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ごパン戦争  作者: TAITAN
大主食撃滅戦~悪兎渡来挙姻~
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第216話「真説~夢の終わりと皇女記譚~」

 昔から彼女は自分が平凡だと理解していた。

 美姫と言うには見目に自信が無く。

 皇族であるには欲が無さ過ぎて目立つ事もなく。


 ただ、僅かな家族の団欒が、他にも妃を持つ忙しい父といつも待ち続けている母の団欒が、そんな短い時間が好きだった。


 習い事は何でも無難にこなせても、極められるでもなく。


 嗜み程度。


 好きかと言われれば、愉しみとする程に熱心だったわけでもない。


 それでもイチジク……彼女の新しい先生が来てからはそう考える暇もないくらいに勉強して、女だてらと言われながらも、軍事に明るくなっていった。


 剣が上手いわけではない。

 弓が当てられるわけでもない。


 ただ、どうすれば、この人達を死なせずに済むかという一点において、考える事そのものが……彼女は少し上手かった。


 皇族で唯一女として戦場に出られると先生から太鼓判を貰い。


 戦争も終わり、彼女も大きくなり、全てがこれからは上手くいくに違いないと。


 これからはもう人が死なずに済むのだと、思っていた。

 それが打ち砕かれた突然の開戦。


 自分が前線に出るのは最後の最後だと理解していた故に……彼女は知っていた。


 己が立つ戦場こそが、この国の命運が尽きる事が決まる戦場だろうと。


 それはとても正しく。

 前線から遥か離れた後方で彼女は反乱軍と呼ばれた軍と対峙した。


 彼の名君ウィンズ卿が怪しき邪悪の徒【魔王】を名乗る者に与したのだとの報告を信じられず。


 しかし、着いてみれば、それまでに神殿と地方軍は壊滅。

 此処が自分の死に場所なのだと何処かで理解し。

 しかし、それでも戦の後に兵を遺すべく戦う意志はあった。

 無い知恵を絞り、無いものを作り、兵を慈しむ。


 たったそれだけの事しか出来ぬ自分を責めながら、それでも将に成れた気でいた。


 勇ましく言葉遣いを変えてみても、何が変わるわけもなく。


 責任を取ろうとしてみたが、自分を打ち負かした男は……空の彼方からやってきて、何故か説教をし始める始末。


 喜劇か。

 悲劇か。


―――【本当に優しい人間は自分の事なら犠牲に出来るが、相手に犠牲を強いる事が出来ない】


 分かったような事を言う相手は自分よりも小さくて。


 でも、確かな確信を込めて、フラウ・ライスボール・月兎を見透かしていた。


 自分が優しいなんて口が裂けても、胸を矢で貫かれても、思えるはずはない。


 軍を指揮する立場として人を死なせるのだから。


 けれども、その男が、魔王と呼ばれた彼が、自分と何処か似ている気がした。


 きっと、犠牲なんて出したくないのだと、その賢しらな言葉とは裏腹に顔は今朝鏡で見た自分と似た表情を浮かべていたから……。


 だから、なのかもしれない。

 彼女にとって、それは初めての感情。

 相手も無理をしているのだと。

 そう分かったから。

 自分よりもずっとずっと誰かの為に考え続けている姿が眩しかった。

 やがて、その気持ちは強く大きく育って行って。

 けれど、それは恋と呼ぶなら、独りよがりで。

 愛と呼ぶなら打算と計算が効き過ぎて。

 利用と言うなら、非合理的に違いなく。


 彼女はその感情が満たされる場所に自分が収まるとは思っていなかった。


 皇女殿下と呼ばれてみても、知れば知る程にただ我が身を粉にする以上の事を平然と為す彼に……本当に見合うだけの自分なわけもなかった。


 それでもいいと。

 そう、思ったのだ。

 そうだとしても、きっと傍にいる事は出来るだろうと。

 そんな時、彼女は彼の秘書に言われた。


『皇女殿下。貴女はセニカ様に何を捧げられるの?』


 こう言われて、自分が本当は強欲だと気付かされた。


 父の命、民の安堵、貴族の未来、幾らでも其処には願いがあった。


 他ならぬ自分の願いがあった。


 思っていた以上に己は欲深い人間だった。


 何一つ些細な欲すらないと思っていたのに……追い詰められてみれば、正反対だと気付いたのだ。


 彼女は皇女殿下で、民を導く義務を負い、やがては新しい国を託される。


 彼はそうする為に彼女を傍に置いていた。

 他の道も示してはくれただろう。

 でも、それが一番ではないときっと知っていたはずだ。

 そう………彼女には捧げられるものなんて殆ど無かった。

 その身はやがて国の為に使われる。

 その地位も、その命も、その為にこそあると考えてきた。


 そうしたくて、そうするべきだと、そう生きて来たのは他ならぬ自分。


 なのに、想った相手に与えられるものがあるとどうして思えていたのか。


 勘違いしてしまったのは何故だったのか。

 あの時、自分と同じようでいて、少し違う少年が魔王だったからか。


 年下にしか見えないのに年上よりも年寄り臭い事を言い始める少年の振る舞いが常識外れだったからか。


 甘い期待をしていたのか。


 恋は盲目と詩人は歌うが、それは正に自分だったのだと彼女は理解した。


 魔王の癖に潔癖症なのかと疑うくらい、何もしてこない少年。


 彼女に何だってさせられる、自分の好きにする事すら簡単なのに……そんな事はきっと露程も考えた事が無いに違いない少年。


 まるで喜劇だと。

 まるで悲劇だと。


 己の愚かさを嗤うしかない。


 魔王は美しい姫をかどわかして、手籠めにするものだろうに……少年は一度だって、そんな事を聖人君子よりもそうあるとしか思えないくらい清く、考え付きすらしていなかったのだ。


『我が身の全てをあなたに―――』


 だから、思い出してみれば、全ては彼女の、フラウ・ライスボール・月兎の一人芝居なのだろう。


 勝手に自分のような顔をする少年に惚れて、彼が魔王だからと全てを預けられると思っていた道化者。


 彼の望みは一番最初に聞いていた。

 自分に求めるモノは一番最初に聞いていた。


 自分は最初からこの国で生きる父と母と大勢の人々に尽くすより他に何も無かった。


 そう知っていたはずなのに……何処で間違ってしまったのか。

 申し訳なく思うのは彼女に言葉をくれた人達を思えばこそか。


 イチジクは言っていた。


『もはや、滅んだ国に何を捧げる必要もありますまい。殿下は殿下の事を』


 ヤクシャは言っていた。


『身の振り方はいつでも考えておりますニャー。いつだって、我が力は御身の為に……』


 シィラは言っていた。


『殿下に付いてゆきます。例え、それがどのような道であっても……』


 誰も彼も許してくれていた。

 何もかも捨てたっていいと。

 もう国は無くなったのだからと。


 そんな無責任に放り出していいわけないのは承知で―――彼女に言ってくれたのだ……好きにしろと。


「ん……」


 夢から覚めれば、世界は闇の包まれて。


 馬車の窓には何処までも黒く全てを塗り込め、天に伸びる塔の様子が見えていた。


 これで夢はお終い。

 ほんの少しだけ、彼女の願いは……叶った。

 そして、やっぱり、彼は何も変わらず。

 苦笑するくらいにいつも通りで。

 百年の恋だって、きっと醒めてしまうくらいに仕事ばかり。


 でも、真っ直ぐに自分を見つめてくれた瞳が、その彼女の心に勇気をくれる。


 きっと、賢しらな姫にしか過ぎなかった。

 世間知らずで男の一人も愛した事が無かった。

 単なる夢見がちなお姫様に彼はただ言ってくれたのだ。

 それがどんな意味なのか。

 まるで知りもしないかのように。


『お前が決死である限り、オレも身を賭してそう在ろう、その願いに。ごめんな……損な役回りで……だけど、まぁ、心配するな。やる時は最後までやってやる……世間的にはオレはお前の魔王閣下らしいしな。別に構いやしない』


 それは命を対価にした契約だった。

 きっと、本人は思いもしていないのだろう。

 こんなに世間知らずな皇女にどう思われるのかなんて。


「……ふふ」


 途中で死ぬ事になっても、後悔は無いと。


 いや、後悔はあっても躊躇無くそう出来る事が、どれだけの献身であり、どれだけの自己犠牲であり、どれだけ彼女自身の情けなさを打ち砕き、どれだけの喜びであったのかを。


(世界を闇に染めても、きっと貴方は……どうにかしてやるからと嘯いて、それを本当にしてしまうのでしょう……)


 ポロポロと涙が溢れた。

 何が起こっているかは分からない。

 しかし、その虚無の輝きを知っている。

 それは己の命を摩耗して使う魔王の漆黒。

 あの船で見たものと寸分違わぬ力。


「………セニカ」


 抗っている。

 戦っている。


 何処で誰と何の為に。

 それは分からないとしても。

 そんな生き方しか出来ない不器用さで。

 彼女が想った人は今もまだ進み続けている。


 きっと、フラウ・ライスボール・月兎も取り返そうとしてくれている。


(例え、世界が幸せな嘘に塗れても……あなたの事だけは思い出せた……それだけで私はきっと報われている………)


 虚飾に塗れた記憶が剥ぎ取られれば、其処にあるのは真実。


 一度とて求められてはいない自分。


 でも、例え、魔王と結ばれていた方が幸せだとしても、彼女にとっての生き方は……きっと、《《こちら》》なのだ。


 百年の幸せに溺れているより、民と魔王の為の今を。

 偽りの記憶に色惚けているにも関わらず。

 己の命を懸けて願いを聞こうと言ってくれた。


 そんな風に言ってくれるに値する自分でありたいと、彼に見合う女でありたいと、彼女は願う。


 夫婦なのだからと夜、閨に引き留めた自分に……何の曇りも無く、命を懸けてお前の願いを叶えようと言える、そんな空気の読めない男にフラウ・ライスボール・月兎は惚れたのだ。


(前を向いて、貴方のように、歩みを止めずに、いつもの如く、しっかりしなさい。フラウ・ライスボール・月兎……私は、我は、そういう女なのだろう?)


 悲劇のヒロイン気取りはもう止めよう。


 此処からは国の為に魔王に体を売って、恩を売って、魂まで売ったと評判な、本当にそうで来たら良かったと自嘲が零れる女の話。


 決死の覚悟を胸に抱き。

 決死の魔王を闇に待つ。


 そんな打算的な皇女殿下の結末へ歩みを進めよう。

 いつ黒き外套の彼が助けに来てもいいように。


 いつ自分が消えてしまっても、あの優しい彼が後悔せず、前を向けるように。


 笑みを、浮かべた。


 最後に見せるのならば、好きな男に覚えていて欲しいのは、“このフラウ”が浮かべていいのは、ソレだけなのだから。

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