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ごパン戦争  作者: TAITAN
大主食撃滅戦~月兎喰らい死す~
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間奏「その日の出来事Ⅴ」

 操艦用のデバイスがハンドルや操縦幹の類であるならば、SFらしく宇宙船をドラマティックなロマンスに使うのも吝かではないが、事実としてはボタン式にタッチパネル……後は視線を読み込むカメラを用いた手間要らずな代物だった。


 そりゃぁ、そうだろう。

 技術が進めば、人間よりも機械が正しくなるのは当たり前だ。


 わざわざ人間の誤謬ありまくりな判断基準でダイレクトな操縦を行い、シビアな宇宙船の航行をやる必要が無いのは明白である。


 宇宙に出るという生命としてのステージが一段階上がるくらいの偉業とて、最初期ならば、人の手と智がものを言うだろうが、それは機械の正確性が低いからこその話。


 ほぼ現代からすれば、超技術レベルの小型核融合炉だの宇宙線の遮断装置だの諸々複雑精緻な数百万行のプログラムだのある時点で人間の仕事なんて行き先を告げる程度に落ち着く。


 自己診断プログラムが正しいかどうかを確認する作業は必要だとしても、船体の機器が故障しているかどうかをわざわざ手作業で数ヶ月も掛けて確認する必要性は無い。


 いや、あったとしても、そんな悠長な時間は掛けられない以上、今のところ不要と切って棄てるべきなのは確実だ。


 西暦○○○○○○年。

 世界はごパンの炎に包まれた(キリッ)。

 世紀末は当に過ぎ。

 それどころか人類の黄昏や終末も過ぎてしまった現在。


 超技術の産物に命を預けるのも時代の流れとしては仕方ない話である。


 人類が積み上げた科学の粋たる宇宙船。

 ならば、それを信用せずして何を信用するのか。

 名も無き科学者や技術者達が積み上げた末の成果。


 それこそが滅びを齎す禍だとしても、こうして人の役に立つ事もあるのだ。


「これがそらの海……」


 海の男(地表限定)がえらく驚いた様子となっていた。

 半ば無重力の場所から装備と食料を詰め込んだ脱出艇を一隻。

 カタパルトで射出したのが二時間前。

 地球の周りで加速したのでそれなりに速度も出てきた。


 何故に時間が過ぎてからこんな事をアトウ・ショウヤ憲兵隊長が言っているのかと言えば、無重力で酔ったからである。


 何やら体質的なものか。


 船のある区画で1日以上過ごした彼はダウンしており、発進時はお休み中。


 到着してからは基本的な宇宙での活動用のマニュアルを暗記させていたのでリラックスさせる余裕も無かったのである。


 そうしている間にも無事アイアンメイデン艦長のありがたいリペア作業は終了。


 宇宙船の自動操艦をしてもらいつつ、宙の旅と相成った。


 ちなみに現在位置は最終防護層と呼ばれるフィルムより下の層。


 デブリ群も見えない灰色の半透明な世界を眺めるくらいしかやる事が無い。


 分厚い上部のフィルム層に開いた穴に突入するまで残り数分。

 収納されたブリッジ内は狭く。

 精々3人が座れる程度。


 座席に収まったショウヤはモニター越しに見える世界の在り様に何やら思うところがあるのか。


 呟いてから無言となっていた。


『婿殿。そろそろ突入じゃ』


「了解した。全部任せる」


 周囲から黒猫の声が響く。


 現在は船のメインサーバーと直接接続して諸々を制御しているので操縦席付近にはいないのだ。


「………」


 それに反応もせず。


 ジッと世界を見下ろしている青年は何か思うところがあるのか。


 何処か真剣な表情で拳を握っていた。


「何か言いたそうな顔だな」

「この世界はこんな形をしていたのだな……」


「まぁ、訊ねてきて初めて知った事実を実感もせずに分かれってのも無理な話だ。だが、シンウンからは聞いてるんだろ?」


「彼女の事は教授、彼から聞いた……」

「そして、知らなくていい事実も知ったと」


「この世界の成り立ち……あの総統の言っていた世界の裏側……これもその一つなのか?」


「そうだ。一般人は知らなくてもいいような事実ってやつだ」


 ショウヤが僅かに瞳を伏せる。


「こんなにも小さい世界に生きていたのか……共和国も連合も……」


「小さく見えるだけで実際には大きい。だが、外側から見れば、この程度ってのはよくある話だ。此処からなら手に収まるくらいの小さな土地を争って人間は幾らでも戦争が出来る。それを分かるのはこういう光景を見たり、もっと大きな視点で物事を考えられる一握りの連中だけだ。オルガン・ビーンズの元皇帝とかな」


「……フッ、犯罪者を追い掛けていたと思ったら、いつの間にか相手が大国の大物政治家に化けていた、か……まったく、世の中は分からない事ばかりか」


「政治家って何だ。オレは清く正……しくはないかもしれないが、平和を願う一般市民だぞ? あの老人と話したりはしてもな。それにあの公務員の肩書きだって、あの総統閣下とやらが看取られるまでの仮のものに過ぎない。政敵だと追い落とされる可能性なんぞ加味したら、あの閣下が死んだ後は謹んで官位は返すつもりだ」


「だが、その肩書きが無くとも、幾らでも君は大連邦の政治に口を出す方法がある。違うか?」


「……必要だと思えば、出すだろ。少なくとも安らかに暮らせるよう自分の周辺の環境を変えようってのが人間の特性だ。ちょっとばかり、知り合いが偉かっただけでオレがやってる事は家事炊事と然して変わらない」


「ははは……家事炊事か……」


「人間、生きていくのに必要なものはそう多くない。だが、それを維持していくのは難しい。今、オレがやってる事もそうだ。大そうな事じゃない。原因があって、手段があるから、自分の思い通りの結果を求めただけだ」


『抜けるぞよ。突破後、月面へと向かう』


「ああ、頼む」


 そう言って数秒後。

 モニター越しに巨大な穴が見えて、突入していく。


『第二次加速終了。4、3、2、1―――』


 全天型のモニターが一気に穴を抜けた後の世界を映し出す。


「アレが月?」


 一応、神の屍に関する視覚情報の改竄を一部解除しておいたのだが、ショウヤも今まで自分達が見ていたものは似ても似つかない色彩のソレに戸惑いを隠せない様子だった。


『ふむ……婿殿の言う通り、緑に蒼……まるで違う色合いじゃな』


「光学観測用の機器は全て最高解像度で撮影開始。データ解析もよろしくな。数日前の足取りはまともに追えなくても、地球と月面間にあるものは影響を受けてる可能性がある。デブリの進路とか間にある何らかの人工物とかな。現在の状況と数日前の状況をシミュレートして合致しない部分を探すんだ。天海の階箸にアクセスして解析結果を表示してくれ。全部事前準備通りに頼む」


『うむうむ。分かっておるとも……ふむ。解析開始……終了。第四次解析まで先行して状況をマップに表示……ふむむ……本星と月面間にはやはり婿殿が睨んだ通り、かなり人工物のデブリが多いようじゃな」


 パッと月と地球の合間の航路に3DのMAPが表示され、其々の宙域の数日前から現在までのデブリの軌道予測進路が表示される。


 そして、その内の複数のものが現在の情報で構成されたMAPの進路とは明らかに食い違っていた。


 その宙域をピックアップして一つの道のように構成してみれば、事前に予測させていた航路とある程度一致している。


「航路上の障害物の数は?」


「大きな回避運動が必要なものは23程あるようじゃが、それ以外は磁場と液体金属皮膜でどうとでもなろう。月面を撮影した情報の解像度を上げて処理したものを今写すぞよ」


 モニターに続いて新たな映像が映し出される。


「……こいつは内部に海? いや、何かの皮膜みたいなので覆われてるのか? 水槽みたいな質感に見えなくも無いが……」


「こんな光景が現実にあるのか」


 さすがの海の男も驚いていた。

 巨大な月。


 そのクレーターのあちこちに見える蒼い水色の部分に大きなものが泳いでいた。


 ついでに他の部分には薄緑色の植物のようにも見える物体が大量に茂っている。


 だが、それが普通の植物なわけもないというのは月面の表層に空気層が見当たらないと表示で出ている事からも明らかだ。


「そう言えば、真空で活動可能な有機体を使った衛星なんてあったなぁ……」


『む? ガーベージ・コレクターの情報と一緒に解析してみようか……解析完了。うむ、婿殿の言う通り、真空と太陽からの日光にも負けず茂っておるのはたぶん本当に有機物じゃな。データ解析の結果としては水が検知されておる。ただ、それが蒸散している様子も無い。あの植物みたいなのの情報を総合すると熱を伝導する金属を大量に含んでいて、地下へと熱エネルギーを送っているようじゃ……水も沸騰してポンプのように運動エネルギーを地下に送っとるみたいじゃな。循環しとるかのうコレは……光そのものもファイバー状の器官を使って採光していると見てよい。うむ……なんじゃコレって感想しか出んな』


「つまり? あれか? 金属を表皮に持ってる機械みたいな植物が地下に熱と光と水の膨張による運動エネルギーを送ってると」


『うむ。婿殿は賢いのう♪』


(真空で使える有機系のソーラーパネル? 植物と金属の特性……ゲノム編集の成果としては今まで見てきたものの中でかなりデカイ功績なんじゃないか……これさえあれば、恒星の周囲で人間の活動範囲はかなり広がるはず……本気で宇宙開発してたんだろうな。委員会の連中……)


「何が何だかさっぱりだが、アレは植物なのか?」


 ショウヤに頷く。


「大昔の連中が真空の海で活動する為に作った代物だろう。話は分かった。じゃあ、此処からはゆっくり宇宙遊覧の旅と行こうか……さっそくで悪いが、渡した薬使ってくれ」


 前日に統合で作らせていた浸透圧式のアンプル注射のパッケージが取り出されて、捲くられた腕に押し付けられた。


 プシュンと音がした後。

 アンプルが数秒で空となった。


「これでいいか?」


「ああ、1G無いと人間の肉体はかなり老化する。宇宙線に付いてはこの船なら大丈夫だろうが、重力の無い世界ってのは基本的に人間の敵だと思った方がいい。今の内に無重力や低重力下での動きに関してのマニュアルを見て、ある程度身体を慣らしておいてくれ」


「分かった」

「トレーニングルームの場所は分かるな?」


「ああ、船の図面は頭にもう入ってる。真空中の基礎知識と行動マニュアルもな」


「……オレより優秀で助かる。この宇宙船も積まれてる宇宙服も1気圧に保てる代物だから問題ないと思うが、気分が悪くなったりしたら、絶対何があっても申告する事。いいな?」


「オレは母親の言いつけは守るタイプだ」

「誰がお前の母さんだ」


『ワシはいつでも可愛い息子を募集中ぞよ?』


「聞いてない。いいから、航行に細心の注意を払いまくっててくれ。三百万くらいやるから」


『ひにゃあああああああああん!!? ありがとうなのじゃぁ♡ ラストバイオレットしゃまぁ♡♡』


 思わずビクッと声に反応したショウヤにいいから行けと手で払う仕草をする。


 相手が扉から先に消えてから、1人座席で月を再び見つめた。


「……なぁ、あの馬鹿デカイ水槽の下、どうなってる?」


『うぅ、またこんな声を……く、ワシは百合音のように惚れたりせんからな!?』


「生憎とアイアンメイデンはお断りでケモナー属性は持ち合わせてない。で、どうなんだ?」


『解析しておるのじゃが、恐らく地下は上の斑に見える水槽とは違って惑星表層とほぼ同等くらいの面積があるはずじゃ。特に大きい月面のクレーター周辺の水槽は透明度が高いので奥まで画像解析したのじゃが、街のようなものまで見えるぞよ』


「地下都市か?」


『うむ……自然もあるように見受けられる。まぁ、さすがに水槽内の流れのせいで映像は歪みまくり、補正掛けても建物サイズのものしか確認するのは無理じゃが』


「天海の階箸側にあるシステムからの介入は?」


『月から送られてくる殆どのデータは暗号化済みの代物ばかり。ラスト・バイオレット権限でもシステムの中枢に直接アクセスしなければ、解除は難しいじゃろう。委員会が月面関係を警戒してあっただけあって、あちらからのハックを退ける防壁が数万枚常時こちらのシステムを守っておる。こちらからあちらを覗こうと思えば覗けるが、逆にそのルートを使われてワームやトロイを仕込まれるのもアレじゃしな。月面のシステム中枢に通じるターミナル。もしくは端末を見付けて、慎重にやるのが一番よいじゃろう』


「分かった。じゃあ、しばらく休む。何かあったら起こしてくれ」


『了解した』


「他に報告しておきたい事は?」


『……うぅむ。これは解析結果に基く予想なのじゃが、あの月面に生えてる植物……たぶん、食べられるぞよ』


「は? 宇宙線マシマシ、被爆済み土壌から重金属や珪素を吸い上げましたって文句が付きそうな月面食材は御免なんだが……」


『いや、金属部分は細胞的には表層と内部の芯ばかりで後は超高温にも耐えられる有機細胞と筋張った採光用の部分のみじゃから、冷まして要らない部分取ったら食えそうではある……まぁ、婿殿が言ったように人体に有害な物質さえ取り込んでいなければ、じゃが』


 さすがに不味そうという言葉は横に置いておく。


「じゃあ、着陸したら、幾らか取ってくか。月の石が高額で売れるって話もある。共和国の研究機関なら月の雑草もそれなりに高く買い取ってくれそうだしな」


 操縦席から立ち上がって背後の扉を潜る。

 船内は脱出艇だけあって、あまり広くない。


 シンウン。


 潜水艦の内部よりも狭いだろうか。

 通路の周囲にはズラリと複数の部屋の扉が並んでいる。


 無重力での移動用コンベアーの取っ手を掴んで足を付かずに移動する。


 自分の部屋の前まで来てから指先を扉に引っ掛けて、緊急制動や加速時用に身体を固定する為の柵型のポールに足を付いて、そのまま方向転換。


 自動で開く扉の中へと入った。

 初めて休憩に入る空間は殺風景だ。


 寝台以外には空っぽの棚があるのみで室内は無機質で木製の家具は一切無い。


 あるのは吸引式のトイレと同じく吸引式のシャワールームのみ。


 だが、これらの設備があるというだけでも十分に豪華な話だろう。


 水は貴重だし、積んだフィルターでリサイクルして使い回すので色々と気になる者はいるかもしれないが、厳しい環境で生きていく為の叡智と言えば、聞こえはいいので……帰りに乗る相手に納得させるだけの言い訳くらいは考えてもいいかもしれない。


「………」


 一応、手荷物として持ってきた私物は僅かだが存在する。


 統合でヒルコに出力して貰った写真の入ったフォトフレームを鞄の中から取り出す。


 そこには結婚式で花婿らしい姿とは言えない自分を前に涙すら浮かべて微笑む少女達の姿があった。


 公式に花嫁として迎えたフラム達の他にも家族や護衛という形で諸々全員集合状態。


 真ん中に移る自分は仮面こそ外していたが、ガチガチで妙に固い顔をしていた。


 笑ってやれば良かった。

 いや、笑えていたなら、尚良かった。

 そう思えるのは失ってから気付くという定番の話に過ぎない。


 今更時間は戻らないし、いつも自分にとって最善だと思う行動を続けてきた。


 だから、後悔とその気持ちを言うべきではない。

 それは変わっていく今へと向けられた郷愁。

 戻らない日々への憧憬と表現しておくのがいいだろう。


「まったく、生きてろよ……全員……」


 月の先に何が待っていようとも、一つだけは確かだ。


 もし、全てが無駄だとしたら、確かに自分は人類を消滅させかねないくらいには怒るだろう。


 無力であった時のような必死さ。

 今、こうして力を手に入れても守れなかった悔しさ。


 今まで吐いてきた正論も嘘も虚言も何もかも……そんなものがどうでもよくなるくらいには……きっと、もう全員が大切だったのだ。


(それでもオレだけは死ねない、か……)


 いつかの自分が言っていた事が真実なのだとしたら。

 そう思ったところで考え直す。


(死ねないなら、死ぬまで幾らでも使い潰せるって事じゃないか。あいつらには怒られそうだが)


 胸に抱くものが熱さでも冷たさでもなく。


 写真に篭るあの日の気持ちだとすれば、例え……無限回死のうと忘れられない。


 忘れられるはずがない。


 真空の海に投げ出され、永劫の孤独に苛まれても、太陽の中で常しえに焼かれ続けようとも、この想いが消える事はきっと無いのだ。


「ああ、クソ……そうか、これが……何で今更気付くんだよ……オレ、あいつらにまだ面と向かって言ってないんだぞ……」


 愛は脳科学的には数年で醒めるものらしいが、生憎と死ねない人間には永遠の代物らしかった。

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