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ごパン戦争  作者: TAITAN
大食卓規制戦~過ぎ去りし晩餐~
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第302話「帰宅」


「ただいま」

「あら、帰ったの縁?」


 地球上で無数の問題が無数に解決し、無数にまた新たな問題になってしまっている昨今。


 両親はどうやら研究室にいると危ないかもしれないと自宅で引きこもり生活を送っていたらしい。


 と、言っても高層マンションである。


 2人とも今は高度な研究をしている者がファースト・クリエイターズの関係者かもしれないという誤解などを避ける為、ほとぼりが冷めるのを待っているのだ。


 だが、両親は元々から研究室の蟲なので実験器具と実験機材が無くてデータの検証で幾らでも時間は潰せたらしい。


 母はリビングでグチャグチャな資料の上に何やら走り書きしていた。


「何、書いてるんだ?」

「ふふ、運命の女神よ」

「運命の女神?」


 もうそろそろ夕暮れ時。

 僅かに濃い影を落とす夕闇の中。


 オレンジ色の輝きはソファー前のテーブルの上を眩く照らし出していた。


「そういうプログラム。お母さんの作ってる機械のね」


「そういうのは本業のプログラマがやるんじゃダメなのか?」


「ダメよ。だって、お父さんの知り合いの人が造ったプログラム言語で書いてるんだもの」


「父さんは?」


「今、私達の身の安全を保証してくれる人達と会合中。お父さんは忙しいからしばらくは帰って来ないわよ」


「そっか。で、手書きで書いてるのか? わざわざ?」


「だって、その……面倒じゃない。ディスプレイをあんまり見てると目が悪くなるのよ?」


「ああ、そうかい。相変わらずキーボード打つの遅いのか。画像データで取り込んでわざわざAIに記述させるとか。どんだけ面倒なんだ……」


「あら? 近頃そういうのも勉強してるの?」

「まぁ、色々と興味があったから」

「そう……エニシも大きくなったって事かしら?」

「どうかな。躰だけかもしれない」


 近頃、目じりに皺が増えて来たようにも思える母はいつも通りだった。


「そっか。うん……親は無くても子は育つ、のね」


 ゆっくりと立ち上がった母がこちらに歩いて来た。


「な、何だ?」

「ふふ」


 ナデナデと頭が撫でられた。


「子供じゃあるまいし、何故撫でるのか。これがワカラナイ」


「いいじゃない。大きくなった息子に最後のナデナデくらい普通よ」


「それは母さんの中の普通だと思う」


「はいはい。じゃあ、これでお終いね。さ、《《帰りなさい》》。貴方が行かなきゃならない場所に」


「―――ぁあ、敵わないな。ウチの母親には……」

「だって、あなたの母親ですもの」


 母はそう言って、ニコリと微笑んだ後。


 静かに再び同じ場所まで戻り、目の前の紙にプログラムとやらを書き始めた。


「ちょっと、出て来る」


 何も言わない相手に背を向けて玄関から外に出て、扉を閉め、高層マンションの10階の開けて置いた窓から飛び立つ。


 それと同時に買い物に行っていた自分が帰って来たようだ。


 実家を東京の奥地に買ったはいいが、アクセスが不便なので土日はこちらにいるらしい。


「エニシ?」

「………」


 屋上では何処か心配そうな顔にも見えるフニャムさんがいた。


 今現在、世界中で食料関連の施設が襲われている。

 大戦争の始まりが示唆されている。

 しかし、誰も慌ててはいない。


 あの試練を潜り抜けた人類にはそんな襲撃、今更に違いなく。


 ファースト・クリエイターズの面々は武装したまま過ごしているが、それにしても心配になるような事は無いだろう。


 何故なら、あちらはもうこちらを見付けられないのだ。


 深雲を遥かに超える処理能力の大本へ光量子通信網を介して脳髄の一部が繋がっている。


 予測能力合戦絶対勝利確実なだけで相手は何一つこちらの居所を掴めない。


「オレの母さんはやっぱり普通じゃなかったな。まぁ、何処の宇宙の何処の地球でもきっとあんなんなんだろう」


「エニシ……泣いてるの?」

「泣いてなんか。ただ、嬉しかっただけだ」


 マンションの屋上。


 手すりに腰掛けて、ポケットに入れていた缶コーヒーを啜る。


「ブラックはやっぱオレには苦過ぎる」

「それ……砂糖一杯のヤツよ」

「飲料を製造してる会社の手違いかもしれないだろ」

「ぅん……そうね……」


 何故か、また頭をいい子いい子されてしまった。

 だが、それに抵抗する理由もなく。

 紫雲がたなびく空を見上げる。


 しばらく、そうして黄昏ていようかと思ったところに入るのはようやく慣れて来た数日前から脳裏に流れて来るようになった現在の計画の進捗だ。


 火星圏から木星圏までの間に存在する230個の地球とほぼ同質量の金属と氷とダイヤの塊、惑星を制御用の至高天2から231まで複製。


 木星域から太陽系外縁部に至るまでに存在する500個程の惑星がこちらの送っておいた情報を元に神経節の束に変換された。


 事実上の超光速ネットワークのハブと化した至高天に繋がった各神経節の惑星群は太陽を中心として全方位に配置されており、ラグ無しに光の速さ以上で通信し、肉体の一部として使用可能となった。


 エネルギー抽出量は凡そ太陽の寿命が尽きるまで発する総エネルギー数兆個分。


 それらを更に純粋な物理量と質量に変換して繋がった視界の先にある半径3億光年の球体状の无の世界各地にばら撒く。


 宇宙中心領域に到達するまで灯台のように至高天によって置き去りにされていたビーコンは今や宇宙の道標だ。


 随時疑似時間転移による超光速移動で送り付ける質量がそこで更に惑星化と並行して至高天と疑似時間移動用のポータルを再生産。


 光の速さで1秒未満の場所に等間隔で道路でも敷くかのようにビーコンを転移、質量を生成、自己を複製、再配置を繰り返していく。


 指数関数的に増殖していくネットワークは惑星化された質量と至高天のセットが基礎となり、地球型惑星の生存環境を宙域で担保する安全機構として作動する。


 次々に複数の至高天と惑星が増殖を重ね続けて凡そ10光年程度の宙域がタイムラグ無しにこちらと繋がった事が報告された。


(惑星の運行も良さげだな。恒星作ったら、地球化するか)


 処理能力が不足する事も無ければ、質量が足りずに困る事も無い。


 空間制御能力を持つ至高天入りの惑星が順次この太陽系を包む薄皮のように重なっていく様子は最初の起動から20時間という短時間で今や数千兆以上にも及ぶ。


 それで肥大化したネットワークは情報の濁流かと思いきや。


 単純作業を永遠と繰り返しているだけなので至高天が複製される度に処理能力が飛躍的に上がるせいで逆に処理能力が滅茶苦茶余っていた。


 しかも、内部処理出来ない情報以外上がって来る気配がない為、やる事なんて無かった。


 空間制御の下地作りはまず順調。


 宇宙が無限だとしても倍々のような速度とペースで増え続ける質量と空間制御用のシステムがある限りは対処可能だろう。


 宇宙中心領域から3億光年内に突如として銀河が出来始めるのだ。


 馬鹿馬鹿しい話だったが、その銀河は他の銀河と違い、早いペースで他銀河を呑み込んでいくだろう。


 宇宙のあちこちのバランスを崩さないように気を付けるのはこれからだ。


 何も無い空間とは違って、恒星や生命が生存可能な環境の惑星、未知の元素で出来た資源惑星などは大事にしなければならない。


 星系のバランスを崩さないようマッピングしながらなので拡大も遅くなっていく事が考えられ、そこでこそ余りに余った処理能力が生かされるに違いない。


 今まで地球を作って来た航路は最優先でシステムが探索し始めていたが、何千億の地球は1つも滅びていなかった。


 いや、滅びた状態ではなかった、と言うのが正解か。


 深雲のネットワークを使っても良かったが、この宇宙内ですら持て余す可能性がある為、自分で見付けた分だけに限って調べている。


 それらのビーコンの先から届く情報の中には宇宙に居を移すか。


 他星系への移住などを行った形跡や現在進行で行っている者もおり。


 結局、超光速移動出来る文明は存在していないようだ。


 人間の形を保ったままコロニーや他星系で住まう者は人口増加の度に周辺惑星でコロニーを製造したり、比較的近い他星系への移住を繰り返す事でそれなりに宇宙を生活圏にしていると分かった。


 だが、何よりも驚くのがその大半の星系で内紛や戦争が恒常的である事か。


 滅び掛けている事もあればそうでなく限定された地域で戦争をしている場合もあるようだが、それにしてもやっぱり人間は闘争から逃れられないらしい。


 中には文明崩壊級の事態の後に細々と生き残っているところも3割近く存在した。


 そちらの方が牧歌的で戦争も無い生活をしているように見える。


 資源枯渇、人口増加。

 持つ者と持たざる者。

 民族、国家、主義、主張、思想。

 争いの種はどの人類も変わりはしないのだろう。


「地球は何処行ってもか」

「エニシ?」


 肩を竦めておく。

 最初期の分派前の見付けた星だけでもソレなのだ。


 恐らく至高天が時間を掛けて航路上から広げた地球文明の大半は同じような事になっているだろう。


 星の寿命が尽きても再構成する為のプログラムが至高天には積まれている。


 その為、何処も太陽が燃え尽きて死滅したり、惑星が寿命を迎えて消えた、というところが無いのは救いか。


 だが、人類が消滅した場合は、一定の文明から再構成される為、その惑星が何回人類の絶滅からやり直したものか分かりはしない。


 逆に人口も少なく滅び掛けているところの方が息は長いのかもしれず。


 宇宙に出ていけた者達も技術開発が頭打ちになった時点で惑星を永続的に使えるような術を持っていなければ、長く病気で苦しむ老人のようにずっと衰退し続ける可能性もある。


 至高天そのものを継げたと思われる地球の大半はもう姿形も無くなっている事から、何処かにまた人類の生存権を広げるべく旅に出たと推測出来た。


「明日、仕事をしたら未来に帰るつもりだ」

「……そう、急ね」


「数日間、やる事はやったからな。後はこの地球の問題だ。これから戦争だが……まぁ、何とかなるさ」


「………」

「決心、付いたか?」

「私―――」


「明日、その時に聞かせてくれ。今日はファースト・クリエイターズの解散日だ。後は各々自分で決めるだけ……ということでお仕事は終了って事でいいか?」


「宇宙の方はどうするの?」


「ある程度はオレが居なくても自動でやるようにしとく。魔王様からのこの宇宙へのプレゼントを是非、人類には何百年、何千年後に体感して欲しいってところかな?」


 ウィンクしてみたが、反応は今一なようだ。


「趣味悪そう……」


 そう半眼で言われれば、苦く笑うしかない。


 実際、自分で何かをデザインする程、想像力に溢れているわけではないのだ。


 絵心だって無いし、文章も必要な事を書き出す程度ならこの国のお役人の方が上手いだろう。


「さ、帰るまでに過去を満喫する為にも色々と買い漁ろうか」


「お土産?」


「世の中には娯楽が無くても毎日を楽しく生きられる人間がいる。でも、娯楽のあった方が愉しく生きられるのは間違いない。ついでに故郷と祖国の味が喰えるよう色々と持ってこうと思ってたんだ。付き合ってくれるか?」


「いいけど、荷物持ちさせる気?」

「荷物は生憎とお前に空間転移で送ってもらう事が前提だ」

「付き合ってあげるわよ……でも、お代は頂くから」


「OK。ウチのアトゥーネ様の作るものより美味い店を見付けようか」


 ビルから降り立ち。

 都心の夕闇に融けて歩き出す。

 電車もタクシーもバスも使おう。

 空いてる店で片っ端からカードでお支払い。


 代金の原資はこの間倒した南米沖の怪物内から出て来て残骸の上に浮いてた金塊を適当に質屋で換金した代物だ。


 もう存在しない大陸から引き上げた夢のある戦利品は良い値で売れた。


 今日だけは適当に散財する事にしようとホテルまで取ってある。


 スイートルームで寝台が4つもあるようなところだ。


「何処で何買うの?」


「中古屋でレトロゲーと書店でオレが未来に持っていきたい書籍全部とフィギュアをあるだけとプラモを数百箱とネットで手に入らないアニメとドラマと映画のDVDやらボックスやら諸々、後は嫁用のお土産を十数個くらいか」


「呆れた……デートの内容じゃないわね」


「ネット通販で最初から届いてる代物は全部データにして収集してあるからな。こっちで買っても情報にはするが、現物で持っていきたいものが主になってる」


「それ探すの手伝わされるの?」


「オレが全部の場所をリサーチ済みだ。何処からどう動けば、最短ルートで集まるかも検索済みだ。後は動いて買って送るだけ。実に便利な世の中だな」


「私が便利道具扱いされてるけどね」

「まぁ、そう言うな。ちゃんと代価くらいは支払う」

「高くつくわよ?」

「別に今日くらいはいいだろ」

「……分かった……期待してるから……」


 何処か上目遣いでチラリと見られて、頬を掻く。

 どうやら長いデートになりそうだった。

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