2 王宮
グノンおじさんが、ふぅ、とため息をつく。
「アスタ、すごい人に案内されてきたな。あの人は近衛第一隊の隊長で、リディーヌ陛下やご家族のことを一番近くで守っているんだよ。王宮の中でも指折りの騎士だ」
「おじさんだって、王宮で一番の薬師でしょ?」
わたしがそう言うと、おじさんは口の前に人差し指を立てながら、「まあな」と笑った。
「せっかくだから、中を見ていきなさい」
やった!その言葉を実はとっても楽しみにしていたの。おじさんに連れられて、中に入ると、まず目に入ったのは、たくさんの薬草。日干しにされているものから栽培中のものまで部屋の一角を埋め尽くしている。さらに、すり鉢や火の道具なんかもある。この辺はうちのおじいちゃんの調合場とあんまりうちと変わらない。いちばんうちと違うのは、膨大な書物の数々だった。地面から天井までつづく本棚を埋め尽くさんばかりに本が並んでいる。
「すごい。これ全部に知識が詰まっているの?」
「そうだよ、いままでの王宮薬師たちが書き残していったものだ。バロダさんが書いていった本もいっぱいある。王宮薬師をしていたときの研究の成果がまとめられているんだ。今回、アスタに持ってきてもらったのはバロダさんが王宮薬師をやめてからの研究の成果をまとめたもので、いわば“バロダの書”のつづきってやつだな」
緑色の本をぱらぱらと開いてグノンおじさんは嬉しそうに笑った。
「でも、どうしていきなり必要になったの?」
「それはな・・・」
おじさんが話してくれようとしたときに、入り口のドアが激しく開いた。
「また、ダメでした・・・!」
うなりながら部屋の中に入ってきたのは、おじさんと同じマントをつけたお兄さんだった。
「どうしたんだ?」
「薬をまた飲んでいただけなかったんです。美味しくなさそうだって言って。たまにせきが出るから薬湯をって要求したの自分なのに」
くやしそうに机をたたきながら、もっていた薬湯を机に置いた。
「人を非難するよりもまず自分の技術を磨けと何度も言っているだろう。だからお前はなかなか一人前になれないんだ」
おじさんはため息をついて、薬湯を匙ですくった。どろっとしていて、見るからに苦そうな緑色をしている。あれを飲めって言われたら、わたしでもちょっと嫌かも。
「イリーナ姫は、『もしこれを飲み干せる女の子がいるのなら連れてきてみなさい』なんておっしゃるんです。『そんな子がいたらわたくしも飲むわ』って」
イリーナ姫?それってもしかして、王女さまの名前じゃなかったっけ?
お兄さんがふりかえった。わたしと目が合う。
「あれ、この子誰ですか?」
やっとわたしの存在に気付いてくれたみたいだ。
「この子はアスタだ。バロダさんの孫娘で、この本を届けてもらうために私がエオリ村から呼んだんだ。まだ小さいけど立派な薬屋だよ。なにせ生まれたときからバロダさんに英才教育を受けているんだからな」
えへへ、立派な薬屋だって。褒めてもらえるのってなんだか新鮮。うちじゃあいつも、まだまだだ、って怒られてばっかりだもの。
彼は王宮薬師の見習いだそうで、グノンおじさんの下で修行をしているんだって。
握手をしたあと、見習いさんはわたしの両肩をがっちりとつかんだ。
「ねえ、ところできみはいくつ?」
「十三歳ですけど」
「イリーナ姫よりも一つ年下か。でも薬屋のお嬢さんなら、アレ飲めるよね?」
指さした先には、さっきの薬湯。あの液体からそっと目をそらした。