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ごパン戦争  作者: TAITAN
大主食撃滅戦~双極の櫃~
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第106話「接敵」

「で、オタクらは何処から来たって? もう一度確認したい」


 三十代後半くらいだろうか。


 少しだけ無精髭を生やしたちょっと長い金髪の如何にも気の良さそうな中隊長。


 ナイスガイから四枚目くらい離れた顔立ちの軍服姿が正面玄関の目前にあった。


 周囲には拳銃と小銃を下げた男女が数人。


 こちらの後ろに控えているヒルコと羅丈の外套まんまの百合音とNV型と呼ばれていたロボとポ連軍の参謀将校の制服を着たバナナがいる。


 ついでに今話している当事者は明らかにSFチック全開な外套に制服、刀、拳銃、小銃を付けた半貌を麦と稲の刻印が付いた面で隠した妖しい奴。


 ああ、まったく言い訳出来ない。


 というか、たぶん……この状況を一人も予想していなかった、という事がそもそも自分達の寄せ集め感を醸し出しているだろう。


 頭のネジが六本か七本くらい幸せで吹っ飛んでいた自分と百合音。


 羅丈の基本的に座って寝転がるのが仕事な黒猫。

 そして、ポ連の暗殺稼業と工作専門だったコンビ。

 本当にどうしようもない。

 現在、ゆっくりと首都機能を後退中とはいえ。

 それでも人間がいれば、水は死活問題。


 其処が如何に死地へ近かろうとも水道局に軍の人間がいる、というのは考えて然るべきだった。


 ざっと20人弱の部隊が玄関前に辿り着いた時、襲撃してきた時は敵かと思ったが、そんなわけも無いのは敵が旧世界者プリカッサーの一団だと知っていれば、分かって当たり前(一瞬、兵隊をミンチにしようとしたガトーを止めていなければ、大惨事だった)。


 それと……何とも軍人にしては様にならない感じの……凄みの無い人相な兵隊達は少なくとも彼らが正規兵の中でも前線に出ない輩である事を物語っていた。


 慣れなさそうな銃の扱いからしても、僅かに震えている女性士官の様子を見ても間違いない。


「アンタら、兵站部門の人間か?」

「こっちが質問してるんだけどなぁ……」


 こちらのイデタチのヘンテコさというか。


 明らかにヤバイ奴らだと分かっているのだろう中隊長が大きく溜息を吐いた。


「オレの名前はカシゲェニシ。そちらの階級と所属は?」


「俺はアルスカヤ・ベーグル中尉。陸軍の首都直衛に当たる中央特化大連隊所属兵站部四課第二補給中隊の隊長で現在、この水道局の管理をしてる」


 その言葉に周囲の部下達が「ちょっ!?」という顔をした。


 彼らはベラベラ話していいのかと止め掛けるが、アルスカヤと名乗った男がまぁまぁと片手で宥めながら説明を始める。


「お前ら、ちょっとは世間の事を知れって、いつも言ってんだろ。軍ばっかに目ぇ向けてると。後から苦労するぞ。噂は聞いてる。色男……アンタがE計画のヨ号被検体……不死身の男って奴だな?」


「そう言えば、そんな検査だったか? それにしても……中尉にしては事情通なようで」


「はは、オジサン怖いよ。アンタみたいな自分の息子くらいの奴がさ。この状況で平然としてるのとか……で、その愉快なお仲間達の説明をして欲しい。一応、現在我が国の首都はご覧の有様だ。何も言わずに通せるような状況でも無い」


 アルスカヤが銃を部下達に降ろすよう身振りで伝える。


 汗を浮かべながら渋々銃を降ろした兵達が如何に中隊長たる男を信頼しているのかが、それだけでよく分かった。


 というか、この場所で一番事態が見えている一般的な人物は目の前の相手だろう。


「勅令担当官の事は?」


「知ってる。役所に伝手があってな。何処も上に下にの大騒ぎだったらしいし」


「こっちは軍権に手出ししないという以外では豪腕を奮ってくれと総統閣下から言われてる。現在、首都上空に陣取ってる魚の群れと空飛ぶ麺類教団の本拠地を覆った肉に付いて、調査、探索している最中だ。勿論のように言えない事が満載で」


「はぁ~~~ッ、オジサンさぁ。こういうのは言いたくないんだけど、言えない事ってのが何一つ隠さずに歩いてるってのはどうかと思うわけよ」


「同感だな。今更にどうせ無人だろとか思ってたのはちょっと無用心だった気がする」


「その後ろの明らかに敵国のヤバイ部隊の外套来た女の子は?」

「子飼いのダブルスパイ」


「ん、んぅ~~~もぅ、何か隠す気無いよね? そうだよね? じゃ、じゃぁ、そっちのポ連の情報将校の制服来たお嬢ちゃんは?」


「ポ連の情報部から拉致して引き抜いてきた特殊機器の工作専門家」


「ッッッ~~~あ、あのさぁ」


「ちなみに一番聞きたそうな後ろの機械の塊の片方。女性型は公国の羅丈を束ねる裏の支配者で、こっちの見えない敵にそっくりだって思ってるだろう方はポ連のヤバイ奴筆頭、黒鳩と呼ばれてる」


「―――分かった?! 分かったからッッ、もういいから!!? ぁあ~~オジサン何も聞いてないわ~~見てないわ~~あ~~~今日はサーカスの日だったかなぁ~~?」


「中隊長!?」


 どうやら副官らしい二十代前半くらいだろう女性仕官が思わず喚いた。


 生真面目そうな眼鏡の金髪ショートカット。

 何と言うか。

 融通の利かなさそうな顔をしている。


「発言を許可した覚えは無いよ。アスターシア少尉」

「で、ですが!?」


「ぁあ、オジサンは今日変な民間人に絡まれてた事だけを記録して欲しいわ~~報告書に何か書いちゃうのは止めといた方がいいと思うわ~~生き残った後、物理的に絞首刑とか銃殺刑とか行方不明とかになったりしたくないわ~~」


 中隊長の“大きな独り言”にようやく部隊の人員達が今聞いた事がヤバイでは済まないという事に気付いて、ゴクリと唾を飲み込み、ダラダラと冷や汗を掻き始める。


「でぇ、だ? “ちょっと変わった民間人の皆さん”に質問なんだが、一体全体この水道局に何の御用だい? ちなみに此処は通せないよ。“軍が徴発してる”」


「分かってる……だから、《《此処の持ち主になるオレ》》が《《緊急時の点検に来た事》》は《《事後承諾的に許可される》》と伝えておく。その上で提案だ。現地部隊の長であるアンタには速やかに“施設管理の為に残ってる民間人材”を率いて、一時的に脱出して貰いたい」


「あん? 此処が襲われるってのか? いや、水は死活問題ではあるが……民間人材?」


「制服ぐらい残ってるだろう。一時間無いから、出来れば今から着替えだけは済ませておいた方がいい」


 アルスカヤが目を細める。


「……アンタらのせいか?」


「ああ、敵は恐れてる。自分達が丸裸になる事を……勿論のように軍人なんか良い的だ。此処から逃げ出すのが民間人なら構わないだろうが、軍人ならどうなるかは分からないな」


「確認させて貰っても?」


「参謀本部じゃなくて、この首都で“一番偉い軍人”に繋いで貰えれば」


 部下へ耳打ちし、すぐ電信設備へ向かうよう指示した中隊長がマジマジとこちらを見つめてくる。


「一つ訪ねていいかな? 民間人の少年」

「何でもどうぞ」


「ぶっちゃけ、君があの“世紀のラブストーリー”の張本人なの?」


 此処でその話題が出てくるとは思わなかったが、近頃の帝国から輸入している商品のナンバーワンは間違いなく帝国での皇女駆け落ち騒動に関する書籍だ。


 特に女性達が血眼になって買い漁っているらしく。


 いつも図書館から帰るとリュティさんから話をせがまれたのは記憶に新しい。


「この間までカレー帝国の宮殿住まいだったのは事実だ」


 それにようやく。


 そう、ようやく周囲の部隊の女性隊員達が目をパチクリとさせて、こちらを凝視し始める。


「そっかぁ……あの噂も本当だったりするのかな? 実はオルガン・ビーンズの聖女様と婚姻してるとか」


「事実だ」


 そこでようやく女性達の目が少しだけ変わった。

 こう何と言うか。

 妙に視線が生暖かいというか。

 ギラギラし始めたというか。


「あのさぁ……出来れば、こう表情を変えてくれないと困るんだよね」


「諦めたなら、それでいい。推し量りかねてるなら、こっちから一つだけオレが本物だという証明をしよう」


「ほう、どんな?」

「いいか?」


 後ろを向いて百合音に横へ来るように促す。

 部隊の誰もが見ている前で耳打ちした。


「良いのでござるか?」


「仕方ないだろ。オレもこの方法は出来れば避けたかったが、正規の命令じゃなかったら、確信させる事でしか、この中隊長さんは通してくれないだろうし」


「うむ……分かったでござるよ」


 袖を巻くって肌を露出させ、百合音の前に差し出す。


「オレの腰から抜いてサクッとやってくれ」

「うぅ、何か某はこういう役目ばかりな気が」


 ちょっぴり気弱な事を言う百合音の顔は微妙に酸っぱいものを口に含んだかのように歪んでいた。


「お前並みの腕じゃないと後で大変かもしれないんだよ。あの時はピッタリくっ付いたし、大丈夫大丈夫」


「で、では、いいでござるな?」

「ああ、やってくれ」


 百合音がこちらの腰からブレードを引き抜く。


 それを見て、一瞬銃口を上げようとする部下を止めたアルスカヤがこちらを不憫そうな顔で見ていた。


 どうやら、これから何をするのか分かったらしい。


「では、仕る……お終い」


 一瞬だ。


 本当に軽く百合音がブレードを振って……“落下するモノ”を瞬時、元の場所に戻した。


 一瞬噴出した血がパッと周囲に散る。


 痛みは……無かった。


 だが、一瞬引き攣れたような肌の感触があって……数秒でそれも元に戻る。


 両手を握り開いてみたが、どうやらもう繋がっているらしい。

 確実に百合音の技とブレードの切れ味のおかげだろう。


『―――ッッッ?!!』


 その理解不能としか言いようの無い表情。


 部隊の誰もが目の前にいる相手がどういう類のものなのかを自分の目で見て、確信しただろう。


「本当なんだな。自分の目で見ても信じられん……」


「切り傷なら一瞬。抉られたら十秒以上。繋げるだけなら然して掛からない。さすがに挽肉は勘弁してくれ。オレにそういう趣味は無い」


 そこでようやく電信の結果を持ってきたのだろう部下がアルスカヤに耳打ちした。


「……分かった。ご苦労」

「で、どうだった?」


「コンスターチ閣下直々のお達しだ。お前ら、此処から脱出するぞ!! 着替えを急げ!!」


 そこでようやく部隊の誰もが銃をホルスターに納め、手を離した。


「ほ、本当に閣下が?」


 副官のアスターシア少尉とやらが、未だにこちらの腕を凝視しながら上官に尋ねる。


「ああ、だから、今から隊を率いてさっさと着替えて来てくれ。オレがこいつらの対応に当たる」


「りょ、了解しました!! き、気を付けて下さい。中隊長……」


 すぐに部隊が取り纏められて、最低限の歩哨を除いてゾロゾロと部隊の人間が屋内へと入っていった。


「はぁぁ……まったく、此処に来る日は厄日だと思ったが、それに輪を掛けて今日は……」


 アルスカヤがガリガリと頭を掻いて愚痴る。


「なぁ、アンタ。撤退しろって言われなかったろ」


「……どうして、そういうのが分かるんだい? 一応、顔には出してないつもりなんだが。それも君の能力なのか? 少年」


「いや、あのベアトリックスさんが合理性に欠ける命令をしないと思っただけだ」


 こちらを見て、その顔が苦笑気味に歪む。


「あぁ、そうだよ。だから、閣下は中隊長の判断に任せると言ってくれたそうだ」


「そうか……後で感謝しないとな……」


「此処からは何も聞くべきじゃないんだろうが、オレの隊の命も掛かってる。此処に来た具体的な理由を尋ねたい」


 ようやく腹を割って話せそうな様子となった相手に頷いた。


「この首都の地下には遺跡が眠ってる。空の上の連中はそれを狙ってるらしい」


「あぁ、そういう事なのか……随分と水道局の抱えるインフラ拠点で確認報告が上がると思ってたら……」


「二つ頼みたい。此処から地下に入る道はどうなってる? それと出来れば、地下の地図が保管されてる場所に案内して欲しい」


「分かった。地図ならもう引っ張り出してある。こっちだ」


 アルスカヤに連れられて屋内を歩き十数秒。


 簡易のCPコマンドポストに仕立て上げられたのだろう場所にはズラリと電信設備やら地図やらが広げられていた。


 首都の地図には書き込みと相手の襲撃場所、時間、確認情報が付箋で貼り付けられており、一目でどういう状況を追ってきたのかが分かる仕組みとなっている。


 壁際にはこの数日間の重要な報告がズラリと時間と場所と重要そうな順に並べられえ降り、この場を仕切っていた男の手腕が窺えた。


「これが数日前からの経過だ。連中は軍の主要施設を襲撃、占拠。即座にコンスターチ閣下が撤退命令を出してくれたおかげで殆ど死傷者は無し。徹底抗戦を唱えた参謀本部の政治将校が閣下の拳で病院送りにされた以外は軍の被害は最小限と言える。まさか総統府が落ちるとは誰も思ってなかったってのはあるが……総統閣下が公国の連中に助けられたついでに人質みたいに連れてかれた、なんて流言飛語が飛んでる内はまだ大丈夫だろうさ」


(それ流言飛語じゃないんだよなぁ……)


 内心でツッコミを入れつつ、話に耳を傾ける。

 ちなみに黒鳩ロボは入らないので外でお留守番。


 ガイノイドなヒルコは自分が喋ると更に場が混沌とするに違いないと思ってか。


 無言で置物と化している。

 たぶんは輸送機から脱出した後。


 ベアトリックスに会ってからも色々とこちらの情報を順次、黒猫ボディーに送っているのだろう。


 あちらの体がもしもあの巨女に取り次いでいなければ、今頃蜂の巣になっていたかもしれない。


 それにしても……喋る黒猫と話をして納得する総司令の図がシュール過ぎて、参謀本部やその場の軍高官達は固まっているような気がした。


「それで管理用の地下通路は?」

「ああ、その地図はこっちの壁だ」


 アルスカヤが指差した方を見ると。


 薄い本来の地図の線の下に黒く見易い線で地下の上下水道設備点検用ダクトという名称の道が緻密に描き込まれている。


 その細さはかなりのもので大都市圏を網羅し切るだろう地図は大作と分かった。


「どうだ? 分かるか?」


 その声にヒルコが反応して、音もさせずに地図の前に出た。


「あの老人……分かり易いのう」

「?!!」


 初めて喋った女性ロボの声にアルスカヤが固まる。


「どういう事だ?」


「実際には無いはずの通路が増えておる。それも麺類教団の施設周辺にばかり」


「つまり、其処に何かある?」


「うむ。どうせ、手出し出来ぬからと本物の地図は自分の頭の中か。あの巨女の頭の中だけに納めているのであろうよ。まぁ、その方が信用出来るというのもあるだろうが……何よりも旧世界者プリカッサーを警戒しての事じゃろう。連中は基本的にデータというのをあまり疑わないからのう。未だ事態が動いていないところから察するに……上の連中は老人の掌で未だ踊らされている最中。だが、一つ抜け穴がある」


「抜け穴?」

「自分が権力を掌握する前の地図はさすがに盲点であろう?」


 横に戻ってきたヒルコが掌を地図の前に翳す。


 すると、拡大した首都圏の内部に新たな地図が浮かび揚がった。


 プロジェクション・マッピングのようなものか。


 その地図には丸いピザと皿に盛られたパスタの意匠が中心付近から少し離れた教団施設の上に一つずつ描かれていた。


「双極はこの二つ。どちらかに往くべきじゃな。百合音!!」

「何でしょうか」

「右壁の一番上にある時刻の内容を読み上げよ」


「はい。首都北西部の麺類教団所有施設ラビオリ礼拝堂で目撃多数」


「では、こちらはもう使えぬと見ていい」


 今、読み上げられたのだろう場所にバッテンが追加され、もう片方に○が浮かび上がる。


「目指すは此処から南東12km先。マルゲリータ公爵亭じゃな。史跡扱いの旧い石造り……ルート検索……ふむ。地下水道の大きさから言って黒鳩も通れる。ここで決まりじゃ」


 一瞬で地下の通り道に赤い線が阿弥陀籤のように引かれた。


「オジサン。何か場違い?」


「いや、アンタはこの事をベアトリックスさんに兵士として伝えてくれ」


「……分かったと言っていいものかどうか」


 アルスカヤの言葉は最もだ。


「兵站部に後で何か贈っておく。今回の協力に感謝するよ。アルスカヤ中隊長」


「それも受け取っていいものかどうか」


 それもそうだ。


 こんな妖しい集団からの贈り物なんて、限りなく胡散臭い。


「とりあえず、此処から地下に入る道は?」

「それは外にある管理棟横の鉄扉からだ。


 大型機材を入れる事もあるから、かなり広くなってる」


「分かった。さっそく行こうか」

「ふぁ?!」

「?!!」


 いきなり驚いた声が背後で上がって、思わず後ろを見ると。


 今まで黙っていたバナナが凄く嫌そうな顔でインカムの耳元に集中していた。


「悪いんやけど。さっそくお客さんやで。距離9400。数は24……最初のが後931秒で接敵するな。ああ、嘘やろ。重武装過ぎるで……」


 人をガス室に送っても笑顔に違いないだろう顔が引き攣る。


「どうしたんだ?」


「最悪や。あっちは見えんのを良い事に嫌な武装積みまくりみたいや」


「マジか」

「ああ、とっととケツ捲らんと死ぬで」


「分かった。隊員を早く遠ざけた方がいい。オレ達はこれから地下に向かう」


 こちらの慌てようにアルスカヤが全館放送に切り替えてマイクに退避命令を出す。


「じゃあ、オレ達はこれで。騒がせて悪かったな。オッサン」


「オジサン。これでも兵隊の端くれなんだが……いや、ホント……退職してパン屋でもやろうかなぁ」


「そうしろ。少なくとも、これから兵隊には厳しい時代になるぞ。これは純然たる善意からの警告だ」


「そうかい。じゃあ、また、会う機会があれば」

「ああ、そっちも気を付けて」


 駆け足で部屋を後にして、玄関の外に飛び出すと。


 黒鳩のNVが手にダガーナイフのようなものを取り出して、施設横にある大きな物置のような場所の鋼鉄製扉を切り裂いている所だった。


「状況はどないや? ガト-!!」


『敵主力はやはり歩兵殲滅用ガス弾を束ねたキャリアーを積んでる。火炎放射装備に対人掃討用のドローンが一機に付き4体。だが、最もヤバイのは―――』


 鉄の扉が抉じ開けられると同時だった。


 水道局横にあった三階建てのビルが中央に何か絶大な衝撃を受けて爆砕。


 そのまま崩壊した。

 咄嗟に百合音を外套の中に入れたのも束の間。

 破片がこちらを庇ったヒルコの表面装甲に当たって弾ける。


『あいつら使い捨て式の大口径電磁加速砲(レールガン)持ち出してやがる』


「マズイでぇ……これはマジでマズイでぇ……捕捉されたら終わりやな。地下12mより下を進まんとあっと言う間に崩落で圧死やないか」


『行くぞ。バナナ』


「はいな。さっさと潜らんとミンチより酷いで」


 早く早くと手招きするバナナに走って続く。

 すると、先行した黒鳩が途中で止まり。


 こちらが坂道を駆け下りるのを確認してから、ダガーで天井をあっと言う間に切り裂いて崩しつつ後退してくる。


 土砂で埋まっていく道は数秒で完全に外からの光を閉ざされた。


 通路内部には電灯が今も灯っているのが救いか。


「走るんやッ。少なくとも一番下まで潜らん事には地表部分吹っ飛ばしてくる可能性もある!!」


 言われるがまま。

 地の底へと向かう。


 確かにドゴンと途中で大きな地震のような響きが何度か響いた。


 上の連中はどうなったのか。

 まるで分からないが、後は生きていると信じるしかない。


「むぅ。春守が諦めた装備じゃな……あんな威力なのか……いやはや、昔は世も末だったんじゃのう」


 ヒルコの声にバナナがこの鉄屑アホ違うか、みたいな顔をした。


「言うとくけど、あんなの豆鉄砲やで。NV型の最終世代はそれこそアレを連射出来る装備を積んでたさかい」


「マジか?」


 こちらの声にバナナが大きく頷く。


「専用のマイクロ波受信装置まで持たしてもろてなぁ。いやぁ、砲身が焼け付く速度以下なら、一日中散開陣形の相手を吹っ飛ばしたり、吹っ飛ばされたり……あの頃は何処の陣営も電子戦しまくった結果、目視環境での戦闘ばっかりやった。映像認識系の回路持った誘導弾無しだとみーんな当てずっぽうで撃つしかなくてなぁ。レーダーなんぞ誰も見てなかったわ」


 何処かの電波を遮断する粒子が普通に散布されるアニメも真っ青な環境だったらしい。


「光学観測機器の強い陣営は羨ましかった思い出……ああ、ウチも究極に歪みの無いレンズ使うた狙撃銃とか整備してみたかったわぁ」


 何故か、こんな状況でしみじみ昔話をする懐古厨が一人。

 機械組が事前の打ち合わせ通りに先行する。


「やはり春守は目立つか……」


「当たり前やろ!? 消えられる仕様の癖に何で装備の充電量があんなレベルやねん?! 舐めとんのか!? 実際の戦闘があんなショボイ稼働時間で終わるわけないやろ!? 何や五分て!?」


「むぅ……やはり、実戦で使うにはまだ難在り、と」


 ヒルコが顎に手を当てる。


「それに武装があのダガー1本て!? せめて、小銃くらい付けようと思わへんかったのが、そもそもおかしいやろ!!」


「我が国の国力ではのう……鍛冶達の頑張りで揃えられるものにも限界がある。あまり装備を持ち出すと聖上達も黙っていられなくなるだろうという計算もあった……うむむ」


「あのなぁ。鋼鉄の姫さん。アンタNV型を秘密兵器みたいなもんやと勘違いしとるんやないか?」


「ん?」


「言うておくが、設計思想から基本運用まで根本的には全部歩兵の代わりなんやで? AIへ任せるには高価な装備を半自動化した機械装甲化歩兵で運用する。これがコンセプトや。だから、歩兵装備は全部持ってなきゃならないんや。対人兵器然り、対機甲戦力装備然り。あの当時、航空支援ちゅーもんが最も高額な兵器である誘導弾ミサイルで片付かなくなったから、こいつは必要とされた。全面戦争みたいな場合、NV型みたいな見えない歩兵の究極的な利点は相手が超高額兵器の火力を無駄撃ち出来ず、惜しむところにあったんや。だから、こいつは過去、最強の経済兵器と言われとった」


 バナナの言う事にはその時代を生きた人間にしか分からないだろう説得力のようなものが宿っていた。


「広範囲を焼き尽くすような兵器もあっただろ? それでも尚、NVってのはコストが低かったのか?」


「ああ、電子戦極まった言うたやろ? 圧力感知式以外のセンサーに大抵掛からんし。地雷とかの爆発が機体を破壊する前に跳んで逃げる仕様って事はや。わざと見えないまま地雷踏み抜きまくるとか言う芸当も出来たんや。その結果、見えない敵が大きく見えて、怯えた挙句に弾道弾使うたら、地雷原が半壊とか地面に敷いてたセンサー群がボロボロとか。そういう事例が頻発したんよ」


「効率悪いな」


「せやろ? だから、大抵はUAVと地表の光学センサー類を組み合わせた観測で確実にいると思われる数と同数かそれより少し多いくらいの同じ見えない兵隊を送るのが定石になったわけや。大規模会戦でも散開陣形が基本だったから敵密度の低い場所に広範囲を殲滅可能な兵器を使うても効果が薄かったってのもある」


「じゃあ、火力の集中は何で補ってたんだ?」


「そりゃ、優秀な光学センサー類を積んだ兵器で狙撃っちゅうのが基本や。コストの安い弾を安価で高威力で高射程な“原始的兵器”で打ち出すって方向に時勢は流れた」


「ふむ。それが……レールガンだと」

「勘がええなぁ」


 バナナがこちらが話を分かっている事に感心した様子になる。


「でも、コスト的に動力供給源とか高かったんじゃないのか?」

「技術は全てを超越するんやで?」

「ああ、そういう……」


「あの大戦では高級な歩兵扱いではあったものの、主力としても運用されたんや。全世界規模でどの陣営も使うたから全体で百万以上は量産された。コストっちゅうのは大量生産で下がるさかい。高めのオプションも全体的に見れば、かなり値段が下がっとった。相手の戦略兵器だの最新戦術だのに柔軟な対応が出来た事も大きゅうて、結局は終結まで使い潰されたんや。兵器として本望な最後やろ?」


『悪いが昔話は此処でお終いだ。静穏駆動のモーター音源を約6km先に感知。反響具合からして南西域からだ。駆動系のノイズを照合……該当無し……近似なのは高速移動型。マズイな……このままだと追い付かれる』


 ヒルコと黒鳩が分岐路で止まっていた。


「ふむ。地下探索用の機体かや? 行き先を推測されるのはマズイのう」


「主上。迎え撃っては?」


 百合音の進言に首が横へ振られた。


「時間経過で集まってくるぞよ。ここは襲撃とゆこう。黒鳩と呼ばれし男の本気も見てみたい。それと出来れば、鹵獲を希望する。そこな女に掌握させて、情報を頂くのじゃよ」


 バナナが溜息を吐いた。


「ウチ、これでもガワ専門のメカニックなんやけどなぁ」


「言ってる場合か? 敵の情報が掴めれば、戦略面でも戦術面でも文句無し。さっさと詳細を詰めるぞ」


 とりあえず、全員で敵の鹵獲に向けて即座に話を取り纏める。


 急場凌ぎなチームとしてはまぁまぁな方だろう。

 信頼出来ずとも腕は信用出来る。


 ならば、利害が一致する間は背中をある程度は預けてもいいはずだ。


 地下通路の中。


 敵を何とか無力化する為の方案が練られる。


 それは数分もせずに試され―――結果はすぐに出たのだった。

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