第114話「狂戦」
両断、まではされていない。
しかし、通り過ぎた刃は確実に背骨の前に付いた内蔵を一瞬で切り裂いた。
普通なら即死。
だが、《《切れ味が良過ぎる刃物》》と身体の相性は良い方だ。
周辺をグズグズに潰すような攻撃でないなら、細胞同士が癒着して再生する時間は早い。
振り下ろされた片刃を相手の間合いの内側に突撃する事で無力化。
同時に0距離からの拳で相手の頭部を殴り付ける。
と、見せ掛け。
暗器の鉄杭を投げ放つ。
これを回避するかと思ったが、それはやはり安直過ぎたか。
敵は放たれた直後の腕を片腕で受けた。
射出された後方からのブレードが相手の腕を膾切りにしたが、両断するまでには至らない。
初速が足りなかったのもあるし、糸が撓んで広がる空間も無かった。
ペイッと鉄杭が横に棄てられ。
膝蹴りがこちらの傷口を打ち抜く。
―――ッッ?!!
ほぼ直っていたとはいえ。
それでも常人なら内臓が完全に破壊されているだろう威力。
身体のあちこちで激痛が通り過ぎていく。
が、それを無視して、相手がブレードを拾い上げる前にタックルの要領でその場から引き剥がす。
何とか3m以上を後退させた。
が、それでも相手は足が一本だと言うのに倒れる事すらなかった。
グシャリと拳が頬から下を打ち抜く。
顎が砕けた。
激痛に意識が遠退くのも無理は無い。
たぶん、頬から顎に掛けてが相手の拳で完全に抉れた。
直っている最中だろうが、それでもその間の痛みは頭のネジを飛ばすのに十分だ。
ギチギチと噛み合う人体と人体。
相手は鎧で生身の部分を保護している為、こちらの腕力では千切る事も無理だろう。
しかし、関節はそうもいくまいと僅かに後ろへ下がると同時にもう復元された片腕の脇の付け根へ指先を潜りこませる。
爪が剥がれ、肉が抉れ、鎧の隙間を骨が穿つ。
途中で鎧と鎧の合間にゴリゴリと手の肉を削がれたが構わず。
相手の腕を突きで切り離した。
その合間の感触。
自分の再生する細胞と相手の再生する細胞が同時に混ざり合いながら、自己を再形成しようとする感触に何とも言えないおぞましい感覚が背筋を駆け抜けた。
そうだ。
まるで最初から一つだったかのように。
細胞と細胞が癒着したのだ。
更に片腕を失くした相手はしかし何故か。
本当に何故か。
嬉しそうだと感じたのは鎧の下。
仮面の下からくぐもった笑いのような呼気を聞いたような気がしたからだ。
愉しんでいる。
相手は少なくとも戦う事を、自分と対等とは言えずとも戦える者が立ち向かってくる事を、喜んでいた。
ゴボッと額の頭蓋一部が罅割れる。
仮面を付けていなければ、前頭葉をやられていたかもしれない。
意識が不鮮明になった。
脳震盪。
頭突きだ。
だが、此処で下がれば、腕を返してしまう事にもなりかねない。
身を深く沈めて。
再びタックルの姿勢で相手をその場から引き離す。
それとほぼ同時。
背後に置き去りとされた腕が何かしらの火器の集中砲火を受けたらしく。
爆ぜて背中に付着する。
この状態ならレールガンでどちらも殺せるはずだろうに。
律儀らしい【統合】の巫女とやらは指示を出していない。
未だ周辺からの火力集中は無かった。
何とかこれで五分以上。
相手が拘束出来た。
格好良くスタイリッシュな戦闘なんてものはない。
命と命を掛けるなら、其処に銃弾が無ければ、残るのは五体同士のぶつかり合いだ。
片足しか無くとも。
この敵は決して油断など出来ない。
引いて火器を使おうものなら、片足で逃げ出して包囲を突破する事すら在り得る。
ならばこそ、相手を引き倒して跨り。
腹を押さえ付けるように腰を落とし。
背中に足が当たるのも構わず。
両手で首を絞める。
やはり、関節部の鎧の隙間からは直接の接触が可能だ。
しかし、鋼同士を擦り合わせた相手の抵抗で肉が削げる。
普通の人間の手なら両断されているだろうが、生憎と再生する腕だ。
満身の力を込めて腕を隙間に突っ込み。
首を確認して握り潰す。
相手の太い筋肉が抵抗するものの。
動脈静脈の位置を的確に押し潰しながらの絞殺。
次第に背後に叩き付ける足の力も弱まり。
やがて、ボヂュンッと。
音がしていたならそういう極めて不快だろう音色を響かせるだろう行為が完了する。
弾け散る肉と骨と血液。
脊髄と細胞のミンチが周辺に散らばって。
コロコロと首が横に転がった。
首が元に戻っては事だと。
すぐにクソ重たい胴体を遠方に投げる。
そうしてようやく戦闘が終わった。
この肉体になってから初めて疲れたと言えるだけの脱力感。
極度の疲労困憊。
だが、不意にインカムからの注意に後ろを振り返る。
誰の声だったのか。
それは分からない。
だが、目の前には極めてオカルトらしいものが存在した。
石棺。
そうだ。
どんな原理なのかも分からない。
空中に浮いた柩が開き始めていた。
ソレが完全に内部を晒すと。
不思議過ぎて理解不能な事に漫画よろしく。
ようやく倒した敵の残骸が内部へ吸い込まれるようにして引き込まれていく。
そうして、柩が首と胴体と残骸の肉片を余すところ無く内部へ収めた後。
蓋が閉まり。
ゴドンッと柩は地表に落下して停止した。
「………最後にオカルトかぁ……」
あまりの出来事に呆気に取られた様子でインカムにはざわついた声が多数押し寄せている。
しかし、それに対応している暇は無い。
「相手の無力化に成功。見てるな? この棺桶。地下に運んで遺跡内へ落とすのに協力して貰おうか」
『この世には我々には推し量れないものが幾多ある……ですが、また人こそがその最たるものであるという事も……見せて頂きました。では……今から部隊を向かわせ―――』
ゴッと地表が揺れた。
その途端だ。
更地となった一帯が鎧の男が出てきた地下へ続く穴を中心に盛り上がり始めたのは。
『緊急退避!! 部隊は周辺より退避して下さい!!』
「何がどうなってる!! まさか?!」
『地下よりの報告です。巨大な黒い何かが出入り口に体当たりしたようだと』
「ははは……再封印出来るか妖しくなってきたな。オレがこの石棺を運ぶ!! アンタらはもしもの時の為にこの場所に戦力を集めて遠巻きにしててくれ。もし、相手が出てきたら最大火力で下から出てくる化け物を焼き払え。いいか? 絶対に火力を出し惜しみするな。アンタらが持ってる全ての火力を叩き込め。そうじゃなきゃこの世界はお終いだ」
『ソレの正体を知っている様子ですが、一体何なのです?』
「この地下遺跡を作った連中が最後に遺した力だ。地下で隔離出来るかと思ってたが、どうやらそういう類じゃなかったようだな」
『……死にに行くおつもりで?』
「馬鹿言うな。オレはこれでも結婚直前の相手がいる。化け物程度で式を延期させたら、文句しか言われない立場だ」
『ご帰還をお待ちしております』
「ああ、嬉しくて涙が出る言葉だな」
揺れが収まった瞬間にベアトリックスがガトーの肩に付けていたロープを持って走ってくる。
「という事になりました。そのロープ借りていきます」
こちらの傍まで来た巨女がこちらを見て何とも言えない顔をした。
その複雑そうな表情に苦笑するしかない。
「カシゲェニシさん。既に話を窺っている身からして言わせて貰えば、今から共和国軍の火器を集めて待った方が得策なのでは?」
「あの怪獣がどういう理由で上に攻撃を仕掛けてるのか分からない以上。その理由を突き止めて解決するのが一番早いですから。この棺桶が理由になってる可能性も高い。周辺の黒い羽毛を集めて処分するのは任せます」
「……他に我々が出来る事は?」
「オールイースト邸が無事なのか確認してくれれば。それとくれぐれも戦闘を再開させないよう言っておきます。相手の火力はまだ消耗し切ってない。一方的な蹂躙になりますよ」
「分かりました。出来る限りを約束しましょう」
「ありがとうございます」
すぐにロープが石棺に掛けられ。
担げるように編まれた。
引き摺るようにして何とか早歩きで盛り上がった地下への穴へと向かう。
『今からコードを教えるのじゃ。暗記せよ』
「ああ、頼む」
ヒルコの声が響く。
『いやぁ~~最悪の状態やね。で、ウチは何したらいいん? 大将』
「大将は止めろ。それとそっちの仕事の状況は?」
『う~ん。ダメやな。あの黒いウネウネ玉な。外からの特定のコード以外に反応せんよ。ま、扱い方は教えてくれるそうやし。ウチがこっちは責任持っておくさかい。往生しいや~』
バナナが普段と変わらぬヘラッとした回答を寄越す。
『エニシ殿……某は引き止めぬでござるよ……』
「ああ、そうしてくれ。お前はお前の仕事をちゃんとやれ。オレもオレの仕事とやらを終わらせてくる」
『うむ……もし遺跡に取り残されても、しっかり某が迎えに行く故。自暴自棄にはならぬよう。言い添えておく』
「当たり前だ。その場合は何とか連絡を取る。頼んだぞ」
『それでこそ、某の諦めの悪い伴侶殿でござる♪』
「あいつらには……まぁ、とりあえず帰ってくるまで大人しくしてろと言っといてくれ」
『心得た!!』
穴の淵に到着した時。
再び。
ズドンッと地震が周辺を襲い。
建物がガラガラと崩れ始めた。
「行ってくる」
穴へと飛び込む。
これが黄泉路へのダイブだとは思わない。
何故ならば、少なからず自分の胸には絶望の一欠けらすら、燻ってはいなかったからだ。
奈落は無音の静寂の中でも息遣いに満ちて。
何かを待っているかのようだった。




