2 王宮
剣のおじさんと並んで壮麗な建物へ向かって歩く。
「勇気あるお嬢ちゃん、名前は?おれはドルガスだ」
「わたしはアスタ。王宮の中に入れてくれてありがとうございます」
まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。ほんとうは、ダメかもしれないって思っていたんだ。いくらバロダの書をもっているっていっても、門番のおじいさんの言うとおり、わたしはただの子どもだし。
王宮に入るのがほんとうに無理だったら、家に帰ってきたおじさんに本を渡すしかないかなって思ってた。
うまくいくすぎて、なんだかちょっと怖くなっちゃったけど。
わたしはこの街にいる間に、家じゃあできないことをできるだけいっぱいやるんだ。王宮薬師をみるのもそうだし、街の北にある山にはいってわたしの村には生えない薬草を探したい。
それに、さらに希望を言えるのなら、物語にでてきそうな冒険とかしてみたいな、なんて思ってるんだ。物語の冒険の出発の街はいつだってこの王都・リゼルラントだ。とらわれのお姫さまを助けるとか、どうくつ深くに眠る金銀財宝を探すとか。すてきな物語みたいな冒険がしたいなってつぶやくと必ず家族の誰かが言うんだ。『薬屋の出る幕はない』って。
そりゃあそうだけど、そんなに夢を壊さなくってもいいじゃない。薬屋が必要な冒険だって、この広い世界のどこかにはあるかもしれないんだし。わたしがいろんな街を旅しながら有名になれば、いつか『わたしたちの冒険に一緒についてきてくれませんか?』なんて逆に頼まれちゃったりするかもしれないしね。
王宮の中は、とにかく広かった。廊下の幅もおとなが2人くらい寝転べそうなほどだったし、かべにはずっと彫刻が掘られていた。ところどころにある燭台も金色でピカピカに磨き上げられている。
「お嬢ちゃんは、バロダさんの孫なんだよな?」
わたしの半歩前を歩くドルガスさんがそうきいた。
「おじいちゃんを知ってるの?」
「もちろん。15年前から王宮にいたやつでバロダさんのことを知らない人はいないよ」
「どうして?そんなに有名だったの?」
「ああ、バロダさんの作る薬はそりゃあよく効いたからなあ。みんなこぞってバロダさんの薬を求めたもんだよ。それにケガや病気をすると風のように現われて、よく効く薬を渡してくれたもんだ。いまの薬師たちもよくやってくれてはいるんだけど、でもやっぱりバロダさんのことが忘れられないな」
ドルガスさんは、なつかしそうに目を細めた。この人はおじいちゃんのこと好きでいてくれているんだなってわかって、ちょっと嬉しくなった。
「おじいちゃん、王宮薬師だったんですか?」
「そうだよ、バロダさんから聞いてないのか?」
いま初めてきいた。おじいちゃんこの街で働いていたとは言ってたけど、王宮で働いていたなんて聞いたことなかった。15年前なら、お父さんもお母さんも知っていたはずなのに、わたしには一度も教えてくれなかった。
「バロダさん、いまはどうしてるんだ?」
「エオリ村というところで元気に住んでいます」
おじいちゃんの顔を思い浮かべてみる。ふだんは優しいけれど、薬のことを教えてもらうときはいつも厳しい。ちょっとの間違いも許してもらえずに怒られる。こんなちょっとくらい大丈夫に決まっている、って口ごたえをしたら、調合場から追い出されたこともあったっけ。考えを改めるまでは出入り禁止だ、って。実はまだちょっとくらい大丈夫じゃないのかなって思うときもあるんだけど、それを言うとすごく怖いから、おじいちゃんの言うとおりにやっているんだ。
でも、調合場を出て家に帰ると、やさしいおじいちゃんになる。お父さんやお母さんに怒られたときなんかはわたしの味方をしてくれることもあるし、そのあとには慰めてくれる。だいたい甘いお菓子と一緒にね。それに、内緒でお小遣いをくれることもある。家にいるときと調合場にいるときじゃあ別人みたい。
そんな優しいおじいちゃんのときにも、王宮の話をしてくれたことはなかったな。
「なんでやめちゃったんだろう」
そうつぶやくと、ドルガスさんは道の先を指差した。
「その理由は、あそこにあるよ」