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ごパン戦争  作者: TAITAN
悪の帝国編
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第8話「悪の帝国Ⅷ」


 悪の帝国がどうのこうのと言う前に一つアバンステアには明確な弱点が存在する事はあまり知られていない。


 それは必然的な事象だ。


 アバンステアは立地にも成立にも時代にも恵まれているが、この明らかに文明の進歩が加速し始めた時期の大帝国としては人口が多過ぎる。


 これは元アバンステアの領土を持っていた複数国の内包する人口の多さに起因しているが、当時は物理的な限界を超えない緩やかな人口増加速度を維持していた事が歴史書及び図書館の幾つかの書籍や論文からも明らかであった。


(インフラ整備に生活の質的な向上。ついでに国家資本の大規模化による大量生産大量消費文化の進展……ここまではいい。だが、現在の帝国の食糧自給率は殆どギリギリ……)


 要は食物の生産速度よりも人口の増加速度が明らかに大きいのだ。


 ついでに選民思想、民族主義のおかげで奴隷や低階梯身分の連中よりも本国の人間の数は圧倒的に多い。


 今はまだこの状況がプラスとして帝国には働いているが、この流れは同時に巨大な人口を賄えなくなった際の脆さにも通じている。


(地政学的に帝国は盤石だ。だが、サプライ・チェーンや補給は時代相応。帝国の拡大政策が無ければ万全だが、この状況下では貧弱)


 中小国ならば、それでも構わない。


 だが、一定規模以上の軍隊と経済と技術は国家を支える両輪あるいは車体そのものであり、バランスが悪いとひっくり返るのが道理だ。


(経済学的な面で見れば、確かに強大ではある。が、食料自給率の劇的な改善方法がこの世界の知識に存在しない以上、限界が何処かで訪れる)


 侵略戦争の側面の多くにおいて食料的な自給率がプラスに転じていない事もこの状況に拍車を掛けている。


 理由は単純。


 制圧地域の生産余力が少なく。


 過剰に搾取すれば、暴動で爆発するのが目に見えているからだ。


 それを本国の一番上の連中。


 つまり、あの孫ラブな御爺様やその周辺は知っているはずだが、一般的には知られていないという事は戦略的な事実以外でも隠す理由があるのだろう。


「(自転車操業状態で何処までやれるもんかな)」


「?」


 目の前のテロリストの頭目が小首を傾げた。


「ああ、何でもありません。こっちの話です。さて、追い返して貰ったわけですが、要求はさっき書き留めて貰ったもので全てですか?」


「ああ、君が推敲してくれるとの話だが、どうなるのか見せて貰おう」


 椅子に座り直した男が周囲で縛り上げた気を失っている兵士達を横に頷く。


 さっき、裏から突入してきた一部の兵士達を1人で叩きのめしたのだ。


 その姿は鬼神の如く。


 拳が殆ど身体の内部を破壊しないよう接触状態で寸止めされていたにも関わらず。


 勢いで吹っ飛ぶ男達は一撃で肺の空気を吐き出せられ、気絶してしまった。


「まず文句があります」


 まだ世の中的には珍しい白紙の上の文面を再度確認して溜息を吐く。


「文句?」


「この文面と要求では殆ど通りません。先程の約束通り、呑み込ませる程度のものに直しましょう」


「頼もう」


「では……」


 男達は自らを捨て駒だと殆ど自覚している。


 その上で自分達の要求を暴力で通そうとしている。


 だが、それでは本当にただ死にに来ただけとなる。


 なら、こちらから相手の要求に対し、答えられる程度の手直しを入れて、幾らかの譲歩を引き出す事は可能である、と判断した。


 元々、祖父には自分に任せて欲しいとの事は伝えてあった。


 そう……ネゴシエーターとして、だ。


「そもそも、どうしてこんな要求を? と、言ったら怒られるのでしょうね」


「そうだな。それが分からないとすれば、愚鈍と詰られても仕方ないと併合地域の人間は考えるだろうな……」


 文面として出された要求は3つ。


 併合地域での真っ当な治安維持活動。


 税として徴収される産物の大幅な減免。


 併合地域での官吏の横暴の是正。


 まぁ、三種の神器染みた占領地域での悪徳が目に浮かぶような話だった。


「まず、治安維持活動はしていないのではありません。出来ないの間違いです」


「出来ない? 帝国の国力で?」


 ゾムニスに頷く。


「侵略戦争と言っても各地の軍の規模は左程に大きくありません。占領地や併合地域が増えれば、制圧しておく為の戦力を軍だけに依存出来ないんです」


「あれだけの威容を示しておきながら、まともな戦力が無いとは庭かには信じられない事なんだが……」


「事実ですよ。併合した地域の兵隊を使うにも再教育や思想矯正諸々が必要で急激な支配領域の拡大にその政策が追い付いていません」


「ソレ……軍事機密じゃないかい?」


「緊急時ですから。なので、治安維持活動をしろと言っても無理です。此処は治安維持よりも税の徴収に力を入れろと言った方がまだマシです」


「併合地域を潰す気かな?」


 ゾムニスの目は笑っていないが、訝しんでいる様子でもあった。


「そもそもの話。支配領域からの税の取り建て方がお粗末なんですよ。帝国は……」


「お粗末?」


「殆ど地元の収入源である食品及び産物の現物徴収でやっているのは帝国の体質的にはしょうがない事なんですが、それがもう非合理です」


「非合理……君は自分の国の事なのに悪し様だな」


 肩を竦める。


「事実ですから。本来は産品をそのままではなく。何回かに分けて加工、付加価値を付けて高値で国外に売り飛ばした後、その金に低税率で薄く広く搾取した方が儲けは上がるし、抵抗も少ないし、そもそも長期的に徴税出来るんですよ」


「………帝国の令嬢は数字に優れると記憶しておこうかな」


 相手は自分の半分も生きていなさそうな小娘から税金の話を聞かされて、狐に摘ままれたような顔をしていた。


「つまり、一つ目は税制改革をしろって事に纏められます。そして二つ目」


「今の君の言っていた事を実行すれば、二つ目も克服されるんじゃないか?」


「いいえ、あくまで税金を取り建てる地域を蔑ろにするなとアピールしなきゃいけないんですよ。どうせ、本国派遣の官吏なんてふんぞり返った冴えない三流貴族や非合理の塊みたいな馬鹿貴族なんですから」


 こちらの言葉に男が思わず皮肉交じりな苦笑いであった。


「いやぁ、見て来たように言うなぁ。君も……事実だが、そういうのを本国の人間は知らないのかと思っていたよ……」


「知ってますよ。良識のある貴族なら。後方占領政策がおざなりなのは軍部に優秀な人材が一極集中してるからです」


「もう制圧した場所には三流が来ていると?」


「官吏に優秀な軍人を割り当てて、軍閥の資金源にすれば、もう少し真っ当な税金の徴収が為されるはずです。なので軍に責任を取って軍政をしろと要求した方が妥当でしょう」


「三つ目は?」


「官吏が横暴なのは体質ですが、軍政にも危険は付き物です。なので、要求するならば、直轄地にしろと嘆願した方が早いです」


「直轄地?」


「つまり、帝国本国の行政管理改革には時間も掛るし、限界もあるので誠実な軍人。清廉潔白な大貴族出身の軍人が治める直轄領として再編成しろって事です」


「……何か本国の政争に使われそうな話だな」


「それも含めて要求する事です」


 ゾムニスに顔を向ける。


 新しく清書した要求はそろそろ書き上がるが、見なくても文面の文字が崩れる事は無かった。


「この事件は誤魔化せません。大貴族は確実に騒ぎます。大きな事件ならば、利用しようとする軍閥や民族主体の派閥も多いでしょう」


「要点だけ言えば?」


「被害者である事を声高に叫んで下さい。ついでに現地での大規模な暴動を匂わせて下さい。本当は暴動そのものがあった方が簡単に事は運びますが、死人が出るのであくまで匂わせるだけです」


「それで動くものかな?」


「帝国が一番嫌なのは何処で動くかも分からない暴動に戦力を裂かれたり、国力である人材を擦り減らす事ですよ。ソレが原因だと声高に叫べば、合理的にはソレを全うに解決するのが一番手っ取り早い」


「解決してくれると?」


「公には襲撃者に譲歩したわけではない。単に前からやろうとしていた事をやっただけだと言い訳されるでしょうが、結果は同じです」


 ゾムニスが初めてかもしれない。


 こちらを凝視して何かを見透かそうとしていたが、すぐに肩を竦める。


「まるで君は最初から我々の目的を知っていたように思えてならない。どうしたら、そんな考えがこの状況で浮かぶんだい?」


「今回の事件はもう起こってしまいました。なら、それを最大限に帝国と併合地域に取って一番良い形で終結させるのが帝国貴族としての使命でしょう」


「それは大人がやって然るべき事だと思うが」


「それを言うなら、貴方は此処を襲うべきではありませんでしたし、それを言うなら帝国はまともに支配出来ない地域を帝国領に組み込むべきではありませんでしたよ?」


 要は理不尽な事をしてるお前らが言えた事ではないという話だ。


「……最もだな。いや、悪かったよ……我々に我々の理由があるように君にも君の理由がある、という事かい?」


「ええ。交渉や要求というのは互いに利益が無ければ、成り立ちません。そして、表立って暴力で利益を得ようとする場合、戦争になります」


「我々の暴力では君のような交渉相手がいなければ、何も変えられないと?」


 頷いておく。


「此処には戦争なんて知らない子達しかいません。壊れてしまいそうな華をわざわざ当てつけに壊して恨みを晴らしたいと言うなら、要求なんてせずに傍若無人に振舞うべきでしょう。悪人は悪人らしく」


「……キツイな」


 ゾムニスは解っていた。


 そうなのだ。


 要求をするなら清廉潔白でなければ、話し合いは出来ない。


 だが、暴力を持たなければ、要求する事すら出来ない。


 だから、二律背反を覚悟して此処に来たならば、相手の振る舞いはソレに準じて交渉相手になり得ると思わせるものでなければならないのだ。


「帝国人を殺したいだけなら、道端の母親や赤子を狙った方が余程に楽でいいでしょう。でも、帝国の中枢たる貴族街の先に貴方達は仕掛けて来た」


「………」


「それがどういう意図であれ、貴方達は此処まで来てしまったんです」


「それ相応の振る舞いをしろと?」


「そういう事です。事実として何が動き、何が残るかで貴方達が自分の命の使い道を考えるなら、もう少し理論的に詰めて来るべきでしたね」


「……全く。嫌になるな……君のような子供に正論で打ち負かされるなんて」


 ゾムニスが頭を掻いて首を横に振った。


「今の貴方達は味方という名の見えない誰かの操り人形でしかありません。なので、此処で自分達の主張に具体性を与えて下さい」


「具体性、か。死に方を選ばせてくれるとはお優しい事だ」


「死に方も選ぼうとしないなら、貴方達は此処に来るべきじゃ無かったですよ。違いますか?」


 ゾムニスが両手を軽く上げて降参の意を示す。


「解った。全面的に君の意見を参考にさせて貰おう。今、聞いた限りでは我々に足りないものを君の意見は補ってくれそうだ」


「これを原案にします。どうぞ」


 相手に差し出した紙の文面を読み込んだ男が頷く。


「解った。これでいい。ただ一点」


「何か加えたい文言がありますか?」


「先程君自身が言っていたように、この要求を帝国は受け入れる、《《わけは無い》》。これをどうやって実現する?」


「これが私の利益の一部になるとすれば、どうです?」


「どういう事だろうか?」


「私は交渉役ですが、この件に関して言えば、利害関係者です。私は軍人ではありませんが、軍には伝手があります。私そのものに利益があるならば、別に帝国の上が突っ撥ねても実現は可能だと思いませんか?」


「……君は先程言ったような事を前々から考えていたと?」


「帝国を変えたいと願うのは何も併合地域の人間だけではないという事です。そして、その欲しい結果に対して原因が作れなかった私に貴方達はそれを提供してくれる。とすれば?」


「―――利害が一致する?」


 ゾムニスは目の前の存在が明らかに異様なものであると改めて知った様子でこちらをマジマジと見ていた。


「少なくとも、私が一番貴方達にとってマシな利用しようとする部外者のはずですよ。帝国が一枚岩ではないように帝国の敵もまた一枚岩ではないでしょう」


「それは……確かにそうだが……君をそこまで信じろと?」


「貴方達を送り込んだ連中が狙っているのはあくまで宣伝以上の事じゃありませんよ」


 肩を竦める。


「我々にはこういう力もある。さぁ、帝都に戦力を少しでもいいから割いて下さいお願いしますって最初から自白してるような、《《雑な連中》》です」


「ははは……いや、うん。君が言うと本当にそんなだと思えてしまうな」


 思わず笑ってしまったゾムニスがいやいやまったくと唇を僅かに歪める。


「御爺様がそんなのに引っ掛かるわけもなく。単に大貴族の憎悪を煽るだけになるでしょう。併合地域では英雄扱いでしょうが、その話をまた膨らませて、第二第三の貴方達を作ってぶつけられたら、さすがにこの学園も困ります」


「うん……君の言う事は一々最もだ……」


 ゾムニスは確かに納得したように頷く。


「敵味方の区別にもう一区分。このフィティシラ・アルローゼンを加えて頂けるならば、貴方達の死が絶対に無駄にならないと約束しましょう」


 ゾムニスがゆっくりと立ち上がる。


 ブンとその拳が頭部の真横で当たる直前で寸止めされた。


 当たれば、こんな細い少女の肉体なんて一撃でグッチャリだろう。


「今、君を殺して帝国に衝撃を与えるよりもマシな成果が出せるかい?」


「はい。その成果をお見せ出来ないのが残念ですけど。もし、覚悟ソレをお望みでしたら、利き手ではない方の指の一本や二本くらいなら差し上げても構いませんよ……」


 片手を目の前に差し出す。


 いつの間にか。


 周囲には固唾を飲んで見守る男達の輪が出来ていた。


 今までゾムニスが何があっても口を挟むなと言って黙っていたのだ。


「何を望む。フィティシラ・アルローゼン。全てを得ているに等しいはずの君はこれ以上に何を得ようと言うんだ」


 それは妥当な疑問であった。


「ゾムニスさん。人の人生は何処であろうとも其処がその人の戦場です。商人、農民、貴族、王様、罪人、囚人、旅人、誰であろうとも……生きている限り、自分の戦いからは逃れられない」


 ゾムニスを前にまた自分でも立ち上がる。


「私の戦いは帝国の地にある」


「君が戦っていると?」


「ええ、そして……貴方達の戦いもまた此処にある」


「そう思いたいが、死に場所は当の昔に過ぎてしまったしなぁ」


「でも、だから、少し道が交わる場所で立ち止まり、意見を交換するのも良いとは思いませんか?」


「確かに君の意見には一理あるが、それで上手く事が運ぶかな?」


「ええ、私も貴方も出会いの幸運に恵まれました。なら、敵だろうと味方だろうと一時、その肩を並べる事に左程の問題があるとは思えません」


 ゾムニスの拳を自分の前に持って来て開かせる。


「貴方はまだ他人と話そうと思える人間で、私は貴方と話せる人間だからです」


 無理やりだが、握手する。


 その手の大きさは天地の差。


 けれども、確かに男の手にもまた人の温もりがあった。


「………そんな綺麗事では流された血を贖えないとしてもかい?」


「その綺麗事で戦うのが私の流儀です。御爺様は最高の反面教師ですから」


「君の御爺様とやらには同情したくても出来ないな」


「構いません。それにそこまで私の方もお綺麗でもありませんよ。帝国も貴族も同じ……併合地域や貴方達の搾取を前提にしている時点でね……」


 ゾムニスが数秒だけ言い淀んだ。


 だが、握手した手が握り返される。


 それは少しこの幼い身体には痛い程度の強さだった。


「聴いていたな。その上で訊ねよう。敵か味方か。それは今無しだ。お前らはこの気高く奇麗事を言い切ったお嬢さんをどうしたい?」


『………』


 その沈黙はようやく夜の帳が落ちた数秒後には互いに顔を見合せ苦笑するものとなっていた。


『大将に任せますよ!! 難しいのはオレらわかんねぇんで!!』


『だな!!』


『大将!! お好きにして下さい!!』


『オレらは大将に付いて来たんだ!! アンタがそうだと言うなら、黒も白にならぁな!!』


 殆どの貴族に粗雑と言い捨てられるだろうテロリストの男達は笑ってゾムニスに全てを託そうと頷く。


「慕われていますね。ゾムニスさん」


「了解したよ。お嬢さん……君に我らの命の使い道、託してみよう」


 その言葉は命よりも重い。


 彼らは確かにテロリストだが、同時にまた追い詰められた単なる被害者であり、多くの人間の屍の上に此処まで来ているのだ。


 こちらの提示するもので釣り合うかも怪しい程の犠牲の上にいる以上、妥協も打算も本来はしようと思うような輩ではない。


 本来ならば。


「……謹んで、その話、受けましょう」


 チラリと外を見やれば、夜の最中に煌々とした光が学園の壁の外から薄っすら漏れて来ていた。


「時間はあまりありません。要求を伝令役に伝えさせた後、まずは……」


 ランタンの明かりの下。


 太ももに括り付けていた鍵を取り出す。


「自分の死体を作るところから始めましょう。死んだ後に動く準備をして下さい。簡単に死んだ自分を運ぶ方法をお教えします」


『―――』


「支点力点作用点って知ってます?」


 どうやら、掴みはOKらしく。


 誰もが目を見開いて固まっていたのだった。

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