1 王都へ
まずかったかもって思ったけど、いまさら引き返せない。だって、ぜったいに嘘なんだもの。
シアンさんが、わたしの名前を呼んで腕を引くけれど、それにひきずられるわけにはいかない。
家族は驚いたような顔をして見つめてきた。商人の男はゆっくり立ち上がって、わたしの目の前に立った。思ったよりずっと大きかったし、腰には短剣をさしている。
「お譲ちゃん、なんの用かな?」
「嘘の薬をこんな高い値段で売りつけるなんて、最低よ」
勢い余ってそう言うと、商人はテーブルを叩いた。バァンと大きい音がして、びくっとしてしまう。
「おい、そんないいかがりつけて、商売の邪魔しようっていうのか?」
家族にむいていたときとは違って、ずいぶん鋭い視線をこっちへ向けてきた。でも、負けちゃだめだ。わたしの薬屋の知識はぜったい間違ってなんかいないんだから。
「嘘の薬を高額な値段で売りつけるのが商売っていうなら、邪魔させてもらうわ」
後ろに動きそうになる右足にギュッと力をこめて、地面につける。
「聞いてりゃあさっきから、嘘だのなんだの言ってるけどな、証拠があるのかよ」
「証拠は、ないけど・・・」
こんななさけない答えはしたくなかったけれど、目に見える証はなにも思いつかなかった。
「そんじゃあどういう了見でこれが嘘だなんて言いがかりつけるんだ?お互いに納得する値段で品物をとりひきするってんだから、文句ねえよなあ?こんな大勢の前で騒がれたんじゃあとんだ営業妨害だ!」
大きな体をずずいと近づけて、脅かそうとしてくる。それをよけて、わたしは薬を買おうとしていた家族のほうを向いた。
「ねえ、あんな薬うそよ。信じちゃだめ。わたしの家は薬屋なんだけど、あんなの見たことないし、あるわけない。それだけのお金があれば、ちゃんと効果のある薬がいっぱい買えるわ」
そううったえかけても、おじさんとおばさんはきまずそうに目をそらしてしまった。ああ、もう。いったいどうしたらいいの。
「いくらお嬢ちゃんでも、これ以上邪魔するようなら、ただじゃおかないぜ」
商人の男が、短剣のつかに手をかけた。まずい。さすがにそんなもの使われちゃったら、ケガじゃ済まないかも。
短剣がさやから出てくる音が店の中に響きわたった。そのときになって、やっと静まり返った店内みんながこっちを見てることに気付いた。キラリと銀が光って、それが振り上げられると、ガタンと椅子を倒すような音が店のあちこちから聞こえた。
わたしは後ろから腕をぐっと引かれて倒れこんだから、何が起こったのかは見えなかった。わたしの腕をひいたのはもちろんシアンさんで、倒れこんだわたしの体をしっかりと受け止めてくれた。あわてて店内に視線を戻すと、3人の立ち上がっているお客さんがいる。