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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
417/789

第35話「陰謀」


 約三か月ぶりの祖国。


 帝都であった。


 街並みの装飾はさすが大国。


 欧州の古都くらいの感覚で見れば、大陸でも美意識が行き届いている方だろう。


 未だ高い建物が鐘楼や城や大会議場くらいな事を除けば、中世並みに違いない。


『ふぃぃいいちゅわぁああああああああああん!!!?』


 そんな都市の奥にある大邸宅の一角。


 泣きながら抱き着いて来る祖父という重い枷を背後にしながら、罪人染みて邸宅のリビングに向かう。


『もぉおぉおぉ!? 心配したんだよぉおぉおぉぉぉお!? 痛いところはない!? じーじが摩ってあげようかぁぁあ!!?』


 現在、祖父に借金している手前、溜息だけに留めて、帝国の最高権力者そのものな重しを侍女達の前で無碍にも出来ず。


 ズルズルと引き摺りながら歩く。


 侍女達はこの邸宅の主の悪い癖だと溜息混じりにこそ見ていないが、微妙にその老人への視線は仕方ない駄々っ子な子供を見るようだ。


「?」


 青年というには老成した感のある元軍人。


 リージがお久しぶりですと通路でヒラヒラと手を振っていた。


「お嬢様。お友達がお見えになっています」


「お友達? 御爺様、さすがに友達の前までは付いて来ないで下さい」


「さ、行きますよ。閣下。お嬢様方のお茶会に大人が顔を出すものではありません。女性だけの園というのがこの世にはあるのですから」


『ふぃぃいいいちゅわぁあああん!? 後で一緒にお食事しよぉおねぇええぇ!?』


「閣下。お忘れですか? この後、帝国陸軍退役軍人会の方々とのお食事が予定されております。このまま着替えた後、馬車で帝都端の邸宅へと向かう予定ですので」


 ゾロゾロとメイド達に連れられて、祖父の姿が消えていく事にホッと安堵したのも束の間の話。


 リビングを抜けると背後ですぐに扉が閉まった。


 相手は思っていた通り。


 現在、唯一女学院でトモダチと言える間柄である生徒会長。


 ユイヌ・クレオルだった。


「ユイ。学園は変わりなかったですか?」


「あはは、うん……君の方が変わっちゃったみたいだ。フィー」


「そうでしょうか?」


 そう言った時、唐突に立ち上がったユイヌが詰め寄って来て、ギュッと抱き締められた。


「え、ええと、どうして抱き締めるのですか?」


「君はもう……本当にもう……吟遊詩人の唄を聞くよりも軍の広報や彼の、リージ中尉の話を聞くよりも……髪まで短くなってッ!!」


 ユイヌは何やら凄く心配していたらしい。


 半分泣いているような状態でグスグスと鼻を鳴らしていた。


 まぁ、御爺様はまったく動じていなかったが、どうやら普通のお嬢様には刺激が強かったようだ。


 一応、利き手に黒い手袋はしているのだが髪までは頭が回っていなかった。


 髪は女の命だが、自分の命ではないので左程気にしていなかったのだ。


「旅装束ですから、埃塗れになりますよ?」


「いいよ!! 君がちゃんとこうして無事に帰って来てくれたのが解るから!!」


「そうですか……」


 ユイヌが落ち着いたのはそれから数分後の事だった。


「ごめん。取り乱したみたいだ……」


 落ち着いてソファーに腰掛けたユイヌが少し恥ずかしそうに目元を拭って頬を染めつつ俯く、


「それは別に気にしていません。それにしても帝都ではどのように報じられているのですか?」


「噂が商人達から最初は広まったんだ。その後、北部の吟遊詩人の1人が謡い始めた話がすぐ酒場で広まって、帝都の治安を乱すって理由で憲兵が注意するようになって公には話をする人はいなかったけど、みんなが噂してたんだ」


「どのように?」


「帝国の小竜姫が北部諸国で悪党を薙ぎ倒したとか。竜に乗って見染めた騎士と共に空を駆けたとか。鉱山を二つも買って人々を貧困や圧政から救ったとか。海で巨大な海軍を立ち上げて、北部に侵攻して来た南部皇国を迎え撃って、二十倍差の艦隊を倒して帝国旗を掲げたとか。巨大なバルバロスの襲来から民を護る為に自らその口の中に飛び込んで相手を倒したとか。もう何が真実で嘘か分からない状態さ」


「あはは……噂には尾ひれが付くものですよ」


「マヲー」


「!?」


 だよねー的な返しに聞こえる声だった。


 思わず横を見ると黒猫がいた。


 あのバルバロス来襲のゴタゴタで消えていたので逃げてどっか行ったのだろうかと思っていたのだが、神出鬼没らしい。


 どのようにしてか。


 この空飛ぶ郵便屋さんに運ばれて来た自分と同等の速度で家に寛いでいるというのだから、普通でないのは確かだ。


「?」


 小首を傾げてどうしたのアピールする子猫っぽい何かに溜息を吐く。


「あ、猫飼い始めたのかい? それにしても変な泣き声だけど」


「ええ、バルバロスらしいのですが、リージが送ってくれて……危険性は今のところ無いので大丈夫だと思いますが」


 それを聞いた黒猫が失敬なと自分は無害でカワイイ黒猫ですよアピールで横になって腹を見せて来る。


「(メスだったのか。お前……)」


 黒猫がアピールの後にスタスタと歩き出してソファーの上で丸くなって欠伸をしつつ、尻尾をユラユラさせた。


「君には本当に驚かされっぱなしだね。カータ講師は噂を聞いて卒倒してたよ」


「あはは、後で学院に行ったら謝っておきます。そう言えば、今日は祝日でしたか?」


「ううん。君が返って来るって聞いて、お休みを貰ったんだ」


「そうでしたか。心配を掛けたようで……」


「いいよ。君が無事に帰って来たんだ。それ以上に嬉しい事なんて無いさ」


 こうしてお茶をしながらいなかった間の学園の話を聞いていると時間は昼過ぎになり、昼食後にまたお茶をして人心地付いてから明日の登校の約束をするとユイヌは安堵したように馬車で帰って行った。


 去り際に聞かれた言葉は明確。


「しばらくは帝都にいるんだよね?」


「冬まではいるかと思います。冬の長期休暇に入ったら西部に向かう予定です」


「そっか……うん。またすぐに何処かに行っちゃうような気がしてたから、安心した……また、明日。学院で」


「ええ、学院で」


 返っていった馬車を見送るとさっそく背後に来ていたリージがニコニコしていた。


「何か言いたそうだな」


「いえいえ、見目麗しい女生徒達の友情に心で涙していたところですよ」


「柄にもない事を……そうだな。だが、今回ばかりはお前の優秀さに頭が下がった。詳しい経営状況を聞こう。応接室で」


「はい。資料はそちらに持ち込んであります」


「用意の良い事だ。相変わらず」


「仮にも小竜姫の秘書役という事になってますから」


「何処まで噂に尾ひれが付いてるんだ?」


「いえいえ、尾ひれなどもう付きようがないかと。こちらで噂に本当っぽい嘘を混ぜてかなり過激な部分は噂が誇張されたものだと誘導せねばなりませんでしたし」


「ああ、そう」


 どうやら情報操作で噂そのものがマイルドになっているらしい。


 ユイヌの情報はかなり正確だったので、当人の情報収集能力は極めて高いのだろうと内心の人物評にメモしておく。


 応接室に行くとすぐにディアボロの経営状況が手渡された。


「盛況みたいだな。借金の返済と従業員の給与以外は全部貯め込んだ先から、こっちに流してたのか?」


「ええ、短期の償還で殆どの方の債権も無力化出来ました。現在40店舗展開していますが、事前に計画されていた治安の悪い場所での営業も準備のおかげで問題ありません」


「現地の荒くれものや犯罪者崩れも真っ当な職と教育さえ与えてやれば、大抵は食えるって理由で大人しく黙るからな」


「最初、聞いた時は驚きましたね。彼らを飲食業で雇うのは正気なのかと」


「お前らの持ち場だ。他の知らない馬鹿共に悪ささせるなってのは縄張り意識に敏感な連中には効く言葉だろうさ」


「それだけでもないのは分かりますが……」


「悪い友達にも積極的に働こうと持ち掛けさせて、働かせてやるだけだ。人に自然と感謝されるように仕向ければ、低学歴や学歴すら無い連中は麻薬や一時的な享楽よりも簡単に気持ちよくなれる」


 身形を整えさせて、まともな教育をして、出店後に奉仕活動も義務付け。


 それに対して周辺地区に働き掛けて、子供達から立派な奉仕活動ありがとうございました的な表彰と同時に手作りな勲章までやって褒め称える。


 大抵の犯罪に身を落とす連中の大半は褒められ慣れていない。


 人間に虐げられてきた人間にとってソレは時に麻薬よりも麻薬らしい効能を発揮する正義と公正の劇毒だ。


 褒められる事が本当の意味でどういう効能を示すのか分かっていない時代の教育には何も期待していないし、それの改革の第一段階でもある荒くれ者達の懐柔施策は上手くいっている。


 それに気付く程に賢くなる前に立派な人間にしてしまえば後は問題無いだろう。


 教育は軍隊式。


 賞賛は現代式。


 給与は時代相応。


 これで墜ちない連中が多ければ、帝国は思っていた以上に真っ当な未来や可能性が想い描けない連中しかいないという事になる。


 が、状況は思っていたよりも良いようだ。


「何か悪い事を聞いたような気分です」


「金の管理以外はマニュアルに沿ってやらせてるし、現場での裁量を与えて、より良い職場にしようが標語だ。上司は親分なんだよ」


「連中にとって、ですか?」


「ああ」


 自己改革。


 そして、自己教育。


 全ては戦略的に人材を確保する為の下地作りだ。


「最初は問題行動が多いだろう。だが、それを受け止めて何をどうすればいいのか教えてやる人間さえいれば、連中は真面目に働く労働者に早変わりだ」


「除隊したり、退役した老軍人の方に店長を任せる方式も好評なようです」


「そりゃ良かった。軍の退役後の暇潰しで悪童を更生……まぁ、少なからずコレで店を叩こうって連中も表立っては何も出来ないだろ」


「ええ、ですが、馴染めない者もまたやはりいます」


「織り込み済みだな」


「はい。この数か月で20人程、該当する資質の者が出ました」


「普通の人間からの感謝よりも享楽にのめり込む連中や根っからの悪党みたいなのはまぁいるにはいる。そいつらにだって適材適所がある」


「上手い話がある。莫大な報奨金が出る最前線特別業務、ですか」


「そうだ。人間の悪徳が大好きな連中に戦争で一番現場の常識から程遠い事をさせるんだ。それが出来て生きて帰れれば、莫大な報奨金が出る。良い話だろ?」


「さて、我々は地獄に落ちるのでは?」


「金に目が眩んだヤバイ連中はそれで数も減らして、栄誉も貰えて、悠々自適に無力化させるだけだ。この世が地獄ならば、死んだ先は天国かもしれない」


「ははは、冗談にしても笑えませんね……」


 具体的には戦場での情報収集と奉仕活動。


 現場で部隊の後始末をする。


 食事や戦闘、死体処理など重要な事には一切関わらせず。


 軍隊が通り過ぎた後の地域に残る軍の野営地跡の処理。


 敵兵の残した兵器の回収や情報収集など。


 各国の占領地の人間がやらされる事を現在、そういったソシオパス、サイコパスのような病質者と呼ばれる者達にやらせている。


(心理解析用のマニュアルの整備と人材の確保を急がないとな。リージ以外にも秘書役が必要だ。そろそろコイツの顔色も慢性的に悪くなってきた気もするし)


 共感能力が低い為、徹底的に人との関わりの無い仕事。


 戦闘状況後の詳細な記録などをやらせれば、心を病むという事も左程無い。


 共感能力が無い人間はすぐに犯罪に走りがちだが、犯罪になりようがない業務をやらせているので殆ど業務で問題行動は起きていなかった。


 回収した兵器を集めようが隠そうが、今後出回る予定の銃より強力な事も無ければ、まともな倉庫も無い現場では生かしようがない。


 情報とて、その場で使えるようなものは集めさせてもいない。


 全ては後方で解析、分析する人間がいなければ、単なる無価値な代物だ。


 精神病質者や社会病質者の気がある者は高い知能や魅力を有する事も多い。


 だが、同時に偏執的な面や行動が多く。


 そういう産まれながらの体質を有効に社会へ還元させるには人間よりも物事に感心を集めさせて、そちらに御執心にさせる方が安全だった。


「それにしても悠々自適、ですか?」


「ああ、人を殺さない。人を貶めない。人を操らない。人に感心がない。根っからにヤバイ連中の大半をそういう状況に落とし込めれば、能力の高い無益なだけの存在だからな」


 帝都ですらも極めてヤバイ犯罪や絶対に分かり合えないタイプの危ない一般人や隠れた犯罪者は大量であった。


「此処で相手を軍隊の最前線送りにした方が後腐れが無いのでは?」


「生きて戻って来て恨まれても困るだろう。重要なのは連中が自分で決めて、自分でやって、自分で自分の性質に社会的な資源や危機を押し付けず圧し潰される事なんだよ」


「……正しく、吟遊詩人に謳われる悪魔の如き所業ですね」


「残念ながら小動物殺しまくりや行方不明者を殺しまくり、他人を操って犯罪やらせるような層はざっくり自分のせいで知らぬ間に自殺してもらうのが一番社会的な負担が少ない。それと片棒を担いでるヤツの言う事でもないな」


「本当に貴女は大公閣下に似ていますよ。ええ」


「これ程に嬉しくない話も無いが、同意はしよう」


 戦場で苦戦している帝国軍が一時的に戦術的撤退を行う事は近年増えており、取り残された地域で周囲に残っていた武装勢力に命を刈り取られる事も多い。


 軍の行軍の後の情報収集は極めて危険だが、現在の軍の状況を識るには必要な事であった。


 最初からそのリスクを承知で後払いの報奨金目当てで参加するようそれとなくヤバイ連中を店舗で誘導するのだ。


 仕掛けは上々。


 臨床心理学的に肉体と心の反応を熟知し、特定の層が食い付きそうなポスターに文言もズラリ……知能が高いせいでそういう連中は逆に知識層として文字が読める分、引っ掛かる率も高い。


(如何にも自分のご執心な犯罪に使えそうな現場だなと思って行ったら、想定危険度を大幅に超えてご愁傷様と……)


 無論、こちらが絶えず収集している情報で特定したブラックリストの人物を送り込む為、それ以外の単なる教育不足な連中にはお帰り願っている。


 それでも、無事に帰って来た相手には研究所が開発した大量の現代式娯楽や新しい賭博をさり気無くアピールして、資金を擦って貰う手筈でもあったりする。


【悪党金無し貧乏。なら、また稼ぎに行けばいい】


 というのが誰にも言ってないディアボロの裏の標語だ。


 後天的な教育でも本人の根本的な共感能力の欠如を補完したり、高い知性に裏打ちされた犯罪などを完全に抑止する事は不可能だ。


 ならば、社会そのものにそういった人材が自らの破滅と引き換えに享楽や偏執対象を見出すサイクルを埋め込み。


 その中でそういった人物達が新社会の到来時に問題層とならないように自動的に自身の行動の結果で処理される方式を組み込んだ方が合理的である。


「で、第一陣は?」


「現在、9人が最前線での業務に従事中です。2人が軍の撤退時に取り残されて死亡。4人が現地の風土病で死亡。3人が生存していますが、現地からの報告では何事も無かったかのように業務に専従していると」


「そうか。手厚く仲間を葬ってやるのも仕事に書き加えて置こう」


「背後関係を洗って真っ黒な連中でしたから、まぁ……婦女暴行に身代金目的の幼児誘拐程度ならまだ常人でもやるでしょうが、その骸骨を集めて寝台に埋め込んで寝てたり、役者染みて女を落として犯罪教唆してたりというのは……」


 どんな社会的な罠を前にしても生き残る人間のクズやソシオパス、サイコパスの類は存在するのだ。


 だが、ソレそのものが社会の一部として社会の重要な場所に配置されなければ、悪意のある軍事、経済、政治の不合理な問題を引き起こす分野は減るはずだ。


 現在のディアボロは金策であると同時にそういった心変わりがまったく期待出来ない扱いに困る人材層を社会から切り離す場でもある。


 同時に普通の人間には耐えられないだろう心を病みそうな職業に共感能力が低い事を利用して専業従事者化させ、専従するように仕向け、張り付ける為のピンとしても機能している。


「こいつら……幼少期に兄妹の目を抉ったり、小動物をなぶり殺しにして生きたまま標本にして観察したり……まぁまぁ、池沼しかいないな」


「いけぬま?」


「気にするな」


 武力、暴力、狂気。


 これを社会に持ち込ませずに一部の過激な層の感情の向け処を限定してやるだけで実社会での優性遺伝的な民族主義込みの排斥活動もなりを潜めるだろう。


 現在、社会に貴族や高位の職業層で固定化された過激思想な層とて、いつかは寿命を迎える。


 そういった層が不動ではなく。


 浮遊するように民主主義と独裁を両立して社会を変革していけば、現代の先進国にもいるが少数派だろう歴史の中で排斥されてきた過激層は次第に力を失っていくはずだ。


(問題は先天的にヤバイのが固定化された富裕層や権力層に存在する事だ。善人は悪人に駆逐されるのが仕事みたいなところあるからな)


 事実、善人は死んで人の口に昇らず。


 悪人はいつでも死んですら口の端に昇る。


(どっかの独裁者な大量虐殺オジサン達みたいなのが出て来ても困るし、足元を掬われないよう気を付けないと)


 先天的な遺伝子の異常や資質は変えられないが、社会的な結合度が弱くなった層の遺伝子は結婚出来ないという点で淘汰されていく。


 それを合理的にやろうというのだ。


 先天的な社会リスクを持つ遺伝特性とそれを継ぐ個人が根本的に存在し難い状況を誘導して生み出す。


 これだけで随分と社会に掛かる負担は減るだろう。


「最初にこれを聞いた時、お前は反対しなかったな。そう言えば」


「人を殺すのには慣れています。それが書類上の事でも貴女にそれをやらせるのは違うと思ったのですよ」


「違う?」


「此処は帝国。帝国の人々には理想論を語っていて頂きたい。それは軍人の総意のようなものかもしれない」


「……総意?」


「これはあくまで個人的な感覚ですが、良識的な軍人の多くは本国が平和の中で自分達の正義を疑わないでいてくれる事が精神的な支柱の一つとしてある。要は大義名分としての耳触りの良い言葉を求めていると考えて頂ければ」


「初耳だな。お前から軍のそんな生々しい話を聞くのも……」


「初めて貴女が悪人と呼ばれる者を見分けて見せた時、私の感覚では貴女は極めて御爺様に似ていました」


「………」


「だが、こうして見てみると閣下と同じ事をしているようでいて、実際にはまったく逆の道。いえ、第三の道を歩んでいるように見える」


「第三の道、ね……」


「人間の管理。人間の自由。人間の意思。その結果を誘導するのは軍の諜報機関でもやっていた事です。ですが、貴女の手管は恐らく世界最大規模の軍諜報機関を持っている帝国陸軍の数十年先を行っている」


「過分な評価。痛み入るね」


「貴女は手を下していると思っているのでしょう。ですが、覚えておいて下さい。それを実行するのは決して貴女ではない。そして、それを背負うべきなのはそれを実行しようと思う者である事を……」


「気を使ってるなら、別に構わないぞ?」


「危ない連中を殺す事すらも社会的なリスクである。と貴女に言わしめるその善良さこそを私は支持しましょう」


「善良さかな。それは……」


「ええ、血統的な精神欠陥を持つ人物による社会構造の危険を間接誘導で減らし、漸減していく戦略は最も帝国に優しい処方箋だと思いますよ」


「そうお前が思う理由は?」


「そういう人間を世代を跨いで同じ家に見る事は多かったですし、その家で養育された軍人も後天的にそういうのばかり、という事は結果的に私の経験則からは事実だと思えましたので」


 そういう層が子孫を残そうとする率はこの誘導プロセスによるプロトコルによって低確率で固定化出来るとは踏んでいる。


 死んだ者は言うまでもないし、正しく満たされた個体は後天的に子孫を残す重要性に心身共に駆られない。


 先進国で少子化が進むのも要は社会内部での物質的に満たされた場合に子孫を残そうという行為の比重が低下した為だ。


 社会的に個人主義と個人の人生が重要視されるようになっていく過程で子供を儲ける事が人生におけるリスクやコストとして割り切られる資本主義、唯物論的な見方が浸透していく事にも諸要因として関連がある。


 故に物質的、精神的に人間を満たしてやる事は悪かろうと好かろうと次の世代に悪意的な病質者を生まない、繋がらないようにする最短の手段だろう。


 ソレが性癖である場合以外を除いて子供を得ようとする行為は彼らにとって無為に等しくなるのだ。


 こういうのをやらせている自分に優しい言葉を掛けるのだから、リージという男もまた軍内部でも変わり者と呼ばれていた類なのかもしれない。


(まぁ、後天的な教育でどうにかなる層が殆どなんだ。人間が悪魔なのは何も変わらない。生きる為なら同じ人間だって食うし、呪い師に言われれば、同じ人間を呪いの材料としてバラバラにだってする)


 しかし、それでも人間の本質は周辺環境への適応という形で外部因子に左右されるのが大半だ。


 目の前の男が何処まで信用出来たとしても、背負うべきものや背負わせるべきものの選別はその立場にある自分がやるべきだろう。


「お前はこの方法を優しいと?」


「ええ、毒と薬は紙一重であり、分量の違いでしかない。貴女が猛毒の小竜姫ならば、その小ささによって我々は薬と呼ぶべきかもしれない。そう思います」


「はは、随分と買い被ってくれるな。帝国を蝕む猛毒に裏返ったらどうする気だ?」


「そうならないように支えるのが秘書役の腕の見せ所でしょう。人間の薄汚さと下劣な戦術ならば、戦場で幾らも見て来ました」


「慣れてる、と?」


「我々のせいで子供を使う卑怯な戦術を使用せざるを得なかった少数民族。人の心が無いと言われた我々に膝を折る中小国の悲哀。それすら与えられなかった小国以下の勢力の奴隷に身を落とした者達。その奴隷を使い潰して戦った西部戦線の敵国……」


 リージが瞳を細めて、薄っすらと何かを思い出したかのように硝子窓の先に陽射しを見やる。


「貴女は少なからず戦場の現実に理解を示した。もしかしたら、私よりも詳しいのかもしれない。ですが、貴女はやはりこちら側の人間だ」


「こちらはどちらなんだか……」


「こちら、ですよ。戦場で戦死した権力者の血縁である赤子や幼子まで殺せと言われて殺すような人間が言うのです。信じていい」


「リージ……」


 本音というよりは過去をポロリと零した男は目の前で肩を竦めていた。


(政治や宗教の為に子供の人生を犠牲にもすれば、子供を麻薬付けにしてリモコン爆弾にだってする。そういう連中は現代にだっていた)


 それはこの大陸でも本質的にはある事、なのだろう。


(この時代も変わらないか……そんな事実は人間がいる限り、何処にでも転がってる……そういう事なのかもな)


 ただ、それを強制された兵隊の話はあまり聞かなかった。


 残虐な行為をするのは残虐なヤツだという先入観は昔の自分も持っていたのかもしれない。


 だが、よく考えてみれば、当たり前だ。


 慣れるヤツも慣れないヤツもいる。


 残酷さを目の前にして当たり前だと言えない者もきっといる。


 現前と目の前にそういう恐ろしくも悲しい現実とは掛け離れたように見えていた人間がいる。


(少なからず。お前は……平和の意味を知ってた。オレの無茶に答えながらも……善悪の彼岸を渡ったようには見えなかった……)


 目の前の男が赤子や幼子を自分の意見で殺すようには思えない。


 だとすれば、それは戦争という名の悲劇なのか。


 それとも戦場には善人ではないにしても人の情を感じる者がいた喜劇なのか。


「少年時代はこれでも兵隊に憧れる人間だったんですよ。軍学校に入っていましたしね。ですが、実戦経験を経て優秀だと評価されるようになると。今度は軍に嫌気が差した……」


「お前の昔話なんて随分と未来に聞く話かと思ってたんだがな」


「現在進行形の話はどんな未来でも葬られているべきでは?」


「そうかもな。そんな兵隊の話は生まれるべきじゃない。悪党や残虐な兵隊なら良心は痛まないが、お前みたいなのが沢山いたら、オレが困る」


「主に地獄を見せるとご自分の良心が痛むからですか?」


「ああ、勿論だとも!!」


「ははは、まったく素直な方だ。貴女は……」


 少年兵などは皇国を例に見ても滅びそうな国では主要な軍事政策だ。


 でも、だからこそ、当て嵌まる現代の知識は肯定的なものにも言える。


 そうも思える。


 目の前の男を見れば、当然だ。


 後天的な教育によって歪む層はそれこそまともな教育さえ施してやれば、優秀でなくても生きていける世界ならば、問題行動を起こす理由が無い。


 優秀な者もまた自分から軍に憧れる者は少なくなっていくだろう。


(今後の帝国への政策で重要なのは精神的な負荷を社会から受けないよう多くの層から不安を取り除いてやる事。感情的な層に理性的な案や合理的な回答を解いても殆ど意味が無い……コイツみたいな連中がもっとまともな職に付ければ、経済だって政治だって、今より随分と進んでるはずなんだ)


 不安の解消。


 歪な思想の矯正。


 それはどんな分野の人間にも言える。


 それこそ軍人にも。


 これらは現代でもメンタルヘルスで重要視される。


 相手を肯定しつつも相手の行動を誘導し、害悪的な事をしないよう納得させ、自己肯定感を引き出して満足させる事は信頼を築いていくカウンセラーなどなら誰でもやっている事だ。


 相手は話を聞いて欲しいのであって、行動を変えたいのではない。


 そういう事実の最中、我慢強くサイコパスやソシオパスな連中、鬱病のような精神疾患の患者と会話し続ける事で不安を解消し、相手の行動を緩和、間接的に誘導するのは莫大な忍耐を必要とする。


(精神病を見てる医者が精神病患者に早変わりって事すら今のこの時代には無い。それを民間人に押し付ければ、犯罪や悪徳まっしぐらなのも道理だ……)


 だから、公的な支援策が必要なのだ。


 出来れば、時間があまり掛からず。


 根本的に要因を取り除く方法が。


 本来は時間を掛け、大量の人的コスト、多くの投薬を用いて為される現代社会の闇の解消はこの時代では宗教などを使わないならば、殆どの場合表向きの政策では遅々として進むものではない。


 こういうリージみたいな精神構造の人物は貴重だ。


 人の悪と善の線引きに溺れ死ぬ事なく。


 その狭間で何が正しいのかを考えようという者は特に。


 そういうのが一定層、このような精神的な理由で潰れたら帝国はお終いだろう。


 だからこそ、この異世界とやらでも危ない連中を無力化する組織が必要だ。


 これが現代ならば、精神医療という形になるが、此処は現代ではない。


 向精神薬も無ければ、人の真理に詳しいフロイトおじさんだって本を書いてない。


 未だ精神医学という言葉すら無く。


 その事業、医療に関わる者も殆どいない。


 全てが次期尚早な程に成り手となる人材を何処の国も確保出来ていない。


 社会の不安定化待ったなしの帝国ではこういう理由から当面の対処としてディアボロが立ち上げられた。


(オレは一度死んでる。悪党と基地外連中を道連れにするのはオレだけでいいと思ってたんだがな……優秀で優し過ぎる秘書ってのもコレで困りものだな)


 だが、であるからこそ、ディアボロの仕事は進めなければならない。


 後に誰が続いても多くの者が苦労しないように。


 精神疾患を見れるカウンセラー役。


 そういう人材を様々な分野の人間からリージにスカウトさせてもいる。


(社会変化は個人の所属する層の複合的な形態として理解される。教育、経済の二つがまともならば、社会規範は数十年で変化させられる。それまで社会そのものの質を担保する方策……上手くいけばいいが……)


 心理的な危険要素を社会で顕在化させない。


 その為、連帯や孤独のような社会行動の研究は極めて重要だろう。


 社会的な繋がりの希薄化はあらゆる面で犯罪に寄与するし、経済的な損失に繋がるし、生活の質にも密接に関わる。


 合理面を突き詰めて、人間の感情を誘導し、社会的な資源への被害として転化出来ない危険を摘み取る。


 それがどれほどに陰惨な陰謀だろうとも仲間達の安全を確保するにはまず帝国の内部を変えなければならない。


 それが引いては帝国で出会った多くの人間の今後にもきっと良く働く。


(これからこの時代にも到来するあらゆる変革。資本主義、共産主義、革命、成果主義、労働改革、技術革新、社会の実態を変え得なければ、オレの敗北。そう定義するべきだな……)


 目の前の戦争の加害者であり、被害者でもあるのだろう男は少し困った様子で照れた様子になり、頬を掻いた。


「辛気臭い空気になりましたね。忘れましょう。陰謀をするなら、もっと明るく軽く何でもないように大物を気取っていいでしょう」


「らしくもない。それはオレの役だ。互いの役目を忘れなきゃ、何も問題は無いさ。それとも戦争中の祖国の軍隊の大将連中は酒でも飲みながら、ガヤガヤと参謀役に戦略や戦術でも立てさせるのか?」


「あ、あはは……軍の名誉の為に一軍人として黙秘しておきます」


「否定して欲しかったんだがな……はぁぁ(*´Д`) これは後で軍の改革案にもテコ入れだな」


「同情しておきましょう。我が栄光の帝国陸軍も此処でお終いのようで……」


「さぁ、地獄の悪魔を地獄に返す陰謀を始めよう。ついでに栄光ある陸軍には現実を見て貰うという事で……」


「ご自分が第一に帰りそうな話ですね。それと同僚に軍を除隊するよう言うか迷います……」


「生憎と一番最後に帰る予定だ。軍人さんだって大歓迎だぞ? 主に平和になってから、老衰で死んでもらうがな」


「ははは、まったく……軍人の誉れは戦死なんて嘘になる世界の到来ですか? この世は地獄、人は悪魔とでも言いたげで……」


「みんな聖人君子なら、こんな事やってないんだよ。生憎と」


「近頃の噂を聞いていると貴女が地獄に行っても帰って来そうで怖いです。ええ、割りと」


「努力しよう。死んだら楽隠居を決め込む事にしてるんだ。クワを片手に文章でも書きながら、伴侶と一緒に世捨て人生活。愉しそうだろ?」


「その伴侶の方が地獄から逃げ帰って来るのが先なのだけは分かりました」


 違いに悪い笑みを浮かべる。


 今、確かに帝国の中心は帝国議会かもしれないが、未来の中心は正しく此処である事を確信するのだった。

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