしという方も多いでしょうし」


 動揺を隠し切れない兵達である。


 目の前の少女にエロい事をしに来ましたと正直者になれる人間はどうやらまだ兵達の中にもいないらしい。


「ですが、今は女性達の多くが報われぬ人生を過ごし、虐げられる事しか知らずに生きて来た子達の姉となり母となり、その癒しの手で抱擁している最中……皆様の手を取れる程に体は開いておられません」


 まぁ、解っていて押し掛けている辺り、汝に罪有りである。


「ですので、女性の代わりとは言いませんが、多くの女性が戻るまで代わりに帝都で流行りのものを皆様には大々的に御貸ししようと思います。これをどうぞ」


 小さな小冊子くらいの印刷物を一番手前の兵士の手に渡す。


 その表紙は真っ黒であり、白く文字で乙女の日常。


 と、書かれていた。


「そのぅ。自分は文字が読めないのですが……」


「大丈夫です。そのような方向けのものを持ってきました。文字が読める方には読める方用のものを夜には貸し出します。どうぞ、開いて見て下さい」


 男がペラリと軽く本を開き。


 凝視し、ペラリと頁を瞬時に捲って……鼻を抑えるように片手で覆った。


「こ、こここここ、これぇ!?」


「おう。どうした? 何だ? 何が書いてあるんだ!?」


「ちょ、見て見ろ」


「お、オレにも見せてくれ。何だ何だ!!?」


 次々に男達が本を見て、二頁くらいで鼻を抑え、プルプルしながらすぐに他の男達にとにかく見て見ろと言い始め、騒ぎが段々と静まり返っていく。


 半数くらいが見終わった頃には朝の清々しい最中に鼻を抑えて、タラリと血が地面に滴った男達がこちらを前に前屈みになっていた。


「帝都でわたくしの出版社が出している本です。本来ならば、金貨一枚のところを本日から、それなりの数を無料で貸し出します。貸出場所は此処にしましょう。御1人1点。翌日の朝には返却。そして、本は汚さずにお願いしますね?」


「こ、ここ、こんなものが帝都では流行っておられるので!!?」


「ええ、帝都の紳士達の嗜みですよ。特に口煩い伴侶の方や尻に敷かれる方には人気だとか。わたくしは男性の性を否定しようとは思いません。ですが、それで他人に迷惑を掛けるのは英雄に有るまじき行為でしょう」


「え、英雄?」


「ええ、皆さん英雄諸氏がいて初めて、国は護られるのです。その英雄の方々が白い目で見られる事が無いよう……こうしてお助けするのもわたくしの仕事の一つ……どうか、皆様は女性の方々への負担も考え、その上で新しい娯楽として、上等なものを愉しんで頂ければ、幸いです」


「ご、娯楽……て、帝都ってスゴイんですね(ゴクリ)」


「ええ、帝都ってスゴイのですよ(ニコリ)」


 男達が前屈みながらも鼻の下を擦って何とか平常心を取り戻そうとしていた。


「では、これから、この【黒本】はこの娼館で貸し出しを。名前と所属を控えて下さい。勿論、此処で嘘を吐くような方はいませんよね?」


 男達がコクコク頷く。


「では、わたくしはこれで……これからビダル様との今後の方針を話し合わなければならないので」


 頭を下げるとすぐに敬礼が返った。


 娼館内部に戻ると誰も彼もが呆気に取られていたが、取り敢えずヒソヒソとリーダーらしき男に業務を言い渡して裏口から出る。


 その頃には娼館の表側からは男達が走り出し、何故かスキップしながら踊り出しそうな様子で他の男達に自慢げに何やらヒソヒソ話を始めた。


「ホント、エロ本て偉大だよな。これから良い商売になりそうだ」


 煮炊きの薫りに混じって鼻の下が赤い男達が猛烈な勢いで喋り倒すという事件が発生したが、問題は無かった。


 ひっそりと夜には凡そ700冊の黒本が貸し出された事だけが事実である。


 ちなみに内容は昼は聖女で夜は娼婦なだけの普通の良妻賢母な伴侶さんと騎士がイチャイチャする話。


 その夜はフォーエにソレは読まないようにと釘を刺して、まだ出していない健全な少年漫画系の本を勧めたりもしたのだった。


 *


「君は本当に大貴族の子女なのかと疑いたくなる自分がいる」


「何の話だ?」


 エロ本貸出業でお水のねーちゃん達の仕事を減らした翌日の事。


 思わず愚痴ったらしいウィシャスが溜息がちに黒本を手にしていた。


「………お前も借りたのか?」


「違うよ!? 兵士達が見てニヤニヤしていたから、何だと聞いたら、慌てて逃げて行ったんだ。それで捕まえて聞いてみたら……」


 飛行船の操縦室内での事である。


 後ろにはフェグがベッタリ張り付いており、昨日に続きハフハフギューしてくるのだが、数日働きづめだったので今は好きなようにさせている。


「兵士に性欲を解消するのは極めて普通の将兵の仕事だろ。適当な補給品にまさか女と書いて出してやる程にオレが悪辣な軍人に見えるか?」


「……普通、親がいたら泣かれるよ?」


「生憎と御爺様以外に肉親を見た事が無い」


「……はぁぁ、何て閣下に報告書を書けば」


「普通に事実を書けばいい。そもそも今はこんな事で暴動起こされたりしても困るんだよ」


 フェグに背後からギュッとされた挙句に頬擦りされつつ肩を竦める。


「解った。今回の事はそのまま書いておくよ。それでそろそろ聞き出せそうかい? 例のバイツネードの人達から」


「ああ、聞き出したというか。勝手に話してくれるお喋りなお兄様がいたからな。ちゃんと色々と試して他の連中にも聞いてみたが、殆ど事実が羅列された感がある」


「君に似てた妹さんはよっぽど溺愛されてたんだね」


「誰も彼も普通の人間になったのが極めて衝撃的で茫然自失状態だ。その上、何一つとして勝てる要素が無い事を理解させた。後、まともなメシと酒も出て来る牢獄だからな」


「それを聞いても君にだけは捕えられたくはないと思うよ。いや、本当に」


「バイツネードの秘儀ってのを確認してみたが、お前もまともに戦えば、負ける可能性が高かったぞ」


「それに勝利した君が言うと自信が無くなりそうだ……」


「単なる相性差だ。お前にはお前にしか倒せない相手とか。お前が勝てる相手とか当てるから問題ない」


「はぁぁぁ、ありがとう。それで?」


「前回の戦争は連中の話だとバイツネードの人員の9割近い損耗だったらしい。そのせいで今は将官級に収まった連中が多いとか」


「正規の将が乗って無かったのはそれが理由かい?」


「ああ、何とか皇国軍を鍛えて練兵してるようだが、如何せん傭兵と子供だ。だから、使えないと判断した子供は使い捨ての奴隷としてバルバロスの養分にして罠っぽく活用するらしい」


「吐き気がする……」


「そう言うと思ったが、連中のいる南部皇国は今はもう完全に地獄らしい。逆に遠征に出れて清々したと言うくらいだから、相当だろう。そもそも、そんな風にされる子供ですら、まだマシと連中に言わしめるくらいだからな」


「暗殺家業の人間がそう言うなんて、本当に南部はどうなって……」


「道端には死体と浮浪児と戦えなくなった兵隊が混沌として溢れ、道を歩けば、娼婦と強盗と人間を食べる為の殺人鬼が横行。殺された新鮮な人間は死体すら残らず美味しく子供から大人まで食べられるらしい」


「―――」


「まともな状態じゃないが、数か月後には行くんだ。覚えておくといい」


「……この世の終わりみたいな話だね」


 この世の終わりにはまだ早い。


 少なくとも時代の終わりは近付いているが。


「今日は連中から後続艦隊の事を聞き出してくる。引き続き高高度からの偵察班は3時間起きに飛ばしてくれ。東部だけじゃない。西部海域もな」


「抜け目無いと言えばいいのか。過剰な心配だと思えばいいのか」


「バルバロスで思っていたよりもかなり早く先遣艦隊が到着したんだ。なら、空飛ぶ船をあっちも持ってるとか。あるいは更に遠回りの航路から奇襲を掛けて来るとか。考えられて然るべきだろ?」


「……君以外にこの北部同盟を支えられる人間がいるのか怪しくなってきたね」


「誰だって支えられるさ。一人じゃ無理でも大勢がいるなら何とかなる。行くぞ。フェグ」


「いくー」


 後ろの少女を引きずるようにして歩く。


 数日、5時間睡眠だが、尋問が終わったらしばらく仮眠を取る事に決める。


 フェグと共に縄梯子の下に降りた時だった。


 慌てた様子でエーゼルが基地の方からやってくる。


「どうかしたか?」


 現在、エーゼルは自分の仕事が無い状態であったので毎日の点検が終わった後は子供達の世話をお水のおねーさんと一緒にやっていたのだ。


「姫殿下!!」


 基地の周囲には大量の人員を収容出来る宿舎が10棟近く立てられている。


 だが、それで収容出来ない子供達はバーツ移民街か。


 もしくは内陸のヴァドカ本国周辺に新しく生まれた新城下町とも称されるユラウシャ人の逗留地に向かう手筈になっていた。


「子供達に聞いたのですが、後続艦隊には彼らの姉妹や兄弟がいるという話で、それで……」


「ああ、使えそうな子供は兵隊として、使えないのは奴隷としてってのが、あっちの方式らしいからな」


「その……わ、私……」


「心配するな。出来る限り、死者は出さないように配慮はする。だが、武器を向けられて殺されそうな兵隊に殺すなとは言えないし、兵隊連中だって元仲間や部下上司ってのがいる」


 その言葉にエーゼルがシュンとした。


「そう、ですよね……」


「思い詰めなくていい。そういうのを対処するのはこっちの領分だ」


「……私に出来る事は……無いんですね」


「いいや、あるとも。子供連中に全うな教育と学びたくなるような話でもしてやれ。将来、とても必要になるとか。稼げるとか」


「それでいいんでしょうか……」


「それだけじゃダメだろう。だが、今の何もかも足りてない子供相手にお綺麗な理想論を吐いても受け入れられないだろう。何もかもを持ってる人間の言葉は届かない……そういうもんだ」


「……そう、ですよね。私は貴族で没落したと言っても、こうして……」


「だが、そう悲観したもんでもないさ。子供だって人間だ。満ち足りて、自分が持つモノになった時、あの時の言葉はこういう事だったのかと思う時だって、いつかは来るヤツもいる」


「無駄じゃない、と?」


「人間は現金なもんだ。卑近で矮小でもある。だが、産まれながらにダメなヤツはダメだが、出来るヤツは出来る。その養える、一緒に生きられる最低限の一線を何処に引くかって話だ……」


「一線……」


「出来る限り、問題が出ないように教育と学習は必須。落ちこぼれでも余程に拾えないような一線で人間を止めてるの以外は何とかなる」


 実はそれが存外いるという事は言わないでおく。


 サイコパス、ソシオパス、資質的に明らかに狂人枠な人間は子供にもいるし、人を殺すのを何とも思っていないくらいならば、まだいいが……相手を騙し、殺し、犯し、自分の思い通りにしようとする輩だって一定数いるのだ。


 子供は純粋なんてのは最初からそう教育されている者の頭の中だけである。


「厳しい、ですね……」


「運動出来ないヤツに運動は出来ると訓練させる方がよっぽどに厳しいし、残酷だ。少なくとも人間社会に害になりそうでダメそうなの以外は救える。それを養えるだけの様々な社会資源と現実的な物資を満たせてやれればな」


「現実的過ぎて、自分の無力が恨めしいです……でも、姫殿下の言う事に反論する程の事も出来ない……」


 そう言いながらもまだ少女の瞳は死んでいない。


「拾える限りは拾えばいい。だが、忘れるな。ソレはお前の一番大事な兄妹姉妹に換えられるものじゃない」


「それは……」


「いいか? 自分の領分以上に持とうとするな。出来ない事は忘れろとは言わないが、やろうとするなら覚悟を持て」


「………はい」


 エーゼルが拳を握り、真剣な瞳で頷いた後。


 その場を後にして軟禁中のバイツネードのいるビダルの館に向かう。


 ユラウシャ内の高台に位置する場所である。


 現在は津波などの避難先の一つに指定されており、警備も付けずにいた。


 正に軟禁?状態であるが、生憎とグアグリスの枷は甘くない。


 内部浸食後にこちらからの指示があるまで館から出られなくしろ……という明らかに出来るのかどうか怪しい命令を実行させたのだが、可能だったのだ。


 ネズミでは成功していたが、人間相手だとどうなったものか試してはいなかった為、今のところは安堵して良いだろう。


 本日の尋問用の資材も搬入済みである。


「御一人でよろしいのですか?」


 御者からの言葉に頷く。


「フェグ。馬車で待ってろ」


「いくー!!」


「この馬車が無くなったら困るから護っててくれ」


「まもるー!!」


「いい子だ」


 ナデナデした後、少女と御者をそのまま裏手で待機させて、館内部に入る。


 すると、さっそく洗礼があった。


 背後から投擲物。


 扉の直上。


 張り付いていたらしき女が投げたのは館内部にあった銀食器のナイフだ。


 それと同時にムグーという声が聞こえて来た。


 ナイフが軍装の背中に当たるが、当然防刃であるし、反応した腕から伸びた触手が超速でベチーンと叩き落として、こちらの意識が向いたと同時に上の女の腕に巻き付いて床に優しく叩き落とす。


「カハ?!!」


「セァ!!」


 軟禁中の男達の1人が通り過ぎようとした部屋の一つから突きを繰り出す。


 得物はモップを削って尖らせたものらしい。


 ジャングルでのアンブッシュなら思わず串刺しになるスプラッタであろうが、生憎と此処は海辺だ。


 変化した片腕が反応し、槍の穂先をそのまま砕いて持っていた相手を逆向きに勢いよく吹き飛ばす。


 腕の力だけでコレなのだから、恐らくは背筋とかも今や強化されているのだろう。


 そうして、腕が振られて、がら空きになったところへ3方向からの投擲。


 腕から伸びていた粘体の触手が更に増え、弧を描いて得物を弾き飛ばす。


 だが、最後の最後に今度はサイラスの叔父上が鉄棒……恐らくは館の壁に付けられていた老人などが手で掴まる為の設備の一部で真正面から飛び上がりつつの唐竹割り。


 正面の棒が粘体の弧を押し込むが弾力が違う。


 ゴム並みにまで柔軟性と弾性を増したソレは額の手前10cm程で相手の棒を押し返しつつ、その勢いで相手を壁まで吹き飛ばした。


(自動防御能力が更に上がった感じか。大規模な生体改造やらグアグリスの再現やら、人数こなして細かいオペレートしたからな……精度は上がってるな……)


「グォ!? カハッッッ?!!」


「ムグフォォオオオオオオ。ペッペッ!!? 叔父上!! 一体、何をするのですか!? ファイナ!! 大丈夫かい!! ああ、良かった!? 無事なんだね!!」


 縛られ、芋虫みたいになって口元の縄を外したサイラスが安堵の表情を浮かべながら、ヒョコヒョコと地べたを這いつつ、こちらの無事に安堵していた。


 どうやら、叔父上達を止めようとして縛られていたらしい。


「どうして、こんな事に?」


「そ、それが、叔父上達が君を倒せば、此処から出られるに違いないと……」


 その叔父上含め、全員がコイツ化け物か!?みたいな顔だったのはさすがに勘弁して欲しいと思う。


 だって、そもそも常人並みの力しか出ないように肉体の至るところの能力を常人に戻して、バルバロスの一部も引っこ抜き済みである。


 それで未だに普通の暗殺者レベルの事をされるのだ。


 まったく、これが真正面から来たら、半身不随くらいにしなければ、まともに戦えもしないだろう。


『サイラス殿!! だから、その女は妹殿……ファイナでは無いと何度も言っておるではないか!!』


 叔父上が気を失ったままズルズルと背筋を壁の角から出た手で引き摺られていく。


「オイ。お前ら……言いたくないが、もう少しお前らを自由にさせてるこっちの身にもなれ。言っておくが、全身縛って独房に入れて、排泄器具でも付けて後は口からゲロみたいな流動食流し込んでおけばいいとか言われてるんだぞ。お前ら」


「な―――」


 どうやらバイツネード側も絶句中らしい。


 一瞬でも太々しい顔は維持出来なかったようだ。


「今、起った事は無かった事にしてやるから、こいつらが起きたら東にある大部屋で待ってろ」


 溜息一つ。


 台所に向かう。


 最初に搬入しておいた食料はちゃんと消費されているようだったので、片腕にずっと持っていたバックから残る食材や調味料を取り出し、さっそく料理を始める。


 いつの世も胃袋を掴まれた人間が負ける。


 この世の常はウチの家訓であり、よく祖母達が言っていた言葉だった。


 まずは食事でもしてから話し合うのが良い会話を成立させるコツなのだとか。


 無駄に祖母達の数割が料理人だったおかげで何処でもどんな食材でも大体調理出来る自分の特技は今も存分に使える手札である。


 *


 さすがに一戦交えて、今の状態ではどうにもならないと理解するくらいにはバイツネード側も賢かったらしく。


 料理をカートに載せて運び込んだ時には大部屋で誰もが待っていた。


 多少疲れた顔の女と叔父上が不貞腐れたような顔で壁に凭れて座り、こちらを睨んでいたが、骨の一本も折らないように手加減しているのだから、感謝して欲しいくらいであるのは間違いない。


「さ、まずは有り難い食事でもする事だ。交渉の場の料理を蹴る程、お前らが放置して欲しいなら食べなくていい」


 その言葉で更に苦々しい顔になった面々である。


 これで殺されるならまだしも、自殺すら防止されて、館に永遠に缶詰にされる方が彼らには恐怖だろう。


 人間一番辛いのは何も変化が無い世界なのだ。


 ちなみにもう一度縛られたサイラスが横でまた芋虫になっている。


「悪いが、コイツはもう役に立たんのでな。黙らせて貰った」


「後で解いて食べさせてやれ。人数分用意して来た」


 テーブルの上に出来たての料理をサーブしていく。


 本日の献立はイタリア辺りの生ハムを再現したり、新鮮な海産物を予め低温調理してきたアジやサバを切り身にして秋から冬場は貴重な生野菜も持って来たりと結構な手間が掛っているものばかりだ。


 ハムは今後の北部同盟の冬の副業。


 海産物は殆ど冷蔵技術が無い世界では遠くの口には入らない。


 干物も限度がある以上は冬場の保存食以外は全て此処でしか食べられない類の美食の類にする事が決まっている。


 テーブルに並べ終えて上座に座ると不満そうながらも太々しい笑みで叔父上を筆頭に全員が席に付いた。


 さすがに次々出してやれるものではない為、コース料理ながらも全部テーブルの上に並べてある。


「頂きます」


 まずはサラダからだ。


 冷たい前菜に当たるアンティパストには生ハムで下茹でした野菜を包んで中身にブイヨンなどを使った煮凝りのゼリーを詰めて切った三色菜盛り合わせ。


 メインは桃色に染まった低温調理した切り身を魚の出汁で和えたパスタにさっと搦めて香辛料をサーブ直前に振り掛けたシンプルなパスタ。


 それが終われば、持って来たドライフルーツを甘く度数の高い酒に漬け込んで使ったパウンドケーキを更に砂糖と共に甘く煮詰めたシロップで浸けた大人なケーキもある。


『―――』


 バイツネードの誰もが呆気に取られつつも、こちらのテーブルマナーを真似て食事をし始めた。


 戸惑わなかったのは叔父上くらいだろう。


 この中世より少し前くらいの大陸において食器の発明は凡そ240年前くらいであり、その文化が広がっている最中な事もあり、多くの国では未だに手掴みで食う文化が残っている。


「!?」


 だが、そんな上流階級くらいしか使わない食器を用いた食事作法を知る叔父上とて内心が挙動不審な視線に現れている。


 よくこんなものを用意出来たな。


 という本音と同時に不信感MAXな入手経路を訝しんだ事だろう。


 彼らが親しんだ南国の果実がケーキには入っていたし、使っている香辛料も大抵は南国産なのだから。


 此処にある食事だけで一体どれほどの値段になったものか。


 その価値が解るのは上流階級だからこそだ。


 そうして黙々と食事を終えて魔法瓶のポットから風情もなく味優先の紅茶を再度注いで一息吐いた時だった。


 本当ならブラックな珈琲と洒落込みたいところだが、生憎と帝国では存在を突き止めても流通経路が確保出来なかったのでお預け。


 という内心のリラックスする間隙にその声は入り込んで来る。


「それで……これで我らを懐柔しようとでも言うのかな? 小竜姫よ……貴様の裏の顔は解った。だが、その歳でそれだけの謀略を巡らし……我がバイツネードですら無し得なかったグアグリスを手に入れた貴様は我らをどうするつもりだ」


「グ、グアグリス!? 治癒者の庵のアレか!? あ、あれは不可能だと本家が匙を投げていたはず!?」


 ギロリと。


 その言葉に叔父上が思わず喋っていた仲間の男を射殺しそうな目で睨み。


 相手が思わず黙り込む。


 美味しい情報がどうやら引き出せたようだ。


「皆さんにはバイツネードの情報を何でもかんでも渡せ。等と言うつもりはありません。そもそもバイツネードは今更問題では無いのですよ」


「そのように取り繕う理由があるのか?」


「ええ、人間の表裏は決して嘘ではない。嘘も本当も同じ自分自身でしょう。わたくしはこうして交渉する為の仮面を被る。貴方は裏表が解り易過ぎますよ。叔父様……」


「叔父様と貴様に言われる云われは無い!! ダンジェートだ!! ダンジェート・マルカスと呼べ!!」


「では、マルカスおじさまと」


「ぐッ?!」


 今にも斬り掛って来そうな形相であったが、どちらが上かはハッキリしているのでキレるにキレられない様子の男が苦悶を僅かに憤怒の裏へ隠した。


「さて、交渉と言っても左程に重要な事ではないので、決めるのはこの交渉1回でお願いします」


「交渉!? 貴様のは交渉ではなく命令だろう!! それ程の力を持ち!! 我らの命すら手にしておいて何が交渉だ!!」


「ええ、ですから、皆様の命よりも重いものを交渉しているのですよ。貴方達の命を交渉の材料になど使いませんし、使う意味も無いので」


「こ、のッ、どこまでも―――」


 思わず拳を握るマルカスがギリギリと歯を軋ませる。


「では、単刀直入に言いましょう。バイツネードを滅ぼした場合、バイツネードをまだ名乗りますか? それともバイツネードの復興を諦めますか?」


「な―――」


 思わずマルカスが固まった。


 他の者達も同様だ。


「わたくしが皆様に交渉しようと思っている事は二つ。バイツネードの今後。そして、バイツネードを廃滅させるか否か、です」


 言葉もなく瞠目した男女が思わず顔を見合わせる。


「………っ、ふぅ、ふぅふぅ……ふぅ……大言壮語も此処まで来れば、もはや冗談にも聞こえんか」


 何とか自分を短時間で落ち着けたマルカスが獰猛な笑みを浮かべる。


 決死という名の顔。


 どうやら未練はあるらしい。


「そもそもの話ですが、バイツネードを今から滅ぼす事など、容易いのですよ。マルカスおじさま」


「何だと!! なら、今から貴様が我らが総本山を潰してくると言うのか!?」


「いえいえ、手紙一つで完了しますとも」


「何?」


「貴方達が寝返った。本家は帝国と裏で繋がっている。皇国を売る為に今は北部同盟の大御所の家で歓待され、誰もがもうこの地に戻って来る事はない!! という文面で皇国の皇帝陛下にお手紙を出そうかと思いまして」


 その瞬間、時が止まった。


 少なくとも誰一人として息を数秒吸うのを忘れていたのは間違いない。


 それからの沈黙から誰もがもう自分のリアクション一つで相手の機嫌を損ねてはならないという状況になった後、ニコリとする。


「どう致しますか? 手紙を書くのは簡単ですし、運ばせて、皇帝陛下に宣戦布告するのも簡単です」


 全員の額に冷や汗が流れる。


「勿論、皆様は此処から出られませんし、死ぬ事も出来ません。貴方達を見ている間者がいても、捕まったのか。それとも運び込まれて厳重に護られているのか。解ったものでもないでしょう」


『……………………何が、望みだ」


 あまりにも衝撃的な手で来られたせいか。


 満額回答なマルカスの言葉に思わず微笑みが零れる。


 それもそうだろう。


 この不審な状況をどうやっても彼らは違うんですとは誰にも訴えられないのだから……出られる家に軟禁されているなんてバイツネードがまさかそんなと……馬鹿な話だと笑われるのが落ちである。


 そもそも現在、皇国軍を練兵しているバイツネードは少数だ。


 そして、どれだけやろうとも超人でも人間だ。


 バイツネードを殺せと皇帝が言えば、軍部は今ならば、それこそあらゆる手段を用いてバイツネード仕込みの拙い技術で大量の死人を出しながら壊滅させてくれる事だろう。


 逃げ延びたとて、皇国内部にあるというバイツネードの本拠地は囲まれている。


 籠城したり、あるいは皇国軍を退けても常に兵糧攻めされる状態に等しい。


 ついでに人員が9割方消えた現在、長期戦は不可能。


 もしも皇国を滅ぼす手札があれば、切らざるを得ない。


 そうすれば、何一つしなくても皇国は滅び。


 ボロボロなバイツネードを落として、苦も無く皇国は帝国の内部に転がり込んで来る事になる……というところまで計算くらいは出来るだろう叔父上とて。


「どうせ、手を引くつもりだったのでしょう?」


「ぬ、ぅ……」


「ならば、皇国から貴方の号令で動かせる人員には手を引かせる。無論、本家に干渉出来るなら、それもして貰います。本家が消えても貴方達は残る。だから、聞いているのです。再興しますか?と」


「……再興させてくれると?」


 どうやら完全に状況が詰んでいる事は理解した様子でマルカスが疲れた顔になった……ようやくバイツネードの自分に諦めが付いたらしい。


「ええ、わたくしの下で再興するか。それとも他国で再興するかは選んで頂いて結構です。無論、帝国に牙を剥くのなら、帝国の外でどうぞ」


「本家を落としたとして……いや、落とせるというのは疑わなくてもいいが、そうなったとして、貴様にどんな利益がある?」


「バイツネードの技術と知識を吸収すれば、また一歩新しい時代が近付きます」


「新しい時代?」


「ええ、バイツネードという家を壊して、中身を活用するというだけの事です。中身としての人間は社会に致命的な危険を及ぼす以外の能力や存在なら生存を保障してもいいですしね」


「それ以外は?」


「死んで頂く必要すらありません。貴方達が良い例でしょう。ちなみに寿命はたぶん常人並みに戻ってますよ」


「な―――」


 マルカスが震えた。


「バイツネードの死体は色々と調べさせて頂きましたが、適合する度合いが低いと拒絶反応で寿命が劇的に縮むようで」


「……そうだ」


「皆さんは最古参の部類。マルカスおじさまは適合するだけという点においてならば完成系に近いのでは? その歳まで生きられれば、この時代ならば大往生でしょうし」


「………」


 何処までも見透かされているのかとさすがにマルカスが苦々しい顔になった。


「わたくしの具体的な要求を言いましょう。皇国を滅ぼし、帝国領にした後、バイツネードが滅んだ後、貴方達にはバイツネードの叡智と技術の解放、解析と利用をする集団として再編される権利を与えます」


「我らを取り込む気か」


「ええ、それがそのまま義務であり、全ての情報の解析が終了した時点で条件付きで人員は自由になってもらい構いません」


「裏切れ、とすら言われないのか。我々は……」


 もはや絶望よりも濃い諦めの気配で男がガクリと項垂れた。


「先程の行動も生き残る為に選択を迫れというだけの事であって、裏から手を回して裏切りを強要する必要すらないですから……」


「だから、手を引け……というだけなのか」


「ええ……」


「ほ、本家を本当に……」


 色々知っていた禿げた中年の言葉にニコヤカにしておく。


「バイツネードの情報は収集していますが、本家の奴隷はさぞかし辛いのでは?」


「それは……」


 唯一の女性が思わず言い掛けて黙る。


「子供を勝手に盗られ、組み合わせを決めて番を作り、馬のように品種改良。血族内での近親婚が促進され、障害の多い子は廃棄処分され、バルバロスの適合率が高くても知能が低いか無ければ、化け物として兵力や暗殺者として消費される」


「………何もかも、お見通しなわけか……クソ……」


 禿げおっさんが項垂れた。


「普通の超人として表に生きていられる者はそもそもが極僅か。先頃の戦争ではよく化け物の夜襲が竜の国の陣を襲っていたし、焼き払われてもいたとか」


「ふ……何処まで調べてあるのか。聞くのも億劫になるな」


 マルカスが溜息を一つ。


「摺り減らした表向きの人員が9割となれば、裏方として残っている人員というのは本当に極僅かなのでしょうね……」


「もういい。うんざりだ……その解析する集団とやらに協力すれば、我々を自由にするのだな?」


 マルカスが聞くのも堪え切れないと言いたげな憎々し気な瞳でこちらに訊ねる。


「ええ、約束なんてものは致しません。契約です。貴方達には裏方ではなく。正式な軍の一部署の所員として公に所属を公言して頂きます」


「その理由は?」


「そちらの方が安全なのでは? 無論、他国では優遇される事もあれば、排斥される事もあるでしょう。ただし、それは公での事です」


「つまり、人の蔑視の目を使って我らの身柄の安全を確保すると?」


「公的に存在する関わり合いに成りたくない人々になれば、神経の太い方なら悠々自適でしょう」


「バイツネードの人員の神経が細いわけもない、か……」


「はい。まぁ、帝国以外でなら真っ先に処分される対象でもあるでしょうが……行く場所は自由ですので」


「くくく、この悪魔め……我々の存在を日の下に晒して、さぁ自由だと放り出す気か……」


「ええ、帝国に残るも他国に行くも自由。自由というのは自分の行為の結果に責任を持つ事の別名では?」


 もはやぐうの音も出ない様子で誰もが此処までかと瞳を閉じる。


 その瞼の裏に去来するのは過去か未来か。


 はたまた誰かの顔か。


「………いいだろう。貴様が上で、我らが下なのは今更確認する必要もない。だが、言っておくぞ。メギツネ……」


「何でしょうか?」


「我らに寝首を掻かれる心配は十分か?」


「勿論、貴方達がわたくしやわたくしの駒を損なえば、それだけの報いは受けて頂きます。ですが、それは本当の意味で貴方達の未来を損なうでしょう」


「未来、だと? 滅び掛けた我らに今更未来などあると言うのか?」


「歴史の教科書に昔から皇国にいた馬鹿な超人モドキの間抜け集団と遠回しに書かれては貴方達の末や貴方達の未来の評判はガタ落ちですね」


「ふ、ふはは、く、くく、あははははははははは!!!?」


 思わず。


 マルカスは本当に心底馬鹿馬鹿しそうに、だが……確かに畏怖を込めてこちらを嗤い始めた。


「消費される為に産まれて来た我らに未来を説くか!! 小竜姫。いや、大公竜姫よ!!」


 その心情に誰もが賛同するのか。


 天を仰ぐ者すらある。


「貴方達が一番貶められて痛いのは己でも大切な人でもないでしょう。何故なら、貴方達は歴史ある超人集団なのですから。その自負も無く今まで散々に人を殺して来たとでも?」


 バイツネードの誰もがこちらに顔を歪ませながら視線を向ける。


「技術と知識の継承に必要なのはいつでも能力ではなく意思であり、その受け継がれて来たモノを貶される未来に耐えられる程に《《貴方達の心は超人ですか》》?」


 言葉は無かった。


 相手の顔を見れば、彼らが狂人ではあっても、心が強いとは言い難い人間性を捨てられない類の存在である事は解る。


 で、なければ、どうして寿命を縮める力で戦い続けられるというのか。


 誇りというのは時に人間の拠り所であり、力でもあるが……同時に弱点でもあるのだ。


 もはや、何一つとして相手側からの反論は無かった。


「……契約、だったな。ならば、我が名と此処にいる者達の連名で構わんな?」


「ええ、ちなみに契約者の名前はフィティシラ・アルローゼンでお願いします。ファイナではなく、ね?」


 立ち上がり、カートから全員分の契約書類を1組2枚。


 自分は数枚。


 相手方全員は一枚ずつ。


 違いに交わした契約内容は全て帝国の公正証書。


 更にその紋章は見紛う事なく大公家の直筆だ。


 誰がどう見ても大貴族ならば、本物である事しか分からないソレ。


「後でサイラスさんにも渡しておいて下さい。その分は今度回収します」


「ああ、クソ……これが我らバイツネードの最後か」


「いいえ、これが未来の始り。後世、貴方達の名前が教科書に載る時、誰もが楽しめる冒険活劇になれば、上々というところでしょう」


「吟遊詩人共の餌にされるとは……もう引退かもしれんな」


 もはや何もかもが抜け落ちた様子で平然とした顔のマルカスが本音らしきものをポロリと零す。


「ええ、それがお望みならば、仕事が終わったらお好きなだけ長い余生を愉しむといいですよ。帝国はこれからどんどん面白くなる事だけはお約束します」


「面白いで本家を滅ぼし、皇国を手中にする……もはや、我らこそが時代遅れなのかもしれん……つくづく、あの戦争に負けたのが痛いな……はは……」


 一気に数歳老けたような覇気の無さでマルカスが独り言ちた。


 協力者をゲットして内心ニッコリ。


 これで皇国の調理の下準備は全て整ったのだった。


 後はやってくる後続艦隊をさっさと転がして座礁させる事から始めよう。


 それがどれくらい後になるか。


 正しく目の前に知っている人間がいるのだから。

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