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ごパン戦争  作者: TAITAN
ごパン戦争~紅蓮の滴~
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第344話「ラスト・ダンジョン」


「神の水……これがあれば……」


 蒼き大海の最奥。


 奇跡の水を産み出す産出装置を制御下において時間がそれなりに過ぎた。


 邪神。


 嘗て日本帝國連合において新技術の開発を行っていた男。


 ミヤタ・トウゴウ。


 仲間達と共に未だ抗い続ける男は四足を器用に使って腕組ならぬ脚組していた。


『やぁ、捗っているかね?』


「来たか……」


 紅に染まる大水槽を背後にして男がようやく事態に気付いてやってきた相手。

 本日は紙袋オンリーの唯一神に目を細める。


「もはや、忘れ去られているものと思っていたが」


『吾輩、わっち、僕、ぼくら、私は一度とて忘れた事はないさ』


 紙袋がフヨフヨとまるで幽霊か何かのように浮かびながら、その裂けた口を微笑ませる。


「神の水は頂いた。この世界で貴様にもう好き勝手はさせん」


『出来ると?』


「此処でこちらが滅んだところで止まる事など何一つ無い。計画は既に完了している」


『ギュレ……計画ね』


 僅かに紙袋の目が細まる。


『一応、この世界の管理者としてテロリストに要求を聞こう』


「この世界と地球の初期化を停止しろ」


『断る』


「理由を言え」


『君達を救う為だ』


「何? 地球の状況が見えないのか? もはや、あの再生した地球を護る以外に我々旧き時代の人間にどんな大義名分がいるというのだ」


『随分と昔、君と同じ事をした男がいた』


「ほう? 随分と奇特で勇敢なヤツがいたものだ」


『彼に私はこう言ってやったよ。神の水にもはや意味など無い。そして、救済を拒むのならば、次の世界に君の席は無い』


「……意味が無い?」


『この宇宙は間もなく滅ぶ。もう聞いているだろう? 赤方偏移世界。宇宙の始まりの場所。その中心部こそ、あの太陽……あそこに向けて再び世界は収束する。落下はその序曲に過ぎない』


「―――魔王の情報は傍受している」


『この世界がビッグ・クランチやビッグ・リップのような宇宙規模のサイクルに入って世界が零次元へと還った時、何が起こるか知っているかね?』


「知らんな。再び宇宙でも生まれるのか?」


『いいや。扉が開くのだよ』


「扉……?」


 紙袋の額部分に三つ目の目が開く。


『そう、扉だ。この宇宙の開始から終焉までの構造はゲームのオンオフのスイッチに似る。世界が場面で出来ているのならば、ビッグ・バンは正しくオンを告げる開始の鐘。だが、終焉した宇宙がビッグ・フリーズのような低電力状態のスリープモードに陥らない場合、オフとなった世界は電源が切られたゲーム筐体のようなものとなる。そして、そこには全ての世界への扉が開く。内部電源……宇宙がオフになった状況下での諸法則が働く』


「まるで見て来たようじゃないか。唯一神」


『宇宙の全てを引き連れて、新たな場面に世界最後の観測者は向かうのだ。この時、あらゆる存在は引き連れていく者によって継承され、新たな場面に定着する特異点として宇宙内の事象を再編する』


「神にでもなるか?」


『ははははは、神とは世界の外にあるモノ。宇宙というゲームの駒には成れない。だが、宇宙というゲームには今のところ二つの裏技が隠されている』


「裏技?」


『宇宙最後の観測者は扉を潜った時、連れていく宇宙の全てを内包する。あらゆる事象を場面に組み込む事が出来る。それはつまり宇宙の始まりから終わりまでを繰り返す権利を手に入れるという事に他ならない。ブラッシュアップ。あるいはアップデートと言い換えてもいい』


「―――より良くなった世界を繰り返すのか?」


『この系列世界の宇宙では時間を逆行出来ない。だが、あらゆる事象を組み込むという事はあらゆる事実を《《再び繰り返せる》》という事に他ならない。そして、繰り返せるという事は変えられるという事だ……だから、私は此処に来た。次のゲームを始める為に』


「………新たな場面と言ったな。それはいつからだ?」


 ようやく気付いた男に紙袋の口角が上がる。


『私は裏技にバグ技を組み合わせて何とか此処まで到達した。正当なる継承者。最後の鍵。蒼き瞳の英雄。彼らは最初から1人だ。他の誰でもなく彼なのだ。幾度となく宇宙は繰り返されてきた。積み上げられてきた。彼らによって……たった一人の男の願いがあらゆる繰り返す技術と能力を収斂しながら織り上げたのだ。そして、その最先端……この宇宙は彼らの希望だ。何故ならば』

 ギョロリと紙袋が虚空を見上げる。


『この宇宙の彼は唯一終焉を経ずに神の座に昇ったが降りて来た。宇宙をやり直すのではなく。宇宙そのものとなった。繰り返す必要すらない―――永遠だ』


「永遠……」


『だが、それでは困る』


「どういう事だ?」


『それでは出会えない者がいる。それでは繰り返されない限り、会えない者がいる。ギュレ……言い直そうか。ソレでは《《我々と彼が出会えない》》』


「?!!」


 紙袋の三つ目の瞳が男を見つめる。


 それだけでパーン……大邪神と呼ばれた男は身動きが出来なくなった。


 恐怖や畏怖にではない。


 ただ、目の前の今まで理不尽だったモノが急に人間染みて見えたからだ。


 それは誰かに会いたくて会えない。

 そんな瞳だった。


「お前は此処にいるんじゃないのか?」


『ギュレ……彼はようやく到達した。だから、彼は己の願いを叶えねばなるまい? だから、遥かなる過去……否、そう遠くない時間に愚かなる人類が彼へ最後に願った希望はこの宇宙の永遠には無い。その願いをわたし、吾輩、我、あたくし、ぼく、朕は忌避するが、だからと言って彼の願いを叶えさせてやれる程に大人でもない』


 紙袋の下にゆっくりと肉体のようなものが形成されていく。


 ような、とは文字通り。

 認識が歪んでいるのか。


 虹色に歪む身体の形をした何かが紙袋の下には生えていった。


「故に今一度繰り返すのだ。彼の神官として……嘗て、彼が決めた通りのルールで……」


 男の前で無限にも思えてギュレン・ユークリッドが分裂していく。


 だが、その姿はオカシなものだった。

 分身の恰好や姿が変わるのだ。


 男性、女性、女、子供、太っている、痩せている、赤子や老人、あるいは機械、あるいは人間には見えぬ衣服持たぬ何か。


「あの芋虫は」

「邪魔だ」

「復元は」

「必要無い」


「「「「「「何故ならば」」」」」」


 唱和する声の最中。


 パーンは目の前の紙袋の瞳の全てが燃えている事に気付いた。


「もう我々は神に内包されているのだから」


 パキッとパーンが保存されていたデータ・ストレージの幾つかが罅割れた。


 実像が保てなくなりそうな程にその四足の獣の胴体を持つ実態が砂嵐のようなノイズによって蝕まれ始める。


「無駄だ。もはや、掌握した水自体が我々を実態として生かす」


 ノイズの発生と同時にその四足の足元に水が湧き出したかと思えば、ソレが肉体を昇って沁み込みながら、実像を失い始めていたパーンを再生。


 いや、受肉させていく。


「ギューレギュレギュレ♪ くれてやろう。くれてやる。ソレは下書きに過ぎない」


「下書き、だと?」


「ただの」

「ただの」

「ただの」


「ただの粗悪品だ」


「粗悪……この水で世界を産み出しておいて良く言う」


 ギュレン・ユークリッドの紙袋の口角が同時に上がる。


「ソレは」

「試作ナンバー」

「100億32番」


 紙袋達の手が僅かに差し出され、何かを掌から零す仕草をした。


 途端、その手の端からキンキンと床に何が音を立てて落ちる。


 まるで水晶のように透明だが、澄んだ金属音。


 しかし、どんな金属や水晶とも違う深い深い透明な光を受けて見知らぬ宝石のように輝くソレは床に落ちた後、液体状になって水溜まりを作っていく。


「これが本物だ」


「―――何だソレは?! この分子組成?! 金属水素!? いや、違う!?」


 瞬時に解析したパーンが周囲に神の水で膜を張る。


「未だ科学の発展には余地がある」

「余地だと!?」


「確かにあらゆる物質を素粒子レベルから組み上げる量子転写技術は素晴らしい成果だろう。だが、それは解明された原子や分子の組み上げという意味での万能性であって、その最先端を模倣出来ねば、単なる模倣出来るだけの力にしか過ぎない。産み出せる物の限界は人類の英知の限界でもある」


「貴様の持っているソレは違うと?」


「その通りだとも。君が隠してきた研究もこちらにしてみれば、模倣出来ていない技術。量子転写技術の死角と言える」


「ッ、ああ、当然貴様ならば存在は知っているだろうとも!! だが、貴様が内容を知る事は絶対に無い」


「構わない。それでこそ愉しく生きられる。未知とは希望。未知とは快楽。そして、未知とは我が主食の別名だ」


 水が金属水素と呼ばれるものに酷似する透明な柔らな金属の如く変化する。


 それが緩やかに伸びて円環を産み出す。

 その輝きは何処か謎めいていた。


 が、同時に人を吸い寄せる魔力を持つ宝石のようにも見えた。


「それは―――」


「コレを旧き錬金術の叡智では賢者の石と言う」


「遂にオカルトへ被れるようになったか? いや、貴様自身はそもそもオカルトの類だったな」


「人類の原初科学たる錬金術はこの階梯に最初から至っていたのだよ。それを現代科学が再現出来るようになったというだけだ。随分と時間が掛かったが、無限回試せば、いつかは手順が合致する」


「やり直したのか。本当にそれ程の数を……」


「随分と昔、君と同じ事をした男がいた。そして、その男に何度も言ったよ。何度やり直しても無駄だと。だが、彼はその度に言うんだ。何度でも私はお前の敵だと。だから、私は、わっちは、僕は、吾輩は、我は、わたくしは、何度でもこう言う事にしている」


 無数の紙袋達が一斉に裂けた口を開く。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「


 パーン!! またか!! また君か!! またなのか!! また我々の道の邪魔をするのか!! 宇宙の果てで、火星の奥地で、原初の星で、太陽の中で、ブラックホールの畔で、神の戦場で、人間の戦争で、化け物の酒場で、次元の狭間で、時空の歪みで、特異点の庵で、そうしたように!! また我々が欲した機会を奪うのか!! ならば、しょうがない!! 君には退場して貰おう!! 君の席を用意していないのに君だけはいつも毎回此処まで辿り着くな!! このゴキブリ並みにしぶとい凡人め!!!


 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 円環から吹き伸びた金属水素のような何か。


 賢者の石が吹き伸びる。


 それが次々にチェレンコフ光のような輝きを放ちながら変幻し、見る者を惑わせながら、巨大な水槽と神の水を貫き通していく。


 その刹那、接触した水、水槽、パーンの一部が変色して吹き飛んだ。


「ガァアアァアアァ?!!?」


「ギュレ……どうかね? 水素脆化。いや、極限の物質脆化。否、精神すらにも作用する存在脆化による破砕は……魂と呼べるスペクトラムすらも消し飛ばす消魂の一撃だ。さぞかし、先程までデータだった君には効くだろう?」


 紙袋の一枚が名状し難い身体でパーンの傍まで這いより、ギョロリと下から相手を睨み上げる。


「ぐ……遂に正体を現したな。この化け物め……」


「それは違う。君がこの決着を望んだのだ。このように見えるのは君がこのような私を、わっちを、わたくしを、我々を望んだからに過ぎない。コレが君の望む死を与える形でこちらの化身としての性質というだけだ」


 パーンが吹き飛んだ片膝を再生させながら、獰猛に相手へ笑む。


 だが、その膝は再生されていても動く事は無かった。


「気味が悪いのだよ。君は……名前も貌も違うが魂だけはいつも同一だ。ああ、毎回毎回どうして立ち塞がるのが君なのか。これを呪われていると言わずして何と言えばいいのかね?」


「く、くくく」

「?」


「己の猜疑心が無限の敵を産み出し、己の悪意が無限の善意という壁を呼び寄せる。運命とは貴様の名だろうに……忘れたのか? お前が何をして狙われ続けたのか。貴様が何度積み上げようが、伸上ろうが、神を僭称しようが……貴様は貴様であるからこそ、必ず阻まれるだろう!!」


「?!」


「心有る者達の手で!! 人に迷惑を掛けたらごめんなさいと言うのが常識だ!! それも出来ぬ内から世界を手に入れたと嘯くなど片腹痛い!! 少しは人に喜ばれる事を覚えたらどうだ!? 振られてばかりの可哀そうな化け物君!!」


 神の水が殺到し、賢者の石。


 そう呼ばれたモノの先にいる紙袋達を貫き通そうとする。


 だが、次々に素粒子レベルからの結合破壊による破砕が全てを水素原子へと戻していった。


 何度も何度も休む事無く演算された敵の構成物質の変質と変換が神の水によって為されるが、その場の中に現象が起こらない。


「物質が変成しない?! 賢者の石。どうやら物質という括りではなさそうだな」


「ギュレギュレ。これは言わば、神の石……そう作られた瞬間からそうである事以外を拒絶する法則的に編纂不能の不可逆性を持つ物体だ。原子レベルから分解しようが、素粒子レベルで崩そうが、これはこうなった時からどう振舞うのかが決まっている。神が持ち上げられない石にして神にのみ保持が許された石……だから、人はコレを産み出しながらも消し去ったのだよ。未だ人は神には程遠いと自覚くらいはあったのだ!!」


「それこそお前の事だろうに!!」


 パーンが神の水に乗って駆け、紙袋達へ瞬時に手の中へと構成した槍で引き裂いていく。


「それにどんな意味があるのかね?」

「演算力の乏しい今のお前の力で予測すればいい!!」


 現在、ギュレンは何らかの巨大な演算を手掛けており、殆ど実存を保つ以外では能力らしい能力も使っていなかった。


 そうでなくてどうしてパーンが未だ立っている事が出来るだろうか。


 本来、神の水の所有者であった男にしてみれば、微々たる演算力を発揮する程度の力とはいえ、取り返しに来たに違いない。


 そうパーンは予測していたわけだが、それ以上の何かを持ってきた相手は相手の予測をする事もなく。


 ただ、お茶をしに来たような気軽さで無防備に見えた。


「(神の石と言うだけあって、変質させるのは不可能か。だが、本体を構築している演算が物体に働き掛ける際の場の変化自体を掌握すれば、情報そのものが再現される事は防げる)」


 ギュレン・ユークリッドが情報生命体として何処かに身を潜めており、それを探し出して消去する事など不可能である事は最初からパーンには分かっていた。


 だからこそ、月を循環する巨大な神の水が必要だったのだ。


 この力が巡る世界の中、一つの事を為す為に。


 ブチリとギュレンの紙袋の一つが引き裂かれた途端。


 紙袋全体にノイズが入ったかのように燃え上がり始めた。


「当たりか」


「ギューレギュレギュレ♪ 確かに場の内部を掌握出来なければ、存在をその現場で維持しようがない。その撃退方法は正しい」


「フン。お前がこの世界から消えれば、別に後は構わない。オレの目的は最初から―――」


「最初から私を此処から排除する一点に絞られているわけだ」


 紙袋達が消えていく。

 だが、その声はパーンの背後から聞こえた。

 振り返った男の首が飛ぶ。


 神の石が変化した相手がギュルリと渦を巻いて一つの形に集束する。


 それはスラックスにタートルネックの白人の男であった。


 無精髭が生えているが、眼鏡の奥底は見えない。

 その額には第三の炎の瞳が煌々と灯っている。


 パーンが再生する。

 だが、再生した身体が動かず。


 彼は崩れ落ちた身体もそのままに首だけで自分を見下ろす男を睨み上げる。


「恒久界内部の場ではお前の再現情報は規制された。だが、此処にいるお前は本体。つまり、滅ぼせる」


 パーンは動じもせずに相手にその事実を告げる。


「無論、勿論、その通りだ。だが、さて……この神の石を破壊出来ぬ現実を前にして君はこの私を破壊出来るのかね?」


「それが可能でも外から幾らでも侵入出来ると言いたげじゃないか」


「その通りでは? 私は無限だ。この世界の外にならば、幾らでも私がいるのは分かっていただろう?」


「ああ、その通り。だから、お前は負けるんだ。このクソ野郎」


 パーンの開いた口から水の槍が飛び出す。


 それは場に干渉する真剣の類だ。


 恒久界内部の神の水を全て用いた攻勢プログラム。


 敵対するモノの情報を神の水の充満中の空間から排除する。


 シンプルで不死の情報存在に近い相手にならば、直撃させれば消去出来る。


 まぁ、幾らでも自身をコピー&ペーストしてくる敵にしてみれば、だからどうしたと言われる程度の力だろう。


 恒久界内部の相手にならば、相当に強力だろうが、恒久界の枠を超越しているだろう相手には幾ら破壊しても外から分身でも送り込めばいい話でしかない。


 ドスリと突き刺さった神の水が神の石を破壊も出来ずに止まる。


 どころか逆に吹き飛ばして散り散りにした。


「ギュレ? 何をする気だったのかな?」

「フン。永劫顔を見なくて済む。これでな」

「?」


 フッとギュレ主神が消えた。


「……成功か。もう戻ってくるなよ。此処から先は人類とこの世界の者達が自分で歩いていく世界だ」


 外側には未だ幾らでもギュレン・ユークリッドがいるだろう。


 だが、終に邪神は主神を駆逐する。


 世界を創った男が掻き消えて、以後……恒久界と呼ばれる月面地下世界にギュレンと名乗る男は戻る事が無かった。


 やった事は単純だ。

 宇宙の果てまで相手を飛ばした。

 そう……超光速移動。


 幾多の者達が不可能と投げ出した技術が今、檻と化した神殿内部を転移装置にしていたとは誰も思うまい。


 そして、その転移装置が恒久界自体に組み込まれたとも思うまい。


 ああ、だから、男は勝ったと言っていいだろう。


 しかし、相手もまた何が起こったのかを何となく察しながら、パチパチと月面の外側で拍手する。


「私だけを無限の果てへ飛ばすシステム、か。実に結構。その演算力を賄う為にほぼ全ての神の水が必要という事実と恒常的に私を排除する為、魔術コードも生態維持以外は全て封印。出来過ぎだな。パーン。感服に値する」


 男が月面の一部。


 月を割り砕きながら引き抜かれていく世界の一部を見つめながらニヤリとした。


「何だ?!!」


 パーンが恒久界に奔った激震に目を疑う。

 世界の一部。

 恒久界の柱でもある塔の一部。


 特に月蝶にあった最大級のソレがアズーリアの一部を割りながら引き抜かれ、それに伴って大地の一部が隆起して砕け、大量の土砂が各地に降り注ぎ始め―――次々にソレ自体が赤い輝きとなって消え去っていく。


「魔王か!? 助かる!? クソ!? あの野郎!! 恒久界の一部を引き抜きやがった!? 自分が絶対に消えるなら、外から干渉すりゃいいって? 箱庭を壊してまで一騎打ちをご所望か!?」


 パーンが大質量の地殻変動に巻き込まれそうな民間人を次々に神の水によって守護し、落石やケガを防止していく。


 幸いにして月蝶には民間人がいなかった為、そこまで問題にはならなかった。


 だが、巨大な水槽であるアズーリアを割り砕いて引き抜かれた塔によって月面地下から隆起した巨大な質量は今にも崩れそうな螺旋状の道となって世界の外。


 月面外に神殿を無理やりに飛び出させている。


 一騎打ちの現場が恒久界から外に変更されたが場所は変わらないという主神の悪戯はもはや人知を超えていた。


「ゲップ……」


『あの~~~我らが世界よ~~落石で地獄が地獄になったんだが~~」


「地獄なんだろ? 天国になったら大事だが、地獄が更に地獄に成った程度なら

 別に問題ないと思わないか?」


『あ、ハイ(`・ω・´)』


 嫁とイチャコラしていた魔王様がちょっとお腹が膨れた様子でサスサスと手で撫でながら、外を見上げる。


「ラストダンジョン作るとか。らしくなってきたじゃないか。ま、期待せずに待ってろ。その内に行く」


 横に自分の中の鬼を置いて、静止する世界で少年は肩を竦める。


「まったく、堪え性の無い奴だな」


「どうしたのでござるか? エニシ殿?」


 メロンのような果実を少年に楊枝に刺して差し出していた黒髪ロングなござる幼女が訊ねる。


「何でもない。ちょっと外でラスダンが出来ただけだ」


 駆け込んでくる伝令や通信を送って来る者達の慌てようを見つめながら、己のいる大使館をしっかり量子転写技術でざっくり保護していた少年はそう笑うのだった。


「で、あっちの地下で何があったのか聞いても良いでござるか?」


「ちょっと打ち合わせしてきた。ま、あっちはあっちのオレが何とかするだろ」


「説得力はあるが、何とかするの部位が微妙に信用無い魔王様であるからして……ちなみに今夜は聖女殿と男の娘な二人でござるよ」


「……(`・ω・´)負け戦な気がする」


 どうやら、例え世界が護れても自分を護れるかどうか怪しい魔王様の様子に近くで駄弁っていた嫁ーズの何人かは勝つのを祈るべきか、負けるのを祈るべきか。


 微妙に嫁として夫の貞操的に悩むのだった。


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