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ごパン戦争  作者: TAITAN
大主食撃滅戦~悪兎渡来挙姻~
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第251話「フェイク・リポート」

 人が何かで勝負する時、何を比べ合うか。

 つまりは何が秀でているのかで勝敗を決する事となるだろう。

 古代の兵法家が説く程度の事はいつの時代だって誰かが考える。

 それを今更に思い出したところで後追いというやつだ。

 いや、追うのが悪いわけじゃない。

 昔も今も変わらない真理を含有している事だってあるはずだ。


 ただ、重要なのは絶対に自分が負けると常識的に理解する時、その時にこそ自分が相手に勝っているものを、秀でている事を思い浮かべられるか否か。


 それは少なからず今の状況に影響を及ぼせる事象概念でなければならない。


 また、確実に勝っていると確定し、同時に相手へ突き付けるに足るだけのものでなければならない。


 観察力とか洞察力とか。

 運命とか因果とか。

 技術とか能力とか。

 勇気とか愛とか。

 キルレシオとか経済力とか。

 戦術とか戦略とか。

 思考とか思想とか。


 普遍的な比べ合いに対して、人は本当に自分の死を覚悟した時、何を提示出来るだろう。


 足の速さが命を救う事もあれば、目の良さが生死を分ける事もある。


 その場その場で最も重要な最適解に必要なものばかりを追っていてはそういう本当は使えるはずの手札を己の中から見逃してしまうかもしれない。


 だから、最終的に凡人でありながらチートを使っている程度の人間に必要な事は比べ合うもの全てを己というテーブルに載せ、手札を確認しておく事である。


 いつか、チートも効かず、曝した全ての手札を引っ繰り返すような相手と相対する可能性があるならば、それこそがカシゲ・エニシにとっての生命線になるだろう。


 つまり―――。


「魔王……悪鬼羅刹の男」

「真なる深淵より出ずる者」

「闇よりの使者にして混沌の破壊者」

「だが、負けぬ!!」

「我ら死するとも省みぬ」


「我々の背中には恒久界全ての民の希望が背負われているのだ!!」


「幾多の大邪神達を配下に加え」

「主神より大神を寝返らせ」

「民を姦淫の技にして従わせ」

「王を無限の富にて黙らせ」

「神殿を騙り、人々を邪悪の道へ誘い」

「世を暗黒の塔の力によって覆い」

「万の軍勢をその身て切り裂き」

「全能と嘯いては人々を堕落の苑に導き」

「数々の美姫、皇女、王女、奴隷、神官、あらゆる女を囲い」

「破廉恥な事を繰り返しながら弄び―――」


 とりあえず、紅茶を飲み干しつつ、相手の口上が終わるまで待つ事にする。


 其処は月猫首都郊外の山麓の中腹。

 お嫁様達の熾烈な検定合戦終了後。


 誰もが体力0になって心地良くダウンし、良い顔でバタンキューというのが大半だった為、家族会議は再延期になったのだが……また厄介事がやってきた。


 最初に目の前でこのだら長い口上を唱える輩数十人を見付けたのは月猫の国境警備隊であったらしい。


 並みではない超越者が数十人。

 一気に警備隊の詰め所付近を上空から素通り。


 駆け付けた現在編成中の魔王軍の憲兵隊が急行するもコレを打破。


 いや、実際その報だけを聞けば大したものに違いなかった。


 現在編成中の部隊の標準装備は超越者になれちゃうパック全部込々なのだ。


 通常の神殿に帰依する上級神官並みの能力が最低ラインにまで底上げされている。


 それが普通に手加減されて死人も出ずに突破されたとなれば、これは本格的に出来上がったばかりの部隊を出して実践訓練の相手にでもしようか。


 と、思うところだった……のだが、相手の主張が耳に入って来た時点で自分で出張っていく事を決めた。


 交戦した兵隊達曰く。


 彼らの主張は主に自分の知ってる相手を取り戻す為のもの、らしい。


 魔王軍関係者に渡している端末で相手の顔写真や映像をばら撒き。


 『こいつら知らないか?』と聞いてみたところ。

 名乗り出るものが数十名。

 男女半々で殆どがこっちに物凄く済まなそうな顔で頭を下げた。

 彼ら全員が魔王の内実を幾らか知る文官や善意の協力者の類。


 それも色々と役に立ってくれている魔王の演出に一役買っている者だらけ。


 ヒアリングしてみたら、彼らの言い分は殆ど共通していた。


 魔王の主義主張に賛同し、その力になろうと田舎や故郷から出てくる時、物凄く周囲から反対された。


 その時に強行に留めようと阻止されそうになった事があり、その当人や当人達に依頼された顔見知りらしい。


 知り合いや元部下や元同僚や親族や恋人や友人が多数混じっていると聞けば、安易に軍を動かして戦後の禍根にする事も出来なくなった。


 こうなれば、自分が出るのが一番だろうと一団が首都に入る前に使者を立てて、公式書簡を送って市街地以外の相手の有利な場で会談となったわけだ。


 そうして、一時のお休みを一応は満喫するべく。

 紅茶セットをドローンに積んで山岳部の中腹。


 開けた場所にやってきたのだが、無駄にゴッテゴテした如何にもファンタジーの超高レベルPLですという衣装と装飾品塗れな一団は降り立った途端に何やら語り出したわけだ。


(それにしてもホントに長いな。いや、全部殆ど事実だけども……)


 適当に紅茶を円筒形の水筒から直接飲みつつ、魔王軍謹製甘味糧食。


 要はクッキーの詰め合わせを齧っている間にも無駄に言い回しも仰々しい《《罪状》》が読み上げられ、こっちがピクニック気分している様子に青筋を立てた男女が取り囲むよう展開していく。


「以上を持って魔王ッッ、貴様を断罪する!!!」


 ビシィィィッと人差し指が中年の40代くらいの男から突き付けられる。


 無精髭姿であるが、鎧はかなり面倒臭そうな魔術がてんこ盛りにされていた。


 見るからにパワーファイタータイプだ。

 ぶっちゃけ、要塞みたいな防御力を誇る超威力重視の大剣使い。

 その背にある2m強のバスターグレードソード。


 この恒久界における剣の種類的には最大級の大きさを持つ代物が引き抜かれ、こちらに向けられた。


「……ぇ~~~あの、皆さん何か勘違いなさっていませんか?」


 水筒を横に置いてUSA宇宙軍からの鹵獲品であるボール型ドローンを背にして話し掛けてみる。


「勘違い、だと?」

「皆さんの事はえっと彼らから一通り聴取してます」


 フッとホログラムの映像が虚空に全員の関係者。

 つまりは魔王から取り戻したい人物を映し出す。

 それに思わず間隙を突かれたような顔を誰もがしていた。


「く!? 人質に取るつもりか!?」


「あ、いえ、勘違いしないで下さい。そもそもそうするなら、最初からやってますよ」


「なら、全員を解放しろ!!?」


 ズイッと大剣が鼻先にまで突き出される。


「いえ、ですから、皆さんは勘違いなさってます」


「何を勘違いしていると言うんだ!? 魔王の甘言に篭絡された誰もを我々は取り戻す為、此処に来た!! 何処にも勘違いなど無い!!」


「……まず、最初に間違っている事をご指摘しますが、この方達は魔王軍内でとても高い地位で働いています」


「な、に?」


 僅かに男の片眉がピクリと動いた。


「皆さんが皆さん。今、とても良い仕事環境で溌剌として働いてると言っています。これが証拠の映像です」


 虚空に映し出した其々の襲撃者達に対応する取り返したい人物達は魔王軍内部でも仕事が出来る良質な人材として、昼時には笑顔で職場の同僚達とランチを食い、物凄く真面目な顔で各種の決済やら調整やらを行っていた。


 労働環境は今現在かなりブラックに近いのだが、それでも溌剌と笑みのある職場で仕事と戦う姿は魔王に無理やり働かされている、という雰囲気ではない。


「次に勘違いされているのが、皆さんは魔王が何かとんでもない化け物でその巨大な権力を振り翳している。そして、人々を騙して自分の目的に利用している、というような妄想に取り憑かれている事でしょうか」


「どういう事だ!? 何が違うと言うんだ!? 彼女は現に魔王の甘言に篭絡され、行ってしまった。此処にいる者は誰もがそういった経験をしているんだぞ!?」


 溜息を吐いて肩を竦める。


「皆さん。そもそも本当に魔王なんてものがいると思っていらっしゃるのですか?」


「な、何だと!?」


「普通、考えれば分かるでしょう? 魔術が効かないとか。戦略級の魔術を乱発するとか。一人で数千人倒すとか。全部が嘘とは言いませんが、それが単なる個人の力だとでも?」


「な、何が言いたい!?」


「いえ、ですから、そもそもあなた達の求める魔王、という存在は民間に対して見せ掛けられただけの実質的には存在しない幻影みたいなものなのですよ。その実体は《《僕みたいな影武者》》というか。魔王役の人々を宛がって、裏で数万人規模の力を集結して作られたでっち上げなんです」


 こちらの言葉に驚愕の一文字を顔に張り付けた超越者達が戦慄く。


「ど、どういう事なんだ!? では、魔王という個人は存在しないとでも!? 馬鹿な!? つい数時間前にすら魔王の統治下の国々で人々の首が落ちたのだぞ!? すぐに元へ戻ったとは言うものの!? 一体、どうすれば、そんな事が可能だと言うんだ!? 伝説の魔王以外にそんな事は―――」


「あぁ、皆さんは続報をご存じないのですね?」

「ぞ、続報?」


 再びホログラムで全員の前に魔王軍の広報で出している魔王軍統治下向けの映像……統治者相手に流す建前上は民間の番組チャンネルへと周波数を合わせる。


『―――今回の一件は軍広報に拠りますと。現在、魔王軍が駆逐中の反魔王を標榜する武装集団が使用した超大規模の戦略魔術による殺害計画であった事が明らかとなっています。軍の突入部隊の映像が出るようです。現場のカレイドさーん』


『はーい。こちら、現場のカレイド・フォードです。魔王軍による武装集団の一斉検挙が終わった後の本拠地内へ我々取材班は足を踏み入れる事が許可されました。見て下さい!? 魔王死すべしの文字やら魔王の姿と思われる絵などがナイフや剣で壁に縫い付けられております。魔術の痕でしょうか?! 焼け焦げた……これは酷い臭いです!? 何かの研究施設跡地のようにも見受けられます!? 案内して下さっている軍憲兵隊の方のお話に拠れば、事前に研究内容の一部が魔王軍にリークされ、対抗する魔術研究が急ピッチで進められていたとの噂もあり、あの恐ろしい事件に付いて軍広報は―――』


 と言い掛けたところでスタジオへと映像の視点が戻る。


『え、本当ですか?! 今、軍広報から正式に報道がありました!! 多数の被害者を出した大規模首切り案件、ネックリッパー事件と正式に命名された本事件は軍が制圧した武装集団の超規模戦略級魔術の発動失敗に起因しており、これを軍研究施設が開発した新型の戦略級魔術による対抗で打ち消したとの事です!! 軍広報はこのような事態を防げなかった事は非常に遺憾であり、再発防止に努めると共に正式に各国へ謝罪し、心の傷を癒す為に専門教育を受けたヒーラーを派遣する事を―――』


「こ、こんな事!? う、嘘だ!?」


「いえ、これ各国の統治者向けに流されている番組でして。各国の広報に訊ねて頂ければ、この報道は今現在行われている事であると分かるはずです。魔王軍の広報は現在、灰の月の一部軍勢との戦争状態を逐次報告する目的で魔術での情報提供を常にこうして民間の方に手伝って貰いながら行っています」


「だ、だとしても、アレは魔王がやったんじゃないのか!?」


「だから、どうして個人であんな事が出来ると思ってるんですか? 皆さん、《《常識的に考えて下さいよ》》。普通、こんな大規模なものを個人で計画するなんて不可能なんですよ。軍広報でも言ってましたが、武装集団のような人数のいる団体の犯行であそこまでの規模の術式を展開したわけで……個人がと考える方が明らかに無理がありますよね?」


「そ、それが事実だとしても、今まで魔王がやってきた事は……」


「ぁ~皆さんは超越者だから、お分かりになると思いますけど、幻影や人の意識に干渉する魔術というのがありますよね。魔王という存在が起こしたと言われている事象は大抵本当に現実でも起こっていますが、それは一個人の力ではなく、魔王を演出する為に沢山の人員を用いて生み出したものなんですよ」


「……一体、本当にどういう事なんだ……」


 男の剣先が下がった。


「魔王に関連する様々な噂や事実と思われている出来事は皆さんが思っているような魔王個人による超越的行いの結果、ではないのですよ。ついでに言えば、人々を騙すのに魔王という存在が丁度よいと使われただけの話……魔王が自分の愛妾にする為に見目麗しい娘を浚って下僕にしてるとか。各国の要人を篭絡して手籠めにして働かせているとか。そんなの出まかせもいいところというか。誰も彼も今現在、普通に魔王軍で働いているか。そういう役目をしている、というフリをする仕事、演技してるだけでして……」


「え、演技、演技だというのか!?」

「ようやく分かって頂けてきたようで……」

「そ、そんな事あるわけ、う、嘘だろ?!」


 プルプルと剣先が震えている。


「此処だけの話にして頂きたいのですが、全部……実際には最初から月猫、月亀、月兎の一部統治者層が仕組んだ魔王という名前を使った《《革命》》、なのですよ」


 ズドンという音が胸元から聞こえそうなくらいに狼狽した大剣男がよろよろと後ろへ下がった。


 ついでにこちらの言葉を聞いていた大半の連中が何かに気付いてしまった様子で今までの剣呑な空気から名状し難い迷宮に挑んだようなしかめっ面になっていく。


「つまり、魔王は存在しないし、そもそも魔王軍というのは……」


 大剣男の後ろから賢者っぽい紺のローブを着込んだ頭に金輪を嵌めた美人が出て来る。


「ようやく理解して下さってこちらとしても助かります。ええ、各国の反貴族や非主流派が合同で国家を変革する為に使った方便を結集した末の戦力、という事になります」


 ざわつく相手に考える暇も与えずに矛盾と思われる部分を指摘していく。


「よく考えてみて下さいよ。どうして月兎の王国を転覆させるのに月亀の有名な軍人が最初期から関わっていたり、月兎の非戦論を唱える名君がわざわざ邪悪な魔王を迎え入れて反乱軍を組織したりする必要があるんです? そもそもどうやってその人達は知り合ったんでしょうか? 魔王なんていなくたって、名君は旗を上げたでしょうし、月亀の軍人が仇敵である名君に助力するなんて普通は在り得ない」


「そ、それは魔王が……」


 賢者女がそう自身無さげに呟く。

 彼女とて知っているのだろう。


 実際、反乱軍が大きくなってからは月亀の戦場では知られた有名軍人の名前が表に出るようになっていた。


 本人は微妙に渋い顔をしていたが、魔王軍が働く者に対して出自を問わないというアピールに使われた為に月亀から反乱軍に加わる者は確実に増えた経緯がある。


 これは魔王軍が大きくなり、各国に軍の有力者の名簿が行き渡って裏付けられた有名な話なのだ。


「魔王に言われたから、自分達の納める地域へ難民を大量に受け入れる。なんて、普通に考えたら有り得ると? 裏に何かあると思いませんか? 例えば、何かしら難民を受け入れてでも達成しなければならない理由、裏取引が《《何者か》》とあったとか」


「ま、まさか、それも全て最初から決められていた事だと言うの!?」


 何やら魔王の後ろで蠢く壮大な陰謀(まったく存在しません)に気付いてしまったらしい女賢者の声に周囲がざわつく。


「……月亀だってそうでしょう。戦争に勝っても負けてもいないのに急に内部で何かあったのかと勘繰りたくような、魔王軍への協力という話が突然出て来た」


 周囲では『確かに……』という声。


 それに混じって『いや、しかし、魔王によって前線が』という話も聞こえた。


「月亀と月兎の戦争だっておかしい事ばかりなんですよ本当は……だって、どうして月亀はそもそも時間を掛ければ、国力で圧倒出来るはずの相手に負けるかもしれない戦を仕掛ける必要があったんでしょうか? 名誉の為? 相手が気に入らないから? 過去の再戦? 馬鹿馬鹿しい……名君と名高いあの月亀の王がそんな雑な理由で国民を死なせるわけがない。時間さえあれば、勝てる相手……巧遅と拙速、どちらを月亀が尊ぶか。超越者にまでなったあなた達があの国の国民性を知らないとも思えませんが……」


『確かに不可解な開戦理由ではあったが、まさか……何者か。いえ、そういった相手が唆していたのか……』


 周囲から納得するような声が複数響く。


「月猫に至っては魔王軍の本拠地である魔都を占領したって言うのに殆ど即座に魔王軍と和解してしまった。月蝶と麒麟国の戦争なんて遠い場所での話ですよ? 歴史上、月蝶の神官で構成された軍が負けたという事実は無いにも関わらず、急に魔王と月猫の姫君との婚約が発表された。単に不安だったんでしょうか? そんな理由であの商売人達が自分達の投資を自らご破算にするとでも?」


 実際にはそうなのだ。


 月蝶と麒麟国の戦争だの、魔王の力の内実だの、月亀に仕掛けていた経済戦だの、ヤバい臭いを嗅ぎ付け、ユニの未来予測という後ろ盾を得てこそ損切りに動いた。


 まぁ、そんな裏話を勇者様一同が知ってるわけもない。


 さすがに事前の下調べをしていれば分かる月猫の不自然な行動に男女達の眉がどんどんと曇っていく。


「僕も詳しい予定は聞かされていませんが、月猫での婚約を機に魔王は裏方に回って出て来なくなると思いますよ……大抵の変革は終わってしまいましたから」


『………』


 沈黙が辺りを支配していく。


「ハッキリ申し上げて皆さんが救おうとしている人達はちょっと陰謀が渦巻く組織で普通に働いているだけに過ぎません。それも革命後の世界で困窮する人達を昔よりもずっと豊かにして、誰も虐げられないよう、誰も酷い目に合わないよう、そう心を砕いている。彼らは魔王に魔術や能力、技術で篭絡されたり、脅されたり、操られているわけじゃありません。魔王軍が掲げた理想を、人々が今よりもより良く暮らせるようにという目標に賛同したから、ああして働いているんです」


 複雑装な表情。

 どんな陰謀に巻き込まれているのか。

 そう、不安視する者もいるだろう。


 しかし、それは魔王に働かされているという大義名分が瓦解して最後に残る今までよりもずっと小さな不和の種だろう。


 それにそっと解決策を添えてやれば、相手の心情は軟化せざるを得ない。


「もし、皆さんが望むなら……監視や盗聴無しで各々取り戻したいと思っている方に面会させる用意があります。勿論、本人が望み。あなた達が望むなら、魔王軍を抜けて貰っても構いません。その場合は悪いですが、機密保持の観点から、この数か月働いている間の記憶は全て抹消させて頂きます。ですが、これは最低限の措置であり、普通の軍ならば考えられないくらい甘い処置だと考えて頂きたい。今まで魔王軍との契約上、働いて頂いた分の賃金と各種の福利厚生の一部もお受け取り頂けますが、一度抜けた後は防諜の観点から一切魔王軍との関係を絶って頂く事になるでしょう」


 もうさすがにこちらを包囲していた大半の超越者達も大剣男の周囲に集まり、これからの事を内々に魔術による通信で調整しているようだった。


「どうしますか? ちなみに軍敷地内の外で皆さんが武装したまま会う事も可能です。周囲に防諜や危険を排除する目的で部隊を一つか二つ置いておく事になるかもしれませんが……」


 何やら他の連中と話し込んでいた大剣男がおずおずと進み出て来る。


「二つだけ訊ねたい」

「ええ、どうぞ」

「どうして、そんな機密を我々に教える」


「皆さんが魔王軍が叩き潰すにはそれなりに大きい戦力である事。また、内々に皆さんが取り戻したいと思っている方々から穏便にどうか済ませて欲しいと上層部に陳情がありました。一番良い対応は全部話して矛を収めて頂く事だったので……」


「我々がそれを誰かに話さないという確証は無いだろう」


「わざわざ人質になる可能性を理解してまで知り合いを助けに来る人達が自分達の生死や個人的な利害に関係ないこんな陰謀論染みた話なんかを危険があると知っていてペラペラ喋ると思いますか?」


「ぐ、むぅ……」


 魔王軍が叩き潰すには面倒な関係者の知人や親族。


 そんなの相手に実戦ですら知られたくない武装の内実とか、ようやくルーチンワーク的に構築出来た補給線を動かすなんて愚の骨頂だ。


 後、こんな話……本当に陰謀論過ぎてこの場の社会的な地位に無い連中が誰に喋っても吹き込んでも噂話の範疇でしかない。


「……君は自分が影武者だと言ったな」

「ええ、僕以外にも何人かいますが」


「だが、それにしては《《強過ぎる》》と感じるのは気のせいだろうか。その強さで影武者だと、そう言うのか?」


「言っておきますが、この魔王軍の内幕には邪神の方々も関わっています。知っておられますよね? 魔王は邪神と度々会合しているという話は……これは大っぴらには言えませんが、この革命の裏では邪神と唯一神の駆け引きが行われている、かもしれません。僕は《《そういう側》》から派遣されてきた一人です。元々人間である皆さんとは根本的に違います」


「―――そうか。邪神……か」


「言っておきますが、邪神と言っても皆さんが思っているようなものとは程遠いのが現実です。彼らは唯一神に比べても、小さな力しか持たない。それに人間を不幸にしたくて、存在しているわけでもない。彼らには彼らなりの動く理由があり、唯一神が善だと神殿が教えているから、悪の汚名を被っているに過ぎない。これで皆さんに教えるべき事は全てとなります。出来れば、答えはこの場で」


 自分達が思っていたよりも複雑怪奇なものを目の前にしてしまった哀れな超越者達は救出するべき対象との面会を望んだ。


 その席で帰るかどうかに付いては話し合うとの事。


「では、途中までご案内します。もし時間があれば、是非魔王印の屋台などで軍の標準的な食事を御賞味下さい。毎日、アレが食べられる職場から離れたいとは普通思わないでしょうから、皆さんもそういう魔王軍に協力する方々の気持ちを一度味わってみて下さい」


 そうニッコリ笑顔で市街地へ誘う。


(帰ったら、また調整調整話し合い話し合い。オレの休憩時間なんて無かったな……嫁達との第一種接近遭遇でオレ死ぬんじゃなかろうか?)


 神経擦り減りまくりの綱渡り陰謀論の裏地固め。

 全部終わったら気力はきっと0である。

 内心で溜息一つ。

 でも、これもまた自分の力だと思い直す。


 全てのチートがこの身から消え去っても比べ合うものが暴力でも技術でも能力でもない限り、自分にはまだ勝機があるのだ。


 それこそがつまりは切り札。


 結局の《《いつも通り》》。


 《《自分がいた時代なら》》、絶対誰も引っかからないような数分も思考し、調べれば分かるはずの虚言。


 この凡人の発想と言動と世界観が繰り出す誤謬と錯誤が全てを覆すのだ。


 何処かの世界のアリスが言っていた。

 それはきっともうこの世界に無い(じんかく)なのだと。


 この世界に染まり切れない《《平和な時代の思考》》こそ、この魔王なんて名乗る不届き者にとって最大の財産にして武器、人々との差異なのである。


(魔王止めてもパン屋にはなれそうもないな。何で詐欺師紛いの口八丁手八丁が魔王業に必要なんでしょうかねぇホント……常識が違うって怖い……)


 何かを調べる。

 何かを疑う。

 何かを信じる。

 何かを解する。


 たった、それだけの普通に入り込む魔物。


 彼らが味わったのはただ生きた時代と社会が異なるこそ生まれた。


 笑ってしまうような些細な落差が生む喜劇コメディー


 そんな、ギャップの末にある吹けば飛ぶような、この世界においてなら鉄壁むけつの、そんな(じょうしき)に違いなかった。

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