2 王宮
そこは歴代の王さまの姿が飾ってある回廊だった。回廊の柱が埋まるほどにたくさんの肖像画がかけられている。若かったり、おじいちゃんの姿だったり、ときには女王さまの肖像もある。
一番あたらしい肖像は一番向こう側なんだって。ドルガスさんはそこへ向かって歩いていく。ドルガスさんが指差した肖像画にはわたしのお父さんと同じくらいの年齢のおじさんが描かれていた。口元には優しそうな微笑が浮かんでいる。
「この人が、ルーン三世だ。十五年前に亡くなったときの姿だよ。病気だったんだ。バロダさんを含めた王宮薬師たちも手を尽くしたけど、王さまを救うことはできなかった。バロダさんは、それからほどなくして王宮薬師をやめて息子夫婦と田舎へ引っ込んでしまったんだ。もしかしたら、責任を感じたのかもしれない。でも、王さまが亡くなったのはバロダさんの力不足なんかじゃなかった。病気がみつかったときにはもう手遅れだったんだ。亡くなったときには国中が大いに悲しんだ。そのときには俺ももう大人になって王宮に勤めていたけど、あのころは冬でもないのに花が枯れ、風が吹き、寒々しい雰囲気がこの街を取り囲んでいたよ。黒い布が見晴台から下ろされて、店にも家にも黒い布が出て、町全体で悲しんだもんだよ。バロダさんは国で一番の薬師を自称していただけあってつらかったのかもしれないな」
バロダでも王さまを救えなかったのか、と王宮の人は噂したらしい。薬だって万能なわけじゃない。救えない人がいて当たり前なんだけど、その人がえらい人だったり、みんなから慕われてたり、自分も好きな人だったりしたらやっぱりどうしてもつらいと思う。
「おじいちゃんは、その王さまのこと好きだったのかな?どんな人だったんだろう」
「たぶん好きだったと思うよ。みんな好きだった。俺もあんまり詳しいわけじゃないけど、ルーン三世はおしのびで街に出て行くのが好きな人だったんだとさ。その辺の露天で果物を買って食べたり、ネックレスや指輪を買って王妃さまにこっそり差し上げたりもしていたみたいだ。王妃さまは『勝手に街を出歩くのはやめてください』って怒りながらも、贈り物を喜んでいたんだって。
あの方は、この国を愛しているんだ、っていつも言ってた。国民のために王宮はあるんだって言うのが口癖だった。だからいつも、どうしたらもっと良い国になるかいつも考えてたんだってさ。お嬢ちゃんが生まれてから、戦争や飢饉や水害なんかの話は聞いたことがないだろう?それは、この王さまが、戦乱からこの国を守り、食料を蓄え、治水を整えたからなんだよ」
それなら、わたしも学校で習ったことがある。えっとたしか、ルーン三世が即位したときから、王都はもちろん地方も急激に整備されたって。街道が整って、税が固定されて・・・とかその他にもいろいろ習った気がするけど忘れちゃった、実は学校の成績はあんまりよくないんだ。
でも、いい王さまだったんだってドルガスさんのなつかしそうな口ぶりで伝わってきた。学校で習うより、こうやって知っていた人の話を聞きながら肖像画をみるほうがずっとその人のことがわかる。肖像画にかかれた青い目は、この街の静かな湖面のようにやさしくこの国を見つめている。
「王さまがなくなった後のことは、学校で最近習ったから知ってます。いま、この国を治めてるのはリディーヌ陛下で、ルーク三世を亡くしたあと、王妃さまが即位されたんでしょう?」
「そうだ、よく知ってるな。リディーヌ陛下もルーン三世のこころざしを受け継いで、よくこの国を治めてくださっている。2人のお子さまにも恵まれている。王子さまのほうは体が弱いんだが妹姫は元気なもんで、王太子には妹姫のほうがなるんじゃないかって噂されてる。ま、なんにしろこんな平和な時代がずっと続いてくれることを願うばかりだよ」
ちょっと寄り道が長くなったな、って言ってまた廊下を進み始めた。同じ建物とは思えないほど長く歩いた後、一つの扉の前で立ち止まった。
「ここがお嬢ちゃんの目的地だよ」
ドルガスさんは扉を開けて中にずんずん進んでいく。
「おーい、グノンさん。お客だよー!」
大きな声で中に叫ぶと、ガタガタっと中から音がしてグノンさんが出てきた。
「ドルガス隊長に・・・アスタ!」
わたしたちの姿をみて、目を見開いた。
「驚かせてごめんなさい。この本を届けにきたの」
バロダの書をおじさんに差し出す。
「ああ、そうだった。昨日もらうのを忘れていたんだ。助かったよ。でも、どうやってここまで来たんだ?」
ドルガスさんのことを話すと、おじさんはしきりに恐縮してドルガスさんにお礼を言った。ドルガスさんは明るく笑って、
「いいってことよ。おれはこういう無鉄砲で勇気と正義の心をもったお嬢ちゃんは大好きなんだ。じゃあ、俺は仕事にもどるとするか。アスタ、またな」
「はい、ありがとうございました」
わたしはふかぶかと頭を下げた。グノンおじさんもとなりで頭を下げている。ドルガスさんが扉を閉めて見えなくなるまで続けた。