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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
407/789

第25話「北部大計Ⅴ」


 結局、皇国側の死者は5人。


 片腕を失くしたのが4人。


 胴体を切られて辛うじて内蔵も無事で失血死しなかったのが3人。


 無傷で戦意喪失したのが8人だった。


 傭兵達の死者が8人だったので傭兵側は不意打ちで押されていたらしい。


 船倉に蒸留済みの酒が有ったのでありがたく使わせて貰った。


 どうやら南部の酒はかなり強いらしく。


 40%くらいはあるだろう事が救いか。


 病人を動かすわけにも行かないので甲板上で消毒し、綺麗に切れた傷口の一部を切り取り、当人の腕の皮で骨まで包み込むようにして縫合。


 生憎と神経や筋肉を縫合は未だ不得手で生きた人間で試すとかなりアウトだろうことは解っていたので片手は諦めて貰う事になった。


(ふぅ……文系なんだけどなオレ)


 後は麻酔を局部の傷口に塗り込んで経過観察。


 傷口が痛まない内に切断部位を抗炎症成分がある薬草を抽出してアルコールで薄めた抗炎症剤も使った。


 さすがに現代のような効能は無いが、やらないよりはマシだろう。


 船で運ぶのも様態を悪化させかねないので村の人間に銀貨で世話を頼んだ。


 大陸の原生植物での包帯の作り方。


 また、現地で造られた酒も一応あったので蒸留する為の簡易の木製の設備の作り方、それを用いるアルコールの取り出し方も伝えた。


 これらは全て今後の予定で使う知識の一部だ。


 一応、やる事はやった。


 後は事件が終わった後に色々とユラウシャ経由で介護用の物資を送るくらいだろう事は間違いない。


 こうして、治療を見ていた皇国の兵士達もさすがに目の光を取り戻し、同僚に声を掛けるやら、ドッと押し寄せて来た感情で泣き出すやら。


 死人は村の墓地に共同で埋めて貰い。


 石を置いて午後には埋葬を終えていた。


「………」


 それでようやく傷付いた仲間達を漁村に置いた兵士達を連れて、船二隻での帰還となった。


 漁船の方にアテオラを置いているので安全面でも心配はない。


「さて、隊長さん。お名前は?」


「……イモーラ・バンデシスだ」


「では、バンデシス隊長。貴方には生き残った部下を故郷に返す。あるいはそれが不可能ならば、皇国に死んだと虚偽報告をする義務があります。それすら無理なら裏切り者になるか死体になるかの二択です」


「ッ」


「南部の皇国の話は色々と聞いていますが、軍の規律は厳しいとか?」


「……ああ、そうだ」


「傭兵達を殺そうとしたのは本国の指示ですか?」


「……そうだ」


 その声に集まって後ろで隊長を睨んでいた傭兵達が思わず声を上げそうになったが、ノイテが人差し指を口元に立ててシーのポーズを取ると慌てて口を噤んだ。


「これから言うのは独り言ですが、皇国はこの地に何を探しに来たのですか?」


「ッ―――何故、そう思う?」


「単純な侵略。いえ、十分に手の込んだ侵略ですが、それでも飛び地を維持出来る戦力を出し続ける事など、敗北した国には不可能でしょう」


「……そうだな。その通りだ」


 バンデシスがそれを認める。


「皇国軍は更に北部とも対峙していると聞きます。帝国にとっては戦略的な要地ではありますが、皇国にとっては北部諸国など単なる北国。ならば、それをするという時点で不合理。その不合理を行ってまでも得たいものが無ければ、貴方達は此処まで来ないはず。そう思っているのですが、何か知りませんか?」


「………まず、部下達の扱いに付いて、礼を言う」


「それは受け取れません。これから酷い事をするかもしれない相手に礼を言われては可哀そうになってしまいますから」


「ならば、更に重ねて礼を言おう。フィティシラ・アルローゼン……部下達を弔ってくれた事、自らの手で腕を医者のように縫合してくれた事。この部隊の隊長として感謝する」


「解りました。そこまで言われるのならば、受け取りましょう。それで軍はこんな船を何隻持って来たのですか?」


「15隻だ」


「十分な数ですね。それで目的は?」


「我が隊には合図が有れば、傭兵を始末した後、ヴァドカの侵攻に合わせて占領が為された後に市街地毎新型兵器で砕き、潜入者達によって焼き払えと……」


「成程。つまり、ユラウシャはヴァドカ軍の本隊を引き入れて殲滅する為の囮。あの邦を監獄として焼き殺すつもりだったのですね」


「命令を解すれば、そうなるかもしれん」


「軍内部の噂は知っていますか?」


 そこで初めてバンデシスが顔を上げた。


「南部、継承戦争で我々は負けた。その挽回に軍はバイツネードのような超人ではなく。北部と同じようにバルバロスが必要だと考えている、と」


「失った軍を立て直せる程の存在を求めているのですか?」


「あくまで噂でしかないが、そう聞いている。北部諸国には未だ神と名乗るに相応しい巨大なバルバロスが眠っていて、ソレを捕まえに行くのだと信じている同僚は多かった。事実、そういう命令が一部に下されたと聞いているし、こちらにもバルバロス関連地域での情報収集、捜索命令が出された」


「真偽はともかく。恐らくは当たらずとも遠からずですね」


「どういう、事だ?」


「バルバロスは直接ではなくても間接的にもかなりの戦力になる。ソレそのものではなくても研究解析して増やしたり、バルバロスそのものではない違う成果物を作り出したり……竜の国では元々の竜からすれば弱い部類のバルバロスを飼育して増やしているとも聞きますしね」


「確かに……あの連中程に空を飛べる竜が用意出来ていたなら、戦争の結果も違っていただろう」


 バンデシスが息を吐く。


「最後に聞きたいのですが、この船を皇国は量産出来るのですか?」


「ああ、まだ態勢は整っていないが、本国の造船所では開発と増産が進んでいると聞いている」


「使い方は?」


「こちらかと」


 ノイテが横合いから船内を探索して見付けて来たらしいマニュアルの羊皮紙を持って来る。


「………衝角付き。火砲付き。帆船として十分な速度も出るようですね。載せられていた食料も長持ちしそうですし、蒸留酒も上等。これ程に技術があるのならば、北部と直接対決するよりも経済的に強くなった方が簡単に圧倒出来るのでは?」


 その言葉に男は自嘲気味に笑った。


「はは、そうかもしれん。だが、皇国は皇帝が治めるものだ。今の皇帝は戦争に負けた事を認めたくないのだ」


「認めたくない?」


「殆どの諫めた家臣を投獄している。軍でも主戦派ばかりが取り上げられ、現実的な対処を望む穏健派は隅に追いやられた。このままでは再びの戦乱が起きるのも遠い話ではない」


「そこまで解っていても軍人は軍人ですか」


「表向きは無駄な死人を出さぬ為に戦力となるモノを集めていると聞いている。だが、実際にはあの皇帝が勝つ為に集められているに過ぎないのだろうな」


「そうですか。暗君と言うヤツでしょうか?」


「そう言えば、祖国では首が無くなるだろうな」


「良く解りました。そうですね。わたくしが治めるのは最初は帝国西部だけにしようと思っていたのですが」


「?」


「どうやら、もう一つ帝国領を作る事になりそうです」


「………どういう意味か。いや、言わなくていい」


「懸命です。では、傭兵さん達の手前、何もしないという事も出来ませんし、罰を与えましょう。勿論、隊長であり、責任のある貴方に」


「解った」


『オーイ!! 竈で焼いて来たぞ~~』


 デュガが任せていた事をやり終えた様子でこちらに戻って来る。


 その手には奴隷の焼き印を入れる鉄製の棒があった。


 だが、その刻印だけは立派だろう。


 何と言っても研究所で造らせた小道具。


 どうしても必要な人材が欲しい時に奴隷という事でしか仕入れられない時を想定して作らせた特製品だ。


 傭兵達がさすがにざわつく。


 それは印にしては少し大きく。


 掌や手の甲などに付けるには不適当なサイズなのだ。


「背中用です」


『ひえ?!!』


 傭兵達が縮み上がるのも無理はない。


「我が家の家紋は二重螺旋を纏うブラジマハター。左の螺旋は繁栄を約束する水の加護を顕し、右の螺旋は大地の恵みたる土の加護を顕す。首筋の竜は二つの加護を齎す力の象徴。帝国貴族の家の3家だけに許されたものだとか」


『隊長!!?』


「黙っていろ。お前らはオレが護る……それが隊を預かるという事だ」


 背後で無事だった男達が縄で縛られたままに涙していた。


「このまま傭兵達に手を掛けられるよりはマシだと思って下さい。死なないように線は細く作ってあります。此処で皇国の軍人イモーラ・バンデシスは消える事になります。ですが、その前に訊ねておきましょう」


「何?」


 傭兵達に兵隊達の縄を解かせる。


「貴方達は任務に失敗した。隊長は内部情報を帝国に売った。貴方達の命の代価として……それでも貴方達には三つの選択肢がある」


 兵士達の誰もがこちらを見つめ、睨み付けようとして出来ず。


 しかし、冷静でもいられない様子で歯を食い縛っている。


「軍から命を護る為に何も見なかった事にし、海に落ちたと言い訳して皇国軍に戻るか。全てを知った上で隊長に付いてゆくか。あるいは隊長を見捨てて、傭兵や旅人に身をやつすか」


 その言葉に誰もが一度俯いたものの。


 すぐにその視線を隊長に向けて。


「オイ。お前ら余計な事は―――」


「いいって事ですよ。貴方がいなければ、死んでいた命です」


「今もオレ達の為に戦おうとしている貴方を置いて行くとしたら、オレらは獣にも劣るじゃないですか」


「隊長!! 貴方がオレ達の隊長なんだ!!」


「お前達………」


「どうやら全員覚悟は決まったようですね。デュガ」


「はーい。ちょーっと熱いけど我慢なぁ。よいしょっと」


 ジュワッと肉の焼ける音がした。


「ッッッ――――!!!!?」


 それを強靭な意志力で3秒間耐えたバンデシスから引き剥がした棒が再び竈の方へと持って行かれ。


 ノイテがすぐに背中に消毒用のアルコールを沁み込ませた布で背中を拭いて、例の薬を溶かした薬液を刷毛で塗って、その上に包帯を巻いて行く。


「ぐ、ぅううう………」


 気絶こそしなかったが、全身の脂汗が滴り落ちていく。


「イモーラ・バンデシス。これを持って貴方への罰とします。傭兵の方々、これで文句はありますか? 指の一つや二つを所望されるのでしたら、3本以内なら許可しますが、どうします?」


 傭兵達を見やるともう蒼褪めるやら首を横に振るやらで誰も文句は無いようだった。


「では、これでこの方にはこれから死ぬまで働いて頂きましょう。裏切る必要もなく。既に裏切ってしまう状態である以上、皇国に資する事をしても意味が無い。もしご家族がいる方がいたなら、手を尽くしてお呼びしますが」


「生憎と独身男所帯、でな……」


「左様ですか。解りました。では、これよりは敵だったユラウシャの為、そして、北部諸国に蔓延る陰謀と戦争を止める為に働いて頂きます」


「戦争を、止める……もはや、そんな状況では……」


 汗を浮かべてこちらを見る消耗したバンデシスに肩を竦める。


「戦争はもう止められます。実は簡単に……でも、止め方を考えているのですよ。出来れば、皇国に割りを食って貰う形で」


 それを聞いたバンデシスと部隊の男達は額に汗を掻いていた。


「信じがたい、事だが……ああ、何故だろうな。それが、嘘には聞こえない」


「嘘を言ったつもりはありません。ですが、この船がほぼ無傷で手に入ったのは僥倖でした。せっかく海賊並みに………ふむ」


 バンデシスに返そうとして僅かに引っ掛かった。


「?」


「あ、もう驚かないぞ。ノイテぇ、寝てていいか?」


「ダメです。一緒に地獄へ落ちましょう。デュガ……」


「うぅ、嫌な職場だぞ此処……」


 2人の漫才を聞きながら、思考を纏める。


「そうですね。せっかく、傭兵と兵隊。王様に商人が揃ったのですから、それらしい方法を取りましょう。面白い見世物になるでしょう。たぶん」


「………はぁぁぁ(´Д`)」


 ゾムニスがそんな少し長い溜息を吐いていた。


 *


 夕暮れ時にユラウシャに入港するとかなり驚かれた。


 飛んで来たビダルに事情を説明すると。


 今度こそ、この小娘は一体何を言っているんだ?


 的な視線を貰ってしまったが、安全にユラウシャの民を護る策である事を丁寧に告げるともう反論は飛んでこなかった。


 その日の夕暮れ時。


 部隊の男達にバンデシスの介護を頼んで諸々の手配した後。


 ゾムニスに馬車を取って来させると既に夜。


 後、3日以内にはヴァドカが攻めて来るところまで来ている。


 考える時間は左程無いだろう。


 役者は揃った。


 明日の明け方よりも前には行動を開始する事を決めて、諸々の物資や手配を済ませたのが12時前。


 戦争前夜という事もあり、静まり返る事なく篝火の下で人々が最後の時間を過ごす街中から浜辺の方へ移動し、波打ち際のゴミ一つ落ちていない海岸線沿いに立つ。


 月明かりの下。


 デュガがこちらの護衛として付いて来ていたが、周囲に人は見当たらなかった。


「なぁ、寝なくていいのか?」


「昼には寝られるから構わない」


「ホント、ふぃーって面白いヤツだな」


「光栄だ」


「………何処から何処までが嘘なんだろうな」


「何処から何処までも嘘かもしれない」


「でも、それはもう本当になった事が沢山あるぞ」


「そうしようと努力したからな」


 綺麗に過ぎる砂浜に座る。


「どうしたいんだ? ふぃー」


「どうもこうもない。やるんだよ」


「何を?」


「自分のやりたい事を、為すべき事を、な」


「あはは、本当にそうしてる感じがするぞ?」


「お前は……祖国に帰りたいか? デュガ」


「ん~~どうだろ? もう兄ぃが祖国を継いだし、全滅した隊の家族の手前、居場所もないだろうしなぁ」


「そんなの気にするヤツだったか? お前」


「こ、これでもさすがにちょっとは思うところがあるんだぞ!?」


「そうか。なら、思っててくれ」


「冷たいなぁ。ふぃーは」


「温かい人間に見えるのか?」


「……うん。ふぃーは温かい。だって、本当に冷酷なヤツはそれをわざわざ説明してやったりしないから」


「そういう冷酷なヤツだっているかもしれないが?」


「茶化すなって!? これでもこう……慰めてるんだぞ?」


「―――何でだ?」


「ふぃーってさ。人は殺せるけど、殺したら後悔するけど、それでも悲しいと思うヤツだから……」


「どうかな」


 両手で頭を持って砂の上に寝ころび、天を見上げる。


「ふぃーは大切なものの為なら、何だって出来るんだと思う。でも、何だって出来たとしても、哀しい事も苦しい事も無かった事にはしないんだ」


「………」


「骨を削って腕を縫合してた時もそうだし、あのおっさんに刻印してた時もそうだったし、嫌な事や辛い事は全部引き受けちゃうからさ」


「そうか?」


「うん。だから……だからさ……助けてやる。あたしが」


「期待してる。だが、死ぬなよ」


「うん。でも、それってこっちの台詞じゃないか?」


「そうしたのは山々だが、色々問題もある。生憎とまだオレにもどうにもならない事がある」


「……あの危なくなると変わる腕とか?」


「そういう事だ。コレだけは何がどうなってるのか分からない。一応、帝都で自在に出せるよう意識してみたが、出来なかったしな」


「……なぁ、ふぃー……」


「何だ?」


「ふぃーって男みたいだけど、カワイイから好きだぞ?」


「ゴホゴホゴホ!? ゲホッ!?」


「何で咽るんだ!?」


 思わず横を見ると顔を赤くしてデュガが怒っていた。


「いや、ええと、はい。うん。複雑だからな。オレも色々と」


「ふぃーは、さ。男が好きなのか?」


「それは無い」


「じゃ、女の子が好きなのか?」


「それはあるとしても、この大陸をあれやこれやしてる時間にやるような事でもないな。そういうのは平和になってから考える」


「平和?」


「ああ、単なる平和だ。誰にとっての平和でもいいが、オレにとっての平和になるまでそういうのは無しで」


「大変なんだな。大公のお姫様って」


「今更解ってくれたようで嬉しい。息抜きはこれでお終いだ。出発前に休んで時間が来たらバンデシスを起こして色々やって貰う。明日が勝負だ」


「もう、今日かもしれないぞ?」


「そうかもな。行こう」


 立ち上がろうとすると空に大きな影が見えた。


「デュガ、三番の鳴り矢を上げてくれ」


「おお!! あいつか~~♪」


 手が差し出されて、それを掴む。


 引っ張り起こしてくれたデュガの表情は月明かりの影で見えないが、小型の折り畳み式の弓矢を展開、こちらも組み立て式の矢をテキパキと組木のように接合していく。


「これで役者は揃った……」


 空に響く空を裂いた特別な矢の音色。


 それは北部諸国の終末を告げる喇叭に相違無かった。


 *


『オイ。オイ起きろ。第六の旭が昇った』


『―――ッ。ならば、空に第七の鳥が舞う』


『こちらは第六隊。バンデシス隊のものだ』


『どういう事だ? まだ、時間はあるだろう』


『状況が変わった。第一艦隊の予定が繰り上げられている。どうやらこの国の上役がヴァドカに畏れを為して降伏を考えているとの事だ。ユラウシャの一部勢力との戦闘になった』


『何だって!?』


『シッ、海側での会談があった。このままでは当初の予定が躓く。徹底抗戦派との内部抗争の様相だ。参謀連はこの状況に現場からの撤退の指示を出した』


『そんな……』


『だが、少ないが何も知らん傭兵もいるし、背後にはユラウシャの本隊も控えている。なので、一時ヴァドカの前線ギリギリまで進軍し、そのまま北西部の山林地帯へと逃げ込むようにとの事だ』


『つまり、ヴァドカがユラウシャを占領した瞬間に例の作戦を?』


『ああ、こちらに被害が出ない内に前線で戦闘があって崩壊したと見せ掛け、撤退する』


『了解した。傭兵共はどうする?』


『命令を偽装してある。余計な事はせずに隊を纏めて前線へ行ってくれ』


『了解した。直ちに取り掛かる』


『ぅ……』


『どうした?』


『会談の警備中に背中へ一太刀浴びてな……』


 ガサゴソとまだ夜明け前の陣地で次々に傭兵に紛れていた皇国の正規兵達がこちらの嘘の命令で前線へと向かい出した。


 何せ符号から状況から全て知っている内通者サンのおかげで情報は筒抜けだ。


 すぐ門内部にバンデシス当人が戻って来た。


「これで、いいんだな?」


「ああ、皇国軍にはこの戦争から退場してもらう。命は取らない。そう言う約束だからな……」


「どうやって皇国軍を降伏させるつもりだ」


「見てれば解る。あいつと合流出来たから一番簡単な策が使えるからな」


 そう言っている間にも夜明け前の壁際に黒い影が顕れる。


 バンデシス隊の今まで付き添っていた男達が思わず目を剥いた。


「りゅ、竜!?」


「フォーエ。2時間後、連中がヴァドカの斥候と会敵するギリギリで作戦開始だ」


「はい。フィティシラ」


 そう言って巨大鳥みたいなゼンドの背後から出て来たのは竜騎士(予定)な少年だった。


 ほぼ昼夜無く竜が休んでいる時以外はぶっ通しで北部諸国に手紙を運び。


 それを予定の相手に届けさせたのだ。


 今は立派な帝国貴族風の衣服こそ来ていたが、その瞳は寝不足から少しクマが浮いていた。


「悪いな。お前にばっかり苦労を掛けさせて……この作戦が終わったら一日寝てられるはずだ」


 こちらの言葉に首が横に振られた。


「見届けるよ。それが僕の責務だと思うから」


「良い心掛けだ。さて、朝食にするか。その前に……」


 バンデシスに背中を見せるように言って、その場で捲り上げたシャツの下の未だ焼印に紅く腫れ上がる背中の包帯を取って、アルコールで湿らせた綿で患部を消毒、その後、同じように麻酔で湿らせた綿を傷口に当てて麻痺させ、新しい包帯を巻き直す。


「コレで良しと」


「一つ聞いてもいいかね? 帝国の姫君」


「姫じゃないぞ。大公の孫娘だ」


「それが君の本性か……」


「本性じゃない。仮面の一つだ。誰にだってあるだろ? 父親と恋人に同じように話す相手が大抵いないってのと一緒だ」


「……そうか。ちなみに大貴族の子女は世間一般では姫と言うのだがな……」


 バンデシスが恐らくは背中側の感覚が無いのだろうに汗を浮かべながらもこちらへフラフラしながら向き直る。


「どうして、君は皇国軍を救おうとする。君の手腕があれば、我々と同じように彼らを打ち倒す事など造作も無いだろう……」


「何か勘違いしてるようだな」


「勘違い?」


「戦争なんてのは10年後100年後には引っ繰り返る程度のものを求めてやってるのが大半だ。そんなものの為に数十年を生きる人間の命を消費するのは釣り合わないんだよ」


「消費? 利益の問題だと?」


「人間一人を産まれてから死ぬまでに生かす為に必要な資源は戦争で獲得出来る資源で割ったら、大半割りに合わない」


「私は軍人だが、国が百年食えるならば、十分なのでは?」


「いいや、合理的に考えれば、資源なんぞ活用出来なければ、単なる土地や物に過ぎない。それよりも商売でもして規模も拡大して、まともに喰える連中を増やせる社会や環境、技術を整える方が戦争の100倍以上は重要だ」


 戦後、その勤勉さと技術力を用いて経済発展し、軍事力を米国に依存する事で軍事費を削減し、世界でも有数の国力を有するようになった国があった。


 その恩恵を受けて生きていた人間から言わせれば、経済規模はそのまま軍事よりも政治的に外交力に直結する。


「………」


「それにいつ枯渇したり、変動するかもしれない天然資源なんぞよりも人間に死ぬまでに働いて税を納めさせた方が安定収入になる」


「それが君の君主論か」


「事実だ。そういう環境が存在しないという事の方が不合理である以上、必要無い殺人は無駄だ。その社会的な負担を考えるならば、軍人だろうが犯罪者だろうがどうにもならないヤツ以外は大抵教育と矯正でどうにでもなる」


「そんな理想論を信じていると?」


「理想論じゃない。誰もがまともに考えてやれば出来る程度の一般常識だ。それをやらない、やれない、やろうとしない連中が多過ぎるだけでな」


「敗戦国には耳の痛い話だ……」


「何処にでもいる一般人をまともに働かせる方法や社会を作る方が一部の人間にしか必要無い君主論とやらより重要なのは分かり切った事だろ」


 その言葉にバンデシス隊の誰もが何とも言えない顔でこちらを見ていた。


「大貴族の子女などは姦しいお喋りと花に菓子が似合う親のお人形の類だと思っていたが、どうやら君は違うらしいな……」


「大体、合ってる。だが、それで満足してるヤツらだっている。問題は誰にとっての幸せかって事だ」


「その上に帝国の繁栄はあるのだろう?」


 手厳しいが事実であった。


「その通りだ。ちなみにお前らのお仲間に対しては甘い処置を期待していい。主にこれからオレが北部諸国を纏める為の駒としてな」


「いいだろう。命あっての、とも言う。その時は交渉をこちらで受け持とう」


「期待しておこう……」


 近くのビダルに借り受けておいた借家に入る。


 運び込ませていた食料でザックリ簡単な朝食にしようとあの船よりはまともなタイル張りの台所に腕まくりした。


「さて、やるか……」


 包丁は色々あると便利だ。


 というのは現代の常識だ。


 昔から刃物は料理を仕込まれた時に扱っていたので大体の扱い方は並みの料理人くらいはある。


 横には既にデュガとノイテが控えており、指示出しするとすぐに果実や根菜の皮を剥いて指定した厚みや大きさで斬り揃えていった。


 調理道具の大半は馬車に積んでいたものだ。


 まな板、蒸し器、揚げ物用のフライパン、野外用の圧力調理鍋、食器、その他のキッチン用品、調理道具の大半は現代知識で造らせた研究所謹製である。


「……お前ら実は食材まともに切れるよな。意外だ」


「今、何かとても失礼な事を言われたのでは?」


「へへ~ん。刃物で死んだ馬とか解体して食べてたし、皮に毒がある実とかも剥いて食べてたからな!!」


「食い意地が良くて助かる」


「フフン」


「褒められてませんよ。デュガ……」


 2人の声を聴きながら干物を炙り、野菜と調味料でソースを作り、干物を解して主食の麦に混ぜて炊く。


 北部では粘り気のある麦が主食なのだそうだが、穀物類は何処かモチモチした種類が多く。


 茹でたり炊いたりするのは定番らしい。


 ソースは精錬した麦粉と野菜とフルーツをあんかけ風にして卵を落として半熟に。


 食材の塩気がキツイので香辛料は控えめで。


 そして、上に載せる為の具材として南部からの輸入品らしい油でパン粉や卵や小麦粉を塗した油の乗った魚の骨抜きした切り身を揚げ焼きにする。


 蒸し麦のご飯染みた炊き込みを器によそい。


 上から餡を掛けて、葉野菜の下茹でして水気を切ったものを並べ、上に揚げた切り身を載せて香辛料を振れば、完成だ。


 厨房からリビングに向かうと。


 ゾムニス、アテオラ、フォーエと押し黙ったままのバンデシスと隊の人間が話題も無さそうにズーンと置物のの如く座っていた。


 椅子が無いものは立ったままだ。


「はぁぁ……出来たぞ。バンデシス……食事をしたら、もう寝てていい。後はこちらでやっておく」


「そうか。解った……」


 結構な人数分の器を全員にスプーンと共に渡していく。


「喰い終わったら、後は片付けておいてくれ。ノイテ」


「食べないのですか?」


「まだこっちにはやる事がある。食ったら、教えてくれ。片付けはまた三人で。少し上の書斎の方で書き物してくる」


 眠気よりも山のように積み上がった仕事をこなすべく。


 少し埃の積もった二階へとノイテから受け取った鞄を手にして歩き出す。


 この戦国乱世の時代。


 戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるのは現代と同じく容易ではない。


 内戦時に空爆でもして時のアメリカのように全てが滅びるか半壊するまで殴って黙らせ、講和まで持ち込むか。


 あるいはこの時代のような王政がスタンダードだからこその手を使うか。


 だが、どちらにしても現代よりもまったく端的に力を誇示する帝国の一部であるからこそ、取り得る手段も多い事は言うまでも無かった。


 国際社会だの、国際世論だの、何も解決しない無力な国連だの、惑星が狭過ぎるようになった時代では出来ない解決法が確かにあるのだ。


 *


『………頂こう。お前ら』


『は、はぁ、食べてもよろしいのですか? 隊長』


『お前らの人数分置かれてはそちらの巨漢殿も食えぬだろう』


『そう言えば、自己紹介していなかったなぁ。ゾムニスだ』


『これはご丁寧に……バンデシスだ』


『悪いなぁ。ウチのお姫様はアレでも優しいから、勘弁してやって欲しい』


『喋り過ぎですよ。ゾムニスさん』


『こちらは彼女の侍女のノイテとデュガ』


『なぁなぁ、もう食べていーか?』


『ええ、先に頂いておきましょう。そちらの方々もどうぞ。お水はさすがに人数分は汲んでおりませんが、あちらの台所でどうぞ。どうやら木製のジョッキがあるようですので。埃は被っておりませんでした』


『いや、済まないな。気を遣わせてしまって……オイ。お前らもさっさと食べろ。この空間に大人数では気が休まらんだろう。食ったら、すぐに外で警備だ』


『は!! 隊長殿!!』


『……バンデシス、さん』


『何かな? 少年』


『僕はフォーエ。フォーエ・ドラクリスと言います』


『ふむ。未だ少年の身で竜を乗りこなすとは一目置かせて貰おう』


『どうも……どうして、彼女の……フィティシラの言う通りにしたんですか?』


『言う通りとは?』


『あの時、こっそりと真実を教えるなり、自分達に都合の良い事を吹き込んで味方に付けるという事も出来たはずでは?』


『ははは、うん。君は状況をよく読んでいるな。だが、少し甘い。そんな裏切りを彼女が許す状況を作らなかったというだけだ』


『状況?』


『部下達が彼女の傍にいただろう? 部下達も無傷とはいえ、そこのゾムニス殿や侍女方には勝てないだろう』


『………』


『それを言うまでもなく。釘すら刺さずにオレをあの場まで連れて行った彼女の手腕と利益を通した信用にオレは乗っただけだ』


『利益……』


『彼女はよく分かっている。相手をよく見ている。相手がどういう利益で動くのか。そして、それを提示する財力と権力と知力……それを扱える本物の貴族の風格というヤツがある』


『……そうですか。不作法な事を聞いて、申し訳ありません』


『ははは、気にするな。今や彼女の奴隷だ。それより冷めるぞ。この美味そうなのを頂くとしよう。ん? お前ら、どうした?』


『………(´Д⊂ヽ』


『う、美味、過ぎるぅ!!』


『こ、こんなの喰った事ねぇ!!?』


『な、何だこりゃぁ!?』


『この油で揚げたっぽいヤツも少し甘酸っぱく浸けてある葉も最高だぁ……』


『この茹で麦の混ぜたヤツも塩気はそんなでも無いのに魚の生臭さも無くて、香辛料掛かってるだけなのにウメェ……どうしたら、こんなんなるんだ?』


『ほう? 帝国の料理もそれなりだと聞くが、どれ………確かに美味いな。皇国で喰っていた軍の糧食が砂のように思えるとは……』


『お~~!! じゃ、さっそくハム―――』


『デュガ?』


『……一瞬、お花畑の先に親父が見えたぞ。何か慌ててあっち行けってしてた』


『帰って来て下さい!? 何なんですか!? あのお姫様は!? あの船上での料理ですら、実際食べた事が無いような何かだったというのにコレ以上あの完璧そうな部分に女の誇りである料理すら負ける事になるのは聊か……く、はむ!!!』


『どうだぁ? ノイテぇ……』


『……負けた。何か今、私の中の女が降参しました。うぅぅ、あんな滅茶苦茶な事をやる癖にお母様の料理や祖国で連れて行って貰った一番の料亭のものよりコレは……』


『美味い。熱い内に食おう……』


『美味し過ぎるよ。これ……はむ』


『お、美味しいですぅ~~!!? はぐはぐ!?』


『モクモクモク』


『モクモクモク』


『モクモクモク』


『モクモクモク』


『モクモクモクモクモクモクモク―――(一同)』

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