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エピローグ

 パーティはそれはすばらしいものだった。シャンデリアがいくつもかかるホールにきらびやかな服をまとった男女がおおぜいいて、きらきらしていた。

 イリーナさまを王太子にと女王陛下の口から発表されたときには、どよめきと共に大きな拍手が起こって、イリーナさまはとても優雅にお辞儀をした。兄のソレイユさまがお祝いのキスを贈ると、拍手はいっそう高まった。

 女王陛下が、今日は存分に祝い楽しんでほしいと言って退出すると、音楽が始まって料理や飲み物が運ばれてきた。

 わたしのエスコートをつとめてくれたセインさんは、普段はぼさぼさの髪をきっちり後ろになでつけて、正装をしていると別人みたいに格好よかった。まあ、これは本人には言わないでおいたけど。

「アスタ、好きなだけ食べていいからな」

 セインさんはあれもこれもと珍しい食べ物をもってきてはわたしのお皿に積んでくれる。飲み物もお酒じゃないものを持ってきてもらうように頼んでくれて好きなものを選ばせてくれた。

 口に入れるもの何もかもが美味しくて、もう一生分のたべものをここで食べていきたいって思うくらいだ。セインさんもたぶん食べっぷりにビックリしてたと思う。

 周りなんて見ずに食べていたから、笑いながらわたしに近づいてくる人にも気付かなかった。

「アスタ、食べるのもいいがそろそろリズの歌がはじまるぞ」

 振り向くと、どこにはドルガスさんの姿。

「そんなに必死に食べてくれる人がいるなら、料理人もよろこぶだろうなあ」

 その言葉を聞いて、ほかの人は食べずに何をしているのかと見ると、ひたすらおしゃべりだった。それからイリーナさまのところへ挨拶に行ったりとか。

「あの、もしかして、ひたすら食べ続けたりしちゃまずかったですか?」

 おそるおそる聞くと、セインさんもドルガスさんも大笑いだ。そりゃあ、フォークを握り締めながらいまさらまずかったか聞くなんて、自分でもこっけいだと思うけど。

セインさんのほうが先にわらいがおさまった。

「もちろんいいよ。アスタはもともと社交界とは関係ないんだし。俺も魔法使いになったからいまは社交界とはほとんど関係ないし。イリィはそれもあってアスタを俺のエスコートにつけたんだよ。腹の探りあいのつまらないおしゃべりなんかより、料理や歌をアスタに楽しませてやってってさ」

「そうそう、リズがそろそろ出てくるぞ」

 音楽がぴたりととまって、あざやかな赤のドレスをまとったリズさんが出てくると、会場はしんと静かになった。今日は楽団の演奏で歌うみたい。

 歌は、今日のパーティに相応しく、平和を讃える歌だった。この平和がどうかいつまでも永くつづきますように。そしてますますこの国が、この街が、栄えますように。

 澄みわたるような歌声がホール中に響き渡り、余韻を残しておわると、拍手の音が会場を満たした。リズさんは優雅に一礼すると会場を去った。

 やがてまた音楽が流れ始め、ダンスが始まった。わたしもセインさんに誘われて、一曲だけ踊った。学校で習ったばっかりの一番簡単な曲だったから。

 そのあとセインさんはイリーナさまをダンスに誘いに行って踊ってたけど、さすがに優雅で見ほれてしまっていると、後ろから声をかけられた。

「アスタ、すごくかわいくなってるね」

 呼ばれてふりかえると、リズさんだった。

「ただ、ケーキの生クリームがついてる」

 あわててハンカチで指差された口もとを拭いた。リズさんはわたしのお皿に盛られたケーキやフルーツをみておかしそうに笑った。

 さらにドルガスさんが「こんなのもあったぞ」なんて言いながら新しいケーキを運んできてくれたもんだから、もっと笑われてしまった。

 リズさんの笑い声に、さらに声が重なったと思ったら、イリーナさまだった。セインさんとダンスを終えて二人でこっちに来たみたいだ。

「楽しんでくれているみたいでよかったわ」

「はい、ありがとうございます。村に帰ったら、家族や友達にうんと自慢します」

「ええ、ぜひそうしてちょうだい。ただ、今日はあまり遅くならないうちに帰ること。昨日心配かけてしまったでしょうから、今日は早めに帰るのよ」

 まるで本当にお姉ちゃんみたい。セインさんにもわたしのことを早く帰すように言い含めた。わたしたちは人気のすくないバルコニーへ移動してパーティの熱気を冷ました。

 ドルガスさんはバルコニーに寄りかかった。

「アスタは、もうすぐ学校を卒業するだろう?そしたらどうするんだ?」

「わたし、薬屋になります。でもおじいちゃんの店を継ぐんじゃなくて、世界中を旅しながら、薬の研究をしたいなって思ってるんです。でも、そうするためにはいろんなものが足りないんだってわかりました。だから、しばらくはまだおじいちゃんの下で修行ですね。旅に出られる力がつくまで。いまならもうちょっと素直におじいちゃんの言うこと聞けそうです」

 イリーナさまは、そう、と呟いた。残念そうな響きがあるのは気のせいかな?

「アスタは、王宮薬師になる気はないのかしら」

 そういわれても、なろうと思ってなれるものでもないし。王宮薬師になるには、だれかとっても偉い人とかの紹介状とかがないとなれないんだったと思う。

「イリィは、アスタが望むなら紹介状を書くって言ってるんだよ」

「王宮薬師になって、グノンの下で修行するのなんてどうかしら?」

 イリーナさまの問いかけには、少し考えたけど、首を振った。

「いつかは、王宮薬師になれたらいいなとは思います。でも、今はまだわたしは力不足だから。イリーナさまやご家族がもし病気にかかっても、今のわたしでは間違いない薬を作ってわたすことが難しいと思います。それに、いまは薬のない色んな病気にかかったときに打つ手がないなんて嫌だし。だから、わたしは世界に探しに行きます。いつか、王宮薬師になったときに、イリーナさまを間違いなく助けられるような、そんな薬を」

 パチパチと、手を叩く音がすると思ったらリズさんだった。

「立派だわ。この歳で世界を旅する、なんて。あたしも旅に出たのはこのくらいの年齢で歌を歌えればそれでいい、って家を飛び出したんだ。この子は、旅に向いていると思うよ。まっすぐな心があって、自分に足りない物もわかってる。なにより目標がある。姫さま、この子はきっとあなたのために偉大な薬博士になってこの国にかえってきますよ」

「できれば、俺が生きている間に戻ってきてくれよ」

 ドルガスさんの一言にみんなが笑った。イリーナさまはわたしが渡した布袋を取り出した。

「わかったわ。いつでもこれをつくってもらいたいっていうわがままはもう少し我慢するわ。アスタ、気をつけてね。でも一つ約束してちょうだい」

「はい、何でも」

「旅に出る前と、旅に出てからもこの街に立ち寄ったら、かならずわたくしを訪ねること。そしてその時にあなたがもっている最高の知識を、わたくしのために使ってちょうだい」

 わたしは膝をおって、イリーナさまの手をとった。

「もちろん、約束します」

 

 そうして、わたしは王宮をあとにした。わたしが着替えたあとにシアンさんを呼んでくれて、一緒に家に返してくれた。

 おばさんに迎え入れてもらって、2階の部屋へいくと、高台の上のお城がまだまだ明るく輝いていた。まるで夢みたいだった。

 この街にきてよかった。リゼルラントの家に灯る明かりを見ながら、わたしはまだ見ぬ世界のいろんな街に思いをはせて、眠りについた。

 

 いつか、おじいちゃんも越えて、わたしは世界一の薬屋になるんだ。




FIN


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