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ごパン戦争  作者: TAITAN
大食卓規制戦~過ぎ去りし晩餐~
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第299話「真説~辿り着く者5~」


 月面の技研に入ってから3年が過ぎた頃。

 私は完全に技研の主の椅子に収まっていた。


 それと言うのも私より優秀なテクノクラートの多くがギアー対策やコロニー設計に忙しく。


 大佐が作ってくれていた設計に修正を加える作業だけで私と技研の仕事は殆どが潰れてしまった為、軍上層部にしたら月の技研は自分達の最終目的を達成する為の重要な部署……要はお飾りとはいえ、私のような子供のご機嫌を取るだけである程度は軍内部の自分の参加する派閥の影響力に資する。


 つまり、私をちやほやして甘やかしていれば、それだけで自分達の将来に有益だと判断したらしい。


 実際、技研には次から次へと資金が投下されていた。


 宇宙艦種の表向きの設計のみならず。


 様々な軍用品や民生品の開発依頼が舞い込んできて、それらを地球に引導を渡す船を設計する片手間に全て片付けてしまえていた。


 私が優秀だったのではない。


 量子転写技術によって増設された量子コンピューター群が昼夜無く計算を繰り返し、私達テクノクラートが朝起きたら、大抵殆ど仕事が終わっていたのだ。


 我々がする事など。

 その時には大抵が、軍用品の仕様を書く事くらいだった。


 100日掛かる設計が10時間で終わるのだから、全ては計算機様様である。


 お飾りとはいえ、そのシステムのメインアドミニストレーターである私が技研で一番偉いという事になっている以上、軍内部の派閥の何処も私相手に下手な事は出来なくなっていた。


 そもそも命を狙われている事は確実な私相手に利用しようと近付けば、それだけで他派閥から『お前が地球残存派か!!』と難癖を付けられる可能性もあった。


 私は不本意ながら、そういった政治のおかげで軍内部の立場を高めていたのだ。


 この流れの中で私は宇宙艦種のほぼ全ての設計に携わり、また幾つも主任設計者という得たくも無い業績が山のように追加された。


 軍内部の評判はこうだ。

 奇蹟の神童現る!!

 技研の女神様!!

 その頭脳は人類の至宝!!


 苦笑してしまうような尾ひれが付いた私の表向きの看板は勝手に独り歩きし。


 軍の広報もギアー相手に苦戦している事を覆い隠すかのように明るい話題として私を広告塔にした。


 殆どはメールで返信した内容を元にしたものであったが、此処で私の日本人系の容姿が更にクローズアップされ、多くの会議や軍と経済界が主催するパーティー、社交界に置物か賑やかしとして参加(デビュー)せざるを得なかった。


 私はハッキリ言えば、そう優秀ではない。

 天才達とは比べるべくもない。


 だが、一人歩きした私のイメージは経済界から今度は民間にまでも広がり。


 超美人で超若い天才技術将校というものがスタンダードになった。


 両親は私が何か業績を上げる度に連絡して来てくれて、心苦しくなった程だ。


 あまりにも私相手の贈り物が多いので、それらの大半は両親と会社に色々と調べてから纏めて『余ったから送るね』と押し付けてしまった。


 中には月面内の高級保養地にある一軒家の所有権とか。


 軍高官しか使用出来ない最高品質のシェルターの設置権とか。


 そんなのまであった。


 まぁ、殆どは実家か、護衛の彼女達に譲渡したのだが、それにしても当時の私は軍を代表する一人として民間からは見られていた。


 まったく、笑える話だが……私相手に何故か結婚の申し込みをする人やお見合いの話が引っ切り無しだった。


 少なくとも20代後半まで結婚なんて考える必要もないと思っていた事だ。


 それがまだ十代の、それも大佐の足元にも及ばない私に必要なわけも無かった。


 ただ、その3年で軍は私を斬り捨てる事が非常に難しくなった事は確かだ。


 お飾りお飾りと放置してきた結果は私という存在の価値を肥大化させ、容易には処分も出来ない人間に育ててしまった。


 特に経済分野の重鎮達が所属する企業群からの依頼を数多くこなしたおかげで技研には軍とは別口に企業からの資本も投下され、私は殆ど軍予算と同等程にも達する資金を手にする事が出来た。


 この資産を元手にして私と技研のメンバー達が軍民共用で使える様々な情報機器、OS、システム構築の専門会社などを立ち上げると軍はもう影響力を確保する為に私達を使わざるを得なくなった。


 それも私達のような技研の有名人を複製するわけにもいかず。


 一人で歩き出した私を彼らはもうどうにも縛り付けて置く事が出来なくなってしまっていたのだ。


 技研が飛躍を遂げたこの頃。


 万能量子転写島宇宙艦の最終設計はほぼ完成形に近づいていた。


 軍による量子転写領域を形成する大規模衛星群も配備が始まりつつあったし、恐らくは後10年を待たずに地球の全てが30隻の箱舟となる。


 L1域にあったコロニーや他の宙域のコロニーも半数程が完成しており、そのまま安穏としていられると思っていた人々だったが、それもまた火星域への移動という話が出始めており、表向きはギアーの宇宙進出が確定的に軍の予測演算によって導き出されたからだ、とされた。


 私にもしも欲が出たとするなら、それは大佐の死の真相を知りたいという……それだけの事だ。


 本当に大佐は地球残存派と仮に呼称されていた人々の手によって抹殺されたのか。


 それを調べる事はその時点での私には可能な出来事だった。


 月面のドーム数個分の巨大な量子演算装置は全て私の意のままに動かせたのだから……予測演算と過去のデータの照合を以て10時間もしない内に結果は出た。


 それは驚くべきもの。

 ではなく。

 本当にただ私にとって遣り切れない話だった。

 当時の殺害状況と大佐が最後に合っていた人。

 それが全てを物語っていたのだ。

 確度98%。

 大佐が死んだ時、傍にいたのは……ご子息だった。

 また、死ぬ直前。


 大佐本人がコレは事故だと言い残して死んでいた事も発覚した。


 そして、大佐の死亡後……ご子息は命を絶っていた。

 何もかも悪い夢だ。


 地球を愛する好青年が地球を滅ぼし、人類を生かす船を造る父親を止める為に正義感から行動に出た。


 そして、誰も報われず。


 軍はその事実を糊塗して何も知らない顔で私を大佐の後釜に据え、もう殆ど終わり掛けていた仕事を押し付け、その嫌な過去を封印したのだ。


 おざなりに過ぎると怒るよりも先に乾いた笑いが出た。

 軍は何も変わっていない。

 私が死んでもきっと同じような事を繰り返すだけだろう。


 この時、私の中へ明確に起こった感情を言葉にするなら、それは自分が関わってしまったこの地球人類の永続という壮大な計画に対する底知れぬ悲しみだ。


 大佐の基本設計した艦を旅立たせ。

 そして、立派に彼が夢見た世界を遣り遂げねばならない。

 そうでなければ、出た犠牲は無駄だろう。

 お隣のおばさんだって、私のせいで死んだのだ。


 だから、私は……馬鹿馬鹿しいくらい個人の感情で全てを解決する事を決めた。


 まずは多くの人を説得しよう。


 この計画を知り、この計画を阻止しようとする全ての人に意義を説き、百万言を費やしても納得させよう。


 その為の予測演算を……私は機械に委ねた。

 深雲ディープ・クラウド


 世界最古にして未だ最新たる終末の予言機械に私はこの世界を操作……いや、支配する方法を訊ねてしまった。


 これがもしもアダムとイブの神話にある知恵の実を得ようとした行為ならば、私は喜んで原罪を被ろう。


 知恵の実を喰おう。


 天才でもなければ、秀才というにも聊か粗末な私という名の個人が出来る事など高が知れているのだから。


 次の日から私が自分の身の安全も省みず。


 足繁く月面のあらゆる人々に会いに行き始めた事を軍の上層部も経済界も然程、不自然には思わなかったようだ。


 きっと、人気者になってチヤホヤされた小娘がその気になったのだろう。


 精々、煽てて使い倒そう。

 それが大方の大人達の反応であった。


 そして、だからこそ、そんな不抜けた彼らに私が遅れを取る事など無かった。


 リスクを最低にして最大の回り道をしながらの多数の人達への接触。


 正しくこの単なる“人と会話する”だけのプロセスが将来、どのような結果を齎すのか。


 システムと私以外に知る者は無かった。

 地球終焉までのカウントダウン7年と3か月。


 それは―――私が軍を掌握し、多くの人々に事実を知らせ、それを納得させるまでに必要とされる日数に他ならなかった。

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