1 王都へ
「アスタ、お待たせー!ようこそ、リゼルラントへ」
シアンさんだ!おじいちゃんの知り合いのグノンおじさんの息子さん。栗色の髪を揺らしながら駆け寄ってくる。琥珀色の瞳がきれいで、小さい頃から大好きだった。わたしよりも5つくらい年上で、いまは王宮で騎士として働いている。見た目だけじゃなくて職業もかっこいいんだ。
会うのは2年ぶりくらいだから、ずいぶん背が高くなっていて大人のお兄さんになっていた。この人のお父さんのグノンおじさんは、昔おじいちゃんと一緒に働いていて仲がよかったみたいで、何年かに一度わたしたちの村まで遊びに来てくれる。シアンさんが一緒にきてくれることも多かったから、そのときはよく遊んでもらってた。
「ちょっと見ないあいだにずいぶん大きくなったね」
ぽんと頭に手がおかれて、そのまま髪をくしゃくしゃってされた。こうしているとお兄ちゃんができたみたい。わたしは一人っ子だし、シアンさんもそう。シアンさんはグノンおじさんがずいぶん歳をとってから生まれた子どもだから、もう兄弟は諦めてるよって笑ってた。でも本当は妹か弟がほしかったんだって。だからかわたしのことを妹みたいに可愛がってくれる。
「アスタがこっちへ来るのは初めてだね。この広場は中央広場、あのステンドグラスの建物はセントヴァリアナ教会、あっちのきれいなたてものは音楽堂で、年に一度のコンクールはとっても有名で世界中から歌い手や吟遊詩人が集まってくるんだよ」
遠くを指差しながら、シアンさんが教えてくれる。わたしは指差された方向をみながら、陽射しのまぶしさに目を細めた。
「せっかくここまで来てもらったんだから、満喫していってよ。まずはお昼ごはん食べに行こうか?」
迷いなくうなずいた。だって、ずっと馬車にゆられていたし、屋台からは美味しそうな匂いがしてくるしでおなかがぺこぺこだったんだから。
「アスタは親父のたのみをきいて来てくれたわけだし、何でも好きなもの食べてよ」
そう、わたしはただ旅をしに王都にきたわけじゃないんだ。ちゃんと薬屋さんとしておつかいをするために王都まできた。
なんでわたしかって?だって、おじいちゃんはもう歳だし、足も悪くしていて旅はとても無理だし、お父さんとお母さんは長くお店を離れるわけにはいかない。だから、学校が夏休みのわたしが行くのがちょうどよかったんだ。
広場から離れて、大通りを歩いていると道の先に日の光を受けてきらきらと輝く湖がみえてきた。そのほとりに何軒かレンガ造りのたてものがあって、そのうちの一つをシアンさんが指差した。
「あそこが『湖畔亭』っていって、美味しい料理を出してくれるお店なんだ」
お店の中は広くて、もうお昼も終わりの時間なのに大勢の人でにぎわっていた。今の季節はお店の奥がテラスになっていて、湖を眺めながら食事をすることができるんだって。その席に案内してもらって、新鮮なサラダと湖でとれたお魚の香草焼きは文句のつけどころが全くないほど美味しかった!お魚なんて山の中にあるうちの村では滅多に食べられないし大満足。
おなかいっぱいになって店を出ようと店内を歩いていると、入り口の近くで気になる言葉が聞こえたから、立ち止まった。
「息子さんの病気を治すには、もうこの特別な薬しかありません」
薬、という言葉が気になってそちらに目をやると、太った商人のおじさんが3人家族に向かって一生懸命に話している。机の上には、ふた付きのおおきなビンが置いてあった。家族の中の子どもは学校にはいりたてくらいの6歳か7歳くらいにみえるけど、ずいぶん色が白くて、細い体。おまけに、ごほごほと咳き込んでいて、ちょっと心配なくらいだ。
「この薬を毎日一匙ずつ飲むと、あら不思議。どんなに体が弱い子どもでも、だんだん丈夫になっていくんだ。一週間もすればせきもでなくなるし、体もみるみる強くなるよ」
そんな薬あるものかしら?そう考えながらテーブルの上のビンをじっと見てしまう。中にある液体は蜂蜜色だ。わたしはせきを止める効果のある薬と体を強くするのに良い薬やハーブなんかを色々思い浮かべてみた。どちらの効果もあるものなんていったら、かなり少ないし、そういうふうに調合するのは薬屋でも難しいものばかり。それに、そもそも蜂蜜色の材料なんて一つもない。何種類かの薬草やハーブを調合したとしても、ぜったいに蜂蜜色になんてならない。それより何より、わたしの薬屋としての勘が、あの薬はあやしい、と告げていた。でもそんなことはちっとも疑っていないお客さん家族の両親は期待に目を輝かせている。それを見て商人の男はにっこりとした。
「絶対に効くんだけど、なにせ材料も貴重、調合できる人も一握りしかいないってんで、ちょっと値段はするんですよ。ふつうなら王族貴族が金貨3枚は出すんですけどね」
金貨3枚!嘘でしょう?だって、金貨3枚もあったら、家族が何ヶ月も生活できる。ほんとうにそんなに払うつもりなのかと思って家族をみると、やっぱりうつむいてしまっている。
「あの、もうちょっと、安くは・・・。うちにはそんなお金はとてもご用意できません」
おばさんが声をしぼっていう。
「そうですねぇ・・・私も鬼じゃありません。苦しんでる息子さんをみると可哀想だとおもいますからねぇ。金貨2枚・・・といきたいところだけど、おおまけにまけて1枚でいいよ」
金貨1枚あれば、うちのお店の商品を全種類かうこともできる。薬一つには、目玉が飛び出るほどの値段だ。
「金貨1枚ですか・・・」
お父さんがかばんの中から皮袋を取り出した。まさか本当に払うつもりなの?そんなわけのわからない薬に?
皮袋からありったけのお金をテーブルの上に出していた。でもその中からは銀貨と銅貨しか出てこない。それでも結構な枚数が入っていて、全部足せば金貨1枚に近い金額になるんじゃないかなってくらい。
「これしかご用意できません。どうか、なんとかお売りいただけないでしょうか」
両親があたまを下げた。薬売りの商人は、ギラギラした目で机の上のお金をじっとしばらく見ると、黄色い歯をみせてにんまりと笑った。
「仕方ありませんねえ・・・そんなに頼まれたら、断るのも悪いですからね」
おじさんが薬を取り出した。蜂蜜色のとろりとした液体を小さな容器に移し替えた。それが終わると、机の上の硬貨に手を伸ばそうとする。
「そんな薬うそよ!」
気がついたら、硬貨を守るみたいにそのテーブルに手をついていた。