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ごパン戦争  作者: TAITAN
大主食撃滅戦~悪兎渡来挙姻~
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第252話「真説~ソレ~」

 とある学者が言った。


 もし、人間の視覚があともう少し高度に発達したものだったなら、今この世界にある科学もまた同じものを探求していてすら、決して同じものとなる事は無かっただろう、と。


 見ているものの違いが他者と己を分けている最たるものだとすれば、人間に見えている世界は他の存在よりも高度……という事はあり得るだろうか?


 それは人の持つ視野が宇宙を解き明かすだけの代物だと豪語しているに等しいが、人間以上の存在として機械が人を超えていくシンギュラリティーを予測した人々の大半は《《人間の敗北》》は予測しても、《《人間の勝利》》は予測しなかった。


 それは結果論、という事もあるだろう。


 人間は機械にあらゆる面で劣る、と諦めた科学者達が多過ぎたのだ。


 そして、人間が人間という定義を脱ぎ捨てつつある時代。


 人間が肉体という頚城を解き放たれ始めてからシンギュラリティーが討論された事など無かった。


 人間は機械に勝てない。


 まるで合理性を突き詰めれば、それは真実だと言わんばかりの《《一面の事実》》を前にして、殆どの者はそう言う。


 しかし、《《もう一つの事実》》を持ち出した者達がいる。

 人間と人間以外を隔てる定義の壁が薄くなった頃。

 人類に黄昏の終焉が迫り、避けられなくなった頃。

 人類の底が見えたと人々があざ笑うようになった頃。


 ソレは産まれた。


『これが……』


 白壁の通路の先。

 薄暗い室内から明るい室内を覗くのは数十人の白衣の男女。

 唾を呑み込む音が数回。


 動揺する者は僅かに視線を揺らがせ、あるいはその僅かに饐えた臭いのする室内で視線を背け。


 しかし、【-委員長-】の金のプレートを胸元に輝かせた一人の男は、鋭くも汗一つ見せない顔でニィィと唇の端を吊り上げた。


 彼らの前にある加工されたプラスチック製の耐圧壁は例え、内部で10kgの液化爆薬が爆裂してすら耐え切る代物。


 何をそんなに怯えているのだろうと不思議に男は思いながらも、唇を湿らせるように一言を紡いだ。


『素晴らしい……』


 まず及び腰、そうだ及び腰である男女達が僅かに男へ視線を向ける。


『プライマルの基本数値をしっかりと反映している。《《あの夫婦》》には感謝しなくてはな』


『い、委員長……』


 一人の女性が僅か前に進み出る。


『何かね?』


 一瞥すらせず。

 目の前の成果に目を細めた男がそう訊いた。


『確かにこの成果は素晴らしいですわ……ですが、その……』


 僅かに女性の視線が泳いだ。


『何だね? 言ってみたまえ。今は機嫌が良い……今ならまともな食事も儘ならない事も許せてしまえそうだよ』


 唾を一つ呑み込んで、女性が喋り出す。


『委員長。アレは人間では……ありません』


『ほう? 人間ではない? なら、アレは一体、何と定義すればいいのかな? 君の意見を聞きたい』


 初めて男が、その鋭い視線を、青白い肌に灰色の虹彩を彼女に向ける。


『人間とは……我々が目指した人間とは……少なくとも人型であったはずです』


『これはまた異な事を……』


 肩が竦められる。


『君達、自分達が出した答えをもう忘れたのかね? 百年前に出た結論だ。人間とは思考し、社会を形成し、其処に思い悩み、そうして最後には自殺すら出来る高度な知的生命……人間の身体、肉体が殆ど機械に置き換わるご時世にその意見は遅れていやしないかね?』


『ッ……委員長、ですが……我々が目指したものは!?』


『いいじゃないか。少し変わってしまっただけだ……本質が近かった、という事なのだろう。だが、それは些細な問題にしか過ぎない。オブジェクトに見えない命と見えない形を与える。これは人間だよ。間違いなく、ね?』


 周囲の者の殆どが押し黙った。


『さぁ、パーティーの準備だ。後300年で旧日本地下の要塞も完成する。今後、数十万年に及んで我々の都として機能するあの揺り籠を眺めながら、盛大に祝おうじゃないか!!』


 男が晴れやかな笑顔で後ろを振り返る。

 その悍ましい程に輝ける暗黒。

 黒き太陽の如き熱量。


 それを狂気と言うにはその場にいる誰もがもう手を人類の血潮で濡らしている。


『そうだ。イイ事を思いついたぞ!』


 満面の笑みで男が壁の下のコンソールにある薄い硝子製のカバーに覆われたボタンを叩いた。


 それに思わず慌てた研究者達の声が響く。


 だが、ガシュンという鋼が外れるような作動音と共に壁が地下に下がっていく。


 思わず恐ろしげな声を上げる者。

 後ろに下がろうとする者。

 動けずに震える者。


 そんな背後の屑を尻目に男がコンソール横から白い部屋の中へと進む。


『委員長!? お待ち下さい!! 危険過ぎます?!!』


 止めに入ろうとする者は複数。

 しかし、それにも構わず。


 男は白く照らされた一室に入り込み、その細長い寝台の上から愛おしそうにソレを抱き上げた。


『お~ヨチヨチ、可愛いベイビーだねぇ~』


 猫撫で声で語り掛け、おもむろに男の片手が腰から拳銃を抜き打ち様に……先程、彼に意見を述べた女性研究者の頭を打ち抜いた。


『ひぃ!!?』


 思わず白衣の誰もがその一瞬にして肉塊となった女性から遠ざかる。


『ほ~ら、お前の一番最初の食事だ~ん~~齧るんじゃないぞ~~ソレそのものになるんだ。それでお前は少しずつ成長する……共有値はプールされ、感情その他も整理される事で共通の記憶として人格を形成する。プライマルのデータが正しければ、オブジェクトという媒介を使って生まれたお前は実体の要らない存在だ。正しくあの《《何にでもなる》》という特性そのものがお前の力として今後も増大していくぞ? やがて、お前が育ち切れば、人類の管理者として、人類の補完者として同類を増やしていけるだろう……んんふッ♪』


 機嫌も良さげに歩き出した彼が今も弾けた頭部を横たわらせ、ビクビクと痙攣する彼女の横にソレを下ろした。


『そうだ~~そうだ~~ん~~いいぞ~~そこだ!! 手を付けて、《《お前にするんだ》》!!』


 スルリと現実に何かが入り込んだような既視感。


 白衣の誰もが、研究者として己の今までやってきた成果を目の当たりにする。


 弾けた脳漿と血が消えていく。

 いや、消えているのではない。

 同化しているのだ。

 ソレが触れた瞬間、むくりと女性が起き上がる。

 その顔には死の恐怖も吐き出した唾液も垂れ下がった舌も無い。


『皆さん? どうかなされたんですか? ああ、何て《《可愛いらしいベイビー》》なのかしら♪』


 ニコリとして、女性は死ぬ前とは打って変わって、ソレを優し気に抱き上げる。


『あぁ、そろそろオシメの時間なのね。さ、そうと分かれば、あなたの初めてのオシメ、取り換えなきゃ。ねぇ~~♪ ん~チュ』


 まるで我が子をあやし微笑む母のような茶目っ気で。


 女性がその《《白くブヨブヨした皮膚》》に口付けしてからニコリと委員長へ微笑む。


『そうか。ならば、君に任せよう。上手くやりたまえ』

『はい。委員長!! この子を我々の立派な子として育て上げてみせます』

『では、君達は教育係だな』


 男が今の今まで暗い室内の壁に凭れ掛かっていた二つの影に視線を向ける。


『あぁ、僕らって貧乏籤だよね。ホントw』

『まったく、同意しか出来ないよね。ホントw』


 いつの間に其処へいたというか。


 まるで知らぬ相手を前に研究者達が二つの影から距離を取った。


 その最中をツカツカと二人の男が歩いてくる。

 一人はカーキ色の上等そうな軍服を来た軍人。


 もう一人は空色にグレーの混じった同じような軍服を来た軍人。


 だが、二人とも同じ顔。


 否、同一人物かというような似姿で白い部屋の光に照らされて、薄らと笑みを浮かべる。


『お題は貰えるのかな? 委員長』

『僕ら、安くはないよ? 委員長』


 肩を竦めた双子の軍人が男を見つめる。


『好きなだけ資材なら持っていきたまえ。何なら深雲のパスコードでも発行するかね?』


『ああ、それはいいね。是非』

『うん。それがいいな。是非』


『ならば、決まりだ。裁定者(アドミニストレータ)よ……我々の栄光の道を特と照覧するがいい!! やがて、あの南米大陸を喰らったアレも我々の制御下となるッ、もはや人類の輝きは栄光の下、永遠となるのだ!!!』


『はい!! 委員長』


 女性が明るく頷く。


『はははっ、あはははははははははははは―――』


 哄笑を前にして、白衣の誰もが、まるでそうしなければという義務感に駆られたように……パチパチとゆっくりと拍手が、そのあまりにも今生きる人類の大半にとって不利益だろう拍手が、万雷のように、ヤケクソのように打ち鳴らされていく。


 歓声の中で民主主義が死ぬ、なんてのは人類史によくある出来事に過ぎない。


 独裁者、衆愚政治、権力に阿る者の末路はいつも決まって死だ。


 けれども、今地球人類が知る限り、最も力を持つ集団。


 委員会の委員長を前に―――人の破滅が動き出した事に―――誰一人として異を唱える者は無かった。


 万雷の拍手と歓声の中、人類の真の意味での死滅へと向けた……《《死そのもの》》が動き出す。


 その笑みに無機質な瞳を秘めて。


 男と女性とソレを見やる双子だけが酷く醒めた様子でそんな人の行く末を思った。


(今、どれくらい?)

(ああ、これは……五割、くらいかな)


 男達は静かに計算し、女性の手の中で自分を見やるソレに目を向けた。


「初めまして。万雷の拍手の中、人の死を約束するモノよ」

「こんにちわ。歓声に生まれ、憎悪の怨嗟で終わるモノよ」


 ソレにしか聞こえない声で語り掛けた彼らがそっと手を差し出す。


「僕らは人類の悪意の終着点」

「そして、人類を永劫に生かし切る者」


 キュルキュルとソレは小さな口から声のようなものを発した。


「「さぁ、教育を始めよう。君が人類を滅ぼすのが早いか。僕らが人類を救うのが早いか。競争だよ? 無垢なる命……彼の力を継ぐ出来そこない……《《人のフリをする機械》》に生み出された君……僕らの初めての生徒……」」


 ソレは僅かに多眼の目を細め、小さく小さく、その手を―――。


―――女の声がした。


「夢、か……」


 彼は一人起き上がる。

 此処は月猫のスラム。


 それも一番薄汚い……後数日もすれば、魔王軍によって《《救い尽される》》だろう場所。


 ゴミ貯めの中、身を起した彼は遥か古の記憶を振り払うように箱を開け。


 空を仰いだ。

 暗い空。

 しかし、世界は今、好景気という奴らしい。


「僕も随分と焼きが回ったな……手札の八割をこんなところで削り切られるとは……けれどね、《《先生達》》……僕を鍛えたのが誰だったのか。忘れてるんじゃないか?」


 起き上がる身体が小雨の降り始めた薄暗く薄汚い路地の奥。

 地面に降り立つ。


「プライマルがどうしようと、あなた達がどうしようと、最初に始めたのは僕だ……僕以上にこの世界に詳しい奴なんていないんだよ……あの男以外でね」


 襤褸を来た彼は地面を這いずるよう自分の周囲に現れる、虚空から滲むように色を世界に混ぜる、己の分身を、白色のブヨブヨとした皮で蠢くソレを、掴み取り―――齧った。


「あぁ、漲る……やっぱり、超越者が一番良い……いや、コレ、は……あははは……そうか……そうか……まぁ、いいさ……なら、こっちでやろう……この身体にちょっと引っ張られてるみたいだけど、いいじゃないか……やっぱり、《《僕は僕》》って事なんだろう」


 目の前に群がってくるソレを片っ端から掴み取っては食い千切るようにして、喉の奥に流し込んでいく彼はその痩せ細った身体で大きく伸びをした。


 それと同時か。

 背が数十cm伸びた。


 彼の襤褸を覆うようにしてソレが這いずり包むように固まっていく。


 だが、その量はどうだろう?


 数百、数千、数万、路地裏に溢れ返るように現れ始めたモノはまるで掃除機にでも吸い込まれるように彼を中心にして潰れるようにして圧縮―――いや、別のものになっていく。


 路地裏を雲が覆い。

 殆ど暗闇にしか見えなくなって数秒後。

 一人の男が黒の外套を身に纏い。

 黒の鋭くも禍々しい薄い刀身を腰に下げ。

 外套の裏に複数の弾帯をぶら下げ。

 片手に拳銃を……小さな拳銃を持って、歩き出した。

 彼を見やる者は誰もいない。


「……僕の庭で偉そうにしてくれてるじゃないか。魔王閣下……どちらが上か。決着を付けよう……生き残るのは僕だ……僕だけが、僕こそが……至高天に辿り着く……でなければ、もうこの世界は―――」


 最後の呟きは風に乗って消えた。


―――人類に明日すら残せない。

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